特許第6873768号(P6873768)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6873768難燃性能に優れた易染性メタ型全芳香族ポリアミド繊維及びその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6873768
(24)【登録日】2021年4月23日
(45)【発行日】2021年5月19日
(54)【発明の名称】難燃性能に優れた易染性メタ型全芳香族ポリアミド繊維及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   D01F 6/60 20060101AFI20210510BHJP
   D01F 1/07 20060101ALI20210510BHJP
【FI】
   D01F6/60 371Z
   D01F1/07
【請求項の数】5
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2017-52896(P2017-52896)
(22)【出願日】2017年3月17日
(65)【公開番号】特開2018-154945(P2018-154945A)
(43)【公開日】2018年10月4日
【審査請求日】2019年12月19日
(73)【特許権者】
【識別番号】000003001
【氏名又は名称】帝人株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100169085
【弁理士】
【氏名又は名称】為山 太郎
(72)【発明者】
【氏名】竹山 直彦
【審査官】 長谷川 大輔
(56)【参考文献】
【文献】 特開2004−052166(JP,A)
【文献】 特開2010−024592(JP,A)
【文献】 特開2016−166435(JP,A)
【文献】 特開昭53−122817(JP,A)
【文献】 特開2009−120976(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D01F1/00−6/96
9/00−9/04
D06B1/00−23/30
D06C3/00−29/00
D06G1/00−5/00
D06H1/00−7/24
D06J1/00−1/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
メタ型全芳香族ポリアミド繊維中におけるリン原子含有量が0.3wt%以上となるように有機リン化合物が含有されたメタ型全芳香族ポリアミド繊維であって、該繊維の燃焼時限界酸素指数LOIが33以上であり、かつ染色による着色後の繊維の燃焼時限界酸素指数LOIが少なくとも30以上であり、かつカチオン染料(日本化薬社製、商品名:Kayacryl Blue GSL−ED(B−54))を染料として用いた染色における染料の染着率が95%以上である難燃性能に優れた易染性メタ型全芳香族ポリアミド繊維。
【請求項2】
該繊維に含まれる有機リン化合物の熱分解開始温度が300℃以上である請求項1記載の難燃性能に優れた易染性メタ型全芳香族ポリアミド繊維。
【請求項3】
有機リン化合物が、芳香族リン酸エステル類、芳香族縮合リン酸エステル類、含ハロゲンリン酸エステル類、含ハロゲン縮合リン酸エステル類のうち、繊維製造用紡糸ドープに用いる有機溶剤に5%以上溶解し、該有機溶剤の60%水溶液には不溶である請求項1または2記載の難燃性能に優れた易染性メタ型全芳香族ポリアミド繊維。
【請求項4】
該繊維中におけるハロゲン含有量が0.2wt%以下である請求項1〜3いずれか1項に記載の難燃性能に優れた易染性メタ型全芳香族ポリアミド繊維。
【請求項5】
芳香族リン酸エステル類、芳香族縮合リン酸エステル類、含ハロゲンリン酸エステル類、含ハロゲン縮合リン酸エステル類のうち、繊維製造用紡糸ドープに用いる有機溶剤に5%以上溶解し、該有機溶剤の60%水溶液には不溶である有機リン化合物を、紡糸ドープに対しリン原子含有量が0.3〜5.0wt%となるように添加した後、紡糸することを特徴とする難燃性能に優れた易染性メタ型全芳香族ポリアミド繊維の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、易染性メタ型全芳香族ポリアミド繊維に関するものであり、さらに詳しくは、得られた繊維の燃焼時限界酸素指数LOIが少なくとも33以上であり、かつ染色による着色後の繊維の燃焼時限界酸素指数LOIが少なくとも30以上を保ち、かつカチオン染料(日本化薬社製、商品名:Kayacryl Blue GSL−ED(B−54))を染料として用いた染色における染料の染着率が95%以上となる難燃性能を持った易染性メタ型全芳香族ポリアミド繊維に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来より、芳香族ジアミンと芳香族ジカルボン酸ジハライドとから製造される全芳香族ポリアミドが耐熱性及び難燃性に優れていることは周知であり、また、これらの全芳香族ポリアミドはアミド系極性溶に可溶であり、全芳香族ポリアミドを該溶に溶解した重合体溶液から乾式紡糸、湿式紡糸、半乾半湿式紡糸等の方法により繊維となし得ることもよく知られている。これら全芳香族ポリアミドのうち、ポリメタフェニレンイソフタルアミドで代表されるメタ型全芳香族ポリアミド(「メタアラミド」と称されることもある)の繊維は、耐熱・難燃性繊維として特に有用なものであり、これらの特性を発揮する分野、例えば、フィルター、電子部品等の産業用途や、耐熱性、防炎性、耐炎性が重視される防護衣等の防災安全衣料用途等に用いられている。
【0003】
これらの分野においてメタ型全芳香族ポリアミド繊維の難燃性は、火災防止、人命保護の観点からもより高く安定したものが求められている。
【0004】
そこで、メタ型全芳香族ポリアミド繊維の難燃性を改善するため、ポリマーに有機リン化合物、含リンフェノール樹脂、ハロゲン化合物等を添加する方法が提案されており、ハロゲン原子含有の有機リン化合物を配合して難燃性を改善する方法が提案されている(下記特許文献1参照)。しかし、繊維を安定して加工するのを妨げないように添加されるこれらの剤は低分子量の有機化合物であるため、繊維成形加工時にその一部が排出・脱落されてしまう傾向があり、さらにはハロゲン含有の為に環境問題を危惧した近年の脱ハロゲン化の動きに逆向している。
【0005】
一方、メタ型全芳香族ポリアミド繊維は、その製造プロセスにアミド系有機溶を使用することが一般的であり、このことにより繊維中にアミド系溶が残留することが知られており、このことにより、本来メタ型全芳香族ポリアミドが有している難燃性が充分に発揮できず、難燃性に劣るものしか得られないという欠点を有している(下記特許文献2〜10参照)。
【0006】
メタ型全芳香族ポリアミド繊維の難燃性能を向上させるには、この残留溶量を低減することが望ましいと考え、メタ型全芳香族ポリアミド重量を基準にして0.1〜10重量%の層状粘土鉱物を含有させ、この繊維中に残存する溶量を1.0%以下とし、本来メタ型全芳香族ポリアミドが有している難燃性を有効に発現させ、難燃剤を配合することなしに難燃効果の良好なメタ型全芳香族ポリアミド繊維を得る方法を提案している(下記文献11)。
【0007】
しかし、この方法での難燃性には限界があり、それ以上の性能を与えるには難燃剤の配合が必須となり、当初の課題が十分に解決されておらず、難燃剤の添加を行うことが必要とされていた。しかし、繊維中に添加が容易であり、安価な難燃剤の多くは、160℃〜
300℃で熱分解するために該繊維の製造段階で分解が開始し、繊維自体が黄色く変色するという問題を抱えていた。
【0008】
特に防護衣料等においては、その視認性・デザインに対する要求から繊維への着色は不可欠であり、難燃剤による変色は大きな問題となっていた。
【0009】
また、繊維への着色方法の一つとして染色という手段が挙げられ、染色性を改良した易染性メタ型芳香族ポリアミド繊維の開発がなされている。該繊維へ難燃剤を添加すると染色性が低下したり、染色時に難燃剤が脱落し難燃性能が低下するなどの問題があった。
【0010】
そこで、易染性メタ型芳香族ポリアミド繊維中へ非ハロゲン化芳香族縮合型リン酸エステルを含有させることが開示(下記特許文献12参照)されているが、メタ型芳香族ポリアミド繊維に一般的に用いられるキャリア剤を用いた染色において、キャリア剤の種類によっては難燃剤の脱落が大きく十分な効果が得られていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開昭53−122817号公報
【特許文献2】特公昭35−14399号公報
【特許文献3】特公昭47−10863号公報
【特許文献4】特公昭48−17551号公報
【特許文献5】特開昭50−52167号公報
【特許文献6】特開昭56−31009号公報
【特許文献7】特開平8−74121号公報
【特許文献8】特開平10−88421号公報
【特許文献9】特開2000−303365号公報
【特許文献10】特開2001−348726号公報
【特許文献11】特開2007−254915号公報
【特許文献12】特開2004−52166号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明の課題は、かかる従来技術における問題点を解消し、染色加工による難燃剤の脱落による性能低下を最小限に抑えたより安全で環境に対応した高い難燃性を示す易染性メタ型全芳香族ポリアミド繊維を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
発明者は、上記の課題を解決するために鋭意検討をおこなった結果、メタ型全芳香族ポリアミド繊維の製造に用いる有機溶剤に対し、特定の溶解挙動を示す有機リン化合物からなる難燃剤を、メタ型全芳香族ポリアミド繊維中のリン原子含有量が0.3wt%以上となるように含有させるとき、易染性メタ型全芳香族ポリアミド繊維が得られることを究明し、本発明に到達した。
【0014】
即ち、本発明によれば、
1.メタ型全芳香族ポリアミド繊維中におけるリン原子含有量が0.3wt%以上となるように有機リン化合物が含有されたメタ型全芳香族ポリアミド繊維であって、該繊維の燃焼時限界酸素指数LOIが33以上であり、かつ染色による着色後の繊維の燃焼時限界酸素指数LOIが少なくとも30以上であり、かつカチオン染料(日本化薬社製、商品名:Kayacryl Blue GSL−ED(B−54))を染料として用いた染色における染料の染着率が95%以上である難燃性能に優れた易染性メタ型全芳香族ポリアミド
繊維、
2.該繊維に含まれる有機リン化合物の熱分解開始温度が300℃以上である上記1記載の難燃性能に優れた易染性メタ型全芳香族ポリアミド繊維、
3.有機リン化合物が、芳香族リン酸エステル類、芳香族縮合リン酸エステル類、含ハロゲンリン酸エステル類、含ハロゲン縮合リン酸エステル類のうち、繊維製造用紡糸ドープに用いる有機溶剤に5%以上溶解し、該有機溶剤の60%水溶液には不溶である上記1または2記載の難燃性能に優れた易染性メタ型全芳香族ポリアミド繊維、
4.該繊維中におけるハロゲン含有量が0.2wt%以下である上記1〜3いずれか1項に記載の難燃性能に優れた易染性メタ型全芳香族ポリアミド繊維、
及び、
5.芳香族リン酸エステル類、芳香族縮合リン酸エステル類、含ハロゲンリン酸エステル類、含ハロゲン縮合リン酸エステル類のうち、繊維製造用紡糸ドープに用いる有機溶剤に5%以上溶解し、該有機溶剤の60%水溶液には不溶である有機リン化合物を、紡糸ドープに対しリン原子含有量が0.3〜5.0wt%となるように添加した後、紡糸することを特徴とする難燃性能に優れた易染性メタ型全芳香族ポリアミド繊維の製造方法、
が提供される。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、有機リン化合物からなる難燃剤が均一に混合されるので、繊維成形加工において糸切れなどの生産性低下が少ない上、難燃剤が繊維中に効率よく残留することから、少ない添加量で難燃効果を得ることができ、また、凝固液の再利用に際し、装置の腐食などの影響を与えることの無い、易染性メタ型全芳香族ポリアミド繊維を得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明について詳細を説明する。
【0017】
本発明におけるメタ型全芳香族ポリアミドは、メタ型芳香族ジアミンとメタ型芳香族ジカルボン酸ハライドとを原料として、例えば溶液重合や界面重合させることにより製造されるポリアミドであるが、本発明の目的を阻害しない範囲内で、例えばパラ型等の他の共重合成分を共重合したものであってもよい。
【0018】
上記メタ型芳香族ジアミンとしては、メタフェニレンジアミン、3,4’−ジアミノジフェニルエーテル、3,4’−ジアミノジフエニルスルホン等及びこれらの芳香環にハロゲン、炭素数1〜3のアルキル基等の置換基を有する誘導体、例えば2,4−トルイレンジアミン、2,6−トルイレンジアミン、2,4−ジアミノクロルベンゼン、2,6−ジアミノクロルベンゼン等を使用することができる。なかでも、メタフェニレンジアミン又はメタフェニレンジアミンを70モル%以上含有する上記の混合ジアミンが好ましい。
【0019】
また、上記メタ型芳香族ジカルボン酸ハライドとしては、イソフタル酸クロライド、イソフタル酸ブロマイド等のイソフタル酸ハライド、及びこれらの芳香環にハロゲン、炭素数1〜3のアルコキシ基等の置換基を有する誘導体、例えば3−クロルイソフタル酸クロライド、3−メトキシイソフタル酸クロライドを使用することができる。なかでも、イソフタル酸クロライド又はイソフタル酸クロライドを70モル%以上含有する上記の混合カルボン酸ハライドが好ましい。
【0020】
上記のジアミンとジカルボン酸ハライド以外で使用し得る共重合成分としては、芳香族ジアミンとして、パラフェニレンジアミン、2,5−ジアミノクロルベンゼン、2,5−ジアミノブロムベンゼン、アミノアニシジン等のベンゼン誘導体、1,5−ナフチレンジアミン、4,4’−ジアミノジフェニルエーテル、4,4’−ジアミノジフェニルケトン
、4,4’−ジアミノジフェニルアミン、4,4’−ジアミノジフェニルメタン等が挙げられ、一方、芳香族ジカルボン酸ハライドとして、テレフタル酸クロライド、1,4−ナフタレンジカルボン酸クロライド、2,6−ナフタレンジカルボン酸クロライド、4,4’−ビフェニルジカルボン酸クロライド、4,4’−ジフェニルエーテルジカルボン酸クロライド等が挙げられる。
【0021】
これらの共重合成分の共重合比は、あまりに多くなりすぎるとメタ型全芳香族ポリアミドの特性が低下しやすいので、ポリアミドの全酸成分を基準として20モル%以下が好ましい。特に、好適なメタ型全芳香族ポリアミドは、全繰返し単位の80モル%以上がメタフェニレンイソフタルアミド単位からなるポリアミドであり、なかでもポリメタフェニレンイソフタルアミドが好ましい。
【0022】
かようなメタ型全芳香族ポリアミドの重合度は、30℃において97%濃硫酸を溶として測定した固有粘度(IV)が1.3〜3.0の範囲が適当である。
【0023】
次にここで得られたメタ型全芳香族ポリアミドを溶解する溶に溶解して繊維製造用の紡糸ドープを調整するが、重合後メタ型全芳香族ポリアミドを単離せずそのまま紡糸ドープとすることも可能である。ここで用いる溶としてアミド系溶を一般的に用いることができ、主なアミド系溶としては、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)、ジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルアセトアミド(DMAc)等を例示することができる。これらのなかでは溶解性と取り扱い安全性の観点から、NMPまたはDMAcを用いることが好ましい。
【0024】
溶液濃度としては、次工程である紡糸・凝固工程での凝固速度および重合体の溶解性の観点から、適当な濃度を適宜選択すればよく、例えば、ポリマーがポリメタフェニレンイソフタルアミドで溶がNMPの場合には、通常は10〜30質量%の範囲とすることが好ましい。
【0025】
本発明においてこの紡糸ドープに有機リン化合物からなる難燃剤をメタ型全芳香族ポリアミド繊維中のリン原子含有量が0.3wt%以上となるように添加するが、特に芳香族リン酸エステル類、芳香族縮合リン酸エステル類、含ハロゲンリン酸エステル類、含ハロゲン縮合リン酸エステル類のうち、繊維製造用紡糸ドープに用いる有機溶剤に5%以上溶解し、該有機溶剤の60%水溶液には不溶である特性を持ったものを選定して添加することで、紡糸ドープ中に溶解させ均一に混ぜ合わすことが可能となり、繊維成形加工後の繊維中への残留率も高く効率の良い加工となる。
【0026】
ここで、芳香族リン酸エステル類、芳香族縮合リン酸エステル類、含ハロゲンリン酸エステル類、含ハロゲン縮合リン酸エステル類のうち、繊維製造用紡糸ドープに用いる有機溶剤に5%未満しか溶解しない有機リン化合物を使用した場合、紡糸ドープに必要な量の難燃剤を溶解することが困難となる。さらに、この場合、紡糸ドープに添加するには均一に分散させることが必要となるが、非常に難しい工程となる。また均一に分散できたとしても粒子または、粒子の凝集物が存在すると繊維成形加工時に単糸が切断するなどの不具合が多く発生する上、繊維化できたとしても該繊維の強度が低下する。
【0027】
また、芳香族リン酸エステル類、芳香族縮合リン酸エステル類、含ハロゲンリン酸エステル類、含ハロゲン縮合リン酸エステル類のうち、繊維製造用紡糸ドープに用いる有機溶剤に5%以上溶解し、この溶剤の60%水溶液にも十分溶解するものは、繊維成形加工時にこの溶と一緒に難燃剤も抜け落ちてしまいあらかじめ多くの剤を添加しておかなければその性能を発現することが出来ず、効率が悪く不適切な加工となる。
【0028】
該有機リン化合物の熱分解開始温度は、300℃以上であることが好ましく、さらに330℃以上であることがより好ましい。この熱分解開始温度が高いと有機リン酸化合物による難燃性能が高くなるだけでなく、メタ型全芳香族ポリアミドの繊維成形加工時に実施する熱処理加工時に分解が抑えられそれに起因する変色や難燃性の低下を防ぐことができる。
【0029】
さらに該有機リン化合物にハロゲンが含まれていないものを選択することで、環境問題への対応も可能となる。
【0030】
ここで用いる有機リン化合物からなる難燃剤としては、芳香族リン酸エステル類、芳香族縮合リン酸エステル類、含ハロゲンリン酸エステル類、含ハロゲン縮合リン酸エステル類の中から上記特徴にあったものを選定することができる。特に繊維製造用紡糸ドープに用いる有機溶剤に5%以上溶解し、さらにこの溶の60%水溶液には溶解しない特性を持ったものに該当するのは、芳香族縮合リン酸エステル類に多く、主に、レゾルシノールビス−ジフェニルホスフェート(RDP)、レゾルシノールビス−ジキシレニルホスフェート(RDX)、などを使用することができる。
【0031】
ただし、下記構造を有する芳香族縮合リン酸エステルの多くは、常温で液体状であるものが多く紡糸ドープの溶の60%水溶液になじみやすく5%以上溶解することがあり使用することが一般的に好ましくない。
【0032】
【化1】
式中、Rは非ハロゲン化フェニル基、XはビスフェノールA残基、nは1〜3の整数を表す。
【0033】
一方、下記構造式であらわされる芳香族縮合リン酸エステルは、常温で固体であり、本願の難燃剤として好ましい。
【0034】
【化2】
式中、Rは非ハロゲン化フェニル基、Xは芳香環を有する構造で主に下記のものが好ましい。
【0035】
【化3】
【0036】
該有機リン化合物は、メタ型全芳香族ポリアミド繊維の製造に用いる有機溶剤に5%以上溶解するため、紡糸ドープへの添加が容易であり、該有機リン化合物とメタ型全芳香族ポリアミドがともに溶解状態で均一に混合されることから繊維成形加工時に単糸切れなどの不具合が起こりにくくなり安定した繊維の製造が可能となる。
【0037】
また該有機リン化合物は、該有機溶剤60%水溶液において不溶となる特性を持っていることから、繊維成形加工時においてその凝固液となる該有機溶剤水溶液中への溶出がなく、繊維中に効率よく残留するため難燃性能発現への寄与率が高くなる。
【0038】
さらに、該有機リン化合物の熱分解開始温度が300℃以上である場合、繊維成形加工時に実施される熱処理による分解は、ほとんど起こらず、変色や強度低下も小さくなり、L値が85以上の無色の易染性繊維を得ることが可能となる。さらに該有機リン化合物にハロゲンが含まれていないものを選択することにより環境問題への対応も可能となる。
【0039】
次に、上記のとおり調製された紡糸ドープを凝固液中へ紡出し凝固させる。紡糸装置としては特に限定されるものではなく、従来公知の湿式紡糸装置を使用することができる。また、安定して湿式紡糸できるものであれば、紡糸口金の紡糸孔数、配列状態、孔形状等は特に制限する必要はなく、例えば、孔数が500〜30000個、紡糸孔径が0.05〜0.2mmのスフ用の多ホール紡糸口金等を用いてもよい。
【0040】
また、紡糸口金から紡出する際の紡糸ドープの温度は、10〜90℃の範囲が適当である。
【0041】
本発明に用いられる繊維を得るために用いる凝固浴の例としては、無機塩を含まないアミド系溶濃度45〜60質量%の水溶液を、浴液の温度10〜35℃の範囲で用いる。
【0042】
アミド系溶濃度が45質量%未満ではスキンが厚い構造となってしまい、洗浄工程における洗浄効率が低下し、最終繊維に溶が残存することとなる。また、アミド系溶濃度が60質量%を超える場合には、繊維内部に至るまで均一な凝固を行うことができず、このため、繊維成形加工時に単糸が切断するなどの不具合が多く発生する。なお、凝固浴中への繊維の浸漬時間は、0.1〜30秒の範囲が適当である。
【0043】
次に凝固浴にて凝固して得られた繊維が可塑状態にあるうちに、可塑延伸浴中にて繊維を延伸処理する。可塑延伸浴液としては特に限定されるものではなく、従来公知の浴液を採用することができる。
【0044】
本発明の繊維を得るためには、可塑延伸浴中の延伸倍率を、3.5〜5.0倍の範囲とする必要があり、さらに好ましくは3.7〜4.5倍の範囲とする。本発明の繊維の製造
においては、可塑延伸浴中にて特定倍率の範囲で可塑延伸することにより、凝固糸中からの脱溶剤を促進することができる。
【0045】
可塑延伸浴中での延伸倍率が3.5倍未満である場合には、凝固糸中からの脱溶剤が不十分となる。また、破断強度が不十分となり、紡績工程等の加工工程における取り扱いが困難となる。一方で、延伸倍率が5.0倍を超える場合には、単糸切れが発生するため、工程安定性が悪くなる。
【0046】
可塑延伸浴の温度は、10〜90℃の範囲が好ましい。好ましくは温度20〜90℃の範囲にあると、工程安定性がよい。
【0047】
次に、繊維中に残留している溶剤を洗浄する。この工程においては、可塑延伸浴にて延伸された繊維を、十分に洗浄する。洗浄は、得られる繊維の品質面に影響を及ぼすことから、多段で行うことが好ましい。特に、洗浄工程における洗浄浴の温度および洗浄浴液中のアミド系溶の濃度は、繊維からのアミド系溶の抽出状態および洗浄浴からの水の繊維中への浸入状態に影響を与える。このため、これらを最適な状態とする目的においても、洗浄工程を多段とし、温度条件およびアミド系溶の濃度条件を制御することが好ましい。
【0048】
温度条件およびアミド系溶の濃度条件については、最終的に得られる繊維の品質を満足できるものであれば、特に限定されるものではない。ただし、最初の洗浄浴を60℃以上の高温とすると、水の繊維中への浸入が一気に起こるため、繊維中に巨大なボイドが生成し、品質の劣化を招く。このため、最初の洗浄浴は、30℃以下の低温とすることが好ましい。
【0049】
繊維中に溶が残っている場合には、該繊維の難燃性を低下させる上に、該繊維を用いた製品の加工、および当該繊維を用いて形成された製品の使用における環境安全性においても好ましくない。このため、本発明に用いられる繊維に含まれる溶量は、0.2%以下であり、より好ましくは0.15%以下であり、0.1%以下であることが特に好ましい。
【0050】
次に、乾熱処理工程においては、洗浄工程を経た繊維を、乾燥・熱処理する。乾熱処理の方法としては特に限定されるものではないが、例えば、熱ローラー、熱板等を用いる方法を挙げることができる。乾熱処理を経ることにより、最終的に、本発明に用いられるメタ型全芳香族ポリアミド繊維を得ることができる。
【0051】
本発明に用いられる繊維を得るためには、乾熱処理工程における熱処理温度を、260〜330℃の範囲とする必要があり、270〜310℃の範囲とすることがさらに好ましい。熱処理温度が260℃未満の場合には、繊維の結晶化が不十分となり、目的とする耐酸性が不十分なものとなる。一方で、330℃を越える場合には、繊維の結晶化が大きくなりすぎるため、染色性が大きく低下してしまう。また、乾熱処理温度を260〜330℃の範囲とすることは、得られる繊維の破断強度の向上に寄与する。
【0052】
乾熱処理が施されたメタ型全芳香族ポリアミド繊維には、必要に応じて、さらに捲縮加工を施してもよい。さらに、捲縮加工後は、適当な繊維長に切断し、次工程に提供してもよい。また、場合によっては、マルチフィラメントヤーンとして巻き取ってもよい。
【0053】
こうして得られた易染性芳香族ポリアミド繊維は、難燃性の指標であるLOI値が33以上である。次にこれらの繊維は、要求に応じた色相へ染色加工される。易染性芳香族ポリアミド繊維は、その構造から通常の高圧染色等では繊維内部への染料の浸透が不十分で
あり十分な染色が出来ないため、一般的にキャリア剤を用いた染色が行われる。本発明の繊維は、このキャリア剤を用いた染色においてその染着率が95%以上であり、さらに染色後の繊維中に難燃剤が80%以上残留しており、LOI値が30以上と難燃性が良好な状態を維持している。
【実施例】
【0054】
以下、実施例により本発明をより詳細に説明する。ただし、本発明はこれら実施例により限定されるものではない。
なお、例中の「部」および「%」は特に断らない限りすべて質量基準に基づくものであり、量比は特に断らない限り質量比を示す。実施例および比較例における各物性値は下記の方法で測定した。
【0055】
<固有粘度(I.V.)>
ポリマーを97%濃硫酸に溶解し、オストワルド粘度計を用い30℃で測定した。
<溶解度評価>
溶解度評価は、2種の評価液で実施した。
(i)メタ型全芳香族ポリアミド繊維の製造に用いる有機溶剤100%、
(ii)該有機溶剤60%水溶液(有機溶剤60/水40)
測定は以下の手順で実施した。
(1)評価液100gをあらかじめ計量したフラスコに測定対象の化合物5gを加え20℃で2時間攪拌した後、全て溶解した場合、溶解度:>5%とする。
(2)溶け残りが確認された場合、20℃で12時間以上静置した後、溶け残りが全て溶解していた場合も、溶解度:>5%とする。
(3)この段階で溶け残りが確認された場合、上澄み液を50g秤量瓶に取り出し、絶乾法で溶解濃度を重量%で求める。
<繊度>
JIS L1015に基づき、正量繊度のA法に準拠した測定を実施し、見掛繊度にて表記した。
<破断強度、破断伸度>
JIS L1015に基づき、インストロン社製 型番5565を用いて、以下の条件で測定した。
(測定条件)
つかみ間隔 :20mm
初荷重 :0.044cN(1/20g)/dtex
引張速度 :20mm/分
<難燃性LOI値>
JIS K7201のLOI測定法に準拠して、LOI値を求めた。
<明度L値>
分校色彩計 SD7000(日本電色工業製)を用いて測定した。
<熱分解開始温度>
Pyris1 TGA(PerkinElmer製)にて熱重量測定を10℃/minの速度で昇温して実施、サンプル重量が5%減少した温度を熱分解開始温度とした。
<染着率>
染色条件から繊維中に染料が吸塵される比率が、100%、95%、90%、85%、80%となった場合、それぞれ0.1gの繊維中に含有される染料量を4%塩化リチウムを溶解したジメチルアセトアミド(DMAc)溶液に溶解し100gとした溶液における波長623nmの吸光度を測定しあらかじめ検量線を作成し、染着率100%時の吸光度(X100)を求める。染色後の繊維0.1gを4%塩化リチウムDMAc99.9g中に投入し、60℃に加熱しながら3時間攪拌しながら溶解する。この溶液における波長623nmの吸光度(X)を測定し、下記式によって染着率(U)を求める。
染着率(U)=(X/X100)×100
【0056】
[実施例1〜2]
(ポリマーの製造)
乾燥窒素雰囲気下の反応容器に、水分率が100ppm以下のN,N−ジメチルアセトアミド(DMAc)721.5質量部を秤量し、このDMAc中にメタフェニレンジアミン97.2質量部(50.18モル%)を溶解させ、0℃に冷却した。この冷却したDMAc溶液に、さらにイソフタル酸クロライド(以下IPCと略す)181.3質量部(49.82モル%)を徐々に攪拌しながら添加し、重合反応を行った。
【0057】
次に、平均粒径が10μm以下の水酸化カルシウム粉末を66.6質量部秤量し、重合反応が完了したポリマー溶液に対してゆっくり加え、中和反応を実施した。水酸化カルシウムの投入が完了した後、さらに40分間攪拌して、透明なポリマー溶液を得た。
【0058】
得られたポリマー溶液からポリメタフェニレンイソフタルアミドを単離してIVを測定したところ、1.65であった。また、ポリマー溶液中のポリマー濃度は、17%であった。
【0059】
(繊維の製造)
芳香族縮合リン酸エステルであるレゾルシノールビス−ジキシレニルホスフェートのDMAcへの溶解度を測定したところ溶解度:>5%、DMAc60%水溶液には、溶解度:0%で不溶であった。またこの化合物の熱分解開始温度は、320℃であった。
この化合物を難燃剤として該ポリマー溶液に、計算上繊維中のリン含有量としてそれぞれ0.30%、0.50%となるよう添加し、減圧脱法して紡糸ドープとした。
【0060】
(紡糸)
上記紡糸ドープを、孔径0.07mm、孔数500の紡糸口金から、浴温度30℃の凝固浴中に吐出して紡糸した。凝固液の組成は、水/DMAc=45/55(質量部)であり、凝固浴中に糸速7m/分で吐出して紡糸した。
引き続き、温度40℃の水/DMAc=45/55の組成の可塑延伸浴中にて、3.7倍の延伸倍率で延伸を行った。
延伸後、20℃の水/DMAc=70/30の浴(浸漬長1.8m)、続いて20℃の水浴(浸漬長3.6m)で洗浄し、さらに60℃の温水浴(浸漬長5.4m)に通して十分に洗浄を行った。
洗浄後の繊維について、表面温度280℃の熱ローラーにて乾熱処理を施し、メタ型全芳香族ポリアミド繊維をトウの状態でサンプリングし破断強度、破断伸度の測定を行った。結果を表1に示す。
【0061】
さらに得られたトウ状態の繊維を束ねてクリンパーを通し、捲縮を付与した後、カッターでカットして51mmの短繊維とすることにより、原綿を得た。得られた原綿を用いて難燃性LOI値を測定した。またこの繊維中のリン含有量を測定した。この結果を表1に示す。
【0062】
(染色)
カチオン染料(日本化薬社製、商品名:Kayacryl Blue GSL−ED(B−54))6%owf、酢酸0.3mL/L、硝酸ナトリウム20g/L、キャリア剤としてベンジルアルコール70g/L、分散剤として染色助剤(明成化学工業社製、商品名:ディスパーTL)0.5g/Lを含む染色液を用意した。
試料繊維と当該染色液の浴比を1:40として、120℃下60分間の染色処理を実施した。
【0063】
染色処理後、ハイドロサルファイト2.0g/L、アミラジンD(第一工業製薬社製、商品名:アミラジンD)2.0g/L、水酸化ナトリウム1.0g/Lの割合で含有する処理液を用いて、浴比1:20で80℃下20分間の還元洗浄を実施し、水洗後に乾燥することにより染色繊維を得た。
得られた繊維を開繊し分校色彩計 SD7000(日本電色工業製)を用い明度L値を測定した。さらに上記記載の方法で染着率の測定を行った。結果を表1に示す。
【0064】
[比較例1]
(ポリマーの製造)
実施例1、2と同様に実施してポリマー溶液を得た。
(繊維の製造)
芳香族縮合リン酸エステルであるレゾルシノールビス−ジキシレニルホスフェートのDMAcへの溶解度を測定したところ溶解度:>5%、DMAc60%水溶液には、溶解度:0%で不溶であった。またこの化合物の熱分解開始温度は、320℃であった。
この化合物を難燃剤として該ポリマー溶液に、計算上繊維中のリン含有量としてそれぞれ0.20%となるよう添加し、減圧脱法して紡糸ドープとした。
(紡糸および染色)
実施例1、2と同様に実施した。
【0065】
[比較例2]
該ポリマー溶液に、なにも添加せず、減圧脱法して紡糸ドープとした以外は実施例1と同様に実施した。
【0066】
[比較例3]
(ポリマーの製造)
実施例1、2と同様に実施してポリマー溶液を得た。
(繊維の製造)
芳香族縮合リン酸エステルであるビスフェノールAビス(ジフェニルホスフェート)のDMAcへの溶解度を測定したところ溶解度:>5%、DMAc60%水溶液には、溶解度:>5%であった。またこの化合物の熱分解開始温度は、320℃であった。
この化合物を難燃剤として該ポリマー溶液に、計算上繊維中のリン含有量としてそれぞれ0.50%となるよう添加し、減圧脱法して紡糸ドープとした。
(紡糸および染色)
実施例1、2と同様に実施した。
【0067】
[比較例4]
(ポリマーの製造)
実施例1、2と同様に実施してポリマー溶液を得た。得られたポリマー溶液からポリメタフェニレンイソフタルアミドを単離しフレーク状のポリマーとした後、アミド系溶であるN−メチル−2−ピロリドン(NMP)にポリマー濃度18%となるよう溶解し、紡糸ドープに用いるポリマー溶液を得た。
(繊維の製造)
芳香族縮合リン酸エステルであるビスフェノールAビス(ジフェニルホスフェート)のNMPへの溶解度を測定したところ溶解度:>5%、NMP60%水溶液には、溶解度:>5%であった。またこの化合物の熱分解開始温度は、320℃であった。
この化合物を難燃剤として該ポリマー溶液に、計算上繊維中のリン含有量としてそれぞれ0.30%となるよう添加し、減圧脱法して紡糸ドープとした。
(紡糸)
上記紡糸ドープを、孔径0.07mm、孔数500の紡糸口金から、浴温度85℃の凝
固浴中に吐出して紡糸した。凝固液の組成は、塩化カルシウム/水/NMP=40/55/5(質量部)であり、凝固浴中に糸速7m/分で吐出して紡糸した。
引き続き、温度95℃の温水中で2.3倍の延伸倍率で延伸し、次いで200℃の加熱ロールを通して乾燥した後、さらに60℃の温水浴(浸漬長5.4m)に通して十分に洗浄を行った以外は実施例1と同様に実施した。
【0068】
【表1】
【0069】
実施例1および2の紡糸において難燃剤の繊維中への残留が多く、また染色後においてもその残留量が多い結果となり、染色後のLOI値も30を超えた値が得られている。さらにその染色性を表す染色における染着率も95%以上と非常に効率的であり、繊維内部まで均一に染料が侵入しており、耐久性に優れる染色が可能であった。
【0070】
比較例1および2においては、繊維中に残留する難燃剤量が少なく、染色後における効果が不十分なものとなってしまった。また、染着率も低下しており、繊維内部まで均一に染料が侵入しておらず、洗濯堅牢度などの耐久性に劣るものとなってしまった。
【0071】
比較例3および4においてキャリアなどを用いない染色であれば繊維中に残留する難燃剤量が多くなるが、ベンジルアルコールなどのキャリア剤を用いた染色においては、難燃剤の脱落が多く、染色後のLOI値が30に満たない結果が得られている。
【産業上の利用可能性】
【0072】
本発明によって、有機リン化合物からなる難燃剤の添加なしでは発現しない高い難燃性能を持った易染性メタ型全芳香族ポリアミド繊維を得ることができ、特に耐熱性、防炎性、耐炎性が重視される防護衣等の防災安全衣料用途等においてその視認性やデザインに対応した要求色へ染色により着色することを目的とした易染性の繊維素材を提供することができる。