(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6873856
(24)【登録日】2021年4月23日
(45)【発行日】2021年5月19日
(54)【発明の名称】無水酢酸の製造方法
(51)【国際特許分類】
C07C 51/573 20060101AFI20210510BHJP
C07C 53/12 20060101ALI20210510BHJP
【FI】
C07C51/573
C07C53/12
【請求項の数】2
【全頁数】7
(21)【出願番号】特願2017-142589(P2017-142589)
(22)【出願日】2017年7月24日
(65)【公開番号】特開2019-23173(P2019-23173A)
(43)【公開日】2019年2月14日
【審査請求日】2020年5月28日
(73)【特許権者】
【識別番号】000002901
【氏名又は名称】株式会社ダイセル
(74)【代理人】
【識別番号】110002239
【氏名又は名称】特許業務法人後藤特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】神杉 遼太
(72)【発明者】
【氏名】峯邑 紀男
【審査官】
高橋 直子
(56)【参考文献】
【文献】
特開2012−153667(JP,A)
【文献】
特開2002−284736(JP,A)
【文献】
特開昭62−246536(JP,A)
【文献】
特表2008−510016(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
CAplus/REGISTRY(STN)
Japio−GPG/FX
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アミンまたはアミンに由来する不純物を含む粗無水酢酸を、陽イオン交換樹脂で処理した後に蒸留することにより無水酢酸を留出させて、アミンまたはアミンに由来する不純物を除去する精製工程を含む、無水酢酸の製造方法
であって、
アミンまたはアミンに由来する不純物として、下記のアミン化合物を含み、
【化1】
ガスクロマトグラフィー(GC)を用いて無水酢酸との面積(%)で比較した場合、精製前の前記アミン化合物の含有量が15〜100ppmであり、精製後の前記アミン化合物の含有量が10ppm以下である、無水酢酸の製造方法。
【請求項2】
前記精製工程により、硫酸着色試験(JIS.K.0071−1準拠)が60未満の無水酢酸を得る、請求項1に記載の無水酢酸の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、粗無水酢酸を精製する工程を含む、無水酢酸の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
無水酢酸は、酢酸セルロースの原料、医薬、農薬(アセフェート等)、染料、洗顔料、甘味料、可塑剤等に広く用いられている。
【0003】
無水酢酸の製法としては、酢酸、アセトンまたは酢酸メチル、酢酸エチル等の蒸気を熱分解して、生成するケテンガスを酢酸に吸収、反応させて得る方法、無水塩化アルミなどを触媒として酢酸にホスゲンと反応させる方法、またはエチリデンジアセテートを塩化亜鉛等触媒の存在下で加熱する方法などが知られている。
【0004】
これら公知の方法で得られる無水酢酸には不純物としてジケテンなどが混入しており、特に医薬、農薬、洗顔料等の原料に使用する無水酢酸は、不純物としてのジケテンの含有量によってその商品価値が著しく左右される。
【0005】
無水酢酸の製造において不純物としてのジケテンを除去する精製方法としては、特許文献1に記載の方法が知られている。特許文献1では、ジケテンを含む粗無水酢酸をイオン交換樹脂で処理し、必要に応じて該処理と同時あるいは該処理をした後に蒸留することが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特公平6−15491号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1では、イオン交換樹脂処理や蒸留による精製によりジケテン含有量の少ない品質の無水酢酸を得ていた。しかし、本発明者らは、特許文献1に記載の精製方法について検討したところ、ジケテンをガスクロマトグラフィーなどで不検出(5ppm以下)にまで精製しても、硫酸着色試験において着色が見られ、さらに酢酸程度の酸性条件下で着色が起こることが分かった。無水酢酸は、一般的にアセチル化原料に使用されることが多く、反応過程で酢酸が副生する。そのため、酸性条件下で着色を起こす不純物が存在することは、この無水酢酸を原料とした製品への着色につながり、その商品価値を著しく低下させる。
【0008】
本発明者らは、この着色の原因となる物質を調査したところ、無水酢酸の原料であるケテンガス生成時に添加するアンモニウム塩触媒由来のアミン又はそれに由来する不純物が無水酢酸中に混入しており、これらが主に酸性条件下での着色を引き起こしていると考えられることを発見した。
【0009】
本発明は、酸性条件下での着色の原因となる不純物が少ない高品質の無水酢酸を得るための精製方法を含む、無水酢酸の製造方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記目的を達成するため鋭意検討した結果、硫酸着色試験で着色を引き起こすアミン又はそれに由来する不純物を含む粗無水酢酸を、陽イオン交換樹脂で処理することにより、不純物である微量着色成分を高沸化させ、これを蒸留して留出することで、硫酸着色試験で着色を引き起こさず、酸性条件下での着色の原因となる不純物が少ない高品質の無水酢酸が得られることを見出し、本発明を完成した。
【0011】
すなわち、本発明は、アミンまたはアミンに由来する不純物を含む粗無水酢酸を、陽イオン交換樹脂で処理した後に蒸留することにより無水酢酸を留出させて、アミンまたはアミンに由来する不純物を除去する精製工程を含む無水酢酸の製造方法を提供する。
【0012】
また、本発明は、前記精製工程により、硫酸着色試験(JIS.K.0071−1準拠)が60未満の無水酢酸を得ることが好ましい。
【発明の効果】
【0013】
本発明は、硫酸着色試験で着色を引き起こし、酸性条件下での着色の原因となるアミンまたはアミンに由来する不純物が少ない高品質の無水酢酸を得ることができる。本発明で得られた無水酢酸は、酸性条件下で着色しないため、アセチルセルロース、医薬、農薬、染料等の原料として使用した場合、製品の着色を軽減することができ、商品価値が高い。さらに、本発明では、従来の無水酢酸の精製プロセスの一部として、陽イオン交換樹脂を通過させるだけなので設備導入も容易である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明は、アミンまたはアミンに由来する不純物を含む粗無水酢酸を、陽イオン交換樹脂で処理した後に蒸留することによりアミンまたはアミンに由来する不純物を除去する精製工程を含む。粗無水酢酸は、例えば、ケテンと酢酸を反応させることにより得られる。
【0015】
精製工程では、粗無水酢酸を、陽イオン交換樹脂で処理した後に蒸留することにより無水酢酸を留出させる。精製工程は、硫酸着色試験で着色を引き起こす、アミンまたはアミンに由来する不純物を除去するための工程である。本発明の実施においては、例えば、所定量の原料である粗無水酢酸に対して陽イオン交換樹脂を適量加えて処理後、イオン交換樹脂を分離し、単蒸留により脱高沸を実施するバッチ方式で行うことができる。
【0016】
精製工程では、まず、硫酸着色試験で着色を引き起こすアミンまたはアミンに由来する不純物を高沸化するために、粗無水酢酸を陽イオン交換樹脂で処理する。高沸化後のアミンまたはアミンに由来する不純物の沸点は、無水酢酸の沸点である140℃を超える温度であれば特に制限されないが、例えば150℃以上(150〜300℃)、好ましくは160℃以上である。
【0017】
具体的に当該処理は、粗無水酢酸と陽イオン交換樹脂を接触させることにより行う。処理時間は、例えば5〜60分、好ましくは10〜30分である。また、処理温度は、常温(約23℃)でもよく、適宜、無水酢酸の沸点である140℃程度または使用する陽イオン交換樹脂の耐熱温度まで加熱しながら行ってもよい。陽イオン交換樹脂の量が処理する原料である粗無水酢酸に対し一定の場合は、処理温度は高い方が、また、処理時間は長い方が不純物を高沸化する効果は大きい。粗無水酢酸中に含まれる不純物の量に応じて、適宜、処理時間および温度を調整することができる。本発明の精製工程に供する粗無水酢酸は、陰イオン交換樹脂を用いて処理をした後に蒸留を行い、ジケテンなどのアミンまたはアミンに由来する不純物以外の不純物を予め除去した粗無水酢酸であってもよい。
【0018】
陽イオン交換樹脂は、三次元的な網目構造を持った高分子母体に陽イオン交換基を導入した合成樹脂であり、陽イオン交換基が電離して陽イオンを放出する性質を有する。陽イオンを放出する基としては、例えばスルホ基、カルボキシル基が挙げられる。本発明では、粗無水酢酸と陽イオン交換樹脂を接触させることにより、アミンまたはアミンに由来する不純物における陽イオンが交換され、結果として当該不純物の沸点が高くなるものと考えられる。また、陽イオン交換樹脂の高分子母体は、例えばスチレン−ジビニルベンゼンの共重合体(スチレン系樹脂)が挙げられる。イオン交換樹脂としては、陽イオン交換樹脂と陰イオン交換樹脂があるが、本発明では、アミンまたはそれに由来する不純物を高沸化でき、蒸留にて効率的に不純物を取り除くことができる点から、陽イオン交換樹脂を使用する。また、陽イオン交換樹脂は、スルホ基を有する強酸性イオン交換樹脂であることが好ましい。
【0019】
本発明では、陽イオン交換樹脂の形状は、特に制限されないが、球状であることが好ましく、その直径は0.1〜1.0mm程度、好ましくは0.3〜0.8mmである。陽イオン交換樹脂の三次元的な網目構造における平均細孔径は、例えば10〜50nm程度であり、好ましくは15〜40nm、より好ましくは20〜30nmである。また、陽イオン交換樹脂の見掛け密度は、例えば0.1〜5g/mL程度、好ましくは0.2〜3g/mL、より好ましくは0.3〜1g/mLである。
【0020】
本発明において使用する陽イオン交換樹脂の量は、効率的に不純物を除去する点から、粗無水酢酸100質量部に対し、例えば0.1〜15質量部、好ましくは0.5〜10質量部、より好ましくは1〜8質量部、さらに好ましくは2〜6質量部である。使用する陽イオン交換樹脂の量は、粗無水酢酸中に含まれる不純物の量に応じて、適宜、調整することができる。なお、陽イオン交換樹脂で処理した後に分離、又はその後の蒸留にて回収した陽イオン交換樹脂は、繰り返し使用することができる。
【0021】
陽イオン交換樹脂としては、市販品を使用することができ、市販品としては、例えば、オルガノ株式会社製の触媒用イオン交換樹脂、商品名「アンバーリスト(登録商標)」、品番「15DRY」、「15JWET」、「16WET」、「31WET」、「35WET」が挙げられる。なかでも陽イオン交換樹脂としては、効率的に不純物を高沸化できる点から、非水溶液用の乾燥品である、品番「15DRY」を使用することが好ましい。
【0022】
陽イオン交換樹脂で処理後に、高沸化した不純物を除去するために蒸留を行う。具体的には、陽イオン交換樹脂で処理後の無水酢酸を、例えばエバポレーターを用いて留出(単蒸留)することにより行う。留出液として、アミンまたはそれに由来する不純物を除去した精製後の無水酢酸が得られる。当該蒸留における留出温度は、無水酢酸の沸点である140℃程度(例えば、常圧で140〜145℃)である。留出(単蒸留)は、適宜、減圧をしながら行ってもよい。なお、陽イオン交換樹脂で処理後の陽イオン交換樹脂と無水酢酸を、ろ過等で固液分離して、陽イオン交換樹脂を除去してから留出(単蒸留)を行ってもよい。
【0023】
精製工程で除去する、硫酸着色試験で着色を引き起こす主な不純物としては、アミンまたはそれに由来する化合物が挙げられる。アミンまたはそれに由来する化合物の代表例としては、下記アミン化合物が挙げられる。下記アミン化合物は、原料であるケテンの製造時に触媒として使用したリン酸二アンモニウムに由来すると考えられる。ガスクロマトグラフィー(GC)を用いて無水酢酸との面積(%)で比較した場合、精製前の下記アミン化合物の含有量は、例えば15ppm以上(15〜100ppm)、好ましくは20ppm以上であり、精製後の下記アミン化合物の含有量は、例えば10ppm以下、好ましくは5ppm以下である。
【化1】
【0024】
本発明により、硫酸着色試験で着色しない無水酢酸を得ることができる。なお、硫酸着色試験とは、JIS.K.0071−1で規定される評価方法であり、具体的には、サンプルに濃硫酸を1質量%添加し、常温にて10分後の着色度合いを標準比色液と比較して目視判定する評価法である。本発明における硫酸着色試験の詳細は、実施例に記載のとおりである。本発明で得られる無水酢酸の硫酸着色試験の値は、好ましくは60未満(着色なし)である。
【0025】
本発明では、無水酢酸を、陽イオン交換樹脂で処理後、更に単蒸留程度の簡単な蒸留をすることにより、硫酸着色試験で着色を引き起こし、酸性条件下での着色の原因となる不純物が少ない高品質の無水酢酸を得ることができる。本発明で得られた無水酢酸は、硫酸着色試験で着色しないため、この無水酢酸を使用した次製品の着色も起きないと考えられ、次製品のプラスチックなどの着色改善にも繋がることが期待される。さらに、陽イオン交換樹脂は、容易に分離でき、繰り返し使用することができるため、連続方式にすることでより経済的となる。また、高沸化した不純物の除去は、単蒸留で十分あるため、従来の無水酢酸の精製プロセスの一部として、陽イオン交換樹脂を通過させるだけなので設備導入も容易である。
【実施例】
【0026】
以下に、実施例に基づいて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例により限定されるものではない。
【0027】
(実施例1)
ケテンと酢酸の反応により得られた原料の粗無水酢酸50gをフラスコに入れ、このフラスコに陽イオン交換樹脂(商品名「アンバーリスト(登録商標)」、品番「15DRY」、オルガノ社製)2.5gを添加し、室温で15分程度攪拌した。このとき、不純物濃度によって液の着色や若干の発熱が見られた。さらに、陽イオン交換樹脂をろ過分離して陽イオン交換樹脂を除去し、次に、エバポレーターにて単蒸留を実施し、留出液を処理品(精製後の無水酢酸)として得た。
【0028】
(実施例2)
ケテンと酢酸の反応により得られた原料の粗無水酢酸を、陰イオン交換樹脂(商品名「アンバーリスト(登録商標)」、品番「A21」、オルガノ社製)の充填塔にて連続処理し、さらに陰イオン交換樹脂分離後、蒸留によりジケテンを除去した留出液を得た。次に、ジケテンを除去した留出液50gをフラスコに入れ、実施例1と同様に、このフラスコに陽イオン交換樹脂(商品名「アンバーリスト(登録商標)」、品番「15DRY」、オルガノ社製)2.5gを添加し、室温で15分程度攪拌した。このとき、不純物濃度によって液の着色や若干の発熱が見られた。さらに、陽イオン交換樹脂をろ過分離して陽イオン交換樹脂を除去し、次に、エバポレーターにて単蒸留を実施し、留出液を処理品(精製後の無水酢酸)として得た。
【0029】
(比較例1〜4)
比較対象として、実施例1および2における原料の粗無水酢酸(比較例1)、実施例2におけるジケテンを除去した留出液(比較例2)、実施例2におけるジケテンを除去した留出液について、陽イオン交換樹脂処理をせずにエバポレーターにて単蒸留のみした処理品(比較例3)、実施例2におけるジケテンを除去した留出液について、陰イオン交換樹脂(品番「A21」)にて再処理後にエバポレーターにて単蒸留した処理品(比較例4)を用いた。
【0030】
実施例1および比較例1〜4の無水酢酸について、ガスクロマトグラフィー質量分析(GC−MS)および以下の硫酸着色試験を実施した。これらの結果を表1に示す。表1におけるジケテンおよびアミンは、GC−MSを用いてそれぞれのピークが検出されたかを確認した。アミンについては着色物質の代表として、下記アミン化合物のピークが検出されたかを確認した。
【化2】
【0031】
(硫酸着色試験)
硫酸着色試験は、JIS.K.0071−1に準じて、サンプル30mlに濃硫酸0.3mlを添加し、常温で10分後の着色度合いを標準比色液と目視判定して評価した。試験で用いた標準比色液は、JIS.K.0071−1の表2に記載のハーゼン色数標準液の作製方法を参考にして、60〜200について20刻みで作製したものを用いた。なお、硫酸着色試験における値は低いほど着色が少ないことを示し、この値が60未満の場合は着色なしとした。また、標準比色液の200よりも濃いサンプルについては200以上とした。
【0032】
【表1】