【実施例2】
【0031】
実施例2のX線分光分析装置10Aも、実施例1と同様に試料Sの表面に対する分光結晶14の所定の結晶面のなす角度を変更することにより、測定可能な元素の種類を適宜に変更すること等が可能な構成であるが、第1移動機構21A及び第2移動機構31Aの構成が実施例1と異なる。実施例2のX線分光分析装置10Aでは、第1移動機構21Aは第1直動機構211Aと第1回転機構212Aにより、第2移動機構31Aは第2直動機構311Aと第2回転機構312Aにより、それぞれ構成される。
【0032】
実施例2のX線分光分析装置10Aは、以下のような考え方に基づき設計されたものである。ここではX線リニアセンサ15の仕様(1280ch、検出素子間の間隔0.05mm)が予め決まっているものとする。
図4は、実施例2のX線分光分析装置10Aにおいて試料Sの照射領域Aから放出されたX線の光路を形成する各構成要素の配置を示したものである。
図4では試料ホルダ11や照射部12の記載を省略している。
【0033】
まず、測定範囲の中心波長λ
Mを決定する。この中心波長λ
Mと所定の結晶面の面間隔dから、ブラッグ反射の条件に基づき、試料Sからスリットを通過して分光結晶14の中央部に入射するX線の入射角θ
Mが確定する。そして、これにより分光結晶14の所定の結晶面の向き(試料Sの表面に対してなす角度)が決まる。
【0034】
次に、測定範囲の最小エネルギーE
L(最長波長λ
L)を決め、この最長波長λ
Lの光がX線リニアセンサ15の一方の端部D
Lに入射するように、スリットからX線リニアセンサ15までの光路長を決定する。この段階では、試料Sの表面に対して所定の結晶面がなす角度と、スリットからX線リニアセンサ15までの光路長のみが決まっている。つまり、この段階では、分光結晶14を
図4における符号14aの位置に配置することもできる。分光結晶14からX線リニアセンサ15までの距離は、該分光結晶14の位置に応じて適宜に変更し、前記光路長が変化しないようにする。
【0035】
続いて、使用する分光結晶14の大きさを決める。これにより、分光結晶14の位置が決まる。そして、該分光結晶14の一方の端部(最長波長λ
Lが入射する側と反対側の端部)においてブラッグ反射の条件を満たす波長λがこの配置における最短波長λ
H(最大エネルギーE
H)となる。この時点で、スリット部材13、分光結晶14、及びX線リニアセンサ15(これらをまとめて「測定光学系」と呼ぶ。)の相対的な位置関係が確定する。
【0036】
最後に、試料S(試料ホルダ11)と、測定光学系の相対的な位置関係を決める。これにより、試料Sの表面における照射領域Aの位置及び大きさが確定する(
図4における符号Sと符号S’を参照)。
【0037】
分光結晶14の所定の結晶面をLiF結晶の(200)面とし、それぞれ異なる対象元素を測定することを想定して設定した複数のエネルギー範囲(波長範囲)のそれぞれについて、上記の考え方に基づき測定光学系の位置を求めた結果を以下の表に示す。
【表1】
【0038】
ここでは、測定エネルギー範囲を6つに分類した。低エネルギー第1分類(低1)は、V, Cr, Mn, Nd〜Eu, Gdから放出される特性X線を測定することを想定した分類であり、測定範囲の最小エネルギーE
Lは4.9keV、中心エネルギーE
M(上記の中心波長λ
MのX線のエネルギー)は5.5keV、最大エネルギーE
Hは6.132keV、エネルギー分解能は0.937eVである。また、
図3に示す座標系において試料Sの照射領域Aの中央を原点とする分光結晶14のX線入射面の中心の座標位置(以下では「分光結晶14の座標位置」と記載する。)はX=219mm, Y=139mm、X線リニアセンサ15のX線入射面の中心の座標位置(以下では「X線リニアセンサ15の座標位置」と記載する。)はX=184mm, Y=326mmである。
【0039】
低エネルギー第2分類(低2)は、Mn, Fe, Co, Ni, Cu, Gd, Td, Dy〜Hfから放出される特性X線を測定することを想定した分類であり、測定範囲の最小エネルギーE
Lは5.98keV、中心エネルギーE
Mは7.0keV、最大エネルギーE
Hは8.058keV、エネルギー分解能は1.594eVである。また、
図3に示す座標系において試料Sの照射領域Aの中央を原点とする分光結晶14の座標位置はX=187mm, Y=119mm、X線リニアセンサ15の座標位置はX=216mm, Y=347mmである。
【0040】
中エネルギー第1分類(中1)は、Ni〜As, Se, Ta, W〜Pt, Au, Hg〜Pb〜Atから放出される特性X線を測定することを想定した分類であり、測定範囲の最小エネルギーE
Lは7.96keV、中心エネルギーE
Mは9.75keV、最大エネルギーE
Hは11.58keV、エネルギー分解能は2.797eVである。また、
図3に示す座標系において試料Sの照射領域Aの中央を原点とする分光結晶14の座標位置はX=173mm, Y=110mm、X線リニアセンサ15の座標位置はX=262mm, Y=376mmである。
【0041】
中エネルギー第2分類(中2)は、As〜Zr, Pb〜U〜Pu, Am〜Esから放出される特性X線を測定することを想定した分類であり、測定範囲の最小エネルギーE
Lは10.48keV、中心エネルギーE
Mは13.25keV、最大エネルギーE
Hは16.06keV、エネルギー分解能は4.328eVである。また、
図3に示す座標系において試料Sの照射領域Aの中央を原点とする分光結晶14の座標位置はX=164mm, Y=104mm、X線リニアセンサ15の座標位置はX=322mm, Y=413mmである。
【0042】
高エネルギー第1分類(高1)は、Nd〜Cd, In, Sn, U〜Pu, Am〜Lrから放出される特性X線を測定することを想定した分類であり、測定範囲の最小エネルギーE
Lは15.88keV、中心エネルギーE
Mは20.75keV、最大エネルギーE
Hは25.65keV、エネルギー分解能は7.609eVである。また、
図3に示す座標系において試料Sの照射領域Aの中央を原点とする分光結晶14の座標位置はX=153mm, Y=98mm、X線リニアセンサ15の座標位置はX=486mm, Y=515mmである。
【0043】
高エネルギー第2分類(高2)は、Sb〜Nd〜Euから放出される特性X線を測定することを想定した分類であり、測定範囲の最小エネルギーE
Lは25.42keV、中心エネルギーE
Mは34keV、最大エネルギーE
Hは42.60keV、エネルギー分解能は13.406eVである。また、
図3に示す座標系において試料Sの照射領域Aの中央を原点とする分光結晶14の座標位置はX=150mm, Y=96mm、X線リニアセンサ15の座標位置はX=579mm, Y=572mmである。
【0044】
なお、上記の考え方により各部材を配置した場合、X線リニアセンサ15が有する1280個の検出素子の高エネルギー側の一部にはX線が入射しないため、測定エネルギー範囲を分解能で除した値はX線リニアセンサ15のチャンネル数(1280)と異なる。ここでは、最小エネルギーE
Lから中心エネルギーE
Mまでの範囲をチャンネル数の半分の640で除した値を分解能ΔEとした。
【0045】
図5は、この結果を元に、分光結晶14の中心とX線リニアセンサ15の中心位置をプロットしたものであり、横軸は
図4におけるX方向、縦軸は
図4におけるY方向の座標である。このグラフを見ると、分光結晶14の中心位置の座標が直線上に位置していることが分かる。従って、第1直動機構211Aにより分光結晶14を上記座標位置に移動させ、第1回転機構212Aにより所定の(上記設計で求められた)角度に傾ければ良いことがわかる。また、X線リニアセンサ15の中心位置の座標も直線上に位置していることから、第2直動機構311Aにより分光結晶14を上記座標位置に移動させ、第2回転機構312Aにより所定の(上記設計で求められた)角度に傾ければ良いことがわかる。なお、
図5のグラフから分かるように分光結晶14の中心位置は、エネルギー範囲が異なっていてもそれほど大きく移動させる必要がない。従って、コストを抑えるという観点で、第1移動機構21Aを第1回転機構212Aのみで構成しても良い。
【0046】
ブラッグ反射の条件式に基づき異なる波長範囲における回折角度を求めると、試料Sの照射領域からX線リニアセンサ15に至る光路長が一定である場合、測定するX線が短波長(高エネルギー)になるほど分解能が低下する。つまり、実施例1のように第1移動機構を第1回転機構212のみで、第2移動機構を第2回転機構312のみで構成した場合、上記光路長が変化しないため、測定する特性X線が高エネルギーになるほど波長(エネルギー)分解能が低下する。一方、実施例2では、
図5に示すように、高エネルギー(短波長)になるほど原点から遠い位置にX線リニアセンサ15を移動させ、上記光路長を長くしているため、短波長(高エネルギー)領域において実施例1よりも高い分解能で測定を行うことができる。
【0047】
上記の実施例2では、5keV以上のエネルギーの特性X線を測定することを想定した例を説明したが、同様の考え方は5keV未満のエネルギーの特性X線を測定する際にも用いることができる。しかし、5keV以上のエネルギー領域と、5keV未満のエネルギー領域では、使用可能なX線リニアセンサ15の種類が異なる。5keV以上のエネルギー領域では、例えばX線リニアセンサ15としてシリコンストリップ検出器(SSD)が用いられるが、これをそのまま5keV未満のエネルギー領域で用いることはできない。5keV未満のエネルギー領域では、例えばX線リニアセンサ15としてCCD検出器等を用いる必要がある。また、このような低エネルギー領域において、例えばBのKα線(6775nm, 0.183keV)からTiのKβ線(251nm, 4.932keV)までを測定する場合、その波長範囲が広すぎて(最長波長と最短波長の比が約27倍)、単一の分光結晶のみでブラッグ反射の条件を満たすX線を全て検出しようとすると、CCD検出器を多数配列しなければならず、装置が高価になってしまう。従って、こうした場合には、分光結晶14には格子定数が異なる複数の分光結晶や人工多層膜を切り換えて用いることが好ましい。格子定数が異なる2種類の分光結晶を併用してBのKα線(6775nm, 0.183keV)からTiのKβ線(251nm, 4.932keV)までを測定する場合の測定光学系の配置例を下表に示す。
【表2】
【0048】
軽元素測定用の超低エネルギー第1分類(軽1)は、B〜Fから放出される特性X線を測定することを想定したエネルギー分類であり、測定範囲の最小エネルギーE
Lは0.17keV、中心エネルギーE
Mは0.45keV、最大エネルギーE
Hは0.73keVである。また、
図4に示す座標系において試料Sの照射領域Aの中央を原点とする分光結晶14の座標位置はX=76.4mm, Y=48.7mm、X線リニアセンサ15の座標位置はX=168.6mm, Y=122.9mmである。
【0049】
軽元素測定用の超低エネルギー第2分類(軽2)は、Na〜Vから放出される特性X線を測定することを想定したエネルギー分類であり、測定範囲の最小エネルギーE
Lは1.0keV、中心エネルギーE
Mは3.0keV、最大エネルギーE
Hは5.0keVである。また、
図4に示す座標系において試料Sの照射領域Aの中央を原点とする分光結晶14の座標位置はX=75.6mm, Y=48.2mm、X線リニアセンサ15の座標位置はX=181.3mm, Y=128.5mmである。
【0050】
図5を参照して説明した、5keV以上のエネルギー領域の測定時と同様に、測定するX線のエネルギー範囲が変化しても分光結晶14の位置は殆ど変わらない。従って、上記同様に、第1移動機構21Aを第1回転機構212Aのみで構成することができる。もちろん、第1移動機構21Aを第1直動機構211A及び第1回転機構212Aにより構成することもできる。
【実施例3】
【0051】
次に、実施例3のX線分光分析装置について説明する。実施例3はスリット部材13の構成に特徴を有している。具体的には、スリット部材13の開口幅が可変であるという点に特徴を有する。
【0052】
スリット部材13の開口幅を変化させると、波長(エネルギー)分解能は低下するものの、スリットを通って分光結晶14で回折されX線リニアセンサ15に入射するX線の光量が増加する。従って、例えば、微量元素を測定する場合にはスリット部材13の開口幅を広げた高感度測定を行い、精密分析を行う場合には、スリット部材13の開口幅を狭めて高分解能測定を行うことができる。これは、例えば、
図6に示すように、1組のスリット板131、132の側辺をスリット部材13の本体のリニアガイド部133a、133bに収容し、該リニアガイド部133a、133bの延設方向に沿ってスリット板131、132を移動可能に構成したり、図
7に示すように、開口幅が異なるスリットが形成された複数のスリット部材134a〜134dを回転軸Rを中心に配置し、これを回転軸Rを中心に回転させてスリット部材134a〜134dを切り換え可能に構成したりすることにより実施することができる。なお、前者の場合、いずれか一方のスリット板のみを他方に対して移動可能としても良いが、その場合スリットの中央の位置が変化するため、これが変化しないよう、1組のスリット板131、132を等分に移動してスリット部材13の開口幅を変更することが好ましい。
【0053】
図8に、実施例3のX線分光分析装置を用いた測定例として、スリット幅が異なる4種類の条件(0.1mm, 0.3mm, 0.8mm, 1.6mm)でMnのKα1線を測定した結果を示す。また、各条件で得られた測定結果を用いて、次式により検出下限値(LLD)を求めた。
【数1】
上式は標準試料1個から検出下限値を求める数式であり、Dは標準試料の濃度(%)、Ibはバックグラウンド強度(cps)、Ipは信号のネット強度(cps)、tは積算時間(s)である。
【0054】
図8(a)はスリット幅0.1mmでの測定結果であり、半値全幅(FWHM)は4.5eV、検出下限値(LLD: Lower Limit of Detection)は0.13%であった。
図8(b)はスリット幅0.3mmでの測定結果であり、半値全幅(FWHM)は7.1eV、検出下限値は0.079%であった。
図8(c)はスリット幅0.8mmでの測定結果であり、半値全幅(FWHM)は20eV、検出下限値は0.049%であった。
図8(d)はスリット幅1.6mmでの測定結果であり、半値全幅(FWHM)は32eV、検出下限値は0.036%であった。これらの結果から分かるように、スリット部材13の開口幅を適宜に変更することにより測定の目的(高感度分析、高分解能分析)に応じた測定を行うことができる。なお、上記の測定はいずれも大気雰囲気で行った。真空雰囲気で同様の測定を行えば、検出下限値はより低くなる(即ち感度が向上する)と考えられる。