(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6874854
(24)【登録日】2021年4月26日
(45)【発行日】2021年5月19日
(54)【発明の名称】溶銑の脱クロム方法およびリン酸肥料原料の製造方法
(51)【国際特許分類】
C21C 1/04 20060101AFI20210510BHJP
C21C 1/02 20060101ALI20210510BHJP
C05B 13/04 20060101ALI20210510BHJP
C05D 3/04 20060101ALI20210510BHJP
【FI】
C21C1/04
C21C1/02 110
C05B13/04
C05D3/04
【請求項の数】4
【全頁数】10
(21)【出願番号】特願2019-549290(P2019-549290)
(86)(22)【出願日】2018年10月16日
(86)【国際出願番号】JP2018038467
(87)【国際公開番号】WO2019078199
(87)【国際公開日】20190425
【審査請求日】2020年3月6日
(31)【優先権主張番号】特願2017-203738(P2017-203738)
(32)【優先日】2017年10月20日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100090273
【弁理士】
【氏名又は名称】國分 孝悦
(72)【発明者】
【氏名】坂元 基紘
【審査官】
池ノ谷 秀行
(56)【参考文献】
【文献】
特開2014−189427(JP,A)
【文献】
特開2015−038250(JP,A)
【文献】
特開2016−074940(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C21C 1/00−1/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
P濃度が2〜4質量%で、かつCr濃度が0.3〜1.2質量%の溶銑に対して、
スラグの塩基度(CaO質量%)/(SiO2質量%)を0.1超1以下に調整し、溶銑温度が1250〜1500℃の範囲で酸素源を供給することにより脱クロム処理を実施し、P濃度が1.9〜3.8質量%で、かつCr濃度が0.2質量%未満の溶銑を製造することを特徴とする溶銑の脱クロム方法。
【請求項2】
少なくともCaO源またはSiO2源を含むフラックスの添加量を25kg/t以下にして前記スラグの塩基度を調整することを特徴とする請求項1に記載の溶銑の脱クロム方法。
【請求項3】
前記P濃度が2〜4質量%で、かつCr濃度が0.3〜1.2質量%の溶銑は、高炉で製造した溶銑を脱リンして得られた製鋼スラグを出発原料とすることを特徴とする請求項1又は2に記載の溶銑の脱クロム方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の溶銑の脱クロム方法によって得られた溶銑に対してさらに、塩基度が0.8〜1.5で、かつ、酸化鉄濃度がt.Fe濃度で10質量%以上を含有するフラックスを添加するとともに酸素を吹き込んで脱リン処理を行い、前記脱リン処理終了時の溶銑温度を1200℃以上1450℃以下の範囲とし、かつ、
前記脱リン処理の終了時の温度である1200〜1450℃から600℃まで、600℃に到達するまでの間の温度降下量を600℃に到達するまでの時間で除算した数値で、10℃/min以上の冷却速度で冷却を行うことを特徴とするリン酸肥料原料の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特に、脱クロム中の脱リンを抑えた溶銑の脱クロム方法およびリン酸肥料原料の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
我が国は降水量が多いため、土壌からミネラル分が流出して、土壌が酸性化し易い。そのため、植物を生育させる際に使用するリン酸肥料には土壌中のリン酸濃度だけでなく、土壌pHも同時に増加させる塩基性リン酸肥料が広く使用されている。現在、塩基性リン酸肥料として、アルカリ分を多く含む溶成リン肥が利用されている。
【0003】
一方で鉄鋼一貫製鉄所では、高炉から出銑された溶銑には不純物として約0.1質量%のリンを含んでいる。鋼中のリンは冷間脆性の原因となる有害な元素であるため、製鋼工程で溶銑中のリンはフラックスを添加し酸素を吹きこむことにより酸化除去されて、製鋼スラグとして排出されている。
【0004】
特許文献1に示すように、製鋼スラグのリン酸濃度は1〜4質量%程度であり、リン酸肥料として十分な濃度ではないものの、製鋼スラグ中には、フラックス由来のCaO分や溶銑から酸化除去されたSiO
2分が多量に含まれているので、ケイ酸リン酸肥料として利用されている。
【0005】
ただし、現在でもリン酸肥料の原料であるリン鉱石の全量を輸入に依存している我が国では、製鋼スラグ中のリン酸分は、有用なリン酸肥料資源として考えられており、特許文献2〜4に示すように、製鋼スラグ中のリン酸分を濃縮して高リン酸スラグを製造し、製鋼スラグからリン酸肥料を製造することが試みられている。さらに、特許文献5〜7に示すように、スラグ中の鉱物相を制御することにより肥料効果を高める技術が開示されている。特に特許文献6及び7では、リンや鉄を含んだ製鋼スラグを還元することにより、P濃度が0.5〜4.0質量%の高P溶銑を製造し、その高P溶銑をさらに脱リンすることにより、高リン酸スラグとP濃度が0.1質量%程度の溶銑とを製造する技術が開示されている。
【0006】
一方、肥料中にCr等の重金属類が多量に含まれていると、その肥料で成長した作物を食べた人や動物に害を与える可能性があるため、肥料中の重金属類の濃度を適正に管理することが求められている。例えば、肥料取締法中に規定されているリン酸質肥料の公定規格の一部には、Cr濃度を下げることが定められている。
【0007】
前述したように、製鋼スラグを原料として、リン酸肥料を製造する技術が数多く開示されている。しかしながら、製鋼スラグには、時にスクラップやステンレス由来の重金属、特にCrを含むことがあるため、このCrを含んだ製鋼スラグを電気炉などで還元処理した場合、製鋼スラグ中のCrが種湯中に濃縮され、電気炉から出銑される高P溶銑のCr濃度が0.3〜1.2質量%まで増加することがある。このまま脱リン処理を実施した場合、脱リンと同時に脱クロム反応も起こり、高リン酸スラグ中のCr濃度もしくはクロム酸濃度が高くなってしまい、肥料として販売することができない。そのため、高P溶銑の脱リン処理を実施する前に、事前に溶銑中Crを除去する必要がある。但し、脱リン処理時のリン酸肥料の歩留まりを向上させるためには、脱クロム処理を実施する際に、脱リン反応をできる限り抑制することが求められている。
【0008】
Crを除去する技術としては、特許文献8には、高P溶銑からの脱Cr技術が開示されており、この技術では、Cr含有高P溶銑に対して、フラックスを添加することにより塩基度(CaO質量%)/(SiO
2質量%)を0.1以下に制御し、さらに酸素源を添加することにより脱クロム処理を実施している。
【0009】
近年ではリン酸肥料原料をより効率良く製造するために、よりP濃度の高い高P溶銑を用いることが望ましい。特許文献8に記載の技術では、脱クロム処理を行う溶銑としてP濃度が1.5質量%の溶銑を対象としており、溶銑中のP濃度がさらに高い場合には適用が困難である。その理由は以下のとおりである。
【0010】
例えばP濃度が3質量%といったP濃度が高い溶銑に対して脱クロム処理を実施する場合、脱クロム反応とともに脱リン反応も同時に進行しやすい。その結果、P濃度が低い溶銑と比較してスラグ中のP
2O
5が高濃度となる。さらに、P
2O
5は酸性酸化物であるとともに融点が低く、スラグの液相線温度を下げる性質をもつ。このことから、P濃度が低い溶銑を脱クロム処理する場合と比べて、脱クロム反応時のCr
2O
3の生成速度や脱クロム反応に多大な影響を与える。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特許第5105322号公報
【特許文献2】特開平11−158526号公報
【特許文献3】特開2009−132544号公報
【特許文献4】特許第5594183号公報
【特許文献5】特開2015−189591号公報
【特許文献6】特開2016−74940号公報
【特許文献7】特開2016−88757号公報
【特許文献8】特許第6119361号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
そこで本発明は、上記の状況に鑑み、製鋼スラグを原料として製造した高P溶銑から、脱リン反応を抑えて脱クロム反応を促進できる溶銑の脱クロム方法及び肥料規格を満たすリン酸肥料原料の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者は、上記目的を達成するため、Crを含んだ高P溶銑の脱クロム処理時に使用するフラックスや製造条件の面で脱クロム率および脱リン率に着目して検討を行った結果、脱クロム率と脱リン率とで塩基度依存性が大きく異なることを見出し、その差を利用することにより脱クロム反応を引き起こし、脱リン反応を抑えることができることを見出した。
【0014】
上記の知見をもとにした本発明は以下の通りである。
(1)P濃度が2〜4質量%で、かつCr濃度が0.3〜1.2質量%の溶銑に対して、
スラグの塩基度(CaO質量%)/(SiO
2質量%)を0.1超1以下に調整し、溶銑温度が1250〜1500℃の範囲で酸素源を供給することにより脱クロム処理を実施し、P濃度が1.9〜3.8質量%で、かつCr濃度が0.2質量%未満の溶銑を製造することを特徴とする溶銑の脱クロム方法。
(2)
少なくともCaO源またはSiO2源を含むフラックスの添加量を25kg/t以下にして前記スラグの塩基度を調整することを特徴とする上記(1)に記載の溶銑の脱クロム方法。
(3)前記P濃度が2〜4質量%で、かつCr濃度が0.3〜1.2質量%の溶銑は、高炉で製造した溶銑を脱リンして得られた製鋼スラグを出発原料とすることを特徴とする上記(1)又は(2)に記載の溶銑の脱クロム方法。
(4)上記(1)〜(3)のいずれか1つに記載の溶銑の脱クロム方法によって得られた溶銑に対してさらに、
塩基度が0.8〜1.5で、かつ、酸化鉄濃度がt.Fe濃度で10質量%以上を含有するフラックスを添加するとともに酸素を吹き込んで脱リン処理
を行い、前記脱リン処理終了時の溶銑温度を1200℃以上1450℃以下の範囲とし、かつ、
前記脱リン処理の終了時の温度である1200〜1450℃から600℃まで、600℃に到達するまでの間の温度降下量を600℃に到達するまでの時間で除算した数値で、10℃/min以上の冷却速度で冷却を行うことを特徴とするリン酸肥料原料の製造方法。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、製鋼スラグを原料として製造した高P溶銑から、脱リン反応を抑えて脱クロム反応を促進できる溶銑の脱クロム方法及び肥料規格を満たすリン酸肥料原料の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】
図1は、製鋼工程において、リン酸含有スラグを製造する工程の一例を示す図である。
【
図2】
図2は、スラグ中の塩基度と脱クロム率及び脱リン率との関係を示す図である。
【
図3】
図3は、スラグ中の塩基度とクロム酸及びリン酸の濃度との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明では、溶銑中のP濃度が2〜4質量%で、かつCr濃度が0.3〜1.2質量%の高P溶銑に対して、スラグの塩基度(CaO質量%)/(SiO
2質量%)を0.1超1以下として、1250〜1500℃の範囲で鉄鉱石及び/または気体酸素を酸素源とすることにより、脱クロム処理を実施する。そして、その時発生したCr含有スラグを排出後に、残った溶銑に対して脱リン処理を実施する。酸素源は、溶銑温度を適切に維持できるように選択する。
【0018】
また、上記の高P溶銑は、高炉で製造した溶銑にスクラップを溶解させた後に、脱リンして製造される製鋼スラグを出発原料とするものであることを特徴とする。
【0019】
まず、製鋼スラグを原料として、植物生育用のリン酸肥料の原料(リン酸肥料原料)として使用可能なリン酸含有スラグの製造方法について説明する。
図1に、製鋼工程において、リン酸含有スラグを製造する工程の一例を示す。
【0020】
図1に示すように、製鋼工程においては、高炉で製造した溶銑であって、通常はリンを0.08〜0.15質量%含有する溶銑を転炉に移送し、溶銑の上にスラグを形成し、酸素源を吹き込んで、溶銑とスラグの反応で、溶銑の脱リン処理S01を行う。
【0021】
脱リン処理S01によって生成した転炉脱リンスラグ41を転炉から排出し、その後、転炉内の溶銑の上に、再度、スラグを形成し、酸素源を吹き込んで、脱炭処理S02を行う。脱炭処理S02で得られた溶鋼に2次精錬S03を施した後、連続鋳造S04で鋼片を製造する。
【0022】
脱リン処理S01の後、転炉から排出される転炉脱リンスラグ41には、溶銑中のリンが酸化したリン酸とともに、多量の鉄分を含んでいる。そこで、転炉脱リンスラグ41から鉄やリン等の有価元素を回収するために、転炉脱リンスラグ41に還元・改質処理S11を施す。
【0023】
還元・改質処理S11においては、転炉脱リンスラグ41を溶融し、還元剤及び改質剤として、微粉炭、Al
2O
3源、SiO
2源を添加して、Crを0.3〜1.2質量%、Pを2〜4質量%と多く含有する高P溶銑42を製造する。
【0024】
そして、高P溶銑42を鍋に受けて、その鍋に生石灰や炭酸カルシウムなどのCaO源や硅砂などのSiO
2源を含んだフラックスを添加することによりスラグの塩基度を0.1超1以下に調整し、溶銑温度が1250〜1500℃の範囲で鉄鉱石を添加及び/または気体酸素を酸素源として吹き込むことにより、Cr濃度が0.2質量%未満でかつP濃度が1.9〜3.8質量%の低Cr高P溶銑43を製造する。Cr濃度が0.2質量%未満であれば、その後、低Cr高P溶銑43から例えば特許文献5又は6に記載のリン酸肥料原料を製造した場合に、肥料取締法中の規格内の肥料を製造することができる。
【0025】
また、高P溶銑42を鍋に受ける際には、還元炉中に残留しているスラグ(塩基度が0.9〜1.3、Al
2O
3:10質量%程度、t.Fe<5質量%)も10kg/t程度が持越しスラグとして不可避的に溶銑とともに鍋に排出される。脱リン反応をなるべく抑えて脱クロム反応を促進させるためには、フラックスを添加して塩基度を調整する必要がある。ここで、スラグ量が多すぎると、鍋からスラグが溢れ出る可能性があるとともに、特に鍋の場合は攪拌しづらいことからスラグ/メタル反応が十分になされない可能性がある。操業上、鍋内のスラグ量は50kg/t以下とすることが好ましいため、添加するフラックス量は発生するクロム酸、リン酸量を見込むと25kg/t以下とすることが好ましく、20kg/t程度になる場合が多い。なお、持越しスラグの塩基度が1.0以下であり、且つ還元炉から出銑された高P溶銑のCr濃度が低めである場合は、持越しスラグのみで脱クロム反応を行ってCr濃度が0.2質量%未満でかつP濃度が1.9〜3.8質量%の低Cr高P溶銑を製造することができる。したがって、このような場合はフラックスの添加が不要である。
【0026】
低Cr高P溶銑43に対しては、Cr含有スラグを排出後にフラックスを添加して脱リン処理S13を実施し、リン酸含有スラグ50を製造する。この時の、脱リン処理S13は、特許文献6又は7に記載の技術を用いる。つまり、脱リン処理では、塩基度が0.8〜1.5で、かつ、酸化鉄濃度がt.Fe濃度で10質量%以上を含有するフラックスを添加するとともに酸素を吹き込んで、処理終了時の溶銑温度を1200℃以上1450℃以下の範囲とする。なお、当該脱リン処理の途中でスラグ中のリン酸濃度が5質量%以上になった後に、さらに副材を添加することによって、最終的なスラグの塩基度αを1.5以上3.0以下に調整し、当該スラグ中のリン酸濃度を8〜(−4α
2+23α−4)質量%、かつ、酸化鉄(Fe換算)濃度を5〜25質量%に調整する。これによりリン酸含有スラグ50を製造する。
【0027】
そして、冷却処理S14では、当該脱リン処理の終了時の温度である1200〜1450℃から600℃まで、600℃に到達するまでの間の温度降下量を600℃に到達するまでの時間で除算した数値で、10℃/min以上の冷却速度で冷却する。また、必要に応じて粉砕処理S15も行って、リン酸肥料原料60を得る。得られるリン酸肥料原料60は、CaO、SiO
2、P
2O
5、及び、酸化鉄(Fe換算)を合計で60質量%以上含有し、塩基度αが1.5以上3.0以下であり、P
2O
5を8質量%以上(−4α
2+23α−4)質量%以下、酸化鉄をFe換算で5質量%以上25質量%以下含有するリン酸肥料原料であって、該リン酸肥料原料中、Ca
3(PO
4)
2−Ca
2SiO
4固溶体、5CaO・SiO
2・P
2O
5、及び、7CaO・2SiO
2・P
2O
5の1種又は2種以上の存在濃度の合計が28質量%以上である。
【0028】
なお、脱リン処理S13によって、リン含有濃度で0.1〜0.3質量%まで脱リンされた溶銑51は、高炉で生成された溶銑とともに転炉へ供給される。
【0029】
以下、脱クロム処理において、Crを0.3〜1.2質量%含有した高P溶銑の脱クロム反応を促進し、脱リン反応を抑制するため、(1)溶銑成分組成を限定する理由、(2)スラグ中の塩基度を限定する理由、(3)処理温度を限定する理由を説明する。
【0030】
(1)高P溶銑の組成
脱クロム処理は、その脱クロム処理時の高P溶銑の組成に影響される。本発明では、溶銑中のCr濃度が0.3〜1.2質量%、P濃度が2〜4質量%を含んだ高P溶銑を対象としているが、より好適には「Cr濃度が0.3〜1.2質量%、C濃度が3.0〜5.0質量%、Si濃度が0.6質量%以下、Mn濃度が0.3〜1.4質量%、P濃度が2.5〜4.0質量%」の溶銑である。
【0031】
(2)スラグ中の塩基度
次に、スラグ中の塩基度(CaO質量%)/(SiO
2質量%)は0.1超1以下にする必要がある。塩基度が0.1以下であると、CaOが少ないためにスラグの融点が上がり、その後Cr含有スラグを排滓することが困難となるので、塩基度は0.1超とする。好ましくは塩基度が1.5以上とし、さらに好ましくは0.3以上とする。また、塩基度の上限については、以下の実験により特定した。
【0032】
1t溶解炉を用いて、Cr濃度が0.3〜1.2質量%、P濃度が3質量%の高P溶銑の脱クロム処理の実験を実施した。実験では、スラグ量が50kg/t程度になるとともに、塩基度が0〜2の範囲になるようにフラックスを添加し、処理温度を1400℃にして酸化鉄および酸素を合計で21kg/t添加した。実験後の溶銑中のCr濃度は0.1〜0.2質量%となった。
【0033】
図2には、実験前後の溶銑中Cr濃度、P濃度から脱クロム率、脱リン率を計算した結果を示し、
図3には、脱クロム処理後のスラグ中のクロム酸およびリン酸の濃度を示す。脱クロム率、脱リン率も塩基度の増加に伴い増加したが、脱リン率の方が塩基度の影響が大きく、スラグ中でのリン酸濃度も大きな差が見られた。脱クロム処理後の脱リン処理でのリン回収率を増加させるためには、脱クロム処理での脱リン率は抑える必要がある。
図2に示す結果から、塩基度が1を超えると脱リン率の塩基度依存性が強くなる。このことから、脱クロム反応を起こしつつ、脱リン反応を抑制するためには塩基度は1以下にする必要がある。好ましくは塩基度が0.9以下とし、さらに好ましくは0.85以下とする。
【0034】
(3)処理温度
低Cr高P溶銑を製造する際には、上記組成および塩基度に調整してさらに溶銑温度が1250〜1500℃で処理する必要がある。溶融スラグの温度は溶銑温度にほぼ等しいと考えられるため、溶銑温度が1250℃未満であると、スラグが完全に溶融しない場合があり、その場合、その後脱リン処理を行ってもリン酸肥料としての肥料効果が発現しない。一方、脱クロム反応は発熱反応であるため高温になるほど反応が進みにくくなる。そのため、溶銑の温度が1500℃を超えると、スラグ中のクロム酸の濃度が低下する。また、加熱コストが嵩む上に、処理容器の耐火物の損耗も激しくなるので不適当である。好ましくは溶銑温度が1300〜1450℃である。
【0035】
以上、高P溶銑から脱クロム処理を行う技術について説明したが、本発明は、上記説明に限定されることはなく、発明の技術的思想を逸脱しない範囲で適宜変更が可能である。
【実施例】
【0036】
次に、本発明の実施例について説明するが、実施例での条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例であり、本発明は、この一条件例に限定されるものではない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得るものである。
【0037】
まず、以下の表1に示す初期溶銑組成の高P溶銑が持越しスラグとともに鍋に排出され、表1に示す温度、フラックスの添加量、酸素量で脱クロム処理を実施した。脱クロム処理の前後で溶銑中の組成を調べ、さらに脱クロム処理後のCr含有スラグの組成も調べた。
【0038】
先ず、スラグの排滓性を、排滓できたものを○、排滓できたものの排滓にやや時間を要したものを△、排滓が困難だったものを×と評価した。次に、総合評価として、脱リン率が15%以下でかつ脱クロム率が70%以上の条件のうち、排滓に問題がなかったものを◎、脱リン率が15%以下でかつ脱クロム率が70%以上だったが、排滓にやや時間を要したものを○、脱リン率が15%より大きいか、排滓が困難であったか、もしくは脱クロム率が70%未満のものを×と評価した。脱クロム率や脱リン率は、初期溶銑組成と脱クロム処理後の溶銑組成とから計算した。
【0039】
【表1】
【0040】
実施例1〜8では、溶銑中のP濃度が2〜4質量%で、かつCr濃度が0.3〜1.2質量%の溶銑に対して、スラグの塩基度を0.1未満1以下として、1250〜1500℃の範囲で鉄鉱石と気体酸素とを酸素源とした。その結果、実施例1〜8ではCr含有スラグの排滓も問題なく行うことができ、脱リン率が15%以下でかつ脱クロム率が70%以上であった。
【0041】
比較例1は、塩基度が1超であった例であり、塩基度以外は上記の範囲内の条件で脱クロム処理を実施した時の結果を示している。塩基度が1を超えていたため、脱リン反応も進行してしまい、脱リン率が30%となってしまった。比較例2は、CaOを添加しなかった結果、塩基度が0.1以下であった例であり、塩基度以外は上記の範囲内の条件で、脱クロム処理を実施した時の結果を示している。この場合は、塩基度が低すぎてスラグの融点が高くなってしまい、脱Cr含有スラグを効率良く排滓することができなかった。比較例3は、処理温度が1540℃で、処理温度以外は上記の範囲内の条件で脱クロム処理をした時の結果を示している。処理温度が高かったため、脱クロム反応が進行しにくくなり、脱クロム率が60%以下となってしまった。比較例4は、初期溶銑組成でP濃度が2.0未満であった例であるため脱リン率は非常に低かったが、脱クロム率も低かった。これは、初期溶銑組成でP濃度が低すぎたため、塩基度が0.1超1.0以下では最適な範囲とならなくなったからであると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0042】
本発明によれば、製鋼スラグを原料として製造した高P溶銑から、脱リン反応を抑えて脱クロム反応を促進できる溶銑の脱クロム方法及び肥料規格を満たすリン酸肥料原料の製造方法を提供することができる。