(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6874873
(24)【登録日】2021年4月26日
(45)【発行日】2021年5月19日
(54)【発明の名称】転がり軸受用合成樹脂製保持器
(51)【国際特許分類】
F16C 33/44 20060101AFI20210510BHJP
F16C 33/41 20060101ALI20210510BHJP
F16C 33/49 20060101ALI20210510BHJP
F16C 33/56 20060101ALI20210510BHJP
B29C 45/27 20060101ALI20210510BHJP
B29C 70/06 20060101ALI20210510BHJP
【FI】
F16C33/44
F16C33/41
F16C33/49
F16C33/56
B29C45/27
B29C70/06
【請求項の数】5
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2020-17663(P2020-17663)
(22)【出願日】2020年2月5日
(62)【分割の表示】特願2016-27031(P2016-27031)の分割
【原出願日】2016年2月16日
(65)【公開番号】特開2020-76506(P2020-76506A)
(43)【公開日】2020年5月21日
【審査請求日】2020年2月5日
(73)【特許権者】
【識別番号】000004204
【氏名又は名称】日本精工株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】特許業務法人栄光特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】倉本 吉和
(72)【発明者】
【氏名】相原 成明
(72)【発明者】
【氏名】平本 隆之
【審査官】
日下部 由泰
(56)【参考文献】
【文献】
特開2010−266064(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16C 19/00−19/56,33/30−33/66
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
略円環状の基部と、円周方向に所定間隔で配置され、前記基部の軸方向一端側面から軸方向に突出する複数の柱部と、を備え、
隣り合う前記柱部の互いに対向する面と前記基部の軸方向一端側面とによって、前記柱部と同数のポケットが画成され、
合成樹脂に補強繊維材が添加されてなる転がり軸受用合成樹脂製保持器であって、
前記保持器に形成されるウェルド部において、前記補強繊維材の長手方向の向きは、円周方向に対して45°以内の角度で配向され、
前記軸受用合成樹脂製保持器は、ゲート跡と樹脂溜り連通部跡とを有し、
前記ゲート跡は、柱部に対応する位置に配置されており、
前記樹脂溜り連通部跡は、前記ゲート跡と径方向に対向する位置に設けられておらず、且つ、前記ゲート跡と径方向に対向する位置から周方向に数えて一番目の柱部のうち、片方のみに設けられていることを特徴とする転がり軸受用合成樹脂製保持器。
【請求項2】
略円環状の基部と、円周方向に所定間隔で配置され、前記基部の軸方向一端側面から軸方向に突出する複数の柱部と、を備え、
隣り合う前記柱部の互いに対向する面と前記基部の軸方向一端側面とによって、前記柱部と同数のポケットが画成され、
合成樹脂に補強繊維材が添加されてなる転がり軸受用合成樹脂製保持器であって、
前記保持器に形成されるウェルド部において、前記補強繊維材の長手方向の向きは、不規則に配向され、
前記軸受用合成樹脂製保持器は、ゲート跡と樹脂溜り連通部跡とを有し、
前記ゲート跡は、柱部に対応する位置に配置されており、
前記樹脂溜り連通部跡は、前記ゲート跡と径方向に対向する位置に設けられておらず、且つ、前記ゲート跡と径方向に対向する位置から周方向に数えて一番目の柱部のうち、片方のみに設けられていることを特徴とする転がり軸受用合成樹脂製保持器。
【請求項3】
前記保持器に形成されるウェルド部は、その中央部が該ウェルド部の外面の位置から円周方向にずれるように凹凸形状に形成されることを特徴とする請求項1又は2に記載の転がり軸受用合成樹脂製保持器。
【請求項4】
前記樹脂溜り連通部跡の断面積は、前記ゲート跡の断面積の1/4以下に設定されることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の転がり軸受用合成樹脂製保持器。
【請求項5】
冠形保持器又はくし形保持器であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の転がり軸受用合成樹脂製保持器。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、転がり軸受用合成樹脂製保持器に関し、より詳細には、合成樹脂に補強繊維材が添加されてなる転がり軸受用合成樹脂製保持器に関する。
【背景技術】
【0002】
一般的に、転がり軸受に適用される合成樹脂製保持器は、射出成形により製造される。具体的には、
図15に示すように、成形金型内に成形体である保持器に対応する環状のキャビティ140を形成し、このキャビティ140の周縁部に設けた樹脂射出ゲート150から溶解された樹脂材料(熱可塑性樹脂)を注入し、冷却固化することによって保持器が製造される。
【0003】
キャビティ140に注入された溶解樹脂は、キャビティ140内を周方向両側に二つの流れとなって流動し、樹脂射出ゲート150と径方向に対向する反対側の位置で再び合流し、相互に接合されてウェルド100Wが形成される。一般に、この様に射出成形された樹脂製保持器は、溶解樹脂が融着一体化しただけのものであるため、溶解樹脂の均一な混合が起こらず、ウェルド100Wにおいて強度が低下することがよく知られている。
【0004】
また、溶解樹脂に、強化材料としてガラス繊維、炭素繊維、金属繊維等の補強繊維材を添加したものでは、ウェルド100Wにおいて補強繊維材が溶解樹脂の流動方向に対し垂直に配向するため、補強効果が発現しない。さらに、ウェルド100W以外の部分では、補強繊維材が溶解樹脂の流動方向に対し平行に配向するため、当該部分とウェルド100Wとの強度差が大きくなってしまう。
【0005】
特許文献1記載の合成樹脂製保持器の製造方法では、キャビティのウェルド位置に一致する位置の内径側に設けられた開口に通じる第1の樹脂溜りと、第1の樹脂溜りに近接して該キャビティに設けられた開口に通じる第2の樹脂溜りと、を備える保持器成形用金型を用いて保持器成形用樹脂組成物を射出成形している。そして、第2の樹脂溜まりの開口と第1の樹脂溜まりの開口との離間距離を保持器のポケットの最大幅以内とし、且つ、第2の樹脂溜まり部の開口面積が第1の樹脂溜まり部の開口面積より小さくしている。これにより、ウェルド近傍での強制的な樹脂の流動を生じさせ、繊維配向を制御することでウェルドの補強効果を高めることを図っている。
【0006】
特許文献2の軸受用樹脂製保持器の製造方法では、キャビティの周縁部には、キャビティ内にウェルド部が形成される前に、溶解樹脂が流入する少なくとも1つの第1樹脂溜まり部と、キャビティ内にウェルド部が形成された後に、溶解樹脂が流入する少なくとも1つの第2樹脂溜まり部と、が設けられる。これにより、第1樹脂溜まり部を設ける位置を適切に設定することによって、ウェルド部の発生位置を制御し、軸受用樹脂製保持器の十分な強度を必要とする部分においてウェルド部の形成を抑制することを図っている。また、ウェルド部が形成された後に溶解樹脂が流入する第2樹脂溜まり部によって、ウェルド部における強化繊維の配向を乱し、ウェルド部の強度を向上することを図っている。
【0007】
特許文献3記載の軸受用保持器の製造方法では、キャビティにおいて、ウェルド位置の周方向両側又はウェルド位置に樹脂溜まり部を設け、溶解樹脂を射出成形している。これにより、ウェルド面に位置する少なくとも一部の補強繊維材をウェルド面に垂直に配向させることで、ウェルド面の接合強度を向上させることを図っている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2010−266064号公報
【特許文献2】特開2012−236363号公報
【特許文献3】特開2012−219917号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
特許文献1記載の製造方法では、ウェルド位置と一致する部分に第1の樹脂溜まりを設けているため、第1の樹脂溜まりの開口部近傍で補強繊維材が流動方向に対し垂直に配向しやすく、補強効果が十分には得られない。
【0010】
特許文献2記載の軸受用樹脂製保持器の製造方法では、各樹脂射出ゲートの間の領域に、第1及び第2樹脂溜まり部を設けているので、溶解樹脂の材料コストが高くなるという問題がある。
【0011】
特許文献3記載の製造方法では、ウェルドの周方向両側に樹脂溜まり部を設置した場合には、ウェルド近傍における溶解樹脂の圧力勾配が小さくなるため、強制的な樹脂の流動を起こす効果が小さくなってしまう。また、ウェルド位置に樹脂溜まり部を設けた場合には、樹脂溜まり部の開口部近傍で補強繊維材が流動方向に対し垂直に配向しやすいため、補強効果が十分には得られない。
【0012】
本発明は、前述した課題に鑑みてなされたものであり、その目的は、ウェルド部における強度補強効果を高めることができる転がり軸受用合成樹脂製保持器を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明の上記目的は、下記の構成により達成される。
(1) 略円環状の基部と、円周方向に所定間隔で配置され、前記基部の軸方向一端側面から軸方向に突出する複数の柱部と、を備え、
隣り合う前記柱部の互いに対向する面と前記基部の軸方向一端側面とによって、前記柱部と同数のポケットが画成され、
合成樹脂に補強繊維材が添加されてなる転がり軸受用合成樹脂製保持器であって、
前記保持器に形成されるウェルド部において、前記補強繊維材の長手方向の向きは、円周方向に対して45°以内の角度で配向され、
前記軸受用合成樹脂製保持器は、ゲート跡と樹脂溜り連通部跡とを有し、
前記ゲート跡は、柱部に対応する位置に配置されており、
前記樹脂溜り連通部跡は、前記ゲート跡と径方向に対向する位置から周方向に数えて一番目の柱部に設けられていることを特徴とする転がり軸受用合成樹脂製保持器。
(2) 略円環状の基部と、円周方向に所定間隔で配置され、前記基部の軸方向一端側面から軸方向に突出する複数の柱部と、を備え、
隣り合う前記柱部の互いに対向する面と前記基部の軸方向一端側面とによって、前記柱部と同数のポケットが画成され、
合成樹脂に補強繊維材が添加されてなる転がり軸受用合成樹脂製保持器であって、
前記保持器に形成されるウェルド部において、前記補強繊維材の長手方向の向きは、不規則に配向され、
前記軸受用合成樹脂製保持器は、ゲート跡と樹脂溜り連通部跡とを有し、
前記ゲート跡は、柱部に対応する位置に配置されており、
前記樹脂溜り連通部跡は、前記ゲート跡と径方向に対向する位置から周方向に数えて一番目の柱部に設けられていることを特徴とする転がり軸受用合成樹脂製保持器。
(3) 前記保持器に形成されるウェルド部は、その中央部が該ウェルド部の外面の位置から円周方向にずれるように凹凸形状に形成されることを特徴とする(1)または(2)に記載の転がり軸受用合成樹脂製保持器。
(4) 前記樹脂溜り連通部跡の断面積は、前記ゲート跡の断面積の1/4以下に設定されることを特徴とする(1)〜(3)のいずれかに記載の転がり軸受用合成樹脂製保持器。
(5) 冠形保持器又はくし形保持器であることを特徴とする(1)〜(4)のいずれかに記載の転がり軸受用合成樹脂製保持器。
【発明の効果】
【0014】
本発明の転がり軸受用合成樹脂製保持器によれば、保持器に形成されるウェルド部において、補強繊維材の長手方向の向きは、円周方向に対して45°以内の角度で配向するので、補強繊維材によりウェルド部の補強効果を高めることができる。これによって、合成樹脂製保持器の各部の強度が均一となり、合成樹脂製保持器の耐久性や信頼性が向上する。
【0015】
また、本発明の他の転がり軸受用合成樹脂製保持器によれば、保持器に形成されるウェルド部において、補強繊維材の長手方向の向きは、不規則に配向されるので、補強繊維材によりウェルド部の補強効果を高めることができる。これによって、合成樹脂製保持器の各部の強度が均一となり、合成樹脂製保持器の耐久性や信頼性が向上する。
【0016】
更に、保持器に形成されるウェルド部は、その中央部が該ウェルド部の外面の位置から円周方向にずれるように凹凸形状に形成されるので、凹凸によりウェルド部における溶融樹脂の接触面積が増加して、ウェルド部の接合強度を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】本発明の第1実施形態に係る冠形保持器の平面図である。
【
図2】冠型保持器の射出成形において、溶解樹脂が流動する様子を示す図である。
【
図3】ウェルド部が形成される過程を示すイメージ図であり、(a)は流動する溶融樹脂の先端同士が接合する直前の状態を示し、(b)は流動する溶融樹脂の先端同士が接合し始めた状態を示し、(c)は一方の溶融樹脂が他方の溶融樹脂に流れ込んでウェルド部が変形していく状態を示し、(d)はウェルド部が凝固した状態を示す断面図である。
【
図4】(a)は、
図1に示す冠形保持器のウェルド部における補強繊維材の配向を示す拡大図であり、(b)は、その模式図である。
【
図5】樹脂溜りを有しない成形金型により形成された第1比較例の冠形保持器の平面図である。
【
図6】(a)は、
図5に示す第1比較例の冠形保持器のウェルド部における補強繊維材の配向を示す拡大図であり、(b)は、その模式図である。
【
図7】第2実施形態に係る冠形保持器の平面図である。
【
図8】樹脂溜りを有しない成形金型により形成された第2比較例の冠形保持器の平面図である。
【
図9】第3実施形態に係る冠形保持器の平面図である。
【
図10】
図9に示す冠形保持器のウェルド部における補強繊維材の配向を示す、X部拡大図である。
【
図11】樹脂溜りを有しない成形金型により形成された第3比較例の冠形保持器の平面図である。
【
図12】
図11に示す第3比較例の冠形保持器のウェルド部における補強繊維材の配向を示す、XII部拡大図である。
【
図14】他の変形例のウェルド部を示す断面図である。
【
図15】従来の合成樹脂製保持器の製造に使用する成形金型の断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の各実施形態に係る転がり軸受用合成樹脂製保持器を図面に基づいて詳細に説明する。
【0019】
(第1実施形態)
図1に示すように、本実施形態の転がり軸受用合成樹脂製保持器10(以後、単に保持器と呼ぶことがある。)は、所謂、冠形保持器であり、略円環状の基部11と、基部11の軸方向一端側面12から、周方向に所定間隔で軸方向に突出する複数(本実施形態では13個であるが、特に13個には限定されない)の柱部20と、を備え、隣り合う一対の柱部20、20の互いに対向する面22、22と、基部11の軸方向一端側面12とによって、軸受の転動体(不図示)を保持する複数(本実施形態では13個)のポケット30が画成されている。即ち、柱部20とポケット30は、同数であり、柱部20はそれぞれのポケット30の周方向両側に設けられている。
【0020】
本実施形態の合成樹脂製保持器10は、成形金型に形成した環状のキャビティ(不図示)内に、略円筒状のスプルー55及びランナー53を介して、1つのゲート51(所謂、一点ゲート方式)から補強繊維材Fを添加した溶解樹脂Gを射出し、冷却固化することによって成形されている。
【0021】
ゲート51は、柱部20に対応する位置、すなわち、柱部20と周方向にオーバーラップする位置に配置されている。また、キャビティには、ゲート51と径方向に対向する位置から周方向に数えて一番目の柱部20(ウェルド部Wが形成されるポケット30に隣接する柱部20)の外周面に、溶解樹脂Gを貯留可能な樹脂溜り40が設けられている。なお、樹脂溜り40の位置は、樹脂溜り40とウェルド部Wとの間の周方向距離L1が、樹脂溜り40とゲート51との間の周方向距離L2よりも短く設定されていればよく、特に一番目の柱部20に限定されない。これにより、溶解樹脂Gが合流した後でウェルド部Wにおける強制的な溶解樹脂Gの流動が起こりやすくなる。
【0022】
また、樹脂溜り40の連通部42の断面積(保持器1に残る樹脂溜り連通部跡の断面積)は、ゲート51の断面積(保持器1に残るゲート跡の断面積)の1/4以下に設定されるのが望ましい。これは、溶解樹脂Gが合流する前の状態では、
図2に示すように、樹脂溜り40への溶解樹脂Gの流入が起こらず、溶解樹脂Gが合流してウェルド部Wが形成された後で樹脂溜り40への溶解樹脂Gの流入が始まるので、ウェルド部Wにおける強制的な溶解樹脂Gの流動によって補強繊維材Fの配向を制御する効果が、より確実に発現する。
【0023】
保持器10の樹脂材料としては、例えば、46ナイロンや66ナイロンなどのポリアミド系樹脂、ポリブチレンテレフタレート、ポリフェニレンサルファイド(PPS)、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)、ポリエーテルニトリル(PEN)、ポリエチレンテレフタレート(PET)等の合成樹脂に、10〜50wt%の補強繊維材F(例えば、ガラス繊維や炭素繊維)を添加した樹脂組成物が用いられる。
【0024】
図2及び
図3も参照して、ゲート51からキャビティ内に射出された補強繊維材Fを含む溶解樹脂Gは、周方向両側に分かれて流動して両側の溶融樹脂が互いに近づき(
図3(a))、ゲート51が設けられた柱部20と径方向に対向するポケット30の底部において互いに接合してウェルド部Wを形成する(
図3(b))。溶解樹脂Gが合流してウェルド部Wが形成された後、溶解樹脂Gは樹脂溜り40に流入する。このため、ウェルド部Wと樹脂溜り40との間に溶解樹脂Gの圧力勾配が生じ、この圧力勾配に起因して溶解樹脂Gが、樹脂溜り40方向に強制に流動する(
図3(c))。そして、ウェルド部Wにおいては、一方の樹脂の中央部が、他方の樹脂に入り込んだ状態で冷却固化して合成樹脂製保持器10が形成される。したがって、
図3(d)に示すように、ウェルド部Wは、その中央部が該ウェルド部Wの外面Waの位置から円周方向にずれるように凹凸形状に形成される。また、ウェルド部Wの凹凸形状は、断面形状において、複数の円弧によって形成される。
【0025】
このようなウェルド部Wにおける溶解樹脂Gの強制的な流動によって、ウェルド部Wの補強繊維材Fの配向が制御される。即ち、
図4に示すように、ウェルド部W(具体的には、少なくともウェルド部Wが存在する円周方向範囲)において、補強繊維材Fの長手方向の向きは、円周方向に対して45°以内の角度αで配向され、補強繊維材Fによってウェルド部Wの強度が効果的に強化される。これにより、合成樹脂製保持器10の耐久性や信頼性が向上する。
【0026】
特に、本実施形態では、薄肉となるポケット30の底部(柱部20が位置しない基部11の部分)にウェルド部Wが設けられているので、上記のように補強繊維材Fが配向することで、ウェルド部Wが設けられたポケット30における耐久性や信頼性が向上する。
【0027】
なお、本実施形態では、ウェルド部において、円周方向に対して45°以内の角度αで配向する補強繊維材Fの割合が、50%以上存在することで、ウェルド部Wにおいて十分な強度を得ることができる。
【0028】
図5は、第1実施形態の合成樹脂製保持器10と比較するための第1比較例の合成樹脂製保持器10Aの平面図である。第1比較例の合成樹脂製保持器10Aでは、樹脂溜りを有しないキャビティ内に、1つのゲート51から補強繊維材Fを含む溶解樹脂Gが射出されて形成される。この場合、ウェルド部Wは、ゲート51が設けられた柱部20と径方向に対向するポケット30の底部において半径方向に沿って形成される。そして、
図6に示すように、ウェルド部Wにおける補強繊維材Fの長手方向の向きは、円周方向に対して45°より大きな角度β、即ち、ウェルド部Wの半径方向に沿うように配向される補強繊維材Fの割合が多くなり、ウェルド部Wの補強効果が小さく、ウェルド部W以外の部位と比較して強度が低下している。
【0029】
以上説明したように、本実施形態の合成樹脂製保持器10によれば、保持器10に形成されるウェルド部Wにおいて、補強繊維材Fの長手方向の向きが、円周方向に対して45°以内の角度αで配向しているので、ウェルド部Wの補強効果を高めることができる。これにより、合成樹脂製保持器10の各部の強度が均一となり、合成樹脂製保持器10の耐久性や信頼性を向上させることができる。
【0030】
また、合成樹脂製保持器10に形成されるウェルド部Wは、その中央部が該ウェルド部Wの外面Waの位置から円周方向にずれるように凹凸形状に形成されるので、凹凸によりウェルド部Wにおける溶融樹脂の接触面積が増加して、ウェルド部Wの接合強度を向上させることができる。
【0031】
(第2実施形態)
次に、
図7及び
図8を参照して、本発明の第2実施形態に係る転がり軸受用合成樹脂製保持器について説明する。なお、第1実施形態と同一又は同等部分については、図面に同一符号を付してその説明を省略或いは簡略化する。
【0032】
図7に示すように、本実施形態の合成樹脂製保持器10Bは、成形金型に形成した環状のキャビティ(不図示)内に、略円筒状のスプルー55及びランナー53を介して、3つのゲート51(所謂、三点ゲート方式)から補強繊維材Fを添加した溶解樹脂Gを射出し、冷却固化することによって成形される。
【0033】
3つのゲート51は、各ゲート51間に配置されるポケット30の数が互いに等しくなるように(図に示す実施形態ではそれぞれ5個)配置されている。3個のゲート51は、それぞれ柱部20の周方向中央に設けられている。また、ゲート51が設けられた柱部20から時計方向に2つ目の柱部20の周方向中央には、それぞれ溶解樹脂Gを貯留可能な樹脂溜り40が設けられる。
【0034】
3つのゲート51からキャビティ内に射出された溶解樹脂Gは、隣り合うゲート51の周方向中央位置するポケット30において合流し、ウェルド部Wが形成される。ウェルド部Wが形成されるポケット30を画成する一方の柱部20の周方向中央には、樹脂溜り40が設けられるので、ウェルド部W形成位置と樹脂溜り40配置位置とが周方向にずれ、ウェルド部Wと樹脂溜り40との間に圧力勾配が生じ、ウェルド部Wから樹脂溜り40に向かって溶解樹脂Gの強制的な流動が発生する。
【0035】
これにより、ウェルド部Wの補強繊維材Fの配向が制御され、補強繊維材Fの長手方向の向きは、第1実施形態の
図3に示すものと同様に、円周方向に対して45°以内の角度αで配向される。これにより、合成樹脂製保持器10の耐久性や信頼性が向上する。また、ウェルド部Wにおける補強繊維材Fの乱れた領域が、断面積の広い部分に移動するため、ウェルド部Wの強度が、より向上する。
また、第1実施形態と同様に、ウェルド部Wは、その中央部が該ウェルド部Wの外面Waの位置から円周方向にずれるように凹凸形状に形成される。
【0036】
図8は、第2実施形態の合成樹脂製保持器10Bと比較するための第2比較例の合成樹脂製保持器10Cの平面図である。第2比較例の合成樹脂製保持器10Cでは、樹脂溜りを有しないキャビティ内に、第2実施形態の合成樹脂製保持器10Bと同様に配置された3つのゲート51から補強繊維材Fを含む溶解樹脂Gが射出されて形成される。この場合、ウェルド部Wは、隣り合うゲート51の周方向中央位置するポケット30の底部において形成される。そして、第1実施形態の
図10に示すものと同様に、ウェルド部Wにおける補強繊維材Fの長手方向の向きは、円周方向に対して45°より大きい角度β、即ち、半径方向に沿うように配向され、補強繊維材Fによるウェルド部Wの補強効果が小さく、ウェルド部W以外の部位と比較して強度が低下している。
【0037】
以上説明したように、本実施形態の合成樹脂製保持器10Bによれば、ウェルド部Wにおいて、補強繊維材Fの長手方向の向きが、円周方向に対して45°以内の角度αで配向するので、ウェルド部Wの補強効果を高めることができ、合成樹脂製保持器10Bの各部の強度が均一となり、合成樹脂製保持器10Bの耐久性や信頼性を向上させることができる。
その他の構成及び作用効果については、上記第1実施形態と同様である。
【0038】
(第3実施形態)
次に、
図9〜
図12を参照して、本発明に係る転がり軸受用合成樹脂製保持器の第3実施形態について説明する。なお、第1実施形態と同一又は同等部分については、図面に同一符号を付してその説明を省略或いは簡略化する。
【0039】
図9及び
図10は、第3実施形態の合成樹脂製保持器の平面図、及びウェルド部における補強繊維材の配向を示す
図9のX部拡大図である。
【0040】
図9に示すように、本実施形態の合成樹脂製保持器10Dは、所謂、くし形保持器であり、略円環状の基部11Aと、基部11Aの軸方向一端側面12Aから、周方向に所定間隔で軸方向に突出する複数(本実施形態では26個)の柱部20Aと、を備え、隣り合う一対の柱部20A、20Aの互いに対向する面22A、22Aと、基部11Aの軸方向一端側面12Aとによって、軸受の転動体(不図示)を保持する複数(本実施形態では26個)のポケット30Aが画成されている。すなわち、柱部20Aとポケット30Aは同数であり、柱部20Aはそれぞれのポケット30Aの周方向両側に設けられる。
【0041】
26個の柱部20Aのうち、半数である13個の柱部20Aには、それぞれゲート51が設けられる。13個のゲート51のうち、1個のゲート51は、キャビティに開口する断面積が最も大きい大径ゲート51aであり、他のゲート51は、該断面積が中程度の中径ゲート51bと、該断面積が最も小さい小径ゲート51cとからなり、中径ゲート51bと小径ゲート51cとが、周方向に交互に配置される。また、ゲート51が設けられない複数の柱部20Aのうち、大径ゲート51aが設けられた柱部20Aと径方向に対向する柱部20Aに、溶解樹脂を貯留可能な樹脂溜り40が設けられている。樹脂溜り40の連通部42の断面積は、小径ゲート51cの断面積より小さく設定されている。
【0042】
このような合成樹脂製保持器10Dによれば、キャビティ内の圧力は、大径ゲート51aから樹脂溜り40に向かうにしたがって低くなり、キャビティ内に圧力勾配が生じ、圧力の高い大径ゲート51aから、圧力の低い樹脂溜り40に向かって、溶解樹脂Gの流動が発生する。この溶解樹脂Gの流動により、溶解樹脂Gの合流時にいったん流動方向(周方向)に対し垂直(径方向)に配向していた補強繊維材Fの配向が制御され、
図10に示すように、補強繊維材Fの長手方向の向きが不規則に配向されて、半径方向や軸方向を向くものが少なくなり、ウェルド部Wの強度低下を抑制することができる。
【0043】
さらに本実施形態では、一部のウェルド部Wにおいて、樹脂溜り40に向かって流路断面積が拡大する方向に溶解樹脂Gの強制的な流動が発生する。したがって、
図3(d)と同様に、ウェルド部Wは、その中央部が該ウェルド部Wの外面Waの位置から円周方向にずれるように凹凸形状に形成されるので、凹凸によりウェルド部Wにおける溶融樹脂の接触面積が増加して、ウェルド部Wの接合強度を向上させることができる。
【0044】
図11は、第3実施形態の合成樹脂製保持器10Dと比較するための第3比較例の合成樹脂製保持器10Eの平面図である。第3比較例の合成樹脂製保持器10Eでは、樹脂溜りを有しないキャビティ内に、1個おきの柱部20Aに開口する、該開口の断面積が一様の13個のゲート51から補強繊維材Fを含む溶解樹脂Gが射出されて形成される。この場合、ウェルド部Wは、隣り合うゲート51の周方向中央位置する柱部20Aにおいて形成される。そして、
図12に示すように、ウェルド部Wにおける補強繊維材Fの長手方向の向きは、半径方向や軸方向に配向しているものが多くなって、補強繊維材Fによるウェルド部Wの補強効果が小さく、ウェルド部W以外の部位と比較して強度が低下している。
【0045】
以上説明したように、本実施形態の合成樹脂製保持器10Dによれば、合成樹脂製保持器10Dに形成されるウェルド部Wにおいて、補強繊維材Fの長手方向の向きは、不規則に配向されるので、補強繊維材Fによりウェルド部Wの補強効果を高めることができる。
その他の構成及び作用効果については、上記第1実施形態と同様である。
【0046】
尚、本発明は、前述した各実施形態に限定されるものではなく、適宜、変形、改良、等が可能である。
例えば、合成樹脂製保持器10は、冠形保持器、くし形保持器のいずれであってもよく、同様の効果を奏する。また、ゲート51の数、ポケット30の数、樹脂溜り40の数は、図に示す数量に限定されない。また、ウェルド部の位置は、ポケット30の底部であってもよいし、柱部20であってもよく、任意である。
【0047】
また、本発明の合成樹脂製保持器10は、強度低下が少なく耐久性に優れるため、転がり軸受に適用することが好適である。すなわち、このような転がり軸受は、内輪と、外輪と、内輪及び外輪との間に設けられた複数の転動体と、転動体をポケットに転動自在に保持し、耐久性に優れる軸受用保持器と、を備えるので、高速回転や高負荷等の要求を満たすことが可能である。
【0048】
図13は、合成樹脂製保持器の変形例のウェルド部を示す断面図であり、ウェルド部Wの中央部が、複数の凹凸形状に形成されて入り組んで形成されてもよい。これにより、ウェルド部Wにおける溶融樹脂の接触面積が増加して、より接合強度を高めることができる。
【0049】
図14は、合成樹脂製保持器の他の変形例のウェルド部を示す断面図であり、ポケット30の底部にウェルド部Wが設けられる場合において、ウェルド部Wの円周方向長さLが肉厚t(径方向長さ)または軸方向長さよりも長く形成されることで、溶融樹脂の接触面積が増加して、より接合強度を高めることができる。
【符号の説明】
【0050】
10,10B,10D 転がり軸受用合成樹脂製保持器
11,11A 基部
12,12A 軸方向一端側面
20,20A 柱部
22,22A 対向する面
30,30A ポケット
F 補強繊維材
W ウェルド部