(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
質量%で、C:0.005%以下、Si:2.5〜4.5%、Mn:0.01〜0.15%を含有し、残部がFeおよび不純物からなる母材鋼板と、母材鋼板の表面上に形成されており、Mg2SiO4を主成分として含有する一次被膜とを備える方向性電磁鋼板であって、
前記一次被膜の表面から前記方向性電磁鋼板の板厚方向にグロー放電発光分析法による元素分析を行ったときに得られるAl発光強度のピーク位置DAlが、前記一次被膜の表面から前記板厚方向へ2.0〜12.0μmの範囲に存在し、
前記ピーク位置DAlでのAl酸化物の個数密度NDが0.02〜0.20個/μm2であり、かつ
前記一次被膜の表面から前記方向性電磁鋼板の板厚方向にグロー放電発光分析法による元素分析を行ったときに得られるS発光強度のピーク位置DSが、前記一次被膜の表面から前記板厚方向へ1.0〜10.0μmの範囲に存在し、かつ
DS<DAlであり、かつ
磁束密度B8値が1.92T以上であることを特徴とする方向性電磁鋼板。
前記母材鋼板は、質量%で、Cu:0.01%以上0.30%以下、Sn:0.01%以上0.30%以下、Ni:0.01%以上0.30%以下、Cr:0.01%以上0.30%以下、またはSb:0.01%以上0.30%以下のいずれか1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1に記載の方向性電磁鋼板。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下に本発明の好適な実施の形態について詳細に説明する。なお、特に断らない限り、数値A及びBについて「A〜B」という表記は「A以上B以下」を意味するものとする。かかる表記において数値Bのみに単位を付した場合には、当該単位が数値Aにも適用されるものとする。
【0022】
[方向性電磁鋼板の製造方法]
本発明者らは、方向性電磁鋼板の一次被膜と鋼板の密着性を向上しつつ磁気特性を向上させるために、方向性電磁鋼板の製造方法について鋭意検討を行った結果、以下の知見を見出した。
【0023】
具体的には、本発明者らは、方向性電磁鋼板では、溶鋼にBiを添加することでインヒビターの耐熱性を強化して磁束密度の向上が期待されるが一次被膜と鋼板の密着性が劣化する課題に対して、焼鈍分離剤へ希土類金属化合物とアルカリ土類金属化合物を添加することで、一次被膜と鋼板の密着性を向上できることを見出した。
【0024】
一方で、焼鈍分離剤中に硫酸塩あるいは硫化物が含まれる場合、一次再結晶焼鈍の昇温速度や仕上焼鈍の昇温速度や焼鈍分離剤からの水分放出条件によって、方向性電磁鋼板において高磁束密度が得られない課題があった。そこで本発明者らは、一次再結晶焼鈍の昇温速度を高速化することで増加させた表層近傍のGoss方位粒を二次再結晶過程で消失し難くするとの観点から鋭意研究を重ねて、焼鈍分離剤中の硫黄元素含有量と仕上焼鈍における昇温速度および焼鈍分離剤からの水分放出量を適切に制御することで、磁束密度を向上させることが可能であることを見出した。
【0025】
本発明者らは、以上の知見を考慮することで、本発明を想到するに至った。本発明の一実施形態は、以下の構成を備える方向性電磁鋼板の製造方法である。
【0026】
質量%で、C:0.02%以上0.10%以下、Si:2.5%以上4.5%以下、Mn:0.01%以上0.15%以下、SおよびSeのうち1種または2種の合計:0.001%以上0.050%以下、酸可溶性Al:0.01%以上0.05%以下、N:0.002%以上0.015%以下、Bi:0.0005%以上0.05%以下を含有し、残部がFeおよび不純物からなるスラブを、1280℃以上に加熱して、熱間圧延を施すことで、熱延鋼板とする工程と、前記熱延鋼板に熱延板焼鈍を施した後、一回の冷間圧延または中間焼鈍を挟む二回以上の冷間圧延を施すことで、冷延鋼板とする工程と、前記冷延鋼板に一次再結晶焼鈍を施す工程と、一次再結晶焼鈍後の前記冷延鋼板の表面にMgOを含む焼鈍分離剤を塗布した後、仕上焼鈍を施す工程と、仕上焼鈍後の鋼板に絶縁被膜を塗布した後、平坦化焼鈍を施す工程と、を含み、
前記一次再結晶焼鈍の昇温過程において、昇温開始〜550℃の間の平均昇温速度Va1(℃/s)、550℃〜700℃の間の平均昇温速度Va2(℃/s)、700℃〜昇温終了の間の平均昇温速度Va3(℃/s)が
Va1≦Va2、400≦Va2、Va3≦Va2
を満たし、
前記焼鈍分離剤において、前記焼鈍分離剤中の前記MgO含有量を質量%で100%としたとき、TiO
2を0.5%以上10%以下、希土類金属の酸化物、硫化物、硫酸塩、珪化物、りん酸塩、水酸化物、炭酸塩、硼素化物、塩化物、および弗化物のうち1種または2種以上を希土類金属換算で0.1%以上10%以下、Ca、SrおよびBaからなる群から選択されるアルカリ土類金属の硫酸塩、炭酸塩、水酸化物、塩化物および酸化物のうち1種または2種以上をアルカリ土類金属換算で0.1以上10%以下、硫酸塩または硫化物を硫黄元素換算でA%含有し、該Aが(0.00025×Va2)≦A≦1.5を満たし、
かつ前記仕上焼鈍の昇温過程において、室温から700℃の間の前記焼鈍分離剤からの水分放出率が0.5%以上6.0%以下であり、900℃から1100℃の間の平均昇温速度Vf(℃/h)が、5≦Vf≦(21−4×A)である。
【0027】
以下、本実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法について具体的に説明する。
【0028】
[スラブの成分組成]
まず、本実施形態に係る方向性電磁鋼板に用いられるスラブの成分組成について説明する。なお、以下では特に断りのない限り、「%」との表記は「質量%」を表わすものとする。また、以下で説明する元素以外のスラブの残部は、Feおよび不純物である。
【0029】
C(炭素)の含有量は、0.02%以上0.10%以下である。Cには、種々の役割があるが、Cの含有量が0.02%未満である場合、スラブの加熱時に結晶粒径が過度に大きくなることで、最終的な方向性電磁鋼板の鉄損値を増大させるため好ましくない。Cの含有量が0.10%超である場合、冷間圧延後の脱炭時に、脱炭時間が長時間になり、製造コストが増加するため好ましくない。また、Cの含有量が0.10%超である場合、脱炭が不完全になり易く、最終的な方向性電磁鋼板において磁気時効を起こす可能性があるため好ましくない。したがって、Cの含有量は、0.02%以上0.10%以下であり、好ましくは、0.05%以上0.09%以下である。
【0030】
Si(ケイ素)の含有量は、2.5%以上4.5%以下である。Siは、鋼板の電気抵抗を高めることで、鉄損の原因の一つである渦電流損失を低減する。Siの含有量が2.5%未満である場合、最終的な方向性電磁鋼板の渦電流損失を十分に抑制することが困難になるため好ましくない。Siの含有量が4.5%超である場合、方向性電磁鋼板の加工性が低下するため好ましくない。したがって、Siの含有量は、2.5%以上4.5%以下であり、好ましくは、2.7%以上4.0%以下である。
【0031】
Mn(マンガン)の含有量は、0.01%以上0.15%以下である。Mnは、二次再結晶を左右するインヒビターであるMnSおよびMnSeなどを形成する。Mnの含有量が0.01%未満である場合、二次再結晶を生じさせるMnSおよびMnSeの絶対量が不足するため好ましくない。Mnの含有量が0.15%超である場合、スラブ加熱時にMnの固溶が困難になるため好ましくない。また、Mnの含有量が0.15%超である場合、インヒビターであるMnSおよびMnSeの析出サイズが粗大化し易く、インヒビターとしての最適サイズ分布が損なわれるため好ましくない。したがって、Mnの含有量は、0.01%以上0.15%以下であり、好ましくは、0.03%以上0.13%以下である。
【0032】
S(硫黄)およびSe(セレン)の含有量は、合計で0.001%以上0.050%以下である。SおよびSeは、上述したMnと共にインヒビターを形成する。SおよびSeは、2種ともスラブに含有されていてもよいが、少なくともいずれか1種がスラブに含有されていればよい。SおよびSeの含有量の合計が上記範囲を外れる場合、十分なインヒビター効果が得られないため好ましくない。したがって、SおよびSeの含有量は、合計で0.001%以上0.050%以下であり、好ましくは、0.001%以上0.040%以下である。
【0033】
酸可溶性Al(酸可溶性アルミニウム)の含有量は、0.01%以上0.05%以下である。酸可溶性Alは、高磁束密度の方向性電磁鋼板を製造するために必要なインヒビターを構成する。酸可溶性Alの含有量が0.01%未満である場合、酸可溶性Alが量的に不足し、インヒビター強度が不足するため好ましくない。酸可溶性Alの含有量が0.05%超である場合、インヒビターとして析出するAlNが粗大化し、インヒビター強度を低下させるため好ましくない。したがって、酸可溶性Alの含有量は、0.01%以上0.05%以下であり、好ましくは、0.01%以上0.04%以下である。
【0034】
N(窒素)の含有量は、0.002%以上0.015%以下である。Nは、上述した酸可溶性Alと共にインヒビターであるAlNを形成する。Nの含有量が上記範囲を外れる場合、十分なインヒビター効果が得られないため好ましくない。したがって、Nの含有量は、0.002%以上0.015%以下であり、好ましくは、0.002%以上0.012%以下である。
【0035】
Bi(ビスマス)の含有量は、0.0005%以上0.05%以下である。Biは、インヒビターであるMnSやAlNの耐熱性を強化して、二次再結晶温度を高温化して、磁束密度を向上する効果があると推定される。Biの含有量が0.0005%未満である場合、十分なインヒビター耐熱性強化効果が得られないため好ましくない。Biの含有量が0.05%超である場合、熱延における鋼板の脆性が劣化して通板が困難となり、生産性が低下するので好ましくない。したがって、Biの含有量は、0.0005%以上0.05%以下であり、好ましくは、0.0010%以上0.02%以下である。
【0036】
また、本実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造に用いられるスラブは、上述した元素の他に、二次再結晶を安定化させる元素として、Cu、Sn、Ni、Cr、またはSbのいずれか1種または2種以上を含有してもよい。スラブが上記の元素を含有する場合、製造される方向性電磁鋼板の磁束密度をさらに向上することができる。
【0037】
なお、これらの元素の各々の含有量は、0.01%以上0.3%以下であってもよい。これらの元素の各々の含有量が0.01%未満である場合、二次再結晶を安定化させる効果が十分に得られにくくなるため好ましくない。これらの元素の各々の含有量が0.3%超である場合、二次再結晶を安定化させる効果が飽和するため、製造コストの増大を抑制する観点から好ましくない。
【0038】
上記で説明した成分組成に調整された溶鋼を鋳造することで、スラブが形成される。なお、スラブの鋳造方法は、特に限定されない。また、研究開発において、真空溶解炉などで鋼塊が形成されても、上記成分について、スラブが形成された場合と同様の効果が確認できる。
【0039】
[熱延鋼板とする工程]
続いて、スラブを加熱して熱間圧延を施すことで熱延鋼板に加工される。スラブは1280℃以上に加熱されることで、スラブ中のインヒビター成分が完全固溶される。スラブの加熱温度が1280℃未満である場合、MnS、MnSe、およびAlN等のインヒビター成分を充分に溶体化することが困難になるため好ましくない。なお、このときのスラブの加熱温度の上限値は、特に定めないが、設備保護の観点から1450℃が好ましく、例えば、スラブの加熱温度は、1300℃以上1450℃以下であってもよい。
【0040】
次に、加熱されたスラブは、熱間圧延されて熱延鋼板に加工される。加工後の熱延鋼板の板厚は、例えば、1.8mm以上3.5mm以下であってもよい。熱延鋼板の板厚が1.8mm未満である場合、熱間圧延後の鋼板温度が低温化し、鋼板中のAlNの析出量が増加することで二次再結晶が不安定となって、最終的な板厚が0.23mm以下の方向性電磁鋼板において磁気特性が低下するため好ましくない。熱延鋼板の板厚が3.5mm超である場合、冷間圧延の工程での圧延負荷が大きくなるため好ましくない。
【0041】
[冷延鋼板とする工程]
続いて、加工された熱延鋼板は、熱延板焼鈍を施された後、1回の冷間圧延、または中間焼鈍を挟んだ複数回の冷間圧延にて圧延されることで、冷延鋼板に加工される。なお、中間焼鈍を挟んだ複数回の冷間圧延にて圧延する場合、前段の熱延板焼鈍を省略することも可能である。ただし、熱延板焼鈍を施す場合、鋼板形状がより良好になるため、冷間圧延にて鋼板が破断する可能性を軽減することができる。
【0042】
また、冷間圧延のパス間、圧延ロールスタンド間、または圧延中に、鋼板は、300℃程度以下で加熱処理されてもよい。このような場合、最終的な方向性電磁鋼板の磁気特性を向上させることができる。なお、熱延鋼板は、3回以上の冷間圧延によって圧延されてもよいが、多数回の冷間圧延は、製造コストを増大させるため、熱延鋼板は、1回または2回の冷間圧延によって圧延されることが好ましい。冷間圧延をゼンジミアミルなどのリバース圧延で行う場合、それぞれの冷間圧延におけるパス回数は、特に限定されないが、製造コストの観点から、9回以下が好ましい。
【0043】
[一次再結晶焼鈍を施す工程]
次に、冷延鋼板は、急速昇温された後、脱炭焼鈍される。これらの過程は、一次再結晶焼鈍とも称され、連続して行われることが好ましい。一次再結晶焼鈍によって、冷延鋼板では、二次再結晶前のGoss方位粒を増加させることで、二次再結晶過程において、より理想Goss方位に近い方位粒が二次再結晶することが期待されるため、最終的な方向性電磁鋼板の磁束密度を向上することができる。
一次再結晶焼鈍は室温付近から昇温を開始し脱炭焼鈍温度程度まで昇温させることが一般的であり、その間の昇温速度は様々である。一方で、本発明では以下に説明するように、昇温開始〜550℃の間の平均昇温速度Va1(℃/s)、550℃〜700℃の間の平均昇温速度Va2(℃/s)、700℃〜昇温終了の間の平均昇温速度Va3(℃/s)が
Va1≦Va2、400≦Va2、Va3≦Va2とすることを特徴としている。一次再結晶焼鈍の昇温開始温度及び到達温度は特に限定されない。
【0044】
本実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法では、一次再結晶焼鈍における冷延鋼板の急速昇温は、550℃〜700℃の間の平均昇温速度Va2を400℃/s以上とする。これにより、本実施形態では、冷延鋼板の二次再結晶前のGoss方位粒をさらに増加させることができ、最終的な方向性電磁鋼板の磁束密度を向上することができる。急速昇温の温度範囲は、550℃〜700℃である。急速昇温の開始温度が550℃超である場合、鋼板中で転位の回復が大きく進行し、Goss方位粒以外の方位粒の一次再結晶が開始してしまうため、Goss方位粒増加効果が減じるので好ましくない。急速昇温の終了温度が700℃未満である場合、Goss方位粒の一次再結晶が完了する前に、他の方位粒の一次再結晶が完了してしまうため、Goss方位粒増加効果が減じるので好ましくない。
【0045】
また、550℃〜700℃の間の平均昇温速度Va2を700℃/s以上とする場合、二次再結晶前のGoss方位粒をさらに増加させることができ、最終的な方向性電磁鋼板の磁束密度をさらに向上することができるためより好ましい。一方、平均昇温速度Va2が400℃/s未満である場合、Goss方位粒が不足するため、二次再結晶過程において、理想Goss方位に近い方位粒以外の方位粒、たとえば首振りGoss方位粒なども異常粒成長してしまうため、最終的な方向性電磁鋼板の磁束密度が劣化してしまうため好ましくない。
さらに、550℃〜700℃の間の平均昇温速度Va2が400℃/s以上である場合、仕上焼鈍昇温過程において、焼鈍分離剤に含まれる硫黄の鋼板への浸入が促進され、鋼中でMnSが形成されてGoss方位粒以外の異常粒成長を抑制し、結果としてGoss方位粒の異常粒成長を促進することが明らかとなった。
【0046】
一次再結晶焼鈍の昇温過程において、550℃〜700℃の間の平均昇温速度Va2が400℃/s以上である場合、仕上焼鈍昇温過程において、焼鈍分離剤に含まれる硫黄の鋼板への浸入が促進されるメカニズムは、必ずしも明らかではないが、以下のように推察される。まず、一次再結晶焼鈍の昇温過程において、550℃〜700℃の間の平均昇温速度が400℃/s以上である場合、550℃〜700℃における滞留時間が短いので酸化層の形成、特に外部酸化膜の形成が抑制される。次に、引き続く脱炭焼鈍において、外部酸化膜の形成量が減じられているため、内部酸化層の形成が促進される。最後に、これら内部酸化層と地鉄の界面が硫黄拡散のパスとなり、仕上焼鈍昇温過程において焼鈍分離剤からの硫黄の浸入が促進されると推察される。
【0047】
なお、550℃〜700℃の間の平均昇温速度Va2とは、鋼板の温度が550℃〜700℃まで昇温する際の平均昇温速度である。
【0048】
このような急速昇温は、例えば、通電加熱方法または誘導加熱方法を用いることで、実施することが可能である。
【0049】
昇温開始〜550℃の間の平均昇温速度Va1(℃/s)は、Va1≦Va2とする。Va1>Va2の場合、550℃〜700℃の間の急速昇温前に鋼板の温度が不均一となり、急速加熱効果にばらつきが生じて、最終的に得られる方向性電磁鋼板の磁気特性が向上しない場合があるので好ましくない。
【0050】
700℃〜昇温終了の間の平均昇温速度Va3(℃/s)は、Va3≦Va2とする。Va3>Va2の場合、脱炭焼鈍後の酸化膜が変化して、期待される仕上焼鈍昇温過程における焼鈍分離剤からの硫黄の浸入効果が得られず、最終的に得られる方向性電磁鋼板の磁気特性が向上しない場合があるので好ましくない。このメカニズムは必ずしも明らかではないが、Va3>Va2の場合、脱炭焼鈍後の酸化膜が厚くなり過ぎ、仕上焼鈍の昇温過程における焼鈍分離剤からの硫黄の浸入量が減少し、一次再結晶昇温過程の急速昇温によるGoss方位粒増加効果を十分に活用できないと推察される。
【0051】
ここで、昇温過程は、複数の装置によって実施されてもよい。たとえば、鋼板の回復、すなわち鋼中の転位密度の減少が生じる550℃よりも低温で保持または徐冷することも、昇温前の鋼板の均温性を向上することができるので、実施してもかまわない。さらに、550℃から700℃までの昇温を含む昇温過程も、1つまたは2つ以上の装置によって実施されてもよい。
【0052】
昇温が開始された点とは、550℃以下の低温側において、鋼板の温度が低下した状態から、鋼板の温度が上昇する状態に遷移する点(すなわち、温度変化が極小値をとる点)である。また、昇温が終了した点とは、700℃以上の高温側において、鋼板の温度が上昇した状態から、鋼板の温度が低下する状態に遷移する点(すなわち、温度変化が極大値をとる点)である。
【0053】
ここで、昇温開始点および急速昇温終了点の判別方法は、特に限定されないが、例えば、放射温度計等を用いて鋼板温度を測定することによって判別することが可能である。なお、鋼板温度の測定方法については、特に限定されない。また、一次再結晶の昇温終了温度が、引き続く脱炭焼鈍温度よりも低温となっても、または高温となっても、本発明の効果は損なわれない。一次再結晶の昇温終了温度が、脱炭焼鈍温度よりも低温になる場合は、脱炭焼鈍工程で加熱しても構わない。一次再結晶の昇温終了温度が、脱炭焼鈍温度よりも高温になる場合は、放熱処理やガス冷却処理などを施して、鋼板温度を冷却しても構わない。さらに、脱炭焼鈍温度よりも低温まで冷却した後、脱炭焼鈍工程で再加熱しても構わない。
【0054】
ただし、鋼板温度の測定が困難であり、昇温開始点および急速昇温終了点の正確な場所の推定が困難である場合は、昇温過程および冷却過程の各々のヒートパターンを類推することで、これらの場所を推定してもよい。また、さらには、昇温過程における昇温装置への鋼板の入側温度および出側温度を、昇温開始点および急速昇温終了点としてもよい。
【0055】
ここで、一次再結晶焼鈍の昇温過程の雰囲気は、引き続く脱炭焼鈍において脱炭性を阻害しないために、酸素分圧比、すなわち雰囲気中の水蒸気分圧P
H2Oと、水素分圧P
H2との比P
H2O/P
H2を、たとえば0.1以下にしてもよい。
【0056】
次に、冷延鋼板は、脱炭焼鈍される。脱炭焼鈍は、水素および窒素含有の湿潤雰囲気中において、900℃以下の温度で実施される。なお、一次再結晶焼鈍の工程では、冷延鋼板に対して、磁性特性および被膜特性向上を目的として、脱炭焼鈍に続く還元焼鈍が施されてもよい。
【0057】
[仕上焼鈍を施す工程]
その後、一次再結晶焼鈍後の冷延鋼板に仕上焼鈍を施す。その際、鋼板間の焼き付き防止や、一次被膜形成や、二次再結晶挙動制御などを目的としてMgOを主成分とする焼鈍分離剤が仕上焼鈍前に塗布される。前記焼鈍分離剤は、一般的に水スラリーの状態で鋼板表面に塗布、乾燥されるが、静電塗布法などを用いてもよい。ここで、焼鈍分離剤の添加物は、特に一次被膜と鋼板の密着性や二次再結晶挙動に大きな影響をおよぼす。以下に、焼鈍分離剤の添加物含有量および効果を記載する。ここで、含有量は焼鈍分離剤の主成分であるMgO含有量を質量%で100%としたときの添加物の含有量(質量%)である。「主成分」とは、ある物質に50質量%以上含まれている成分ことを言い、好ましくは70質量%以上、より好ましくは90質量%以上である。
【0058】
焼鈍分離剤の鋼板への付着量は、片面あたり、例えば、2g/m
2以上10g/m
2以下が好ましい。焼鈍分離剤の鋼板への付着量が2g/m
2未満である場合、仕上焼鈍において、鋼板同士が焼き付いてしまうので好ましくない。焼鈍分離剤の鋼板への付着量が10g/m
2超である場合、製造コストが増大するので好ましくない。
【0059】
前記焼鈍分離剤において、TiO
2の含有量は、0.5%以上10%以下である。TiO
2は、一次被膜と鋼板の密着性に大きな影響を及ぼす。0.5%未満である場合、密着性改善の効果が十分ではなく、また10%超である場合、仕上焼鈍過程において鋼板へTiが固溶し、後にTiCなどの微細析出物を形成して磁性を劣化させる(磁気時効)ことがあるので、好ましくない。したがって、TiO
2の含有量は、0.5%以上10%以下であり、さらに好ましくは、1.0%以上8%以下である。
【0060】
前記焼鈍分離剤において、希土類金属化合物の含有量は、希土類金属換算で0.1%以上10%以下である。0.1%未満である場合、密着性改善の効果が十分ではなく、また10%超である場合、製造コストが増大するので、好ましくない。したがって、希土類金属化合物の含有量は、希土類金属換算で0.1%以上10%以下であり、さらに好ましくは、0.2%以上8%以下である。希土類金属化合物は、特に限定されるものではなく、酸化物、硫化物、硫酸塩、珪化物、りん酸塩、水酸化物、炭酸塩、硼素化物、塩化物、および弗化物のうち1種または2種以上を混合しても構わない。希土類金属化合物は、入手のしやすさ、コストの観点から、La、Ce、Yの化合物の使用がより好ましい。すなわち、本発明において希土類金属はLa、Ce、およびYからなる群から選択されることがより好ましい。
【0061】
前記焼鈍分離剤において、アルカリ土類金属化合物の含有量は、アルカリ土類金属換算で0.1%以上10%以下である。0.1%未満である場合、密着性改善の効果が十分ではなく、また10%超である場合、焼鈍分離剤スラリーの塗布性が劣化するので、好ましくない。したがって、アルカリ土類金属化合物の含有量は、アルカリ土類金属換算で0.1%以上10%以下であり、さらに好ましくは0.2%以上8%以下である。なお、アルカリ土類金属の化合物は、特に限定されるものではないが、Ca、SrおよびBaからなる群から選択されるアルカリ土類金属の硫酸塩、炭酸塩、水酸化物、塩化物および酸化物であることが好ましく、また、これらの化合物は1種又は2種以上混合してもかまわない。
【0062】
前記焼鈍分離剤において、硫酸塩または硫化物の含有量は、硫黄元素換算でA%として、(0.00025×Va2)≦A≦1.5の条件を満たす。A<(0.00025×Va2)の場合、一次再結晶焼鈍の昇温速度を高めてGoss方位粒を増加させた効果を活用できず、磁束密度の向上効果が小さくなるので好ましくない。1.5<Aの場合、二次再結晶が不安定となるので好ましくない。したがって、硫酸塩または硫化物の含有量は、硫黄元素換算でA%として、(0.00025×Va2)≦A≦1.5の条件を満たす。
【0063】
このような現象が生じる詳細な理由は明らかではないが、焼鈍分離剤に含有される硫酸塩または硫化物によって二次再結晶過程のインヒビター強度の挙動に影響を与えるためと推察される。すなわち、一次再結晶焼鈍の昇温速度を400℃/s以上とすることで、主に表層近傍においてGoss方位粒が増加する。一方、焼鈍分離剤に硫黄化合物が含まれると、二次再結晶過程で鋼板へ硫黄が浸透(硫化)して鋼中でMnSを形成することで表層近傍のインヒビター強度が向上する。ここで、MnS形成挙動は、仕上焼鈍の昇温速度および焼鈍分離剤からの水分放出率にも強く影響される。焼鈍分離剤中の硫黄化合物含有量と仕上焼鈍の昇温速度および焼鈍分離剤からの水分放出率を適切に制御することで、表層近傍でMnSによる粒成長抑制層が形成されて、二次再結晶過程で表層Goss方位粒が他の方位粒に蚕食され難くなって、磁束密度を向上すると推察される。
【0064】
また、スラブ成分にBiを含有させると、一次被膜と鋼板の密着性が劣化するメカニズムについて、詳細は明らかとなっていないが、一次被膜と鋼板の界面構造が平滑化しやすくなって、アンカー効果が減少して密着性が劣化すると推察される。焼鈍分離剤において、希土類金属化合物およびアルカリ土類金属化合物が適切に含有されると、一次被膜と鋼板の界面構造が複雑化してアンカー効果を発揮して、一次被膜と鋼板の密着性が改善されると推定される。
【0065】
続いて、一次被膜形成および二次再結晶を目的として仕上焼鈍が施される。仕上焼鈍は、例えば、バッチ式加熱炉等を用いて、コイル状の鋼板を熱処理することで行われてもよい。さらに、最終的な方向性電磁鋼板の鉄損値をより低減するためには、コイル状の鋼板を1200℃程度の温度まで昇温させた後に保持する純化処理が施されてもよい。
仕上焼鈍は室温程度から昇温されることが一般的であり、また仕上焼鈍の昇温速度は様々である。一方で、本発明では以下に説明するように、室温から700℃の間の前記焼鈍分離剤からの水分放出率が0.5%以上6.0%以下であり、900℃〜1100℃の間の平均昇温速度Vfを所定の範囲とすることを特徴としている。
【0066】
仕上焼鈍の昇温過程における室温〜700℃までの焼鈍分離剤からの水分放出率は、脱炭焼鈍で形成された内部酸化層の状態を、焼鈍分離剤から鋼板への硫黄の浸入が開始するまで適切に保つために、非常に重要である。仕上焼鈍の昇温過程における室温〜700℃までの焼鈍分離剤からの水分放出率は、0.5%以上6.0%以下とする。水分放出率が0.5%未満の場合、仕上焼鈍昇温過程における追加酸化量が不足して、内部酸化層が凝集する過程で不連続となり、表面から内層側までの硫黄の拡散パスが消失するので好ましくない。一方、水分放出率が6.0%超の場合、仕上焼鈍昇温過程における追加酸化量が過剰となって、鋼中Alの酸化進行に伴ってAlN分解が促進され過ぎて、特に表層のインヒビター強度が低下して首振りGoss方位粒なども異常粒成長する場合があるので好ましくない。
仕上焼鈍の昇温過程における室温〜700℃までの焼鈍分離剤からの水分放出率は、例えば、焼鈍分離剤を塗布および乾燥した後、仕上焼鈍が開始されるまでの間に、鋼板表面から焼鈍分離剤を回収して、室温から700℃まで昇温する間の重量減少率として測定されても良い。室温から700℃まで昇温する間の雰囲気は、窒素でもよいしArでもよい。重量減少率は、焼鈍分離剤をるつぼに入れ、昇温前後の重量を測定することで算出してもよいし、熱重量測定装置で測定してもよい。
【0067】
仕上焼鈍の昇温過程における900℃〜1100℃の間の平均昇温速度Vf(℃/h)は、5≦Vf≦(21−4×A)である。Vf<5の場合、熱処理時間が長くなり過ぎて生産性が劣化するので好ましくない。(21−4×A)<Vfの場合、昇温速度が速すぎて、焼鈍分離剤中の硫酸塩もしくは硫化物が分解して鋼中に侵入する硫黄の量が不十分となり、表層近傍でMnSによる粒成長抑制層が十分に形成されないので、好ましくない。したがって、仕上焼鈍の昇温過程における900℃〜1100℃の間の平均昇温速度Vf(℃/h)は、5≦Vf≦(21−4×A)である。なお、平均昇温速度Vfは鋼板の温度が900℃〜1100℃まで昇温する際の平均昇温速度であるが、仕上焼鈍をバッチ式加熱炉を用いて、コイル状の鋼板を熱処理する場合は、例えば、加熱炉の温度やコイル表面の温度から、平均昇温速度Vfを算出してもよい。平均昇温速度Vfの温度範囲は、900℃〜1100℃である。平均昇温速度Vfの昇温開始温度が900℃超である場合、Goss方位粒以外の方位粒の異常粒成長も可能な温度域であるため、一次再結晶焼鈍における急速昇温速度と焼鈍分離剤中の硫黄元素換算量から規定される平均昇温速度VfによるGoss方位粒優先成長の効果が減じるので好ましくない。平均昇温速度Vfの終了温度が1100℃未満である場合、Goss方位粒の二次再結晶が完了しておらず、他の方位粒の異常粒成長が発生する可能性があるため、平均昇温速度VfによるGoss方位粒優先成長の効果が減じるので好ましくない。
【0068】
仕上焼鈍の昇温過程における1100℃以上の温度域のヒートパターンについては、特に限定されず、一般的な仕上焼鈍の条件を用いることが可能である。例えば、生産性および一般的な設備制約の観点から5℃/h〜100℃/hとしてもよい。また、他の公知のヒートパターンで行ってもよい。冷却過程においても、ヒートパターンは特に限定されない。
【0069】
仕上焼鈍における雰囲気ガス組成は、特に限定されない。二次再結晶進行過程では、窒素と水素の混合ガスであってもよい。乾燥雰囲気でもよいし、湿潤雰囲気でも構わない。純化焼鈍は、乾燥水素ガスであってもよい。
【0070】
[平坦化焼鈍を施す工程]
続いて、仕上焼鈍の後、鋼板へ絶縁性および張力付与を目的として、例えば、リン酸アルミニウムまたはコロイダルシリカなどを主成分とした絶縁被膜が鋼板の表面に塗布される。その後、絶縁被膜の焼付、および仕上焼鈍による鋼板形状の平坦化を目的として、平坦化焼鈍が施される。なお、鋼板に対して絶縁性および張力が付与されるのであれば、絶縁被膜の成分は特に限定されない。なお、本実施形態では、需要家の目的によっては、方向性電磁鋼板に磁区制御処理が施されてもよいことは言うまでもない。
【0071】
以上の工程により、最終的な方向性電磁鋼板を製造することができる。本実施形態に係る製造方法によれば、磁気特性に優れ、一次被膜と鋼板の密着性に優れた方向性電磁鋼板を製造することができる。
【0072】
こうして得られた方向性電磁鋼板は、変圧器に加工される際に、例えば、巻鉄心変圧器では、所定の大きさに巻き取られた後、金型などにより形状矯正される。ここで、特に、鉄心内周側では非常に曲率半径の小さい加工が施されることになる。このような加工でも一次被膜と鋼板の剥離を十分に防止するには、10mmφの曲げ加工密着性試験で、被膜剥離面積率が、10%以下であることが好ましい。
10mmφの曲げ加工密着性試験(10mmφ曲げ試験)とは、円筒型マンドレル屈曲試験機を用いて、サンプル鋼板を試験機に設置して曲げ試験を行い、曲げ試験後のサンプル鋼板の表面を観察することで実施される。また、被膜剥離面積率とはサンプル鋼板の全面積に対して、一次被膜が剥離した領域の面積の割合である。
【0073】
[方向性電磁鋼板]
本実施形態に係る方向性電磁鋼板は、所定の成分を含む母材鋼板と母材鋼板の表面上に形成されており、Mg
2SiO
4を主成分として含有する一次被膜とを備えるものである。
【0074】
[母材鋼板の成分組成]
本実施形態に係る方向性電磁鋼板において、高磁束密度化とともに低鉄損化するためには、方向性電磁鋼板の母材鋼板に含有される成分組成のうち、下記元素の含有量を制御することが重要である。
【0075】
Cは、製造工程における脱炭焼鈍工程の完了までの組織制御に有効な元素である。しかし、C含有量が0.005%超である場合、磁気時効を引き起こして磁気特性が低下する。したがって、C含有量は、0.005%以下であり、好ましくは0.003%以下である。
一方、C含有量は低いほうが好ましいが、C含有量を0.0001%未満に低減しても、組織制御の効果は飽和し、製造コストが嵩むだけとなる。したがって、C含有量は、0.0001%以上としてもよい。
【0076】
Siは、鋼板の電気抵抗を高めることで、鉄損の一部を構成する渦電流損失を低減する。Siは、質量%で、2.5%以上4.5%以下の範囲で母材鋼板に含有されることが好ましく、2.7%以上4.0%以下の範囲で母材鋼板に含有されることがより好ましい。Siの含有量が2.5%未満である場合、方向性電磁鋼板の渦電流損失を抑制することが困難になるため好ましくない。Siの含有量が4.5%超である場合、方向性電磁鋼板の加工性が低下するため好ましくない。
【0077】
Mnは、二次再結晶を左右するインヒビターであるMnSやMnSeを形成する。Mnは、質量%で、0.01%以上0.15%以下の範囲で母材鋼板に含有されることが好ましく、0.03%以上0.13%以下の範囲で母材鋼板に含有されることがより好ましい。Mnの含有量が0.01%未満である場合、二次再結晶を生じさせるMnSおよびMnSeの絶対量が不足するため好ましくない。Mnの含有量が0.15%超である場合、スラブ加熱時にMnの固溶が困難になり、かつインヒビターの析出サイズが粗大化することで、インヒビターの最適サイズ分布が損なわれるため好ましくない。
【0078】
本発明による方向性電磁鋼板の母材鋼板の化学組成の残部は、Fe及び不純物からなる。ここで、不純物とは、母材鋼板を工業的に製造する際に、意図的に添加する場合に限らず、原料としての鉱石、スクラップ、または製造環境などから不可避的に混入されるものを含み、又は、純化焼鈍において完全に純化されずに鋼中に残存する下記の元素等であって、本発明の方向性電磁鋼板に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。不純物の合計含有量の上限の目途としては、5%程度が挙げられる。
【0079】
また、本実施形態に係る方向性電磁鋼板の母材鋼板は、二次再結晶を安定化させる元素として、Cu、Sn、Ni、Cr、またはSbのいずれか1種または2種以上を含有してもよい。母材鋼板が上記の元素を含有する場合、鉄損値をさらに低減することができるため、より良好な磁気特性を得ることができる。
【0080】
これらの元素の各々の含有量は、質量%で、0.01%以上0.3%以下であってもよい。これらの元素の各々の含有量が0.01%未満である場合、二次再結晶を安定化させる効果が十分に得られにくくなるため好ましくない。これらの元素の各々の含有量が0.3%超である場合、二次再結晶を安定化させる効果が飽和するため、方向性電磁鋼板の製造コストの増大を抑制する観点から好ましくない。
【0081】
[一次被膜]
また、本発明者らは、一次被膜と鋼板の密着性と、一次被膜におけるAl酸化物の分布に、密接な関係があることを見出した。すなわち、本発明による方向性電磁鋼板において、一次被膜の表面から方向性電磁鋼板の板厚方向にグロー放電発光分析法による元素分析を実施したときに得られるAl発光強度のピーク位置D
Alが、一次被膜の表面から板厚方向に2.0〜12.0μmの範囲内に配置される。
【0082】
方向性電磁鋼板において、一次被膜と鋼板(地金)の界面は、嵌入構造を有する。具体的には、一次被膜の一部が、鋼板表面から鋼板内部に進入している。鋼板表面から鋼板内部に進入している一次被膜の一部は、いわゆるアンカー効果を発揮して、一次被膜の鋼板に対する密着性を高める。以降、本明細書では、鋼板表面から鋼板内部に進入している一次被膜の一部を、「一次被膜の根」と定義する。
【0083】
一次被膜の根が鋼板内部に深く入り込んでいる領域において、一次被膜の根の主成分は、Al酸化物の一種であるスピネル(MgAl
2O
4)である。グロー放電発光分析法による元素分析を実施したときに得られるAl発光強度のピークは、上記スピネルの存在位置を反映すると推定される。
【0084】
上記Al発光強度ピークの一次被膜表面からの深さ位置をAlピーク位置D
Al(μm)と定義する。Alピーク位置D
Alが2.0μm未満である場合、スピネルが鋼板表面から浅い位置に形成されていることを意味する。つまり、一次被膜の根が浅いことを意味する。この場合、一次被膜の密着性が低いので好ましくない。一方、Alピーク位置D
Alが12.0μmを超える場合、一次被膜の根が過度に発達しており、鋼板内部の深い部分まで一次被膜の根が進入している。この場合、一次被膜の根が磁壁移動を阻害する。その結果、磁気特性が劣化して好ましくない。
【0085】
Alピーク位置D
Alが2.0〜12.0μmであれば、優れた磁気特性を維持しつつ、被膜の密着性を高めることができる。Alピーク位置D
Alは、さらに好ましくは3.0〜10μmである。
【0086】
Alピーク位置D
Alは次の方法で測定できる。周知のグロー放電発光分析法(GDS法)を用いて、元素分析を実施する。具体的には、方向性電磁鋼板の表面上をAr雰囲気にする。方向性電磁鋼板に電圧をかけてグロープラズマを発生させ、鋼板表層をスパッタリングしながら板厚方向に分析する。
【0087】
グロープラズマ中で原子が励起されて発生する元素特有の発光スペクトル波長に基づいて、鋼板表層に含まれるAlを同定する。さらに、同定されたAlの発光強度を深さ方向にプロットする。プロットされたAl発光強度に基づいて、Alピーク位置D
Alを求める。
【0088】
元素分析における一次被膜の表面からの深さ位置は、スパッタ時間に基づいて算定可能である。具体的には、予め標準サンプルにおいて、スパッタ時間とスパッタ深さの関係(以下、サンプル結果という)を求めておく。サンプル結果を用いて、スパッタ時間をスパッタ深さに変換する。変換されたスパッタ深さを、元素分析(Al分析)した深さ位置(一次被膜の表面からの深さ位置)と定義する。本発明におけるGDS法では、市販の高周波グロー放電発光分析装置を用いることができる。なお、サンプル測定時の最終スパッタ深さは、Alピーク位置D
Alをばらつきなく評価するために、Alピーク位置D
Alの1.5倍以上3倍以下であることが望ましい。なお、この測定は、絶縁被膜を塗布および焼付後の鋼板を、高温のアルカリ溶液等に浸漬することで絶縁被膜を除去して、水洗した後に実施してもかまわない。
【0089】
本発明による方向性電磁鋼板ではさらに、Alピーク位置D
AlでのAl酸化物の個数密度NDが0.02〜0.20個/μm
2である。
【0090】
上述のとおり、Alピーク位置D
Alは、一次被膜の根の部分に相当する。一次被膜の根には、Al酸化物であるスピネル(MgAl
2O
4)が多く存在する。したがって、Alピーク位置D
Alでの任意の領域(たとえば、グロー放電の放電痕の底部)におけるAl酸化物の個数密度をAl酸化物個数密度NDと定義したとき、Al酸化物個数密度NDは一次被膜の根(スピネル)の鋼板表層での分散状態を示す指標となる。
【0091】
Al酸化物個数密度NDが0.02個/μm
2未満の場合、一次被膜の根が十分に形成されていない。そのため、一次被膜の鋼板に対する密着性が低いので好ましくない。一方、Al酸化物個数密度NDが0.20個/μm
2を超える場合、一次被膜の根が過剰に発達しており、鋼板内部の深い部分まで一次被膜の根が進入している。この場合、一次被膜の根が二次再結晶および磁壁移動を阻害し、磁気特性が劣化するので好ましくない。したがって、Al酸化物個数密度NDは0.02〜0.20個/μm
2である。Al酸化物個数密度NDは、さらに好ましくは、0.03〜0.15個/μm
2である。
【0092】
Al酸化物個数密度NDは次の方法で求めることができる。グロー放電発光分析装置により、Alピーク位置D
Alまでグロー放電を実施する。Alピーク位置D
Alでの放電痕のうち、任意の30μm×50μm以上の領域(観察領域)に対して、エネルギー分散型X線分光器(EDS)による元素分析を実施して、観察領域中のAl酸化物を特定する。具体的には、観察領域におけるOの特性X線の最大強度に対して、50%以上のOの特性X線の強度が分析される領域を酸化物と特定する。特定された酸化物領域において、Alの特定X線の最大強度に対して、30%以上のAlの特定X線の強度が分析される領域をAl酸化物と特定する。特定されたAl酸化物は主としてスピネルであり、他に、種々のアルカリ土類金属とAlを高濃度で含むケイ酸塩である可能性がある。特定されたAl酸化物の個数をカウントし、次の式でAl酸化物個数密度ND(個/μm
2)を求める。
ND=特定されたAl酸化物の個数/観察領域の面積
【0093】
また、本発明者らは、二次再結晶過程におけるインヒビター制御に用いた硫酸塩または硫化物に含有される硫黄元素の一部が、焼鈍分離剤に含有させた希土類金属やアルカリ土類金属などと反応して硫化物を形成して、仕上焼鈍後も一次被膜や鋼板、あるいはその界面に残存していることを見出した。すなわち、本発明による方向性電磁鋼板において、一次被膜の表面から方向性電磁鋼板の板厚方向にグロー放電発光分析法による元素分析を実施したときに得られるS発光強度のピーク位置D
Sが、一次被膜の表面から板厚方向に1.0〜10.0μmの範囲内に配置され、かつD
S<D
Alである。好ましくはS発光強度のピーク位置D
Sが、一次被膜の表面から板厚方向に1.0〜6.0μmの範囲内に配置され、かつD
S<D
Alである。
【0094】
焼鈍分離剤に含有される硫黄化合物は、二次再結晶過程で分解して、鋼板へ硫黄が浸透(硫化)して鋼中でMnSを形成することで、表層近傍のインヒビター強度が向上する。一次再結晶焼鈍の昇温過程において、550℃〜700℃の間の平均昇温速度Va2が400℃/s以上かつ700℃〜昇温終了の間の平均昇温速度Va3が、Va3≦Va2を満たす場合、引き続く脱炭焼鈍において内部酸化層の形成が促進され、これら内部酸化層と地鉄の界面が硫黄拡散のパスとなり、仕上焼鈍昇温過程において焼鈍分離剤からの硫黄の浸入が促進されると推察される。また、仕上焼鈍の昇温過程における室温〜700℃までの焼鈍分離剤からの水分放出率も浸硫に影響をおよぼし、仕上焼鈍昇温過程で適切に追加酸化することで、鋼板表面から内層側までの硫黄の拡散パスが維持されると推察される。しかし、分解した硫黄が全て鋼板に浸透するのではなく、一部は一次被膜中あるいは一次被膜と鋼板の界面や、鋼板の極表層部に留まって、硫化物を形成する。これらの硫化物は、二次再結晶過程で硫化を実現する場合に、必然的に形成されるものである。硫化物が最も多く形成される場所は、「一次被膜の根」よりも表層側となる。したがって、一次被膜の表面から方向性電磁鋼板の板厚方向にグロー放電発光分析法による元素分析を実施したときに得られるS発光強度のピーク位置D
Sが、一次被膜の表面から板厚方向に1.0〜10.0μmの範囲内に配置され、かつD
S<D
Alである。
【0095】
本実施形態に係る方向性電磁鋼板では、さらに磁束密度B8値が制御されてもよい。具体的には、本実施形態に係る方向性電磁鋼板において、磁束密度B8値は、1.92T以上が好ましく、1.93T以上がより好ましい。ここで、磁束密度B8値は、方向性電磁鋼板に50Hzにて800A/mの磁場を付与したときの磁束密度である。磁束密度B8値が1.92T未満である場合、方向性電磁鋼板の鉄損値(特に、ヒステリシス損)が大きくなってしまうため好ましくない。磁束密度B8値の上限値は、特に限定されないが、現実的には、例えば、2.0Tとしてもよい。なお、磁束密度などの方向性電磁鋼板の磁気特性は、公知の方法により測定することができる。例えば、方向性電磁鋼板の磁気特性は、JIS C2550に規定されるエプスタイン試験に基づく方法、またはJIS C2556に規定される単板磁気特性試験法(Single Sheet Tester:SST)などを用いることにより測定することができる。なお、研究開発において、真空溶解炉などで鋼塊が形成された場合では、実機製造と同等サイズの試験片を採取することが困難となる。この場合、例えば、幅60mm×長さ300mmとなるように試験片を採取して、単板磁気特性試験法に準拠した測定を行っても構わない。さらに、エプスタイン試験に基づく方法と同等の測定値が得られるように、得られた結果に補正係数を掛けても構わない。本実施形態では、単板磁気特性試験法に準拠した測定法により測定する。
【0096】
以上、本実施形態に係る方向性電磁鋼板ついて説明した。本実施形態に係る方向性電磁鋼板は上述した本実施形態の方向性電磁鋼板の製造方法により製造することができる。ただし、その方法のみに限定されるものではない。
【実施例】
【0097】
以下に、実施例を示しながら、本発明の一実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法、および方向性電磁鋼板について、より具体的に説明する。なお、以下に示す実施例は、本実施形態に係る方向性電磁鋼板のあくまでも一例に過ぎず、本実施形態に係る方向性電磁鋼板が以下に示す実施例に限定されるものではない。
【0098】
(実施例1)
まず、質量%で、C:0.08%、Si:3.3%、Mn:0.08%、S:0.024%、酸可溶性Al:0.03%、N:0.009%、Bi:0.03%を含有し、残部がFeおよび不純物からなる鋼塊を作製した。該鋼塊を1350℃にて1時間焼鈍した後、熱間圧延を施すことで、板厚2.3mmの熱延鋼板を得た。得られた熱延鋼板を最高温度1100℃にて140秒間焼鈍し、酸洗を施した後に冷間圧延を施すことで、板厚0.23mmの冷延鋼板を得た。
【0099】
続いて、得られた冷延鋼板を、25℃〜550℃の間の平均昇温速度Va1、550℃〜700℃の間の平均昇温速度Va2、700℃〜昇温終了までの平均昇温速度Va3、昇温終了温度を表1に示す条件で昇温した後、湿水素雰囲気かつ850℃で180秒の間、一次再結晶焼鈍を施した。次に、一次再結晶焼鈍後の鋼板の表面に、MgOを含む焼鈍分離剤を水スラリーの状態で塗布し、乾燥した。乾燥後の焼鈍分離剤の鋼板表面への付着量は、鋼板片面あたり8g/m
2とした。その後、仕上焼鈍を施し、仕上焼鈍後の鋼板を水洗した。ここで、焼鈍分離剤のMgO以外の含有物は、MgO含有量を質量%で100%としたとき、TiO
2を5%、La
2O
3をLa換算で2%であり、残部は表1に示す条件の化合物を含むものとした。仕上焼鈍の昇温過程における25℃〜700℃の間の焼鈍分離剤からの水分放出率を3.0%とし、仕上焼鈍の昇温過程における25℃〜600℃の平均昇温速度を100℃/h、600℃〜900℃の平均昇温速度を20℃/h、900℃〜1100℃の平均昇温速度Vfは5℃/h、1100℃〜1200℃の平均昇温速度を10℃/hとし、1200℃で30時間の純化焼鈍を施した。その後、鋼板の表面に、リン酸アルミニウムおよびコロイダルシリカを主成分とする絶縁被膜を塗布した後、絶縁被膜の焼付および鋼板の平坦化を目的とする平坦化焼鈍を施した。
【0100】
以上にて得られた方向性電磁鋼板の試料をせん断して歪取焼鈍した後、サンプルサイズが60mm×300mmの単板磁気特性測定法(JIS C2556に記載の方法に準拠)を用いて、各本発明例および比較例に係る方向性電磁鋼板の磁束密度B8値を測定した。ここで、B8値とは、方向性電磁鋼板を50Hzにて800A/mで励起したときの鋼板の磁束密度である。本発明では、サンプル5枚の平均値とした。
【0101】
さらに、上記試料を30mm幅にせん断して、10mmφの曲げ試験を施した。ここでは、3枚の試験片を曲げ試験して、剥離面積率の平均値を求めた。
試験方法は次のとおりである。各試験番号の試験片に対して10mmの曲率で曲げ試験を実施した。曲げ試験は、円筒型マンドレル屈曲試験機を用いて、円筒の軸方向が試験片の幅方向と一致するように、試験機を試験片に設置して、試験片が180℃曲がるまで実施した。曲げ試験後の試験片の表面を観察し、一次被膜が剥離している領域の総面積を求めた。次の式により、剥離面積率を求めた。
剥離面積率=一次被膜が剥離した領域の総面積/試験片表面の面積×100
【0102】
ここで、方向性電磁鋼板の磁束密度B8値が1.92T以上であり、かつ10mmφ曲げ試験の剥離面積率が10%以下である条件を良好(B)であると判定した。また、Bの条件を満たし、かつ、さらに磁束密度B8値が1.93T以上となる条件を最良(A)であると判定した。そして、上記以外を不可(C)である判定した。
【0103】
以上の本発明例および比較例の製造条件、測定結果、及び評価を表1に示す。さらに、最終工程後の母材鋼板におけるSiとMnの含有量を、高周波誘導結合プラズマ発光分光分析法で分析した結果、実施例1記載の全サンプルにおいて、最終工程後の母材鋼板におけるSiとの含有量は3.2%であり、最終工程後の母材鋼板におけるMnの含有量は、0.08%であった。また、最終工程後の母材鋼板におけるCの含有量を、炭素・硫黄分析装置を用いて測定した結果、実施例1記載の全サンプルにおいて、最終工程後の母材鋼板における炭素の含有量は0.002%であった。
【0104】
【表1】
【0105】
表1の結果を参照すると、本実施形態の条件を満たす方向性電磁鋼板は、判定が良好となることがわかった。また、一次再結晶焼鈍の昇温過程における550℃〜700℃の間の平均昇温速度Va2を700℃/s以上の条件を用いた本発明例では、磁束密度B8値が1.93T以上となるため、判定が最良となることがわかった。
【0106】
ここで、一次再結晶焼鈍の昇温過程における550℃〜700℃の間の平均昇温速度Va2(℃/s)を横軸に取り、焼鈍分離剤における硫酸塩または硫化物を硫黄元素換算でA%として縦軸に取って、表1のA1からA28の条件で示す結果をプロットしたグラフ図を
図1に示す。
図1に示すように、本発明例を丸点でプロットし、比較例を交差点でプロットすると、一次再結晶焼鈍の昇温過程における550℃〜700℃の間の平均昇温速度Va2(℃/s)と、焼鈍分離剤における硫酸塩または硫化物を硫黄元素換算でA(%)との間には、本実施形態に係る条件にて規定される以下の式1の関係があることがわかった。
【0107】
(0.00025×Va2)≦A≦1.5 ・・式1
【0108】
(実施例2)
まず、質量%で、C:0.08%、Si:3.2%、Mn:0.08%、S:0.003%、Se:0.019%、酸可溶性Al:0.03%、N:0.009%、Bi:0.02%を含有し、残部がFeおよび不純物とからなる鋼塊を作製した。該鋼塊を1380℃にて1時間焼鈍した後、熱間圧延を施すことで、板厚2.3mmの熱延鋼板を得た。得られた熱延鋼板を最高温度1100℃にて140秒間焼鈍し、酸洗を施した後に冷間圧延を施すことで、板厚0.23mmの冷延鋼板を得た。
【0109】
続いて、得られた冷延鋼板を、25℃〜550℃の間の平均昇温速度Va1を100℃/s、550℃〜700℃の間の平均昇温速度Va2を表2に示す条件で昇温した後、700℃〜850℃の平均昇温速度Va3を100℃/sで昇温し、湿水素雰囲気かつ850℃で180秒の間、一次再結晶焼鈍を施した。次に、一次再結晶焼鈍後の鋼板の表面に、MgOを含む焼鈍分離剤を水スラリーの状態で塗布し、乾燥した。乾燥後の焼鈍分離剤の鋼板表面への付着量は、鋼板片面あたり5g/m
2とした。その後、仕上焼鈍を施し、仕上焼鈍後の鋼板を水洗した。ここで、焼鈍分離剤のMgO以外の含有物は、MgO含有量を質量%で100%としたときて、TiO
2を5%、CeO
2をCe換算で2%であり、残部は表2に示す条件の化合物を含むものとした。仕上焼鈍の昇温過程における25℃〜700℃の間の焼鈍分離剤からの水分放出率を1.5%とし、仕上焼鈍の昇温過程における25℃〜600℃の平均昇温速度を100℃/h、600℃〜900℃の平均昇温速度を15℃/h、900℃〜1100℃の平均昇温速度Vfを、表2に示す条件とし、1100℃〜1200℃の平均昇温速度を15℃/hとし、1200℃で30時間の純化焼鈍を施した。その後、鋼板の表面に、リン酸アルミニウムおよびコロイダルシリカを主成分とする絶縁被膜を塗布した後、絶縁被膜の焼付および鋼板の平坦化を目的とする平坦化焼鈍を施した。
【0110】
以上にて得られた方向性電磁鋼板の試料をせん断して歪取焼鈍した後、サンプルサイズが60mm×300mmの単板磁気特性測定法(JIS C2556に記載の方法に準拠)を用いて、各本発明例および比較例に係る方向性電磁鋼板の磁束密度B8値を測定した。ここで、B8値とは、方向性電磁鋼板を50Hzにて800A/mで励起したときの鋼板の磁束密度である。本発明では、サンプル5枚の平均値とした。
【0111】
さらに、上記試料を30mm幅にせん断して、10mmφの曲げ試験を施した。ここでは、3枚の試験片を曲げ試験して、剥離面積率の平均値を求めた。試験方法は実施例1と同様である。
【0112】
ここで、方向性電磁鋼板の磁束密度B8値が1.92T以上であり、かつ10mmφ曲げ試験の剥離面積率が10%以下である条件を良好(B)であると判定した。また、Bの条件を満たし、かつ、さらに磁束密度B8値が1.93T以上となる条件を最良(A)であると判定した。そして、上記以外を不可(C)である判定した。
【0113】
以上の本発明例および比較例の製造条件、測定結果、及び評価を表2に示す。さらに、最終工程後の母材鋼板におけるSiとMnの含有量を、高周波誘導結合プラズマ発光分光分析法で分析した結果、実施例2記載の全サンプルにおいて、最終工程後の母材鋼板におけるSiとの含有量は3.1%であり、最終工程後の母材鋼板におけるMnの含有量は、0.08%であった。また、最終工程後の母材鋼板におけるCの含有量を、炭素・硫黄分析装置を用いて測定した結果、実施例2記載の全サンプルにおいて、最終工程後の母材鋼板における炭素の含有量は0.002%であった。
【0114】
【表2】
【0115】
表2の結果を参照すると、本実施形態の条件を満たす方向性電磁鋼板は、判定が良好となることがわかった。また、一次再結晶焼鈍の昇温過程における550℃〜700℃の間の平均昇温速度Va2を700℃/s以上の条件を用いた本発明例では、磁束密度B8値が1.93T以上となるため、判定が最良となることがわかった。
【0116】
ここで、一次再結晶焼鈍の昇温過程における550℃〜700℃の間の平均昇温速度Va2(℃/s)と、焼鈍分離剤における硫酸塩または硫化物を硫黄元素換算でA(%)との間には、本実施形態に係る条件にて規定される以下の式1の関係にあることが実施例1からわかっており、これは実施例2の本発明例においても満たすことがわかった。また、焼鈍分離剤における硫酸塩または硫化物を硫黄元素換算でA(%)と仕上焼鈍の昇温過程における900℃〜1100℃の間の平均昇温速度Vf(℃/h)の間には、本実施形態に係る条件にて規定される以下の式2の関係があることがわかった。
【0117】
(0.00025×Va2)≦A≦1.5 ・・式1
5≦Vf≦(21−4×A) ・・式2
【0118】
(実施例3)
まず、質量%で、C:0.08%、Si:3.3%、Mn:0.08%、S:0.025%、酸可溶性Al:0.03%、N:0.008%、Bi:0.02%を含有し、残部がFeおよび不純物とからなる鋼塊を作製した。該鋼塊を1380℃にて1時間焼鈍した後、熱間圧延を施すことで、板厚2.3mmの熱延鋼板を得た。得られた熱延鋼板を最高温度1100℃にて140秒間焼鈍し、酸洗を施した後に冷間圧延を施すことで、板厚0.23mmの冷延鋼板を得た。
【0119】
続いて、得られた冷延鋼板を、25℃〜550℃の間の平均昇温速度Va1を200℃/s、550℃〜700℃の間の平均昇温速度Va2を表3に示す条件で昇温した後、700℃〜850℃の平均昇温速度Va3を200℃/sで昇温し、湿水素雰囲気かつ850℃で180秒の間、一次再結晶焼鈍を施した。次に、一次再結晶焼鈍後の鋼板の表面に、MgOを含む焼鈍分離剤を水スラリーの状態で塗布し、乾燥した。乾燥後の焼鈍分離剤の鋼板表面への付着量は、鋼板片面あたり7g/m
2とした。その後、仕上焼鈍を施し、仕上焼鈍後の鋼板を水洗した。ここで、焼鈍分離剤のMgO以外の含有物は、MgO含有量を質量%で100%としたときの表3に示す条件となるように、希土類金属化合物としてCe(OH)
4を、アルカリ土類金属化合物としてSr(OH)
2を、硫黄(S)含有化合物としてMgSO
4を添加した。仕上焼鈍の昇温過程における25℃〜700℃の間の焼鈍分離剤からの水分放出率を2.5%とし、仕上焼鈍の昇温過程における25℃〜700℃の平均昇温速度を100℃/h、700℃〜900℃の平均昇温速度を10℃/h、900℃〜1100℃の平均昇温速度Vfを、表3に示す条件とし、1100℃〜1200℃の平均昇温速度を15℃/hとし、1200℃で20時間の純化焼鈍を施した。その後、鋼板の表面に、リン酸アルミニウムおよびコロイダルシリカを主成分とする絶縁被膜を塗布した後、絶縁被膜の焼付および鋼板の平坦化を目的とする平坦化焼鈍を施した。
【0120】
以上にて得られた方向性電磁鋼板の試料をせん断して歪取焼鈍した後、サンプルサイズが60mm×300mmの単板磁気特性測定法(JIS C2556に記載の方法に準拠)を用いて、各本発明例および比較例に係る方向性電磁鋼板の磁束密度B8値を測定した。ここで、B8値とは、方向性電磁鋼板を50Hzにて800A/mで励起したときの鋼板の磁束密度である。本発明では、サンプル5枚の平均値とした。
【0121】
さらに、上記方向性電磁鋼板のサンプルに、レーザ磁区制御処理を施した。鋼板長手方向の照射間隔を5mmとし、レーザ照射方向を鋼板の長手方向に対して垂直とした上で、照射エネルギー密度Uaを2.0mmJ/mm
2としてレーザ照射したサンプルについて、サンプルサイズが60mm×300mmの単板磁気特性測定法(JIS C2556に記載の方法に準拠)を用いて、W
17/50、鉄損測定した。ここで、W
17/50とは、方向性電磁鋼板を50Hzにて1.7Tに励起したときの鉄損値である。本発明では、サンプル5枚の平均値である。
【0122】
さらに、上記試料を30mm幅にせん断して、10mmφの曲げ試験を施した。ここでは、3枚の試験片を曲げ試験して、剥離面積率の平均値を求めた。試験方法は実施例1と同様である。
【0123】
ここで、仕上焼鈍後に水洗した鋼板を用いて、グロー放電発光分析法(GDS法)によってAlピーク位置D
AlおよびAl酸化物個数密度NDと、Sピーク位置D
Sを測定した。
【0124】
Alピーク位置D
Al及びSピーク位置D
Sの測定方法は次のとおりである。方向性電磁鋼板の表層(一次被膜)に対してGDS法を用いて、表層から深さ方向に100μmの範囲で元素分析を実施し、表層中の各深さ位置に含まれるAl及びSを同定した。同定されたAl及びSの発光強度を表面から深さ方向にそれぞれプロットした。プロットされたAl発光強度及びS発光強度のグラフに基づいて、Alピーク位置D
Al及びSピーク位置D
Sを求めた。
Al酸化物個数密度NDは次のように求めた。グロー放電発光分析装置により、Alピーク位置D
Alまでグロー放電を実施した。Alピーク位置D
Alでの放電痕のうち、任意の36μm×50μmの領域(観察領域)に対して、エネルギー分散型X線分光器(EDS)による元素分析を実施して、観察領域中のAl酸化物を特定した。観察領域中の析出物のうち、AlとOとを含有したものをAl酸化物と特定した。特定されたAl酸化物の個数をカウントし、次の式でAl酸化物個数密度ND(個/μm
2)を求めた。
ND=特定されたAl酸化物の個数/観察領域の面積
【0125】
ここで、方向性電磁鋼板の磁束密度B8値が1.92T以上であり、かつレーザ磁区制御後の鉄損W
17/50が0.850W/kg以下であり、かつ10mmφ曲げ試験の剥離面積率が10%以下であり、かつAlピーク位置D
Alが2.0〜12.0μmの範囲に存在し、かつAl酸化物の個数密度NDが0.02〜0.20個/μm
2であり、かつSピーク位置D
Sが1.0〜10.0μmの範囲に存在し、かつD
S<D
Alである条件を良好(B)であると判定した。また、Bの条件を満たし、かつ、さらに磁束密度B8値が1.93T以上となる条件を最良(A)であると判定した。そして、上記以外を不可(C)である判定した。
【0126】
以上の本発明例および比較例の製造条件、測定結果、及び評価を表4に示す。さらに、最終工程後の母材鋼板におけるSiとMnの含有量を、高周波誘導結合プラズマ発光分光分析法で分析した結果、実施例3記載の全サンプルにおいて、最終工程後の母材鋼板におけるSiとの含有量は3.2%であり、最終工程後の母材鋼板におけるMnの含有量は、0.08%であった。また、最終工程後の母材鋼板におけるCの含有量を、炭素・硫黄分析装置を用いて測定した結果、実施例3記載の全サンプルにおいて、最終工程後の母材鋼板における炭素の含有量は0.002%であった。
【0127】
【表3】
【0128】
【表4】
【0129】
表4の結果を参照すると、本実施形態の条件を満たす方向性電磁鋼板は、判定が良好となることがわかった。
【0130】
(実施例4)
まず、質量%で、C:0.08%、S:0.025%、酸可溶性Al:0.03%、N:0.008%、Bi:0.02%を含有し、残部が表5に示す含有量のSiおよびMnと、Feおよび不純物とからなる鋼塊を作製した。該鋼塊を1350℃にて1時間焼鈍した後、熱間圧延を施すことで、板厚2.3mmの熱延鋼板を得た。得られた熱延鋼板を最高温度1100℃にて140秒間焼鈍し、酸洗を施した後に冷間圧延を施すことで、板厚0.23mmの冷延鋼板を得た。
【0131】
続いて、得られた冷延鋼板を、25℃〜550℃の間の平均昇温速度Va1を300℃/s、550℃〜700℃の間の平均昇温速度Va2を表5に示す条件で昇温した後、700℃〜850℃の平均昇温速度Va3を100℃/sで昇温し、湿水素雰囲気かつ850℃で180秒の間、一次再結晶焼鈍を施した。次に、一次再結晶焼鈍後の鋼板の表面に、MgOを含む焼鈍分離剤を水スラリーの状態で塗布し、乾燥した。乾燥後の焼鈍分離剤の鋼板表面への付着量は、鋼板片面あたり6g/m
2とした。その後、仕上焼鈍を施し、仕上焼鈍後の鋼板を水洗した。ここで、焼鈍分離剤のMgO以外の含有物は、MgO含有量を質量%で100%としたときの表5に示す条件となるように、希土類金属化合物としてCe(OH)
4を、アルカリ土類金属化合物としてCaCO
3を、硫黄(S)含有化合物としてMgSO
4を添加した。仕上焼鈍の昇温過程における25℃〜700℃の間の焼鈍分離剤からの水分放出率を4.0%とし、仕上焼鈍の昇温過程における25℃〜700℃の平均昇温速度を100℃/h、700℃〜900℃の平均昇温速度を15℃/h、900℃〜1100℃の平均昇温速度Vfを、表5に示す条件とし、1100℃〜1200℃の平均昇温速度を15℃/hとし、1200℃で20時間の純化焼鈍を施した。その後、鋼板の表面に、リン酸アルミニウムおよびコロイダルシリカを主成分とする絶縁被膜を塗布した後、絶縁被膜の焼付および鋼板の平坦化を目的とする平坦化焼鈍を施した。
【0132】
以上にて得られた方向性電磁鋼板の試料をせん断して歪取焼鈍した後、サンプルサイズが60mm×300mmの単板磁気特性測定法(JIS C2556に記載の方法に準拠)を用いて、各本発明例および比較例に係る方向性電磁鋼板の磁束密度B8値を測定した。ここで、B8値とは、方向性電磁鋼板を50Hzにて800A/mで励起したときの鋼板の磁束密度である。本発明では、サンプル5枚の平均値とした。
【0133】
さらに、上記方向性電磁鋼板のサンプルに、レーザ磁区制御処理を施した。鋼板長手方向の照射間隔を5mmとし、レーザ照射方向を鋼板の長手方向に対して垂直とした上で、照射エネルギー密度Uaを2.0mmJ/mm
2としてレーザ照射したサンプルについて、サンプルサイズが60mm×300mmの単板磁気特性測定法(JIS C2556に記載の方法に準拠)を用いて、W
17/50、鉄損測定した。ここで、W
17/50とは、方向性電磁鋼板を50Hzにて1.7Tに励起したときの鉄損値である。本発明では、サンプル5枚の平均値である。
【0134】
さらに、上記試料を30mm幅にせん断して、10mmφの曲げ試験を施した。ここでは、3枚の試験片を曲げ試験して、剥離面積率の平均値を求めた。試験方法は実施例1と同様である。
【0135】
ここで、仕上焼鈍後に水洗した鋼板を用いて、グロー放電発光分析法(GDS法)によってAlピーク位置D
AlおよびAl酸化物個数密度NDと、Sピーク位置D
Sを測定した。試験方法は実施例3と同様である。
【0136】
さらに、最終工程後の母材鋼板におけるSiとMnの含有量を、高周波誘導結合プラズマ発光分光分析法で分析した。また、最終工程後の母材鋼板におけるCの含有量を、炭素・硫黄分析装置を用いて測定した。
【0137】
ここで、方向性電磁鋼板の磁束密度B8値が1.92T以上であり、かつレーザ磁区制御後の鉄損W
17/50が0.850W/kg以下であり、かつ10mmφ曲げ試験の剥離面積率が10%以下であり、かつAlピーク位置D
Alが2.0〜12.0μmの範囲に存在し、かつAl酸化物の個数密度NDが0.02〜0.20個/μm
2であり、かつSピーク位置D
Sが1.0〜10.0μmの範囲に存在し、かつD
S<D
Alである条件を良好(B)であると判定した。また、Bの条件を満たし、かつ、さらに磁束密度B8値が1.93T以上となる条件を最良(A)であると判定した。そして、上記以外を不可(C)である判定した。
【0138】
以上の本発明例および比較例の製造条件、測定結果、及び評価を表6に示す。さらに、最終工程後の母材鋼板におけるSiとMnの含有量を、表6に記載した。また、最終工程後の母材鋼板におけるCの含有量は、D5を除く実施例4記載の全サンプルにおいて、0.003%であった。
【0139】
【表5】
【0140】
【表6】
【0141】
表6の結果を参照すると、本実施形態の条件を満たす方向性電磁鋼板は、判定が良好となることがわかった。
【0142】
(実施例5)
まず、質量%で、C:0.08%、Si:3.3%、Mn:0.08%、S:0.024%、酸可溶性Al:0.03%、N:0.009%、Bi:0.01%を含有し、残部が表7に示す成分とFeおよび不純物からなる鋼塊を作製した。該鋼塊を1350℃にて1時間焼鈍した後、熱間圧延を施すことで、板厚2.3mmの熱延鋼板を得た。得られた熱延鋼板を最高温度1100℃にて140秒間焼鈍し、酸洗を施した後に冷間圧延を施すことで、板厚0.23mmの冷延鋼板を得た。
【0143】
続いて、得られた冷延鋼板を、25℃〜550℃の間の平均昇温速度Va1を50℃/s、550℃〜700℃の間の平均昇温速度Va2を1000℃/sで昇温した後、700℃〜850℃の平均昇温速度Va3を100℃/sで昇温し、湿水素雰囲気かつ850℃で180秒の間、一次再結晶焼鈍を施した。次に、一次再結晶焼鈍後の鋼板の表面に、MgOを含む焼鈍分離剤を水スラリーの状態で塗布し、乾燥した。乾燥後の焼鈍分離剤の鋼板表面への付着量は、鋼板片面あたり8g/m
2とした。その後、仕上焼鈍を施し、仕上焼鈍後の鋼板を水洗した。ここで、焼鈍分離剤のMgO以外の含有物は、MgO含有量を質量%で100%としたとき、TiO
2を5%、Y
2O
3をY換算で2%、Sr(OH)
2をSr換算で1.1%、MgSO
4をS換算で0.8%である。仕上焼鈍の昇温過程における25℃〜700℃の間の焼鈍分離剤からの水分放出率を2.0%とし、仕上焼鈍の昇温過程における25℃〜700℃の平均昇温速度を100℃/h、700℃〜900℃の平均昇温速度を15℃/h、900℃〜1100℃の平均昇温速度Vfは7.5℃/hとし、1100℃〜1200℃の平均昇温速度を15℃/hとし、1200℃で20時間の純化焼鈍を施した。その後、鋼板の表面に、リン酸アルミニウムおよびコロイダルシリカを主成分とする絶縁被膜を塗布した後、絶縁被膜の焼付および鋼板の平坦化を目的とする平坦化焼鈍を施した。
【0144】
以上にて得られた方向性電磁鋼板の試料をせん断して歪取焼鈍した後、サンプルサイズが60mm×300mmの単板磁気特性測定法(JIS C2556に記載の方法に準拠)を用いて、各本発明例および比較例に係る方向性電磁鋼板の磁束密度B8値を測定した。ここで、B8値とは、方向性電磁鋼板を50Hzにて800A/mで励起したときの鋼板の磁束密度である。本発明では、サンプル5枚の平均値とした。
【0145】
さらに、上記方向性電磁鋼板のサンプルに、レーザ磁区制御処理を施した。鋼板長手方向の照射間隔を5mmとし、レーザ照射方向を鋼板の長手方向に対して垂直とした上で、照射エネルギー密度Uaを2.0mmJ/mm
2としてレーザ照射したサンプルについてサンプルサイズが60mm×300mmの単板磁気特性測定法(JIS C2556に記載の方法に準拠)を用いて、W
17/50、鉄損測定した。ここで、W
17/50とは、方向性電磁鋼板を50Hzにて1.7Tに励起したときの鉄損値である。本発明では、サンプル5枚の平均値である。
【0146】
さらに、上記試料を30mm幅にせん断して、10mmφの曲げ試験を施した。ここでは、3枚の試験片を曲げ試験して、剥離面積率の平均値を求めた。試験方法は実施例1と同様である。
【0147】
ここで、仕上焼鈍後に水洗した鋼板を用いて、グロー放電発光分析法(GDS法)によってAlピーク位置D
AlおよびAl酸化物個数密度NDと、Sピーク位置D
Sを測定した。試験方法は実施例3と同様である。
【0148】
さらに、最終工程後の母材鋼板におけるCu、Sn、Ni、Cr、Sbの含有量を、高周波誘導結合プラズマ発光分光分析法で分析し、Cu、Sn、Ni、Cr、Sbの含有量は、表7記載の値と同じであることを確認した。
【0149】
ここで、方向性電磁鋼板の磁束密度B8値が1.92T以上であり、かつレーザ磁区制御後の鉄損
W17/50が0.850W/kg以下であり、かつ10mmφ曲げ試験の剥離面積率が10%以下であり、かつAlピーク位置D
Alが2.0〜12.0μmの範囲に存在し、かつAl酸化物の個数密度NDが0.02〜0.20個/μm
2であり、かつSピーク位置D
Sが1.0〜10.0μmの範囲に存在し、かつD
S<D
Alである条件を良好(B)であると判定した。また、Bの条件を満たし、かつ、さらに磁束密度B8値が1.93T以上となる条件を最良(A)であると判定した。そして、上記以外を不可(C)である判定した。
【0150】
以上の本発明例および比較例の製造条件、測定結果、及び評価を表8に示す。さらに、最終工程後の母材鋼板におけるSiとMnの含有量を、高周波誘導結合プラズマ発光分光分析法で分析した結果、実施例5記載の全サンプルにおいて、最終工程後の母材鋼板におけるSiとの含有量は3.2%であり、最終工程後の母材鋼板におけるMnの含有量は、0.08%であった。また、最終工程後の母材鋼板におけるCの含有量を、炭素・硫黄分析装置を用いて測定した結果、実施例5記載の全サンプルにおいて、最終工程後の母材鋼板における炭素の含有量は0.002%であった。
【0151】
【表7】
【0152】
【表8】
【0153】
表8の結果を参照すると、質量%で、Cu:0.01%以上0.30%以下、Sn:0.01%以上0.30%以下、Ni:0.01%以上0.30%以下、Cr:0.01%以上0.30%以下、またはSb:0.01%以上0.30%以下のいずれか1種または2種以上をさらに含有しても、本実施形態の条件を満たす方向性電磁鋼板は、判定が最良となることがわかった。
【0154】
(実施例6)
まず、質量%で、C:0.08%、Si:3.2%、Mn:0.08%、S:0.025%、酸可溶性Al:0.03%、N:0.008%、Bi:0.03%を含有し、残部がFeおよび不純物からなる鋼塊を作製した。該鋼塊を1350℃にて1時間焼鈍した後、熱間圧延を施すことで、板厚2.3mmの熱延鋼板を得た。得られた熱延鋼板を最高温度1100℃にて140秒間焼鈍し、酸洗を施した後に冷間圧延を施すことで、板厚0.23mmの冷延鋼板を得た。
【0155】
続いて、得られた冷延鋼板を、25℃〜550℃の間の平均昇温速度Va1、550℃〜700℃の間の平均昇温速度Va2、700℃〜昇温終了までの平均昇温速度Va3、昇温終了温度を表9に示す条件で昇温した後、湿水素雰囲気かつ850℃で180秒の間、一次再結晶焼鈍を施した。次に、一次再結晶焼鈍後の鋼板の表面に、MgOを含む焼鈍分離剤を水スラリーの状態で塗布し、乾燥した。乾燥後の焼鈍分離剤の鋼板表面への付着量は、鋼板片面あたり8g/m
2とした。その後、仕上焼鈍を施し、仕上焼鈍後の鋼板を水洗した。ここで、焼鈍分離剤のMgO以外の含有物は、MgO含有量を質量%で100%としたとき、TiO
2を5%、La
2O
3をLa換算で2%であり、CaSO
4・0.5H
2Oを3%である。仕上焼鈍の昇温過程における25℃〜700℃の間の焼鈍分離剤からの水分放出率は、焼鈍分離剤の水スラリー作製において、水量、水スラリー温度および撹拌時間を調整し、焼鈍分離剤を塗布した後の乾燥温度を調整することで、表9に示す条件とした。仕上焼鈍の昇温過程における25℃〜600℃の平均昇温速度を100℃/h、600℃〜900℃の平均昇温速度を20℃/h、900℃〜1100℃の平均昇温速度Vfは7.5℃/h、1100℃〜1200℃の平均昇温速度を10℃/hとし、1200℃で30時間の純化焼鈍を施した。その後、鋼板の表面に、リン酸アルミニウムおよびコロイダルシリカを主成分とする絶縁被膜を塗布した後、絶縁被膜の焼付および鋼板の平坦化を目的とする平坦化焼鈍を施した。
【0156】
以上にて得られた方向性電磁鋼板の試料をせん断して歪取焼鈍した後、サンプルサイズが60mm×300mmの単板磁気特性測定法(JIS C2556に記載の方法に準拠)を用いて、各本発明例および比較例に係る方向性電磁鋼板の磁束密度B8値を測定した。ここで、B8値とは、方向性電磁鋼板を50Hzにて800A/mで励起したときの鋼板の磁束密度である。本発明では、サンプル5枚の平均値とした。
【0157】
さらに、上記試料を30mm幅にせん断して、10mmφの曲げ試験を施した。ここでは、3枚の試験片を曲げ試験して、剥離面積率の平均値を求めた。試験方法は実施例1と同様である。
【0158】
ここで、仕上焼鈍後に水洗した鋼板を用いて、グロー放電発光分析法(GDS法)によってAlピーク位置D
AlおよびAl酸化物個数密度NDと、Sピーク位置D
Sを測定した。試験方法は実施例3と同様である。
【0159】
さらに、最終工程後の母材鋼板におけるSiとMnの含有量を、高周波誘導結合プラズマ発光分光分析法で分析した。また、最終工程後の母材鋼板におけるCの含有量を、炭素・硫黄分析装置を用いて測定した。
【0160】
ここで、方向性電磁鋼板の磁束密度B8値が1.92T以上であり、かつ10mmφ曲げ試験の剥離面積率が10%以下であり、かつAlピーク位置D
Alが2.0〜12.0μmの範囲に存在し、かつAl酸化物の個数密度NDが0.02〜0.20個/μm
2であり、かつSピーク位置D
Sが1.0〜10.0μmの範囲に存在し、かつD
S<D
Alである条件を良好(B)であると判定した。また、Bの条件を満たし、かつ、さらに磁束密度B8値が1.93T以上となる条件を最良(A)であると判定した。そして、上記以外を不可(C)である判定した。
【0161】
以上の本発明例および比較例の製造条件、測定結果、及び評価を表9に示す。さらに、最終工程後の母材鋼板におけるSiの含有量は、実施例9記載の全サンプルにおいて3.2%であり、Mnの含有量は、実施例9記載の全サンプルにおいて0.08%であり、Cの含有量は、実施例9記載の全サンプルにおいて0.003%であった。
【0162】
【表9】
【0163】
表9の結果を参照すると、本実施形態の条件を満たす方向性電磁鋼板は、判定が良好となることがわかった。
【0164】
以上、添付図面を参照しながら本発明の好適な実施形態について詳細に説明したが、本発明はかかる例に限定されない。本発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者であれば、特許請求の範囲に記載された技術的思想の範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、これらについても、当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。