(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6874989
(24)【登録日】2021年4月26日
(45)【発行日】2021年5月19日
(54)【発明の名称】イオン性求核触媒、イオン性求核触媒の製造方法、およびアシル化方法
(51)【国際特許分類】
B01J 31/24 20060101AFI20210510BHJP
C07C 67/08 20060101ALI20210510BHJP
C07C 69/24 20060101ALI20210510BHJP
C07F 9/50 20060101ALI20210510BHJP
【FI】
B01J31/24 Z
C07C67/08
C07C69/24
C07F9/50
【請求項の数】4
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2017-161926(P2017-161926)
(22)【出願日】2017年8月25日
(65)【公開番号】特開2019-37937(P2019-37937A)
(43)【公開日】2019年3月14日
【審査請求日】2020年4月17日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成29年8月10日アメリカ化学会(ACS)のWEBにて発表、ACS Catalysis (http://pubs.acs.org/doi/full/10.1021/acscatal.7b02281)
(73)【特許権者】
【識別番号】504180239
【氏名又は名称】国立大学法人信州大学
(72)【発明者】
【氏名】戸田 泰徳
(72)【発明者】
【氏名】菅 博幸
(72)【発明者】
【氏名】坂本 智行
(72)【発明者】
【氏名】小見山 裕崇
【審査官】
森坂 英昭
(56)【参考文献】
【文献】
特表2012−522845(JP,A)
【文献】
特表2005−538944(JP,A)
【文献】
特開2014−088387(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01J 21/00 − 38/74
C07C 67/08
C07C 69/24
C07F 9/50
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式1で表されるホスホニウムイリドもしくはその前駆体を含有するイオン性求核触
媒。
【化1】
【請求項2】
前記ホスホニウムイリドは下記式2で表されるテトラアリールホスホニウム塩を前駆体
とする請求項1記載のイオン性求核触媒。
【化2】
【請求項3】
請求項2に記載のイオン性求核触媒の製造方法であって、前記ホスホニウムイリドは前記テトラアリールホスホニウム塩をメタノール中、室温で水酸化ナトリウムと反応させる脱HBr反応により生成する、製造方法。
【請求項4】
アルコールの選択的アシル化反応において、ホスホニウムイリドを触媒として用いるア
シル化方法であって、
1)アシル化剤として用いる酸無水物に対し前記ホスホニウムイリドが求核攻撃し、
2)中間体としてホスホニウム塩を生成し、
3)前記アルコールが前記ホスホニウム塩中間体を求核攻撃し、
4)アシル化されたアルコールを生成するとともにホスホニウムイリドを再生する、
工程を含むアシル化方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、ホスホニウムイリドよりなるイオン性求核触媒、
イオン性求核触媒の製造方法、および
ホスホニウムイリドを用いた精密制御が可能なアルコールのアシル化方法に関する。
【背景技術】
【0002】
持続可能な社会を構築するため、有機合成化学の分野においては、環境への負荷を軽減するクリーンな分子変換技術の開発が強く求められている。特に、触媒反応系の開拓は高効率・高選択的な変換プロセスを実現する上で重要である。このような背景の下、21世紀初頭から急速に発展した有機分子触媒はその多くが精密にデザインされた触媒であり、炭素−炭素結合生成反応をはじめ様々な化学あるいは立体選択的反応を可能にしてきた。
【0003】
ホスホニウムイリドは、正電荷を持つリン原子と負電荷を持つ炭素原子が共有結合で隣接した構造を持つ、双生イオンである。求核性を持つアニオン性炭素原子の性質を利用して、ウィティッヒ(Wittig)反応など、これまでに様々な分子変換技術が研究されてきた(非特許文献1、特許文献1、2)。
【0004】
カルボニル基により安定化されたホスホニウムイリドは、アンビデント(ambitent)な求核剤、すなわち反応性を有する炭素原子と酸素原子が共役系をもつ求核剤として知られており(非特許文献1)、現代の有機合成において非常に重要な役割を果たしているといえる。特に、前記イリドと無水酢酸の反応が、速度論的には酸素原子上で進行するも、熱力学的には炭素原子上で進行することが報告されている(非特許文献2)。この場合、酸素原子上から炭素原子上へのアシル基の移動は、安定なC−アシル化体を形成し安定なホスホニウム塩を与える。
【0005】
一方、第二級アルコール存在下における第一級アルコールの選択的アシル保護は合成化学の分野では有用な反応である。近年、従来のアシル化剤による選択性の制御法(非特許文献3)に加え、様々な触媒による制御法、特にルイス酸触媒を用いた選択的アシル化反応が開発されてきた(非特許文献4)。また、ジメチルアミノピリジン(DMAP)もアルコールと酸無水物を用いたアシル化反応に対する最も基本的かつ効果的な触媒の一つである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特表2012−522845
【特許文献2】特表2016−516683
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Johnson,A.W. Ylides and Imines of Phosphorus;Wiley:New York,1993.
【非特許文献2】Byrne,P.A.;Karaghiosoff,K.;Mayr,H. J.Am.Chem.Soc.2016,138,11272−11281.
【非特許文献3】Green,T.W.;Wuts,P.G.M. Protective Groups in Organic Synstesis,4th Edition;John Wiley&Sons:New York,2007.
【非特許文献4】Procopiou,P.A.;Baugh,S.P.D.;Flack,S.S.;Inglis,G.G.A. J.Org.Chem.1997,62,8952−8954.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、既に数多くの有機分子触媒が知られているものの、そのほとんどは電荷を持たない中性分子であり、イオン性の有機分子触媒は稀である。例えば、触媒分子から反応剤への求核攻撃を活性化の起点とする触媒は求核触媒として知られているが、そのほとんどはDMAPのような中性分子であり、イリドのようなイオン性分子を求核触媒として用いた例はあまりない。特に有機分子触媒による選択的アシル化反応の報告例はごくわずかである。
そこで発明者らはこの課題を解決するため鋭意検討を重ね、ホスホニウムイリドの触媒としての機能を見出した。
【0009】
本開示の一態様の目的は、上記課題に鑑み、ホスホニウムイリドよりなるイオン性求核触媒およびこれを用いた精密制御が可能なアルコールのアシル化方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本開示の一態様に係るイオン性求核触媒は下記式1で表されるホスホニウムイリドもしくはその前駆体を含有する。
【化1】
【0011】
前記ホスホニウムイリドは下記式2で表されるテトラアリールホスホニウム塩を前駆体とするものであってもよい。
【化2】
【0012】
本開示の一態様に係るイオン性求核触媒の製造方法は、前記イオン性求核触媒の製造方法であって、前記ホスホニウムイリドはテトラアリールホスホニウム塩をメタノール中、室温で水酸化ナトリウムと反応させる脱HBr反応により生成
する。
【0013】
本開示の一態様に係るアシル化方法は、アルコールの選択的アシル化反応において、ホスホニウムイリドを触媒として用いるアシル化方法であって、
1)アシル化剤として用いる酸無水物に対し前記ホスホニウムイリドが求核攻撃し、
2)中間体としてホスホニウム塩を生成し、
3)前記アルコールが前記ホスホニウム塩中間体を求核攻撃し、
4)アシル化されたアルコールを生成するとともにホスホニウムイリドを再生する、
工程を含む。
【発明の効果】
【0014】
本開示の一態様によれば、酸無水物によるホスホニウムイリドのC−アシル化を抑制し、O−アシル化体からアルコールへの分子間アシル基移動を進行させることによりホスホニウムイリドが再生し、その結果触媒サイクルが構築できる。例えば、第一級アルコールと第二級アルコールをもつジオールに対する第一級アルコールのアシル化反応において、第一級アルコールのアシル化を優先的に進行させ、所望の生成物を選択的に得ることができ、その結果第二級アルコール存在下における第一級アルコールの選択的アシル保護を達成できる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】
図1は本実施の形態におけるイオン性求核触媒を用いたジオールの選択的アシル化反応サイクルを示す。
【
図2】
図2は本実施の形態におけるイオン性求核触媒の単結晶X線構造解析結果を示す。
【
図3】
図3は実施例1におけるにおけるイオン性求核触媒の合成過程を示す。
【
図4】
図4は実施例2における
1HNMR測定結果を示す。
【
図5】
図5は実施例2における
1HNMR測定結果を示す。
【
図6】
図6は実施例3における選択的アシル化反応の検討結果を示す。
【
図7】
図7は実施例4における基質一般性の検討結果を示す。
【
図8】
図8は実施例4における補助塩基非存在下のジオールの選択的アシル化反応の結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本開示の一態様に係る実施の形態(以下、本実施の形態)について図面を参照して詳細に説明する。
【0017】
図1は本実施の形態におけるイオン性求核触媒を用いた、第一級と第二級のアルコールをもつジオールに対する第一級アルコールの選択的アシル化反応サイクルを図式化したものである。本実施の形態においては、下記化学式で示されるホスホニウムイリドがイオン性求核触媒として用いられる。このホスホニウムイリドは後述のようにテトラアリールホスホニウム塩を前駆体として化学合成される。
【化1】
【0018】
本実施の形態における前記ホスホニウムイリドの単結晶X線構造解析を行った。
図2(a)に骨格図を、同図(b)に負電荷の分布を重ね合わせた模式図を示す。この解析の結果、リン(P)とC1炭素の結合長は約1.76Åと、一般的なリン−炭素二重結合の値よりも大きく、単結合の値よりも小さいことが判明した。また酸素(O)とC2炭素の結合長は約1.28Åであり、カルボニル基により安定化されたイリドC=O結合とC−O結合の間の値を示した。また、C1炭素とC2炭素の結合長は、ベンゼンのC−C結合より幾分長いものの、P、C1、C2、Oの4原子はほぼ同一平面上に位置しており(
図2(a))、これらの原子上に負電荷が非局在化していることが明らかとなった。
【0019】
さらに、X線解析から得られた3次元構造に基づき、DFT法により構造最適化を行い、ホスホニウムイリド(式1)の静電ポテンシャルを求めた(
図2(b))。これによると、酸素原子に負電荷が集中し、充分な求核性を持っていることが示唆される(図中破線で囲まれた部分)。
【0020】
このホスホニウムイリドが
図1の選択的アシル化反応サイクルにおいてイオン性求核触媒として作用すると考えられる。
図1において、まず、1)アシル化剤として用いる酸無水物にホスホニウムイリドよりなる触媒分子が求核攻撃し、2)中間体としてホスホニウム塩が形成される。3)ホスホニウム塩中間体がアルコールからの求核攻撃を受ける。4)その結果にアシル化されたアルコールが得られるとともに触媒が再生する。以上のように触媒的サイクルが成立する。
【実施例】
【0022】
(実施例1)ホスホニウムイリドの合成
まず、式2で示されるテトラアリールホスホニウム塩を前駆体として前記式1で示されたホスホニウムイリドの合成を行った(
図3)。
【化2】
【0023】
テトラアリールホスホニウム塩(式2)をメタノール中、室温で水酸化ナトリウムと反応させると容易に脱HBr反応が進行し、高収率でホスホニウムイリド(式1)を安定に単離できる。
【0024】
(実施例2)NMRによる反応追跡
反応の実現可能性を探るべく、ホスホニウムイリド(式1)と酸無水物(式3)の反応を
1HNMRにより追跡した。反応はNMRサンプルチューブ中、ホスホニウムイリド(式1)の重クロロホルム溶液に、室温でイソ酪酸無水物を加えて行った。添加1時間後の
1HNMRを測定した。結果を
図4に示す。
【化3】
【0025】
酸無水物の添加量が2.5当量(equiv)のときのスペクトルに着目すると、酸無水物の添加により新たなシグナル(図中矢印)が出現したことがわかる。これらシグナルの強度は、酸無水物の添加量を増加するごとに強くなり、15当量(equiv)の段階でシグナルの積分比からホスホニウムイリド(式1)が新しい化学種へと90%以上変換されたことを示す。
【0026】
そこで、ホスホニウムイリド(式1)と酸無水物との反応により生じる化学種を同定するため、TOF−MSを用いた精密質量測定を行った。その結果ホスホニウムカチオンに対応するMSピークが観測され、イリドのアシル化体(
図4中Aで示される化合物)が新たな化学種であることが示された。一方、
1HNMRではC−アシル化体の生成は認められなかった。DFT計算の結果からもO−アシル化体のほうが熱力学的に安定であることから、O−アシル化体が速度論的かつ熱力学的生成物であると考えられる。
【0027】
続いて、ホスホニウムイリド(式1)と酸無水物を反応させた前記NMRサンプル溶液に1当量の1−ヘプタノールとトリエチルアミンを加え反応させた。その結果、室温で24時間後に所望のアシル化体(式4)がNMR収率98%で生成された(
図5)。以上の結果は、触媒サイクル系が実現できていることを示唆している。
【化4】
【0028】
さらに
図5において、式1で示されるホスホニウムイリドが存在している場合(with1)の反応とは対照的に、前記ホスホニウムイリドを添加しない場合(without1)では、同条件においてNMR収率は約50%であった。このことは、前記ホスホニウムイリドがアシル化触媒として作用し、反応を加速していることを明示している。
【0029】
なお、以上の過程で前記ホスホニウムイリドが再生される様子は観測されておらず、言い換えれば中間体であるホスホニウム塩(式4)の生成が素早く進行していると考えられる。
【0030】
(実施例3)反応条件の最適化
第二級アルコール存在下における第一級アルコールの選択的アシル化反応を検討した。結果を
図6に示す。まず、1−ヘプタノール(式5)と2−オクタノール(式6)の等モル混合物に対し、10mol%のホスホニウムイリド(式1)存在下、1.2当量のイソ酪酸無水物および2当量のトリエチルアミンを用い、重クロロホルム中、室温で24時間撹拌することにより行った。
【化5】
【化6】
【0031】
結果を同図下表のentry1の行に示す。反応は円滑に進行し、第一級アルコールアシル化生成物2(式7)がNMR収率79%、第二級アルコールアシル化生成物3(式8)が4%、生成比が95:5となった。明らかに、高選択的に第一級アルコールがアシル化されていると言える。なお、
図6下表において、catalystの列にある「1」はホスホニウムイリド(式1)を、「1・HBr」はホスホニウム塩(式2)を意味する。
【化7】
【化8】
【0032】
次に対照実験として、トリエチルアミン(Et
3N)非存在下、ホスホニウムイリド(式1)非存在下、トリエチルアミンおよびホスホニウムイリド(式1)の非存在下における反応を行ったところ、何れの場合も収率・選択性ともに低下する結果となった(entry2−4)。また、前記ホスホニウムイリドのかわりにジメチルアミノピリジン(DMAP)を触媒として用いた場合には、大幅な選択性の低下が認められた(entry5)。さらに、反応をヘキサンあるいはトルエン溶媒中で行うと、僅かに収率と選択性が向上することを見出し、最終的に酸無水物の当量を1.5当量とすることにより、第一級アルコールがアシル化された生成物2が90%と高い収率で得られることが明らかになった(entry6−8)。さらに、ホスホニウムイリド(式1)の前駆体であるホスホニウム塩(式2)を用い、反応系中でホスホニウムイリド(式1)を発生させた場合にも、同様な収率・選択性で目的物が得られることを見出した(entry9)
【0033】
(実施例4)基質一般性
実施例3の最適条件下、同一分子内に第一級およびアルコールをもつ基質に関する基質一般性の検討を行った(
図7)。その結果、ホスホニウムイリド(式1)を用いる条件Aおよびホスホニウム塩(式2)を用いる条件B、いずれの条件の場合も、1,2−、1,3−、ならびに1,4−ジオールに対し良好な単離収率および選択性で第一級アルコールのアシル化生成物5(式9)を得ることに成功した。
【化9】
【0034】
さらに、補助塩基非存在下におけるジオールの選択的アシル化反応を行った(
図8)。その結果、塩基非存在下でも良好な単離収率および選択性で目的のアシル化生成物5a(式10)が得られることを見出した(同図(a))。また、無水酢酸にも本系が適用可能であり、第一級アルコールのアセチル化体8(式11)が選択的に得られることが明らかになった(同図(b))。
【化10】
【化11】
【産業上の利用可能性】
【0035】
本発明は、希少な金属や有害な金属の代替として、アシル化反応を促進する触媒として用いることができる。