特許第6875451号(P6875451)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6875451犬のがんリスク評価方法及びがんリスク評価システム
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6875451
(24)【登録日】2021年4月26日
(45)【発行日】2021年5月26日
(54)【発明の名称】犬のがんリスク評価方法及びがんリスク評価システム
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/84 20060101AFI20210517BHJP
   A01K 29/00 20060101ALI20210517BHJP
   G01N 27/62 20210101ALN20210517BHJP
【FI】
   G01N33/84 Z
   A01K29/00
   !G01N27/62 V
【請求項の数】36
【全頁数】39
(21)【出願番号】特願2019-86887(P2019-86887)
(22)【出願日】2019年4月26日
(65)【公開番号】特開2020-56774(P2020-56774A)
(43)【公開日】2020年4月9日
【審査請求日】2020年11月4日
(31)【優先権主張番号】特願2018-180132(P2018-180132)
(32)【優先日】2018年9月26日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】390039619
【氏名又は名称】株式会社レナテック
(74)【代理人】
【識別番号】100095706
【弁理士】
【氏名又は名称】泉 克文
(72)【発明者】
【氏名】稲垣 精一
(72)【発明者】
【氏名】岡本 直幸
(72)【発明者】
【氏名】中川 貴之
(72)【発明者】
【氏名】佐伯 亘平
(72)【発明者】
【氏名】浅野 和之
(72)【発明者】
【氏名】石垣 久美子
(72)【発明者】
【氏名】金井 詠一
(72)【発明者】
【氏名】久末 正晴
(72)【発明者】
【氏名】呰上 大吾
(72)【発明者】
【氏名】小野沢 栄里
【審査官】 海野 佳子
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2016/042805(WO,A1)
【文献】 特開平07−083931(JP,A)
【文献】 特開2014−134550(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48−33/98
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象犬から採取した血清中の評価用元素群の濃度データと、前記対象犬の年齢データとを、前記対象犬が対照群と症例群のいずれに属するかを判別するための判別関数に適用して、前記血清における前記評価用元素群の濃度間の相関関係を演算する相関関係演算ステップと、
前記相関関係演算ステップで演算された前記相関関係に基づいて、前記対象犬が何らかのがんに罹患しているか否かの指標を得る指標取得ステップとを備え、
前記相関関係演算ステップでは、前記評価用元素群としてLi,Na,Mg,P,S,K,Ca,Fe,Co,Cu,Zn,As,Se,Rb,Sr,Mo,Csの17種の元素の組み合わせが使用され、
前記指標取得ステップでは、前記相関関係演算ステップで使用された前記判別関数に前記濃度データと前記年齢データとを適用して算出された判別得点に基づき、前記指標が生成されることを特徴とする犬のがんリスク評価方法。
【請求項2】
前記評価用元素群として使用された17種の前記元素の中のいずれの前記濃度データが判別に有意であるか否かに応じて、前記対象犬が何らかのがんに罹患しているとの推測が行われる請求項1に記載の犬のがんリスク評価方法。
【請求項3】
前記評価用元素群として使用された17種の前記元素の中から選ばれるMg,S,Cu,Seの4元素の濃度データが判別に有意であるか否かに応じて、前記対象犬が何らかのがんに罹患しているとの推測が行われる請求項1に記載の犬のがんリスク評価方法。
【請求項4】
前記評価用元素群として使用された17種の前記元素の中から選ばれるMg元素の前記濃度データが、時間の経過に伴って上昇または下降すると、前記対象犬のがん罹患リスクが減少傾向または増加傾向にあるとの推測が行われる請求項3に記載の犬のがんリスク評価方法。
【請求項5】
前記評価用元素群として使用された17種の前記元素の中から選ばれるS,Cu,Seの3元素の少なくとも1つの前記濃度データが、時間の経過に伴って上昇または下降すると、前記対象犬のがん罹患リスクが増加傾向または減少傾向にあるとの推測が行われる請求項3に記載の犬のがんリスク評価方法。
【請求項6】
前記評価用元素群として使用された17種の前記元素の中のいずれの前記濃度データが判別に有意であるか否かに応じて、前記対象犬ががんに罹患しているとの推測と共に、がん部位の推測も行われる請求項1に記載の犬のがんリスク評価方法。
【請求項7】
前記評価用元素群として使用された17種の前記元素の中から選ばれるFe,Cuの2元素の前記濃度データとが判別に有意であるか否かに応じて、前記対象犬が肝がんに罹患しているとの推測が行われる請求項1または6に記載の犬のがんリスク評価方法。
【請求項8】
前記評価用元素群として使用された17種の前記元素の中から選ばれるFe元素の前記濃度データが、時間の経過に伴って上昇または下降すると、前記対象犬の肝がんの罹患リスクが減少傾向または増加傾向にあるとの推測が行われる請求項7に記載の犬のがんリスク評価方法。
【請求項9】
前記評価用元素群として使用された17種の前記元素の中から選ばれるCu元素の前記濃度データが、時間の経過に伴って上昇または下降すると、前記対象犬の肝がんの罹患リスクが増加傾向または減少傾向にあるとの推測が行われる請求項7に記載の犬のがんリスク評価方法。
【請求項10】
前記評価用元素群として使用された17種の前記元素の中から選ばれるMg,P,S,Co,Zn,As,Seの7元素の前記濃度データが判別に有意であるか否かに応じて、前記対象犬が副腎がんに罹患しているとの推測が行われる請求項1または6に記載の犬のがんリスク評価方法。
【請求項11】
前記評価用元素群として使用された17種の前記元素の中から選ばれるMg,Zn,Asの3元素の少なくとも1つの前記濃度データが、時間の経過に伴って上昇または下降すると、前記対象犬の副腎がん罹患リスクが減少傾向または増加傾向にあるとの推測が行われる請求項10に記載の犬のがんリスク評価方法。
【請求項12】
前記評価用元素群として使用された17種の前記元素の中から選ばれるP,S,Co,Seの4元素の少なくとも1つの前記濃度データが、時間の経過に伴って上昇または下降すると、前記対象犬の副腎がん罹患リスクが増加傾向または減少傾向にあるとの推測が行われる請求項10に記載の犬のがんリスク評価方法。
【請求項13】
前記評価用元素群として使用された17種の前記元素の中から選ばれるNa,Mg,As,Srの4元素の前記濃度データが判別に有意であるか否かに応じて、前記対象犬が肺がんに罹患しているとの推測が行われる請求項1または6に記載の犬のがんリスク評価方法。
【請求項14】
前記評価用元素群として使用された17種の前記元素の中から選ばれるMg,Asの2元素の少なくとも1つの前記濃度データが、時間の経過に伴って上昇または下降すると、前記対象犬の肺がん罹患リスクが減少傾向または増加傾向にあるとの推測が行われる請求項13に記載の犬のがんリスク評価方法。
【請求項15】
前記評価用元素群として使用された17種の前記元素の中から選ばれるNa,Srの2元素の少なくとも1つの前記濃度データが、時間の経過に伴って上昇または下降すると、前記対象犬の肺がん罹患リスクが増加傾向または減少傾向にあるとの推測が行われる請求項13に記載の犬のがんリスク評価方法。
【請求項16】
前記評価用元素群として使用された17種の前記元素の中から選ばれるNa,K,Cuの3元素の前記濃度データが判別に有意であるか否かに応じて、前記対象犬が前立腺がんに罹患しているとの推測が行われる請求項1または6に記載の犬のがんリスク評価方法。
【請求項17】
前記評価用元素群として使用された17種の前記元素の中から選ばれるK元素の前記濃度データが、時間の経過に伴って上昇または下降すると、前記対象犬の前立腺がん罹患リスクが減少傾向または増加傾向にあるとの推測が行われる請求項16に記載の犬のがんリスク評価方法。
【請求項18】
前記評価用元素群として使用された17種の前記元素の中から選ばれるNa,Cuの2元素の少なくとも1つの前記濃度データが、時間の経過に伴って上昇または下降すると、前記対象犬の前立腺がん罹患リスクが増加傾向または減少傾向にあるとの推測が行われる請求項16に記載の犬のがんリスク評価方法。
【請求項19】
対象犬から採取した血清中の評価用元素群の濃度データと、前記対象犬の年齢データとを記憶するデータ記憶部と、
前記対象犬が対照群と症例群のいずれに属するかを判別するための判別関数を生成する判別関数生成部と、
前記データ記憶部に記憶された前記対象犬の濃度データと前記年齢データとを、前記判別関数生成部で生成された判別関数に適用して、前記血清における前記評価用元素群の濃度間の相関関係を演算し、その相関関係に基づいて前記対象犬が何らかのがんに罹患しているか否かの評価結果を出力する評価結果演算部とを備え、
前記評価用元素群として、Li,Na,Mg,P,S,K,Ca,Fe,Co,Cu,Zn,As,Se,Rb,Sr,Mo,Csの17種の元素の組み合わせが使用され、
前記評価結果演算部では、前記判別関数生成部で生成された判別関数に、前記データ記憶部に記憶された前記濃度データと前記年齢データとを適用して判別得点が算出され、その判別得点に基づいて前記評価結果が生成されることを特徴とする犬のがんリスク評価システム。
【請求項20】
前記評価用元素群として使用された17種の前記元素の中のいずれの前記濃度データが判別に有意であるか否かに応じて、前記対象犬が何らかのがんに罹患しているとの推測が行われる請求項19に記載の犬のがんリスク評価システム。
【請求項21】
前記評価用元素群として使用された17種の前記元素の中から選ばれるMg,S,Cu,Seの4元素の濃度データが判別に有意であるか否かに応じて、前記対象犬が何らかのがんに罹患しているとの推測が行われる請求項19に記載の犬のがんリスク評価システム。
【請求項22】
前記評価用元素群として使用された17種の前記元素の中から選ばれるMg元素の前記濃度データが、時間の経過に伴って上昇または下降すると、前記対象犬のがん罹患リスクが減少傾向または増加傾向にあるとの推測が行われる請求項21に記載の犬のがんリスク評価システム。
【請求項23】
前記評価用元素群として使用された17種の前記元素の中から選ばれるS,Cu,Seの3元素の少なくとも1つの前記濃度データが、時間の経過に伴って上昇または下降すると、前記対象犬のがん罹患リスクが増加傾向または減少傾向にあるとの推測が行われる請求項21に記載の犬のがんリスク評価システム。
【請求項24】
前記評価用元素群として使用された17種の前記元素の中のいずれの前記濃度データが判別に有意であるか否かに応じて、前記対象犬ががんに罹患しているとの推測と共に、がん部位の推測も行われる請求項19に記載の犬のがんリスク評価システム。
【請求項25】
前記評価用元素群として使用された17種の前記元素の中から選ばれるFe,Cuの2元素の前記濃度データが判別に有意であるか否かに応じて、前記対象犬が肝がんに罹患しているとの推測が行われる請求項19または24に記載の犬のがんリスク評価システム。
【請求項26】
前記評価用元素群として使用された17種の前記元素の中から選ばれるFe元素の前記濃度データが、時間の経過に伴って上昇または下降すると、前記対象犬の肝がんの罹患リスクが減少傾向または増加傾向にあるとの推測が行われる請求項25に記載の犬のがんリスク評価システム。
【請求項27】
前記評価用元素群として使用された17種の前記元素の中から選ばれるCu元素の前記濃度データが、時間の経過に伴って上昇または下降すると、前記対象犬の肝がんの罹患リスクが増加傾向または減少傾向にあるとの推測が行われる請求項25に記載の犬のがんリスク評価システム。
【請求項28】
前記評価用元素群として使用された17種の前記元素の中から選ばれるMg,P,S,Co,Zn,As,Seの7元素の前記濃度データが判別に有意であるか否かに応じて、前記対象犬が副腎がんに罹患しているとの推測が行われる請求項19または24に記載の犬のがんリスク評価システム。
【請求項29】
前記評価用元素群として使用された17種の前記元素の中から選ばれるMg,Zn,Asの3元素の少なくとも1つの前記濃度データが、時間の経過に伴って上昇または下降すると、前記対象犬の副腎がん罹患リスクが減少傾向または増加傾向にあるとの推測が行われる請求項28に記載の犬のがんリスク評価システム。
【請求項30】
前記評価用元素群として使用された17種の前記元素の中から選ばれるP,S,Co,Seの4元素の少なくとも1つの前記濃度データが、時間の経過に伴って上昇または下降すると、前記対象犬の副腎がん罹患リスクが増加傾向または減少傾向にあるとの推測が行われる請求項28に記載の犬のがんリスク評価システム。
【請求項31】
前記評価用元素群として使用された17種の前記元素の中から選ばれるNa,Mg,As,Srの4元素の前記濃度データが判別に有意であるか否かに応じて、前記対象犬が肺がんに罹患しているとの推測が行われる請求項19または24に記載の犬のがんリスク評価システム。
【請求項32】
前記評価用元素群として使用された17種の前記元素の中から選ばれるMg,Asの2元素の少なくとも1つの前記濃度データが、時間の経過に伴って上昇または下降すると、前記対象犬の肺がん罹患リスクが減少傾向または増加傾向にあるとの推測が行われる請求31に記載の犬のがんリスク評価システム。
【請求項33】
前記評価用元素群として使用された17種の前記元素の中から選ばれるNa,Srの2元素の少なくとも1つの前記濃度データが、時間の経過に伴って上昇または下降すると、前記対象犬の肺がん罹患リスクが増加傾向または減少傾向にあるとの推測が行われる請求項31に記載の犬のがんリスク評価システム。
【請求項34】
前記評価用元素群として使用された17種の前記元素の中から選ばれるNa,K,Cuの3元素の前記濃度データが判別に有意であるか否かに応じて、前記対象犬が前立腺がんに罹患しているとの推測が行われる請求項19または24に記載の犬のがんリスク評価システム。
【請求項35】
前記評価用元素群として使用された17種の前記元素の中から選ばれるK元素の前記濃度データが、時間の経過に伴って上昇または下降すると、前記対象犬の前立腺がん罹患リスクが減少傾向または増加傾向にあるとの推測が行われる請求項34に記載の犬のがんリスク評価システム。
【請求項36】
前記評価用元素群として使用された17種の前記元素の中から選ばれるNa,Cuの2元素の少なくとも1つの前記濃度データが、時間の経過に伴って上昇または下降すると、前記対象犬の前立腺がん罹患リスクが増加傾向または減少傾向にあるとの推測が行われる請求項34に記載の犬のがんリスク評価システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、犬のがんリスク評価方法及びがんリスク評価システムに関し、さらに言えば、犬の血清中に含まれる元素群の濃度バランス(評価用元素群の濃度間の相関関係)を利用して得た指標を用いて犬のがん罹患リスクを評価する、犬のがんリスク評価方法及びがんリスク評価システムに関する。
【背景技術】
【0002】
人の癌の診断法としては、従来、直接視たり触ったりする方法(触診、内視鏡検査等)や、体内を映し出した画像で判断する方法(X線撮影、CT検査、MRI検査、PET検査等)、血液や細胞を調べる方法(血液検査、細胞診、生検等)が知られている。しかし、直接視たり触ったりする方法は、乳房や直腸、胃、大腸等に対象(患部)が限定されてしまうという難点があり、また、画像で診断する方法は、簡易ではあるが、検出感度が低いだけでなく、被験者の放射線被曝という難点がある。その点、血液や細胞を調べる方法は、患者の負担が少ない上に検出感度が高いため、好ましい。特に、患者から採取した血液を分析することによって診断できれば、患者の負担が小さくてすむし、集団検診で実施することも可能であるから、より好ましい。これは人についても、犬などの動物についても同様である。したがって、長年、このような特長を持つがんのスクリーニング法の実現が望まれている。
【0003】
ところで、近年の人における死亡原因の第一位は悪性新生物(通称、がん)であり、平均寿命の延びと共に、がんによる死亡割合も増加している。このような状況は、人と一緒に生活する動物(例えばペットまたはコンパニオンアニマル)においても同様である。すなわち、この種動物も、高齢になるに従ってがんに罹患することが多くなり、また、がんによって死亡する割合も増加しているのである。ペット保険の日本アニマル倶楽部株式会社の統計によると、ペットとしての犬や猫の死因のトップはがんで、全死亡数の54%を占めているとのことである。また、ペットとしての犬や猫が罹患するがんの部位としては、皮膚が最も多く、その次が造血器系であり、以下、リンパ系、消化器系と続いている。
【0004】
犬は、多くのペット(愛玩動物)の中でも、とりわけ、人と共に生活する度合いが密接であるが、近年の人の長寿命化に伴って、犬の平均寿命も長くなっている。その理由としては、獣医学の発達や、バランスの良いペットフードの開発、健康管理の一環としての健康診断などを含めた予防医学の発達などが考えられるが、このようにして犬が長寿命化していることも、犬におけるがんの発症率が高くなった要因の一つであろう。最近では、ほとんどの犬は10歳を過ぎるとがんの前段階にある、と言われている。
【0005】
わが国と同様、アメリカにおいても、10歳以上の犬の死亡率の第1位はがんであり、全死因の約50%を占めているとのことである。犬の全年齢の死因で見ると、25%を占めるとの報告もある。
【0006】
一般に、犬や猫のがんの進行度は早く、がん診断時点で末期がんである場合が多いため、治療効果が望めない状態であると言われている。その治療法は、人と同様に、手術や放射線治療、化学療法が中心である。通常、犬の場合の治癒率は30〜40%程度であり、人の治癒率の約50%より少し低い。このため、人と同様に犬や猫についても、がんの早期発見が望まれる。しかし、現状では、適切ながんのスクリーニング法が開発されておらず、早期発見・早期治療を目的とする対応はほとんどなされていない。
【0007】
従来、「動物のがん検診」と称する健康診断が行われてはいるが、いずれも、人のがん検診を真似た手法であり、腫瘍マーカーによる診断、CTによる検診、尿検査などが実施されているに過ぎない。しかし、これらは、いずれも、感度や特異度が低いうえに、検診費用も高額である。したがって、犬や猫のがんを早期発見するのは困難である、というのが現状である。
【0008】
本発明に関連する他の従来技術としては、犬の血清中の亜鉛、クロム(Cr)、鉄(Fe)がリンパ腫や肉腫に関連があるとの報告や(非特許文献1)、セレン(Se)が犬の疾病のバイオマーカーになるとの報告がある(非特許文献2)。また、人についてであるが、微量元素の機能と疾患の関連性についての報告がある(非特許文献3)。さらに、クロム(Cr)、ニッケル(Ni)、ヒ素(As)、コバルト(Co)、チタン(Ti)、ルビジウム(Rb)、ベリリウム(Be)、カドミウム(Cd)などが、動物に対する発がん性を有しているとの報告もある(非特許文献4および5)。
【0009】
なお、本願の出願人は、癌の発症と人の血清中の元素濃度との相関関係を利用した新規な癌評価方法及び癌評価システムを開発して特許出願し、既に特許を受けている(特許文献1参照)。
【0010】
特許文献1には、癌の発症と人の血清中の元素濃度の相関関係を利用した癌評価方法が開示されている。この方法は、対象者から採取した血清中の評価用元素群の濃度データを、前記対象者が対照群と症例群のいずれに属するかを判別するための判別関数に適用して、前記血清における前記評価用元素群の濃度間の相関関係を演算する相関関係演算ステップと、前記相関関係演算ステップで演算された前記相関関係に基づいて、前記対象者が何らかの癌を発症しているか否かの指標を得る指標取得ステップとを備えている。そして、前記評価用元素群として、S,P,Mg,Zn,Cu,Ti,Rbの7種の元素の組み合わせ、または、Na,Mg,Al,P,K,Ca,Ti,Mn,Fe,Zn,Cu,Se,Rb,Ag,Sn,Sの16種の元素の組み合わせが選択される。この方法によれば、高い精度で対象者の癌罹患リスクを推定することができると共に、血液中のアミノ酸濃度を利用する場合のような早期変性や高コストという難点がなく、しかも、集団検診にも容易に適用可能であるという効果が得られる(請求項1及び2、段落0036、段落0057〜0061、段落0070〜0074、図1及び図14を参照)。この癌評価方法は、上述した特長を持ち、人のがんのスクリーニング法として活用できるものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特許第6082478号公報
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】Kazmierski K.J., et al., Serum Zinc, Chromium, and Iron Concentrations in Dogs with Lymphoma and Osteosarcoma. J Vet Intern. Med. 2001, 15, 585-588
【非特許文献2】Zelst M.V. et. al., Biomarkers of selenium status in dogs, BMC Veterinary Research 2016 12:15
【非特許文献3】荒川泰昭, 生命機能を維持する微量元素, 日本臨牀, 74巻7号, 2016-7, 1058-1065
【非特許文献4】荒川泰昭, 癌免疫と微量元素(前編), 日本医師会雑誌, 第113巻第8号, 1995, BG-10-12
【非特許文献5】荒川泰昭, 癌免疫と微量元素(後編), 日本医師会雑誌, 第113巻第10号, 1995, BG-13-15
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
上述したように、犬のがんの早期発見・早期治療を実現するために、犬の負担が少ない上に検出感度が高く、集団検診でも実施することも可能なスクリーニング法が求められている。
【0014】
そこで、本発明者らは、上述した特許文献1に開示された、人の血清中の微量元素濃度のバランスを利用してがん患者群(症例群)とコントロール群(対照群)を判別する方法を開発した知識および経験と、上述した非特許文献1〜5に開示された知識に基づき、ペットとしての有用性が高い犬のがんについての罹患リスクを推定できる新たなスクリーニング法の開発の可能性を見出し、本発明をするに至ったものである。
【0015】
本発明の目的は、高い精度で対象犬のがん罹患リスクを推定することができると共に、血液中のアミノ酸濃度を利用する場合のような早期変性や高コストという難点がなく、しかも、どの部位のがんであるかも推定することが可能な、犬のがんリスク評価方法及びがんリスク評価システムを提供することにある。
【0016】
本発明の他の目的は、簡便で安価に実施可能であって、動物病院でのがんスクリーニング法としても好適な、犬のがんリスク評価方法及びがんリスク評価システムを提供することにある。
【0017】
ここに明記しない本発明の他の目的は、以下の説明及び添付図面から明らかになる。
【課題を解決するための手段】
【0018】
(1)本発明の第1の観点によれば、犬のがんリスク評価方法が提供される。この犬のがんリスク評価方法は、
対象犬から採取した血清中の評価用元素群の濃度データと、前記対象犬の年齢データとを、前記対象犬が対照群と症例群のいずれに属するかを判別するための判別関数に適用して、前記血清における前記評価用元素群の濃度間の相関関係を演算する相関関係演算ステップと、
前記相関関係演算ステップで演算された前記相関関係に基づいて、前記対象犬が何らかのがんに罹患しているか否かの指標を得る指標取得ステップとを備え、
前記相関関係演算ステップでは、前記評価用元素群としてLi,Na,Mg,P,S,K,Ca,Fe,Co,Cu,Zn,As,Se,Rb,Sr,Mo,Csの17種の元素の組み合わせが使用され、
前記指標取得ステップでは、前記相関関係演算ステップで使用された前記判別関数に前記濃度データと前記年齢データとを適用して算出された判別得点に基づき、前記指標が生成されることを特徴とするものである。
【0019】
本発明の第1の観点による犬のがんリスク評価方法では、相関関係演算ステップにおいて、対象犬から採取した血清中の評価用元素群の濃度データと、前記対象犬の年齢データとを、前記濃度データと前記年齢データを前記対象犬が対照群と症例群のいずれに属するかを判別するための判別関数に適用して、前記血清における前記評価用元素群の濃度間の相関関係を演算する。前記評価用元素群としては、上述した17種の元素の組み合わせが使用される。
【0020】
そして、指標取得ステップでは、前記相関関係演算ステップで得られた前記相関関係に基づいて、前記対象犬が何らかのがんに罹患しているか否かの指標が得られるが、その指標は、前記相関関係演算ステップで使用された前記判別関数に前記濃度データと前記年齢データを適用して得た判別得点に基づいて生成される。
【0021】
したがって、高い精度で前記対象犬のがん罹患リスクを推定することができ、しかも、血液中のアミノ酸濃度を利用する場合のような早期変性や高コストという難点がない。
【0022】
また、前記相関関係演算ステップにおいて、前記評価用元素群として使用した17種の前記元素の中のいずれの前記濃度データが判別に有意であるかが判明し、しかも、がんに罹患しているか否かの判別に有意な前記元素と、罹患しているがんの種類に応じて判別に有意な前記元素が変動するため、どの部位のがんであるかを推定することも可能である。
【0023】
さらに、前記対象犬から採取した血清中の前記評価用元素群の濃度データと前記年齢データとを用いて、コンピュータで自動演算することにより、前記対象犬が対照群と症例群のいずれに属しているかを判別できるから、前記対象犬が多数であっても容易且つ迅速に判別することが可能である。よって、簡便で安価に実施可能であり、動物病院でのがんスクリーニング法としても好適である。
【0024】
(2) 本発明の第1の観点による犬のがんリスク評価方法の好ましい例では、前記評価用元素群として使用された17種の前記元素の中のいずれの前記濃度データが判別に有意であるか否かに応じて、前記対象犬が何らかのがんに罹患しているとの推測が行われる。
【0025】
(3) 本発明の第1の観点による犬のがんリスク評価方法の他の好ましい例では、前記評価用元素群として使用された17種の前記元素の中から選ばれるMg,S,Cu,Seの4元素の濃度データが判別に有意であるか否かに応じて、前記対象犬が何らかのがんに罹患しているとの推測が行われる。
【0026】
(4) 本発明の第1の観点による犬のがんリスク評価方法のさらに他の好ましい例では、前記評価用元素群として使用された17種の前記元素の中から選ばれるMg元素の前記濃度データが、時間の経過に伴って上昇または下降すると、前記対象犬のがん罹患リスクが減少傾向または増加傾向にあるとの推測が行われる。この例では、前記対象犬のがん罹患リスクの時間的変化の推測をさらに提示することができる、という利点がある。
【0027】
(5) 本発明の第1の観点による犬のがんリスク評価方法のさらに他の好ましい例では、前記評価用元素群として使用された17種の前記元素の中から選ばれるS,Cu,Seの3元素の少なくとも1つの前記濃度データが、時間の経過に伴って上昇または下降すると、前記対象犬のがん罹患リスクが増加傾向または減少傾向にあるとの推測が行われる。この例では、前記対象犬のがん罹患リスクの時間的変化の推測をさらに提示することができる、という利点がある。
【0028】
(6) 本発明の第1の観点による犬のがんリスク評価方法のさらに他の好ましい例では、前記評価用元素群として使用された17種の前記元素の中のいずれの前記濃度データが判別に有意であるか否かに応じて、前記対象犬ががんに罹患しているとの推測と共に、がん部位の推測も行われる。この例では、がんの種類を特定して前記対象犬のがん罹患リスクを通知することができる、という利点がある。
【0029】
(7) 本発明の第1の観点による犬のがんリスク評価方法のさらに他の好ましい例では、前記評価用元素群として使用された17種の前記元素の中から選ばれるFe,Cuの2元素の前記濃度データとが判別に有意であるか否かに応じて、前記対象犬が肝がんに罹患しているとの推測が行われる。この例では、がんの種類を「肝がん」と特定して前記対象犬のがん罹患リスクを通知することができる、という利点がある。
【0030】
(8) 本発明の第1の観点による犬のがんリスク評価方法のさらに他の好ましい例では、前記評価用元素群として使用された17種の前記元素の中から選ばれるFe元素の前記濃度データが、時間の経過に伴って上昇または下降すると、前記対象犬の肝がんの罹患リスクが減少傾向または増加傾向にあるとの推測が行われる。この例では、前記対象犬の肝がん罹患リスクの時間的変化の推測をさらに提示することができる、という利点がある。
【0031】
(9) 本発明の第1の観点による犬のがんリスク評価方法のさらに他の好ましい例では、前記評価用元素群として使用された17種の前記元素の中から選ばれるCu元素の前記濃度データが、時間の経過に伴って上昇または下降すると、前記対象犬の肝がんの罹患リスクが増加傾向または減少傾向にあるとの推測が行われる。この例では、前記対象犬の肝がん罹患リスクの時間的変化の推測をさらに提示することができる、という利点がある。
【0032】
(10) 本発明の第1の観点による犬のがんリスク評価方法のさらに他の好ましい例では、前記評価用元素群として使用された17種の前記元素の中から選ばれるMg,P,S,Co,Zn,As,Seの7元素の前記濃度データが判別に有意であるか否かに応じて、前記対象犬が副腎がんに罹患しているとの推測が行われる。この例では、がんの種類を「副腎がん」と特定して前記対象犬のがん罹患リスクを通知することができる、という利点がある。
【0033】
(11) 本発明の第1の観点による犬のがんリスク評価方法のさらに他の好ましい例では、前記評価用元素群として使用された17種の前記元素の中から選ばれるMg,Zn,Asの3元素の少なくとも1つの前記濃度データが、時間の経過に伴って上昇または下降すると、前記対象犬の副腎がん罹患リスクが減少傾向または増加傾向にあるとの推測が行われる。この例では、前記対象犬の副腎がん罹患リスクの時間的変化の推測をさらに提示することができる、という利点がある。
【0034】
(12) 本発明の第1の観点による犬のがんリスク評価方法のさらに他の好ましい例では、前記評価用元素群として使用された17種の前記元素の中から選ばれるP,S,Co,Seの4元素の少なくとも1つの前記濃度データが、時間の経過に伴って上昇または下降すると、前記対象犬の副腎がん罹患リスクが増加傾向または減少傾向にあるとの推測が行われる。この例では、前記対象犬の副腎がん罹患リスクの時間的変化の推測をさらに提示することができる、という利点がある。
【0035】
(13) 本発明の第1の観点による犬のがんリスク評価方法のさらに他の好ましい例では、前記評価用元素群として使用された17種の前記元素の中から選ばれるNa,Mg,As,Srの4元素の前記濃度データが判別に有意であるか否かに応じて、前記対象犬が肺がんに罹患しているとの推測が行われる。この例では、がんの種類を「肺がん」と特定して前記対象犬のがん罹患リスクを通知することができる、という利点がある。
【0036】
(14) 本発明の第1の観点による犬のがんリスク評価方法のさらに他の好ましい例では、前記評価用元素群として使用された17種の前記元素の中から選ばれるMg,Asの2元素の少なくとも1つの前記濃度データが、時間の経過に伴って上昇または下降すると、前記対象犬の肺がん罹患リスクが減少傾向または増加傾向にあるとの推測が行われる。この例では、前記対象犬の肺がん罹患リスクの時間的変化の推測をさらに提示することができる、という利点がある。
【0037】
(15) 本発明の第1の観点による犬のがんリスク評価方法のさらに他の好ましい例では、前記評価用元素群として使用された17種の前記元素の中から選ばれるNa,Srの2元素の少なくとも1つの前記濃度データが、時間の経過に伴って上昇または下降すると、前記対象犬の肺がん罹患リスクが増加傾向または減少傾向にあるとの推測が行われる。この例では、前記対象犬の肺がん罹患リスクの時間的変化の推測をさらに提示することができる、という利点がある。
【0038】
(16) 本発明の第1の観点による犬のがんリスク評価方法のさらに他の好ましい例では、前記評価用元素群として使用された17種の前記元素の中から選ばれるNa,K,Cuの3元素の前記濃度データとが判別に有意であるか否かに応じて、前記対象犬が前立腺がんに罹患しているとの推測が行われる。この例では、がんの種類を「前立腺がん」と特定して前記対象犬のがん罹患リスクを通知することができる、という利点がある。
【0039】
(17) 本発明の第1の観点による犬のがんリスク評価方法のさらに他の好ましい例では、前記評価用元素群として使用された17種の前記元素の中から選ばれるK元素の前記濃度データが、時間の経過に伴って上昇または下降すると、前記対象犬の前立腺がん罹患リスクが減少傾向または増加傾向にあるとの推測が行われる。この例では、前記対象犬の前立腺がん罹患リスクの時間的変化の推測をさらに提示することができる、という利点がある。
【0040】
(18) 本発明の第1の観点による犬のがんリスク評価方法のさらに他の好ましい例では、前記評価用元素群として使用された17種の前記元素の中から選ばれるNa,Cuの2元素の少なくとも1つの前記濃度データが、時間の経過に伴って上昇または下降すると、前記対象犬の前立腺がん罹患リスクが増加傾向または減少傾向にあるとの推測が行われる。この例では、前記対象犬の前立腺がん罹患リスクの時間的変化の推測をさらに提示することができる、という利点がある。
【0041】
(19) 本発明の第2の観点によれば、犬のがんリスク評価システムが提供される。この犬のがんリスク評価システムは、
対象犬から採取した血清中の評価用元素群の濃度データと、前記対象犬の年齢データとを記憶するデータ記憶部と、
前記対象犬が対照群と症例群のいずれに属するかを判別するための判別関数を生成する判別関数生成部と、
前記データ記憶部に記憶された前記対象犬の濃度データと前記年齢データとを、前記判別関数生成部で生成された判別関数に適用して、前記血清における前記評価用元素群の濃度間の相関関係を演算し、その相関関係に基づいて前記対象犬が何らかのがんに罹患しているか否かの評価結果を出力する評価結果演算部とを備え、
前記評価用元素群として、Li,Na,Mg,P,S,K,Ca,Fe,Co,Cu,Zn,As,Se,Rb,Sr,Mo,Csの17種の元素の組み合わせが使用され、
前記評価結果演算部では、前記判別関数生成部で生成された判別関数に、前記データ記憶部に記憶された前記濃度データと前記年齢データとを適用して判別得点が算出され、その判別得点に基づいて前記評価結果が生成されることを特徴とするものである。
【0042】
本発明の第2の観点による犬のがんリスク評価システムでは、対象犬から採取した血清中の評価用元素群の濃度データと、前記対象犬の年齢データとを前記データ記憶部に記憶させると、前記評価結果演算部が、前記データ記憶部に記憶されている前記濃度データと前記対象犬の年齢データとを、前記判別関数生成部で生成された前記判別関数に適用して、前記血清における前記評価用元素群の濃度間の相関関係を演算する。前記評価用元素群としては、上述した17種の元素の組み合わせが使用される。
【0043】
そして、演算によって得られた前記相関関係に基づいて、前記評価結果演算部が、前記対象犬が何らかのがんに罹患しているか否かの評価結果を出力するが、その評価結果は、前記判別関数生成部で生成された前記判別関数に前記濃度データと前記年齢データを適用して得た判別得点に基づいて生成される。
【0044】
したがって、高い精度で前記対象犬のがん罹患リスクを推定することができ、しかも、血液中のアミノ酸濃度を利用する場合のような早期変性や高コストという難点がない。
【0045】
また、前記評価結果演算部において、前記評価用元素群として使用した17種の前記元素の中のいずれの前記濃度データが判別に有意であるかが判明し、しかも、がんの種類に応じて判別に有意な前記元素が変動するため、どの部位のがんであるかを推定することも可能である。
【0046】
さらに、前記対象犬から採取した血清中の前記評価用元素群の濃度データと前記年齢データを用いて、コンピュータで自動演算することにより、前記対象犬が対照群と症例群のいずれに属しているかを判別できるから、前記対象犬が多数であっても容易且つ迅速に判別することが可能である。よって、簡便で安価に実施可能であり、動物病院でのがんスクリーニング法としても好適である。
【0047】
(20) 本発明の第2の観点による犬のがんリスク癌評価システムの好ましい例では、前記評価用元素群として使用された17種の前記元素の中のいずれの前記濃度データが判別に有意であるか否かに応じて、前記対象犬が何らかのがんに罹患しているとの推測が行われる。
【0048】
(21) 本発明の第2の観点による犬のがんリスク癌評価システムの他の好ましい例では、前記評価用元素群として使用された17種の前記元素の中から選ばれるMg,S,Cu,Seの4元素の濃度データが判別に有意であるか否かに応じて、前記対象犬が何らかのがんに罹患しているとの推測が行われる。
【0049】
(22) 本発明の第2の観点による犬のがんリスク癌評価システムのさらに他の好ましい例では、前記評価用元素群として使用された17種の前記元素の中から選ばれるMg元素の前記濃度データが、時間の経過に伴って上昇または下降すると、前記対象犬のがん罹患リスクが減少傾向または増加傾向にあるとの推測が行われる。この例では、前記評価結果において、前記対象犬のがん罹患リスクの時間的変化の推測をさらに提示することができる、という利点がある。
【0050】
(23) 本発明の第2の観点による犬のがんリスク癌評価システムのさらに他の好ましい例では、前記評価用元素群として使用された17種の前記元素の中から選ばれるS,Cu,Seの3元素の少なくとも1つの前記濃度データが、時間の経過に伴って上昇または下降すると、前記対象犬のがん罹患リスクが増加傾向または減少傾向にあるとの推測が行われる。この例では、前記評価結果において、前記対象犬のがん罹患リスクの時間的変化の推測をさらに提示することができる、という利点がある。
【0051】
(24) 本発明の第2の観点による犬のがんリスク癌評価システムのさらに他の好ましい例では、前記評価用元素群として使用された17種の前記元素の中のいずれの前記濃度データが判別に有意であるか否かに応じて、前記対象犬ががんに罹患しているとの推測と共に、がん部位の推測も行われる。この例では、前記評価結果において、前記評価結果にがんの種類を特定して前記対象犬のがん罹患リスクを通知することができる、という利点がある。
【0052】
(25) 本発明の第2の観点による犬のがんリスク癌評価システムのさらに他の好ましい例では、前記評価用元素群として使用された17種の前記元素の中から選ばれるFe,Cuの2元素の前記濃度データが判別に有意であるか否かに応じて、前記対象犬が肝がんに罹患しているとの推測が行われる。この例では、前記評価結果において、がんの種類を「肝がん」と特定して前記対象犬のがん罹患リスクを通知することができる、という利点がある。
【0053】
(26) 本発明の第2の観点による犬のがんリスク癌評価システムのさらに他の好ましい例では、前記評価用元素群として使用された17種の前記元素の中から選ばれるFe元素の前記濃度データが、時間の経過に伴って上昇または下降すると、前記対象犬の肝がんの罹患リスクが減少傾向または増加傾向にあるとの推測が行われる。この例では、前記評価結果において、前記対象犬の肝がん罹患リスクの時間的変化の推測をさらに提示することができる、という利点がある。
【0054】
(27) 本発明の第2の観点による犬のがんリスク癌評価システムのさらに他の好ましい例では、前記評価用元素群として使用された17種の前記元素の中から選ばれるCu元素の前記濃度データが、時間の経過に伴って上昇または下降すると、前記対象犬の肝がんの罹患リスクが増加傾向または減少傾向にあるとの推測が行われる。この例では、前記評価結果において、前記対象犬の肝がん罹患リスクの時間的変化の推測をさらに提示することができる、という利点がある。
【0055】
(28) 本発明の第2の観点による犬のがんリスク癌評価システムのさらに他の好ましい例では、前記評価用元素群として使用された17種の前記元素の中から選ばれるMg,P,S,Co,Zn,As,Seの7元素の前記濃度データが判別に有意であるか否かに応じて、前記対象犬が副腎がんに罹患しているとの推測が行われる。この例では、前記評価結果において、がんの種類を「副腎がん」と特定して前記対象犬のがん罹患リスクを通知することができる、という利点がある。
【0056】
(29) 本発明の第2の観点による犬のがんリスク癌評価システムのさらに他の好ましい例では、前記評価用元素群として使用された17種の前記元素の中から選ばれるMg,Zn,Asの3元素の少なくとも1つの前記濃度データが、時間の経過に伴って上昇または下降すると、前記対象犬の副腎がん罹患リスクが減少傾向または増加傾向にあるとの推測が行われる。この例では、前記評価結果において、前記対象犬の副腎がん罹患リスクの時間的変化の推測をさらに提示することができる、という利点がある。
【0057】
(30) 本発明の第2の観点による犬のがんリスク癌評価システムのさらに他の好ましい例では、前記評価用元素群として使用された17種の前記元素の中から選ばれるP,S,Co,Seの4元素の少なくとも1つの前記濃度データが、時間の経過に伴って上昇または下降すると、前記対象犬の副腎がん罹患リスクが増加傾向または減少傾向にあるとの推測が行われる。この例では、前記評価結果において、前記対象犬の副腎がん罹患リスクの時間的変化の推測をさらに提示することができる、という利点がある。
【0058】
(31) 本発明の第2の観点による犬のがんリスク癌評価システムのさらに他の好ましい例では、前記評価用元素群として使用された17種の前記元素の中から選ばれるNa,Mg,As,Srの4元素の前記濃度データが判別に有意であるか否かに応じて、前記対象犬が肺がんに罹患しているとの推測が行われる。この例では、前記評価結果において、がんの種類を「肺がん」と特定して前記対象犬のがん罹患リスクを通知することができる、という利点がある。
【0059】
(32) 本発明の第2の観点による犬のがんリスク癌評価システムのさらに他の好ましい例では、前記評価用元素群として使用された17種の前記元素の中から選ばれるMg,Asの2元素の少なくとも1つの前記濃度データが、時間の経過に伴って上昇または下降すると、前記対象犬の肺がん罹患リスクが減少傾向または増加傾向にあるとの推測が行われる。この例では、前記対象犬の肺がん罹患リスクの時間的変化の推測をさらに提示することができる、という利点がある。
【0060】
(33) 本発明の第2の観点による犬のがんリスク癌評価システムのさらに他の好ましい例では、前記評価用元素群として使用された17種の前記元素の中から選ばれるNa,Srの2元素の少なくとも1つの前記濃度データが、時間の経過に伴って上昇または下降すると、前記対象犬の肺がん罹患リスクが増加傾向または減少傾向にあるとの推測が行われる。この例では、前記評価結果において、前記対象犬の肺がん罹患リスクの時間的変化の推測をさらに提示することができる、という利点がある。
【0061】
(34) 本発明の第2の観点による犬のがんリスク癌評価システムのさらに他の好ましい例では、前記評価用元素群として使用された17種の前記元素の中から選ばれるNa,K,Cuの3元素の前記濃度データが判別に有意であるか否かに応じて、前記対象犬が前立腺がんに罹患しているとの推測が行われる。この例では、前記評価結果において、がんの種類を「前立腺がん」と特定して前記対象犬のがん罹患リスクを通知することができる、という利点がある。
【0062】
(35) 本発明の第2の観点による犬のがんリスク癌評価システムのさらに他の好ましい例では、前記評価用元素群として使用された17種の前記元素の中から選ばれるK元素の前記濃度データが、時間の経過に伴って上昇または下降すると、前記対象犬の前立腺がん罹患リスクが減少傾向または増加傾向にあるとの推測が行われる。この例では、前記評価結果において、前記対象犬の前立腺がん罹患リスクの時間的変化の推測をさらに提示することができる、という利点がある。
【0063】
(36) 本発明の第2の観点による犬のがんリスク癌評価システムのさらに他の好ましい例では、前記評価用元素群として使用された17種の前記元素の中から選ばれるNa,Cuの2元素の少なくとも1つの前記濃度データが、時間の経過に伴って上昇または下降すると、前記対象犬の前立腺がん罹患リスクが増加傾向または減少傾向にあるとの推測が行われる。この例では、前記評価結果において、前記対象犬の前立腺がん罹患リスクの時間的変化の推測をさらに提示することができる、という利点がある。
【発明の効果】
【0064】
本発明の第1の観点による犬のがんリスク評価方法及び第2の観点による犬のがんリスク評価システムによれば、(a)高い精度で対象犬のがん罹患リスクを推定することができると共に、血液中のアミノ酸濃度を利用する場合のような早期変性や高コストという難点がなく、しかも、どの部位のがんであるかも推定することが可能である、(b)簡便で安価に実施可能であって、動物病院でのがんスクリーニング法としても好適である、という効果が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0065】
図1】本発明の犬のがんリスク評価方法の基本原理を示すフローチャートである。
図2】本発明の犬のがんリスク評価システムの基本構成を示す機能ブロック図である。
図3】本発明の犬のがんリスク評価方法の実施例1〜4において血清サンプルを提供した施設と全対象犬の総数を示す表である。
図4】本発明の犬のがんリスク評価方法の実施例1〜4において血清サンプルが提供された全対象犬の内訳(がん罹患群とコントロール群)と、がん罹患犬のがんの部位(種類)、平均年齢および標準偏差を示す表である。
図5A】本発明の犬のがんリスク評価方法の実施例1〜4において、血清サンプルを提供された犬の種類と性別を示す表である。
図5B】本発明の犬のがんリスク評価方法の実施例1〜4において、血清サンプルを提供された犬の種類と性別を示す表で、図5Aの続きである。
図6】本発明の犬のがんリスク評価方法の実施例1〜4において、血清サンプルが提供された対象犬のがん部位と性別を示す表である。
図7】本発明の犬のがんリスク評価方法の実施例1〜4において、対照群(コントロール)と症例群(がん罹患犬)の血清サンプルの元素濃度の平均値と標準偏差を示す表である。
図8】本発明の犬のがんリスク評価方法の実施例1において、全がんの判別結果を示す表である。
図9】本発明の犬のがんリスク評価方法の実施例1において使用された、全がんの判別式を示す図である。
図10】本発明の犬のがんリスク評価方法の実施例1で得られた、全がんの罹患犬のROC分析結果を示すグラフである。
図11】本発明の犬のがんリスク評価方法の実施例1で得られた、全がんの判別値とがん確率の関係を示すグラフである。
図12】本発明の犬のがんリスク評価方法の実施例2において、肝がんの判別結果を示す表である。
図13】本発明の犬のがんリスク評価方法の実施例2において使用された、肝がんの判別式を示す図である。
図14】本発明の犬のがんリスク評価方法の実施例2で得られた、肝がんの罹患犬のROC分析結果を示すグラフである。
図15】本発明の犬のがんリスク評価方法の実施例2で得られた、肝がんの判別値とがん確率の関係を示すグラフである。
図16】本発明の犬のがんリスク評価方法の実施例3において、副腎がんの判別結果を示す表である。
図17】本発明の犬のがんリスク評価方法の実施例3において使用された、副腎がんの判別式を示す図である。
図18】本発明の犬のがんリスク評価方法の実施例3で得られた、副腎がんの罹患犬のROC分析結果を示すグラフである。
図19】本発明の犬のがんリスク評価方法の実施例3で得られた、副腎がんの判別値とがん確率の関係を示すグラフである。
図20】本発明の犬のがんリスク評価方法の実施例4において、肺がんの判別結果を示す表である。
図21】本発明の犬のがんリスク評価方法の実施例4において使用された、肺がんの判別式を示す図である。
図22】本発明の犬のがんリスク評価方法の実施例4で得られた、肺がんの罹患犬のROC分析結果を示すグラフである。
図23】本発明の犬のがんリスク評価方法の実施例4で得られた、肺がんの判別値とがん確率の関係を示すグラフである。
図24】本発明の犬のがんリスク評価方法の実施例1〜4において、17種の評価用元素群の濃度データと年齢データの中で、がんリスクに対して正の相関を持つものと負の相関を持つもの(判別分析とロジスティック回帰分析によって有意と判断されるもの)を示す表である。
図25】本発明の犬のがんリスク評価方法の実施例1において使用された、対照群(コントロール)と症例群(任意がん罹患犬)の基本統計量を示す表である。
図26】本発明の犬のがんリスク評価方法の実施例2において使用された、対照群(コントロール)と症例群(肝がん罹患犬)の基本統計量を示す表である。
図27】本発明の犬のがんリスク評価方法の実施例3において使用された、対照群(コントロール)と症例群(副腎がん罹患犬)の基本統計量を示す表である。
図28】本発明の犬のがんリスク評価方法の実施例4において使用された、対照群(コントロール)と症例群(肺がん罹患犬)の基本統計量を示す表である。
図29】本発明の犬のがんリスク評価方法の実施例1(任意がん)において使用された、判別関数に含まれる変数を示す表である。
図30】本発明の犬のがんリスク評価方法の実施例2(肝がん)において使用された、判別関数に含まれる変数を示す表である。
図31】本発明の犬のがんリスク評価方法の実施例3(副腎がん)において使用された、判別関数に含まれる変数を示す表である。
図32】本発明の犬のがんリスク評価方法の実施例4(肺がん)において使用された、判別関数に含まれる変数を示す表である。
図33】本発明の犬のがんリスク評価方法の実施例5において血清サンプルを提供した施設と対象犬の総数を示す表である。
図34】本発明の犬のがんリスク評価方法の実施例5において血清サンプルが提供された対象犬の内訳(がん罹患群とコントロール群)と、がん罹患犬のがんの部位(種類)、平均年齢および標準偏差を示す表である。
図35】本発明の犬のがんリスク評価方法の実施例5において、血清サンプルが提供された犬の種類と性別を示す表である。
図36】本発明の犬のがんリスク評価方法の実施例5において、対照群(コントロール)と症例群(前立腺がん罹患犬)の血清サンプルの元素濃度の平均値と標準偏差を示す表である。
図37】本発明の犬のがんリスク評価方法の実施例5において、前立腺がんの判別結果を示す表である。
図38】本発明の犬のがんリスク評価方法の実施例5において使用された、前立腺がんの判別式を示す図である。
図39】本発明の犬のがんリスク評価方法の実施例5で得られた、前立腺がんの罹患犬のROC分析結果を示すグラフである。
図40】本発明の犬のがんリスク評価方法の実施例5で得られた、全がんの判別値とがん確率の関係を示すグラフである。
図41】本発明の犬のがんリスク評価方法の実施例5において、17種の評価用元素群の濃度データと年齢データの中で、がんリスクに対して正の相関を持つものと負の相関を持つもの(判別分析とロジスティック回帰分析によって有意と判断されるもの)を示す表である。
図42】本発明の犬のがんリスク評価方法の実施例5において使用された、対照群(コントロール)と症例群(前立腺がん罹患犬)の基本統計量を示す表である。
図43】本発明の犬のがんリスク評価方法の実施例5(前立腺がん)において使用された、判別関数に含まれる変数を示す表である。
【発明を実施するための形態】
【0066】
以下、本発明の好適な実施の形態について、添付図面を参照して詳細に説明する。
【0067】
(本発明の犬のがんリスク評価方法の基本原理)
本発明者らは、対象犬の血清中に含まれる元素群の濃度(含有量)を用いた、新たながんスクリーニング法として、上述した特許文献1に記載しているような、癌の発症と人の血清中の元素濃度の相関関係を利用した癌評価方法を開発した。本発明者らは、上記の癌評価方法の開発過程で得たさらなる知見と、上述した非特許文献1〜5に開示された知識に基づき、さらに鋭意研究を重ねた結果、本発明をなすに至ったものである。
【0068】
本発明では、まず、がん罹患犬群(症例群)に属する血清群とコントロール群(対照群)に属する血清群とを、性別、年齢別、がん部位別に無作為に2つの組に分け、一方の組を「テスト用血清群」とし、他方の組を「評価用血清群」とする。次に、テスト用血清群を用いて血清中の元素濃度を測定すると共に、測定された元素濃度について統計的解析を行って判別式を得る。その後、得られた判別式に評価用血清群の年齢データと元素濃度データを適用し、対象犬が何らかのがんに罹患しているか否かの指標を得る。その指標には、必要に応じて、罹患しているのがどの部位のがんかを示す推測や、がんに罹患しているリスクの時間的変化の推測をさらに含める。
【0069】
以下、本発明の犬のがんリスク評価方法を詳細に説明する。
【0070】
まず、次のようにして予備処理を行い、対象犬の血清中に含まれる元素群の濃度測定に最適な測定条件を見出した。
【0071】
テスト用血清群(症例群に属する血清群と対照群に属する血清群の双方を含む)に硝酸を混ぜ、70℃から80℃で24時間かけてタンパク質やアミノ酸を分解し、元素群の濃度測定に支障のないように前処理を行った後、金属汚染の無い超純水を使用して所定の濃度に希釈した。こうして得た処理液に含まれている75種の元素群の濃度をICP質量分析法を利用して測定した。得られた結果を用いて、テスト用血清群に含まれる元素群の濃度測定に最適な測定条件を見出した。
【0072】
多種の元素の濃度測定を行うには、ICP発光分光分析法(Inductively-Coupled Plasma Optical Emission Spectroscopy, ICP-OES)や、ICP質量分析法(Inductively-Coupled Plasma Mass Spectroscopy, ICP-MS)、原子吸光分析法(Atomic Absorption Spectrometry, AAS)、蛍光X線分析法(X-Ray Fluorescence analysis,XRF)等が使用可能であるが、ICP質量分析法を選択したのは、この分析法が、最も簡便で測定結果の定量性が厳密な手法と認識されているからである。したがって、この条件が変われば、また、より好適な他の分析法が開発されれば、ICP質量分析法以外の分析法を使用しても良いことは言うまでもない。
【0073】
見出された最適な測定条件で、同じテスト用血清群(症例群に属する血清群と対照群に属する血清群の双方を含む)を用いて、ICP質量分析法を利用してそれら血清群に含まれている75種の元素群の含有量を測定した。そして、測定した元素群の濃度データについて、症例群と対象群の間の元素濃度の差異を統計学的に解析した。この解析では、症例群と対照群の差異に関与する元素を明らかにし且つがん罹患リスク(確率)を求めるために、判別分析と二項ロジスティック回帰分析を用いた。この時、元素同士の組み合わせを考慮し、双方の元素間に最も差が出る組み合わせ、すなわち、症例群と対照群を最も良好に判別できる元素の組み合わせを、コンピュータによって何度も何度も組み合わせを変えて探索した。その結果、「評価用元素群」として、Li,Na,Mg,P,S,K,Ca,Fe,Co,Cu,Zn,As,Se,Rb,Sr,Mo,Csの17種の元素の組み合わせを用いた場合の判別能が最も高いことが判明した。そこで、本発明では、これら17種の元素の組み合わせを「評価用元素群」として使用することを決定した。
【0074】
以上のようにして「評価用元素群」が決まると、同じテスト用血清群を用いて血清中の「評価用元素群」の元素の元素濃度を測定する。そして、測定された元素濃度について判別分析を行うと、判別式が得られる。こうして判別式が得られれば、その判別式に評価用血清群の年齢データと元素濃度データを適用して判別値を算出することで、対象犬が何らかのがんに罹患しているか否かの指標(がん罹患指標)が得られる。年齢データと元素濃度データに、「評価用元素群」の性別データをさらに加えてもよい。さらに、算出された判別値を用いて二項ロジスティック回帰分析を行うことで、対象犬のがん罹患リスク(確率)が判明する。しかも、「評価用元素群」として使用した17種の元素の中のいずれの濃度データが判別に有意であるか、さらに、判別に有意と判断された元素の相関関係が正か負かを調べることにより、対象犬が罹患しているのがどの部位のがんであるかも推測できるようになると共に、がん罹患リスク(確率)の時間的変化の推測も可能になる。
【0075】
以下、その判別分析と二項ロジスティック回帰分析の詳細について説明する。
【0076】
まず、「評価用元素群」として測定対象とした17種の元素群(Li,Na,Mg,P,S,K,Ca,Fe,Co,Cu,Zn,As,Se,Rb,Sr,Mo,Cs)について、対照群と症例群という2つの群について判別分析を実施した。具体的には、対照群と症例群という2群の母平均値の差の検定(t検定)を実施した。これは、「評価用元素群」としての17種の元素群がこれら2つの群識別にどの程度の影響を与えるかを調べるためである。この検定結果では、それぞれの元素単独では両群に差が見られるが、この解析では元素間の関連性が無視されており、症例のリスク評価に用いるには多くの問題を含んでいる。この問題を解決するためには、元素間の関連性を考慮できる多変量解析、すなわち判別分析を用いて解析をする必要がある。
【0077】
そこで、次に、以下のようにして、判別関数を求めた。これは、元素間の濃度バランス(相関関係)を解析するためである。個々の元素の濃度は対象犬毎に個別差があって指標とするのが難しいので、元素間の濃度の相関関係を知るためである。
【0078】
判別関数は、次の数式(1)のように表せる。
判別値(D)=関数(F)(説明変数1〜n、判別係数) (1)
(ただし、nは2以上の整数)
数式(1)は、各説明変数1〜nの重み(判別に及ぼす影響度)を考慮すると、次の数式(2)のように書くことができる。
判別値(D)=(判別係数1)×(説明変数1)+(判別係数2)×(説明変数2)+
・・・(判別係数n)×(説明変数n)+定数 (2)
そこで、2群の母平均値の差の検定(t検定)の結果から選択された17種の元素群(Li,Na,Mg,P,S,K,Ca,Fe,Co,Cu,Zn,As,Se,Rb,Sr,Mo,Cs)の濃度と、対象犬の年齢とを説明変数とし、それらの重みとして判別係数を用いると、判別関数が得られる。所望の判別関数は、これら17種の元素群の濃度値(濃度データ)と対象犬の年齢(年齢データ)とを公知の判別分析法プログラムに読み込ませることで、容易に得ることができる。年齢データと元素濃度データに、性別データをさらに加えてもよい。
【0079】
例えば、こうして算出された判別値(判別得点)(D)が、0以下であれば、対象犬は症例群に入ると判断され、その判別値(D)が0以上であれば、対照群に入ると判断される。
【0080】
次に、対象犬が症例群または対照群に入る確率を求めるため、二項ロジスティック回帰分析を実行して、発生率を求める。発生率は、上記の判別分析で求めた判別値(D)を用いて、次の数式(3)で与えられる。
発生率=1/[1+exp(−判別値)] (3)
数式(3)により発生率が得られるので、対象犬が症例群に入る確率まで求めることができる。つまり、対象犬の現在のがん罹患リスクを確率で知ることができるのである。
【0081】
判別分析の結果、上述した17元素(Li,Na,Mg,P,S,K,Ca,Fe,Co,Cu,Zn,As,Se,Rb,Sr,Mo,Cs)を用いた場合の判別能が最も高いことが分かった。
【0082】
本発明のがんリスク評価方法は、上述したような予備処理を経て特定された17元素(Li,Na,Mg,P,S,K,Ca,Fe,Co,Cu,Zn,As,Se,Rb,Sr,Mo,Cs)を評価用元素群として設定し、これら元素群の対象犬の血清中の濃度を測定することで、対象犬が何らかのがんに罹患しているか否かを示す指標、さらには、罹患しているがんの部位を示す指標を得るものである。
【0083】
本発明の犬のがんリスク評価方法は、図1に示すように、まず、対象犬から採取した血清サンプル2を試験管1に入れ、これを分析装置に収容して分析することで、血清中の所定の元素群(評価用元素群)の濃度を測定する(ステップS1)。ここで濃度測定する元素群は、上述した17元素(Li,Na,Mg,P,S,K,Ca,Fe,Co,Cu,Zn,As,Se,Rb,Sr,Mo,Cs)である。
【0084】
次に、ステップS1で得られた血清中の評価用元素群の濃度データを、所定の判別関数(上記のように判別分析によって得たもの)に適用して演算する(ステップS2)。これにより、前記評価用元素群の濃度間の相関関係が得られる。
【0085】
最後に、ステップS2で得られた演算結果(前記評価用元素群の濃度間の相関関係)に基づいて、血清サンプル2を採取した対象犬が何らかのがんに罹患しているか否かの指標を生成する。その結果、対象犬のがん罹患リスクに関する所望の評価結果(指標)が得られる(ステップS3)。
【0086】
このように、本発明の犬のがんリスク評価方法では、相関関係を演算するステップS2において、対象犬から採取した血清中の評価用元素群(Li,Na,Mg,P,S,K,Ca,Fe,Co,Cu,Zn,As,Se,Rb,Sr,Mo,Csの17種)の濃度データと、同対象犬の年齢データ(必要に応じて、さらに性別データ)とを、対象犬が対照群と症例群のいずれに属するかを判別するための判別関数に適用して、対象犬の血清における評価用元素群の濃度間の相関関係を演算する。
【0087】
そして、指標を取得するステップS3では、ステップS2で得られた相関関係に基づいて、対象犬が何らかのがんに罹患しているか否かの指標を得るが、その指標は、ステップS2で使用された判別関数に濃度データと年齢データ(必要に応じて、さらに性別データ)を適用して得た判別得点に基づいて生成される。
【0088】
したがって、高い精度で前記対象犬のがん罹患リスクを推定することができ、しかも、血液中のアミノ酸濃度を利用する場合のような早期変性や高コストという難点がない。
【0089】
また、相関関係を演算するステップS2において、評価用元素群として使用した17種の元素(Li,Na,Mg,P,S,K,Ca,Fe,Co,Cu,Zn,As,Se,Rb,Sr,Mo,Cs)の中のいずれの濃度データが判別に有意であるかが判明し、しかも、がんの種類に応じて判別に有意な前記元素が変動するため、どの部位のがんであるかを推定することも可能である。さらに、判別に有意な前記元素の相関関係が正であるか負であるかを利用して、がん罹患リスクの時間的変化の推測も可能である。
【0090】
さらに、対象犬から採取した血清中の評価用元素群の濃度データと年齢データを用いて、コンピュータで自動演算することにより、対象犬が対照群と症例群のいずれに属しているかを判別できるから、対象犬が多数であっても容易且つ迅速に判別することが可能である。よって、動物病院でのがんスクリーニング法としても好適である。
【0091】
このように、本発明の犬のがんリスク評価方法によれば、ペット犬、警察犬、麻薬探知犬、災害救助犬、盲導犬、介助犬、セラピードッグ等の社会的に有益な犬の健康管理を簡易かつ安価に実現することが可能であり、しかも、それらの犬のがんによる死亡を低減することも期待できる等、優れた効果を有するものである。
【0092】
(本発明の犬のがんリスク評価システムの基本構成)
次に、本発明の犬のがんリスク評価システムについて説明する。
【0093】
本発明の犬のがんリスク評価システム10の基本構成を図2に示す。本発明の犬のがんリスク評価システム10は、上述した本発明の犬のがんリスク評価方法を実施するためのものであり、図2より明らかなように、データ記憶部11と、判別関数生成部12と、評価結果演算部13とを備えている。
【0094】
犬のがんリスク評価システム10の外部には、血清中元素群濃度測定部5が設けられており、対象犬から採取した血清サンプル2を試験管1に入れたものを用いて、血清中の評価用元素群(Li,Na,Mg,P,S,K,Ca,Fe,Co,Cu,Zn,As,Se,Rb,Sr,Mo,Csの17種)の濃度を測定する。こうして血清中元素群濃度測定部5で得られた血清中の評価用元素群の濃度データが、システム10のデータ記憶部11に供給される。対象犬のデータ記憶部11には、年齢データも(必要に応じて性別データも)記憶される。血清中元素群濃度測定部5としては、例えば、公知のICP質量分析機装置が使用される。
【0095】
データ記憶部11は、血清中元素群濃度測定部5で得られた前記評価用元素群の濃度データと、前記年齢データとを記憶する部位であり、公知の記憶装置から構成されるのが通常である。
【0096】
判別関数生成部12は、評価結果演算部13における演算で使用する判別関数を生成する部位であり、公知のプログラムを含むパーソナルコンピュータ等で構成されるのが通常である。
【0097】
評価結果演算部13は、所定の方法で演算を行う。評価結果演算部13が出力する演算結果に基づいて、所望の評価結果、つまり、対象犬のがん罹患リスクを評価する。
【0098】
上述した本発明の犬のがんリスク評価方法を犬のがんリスク評価システム10で実施する際には、例えば、血清中の評価用元素群の濃度のパターン分析で発がんのリスクを計算し、そのリスクに基づいてがんの可能性を確率的に表現した結果を提出する。具体的に言うと、動物病院あるいは検診機関で健康診断時に採血した犬の血清(例えば0.5cc)を収集し、検査機関にて特定の評価用元素群(Li,Na,Mg,P,S,K,Ca,Fe,Co,Cu,Zn,As,Se,Rb,Sr,Mo,Csの17種)の濃度測定を実施する。そして、検査機関で測定された評価用元素群の濃度データと、対象犬の年齢データとに基づいて、例えばリスク評価センター(仮称)のような機関にてがん罹患リスクの計算を実施する。そのがん罹患リスクの計算結果を採血実施機関に送付し、その採血実施機関から対象犬の飼い主に渡す。がんが疑われる場合には、当該採血実施機関より「現行のがん検診」の受診を勧奨する。個人情報に関しては、採血実施機関において暗号化するか、連番を付し、検査機関やリスク評価センターには個人情報は届かないシステムとする。
【0099】
以下に述べる実施例1〜4の結果より、図5Aおよび図5Bに示した種々の対象犬の血清中の17元素(Li,Na,Mg,P,S,K,Ca,Fe,Co,Cu,Zn,As,Se,Rb,Sr,Mo,Cs)の濃度データと年齢データおよび性別データとを用いて、図6に記載された肝臓腫瘤(肝がん)から卵巣腫瘤(卵巣がん)までの任意のがん(全がん)の罹患リスクと、肝がん、副腎がん、肺がんの各々についての罹患リスクとを計算することができることが明らかにされた。一度の採血により測定された血清中の元素濃度を用いて得た判別値によって、図6に列挙した全がんの罹患リスクだけでなく、肝がん、副腎がん、肺がんという3つの異なるがん部位の罹患リスクをも算出することが可能となるのは、図24および図29図32に示したように、がん部位別に判別に有意な関連性を有する元素(有意変数)が異なっているからである。図24および図29図32から分かるように、全がん、肝がん、副腎がんおよび肺がんに共通な有意項目は年齢のみであり、加齢とともにいずれのがん罹患リスクも高くなることが示されている。また、血清中に含まれる評価用元素群としての17元素については、がん部位によってその影響が大きく異なっていること、すなわち、判別に有意な元素の種類とその相関関係の正負が異なっていることが明らかである。この相違が、全がんの罹患リスクだけでなく、肝がん、副腎がんおよび肺がんについての個別の罹患リスクの推定と、がん罹患リスクの時間的変化の推測とを可能にしていると解される。
【0100】
さらに、以下に述べる実施例5の結果より、図35に示した種々の対象犬の血清中の17元素(Li,Na,Mg,P,S,K,Ca,Fe,Co,Cu,Zn,As,Se,Rb,Sr,Mo,Cs)の濃度データと年齢データとを用いて(性別データは使用せず)、前立腺腫瘍(前立腺がん)についての罹患リスクを計算することができることが明らかにされた。一度の採血により測定された血清中の元素濃度を用いて得た判別値によって、図6に列挙した全がんの罹患リスクと肝がん、副腎がん、肺がんの各々の罹患リスク(実施例1〜4)に加えて、前立腺がんの罹患リスクをも算出することが可能となるのは、図41および図43に示したように、前立腺がんにおける判別に有意な関連性を有する元素(有意変数)が、肝がん、副腎がんおよび肺がんにおけるそれとは異なっているからである。図41及び図43から分かるように、加齢とともに前立腺がんの罹患リスクも高くなることが示されている。また、血清中に含まれる評価用元素群としての17元素については、前立腺がんにおける影響が肝がん、副腎がんおよび肺がんにおけるそれとは大きく異なっていること、すなわち、判別に有意な元素の種類とその相関関係の正負が異なっていることが明らかである。この相違が、前立腺がんについての罹患リスクの推定と、その罹患リスクの時間的変化の推測をも可能にしていると解される。
【0101】
なお、実施例1〜4及び実施例5を通じて、年齢データとしては、対象犬の満年齢をそのまま用いた。実施例1〜4における性別データとしては、オス(雄)=1、メス(雌)=2、去勢オスおよび避妊メス=3として、数値に変換して設定した。
【実施例】
【0102】
以下、実施例に基づき、本発明をより詳細に説明する。
【0103】
まず、以下の実施例1〜4で使用する犬の血清サンプルは、動物を治療する病院の協力を得て、採血時点でがんや他の重篤な疾患に罹患していない犬を対照群(コントロール)とするために、神奈川県のみかん動物病院とようだアニマルケアセンターから、犬の血清サンプル計75例の提供を受けた。また、がん治療で受診した犬を症例群とするために、東京大学獣医学部と日本大学動物病院から、がん治療で受診した犬の血清サンプル計297例の提供を受けた。これら症例群の血清サンプルの中には、年齢が不明な1例があったため、その1例を除き、性別と年齢が明確な対照群75例および症例群296例の血清サンプル(総計371例)を、がんリスク評価に用いた(図3参照)。
【0104】
血清サンプルが提供された対象犬の種類(犬種)と性別、去勢オス・避妊メスの区別は、図5Aおよび図5Bに示すとおりである。対照群(コントロール)として提供を受けた犬の総数は78、症例群(がん罹患犬)の総数は297であり、総計375である。しかし、対照群(コントロール)の78の血清サンプルのうち、3つの血清サンプルには問題があったため除き、75の血清サンプルをがんリスク評価に用いた。症例群(がん罹患犬)の297の血清サンプルのうち、1つの血清サンプルは年齢が不明だったため除き、296の血清サンプルをがんリスク評価に用いた。対照群の75匹と、症例群の全がんの296匹、肝がんの140匹、副腎がんの69匹、肺がんの35匹の平均年齢とその標準偏差は、図4に示すとおりである。
【0105】
症例群の犬のがん部位を、性別と去勢・避妊の有無と共に、図6に示す。図6より明らかなように、肝腫瘍(がん)が140例、副腎腫瘍(がん)69例、肺腫瘍(がん)35例、メラノーマ11例、乳腺がん8例の順位で多く、他のがん種は5例以下であった。そこで、がん部位別の解析では30例以上の腫瘍、すなわち、肝腫瘍(がん)、副腎腫瘍(がん)、肺腫瘍(がん)の3種についてのみ、評価した。他方、図6の全がんについては、症例群296例のすべてについて評価した。
【0106】
血清サンプル中の微量元素濃度の測定は、上述した硝酸を用いた前処理を行ってから、その前処理を施した血清サンプルに対して、ICP質量分析法(ICP-MS)を用いて行った。測定した微量元素は、「評価用元素群」として指定したLi,Na,Mg,P,S,K,Ca,Fe,Co,Cu,Zn,As,Se,Rb,Sr,Mo,Csの17種の元素である。そこで、これら17種の元素の濃度データに、対象犬の性別データと年齢データを加えて合計19変数とし、判別分析および二項ロジスティック回帰分析を行った。
【0107】
以下に述べる実施例1〜4で得られた、17種の「評価用元素群」の濃度の平均値と標準偏差を図7にまとめて示す。図7は、図25図28の基本統計量から該当するものを抜粋して整理したものである。
【0108】
以下の実施例5で使用する犬の血清サンプルは、実施例1〜4と同様に、対照群(コントロール)とするために、実施例1〜4で言及したみかん動物病院とようだアニマルケアセンターから、犬の血清サンプル計46例の提供を受けた。また、症例群とするために、実施例1〜4で言及した日本大学動物病院から、前立腺がん治療で受診した犬の血清サンプル計48例の提供を受けた(図33図35参照)。対照群の血清サンプルの中には、年齢が不明な1例があったため、その1例を除き、性別と年齢が明確な対照群45例および症例群48例の血清サンプル(総計93例)を、前立腺がんのリスク評価に用いた(図34参照)。血清サンプルが提供された対象犬の種類(犬種)とオス・去勢オスの区別は、図35に示すとおりである。対照群の45匹と症例群の48匹の平均年齢とその標準偏差は、図34に示すとおりである。
【0109】
実施例5では、血清サンプル中の微量元素濃度の測定方法と、使用した「評価用元素群」とは、実施例1〜4で使用したものと同じとした。また、「評価用元素群」としての17種の元素の濃度データに、対象犬の年齢データを加えて合計18変数として、判別分析および二項ロジスティック回帰分析を行った。性別データは使用しなかった。
【0110】
以下に述べる実施例5で得られた、17種の「評価用元素群」の濃度の平均値と標準偏差を図36にまとめて示す。図36は、図42の基本統計量から該当するものを抜粋して整理したものである。
【実施例1】
【0111】
実施例1では、全がん(図6に示したすべてのがん)についてのがん罹患リスクを推測した。本実施例1でがん罹患リスクを推測する対象犬は、図6に示すように、症例群は296例、対照群(コントロール)は75例であり、合計371例の血清サンプルを評価対象として使用した。評価に用いたデータは、対象犬の年齢データと、性別データと、評価用元素群として使用された17種の元素(Li,Na,Mg,P,S,K,Ca,Fe,Co,Cu,Zn,As,Se,Rb,Sr,Mo,Cs)の濃度データとした。得られた元素濃度の測定結果は図7および図25に示されているとおりである。
【0112】
全がんについての判別分析に使用した判別式を図9に示す。また、その判別式を用いて得た判別結果を図8に示す。図8の判別結果によると、症例群の296例の中で269例が的中しており(感度=90.9%)、対照群では75件中64例が的中している(特異度=85.3%)。したがって、正診率は89.76%であり、高い値を示した。
【0113】
判別分析から得られたROC曲線下面積(AUC)を求めると、図10に示すように、0.942という高い値が得られた。
【0114】
これらの結果より、血清中の17種の微量元素(評価用元素群)(Li,Na,Mg,P,S,K,Ca,Fe,Co,Cu,Zn,As,Se,Rb,Sr,Mo,Cs)の濃度データと、対象犬の年齢データおよび性別データとを、図9の判別式に投入することによって判別得点を算出し、その判別得点を用いて全がんの罹患リスク(確率)を計算した。その結果を図11に示す。
【0115】
図11から分かるように、全がんの場合、判別得点が負の値を大きくとるほどリスクが高くなり、判別得点がおおよそ−2.0以下であれば、全がんの罹患リスクが90%以上の確率であると評価(推定)することができる。
【0116】
したがって、新たな血清サンプルについて、その中の評価用元素群としての17種の微量元素(Li,Na,Mg,P,S,K,Ca,Fe,Co,Cu,Zn,As,Se,Rb,Sr,Mo,Cs)の濃度データと、対象犬の年齢データおよび性別データとを、図9の判別式に投入することによって判別得点を算出すれば、その判別得点を用いて、その新たな血清サンプルについて、全がんの罹患リスク(確率)を計算することが可能である。
【0117】
実施例1で使用した基本統計量は、図25に示すとおりであり、判別関数に含まれる変数は図29に示すとおりである。
【0118】
なお、全がんについてのがん罹患リスク評価では、図24および図29に示すように、年齢データのほか、Mg,S,Cu,Seの4元素の濃度データが判別に有意であることが分かった。また、Mg元素の濃度データが負の相関関係を持ち、S,Cu,Seの3元素の濃度データが正の相関関係を持ち、その関係の程度はS,Cu,SeよりもMgの方が強いことが分かった。したがって、Mg元素の濃度データが、時間の経過に伴って上昇(または下降)すると、前記対象犬が何らかのがんに罹患しているリスクが減少傾向(または増加傾向)にあり、S,Cu,Seの3元素の少なくとも1つの濃度データが、時間の経過に伴って上昇(または下降)すると、前記対象犬が何らかのがんに罹患しているリスクが増加傾向(または減少傾向)にあるとの推測を、がんの罹患リスクの評価に加えることができた。この実施例では、前記対象犬のがん罹患リスクの評価に加えて、その時間的変化の推測をもさらに提示することができる、という利点がある。
【実施例2】
【0119】
実施例2では、肝がんについてのがん罹患リスクを推測した。本実施例2でがん罹患リスクを推測する対象犬は、図6に示すように、症例群は140例、対照群(コントロール)は75例であり、合計215例の血清サンプルを評価対象として使用した。評価に用いたデータは、対象犬の年齢データと、性別データと、実施例1で評価用元素群として使用された17種の元素の濃度データとした。得られた元素濃度の測定結果は図7および図26に示されているとおりである。
【0120】
肝がんについての判別分析に使用した判別式を図13に示す。また、その判別式を用いて得た判別結果を図12に示す。図12の判別結果によると、症例群の140例の中で127例が的中しており(感度=90.7%)、対照群では75例中63例が的中している(特異度=84.0%)。したがって、正診率は88.37%であり、高い値を示した。
【0121】
判別分析から得られたROC曲線下面積(AUC)を求めると、図14に示すように、0.961という高い値が得られた。
【0122】
これらの結果より、血清中の17種の微量元素(評価用元素群)(実施例1で用いたものと同じ)の濃度データと、対象犬の年齢データおよび性別データとを、図13の判別式に投入することによって判別得点を算出し、その判別得点を用いて肝がんの罹患リスク(確率)を計算した。その結果を図15に示す。図15のがん確率カーブは、全がんの場合とは正負が逆になっている。
【0123】
図15から分かるように、肝がんの場合、判別得点が正の値を大きくとるほどリスクが高くなり、判別得点がおおよそ3.0以上であれば、肝がんの罹患リスクが90%以上の確率であると評価(推定)することができる。
【0124】
したがって、新たな血清サンプルについて、その中の評価用元素群としての17種の微量元素(実施例1で用いたものと同じ)の濃度データと、対象犬の年齢データおよび性別データとを、図13の判別式に投入することによって判別得点を算出すれば、その判別得点を用いて、その新たな血清サンプルについて、肝がんの罹患リスク(確率)を計算することが可能である。
【0125】
実施例2で使用した基本統計量は、図26に示すとおりであり、判別関数に含まれる変数は図30に示すとおりである。
【0126】
なお、肝がんについてのがん罹患リスク評価では、図24および図30に示すように、年齢データのほか、Fe,Cuの2元素の濃度データが判別に有意であり、実施例1で有意と判断されたMg,S,Cu,Seの4元素とは異なることが分かった。これは、前記相関関係演算ステップ(図1のステップS2)で演算された前記評価用元素群の濃度間の相関関係に基づいて、前記評価用元素群として使用された17種の前記元素の中から選ばれるFe,Cuの2元素の濃度データが判別に有意と判断されると、前記対象犬に係るがんの種類(部位)が「肝がん」であるとの推測が可能となることを意味している、と理解された。また、Fe元素の濃度データが負の相関関係を持ち、Cu元素の濃度データが正の相関関係を持っていて、その関係の程度はFeよりもCuの方が強いことが分かった。したがって、Fe元素の濃度データが、時間の経過に伴って上昇(または下降)すると、前記対象犬が肝がんに罹患しているリスクが減少傾向(または増加傾向)にあり、Cu元素の濃度データが、時間の経過に伴って上昇(または下降)すると、前記対象犬が肝がんに罹患しているリスクが増加傾向(または減少傾向)にあるとの推測を、肝がん罹患リスクの評価に加えることができた。この実施例では、前記対象犬の肝がん罹患リスクの評価に加えて、その罹患リスクの時間的変化の推測をもさらに提示することができる、という利点がある。
【実施例3】
【0127】
実施例3では、副腎がんについてのがん罹患リスクを推測した。本実施例でがん罹患リスクを推測する対象犬は、図6に示すように、症例群は69例、対照群(コントロール)は75例であり、合計144例の血清サンプルを評価対象として使用した。評価に用いたデータは、対象犬の年齢データと、性別データと、評価用元素群として使用された17種の元素(実施例1で用いたものと同じ)の濃度データとした。測定結果は図7に示されているとおりである。
【0128】
副腎がんについての判別分析に使用した判別式を図17に示す。また、その判別式を用いて得た判別結果を図16に示す。図16の判別結果によると、症例群の69例の中で64例が的中しており(感度=92.8%)、対照群では75例中68例が的中している(特異度=90.7%)。したがって、正診率は91.67%であり、高い値を示した。
【0129】
判別分析から得られたROC曲線下面積(AUC)を求めると、図18に示すように、0.965という高い値が得られた。
【0130】
これらの結果より、血清中の17種の微量元素(評価用元素群)(実施例1で用いたものと同じ)の濃度データと、対象犬の年齢データおよび性別データとを、図17の判別式に投入することによって判別得点を算出し、その判別得点を用いて副腎がんの罹患リスク(確率)を計算した。その結果を図19に示す。図19のがん確率カーブも、全がんの場合とは正負が逆になっている。
【0131】
図19から分かるように、副腎がんの場合、判別得点が正の値を大きくとるほどリスクが高くなり、判別得点がおおよそ3.0以上であれば、副腎がんの罹患リスクが95%以上の確率であると評価(推定)することができる。
【0132】
したがって、新たな血清サンプルについて、その中の評価用元素群としての17種の微量元素(実施例1で用いたものと同じ)の濃度データと、対象犬の年齢データおよび性別データとを、図17の判別式に投入することによって判別得点を算出すれば、その判別得点を用いて、その新たな血清サンプルについて、副腎がんの罹患リスク(確率)を計算することが可能である。
【0133】
実施例3で使用した基本統計量は、図27に示すとおりであり、判別関数に含まれる変数は図31に示すとおりである。
【0134】
なお、副腎がんについてのがん罹患リスク評価では、図24および図31に示すように、年齢データのほか、Mg,P,S,Co,Zn,As,Seの7元素の濃度データが判別に有意であり、実施例1で有意と判断されたMg,S,Cu,Seの4元素、及び、実施例2で有意と判断されたFe,Cuの2元素とは異なることが分かった。これは、前記相関関係演算ステップ(図1のステップS2)で演算された前記評価用元素群の濃度間の相関関係に基づいて、前記評価用元素群として使用された17種の前記元素の中から選ばれるMg,P,S,Co,Zn,As,Seの7元素の濃度データが判別に有意と判断されると、前記対象犬に係るがんの種類(部位)が「副腎がん」であるとの推測が可能となることを意味している、と理解された。また、Mg,Zn,Asの3元素の濃度データが負の相関関係を持ち、その関係の程度はMgよりもZn,Asの方が強いことが分かった。さらに、P,S,Co,Seの4元素の濃度データが正の相関関係を持ち、その関係の程度はS,Co,SeよりもPの方が強いことが分かった。したがって、Mg,Zn,Asの3元素の少なくとも1つの濃度データが、時間の経過に伴って上昇(または下降)すると、前記対象犬が副腎がんに罹患しているリスクが減少傾向(または増加傾向)にあり、P,S,Co,Seの4元素の少なくとも1つの濃度データが、時間の経過に伴って上昇(または下降)すると、前記対象犬が副腎がんに罹患しているリスクが増加傾向(または減少傾向)にあるとの推測を、副腎がん罹患リスクの評価に加えることができた。この実施例では、前記対象犬の副腎がん罹患リスクの評価に加えて、その罹患リスクの時間的変化の推測をもさらに提示することができる、という利点がある。
【実施例4】
【0135】
実施例4では、肺がんについてのがん罹患リスクを推測した。本実施例でがん罹患リスクを推測する対象犬は、図6に示すように、症例群は35例、対照群(コントロール)は75例であり、合計110例の血清サンプルを評価対象として使用した。評価に用いたデータは、対象犬の年齢データと、性別データと、評価用元素群として使用された17種の元素(実施例1で用いたものと同じ)の濃度データとした。測定結果は図7に示されているとおりである。
【0136】
肺がんについての判別分析に使用した判別式を図21に示す。また、その判別式を用いて得た判別結果を図20に示す。図20の判別結果によると、症例群の35例の中で34例が的中しており(感度=97.1%)、対照群では75例中71例が的中している(特異度=94.7%)。したがって、正診率は95.45%であり、高い値を示した。
【0137】
判別分析から得られたROC曲線下面積(AUC)を求めると、図22に示すように、0.989という高い値が得られた。
【0138】
これらの結果より、血清中の17種の微量元素(評価用元素群)(実施例1で用いたものと同じ)の濃度データと、対象犬の年齢データおよび性別データとを、図21の判別式に投入することによって判別得点を算出し、その判別得点を用いて肺がんの罹患リスク(確率)を計算した。その結果を図23に示す。図23のがん確率カーブも、全がんの場合とは正負が逆になっている。
【0139】
図23から分かるように、肺がんの場合、判別得点が正の値を大きくとるほどリスクが高くなり、判別得点がおおよそ2.0以上であれば、肺がんの罹患リスクが90%以上の確率であると評価(推定)することができる。
能である。
【0140】
したがって、新たな血清サンプルについて、その中の評価用元素群としての17種の微量元素(実施例1で用いたものと同じ)の濃度データと、対象犬の年齢データおよび性別データとを、図21の判別式に投入することによって判別得点を算出すれば、その判別得点を用いて、その新たな血清サンプルについて、肺がんの罹患リスク(確率)を計算することが可能である。
【0141】
実施例4で使用した基本統計量は、図28に示すとおりであり、判別関数に含まれる変数は図32示すとおりである。
【0142】
なお、肺がんについてのがん罹患リスク評価では、図24図32に示すように、年齢データのほか、Na,Mg,As,Srの4元素の濃度データが判別に有意であり、実施例1で有意と判断されたMg,S,Cu,Seの4元素、実施例2で有意と判断されたFe,Cuの2元素、及び、実施例3で有意と判断されたMg,P,S,Co,Zn,As,Seの7元素とは異なることが分かった。これは、前記相関関係演算ステップ(図1のステップS2)で演算された前記評価用元素群の濃度間の相関関係に基づいて、前記評価用元素群として使用された17種の前記元素の中から選ばれるNa,Mg,As,Srの4元素の濃度データが判別に有意と判断されると、前記対象犬に係るがんの種類(部位)が「肺がん」であるとの推測が可能となることを意味している、と理解された。また、Mg,Asの2元素の濃度データが負の相関関係を持ち、その関係の程度はMgよりもAsの方が強いことが分かった。さらに、Na,Srの2元素の濃度データが正の相関関係を持ち、その関係の程度はSrよりもNaの方が強いことが分かった。したがって、Mg,Asの2元素の少なくとも1つの濃度データが、時間の経過に伴って上昇(または下降)すると、前記対象犬が肺がんに罹患しているリスクが減少傾向(または増加傾向)にあり、Na,Srの2元素の少なくとも1つの濃度データが、時間の経過に伴って上昇(または下降)すると、前記対象犬が肺がんに罹患しているリスクが増加傾向(または減少傾向)にあるとの推測を、肺がん罹患リスクの評価に加えることができた。この実施例では、前記対象犬の肺がん罹患リスクの評価に加えて、その罹患リスクの時間的変化の推測をもさらに提示することができる、という利点がある。
【実施例5】
【0143】
実施例5では、前立腺がんについてのがん罹患リスクを推測した。本実施例でがん罹患リスクを推測する対象犬は、図34に示すように、症例群は48例、対照群(コントロール)は45例であり、合計93例の血清サンプルを評価対象として使用した。評価に用いたデータは、対象犬の年齢データと、評価用元素群として使用された17種の元素(実施例1で用いたものと同じ)の濃度データとした。測定結果は図35に示されているとおりである。
【0144】
前立腺がんについての判別分析に使用した判別式を図38に示す。また、その判別式を用いて得た判別結果を図37に示す。図37の判別結果によると、症例群の48例の中で47例が的中しており(感度=97.9%)、対照群では45例中43例が的中している(特異度=95.5%)。したがって、正診率は96.77%であり、高い値を示した。
【0145】
判別分析から得られたROC曲線下面積(AUC)を求めると、図39に示すように、0.993という高い値が得られた。
【0146】
これらの結果より、血清中の17種の微量元素(評価用元素群)(実施例1で用いたものと同じ)の濃度データと、対象犬の年齢データとを、図38の判別式に投入することによって判別得点を算出し、その判別得点を用いて前立腺がんの罹患リスク(確率)を計算した。その結果を図40に示す。図40のがん確率カーブも、全がんの場合とは正負が逆になっている。
【0147】
図40から分かるように、前立腺がんの場合、判別得点が正の値を大きくとるほどリスクが高くなり、判別得点がおおよそ2.0以上であれば、前立腺がんの罹患リスクが90%以上の確率であると評価(推定)することができる。
能である。
【0148】
したがって、新たな血清サンプルについて、その中の評価用元素群としての17種の微量元素(実施例1で用いたものと同じ)の濃度データと、対象犬の年齢データとを(性別データは不使用)、図38の判別式に投入することによって判別得点を算出すれば、その判別得点を用いて、その新たな血清サンプルについて、前立腺がんの罹患リスク(確率)を計算することが可能である。
【0149】
実施例5で使用した基本統計量は、図42に示すとおりであり、判別関数に含まれる変数は図43示すとおりである。
【0150】
なお、前立腺がんについてのがん罹患リスク評価では、図41図43に示すように、年齢データのほか、Na,K,Cuの3元素の濃度データが判別に有意であり、実施例1で有意と判断されたMg,S,Cu,Seの4元素、実施例2で有意と判断されたFe,Cuの2元素、実施例3で有意と判断されたMg,P,S,Co,Zn,As,Seの7元素、及び、実施例4で有意と判断されたNa,Mg,As,Srの4元素とは異なることが分かった。これは、前記相関関係演算ステップ(図1のステップS2)で演算された前記評価用元素群の濃度間の相関関係に基づいて、前記評価用元素群として使用された17種の前記元素の中から選ばれるNa,K,Cuの3元素の濃度データが判別に有意と判断されると、前記対象犬に係るがんの種類(部位)が「前立腺がん」であるとの推測が可能となることを意味している、と理解された。また、K元素の濃度データが負の相関関係を持つことが分かった。さらに、Na,Cuの2元素の濃度データが正の相関関係を持ち、その関係の程度はNaよりもCuの方が強いことが分かった。したがって、K元素の濃度データが、時間の経過に伴って上昇(または下降)すると、前記対象犬が前立腺がんに罹患しているリスクが増加傾向(または減少傾向)にあり、Na,Cuの2元素の少なくとも1つの濃度データが、時間の経過に伴って上昇(または下降)すると、前記対象犬が前立腺がんに罹患しているリスクが増加傾向(または減少傾向)にあるとの推測を、前立腺がん罹患リスクの評価に加えることができた。この実施例では、前記対象犬の前立腺がん罹患リスクの評価に加えて、その罹患リスクの時間的変化の推測をもさらに提示することができる、という利点がある。
【産業上の利用可能性】
【0151】
本発明は、ペット犬、警察犬、麻薬探知犬、災害救助犬、盲導犬、介助犬、セラピードッグ等の社会的に有益な犬のがん罹患のリスク(有無)を迅速かつ簡便に推測することが望まれる分野に広く適用可能である。
【符号の説明】
【0152】
1 試験管
2 血清サンプル
5 血清中元素群濃度測定部
10 犬のがんリスク評価システム
11 データ記憶部
12 判別関数生成部
13 評価結果演算部
図1
図2
図3
図4
図5A
図5B
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
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図16
図17
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図19
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図26
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