特許第6875886号(P6875886)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6875886珪窒化バナジウム膜被覆部材およびその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6875886
(24)【登録日】2021年4月27日
(45)【発行日】2021年5月26日
(54)【発明の名称】珪窒化バナジウム膜被覆部材およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 16/42 20060101AFI20210517BHJP
   C23C 8/38 20060101ALI20210517BHJP
   B21D 37/01 20060101ALI20210517BHJP
   B21D 37/20 20060101ALI20210517BHJP
   B21J 13/02 20060101ALI20210517BHJP
   B23B 27/14 20060101ALI20210517BHJP
【FI】
   C23C16/42
   C23C8/38
   B21D37/01
   B21D37/20 Z
   B21J13/02 L
   B23B27/14 A
【請求項の数】7
【全頁数】17
(21)【出願番号】特願2017-39321(P2017-39321)
(22)【出願日】2017年3月2日
(65)【公開番号】特開2018-145461(P2018-145461A)
(43)【公開日】2018年9月20日
【審査請求日】2020年1月21日
(73)【特許権者】
【識別番号】306039120
【氏名又は名称】DOWAサーモテック株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100101557
【弁理士】
【氏名又は名称】萩原 康司
(74)【代理人】
【識別番号】100096389
【弁理士】
【氏名又は名称】金本 哲男
(74)【代理人】
【識別番号】100187849
【弁理士】
【氏名又は名称】齊藤 隆史
(72)【発明者】
【氏名】羽深 智
(72)【発明者】
【氏名】松岡 宏之
(72)【発明者】
【氏名】榊原 渉
【審査官】 宮崎 園子
(56)【参考文献】
【文献】 特開2001−192861(JP,A)
【文献】 特開平05−098422(JP,A)
【文献】 特開昭62−103368(JP,A)
【文献】 Hongjian Zhao,Materials Characterization,2016年,Vol.117,pp.65-75
【文献】 J. Xu et al,Influence of Si content on the microstructure and mechanical properties of VSiN films deposited by reactive magnetron sputtering,Vacuum,2016年,Vol.131,pp.51-57
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 16/42
B21D 37/01
B21D 37/20
B21J 13/02
B23B 27/14
C23C 8/38
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、Crを3〜16%含む鋼材と、
前記鋼材の表面に形成された、クロム窒化化合物を含む表面改質層と、
前記表面改質層上に形成された窒化バナジウム膜と、
前記窒化バナジウム膜上に形成された珪窒化バナジウム膜とを有する、珪窒化バナジウム膜被覆部材。
【請求項2】
前記表面改質層の厚さが0.5〜50μmである、請求項1に記載の珪窒化バナジウム膜被覆部材。
【請求項3】
金型として用いられる、請求項1又は2に記載の珪窒化バナジウム膜被覆部材。
【請求項4】
工具として用いられる、請求項1又は2に記載の珪窒化バナジウム膜被覆部材。
【請求項5】
自動車部品として用いられる、請求項1又は2に記載の珪窒化バナジウム膜被覆部材。
【請求項6】
質量%で、Crを3〜16%含む鋼材の表面にクロム窒化化合物を含む表面改質層を形成する窒化処理を行う窒化工程と、
前記窒化工程後の鋼材の表面に窒化バナジウム膜を形成する窒化バナジウム膜形成工程と、
前記窒化バナジウム膜上に珪窒化バナジウム膜を形成する珪窒化バナジウム膜形成工程とを有する、珪窒化バナジウム膜被覆部材の製造方法。
【請求項7】
前記窒化工程はプラズマ窒化工程であって、前記プラズマ窒化工程を前記珪窒化バナジウム膜形成工程で使用された処理容器と同一の処理容器で実施する、請求項に記載された珪窒化バナジウム膜被覆部材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、硬質皮膜である珪窒化バナジウム膜が被覆された被覆部材およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、プレス成形用の金型や切削工具、歯切工具、鍛造工具、自動車部品等の表面に対して、硬質皮膜として膜硬度が高く潤滑性に富む、窒化バナジウム膜(VN膜)や炭化バナジウム膜(VC膜)、炭窒化バナジウム膜(VCN膜)といったバナジウム系皮膜を形成することが行われてきた。
【0003】
バナジウム系皮膜の従来の成膜方法として、特許文献1にはイオンプレーティング法で窒化バナジウム膜や炭化バナジウム膜、炭窒化バナジウム膜を形成する方法が記載されている。また、特許文献2にもイオンプレーティング法で窒化バナジウム膜を形成する方法が記載されている。また、非特許文献1にはバナジウム系皮膜に珪素を含有させて珪窒化バナジウム膜(VSiN膜)を形成することが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2002−371352号公報
【特許文献2】特開2005−46975号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Hongjian Zhao、他3名、「Structure and properties ofSi-implanted VN coatings prepared by RF magnetron sputtering」、Materials Characterization、エルゼビア(ELSEVIER)、2016年4月27日、Volume 117(2016)、p.65-75
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
硬質皮膜は製品に要求される特性に応じて様々な基材に形成されるが、出願人がSKD11やDC53等のいわゆる冷間工具鋼や冷間金型用鋼の表面に珪窒化バナジウム膜を形成したところ、ロックウェル圧痕試験における鋼材と珪窒化バナジウム膜との密着性が低いことが判明した。したがって、珪窒化バナジウム膜被覆部材としての性能を向上させるために鋼材と珪窒化バナジウム膜との密着性を向上させることが望まれる。
【0007】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、珪窒化バナジウム膜被覆部材において、鋼材と珪窒化バナジウム膜との密着性を向上させることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決する本発明は、珪窒化バナジウム膜被覆部材であって、質量%で、Crを3〜16%含む鋼材と、前記鋼材の表面に形成された、クロム窒化化合物を含む表面改質層と、前記表面改質層上に形成された窒化バナジウム膜と、前記窒化バナジウム膜上に形成された珪窒化バナジウム膜とを有することを特徴としている。
【0009】
別の観点による本発明は、珪窒化バナジウム膜被覆部材の製造方法であって、質量%で、Crを3〜16%含む鋼材の表面にクロム窒化化合物を含む表面改質層を形成する窒化処理を行う窒化工程と、前記窒化工程後の鋼材の表面に窒化バナジウム膜を形成する窒化バナジウム膜形成工程と、前記窒化バナジウム膜上に珪窒化バナジウム膜を形成する珪窒化バナジウム膜形成工程とを有することを特徴としている。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、珪窒化バナジウム膜被覆部材において、鋼材と珪窒化バナジウム膜との密着性を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本発明の実施形態に係る珪窒化バナジウム膜被覆部材の概略構成を示す図である。
図2】本発明の実施形態に係る表面改質層について説明するための図である。
図3】本発明の実施形態に係る表面改質層について説明するための図である。
図4】本発明の実施形態に係る表面改質層について説明するための図である。
図5】本発明の実施形態に係る成膜装置の概略構成を示す図である。
図6】Duty比の定義を説明するための図である。
図7】実施例1の試験片の断面画像である。
図8】実施例2の試験片の断面画像である。
図9】実施例3の試験片の断面画像である。
図10】比較例1の試験片の断面画像である。
図11】実施例4の試験片の断面画像である。
図12】実施例5の試験片の断面画像である。
図13】実施例6の試験片の断面画像である。
図14】比較例2の試験片の断面画像である。
図15】実施例および比較例のロックウェル圧痕試験結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の一実施形態について、図面を参照しながら説明する。なお、本明細書および図面において、実質的に同一の機能構成を有する要素においては、同一の符号を付することにより重複説明を省略する。
【0013】
本実施形態では、まず鋼材に対してプラズマ窒化処理を行い、その後、窒化バナジウム膜形成処理および珪窒化バナジウム膜形成処理を行うことで珪窒化バナジウム膜被覆部材を製造する。図1に示すように本実施形態の珪窒化バナジウム膜被覆部材1は、鋼材2と、鋼材2の表面に形成された表面改質層2aと、表面改質層2aの上に形成された窒化バナジウム膜3と、窒化バナジウム膜3の上に形成された珪窒化バナジウム膜4で構成されている。
【0014】
鋼材2は、窒化処理によりクロム窒化化合物が形成されるCrを含有したものである。Crの含有量は鋼材によるがCrを3〜16%を含有したものが好ましく、例えばSKD11やDC53等のいわゆる冷間工具鋼や冷間金型用鋼が用いられる。
【0015】
表面改質層2aとは、窒化処理により鋼材2の表面直下に形成されるクロム窒化化合物を含む領域のことを指す。以下、表面改質層2aについて説明する。図2はプラズマ窒化処理前の鋼材2表面近傍の組織を模式的に示した図であるが、プラズマ窒化処理前の鋼材2には粗大な炭化物や微小な炭化物まで様々な大きさの析出物P1〜P7が形成されている。このような鋼材2に対してプラズマ窒化処理を行うと、鋼材表面から鋼材内部に向かって徐々に窒素が拡散していく。この際に析出物中の炭素が窒素に置換されていき、炭化物として存在していた析出物は窒化物へと変化していく。
【0016】
図3に示す例では、析出物P1、P2は炭化物が窒化物に変化している。一方、析出物P3は析出物自体のサイズが大きいために、プラズマ窒化処理の終了時においては一部の炭化物のみが窒化物となっている。すなわち、析出物P3の内部には窒化物と炭化物の境界が存在する状態にある。炭化物から窒化物への変化は鋼材2表面から拡散する窒素と析出物P3が触れる面から進むことから、析出物P3の上面からだけでなく、析出物P3の図3の横方向の側面からも変化が進む。このため、窒化物と炭化物の境界は図3のような鋼材2表面に平行(略平行も含む)な部分(以下、“平行部”)と、深さ方向に延びる部分とを有するような形となる。析出物P4は、析出物P3の窒化物と炭化物が混在する位置と同程度の深さに位置しているが、析出物自体のサイズが小さいために、炭化物が窒化物に変化するまでの時間は析出物P3よりも短い。このため、析出物P4は窒化物となっている。一方、析出物P4と同程度の深さに位置する析出物P5は析出物P4よりもサイズが大きいため、析出物P3と同様に一部のみが窒化物となっている。析出物P6、P7に関しては、図3の例におけるプラズマ窒化処理の終了時点では炭化物から窒化物への変化が開始されておらず、プラズマ窒化処理前と同様に炭化物のままである。
【0017】
このようにプラズマ窒化処理後の鋼材2の表面直下には、析出物のサイズや形状に応じて炭化物や窒化物が混在する状態となっており、析出物P3や析出物P5のような析出物内部に窒化物と炭化物の境界があるようなものも存在する。本明細書では、そのような析出物の一部が窒化物となることで現れる窒化物と炭化物の境界のうち、最も鋼材2の表面側に位置する境界から鋼材2の表面までの領域のことを表面改質層という。図3に示す例では析出物P3と析出物P5に生じる窒化物と炭化物の境界のうち、析出物P3の境界の方が鋼材2の表面側に近い。さらに析出物P3の境界の中でも鋼材2の表面側に最も近い部分は、その境界の平行部である。すなわち、図3に示す例では鋼材2の表面から析出物P3の窒化物と炭化物の境界の平行部までの領域が表面改質層2aとなる。
【0018】
鋼材2の表面に本実施形態のような表面改質層2aが形成されることで、理由は定かではないが表面改質層2aと珪窒化バナジウム膜4との密着性が向上することになる。表面改質層2aと窒化バナジウム膜3との密着性が向上し、窒化バナジウム膜3と珪窒化バナジウム膜4との密着性は高いことから、表面改質層2aの上に形成された窒化バナジウム膜3と、窒化バナジウム膜3の上に形成された珪窒化バナジウム膜4の密着性も向上する。なお、表面改質層2a内の窒化物の形態は明らかではないが、多様な形態が密着性に寄与していると考えられる。
【0019】
表面改質層2aの厚さは0.5〜50μmであることが好ましい。表面改質層2aの厚さが0.5μm未満であると、表面改質層2aが存在しない状態に近くなり、表面改質層2aとその直上のバナジウム窒化物を含む膜(本実施形態では窒化バナジウム膜3)との密着性を向上させる効果が小さくなる場合がある。一方、表面改質層2aの厚さが50μmを超えると、プラズマ窒化処理にかかる時間が長くなり、処理コストの増大を招くと共に珪窒化バナジウム膜の硬質皮膜としての効果が小さくなる場合がある。表面改質層2aの厚さの好ましい下限値は0.7μmであり、更に好ましい下限値は1.0μmである。また、表面改質層2aの厚さの好ましい上限値は40μmであり、更に好ましい上限値は35μmである。
【0020】
窒化バナジウム膜3は、鋼材2の表面に形成された表面改質層2aから珪窒化バナジウム膜4への急激な組成変化を抑える緩衝膜として機能する。これにより、鋼材2の表面に形成された表面改質層2aの上に直接珪窒化バナジウム膜4を形成する場合に比べ、鋼材2と珪窒化バナジウム膜4との密着性を向上させることができる。ただし、窒化バナジウム膜3を形成しなくても鋼材2と珪窒化バナジウム膜4との密着性を従前より向上させることは可能である。なお、窒化バナジウム膜3は、バナジウム元素濃度および窒素元素濃度の合計が90at%以上となる膜である。バナジウム元素濃度と窒素元素濃度の組成比や膜厚は、珪窒化バナジウム膜被覆部材1に要求される特性に応じて適宜変更されるものであるが、窒化バナジウム膜3の膜厚は、0超〜4μmであることが好ましい。
【0021】
珪窒化バナジウム膜4とは、バナジウム元素濃度、珪素元素濃度および窒素元素濃度の合計が90at%以上となる膜である。バナジウム元素濃度、珪素元素濃度および窒素元素濃度の組成比や膜厚は、珪窒化バナジウム膜被覆部材1に要求される特性に応じて適宜変更されるものであるが、組成比についてはa=バナジウム元素濃度[at%]/(バナジウム元素濃度[at%]+珪素元素濃度[at%]+窒素元素濃度[at%])、b=珪素元素濃度[at%]/(バナジウム元素濃度[at%]+珪素元素濃度[at%]+窒素元素濃度[at%])としたときに0.30≦a/b≦1.7、かつ、0.24≦b≦0.36を満たすことが好ましい。0.30≦a/b≦1.7を満たすと、珪窒化バナジウム膜4の硬度をさらに向上させることができる。a/bの好ましい下限値は0.4であり、更に好ましい下限値は0.8である。a/bの好ましい上限値は1.5であり、更に好ましい上限値は1.3である。0.24≦b≦0.36を満たすと、耐酸化性をさらに向上させることができる。また、珪窒化バナジウム膜4の膜厚は0.5〜4μmであることが好ましい。
【0022】
次に、珪窒化バナジウム膜被覆部材1の製造方法について説明する。
【0023】
本実施形態では、プラズマ化学蒸着法(いわゆるプラズマCVD法)を用いて珪窒化バナジウム被覆部材1を製造する。そのための製造装置としては図5のようなプラズマ処理装置10が用いられる。プラズマ処理装置10は、鋼材2が搬入されるチャンバー11と、陽極12および陰極13と、パルス電源14とを備えている。チャンバー11の上部には原料ガスが供給されるガス供給管15が接続され、チャンバー11の下部にはチャンバー内のガスを排気するガス排気管16が接続されている。ガス排気管16には真空ポンプ(不図示)が設けられている。陰極13は鋼材2を支持する支持台としての役割も有しており、チャンバー内に搬入された鋼材2は陰極上に載置される。また、チャンバー11の内部にはヒーター(不図示)が設けられており、ヒーターによりチャンバー内の雰囲気温度が調節されることで鋼材2の温度が調節される。
【0024】
なお、プラズマ処理装置10の構成は本実施形態で説明したものに限定されない。例えばパルス電源14に代えて高周波電源を用いても良いし、原料ガスを供給するシャワーヘッドを設け、それを陽極12として用いても良い。また、ヒーターを設けずにグロー電流のみで鋼材2を加熱しても良い。すなわち、プラズマ処理装置10は、チャンバー内に供給される原料ガスをプラズマ化することが可能であって、鋼材2に珪窒化バナジウム膜4を形成して珪窒化バナジウム膜被覆部材1を製造できる構造となっていれば良い。
【0025】
<成膜処理準備>
まず、チャンバー11に鋼材2を搬入して所定位置に鋼材2をセットする。その後、チャンバー内の圧力を例えば10Pa以下となるように真空排気を行う。このときチャンバー内の温度は室温程度となっている。続いて、ヒーターを作動させて鋼材2のベーキング処理を行う。その後、一度ヒーターの電源を切り、所定の時間、プラズマ処理装置10を放置する。
【0026】
<加熱工程>
次に、チャンバー内に少量の水素ガスを供給し、再度ヒーターを作動させる。この加熱工程では鋼材2の温度をプラズマ処理温度近傍まで昇温させる。チャンバー内の圧力は例えば100Pa程度に維持される。
【0027】
<プラズマ処理工程>
(水素プラズマ工程)
本実施形態では鋼材2のプラズマ窒化処理に先立って水素ガスのプラズマ化を行う。具体的には、加熱工程で供給されていた水素ガスを引き続き供給した状態でパルス電源14を作動させる。これにより、電極間において水素ガスがプラズマ化する。このようにして生成された水素ラジカルにより鋼材表面の酸化膜が還元され、成膜前に鋼材表面がクリーニングされる。なお、パルス電源14はチャンバー内に供給されるガスがプラズマ化するように電圧や周波数,Duty比等が適宜設定されている。
【0028】
(プラズマ窒化工程)
水素ガスをプラズマ化させた後、水素ガスを供給しているチャンバー内に更に窒素ガスおよびアルゴンガスを供給する。これにより、水素ガス、窒素ガスおよびアルゴンガスのプラズマが生成され、鋼材2のプラズマ窒化処理が行われる。これに伴い、鋼材2の表面近傍に析出していた炭化物が窒化物に変化し、表面改質層2aが形成される。このプラズマ窒化工程においては、表面改質層2aの厚さが0.5〜50μmとなるように表面改質層2aを形成する必要がある。表面改質層2aの厚さは窒化処理時間に比例して厚くなるが、窒化処理時間に対する表面改質層2aの形成速度は鋼材2内部の析出物の形状やサイズ等により異なってくる。このため、窒化処理時間は適宜変更されるものであるが、例えば30〜240分であることが好ましい。より好ましくは60〜240分である。なお、プラズマ窒化工程における水素ガスと窒素ガスとの分圧比は、H:N=1:6〜6:1であることが好ましく、H:N=1:2〜4:1であることがより好ましい。また、プラズマ窒化工程では、チャンバー内の雰囲気温度が350〜650℃に保たれていることが好ましく、450〜550℃に保たれていることがより好ましい。このチャンバー内の雰囲気温度はプラズマ条件に応じてヒーター設定温度を調整することで達成される。また、プラズマ窒化工程では、パルス電源の電圧が500〜1500Vであることが好ましく、900〜1300Vであることがより好ましい。
【0029】
(窒化バナジウム膜形成工程)
鋼材2の表面改質層2aを形成した後、チャンバー内に更にバナジウム源ガスとしてバナジウム塩化物ガスを供給する。これにより、チャンバー内には窒化バナジウム膜3を形成するための原料ガスとして窒素ガス、バナジウム塩化物ガス、水素ガス、アルゴンガスが供給された状態となる。窒素ガス、バナジウム塩化物ガス、水素ガス、アルゴンガスの分圧比は、例えば(9〜10):(0.9〜1.2):(35〜50):(0.5〜5)に設定される。チャンバー内の圧力は例えば50Pa以上、200Pa以下に設定される。
【0030】
なお、バナジウム塩化物ガスとしては、例えば四塩化バナジウム(VCl)ガス、三塩化酸化バナジウム(VOCl)ガスが用いられる。ガスを構成する元素の数が少なく、窒化バナジウム膜中の不純物を取り除くのが容易になるという観点からは、四塩化バナジウムガスを用いることが好ましい。また、四塩化バナジウムガスは、入手が容易で、常温において液体であり、ガスとしての供給が容易な点でも好ましい。また、窒素源ガスは窒素ガスに限定されず、例えばアンモニアガスであっても良い。また、窒素源ガスとして窒素ガスとアンモニアガスを混合して供給しても良い。
【0031】
チャンバー内にバナジウム塩化物ガスを供給すると、電極間においてバナジウム塩化物ガスがプラズマ化する。電極間でプラズマ化しているバナジウムガスや窒素ガスは鋼材2に吸着していくため、これにより鋼材2の表面改質層2a上に窒化バナジウム膜3が形成される。なお、窒化バナジウム膜3の成膜処理時のチャンバー内の雰囲気温度は450℃以上、550℃以下であることが好ましい。また、成膜処理時の電圧は700V以上、1500V以下であることが好ましい。
【0032】
(珪窒化バナジウム膜形成工程)
鋼材2の表面改質層2a上に窒化バナジウム膜3を形成した後、チャンバー内に更にシラン源ガスを供給する。このとき、窒素ガス、バナジウム塩化物ガス、シラン源ガス、水素ガス、アルゴンガスの分圧比は、Duty比をx(ただし10≦x≦65)としたときに、例えば{(61.25−0.875×x)〜(86.25−0.875×x)}:{(0.25+0.025×x)〜(3.25+0.025×x)}:{(3.5−0.04×x)〜(6.2−0.04×x)}:{100}:{(0.5〜5)}に設定される。チャンバー内の圧力は例えば50Pa以上、200Pa以下に設定される。なお、Duty比は、図6に示すように1周期あたりの電圧印加時間で定義され、Duty比=100×印加時間(ON time)/{印加時間(ON time)+印加停止時間(OFF time)}で算出される。
【0033】
シラン源ガスは、例えば四塩化珪素ガス、三塩化シランガス、二塩化シランガス、塩化シランガス、シラン、四フッ化珪素等のシラン系ガスが用いられる。ここで例示されるガスは単独で供給しても良いし、1種以上のガスを混合して供給しても良い。また、これらのガスの中では、水素プラズマによって容易に塩素原子を取り去ることができ、熱的に安定でプラズマ中でのみ分解する四塩化珪素(SiCl)ガスを用いることが好ましい。
【0034】
また、シラン源ガスの分圧は、珪窒化バナジウム膜中の珪素量の増減に影響を与えるため、珪窒化バナジウム膜中の珪素量を変えたい場合には、シラン源ガスの分圧を調節するようにしても良い。バナジウム塩化物ガスの分圧および水素ガスの分圧は、珪窒化バナジウム膜中のバナジウム量の増減に影響を与えるため、珪窒化バナジウム膜中のバナジウム量を変えたい場合には、バナジウム塩化物ガスの分圧および水素ガスの分圧の少なくともいずれか一方を調節するようにしても良い。窒素源ガスの分圧は、珪窒化バナジウム膜中の窒素量の増減に影響を与えるため、珪窒化バナジウム膜中の窒素量を変えたい場合には、窒素源ガスの分圧を調節するようにしても良い。
【0035】
珪窒化バナジウム膜4の成膜処理時の電圧は700V以上、1800V以下であることが好ましい。また、プラズマ処理中のグロー電流値は、珪窒化バナジウム膜中の珪素量および窒素量の増減に影響を与えるため、珪窒化バナジウム膜中の珪素量および窒素量を変えたい場合にはグロー電流値を調節するようにしても良い。また、珪窒化バナジウム膜4の成膜処理時のチャンバー内の雰囲気温度は450℃以上、550℃以下であることが好ましい。雰囲気温度は、珪窒化バナジウム膜中のバナジウム量に影響を与える一因になり得ることから、珪窒化バナジウム膜中のバナジウム量を調節する際の一つの手法として雰囲気温度を調節するようにしても良い。チャンバー内の雰囲気温度を高くすれば、珪窒化バナジウム膜中のバナジウム量を増加させることができる。
【0036】
チャンバー内にシラン源ガスを供給することで電極間においてシラン源ガスがプラズマ化し、既にプラズマ化しているバナジウムおよび窒素と共に、珪素が窒化バナジウム膜3の表面に吸着していく。その結果、窒化バナジウム膜3の表面に珪窒化バナジウム膜4が形成され、珪窒化バナジウム膜被覆部材1を得ることができる。
【0037】
なお、本実施形態の成膜方法では、窒化バナジウム膜3の形成時および珪窒化バナジウム膜4の形成時にバナジウム源ガスとしてバナジウム塩化物ガスを用いている。このため、窒化バナジウム膜3の膜中には、バナジウムおよび窒素を除く残部として必然的に不純物としての塩素が含まれる。また、珪窒化バナジウム膜4の膜中には、バナジウム、珪素および窒素を除く残部として必然的に不純物としての塩素が含まれる。一方、原料ガスに含まれる水素ガスは塩素と結合しやすいことから、本実施形態のように原料ガスとして水素ガスを含む場合には、バナジウム塩化物ガスから発生する塩素が水素と結合して系外に排出されやすくなり、窒化バナジウム膜3および珪窒化バナジウム膜4の膜中への塩素の混入を抑えることができる。なお、窒化バナジウム膜3および珪窒化バナジウム膜4の残部には、本実施形態のような塩素以外にも不可避的不純物が含まれ得る。
【0038】
また、プラズマ処理中の水素ガスの流量は、バナジウム塩化物ガスの流量に対して25倍以上であることが好ましい。また、本実施形態では原料ガスにアルゴンガスが含まれているが、アルゴンガスの供給は必須ではない。アルゴンガスは、アルゴンイオンが他の分子をイオン化することによってプラズマの安定化やイオン密度の向上に寄与するため、必要に応じて供給することが好ましい。
【0039】
また、本実施形態では鋼材2をプラズマ窒化処理することで表面改質層2aを形成することとしたが、ガス窒化等の他の窒化処理であっても表面改質層2aを形成することができ、密着性を向上させることができる。ただし、鋼材2をプラズマ処理装置10から他の窒化処理装置に入れ替える工程が必要となり、珪窒化バナジウム膜被覆部材1の製造工程が増えてしまう。また、鋼材2を真空チャンバー11の外部に出すと、鋼材2の表面が汚染される場合がある。したがって、鋼材2の窒化処理と、珪窒化バナジウム膜4の形成処理を同一容器内で実施できるように窒化工程ではプラズマ窒化処理を行うことが好ましい。
【0040】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明はかかる例に限定されない。当業者であれば、特許請求の範囲に記載された技術的思想の範疇内において、各種の変更例または修正例に想到しうることは明らかであり、それらについても当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。
【実施例】
【0041】
鋼材に表面改質層を形成し、表面改質層の上に珪窒化バナジウム膜を形成した試験片を作製して各種評価を実施した。試験片用の鋼材は、下記表1の鋼種から成るφ22の丸棒を焼入れおよび焼き戻し処理を施した後、丸棒を6〜7mm間隔で切断し、切断された各部材の表面を鏡面研磨したものを使用した。なお、各硬質皮膜は鋼材の鏡面研磨した側の面に形成する。成膜装置は図6に示すような構造のものを使用し、電源はパルス電源を用いた。
【0042】
【表1】
【0043】
≪実施例1≫
次に、実施例1の試験片の作製方法について説明する。実施例1の各工程における処理条件は下記表2の通りである。なお、以降の説明における水素ガス、窒素ガス、アルゴンガス、四塩化バナジウムガス及び四塩化珪素ガスの流量は0℃、1atmにおける体積流量である。
【0044】
【表2】
【0045】
<成膜処理準備>
まず、成膜装置のチャンバー内に試験片用の鋼材をセットし、30分間チャンバー内を真空引きし、チャンバー内の圧力を10Pa以下まで小さくする。このとき、ヒーターは作動させない。なお、ヒーターはチャンバーの内部に設けられており、チャンバー内の雰囲気温度はシース熱電対で測定している。続いて、ヒーターの設定温度を200℃とし、10分間鋼材のベーキング処理を行う。その後、ヒーターの電源を切り、30分間成膜装置を放置してチャンバー内を冷却する。
【0046】
<加熱工程>
次に、チャンバー内に100ml/minの流量で水素ガスを供給し、排気量を調節してチャンバー内の圧力を100Paとする。そして、ヒーターの設定温度を485℃とし、30分間鋼材を加熱する。この加熱工程により鋼材の温度をプラズマ処理温度近傍まで昇温させる。
【0047】
<プラズマ処理工程>
(水素プラズマ工程)
次に、電圧:800V,周波数:25kHz,Duty比:30%,ユニポーラ出力形式でパルス電源を作動させる。これにより、チャンバー内の電極間において水素ガスがプラズマ化し、水素ラジカルにより鋼材表面のクリーニングを行う。
【0048】
(プラズマ窒化工程)
その後、水素ガスの流量を200ml/minに上げると共にチャンバー内に窒素ガス及びアルゴンガスを供給する。そして、パルス電源の電圧を1100Vに上げる。これにより電極間において水素ガス、窒素ガス及びアルゴンガスがプラズマ化した状態となる。なお、このときの窒素ガスの流量を100ml/minとし、アルゴンガスの流量を5ml/minとする。また、水素ガスと窒素ガスとの分圧比は2:1である。さらに、排気量を調節してチャンバー内の圧力を58Paとする。窒化処理時間は60分とする。なお、実施例1のプラズマ窒化工程の処理条件は下記表3の“条件A”のものである。
【0049】
【表3】
【0050】
(窒化バナジウム膜形成工程)
続いて、チャンバー内に四塩化バナジウムガスを4.5sccmの流量で供給し、パルス電源の電圧を1500Vに上げる。これにより四塩化バナジウムガスがバナジウムと塩素に分解される。そして、プラズマ化したバナジウムと窒素が鋼材に吸着することにより、鋼材と珪窒化バナジウム膜の密着性向上に寄与する窒化バナジウム膜が鋼材の表面に形成されていく。この状態を30分間維持し、鋼材の表面に窒化バナジウムを形成する。
【0051】
(珪窒化バナジウム膜形成工程)
続いて、チャンバー内に四塩化珪素ガスを5.0sccmの流量で供給する。これにより四塩化珪素ガスが珪素と塩素に分解される。また、窒素ガスの流量を75ml/minとする。そして、プラズマ化した珪素、前工程から引き続き供給されているバナジウム、および前工程に比べて供給量が増加した窒素が鋼材に吸着することにより、窒化バナジウム膜の表面に珪窒化バナジウム膜が形成されていく。この状態を120分間維持する。
【0052】
以上の工程を経て、珪窒化バナジウム膜が被覆された実施例1の試験片を作製した。この試験片を用いて下記の評価を実施した。
【0053】
<表面改質層断面観察>
試験片を切断機で表面に対し垂直方向に切断し、エメリー紙で断面を研磨し、バフで研磨面を鏡面仕上げした。そして、JIS G 0553に規定された硝酸アルコール法(ナイタール法)に基づき、硝酸(JIS K 1308の62%と同等のもの)とエタノールとを混合し、得られた硝酸3%の腐食液に試験片を5分間浸漬させた。その後、金属(光学)顕微鏡を用いて試験片の断面を倍率1000倍で観察し、断面画像を取得した。そして、取得した断面画像から表面改質層の厚さを測定した。
【0054】
<膜厚測定>
金属顕微鏡の倍率を1000倍として上記の表面改質層の断面観察に用いた試験片の切断面を観察し、断面画像を取得した。そして、取得した断面画像から窒化バナジウム膜と、珪窒化バナジウム膜の膜厚を測定した。
【0055】
<硬質皮膜の組成分析>
試験片に形成された硬質皮膜の組成を分析した。分析条件は次の通りである。
EPMA:日本電子株式会社製JXA-8530F
測定モード:半定量分析
加速電圧:15kV
照射電流:1.0×10−7
ビーム形状:スポット
ビーム径設定値:0
分光結晶:LDE6H, TAP, LDE5H, PETH, LIFH,
LDE1H
【0056】
<ロックウェル圧痕試験>
ロックウェル硬度計をCスケールに設定し、試験片の珪窒化バナジウム膜表面に圧痕を付与する。その後、金属顕微鏡を用いて圧痕周囲を観察した。そして、ロックウェル圧痕試験において周知の圧痕剥離判定基準に基づき、試験片の膜剥離度合いを判定し、珪窒化バナジウム膜の密着性を評価した。
【0057】
以上の結果をまとめたものを下記表4に示す。また、実施例1の試験片の断面画像を図7に示し、ロックウェル圧痕試験後の試験片の圧痕部の画像を図15に示す。
【0058】
また、次の条件で実施例2〜6および比較例1、2の試験片を作製し、同様に評価した。
【0059】
≪実施例2≫
プラズマ窒化工程において、ヒーターの設定温度を400℃に、水素ガスの流量を100ml/minに、窒素ガスの流量を200ml/minに、窒化処理時間を180分としたことを除き、実施例1と同様の条件で試験片を作製した。なお、実施例2のプラズマ窒化工程の処理条件は上記表3の“条件B”のものである。実施例1と同様の方法で調べた表面改質層の厚さ、窒化バナジウム膜と珪窒化バナジウム膜の膜厚測定と組成分析、ロックウェル圧痕試験の結果を下記表4に示す。また、実施例2の試験片の断面画像を図8に示し、ロックウェル圧痕試験後の試験片の圧痕部の画像を図15に示す。
【0060】
≪実施例3≫
窒化バナジウム膜形成工程を実施しなかったことを除き、実施例1と同様の条件で試験片を作製した。実施例1と同様の方法で調べた表面改質層の厚さ、窒化バナジウム膜と珪窒化バナジウム膜の膜厚測定と組成分析、ロックウェル圧痕試験の結果を下記表4に示す。また、実施例3の試験片の断面画像を図9に示し、ロックウェル圧痕試験後の試験片の圧痕部の画像を図15に示す。
【0061】
≪比較例1≫
プラズマ窒化工程を実施しなかったことを除き、実施例1と同様の条件で試験片を作製した。実施例1と同様の方法で調べた表面改質層の厚さ、窒化バナジウム膜と珪窒化バナジウム膜の膜厚測定と組成分析、ロックウェル圧痕試験の結果を下記表4に示す。また、比較例1の試験片の断面画像を図10に示し、ロックウェル圧痕試験後の試験片の圧痕部の画像を図15に示す。
【0062】
≪実施例4≫
試験片用の鋼材の鋼種を上記表1のDC53にしたことを除き、実施例1と同様の条件で試験片を作製した。実施例1と同様の方法で調べた表面改質層の厚さ、窒化バナジウム膜と珪窒化バナジウム膜の膜厚測定と組成分析、ロックウェル圧痕試験の結果を下記表4に示す。また、実施例4の試験片の断面画像を図11に示し、ロックウェル圧痕試験後の試験片の圧痕部の画像を図15に示す。
【0063】
≪実施例5≫
試験片用の鋼材の鋼種を上記表1のDC53にしたことを除き、実施例2と同様の条件で試験片を作製した。実施例1と同様の方法で調べた表面改質層の厚さ、窒化バナジウム膜と珪窒化バナジウム膜の膜厚測定と組成分析、ロックウェル圧痕試験の結果を下記表4に示す。また、実施例5の試験片の断面画像を図12に示し、ロックウェル圧痕試験後の試験片の圧痕部の画像を図15に示す。
【0064】
≪実施例6≫
試験片用の鋼材の鋼種を上記表1のDC53にしたことを除き、実施例3と同様の条件で試験片を作製した。実施例1と同様の方法で調べた表面改質層の厚さ、窒化バナジウム膜と珪窒化バナジウム膜の膜厚測定と組成分析、ロックウェル圧痕試験の結果を下記表4に示す。また、実施例6の試験片の断面画像を図13に示し、ロックウェル圧痕試験後の試験片の圧痕部の画像を図15に示す。
【0065】
≪比較例2≫
試験片用の鋼材の鋼種を上記表1のDC53にしたことを除き、比較例1と同様の条件で試験片を作製した。実施例1と同様の方法で調べた表面改質層の厚さ、窒化バナジウム膜と珪窒化バナジウム膜の膜厚測定と組成分析、ロックウェル圧痕試験の結果を下記表4に示す。また、比較例2の試験片の断面画像を図14に示し、ロックウェル圧痕試験後の試験片の圧痕部の画像を図15に示す。
【0066】
【表4】
【0067】
なお、本実施例では窒化バナジウム膜の膜厚が薄いために、窒化バナジウム膜の組成分析が困難であった。このため、表4中の窒化バナジウム膜の組成は、十分な厚さの窒化バナジウム膜を形成した別の成膜試験の処理条件との比較に基づいて推定したものである。
【0068】
図7図14に示す断面画像内の白い塊のように見える部分が析出物である。複数の析出物のうち、相対的に白く見える部分が炭化物であり、相対的に灰色に見える部分がクロム窒化化合物である。なお、白い部分が炭化物であること、および灰色の部分がクロム窒化化合物であることは、EPMAによる元素マッピングによる炭素の存在位置、窒素の存在位置およびクロムの存在位置とを比較することで確認した。図7図9図11図13内の数値は表面改質層の厚さである。また、図10および図14において鋼材内部が全体的に白くなっている理由は、鋼材のプラズマ窒化処理を実施していないことにより、窒素が鋼材内部に拡散していないためである。
【0069】
表4、図15に示すように鋼材のプラズマ窒化を実施していない比較例1、2においては、圧痕時に硬質皮膜が剥離してしまった。一方、実施例1〜6においては鋼材と硬質皮膜が十分な密着性を有していた。また、実施例1、2と、実施例3とを比較すると、鋼材と珪窒化バナジウム膜との間に窒化バナジウム膜を形成することで密着性が向上することがわかる。同様に、実施例4、5と、実施例6とを比較すると、鋼材と珪窒化バナジウム膜との間に窒化バナジウム膜を形成することで密着性が向上することがわかる。
【0070】
次に、上記の密着性評価のために作製された試験片とは別の試験片を作製し、珪窒化バナジウム膜の耐酸化性を評価した。
【0071】
耐酸化性の評価は、試験片を大気雰囲気下で均熱処理し、その均熱処理前後の試験片の硬度を比較することで行う。硬度測定は、Fischer Instruments製のFISCHER SCOPE(登録商標)HM2000を用いたナノインデンテーション法により実施する。具体的には、最大押し込み荷重を10mNとして試験片にビッカース圧子を押し込み、押し込み深さを計測する。その結果に基づいて測定装置によりマルテンス硬さおよびマルテンス硬さから換算されるビッカース硬さが算出される。算出されたビッカース硬さは測定装置の画面に表示され、この数値を測定点における膜の硬度として扱う。本実施例では各試験片表面の任意の20点のビッカース硬さを求め、得られた硬度の平均値を膜の硬度として記録する。なお、試験片に圧子を押し込む際には、圧子の最大押し込み深さの約10倍まで押し込み荷重が伝播する場合がある。このため、押し込み荷重の伝播が試験片の鋼材に到達してしまうと、硬度測定の結果に鋼材の影響が含まれてしまう場合がある。したがって、純粋な硬質皮膜の硬度を測定するためには、「硬質皮膜の膜厚>圧子の最大押し込み深さ×10」を満たす必要がある。
【0072】
各試験片の耐酸化性評価の結果を下記表5に示す。なお、この耐酸化性評価に使用される試験片は全て鋼材のプラズマ窒化処理を実施していない。また、硬質皮膜の成膜処理はプラズマCVD法を用いている。硬質皮膜の膜厚測定方法および組成分析方法は前述の密着性評価で実施した方法と同一である。
【0073】
【表5】
【0074】
表5に示すように、均熱処理前における実施例7の試験片の硬度は3022HVであり、比較例3の試験片の硬度は2989HVであった。一方、均熱処理後においては実施例7の試験片の硬度は2700HVであったが、比較例3の試験片の硬度は200HVであり、硬度が低下した。したがって、実施例7の珪窒化バナジウム膜は、窒化バナジウム膜に対して耐酸化性に優れた膜であることがわかる。
【0075】
また、均熱処理前における比較例4の試験片の硬度は2977HVであったが、比較例4の均熱処理後の試験片の硬度は40HVであった。したがって、実施例7の珪窒化バナジウム膜は、比較例4の珪窒化バナジウム膜よりも耐酸化性が向上していることがわかる。実施例7および比較例4の試験片を垂直に切断し、その切断面の元素マッピングをしたところ、実施例7の試験片についてはバナジウム、珪素および窒素からなる膜が確認された。一方、比較例4の試験片についてはバナジウムおよび珪素を含む膜は確認されず、鉄やクロムの酸化膜が成長していることが確認された。表5に示されるように、実施例7の珪窒化バナジウム膜と比較例4の珪窒化バナジウム膜との間には珪素元素濃度に違いがあり、この珪素元素濃度の違いが均熱処理後の膜質に影響を与えていると考えられる。本実施例の結果を考慮すると、バナジウム元素濃度[at%]、珪素元素濃度[at%]および窒素元素濃度[at%]の合計に対する珪素元素濃度[at%]を示すbが0.24以上であれば、珪窒化バナジウム膜の耐酸化性を向上させることができる。
【0076】
硬質皮膜の耐酸化性は、膜表面の酸化反応に対する耐性を示す指標であることから、硬質皮膜が被覆される鋼材の影響は特に受けない。したがって、前述の密着性評価のために使用された試験片の珪窒化バナジウム膜も実施例7の珪窒化バナジウム膜と同様の耐酸化性を有している。すなわち、実施例1〜6の試験片は、密着性と共に耐酸化性にも優れた硬質皮膜被覆部材である。
【産業上の利用可能性】
【0077】
本発明は、金型や工具、例えば歯車のような自動車部品等の硬質皮膜処理に適用することができる。すなわち、本発明に係る珪窒化バナジウム膜被覆部材は、例えば金型や工具、自動車部品として用いられる。
【符号の説明】
【0078】
1 珪窒化バナジウム膜被覆部材
2 鋼材
2a 表面改質層
3 窒化バナジウム膜
4 珪窒化バナジウム膜
10 プラズマ処理装置
11 チャンバー
12 陽極
13 陰極
14 パルス電源
15 ガス供給管
16 ガス排気管
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
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図15