(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6876193
(24)【登録日】2021年4月27日
(45)【発行日】2021年5月26日
(54)【発明の名称】胚救助技術による百山祖冷杉の苗を短い時間で得ることが出来る方法
(51)【国際特許分類】
A01H 4/00 20060101AFI20210517BHJP
A01H 7/00 20060101ALI20210517BHJP
C12N 5/04 20060101ALI20210517BHJP
【FI】
A01H4/00
A01H7/00
C12N5/04
【請求項の数】6
【全頁数】6
(21)【出願番号】特願2020-501141(P2020-501141)
(86)(22)【出願日】2018年5月28日
(65)【公表番号】特表2021-502052(P2021-502052A)
(43)【公表日】2021年1月28日
(86)【国際出願番号】CN2018088620
(87)【国際公開番号】WO2019134331
(87)【国際公開日】20190711
【審査請求日】2020年1月10日
(31)【優先権主張番号】201810008078.6
(32)【優先日】2018年1月4日
(33)【優先権主張国】CN
(73)【特許権者】
【識別番号】505072650
【氏名又は名称】浙江大学
【氏名又は名称原語表記】ZHEJIANG UNIVERSITY
(74)【代理人】
【識別番号】100128347
【弁理士】
【氏名又は名称】西内 盛二
(72)【発明者】
【氏名】陳 利萍
(72)【発明者】
【氏名】劉 柯
(72)【発明者】
【氏名】陳 徳良
(72)【発明者】
【氏名】呉 友貴
(72)【発明者】
【氏名】向 ▲シュン▼
(72)【発明者】
【氏名】于 明堅
(72)【発明者】
【氏名】曹 麗▲ウェン▼
(72)【発明者】
【氏名】于 寧寧
(72)【発明者】
【氏名】許 大明
(72)【発明者】
【氏名】周 栄飛
(72)【発明者】
【氏名】王 挺進
【審査官】
原 大樹
(56)【参考文献】
【文献】
Euphytica,1996年,Vol.89,p.325-337
【文献】
Plant Science,1997年,Vol.124,p.211-221
【文献】
Dendrobiology,2014年,Vol.71,p.149-157
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01H
C12N
C12M
C12P
MEDLINE/BIOSIS/EMBASE/WPIDS/WPIX/CAplus(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
7月下旬〜8月上旬の百山祖冷杉の植物体における未成熟の球果を収集するステップ(1)と、
未成熟のシードを取って表面滅菌を行うステップ(2)と、
解剖メスで未成熟のシードを切り、未成熟の胚及びその胚乳を取って培地に接種し、水平置きにして、20±2℃の暗黒条件において3日間培養するステップ(3)と、
暗培養後、胚が発芽するまで、光照射強度が20μmol・m−2・s−1、光照射時間が12h/dの弱光条件において培養するステップ(4)と、
胚が発芽した後、光照射強度が80μmol・m−2・s−1、光照射時間が12h/dの正常光照射条件において10日間培養してから、苗を胚乳から分離して培地に接種して温度20±2℃、光照射強度80μmol・m−2・s−1、光照射時間12h/dを培養条件として保存するステップ(5)と、
を含み、
前記ステップ(3)とステップ(5)では、培地は、DCR(Gupta and Durzan medium)を基本培地とし、蔗糖、寒天、加水分解カゼインを含み、蔗糖、寒天、加水分解カゼインの濃度は、それぞれ20g/L、8g/L、500mg/Lであり、培地のpHは、5.8であることを特徴とする胚救助技術により百山祖冷杉の苗を短い時間で得る方法。
【請求項2】
前記ステップ(1)では、前記未成熟の球果の形態特徴は、球果が緑色であることとなることを特徴とする請求項1に記載の胚救助技術により百山祖冷杉の苗を短い時間で得る方法。
【請求項3】
前記ステップ(2)では、前記表面滅菌プロセスは、未成熟のシードを流水下で3h洗浄し、洗浄後にクリーンベンチにおいて70体積%のエタノール水溶液に浸漬して30s振とうさせ、無菌水で1minずつ3回洗浄し、0.1質量%の塩化水銀の水溶液に浸漬して10min振とうさせた後、無菌水で1minずつ5回洗浄し、最後に無菌濾紙でシード表面の過剰な水分を取ることとなることを特徴とする請求項1に記載の胚救助技術により百山祖冷杉の苗を短い時間で得る方法。
【請求項4】
前記ステップ(3)では、前記未成熟の胚を取る方法は、左手が無菌ピンセットを用いて未成熟のシードを固定し、右手が無菌解剖メスを用いて種皮の縁から0.5mmの箇所にそれぞれスリットカットとクロスカットを行い、ピンセットで種皮を未成熟の胚及びその胚乳から分離することとなることを特徴とする請求項1に記載の胚救助技術により百山祖冷杉の苗を短い時間で得る方法。
【請求項5】
前記ステップ(4)では、前記胚が発芽する形態的特徴は、幼根又は子葉が胚乳から伸びることとなることを特徴とする請求項1に記載の胚救助技術により百山祖冷杉の苗を短い時間で得る方法。
【請求項6】
前記ステップ(5)では、前記苗の分離方法は、滅菌した解剖メスで胚乳を縦方向に切った後、苗を胚乳から分離することとなることを特徴とする請求項1に記載の胚救助技術により百山祖冷杉の苗を短い時間で得る方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、胚救助技術により、百山祖冷杉の苗を短い時間で得ることが出来、迅速的増殖することを可能し、それにより百山祖冷杉絶滅危険の問題を解決した。
【背景技術】
【0002】
百山祖冷杉(Abiesbeshanzuensis)は、マツ科(Pinaceae)モミ属(Abies)植物であり、高さが17メートル、胸高直径が80センチの常緑高木である。秋の果実は、円筒状であり、短いステムを有し、長さ7〜12センチ、直径3.5〜4センチであり、成熟時に淡褐色または淡褐黄色となる。5月に花が咲き、11月に球果が成熟する。浙江省の特有の遺存植物である。江蘇省、浙江省、安徽省、福建省等で第三紀に幅広く分布しており、第四紀の氷期後に局部の地域でのみ今まで生きてきた希少種である。百山祖冷杉は、中国の重点一級保護植物であり、1987年に国際自然保護連合の種の保存委員会(SSC)により世界で最も絶滅の危険にさらされている12種類の植物の1つとして認められた。百山祖冷杉は、百山祖の自然保護区の標高約1740メートルの風よけの狭い谷に自然分布し、中国の大陸東南部の唯一のモミ属植物であり、第四紀氷期に保存してきた生きた化石であり、地理学や気候学などの学科研究に対して非常に重要な意義を持っている。
【0003】
自然条件において、百山祖冷杉は、球果の発育時間が長く、結実率が低い。球果が成熟した時に大量の胚の発育不全の現象が存在するため、正常に発育したシードの数が極めて少ない。また、百山祖冷杉は、生態系環境の影響により、天然更新が困難となり、連続的な生殖能力が非常に弱いなどの問題がある。従って、百山祖冷杉の苗を簡単、かつ短い時間で得る方法を構築することが急務となっている。胚救助技術は、育種研究において胚発育不全又は発育不良を解決し、発芽率を向上させ、及び早めに発芽させ、植物発育時間を縮むための有効な手段である。胚救助技術を用いて百山祖冷杉の苗を短い時間で得ることが出来、絶滅の危険にさらされている植物である百山祖冷杉が自然条件において繁殖しにくいことにより絶滅することを効果的に防止できる。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の目的は、従来技術の不備に対して、胚救助技術により百山祖冷杉の苗を短い時間で得ることが出来る方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の目的は、以下の技術手段により達成される。
百山祖冷杉の植物体における未成熟の球果を収集するステップ(1)と、
未成熟のシードを取って表面滅菌を行うステップ(2)と、
解剖メスで未成熟のシードを切り、未成熟の胚を取って培地に接種して、水平に置き、20±2℃の暗黒条件において3日間培養するステップ(3)と、
暗培養後、胚が発芽するまで、弱光条件(光照射強度20μmol・m
−2・s
−1、光照射時間12h/d)において培養するステップ(4)と、
胚が発芽した後、正常光照射条件(光照射強度80μmol・m
−2・s
−1、光照射時間12h/d)において10日間培養してから、苗を胚乳から分離して培地に接種して温度20±2℃、光照射強度80μmol・m
−2・s
−1、光照射時間12h/dを培養条件として保存するステップ(5)とを含む胚救助技術により百山祖冷杉の苗を短い時間で得ることが出来る方法。
【0006】
さらに、前記ステップ(1)では、前記未成熟の球果の形態特徴は、球果が緑色であることとなる。
【0007】
さらに、前記ステップ(2)では、前記表面滅菌プロセスは、未成熟のシードを流水下で3h洗浄し、洗浄後にクリーンベンチにおいて70体積%のエタノール水溶液に浸漬して30s振とうさせ、無菌水で1minずつ3回洗浄し、0.1質量%の塩化水銀の水溶液に浸漬して10min振とうさせ、無菌水で1minずつ5回洗浄し、最後に無菌濾紙でシード表面の過剰な水分を取ることとなる。
【0008】
さらに、前記ステップ(3)では、前記した未成熟の胚を取る方法は、左手が無菌ピンセットを用いて未成熟のシードを固定し、右手が無菌解剖メスを用いて種皮の縁から0.5mmの箇所にそれぞれスリットカットとクロスカットを行い、ピンセットで種皮を未成熟の胚及びその胚乳から分離することとなる。
【0009】
さらに、前記ステップ(3)とステップ(5)では、培地は、DCR(Gupta and Durzan medium)を基本培地とし、さらに蔗糖、寒天、加水分解カゼイン等が添加されるものとなり、蔗糖、寒天、加水分解カゼインの濃度は、それぞれ20g/L、8g/L、500mg/Lであり、培地のpHは、5.8である。
【0010】
さらに、前記ステップ(4)では、前記胚が発芽する形態的特徴は、幼根又は子葉が胚乳から伸びることとなる。
【0011】
さらに、前記ステップ(5)では、前記苗の分離方法は、滅菌した解剖メスで胚乳を縦方向に切った後、苗を胚乳から分離することとなる。
【発明の効果】
【0012】
本発明の利点は以下のとおりである。本発明では、未成熟の胚である外植体を用いて胚救助技術により培養することによって、自然条件においてシードの胚発育不全の欠陥を解決し、短時間で多くの百山祖冷杉の苗を迅速に取得できる。該方法は、操作性が強く、簡単かつ効率的で、汚染率が低く、世界で絶滅の危険にさらされている植物苗の迅速育成に対して重要な意義を持っている。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】野生百山祖冷杉の植物体における未成熟の球果である。
【
図2】培養用の百山祖冷杉の外植体−未成熟の胚及び胚乳の図である。
【
図3】百山祖冷杉の未成熟の胚の培養後の発芽図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、実施例を参照して本発明についてさらに説明する。
【0015】
実施例1:
材料:本実例では、百山祖冷杉の未成熟の胚及び胚乳を培養外植体とする。
【0016】
ステップ(1):材料の準備
7月下旬〜8月上旬に、百山祖自然保護区で、表面に種鱗や包鱗が緊密に配列されている百山祖冷杉の緑色未成熟の球果を収集した。密封パックに入れ、4℃の低温で貯蔵しておく。
【0017】
ステップ(2):シードの表面滅菌
ピンセットで種鱗とシードを分離し、シードを流水下で3h洗浄し、クリーンベンチにおいて70%のエタノールで30s処理し、無菌水で3〜5回洗浄し、0.1wt%の塩化水銀で10min処理して、無菌水で3〜5回洗浄して無菌濾紙で表面水分を吸いつくした。
【0018】
ステップ(3):未成熟の胚の分離と接種
洗浄後のシードを滅菌した濾紙の敷かれたシャーレに置き、左手が無菌ピンセットを用いて未成熟のシードを固定し、右手が無菌解剖メスを用いて種皮の縁から0.5mmの箇所にそれぞれスリットカットとクロスカットを行い、ピンセットで種皮を未成熟の胚及びその胚乳から分離した(
図1)。未成熟の胚及びその胚乳を取って培地に接種して、水平に置いた。培地は、DCR(Gupta and Durzan medium)を基本培地とし、さらに蔗糖、寒天、加水分解カゼイン等が添加されるものとなり、蔗糖、寒天、加水分解カゼインの濃度は、それぞれ20g/L、8g/L、500mg/Lであり、培地のpHは、5.8であった。
【0019】
ステップ(4):暗培養と従属栄養期培養
接種後の未成熟の胚及びその胚乳を20±2℃の暗黒条件において3d培養し、光照射強度20μmol・m
−2・s
−1、光照射時間12h/dという弱光光照射条件において10日培養すると、シードが発芽した。
【0020】
ステップ(5):独立栄養期培養
培養後の未成熟の胚の発芽率が95%以上に達した(
図2)。次に苗を胚乳から分離して培地に接種して独立栄養期培養と保存を行い、培地は、DCR(Gupta and Durzan medium)を基本培地とし、さらに蔗糖、寒天、加水分解カゼイン等が添加されるものとなり、蔗糖、寒天、加水分解カゼインの濃度は、それぞれ20g/L、8g/L、500mg/L、培地のpHは、5.8であった。培養条件は、温度20±2℃、光照射強度80μmol・m
−2・s
−1、光照射時間12h/dであった。15日培養した後の苗は
図3に示されており、これから分かるように、本方法により、短時間で多くの百山祖冷杉無菌苗を取得し、絶滅の危険にさらされている植物百山祖冷杉の迅速育成に用いることができる。