特許第6876280号(P6876280)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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  • 特許6876280-方向性電磁鋼板 図000005
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6876280
(24)【登録日】2021年4月28日
(45)【発行日】2021年5月26日
(54)【発明の名称】方向性電磁鋼板
(51)【国際特許分類】
   C23C 22/00 20060101AFI20210517BHJP
   C23C 8/18 20060101ALI20210517BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20210517BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20210517BHJP
   C21D 8/12 20060101ALN20210517BHJP
【FI】
   C23C22/00 B
   C23C8/18
   C22C38/00 303U
   C22C38/60
   !C21D8/12 B
【請求項の数】3
【全頁数】16
(21)【出願番号】特願2019-529820(P2019-529820)
(86)(22)【出願日】2018年7月13日
(86)【国際出願番号】JP2018026621
(87)【国際公開番号】WO2019013352
(87)【国際公開日】20190117
【審査請求日】2019年12月27日
(31)【優先権主張番号】特願2017-137440(P2017-137440)
(32)【優先日】2017年7月13日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100175802
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 光生
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(72)【発明者】
【氏名】高谷 真介
(72)【発明者】
【氏名】村上 健一
(72)【発明者】
【氏名】牛神 義行
(72)【発明者】
【氏名】奥村 俊介
(72)【発明者】
【氏名】長野 翔二
【審査官】 菅原 愛
(56)【参考文献】
【文献】 特開平06−184762(JP,A)
【文献】 特開2009−228117(JP,A)
【文献】 特開2010−040666(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C22/00−22/86
C21D 8/12
C21D 9/46
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼板と、
前記鋼板上に形成されたSiOからなる非晶質酸化物被膜と、
を有し、
前記鋼板が、化学組成として、質量%で、
C:0.085%以下、
Si:0.80〜7.00%、
Mn:1.50%以下、
酸可溶性Al:0.065%以下、
S:0.013%以下、
Cu:0〜0.80%、
N:0〜0.012%、
P:0〜0.50%、
Ni:0〜1.00%、
Sn:0〜0.30%、
Sb:0〜0.30%、
を含有し、
残部がFe及び不純物からなり
表面の写像鮮映度を写像鮮映測定装置で測定した値である、前記表面のNSIC値が、4.0%以上である
ことを特徴とする
方向性電磁鋼板。
【請求項2】
前記鋼板が、前記化学組成として、質量%で、Cu:0.01〜0.80%を含有することを特徴とする請求項1に記載の方向性電磁鋼板。
【請求項3】
前記鋼板が、前記化学組成として、質量%で、N:0.001〜0.012%、P:0.010〜0.50%、Ni:0.010〜1.00%、Sn:0.010〜0.30%、及び、Sb:0.010〜0.30%の1種又は2種以上を含有することを特徴とする請求項1又は2に記載の方向性電磁鋼板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、変圧器の鉄心材料として使用する方向性電磁鋼板、特に、張力絶縁被膜の密着性に優れた、非晶質酸化物被膜付き方向性電磁鋼板に関する。
本願は、2017年07月13日に、日本に出願された特願2017−137440号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
方向性電磁鋼板は、主として、変圧器に使用される。変圧器は、据え付けられてから廃棄されるまでの長期間にわたって、連続的に励磁され、エネルギー損失を発生し続ける。そのため、交流で磁化された際のエネルギー損失、即ち、鉄損が、変圧器の性能を決定する主要なパラメータとなる。
【0003】
方向性電磁鋼板の鉄損を低減するために、これまで、例えば、ゴス方位と呼ばれる{110}<001>方位への集積を高めること、電気抵抗を高めるSi等固溶元素の含有量を高めること、板厚を薄くすること等の手法を用いて、多くの開発がなされてきた。
【0004】
また、鋼板に張力を付与することが、鉄損の低減に有効である。鋼板に張力を付与するためには、鋼板より熱膨張係数が小さい材質の被膜を、高温で、鋼板表面に形成することが有効である。仕上げ焼鈍工程で、鋼板表面の酸化物と焼鈍分離剤とが反応して生成するフォルステライト系被膜は、鋼板に張力を与えることができ、被膜密着性も優れている。
【0005】
例えば、特許文献1で開示された、コロイド状シリカとリン酸塩とを主体とするコーティング液を焼き付けることによって絶縁被膜を形成する方法は、鋼板に対する張力付与の効果が大きく、鉄損低減に有効である。したがって、仕上げ焼鈍工程で生じたフォルステライト系被膜を残した上で、リン酸塩を主体とする絶縁コーティングを施すことが、一般的な方向性電磁鋼板の製造方法となっている。
【0006】
一方、フォルステライト系被膜により磁壁移動が阻害され、鉄損に悪影響を及ぼすことが明らかになってきた。方向性電磁鋼板において、磁区は、交流磁場の下では磁壁の移動を伴って変化する。この磁壁移動がスムーズに行われることが、鉄損改善に効果的である。しかし、フォルステライト系被膜が、鋼板/絶縁被膜界面において凹凸構造を有するため、磁壁の移動が妨げられ、鉄損へ悪影響を及ぼす。
【0007】
それ故、これまで、フォルステライト系被膜の形成を抑制し、鋼板表面を平滑化する技術が開発されている。例えば、特許文献2〜5には、脱炭焼鈍の雰囲気露点を制御し、かつ焼鈍分離剤としてアルミナを用いることにより、仕上げ焼鈍後にフォルステライト系被膜を形成せず、鋼板表面を平滑化する技術が開示されている。
【0008】
しかしながら、このようにして鋼板表面を平滑化した場合、鋼板に張力を付与するためには、鋼板表面に、十分な密着性を有する張力絶縁被膜を形成する必要がある。
このような課題に対し、特許文献6に、鋼板表面に非晶質酸化物被膜を形成した後、張力絶縁被膜を形成する方法が開示されている。また、特許文献7〜11には、さらに密着性が高い張力絶縁被膜を形成することを目的に、非晶質酸化物被膜の構造を制御する技術が開示されている。
【0009】
特許文献7には、張力絶縁被膜と鋼板との被膜密着性を確保する方法が開示されている。この方法では、鋼板表面を平滑化した一方向性電磁鋼板の鋼板表面に、微小凹凸を導入する前処理を施した後、外部酸化型の酸化物を形成し、さらに、外部酸化膜の膜厚を貫通した形でシリカを主体とする粒状外部酸化物を形成することによって被膜密着性を確保している。
【0010】
特許文献8には、張力絶縁被膜と鋼板との被膜密着性を確保する方法が開示されている。この方法では、鋼板表面を平滑化した一方向性電磁鋼板に外部酸化型酸化膜を形成するための熱処理工程において、200℃以上1150℃以下の温度域の昇温速度を10℃/秒以上500℃/秒以下に制御し、外部酸化膜に占める鉄、アルミニウム、チタン、マンガン、クロム等の金属系酸化物の断面面積率を50%以下とすることで、張力絶縁被膜と鋼板との被膜密着性を確保している。
【0011】
特許文献9には、張力絶縁被膜と鋼板との被膜密着性を確保する方法が開示されている。この方法では、鋼板表面を平滑化した一方向性電磁鋼板に外部酸化型酸化膜を形成し、続く張力絶縁被膜を形成する工程において、外部酸化型酸化膜付き鋼板と張力絶縁被膜形成用塗布液との接触時間を20秒以下にすることにより、外部酸化型酸化膜中の密度低下層の比率を30%以下として、張力絶縁被膜と鋼板との被膜密着性を確保している。
【0012】
特許文献10には、張力絶縁被膜と鋼板との被膜密着性を確保する方法が開示されている。この方法では、鋼板表面を平滑化した一方向性電磁鋼板に外部酸化型酸化膜を形成するための熱処理を1000℃以上の温度で行い、外部酸化型酸化膜の形成温度から200℃までの温度域の冷却速度を100℃/秒以下に制御し、外部酸化型酸化膜中の空洞を断面面積率にして30%以下とすることで、張力絶縁被膜と鋼板との被膜密着性を確保している。
【0013】
特許文献11には、張力絶縁被膜と鋼板との被膜密着性を確保する方法が開示されている。この方法では、鋼板表面を平滑化した一方向性電磁鋼板に外部酸化型酸化膜を形成するための熱処理工程において、熱処理温度を600℃以上1150℃以下、雰囲気露点を−20℃以上0℃以下とする条件で行い、かつ、その時の冷却雰囲気の雰囲気露点を5℃以上60℃以下とする条件で焼鈍し、外部酸化型酸化膜中に断面面積率で5%以上30%以下の金属鉄を含有させて、張力絶縁被膜と鋼板との被膜密着性を確保している。
【0014】
しかしながら、従来技術においては、張力絶縁被膜と鋼板との十分な密着性が得られず、期待する鉄損低減効果を十分に引き出すことが困難な場合が生じている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0015】
【特許文献1】日本国特開昭48−039338号公報
【特許文献2】日本国特開平07−278670号公報
【特許文献3】日本国特開平11−106827号公報
【特許文献4】日本国特開平11−118750号公報
【特許文献5】日本国特開2003−268450号公報
【特許文献6】日本国特開平07−278833号公報
【特許文献7】日本国特開2002−322566号公報
【特許文献8】日本国特開2002−348643号公報
【特許文献9】日本国特開2003−293149号公報
【特許文献10】日本国特開2002−363763号公報
【特許文献11】日本国特開2003−313644号公報
【非特許文献】
【0016】
【非特許文献1】鉄と鋼 Vol.77(1991)No.7 p.1075
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
本発明は、従来技術を踏まえ、フォルステライト系被膜を有しない方向性電磁鋼板において、張力絶縁被膜と鋼板表面との被膜密着性を高めることを課題とする。すなわち、本発明は、張力絶縁被膜と鋼板表面との被膜密着性に優れる方向性電磁鋼板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明者らは、上記課題を解決する手法について鋭意検討した。その結果、鋼板表面に非晶質酸化物被膜を形成した上で、非晶質酸化物被膜のモルフォロジーを均一(平滑)にすると、張力絶縁被膜と鋼板表面との被膜密着性が向上することを知見した。
【0019】
本発明は、上記知見に基づいてなされたもので、その要旨は、次の通りである。
(1)本発明の一態様に係る方向性電磁鋼板は、鋼板と、前記鋼板上に形成されたSiOからなる非晶質酸化物被膜と、を有し、前記鋼板が、化学組成として、質量%で、C:0.085%以下、Si:0.80〜7.00%、Mn:1.50%以下、酸可溶性Al:0.065%以下、S:0.013%以下、Cu:0〜0.80%、N:0〜0.012%、P:0〜0.50%、Ni:0〜1.00%、Sn:0〜0.30%、Sb:0〜0.30%、を含有し、残部がFe及び不純物からなり表面の写像鮮映度を写像鮮映測定装置で測定した値である、前記表面のNSIC値が、4.0%以上である。

【0020】
(2)上記(1)に記載の方向性電磁鋼板は、前記鋼板が、前記化学組成として、質量%で、Cu:0.01〜0.80%を含有してもよい。
【0021】
(3)上記(1)または(2)に記載の方向性電磁鋼板は、前記鋼板が、前記化学組成として、質量%で、N:0.001〜0.012%、P:0.010〜0.50%、Ni:0.010〜1.00%、Sn:0.010〜0.30%、及び、Sb:0.010〜0.30%の1種又は2種以上を含有してもよい。
【発明の効果】
【0022】
本発明の上記態様によれば、表面にフォルステライト系被膜が形成されていない方向性電磁鋼板であって、張力絶縁被膜との被膜密着性が著しく高い方向性電磁鋼板を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1】被膜残存面積率とNSIC値との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本発明の一実施形態に係る方向性電磁鋼板(以下「本実施形態に係る電磁鋼板」ということがある。)は、
鋼板と、前記鋼板上に形成された非晶質酸化物被膜と、を有し、前記鋼板が、化学組成として、質量%で、C:0.085%以下、Si:0.80〜7.00%、Mn:1.50%以下、酸可溶性Al:0.065%以下、S:0.013%以下、Cu:0〜0.80%、N:0〜0.012%、P:0〜0.50%、Ni:0〜1.00%、Sn:0〜0.30%、Sb:0〜0.30%、を含有し、残部がFe及び不純物からなり
鋼板表面の写像鮮映度を写像鮮映測定装置で測定した値である、鋼板表面のNSIC値(鋼板表面の写像鮮映度を写像鮮映測定装置[NSIC]で測定した値)が4.0%以上である。
この電磁鋼板は、質量%で、C:0.085%以下、Si:0.80〜7.00%、Mn:0.01〜1.50%、酸可溶性Al:0.01〜0.065%、S:0.003〜0.013%を含有し、残部Fe及び不純物からなるスラブを素材とする、フォルステライト系被膜のない方向性電磁鋼板である。
【0025】
本発明の一実施形態に係る方向性電磁鋼板(本実施形態に係る電磁鋼板)について説明する。
【0026】
<被膜密着性>
本発明者らは、フォルステライト系被膜がない(表面にフォルステライト系被膜が形成されていない)方向性電磁鋼板において、優れた被膜密着性を確保する方法について検討した。その結果、被膜と鋼板表面との界面において応力集中を抑制することが必要であり、そのためには、フォルステライト系被膜がない鋼板の表面に、非晶質酸化物被膜を形成(特に鋼板の表面に直接接するように非晶質酸化物被膜を形成)した上で、この非晶質酸化物被膜のモルフォロジーを均一(平滑)にすることが重要であると発想し鋭意検討した。フォルステライト系被膜がない鋼板は、仕上げ焼鈍後にフォルステライト系被膜を除去したり、又は、フォルステライトの生成を意図的に防止することによって形成できる。例えば、焼鈍分離剤の組成を調整することで、フォルステライトの生成を意図的に防止することができる。
【0027】
上述したように、フォルステライト系被膜がない鋼板の表面に、非晶質酸化物被膜を形成した上で、この非晶質酸化物被膜中の非晶質酸化物のモルフォロジー(非晶質酸化物被膜のモルフォロジー)を均一にすることで、さらにその上に形成される張力絶縁被膜と、鋼板との密着性を高めることができると考えられる。しかしながら、非晶質酸化物被膜の厚みは数nmと非常に薄く、非晶質酸化物被膜のモルフォロジーの均一性(平滑性)を評価することは極めて難しい。
【0028】
本発明者らは、鋭意検討の結果、膜厚数nmの非晶質酸化物被膜のモルフォロジーの均一性(平滑性)は、鋼板表面の鮮映性を評価する写像鮮映度(写像鮮映測定装置[NSIC]による測定値)で評価できることを見いだした。
【0029】
鋼板表面の鮮映性を評価する手段としては、PGD計が広く知られているが、PGD計は、高光沢領域での感度が落ちることが報告されている。一方、NSICは、高光沢領域における感度が高く、その測定値は目視評価と良く一致することが報告されている(非特許文献1、参照)。
【0030】
それ故、本発明者らは、膜厚が数nmと非常に薄く、高光沢の非晶質酸化物被膜の表面を評価する指標は、PGD値よりNSIC値の方が好ましいと考え、NSIC値で、上記非晶質酸化物被膜を評価し、規定することとした。
【0031】
本実施形態において、NSIC値は、スガ試験器(株)製の写像鮮映測定装置(NSIC)を用いて被膜表面の写像鮮映度(平滑度)を測定した値である。
【0032】
具体的には、被測定面と光源との間に、直線スリットを形成したスリット板を配置し、光源からの光をスリット板のスリットを通して被測定面に照射し、その被測定面を撮像装置で撮像し、撮像画像中のスリット線像の直線性及び明度差(スリット線像とその隣りの背景像との明度の差)に基づいて演算した値である。NSIC値は、被測定面が黒鏡の場合を100とし、それとの相対で算出した値である。
【0033】
即ち、NSIC値が高いほど、鋼板表面を被覆する膜厚数nmの非晶質酸化物のモルフォロジーが均一(平滑)である。
本発明者らは、次に述べる実験を行い、被膜密着性と、非晶質酸化物を有する方向性電磁鋼板の表面のNSIC値との関係を調査した。
【0034】
実験用素材として、Siを3.4%含む、板厚0.23mmの脱炭焼鈍板に、アルミナを主体とする焼鈍分離剤を塗布して仕上げ焼鈍を行って二次再結晶化させ、フォルステライト系被膜を有さない方向性電磁鋼板を準備した。この方向性電磁鋼板に、窒素25%、水素75%、露点−30〜5℃の雰囲気中で、均熱時間10秒の熱処理を施し、シリカを主体とする非晶質酸化物を鋼板表面に形成した。
【0035】
この非晶質酸化物被膜付き方向性電磁鋼板の表面のNSIC値(写像鮮映度)を、スガ試験器(株)製の写像鮮映測定装置を用いて測定した。
次いで、非晶質酸化物被膜を有する方向性電磁鋼板の表面に、リン酸塩、クロム酸、及び、コロイダルシリカを主体とする塗布液を塗布し、窒素雰囲気中で、835℃で30秒、焼き付けて、張力絶縁被膜を鋼板表面に形成して、張力絶縁被膜の鋼板表面との被膜密着性を調査した。
【0036】
被膜密着性は、張力絶縁被膜を形成した鋼板から採取した試験片を、直径20mmの円筒に巻き付け(180°曲げ)、曲げ戻した状態で、張力絶縁被膜が、鋼板から剥離せず、密着したままの部分の面積率(以下「被膜残存面積率」という。)で評価した。被膜残存面積率については、目視で測定すればよい。
【0037】
図1に、被膜残存面積率とNSIC値との関係を示す。
【0038】
図1から、NSIC値が4.0%以上であると、被膜残存面積率は80%以上となり、良好な被膜密着性を確保できることが解る。また、NSIC値が4.5%以上であると、被膜残存面積率は90%以上となり、より良好な被膜密着性を確保でき、NSIC値が5.0%以上であると、被膜残存面積率は95%以上に達し、特に優れた被膜密着性を確保できることが解る。
【0039】
本実施形態に係る電磁鋼板においては、図1に示す結果を踏まえ、鋼板と、前記鋼板上に形成された非晶質酸化物被膜と、を有し、表面(絶縁被膜が形成されている場合にはそれを除去した表面)のNSIC値(鋼板表面の写像鮮映度を写像鮮映測定装置[NSIC]で測定した値)が4.0%以上である」と規定する。NSIC値の上限は規定する必要はないが、100を超えることはない。
【0040】
ここで、非晶質とは、原子や分子が規則正しい空間格子を作らないで、乱れた配列をしている固体である。具体的には、X線回折を行った際に、ハローのみが検出され、特定のピークが検出されない状態を示す。
非晶質酸化物被膜とは、実質的に非晶質な酸化物のみからなる被膜である。被膜が酸化物を有するかどうかは、TEMやFT−IRを用いて確認できる。
【0041】
NSIC値は、上述の条件で、スガ試験器(株)製の写像鮮映測定装置を用いて測定できるが、非晶質酸化物被膜の上に張力絶縁被膜が形成されている場合、張力絶縁被膜付き一方向電磁鋼板から採取した試験片を、80℃の20%水酸化ナトリウムのエッチング液に20分間浸漬して、張力絶縁被膜のみを選択的に除去してからNSIC値を測定すればよい。
【0042】
非晶質酸化物被膜は、内部酸化型の被膜ではなく、外部酸化型の被膜が好ましい。内部酸化型の非晶質酸化物被膜は、鋼板と非晶質酸化物の界面において、非晶質酸化物の一部が陥入した形態の被膜で、陥入部の深さ方向の長さと陥入部の底辺の長さとの比で表示するアスペクト比が1.2以上の被膜であり、外部酸化型の非晶質酸化物被膜は、アスペクト比が1.2未満の被膜である。
外部酸化型ではなく、内部酸化型の非晶質酸化物被膜を形成すると、上記陥入部を起点として張力絶縁被膜が剥離する場合がある。
【0043】
次に、本実施形態に係る電磁鋼板の成分組成について説明する。以下、成分組成に係る%は「質量%」である。
【0044】
<成分組成>
C:0.085%以下
Cは、一次再結晶組織の制御に有効な元素であるが、磁気時効で鉄損を大きくする元素である。そのため、仕上げ焼鈍前に脱炭焼鈍で、C含有量を0.010%未満にまで低減する必要がある。
C含有量が0.085%を超えると、脱炭焼鈍に長時間を要し、生産性が低下するので、C含有量は0.085%以下とする。好ましくは0.070%以下、より好ましくは0.050%以下である。
下限は特に限定しないが、一次再結晶組織を安定的に制御する点で、0.050%以上が好ましい。
【0045】
Si:0.80〜7.00%
Siは、鋼板の電気抵抗を高くして、鉄損を小さくする元素である。Si含有量が0.80%未満であると、含有させる効果が十分に得られない。また、二次再結晶焼鈍時に相変態が生じて、二次再結晶を適確に制御できず、結晶方位が損なわれて、磁気特性が低下する。そのため、Si含有量は0.80%以上とする。好ましくは2.50%以上、より好ましくは3.00%以上である。
【0046】
一方、Si含有量が7.00%を超えると、鋼板が脆化し、冷間圧延が困難となり、圧延時に割れが発生する。そのため、Si含有量は7.00%以下とする。好ましくは4.00%以下、より好ましくは3.75%以下である。
【0047】
Mn:1.50%以下
Mn含有量が1.50%を超えると、二次再結晶焼鈍時に相変態し、良好な磁束密度が得られない。そのため、Mn含有量は1.50%以下とする。好ましくは1.20%以下、より好ましくは0.90%以下である。
【0048】
一方、Mnは、オーステナイト形成促進元素であり、鋼板の比抵抗を高めて、鉄損の低減に寄与する元素である。Mn含有量が0.01%未満であると、含有させる効果が十分に得られず、また、熱間圧延時に鋼板が脆化する。そのため、Mn含有量は、0.01%以上とする。好ましくは0.05%以上、より好ましくは0.10%以上である。
【0049】
酸可溶性Al:0.065%以下
Alが0.065%を超えると、粗大な(Al、Si)Nが析出したり、(Al、Si)Nの析出が不均一になる。その結果、所要の二次再結晶組織が得られず、磁束密度が低下する。そのため、酸可溶性Al含有量は0.065%以下とする。好ましくは0.055%以下、より好ましくは0.045%以下である。Al含有量は0%でもよい。
一方、酸可溶性Alは、Nと結合し、インヒビターとして機能する(Al、Si)Nを形成する元素である。そのため、製造に用いるスラブにおいて、酸可溶性Alが0.010%未満であると、十分な量の(Al、Si)Nが形成されず、二次再結晶が安定しない。そのため、製造に用いるスラブにおける酸可溶性Alは0.010%以上とすることが好ましく、このAlが鋼板に残存してもよい。スラブ中の酸可溶性Alの含有量は、より好ましくは0.002%以上、より好ましくは0.030%以上である。
【0050】
S:0.013%以下
S含有量が0.013%を超えると、MnSの析出分散が不均一になり、所要の二次再結晶組織が得られず、磁束密度が低下する。そのため、Sは0.013%以下とする。好ましくは0.012%以下、より好ましくは0.011%以下である。
一方、Sは、Mnと結合して、インヒビターとして機能するMnSを形成する元素である。そのため、製造に用いるスラブにおいて、S含有量を0.003%以上とすることが好ましく、このSが鋼板に残存してもよい。製造に用いるスラブにおいてS含有量は、より好ましくは0.005%以上、さらに好ましくは0.008%以上である。
【0051】
本実施形態に係る電磁鋼板は、上記元素の他、各種特性向上のため、上記元素の他、(a)Cu:0.01〜0.80%、及び/又は、(b)N:0.001〜0.012%、P:0.50%以下、Ni:1.00%以下、Sn:0.30%以下、及び、Sb:0.30%以下の1種又は2種以上を含有してもよい。これらは、必ずしも含有する必要がないので、その含有量の下限は0%である。
【0052】
(a)元素
Cu:0〜0.80%
Cuは、Sと結合し、インヒビターとして機能する析出物を形成する元素である。Cu含有量が0.01%未満であると、効果が十分に発現しないので、Cuは0.01%以上が好ましい。より好ましくは0.04%以上である。
【0053】
一方、Cu含有量が0.80%を超えると、析出物の分散が不均一になり、鉄損低減効果が飽和するので、Cu含有量は0.80%以下が好ましい。より好ましくは0.60%以下である。
【0054】
(b)群元素
N:0〜0.0120%
Nは、Alと結合して、インヒビターとしての機能するAlNを形成する元素である。
【0055】
N含有量が0.001%未満であると、AlNの形成が不十分となるので、N含有量は0.001%以上が好ましい。より好ましくは0.006%以上である。一方、Nは、冷間圧延時、鋼板中にブリスター(空孔)を形成する元素でもある。N含有量が0.0120%を超えると、冷間圧延時、鋼板中にブリスター(空孔)が生成する懸念があるので、N含有量は0.012%以下が好ましい。より好ましくは0.009%以下である。
【0056】
P:0〜0.50%
Pは、鋼板の比抵抗を高め、鉄損の低減に寄与する元素である。含有させる効果を確実に得る点では、P含有量は0.01%以上が好ましい。
一方、Pが0.50%を超えると、圧延性が低下する。そのため、P含有量は0.50%以下が好ましい。より好ましくは0.35%以下である。下限は0%を含むが、Pを0.0005%未満に低減すると、製造コストが大幅に上昇するので、実用鋼板上、0.0005%が実質的な下限である。
【0057】
Ni:0〜1.00%
Niは、鋼板の比抵抗を高めて、鉄損の低減に寄与するとともに、熱延鋼板の金属組織を制御し、磁気特性の向上に寄与する元素である。下限は0%を含むが、含有させる効果を確実に得る点で、Ni含有量は0.01%以上が好ましい。
一方、Ni含有量が1.00%を超えると、二次再結晶が不安定に進行し、磁気特性が低下する。そのため、Ni含有量は1.00%以下が好ましい。より好ましくは0.35%以下である。
【0058】
Sn:0〜0.30%
Sb:0〜0.30%
Sn及びSbは、結晶粒界に偏析し、仕上げ焼鈍時、焼鈍分離剤が放出する水分でAlが酸化される(この酸化で、コイル位置でインヒビター強度が異なり、磁気特性が変動する)のを防止する作用をなす元素である。下限は0%を含むが、含有させる効果を確実に得る点で、いずれの元素の含有量も0.01%以上が好ましい。
一方、いずれの元素もその含有量が0.30%を超えると、二次再結晶が不安定となり、磁気特性が劣化する。そのため、Sn及びSbのいずれも0.30%以下が好ましい。より好ましくは、いずれの元素も0.25%以下である。
【0059】
本実施形態に係る電磁鋼板の上記元素を除く残部は、Fe及び不純物である。不純物は、鋼原料から及び/又は製鋼過程で不可避的に混入し、本実施形態に係る電磁鋼板の特性を阻害しない範囲で許容される元素である。
【0060】
上述の化学組成を有する電磁鋼板は、例えば化学組成として、質量%で、C:0.085%以下、Si:0.80〜7.00%、Mn:0.01〜1.50%、酸可溶性Al:0.01〜0.065%、S:0.003〜0.013%、Cu:0〜0.80%、N:0〜0.012%、P:0〜0.50%、Ni:0〜1.00%、Sn:0〜0.30%、Sb:0〜0.30%、を含有し、残部がFe及び不純物からなるスラブを用いて製造することによって得られる。
【0061】
次に、本実施形態に係る電磁鋼板の好ましい製造方法について説明する。
【0062】
通常の方法で溶解・鋳造した、所要の成分を有するスラブを通常の熱間圧延に供して熱延板とし、コイル状に巻き取る。続いて、この熱延板に熱延板焼鈍を施した後、1回の冷間圧延、又は、中間焼鈍を挟む複数回の冷間圧延を施して、最終製品と同じ板厚の鋼板とする。次いで、冷間圧延後の鋼板に脱炭焼鈍を施す。
【0063】
脱炭焼鈍は、湿水素雰囲気中で行うことが好ましい。上記雰囲気で脱炭焼鈍を行うことで、鋼板中のC含有量を、製品板の磁気時効劣化がない領域までに低減するとともに、鋼板組織を一次再結晶させることができる。この一次再結晶は、次の二次再結晶の準備となる。
脱炭焼鈍後、鋼板をアンモニア雰囲気中で焼鈍し、鋼板中にインヒビターのAlNを形成する。
【0064】
続いて、1100℃以上の温度で仕上げ焼鈍を行う。仕上げ焼鈍は、コイル状の形態で行えばよいが、鋼板の焼付き防止のため、鋼板表面に、Al23を主成分とする焼鈍分離剤を塗布してから行う。
【0065】
仕上げ焼鈍後、スクラバーを用いて、鋼板から余分な焼鈍分離剤を水洗で除去するとともに、鋼板の表面状態を制御する。余分な焼鈍分離剤の除去を行う場合、スクラバーによる処理とともに、水洗を行うことが好ましい。
スクラバーは、SiCを砥材とし、その砥粒番手が、100番〜500番(JISR6010におけるP100〜P500)であるものを用いることが好ましい。
砥粒番手が100番未満の場合、鋼板表面が削りすぎられることにより表面活性が高まる。その結果、鉄系酸化物などが形成されやすくなり、被膜密着性が低下するので、好ましくない。一方、砥粒番手が500番超の場合、焼鈍分離剤を十分に除去することができず、絶縁被膜を形成した際の被膜密着性が劣ることになるので、好ましくない。
【0066】
その後、水素及び窒素の混合雰囲気中で鋼板を焼鈍し、鋼板表面に非晶質酸化物被膜を形成する。非晶質酸化物被膜を形成する焼鈍における酸素分圧(PH2O/PH2)は0.005以下が好ましく、0.001以下がより好ましい。保持温度は600〜1150℃が好ましく、700〜900℃がより好ましい。
酸素分圧(PH2O/PH2)は0.005超であると、非晶質酸化膜以外の鉄系酸化物も形成され、被膜密着性が低下する。また、保持温度が600℃未満では、非晶質酸化物が十分に生成しない。また、1150℃超では設備負荷が高くなるので好ましくない。
【0067】
非晶質酸化物被膜は、内部酸化型の被膜ではなく、外部酸化型の被膜が好ましい。アスペクト比が1.2未満の外部酸化型非晶質酸化物被膜のモルフォロジーの均一性(平滑性)は、上記焼鈍の冷却時、酸素分圧を0.005以下に制御することで達成することができる。
【0068】
以上により、張力絶縁被膜の被膜密着性が良好な、非晶質酸化物被膜を有する方向性電磁鋼板を得ることができる。
【実施例】
【0069】
次に、本発明の実施例について説明するが、実施例での条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例であり、本発明は、この一条件例に限定されるものではない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得るものである。
【0070】
(実施例1)
表1に示す成分組成の珪素鋼スラブ(鋼No.A〜F)を、それぞれ1100℃に加熱して熱間圧延に供し、板厚2.6mmの熱延鋼板とした。
上記熱延鋼板に1100℃で焼鈍を施した後、一回の冷間圧延又は中間焼鈍を挟む複数回の冷間圧延を施して最終板厚0.23mmの冷延鋼板とした。その後、この冷延鋼板に、脱炭焼鈍と窒化焼鈍とを施した。
【0071】
【表1-1】
【0072】
【表1-2】
【0073】
次いで、アルミナを主体とする焼鈍分離剤の水スラリーを塗布し、1200℃、20時間の仕上げ焼鈍を施して二次再結晶を完了させ、フォルステライト系被膜がない、鏡面光沢を有する、方向性電磁鋼板を製造した。仕上げ焼鈍前には、表2に示す砥粒番手のスクラバーによる焼鈍分離剤の除去と表面状態の制御を行った。仕上げ焼鈍後の鋼板の成分を分析したところ、表1−2の通りであった。
【0074】
上記鋼板に、窒素25%、水素75%からなり、表2に示す酸素分圧の雰囲気中で、800℃、30秒の均熱処理を施し、次いで、窒素25%、水素75%からなり、表2に示す酸素分圧で、室温まで冷却した。焼鈍の保持温度が600℃以上であった場合には、鋼板表面に被膜が形成された。
【0075】
鋼板表面に形成された被膜が非晶質酸化物被膜であったかどうかは、X線回折及び、TEMを用いて確認した。また、合わせてFT−IRを用いた確認も行った。
具体的には、被膜が形成されたそれぞれの鋼No.製造条件No.の組み合わせにおいて、鋼板断面をFIB(Focused Ion Beam)加工し、透過電子顕微鏡(TEM)にて10μm×10μmの範囲を観察し、被膜がSiOからなることを確認した。
また、表面をフーリエ変換赤外分光法(FT−IR)で分析したところ、波数1250(cm-1)の位置にピークが存在した。このピークは、SiO由来のピークであるので、このことからも、被膜がSiOで形成されていることが確認できた。
また、被膜を有する鋼板に対し、X線回折を行った際に、地鉄のピークを除けばハローのみが検出され、特定のピークが検出されなかった。
すなわち、いずれも形成された被膜は非晶質酸化物被膜であった。
【0076】
次に、張力絶縁被膜の密着性を評価するため、この非晶質酸化物被膜を形成した方向性電磁鋼板に、リン酸アルミニウム、クロム酸及びコロイダルシリカからなる張力絶縁被膜形成液を塗布し、850℃で30秒、焼き付けて張力絶縁被膜付き方向性電磁鋼板を製造した。
【0077】
製造した張力絶縁被膜付き方向性電磁鋼板から採取した試験片を、直径20mmの円筒に巻き付け(180°曲げ)、曲げ戻した時の被膜残存面積率で、張力絶縁被膜の被膜密着性を評価した。張力絶縁被膜の被膜密着性の評価は、目視で張力絶縁被膜の剥離の有無を判断した。鋼板から剥離せず、被膜残存面積率が90%以上をGOOD、80%以上90%未満をOK、80%未満をNGとした。
【0078】
次に、非晶質酸化物被膜付き方向性電磁鋼板のNSIC値を測定するため、張力絶縁被膜付き一方向電磁鋼板から採取した試験片を、80℃の20%水酸化ナトリウムのエッチング液に20分間浸漬して、張力絶縁被膜のみを選択的に除去した。
【0079】
張力絶縁被膜を選択的に除去した非晶質酸化物被膜付き方向性電磁鋼板の表面のNSIC値を、スガ試験器(株)製の写像鮮映測定装置を用いて測定した。具体的には、被測定面と光源との間に、直線スリットを形成したスリット板を配置し、光源からの光をスリット板のスリットを通して被測定面に照射し、その被測定面を撮像装置で撮像し、撮像画像中のスリット線像の直線性及び明度差(スリット線像とその隣りの背景像との明度の差)に基づいて演算した。NSIC値は、被測定面が黒鏡の場合を100とし、それとの相対で算出した。表2に、NSIC値と張力絶縁被膜との被膜密着性の評価を示す。
【0080】
【表2】
【0081】
表2から、NSIC値が4.0%であると、被膜密着性が良好であることが解る。
【産業上の利用可能性】
【0082】
前述したように、本発明によれば、フォルステライト系被膜のない方向性電磁鋼板であって、張力絶縁被膜との被膜密着性が著しく高い、非晶質酸化物被膜付き方向性電磁鋼板を提供することができる。よって、本発明は、電磁鋼板製造産業及び電磁鋼板加工産業において利用可能性が高いものである。
図1