特許第6876320号(P6876320)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 国立大学法人 奈良先端科学技術大学院大学の特許一覧

<>
  • 特許6876320-高次アセン誘導体の製造方法 図000004
  • 特許6876320-高次アセン誘導体の製造方法 図000005
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6876320
(24)【登録日】2021年4月28日
(45)【発行日】2021年5月26日
(54)【発明の名称】高次アセン誘導体の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C07C 45/29 20060101AFI20210517BHJP
   C07C 49/697 20060101ALI20210517BHJP
【FI】
   C07C45/29
   C07C49/697
【請求項の数】1
【全頁数】9
(21)【出願番号】特願2016-231276(P2016-231276)
(22)【出願日】2016年11月29日
(65)【公開番号】特開2018-87166(P2018-87166A)
(43)【公開日】2018年6月7日
【審査請求日】2019年8月5日
(73)【特許権者】
【識別番号】504143441
【氏名又は名称】国立大学法人 奈良先端科学技術大学院大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】特許業務法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】山田 容子
(72)【発明者】
【氏名】林 宏暢
(72)【発明者】
【氏名】山下 正貴
【審査官】 三木 寛
(56)【参考文献】
【文献】 特開2014−218386(JP,A)
【文献】 特開2009−143903(JP,A)
【文献】 Toenshoff, Christina; Bettinger, Holger F.,Photogeneration of Octacene and Nonacene,Angewandte Chemie, International Edition,2010年,Vol.49(24),p.4125-4128, S4125/1-S4125/23
【文献】 Bruckner, V. et al.,Simple synthesis of pentacene,Tetrahedron Letters,1960年,(No.1),p.5-6
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07C 45/29
C07C 49/697
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
a) 7,16-ヘプタセンキノンに、ディールス・アルダー反応によりアセチレンジカルボン酸ジメチル(DMAD)を架橋付加し、
b) 脱炭酸反応により架橋部のエステル基を除去し、
c) 還元反応によりキノンの酸素を除去して同位にブロモ基を付加し、
d) 酸化反応により架橋部に酸素を付加し、7,16-ジブロモ-5,9,14,18-テトラヒドロ-5,18:9,14-ビスエタノヘプタセン-19,20,21,22-テトラケトンを形成する、
という工程を含み、酸化反応により架橋部に酸素を付加する工程が、該架橋部をヒドロキシル化処理し、さらに、酸化処理することである、高次アセン誘導体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高次アセン誘導体及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ムーアの法則に従い達成されてきた微細化に基づく電子デバイスの高性能化は、その物理的限界から今後10年以内に終焉を迎えると言われている。したがって、既存のシリコン材料が示す限界を打ち破る、革新的な新材料の創発が望まれている。中でも、グラフェンナノリボン(GNR)は既存のシリコン半導体を上回る優れた物性を示すことから注目を集めている。
【0003】
GNRの作製方法としては、ネガ型レジスト(ハイドロシルセスキオキサン)を用いて電子線リソグラフィにより形成する方法(非特許文献1等)、カーボンナノチューブを化学的に切開する方法(例えば、特許文献1)、有機溶媒に溶解したグラファイトフレークからソノケミカル法により形成する方法(非特許文献2等)などが報告されている。
【0004】
最近では、アントラセンダイマーを合成し、それらを原子レベルで平坦な(111)結晶面を有する金(Au)又は銀(Ag)の金属基板上に超高真空下で蒸着し、基板加熱によるラジカル反応により連結/縮環して、ボトムアップ的にGNRを形成する方法(非特許文献3等。以下、この方法を昇華法と呼ぶ。)が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2012-158514号公報
【特許文献2】特開2014-218386号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】M. Y. Han et al., Phys. Rev. Lett., 98 (2007), 206805
【非特許文献2】X. Li et al., Science, 319 (2008), 1229
【非特許文献3】J. Cai et al., Nature, 466 (2010), 470
【非特許文献4】Chen Y. et al., ACS Nano, 7 (2013), 6123
【非特許文献5】Zhang, H. et al., J. Am. Chem. Soc., 137 (2015), 4022
【非特許文献6】Abdurakhmanova, N. et al., Carbon, 77 (2014), 1187
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
GNRは、そのエッジ(側縁)の構造によりアームチェア型とジグザグ型に大別されるが、前者は半導体性の、後者は金属性の性質を有することが知られている。従って、トランジスタ等の半導体材料としてはアームチェア型のGNRの使用が予想される。半導体材料として使用する場合、適度な大きさのエネルギーバンドギャップを持つ必要があるが、アームチェア型のGNRではGNRの幅(リボン幅)が大きくなるほどバンドギャップの大きさが小さくなることが知られている(特許文献2等)。アントラセンダイマーを前駆体とする昇華法(非特許文献3、非特許文献4等)では、リボン幅の揃ったGNRを作製することができる反面、リボン幅が1 nm以上のGNRを作製することができないため、半導体材料としての十分なバンドギャップの大きさを得ることができない。現状では、幅の広いGNRを作製するためには、それぞれ分子構造が異なる前駆体を使用しなければならず(非特許文献5)、前駆体毎に分子設計を練り直す必要がある。
一方、オリゴフェニレン等を前駆体とする昇華法も報告されている(非特許文献6)が、半導体デバイスとして安定した品質を得るほどにきれいな(すなわち、リボン幅が一義的に決まる、リボン幅の揃った)GNRを得ることができないという問題がある。
【0008】
本発明の目的は、リボン幅が一義的に決まる、リボン幅の揃ったGNRを容易に作製することであり、そのようなGNRの材料化合物となり得る化合物を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、有機溶媒中で高次アセン同士を正しく横並びさせることができれば、リボン幅が一義的に決まる、リボン幅の揃ったGNRを容易に作製することができると考え、既知の高次アセン誘導体の中から、そのような性質を有する高次アセン誘導体の探索を行った結果、奇数個のベンゼン環が直線状に縮合した高次アセン誘導体が上記GNRの材料化合物として有用であることを見出し、本発明を完成させた。
【0010】
すなわち、本発明は、3個以上の奇数個のベンゼン環が直線状に縮合した高次アセンの中央の1個のベンゼン環である中央ベンゼン環の該ベンゼン環における1位と4位がそれぞれハロゲン(フッ素基、塩素基、ブロモ基、ヨウ素基)で置換されており、
前記中央ベンゼン環を挟んで両側の対称な位置にある各1個のベンゼン環の該ベンゼン環における1位と4位の間にジケトンがそれぞれ架橋している高次アセン誘導体である。
【0011】
上記高次アセン誘導体において、ハロゲンで置換された位置である1位と4位は中央ベンゼン環における位置をいい、高次アセンの全体における位置を示すものではない。つまり、高次アセンがアントラセンの場合は、中央ベンゼン環の1位と4位は、アントラセンの5位と10位を意味する。ジケトンが架橋している位置である1位と4位についても同様である。
【0012】
或る広い幅のGNRを得るには、同じ幅の高次アセンを前駆体として昇華法により作製することが考えられるが、高次アセンは一般的には有機溶媒への溶解性が低く、また、不安定であるため、取り扱いが容易ではない。
【0013】
これに対して本発明に係る高次アセン誘導体は、高次アセンを構成する1個のベンゼン環(中央ベンゼン環)に2個のハロゲンを付加するとともに、該中央ベンゼン環を挟んで両側の対称な位置にあるベンゼン環のそれぞれにジケトンを架橋させた高次アセン誘導体から成るため、高次アセン誘導体であっても有機溶媒に可溶である。また、光を照射することにより容易に高次アセンに変換される。これらにより、昇華法によりGNRを作製する際に取り扱いが容易となり、リボン幅が一義的に決まるGNRを作製することが可能となる。特に、本発明に係る高次アセン誘導体は、ヘプタセン以上の高次アセンでも有機溶媒に可溶であるため、幅の広い(ベンゼン環7個以上の幅の)GNRを容易に作製することができる。また、様々な幅のGNRを作製するための高次アセン誘導体を、統一した方法で作製することができるようになる。
【0014】
本発明に係る高次アセン誘導体からは、様々な工程によりGNRを得ることができるが、例えばベンゼン環の数が7個の高次アセン(ヘプタセン)誘導体の場合は、図1に示す工程によってGNRが得られる。すなわち、
a) Au(111)基板上に高次アセン誘導体を蒸着し、脱臭素化して高分子鎖を生成し(図1(a))、
b) 波長450nm(450±20nm)の光を照射して前記高分子鎖からジケトンを除去し(図1(b))、
c) 温度400℃(400±20℃)で加熱して脱水素化する(図1(c))。
【0015】
本発明に係る高次アセン誘導体は、中央ベンゼン環に2個のハロゲンが結合しており、且つ、該中央ベンゼン環の両側の対称な位置にある2個のベンゼン環にそれぞれジケトンが架橋しているため、高次アセン誘導体が正しく横並びして揃った高分子鎖を得ることができる。そして、このような高分子鎖を作製した後は光を照射するだけで容易にジケトンを除去することができるため、その後の脱水素化によりリボン幅が一義的に決まるGNRを作ることができる。
【0016】
上記の本発明に係る高次アセン誘導体を製造する方法としては、次のような方法が可能である。
a) 中央環にキノンを有する高次アセン誘導体に、ディールス・アルダー反応によりアセチレンジカルボン酸ジメチル(DMAD)を架橋付加する。
b) 脱炭酸反応により架橋部のエステル基を除去する。
c) 還元反応によりキノンの酸素を除去し、同位にハロゲンを付加する。
d) 酸化反応により架橋部に酸素を付加し、ジケトンを形成する。
【0017】
具体的には、高次アセンがヘプタセンであり、ハロゲンが臭素(ブロモ基)である場合、本発明に係る高次アセン誘導体の一つの態様は、[7,16-ジブロモ-5,9,14,18-テトラヒドロ-5,18:9,14-ビスエタノヘプタセン-19,20,21,22-テトラケトン]となる。この高次アセン誘導体の構造を以下の式(1)に示す。
【化1】
また、以下の式(2)は、上記高次アセン誘導体のトランス形態の構造を示す。
【化2】
【0018】
また、上記高次アセン誘導体の製造方法は、例えば次のようなものとなる。
a) 7,16-ヘプタセンキノンに、ディールス・アルダー反応によりアセチレンジカルボン酸ジメチル(DMAD)を架橋付加する。
b) 脱炭酸反応により架橋部のエステル基を除去する。
c) 還元反応によりキノンの酸素を除去し、同位にブロモ基を付加する。
d) 酸化反応により架橋部に酸素を付加し、7,16-ジブロモ-5,9,14,18-テトラヒドロ-5,18:9,14-ビスエタノヘプタセン-19,20,21,22-テトラケトンを形成する。
【発明の効果】
【0019】
本発明に係る高次アセン誘導体は基本的に有機溶媒に可溶であり、とくに、ヘプタセン以上の高次アセンの誘導体であっても有機溶媒に可溶である。また、光を照射することにより容易に高次アセンに変換される。これらにより、昇華法によりグラフェンナノリボン(GNR)を作製する際に取り扱いが容易となり、幅の広い(ベンゼン環7個以上の幅の)、リボン幅が一義的に決まる、リボン幅の揃ったきれいなGNRを作製することが可能となる。また、様々な幅のGNRの作製に利用可能な、高次アセン誘導体を、統一した方法で作製することができるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】本発明に係る高次アセン誘導体を用いたGNRの製造工程図。
図2】本発明の一実施例に係る高次アセン誘導体の合成工程図。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明に係る高次アセン誘導体及びその製造方法の具体的な実施例について、図面を参照しつつ詳細に説明する。なお、以下に示す実施例において合成に用いた試薬および溶媒は、市販品をそのまま使用するか、乾燥剤存在下で蒸留精製したものを使用した。NMRはJEOL社製 JNM-ECX400P、JNM-ECX500およびJNM-ECA600を用いて測定し、テトラメチルシラン(TMS)を内部標準として使用した。
【0022】
この実施例は、図2の記号1で表される高次アセン誘導体を作製したものである。
【0023】
[化合物3の生成=プロセス(i)]
7,16-ヘプタセンキノン(1.0 g, 2.45 mmol)とアセチレンジカルボン酸ジメチル(8.4 ml)をキシレン(240 ml)中に懸濁させ、オートクレーブにて170℃で3日間加熱攪拌した。反応終了後、反応溶媒を減圧留去し、得られた残渣をシリカカラムクロマトグフラフィー(酢酸エチル:ヘキサン=1:1, Rf=0.43)により精製し、さらにメタノールを用いた再結晶を行うことで、目的物を収率 43%(730 mg, 1.05 mmol)で単離した。
目的物について1H 核磁気共鳴スペクトル法(1H NMR)によって構造解析を行った結果を以下に示す。
1H NMR (CDCl3, 400 MHz): δ 8.23 (s, 4 H), 7.45-7.42 (m, 4 H), 7.10-7.06 (m, 4 H), 5.68 (s, 4 H), 3.81 (s, 12 H) ppm.
この結果から、目的物は図2の記号3で表される化合物(5,7,9,14,16,18-ヘキサヒドロ-19,20,21,22-テトラカルボキシメチル-5,18:9,14-ビスエテノヘプタセン-7,16-ジオン)であることが確認された。
【0024】
[化合物5の生成=プロセス(ii), (iii)]
氷浴下で、化合物3(730 mg, 1.05 mmol)のメタノール(15 ml)懸濁液に、10%水酸化ナトリウム水溶液(10 ml)を滴下した。その後、反応溶液を60℃で6時間加熱攪拌した。反応終了後、氷浴下で、6 Mの塩酸を反応溶液が酸性になるまで加えた。さらに酢酸エチルを加え、分液操作により得られた有機層を飽和食塩水で洗浄し、硫酸ナトリウムで乾燥後、溶媒を減圧留去した。得られた残渣を酢酸エチルとヘキサンを用いた再沈殿を行うことで、化合物4を粗収量668 mg得た。
【0025】
得られた化合物4(700 mg)と銅粉末(140 mg)をキノリン(12 ml)に懸濁させ、マイクロウェーブ反応装置で240℃、90分間加熱攪拌した。反応終了後、塩化メチレンを用いて反応溶液を薄め、ショートカラムクロマトグラフィー(塩化メチレン)にて銅粉末を除去した。次に、この塩化メチレン溶液を3 MのHCl水溶液と飽和食塩水で洗浄した。有機層を硫酸ナトリウムで乾燥し、溶媒を減圧留去した。得られた残渣をシリカカラムクロマトグフラフィー(塩化メチレン:ヘキサン=2:1, Rf = 0.33)により精製し、さらに塩化メチレンとメタノールを用いた再沈殿を行うことで、目的物を収率 54%(275 mg, 0.60 mmol)で単離した。
【0026】
目的物について1H 核磁気共鳴スペクトル法によって構造解析を行った結果を以下に示す。
1H NMR(CDCl3, 400 MHz): δ 8.10(s, 4H), 7.35-7.31(m, 4 H), 7.05-6.98(m, 8 H), 5.36-5.33(m, 4 H)ppm.
以上の結果から、目的物は図2の記号5で表される化合物(5,7,9,14,16,18-ヘキサヒドロ-5,18:9,14-ビスエテノヘプタセン-7,16-ジオン)であることが確認された。
【0027】
[化合物6の生成=プロセス(iv)]
アルゴン雰囲気下でシクロヘキサノール(14 ml)にアルミニウム粉末(729 mg, 27 mmol)、塩化水銀(II)(15 mg, 0.06 mmol)と四臭化炭素(96 mg, 0.29 mmol)を加え、160 ℃で5時間加熱攪拌した。その後室温に戻し、化合物5(560 mg, 1.22 mmol)を加えた。再度160℃で7時間加熱した後、室温に戻し、反応溶液を塩化メチレンで薄めた。反応溶液に水を加えた後、有機層を水と飽和食塩水で洗い、硫酸ナトリウムで乾燥後、減圧留去した。得られた残渣を塩化メチレンとメタノールを用いた再沈殿を行うことで、目的物を収率48% (251 mg, 0.58 mmol)で単離した。
目的物について1H 核磁気共鳴スペクトル法によって構造解析を行った結果を以下に示す。
1H NMR (CDCl3, 400 MHz): δ 8.04 (s, 2 H), 7.70 (s, 4 H), 7.35-7.32 (m, 8 H), 7.02-6.99 (m, 4 H), 5.20 (s, 4 H) ppm.
以上の結果から、目的物は図2に記号6で表される化合物(5,9,14,18-テトラヒドロ-5,18:9,14-ビスエテノヘプタセン)であることが確認された。
【0028】
[化合物7の生成=プロセス(v)]
氷浴下でクロロホルム(180 ml)に化合物6(96 mg, 0.29 mmol)を懸濁させ、N-ブロモスクシンイミド(816 mg, 4.58 mmol)を5分間かけて加えた。10分間氷浴下で攪拌し、飽和亜硫酸水素ナトリウム水溶液を加え反応を停止した。有機層を水と飽和食塩水で洗った後、硫酸ナトリウムで乾燥した。溶媒を減圧留去した後、得られた残渣をシリカカラムクロマトグフラフィー(塩化メチレン:ヘキサン=1:2, Rf=0.48)により精製し、さらに塩化メチレンとメタノールを用いた再沈殿を行うことで、目的物を収率20% (243 mg, 0.41 mmol)で単離した。
【0029】
目的物について1H 核磁気共鳴スペクトル法によって構造解析を行った結果を以下に示す。
1H NMR (CDCl3, 400 MHz): δ 8.31 (s, 2 H), 7.39-7.36 (m, 4 H), 7.05-7.01 (m, 8 H), 5.31-5.32 (m, 4 H) ppm.
以上の結果から、目的物は図2に記号7で表される化合物(7,16-ジブロモ-5,9,14,18-テトラヒドロ-5,18:9,14-ビスエテノヘプタセン)であることが確認された。
【0030】
[化合物8の生成=プロセス(vi)]
氷浴下でアセトン(200 ml)に化合物7(240 mg, 0.41 mmol)を懸濁させ、N-メチルモルホリン-N-オキシド(524 mg, 4.47mmol)とマイクロカプセル化酸化オスミウム(VIII)(23 mg)のアセトン溶液(100ml)を5分間かけて滴下した。15分間氷浴下で攪拌し、その後、室温で2日間反応させた。飽和亜ジチオン酸ナトリウム水溶液を加え反応を停止し、溶媒を減圧留去した後に、酢酸エチルを加えた。この酢酸エチル溶液を水と飽和食塩水で洗い、硫酸ナトリウムで乾燥した。溶媒を減圧留去した後、得られた残渣をシリカカラムクロマトグフラフィー(酢酸エチル:塩化メチレン=1:5)を行うことで、目的物を収率95% (258 mg, 0.39 mmol)で単離した。また、目的物のうち、トランス体は158 mg (Rf=0.50 and 0.38)、シス体は100 mg(Rf=0.25)であった。
【0031】
トランス体及びシス体について、1H 核磁気共鳴スペクトル法による構造解析を行った結果を以下に示す。
トランス体
1H NMR (DMSO-d6, 500 MHz): δ 8.36 (s, 2 H), 7.46-7.45 (m, 4 H), 7.18-7.16 (m, 4 H), 4.87 (s, 4 H), 4.65 (s, 4 H), 3.99 (s, 4 H) ppm.
シス体
1H NMR (DMSO-d6, 500 MHz): δ 8.35 (s, 2 H), 7.45-7.43 (m, 4 H), 7.20-7.18 (m, 4 H), 4.90 (s, 4 H), 4.65 (s, 4 H), 4.00 (s, 4 H) ppm.
以上の結果から、目的物は、図2に記号8で表される化合物(7,16-ジブロモ-5,9,14,18-テトラヒドロ-19,20,21,22-テトラヒドロキシ-5,18:9,14-ビスエタノヘプタセン)であることが確認された。
【0032】
[化合物1=高次アセン誘導体の作製=プロセス(vii)]
アルゴン雰囲気下でジメチルスルホキシド(5 ml)と塩化メチレン(15 ml)の混合溶液に-78 ℃で無水トリフルオロ酢酸(1 ml)を10分間かけて滴下した。滴下終了から45分後、ジメチルスルホキシド(15 ml)と塩化メチレン(50 ml)の混合溶媒に溶かしたトランス体の化合物8(100 mg, 0.15 mmol)を40分間かけて滴下し、-78℃ で2時間攪拌した。その後、ジイソプロピルエチルアミンを5分間かけて滴下することで反応を停止させ、反応溶液を室温に戻した。この反応溶液に3 MのHCl水溶液に加え、塩化メチレンで抽出を行った。有機層を分離後、有機層を水と飽和食塩水で洗い、硫酸ナトリウムで乾燥した。溶媒を減圧留去後、得られた残渣をシリカカラムクロマトグフラフィー(酢酸エチル:塩化メチレン=1:5, Rf = 0.70)を行い、さらに塩化メチレンとヘプタンを用いた再沈殿を行うことで、目的物を収率73% (73 mg, 0.11 mmol)で単離した。
【0033】
目的物について核磁気共鳴スペクトル法による構造解析を行った結果を以下に示す。
1H NMR (CDCl3, 600 MHz): δ 8.67 (s, 2 H), 7.57-7.54 (m, 4 H), 7.45-7.43 (m, 4 H), 5.31(s, 4 H) ppm.
以上の結果から、目的物は、図2に記号1で表される化合物(7,16-ジブロモ-5,9,14,18-テトラヒドロ-5,18:9,14-ビスエタノヘプタセン-19,20,21,22-テトラケトン)であることが確認された。
【0034】
以上のように、出発物質である高次アセンに予めブロモ置換基を導入しておき、本発明に係る方法で合成を進めてゆくことにより、高次アセン誘導体を作製することができる。この高次アセン誘導体を用いることにより、中央ベンゼン環のブロモ置換基以外では連結が生じにくい、幅の揃ったGNRを容易に作製することができる。
【0035】
なお、上記実施例では、高次アセン誘導体の中央ベンゼン環の1位と4位にブロモ基を導入したが、ブロモ基以外のハロゲン(周期表第17属元素)を導入しても良い。ハロゲンの中でも特にフッ素、塩素、ブロモ、ヨウ素はその化学的性質が非常に似ていることが知られていることから、ブロモ基に代えてフッ素基、塩素基、ヨウ素基のいずれかを導入した場合でも、上記実施例と同様の結果が得られるものと推測される。
また、上記実施例ではベンゼン環が7個直線状に並んだ高次アセン誘導体(ヘプタセン誘導体)の合成例を説明したが、ベンゼン環が3個又は5個、あるいは9個等、適宜の奇数個のベンゼン環が直線状に並んだ高次アセンの誘導体についても、上記実施例と同様の結果が得られるものと推測される。
さらに、本明細書では、本発明に係る高次アセン誘導体のGNRの材料化合物としての有用性について説明したが、これは、GNR以外の物質への利用可能性を否定するものではない。
【産業上の利用可能性】
【0036】
本発明は、3個以上の奇数個のベンゼン環が直線状に縮合した高次アセンの中央のベンゼン環の1位と4位がハロゲン(フッ素基、塩素基、ブロモ基、ヨウ素基)で置換され、且つ、前記中央ベンゼン環を挟んで両側の対称な位置にある各1個のベンゼン環における1位と4位の間にジケトンがそれぞれ架橋している新規な高次アセン誘導体を提供する。このような特徴的な構造により、本発明に係る高次アセン誘導体は、正しく横並びして揃った高分子鎖になり易く、グラフェンナノリボンの材料としての利用可能性を有する。
図1
図2