(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記した技術は、いずれも、生体調節機能に関してゆらぎに起因して変動する各要素を分析して人の状態を判定するものであり、入眠予兆現象、切迫睡眠現象、覚低走行状態、恒常性維持機能レベル、初期疲労状態、気分判定など、様々な生体状態を捉えることができる。しかしながら、体幹から採取される生体の音及び振動を含む生体信号を加工処理して疑似心音波形を求め、この疑似心音波形を分析して、疑似心音波形における所定の波形成分を比較して、人の生体状態を推定することは行われていない。また、血圧変動の状態、並びに、血圧変動を伴う生理現象、特に尿意を捉える試みも行われていない。
【0008】
本発明は上記に鑑みなされたものであり、体幹から採取される生体の音及び振動を含む生体信号を加工処理して求めた疑似心音波形を分析して生体状態を捉えることができる生体状態推定装置、生体状態推定方法、コンピュータプログラム及び記録媒体を提供することを課題とし、特に、血圧変動そのものの状態、あるいは、血圧変動を伴う生理現象の推定、特に、尿意の有無を含む尿意の状態を捉えることができる生体状態推定装置、生体状態推定方法、コンピュータプログラム及び記録媒体を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するため、本発明の生体状態推定装置は、生体信号を用いて生体の状態を推定する生体状態推定装置であって、
前記生体信号として、心臓から送り出される血液の流量に対応して変動する人の背部から採取される背部生体音・振動情報を処理して得られる心音の周期に対応した疑似心音波形を用い、前記疑似心音波形における所定の波形成分を比較して、生体状態を推定する生体状態推定手段を有することを特徴とする。
【0010】
前記生体状態推定手段は、前記疑似心音波形の1心周期内に含まれる2つの波形成分の振幅を比較して生体状態を推定することが好ましい。
前記生体状態推定手段は、前記波形成分の2つの振幅(i,i+1)について、一方を横座標軸に他方を縦座標軸にとった座標系に時系列にプロットし、各プロットされた点群の分散状況から生体状態を推定することが好ましい。
前記生体状態推定手段は、前記各プロットされた点群の傾きから生体状態を推定することが好ましい。
【0011】
前記生体状態推定手段は、前記疑似心音波形の各心周期における振幅変化のパターンを比較して生体状態を推定することが好ましい。
前記生体状態推定手段は、前記疑似心音波形の各心周期における振幅変化のパターンとして、各心周期において振幅が最も高くなる最高ピークに対し、振幅が最も低くなる最低ボトムが、前記最高ピークの直後に出現する正の波形パターンと直前に出現する負の波形パターンとに分け、2つの波形パターンの一定時間における出現比率から生体状態を推定することが好ましい。
前記生体状態推定手段は、前記疑似心音波形から、前記生体状態として、血圧変動の状態を推定する血圧変動推定手段を有することが好ましい。
前記生体状態推定手段は、前記疑似心音波形から、前記生体状態として、生理現象を推定する生理現象推定手段を有することが好ましい。
前記生理現象推定手段が、尿意を推定する手段であることが好ましい。
【0012】
また、本発明のコンピュータプログラムは、コンピュータに、生体信号を処理して生体の状態を推定する手順を実行させるコンピュータプログラムであって、
前記コンピュータに、前記生体信号として、心臓から送り出される血液の流量に対応して変動する人の背部から採取される背部生体音・振動情報を処理して得られる心音の周期に対応した疑似心音波形を用い、前記疑似心音波形における所定の波形成分を比較して、生体状態を推定する生体状態推定手順を実行させることを特徴とする。
【0013】
前記生体状態推定手順は、前記疑似心音波形の1心周期内に含まれる2つの波形成分の振幅を比較して生体状態を推定することが好ましい。
前記生体状態推定手順は、前記波形成分の2つの振幅(i,i+1)について、一方を横座標軸に他方を縦座標軸にとった座標系に時系列にプロットし、各プロットされた点群の分散状況から生体状態を推定することが好ましい。
前記生体状態推定手順は、前記各プロットされた点群の傾きから生体状態を推定することが好ましい。
前記生体状態推定手俊は、前記疑似心音波形の各心周期における振幅変化のパターンを比較して生体状態を推定することが好ましい。
【0014】
前記生体状態推定手順は、前記疑似心音波形の各心周期における振幅変化のパターンとして、各心周期において振幅が最も高くなる最高ピークに対し、振幅が最も低くなる最低ボトムが、前記最高ピークの直後に出現する正の波形パターンと直前に出現する負の波形パターンとに分け、2つの波形パターンの一定時間における出現比率から生体状態を推定することが好ましい。
前記生体状態推定手順は、前記疑似心音波形から、前記生体状態として、血圧変動の状態を推定する血圧変動推定手順を実行することが好ましい。
前記生体状態推定手順は、前記疑似心音波形から、前記生体状態として、生理現象を推定する生理現象推定手順を実行することが好ましい。
前記生理現象推定手順が、尿意を推定する手順を実行することが好ましい。
また、本発明は、生体状態推定装置としてのコンピュータに、生体信号を処理して生体の状態を推定する手順を実行させる前記に記載のコンピュータプログラムが記録されたコンピュータ読み取り可能な記録媒体を提供する。
また、本発明の生体状態推定方法は、生体信号を用いて生体の状態を推定する生体状態推定方法であって、前記生体信号として、心臓から送り出される血液の流量に対応して変動する人の背部から採取される背部生体音・振動情報を処理して得られる心音の周期に対応した疑似心音波形を用い、前記疑似心音波形における所定の波形成分を比較して、生体状態を推定することを特徴とする。
また、本発明の生体状態推定方法は、前記疑似心音波形の1心周期内に含まれる2つの波形成分の振幅を比較して生体状態を推定することが好ましく、また、前記波形成分の2つの振幅(i,i+1)について、一方を横座標軸に他方を縦座標軸にとった座標系に時系列にプロットし、各プロットされた点群の分散状況から生体状態を推定することが好ましい。前記各プロットされた点群の傾きから生体状態を推定することが好ましい。前記疑似心音波形の各心周期における振幅変化のパターンを比較して生体状態を推定することも好ましい。前記疑似心音波形の各心周期における振幅変化のパターンとして、各心周期において振幅が最も高くなる最高ピークに対し、振幅が最も低くなる最低ボトムが、前記最高ピークの直後に出現する正の波形パターンと直前に出現する負の波形パターンとに分け、2つの波形パターンの一定時間における出現比率から生体状態を推定することが好ましい。前記疑似心音波形から、前記生体状態として、血圧変動、尿意を含む生理現象のいずれか少なくとも一つの状態を推定することが好ましい。
【発明の効果】
【0015】
本発明は、人の背部から採取される生体の音及び振動を含む生体信号(背部音・振動情報)の時系列波形を用いる。背部音・振動情報には、心臓と大動脈の運動から生じる圧力振動であり、心室の収縮期及び拡張期の情報と、循環の補助ポンプとなる血管壁の弾力情報を含んでおり、粘性減衰摩擦と固体摩擦の両種の減衰を含む振動系と捉えられる。背部音・振動情報は、心臓から送り出される血液の流量(1回拍出量)に対応して変動し、この流量の変動は、背部音・振動情報の時系列波形の振幅に反映される。すなわち、心臓からの血液の拍出量が反映された背部音・振動情報は、胸部側より心音計により採取される心音の波形に周期が対応する波形成分(疑似I音、疑似II音)を含んでおり、この波形成分を持つ波形(疑似心音波形)を分析することにより、人の生体状態を把握することができる。なかでも、心臓からの血液の拍出量の変動に対応する血圧変動に関連した生体状態を把握するのに適している。
【0016】
また、血圧変動の状態を推定に適するため、特に、血圧変動を伴う人の生理現象の状態の推定に好適である。例えば、蓄尿時には、通常、血圧が上昇する傾向にあるが、血圧変動の状態を捉えることで、尿意を推定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】
図1(a)は、本発明の一の実施形態において用いた背部音・振動情報を測定する生体信号測定装置の一例を示した分解図であり、
図1(b)は、その要部断面図である。
【
図2】
図2は、本発明の一の実施形態に係る生体状態推定装置の構成を模式的に示した図である。
【
図3】
図3は、背部音・振動情報加工手段として機能するコンピュータプログラムである背部音・振動情報加工手順のフローチャートである。
【
図4】
図4(a)〜(f)は、背部音・振動情報加工手段、疑似心音波形演算手段、低周波時系列波形演算手段により得られる各時系列波形を示した図である。
【
図5】
図5は、実験例1の被験者の身体的特徴を示した図である。
【
図6】
図6(a)〜(l)は、実験例1における被験者Cの実験結果を示した図である。
【
図7】
図7(a)〜(l)は、実験例1における被験者Aの実験結果を示した図である。
【
図8】
図8(a)〜(l)は、実験例1における被験者Fの実験結果を示した図である。
【
図9】
図9は、実験例1における各被験者のRRIと疑似心音波形から得られたPPWg−Dとの相関図であり、(a)は被験者A、(b)は被験者B、(c)は被験者C、(d)は被験者D、(e)は被験者E、(f)は被験者Fの相関図である。
【
図10】
図10は、実験例1における各被験者の5秒間の平均値で計算したRRIとPPWg−DRRIとの相関図であり、(a)は被験者A、(b)は被験者B、(c)は被験者C、(d)は被験者D、(e)は被験者E、(f)は被験者Fの相関図である。
【
図11】
図11は、実験例1における各被験者のPCG−PPWg−DとRRIとの相関図であり、(a)は被験者A、(b)は被験者B、(c)は被験者C、(d)は被験者D(但し、「No data」と表示)、(e)は被験者E(但し、「No data」と表示)、(f)は被験者Fの相関図である。
【
図12】
図12は、実験例1における各被験者のPCG−PPWg−Dの5秒間の平均値とRRIとの相関図であり、(a)は被験者A、(b)は被験者B、(c)は被験者C、(d)は被験者D(但し、「No data」と表示)、(e)は被験者E(但し、「No data」と表示)、(f)は被験者Fの相関図である。
【
図13】
図13は、実験例1における各被験者のPPG−2ndとRRIとの相関図であり、(a)は被験者A、(b)は被験者B、(c)は被験者C、(d)は被験者D、(e)は被験者E、(f)は被験者Fの相関図である。
【
図14】
図14は、実験例1における各被験者のPPG−2ndの5秒間の平均値とRRIとの相関図であり、(a)は被験者A、(b)は被験者B、(c)は被験者C、(d)は被験者D、(e)は被験者E、(f)は被験者Fの相関図である。
【
図15】
図15は、最大振幅値で正規化したPPWg−Dに対する最大振幅値で正規化したPCG−PPWg−D及びPPG−2ndの各周波数と伝達関数の関係を示した図であり、(a)は被験者A、(b)は被験者B、(c)は被験者C、(d)は被験者D、(e)は被験者E、(f)は被験者Fに関する図である。
【
図16】
図16は、PPWg−Dの時系列波形の一例を示した図である。
【
図17】
図17は、隣接する2つの振幅(i,i+1)について、一方を横座標軸に他方を縦座標軸にとった座標系に時系列にプロットした点の分散状況の一例を示した図である。
【
図18】
図18(a)は、PCG−PPWg−Dについて
図17と同様にプロットした点の分散状況を示した図であり、
図18(b)は、PPG−2ndについて
図17と同様にプロットした点の分散状況を示した図である。
【
図19】
図19は、PPWg−Dにおけるamplification (2)のプロットされた点群の傾き角度と血圧との関係を示した図であり、(a)は最高血圧、(b)は最低血圧との関係を示した図である。
【
図20】
図20は、
図18(a)のPCG−PPWg−Dの結果と血圧との相関を示した図で、(a)は最高血圧、(b)は最低血圧との関係を示した図である。
【
図21】
図21は、
図18(b)のPPG−2ndの結果と血圧との相関を示した図で、(a)は最高血圧、(b)は最低血圧との関係を示した図である。
【
図22】
図22は、本発明の他の実施形態に係る生体状態推定装置の構成を模式的に示した図である。
【
図23】
図23は、上記他の実施形態に係る生体状態推定装置の生理現象推定手段による推定手法を説明するための図である。
【
図24】
図24(a),(b)は、プロットの分布密度により尿意を推定する手法を説明するための図である。
【
図25】
図25(a)〜(c)は、実験例2における被験者Aの解析結果を示した図である。
【
図26】
図26(a)〜(e)は、上記他の実施形態の生理現象推定手段により求めた尿意の推定結果である。
【
図27】
図27(a)は、尿意と最高血圧との関係を示し、
図27(b)は、尿意と最低血圧との関係を示した図である。
【
図28】
図28は、負の波形パターンの出現比率を用いて尿意を推定する手法を説明するための図である。
【
図29】
図29は、被験者Aの実験結果を示した図であり、
図29(a)は、尿意と眠気との主観評価を示し、
図29(b)は、最高血圧と最低血圧を示し、
図29(c)は、HFとLF/HFを示し、
図29(d)は、負の波形パターンの出現比率を示した図である。
【
図30】
図30は、負の波形パターンの出現比率において尿意の有無を判定する判定基準の一例を説明するための図である。
【
図31】
図31は、被験者Bの実験結果を示した図であり、
図31(a)は、尿意と眠気との主観評価を示し、
図31(b)は、最高血圧と最低血圧を示し、
図31(c)は、HFとLF/HFを示し、
図31(d)は、負の波形パターンの出現比率を示した図である。
【
図32】
図32(a)〜(e)は、負の波形パターンの出現比率から尿意を迅速に判定する方法を説明するための図である。
【
図34】
図34(a)〜(d)は、負の波形パターンの出現比率から生体状態を推定する他の手法説明するための図である。
【
図35】
図35(a)〜(f)は、
図34の手法により尿意を含む生体状態を判定したある被験者の例を示した図である。
【
図36】
図36(a)〜(f)は、
図34の手法により尿意を含む生体状態を判定した
図35と同じ被験者の他の例を示した図である。
【
図37】
図37(a)〜(f)は、
図34の手法により尿意を含む生体状態を判定した異なる被験者の例を示した図である。
【
図38】
図38(a)〜(e)は、
図34の手法により尿意を含む生体状態を判定したさらに異なる被験者の例を示した図である。
【
図39】
図39 (a)〜(f)は、
図34の手法により尿意を含む生体状態を判定したさらに異なる被験者であって強い眠気を伴う場合の事例を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、図面に示した本発明の実施形態に基づき、本発明をさらに詳細に説明する。本発明において採取する生体信号は、背部音・振動情報である。背部音・振動情報は、上記のように、人の上体背部から検出される心臓と大動脈の運動から生じる音・振動情報であり、心室の収縮期及び拡張期の情報と、血液循環の補助ポンプとなる血管壁の弾性情報及び血圧による弾性情報並びに反射波の情報を含んでいる。従って、この背部音・振動情報の時系列波形を加工処理することで、心音計により測定される心音波形に近似した疑似心音波形を作ることができ、それを解析することで、1回拍出量及び血管の抵抗の様子、すなわち、血圧変動の状態を把握することができる。
【0019】
背部音・振動情報を採取するための生体信号測定装置は、好ましくは、(株)デルタツーリング製の居眠り運転警告装置(スリープバスター(登録商標))で使用されている生体信号測定装置1を用いる。
図1は生体信号測定装置1の概略構成を示したものである。この生体信号測定装置1は、測定用の椅子、ベッド、あるいは、乗物の運転席等に組み込んで使用することができ、手指を拘束することなく生体信号を採取できる。
【0020】
生体信号測定装置1を簡単に説明すると、
図1(a),(b)に示したように、上層側から順に、第一層11、第二層12及び第三層13が積層された三層構造からなり、三次元立体編物等からなる第一層11を生体信号の検出対象である人体側に位置させて用いられる。従って、人体の体幹背部からの生体信号、特に、心室、心房、大血管の振動に伴って発生する生体音(体幹直接音ないしは生体音響信号)を含む背部音・振動情報は、生体信号入力系である第一層11にまず伝播される。第二層12は、第一層11から伝播される背部音・振動情報を共鳴現象又はうなり現象によって強調させる共鳴層として機能し、ビーズ発泡体等からなる筐体121、固有振動子の機能を果たす三次元立体編物122、膜振動を生じるフィルム123を有して構成される。第二層12内において、マイクロフォンセンサ14が配設され、背部音・振動情報を検出する。第三層13は、第二層12を介して第一層11の反対側に積層され、外部からの音・振動入力を低減する。
【0021】
次に、本実施形態の生体状態推定装置100の構成について
図2に基づいて説明する。生体状態推定装置100は、生体状態推定手段200を有して構成される。生体状態推定手段200は、背部音・振動情報加工手段210、疑似心音波形演算手段220、低周波時系列波形演算手段230及び血圧変動推定手段240を有して構成されている。生体状態推定装置100は、コンピュータ(マイクロコンピュータ等も含む)から構成され、このコンピュータには、背部音・振動情報加工手段210、疑似心音波形演算手段220、低周波時系列波形演算手段230及び血圧変動推定手段240を有する生体状態推定手段200として機能する、生体状態推定手順を実施する背部音・振動情報加工手順、疑似心音波形演算手順、低周波時系列波形演算手順及び血圧変動推定手順を実行させるコンピュータプログラムが記憶部に設定されている。生体状態推定手段200は、背部音・振動情報加工手段210、疑似心音波形演算手段220、低周波時系列波形演算手段230及び血圧変動推定手段240を、上記コンピュータプログラムにより所定の手順で動作する電子回路である背部音・振動情報加工回路、疑似心音波形演算回路、低周波時系列波形演算回路及び血圧変動推定回路として構成することもできる。なお、以下の説明において、生体状態推定手段200、背部音・振動情報加工手段210、疑似心音波形演算手段220、低周波時系列波形演算手段230及び血圧変動推定手段240以外で「手段」が付されて表現された構成も、電子回路部品として構成することが可能であることはもちろんである。
【0022】
なお、コンピュータプログラムは、コンピュータ読み取り可能な記録媒体に記憶させてもよい。この記録媒体を用いれば、例えば上記コンピュータに上記プログラムをインストールすることができる。ここで、上記プログラムを記憶した記録媒体は、非一過性の記録媒体であっても良い。非一過性の記録媒体は特に限定されないが、例えば フレキシブルディスク、ハードディスク、CD−ROM、MO(光磁気ディスク)、DVD−ROM、メモリカードなどの記録媒体が挙げられる。また、通信回線を通じて上記プログラムを上記コンピュータに伝送してインストールすることも可能である。
【0023】
背部音・振動情報加工手段210は、生体信号測定装置1のセンサ14から得られる背部音・振動情報(以下、「原波形」というが、ここでいう原波形には、体動等の分析に使用しない成分をフィルタリング等による前処理した後の波形の場合も含む))に所定の処理を施し、疑似心音波形に加工する手段である。
【0024】
背部音・振動情報加工手段210として機能するコンピュータプログラムである背部音・振動情報加工手順は、具体的には、
図3のフローチャートに示したステップによって実行される。まず、背部音・振動情報の原波形RC0(
図4(a)の波形)をセンサ14から得る(S10)。次に、中心周波数20Hz近傍のバンドパスフィルタ、例えば、10〜30Hzのバンドパスフィルタをかけ、波形RC1(
図4(b)の波形)を得る(S11)。このフィルタリング処理により得られる波形RC1には、
図4(b)に示したように、約1秒周期で相対的に大きな振幅の波形成分が出現している。心拍数は約1〜1.5Hz前後が標準的な範囲であり、波形RC1の大きな振幅の波形成分の周期は心周期に相当し、この波形成分中に、振幅の疑似I音、II音が含まれている。従って、本実施形態では、この波形RC1が第1の疑似心音波形となる。
【0025】
疑似心音波形演算手段220は、背部音・振動情報加工手段210により得られた波形RC1(第1の疑似心音波形)に対し、心音波形における心音I音、II音に相当する疑似I音、II音の周期を切り出すために、クリップ処理を適用して歪みを与え、奇数倍の周波数を持つ時系列波形(
図4(c)の波形)を求める(S12)。なお、クリップ処理時の振幅の閾値は心音I音、II音に相当する時間幅が確保できる位置に設ける。次に、クリップした箇所以外の信号を除き、疑似I音、II音を強調し、心音の波形にさらに近似させるため、ハイパスフィルタを適用し(S13)、疑似I音、II音を顕在化させた第2の疑似心音波形(
図4の(d)の波形)を得る(S14)。
【0026】
低周波時系列波形演算手段230は、疑似心音波形演算手段220により求められた第2の疑似心音波形(
図4(d)の波形)から、疑似I音及び疑似II音の周期を顕在化させるため、第2の疑似心音波形を所定周波数以下の低周波時系列波形(いわば第3の疑似心音波形)(
図4(e),(f)の波形)に変換する手段である。
【0027】
低周波時系列波形演算手段230として機能するコンピュータプログラムである低周波時系列波形演算手順は、具体的には、
図3のフローチャートに示したように、第2の疑似心音波形に半波整流(S15)、検波(S16)を適用し、疑似心音ゲージ波形(Gauge Waveform of Pseudo Phonocardiogram 、以下、「PPWg」、
図4(e)の波形)を得る(S17)。なお、検波の範囲は、人の血圧の変動状態を捉えるため、1Hz近傍の卓越周波数から該卓越周波数の5倍までとする。この点については後述の実験例1でも説明する。次に、PPWgを一階微分して(S18)、PPWgの一階微分信号波形(以下、「PPWg−D」)を得る(S19)。
【0028】
血圧変動推定手段240は、上記の疑似心音波形(第1の疑似心音波形であるRC1波形(
図4(b)の波形)、第2の疑似心音波形(
図4(d)の波形)又はその処理波形(
図4(e),(f)の波形))の振幅変動を解析して、血圧変動の状態を推定する手段である。上記のように、背部音・振動情報は、体内の生体音及び振動を含む生体信号であり、その強弱は疑似心音波形の振幅に現れ、1回拍出量及び血管の抵抗に影響を受ける。このため、疑似心音波形の振幅変動を分析することで、1回拍出量及び血管の抵抗の変動である血圧変動の状態を推定できる。
【0029】
また、背部音・振動情報は、上記のように、心臓と大動脈の運動から生じる圧力振動であり、心室の収縮期及び拡張期の情報と、循環の補助ポンプとなる血管壁の弾力情報を含んでいる。従って、粘性減衰摩擦と固体摩擦の両種の減衰を含む振動系と捉えることができ、これに自由減衰振動波形の減衰比を算出する図式解法を応用できる。すなわち、加速度脈波に関しては、高血圧により反射波が増大して、収縮後期再下降波成分(d波)が増大し、加速度脈波のd/a(a波:収縮初期陽性波)と収縮期血圧(SBP)との間に相関があることが知られているが、本発明は、加速度脈波のd/aに代わる指標として、疑似心音波形の増幅特性を表す対数増幅率を用いる。そして、対数増幅率を、1自由度系の自励振動から求めた見かけの減衰比だけを用いて表し、自由減衰振動波形の減衰比を算出する手法を適用する。
【0030】
より具体的には、血圧変動推定手段240は、上記のいずれかの疑似心音波形における1心周期に相当する疑似I音の波形成分の始点から疑似II音の波形成分の終点までの間において、隣接する2つの振幅(i,i+1)について、一方を横座標軸に他方を縦座標軸にとった座標系に時系列にプロットし、各プロットされた点群の分散状況から血圧変動の状態を推定する(
図17参照)。
このように本実施形態の血圧変動推定手段240は、疑似心音波形のうちの所定の波形成分として、疑似I音の波形成分の始点から疑似II音の波形成分の終点までの間において、隣接する2つの振幅(i,i+1))を用いて、好ましくは、後述のように疑似I音の増幅期において隣接する2つの振幅を用いて血圧変動を推定している。すなわち、コンピュータによる推定のための演算処理は、疑似心音波形を抽出した後は、特定の波形成分に関してのみ解析すればよい。そして、このようにして求めた振幅比を示す点群の分散状況を後述のように近似線の傾き角度を用いて血圧との関係を推定できるため、時系列波形の変化パターンで比較する場合と比べ、血圧と近似線の傾き角度との相関データを予め記憶部に記憶させておけば、それを判定対象の近似線の傾き角度と比較すればよく、判定時におけるコンピュータの負荷の軽減、演算処理速度の向上につながる手法である。
【0031】
・実験例1
(実験方法)
生体信号測定装置として生体信号測定装置1がシートバック部に装着された実験用の自動車用シートに被験者を着座させ、安静状態、座位姿勢で、生体信号測定装置1により背部音・振動情報を採取した。コンピュータである生体状態推定装置100によって背部音・振動情報のデータを分析した。同時に、心電図(以下「ECC」、計測機器:日本光電工業(株)製、ベッドサイドモニタ BSM−2300シリーズライフスコープI)、心音図(以下、「PCG」、計測機器:日本光電工業(株)製、心音脈波アンプ AS101D及びTA701T)、指尖容積脈波(以下、「PPG」、計測機器:(株)アムコ製 フィンガークリッププローブSR−5C)を測定して比較した。なお、心音計による計測は人の胸部前面から行った。被験者はインフォームドコンセント後に書面にて同意を得た健常な20歳代の男性ボランティア6名(25.0±2.9歳)であり、体格等の身体的特徴は
図5に示したとおりであった。いずれも、肥満指数(BMI値)は、18.5以上25未満であり、標準体格の被験者であった。
【0032】
計測時間は15分間であり、サンプリング周波数1000Hzで、A/Dコンバータ(日本光電工業(株)製 Power Lab 8/30)による周期・連続計測を実施した。なお、計測開始から5分間の計測データは計測対象とせず、計測環境に慣れたと考えられる計測開始から5分経過以降の10分間のデータを計測対象とした。また、解析対象は体動等の少ない安定したデータが計測できたと考えられる計測開始から5分間経過後さらに60秒後から540秒後まで(すなわち計測開始から6分から14分の間)の480秒間とした。
図3のS12のステップで実施するクリップ処理の閾値は、S11のバンドパスフィルタによる処理により得られた第1の疑似心音波形であるRC1波形の振幅の最大値の20%とした。また、実験時における被験者の行動記録から体動が発生した箇所は解析対象外とした。
また、15分間の計測後に、上腕用家庭用血圧計(オムロンHEM−7051)を用いて、上腕の収縮期血圧(SBP)、拡張期血圧(DBP)の計測を行った。
【0033】
(実験結果)
図6〜
図8は、実験結果として、被験者C、被験者A、被験者Fの事例を示したものである。
図6の被験者Cは、心拍数は56回/分、SBPは114mmgHg、DBPは68mmHgであり、
図7の被験者Aは、全被験者中で最も心拍数が高く、心拍数は68回/分、SBPは121mmgHg、DBPは73mmHgであった。
図8の被験者Fは、心拍数は63回/分、SBPは111mmgHg、DBPは67mmHgで、SBP、DBP共に低い事例である。
【0034】
なお、
図6〜
図8において、(a)はECGを示し、(b)は生体信号測定装置1により人の背部である胸部後面から採取したり背部音・振動情報RC0である(
図3のS10)。(c)は、RC0に10〜30Hzのバンドパスフィルタを適用して求めた第1の疑似心音波形であるRC1波形であり(
図3のS11)、(d)は、RC1にクリップ処理を施した波形(
図3のS12)で、(e)はさらに遮断周波数40Hzでハイパスフィルタを適用して求めた第2の疑似心音波形(疑似I音、疑似II音を含む)である(
図3のS13,S14)。(f)は、(e)の第2の疑似心音波形を半波整流し(
図3のS15)、さらに卓越周波数(0.93Hz)からその5倍(4.65Hz)までのバンドパスフィルタを適用して求めたPPWgであり(
図3のS16,S17)、(g)は、(f)のPPWgを微分して求めたPPWg−Dである(
図3のS18,S19)。(h)は、PCGの時系列波形であり、(i)は、PCGに半波整流を施し、卓越周波数(0.93Hz)からその5倍(4.65Hz)までのバンドパスフィルタを適用して求めた時系列波形(以下、「PCG−PPWg」)であり、(j)は、その微分波形(以下、「PCG−PPWg−D」)である。(k)は、PPGの時系列波形であり、(l)は(k)の2階微分波形(以下、「PPG−2nd」)である。
【0035】
(考察)
表1は、被験者A〜Fの6名分のRRIと疑似心音波形から得られたPPWg−Dとの心周期の相関を示す。全被験者の相関係数は、p<0.05となり、有意な相関が示された。
図9は、相関図を示し、横軸はRRI、縦軸はPPWg−Dである。
【0037】
表2は、5秒間の平均値で計算したRRIと疑似心音波形から得られたPPWg−Dとの相関を示す。全被験者の相関係数は、p<0.05となり、有意な相関が示された。
図10は、相関図を示し、横軸はRRI、縦軸はPPWg−Dである。
【0039】
5秒間の平均値で計算した心周期の方が、全被験者において、相関係数並びに傾きが0.9以上を示した。以上の結果から、心拍変動を捉える場合は5秒間の平均値から求めた時系列波形を使うことが生体解析に有意な相関が得られるといえる。
【0040】
表3は、PCG−PPWg−DとRRIの相関関係を示す。
図11は、相関図を示し、横軸はRRI、縦軸はPCG−PPWg−Dである。
【0042】
表4は、PCG−PPWg−Dの5秒間の平均値とRRIとの相関関係を示す。
図12は、相関図を示し、横軸はRRI、縦軸はPCG−PPWg−Dである。
【0044】
図11及び
図12は、いずれも全被験者の相関係数0.9以上、p<0.05と高い相関を示した。
【0045】
表5は、PPG−2ndとRRIとの相関関係を示す。
図13は、相関図を示し、横軸はRRI、縦軸はPPG−2ndである。
【0047】
全被験者の相関係数は0.9以上、p<0.05と高い相関を示した。
【0048】
表6は、PPG−2ndの5秒間の平均値とRRIとの相関関係を示す。
図14は、相関図を示し、横軸はRRI、縦軸はPPG−2ndである。
【0050】
全被験者の相関係数は0.9以上、p<0.05と高い相関を示した。しかし、PPG−2ndでは、相関係数が、1拍毎で0.994(表5及び
図13)、5秒間の平均値で0.981(表6及び
図14)であり、5秒間の平均値の方が低かった。従って、脈波伝播速度等によって遅れが生じるものについては、機械的に処理する場合、5秒間の平均値を用いない方が精度が向上する場合がある。
【0051】
図15は、最大振幅値で正規化したPPWg−Dに対する最大振幅値で正規化したPCG−PPWg−D及びPPG−2ndの各周波数帯を除することによって無次元化したものである。縦軸の値が1に近いほどその周波数成分が同一であり、このことから、卓越周波数の3〜4倍の周波数帯が重要であると考えられ、PPWgを得るためのフィルタ範囲としては、卓越周波数の1〜5倍が適当である。
【0052】
図16は、疑似心音波形演算手段220により求めた第2の疑似心音波形をもとに、低周波時系列波形演算手段230により求めたPPWg−Dの時系列波形の一例(被験者Cのデータ)を示したものであり、
図17は、
図16の時系列波形の振幅変動に、血圧変動推定手段240において、自由減衰振動波形の減衰比を算出する手法を適用したものである。
【0053】
図17では、
図16のA(N)とA(N+1)をamplification (1)とし、A(N+1)とA(N+2)をamplification (2)とし、A(N+2)とA(N+3)をdamping (1)とし、A(N+3)とA(N+4)をdamping (2)とし、A(N+4)とA(N+5)をdamping (3)とし、これを、1心周期(疑似I音の波形成分の始点から、疑似II音の波形成分の終点までの間)毎に求めてプロットした。
図17中、破線Bよりも下方にプロットされた点は振幅の増幅を意味し、破線Bより上方にプロットされた点は振幅の減衰を意味する。
【0054】
ここで、血圧変動推定手段240は、プロットされた点群の分散状況を評価するにあたって、疑似I音に相当するところに注目した。疑似I音に対応する心音計により測定される心音I音が血圧に高い相関を有していることが知られており、中でも、増幅期が自励振動に相当するため、そのプロットされた点群の分散状況が血圧に相関を示すと考えられ、最高ピーク(1心周期の波形成分中、基準線よりも正側に振幅の最高値を示した箇所)を有する顕著な増幅傾向を示すamplification (2)のプロットされた点群の分散状況に着目して、生体状態を推定する。ブロットされた点群の分散状況として、血圧変動推定手段240は、amplification (2)のプロットされた点群に、最小二乗法による近似線を引き、X軸とのなす傾きの角度を算出し、血圧との相関を推定する。
【0055】
なお、
図18(a)は、PCG−PPWg−Dについて
図17と同様の処理によるプロットされた点の分散状況を示した図であり、
図18(b)は、PPG−2ndについて
図17と同様の処理によるプロットされた点の分散状況を示した図である。
【0056】
図19は、本実施形態の背部体表脈波から求めたPPWg−Dにおけるamplification (2)のプロットされた点群の傾き角度と血圧との関係を6名の全被験者について示した図である。(a)は最高血圧、(b)は最低血圧との関係を示す。なお、図中、矢印は、
図17で取り上げた被験者Cのデータ(傾き角度)を示す。SBPとの相関係数は0.941、DBPとの相関係数は0.849であり、いずれも高い相関が見られた。
【0057】
図20は、
図18(a)のPCG−PPWg−Dの結果と血圧との相関を示した図で、(a)は最高血圧、(b)は最低血圧との関係を示す。本実施形態で用いた背部音・振動情報から求めた
図19と同様に血圧との相関がある。一方、
図21は、
図18(b)のPPG−2ndの結果と血圧との相関を示した図で、(a)は最高血圧、(b)は最低血圧との関係を示すが、相関性はそれほど高くなかった。
従って、本実施形態の手法を用いれば、背部音・振動情報を測定するだけで、すなわち、被験者は生体信号測定装置1が装着されたシートに着席するだけで、心音計を用いた場合と同程度の精度で血圧変動を捉えることができる。
【0058】
図22〜
図27は、本発明の他の実施形態を説明するための図である。
図22に示したように、本実施形態の生体状態推定装置100は、生体状態推定手段200として、さらに、生理現象推定手段250を有している。
【0059】
本実施形態の生理現象推定手段250は、血圧変動との関連性の高い生理現象を推定する。具体的には、蓄尿の進行により、一般的に血圧の上昇現象が見られる尿意を推定する。
【0060】
まず、測定された背部音・振動情報(RCO)に、背部音・振動情報加工手段210により、中心周波数20Hz近傍のバンドパスフィルタ、例えば、10〜30Hzのバンドパスフィルタをかけ、第1の疑似心音波形である波形RC1を得る(
図3のS10、S11のステップ参照)。
【0061】
本実施形態の生理現象推定手段250は、この第1の疑似心音波形である波形RC1を分析対象とする。分析処理法は、上記の血圧変動推定手段240と同様であり、第1の疑似心音波形である波形RC1の1心周期に相当する波形成分中、隣接する2つの波形成分の振幅(i,i+1)について、一方を横座標軸に他方を縦座標軸にとった座標系に時系列にプロットし、各プロットされた点群の分散状況から尿意を推定する(
図23、
図24参照)。
【0062】
尿意は、血圧変動と相関するものであり、上記実施形態の疑似心音をより明確化した第2の疑似心音波形から推定することも可能であるが、迅速な処理のため、本実施形態では第1の疑似心音波形である波形RC1を分析対象としている。また、本実施形態では、
図23に示したように、2つの振幅(i,i+1)として、1心周期内に含まれる波形成分中、最小ボトム(1心周期の波形成分中、振幅の最低値を示した箇所)B1の直前に位置するボトムB2を挟んだ2つの波形成分の振幅(A1,A2)を選択した。1心周期内に含まれる波形成分中、上記実施形態のように、最高ピークを中心としてその前後の波形成分の振幅を用いてもよい。いずれにしても、増幅期において振幅の大きな2つの波形成分を一定の基準で選択して用いることが好ましい。
【0063】
生理現象推定手段250は、
図23で示した増幅期の2つの波形成分の振幅(A1(i),A2(i+1))を用いて、その振幅比を座標系にプロットする。
図24(a)は、その一例を示したものであり、図中、濃い色で示された点群が相当する。その他の薄い色で示された点群は、特定の波形成分の振幅(A1(i),A2(i+1))より前の増幅期、及び、後の減衰期の振幅比をそれぞれプロットしたものであるが、上記実施形態のように、最大ピークに近い増幅期における波形成分の振幅比が血圧変動と相関を示すことから、薄い色で示された点群の分散状況は、尿意の推定には用いない。そこで、尿意の推定に用いる波形成分の振幅(A1(i),A2(i+1))の比のプロットを明瞭化させたのが
図24(b)である。ブロットの分布密度を算出し、ブロット数の分布密度等高線図としたものである。
【0064】
・実験例2
(実験方法)
20歳代から30歳代の健康な被験者(男性8名(なお、内3名は2回実験を行ったため、得られた実験データは全11例))に、水を摂取させ、尿意の感覚レベルと生理現象推定手段250により求められる上記振幅比のプロットされた点群との関係を調べた。尿意の感覚レベルは、水を摂取後、全く尿意を感じない状態を「通常時」とし、その後、尿意を知覚した時点(すなわち、初発尿意(FDV)を自覚した時点を「知覚後」とし、初発尿意を自覚する直前を「知覚前」として分類した。また、尿意の我慢限界である最大尿意(MDV)の自覚時を「限界時」とし、「知覚後」と「限界時」との間の強い尿意(SDV)を自覚している時点を「我慢時」として分類した。
【0065】
実験は、株式会社デルタツーリング製、商品名「スリープバスター」で使用されている生体信号測定装置1がシートバック部に装着された実験用の自動車用シートに被験者を座させ、安静状態、座位姿勢で、背部音・振動情報を採取した。コンピュータである生体状態推定装置100によって背部音・振動情報のデータを分析した。同時に、心電図(以下「ECC」、計測機器:日本光電工業(株)製、ベッドサイドモニタ BSM−2300シリーズライフスコープI)を計測すると共に、15分おきに、上腕用家庭用血圧計(オムロンHEM−7051)を用いて、上腕の収縮期血圧(最高血圧)、拡張期血圧(最低血圧)の計測を行った。
被験者が、上記実験用の自動車用シートに排尿後に着座して実験を開始し、実験開始から45分後から水500mlを15分かけ摂取、最大尿意(限界時)申告まで安静状態を保ち、最大尿意申告後、排尿を行い、排尿量を測定して実験を終了した。
【0066】
(実験結果)
図25は、比較的眠気の影響が少なかった被験者Aの解析結果を示した図である。
図25(a)は、心電図のHFとLF/HFの時系列波形を、
図25(b)は、最高血圧、最低血圧の時系列の推移、並びに、15分おきに求めた心拍数の推移を、
図25(c)は、尿意及び眠気の自己申告によるレベルを示したグラフである。このグラフから、「限界時」が、LF/HFが比較的安定した時期において、HFが亢進し、その中で最高血圧、最低血圧共に上昇していることがわかる。また、「知覚後」、「我慢時」、「限界時」は、「通常時」、「知覚前」よりも、最高血圧、最低血圧共に高くなる傾向が見られる。
【0067】
図26は、本実施形態の生理現象推定手段250により求められた出力結果であり、(a)は「通常時」、(b)は「知覚前」、(c)は「知覚後」、(d)は「我慢時」及び(e)は「限界時」の出力結果をそれぞれ示す。また、
図26(a)〜(e)の各図中の左列は、振幅比のプロット図を示し、各図の右列は、左列のプロット図から作成した所定の振幅(A1(i),A2(i+1))比の点群の分布密度等高線図である。
【0068】
図26から、「我慢時」、「限界時」は、振幅(A1(i),A2(i+1))比の点群の幅が、それ以前の状態と比較して小さくなり、分布が一点に集中する傾向がある。また、尿意を強く感じるほど、この点群の中心が座標原点方向に向かう傾向もある。よって、これらの点群の面積、中心点の位置等について、座標上に閾値を設定することで、生理状態推定手段250は、尿意のレベルを推定することができる。
【0069】
図27は、
図26で求めた振幅(A1(i),A2(i+1))比の点群の近似線の傾きと最高血圧(
図27(a))又は最低血圧(
図27(b))との相関を示した図である。なお、血圧のデータは、「通常時」については75分経過時の血圧を、「知覚前」は90分経過時の血圧を、「知覚後」は105分経過時の血圧を、「我慢時」は135分経過時と150分経過時の血圧の平均値を、「限界時」は180分経過時と195分経過時の血圧を採用した。
図27から、最高血圧、最低血圧共に、「限界時」のみ
図27の近似線から外れていることがわかる。よって、生理状態推定手段250は、
図26で求めた振幅(A1(i),A2(i+1))比の点群の近似線の傾きと血圧との相関性から、大きく外れた特異点の出現が判定できる場合に、「限界時」の尿意レベルと推定することができる。
【0070】
本実験例では、血圧を血圧計を用いて測定しているが、上記実施形態の血圧変動推定手段240によって推定される血圧変動の出力結果を用いて、
図27に示したような特異点を求めるという本実施形態の生理現象推定手段250の手法により、尿意を推定することもできる。
【0071】
次に、生理現象推定手段250として、
図22〜
図27を用いて説明した実施形態とは異なる手段を採用した実施形態について説明する。本実施形態の生理現象推定手段250では、2つの波形成分の振幅比ではなく、疑似心音波形の各心周期における振幅変化のパターンを比較して尿意を推定する手段を採用している。なお、本実施形態でも解析対象とする疑似心音波形は、上記した第1の疑似心音波形であるRC1波形である。
【0072】
図28に示したように、第1の疑似心音波形の各心周期(
図28で囲みをつけた2つの領域(a),(b))に着目すると、心音I音に相当する疑似I音の波形成分中、振幅の最も高い点(最高ピーク)の出現直後に最も低い点(最低ボトム)が出現する変化を示す領域(a)の波形パターン(以下、「正の波形パターン」という)と、振幅の最も高い点(最高ピーク)の出現の直前に最も低い点(最低ボトム)が出現している変化を示す領域(b)の波形パターン(以下、「負の波形パターン」という)が存在する。本実施形態では、この2種類の波形パターンを利用して尿意の推定を行った。
【0073】
すなわち、本実施形態の生理現象推定手段250では、正の波形パターンと負の波形パターンの一定時間における出現比率から尿意の推定を行うように設定している。上記実施形態における被験者Aのデータを用いて説明する。
【0074】
図29は、実験開始後60分から200分までにおける被験者Aの尿意と眠気の主観評価(
図29(a))、最高血圧(SBP)と最低血圧(DBP)(
図29(b))、HFとLF/HF(
図29(c))の各時系列変化を示すと共に、
図29(d)に、負の波形パターンの出現比率の時系列変化を示している。負の波形パターンの出現比率の時系列変化は、30秒毎に、180秒間の負の波形パターンの出現比率を算出してプロットすることにより求めたものである。
【0075】
図29(d)に示したように、負の波形パターンの出現比率は、実験開始から初発尿意の発現までは変動が小さかったが、初発尿意の発現後は出現比率が大きく変動している。この変化は、
図29(c)において、HFが初発尿意の発現から顕著な減少傾向を示すこととタイミング的に一致している。これは副交感神経が膀胱の収縮と括約筋の弛緩に関与しているためであり、尿意の発現からHFと同様の顕著な変動が見られる負の波形パターンの出現比率を用いれば、尿意による体の変化を捉えられることになる。そこで、本実施形態では、生理現象推定手段250において、負の波形パターンの出現比率を求め、それが予め設定した判定基準に該当した場合に、「尿意有り」と判定するように設定した。判定基準としては、所定時間範囲における負の波形パターンの出現比率の増加率等が挙げられる。本実施形態では、
図30に示したように、判定時の直前20分間で負の波形パターンの出現比率の最低値と最高値との差が30%以上増加した場合に、「尿意有り」と判定するように設定した。
【0076】
表7は、上記実験例2の各被験者のデータに関して、
図30で示した判定基準に従って尿意の有無を判定した場合と、各被験者の主観評価との相関を示したものである。具体的には、主観評価の「尿意のない状態」は、水500mlの摂取後とし、「尿意のある状態」は、初発尿意時(弱い尿意を感じた時)及び最大尿意時(強い尿意を感じた時)として、それらのタイミングを基準として
図30の判定基準を採用した生理現象推定手段250による判定を行って、両者を対比した。
【0078】
正答率は、「尿意のない状態」で82%、「尿意のある状態」で68%となった。フィッシャーの正確確率検定の結果はp=0.01であり、p<0.05の範囲であるため、被験者の主観による尿意の有無と、負の波形パターンの出現比率による尿意の有無の判定に有意な相関が認められた。
【0079】
但し、被験者により判定精度がある程度異なっており、その中では、
図29に実験結果を示した被験者Aは正答率が高かった。正答率が比較的低かった被験者Bの実験結果を
図31に示す。両者を比較すると、被験者Aは、
図29に示したように、初発尿意の発現からHFの低下や血圧の上昇といった尿意による影響が各生体指標に表れており、負の波形パターンの出現比率の顕著な変動も尿意に伴う体の状態変化の表れと考えられる。これに対し、被験者Bの場合、
図31(b)に示したように、血圧が、135分までは眠気が強くなると低下し、弱くなると上昇するといった変動を繰り返しているが、最大尿意時には強い眠気にも関わらず血圧が上昇している。また、
図31(c)に示したように、HF、LF/HFは、実験開始からあまり変化が見られないものの、最大尿意申告前からHFが低下し、LF/HFが上昇する傾向を示している。これらのことから、被験者Bは最大尿意時には尿意による影響が生体指標に表れていると言えるが、体の状態変化に及ぼす影響が尿意よりも強い眠気の方が勝ったことにより、初発尿意時には、負の波形パターンの出現比率に大きな変動が生じず、尿意を捉えられなかったものと考えられる。
【0080】
本実施形態における疑似心音波形から求めた負の波形パターンの出現比率は、心臓から発生した脈波の反射波の影響を受けて変化し、すなわち、血圧の上昇などの影響による動脈壁の硬化によって反射波の伝播速度が速くなることで変化するものと考えられる。よって、尿意発現に伴う血圧の上昇による反射波の早期帰来が負の波形パターンの出現比率の大きな変動として出現し、尿意を検知できる。
【0081】
次に、
図28〜
図31において説明した負の波形パターンの出現比率から尿意を判定する方法を利用して、尿意の生じた時点をより迅速に判定する方法について
図32に基づき説明する。
【0082】
まず、
図32(a)に示したように、負の波形の出現比率の最高値と最低値の差を上記と同様に所定時間範囲について求める。なお、上記実験例では20分間と設定したが、
図32の計算例では15分間に設定し、さらに、これを2分ずつスライドさせたデータを用いて順次求めていく(n(1)〜n(i))。例えば、
図32(b)に示したように、2分から17分までの15分間の差を15%と算出することを順次行っていく。次に、
図32(c)に示したように、ある15分間(n(i))のデータにおいて出力された差と、その直前15分間(n(i−1))のデータにおいて出力された差を比較して、直前変動率としてプロットしていく。また、尿意を感じる前の通常時における任意の15分間のデータから基準となる差(基準差)Xを求め(
図32(d))、
図32(e)に示したように、この基準差(X)に対するある15分間(n(i))の比率を算出し、これを通常時変動率としてプロットしていく。そして、
図32(c)の直前変動率波形と
図32(e)の通常時変動率波形とを比較する。
【0083】
図33は、
図32の手法を上記実験データに適用した例を示したものである。なお、通常時におけるデータとしては、水摂取前で、負の波形の出現比率の波形が比較的安定している15分間を選択して用い、この例では基準差X=14%に設定した。
図33(f)に示したグラフがその結果である。このグラフから、尿意の上昇に伴って、通常時変動率が上昇していることがわかる。よって、
図33(f)のグラフを用いれば、負の波形パターンの出現比率を順次求めていきながら、通常変動率が上昇した時点で尿意を生じたと速やかに判定することができる。
【0084】
次に、負の波形パターンの出現比率を利用して、生体状態の変化を捉える他の解析手法について
図34に基づき説明する。
【0085】
まず、上記と同様に、負の波形の出現比率の時系列波形を求める(
図34(a))。その後、例えば、時間窓を240秒に設定して移動平均計算を行い、負の波形の出現比率の移動平均波形を求める(
図34(b))。この負の波形の出現比率の移動平均波形の各周期の始点を求めるため、移動平均波形を微分し、その振幅のボトム点を抽出する(
図34(c))。次いで、
図34(b)の負の波形の出現比率の移動平均波形上に、
図34(c)で抽出したボトム点をプロットし(
図34(d))、
図34(d)のデータを用いて、負の波形の出現比率の移動平均波形の振幅、周期、基線のゆらぎを捉える。
【0086】
図35は、
図33と同じ被験者の実験データであり、
図35(f)に、負の波形の出現比率の移動平均波形に周期の始点であるボトム点をプロットしたグラフを示している。初発尿意申告時点までは、基線がほぼ一定であると共に、周波数も安定しており振幅が小さい。これに対し、初発尿意申告時点からは、ゆらぎが生じ、振幅が大きくなって長周期化している。その一方、140分以降は最大尿意時(限界時)に近づくほど、振幅が収束する傾向が見られる。
【0087】
図36は、
図35と同じ被験者の異なる実験データである。同じく
図36(f)の最下欄のグラフを見ると、初発尿意申告時までは、基線が不安定であるものの周波数はほぼ一定である。これに対し、初発尿意申告時において、一旦、振幅が大きく変化して周期が変動している。その後、周期が安定するものの、140〜150分付近で再び、振幅が大きくなっている。この時点は、尿意・眠気のグラフ(
図36(d))から明らかなように、眠気の変動が生じ、尿意が一時的に減少している。また、最大尿意時(限界時)の前後においては、振幅の収束傾向とその後再び大きくなる傾向が出現している。すなわち、尿意を感じ始めた時、眠気に変化が生じた時、最大尿意時というように、生体状態に何らかの変化を生じたことが捉えられている。
【0088】
図37は異なる被験者のデータであるが、
図37(f)に示したように、初発尿意の申告時に振幅、周期の変動があり、150分付近、190分付近における尿意を我慢してある程度の時間が経過するタイミングで振幅、周期の変動がある。そして、最大尿意時(限界時)に近づくにつれ、収束傾向を示している。
【0089】
図38はさらに異なる被験者のデータであり、
図38(e)から、50分前後において、振幅、周期の変化、基線の傾きの変化が見られる。この時点では、尿意を感じていないが、LF/HFが優位となって交感神経活動が活発化していることに対応した変化となっている。そして、90分付近の初発尿意申告時においても振幅、周期の変動があり、限界時付近で振幅の収束傾向を示している。
【0090】
図39はさらに異なる被験者のデータである。この被験者は、
図39(d)に示したように、実験開始30分後から、初発尿意の申告時付近まで眠気が増大している。
図39(f)を見ると、70分付近まで、眠気の増大に伴って基線の傾きが右肩上がりになっている。その後、初発尿意の申告時付近に向かうに従い、基線の傾きが変化すると共に、周期の変動が見られ、さらに限界時付近で振幅の収束傾向を示している。
【0091】
負の波形の出現比率の移動平均波形の振幅、周期、基線等のゆらぎの変動は、上記のように、尿意の変化に伴って出現しており、尿意を捉えられることが示唆されるが、それのみならず、眠気や自律神経活動の変化にも対応して変動が見られ、生体状態の種々の変化を捉えることに利用できる指標である。