(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6876442
(24)【登録日】2021年4月28日
(45)【発行日】2021年5月26日
(54)【発明の名称】アルカリ電池、アルカリ電池の製造方法
(51)【国際特許分類】
H01M 4/06 20060101AFI20210517BHJP
H01M 50/10 20210101ALI20210517BHJP
H01M 6/08 20060101ALI20210517BHJP
H01M 4/62 20060101ALI20210517BHJP
H01M 50/183 20210101ALI20210517BHJP
【FI】
H01M4/06 E
H01M2/02 E
H01M6/08 A
H01M4/62 C
H01M2/08 Q
【請求項の数】3
【全頁数】10
(21)【出願番号】特願2017-5203(P2017-5203)
(22)【出願日】2017年1月16日
(65)【公開番号】特開2018-116777(P2018-116777A)
(43)【公開日】2018年7月26日
【審査請求日】2019年12月18日
(73)【特許権者】
【識別番号】000237721
【氏名又は名称】FDK株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000176
【氏名又は名称】一色国際特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】遠藤 賢大
(72)【発明者】
【氏名】野上 武男
(72)【発明者】
【氏名】夏目 祐紀
(72)【発明者】
【氏名】安西 晋吾
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 雄也
(72)【発明者】
【氏名】國谷 繁之
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 拓也
【審査官】
冨士 美香
(56)【参考文献】
【文献】
特開2009−259706(JP,A)
【文献】
特開2012−048958(JP,A)
【文献】
特開平11−154514(JP,A)
【文献】
特表2011−522390(JP,A)
【文献】
特開2007−220373(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 4/00−4/62
H01M 6/08
H01M 50/10
H01M 50/183
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
正極活物質を含んで環状に成型されてなる正極合剤が正極集電体を兼ねる有底円筒状の電池缶内に配置されてなるインサイドアウト型のアルカリ電池であって、
前記電池缶は、内面の表層にニッケルコバルト合金からなるメッキ層が形成され、
前記正極合剤には、アルカリベース電位が270mV以上290mV以下の二酸化マンガンが正極活物質として含まれているとともに、黒鉛からなる導電助剤が前記正極活物質に対して4wt%以上6wt%以下の割合で含まれている、
ことを特徴とするアルカリ電池。
【請求項2】
請求項1において、前記黒鉛が膨張黒鉛であることを特徴とするアルカリ電池。
【請求項3】
正極活物質を含んで環状に成型されてなる正極合剤が正極集電体を兼ねる有底円筒状の電池缶内に配置されてなるインサイドアウト型のアルカリ電池の製造方法であって、
正極集電子を兼ねて上方が開口する有底円筒状の電池缶内に、環状の前記正極合剤と、当該正極合剤の内方にセパレーターを介して配置される負極ゲルをアルカリ電解液とともに収納するとともに、円板状の負極端子板の下面に接続された棒状の負極集電子を上下方向に立てた状態で前記負極ゲル中に挿入しつつ、前記電池缶の開口を、封口ガスケットを介して前記負極端子板で封口してアルカリ電池を組み立てる組立ステップと、組立後の前記アルカリ電池に対して室温よりも高い所定の温度で所定時間放置するエージングステップを含み、
前記組立ステップでは、内面の表層にニッケルコバルト合金からなるメッキ層が形成された電池缶と、アルカリベース電位が270mV以上290mV以下の二酸化マンガンを正極活物質とするとともに、黒鉛からなる導電助剤が前記正極活物質に対しして4wt%以上6wt%以下の割合で含まれている正極合剤を用い、
前記エージングステップでは、前記電池缶における前記ニッケルコバルト合金中のコバルトを酸化させる、
ことを特徴とするアルカリ電池の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明はアルカリ電池、およびアルカリ電池の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アルカリ電池は、正極合剤、セパレーター、負極合剤からなるアルカリ発電要素が有底円筒状の金属製電池缶内に収容されているとともに、その電池缶の開口部が樹脂製の封口ガスケットを用いて気密封口された構造を有している。
図1にLR6型アルカリ電池1の構造を示した。
図1(A)は、円筒軸100の延長方向を上下あるいは縦方向としたときの縦断面図であり、
図1(B)は、
図1(A)における円101内の拡大図である。このアルカリ電池1は、いわゆる、インサイドアウト型と呼ばれる構造であり、有底筒状の金属製電池缶2、リングコアに似た環状(以下、リングコア状とも言う)に成型された正極合剤3、この正極合剤3の内側に配設された有底円筒状のセパレーター4、亜鉛合金を含んでセパレーター4の内側に充填される負極ゲル5、この負極ゲル5中に挿入された負極集電子6、負極端子板7、封口ガスケット8などにより構成される。この構造において、正極合剤3、セパレーター4、負極ゲル5が、電解液の存在下でアルカリ電池1の発電要素を形成する。
【0003】
ここで電池缶2の底部側を下方として上下方向を規定することとすると、電池缶2は、電池ケースを兼ねるとともに、正極合剤3に直接接触することにより、正極集電体として機能する。電池缶2の底面には正極端子9が形成されている。皿状の負極端子板7は、フランジ状の縁がある皿状で、皿を伏せたように底面を上にした状態で電池缶2の開口に封口ガスケット8を介してかしめられている。
【0004】
負極ゲル5中に挿入された棒状の負極集電子6は、その上端が皿状の負極端子板7の下面7dに溶接されることで立設固定されている。封口ガスケット8は、電池缶2内を上下に仕切る円板状の隔壁部81と、隔壁部81の外周縁に上方に立設する側壁部82と、隔壁部81の中央に形成された中空筒状のボス部83とを有する樹脂製の一体成形品である。負極集電子6は、封口ガスケット8のボス部83の中空孔に挿通され、アルカリ電池1を組み立てる際には、負極端子板7、負極集電子6および封口ガスケット8を封口体としてあらかじめ一体に組み合わせておく。そして、発電要素が収納された電池缶2の開口端側に封口体を挿入するとともに、この電池缶2の開口を内方に縮径加工する。それによって封口ガスケット8の側壁部82が電池缶2の開口縁部と負極端子板7におけるフランジ状の縁との間に挟持され、電池缶2が密閉状態で封口される。
【0005】
なお、封口ガスケット8の隔壁部81において、負極ゲル5に対面する領域には、ボス部83と同心円をなす溝状の薄肉部が形成されており、この薄肉部は、電池缶2内の圧力が異常に上昇した際に封口ガスケット8の他の部位に先行して破断し、最終的に、その内圧の原因となったガスを負極端子板7に設けられた通気孔71を介して大気開放させる防爆安全機構として機能する。
【0006】
ところで、電池缶2の内面は強アルカリ性の電解液に晒されるため、電池缶2は、
図1(B)に拡大して示したように、1.0〜2.0μm程度の厚さのニッケル(Ni)メッキ層22が形成された鋼板21からなり、少なくとも電池缶2の内面側にNiメッキ層22が配置されている。それによって鋼板21を構成する鉄が強アルカリ性の電解液によって腐食されることを防止している。
【0007】
なお以下の特許文献1には、正極缶の内面側に、金属あるいは化合物の形でコバルト(Co)が含まれる被覆を形成することで、電極缶と正極合剤との接触抵抗を長期的に低い状態で維持させる技術について記載されている。また、以下の特許文献2には、電池缶の内面側にニッケルコバルト(Ni−Co)合金のメッキ層を形成したアルカリ電池の電池缶について記載されている。そして、以下の非特許文献1には、アルカリ電池の作製手順が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特公平7−70320号公報
【特許文献2】特開2012−48958号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】FDK株式会社、”富士通 アルカリ乾電池のできるまで”、[online]、[平成28年12月13日検索]、インターネット<URL:http://www.fdk.co.jp/denchi_club/denchi_story/arukari.htm>
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上述したように、インサイドアウト型のアルカリ電池では、電池缶2の内面にNiメッキが施されている。しかし内面にNiメッキが施された電池缶を用いたアルカリ電池では、60℃など、使用上限温度に近い高温環境下で保存するとNiが酸化して導電性が低下し、放電性能が劣化するという問題がある。そこで、酸化しても導電性が低下しないCoを含む合金からなるメッキ層を設けることが考えられ、上記特許文献2に記載の電池缶では、Niメッキが施された鋼板の表層にNi−Co合金からなるメッキ層をさらに設け、そのメッキ層の厚さやNi−Co合金中のCoの比率を適正化している。
【0011】
ところで、近年になって、アルカリ電池などの汎用の電池が、災害時のための懐中電灯やラジオなどの電気器具や電子機器の電源として、非常食などと同様に備蓄用途に供されるようになってきた。しかし電池は、非常食と異なり、消費期限が近くなっても、すぐに消費して新しい備蓄品に交換することができない。すなわち、電池の消費期限が近くなった時点で、日常生活で使用されている電気器具や電子機器に使われている電池が都合良く消耗しているとは限らない。そのためアルカリ電池には、保存期間が5年程度の非常食よりもさらに長い期間(例えば10年間)にわたって保存した後でも各機器の電源として使用できる長期保存性能が求められるようになった。
【0012】
そこで本発明者は、高温環境下での保存特性(以下、高温貯蔵性能とも言う)に優れた内面の表層にNi−Coメッキ層を有する電池缶を用いたアルカリ電池の長期保存性能について検討してみたところ、極めて長期にわたって保存すると、メッキ層中のCoが電解液中に徐々に溶出し、溶出したCoイオンが負極の亜鉛と反応して水素ガスを発生させることが判明した。電池缶内に発生した水素ガスは電池缶内の圧力を高め、場合によっては、漏液に至る可能性がある。そして漏液したアルカリ電池は、当然のことながら、電子機器や電気器具の電源として使用することができない。
【0013】
そこで本発明は、高温貯蔵性能と長期保存性能に優れたアルカリ電池とその製造方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記目的を達成するための本発明は、正極活物質を含んで環状に成型されてなる正極合剤が正極集電体を兼ねる有底円筒状の電池缶内に配置されてなるインサイドアウト型のアルカリ電池であって、
前記電池缶は、内面の表層にニッケルコバルト合金からなるメッキ層が形成され、
前記正極合剤には、対アルカリベース電位が270mV以上290mV以下の二酸化マンガンが正極活物質として含まれているとともに、黒鉛からなる導電助剤が前記正極活物質に対して4wt%以上6wt%以下の割合で含まれている、
ことを特徴とするアルカリ電池としている。そして前記黒鉛を膨張黒鉛とすればより好ましい。
【0015】
また本発明は、アルカリ電池の製造方法を含み、当該アルカリ電池の製造方法は、
正極活物質を含んで環状に成型されてなる正極合剤が正極集電体を兼ねる有底円筒状の電池缶内に配置されてなるインサイドアウト型のアルカリ電池の製造方法であって、
正極集電子を兼ねて上方が開口する有底円筒状の電池缶内に、環状の前記正極合剤と、当該正極合剤の内方にセパレーターを介して配置される負極ゲルをアルカリ電解液とともに収納するとともに、円板状の負極端子板の下面に接続された棒状の負極集電子を上下方向に立てた状態で前記負極ゲル中に挿入しつつ、前記電池缶の開口を、封口ガスケットを介して前記負極端子板で封口してアルカリ電池を組み立てる組立ステップと、組立後の前記アルカリ電池に対して室温よりも高い所定の温度で所定時間放置するエージングステップを含み、
前記組立ステップでは、内面の表層にニッケルコバルト合金からなるメッキ層が形成された電池缶と、アルカリベース電位が270mV以上290mV以下の二酸化マンガンを正極活物質とするとともに、黒鉛からなる導電助剤が前記正極活物質に対しして4wt%以上6wt%以下の割合で含まれている正極合剤を用い、
前記エージングステップでは、前記電池缶における前記ニッケルコバルト合金中のコバルトを酸化させる、
ことを特徴とするアルカリ電池の製造方法としている。
【発明の効果】
【0016】
本発明のアルカリ電池によれば、優れた高温貯蔵性能を備えつつ長期保存性能を向上させることができる。また本発明のアルカリ電池の製造方法によれば、アルカリ電池の長期保存性能をさらに向上させることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】一般的なアルカリ電池の構造を示す図である。
【
図2】本発明の実施例に係るアルカリ電池の構造を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明の実施例について、以下に添付図面を参照しつつ説明する。なお以下の説明に用いた図面において、同一または類似の部分に同一の符号を付して重複する説明を省略することがある。ある図面において符号を付した部分について、不要であれば他の図面ではその部分に符号を付さない場合もある。
【0019】
===本発明の実施例における技術思想===
上述したように、内面の表層にNiメッキ層が形成されている電池缶を用いたアルカリ電池では、高温環境下で保存するとNiが酸化して電池缶の導電性が低下する。内面の表層にNi−Co合金からなるメッキ層(以下、Ni−Coメッキ層とも言う)が形成されている電池缶を用いたアルカリ電池では、電池缶の内面が酸化しても導電性が低下しない。しかし、Ni−Coメッキ層が形成された電池缶を用いたアルカリ電池であっても、10年以上など、極めて長い期間にわたって保存すると漏液が発生する可能性がある。
【0020】
そこで本発明者は、内面の表層にNi−Coメッキ層が形成された電池缶を用いたアルカリ電池の長期保存性能を向上させるために鋭意研究を重ねた結果、正極合剤中の二酸化マンガンのアルカリ電解液に対する電位(以下、アルカリベース電位とも言う)や黒鉛の添加量と、高温環境下で保存した後での放電性能(以下、高温貯蔵性能)や長期保存性能との間に相関関係があることを知見した。本発明は、このような知見に基づいてなされたものである。
【0021】
===本発明の実施例===
図2に、本発明の実施例に係るアルカリ電池1aの構造を示した。
図2(A)は、当該アルカリ電池1aの縦断面図であり、(B)は、(A)における円102内の拡大図である。当該アルカリ電池1aの基本的な構造は、
図1に示した一般的なアルカリ電池1と同様であるが、本実施例のアルカリ電池1aでは、電池缶2aの内面の表層にNi−Coメッキ層23が形成されており、
図2(B)に示したように、電池缶2aを構成する金属素材は、Niメッキ層22が形成された鋼板21を基材として、その基材の表層にNi−Coメッキ層23が形成されたものである。そして、少なくも電池缶2aの内面側に、Niメッキ層22とNi―Coメッキ層23が形成されている。
【0022】
さらに本実施例のアルカリ電池1aは、正極合剤3中の二酸化マンガンのアルカリベース電位と、正極合剤3中に導電助剤として添加される黒鉛の量が最適化されている。それによって、本実施例のアルカリ電池1aは、優れた高温貯蔵性能と長期保存性能を有している。
【0023】
==サンプル===
本実施例のアルカリ電池1aにおける高温貯蔵性能と長期保存性能とを評価するために正極合剤3の作製条件が異なる各種アルカリ電池1aをサンプルとして作製した。また、
図1に示したように、表層にNiメッキ層22のみが形成された鋼板21からなる電池缶2を備えたアルカリ電池1もサンプルとして作製した。なお、電池缶(2、2a)は、約0.15mmの厚さを有する鋼板21を基材として、例えば1.5μm程度の厚さのNiメッキ層22が形成されたものを基本とし、サンプルに応じ、Niメッキ層22の表層に、0.2μm程度の厚さのNi−Coメッキ層23を形成したものである。
【0024】
正極合剤3は、サンプルに応じ、正極活物質である電解二酸化マンガン(以下、EMDとも言う)のアルカリベース電位、正極合剤に導電助剤と添加する黒鉛の種類、および導電助剤の添加量を変えた。なお、各サンプルにおけるアルカリベース電位は、当初のアルカリベース電位が290mVのEMDをpHが異なる溶液中で還元処理することで調整した。
【0025】
===信頼性試験===
電池缶(2、2a)の構成や正極合剤3の作製条件が異なる各種サンプルにおける高温貯蔵性能や長期保存性能を評価するために、各サンプルに対し、高温環境下で保存した際の放電性能の安定性や常温で長期保存したときの漏液の有無などを調べる試験を行った。ここでは各サンプルについて10個の個体を作製し、全個体に対して60℃の温度で2ヶ月間保存する高温貯蔵試験を行った。また、同様にサンプル毎に10個の個体を作製し、全個体に対して80℃の温度で4ヶ月保存する長期保存試験を行った。
【0026】
高温貯蔵試験については、その試験の前後での放電性能の変化を調べた。具体的には、各サンプルに対し1.5Wの消費電力で2秒間放電させた後650mWの消費電力で28秒間放電させる放電動作を1サイクルとして、1時間に連続して10サイクル(5分間)放電させたのち55分休止し、次の1時間で再度10サイクル放電させる動作を繰り返すパルス放電試験を行った。そして1.05Vの終止電圧に至るまでのサイクル数を測定した。またサンプルを80℃で4ヶ月間保存する長期保存試験は、常温で13年間保存することに相当し、長期保存試験後の各サンプルについて、漏液の有無を目視で確認し、各サンプルに属する10個の個体のうち漏液が発生した個体数を数えた。
【0027】
以下の表1に各サンプルの作製条件と、各サンプルにおける高温貯蔵試験と長期保存試験の結果を示した。
【0028】
【表1】
表1において、サンプル1〜5は、
図1に示したアルカリ電池1のように、Ni−Coメッキ層23がない電池缶2を用いたサンプルであり、他のサンプル6〜22は、
図2に示した、Niメッキ層22の表層にNi−Coメッキ層23が内面に形成された電池缶2aを用いている。またサンプル1〜15とサンプル16〜22では、導電助剤に用いる黒鉛の種類が異なっており、サンプル1〜15は導電助剤として一般的に使用されている粒径15μm程度の人工黒鉛を用いており、サンプル16〜22はアスペクト比が大きく長径が40μm程度まで伸張された膨張黒鉛を用いている。
【0029】
また表中の「アニール」とは、電池缶(2、2a)に用いられた鋼板材料、すなわちメッキ層(22、23)が形成された鋼板21が所定の温度と時間で熱処理(例えば、650℃、50時間)されたものであるか否かを示しており、電池缶(2、2a)は、普通、アニールが施された鋼板材料を用いて作製されている。ここではサンプル21と22以外は、全てアニールを施した鋼板材料からなる電池缶(2、2a)を用いた。
【0030】
表1より、まず、内面の表層にNiメッキ層22のみを有する電池缶2を用いたサンプル1〜5は、EMDのアルカリベース電位(表中「EMD電位」)が大きいほど初期状態での放電性能が優れていた。しかし、高温貯蔵試験後の放電性能は、いずれも初期の放電性能に対して10〜20%程度であり、大きく劣化していることが分かった。一方、内面の表層にNi−Coメッキ層23を有する電池缶2aを用いたサンプル6〜22では、高温貯蔵試験の前後で最低でも50%以上の放電特性を維持した。そして、黒鉛の種類と添加量が同じでアルカリベース電位のみが異なるサンプル6〜10から、アルカリベース電位が270mV以上290mV以下であれば、高温貯蔵試験後でも初期状態の80%以上の放電性能を維持することが分かった。しかし、アルカリベース電位が260mV以下のサンプル9と10では、高温貯蔵試験後の放電性能が試験前に対し、それぞれ66%と54%であった。他のサンプル6〜8では試験後の放電性能が初期状態に対して80%以上であったことから、アルカリベース電位が260mV以下のEMDを正極合剤に用いたサンプル9と10は相対的に高温貯蔵性能が劣っていることが分かった。また、サンプル9と10は、長期保存試験後に漏液が発生した個体があった。以上より、本実施例のアルカリ電池1aは、内面の表層にNi−Coメッキ層が形成された電池缶2aを用いるとともに、正極合剤3に正極活物質として含まれるEMDのアルカリベース電位が270mV以上290mV以下であることが条件となる。
【0031】
次に、サンプル11〜15は、アルカリベース電位を280mVとし、導電助剤として人工黒鉛を用いている。そしてその人工黒鉛の添加量が異なっている。なお、人工黒鉛の添加量はEMDに対する質量比である。そしてサンプル11〜15では、人工黒鉛の添加量が3wt%のサンプル15では高温貯蔵試験後の放電性能が試験前に対して50%以下であった。また添加量が8wt%以上のサンプル11と12では長期保存試験後に漏液が発生した個体があった。以上より、導電助剤となる黒鉛の添加量は、4wt%以上6wt%以下であることが望ましい。そしてサンプル1〜16における高温貯蔵試験と長期保存試験の結果より、本発明の実施例に係るアルカリ電池1aは、内面の表層にNi−Coのメッキ層を有する電池缶2aと、アルカリベース電位が270mV以上290mV以下のEMDを正極活物質とするとともに、導電助剤となる黒鉛が当該正極活物質に対して4wt%以上6wt%以の割合で添加された正極合剤3とを備えたものとなる。そして本実施例のアルカリ電池1aによれば、高温貯蔵前後で放電特性が維持され、極めて長期にわたって保存しても漏液が発生せず、優れた高温貯蔵性能と長期保存性能を備えている。
【0032】
なお、サンプル11〜15に対し、導電助剤を人工黒鉛に代えて膨張黒鉛としたサンプル16〜20では、導電助剤となる膨張黒鉛の添加量が3wt%のサンプル20では高温貯蔵試験後の放電性能が試験前に対して59%であった。一方、膨張黒鉛の添加量が4wt%のサンプル16〜19では87%〜94%の放電性能を維持した。しかし、膨張黒鉛を8wt%以上添加したサンプル16,17では、長期保存試験後に漏液が発生した個体があった。したがって黒鉛が膨張黒鉛であってもその最適な添加量は4wt%以上6wt%以下となる。そして、黒鉛の種類のみが異なるサンプル13とサンプル18、およびサンプル14とサンプル19を比較すると、黒鉛を膨張黒鉛としたサンプル18および19は、人工黒鉛を用いたサンプル13および14に対し、初期状態および高温貯蔵試験後での放電性能がともに優れていた。したがって、本実施例のアルカリ電池1aは、正極合剤3に含まれる導電助剤が膨張黒鉛であればより好ましい。なおサンプル21と22は、アニールを施していない鋼板材料からなる電池缶2aを用いており、正極合剤3の作製条件は、それぞれサンプル18と19と同じである。そしてアニールを施した鋼板材料からなる電池缶2aを用いたサンプル18、19の方が初期および高温貯蔵試験後の放電特性が優れていたものの、高温貯蔵試験の前後で80%以上の放電性能を維持し、長期保存試験による漏液も発生しなかった。すなわち、本実施例のアルカリ電池1aでは、内面の表層にNi−Coメッキ層が形成されていれば、アニールが施されていない鋼板材料からなる電池缶2aを用いてもよい。
【0033】
ここで、サンプル6〜8、13、14、18、19、21、22が優れた高温貯蔵性能と長期保存性能を示した理由について考察すると、まず、長期保存性能については、EMDのアルカリベース電位が高いため、Coがより酸化され易くなり、それによってCoの酸化が促進され、Coが溶出し難くなったために優れた高温貯蔵性能を示したものと考えることができる。また、これらのサンプルでは、撥水性を有してアルカリ電解液との親和性が低い黒鉛の添加量が最適化されていることで、Coの酸化が阻害されず、高温貯蔵試験の前後でも放電性能が維持されたものと考えることができる。
【0034】
===アルカリ電池の製造方法について===
表1に示した試験結果より、内面の表層にNi−Coメッキ層23が形成された鋼板21からなる電池缶2aを用いるともに、EMDが270mV以上290mV以下のアルカリベース電位を有し、かつ黒鉛がEMDに対して4wt以上%6wt%以下添加されている正極合剤3を用いたアルカリ電池1aは、優れた高温保存性能と長期保存性能を備えたものとなる。そして長期保存性能についてはCoの酸化を促進させることでさらに向上させる余地がある可能性がある。そこで、組立後のアルカリ電池1aに対して熱処理を施すエージング処理を行うことで、電池缶2aの内面に形成されているNi−Coメッキ層23中のCoの酸化をさらに促進させ、長期保存性能をさらに向上させることを試みた。
【0035】
ここでは、表1におけるサンプル7および18と同じ条件で作製したアルカリ電池1aと、当該サンプル7および18を45℃の温度下で24時間保存するエージング処理を行ったアルカリ電池1aをサンプルとして作製した。また、各サンプルについて、高温貯蔵試験と長期保存試験のそれぞれに供される個体を10個ずつ作製した。そして、エージング処理の有無による高温貯蔵性能と長期保存性能を調べた。なお、作製したサンプルは、サンプル7,18と同様に優れた長期保存性能を備えていることが予想されることから、試験後に漏液が発生しなかった場合には、試験後のサンプルを水中で分解し、電池缶内のガスを水上置換により捕集し、そのガスの量を測定した。
【0036】
以下の表2に、エージング処理の効果を示した。
【0037】
【表2】
表2において、サンプル23と24は、それぞれ表1におけるサンプル7とサンプル18と同じ条件で作製されたアルカリ電池1aである。そして、サンプル23および24と同じ条件で作製されたアルカリ電池1aに対してエージング処理を行ったアルカリ電池1aがサンプル25および26である。表2に示したように、高温貯蔵性能は、初期特性においてはエージング処理によって1.5%程度低下し、試験後では、1%程度の低下であった。したがって、エージング処理の有無に依らず、高温貯蔵性能はほとんど影響を受けないと言える。一方、長期保存試験については、いずれのサンプルでも試験後に漏液が発生した個体はなかった。しかし、長期保存試験後のガス発生量は、エージング処理を施すことで、ガスの発生量が30%〜35%程度減少することが分かった。すなわち、エージング処理によって長期保存性能をさらに向上させることが確認できた。
【0038】
なおエージング処理については、温度を高くするほど、また時間を長くするほど電池缶におけるNi−Coメッキ層のCoの酸化が促進される。しかし、その一方で高温貯蔵性能が劣化する可能性もある。したがって、エージング処理における温度や時間は、目的とする高温貯蔵性能に応じて、適宜に設定すればよい。
【符号の説明】
【0039】
1,1a アルカリ電池、2,2a 電池缶、3 正極合剤、4 セパレーター、
5 負極ゲル、6 負極集電子、7 負極端子板、8 封口ガスケット、
9 正極端子、21 鋼鈑、22 Niメッキ層、23 Ni−Coメッキ層