【実施例】
【0017】
本実施例の放射装置10は、赤外線の全波長領域(0.7μm〜1mm)内の特定の波長領域の放射エネルギーを放射する放射装置(エミッター)である。
図1に示すように放射装置10は、複数の層が積層された積層構造を有しており、発熱層16(発熱源の一例)と、発熱層16の表面側に配置された第1支持基板14と、第1支持基板14の表面側に配置されたMIM構造層12と、発熱層16の裏面側に配置された第2支持基板18と、第2支持基板18の裏面側に配置された裏面金属層20と、を備えている。
【0018】
発熱層16は、入力される電力エネルギーを熱エネルギーに変換する層である。発熱層16としては、公知の種々の発熱層を用いることができ、例えば、発熱線(導電材)を第2支持基板18の表面にパターン印刷して形成されたものや、あるいは、カーボンシートヒーターを用いることができる。発熱層16は、図示しない外部電源と接続されており、外部電源から電力エネルギーが供給されるようになっている。外部電源から供給される電力エネルギー量が制御されることで、発熱層16で発生する熱エネルギー量が制御されるようになっている。発熱層16は第1支持基板14と第2支持基板18の間に配置されているため、発熱層16で発生する熱エネルギーは、第1支持基板14側と第2支持基板18側に流れることとなる。
【0019】
第1支持基板14は、発熱層16の表面に接触している。第1支持基板14は、熱伝導率の大きい材料によって形成することができ、例えば、窒化アルミニウム(AlN)基板、炭化珪素(SiC)基板等を用いることができる。第1支持基板14と発熱層16は、接着剤を用いて接着されていてもよいし、あるいは、ケーシング等を用いて両者の間に圧力を作用させることによって接合(いわゆる、圧接)されていてもよい。
【0020】
MIM(Metal−Insulator−Metal)構造層12は、メタマテリアル構造層の一種であり、第1支持基板14の表面に形成されている。MIM構造層12は、発熱層16から入力される熱エネルギーを特定の波長領域の放射エネルギーとしてその表面から放射する。すなわち、MIM構造層12は、ピーク波長とその周辺の狭い波長領域(特定の波長領域)の放射エネルギーを放射し、特定の波長領域以外の放射エネルギーは放射しないように構成されている。すなわち、MIM構造層12は、ピーク波長において高い放射率(例えば、0.85〜0.9)を有し、特定の波長領域以外の波長領域では極めて低い放射率(0.1以下)を有している。このため、MIM構造層12の赤外線の全波長領域(0.7μm〜1mm)における平均放射率は0.15〜0.3となっている。特定の波長領域としては、例えば、近赤外線の波長領域(例えば、2〜10μm)内にピーク波長(例えば、5〜7μm)を有し、その半値幅が1μm程度となるように調整することができる。
【0021】
図2に示すようにMIM構造層12は、第1支持基板14の表面に形成された第1金属層26と、第1金属層26の表面に形成された絶縁層24と、絶縁層24の表面に形成された複数の凸状金属部22を備えている。第1金属層26は、金(Au)、アルミニウム(Al)、モリブデン(Mo)等の金属によって形成することができ、本実施例では金(Au)によって形成されている。第1金属層26は、第1支持基板14の表面全体に形成されている。絶縁層24は、セラミックス等の絶縁材料によって形成することができ、本実施例では酸化アルミニウム(Al
2O
3)によって形成されている。絶縁層24は、第1金属層26の表面全体に形成されている。凸状金属部22は、金(Au)、アルミニウム(Al)、モリブデン(Mo)等の金属によって円柱状に形成されており、本実施例では金(Au)によって形成されている。凸状金属部22は、絶縁層24の表面の一部に形成されている。凸状金属部22は、絶縁層24の表面にx方向及びy方向に間隔を空けて複数配置されている。凸状金属部22の寸法(円柱形状の径及び高さ)を調整することで、MIM構造層12から放射される放射エネルギーのピーク波長を調整することができる。また、凸状金属部22の配置パターン(隣接する凸状金属部22の間隔等)を調整することで、上述した「特定の波長領域」の広狭等を調整することができる。上述したMIM構造層12は、公知のナノ加工技術を用いて製作することができる。
【0022】
なお、本実施例の放射装置10では、MIM構造層12を用いたが、MIM構造層以外のメタマテリアル構造層を用いてもよい。例えば、特開2015−198063号公報に開示されているマイクロキャビティ構造を第1支持基板14の表面に形成してもよい。
【0023】
第2支持基板18は、発熱層16の裏面に接触している。第2支持基板18は、第1支持基板14の熱伝導率と比較して熱伝導率の小さな材料によって形成することができ、例えば、酸化アルミニウム(Al
2O
3)基板等を用いることができる。第2支持基板18と発熱層16は、接着剤を用いて接着されていてもよいし、あるいは、ケーシング等を用いて両者の間に圧力を作用させることによって接合(いわゆる、圧接)されていてもよい。
図1から明らかなように、第2支持基板18の厚みは、第1支持基板14の厚みよりも大きくされている。熱伝導率と厚みが調整されることで、第2支持基板18の熱抵抗は、第1支持基板14の熱抵抗よりも大きくされている。このため、発熱層16で発生する熱エネルギーは、第2支持基板18側よりも第1支持基板14側に多く流れることとなる。
【0024】
裏面金属層20は、第2支持基板18の裏面に配置されている。裏面金属層20は、放射率の低い金属材料(例えば、金(Au)、アルミニウム(Al)等)によって形成される。本実施例では、裏面金属層20は、金(Au)によって形成されている。このため、裏面金属層20の赤外線の全波長領域における平均放射率は約0.05となっている。したがって、裏面金属層20の平均放射率は、MIM構造層12の平均放射率よりも小さくされている。なお、裏面金属層20は、第2支持基板18の裏面全体にスパッタリング等を用いて形成することができる。
【0025】
上述した放射装置10から特定の波長領域の放射エネルギー(赤外線)を放射するには、発熱層16に電力エネルギーを供給する。これによって、発熱層16が電力エネルギーを熱エネルギーに変換し、発熱層16から第1支持基板14又は第2支持基板18に熱エネルギーが伝導する。ここで、第1支持基板14は、第2支持基板18と比較して、その熱伝導率が高く、また、その厚みが小さい。このため、発熱層16から第1支持基板14に伝導される熱エネルギーは、発熱層16から第2支持基板18に伝導される熱エネルギーよりも大きくなる。このため、第1支持基板14の温度は、第2支持基板18の温度よりも高くなる。
【0026】
第1支持基板14に伝導される熱エネルギーは、MIM構造層12に伝導(入力)される。MIM構造層12は、第1支持基板14から入力される熱エネルギーを特定の波長領域の放射エネルギーとしてその表面から放射する。一方、第2支持基板18に伝導される熱エネルギーは、裏面金属層20に伝導され、裏面金属層20の裏面から放射される。ここで、裏面金属層20の放射率は低くされていることから、裏面金属層20から放射される放射エネルギー量が抑制される。また、上述したように、第2支持基板18の温度は、第1支持基板14の温度より低くなり、その結果、裏面金属層20の温度も低くなる。これによっても、裏面金属層20から放射される熱エネルギー量を低減することができる。
【0027】
ここで、上述した放射装置10を用いてワークW(被処理物の一例)を加熱する場合の熱収支計算について、
図3を用いて説明する。
図3に示すように、放射装置10は、MIM構造層12が下側に向くように配置され、MIM構造層12がワークWと対向している。放射装置10の左右には、SUSで形成された炉壁30a,30bが配置されている。また、放射装置10の上下の空間には、炉内の空気が矢印の方向に流れているものとする。熱収支計算は、MIM構造層12の表面温度が280℃となるように発熱層16に電力エネルギーを供給するという条件のもとで行った。計算の結果、発熱層16に入力された熱エネルギーのうち、約20%が放射装置10から放射エネルギーとしてワークWに放射され、また、約20%が放射装置10から対流伝熱によってワークWの加熱に利用され、残りの約60%が熱エネルギー損失となった。熱エネルギー損失の内訳は、放射装置10から炉壁30a,30bへの熱伝導による熱損失と、放射装置10の裏面金属層20からの対流による熱損失が主な熱損失であった。すなわち、裏面金属層20からの放射による熱損失は殆ど発生しなかった。
【0028】
次に、比較例の放射装置を用いてワークWを加熱する場合の熱収支計算について、
図4を用いて説明する。比較例の放射装置は、放射装置10と同様に、第1支持基板14及びMIM構造層12を有しているが、発熱層16の替わりにセラミックヒーター32を用いている点、及び、セラミックヒーター32の裏側(
図4において上側)に第2支持基板18や裏面金属層20が配置されていない点が異なる。
図4から明らかなように、比較例の放射装置もワークWと対向して配置され、その左右にはSUSで形成された炉壁34d,34eが配置される。ただし、比較例の放射装置の裏面側(
図4において上側)には、断熱材34a,34b,34cが配置され、セラミックヒーター32の断熱が行われている。また、セラミックヒーター32からの熱伝導を防止するため、セラミックヒーター32と断熱材34aの間には空間が形成されている。熱収支計算の条件は、
図3の場合と同一の条件で行った。すなわち、MIM構造層12の表面温度が280℃となるようにセラミックヒーター32に電力エネルギーを供給するという条件のもとで行った。計算の結果、セラミックヒーター32に入力された熱エネルギーのうち、約10%が放射エネルギーとしてワークWに放射され、また、約10%が対流伝熱によってワークWの加熱に利用され、残りの約80%が熱エネルギー損失となった。熱エネルギー損失の内訳は、炉壁30a,30bへの熱伝導による熱損失と、断熱材34b,34cへの熱伝導による熱損失が主な熱損失であった。
【0029】
上述した
図3,4の熱収支計算より明らかなように、本実施例の放射装置10(
図3)では、裏面金属層20からの熱損失が低く抑えられ、少ない電力エネルギーでワークWを効率的に加熱することができる。一方、比較例の放射装置(
図4)では、従来の一般的な考えに基づいて断熱材34a〜34cを配置したとしても、その熱損失は大きく、より多くの電力エネルギーを必要とすることが判明した。
【0030】
次に、本実施例の放射装置10を用いてワークを処理する処理装置の一例について、
図5を用いて説明する。
図5に示す処理装置は、炉体40(収容部の一例)と、炉体40内の空間46に収容された複数の放射装置10を備えている。複数の放射装置10は、ワークWの搬送方向に間隔を空けて並んで配置されている。放射装置10は、MIM構造層が下側を向くように配置されている。したがって、放射装置10の裏面金属層20は、炉体40の内壁面40aと対向している。内壁面40aは、SUS等の高反射率の材料で形成することができる。
【0031】
複数の放射装置10のそれぞれは、保持部材44a,44b(保持部の一例)で炉体40の内壁面40aに保持されている。具体的には、放射装置10の左右の両端部にはケーシング42a,42bが取付けられている。ケーシング42a、42bは、放射装置10の端部でのみ放射装置10と接触している。保持部材44aの上端は内壁面40aに固定され、保持部材44aの下端はケーシング42aに固定されている。同様に、保持部材44bの上端は内壁面40aに固定され、保持部材44bの下端はケーシング42bに固定されている。これによって、放射装置10が炉体40の内壁面40aに保持されている。
図5から明らかなように、放射装置10の裏面金属層20と内壁面40aとが直接接触することはなく、両者の間には空間49が形成されている。
【0032】
上記の処理装置においてワークWを加熱するためには、ワークWを矢印48に沿って炉体40内を搬送する。炉体40内を搬送されるワークWには、複数の放射装置10のそれぞれから特定の波長領域の放射エネルギーが放射される。また、炉内を流れる空気の対流による熱伝導によってワークWが加熱される。ここで、放射装置10は、その端部のみがケーシング42a,42b及び保持部材44a,44bを介して炉体40に接続されている。このため、放射装置10から炉体40への熱伝導による熱損失を効果的に抑制することができる。また、放射装置10の裏面金属層20と炉体40の内壁面40aとは空間49を挟んで対向するため、裏面金属層20から放射による熱損失が生じる。しかしながら、裏面金属層20の放射率は低くされているため、裏面金属層20から内壁面40aへの放射による熱損失を低く抑えることができる。これらによって、
図5に示す処理装置では、ワークWに特定の波長領域の放射エネルギーを効率的に照射することができる。
【0033】
なお、ワークWに特定の波長領域の放射エネルギーのみを照射すると、ワークWの温度を低く抑えながら、特定の波長領域の放射エネルギーを吸収する物質のみを加熱することができる。例えば、可燃性の溶剤(例えば、N−メチル−ピロリドン、メチルイソブチルケトン、酢酸ブチル、トルエン等)を含んだワークW(例えば、塗布層を有する基板(塗布層に溶剤が含まれる))を乾燥処理する際に、溶剤が吸収する波長領域の放射エネルギーのみをワークWに放射すれば、ワークWの温度を低く抑えながら、溶剤のみを蒸発させ、ワークWを乾燥することができる。溶剤を効率的に乾燥させることができるため、少ない消費電力で、かつ、短時間で乾燥処理を行うことができる。
【0034】
また、本実施例の放射装置10は、
図6に示す処理装置に用いることもできる。
図6に示す処理装置では、
図5に示す処理装置と異なり、炉体50内の空間がマッフル板58(仕切り板の一例)によって区切られ、放射装置10を収容する空間56bと、ワークWが搬送される空間56aに分割されている点で大きく異なる。具体的には、
図6に示すように、炉体50は、ワークWが搬送する空間56aを有する本体部54と、本体部54の上方に設置される支持ビーム52を備えている。本体部54の上端の開口は、マッフル板58で塞がれている。マッフル板58は、放射装置10から放射される特定の波長領域の放射エネルギーを透過する材料によって形成されている。支持ビーム52は、複数の放射装置10を保持している。放射装置10を支持ビーム52へ保持する保持構造は、
図5に示す処理装置における保持構造と同様となっている。
【0035】
図6に示す処理装置においても、各放射装置10から放射される特定の波長領域の放射エネルギーは、マッフル板58を透過してワークWに照射される。これによって、ワークWの加熱が行われる。また、放射装置10とワークWの間にマッフル板58が設けられるため、放射装置10から放射される放射エネルギー以外の熱エネルギーがワークWに伝達されることをより抑制することができる。その結果、
図5に示す処理装置と比較して、ワークWの温度の上昇をより抑制することができる。
【0036】
上述した説明から明らかなように、本実施例の放射装置10では、裏面金属層20からの熱損失を効果的に抑制することができるため、少ない電力エネルギーでより多くの特定の波長領域の放射エネルギーを出力することができる。このため、省エネルギー、かつ、短時間でワークWの加熱処理(例えば、溶剤の乾燥処理等)を行うことができる。
【0037】
以上、本発明の具体例を詳細に説明したが、これらは例示にすぎず、特許請求の範囲を限定するものではない。特許請求の範囲に記載の技術には、以上に例示した具体例をさまざまに変形、変更したものが含まれる。また、本明細書または図面に説明した技術要素は、単独であるいは各種の組み合わせによって技術的有用性を発揮するものであり、出願時請求項記載の組み合わせに限定されるものではない。また、本明細書または図面に例示した技術は複数目的を同時に達成するものであり、そのうちの一つの目的を達成すること自体で技術的有用性を持つものである。