特許第6876791号(P6876791)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6876791
(24)【登録日】2021年4月28日
(45)【発行日】2021年5月26日
(54)【発明の名称】盛上げタップ
(51)【国際特許分類】
   B23G 5/06 20060101AFI20210517BHJP
   B23G 7/00 20060101ALI20210517BHJP
【FI】
   B23G5/06 B
   B23G7/00 Z
【請求項の数】5
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2019-513525(P2019-513525)
(86)(22)【出願日】2017年4月18日
(86)【国際出願番号】JP2017015576
(87)【国際公開番号】WO2018193515
(87)【国際公開日】20181025
【審査請求日】2020年4月13日
(73)【特許権者】
【識別番号】000103367
【氏名又は名称】オーエスジー株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100104178
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 尚
(74)【代理人】
【識別番号】100143960
【弁理士】
【氏名又は名称】藤田 早百合
(72)【発明者】
【氏名】原田 一光
【審査官】 久保田 信也
(56)【参考文献】
【文献】 特開平09−155640(JP,A)
【文献】 実開昭64−030123(JP,U)
【文献】 特開平11−309624(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23G 5/00 − 5/20
B23G 7/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被加工材の下穴を塑性変形させて雌ねじを形成する盛上げタップであって、
径方向にねじ状に突出する雄ねじ部であって、
前記被加工材に形成される前記雌ねじのねじ山に対応する形状を有する完全山部と、
前記盛上げタップの軸方向において、前記完全山部に対し前記盛上げタップの先端側に設けられた食付き部と、
前記軸方向に配置された、前記径方向に突出する複数の第一ねじ山と、前記軸方向に隣り合う前記第一ねじ山の間に形成された第一谷底とを有する少なくとも1つの突出部と、
前記完全山部の少なくとも一部の1リード内に前記少なくとも1つの突出部とともに配置され、前記1リード内の前記第一谷底と同じ仮想的なつる巻き線上の部分の、前記盛上げタップの軸心からの距離が、当該第一谷底から前記軸心までの谷径よりも長く、且つ、当該第一谷底に隣接する前記第一ねじ山から前記軸心までの山径よりも短い、少なくとも1つの調整部と
を有する雄ねじ部を備えることを特徴とする盛上げタップ。
【請求項2】
前記少なくとも1つの調整部は、前記軸方向に配置された、前記径方向に突出する複数の第二ねじ山と、前記軸方向に隣り合う前記第二ねじ山の間に形成された第二谷底とを有し、
前記第二谷底から前記軸心までの谷径が、前記第一谷底から前記軸心までの谷径よりも長く、且つ、当該第一谷底に隣接する前記第一ねじ山から前記軸心までの山径よりも短いことを特徴とする請求項1に記載の盛上げタップ。
【請求項3】
前記第二谷底の前記軸心を通る前記軸方向の断面の輪郭は直線状であることを特徴とする請求項2に記載の盛上げタップ。
【請求項4】
前記1リード内の前記第一ねじ山から前記軸心までの山径は、前記第二ねじ山から前記軸心までの山径よりも長いことを特徴とする請求項2又は3に記載の盛上げタップ。
【請求項5】
前記雄ねじ部は、前記1リード内に、前記少なくとも1つの突出部と、前記少なくとも1つの調整部とを同数且つ複数備え、
前記少なくとも1つの突出部と、前記少なくとも1つの調整部とは、前記1リード内において交互に配置されることを特徴とする請求項1から4の何れかに記載の盛上げタップ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被加工材の下穴を塑性変形させて雌ねじを形成する盛上げタップに関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、雌ねじを形成する工具として盛上げタップが知られている(例えば、特許文献1参照)。特許文献1に記載の盛上げタップは、本体部、ねじ部、食付き部、及びバニッシュ部を備える。本体部は円筒状に延びる部位である。ねじ部は、本体部の外周にねじ状に配設された部位であり、雌ねじに対応する形状を有する。食付き部は、ねじ部の先端側に設けられた部位であり、先端に向かって漸次小径となる部位である。食付き部の谷は、隣接するねじ部の谷より浅く形成される。食付き部の谷径は、加工により形成される雌ねじの内径寸法と略等しい。バニッシュ部は、食付き部の谷を、本体部が他方向に回転する際に雌ねじの頂部に押し付けて仕上げ加工し得る。該盛上げタップは、被加工材の下穴に対し本体部を一方向に回転させた場合、ねじ部によって被加工材を塑性変形させて盛上げ、雌ねじを形成する。該盛上げタップは、本体部を一方向とは反対の方向に回転させた場合、形成された雌ねじの頂部をバニッシュ部によって仕上げ加工する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平9−272016号公報
【発明の概要】
【0004】
上記従来の盛上げタップでは、目標とする加工精度を有する雌ねじ内径寸法を得るためには、下穴径を精度良く調整する必要がある。
【0005】
本発明の目的は、従来に比べて容易に目標とする加工精度を有する雌ねじ内径寸法を得ることが可能な盛上げタップを提供することである。
【0006】
本発明の一態様に係る盛上げタップは、被加工材の下穴を塑性変形させて雌ねじを形成する盛上げタップであって、径方向にねじ状に突出する雄ねじ部であって、前記被加工材に形成される前記雌ねじのねじ山に対応する形状を有する完全山部と、前記盛上げタップの軸方向において、前記完全山部に対し前記盛上げタップの先端側に設けられた食付き部と、前記軸方向に配置された、前記径方向に突出する複数の第一ねじ山と、前記軸方向に隣り合う前記第一ねじ山の間に形成された第一谷底とを有する少なくとも1つの突出部と、前記完全山部の少なくとも一部の1リード内に前記少なくとも1つの突出部とともに配置され、前記1リード内の前記第一谷底と同じ仮想的なつる巻き線上の部分の、前記盛上げタップの軸心からの距離が、当該第一谷底から前記軸心までの谷径よりも長く、且つ、当該第一谷底に隣接する前記第一ねじ山から前記軸心までの山径よりも短い、少なくとも1つの調整部とを有する雄ねじ部を備える。
【0007】
本態様の盛上げタップは、雄ねじ部の1リード内に少なくとも1つの突出部と、少なくとも1つの調整部とを備えるので、突出部で被加工材の下穴を塑性変形させつつ、調整部で雌ねじの内径を調整できる。故に盛上げタップは、下穴の寸法精度を従来のように厳密に行うことなく、従来よりも容易に、目標とする加工精度を有する雌ねじ内径寸法を得ることができる。
【0008】
本態様の盛上げタップにおいて、前記少なくとも1つの調整部は、前記軸方向に配置された、前記径方向に突出する複数の第二ねじ山と、前記軸方向に隣り合う前記第二ねじ山の間に形成された第二谷底とを有し、前記第二谷底から前記軸心までの谷径が、前記第一谷底から前記軸心までの谷径よりも長く、且つ、当該第一谷底に隣接する前記第一ねじ山から前記軸心までの山径よりも短くてもよい。この場合の盛上げタップは、突出部で塑性変形させた被加工材が、調整部により軸心周りの方向に過剰に変形されることを第二ねじ山により抑制できる。
【0009】
本態様の盛上げタップにおいて、前記第二谷底の前記軸心を通る前記軸方向の断面の輪郭は直線状であってもよい。この場合の盛上げタップは、調整部により雌ねじ山頂を平面状に形成できる。
【0010】
本態様の盛上げタップにおいて、前記1リード内の前記第一ねじ山から前記軸心までの山径は、前記第二ねじ山から前記軸心までの山径よりも長くてもよい。この場合の盛上げタップは、突出部で塑性変形させた被加工材を、調整部により変形させる際に、第二谷底に沿って塑性変形された被加工材を軸心周りの方向に逃がすことができる。つまり、盛上げタップは、突出部で塑性変形させた被加工材が、調整部により変形される際に、被加工材を軸心周りの方向に変形させる余地がないことに起因して、盛上げタップがそれ以上回動不能になることを抑制できる。
【0011】
本態様の盛上げタップにおいて前記雄ねじ部は、前記1リード内に、前記少なくとも1つの突出部と、前記少なくとも1つの調整部とを同数且つ複数備え、前記少なくとも1つの突出部と、前記少なくとも1つの調整部とは、前記1リード内において交互に配置されてもよい。この場合の盛上げタップは、雄ねじ部の1リード内に突出部と調整部とを交互に配置するので、効率的且つ効果的に、雌ねじの形成と、雌ねじの内径の調整とを実行できる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】盛上げタップ1の正面図である。
図2】盛上げタップ1の右側面図である。
図3】盛上げタップ1の雄ねじ部3を拡大した正面図である。
図4】被加工材80の下穴81を盛上げタップ1で塑性加工する場合の断面図である。
図5】完全山部32において、1リード内の突出部5の軸方向の輪郭L1と、調整部6の軸方向の輪郭L2をねじ山の軸方向の中心を一致させた状態で重ね合わせた説明図である。
図6】評価試験結果の説明図である。
図7】変形例の盛上げタップ90の右側面図である。
図8】変形例の盛上げタップ91の右側面図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の好ましい実施形態について、添付図面を参照して説明する。図1から5を参照して本発明の盛上げタップ1の各部構成について説明する。以下の説明では、盛上げタップ1の軸心をAXで示し、軸心AXに沿った方向である軸方向において、シャンク2に対して雄ねじ部3が設けられた側を先端側、先端側とは反対側を後端側という。軸方向に垂直な平面上で、軸心AXから離れる方向を径方向という。軸心AXを中心とする円の円周方向を周方向という。
【0014】
[1.盛上げタップ1の物理的構成]
図1に示すように、盛上げタップ1は、被加工材の下穴を塑性変形させて雌ねじを形成する工具である。盛上げタップ1は、シャンク2及び雄ねじ部3を備える。シャンク2は、高速度工具鋼を材質として軸心AXを有する円柱状である。シャンク2の材質は、高速度工具鋼に限られず、超硬合金であってもよい。シャンク2は、後端側(図1左側)に、断面略四角形状に形成された四角部21を備える。四角部21は、例えば、マシニングセンター等の加工機械の保持部(図示略)に保持される。
【0015】
雄ねじ部3は、被加工材に設けられた下穴を塑性変形させて雌ねじを形成する部位である。雄ねじ部3は、シャンク2と同じ材料で、一体的に形成される。雄ねじ部3は、シャンク2と同じ軸心AXを有する円柱の側面から、規定のリード角に対応する仮想的なつる巻き線に沿って径方向にねじ状に突出する。雄ねじ部3は、軸方向において、食付き部31と、完全山部32とを備えている。食付き部31は、盛上げタップ1による雌ねじの加工において、被加工材における下穴の表層部に食い込んで、該表層部を塑性変形させることにより、雌ねじを転造成形するための部分である。食付き部31は、雄ねじ部3における先端側から数ピッチ(例えば、2から5ピッチ)に対応する。ピッチは、図3においてPで示す、隣り合うねじ山の中心間距離である。完全山部32は、盛上げタップ1による雌ねじの加工において、食付き部31により成形された、雌ねじ表面の仕上げを行う部分である。完全山部32は、盛上げタップ1による被加工材となる雌ねじのねじ山の形状と略一致する形状である。
【0016】
本例の盛上げタップ1は、更に、油溝4を備える。油溝4は、雌ねじの塑性加工工程において潤滑効果を高めるための溝であり、タッピングオイルを被加工材の塑性加工面に供給する。油溝4は、雄ねじ部3の先端側から後端側まで、軸心AXに平行な直線状に形成される。
【0017】
雄ねじ部3は、周方向に、突出部5及び調整部6を備える。本例の雄ねじ部3は、1リード内に、突出部5と、調整部6とを同数且つ複数備え、突出部5と、調整部6とは、1リード内において交互に配置される。1リード以内とは、軸心AX周りの仮想的なつる巻き線の1回転分となる周方向の範囲である。本例の雄ねじ部3は、突出部5と、調整部6とを1リード内に3つずつ備え、周方向において、突出部5と、調整部6とを交互に配置する。本例では、油溝4の数は、1リード内の突出部5の数と、調整部6の数との和と一致する。周方向において、突出部5と調整部6との間に油溝4が配設される。つまり、油溝4と、油溝4との間に、突出部5又は調整部6が配置される。突出部5と調整部6との周方向の延設範囲は、油溝4によって区切られている。図2に示す、先端側から盛上げタップ1を見た場合、軸心AXに対して、突出部5と、調整部6とは対向配置される。突出部5と、調整部6とは、軸方向の食付き部31と、完全山部32との各々に設けられる。
【0018】
突出部5は、径方向に突出する複数の第一ねじ山51と、軸方向に隣り合う第一ねじ山51の間に形成された第一谷底52とを有する。第一ねじ山51は、規定のリード角に対応する仮想的なつる巻き線に沿って配置される。本例の第一ねじ山51と、第一谷底52とは、軸方向に交互に設けられる。本例の突出部5は、軸方向に延設される。
【0019】
調整部6は、雄ねじ部3の1リード内に突出部5とともに配置される。調整部6は、1リード内の第一谷底52に対応する部分の軸心AXからの距離が、当該第一谷底52から軸心AXまでの谷径h1よりも長く、且つ、当該第一谷底52に隣接する第一ねじ山51から軸心AXまでの山径H1よりも短い。軸心AXからの距離が上記条件を満たすのは、少なくとも、第一谷底52と同じ仮想的なつる巻き線上の部位であればよい。軸心AXからの距離は、雌ねじの内径を考慮して設定される。本例の調整部6は、軸方向に配置された、径方向に突出する複数の第二ねじ山61と、軸方向に隣り合う第二ねじ山61の間に形成された第二谷底62とを有する。第二谷底62の軸方向の中心は、第一谷底52の軸方向の中心を通る仮想的なつる巻き線上に配置される。第二谷底62から軸心AXまでの谷径h2は、第二谷底62と1リード内の第一谷底52の谷径h1よりも長く、且つ、該第一谷底52に隣接する第一ねじ山51の山径H1よりも短い。第二ねじ山61は、第一ねじ山51と同じ仮想的なつる巻き線に沿って配置される。第二ねじ山61と、第二谷底62とは、軸方向に交互に設けられる。本例の調整部6は、軸方向に延設される。図2に示すように、調整部6の周方向の延設範囲の長さR2は、突出部5の周方向の延設範囲の長さR1と略同じである。図2では、図3に示す仮想的なつる巻き線L3に沿った完全山部32の第一谷底52と、第二谷底62とを仮想線で示す。
【0020】
第二谷底62は軸方向に所定の長さで形成され、軸方向において軸心AXからの距離が等しい面状に延設されている。図4に示すように、軸心AXを通り、軸方向に沿った断面では、第一谷底52は軸心AX側に凸となる円弧状であるのに対し、第二谷底62は直線状である。第二谷底62は、周方向の両端部に軸心AXに向かって凹む溝部63を有する。溝部63の径方向の凹み量は、第二谷底62の周方向の端部に近いほど大きい。溝部63の深さは、第二谷底62の周方向の端部から、周方向の中心に向かって浅くなる。第二谷底62の谷径h2は、少なくとも周方向の中心において、第二谷底62と1リード内の第一谷底52の谷径h1よりも長く、且つ、該第一谷底52に隣接する第一ねじ山51の山径H1よりも短ければよい。溝部63は、調整部6の周方向の中央部には達しない。調整部6の周方向の中央部は、例えば、調整部6の周方向の中心を中心とする、調整部6の延設範囲の長さR2の、1/10から2/3程度となる範囲である。
【0021】
1リード内の第一ねじ山51の山径H1は、第二ねじ山61から軸心AXまでの山径H2よりも長い。図5に示すように、完全山部32において、1リード内の突出部5の軸方向の輪郭L1と、調整部6の軸方向の輪郭L2をねじ山の軸方向の中心を一致させた状態で重ね合わせた場合、第一ねじ山51部分の輪郭L1は、第二ねじ山61部分の輪郭L2の外側(図5の上側)にある。第一谷底52部分の輪郭L1は、第二谷底62部分の輪郭L2よりも軸心AX(図5の下側)にある。突出部5及び調整部6は各々、周方向において公知のマージン部及び逃げ部を備えてよい。マージン部は、突出部5及び調整部6の周方向の中心部に設けられる。逃げ部は、周方向においてマージン部の両端部の各々に設けられる部位であり、軸心AXからの径方向の長さが、マージン部に比べて短い部位である。この場合、突出部5との調整部6との各々にマージン部と逃げ部とが設けられていることを考慮して、調整部6は、1リード内の第一谷底52に対応する部分の軸心AXからの距離が、第一谷底52の谷径h1よりも長く、且つ、第一谷底52に隣接する第一ねじ山51の山径H1よりも短い部位を有すればよい。
【0022】
[2.盛上げタップ1による雌ねじの塑性加工工程]
図4を参照し、盛上げタップ1を用いて、被加工材80の下穴81を塑性変形させて雌ねじを形成する塑性加工工程について説明する。図示しない加工機械等に盛上げタップ1を取付け、盛上げタップ1を一方向に回転させ、食付き部31を被加工材80の下穴81に進入させる。被加工材80は、食付き部31が圧接するのに伴い、塑性流動し、部位83、84に例示するように、食付き部31の輪郭に沿って、ねじ山状に塑性変形する。完全山部32が下穴81に達すると、被加工材80の雌ねじ山は更に盛り上がり、部位85に例示するように、突出部5では山頂部が第一谷底52付近まで盛り上げられる。突出部5において第一谷底52付近まで径方向に突出した雌ねじの山頂は、同じリード内の調整部6の溝部63に案内され、第二谷底62の周方向の中心部に押しつけられ塑性変形する。これにより、突出部5において第一谷底52付近まで径方向に突出した雌ねじの山頂は、部位86に例示するように、第二谷底62の輪郭に沿って仕上げ加工される。即ち、調整部6は突出部5によって形成された雌ねじの内径をバニッシュする機能を有する。雌ねじの内径をバニッシュするとは、径方向に突出した雌ねじの山頂を第二谷底62の輪郭に沿って塑性変形させることを含む。第一ねじ山51の山径H1は、第二ねじ山61の山径H2よりも大きい。このため、第二谷底62に押しつけられて変形した部位は、第二ねじ山61側に移動できる。このように、雌ねじ山の形成と、雌ねじ山の内径の調整とが、同一リード内で交互に実行され、雌ねじが形成される。被加工材80の雌ねじ内径は盛上げタップ1の完全山部32の第二谷底62の谷径h2とほぼ同じに加工される。
【0023】
[3.盛上げタップ1の評価試験]
上記実施形態の盛上げタップ1を実施例、雄ねじ部が突出部5のみで構成された盛上げタップを比較例とし、形成された雌ねじの内径を評価する試験を行った。実施例と比較例とでは、調整部6の有無のみが異なり、他の構成は互いに同じである。
【0024】
実施例と、比較例との試験条件は以下の通りである。被加工材は低炭素鋼(SS400)とした。下穴の直径は、7.36mmと、7.34mmとの2つの条件とした。タップ精度は、実施例と比較例とで同じとした。評価試験結果を図6に示す。図6では、実施例と、比較例との各々により形成された雌ねじの写真と、雌ねじ内径とを示す。実施例の写真において、光沢の見える、内径を盛り上げた部位が確認された。実施例では、調整部により、内径の割り込み部が加工され、軸心からの距離が等しい平形状に加工された。図6に示すように、下穴の直径が7.36mmである場合、実施例では、形成された雌ねじの内径が6.84mmであったのに対し、比較例では6.70mmであった。下穴の直径が7.34mmである場合、実施例では形成された雌ねじの内径が6.83mmであったのに対し、比較例では6.66mmであった。以上から、比較例は、下穴の直径が0.02mm異なる条件で、形成される雌ねじの内径に0.04mm程度差が生じたのに対し、実施例は0.01mmであった。以上から、盛上げタップ1は、被加工材の下穴の寸法精度を従来のように厳密に行うことなく、従来よりも容易に、目標とする加工精度の雌ねじ内径寸法を得ることができることが確認された。
【0025】
上記実施形態の盛上げタップ1において、盛上げタップ1、雄ねじ部3、第一ねじ山51、第一谷底52、突出部5、及び調整部6は各々、本発明の盛上げタップ、雄ねじ部、第一ねじ山、第一谷底、突出部、及び調整部の一例である。第二ねじ山61及び第二谷底62は各々、本発明の第二ねじ山及び第二谷底の一例である。
【0026】
盛上げタップ1は、雄ねじ部3の1リード内に突出部5と、調整部6とを備えるので、突出部5で被加工材80の下穴81を塑性変形させつつ、調整部6で雌ねじの内径を調整できる。故に盛上げタップ1は、下穴の寸法精度を従来のように厳密に行うことなく、従来よりも容易に、目標とする加工精度を有する雌ねじ内径寸法を得ることができる。従来の盛上げタップを使用する場合の下穴径の寸法公差の下限値よりもねじ下穴径が小さい場合でも調整部6が所定範囲の内径に仕上げることができる。盛上げタップ1は、下穴径の寸法公差を下限側について従来よりも拡張でき、下穴の加工を容易にできる。タップの使われ方として、正転のみで使用されることがあるが(例えば、ベントタップ)、盛上げタップ1では、正転のみで使用される場合でも、調整部6により雌ねじの内径を調整できる。
【0027】
調整部6は、軸方向に配置された、径方向に突出する複数の第二ねじ山61と、軸方向に隣り合う第二ねじ山61の間に形成された第二谷底62とを有する。第二谷底62の谷径h2は、1リード内の第一谷底52の谷径h1よりも長く、且つ、第一谷底52に隣接する第一ねじ山51の山径H1よりも短い。故に、盛上げタップ1は、突出部5で塑性変形させた被加工材80が、調整部6により軸心AX周りの方向(周方向)に過剰に変形されることを第二ねじ山61によって確実に抑制できる。
【0028】
第二谷底62の軸心AXを通る軸方向の断面の輪郭は直線状である。盛上げタップ1は、調整部6により雌ねじ山頂を平面状に形成できる。このため、盛上げタップ1は、安定して精度の良い雌ねじ内径寸法を得ることができる。
【0029】
1リード内の第一ねじ山51の山径H1は、第二ねじ山61の山径H2よりも長い。故に、盛上げタップ1は、突出部5で塑性変形させた被加工材80を、調整部6により変形させる際に、第二谷底62に沿って塑性変形された被加工材80を軸心AX周りの方向(周方向)に逃がすことができる。つまり、盛上げタップ1は、突出部5で塑性変形させた被加工材80が、調整部6により変形される際に、被加工材80を軸心AX周りの方向に変形させる余地がないことに起因して、盛上げタップ1がそれ以上回動不能になることを抑制できる。
【0030】
雄ねじ部3は、1リード内に、突出部5と、調整部6とを同数且つ複数備え、突出部5と、調整部6とは、1リード内において交互に配置される。故に、盛上げタップ1は、雄ねじ部3の1リード内に突出部5と調整部6とを交互に配置するので、効率的且つ効果的に、雌ねじの形成と、雌ねじの内径の調整とを実行できる。盛上げタップ1は、突出部5と調整部6とが交互に配置されない場合に比べ、塑性加工を行う際の負荷応力のバランスがよい。周方向において、突出部5の延設範囲の長さR1と調整部6の延設範囲の長さR2とは、略同じである。
【0031】
[4.変形例]
本発明の盛上げタップの本体部は、上記した実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において種々変更が加えられてもよい。例えば、以下の変形が適宜加えられてもよい。変形例を示す図7及び図8では、盛上げタップ1と同様の構成には、同じ符号を付与している。図7及び図8では、図2と同様に、完全山部32の第一谷底52と、第二谷底62とを仮想線で示す。ただし、図7及び図8では、第二谷底62を示す仮想線は、溝部63を考慮していない。
【0032】
盛上げタップ1は、シャンク2と雄ねじ部3とが一体に形成されることが好ましいが、雄ねじ部3が、シャンク2に対して着脱可能に構成されてもよい。この場合、盛上げタップ1による雌ねじの塑性加工において、シャンク2の先端部に雄ねじ部3が一体的に固定されて用いられればよい。盛上げタップ1のシャンク2は四角部21を備えなくてもよい。盛上げタップ1はマシニングセンター等の加工機械の保持部に保持されて使用されなくてもよい。シャンク2と雄ねじ部3とは互いに異なる材料で構成されてもよい。例えば、シャンク2は高速度工具鋼で構成され、雄ねじ部3が超硬合金で構成されてもよい。
【0033】
盛上げタップ1の、1リード内の、突出部と、調整部との数は適宜変更されて良い。1リード内の突出部及び調整部の数は各々1以上であればよい。例えば、盛上げタップ1は、図7に示す変形例の盛上げタップ90のように、1リード内の突出部5の数と、調整部6の数が互いに異なっていてもよい。盛上げタップ90のように、突出部5と、調整部6とは周方向において交互に配置されなくてもよい。1リード内の突出部5の数と、調整部6の数の和は、2以上であればよい。例えば、盛上げタップは、1リード内に、突出部と、調整部とを4つずつ備える場合、突出部と、調整部とを交互に配置してもよいし、2つの組の突出部と、2つの組の調整部とを、周方向に、交互に配置してもよい。例えば、盛上げタップは、1リード内に、突出部を4つ、調整部を2つ備える場合、2つの組の突出部と、調整部とを、周方向に、交互に配置してもよい。突出部及び調整部は各々、軸方向に平行ではなく、スパイラル状に設けられてもよい。突出部5及び調整部6は各々、周方向において公知のマージン部を備えなくてよい。
【0034】
調整部6は、第二ねじ山61と、第二谷底62とを備える必要はない。例えば、図8に示す変形例の盛上げタップ91のように、調整部は、第二ねじ山61を備えず、軸心AXからの距離がh2となる、第二谷底62のみからなってもよい。この場合も軸心AXからの距離h2が、突出部5の第一谷底52の谷径h1よりも長く、且つ、第一谷底52に隣接する第一ねじ山51の山径H1よりも短い条件を満たせばよい。調整部が第二谷底を備える場合、第二谷底の軸心AXを通る軸方向の断面の輪郭は直線状でなくてもよく、例えば、第一谷底と同様に、軸心AXに向かって凸となる曲線状であってもよい。第二谷底62は、周方向の両端部に溝部63を設けなくてもよいし、周方向の一方側のみに設けられてもよい。溝部63の形状は適宜変更されてよい。調整部6の周方向の延設範囲の長さR2は、突出部5の周方向の延設範囲の長さR1と略同じでなくてもよい。調整部は、雄ねじ部の軸線方向の全範囲に設けられなくてもよい。例えば、調整部は、食付き部には設けられず、完全山部の少なくとも一部に設けられてもよい。
【0035】
第一ねじ山、第一谷底、第二ねじ山、及び第二谷底の形状は適宜変更されてよい。第一ねじ山及び第二ねじ山の山頂の軸方向の輪郭は直線上であってもよい。1リード内の第一ねじ山の山径は、第二ねじ山の山径よりも長くなくてもよい。第一ねじ山51の山径H1は、第二ねじ山61の山径H2と同じでもよい。例えば、完全山部32において、1リード内の突出部の軸方向の輪郭と、調整部の軸方向の輪郭をねじ山の軸方向の中心を一致させた状態で重ね合わせた場合に、第一ねじ山部分の輪郭が、第二ねじ山部分の輪郭と略一致してもよい。
【0036】
油溝4の構成は適宜変更されてよい。油溝4の断面形状は、特に限定されるものではなく、例えば、断面略V字状に凹設されていても良い。油溝4の配設数は、任意の本数であっても良い。塑性加工を行う際の負荷応力のバランスの点から軸心AXに対して対称に配置されることが好ましい。油溝4は、スパイラル状に設けられてもよい。油溝4は、雄ねじ部3の先端側から後端側までの一部のみに設けられていてもよい。例えば、雄ねじ部3の先端側にのみ設けられていてもよい。油溝4の数は、1リード内の突出部5の数と、調整部6の数との和と一致しなくてもよい。油溝4は、必要に応じて省略されてもよい。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8