(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6877114
(24)【登録日】2021年4月30日
(45)【発行日】2021年5月26日
(54)【発明の名称】アッパー材およびそのアッパー材を備えたシューズ
(51)【国際特許分類】
A43B 23/02 20060101AFI20210517BHJP
A43B 23/04 20060101ALI20210517BHJP
B29D 35/06 20100101ALI20210517BHJP
A43B 1/00 20060101ALI20210517BHJP
【FI】
A43B23/02 101A
A43B23/04
B29D35/06
A43B1/00
【請求項の数】3
【全頁数】9
(21)【出願番号】特願2016-186402(P2016-186402)
(22)【出願日】2016年9月26日
(65)【公開番号】特開2018-50642(P2018-50642A)
(43)【公開日】2018年4月5日
【審査請求日】2019年9月18日
(73)【特許権者】
【識別番号】000000077
【氏名又は名称】アキレス株式会社
(72)【発明者】
【氏名】石黒 正
(72)【発明者】
【氏名】今野 浩行
【審査官】
東 勝之
(56)【参考文献】
【文献】
特開2014−210177(JP,A)
【文献】
特開昭58−130003(JP,A)
【文献】
特開平11−090999(JP,A)
【文献】
実開平06−000111(JP,U)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A43B 23/00 − 23/04
A43B 1/00
B29D 35/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
インジェクション製法によってソールが形成されるシューズに使用される、無縫製で靴下状に編まれたアッパー材であって、
当該アッパー材の少なくともソールが接する箇所において、編み密度がコース8〜30個/インチ、ウェール8〜30個/インチであり、接着補助糸が編み込まれていることを特徴とするアッパー材。
【請求項2】
前記接着補助糸が、160℃以下の温度で溶融する熱溶融糸である請求項1に記載のアッパー材。
【請求項3】
請求項1または2に記載のアッパー材にインジェクション製法によって形成されたソールを備えたシューズ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、無縫製で靴下状に編まれたアッパー材およびそのアッパー材を備えたシューズに関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、シューズは足の甲を覆うアッパー材と着地時の衝撃を吸収するソールとから構成される。アッパー材は、例えば、各種材料を裁断、型抜きなどして複数の部品を準備し、各部品を縫い合わせる、或いは接着剤などで貼り合わせるなどして靴下状(前甲、外甲側、内甲側、踵、底)に形成されている。また、アッパー材は、サイズ毎にその大きさを調整する必要があるため、アッパー材を形成する部品数が多いと、その作成工程が非常に煩雑となり時間が掛かる他、歩留まりも悪くなり裁断屑の発生により廃棄量も多くなることから、コスト高に繋がっていた。
【0003】
このような課題に対し、編み機などを使用して無縫製で靴下状に立体的に形成されたアッパー材が提案されている(特許文献1、2)。当該アッパー材であれば、材料は編糸のみであり、編み工程で靴下状に形成できるので縫製工程が不要となり、アッパー材を作成する手間と時間を大幅に短縮でき、裁断屑も出ない。また、編糸の色や種類、編み方など次第でデザイン性をも高めることが可能であり、部品数によるデザイン性の限界を気にしなくともよい。
【0004】
一方、アッパー材にソールを形成する方法としては主に2通りある。一般的にハンドメイド製法と呼ばれる、予め作成したソールを接着剤でアッパー底部と貼り合わせる方法と、射出成形によってソールを形成すると同時にアッパー材底部に接着させるインジェクション製法である。
【0005】
ところで、無縫製で靴下状に編まれたアッパー材にソールを形成する方法としては、主にハンドメイド製法が採用されている。例えば、特許文献1および2においても、ハンドメイド製法が使用できることが開示されているが、インジェクション製法については特に記載されていない。これは、編地からなるアッパー材に、接着剤の塗布やプライマー処理などの表面処理を行うと、これら処理剤により編地の風合いを損ねることが多いため、接着が必要な範囲に限定した処理が望ましいことから、処理剤の塗布範囲を容易に調整できるハンドメイド製法が適しているためだと考えられる。
【0006】
それに対し、インジェクション製法においては、ソールの形成からアッパー材との接着までを一環工程で行うことができるので、一般的にハンドメイド製法よりも製造工程は少ないが、アッパー材を構成する素材によっては、ラストモールドへの吊り込み時のずれや皺、つれなどが生じてしまい、それがソール成形時に影響し、射出樹脂の過度の染み込みなどの外観不良として現れやすいものとなる。また、アッパー材として編地を用いた場合には、編糸間の隙間に射出樹脂が浸み込みやすいため、射出樹脂と接着しやすいものではあるが、浸み込みすぎると、シューズの外観不良を引き起こしたり、シューズを履いた際に足当たりなどが発生し、機能的に問題になることもある。また、アッパー材とソールとの接着性を向上するために、接着剤やプライマー処理などの表面処理が別途必要になり、生産性や素材の風合いを損ねるなど問題となることもある。
【0007】
このような事情もあり、これまでは、編糸の種類や編み目などに着目した、シューズに適したアッパー材の検討は多くなされているが、インジェクション製法に適したアッパー材について検討されたものは見られなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2007−236612号公報
【特許文献2】WO2013/108506号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
そこで、本発明は無縫製で靴下状に編まれた編地からなり、接着剤やプライマー処理などの表面処理を用いなくとも、インジェクション製法によって形成されるソールとの接着性が良好となるアッパー材、および該アッパー材を備え、外観不良の少ない、履き心地に優れるシューズを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決すべく、本発明者らは編地の編み密度を調整することで、射出樹脂の浸み込みやすさ(絡み合い)を制御できることに着目して検討したところ、特定の編み密度を有する編地とすることで、接着剤、表面処理剤などを用いることなく、射出樹脂と良好な接着が実現できたことから本発明に至った。
【0011】
すなわち、本発明は、無縫製で靴下状に編まれたアッパー材であって、当該アッパー材の少なくともソールが接する箇所において、編み密度がコース8〜30個/インチ、ウェール8〜30個/インチであることを特徴としている。
【0012】
特定の編み密度を有する編地を用いれば、インジェクション製法でソールを形成する際に、良好な接着性が得られる。
【0013】
また、本発明のアッパー材は、ソールが接する箇所において、接着補助糸が編み込まれている態様が好ましい。
【0014】
このように、接着補助糸が編み込まれた編地は、接着性がさらに向上する。特に、接着補助糸として熱溶融性のものを使用した場合に、その効果は顕著に現れる。
【0015】
その上、本発明のアッパー材にインジェクション製法で形成されたソールを備えたシューズは、射出樹脂がアッパー材の底或いは周縁に適度に浸み込むため、アッパー材とソールとの接着性が良好で、かつ樹脂のアッパー材への過度の浸み込みを抑え、外観良好であり、さらに履き心地にも優れるものである。
【発明の効果】
【0016】
本発明は、無縫製で靴下状に編まれたアッパー材であって、少なくともソールが接する箇所が、特定の編み密度で編まれているので、接着剤やプライマー処理などの表面処理を用いなくとも、インジェクション製法によって形成されるソールとの接着性が良好となる。
【0017】
また、無縫製で靴下状に編まれたアッパー材であって、ソールが接する箇所が、特定の編み密度で編まれていることに加え、接着補助糸が同時に編み込まれたものであれば、後工程なしに、アッパー材とソールとの接着性をさらに向上させることができる。
【0018】
本発明のアッパー材にインジェクション製法で形成されたソールを備えたシューズは、射出樹脂がアッパー材の底或いは周縁に適度に浸み込むため、アッパー材とソールとの接着性が良好で、かつ外観良好であり、さらに履き心地にも優れるものである。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図4】インジェクション製法を説明する図であり、(a)側面断面図 (b)踵部 断面図 を示す。
【発明を実施するための形態】
【0020】
図面に基づいて本発明を説明するが、以下の実施態様に限定されるものではない。
【0021】
本発明は、無縫製で靴下状に編まれたアッパー材1であって、少なくともソール2が接する箇所の編み密度がウェール8〜30個/インチ、コース8〜30/インチであることを特徴としている。
【0022】
本発明でいう無縫製で靴下状に編まれたアッパー材1とは、例えば
図1で示すように、編み機を用いて足形(靴下状)に倣ってひとつずつ立体的に編まれたものを意味している。編地とは、1本又は2本以上の編糸でループをつくり、該ループにさらに糸を通して新たなループを形成することを繰り返して編成するものである。そのため、アッパー材1は、前甲11、外甲側12、内甲側13、踵14、及び底面15からなるが、編み機を用いれば、各部位を縫い合わせることなく、任意の立体形状に形成することが可能である。
【0023】
アッパー材1は、補強のため、部分的に二重構造としてもよい。例えば、アッパー材1の内側に、別途作成した靴下状の内装材を挿入してもよく、或いは、編み機を用いて、二重構造になるよう編成してもよい。
【0024】
編み機としては、特定の範囲を特定の編み密度で編むことが可能である、横編み機を用いることが好ましい。
【0025】
本発明では、アッパー材1の少なくともソール2と接する箇所において、編み密度を、ウェール(横方向)8〜30個/インチ、コース(縦方向)8〜30個/インチとすることを特徴としている。ここでいう編み密度とは、編目の詰まり程度の指標であり、1インチ当たりのループの個数で示される。ウェール及びコースが8個/インチ未満の場合、編み密度が小さい、すなわち編み目の空隙が大きく、射出樹脂の浸み込みが多すぎて、露出し硬化した樹脂によって足と接する面の触感が悪くなる。また、ウェール及びコースが30個/インチを超える場合、編み密度が大きいため、すなわち編み目が詰まりすぎて空隙が少ない状態となり、射出樹脂の浸み込みを阻害し、十分な接着性が得られない。なお、ソールが接する箇所の全領域において、特定の編み密度の編地とすることが好ましいが、密着性が得られれば、部分的に設けられても良い。
【0026】
本発明において、アッパー材1のソール2が接する箇所とは、
図1、4に示すように、アッパー材1の底面15及び底面15から幅数mm程度の周縁部16であり、射出成形金型5に収まる部分である。周縁部の幅dは、靴のデザインによって適宜設定されるが、ソール剥がれなどの問題が生じるため、少なくとも5mm以上必要であり、5〜15mmが好ましい。
【0027】
本発明で使用できる編糸としては、一般的に編地を形成するのに用いられるものであればよく、特に限定されるものではない。
例えば、素材としては、綿、麻、絹、羊毛などの天然繊維、ポリエステル、ナイロン、アクリルなどの合成繊維が挙げられ、これらの繊維を単独或いは混合して紡績した糸や撚糸などが使用できる。種類としては、モノフィラメント糸、マルチフィラメント糸、スパン糸、芯鞘構造などが挙げられる。
編糸の繊度が100〜700デニールのものであれば、シューズのアッパー材を編成するのに適している。
【0028】
本発明のアッパー材1は、ソール2に接する箇所において、接着補助糸4が編み込まれていることが好ましい。接着補助糸4とは、インジェクション製法において、ソールとの接着性を向上させる効果を有する糸を示す。編み機を用いた場合であれば、靴下状のアッパー材を編成する際に、接着補助糸を任意の箇所に編み込むことが可能である。例えば、
図1,3には、シューズにおける幅方向に沿って底面15及び周縁部16に編み込んだものを示す。なお、本発明では、ソールが接しない範囲に接着補助糸が存在することを排除していない。
【0029】
接着補助糸4として、例えば、射出樹脂との接着性に優れる樹脂を用いた糸が挙げられる。ソール2を形成する射出樹脂としては、主に塩化ビニル樹脂、ポリウレタン樹脂が使用されているが、接着補助糸4として、ソール2を形成する樹脂と同系のもの、またはこれらの樹脂と接着性に優れるものを使用することが好ましい。
【0030】
また、別の接着補助糸4の例としては、射出成形時の熱で溶融する糸であって、具体的には、ナイロン、ポリエステルなどの熱可塑性樹脂からなり、160℃以下の温度で溶融する熱溶融糸が挙げられる。
塩化ビニル樹脂を射出樹脂として使用した場合、溶融状態の塩化ビニル樹脂の温度は200℃前後であるため、160℃以下の温度で溶融する熱溶融糸を用いれば、射出成形時に射出樹脂と熱溶融糸とが溶融することにより、密着性が向上する。
また、ポリウレタン樹脂を射出樹脂として使用した場合、成形温度は100℃程度であるが、ウレタン化の発熱反応によって、熱溶融糸の表面が軟化もしくはわずかに溶融し、密着性が向上すると考えられる。
【0031】
また、射出成形樹脂と絡みやすい形状の糸も、接着補助糸4として使用できる。例えば、編糸の表面が毛羽立った糸や、捩れた糸などが挙げられる。
【0032】
このような接着補助糸4は、単位面積当たりの重量比で、10%〜50%含まれていることが好ましい。
接着補助糸4の重量比が10%を満たない場合、接着補助の効果が得られにくい。一方で、50%を超える場合は、触感が劣ったり、ソールを形成する際の熱成形によって、接着補助糸が含まれない部分との境界で編地強度が劣ることもある。
【0033】
本発明のシューズ3は、本発明のアッパー材1に、インジェクション製法、すなわち射出成形によってソール2を形成すると同時にアッパー材底部に接着させる製法によってソールを形成することで得られる。
【0034】
インジェクション製法は、
図4に示すように、まず本発明の無縫製で靴下状に編まれたアッパー材1を足型(ラストモールド)51に吊り込む工程、ラストモールド51、サイドモールド52、及びボトムモールド53を組合せてソール成形空隙を形成し、該空隙に射出成形用樹脂材料を注入口54から射出してソール2を形成する工程を経るものである。
【実施例】
【0035】
以下に、実施例に基づいて本発明を説明するが、実施例に限定されるものではない。
【0036】
〔シューズの作成〕
横編み機(株式会社島精機製作所製,15ゲージ)を使用し、アッパー材の前甲、内外甲側及び踵の編地は共通とし、ソールが接する箇所(底面および周縁)での編み密度を変えて靴下状の各種アッパー材を編成した。次いで、得られた各種アッパー材に、インジェクション製法によってソールを形成し、シューズを得た。ソール樹脂としては、ポリウレタン樹脂を使用した。
【0037】
〔実施例1〕
ソールが接する箇所の編み密度が、コース20個/インチ、ウェル18個/インチとなるようにアッパー材を編成した。
〔実施例2〕
ソールが接する箇所の編み密度は、実施例1と同様とし、さらに接着補助糸として、
東レ(株)製ナイロン樹脂の熱溶融糸(融点105℃)を
図1、3に示すように編み込み、アッパー材を編成した。その際、編み込んだ量を単位面積当たりの重量比で30%とした。
〔比較例1〕
ソールが接する箇所の編み密度が、コース7個/インチ、ウェル7個/インチとなるようにアッパー材を編成した。
〔比較例2〕
ソールが接する箇所の編み密度が、コース35個/インチ、ウェル34個/インチとなるようにアッパー材を編成した。
【0038】
得られたシューズにおいて、以下の項目について評価を行った。結果を表1に示す。
【0039】
〔密着性〕
アッパー部とソール部との密着性について、ショッパー引張強度試験機にて、樹脂部と編地部をクランプでつかみ、速度200mm/minで引っ張り、剥離強度を測定した。
評価基準: ◎ 30N/cm以上
○ 20N/cm以上30N/cm未満
× 20N/cm未満
【0040】
〔つなぎ目強度〕
アッパー部の熱融着糸がある部分とない部分との境界部の編地において、引張り強度をJIS L 1096に準拠して測定した。
評価基準: ○ 130N/cm以上
× 130N/cm未満
【0041】
〔足当たり(染み出し)〕
アッパー部の底部における射出樹脂が染み出すことで、シューズを履いたときの足当たりに与える影響について、被験者5人で官能評価を行った。
評価基準: ○ 被験者5人すべてが、足当たりを感じない
× 足当たりがある被験者が1人以上いる
【0042】
【表1】
【0043】
表1より、アッパー材のソールが接する範囲において、特定の編み密度となるように編成することで、射出樹脂の浸み込み量を適切にコントロールでき、アッパー材とソールとの接着性が良好で、かつシューズを履いた際の足当たりもない結果が得られた。
【0044】
実施例2について、接着補助糸として熱溶融糸を用いた場合、アッパー材とソールとの接着性がさらに向上した。
【符号の説明】
【0045】
1 アッパー材
11 前甲 12 外甲側 13 内甲側 14 踵 15 底面 16 周縁部
2 ソール
3 シューズ
4 接着補助糸
5 射出成形金型
51 ラストモールド 52 サイドモールド 53 ボトムモールド
54 射出樹脂注入口
d 周縁部の幅