(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
質量%で、C:0.001〜0.080%、Si:0.05〜1.50%、Mn:0.05〜1.50%、P:0.001〜0.080%、S:0.0001〜0.010%、Ni:0.01〜0.60%、Cr:11.0〜25.0%、Cu:0〜2.00%、Mo:0〜3.00%、N:0.001〜0.080%、Nb:0.10〜0.80%、Ti:0〜0.50%、Zr:0〜0.50%、V:0〜0.50%、Ta:0〜0.50%、Sn:0〜0.50%、B:0〜0.010%、REM(希土類元素):合計0〜0.10%、Al:0〜0.20%、残部Feおよび不可避的不純物である化学組成を有し、表面に酸化皮膜を有する鋼材であって、XPS(X線光電子分光分析法)による深さ方向の元素濃度プロファイルにおいて、前記酸化皮膜の最表面からのSiO2換算深さが5〜30nmの領域にNbおよびCrのピークがあり、前記Nbのピーク位置でのNb濃度が、Fe、Cr、Mo、Ni、Cu、Mn、Si、Ti、Nb、Alの合計に占めるモル分率で10mol%以上であるフェライト系ステンレス鋼材。
酸洗表面または酸洗後に冷間圧延を施した表面を有する鋼材に、Crが還元されNbが酸化される雰囲気中で熱処理を施すことにより、少なくとも最表面から5nm未満までの深さ領域にNbが濃化しているNb濃化表層を形成させる工程(Nb濃化表層形成工程)、
前記Nb濃化表層を有する鋼材に、450℃以下の酸化性雰囲気中で熱処理を施すことにより最表面から5〜30nmの深さ領域にCr濃化層およびNb濃化層を形成させる工程(酸化皮膜安定化工程)、
を有する請求項1または2に記載のフェライト系ステンレス鋼材の製造方法。
ここで、最表面からの深さは真空中でのイオンスパッタリング時間により定まるSiO2換算深さである。
Nb濃化表層形成工程において、ガス組成:水素95〜100体積%、窒素5〜0体積%、温度:1050〜1200℃の熱処理雰囲気を採用する請求項3に記載のフェライト系ステンレス鋼材の製造方法。
【背景技術】
【0002】
Nbを含有するフェライト系ステンレス鋼は従来から種々の用途で使用されている。例えば、JIS G4305:2012に規定されているNb含有フェライト系ステンレス鋼種として、SUS430LX、SUS430J1L,SUS436L、SUS436J1L、SUS443J1、SUS444などがあり、広く普及するに至っている。
【0003】
フェライト系ステンレス鋼に添加されるNbの作用として、従来一般的に、C、Nを固定・安定化させることによる粒界腐食の抑制作用や、Nbの固溶強化、析出強化による常温強度あるいは高温強度の向上作用が知られている。また、本出願人は最近の研究により、Nb含有析出物を利用して結晶配向を適正化することにより、r値および耐リジング性を同時に向上させることが可能になることを知見し、その具体的手法を特願2017−063882にて開示した。
【0004】
一方、ステンレス鋼の耐食性は、よく知られているようにCrが濃化した薄い酸化皮膜(不動態被膜)によって発揮される。単体の金属として比べた場合、Nbは本来、Crよりも不動態となる電位−pH領域が広く、かつ耐食性に優れた不動態皮膜を形成する金属である。このようなNbの特性をうまく引き出すことができれば、ステンレス鋼表面の酸化皮膜の耐食性機能を更に強化することが可能になるのではないかと期待される。
【0005】
Nbを含有するフェライト系ステンレス鋼に適用可能な表面皮膜の改善技術として、特定の雰囲気中で熱処理する手法が知られている。
例えば、特許文献1、2には、N
2を含有する減圧雰囲気、あるいはH
2雰囲気を採用することにより、表面にCr、Si、Nb、Al、Tiに富む酸化皮膜を形成し、これにより排ガス凝縮水環境(特許文献1)、あるいは高温酸性脂肪酸環境(特許文献2)での耐食性を改善する技術が記載されている(特許文献1段落0027〜0032、特許文献2段落0021〜0028)。具体例として、いずれの文献にも10
-1〜10
-2torrのN
2雰囲気中で1100℃10分加熱する処理や、露点−65℃の100%H
2中で1100℃10分加熱する処理が示されている(特許文献1段落0063、特許文献2段落0058)。これらの文献ではXPS(X線光電子分光分析法)により表面皮膜の分析を行っているが(特許文献1段落0066、特許文献2段落0065)、深さ方向の元素濃度プロファイルに関する開示はない。
【0006】
特許文献3には、Snを添加したフェライト系ステンレス鋼板に、水素ガスあるいは水素と窒素の混合ガス中800〜1000℃で光輝焼鈍を施すことにより、CrやSnの濃度が高い表面皮膜を形成し、これにより耐銹性を向上させる技術が記載されている(段落0056〜0058)。その際、Nbを含有する鋼を用いた場合には表面皮膜にNbが濃化され、耐銹性を高めるうえで効果的であることが教示されている(段落0059)。この文献でもX線光電子分光分析法により表面皮膜を調べているが、「非破壊分析」(段落0067)とあることから、この分析は最表面を測定するものであり、スパッタリングによって深さ方向に掘り進んで元素濃度プロファイルを調べるものではない。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述のようにNb含有フェライト系ステンレス鋼は、Nbの有用な作用を利用して種々の用途に使用されている。また、Nb等の元素が濃化した酸化皮膜は、フェライト系ステンレス鋼の耐食性改善に有効であることが知られている(特許文献1〜3)。しかしながら発明者らの研究によれば、特許文献1〜3に示されるようなNb等が最表面付近に濃化していると考えられる皮膜では、Nb自体が持つ本来の耐食性向上作用が十分に発揮できていないことがわかってきた。すなわち、Nb添加により耐食性を向上させる手法には、更なる改善の余地があると考えられる。
【0009】
本発明は、Nb含有フェライト系ステンレス鋼材の耐食性、特に塩化物に対する耐孔食性を安定して向上させる技術を開示しようというものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題は、フェライト系ステンレス鋼表面の酸化皮膜において、最表面ではなく、一定の深さ領域にNbとCrが濃化した皮膜構造とすることによって達成される。また、そのような皮膜構造は、Crが還元され、かつNbが酸化される雰囲気中で熱処理を行って最表面近傍にNbを濃化させ、その後、低温の酸化性雰囲気中で酸化皮膜を安定化させることにより実現することができる。
【0011】
本明細書では以下の発明を開示する。
[1]質量%で、C:0.001〜0.080%、Si:0.05〜1.50%、Mn:0.05〜1.50%、P:0.001〜0.080%、S:0.0001〜0.010%、Ni:0.01〜0.60%、Cr:11.0〜25.0%、Cu:0〜2.00%、Mo:0〜3.00%、N:0.001〜0.080%、Nb:0.10〜0.80%、Ti:0〜0.50%、Zr:0〜0.50%、V:0〜0.50%、Ta:0〜0.50%、Sn:0〜0.50%、B:0〜0.010%、REM(希土類元素):合計0〜0.10%、Al:0〜0.20%、残部Feおよび不可避的不純物である化学組成を有し、表面に酸化皮膜を有する鋼材であって、XPS(X線光電子分光分析法)による深さ方向の元素濃度プロファイルにおいて、前記酸化皮膜の最表面からのSiO
2換算深さが5〜30nmの領域にNbおよびCrのピークがあり、前記Nbのピーク位置でのNb濃度が、Fe、Cr、Mo、Ni、Cu、Mn、Si、Ti、Nb、Alの合計に占めるモル分率で10mol%以上であるフェライト系ステンレス鋼材。
[2]前記酸化皮膜厚さが10〜40nmである上記[1]に記載のフェライト系ステンレス鋼材。
ここで、酸化皮膜厚さは、前記最表面からのSiO
2換算深さにおいてO濃度が最表面の1/2となる深さとする。
[3]酸洗表面または酸洗後に冷間圧延を施した表面を有する鋼材に、Crが還元されNbが酸化される雰囲気中で熱処理を施すことにより、少なくとも最表面から5nm未満までの深さ領域にNbが濃化しているNb濃化表層を形成させる工程(Nb濃化表層形成工程)、
前記Nb濃化表層を有する鋼材に、450℃以下の酸化性雰囲気中で熱処理を施すことにより最表面から5〜30nmの深さ領域にCr濃化層およびNb濃化層を形成させる工程(酸化皮膜安定化工程)、
を有する上記[1]または[2]に記載のフェライト系ステンレス鋼材の製造方法。
ここで、最表面からの深さは真空中でのイオンスパッタリング時間により定まるSiO
2換算深さである。
[4]Nb濃化表層形成工程において、ガス組成:水素95〜100体積%、窒素5〜0体積%、温度:1050〜1200℃の熱処理雰囲気を採用する上記[2]または[3]に記載のフェライト系ステンレス鋼材の製造方法。
[5]酸化皮膜安定化工程において、大気中、200〜450℃の熱処理雰囲気を採用する上記[3]または[4]に記載のフェライト系ステンレス鋼材の製造方法。
【0012】
ここで、REM(希土類元素)は、Sc、Y、ランタノイド系元素およびアクチノイド系元素を意味する。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、Nbを含有するフェライト系ステンレス鋼材の耐食性を顕著に向上させることが可能となる。ステンレス鋼の耐食性レベルはCrをはじめとする合金成分の配合組成によって相違するが、それぞれのNb含有フェライト系ステンレス鋼種において、その耐食性を引き上げることができる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
〔鋼組成〕
本発明では、Nbを含有するフェライト系ステンレス鋼を対象とする。以下、鋼の成分元素に関する「%」は特に断らない限り「質量%」を意味する。
【0016】
Nbは、上述のように、C、Nを固定・安定化させることによる粒界腐食の抑制作用や、Nbの固溶強化、析出強化による常温強度あるいは高温強度の向上作用を発揮する元素であり、フェライト系ステンレス鋼には従来から必要に応じて添加されている。また、Nb含有析出物を利用して結晶配向を適正化することにより、r値および耐リジング性を同時に向上させることが可能になる。本発明ではこれらの作用に加えて、Nbを耐食性向上元素として活用する。後述するように、Nbが所定深さに濃縮した構造の表面酸化皮膜を形成させたとき、特に塩化物に対する耐食性を顕著に向上させることができるのである。これらの作用を十分に発揮させるため、ここではNb含有量が0.20%以上のフェライト系ステンレス鋼種を対象とする。ただし、過剰のNb含有は靭性を低下させる要因となる。種々検討の結果、Nb含有量は0.80%以下に制限される。0.70%以下に管理してもよい。
【0017】
C、Nは、Nbとの複合添加において、Nb炭窒化物を形成する。Nb炭窒化物はr値の向上に有利な集合組織の形成に寄与する。また、鋼板製造過程でコロニーの形成を抑制し、耐リジング性の向上にも寄与する。一方、粒界腐食を抑制する観点からは、C、N含有量は低いことが好ましいが、極度の低C化、低N化には製鋼でのコスト上昇を伴う。また、多量のC、N含有は鋼を硬質化させ、熱延鋼板の靱性を低下させる要因となる。固溶Nbによる高温強度の向上を狙う場合には、十分な固溶Nb量を確保するために、鋼中のNbが炭窒化物として過剰に消費されないよう、Nb含有量に応じてC、N含有量を調整する必要がある。このように、C、N含有量は目的に応じて種々調整される。ここでは、C含有量0.001〜0.080%、N含有量0.001〜0.080%の鋼を対象とする。C含有量は0.050%以下、あるいは0.030%以下に制限してもよい。N含有量についても0.050%以下、あるいは0.030%以下に制限してもよい。
【0018】
SiおよびMnは、脱酸剤として有効である他、耐高温酸化性を向上させる作用を有する。Siについては0.05%以上、Mnについては0.05%以上の含有量を確保することがより効果的である。これらの元素の含有量が多くなると鋼が硬質化し、加工性および靭性が低下する場合がある。Si含有量は1.50%以下に制限され、1.00%以下とすることがより好ましい。Mn含有量も1.50%以下に制限される。
【0019】
PおよびSは、多量に含有すると耐食性低下などの要因となる。P含有量は0.080%まで許容でき、S含有量は0.010%まで許容できる。過剰な低P化、低S化は製鋼への負荷を増大させ不経済となる。P含有量は、例えば0.001%以上、S含有量は例えば0.0001%以上の範囲で調整すればよい。
【0020】
Niは、腐食の進行を抑制する作用があり、必要に応じて添加することができる。その場合、0.01質量%以上のNi含有量を確保することがより効果的である。ただし、Niはオーステナイト相安定化元素であるため、フェライト系ステンレス鋼に過剰に含有させるとマルテンサイト相を生成し、加工性が低下する。また、過剰のNi含有はコスト上昇を招く。ここではNi含有量を0.6%以下に制限する。
【0021】
Crは、ステンレス鋼としての耐食性を確保するために重要である。耐高温酸化性の向上にも有効である。これらの作用を発揮させるために、11.0%以上のCr含有量が必要である。多量にCrを含有すると加工性が低下して問題となる場合がある。ここではCr含有量が25.0%以下の鋼を対象とする。Cr含有量は20.0%以下に管理してもよい。
【0022】
Cuは、低温靱性の向上に有効であると共に、高温強度の向上にも有効な元素であり、必要に応じて添加することができる。上記作用を得るためには0.01%以上のCu含有量を確保することがより効果的である。ただし、多量にCuを添加すると加工性がむしろ低下するようになる。Cu含有量は2.00%以下に制限される。
【0023】
Moは、耐食性の向上に有効な元素であり、必要に応じて添加することができる。Moを添加する場合は、0.01%以上の含有量を確保することがより効果的である。ただし、多量の添加は、鋼の熱間加工性、加工性や靭性を低下させるとともに、製造コストの上昇につながる。Mo含有量は3.00%以下とする。
【0024】
Tiは、CおよびNを固定する作用があり、鋼の耐食性および耐高温酸化性を高く維持する上で有効な元素である。そのため必要に応じてTiを添加することができる。上記作用を十分に発揮させるためには0.05%以上のTi含有量を確保することがより効果的である。ただし、過剰のTi含有は鋼の靭性や加工性を低下させるとともに、製品の表面性状に悪影響を及ぼす。Tiを添加する場合は0.50%以下の範囲で行う。
【0025】
Zr、V、Ta、Snは、耐食性向上に有効であることから、必要に応じてこれらの1種以上を添加することができる。その場合、Zr:0.05%以上、V:0.05%以上、Ta:0.05%以上、Sn:0.05%以上の含有量を確保して、これらの1種以上を添加することがより効果的である。ただし、これらの元素を過剰に添加すると、靭性低下やコスト上昇を招く。これらの元素の1種以上を添加する場合は、いずれも0.50%以下の含有量範囲とすることが望ましい。
【0026】
Bは、2次加工性向上に有効であり、必要に応じて添加することができる。その場合、0.0002%以上の含有量を確保することがより効果的である。ただし、B含有量が多くなるとCr
2Bの生成により金属組織の均一性が損なわれ、加工性が低下する場合がある。Bを添加する場合は0.010%以下の含有量範囲で行う。
【0027】
REM(希土類元素)は、溶接性および耐酸化性の改善に有効であり、必要に応じて添加することができる。その場合、REMの合計含有量を0.010%以上確保することがより効果的である。過剰のREM添加は連続鋳造時のノズル詰まりの原因になるなど、製造性を損なう要因となる。REMを添加する場合は、その合計含有量が0.10%以下となる範囲で行う。
【0028】
Alは、脱酸剤として有効である。その作用を十分に得るために、0.001%以上のAl含有量となるようにAlを添加することがより効果的である。過剰にAlを含有させると硬さが上昇し、加工性および靭性が低下する。Al含有量は0.20%以下に制限され、0.10%以下とすることがより好ましい。
【0029】
〔酸化皮膜〕
ステンレス鋼の表面は通常、Crが濃化した薄い酸化皮膜(不動態皮膜)で覆われており、これによって耐食性が維持される。Nb含有フェライト系ステンレス鋼の場合、酸洗仕上げ(いわゆるNo.2D仕上げ)ではNbはCrと異なり表面皮膜中に濃化しないが、水素ガス雰囲気中あるいは水素と窒素の混合ガス雰囲気中で熱処理すると最表面付近のごく浅い部分にNbの濃化が生じる。このような最表面付近にNbが濃化した酸化皮膜を形成させると、酸洗仕上げ(Nbの濃化が認められない酸化皮膜を有する表面状態)と比べ、耐食性の改善が認められる。しかし、その改善効果は小さい。これに対し、後述のA処理によって、最表面付近のごく浅い部分ではなく、それより少し深い部分にNbが濃化し、かつCrも濃化している特異な構造を有する比較的厚い酸化皮膜を形成させたとき、特に塩化物に対する耐食性が大幅に向上することがわかった。
【0030】
上記特異な構造の酸化皮膜は、具体的には、XPS(X線光電子分光分析法)による深さ方向の元素濃度プロファイルにおいて、前記酸化皮膜の最表面からのSiO
2換算深さが5〜30nmの領域にNbおよびCrのピークがあり、前記Nbのピーク位置でのNb濃度が、Fe、Cr、Mo、Ni、Cu、Mn、Si、Ti、Nb、Alの合計に占めるモル分率で10mol%以上である皮膜として特定される。また、XPSによる深さ方向の元素濃度プロファイルにおいて、最表面からのSiO
2換算深さでO濃度が最表面の1/2となる深さまでを酸化皮膜と定義したとき、上記酸化皮膜厚さは例えば10〜40nmである。前記プロファイルにおけるNbのピーク位置は、Crのピーク位置より浅い位置(最表面側)にある。ここで、「Nbのピーク位置」は、上記深さ方向の元素濃度プロファイルにおいて、Si換算深さ5〜30nmの範囲でNb濃度が最も高いSiO
2換算深さ位置を意味する。同様に「Crのピーク位置」は、上記深さ方向の元素濃度プロファイルにおいて、Si換算深さ5〜30nmの範囲でCr濃度が最も高いSiO
2換算深さ位置を意味する。
【0031】
図1〜
図3に、本発明に従うフェライト系ステンレス鋼材表面の酸化皮膜について、XPS(X線光電子分光分析法)による深さ方向の元素濃度プロファイルを例示する。
図1は後述実施例の試料No.10、
図2は同試料No.13、
図3は同試料No.14である。それぞれの図において、O、Crの濃度プロファイルは上段のグラフに、Nbの濃度プロファイルは中段のグラフに示してある(後述
図4〜6において同じ)。グラフの横軸はSiO
2換算深さ(nm)、縦軸は元素濃度(mol%)である。Nb、Crなどの金属元素Mの濃度は下記(1)式、酸素Oの濃度は下記(2)式によって定めることができる。
金属元素Mの濃度(mol%)=M/(Fe+Cr+Mo+Ni+Cu+Mn+Si+Ti+Nb+Al)×100 …(1)
酸素Oの濃度(mol%)=O/(O+Fe+Cr+Mo+Ni+Cu+Mn+Si+Ti+Nb+Al)×100 …(2)
ここで、(1)式および(2)式の右辺の元素記号の箇所には、その元素の相対強度の値が代入される。Mは、Fe、Cr、Mo、Ni、Cu、Mn、Si、Ti、Nb、Alのいずれかである。
【0032】
(XPS分析方法)
XPSによる分析は、Physical Electronics社製、Quantera SXMを用いて、最表面からSiO
2換算深さ100nmまで行った。Arイオンスパッタ速度は約1.15nm/minである。分析条件は以下の通りである。
分析エリア:φ200μm
X線:単色化AlKα
X線源の出力:43.7W
分析角度:45°
スペクトル線:O1s、Fe2p
3/2、Cr2p
3/2、Mo3d
5/2、Ni2p
3/2、Cu2p
3/2、Mn2p
3/2、Si2p、Ti2p
3/2、Nb3d
5/2、Al2s
バックグラウンド処理:shirley法
【0033】
本発明に従う酸化皮膜は、
図1〜
図3に見られるように、最表面付近のごく浅い部分ではなく、それより少し深い部分にNbとCrが濃化した構造を有している。具体的には、深さ方向プロファイルにおいて、前記酸化皮膜の最表面からのSiO
2換算深さが5〜30nmの領域にNbおよびCrのピークがある。そして、そのNbのピーク位置での上記(1)式により定まるNb濃度は10mol%以上に調整されている。上記XPS分析およびEDX分析(エネルギー分散型X線分析)の結果、このNbの濃化はNb酸化物の形成によるものであり、上記CrのピークはCr酸化物の形成によるものである。また、最表面からのSiO
2換算深さが5〜30nmの範囲に、Crの濃化領域(Cr濃度が鋼中の平均Cr濃度よりも高い領域)とNb濃化領域(Nb濃度が鋼中の平均Nb濃度よりも高い領域)には重なり合う部分があるが、Nbのピーク位置は、Crのピーク位置より浅い位置(最表面側)にある。このような構造の皮膜を形成させたときに耐食性が向上するメカニズムについては現時点で未解明であるが、通常の不動態皮膜よりも皮膜厚さが厚いこと、およびNb酸化物層の言わば「後ろ盾」としてCr酸化物層が存在することにより、Clイオンの侵入に対する保護作用が強化されたものと推察される。
【0034】
なお、発明者らの調査によれば、上記のような構造の皮膜において、Nb濃化領域は、浅い部分(最表面側)にNb
2O
5が多く、深い部分(鋼材の肉厚中心側)にNbOが多い傾斜組成を有することがわかった。そして、NbOが比較的多い部分(Nb濃化領域の比較的深い部分)に、Cr酸化物が多く存在する。
【0035】
〔製造方法〕
従来一般的なフェライト系ステンレス鋼板の製造プロセスを利用して、所定の板厚に調整された焼鈍酸洗鋼板(酸洗後に調質圧延が施されたものである場合を含む。)、または酸洗後に冷間圧延が施された冷延鋼板を、中間製品として用意する。継目なし鋼管の場合は通常の鋼管製造プロセスで得られた酸洗済みの鋼管を、中間製品とすればよい。また、上記の鋼板または鋼管からなる中間製品に加工を施し、所定の部材形状に加工された段階の中間製品を作製してもよい。このような中間製品を出発材料として、以下に示す「Nb濃化表層形成工程」と「酸化皮膜安定化工程」を順に有する熱処理を施すことによって、上述の皮膜を有する鋼材を得ることができる。この熱処理の手法を本明細書では「A処理」と呼んでいる。
【0036】
(Nb濃化表層形成工程)
Nb濃化表層形成工程は、酸洗表面または酸洗後に冷間圧延を施した表面を有する鋼材に、Crが還元されNbが酸化される雰囲気中で熱処理を施すことにより、少なくとも最表面から5nm未満までの深さ領域にNbが濃化しているNb濃化表層を形成させる工程である。「Crが還元されNbが酸化される雰囲気」は、低酸素分圧の高温状態において実現できる。具体的には例えば、ガス組成:水素95〜100体積%、窒素5〜0体積%、温度:1050〜1200℃の熱処理雰囲気を挙げることができる。この場合、露点は−30〜−60℃とすることが好ましい。この範囲の熱処理により少なくとも最表面から5nm未満までの深さ領域にNbが濃化しているNb濃化表層を形成させることができる。Nbが酸化される条件のなかでも、できるだけNbの酸化領域と還元領域の境界に近い条件を採用することがより好ましい。そのようなより好ましい条件として、例えば、水素ガス、1070〜1150℃、露点−45〜−55℃の熱処理雰囲気を採用することができる。
【0037】
上記のような「Crが還元されNbが酸化される雰囲気」での熱処理によって、少なくとも最表面から5nm未満までの深さ領域にNbが濃化しているNb濃化表層を形成させることができる。熱処理時間(鋼板表面が上記温度域の雰囲気に曝される時間)は、3〜120分とすることが好ましい。熱処理時間が短すぎるとNb濃化表層の形成が不十分となる。熱処理時間が長すぎると不経済となる。上記Nb濃化表層が形成される条件として、例えば、最表面からSiO
2換算深さ5nmまでの深さ領域において、平均Nb濃度が平均Cr濃度の0.3倍以上となる条件を採用することが好ましい。上記の平均Nb濃度および平均Cr濃度は、XPS(X線光電子分光分析法)による深さ方向の元素濃度プロファイルにおいて、それぞれNb濃度およびCr濃度を最表面からSiO
2換算深さ5nmまでの深さ領域について積分することによって求めることができる。
【0038】
Nb濃化表層形成工程は、鋼材の形態がコイル状に巻かれた鋼板である場合にはベル焼鈍炉などによるバッチ式熱処理にて実施できる他、光輝焼鈍炉を用いた連続熱処理にて実施することも可能である。なお、BA仕上げステンレス鋼を製造する際の光輝焼鈍条件(例えば、ガス組成:水素80体積%、窒素20体積%、温度:1000℃、露点:−55℃、熱処理時間:1分)をNb濃化表層形成工程にそのまま適用すると、Nb濃化表層の形成が不十分となる場合があり、最終的に十分な耐食性向上効果を安定して得ることは難しい。
【0039】
Nb濃化表層形成工程を終えた鋼材を、そのままの形状で酸化皮膜安定化工程に供することもできるし、この段階で所定の部材形状に加工を施した後に酸化皮膜安定化工程に供することもできる。
【0040】
(酸化皮膜安定化工程)
酸化皮膜安定化工程は、上述のNb濃化表層形成工程を終えてNb濃化表層を形成させた鋼材に、450℃以下の酸化性雰囲気中で熱処理を施すことにより最表面から5〜30nmの深さ領域にCr濃化層およびNb濃化層を形成させる工程である。熱処理温度が450℃より高いとテンパーカラーが生じる恐れがあり、好ましくない。400℃以下に管理してもよい。酸化性雰囲気ガスとしては大気を利用することができる。この熱処理では、最表面に近い領域に新たにFe酸化物を形成させることにより酸化皮膜のトータル厚さを増大させ、結果的にNb濃化領域を最表面近傍から内部へとシフトさせる。その際、Nb濃化領域を構成するNb酸化物は、外側がNb
2O
5リッチ、内側がNbOリッチである傾斜組成を呈するようになり、より安定な酸化物層構造が構築される。このような酸化皮膜の構造変化を効果的に生じさせるためには、熱処理温度を200℃以上とすることが望ましく、250℃以上とすることがより好ましい。
【0041】
酸化皮膜安定化工程は、バッチ式熱処理にて実施できる他、連続熱処理炉をゆっくり通過させることにより連続熱処理にて実施することも可能である。
【実施例】
【0042】
表1に示す化学組成のフェライト系ステンレス鋼を溶製し、熱間圧延、熱延板焼鈍、酸洗、冷間圧延の工程により、板厚1.5mmの冷延鋼板を得た。鋼No.12以外の材料については、更に仕上げ焼鈍、仕上げ酸洗を施し、焼鈍酸洗鋼板(JIS G0203:2009の番号4221「No.2D仕上げ」に該当する鋼板)とした。上記仕上げ酸洗は、各鋼種の耐酸洗性に応じて硝酸濃度が50〜100g/L、弗酸濃度が5〜15g/Lの範囲で調整された60℃の弗硝酸水溶液を用い、酸化スケールが完全に除去される浸漬時間で行った。
【0043】
【表1】
【0044】
鋼No.12については上記の冷間圧延を終えた段階の材料を、また鋼No.12以外については上記の仕上げ酸洗を終えた段階の材料を、それぞれ出発材料として、以下に示すA処理、B処理、C処理、D処理のいずれかを施した。鋼No.12の出発材料は「酸洗後に冷間圧延を施した表面を有する鋼材」であり、以下、この表面に仕上げられた材料を「HT仕上げ材」と呼ぶ。また、鋼No.12以外の出発材料は「酸洗表面を有する鋼材」であり、以下、この表面に仕上げられた材料を「2D仕上げ材」と呼ぶ。
【0045】
(A処理)出発材料に対して、ガス組成:水素100体積%、露点:−50℃、温度:1100℃のガス中で10分保持した後、炉内で冷却する第1の熱処理を施し、次いで、大気中300℃で1時間保持する第2の熱処理を施した。
(B処理)出発材料に対して、大気中300℃で1時間保持する熱処理を施した。
(C処理)出発材料に対して、ガス組成:水素100体積%、露点:−50℃、温度:1100℃のガス中で10分保持した後、炉内で冷却する熱処理を施した。
(D処理)出発材料に対して、ガス組成:水素80体積%、窒素20体積%、露点:−55℃、温度:1000℃のガス中で1分保持した後、炉内で冷却する第1の熱処理を施し、次いで、大気中300℃で1時間保持する第2の熱処理を施した。
【0046】
本発明に従う化学組成の鋼板について適用するA処理では、第1の熱処理が前記「Nb濃化表層形成工程」に該当し、第2の熱処理が前記「酸化皮膜安定化工程」に該当する。B処理は、A処理における第2の熱処理のみを施す処理である。C処理は、A処理における第1の熱処理のみを施す処理である。D処理は、A処理での第1の熱処理に代えて一般的なBA仕上げステンレス鋼の製造に適用可能な光輝焼鈍条件を採用した処理である。
【0047】
上記のA処理、B処理、C処理、D処理のいずれかを施して得られた材料を以下において「処理材」と呼ぶ。各出発材料(2D仕上げ材またはHT仕上げ材)および各処理材の表面について、上掲の「XPS分析方法」に従い、XPS(X線光電子分光分析法)による深さ方向の元素濃度プロファイルを測定した。その元素濃度プロファイルにおいて、Nbのピーク位置とCrのピーク位置を調べ、最表面からのSiO
2換算深さが5〜30nmの領域にNbおよびCrのピークがあるものを、Nb、Crのピーク位置評価:○、それ以外のものをNb、Crのピーク位置評価:×とした。また、Nbのピーク位置におけるNb濃度(Nbピーク濃度)を、Fe、Cr、Mo、Ni、Cu、Mn、Si、Ti、Nb、Alの合計に占めるNbのモル分率として、前記(1)式に基づいて求めた。さらに、最表面からのSiO
2換算深さでO濃度が最表面の1/2となる深さまでを酸化皮膜と定義した場合の酸化皮膜厚さを、前記(2)式に基づいて求めた。
【0048】
各出発材料(2D仕上げ材またはHT仕上げ材)および各処理材から50mm×50mmの試験片を切り出し、以下に示す条件の複合サイクル腐食試験(CCT)に供し、CCT300サイクル後の試験片表面を光学顕微鏡で観察し、焦点深度法により最大浸食深さを測定した。
[CCT条件]
・塩水噴霧(15min、35℃、5%NaCl)、
・乾燥(1h、60℃、30%RH)、
・湿潤(3h、50℃、95%RH)、
を1サイクルとする。
【0049】
ステンレス鋼の耐食性レベルは鋼種によって異なる。そこで、A処理、B処理、C処理、D処理のいずれかを施して得られた「処理材」の耐食性と、処理前の出発材料(2D仕上げ材またはHT仕上げ材)の耐食性を比較し、各処理による耐食性向上効果を調べた。具体的には、CCT300サイクル後の試験片について、出発材料に対する処理材の最大浸食深さの比Rを下記(3)式により求めた。
最大浸食深さ比R=処理材の最大浸食深さ(μm)/出発材料の最大浸食深さ(μm) …(3)
【0050】
上記の最大浸食深さ比Rが0.70以下である場合には、施した処理によって改質された表面皮膜による耐食性改善効果が顕著であると評価される。従って、最大浸食深さ比Rが0.70以下であるものを○評価(耐食性改善効果;顕著)、それ以外を×評価とし、○評価を合格と判定した。
以上の結果を表2に示す。
【0051】
【表2】
【0052】
A処理を施した本発明例のものは、最表面からのSiO
2換算深さが5〜30nmの領域にNbおよびCrのピークがあり、Nbが前記所定の濃度で濃化した皮膜構造を有している。これらにおいては顕著な耐食性改善が認められた。
図1にNo.10、
図2にNo.13、
図3にNo.14のXPS(X線光電子分光分析法)による深さ方向の元素濃度プロファイルをそれぞれ例示してある(前述)。参考のため、
図4に鋼No.13の2D仕上げ材(A処理を施す前の段階)についてXPSによる深さ方向の元素濃度プロファイルを例示する。
【0053】
B処理を施した比較例No.3−2、10−2、13−2では皮膜中にCrは濃化しているが、Nbは濃化しなかった。すなわち、A処理で第1の熱処理(Nb濃化表層形成工程)を省略すると、Nbの濃化した皮膜構造が得られない。これらは、耐食性の改善効果に劣った。
図5にNo.13−2(B処理材)についてXPSによる深さ方向の元素濃度プロファイルを例示する。
【0054】
C処理を施した比較例No.13−3では、Nbが最表面近傍の浅い部分のみに濃化しており、酸化皮膜厚さも本発明例のものに比べ薄い。A処理で第2の熱処理(酸化皮膜安定化工程)を省略すると、NbとCrが所定深さ領域に濃化した特異な皮膜構造を実現することができない。この場合、十分な耐食性改善効果は得られない。
図6にNo.13−3(C処理材)についてXPSによる深さ方向の元素濃度プロファイルを例示する。
【0055】
D処理を施した比較例No.3−3では、所定深さ領域でのNbの濃化が不十分であった。すなわち、A処理での第1の熱処理に代えて一般的なBA仕上げステンレス鋼の製造に適用可能な光輝焼鈍条件を採用した場合には、Nbを安定して十分に濃化させることが困難である。No.3−3の例では、A処理を施した本発明例のものと比べ、耐食性改善効果は小さかった。
【0056】
比較例No.17はNb含有量が少ない鋼であるため、A処理を施しても十分な耐食性改善効果は得られなかった。
【0057】
図7に、鋼No.13を用いた2D仕上げ材、B処理材、A処理材について、上記のCCT300サイクル後における表面外観写真を例示する。各試験片のサイズは50mm×50mmである。