【実施例】
【0021】
以下、本発明に係る実施例について説明する。本発明は、以下の説明によって限定されない。
【0022】
(試験例1) 打抜き試験による摩耗状態の評価
上述したように、アーマチュア等の部材を打抜き加工により製造する工程において、打抜き金型およびシェービング金型の打抜き加工用金型は、板材との摩擦を繰り返している。そこで、本実施例における打抜き試験は、打抜き金型により板材に穴を打ち抜いた後、その打ち抜かれた穴の打ち抜き面に対してシェ−ビング金型を適用する動作を繰り返すことにより、打抜き加工用金型の性能や表面状態を評価した。
【0023】
図1は、本実施例の打抜き金型2およびシェービング金型3を含む打抜き加工用金型1による打抜き試験の概要を示したものである。
図1に示すように、打抜き金型2により被加工材4を打抜いて加工穴5を形成した後、加工穴5が送り方向7に移送される。次いで、加工穴5の打ち抜き面をシェービング金型3で仕上げて加工穴6を形成する。
【0024】
打抜き加工用金型1は、パンチとダイとを備えている。
図1にはパンチを示している。打抜き金型2におけるパンチ先端面は、
図1に示される被加工材4の加工穴5の形状と寸法に対応し、打抜き金型2の先端面は、4.0mm×4.0mmの寸法を有する。
図1に示すように、シェービング金型3は、加工穴5の一端に2.0mm×0.5mmの削り代を取るように加工穴6を形成するため、そのパンチ先端面は、2.0mm×4.5mmの形状と寸法を有する。
【0025】
被加工材4を挟んで、パンチの反対側には、開口部を有するダイ(図示を省略)が設けられている。ダイにおける開口部は、パンチ寸法よりクリアランス分だけ大きい寸法を有している。本実施例のクリアランスは、打抜き金型が0.06mm(5%)、シェービング金型が0.02mm(1.7%)に設定した。
【0026】
打抜き加工用金型は、金型の材質が異なる試験用金型No.1、試験用金型No.2を作製し、打抜き試験に供した。
試験用金型No.1:WC−6質量%Coの超硬合金材(本発明例)
試験用金型No.2:WC−13質量%Coの超硬合金材(比較例)
【0027】
試験用金型は、公知の製造方法により作製した。具体的には、市販のWC粉末とCo粉末により原料を調製した。WC粉末の平均粒径は、本発明例の金型No.1が0.5〜5.0μm、比較例のNo.2が0.5〜1.5μm(比較例)を用いた。原料粉末を所定量の配合組成に秤量し、ステンレス製ポットにアセトン溶媒と超硬合金製ボ−ルと共に挿入し、ボ−ル含有量および粉砕時間を調整して混合粉砕後、乾燥して混合粉末を得た。これらの混合粉末を加圧成形して、粉末成形体とし、次いで、雰囲気圧力10Paの真空中で1300〜1400℃の温度で1時間加熱保持して焼結した。得られた超硬合金材の表面を所定寸法となるよう研磨し、試験用金型を得た。
【0028】
板厚1.2mmの電磁軟鉄(SUYP−1)の板材に対して、本発明例および比較例の打抜き加工用金型を用いて、400kNプレス機により打抜き加工を行った。
図1に示すように、打抜き金型2により電磁軟鉄4を4.0mm×4.0mmの矩形穴を打抜いた後、シェービング金型を用いて、削り代が2.0mm×0.5mmとなるシェービング加工を行った。この一連の打抜き加工を300spmの加工速度で、合計20,000回の打抜き試験を行った。
【0029】
図2に、20,000回のシェービング加工を行った後のシェービング金型(パンチ)の外観を示す。この外観は、パンチの長さ2.0mmの部分の表面を示したものである。
図2に示すように、比較例の試験用金型No.2は、その表面に白色部分が観察された。この部分は、電磁軟鉄の一部が凝着した箇所である。とくに、金型のコーナー部(Rc部)において多くの凝着が認められた。それに対し、本発明例の試験用金型No.1は、コーナー部に若干の凝着が認められた程度であり、表面全体において凝着がほとんど生じていなかった。
【0030】
次に、上記のパンチの先端部における摩耗量を測定した。測定方法は、次のとおりであある。
図3に示すように、パンチ本体の外形を基準線21,22とし、側面基準線21と端面基準線22をそれぞれ延長した線の交差点25を設定した。そして、パンチ先端部の外形が当該基準線21,22と乖離し始める箇所23,24から上記交差点25までの距離26,27を測定し、その距離を摩耗量とした。摩耗量の測定面を応じて、パンチ先端の側面で測定された側面摩耗量26と、パンチ先端の端面で測定した端面摩耗量27が得られる。例えば、側面摩耗量26は、パンチ本体の側面基準線21と乖離する箇所23から交差点25に至るまでの距離に相当する。
【0031】
本試験では、パンチ先端部において、
図4の(a)に示す直辺部において、側面方向31の側面摩耗量26と端面方向の端面摩擦量27を測定し、
図4の(b)に示すコーナー部において、側面方向33の側面摩耗量26と端面方向34の端面摩耗量27を測定した。それらの摩耗量(mm)の測定結果を表1に示す。
【0032】
【表1】
【0033】
表1に示すように、本発明例の直辺部における摩耗量は、側面方向31において比較例の14%程度、端面方向32で比較例の60%程度にそれぞれ低減した。コーナーの摩耗量は、端面方向34では比較例と同程度であったが、側面方向33で比較例の66%程度に低減した。このように、6質量%以下のCoを含有する本発明例の金型は、Co含有量の低減により、電磁軟鉄の打抜き加工における金型の摩耗量が大きく低減された。電磁軟鉄の打抜き加工において、金型のCo含有量の低減が、耐凝着性および耐磨耗性の向上に有効であることが分かった。
【0034】
上記の試験結果の理由は、明らかでない。FeとCoとの親和性に起因して、Co含有量が高い超硬合金を用いた従来の金型では、加工時に電磁軟鉄中のFeと金型中のCoとが結合し、金型表面の凝着に至ったものと考えられる。
【0035】
(試験例2) 摩擦係数の測定
次に、金型の摩擦係数について摺動時間による変化を、本発明例と比較例の各試験用金型を用いて、ピンオンディスク試験の方法により測定した。
図5に摩擦係数測定装置の概要を示す。試験用金型の材質からなる板厚5.0mmの試験片(70mm×70mm)を回転台41の上に固定した。荷重センサ44側に設けた支持具45に、電磁軟鉄からなるピン状の接触子46を取り付けた。接触子46を試験片42の上で、回転中心から半径で10mm離れた位置に接触させた。その後、100gの荷重錘43で負荷を掛けながら、回転台を9.6rpmの速度で回転させて、接触子46を試験片42上の同一円周上を摺動させた。また、打抜き加工時の加工発熱を考慮して、測定装置の周囲に加熱装置を配置し、試験温度を200℃で実施した。そして、荷重センサ44により摩擦力を測定し、摩擦係数(=摩擦力/荷重)を得た。
【0036】
その測定結果を表2に示す。摩擦係数は、摺動時間とともに計測される。表2に示した摩擦係数の測定値は、5分間での平均値を示したものである。
【0037】
【表2】
【0038】
図6は、表2の測定結果を図示したものである。
図6に示すように、本発明例の金型は、試験前の摩擦係数0.24が摺動時間とともに低減し、20分以上で0.13付近のほぼ一定に移行した。それに対し、比較例の金型は、試験前の摩擦係数0.26が摺動時間とともに上昇し、10分以上で0.33付近のほぼ一定に移行した。超硬合金製金型の摩擦係数は、Co含有量の低減によって、摺動時間が増えても減少することが分かった。
【0039】
その理由は、明らかでない。比較例の金型は、電磁軟鉄中のFeと超硬合金中のCoとの親和性に起因して、金型と電磁軟鉄との摺動により、金型表面にFeの凝着が発生し、さらに摩擦熱の発生によって当該凝着が促進されたことにより、摺動時間とともに金型の摩擦係数が増大したものと推測される。それに対し、6質量%以下のCoを含有する本発例の金型は、Coの低減により、凝着の発生が抑制され、凝着によって誘因される摩耗についても抑制されたものと推測される。そして、摺動の摩擦により、金型表面の凹凸(表面粗さ)が削られて平滑になったため、摺動時間の経過とともに摩擦係数が低下したものと考えられる。
【0040】
(試験例3) 表面コーティングの評価
本発明例の試験用金型No.1に対して、PVDにより、TiAlNのコーティングを施した試験用金型No.3と、AlCrNのコーティングを施した試験用金型No.4を作製した。これらの金型を用いて、試験例1と同様の打抜き加工を行った後、パンチの外観を観察した。いずれも凝着が抑制された表面性状を示していた。詳細に対比すると、コーティングを有しない金型No.1は、表面全体でコーナー部において若干の凝着が生じていた。それに対し、TiAlNのコーティングを有する金型No.3と、AlCrNのコーティングを有する金型No.4は、コーナー部を含め表面全体で凝着が認めらなかった。
【0041】
他方で、金型No.3は、刃先近傍の広い範囲で表面が黒く変色し、摩耗の進行が観察された。これは、加工発熱によってTiAlNコーティングが酸化して変質し、その結果、摺動が特に激しいコーナー部において、コーティングが部分的に剥離して、集中的な摩耗が生じたものと推測される。それに対し、金型No.4のAlCrNのコーティングは、高温においても酸化し難く、耐焼付性に優れた被覆材であるから、金型No.4には大きな損傷が認められなかった。よって、電磁軟鉄の打抜き加工に使用する金型は、AlCrNコーティングにより、さらに金型寿命の向上が可能になることを確認できた。