(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6879133
(24)【登録日】2021年5月7日
(45)【発行日】2021年6月2日
(54)【発明の名称】オーステナイト系ステンレス溶接部材
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20210524BHJP
B23K 9/23 20060101ALI20210524BHJP
C22C 38/58 20060101ALI20210524BHJP
B23K 9/16 20060101ALN20210524BHJP
B23K 26/348 20140101ALN20210524BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
B23K9/23 B
C22C38/58
!B23K9/16 K
!B23K26/348
【請求項の数】3
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2017-170494(P2017-170494)
(22)【出願日】2017年9月5日
(65)【公開番号】特開2019-44242(P2019-44242A)
(43)【公開日】2019年3月22日
【審査請求日】2020年3月16日
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000523
【氏名又は名称】アクシス国際特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】冨村 宏紀
(72)【発明者】
【氏名】延時 智和
(72)【発明者】
【氏名】家成 徹
(72)【発明者】
【氏名】朝田 博
【審査官】
瀧澤 佳世
(56)【参考文献】
【文献】
特開平04−006215(JP,A)
【文献】
特開2006−075853(JP,A)
【文献】
特開平03−191039(JP,A)
【文献】
特開2005−023357(JP,A)
【文献】
特開2010−121190(JP,A)
【文献】
国際公開第2017/043374(WO,A1)
【文献】
特開2008−284588(JP,A)
【文献】
特開2004−243410(JP,A)
【文献】
特開2014−084493(JP,A)
【文献】
内藤恭章ら,YAGレーザ・TIGアークハイブリッド溶接における溶込み特性とアーク・プラズマ/プルーム挙動,溶接学会論文集,日本,2006年,第24巻第1号,32〜38頁
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00
B23K 9/23
C22C 38/58
B23K 9/16
B23K 26/348
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
オーステナイト系ステンレス鋼からなる母材にレーザ・TIG複合溶接を施したオーステナイト系ステンレス溶接部材であって、
溶接部のビード中央部におけるビッカース硬度が母材のビッカース硬度よりも大きく、その差が50以下であり、
母材のオーステナイト系ステンレス鋼の化学組成が、質量%において、C:0.20%以下、Si:1.87%以下、Mn:6.0%以下、Ni:6.0%以上、Cu:4.0%以下、Cr:12.0〜30.0%、N:0.30%以下、Mo:5.0%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物であり、式(1)に表されるδFの値が0以上20.0未満であるオーステナイト系ステンレス溶接部材。
δF=−36C−0.13Mn−1.3Ni−30N−0.39Cu+1.3Cr+1.3Mo+0.67Si−5 ・・・(1)
ただし、C、Mn等の元素記号の位置には、元素記号に対応する成分の含有量(質量%)の値を代入する。ただし、当該成分が含有されない場合は式に算入しない。
【請求項2】
前記母材の化学組成が、さらに質量%において、Ti:0.50%以下、Nb:0.50%以下、B:0.010%以下のうち少なくとも1種以上を含有する、請求項1に記載のオーステナイト系ステンレス溶接部材。
【請求項3】
前記母材の化学組成が、さらに質量%において、Al:0.78〜4.0%を含有する、
請求項1又は2に記載のオーステナイト系ステンレス溶接部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、レーザ溶接とTIG溶接を組み合わせたレーザ・TIG複合溶接オーステナイト系ステンレス溶接部材および溶接方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
レーザ溶接では、集光された高エネルギー密度の熱源を利用するため、TIG溶接に代表されるアーク溶接に比べ、1)高速深溶込み溶接が可能、2)溶接熱影響が非常に少ない、3)溶接変形が少ない、という特長がある。
【0003】
ただ、レーザ溶接は冷却速度がはやく、溶接部の硬度が母材部に比べ上昇し靭性低下が課題である。レーザ溶接部の加工性を確保するための従来の公知技術は、以下のとおりである。
【0004】
非特許文献1では、マルテンサイト系ステンレス鋼では、高温域でオーステナイト相が生成し、常温ではマルテンサイト組織が形成される。このため、溶接金属部は著しく硬化し、割れの発生が懸念される。この、溶接後の急冷を避けるために、マルテンサイト変態が開始する温度より上の200℃以上で予熱して、徐々にマルテンサイトを生成させマルテンサイトの自己焼き戻しの効果も加味したうえで、靭性低下を回避している。ただ、オーステナイト系ステンレス鋼は元々延性に優れる材料であるために溶接後の後熱処理は実施されないとなっている。
【0005】
本発明で着眼したレーザ・TIG複合溶接でステンレス鋼板の限った品質改善に着眼した例はない。特許文献1で金属材料全般の溶接においてスパッタ低減でステンレス鋼も使用できると言及している程度である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】西本和俊、夏目松吾、小川和博、松本 長:ステンレス鋼の溶接、(2001)、209−210、産報出版
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特表2015−526295号公報(2015年9月10日公開)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
オーステナイト系ステンレス鋼は溶接を施すことで、母材部に比べ硬度が上昇する。SUS304に代表されるオーステナイト系ステンレス鋼は液相からδフェライトが生成するδ凝固が起こる。δフェライトはオーステナイト相より硬度が高い。その溶接部の硬度が高いことは、言い換えれば延性が低下していることであり、延性に優れるオーステナイト相でもこの溶接部硬度低減が重要である。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の課題を解決するために、溶接直後からの冷却過程に本発明は着眼した。液相からδフェライト相が生成しても、その相はあくまで準安定相であり、状態図的にはオーステナイト相が最終安定相である。オーステナイト相がでる領域を緩冷却することで、δフェライト相→オーステナイト相に変態を促進させることで溶接部硬度上昇を抑えることを本発明の特徴としている。
すなわち、本発明は、オーステナイト系ステンレス鋼からなる母材にレーザ・TIG複合溶接を施したオーステナイト系ステンレス溶接部材であって、
溶接部のビード中央部におけるビッカース硬度が母材のビッカース硬度よりも大きく、その差が50以下であり、
母材のオーステナイト系ステンレス鋼の化学組成が、質量%において、C:0.20%以下、Si:
1.87%以下、Mn:6.0%以下、Ni:6.0%以上、Cu:4.0%以下、Cr:12.0〜30.0%、N:0.30%以下、Mo:5.0%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物であり、式(1)に表されるδFの値が0以上20.0未満であるオーステナイト系ステンレス溶接部材である。
δF=−36C−0.13Mn−1.3Ni−30N−0.39Cu+1.3Cr+1.3Mo+0.67Si−5 ・・・(1)
ただし、C、Mn等の元素記号の位置には、元素記号に対応する成分の含有量(質量%)の値を代入する。ただし、当該成分が含有されない場合は式に算入しない。
【発明の効果】
【0010】
本発明の一態様におけるレーザ・TIG複合溶接オーステナイト系ステンレスを用いることで、レーザ造管前の予備加熱やレーザ溶接後の後熱処理等がなくとも、溶接部ビード中央部ビッカース硬度と母材部ビッカース硬さの差が小さく、溶接部靭性に優れたオーステナイト系ステンレス溶接部材を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】本発明の実施形態に係るレーザ・TIG複合溶接方法について説明する図
【
図2】本発明の実施形態に係るレーザ・TIG複合溶接部材のビード外観の一例
【
図3】本発明の実施形態に係るレーザ・TIG複合溶接部材のビード断面の一例
【
図4】レーザ・TIG複合溶接を行った溶接部材とレーザ単独溶接を行った部材について、ビード中央部からの距離と断面ビッカース硬度の関係を示すグラフ
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、実施例に基づき本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されることなく、特許請求の範囲に記載した発明の範囲内で種々の組合せが可能であり、それらも本発明の範囲に含まれる。
【0013】
<レーザ・TIG複合溶接方法の概要>
本発明に係るレーザ・TIG複合溶接方法について図に基づいて説明する。
図1は、本発明に係るレーザ・TIG複合溶接方法についてTIG先行溶接を説明する図である。
図1において符号1はレーザ溶接を行うレーザ光のビームであり、符号2はTIG溶接トーチである。また、符号3は、素材であるオーステナイト系ステンレス鋼材である。この溶接方法によってレーザ・TIG複合溶接する場合、TIG溶接トーチ2によるTIG溶接が先行して行われ、続いてレーザ光のビーム1によるレーザ溶接が行われる。
【0014】
図2、
図3にレーザ・TIG複合溶接を施したオーステナイト系ステンレス鋼のビード外観とビード断面の一例を示す。
図2に示すようにスパッタは少なく、
図3に示すようにアンダーカットも0.1mmと小さい特徴もある。
【0015】
以下、本発明を特定する事項について説明する。なお、各元素の含有量を示す「%」は特に示さない限り「質量%」を意味する。
【0016】
Cは強力なオーステナイト形成元素であり、かつ強度の向上に有効な元素であるが、過度の添加は再結晶処理で粗大なCr炭化物が析出し、耐粒界腐食や溶接性低下の原因となるので、Cは0.20%以下(0%を含まず)が望ましい。
【0017】
Siは通常脱酸の目的のために使用するが、本発明鋼ではSi添加による固溶強化の目的がある。しかし、Si量が高くなると冷間加工の際、マルテンサイト相の生成を著しく促進させる効果がある。またSiは5.0%を越えると高温割れを誘発しやすくなり、製造上種々の問題も生じる。このため5.0%以下が望ましい。
【0018】
Mnは冷間圧延後の非磁性を確保するための元素である。さらにMnはNの固溶度を高める元素である。冷間加工後の非磁性を保つためにも必要である。ただ多量の添加は窒素加圧溶解をしてもブローホール発生に起因した表面欠陥や光輝焼鈍時の着色発生をもたらす。そのため上限は6.0%以下(0%を含まず)が望ましい。
【0019】
NiはMnと同様に冷間圧延後の非磁性を確保するための元素である。冷間圧延後の非磁性を保つためには、6.0%以上必要であり、さらにSi,Mnの含有量に応じて、Ni量を調整する必要がある。
【0020】
Cuも冷間圧延後の非磁性を確保するための元素である。ただ、過剰の添加は熱間加工性を劣化させ割れ発生の原因となるので成分範囲は4.0%以下が望ましい。
【0021】
Crは耐食性上必須の成分である。意図する耐食性を賦与するのには少なくとも12.0%のCrを必要とする。しかし、Crはフェライト形成元素でもあるので、高くしすぎると高温でδフェライト相が多量に生成してしまう。そこでδフェライト相抑制のためにオーステナイト形成元素(C、N、Ni、Mn、Cu等)を添加しなければならない。ただ、多量に含有されると、オーステナイト形成元素添加による調整だけでのδフェライト抑制はできなく、非磁性を確保できなくなるため上限を30%とした。
【0022】
Nは本発明の主要な特徴である非磁性を維持し、かつ高強度を得るための有効な元素である。なお、Nの過剰添加は鋳造時のブローホールの原因となるので、窒素加圧溶製等の工夫は必要であり、それを考慮しても上限は0.30%以下が望ましい。
【0023】
溶接後、液相からδフェライト凝固するδフェライト量の指標として、次の式(1)のようにδFを定義した。CやNに代表されるオーステナイト形成元素は正の係数、CrやSiに代表されるフェライト形成元素は負の係数である。
δF=−36C−0.13Mn−1.3Ni−30N−0.39Cu+1.3Cr+1.3Mo+0.67Si−5 ・・・(1)
δFの値が0以上で溶接後、液相からまずはδフェライトが生成する。δFが20.0を越えると熱間加工性に割れが発生するので上限を20.0とした。
【0024】
Moは耐食性を向上させ、時効処理で炭窒化物を微細に分布させる効果がある。ただ、Moを多量に添加すると高温でδフェライトが多量に形成されてしまうのでMoの成分範囲は5.0%以下が望ましい。
【0025】
Tiは炭窒化物を形成して、溶接後の耐食性維持に有効な元素であるが、0.50%以上では製鋼スラブの表面キズが生成しやすくなり、製造面で問題がある。従って、上限を0.50%とした。
【0026】
Nbも炭窒化物を形成して、溶接後の耐食性維持に有効な元素であり、探時効処理時の強度上昇に有効であるが、高温強度上昇による熱間加工性の低下をもたらすので上限を0.50%とした。
【0027】
Bは熱間圧延温度域でのδフェライト相とオーステナイト相の変形抵抗の差異により生じる熱延鋼帯でのエッジクラックの発生防止に有効な元素であるが、過度の添加は低融点ほう化物を形成しやすくなり、逆に熱間加工性を劣化させるので、0.010%以下とした。
【0028】
Alは脱酸や耐酸化性のために有効な元素であるが、過剰な添加は表面欠陥の原因となるため上限を4.0%とした。
【0029】
以下の元素は請求項の中では記載していないが、含有してもさしつかえない。
P:熱間加工性に有害な元素である。とくに0.050%を超えるとその影響は顕著になるので 望ましくは0.050%以下である。
S:結晶粒界に偏析しやすく、粒界脆化により熱間加工性の低下等を促進する元素である。0.020%を超えるとその影響は顕著になるので望ましくは0.020%以下である。
V、Zr:Vは固溶Cを炭化物として析出させる効果による加工性向上、Zrは鋼中の酸素を酸化物として捕えることによる加工性や靭性向上の面から有用な元素である。しかしながら、多量に添加すると製造性が低下するので、V、Zrの適正含有量は0.01〜0.30%である。
Oは酸化物系の非金属介在物を形成して鋼の清浄度を低下させるため、プレス成形性や曲げ性に悪影響を与えるため、0.02%以下とした。
これら以外にもCa、Mg、Co、REMなどは、溶製中に原料であるスクラップ中より含まれることもあるが、とりたてて多量に含まれる場合を除き、レーザ・TIG複合溶接オーステナイト系ステンレス溶接部特性には影響ない。
【実施例】
【0030】
表1の成分・組成をもつ板厚3.0mmのステンレス鋼板(焼鈍材)を素材とし、レーザ・TIG複合溶接もしくはレーザ単独溶接を実施した。表1中の鋼No.A〜Fは化学成分値が本発明の範囲内にある本発明例、鋼No.G〜Iはそれ以外の鋼(比較例)である。溶加材は用いなかった。
【0031】
【表1】
【0032】
溶接は突合せ溶接で端面は機械加工仕上したものを用いた。溶接条件は以下のとおりである。レーザ・TIG複合溶接を行う場合、TIG溶接を行うトーチとレーザ溶接を行うトーチの間隔は、3mmとした。また、レーザ溶接のアシストガスは、レーザ単独溶接を行う場合のみ使用し、レーザ・TIG複合溶接を行う場合は用いなかった。
配置: TIG先行、またはレーザ先行
レーザ溶接:出力 4kW、
スポット直径φ0.6mm、
傾斜0°、
アシストガス Ar100%、40L/min
【0033】
TIG溶接:後退角度30°、
電流300A、
アーク長 1.5mm、
シールドガス Ar100%、15L/min
【0034】
溶接速度: レーザ・TIG複合溶接 8.0m/min、
レーザ単独溶接 4.0m/min
【0035】
レーザ・TIG複合溶接を行った溶接部材とレーザ単独溶接を行った溶接部材の、ビード中央部のビッカース硬度、母材部のビッカース硬度ならびにそれら二つの差を表2にまとめた。ビッカース硬度測定は板厚中心t/2、板厚t/4(表裏)の計3点の平均から求めた。なお、母材部の硬度とは溶接前のビード中央から1.5mm、1.75mmならびに2.0mmの3点平均値で定義している。
【0036】
【表2】
【0037】
表2に示したように、本発明例の溶接部材は、溶接部のビード中央部のビッカース硬度が母材部のビッカース硬さよりも上昇しているが、その差が50以下を満足している。特に、レーザ・TIG複合溶接を施した場合、TIG溶接先行のほうがレーザ溶接先行よりもビッカース硬度差が小さくなる。
【0038】
具体例を
図4に示す。
図4は、素材として表1のA鋼のオーステナイト系ステンレス鋼を用い、レーザ・TIG複合溶接(TIG先行)を施したNo.1と、レーザ単独溶接を施したNo.16の溶接部材について、溶接部材のビード中央部からの距離と断面ビッカース硬度の関係を示すグラフである。ビード部中央部が最もビッカース硬度が高いが、ビード部中央部と母材部とのビッカース硬度差を比較すると、レーザ・TIG複合溶接を施したNo.1は、明らかにレーザ単独溶接を施したNo.16よりも硬度上昇が抑制されている。
【0039】
No.13はビッカース硬度差50以下であるが、G鋼におけるδFの値は−1.6でδフェライトは生成していない。No.14はH鋼でC量が請求範囲を超えており溶接冷却中に炭化物が生成し、耐食性が著しく低下している。No.15はI鋼のδFの値が25.3でδフェライト生成量が多すぎて、レーザ・TIG複合溶接による硬度低下効果でも、ビッカース硬度差50以下を満足できなかった。
【符号の説明】
【0040】
1 レーザ溶接を行うレーザ光のビーム
2 TIG溶接を行うトーチ
3 素材