【実施例】
【0048】
表1に示す化学組成を有する鋼A〜Oを溶製し、鋳型に鋳込んで得たインゴットを1250℃に加熱した後、熱間鍛造により直径25mmの丸棒とした。
【0049】
表1中の鋼A〜Iは、化学組成が本発明で規定する範囲内にある鋼であり、一方、鋼J〜Oは、化学組成が本発明で規定する条件から外れた鋼である。
【0050】
【表1】
【0051】
(実施例1)冷間加工工程が「引抜加工」の場合:
上記のようにして得た直径25mmの丸棒を、表2に示す温度で45分加熱してオーステナイト化した。試験番号1−1〜1−12および試験番号1−14〜1−20の各丸棒はオーステナイト化後、該温度から5秒以内に鉛浴中または塩浴中に浸漬して等温変態処理した。また、試験番号1−13の丸棒はオーステナイト化後、該温度から大気中で冷却し、30秒経過したところで鉛浴中に浸漬して等温変態処理した。オーステナイト化温度からの冷却速度ならびに、等温変態処理の温度および保持時間(鉛浴または塩浴の温度(つまり、上記冷却速度による冷却を停止した温度)および該温度での保持時間)の詳細は、表2に示すとおりである。なお、試験番号1−12を除いて、等温変態処理後は大気中で室温まで放冷した。一方、試験番号1−12は、等温変態処理後、30℃/秒の冷却速度で室温まで冷却した。
【0052】
各試験番号について、上記の室温まで冷却した直径25mmの丸棒の一部を用いて、後述の〈1〉に示す機械的特性を調査した。さらに、各試験番号について、室温まで冷却した直径25mmの丸棒の残りを直径23mmにピーリング加工した後、軟化処理を施すことなく、1回目の減面率を8.5%または16.6%として、表2に示す条件で冷間において引抜加工を施した。引抜加工時の潤滑は、湿式潤滑油剤で行った。
【0053】
なお、表2に示す試験番号1−12および試験番号1−14は、上記の減面率を16.6%とする1回目の引抜加工で割れを生じた。また、試験番号1−10は、1回目の引抜加工では割れを生じなかったが、総減面率が28.1%となる次の2回目の引抜加工で割れを生じた。
【0054】
上記の1回目の引抜加工で割れを生じた試験番号1−12および試験番号1−14、ならびに2回目の引抜加工で割れを生じた試験番号1−10を除いて、引抜加工した後の各丸棒について、下記の〈1〉に示す機械的特性および〈2〉に示す耐水素脆化特性を調査した。
【0055】
〈1〉機械的特性:
各鋼について、前記の室温まで冷却した直径25mmの丸棒の一部、および引抜加工を施した丸棒について、その中心部から、長手方向に平行部の直径が6mmで標点距離が40mmの丸棒引張試験片を切り出し、室温で引張試験して、引張強さを求めた。
【0056】
〈2〉耐水素脆化特性:
上記〈1〉の調査で1500MPa以上の引張強さが得られた引抜加工を施した各丸棒の中心部から、長手方向に
図1に示す形状の切欠き付引張試験片を切り出して、耐水素脆化特性を調査した。具体的には、先ず、3%NaCl溶液に1mA/cm
2の電流密度で陰極チャージする条件下で、900MPaの応力を負荷した定荷重試験を200時間行った際の破断の有無を調査した。
【0057】
次いで、破断しなかった試験片について、
図1に示す平行部10mmを低温切断機で切出し、昇温脱離装置により10℃/分で昇温した際に500℃までに放出される水素濃度を測定し、該水素濃度を「破断限界水素濃度」と見做した。
【0058】
なお、上記の定荷重試験で破断せず、破断限界水素濃度が0.50ppm以上の場合に良好な耐水素脆化特性を有すると判定した。
【0059】
表2に、上記の各調査結果をまとめて示す。
【0060】
【表2】
【0061】
表2から、化学組成が本発明で規定する範囲内にある丸棒に、本発明で規定する工程を施して製造した本発明例の試験番号1−1〜1−9の丸棒は、引抜加工を施した際に割れが発生しなかったし、1500MPa以上という高い引張強さを有するにもかかわらず、陰極チャージ下での定荷重試験で破断が起こらず、その時の破断限界水素濃度も0.56ppm以上で、0.50ppmという基準を超えるものであり、良好な耐水素脆化特性を備えていることが明らかである。
【0062】
これに対して、参考例の試験番号1−10の丸棒は、化学組成と(i)から(iii)までの熱処理工程は、本発明で規定する範囲内にあるものの、総減面率で28.1%となる2回目の引抜加工を施した際に割れが生じた。
【0063】
また、比較例の試験番号1−11〜1−20の丸棒の場合は、引抜加工を施した際に割れが発生したり、1500MPa以上という引張強さおよび良好な耐水素脆化特性という重要な特性の同時確保ができていない。
【0064】
試験番号1−11の丸棒は、化学組成と(i)から(iii)までの熱処理工程は、本発明で規定する範囲内にあるものの、総減面率が8.5%であって、本発明が規定する条件から外れるので、破断限界水素濃度が0.48ppmと低く、耐水素脆化特性に劣っている。
【0065】
試験番号1−12の丸棒は、用いた鋼Aの化学組成は本発明で規定する範囲内にあるものの、等温変態処理温度が250℃であって、本発明が規定する条件から外れるので、引抜加工を施した際に割れが生じた。
【0066】
試験番号1−13の丸棒は、用いた鋼Cの化学組成と引抜加工の工程は本発明で規定する範囲内にあるものの、オーステナイト化後の冷却速度が本発明が規定する条件から外れるので、引張強さが1383MPaと低く、1500MPaに満たなかった。
【0067】
試験番号1−14の丸棒は、用いた鋼Fの化学組成は本発明で規定する範囲内にあるものの、オーステナイト化温度が1100℃であって、本発明が規定する条件から外れるので、旧オーステナイト粒径が大きくなり、引抜加工を施した際に割れを生じた。
【0068】
試験番号1−15の丸棒は、本発明で規定する工程を施して製造したものであるが、用いた鋼JのC含有量が0.47%と少なく、本発明で規定する条件から外れるため、引張強さが1435MPaと低く、1500MPaに満たなかった。
【0069】
試験番号1−16の丸棒は、本発明で規定する工程を施して製造したものであるが、用いた鋼KのSi含有量が0.89%と少なく、本発明で規定する条件から外れるので、破断限界水素濃度が0.29ppmと低く、耐水素脆化特性に劣っている。
【0070】
試験番号1−17の丸棒は、本発明で規定する工程を施して製造したものであるが、用いた鋼LのMn含有量が1.22%と多く、本発明で規定する条件から外れるため、陰極チャージ下での定荷重試験で破断し、耐水素脆化特性に劣っている。
【0071】
試験番号1−18の丸棒は、本発明で規定する工程を施して製造したものであるが、用いた鋼MのCr含有量が0.36%と少なく、本発明で規定する条件から外れて焼入れ性に劣るので、引張強さが1427MPaと低く、1500MPaに満たなかった。
【0072】
試験番号1−19の丸棒は、本発明で規定する工程を施して製造したものであるが、用いた鋼Nの不純物中のPとSの含有量がそれぞれ、0.042%および0.040%と多く、本発明で規定する条件から外れるため、陰極チャージ下での定荷重試験で破断し、耐水素脆化特性に劣っている。
【0073】
試験番号1−20の丸棒は、用いた鋼OのSiの含有量が0.19%と低いうえにCrを含有しておらず、本発明で規定する化学組成条件から外れ、さらに、製造条件としての等温変態処理の温度および保持時間がそれぞれ、450℃および4分であり、本発明で規定する(ii)の等温変態工程の条件からも外れている。このため、45.4%もの総減面率を割れずに確保できるものの、破断限界水素濃度が0.32ppmと低く、耐水素脆化特性に劣っている。
【0074】
(実施例2)冷間加工工程が「板圧延加工」の場合:
先に述べた(実施例1)の室温まで冷却した直径25mmの丸棒の残りから、厚さ3mm、幅20mmで長さ300mmの板素材を切出した。次いで、上記の板素材に対して軟化熱処理を施すことなく、表3に示す総圧下率6.7〜50.0%(厚さ2.8〜1.5mm)になるまで複数パスの板圧延を施した。板圧延加工時の潤滑は、湿式潤滑油剤で行った。なお、表3中の「冷間板圧延前の引張強さ」は、(実施例1)にて求めた表2中の「冷間引抜加工前の引張強さ」をそのまま用いた。
【0075】
なお、表3に示す試験番号2−13は、総圧下率を16.7%(厚さ2.5mm)とする過程で耳割れを生じた。
【0076】
上記の耳割れを生じた試験番号2−13を除いて、板圧延加工した後の各板について、下記の〈2−1〉に示す機械的特性および〈2−2〉に示す耐水素脆化特性を調査した。
【0077】
〈2−1〉機械的特性:
各鋼について、板圧延加工を施した板について、その板幅中心部から、長手方向に、
図2に示す平行部の幅が5mmで標点距離が20mm、厚さは板圧延後ままの板引張試験片を切り出し、室温で引張試験して、引張強さを求めた。
【0078】
〈2−2〉耐水素脆化特性:
上記〈2−1〉の調査で1500MPa以上の引張強さが得られた板圧延加工を施した各板の板幅および厚さの中心部から、長手方向に、
図3に示す形状の切欠き付引張試験片を切り出して、(実施例1)と同様の方法で、耐水素脆化特性を調査した。具体的には、先ず、3%NaCl溶液に1mA/cm
2の電流密度で陰極チャージする条件下で、900MPaの応力を負荷した定荷重試験を200時間行った際の破断の有無を調査した。
【0079】
次いで、破断しなかった試験片について、
図3に示す平行部8mmを低温切断機で切出し、昇温脱離装置により10℃/分で昇温した際に500℃までに放出される水素濃度を測定し、該水素濃度を「破断限界水素濃度」と見做した。
【0080】
なお、上記の定荷重試験で破断せず、破断限界水素濃度が0.50ppm以上の場合に良好な耐水素脆化特性を有すると判定した。
【0081】
表3に、上記の各調査結果をまとめて示す。
【0082】
【表3】
【0083】
表3から、化学組成が本発明で規定する範囲内にある(実施例1)の室温まで冷却した直径25mmの丸棒から切り出した板素材に、本発明で規定する工程を施して製造した本発明例の試験番号2−1〜2−10の板は、板圧延加工を施した際に割れが発生しなかったし、1500MPa以上という高い引張強さを有するにもかかわらず、陰極チャージ下での定荷重試験で破断が起こらず、その時の破断限界水素濃度も0.61ppm以上で、0.50ppmという基準を超えるものであり、良好な耐水素脆化特性を備えていることが明らかである。
【0084】
これに対して、比較例の試験番号2−11〜2−22の板の場合は、板圧延加工を施した際に耳割れが発生したり、1500MPa以上という引張強さおよび良好な耐水素脆化特性という重要な特性の同時確保ができていない。
【0085】
試験番号2−11の板は、化学組成と(i)から(iii)までの熱処理工程は、本発明で規定する範囲内にあるものの、総圧下率が6.7%であって、本発明が規定する条件から外れるので、引張強度が1485MPaと低いことに加えて、破断限界水素濃度は0.42ppmと低く、耐水素脆化特性にも劣っている。
【0086】
試験番号2−12の板は、化学組成と(i)から(iii)までの熱処理工程は、本発明で規定する範囲内にあるものの、総圧下率が50.0%であって、本発明が規定する条件から外れるので、陰極チャージ下での定荷重試験で破断し、耐水素脆化特性に劣っている。
【0087】
試験番号2−13の板は、用いた鋼Aの化学組成は本発明で規定する範囲内にあるものの、等温変態処理温度が250℃であって、本発明が規定する条件から外れるので、総圧下率16.7%の板圧延加工を施した際に耳割れが生じた。
【0088】
試験番号2−14の板は、用いた鋼Aの化学組成は本発明で規定する範囲内にあるものの、等温変態処理温度が250℃であるので、総圧下率が本発明で規定する条件を下回る6.7%で耳割れを生じることなく1500MPaを超える引張強さが得られたが、破断限界水素濃度が0.38ppmと低く、耐水素脆化特性に劣っている。
【0089】
試験番号2−15の板は、用いた鋼Cの化学組成と板圧延加工の工程は本発明で規定する範囲内にあるものの、オーステナイト化後の冷却速度が本発明が規定する条件から外れるので、引張強さが1457MPaと低く、1500MPaに満たなかった。
【0090】
試験番号2−16の板は、用いた鋼Fの化学組成は本発明で規定する範囲内にあるものの、オーステナイト化温度が1100℃であって、本発明が規定する条件から外れるので、旧オーステナイト粒径が大きくなり、陰極チャージ下での定荷重試験で破断し、耐水素脆化特性に劣っている。
【0091】
試験番号2−17の板は、本発明で規定する工程を施して製造したものであるが、用いた鋼JのC含有量が0.47%と少なく、本発明で規定する条件から外れるため、破断限界水素濃度が0.41ppmと低く、耐水素脆化特性に劣っている。
【0092】
試験番号2−18の板は、本発明で規定する工程を施して製造したものであるが、用いた鋼KのSi含有量が0.89%と少なく、本発明で規定する条件から外れるので、破断限界水素濃度が0.36ppmと低く、耐水素脆化特性に劣っている。
【0093】
試験番号2−19の板は、本発明で規定する工程を施して製造したものであるが、用いた鋼LのMn含有量が1.22%と多く、本発明で規定する条件から外れるため、陰極チャージ下での定荷重試験で破断し、耐水素脆化特性に劣っている。
【0094】
試験番号2−20の板は、本発明で規定する工程を施して製造したものであるが、用いた鋼MのCr含有量が0.36%と少なく、本発明で規定する条件から外れて焼入れ性に劣るので、引張強さが1418MPaと低く、1500MPaに満たなかった。
【0095】
試験番号2−21の板は、本発明で規定する工程を施して製造したものであるが、用いた鋼Nの不純物中のPとSの含有量がそれぞれ、0.042%および0.040%と多く、本発明で規定する条件から外れるため、陰極チャージ下での定荷重試験で破断し、耐水素脆化特性に劣っている。
【0096】
試験番号2−22の板は、用いた鋼OのSiの含有量が0.19%と低いうえにCrを含有しておらず、本発明で規定する化学組成条件から外れ、さらに、製造条件としての等温変態処理の温度および保持時間がそれぞれ、450℃および4分であり、本発明で規定する(ii)の等温変態工程の条件からも外れている。このため、本発明の規定を満たす総圧下率33.3%の板圧延を施しても引張強度が1479MPaと低く、1500MPaに満たなかった。