特許第6879145号(P6879145)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6879145
(24)【登録日】2021年5月7日
(45)【発行日】2021年6月2日
(54)【発明の名称】高強度低合金鋼材の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C21D 8/00 20060101AFI20210524BHJP
   C22C 38/00 20060101ALN20210524BHJP
   C22C 38/34 20060101ALN20210524BHJP
【FI】
   C21D8/00 A
   !C22C38/00 301A
   !C22C38/34
【請求項の数】3
【全頁数】17
(21)【出願番号】特願2017-183133(P2017-183133)
(22)【出願日】2017年9月25日
(65)【公開番号】特開2018-59193(P2018-59193A)
(43)【公開日】2018年4月12日
【審査請求日】2020年5月13日
(31)【優先権主張番号】特願2016-195677(P2016-195677)
(32)【優先日】2016年10月3日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002044
【氏名又は名称】特許業務法人ブライタス
(72)【発明者】
【氏名】崎山 裕嗣
(72)【発明者】
【氏名】大村 朋彦
【審査官】 鈴木 葉子
(56)【参考文献】
【文献】 特開平05−320749(JP,A)
【文献】 特開2010−180446(JP,A)
【文献】 特開平03−215623(JP,A)
【文献】 特開平06−271930(JP,A)
【文献】 特開平07−268464(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00−38/60
C21D 1/02− 1/84
C21D 8/00− 8/10
C21D 9/46− 9/48
C21D 9/52− 9/66
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
高強度低合金鋼材を製造する方法であって、
化学組成が、質量%で、
C:0.60%を超えて1.0%以下、
Si:1.2〜2.0%、
Mn:0.30%以上1.0%未満、
Cr:0.5〜1.5%、
Al:0.005〜0.10%、
Mo:0〜0.30%未満、
Ti:0〜0.10%、
Nb:0〜0.10%、
V:0〜0.10%、
Zr:0〜0.20%、
残部がFeおよび不純物であり、
不純物としてのP、S、NおよびOが、P:0.030%以下、S:0.030%以下、
N:0.030%以下およびO:0.010%以下である鋼材に、
下記の(i)から(iv)までの工程を順に施す、
引張強さが1500MPa以上の高強度低合金鋼材の製造方法。
(i):850〜1050℃で20〜60分加熱する、オーステナイト化工程
(ii):30℃/秒以上の冷却速度で400〜300℃の温度域まで冷却し、該温度
域で10〜100分保持する、等温変態工程
(iii):室温まで冷却する、冷却工程
(iv):総減面率10.0〜20.0%で引抜加工を施す、または、総圧下率10.0〜40.0%で板圧延加工を施す、冷間加工工程
【請求項2】
鋼材の化学組成が、質量%で、
Mo:0.05%以上で0.30%未満を含有する、請求項1に記載の、引張強さが1500MPa以上の高強度低合金鋼材の製造方法。
【請求項3】
鋼材の化学組成が、質量%で、
Ti:0.005〜0.10%、
Nb:0.005〜0.10%、
V:0.005〜0.10%、および、
Zr:0.010〜0.20%、
から選択される1種以上を含有する、請求項1または2に記載の、引張強さが1500MPa以上の高強度低合金鋼材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高強度低合金鋼材の製造方法、特に、引張強さが1500MPa以上で耐水素脆化特性に優れ、自動車、産業機械、建築構造物等に用いるのに好適な、高強度低合金鋼材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、軽量化、機能等の観点から引張強さが1000MPaを超えるような高強度鋼材が使用される傾向にある。しかし、鉄鋼材料は引張強さが1000MPaを超えると、水素脆化が深刻な問題となる。水素脆化とは、鉄鋼材料中に水素が侵入することにより機械特性が元の値よりも劣化する現象である。なお、水素はその原子半径が全元素中最小であることから鉄鋼材料中への侵入は不可避である。
【0003】
耐水素脆化特性に優れた高強度の鉄鋼材料およびその製造方法に関して、例えば、特許文献1に、水素脆化特性の1形態である遅れ破壊特性を抑止した技術が開示されている。具体的には、特定量のCを含有する鋼材からなり、ベイナイト組織の面積率を80%以上とし、その後、強伸線加工することによって1200MPa(1200N/mm2)以上の強度と優れた耐遅れ破壊性を有するようにした、耐遅れ破壊性と鍛造性に優れた高強度鋼線に関する技術が開示されている。なお、特許文献1には、上述の化学組成を有する鋼を熱間圧延または鍛造した後、300〜500℃の温度まで急冷し、その温度から1℃/秒以下の平均冷却速度で200秒以上かけて冷却し、その後に強伸線加工を行う製造方法が示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2002−241899号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1で開示された高強度鋼線は、破断限界水素濃度の観点から耐水素脆化特性に改善の余地がある。
【0006】
本発明は、高価な合金元素の含有量が低く、しかも引張強さが1500MPa以上、かつ耐水素脆化特性に優れるとともに生産性にも優れる、自動車、産業機械、建築構造物等に用いるのに好適な、高強度低合金鋼材の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の要旨は、下記に示す引張強さが1500MPa以上の高強度低合金鋼材の製造方法にある。
【0008】
(1)高強度低合金鋼材を製造する方法であって、
化学組成が、質量%で、
C:0.60%を超えて1.0%以下、
Si:1.2〜2.0%、
Mn:0.30%以上1.0%未満、
Cr:0.5〜1.5%、
Al:0.005〜0.10%、
Mo:0〜0.30%未満、
Ti:0〜0.10%、
Nb:0〜0.10%、
V:0〜0.10%、
Zr:0〜0.20%、
残部がFeおよび不純物であり、
不純物としてのP、S、NおよびOが、P:0.030%以下、S:0.030%以下、N:0.030%以下およびO:0.010%以下である鋼材に、
下記の(i)から(iv)までの工程を順に施す、
引張強さが1500MPa以上の高強度低合金鋼材の製造方法。
(i):850〜1050℃で20〜60分加熱する、オーステナイト化工程
(ii):30℃/秒以上の冷却速度で400〜300℃の温度域まで冷却し、該温度域で10〜100分保持する、等温変態工程
(iii):室温まで冷却する、冷却工程
(iv):総加工率10.0%以上で冷間加工を施す、冷間加工工程
【0009】
(2)前記(iv)の冷間加工工程が、総減面率10.0〜20.0%で引抜加工を施す、冷間加工工程である、上記(1)に記載の引張強さが1500MPa以上の高強度低合金鋼材の製造方法。
【0010】
(3)前記(iv)の冷間加工工程が、総圧下率10.0〜40.0%で板圧延加工を施す、冷間加工工程である、上記(1)に記載の引張強さが1500MPa以上の高強度低合金鋼材の製造方法。
【0011】
(4)鋼材の化学組成が、質量%で、
Mo:0.05%以上で0.30%未満を含有する、上記(1)から(3)までのいずれかに記載の、引張強さが1500MPa以上の高強度低合金鋼材の製造方法。
【0012】
(5)鋼材の化学組成が、質量%で、
Ti:0.005〜0.10%、
Nb:0.005〜0.10%、
V:0.005〜0.10%、および、
Zr:0.010〜0.20%、
から選択される1種以上を含有する、上記(1)から(4)までのいずれかに記載の、引張強さが1500MPa以上の高強度低合金鋼材の製造方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、高価な合金元素の含有量が低く、耐水素脆化特性に優れて、自動車、産業機械、建築構造物等に好適に用いることができる、引張強さが1500MPa以上の高強度低合金鋼材を、高い生産性の下に製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】(実施例1)で耐水素脆化特性の評価のために用いた切欠き付引張試験片の形状を示す図である。図中の数値は寸法(単位:mm)を示す。
図2】(実施例2)で引張強さの評価のために用いた板引張試験片の形状を示す図である。図中の数値は寸法(単位:mm)を示す。
図3】(実施例2)で耐水素脆化特性の評価のために用いた切欠き付引張試験片の形状を示す図である。図中の数値は寸法(単位:mm)を示す。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の各要件について詳しく説明する。なお、各元素の含有量の「%」は「質量%」を意味する。
【0016】
(A)鋼材の化学組成について:
C:0.60%を超えて1.0%以下
Cは、本発明において最も重要な元素である。Cは、同じ強度でも吸蔵水素濃度を低減する作用があるので、Mo、Ni等の高価な元素の含有量を低くしても、耐水素脆化特性を向上させることができる。Cは、高強度の確保に重要な元素であり、過剰な冷間加工を施さなくても強度を担保できるため、冷間加工により導入する転位が少なくてすみ、耐水素脆化特性を低下させにくい。このため、Cは0.60%を超えて含有させなくてはならない。さらに、Cは、Ac3点を低下させるため、比較的低い温度での加熱で、鋼が完全オーステナイト化しやすいので、旧オーステナイト結晶粒径が小さくなって、この点でも耐水素脆化特性が向上する。一方、Cの含有量が増えて1.0%を超えると靱性の劣化が著しくなる。したがって、Cの含有量を0.60%を超えて1.0%以下とする。C含有量の望ましい下限は0.65%、また望ましい上限は0.80%である。
【0017】
Si:1.2〜2.0%
Siは、脱酸作用を有し、強度および焼入れ性の向上作用もある。強度の向上は1500MPa以上の引張強さの確保に有効である。また、Siには低温で等温変態を行うことで耐水素脆化特性を向上させる効果もある。これらの効果を得るには、Siの含有量は1.2%以上とする必要がある。一方、2.0%を超えてSiを含有させてもその効果は飽和することに加え、靱性の劣化が生じる。したがって、Siの含有量を1.2〜2.0%とする。Si含有量の望ましい下限は1.3%、また、望ましい上限は1.5%である。
【0018】
Mn:0.30%以上1.0%未満
Mnは、焼入れ性と強度を向上させる作用を有する。強度の向上は1500MPa以上の引張強さの確保に有効であり、また、焼入れ性の向上は、所望の強度が得やすくなるため製造の観点から有利である。また、Mnには、Sと結合して硫化物を形成し、Sの粒界偏析を抑制して耐水素脆化特性を向上する効果もある。これらの効果を得るには、Mnの含有量は0.30%以上とする必要がある。一方で、Mnを過剰に含有させると粒界に偏析し、粒界割れ型の水素脆性破壊を促進する。したがって、Mnの含有量を0.30%以上1.0%未満とする。Mn含有量の望ましい下限は0.40%、また、望ましい上限は0.60%である。
【0019】
Cr:0.5〜1.5%
Crは、強度を向上させるのに有効な元素である。また、Crには、焼入れ性を向上させる作用もあり、焼入れ性の向上は、所望の強度が得やすくなるため製造の観点から有利である。これらの効果を得るためには、Crを0.5%以上含有させる必要がある。一方で、Crを過剰に含有させると靱性の劣化が生じる。したがって、Crの含有量を0.5〜1.5%とする。Cr含有量の望ましい下限は0.8%、また、望ましい上限は1.2%である。
【0020】
Al:0.005〜0.10%
Alは、脱酸作用を有する元素である。この効果を十分に確保するためにはAlを0.005%以上含有させる必要がある。一方、Alを0.10%を超えて含有させてもその効果は飽和する。したがって、Alの含有量を0.005〜0.10%とする。なお、本発明のAl含有量とは酸可溶Al(所謂「sol.Al」)での含有量を指す。
【0021】
Mo:0〜0.30%未満
Moは、Fe炭化物の安定性を高めて、耐水素脆化特性を向上させる元素である。このため、必要に応じてMoを含有させてもよい。しかしながら、本発明では、C等の他の元素の含有量を適正化することで良好な耐水素脆化特性を確保することができるし、Moが非常に高価な元素であるため、Moの多量の含有は経済性を大きく損なうことになる。したがって、含有させる場合のMo含有量を0.30%未満とする。Mo含有量の上限は、0.20%であることが望ましい。なお、前記の効果を安定して得るためには、Mo含有量の下限は、0.05%であることが望ましく、0.10%であることが一層望ましい。
【0022】
Ti:0〜0.10%
Tiは、Cまたは/およびNと結合し、微細な析出物を形成し、旧オーステナイト結晶粒を微細化して耐水素脆化特性を向上させる元素である。このため、必要に応じてTiを含有させてもよい。しかしながら、0.10%を超える量のTiを含有させると、析出物の量が増大し、靱性を劣化させる。したがって、含有させる場合のTi含有量の上限を0.10%とする。Ti含有量の上限は、0.06%であることが望ましい。なお、前記の効果を安定して得るためには、Ti含有量の下限は、0.005%であることが望ましく、0.03%であることが一層望ましい。
【0023】
Nb:0〜0.10%
Nbは、Cまたは/およびNと結合し、微細な析出物を形成し、旧オーステナイト結晶粒を微細化して耐水素脆化特性を向上させる元素である。このため、必要に応じてNbを含有させてもよい。しかしながら、0.10%を超える量のNbを含有させると、析出物の量が増大し、靱性を劣化させる。したがって、含有させる場合のNb含有量の上限を0.10%とする。Nb含有量の上限は、0.06%であることが望ましい。なお、前記の効果を安定して得るためには、Nb含有量の下限は、0.005%であることが望ましく、0.03%であることが一層望ましい。
【0024】
V:0〜0.10%
Vは、Cまたは/およびNと結合し、微細な析出物を形成し、旧オーステナイト結晶粒を微細化して耐水素脆化特性を向上させる元素である。このため、必要に応じてVを含有させてもよい。しかしながら、0.10%を超える量のVを含有させても、旧オーステナイト結晶粒を微細にする効果は飽和し、コストが嵩むだけである。したがって、含有させる場合のV含有量の上限を0.10%とする。V含有量の上限は、0.06%であることが望ましい。なお、前記の効果を安定して得るためには、V含有量の下限は、0.005%であることが望ましく、0.03%であることが一層望ましい。
【0025】
Zr:0〜0.20%
Zrは、Cまたは/およびNと結合し、微細な析出物を形成し、旧オーステナイト結晶粒を微細化して耐水素脆化特性を向上させる元素である。このため、必要に応じてZrを含有させてもよい。しかしながら、0.20%を超える量のZrを含有させると、析出物の量が増大し、靱性を劣化させる。したがって、含有させる場合のZr含有量の上限を0.20%とする。Zr含有量の上限は、0.12%であることが望ましい。なお、前記の効果を安定して得るためには、Zr含有量の下限は、0.010%であることが望ましく、0.06%であることが一層望ましい。
【0026】
上記のTi、Nb、VおよびZrを複合して含有させる場合の合計量は、0.08%以下であることが望ましい。
【0027】
本発明に係る鋼材は、上述の各元素と、残部がFeおよび不純物とからなり、不純物としてのP、S、NおよびOが、P:0.030%以下、S:0.030%以下、N:0.030%以下およびO:0.010%以下である化学組成を有する。
【0028】
ここで「不純物」とは、鉄鋼材料を工業的に製造する際に、鉱石、スクラップ等の原料、製造工程の種々の要因によって混入する成分であって、本発明に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0029】
P:0.030%以下
Pは、不純物として含有され、粒界に偏析して靱性および/または耐水素脆化特性を低下させる。Pの含有量が0.030%を超えると上記の悪影響が顕著になる。このため、Pの含有量を0.030%以下とする。Pの含有量は極力低いことが望ましい。
【0030】
S:0.030%以下
Sは、不純物として含有され、Pと同様に粒界に偏析して耐水素脆化特性を低下させる。Sの含有量が0.030%を超えると上記の悪影響が顕著になる。このため、Sの含有量を0.030%以下とする。Sの含有量は極力低いことが望ましい。
【0031】
N:0.030%以下
Nは、不純物として含有され、その含有量が過剰になって0.030%を超えると靱性の劣化が顕著になる。したがって、Nの含有量を0.030%以下とする。Nの含有量は極力低いことが望ましい。
【0032】
O:0.010%以下
O(酸素)は、不純物として含有され、Alと結びついて酸化物を形成する。その含有量が多くなって0.010%を超えると、酸化物が過剰に形成されて靱性が低下する等の問題が生じる。したがって、Oの含有量を0.010%以下とする。Oの含有量は極力低いことが望ましい。
【0033】
(B)高強度低合金鋼材の強度について:
本発明に係る高強度低合金鋼材は、引張強さが1500MPa以上である。引張強さが1500MPa以上であれば、近年、軽量化、機能等の観点から自動車、産業機械、建築構造物等に対して要求されている高強度化に十分応えることができる。なお、引張強さの上限は2500MPaであることが望ましく、2000MPaであればより望ましい。
【0034】
(C)製造方法について:
本発明に係る引張強さが1500MPa以上の高強度低合金鋼材は、以下の方法によって製造する。
【0035】
前記(A)項で述べた化学組成を有する低合金鋼を溶製した後、鋳造によりインゴットまたは鋳片とする。鋳造されたインゴットまたは鋳片は、熱間圧延、熱間押出、熱間鍛造等の熱間加工によって、さらに必要に応じて、冷間加工を行って、丸棒、鋼線、鋼板等所要の形状を有する鋼材に仕上げる。その後、該鋼材に、以下に述べる(i)から(iv)までの工程を順に施す。
【0036】
(i):850〜1050℃で20〜60分加熱する、オーステナイト化工程
上述した鋼材を850〜1050℃で20〜60分加熱して、完全にオーステナイト化する。鋼材の加熱温度が、850℃を下回ると、完全にオーステナイト化できない場合がある。一方、加熱温度が1050℃を超えると、旧オーステナイト粒が粗大になるため、延性が低下して後述する(iv)の総加工率10.0%以上という冷間加工を行うことが困難になったり、1500MPa以上という引張強さおよび良好な耐水素脆化特性という重要な特性の同時確保ができなくなったりする。鋼材の加熱温度が上記の範囲であっても、加熱時間が20分未満では、鋼材を完全にオーステナイト化できないことがあり、また、60分を超えると、エネルギーコストが嵩むことに加えて、微細な旧オーステナイト粒を得ることが困難になる場合がある。したがって、オーステナイト化工程は、鋼材を850〜1050℃で20〜60分加熱するものとする。なお、この(i)の工程での加熱温度は、鋼材の表面における温度を指す。鋼材の加熱温度の望ましい下限は、870℃である。また、上記加熱温度の望ましい上限は、1000℃であり、950℃であれば一層望ましい。加熱時間の望ましい下限は30分であり、また、望ましい上限は45分である。
【0037】
(ii):30℃/秒以上の冷却速度で400〜300℃の温度域まで冷却し、該温度域で10〜100分保持する、等温変態工程
上記(i)の工程でオーステナイト化した鋼材を、冷却速度を30℃/秒以上として、400〜300℃の温度域まで冷却し、該温度域で10〜100分保持して等温変態させる。オーステナイト化後の冷却速度が30℃/秒未満の場合には、後述の(iv)の冷間加工を施しても、所定の1500MPa以上という引張強さに達しないことがある。なお、オーステナイト化後の冷却速度の上限は工業的には80℃/秒程度である。上記の30℃/秒以上の冷却速度であっても、冷却する温度が400℃を超える場合は1500MPa以上の強度を得るのが難しくなる。また、前記の温度が300℃未満になると、10〜100分の保持時間では脆くなって、(iv)の冷間加工時に割れ等の欠陥を生ずる可能性がある。また、上記(A)項で述べた化学組成の場合、通常、完全オーステナイト化させた後、前記した温度範囲で10〜100分保持することにより、後の(iii)および(iv)の工程を経れば(B)項に記載の引張強さで1500MPa以上の高強度を安定して具備させることができる。なお、鋼材のサイズまたは/および含有元素の影響から、(iv)の冷間加工時に割れ等の欠陥が生じたり、所望の耐水素脆化特性が得られなくなる場合があるので、前記した温度範囲における保持時間の下限は、30分であることが望ましく、60分であればより望ましい。また、上限は80分程度であることが望ましい。なお、この(ii)の工程での冷却速度および温度は、鋼材の表面を基準にした冷却速度および温度を指す。
【0038】
(iii):室温まで冷却する、冷却工程
上記(ii)の工程で等温変態させた鋼材を、室温まで冷却する。この際の冷却速度については、特に制限がない。この(iii)の工程での冷却温度も、鋼材の表面における温度を指す。
【0039】
(iv):総加工率10.0%以上で冷間加工を施す、冷間加工工程
上記(iii)の工程で室温まで冷却した鋼材に、総加工率10.0%以上で冷間加工を施す。冷間加工における総加工率が10.0%未満の場合には、所望の引張強さと耐水素脆化特性(1500MPa以上という引張強さでの良好な耐水素脆化特性)が得られない。なお、(iv)の工程における冷間加工は、(iii)の工程で室温まで冷却した鋼材に対して、軟化処理することなく施す必要がある。(iv)の冷間加工工程の具体的な加工方法には、「引抜加工」、「板圧延加工」等があり、総加工率の上限は、加工方法によって異なる。以下、「引抜加工」および「板圧延加工」の場合を例に説明する。
【0040】
本発明において「引抜加工」とは、鋼材をダイスを通して引き抜いて一方向に伸ばす塑性加工法を指し、線材コイルの伸線加工も包含する。なお、「引抜加工」における「総加工率」は「総減面率」で表され、上述のとおり、総加工率である「総減面率」が10.0%未満の場合には、所望の引張強さと耐水素脆化特性が得られない。一方、割れや破断等の加工不良の発生を抑止するために「総減面率」の上限は20.0%であることが望ましい。「総減面率」の下限は12.0%であることが望ましく、また、上限は18.0%であることがより望ましい。
【0041】
総減面率が10.0〜20.0%であれば、引抜加工の回数は特に限定されず、1回でも複数回でもよい。
【0042】
第n回目の「引抜加工」における「減面率」とは、上記n回目(ただし、nは正の整数である。)の引抜加工前後の鋼材の断面積をそれぞれ、「Sn-1」および「Sn」とした場合に
{(Sn-1−Sn)/Sn-1}×100
で表される値を指す。そして、「総減面率」とは、第1回目の引抜加工前の鋼材の断面積を「S0」、最終の引抜加工を施した後の鋼材の断面積を「Sf」とした場合に
{(S0−Sf)/S0}×100
で表される値を指す。
【0043】
室温まで冷却した鋼材には、必要に応じて、「引抜加工」する前に切削加工やピーリング加工等の機械的な加工処理を行ってもよい。なお、「引抜加工」の際には、適宜の方法で潤滑処理を行うことが好ましい。
【0044】
本発明において「板圧延加工」とは、鋼材を圧延ロールを用いて一方向に伸ばす塑性加工法を指す。なお、「板圧延加工」における「総加工率」は「総圧下率」で表され、上述のとおり、総加工率である「総圧下率」が10.0%未満の場合には、所望の引張強さと耐水素脆化特性が得られない。一方、総圧下率が大きくなると引張強度は向上するが、耐水素脆化特性が劣化するので、「総圧下率」の上限は40.0%であることが望ましい。「総圧下率」の下限は15.0%であることが望ましく、また、上限は35.0%であることがより望ましい。
【0045】
総圧下率が10.0〜40.0%であれば、板圧延加工の回数は特に限定されず、1回でも複数回でもよい。なお、「総圧下率」とは、第1回目の板圧延加工前の鋼材の厚さを「t0」、最終の板圧延加工を施した後の鋼材の厚さを「tf」とした場合に
{(t0−tf)/t0}×100
で表される値を指す。
【0046】
室温まで冷却した鋼材には、必要に応じて、「板圧延加工」する前に切削加工、ブラスト処理、酸洗等の脱スケール処理を行ってもよい。なお、「板圧延加工」の際には、適宜の方法で潤滑処理を行うことが好ましい。
【0047】
以下、実施例によって、本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0048】
表1に示す化学組成を有する鋼A〜Oを溶製し、鋳型に鋳込んで得たインゴットを1250℃に加熱した後、熱間鍛造により直径25mmの丸棒とした。
【0049】
表1中の鋼A〜Iは、化学組成が本発明で規定する範囲内にある鋼であり、一方、鋼J〜Oは、化学組成が本発明で規定する条件から外れた鋼である。
【0050】
【表1】
【0051】
(実施例1)冷間加工工程が「引抜加工」の場合:
上記のようにして得た直径25mmの丸棒を、表2に示す温度で45分加熱してオーステナイト化した。試験番号1−1〜1−12および試験番号1−14〜1−20の各丸棒はオーステナイト化後、該温度から5秒以内に鉛浴中または塩浴中に浸漬して等温変態処理した。また、試験番号1−13の丸棒はオーステナイト化後、該温度から大気中で冷却し、30秒経過したところで鉛浴中に浸漬して等温変態処理した。オーステナイト化温度からの冷却速度ならびに、等温変態処理の温度および保持時間(鉛浴または塩浴の温度(つまり、上記冷却速度による冷却を停止した温度)および該温度での保持時間)の詳細は、表2に示すとおりである。なお、試験番号1−12を除いて、等温変態処理後は大気中で室温まで放冷した。一方、試験番号1−12は、等温変態処理後、30℃/秒の冷却速度で室温まで冷却した。
【0052】
各試験番号について、上記の室温まで冷却した直径25mmの丸棒の一部を用いて、後述の〈1〉に示す機械的特性を調査した。さらに、各試験番号について、室温まで冷却した直径25mmの丸棒の残りを直径23mmにピーリング加工した後、軟化処理を施すことなく、1回目の減面率を8.5%または16.6%として、表2に示す条件で冷間において引抜加工を施した。引抜加工時の潤滑は、湿式潤滑油剤で行った。
【0053】
なお、表2に示す試験番号1−12および試験番号1−14は、上記の減面率を16.6%とする1回目の引抜加工で割れを生じた。また、試験番号1−10は、1回目の引抜加工では割れを生じなかったが、総減面率が28.1%となる次の2回目の引抜加工で割れを生じた。
【0054】
上記の1回目の引抜加工で割れを生じた試験番号1−12および試験番号1−14、ならびに2回目の引抜加工で割れを生じた試験番号1−10を除いて、引抜加工した後の各丸棒について、下記の〈1〉に示す機械的特性および〈2〉に示す耐水素脆化特性を調査した。
【0055】
〈1〉機械的特性:
各鋼について、前記の室温まで冷却した直径25mmの丸棒の一部、および引抜加工を施した丸棒について、その中心部から、長手方向に平行部の直径が6mmで標点距離が40mmの丸棒引張試験片を切り出し、室温で引張試験して、引張強さを求めた。
【0056】
〈2〉耐水素脆化特性:
上記〈1〉の調査で1500MPa以上の引張強さが得られた引抜加工を施した各丸棒の中心部から、長手方向に図1に示す形状の切欠き付引張試験片を切り出して、耐水素脆化特性を調査した。具体的には、先ず、3%NaCl溶液に1mA/cm2の電流密度で陰極チャージする条件下で、900MPaの応力を負荷した定荷重試験を200時間行った際の破断の有無を調査した。
【0057】
次いで、破断しなかった試験片について、図1に示す平行部10mmを低温切断機で切出し、昇温脱離装置により10℃/分で昇温した際に500℃までに放出される水素濃度を測定し、該水素濃度を「破断限界水素濃度」と見做した。
【0058】
なお、上記の定荷重試験で破断せず、破断限界水素濃度が0.50ppm以上の場合に良好な耐水素脆化特性を有すると判定した。
【0059】
表2に、上記の各調査結果をまとめて示す。
【0060】
【表2】
【0061】
表2から、化学組成が本発明で規定する範囲内にある丸棒に、本発明で規定する工程を施して製造した本発明例の試験番号1−1〜1−9の丸棒は、引抜加工を施した際に割れが発生しなかったし、1500MPa以上という高い引張強さを有するにもかかわらず、陰極チャージ下での定荷重試験で破断が起こらず、その時の破断限界水素濃度も0.56ppm以上で、0.50ppmという基準を超えるものであり、良好な耐水素脆化特性を備えていることが明らかである。
【0062】
これに対して、参考例の試験番号1−10の丸棒は、化学組成と(i)から(iii)までの熱処理工程は、本発明で規定する範囲内にあるものの、総減面率で28.1%となる2回目の引抜加工を施した際に割れが生じた。
【0063】
また、比較例の試験番号1−11〜1−20の丸棒の場合は、引抜加工を施した際に割れが発生したり、1500MPa以上という引張強さおよび良好な耐水素脆化特性という重要な特性の同時確保ができていない。
【0064】
試験番号1−11の丸棒は、化学組成と(i)から(iii)までの熱処理工程は、本発明で規定する範囲内にあるものの、総減面率が8.5%であって、本発明が規定する条件から外れるので、破断限界水素濃度が0.48ppmと低く、耐水素脆化特性に劣っている。
【0065】
試験番号1−12の丸棒は、用いた鋼Aの化学組成は本発明で規定する範囲内にあるものの、等温変態処理温度が250℃であって、本発明が規定する条件から外れるので、引抜加工を施した際に割れが生じた。
【0066】
試験番号1−13の丸棒は、用いた鋼Cの化学組成と引抜加工の工程は本発明で規定する範囲内にあるものの、オーステナイト化後の冷却速度が本発明が規定する条件から外れるので、引張強さが1383MPaと低く、1500MPaに満たなかった。
【0067】
試験番号1−14の丸棒は、用いた鋼Fの化学組成は本発明で規定する範囲内にあるものの、オーステナイト化温度が1100℃であって、本発明が規定する条件から外れるので、旧オーステナイト粒径が大きくなり、引抜加工を施した際に割れを生じた。
【0068】
試験番号1−15の丸棒は、本発明で規定する工程を施して製造したものであるが、用いた鋼JのC含有量が0.47%と少なく、本発明で規定する条件から外れるため、引張強さが1435MPaと低く、1500MPaに満たなかった。
【0069】
試験番号1−16の丸棒は、本発明で規定する工程を施して製造したものであるが、用いた鋼KのSi含有量が0.89%と少なく、本発明で規定する条件から外れるので、破断限界水素濃度が0.29ppmと低く、耐水素脆化特性に劣っている。
【0070】
試験番号1−17の丸棒は、本発明で規定する工程を施して製造したものであるが、用いた鋼LのMn含有量が1.22%と多く、本発明で規定する条件から外れるため、陰極チャージ下での定荷重試験で破断し、耐水素脆化特性に劣っている。
【0071】
試験番号1−18の丸棒は、本発明で規定する工程を施して製造したものであるが、用いた鋼MのCr含有量が0.36%と少なく、本発明で規定する条件から外れて焼入れ性に劣るので、引張強さが1427MPaと低く、1500MPaに満たなかった。
【0072】
試験番号1−19の丸棒は、本発明で規定する工程を施して製造したものであるが、用いた鋼Nの不純物中のPとSの含有量がそれぞれ、0.042%および0.040%と多く、本発明で規定する条件から外れるため、陰極チャージ下での定荷重試験で破断し、耐水素脆化特性に劣っている。
【0073】
試験番号1−20の丸棒は、用いた鋼OのSiの含有量が0.19%と低いうえにCrを含有しておらず、本発明で規定する化学組成条件から外れ、さらに、製造条件としての等温変態処理の温度および保持時間がそれぞれ、450℃および4分であり、本発明で規定する(ii)の等温変態工程の条件からも外れている。このため、45.4%もの総減面率を割れずに確保できるものの、破断限界水素濃度が0.32ppmと低く、耐水素脆化特性に劣っている。
【0074】
(実施例2)冷間加工工程が「板圧延加工」の場合:
先に述べた(実施例1)の室温まで冷却した直径25mmの丸棒の残りから、厚さ3mm、幅20mmで長さ300mmの板素材を切出した。次いで、上記の板素材に対して軟化熱処理を施すことなく、表3に示す総圧下率6.7〜50.0%(厚さ2.8〜1.5mm)になるまで複数パスの板圧延を施した。板圧延加工時の潤滑は、湿式潤滑油剤で行った。なお、表3中の「冷間板圧延前の引張強さ」は、(実施例1)にて求めた表2中の「冷間引抜加工前の引張強さ」をそのまま用いた。
【0075】
なお、表3に示す試験番号2−13は、総圧下率を16.7%(厚さ2.5mm)とする過程で耳割れを生じた。
【0076】
上記の耳割れを生じた試験番号2−13を除いて、板圧延加工した後の各板について、下記の〈2−1〉に示す機械的特性および〈2−2〉に示す耐水素脆化特性を調査した。
【0077】
〈2−1〉機械的特性:
各鋼について、板圧延加工を施した板について、その板幅中心部から、長手方向に、図2に示す平行部の幅が5mmで標点距離が20mm、厚さは板圧延後ままの板引張試験片を切り出し、室温で引張試験して、引張強さを求めた。
【0078】
〈2−2〉耐水素脆化特性:
上記〈2−1〉の調査で1500MPa以上の引張強さが得られた板圧延加工を施した各板の板幅および厚さの中心部から、長手方向に、図3に示す形状の切欠き付引張試験片を切り出して、(実施例1)と同様の方法で、耐水素脆化特性を調査した。具体的には、先ず、3%NaCl溶液に1mA/cm2の電流密度で陰極チャージする条件下で、900MPaの応力を負荷した定荷重試験を200時間行った際の破断の有無を調査した。
【0079】
次いで、破断しなかった試験片について、図3に示す平行部8mmを低温切断機で切出し、昇温脱離装置により10℃/分で昇温した際に500℃までに放出される水素濃度を測定し、該水素濃度を「破断限界水素濃度」と見做した。
【0080】
なお、上記の定荷重試験で破断せず、破断限界水素濃度が0.50ppm以上の場合に良好な耐水素脆化特性を有すると判定した。
【0081】
表3に、上記の各調査結果をまとめて示す。
【0082】
【表3】
【0083】
表3から、化学組成が本発明で規定する範囲内にある(実施例1)の室温まで冷却した直径25mmの丸棒から切り出した板素材に、本発明で規定する工程を施して製造した本発明例の試験番号2−1〜2−10の板は、板圧延加工を施した際に割れが発生しなかったし、1500MPa以上という高い引張強さを有するにもかかわらず、陰極チャージ下での定荷重試験で破断が起こらず、その時の破断限界水素濃度も0.61ppm以上で、0.50ppmという基準を超えるものであり、良好な耐水素脆化特性を備えていることが明らかである。
【0084】
これに対して、比較例の試験番号2−11〜2−22の板の場合は、板圧延加工を施した際に耳割れが発生したり、1500MPa以上という引張強さおよび良好な耐水素脆化特性という重要な特性の同時確保ができていない。
【0085】
試験番号2−11の板は、化学組成と(i)から(iii)までの熱処理工程は、本発明で規定する範囲内にあるものの、総圧下率が6.7%であって、本発明が規定する条件から外れるので、引張強度が1485MPaと低いことに加えて、破断限界水素濃度は0.42ppmと低く、耐水素脆化特性にも劣っている。
【0086】
試験番号2−12の板は、化学組成と(i)から(iii)までの熱処理工程は、本発明で規定する範囲内にあるものの、総圧下率が50.0%であって、本発明が規定する条件から外れるので、陰極チャージ下での定荷重試験で破断し、耐水素脆化特性に劣っている。
【0087】
試験番号2−13の板は、用いた鋼Aの化学組成は本発明で規定する範囲内にあるものの、等温変態処理温度が250℃であって、本発明が規定する条件から外れるので、総圧下率16.7%の板圧延加工を施した際に耳割れが生じた。
【0088】
試験番号2−14の板は、用いた鋼Aの化学組成は本発明で規定する範囲内にあるものの、等温変態処理温度が250℃であるので、総圧下率が本発明で規定する条件を下回る6.7%で耳割れを生じることなく1500MPaを超える引張強さが得られたが、破断限界水素濃度が0.38ppmと低く、耐水素脆化特性に劣っている。
【0089】
試験番号2−15の板は、用いた鋼Cの化学組成と板圧延加工の工程は本発明で規定する範囲内にあるものの、オーステナイト化後の冷却速度が本発明が規定する条件から外れるので、引張強さが1457MPaと低く、1500MPaに満たなかった。
【0090】
試験番号2−16の板は、用いた鋼Fの化学組成は本発明で規定する範囲内にあるものの、オーステナイト化温度が1100℃であって、本発明が規定する条件から外れるので、旧オーステナイト粒径が大きくなり、陰極チャージ下での定荷重試験で破断し、耐水素脆化特性に劣っている。
【0091】
試験番号2−17の板は、本発明で規定する工程を施して製造したものであるが、用いた鋼JのC含有量が0.47%と少なく、本発明で規定する条件から外れるため、破断限界水素濃度が0.41ppmと低く、耐水素脆化特性に劣っている。
【0092】
試験番号2−18の板は、本発明で規定する工程を施して製造したものであるが、用いた鋼KのSi含有量が0.89%と少なく、本発明で規定する条件から外れるので、破断限界水素濃度が0.36ppmと低く、耐水素脆化特性に劣っている。
【0093】
試験番号2−19の板は、本発明で規定する工程を施して製造したものであるが、用いた鋼LのMn含有量が1.22%と多く、本発明で規定する条件から外れるため、陰極チャージ下での定荷重試験で破断し、耐水素脆化特性に劣っている。
【0094】
試験番号2−20の板は、本発明で規定する工程を施して製造したものであるが、用いた鋼MのCr含有量が0.36%と少なく、本発明で規定する条件から外れて焼入れ性に劣るので、引張強さが1418MPaと低く、1500MPaに満たなかった。
【0095】
試験番号2−21の板は、本発明で規定する工程を施して製造したものであるが、用いた鋼Nの不純物中のPとSの含有量がそれぞれ、0.042%および0.040%と多く、本発明で規定する条件から外れるため、陰極チャージ下での定荷重試験で破断し、耐水素脆化特性に劣っている。
【0096】
試験番号2−22の板は、用いた鋼OのSiの含有量が0.19%と低いうえにCrを含有しておらず、本発明で規定する化学組成条件から外れ、さらに、製造条件としての等温変態処理の温度および保持時間がそれぞれ、450℃および4分であり、本発明で規定する(ii)の等温変態工程の条件からも外れている。このため、本発明の規定を満たす総圧下率33.3%の板圧延を施しても引張強度が1479MPaと低く、1500MPaに満たなかった。
【産業上の利用可能性】
【0097】
本発明によれば、高価な合金元素の含有量が低く、耐水素脆化特性に優れて、自動車、産業機械、建築構造物等に好適に用いることができる、引張強さが1500MPa以上の高強度低合金鋼材を、高い生産性の下に製造することができる。

図1
図2
図3