(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6880038
(24)【登録日】2021年5月7日
(45)【発行日】2021年6月2日
(54)【発明の名称】耐食性金属基板の製造方法およびそれにより提供される耐食性金属基板
(51)【国際特許分類】
C25D 9/10 20060101AFI20210524BHJP
C23C 10/28 20060101ALI20210524BHJP
C25D 5/26 20060101ALI20210524BHJP
C25D 5/12 20060101ALI20210524BHJP
C25D 5/50 20060101ALI20210524BHJP
C23C 28/02 20060101ALI20210524BHJP
F01N 13/16 20100101ALI20210524BHJP
F01N 13/18 20100101ALI20210524BHJP
【FI】
C25D9/10
C23C10/28
C25D5/26 J
C25D5/12
C25D5/50
C23C28/02
F01N13/16
F01N13/18
【請求項の数】14
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2018-535393(P2018-535393)
(86)(22)【出願日】2017年1月8日
(65)【公表番号】特表2019-508580(P2019-508580A)
(43)【公表日】2019年3月28日
(86)【国際出願番号】EP2017050291
(87)【国際公開番号】WO2017118751
(87)【国際公開日】20170713
【審査請求日】2020年1月8日
(31)【優先権主張番号】EP16150383.4
(32)【優先日】2016年1月7日
(33)【優先権主張国】EP
(73)【特許権者】
【識別番号】504448818
【氏名又は名称】ヒル・アンド・ミユラー・ゲゼルシヤフト・ミツト・ベシユレンクテル・ハフツング
(74)【代理人】
【識別番号】100091982
【弁理士】
【氏名又は名称】永井 浩之
(74)【代理人】
【識別番号】100091487
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 行孝
(74)【代理人】
【識別番号】100082991
【弁理士】
【氏名又は名称】佐藤 泰和
(74)【代理人】
【識別番号】100105153
【弁理士】
【氏名又は名称】朝倉 悟
(74)【代理人】
【識別番号】100120617
【弁理士】
【氏名又は名称】浅野 真理
(74)【代理人】
【識別番号】100172557
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 啓靖
(72)【発明者】
【氏名】アネット、ボリシュ
(72)【発明者】
【氏名】フィリップ、シュミッツ
(72)【発明者】
【氏名】ケン−ドミニク、フレヒトナー
(72)【発明者】
【氏名】マルティン、シュバゲライト
【審査官】
大塚 美咲
(56)【参考文献】
【文献】
米国特許出願公開第2010/0167087(US,A1)
【文献】
中国特許出願公開第101280443(CN,A)
【文献】
特公昭54−024413(JP,B1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C25D 9/10
C23C 10/28
C23C 28/02
C25D 5/12
C25D 5/26
C25D 5/50
F01N 13/16
F01N 13/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
耐食性金属基板を製造する方法であって、
(i)鋼またはアルミニウム基板上にニッケルまたはニッケル系層を設けるか、あるいは、(ii)鋼またはアルミニウム基板上にニッケルまたはニッケル系層を設けた後、前記ニッケルまたはニッケル系層上にコバルト層を設け、それにより、めっき基板を形成し、
次いで、前記めっき基板上に、水溶液由来の酸化モリブデン層を電着し、ここで、前記めっき基板は、カソードとして機能し、前記水溶液は、モリブデン塩およびアルカリ金属リン酸塩を含み、前記水溶液のpHは、4.0〜6.5に調整されており、
前記酸化モリブデン層が設けられた前記めっき基板を、還元性雰囲気中でアニーリング工程に供し、それにより、還元アニーリング工程において、前記酸化モリブデン層中の酸化モリブデンを、少なくとも部分的に、モリブデン金属に還元するとともに、それと同時に、または、その後、前記アニーリング工程において、前記鋼またはアルミニウム基板上にニッケルまたはニッケル系層を設けた場合には、ニッケルおよびモリブデンを含む拡散層を、前記鋼またはアルミニウム基板上にニッケルまたはニッケル系層を設けた後、前記鋼またはアルミニウム基板上の前記ニッケルまたはニッケル系層上にコバルト層を設けた場合には、ニッケル、モリブデンおよびコバルトを含む拡散層を形成し、ここで、前記ニッケルは、前記ニッケルまたはニッケル系層に由来し、前記コバルトは、前記コバルト層に由来し、前記モリブデンは、前記酸化モリブデン層に由来する、前記方法。
【請求項2】
前記モリブデン塩が、モリブデン酸アンモニウムである、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記リン酸塩が、リン酸二水素ナトリウムである、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記基板上に設けられた前記ニッケルまたはニッケル系層が、0.5〜5μmの厚みを有し、かつ/または、前記拡散層が、10〜200nmの厚みを有する、請求項1〜3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
ニッケルめっきされた前記鋼またはアルミニウム基板上に前記酸化モリブデン層を電着するための前記水溶液の温度が、40℃〜75℃であり、かつ、
ニッケルめっきされた前記鋼またはアルミニウム基板上に前記酸化モリブデン層を電着するためのめっき時間が、5〜30秒であり、かつ、
ニッケルめっきされた前記鋼またはアルミニウム基板上に前記酸化モリブデン層を電着するための電流密度が、2〜25A/dm2である、請求項1〜4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
ニッケルめっきされた前記鋼またはアルミニウム基板上に前記酸化モリブデン層を電着するための前記水溶液が、
10〜50g/Lの(NH4)6MO7O24、および/または、
20〜80g/LのNaH2PO4
を含む、請求項1〜5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
前記水溶液が、50〜70℃の温度に維持され、かつ/または、
前記水溶液のpHが、4.5以上6以下である、請求項1〜6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
堆積された前記酸化モリブデン層の厚みが、50nm以下である、請求項1〜7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
ニッケルめっきされた前記鋼またはアルミニウム基板上に前記酸化モリブデン層を電着するための電流密度が、12.5A/dm2以上22.5A/dm2以下である、請求項1〜8のいずれか一項に記載の方法。
【請求項10】
前記還元性雰囲気が、水素含有雰囲気である、請求項1〜9のいずれか一項に記載の方法。
【請求項11】
前記基板が、炭素鋼である、請求項1〜10のいずれか一項に記載の方法。
【請求項12】
前記基板が、フェライト系ステンレス鋼基板である、請求項1〜10のいずれか一項に記載の方法。
【請求項13】
前記ニッケルまたはニッケル系層に由来するニッケルと前記酸化モリブデン層に由来するモリブデンとを含む前記拡散層が、5〜15重量%の元素としてのリン酸塩をさらに含む、請求項1〜12のいずれか一項に記載の方法。
【請求項14】
請求項1〜13のいずれか一項に記載の方法により製造された耐食性金属基板の、排気システムまたは排気システム用の部品または燃料ラインの製造のための使用であって、
前記耐食性金属基板の鋼またはアルミニウム基板上には、ニッケルおよびモリブデンを含む拡散層、または、ニッケル、モリブデンおよびコバルトを含む拡散層が設けられており、かつ、
前記拡散層が、10〜200nmの厚みを有する、前記使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐食性金属基板の製造方法およびそれにより提供される耐食性金属基板に関する。
【背景技術】
【0002】
排気配管、マフラーおよびその他の排気システム部品に使用される材料は、主に、鉄合金で構成される。アルミニウム合金は、追加の耐食性を付与するために、鉄合金上のコーティングとして使用されることがある。排気システム材料の選択は、コスト、保証要件(warranty requirements)ならびに長寿命のための立法化された要求および顧客の要求を含む多くの要因によって行われる。中炭素鋼(mild carbon steel)は、何十年にもわたって、排気システムのために選択された材料であった。排気システム上の酸化鉄被覆は、排気システムを大気腐食から様々な程度で保護した。しかしながら、道路の塩および排気凝縮液に晒された場合、耐食性に乏しいという問題があった。その結果、道路上に多くの車が存在する環境に晒された場合、この材料で作られた排気システムの寿命は、非常に短かった。炭素鋼の耐食性は、高温浸漬アルミニウムコーティング(hot dipped aluminium coating)の使用により大幅に改善することができる。これは、しばしばアルミナイズド鋼(aluminized steel)と呼ばれる。
【0003】
1つ特に重要な鉄合金の合金化元素はクロムである。十分なクロムを添加することにより、ステンレス鋼が形成される。ステンレス鋼が加熱されると、クロムは、さらなる酸化を遅らせる保護的な酸化クロムコーティングを形成する。表面を不動態化し、材料をステンレス鋼として分類するためには、通常、約10.5%以上のクロムが必要である。この酸化物層が安定で連続的である限り、金属基板は腐食から十分に保護される。1990年代半ば以降、単純な炭素鋼および低合金鋼は、排気システムの主要材料であるステンレス鋼によって置き換えられてきた。この移行は、延長保証の市場要求および排出基準によって義務付けられる要求のために生じた。ますます厳しい排出基準に合致する技術は、排気温度を上昇させる可能性があり、強度および耐久性の要件を満たすことを特に困難とする。また、排出基準では、排気システムが、漏れのない組立て、設置および運転を容易にして車両の全有効寿命のために設計されることが求められている。
【0004】
21世紀の初期から、ステンレス鋼で使用される多くの合金元素を含む商品は、幅広く急激な価格変動を経験している。積極的に再生されるディーゼル微粒子捕集フィルター(DPF)および尿素選択的触媒還元(SCR)等の排出制御システムもまた、材料特性に対する新たな要求を作り出している。能動的なDPF再生は、はるかに低い温度で作動する排気システムの部分では、800℃という高い排気温度を生成する可能性がある。また、タイプ304等の一般的に使用されているステンレス鋼は、高温環境下で尿素分解生成物に晒された後に腐食することが判明している。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的の一つは、新規な耐食性基板を提供することである。
【0006】
また、本発明の目的の一つは、高温での用途のための新規な耐食性基板を提供することである。
【0007】
また、本発明の目的の一つは、低コストな鉄基板に基づいて、高温での用途のための新規な耐食性基板を提供することである。
【0008】
また、本発明の目的の一つは、高温での用途に適用した耐食性基板を製造するための低コストな方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的の1つ以上は、耐食性金属基板を製造する方法であって、
(i)鋼またはアルミニウム基板上にニッケルまたはニッケル系層を電気めっきするか、あるいは、(ii)鋼またはアルミニウム基板上にニッケルまたはニッケル系層を電気めっきした後、前記ニッケルまたはニッケル系層上にコバルト層を設け、それにより、めっき基板を形成し、
次いで、前記めっき基板上に、水溶液由来の酸化モリブデン層を電着し、ここで、前記めっき基板は、カソードとして機能し、前記水溶液は、モリブデン塩およびアルカリ金属リン酸塩を含み、前記水溶液のpHは、4.0〜6.5に調整されており、
前記酸化モリブデン層が設けられた前記めっき基板を、還元性雰囲気中でアニーリング工程に供し、それにより、還元アニーリング工程において、前記酸化モリブデン層中の酸化モリブデンを、少なくとも部分的に、モリブデン金属に還元するとともに、それと同時に、または、その後、前記アニーリング工程において、ニッケルおよびモリブデンを含み、場合によりコバルトをさらに含む拡散層を形成し、ここで、前記ニッケルは、前記ニッケルまたはニッケル系層に由来し、前記コバルトは、任意のコバルト層に由来し、前記モリブデンは、前記酸化モリブデン層に由来する、前記方法により実現される。
【0010】
拡散層は、ニッケルおよびモリブデンを含み、場合によりコバルトをさらに含む。拡散層中には、その他の成分(例えば、リン酸塩(phosphate))が存在してもよい。
【0011】
金属基板は、鋼(例えば、(低)炭素鋼またはステンレス鋼)のコイル状のストリップ(coiled strip)の形態、または、アルミニウムまたは最終製品の用途に適した化学組成を有するアルミニウム合金のコイル状のストリップの形態で提供されてもよく、金属基板には、ニッケル層、または、ニッケル系(nickel-based)層が設けられ、場合により、ニッケルまたはニッケル系層の上にコバルト層が設けられ、それにより、めっき基板が形成される。ニッケル層は、例えば、ワット(Watts)ニッケルめっき浴中で、基板上に堆積(deposit)させることができる。ニッケル系層は、主として(predominantly)ニッケルからなるが、ニッケルのみからなるわけではない層である。したがって、ニッケル合金層は、ニッケル系層と見なされる。別段規定される場合を除き、用語「ニッケル層」は、以下、「ニッケル系層」を包含することが意図される。ニッケル層により呈される腐食保護(corrosion protection)は、ニッケル層中の細孔(pores)の存在の結果、ある種の用途には不十分であるかもしれない。コバルト層は、ニッケルめっきされた基板(nickel plated substrate)の耐食性を向上させるために使用される。めっき基板は、次いで、電気めっきデバイス中で前記水溶液に供され、そこでは、めっき基板はカソードとして機能し、酸化モリブデン層が設けられる。酸化モリブデン層中の酸化モリブデンは、次いで、還元アニーリング工程において、モリブデン金属に還元され、還元アニーリング工程の間の高温の結果、モリブデンは、ニッケルおよび/またはコバルト層中に拡散し、それにより、ニッケルおよびモリブデンを含み、場合によりコバルトをさらに含む拡散層が形成される。したがって、還元アニーリング工程は、拡散アニーリング工程でもある。これが、好ましい態様である。しかしながら、必要な場合には、アニーリング工程は、酸化モリブデンの還元が完了した後、拡散をさらに促進するために、延長されてもよい。好ましくは、還元性雰囲気は、水素含有雰囲気(例えば、実質的に純粋な水素またはHNX)である。
【0012】
本発明者らは、ニッケルおよびモリブデンを含み、場合によりコバルトをさらに含む拡散層が、無孔性(pore free)であり、基板の優れた保護を実現することを見出した。ニッケルまたはニッケル合金層中の細孔は、存在する場合には、本発明の方法の使用の結果、封止(closed)される。
【0013】
還元アニーリング工程の後、原理的には、全ての酸化モリブデンが、モリブデン金属に還元されることに留意すべきである。しかしながら、アニーリングされたストリップの周囲雰囲気(ambient atmosphere)への曝露の後、最外表面は再度酸化されてもよい。150nmの厚みの拡散層上には、20〜30nmの厚みの酸化物層が存在してもよい。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】
図1は、本発明による方法の実施の非限定的な例を示す図である。
【
図2】
図2は、ニッケル層上に酸化モリブデンを堆積させた後の表面のGDOES測定を示す図である。
【
図3】
図3は、
図2の層をアニーリングした後の表面のGDOES測定を示す図である。
【
図4】
図4は、コバルト電気めっきのための電解質および操作条件を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
一実施形態において、モリブデン塩は、モリブデン酸アンモニウム((NH
4)
6MO
7O
24)である。カチオンとしてのアンモニウムの使用の利点は、それが熱処理の間に分解することである。その他のモリブデン塩は、表面への堆積(deposit)を生じるであろう。例えば、モリブデン酸ナトリウムは、表面におけるナトリウムの存在を生じ、それにより、望ましくないアルカリ腐食反応を生じるであろう。
【0016】
一実施形態において、リン酸塩は、リン酸二水素ナトリウム(NaH
2PO
4)である。これは、電解質中での電導度塩(conducting salt)および緩衝塩(buffer salt)の両方として機能する。緩衝液(buffer)は、電解質の正しいpH値が維持されることを保証する。リン酸二水素カリウム(KH
2PO
4)は、技術的にも、単独でまたはNaH
2PO
4との混合物として使用することができるが、KH
2PO
4は現在高価となっており、したがって経済的には魅力的でない。
【0017】
本発明のさらなる実施形態において、基板上に設けられたニッケル層(またはニッケル系層)は、0.5〜5μmの厚みを有する。この厚みの範囲は、効果的な還元アニーリングの後、拡散層の十分な厚みを実現する。ニッケルまたはニッケル系層に由来するニッケルと、場合により任意のコバルト層に由来するコバルトと、還元された酸化モリブデン層に由来するモリブデンとを含む拡散層は、10〜200nmの厚みを有することが好ましい。好ましい最小厚みは20nmであり、好ましい最大厚みは150nmである。好ましくは、拡散層の厚みは、50〜100nmである。
【0018】
一実施形態において、
・ニッケルめっきされた基板上に酸化モリブデン層を電着するための水溶液の温度は、40℃〜75℃であり、かつ/または、
・ニッケルめっきされた基板上に酸化モリブデン層を電着するためのめっき時間は、5〜30秒であり、かつ/または、
・ニッケルめっきされた基板上に酸化モリブデン層を電着するための電流密度は、2〜25A/dm
2であり、かつ/または、
・アニーリング工程の間の最大アニーリング温度は、500〜1050℃であり、かつ/または、
・アニーリング時間は、バッチアニーリングプロセス(batch annealing process)の場合は6〜10時間であり、連続アニーリングプロセス(continuous annealing process)の場合は10〜120秒である。
これらの特徴は、独立しており、別々にまたは組み合わせて適用することができる。
【0019】
好ましくは、水溶液の温度は、51℃以上および/または69℃以下である。めっき時間は20秒以下であることが好ましい一方、酸化モリブデン層の電着のための電流密度は6A/dm
2以上および/または22A/dm
2以下であることが好ましい。さらに好ましくは、水溶液の温度は、55℃以上および/または65℃以下である。
【0020】
一実施形態において、
・ニッケルめっきされた基板上にコバルト層を電着するためのめっき時間は、5〜40秒であり、かつ/または、
・ニッケルめっきされた基板上にコバルト層を電着するための電流密度は、2〜25A/dm
2である。
コバルト層のためのめっき浴は、塩化物系コバルトめっき浴である。ASM Specialty Handbook, J.R. Davis編, ASM International, 2000, 「ニッケル、コバルトおよびそれらの合金」の第354頁の表10を参照のこと(
図4参照)。
【0021】
アニーリング工程の間の最大アニーリング温度に関しては、基板に依存して区別することができる。低炭素鋼基板の場合、最大アニーリング温度は700℃、好ましくは650℃、さらに好ましくは600℃であり、これにより、鋼基板の特性に大き過ぎる影響が及ぶことを防止できることが判明した。ステンレス鋼基板の場合、最大アニーリング温度は900℃、好ましくは850℃、さらに好ましくは800℃であり、これにより、鋼基板の特性に大き過ぎる影響が及ぶことを防止することができる。低炭素(LC)鋼基板およびステンレス鋼基板の両方に関して、アニーリング温度の下限は、主として、アニーリング設備のレイアウトおよびプロセスの経済性によってコントロールされる。温度が低いほど、所望の厚みのNi−Mo拡散層が形成するまでの時間が長くなる。
【0022】
アルミニウムまたはアルミニウム合金基板の場合、許容温度はより低い。そのような基板の場合、最大アニーリング温度は、合金に依存するが、500℃以下、好ましくは450℃以下であり、これにより、基板の特性に大き過ぎる影響が及ぶことを防止することができる。好適な温度は、単純な試行錯誤によって容易に決定することができる。温度が低いほど、必要な拡散時間が増加する。
【0023】
バッチアニーリングプロセスにおけるアニーリング時間は、6〜10時間、好ましくは8.5時間以下、さらに好ましくは7.5時間以下である。連続アニーリングプロセスの場合、アニーリング時間は120秒以下、好ましくは95秒以下、さらに好ましくは75秒以下、さらに一層好ましくは40秒以下である。好適な最小連続アニーリング温度は5s、好ましくは少なくとも10sである。アニーリング時間とアニーリング温度との間には、ある程度の互換性がある。バッチアニーリング炉における8.5時間のアニーリング時間に言及する場合、これは、(コイル状の)材料のコールドスポット(cold spot)が8.5時間で設定温度に達し、その後、冷却が始まることを意味することが意図されることに留意すべきである。したがって、加熱および冷却の全サイクルは、8.5時間よりかなり長く、その値の2倍を超えることがあり得る。
【0024】
一実施形態において、めっき基板上に酸化モリブデン層を電着するための水溶液は、
・10〜50g/Lの(NH
4)
6MO
7O
24、および/または、
・20〜80g/LのNaH
2PO
4
を含む。
【0025】
この組成は、酸化モリブデン層を効果的かつ再現可能に堆積(deposit)させる。なお、30g/Lの(NH
4)
6Mo
7O
24は0.024mol/Lに相当し、50g/LのNaH
2PO
4は0.42mol/Lに相当する。
【0026】
好ましい実施形態において、堆積された酸化モリブデン層の厚みは、100nm以下、好ましくは75nm以下、さらに好ましくは50nm以下、さらに一層好ましくは40nm以下である。好ましくは、最小厚みは、少なくとも10nmである。
【0027】
一実施形態において、水溶液のpHは、4.5以上および/または6以下である。好ましくは、そのpHは、5.25以上および/または5.75以下である。
【0028】
好ましい実施形態において、酸化モリブデン層を堆積させるためのカソード電流密度は、12.5A/dm
2以上、好ましくは15A/dm
2以上である。
【0029】
好ましくは、鋼基板は炭素鋼、好ましくは低炭素鋼、超低炭素鋼またはHSLA鋼である。これらの非合金(LCおよびELC)またはミクロ合金(HSLA)鋼は、比較的安価な基板であり、良好な強度および成形性を提供する。鋼は、鋳造、熱間圧延および冷間圧延等の一般的に知られている方法によって製造される。低炭素鋼は、典型的には、0.05〜0.15重量%のCを含み、超低炭素鋼は、典型的には、0.02〜0.05重量%のCを含む。依然として非合金鋼と見なされるために、ある元素がどの程度存在してもよいかを規定するEN10020−2000に従って、炭素に加えて他の元素が存在してもよい。高強度低合金(HSLA)鋼(別名 マイクロ合金鋼)は、炭素鋼よりも優れた機械的特性および/または大気腐食に対する優れた耐性を提供するように設計されている。HSLA鋼は、十分な成形性および溶接性を実現するために、炭素含有量が低く(0.05〜0.15%のC)、マンガン含有量が最大2.0%である。少量のクロム、ニッケル、モリブデン、銅、窒素、バナジウム、ニオブ、チタンおよびジルコニウムが、所望の特性を達成するために、様々な組み合わせで使用される。鋼基板は、最終的な厚みが通常0.15〜1.5mmとなるように冷間圧延されていることが好ましく、冷間圧延された鋼基板は、本発明に従ってニッケル層および任意のコバルト層を堆積させる前に、再結晶化または回復アニーリング(recovery annealed)されてもよいし、されなくてもよい。鋼基板は、好ましくは、コイル状のストリップ(coiled strip)の形態で供給される。
【0030】
本発明の一実施形態において、鋼基板は、一般的にオーステナイト系ステンレス鋼グレードよりも優れた工学的特性を有すると考えられる、SAE400シリーズ等のフェライト系ステンレス鋼であるが、クロムおよびニッケル含有量がより低いことから、低減した耐食性を有する。また、それらは、通常、より安価である。フェライト系ステンレス鋼は、体心立方構造の結晶構造を有し、10.5%〜27%のクロムを含み、存在するとしてもニッケルをほとんど含まない。非限定的な例では、鋼SAE430(1.4016)は、本発明の方法に有用な基板であることが判明した。ステンレス鋼基板は、最終的な厚みが通常0.15〜1.5mmとなるように、冷間圧延されていることが好ましく、冷間圧延された鋼基板は、本発明に従ってニッケル層および任意のコバルト層を堆積させる前に、再結晶化または回復アニーリングされていてもよいし、されていなくてもよい。ステンレス鋼基板は、好ましくは、コイル状のストリップ(coiled strip)の形態で供給される。
【0031】
また、本発明の方法のための基板は、アルミニウムまたはアルミニウム合金基板であってもよい。
【0032】
一実施形態において、ニッケルまたはニッケル系層に由来するニッケルと、酸化モリブデン層に由来するモリブデンとを含む拡散層は、さらに、リン(phosphor)、好ましくは5〜15重量%、より好ましくは6〜13重量%のリン(phosphor)を含む。好適な最大含有量は、10重量%である。好適な最小含有量は、7重量%である。リンの酸化状態は、正確には分かっていないが、リンは、電解質中のリン酸塩に由来すると考えられている。それは、依然として層中にリン酸塩として存在していてもよい。その存在は、層の腐食保護に寄与すると考えられる。
【0033】
第2の態様によれば、本発明は、本発明に従って製造された、ニッケルおよびモリブデンを含み、場合によりコバルトをさらに含む拡散層が設けられた耐腐食性金属基板において具体化され、拡散層(すなわち、Ni−Mo−またはNi−Mo−Co−拡散層)は、10〜200nmの厚みを有する。好ましい最小厚みは20nmであり、好ましい最大厚みは150nmである。好ましくは、Ni−Mo−拡散層の厚みは50〜100nmである。この厚みは、例えば、GDOESによって決定することができる。層の厚みは、Mo曲線の半値を(表面効果を無視して)位置決定することによって決定される。
図2における厚み(アニーリング前)は、60nmのNiMo層の厚みをもたらし、
図3では、80nmのMo合金層をもたらす。なお、
図3は、
図3のMoシグナルのテール(tail)が、ニッケル層へのMoの拡散の結果として、
図2よりもはるかに顕著であることを示す。
【0034】
第3の態様によれば、本発明は、本発明に従って金属基板から製造された、排気システムまたは排気システム用の部品において具体化される。本発明の別の実施形態において、本発明による金属基板は、例えば、内燃機関用の燃料ラインに使用される。
【実施例】
【0035】
本発明は、以下の非限定的な実施例によってさらに説明される。
【0036】
30g/Lの(NH
4)
6M
O7O
24(0.024mol/L)および50g/LのNaH
2PO
4(0.42mol/L)からなる、pH5.5の水溶液を調製し、60℃に維持した。酸化モリブデン層を、20A/dm
2の電流密度ならびに15および10秒のめっき時間を使用して、2μmの艶消し(matt)ニッケルめっき低炭素鋼上に堆積させた。次いで、この材料をバッチアニーリング炉において還元性水素雰囲気中で7.3時間アニーリングした。得られたNi−Mo−拡散層は、コーティングされた基板の表面に約150nmの厚みを有する。その後、これらの材料を5%NaClおよび35℃においてISO9227:2012に従って塩スプレー試験(NSS)により試験したところ、めっき時間が10秒である層の腐食保護は、最大21時間であった(Ni層、両側2μm)。また、Ni−Mo−拡散層の細孔(pores)の数が大幅に減少した。細孔は、ASTM A380におけるフェロキシル試験に記載されているように、水溶液に供されたサンプルを目視して決定した。サンプルの評価は定性的な評価であるが、排気用途等の腐食条件下での性能を十分に示すものである。
【0037】
上記条件を使用した実験は、めっき時間に堆積したMoの量に依存する以下の線形性を生じる(アニーリング後に、HCI(1:1)中の基板の層の溶解後の原子吸光分光法を使用して測定した)。
【0038】
【表1】
【0039】
図1は、本発明による方法の実施の非限定的な例を示す。熱間圧延された出発製品を酸洗してストリップから酸化物を除去し、表面を洗浄する。酸洗後、ストリップを冷間圧延する。めっき工程において、様々な層が電着される。アニーリング工程において、拡散アニーリングが行われる。冷間圧延は、冷間圧延されたコイルを、冷間圧延されたコイルのサプライヤから購入するときに、他の場所で行われることが明らかである。
【0040】
図2は、ニッケル層上に酸化モリブデンを堆積させた後の表面のGDOES測定を示す。X軸は厚さ(nm)を示し、Y軸は濃度(重量%)を示す。なお、炭素および硫黄の値は、実際には、提示されている値の
1/10である。ニッケル層の上に酸化モリブデン層がはっきりと見える。ニッケル層は2μm(すなわち2000nm)であるのに対し、酸化モリブデン層は約60nmである。
【0041】
図3は、
図2の層をアニーリングした後の表面のGDOES測定を示す。なお、炭素および硫黄の値は、実際には、提示されている値の
1/10である。ニッケル層の上の明らかに識別可能な酸化モリブデン層は消滅しており、ニッケルおよびモリブデンを含む拡散層が現われている。表面層には、依然としてある程度の酸素が存在するが、これは、表面であれば再酸化に関連するとともに、リン酸塩の存在に関連するが、金属モリブデンに還元された酸化モリブデンには関連しないと考えられる。