特許第6880235号(P6880235)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2015.5.11 β版

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特許6880235鉄道車両用ブレーキライニング、これを用いた鉄道車両用ディスクブレーキシステム、及び、鉄道車両用ブレーキライニングに用いられる焼結摩擦材
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6880235
(24)【登録日】2021年5月7日
(45)【発行日】2021年6月2日
(54)【発明の名称】鉄道車両用ブレーキライニング、これを用いた鉄道車両用ディスクブレーキシステム、及び、鉄道車両用ブレーキライニングに用いられる焼結摩擦材
(51)【国際特許分類】
   F16D 65/092 20060101AFI20210524BHJP
   F16D 69/02 20060101ALI20210524BHJP
   F16D 55/2255 20060101ALI20210524BHJP
   C09K 3/14 20060101ALI20210524BHJP
【FI】
   F16D65/092 C
   F16D69/02 D
   F16D55/2255 103F
   C09K3/14 520L
【請求項の数】6
【全頁数】19
(21)【出願番号】特願2019-559226(P2019-559226)
(86)(22)【出願日】2018年12月14日
(86)【国際出願番号】JP2018046112
(87)【国際公開番号】WO2019117289
(87)【国際公開日】20190620
【審査請求日】2020年5月27日
(31)【優先権主張番号】特願2017-240843(P2017-240843)
(32)【優先日】2017年12月15日
(33)【優先権主張国】JP
(31)【優先権主張番号】特願2018-223162(P2018-223162)
(32)【優先日】2018年11月29日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000220435
【氏名又は名称】株式会社ファインシンター
(74)【代理人】
【識別番号】110001553
【氏名又は名称】アセンド特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】藤本 隆裕
(72)【発明者】
【氏名】久保田 学
(72)【発明者】
【氏名】加藤 孝憲
(72)【発明者】
【氏名】坂口 篤司
(72)【発明者】
【氏名】宮部 成央
(72)【発明者】
【氏名】中野 武
(72)【発明者】
【氏名】岡平 季丈
(72)【発明者】
【氏名】島添 功
【審査官】 山田 康孝
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2017/159465(WO,A1)
【文献】 特開2004−131634(JP,A)
【文献】 特開平10−287941(JP,A)
【文献】 特開2017−198226(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16D 49/00−71/04
C09K 3/14
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉄道車両用ディスクブレーキシステムに用いられる鉄道車両用ブレーキライニングであって、
基板と、
複数の粉末粒子が焼結されている焼結摩擦材と、
前記基板と前記焼結摩擦材との間に配置され、前記焼結摩擦材を支持する摩擦材支持機構とを備え、
前記焼結摩擦材のヤング率は35.0GPa以上である、
鉄道車両用ブレーキライニング。
【請求項2】
請求項1に記載の鉄道車両用ブレーキライニングであって、
前記焼結摩擦材は、質量%で40.00%以上のCuを含有し、
前記焼結摩擦材の気孔率は12.0%以下である、
鉄道車両用ブレーキライニング。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載の鉄道車両用ブレーキライニングであって、
前記焼結摩擦材のヤング率は100.0GPa以下である、
鉄道車両用ブレーキライニング。
【請求項4】
請求項1〜請求項3のいずれか1項に記載の鉄道車両用ブレーキライニングであって、
前記摩擦材支持機構は、
前記基板と前記焼結摩擦材との間に配置される弾性部材を含む、
鉄道車両用ブレーキライニング。
【請求項5】
鉄道車両用ディスクブレーキシステムであって、
鉄道車両の車輪又は車軸に取付けられるブレーキディスクと、
鉄道車両の台車に取付けられるブレーキキャリパとを備え、
前記ブレーキキャリパは、
請求項1〜請求項4のいずれか1項に記載の鉄道車両用ブレーキライニングと、
前記鉄道車両用ブレーキライニングが取付けられるキャリパアームと、
前記鉄道車両用ブレーキライニングを前記ブレーキディスクに押付け可能な押付け機構とを備える、
鉄道車両用ディスクブレーキシステム。
【請求項6】
請求項1〜請求項4のいずれか1項に記載の鉄道車両用ブレーキライニングに用いられる、焼結摩擦材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、鉄道車両用ブレーキライニング、これを用いた鉄道車両用ディスクブレーキシステム、及び、鉄道車両用ブレーキライニングに用いられる焼結摩擦材に関する。
【背景技術】
【0002】
新幹線に代表される鉄道車両では、高速化及び大型化が進んでいる。これらの鉄道車両の制動装置の一つとして、ディスクブレーキシステムが採用されている。
【0003】
鉄道車両用ディスクブレーキシステムは、粘着方式の機械ブレーキ装置に分類される。鉄道車両用ディスクブレーキシステムは、ブレーキディスクと、ブレーキキャリパとを備える。ブレーキディスクは、鉄道車両の車輪又は車軸に取付けられる。ブレーキキャリパは、走り装置である台車に取付けられる。ブレーキキャリパは、ブレーキライニングと、ブレーキライニングが取付けられるキャリパアームと、キャリパアームを動かしてブレーキライニングをブレーキディスクに押付ける空圧又は油圧の押付け機構とを備える。制動時、押付け機構により、ブレーキライニングをブレーキディスクの摺動面に押し付ける。このとき、鉄道車両用ディスクブレーキシステムは、ブレーキディスクとブレーキライニングとの間に生じる摩擦力により、車輪又は車軸の回転を制動し,鉄道車両を減速させたり、停止させたりする。
【0004】
ブレーキライニングは、ブレーキキャリパのキャリパアームに取付け可能な基板と、摩擦材と、摩擦材支持機構とを含む。摩擦材支持機構は、基板と摩擦材との間に配置され、摩擦材を支持する。摩擦材支持機構はたとえば、皿ばねに代表される弾性部材を含んでもよい。ブレーキライニング中の摩擦材支持機構は、摩擦材を基板の板厚方向に移動可能に支持する。そのため、制動時において、ブレーキディスクの凹凸に応じて摩擦材を基板の板厚方向に可動させることができ、摩擦材のブレーキディスクに対する接触面積を大きくすることができる。そのため、制動時における摩擦材の接触圧分布を均一にしやすい。その結果、ブレーキディスクの温度分布を均一にすることができ、さらに、摩擦材の偏摩耗も抑制できる。
【0005】
ところで、摩擦材支持機構を含むブレーキライニングでは、制動時において、「ブレーキ鳴き」と呼ばれる騒音が発生しやすい。ブレーキ鳴きは、ブレーキディスクとブレーキライニングとの間に生じる摩擦力により、鉄道車両用ディスクブレーキシステム全体に自励振動が生じることにより発生すると考えられている。自励振動とは、外部からの定常的(非振動的)なエネルギーを系の内部で加振エネルギーに変換して、自身を加振することで振動の振幅が大きくなる現象である。
【0006】
摩擦材支持機構を含むブレーキライニングのブレーキ鳴きを抑制する技術が特開2011−214629号公報(特許文献1)、特開2015−218808号公報(特許文献2)、及び、特開2014−122313号公報(特許文献3)に提案されている。
【0007】
特許文献1の技術は、摩擦部材の支持機構の剛性を「支持剛性」と定義し、この支持剛性を制御することにより、ブレーキ鳴きを低減する。具体的には、特許文献1に開示されている鉄道車両用ブレーキライニングは、摩擦部材と、摩擦部材を支持する基板とを含む。そして、このブレーキライニングを台車に配置した状態における、ブレーキライニングの鉛直方向中心線H部に存在する摩擦部材の支持剛性よりも、中心線H部以外の部分の摩擦部材の支持剛性を大きくする。
【0008】
特許文献2の技術は、摩擦材にダンピング(減衰能)を付与することにより、ブレーキ鳴きを低減する。具体的には、特許文献2に開示されているライニング用摩擦材は、ポリテトラフルオロエチレン及びアクリルゴム変性フェノール樹脂を含む。
【0009】
特許文献3の技術は、摩擦材の摩擦係数を安定化することにより、ブレーキ鳴きを低減する。具体的には、特許文献3に開示されている摩擦材は、繊維基材、摩擦調整材及び結合材を含み、さらに、2種以上の非ウィスカー状チタン酸化合物を含有する。2種以上の非ウィスカー状チタン酸化合物は、非ウィスカー状チタン酸リチウムカリウムを少なくとも含み、銅成分を含まない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2011−214629号公報
【特許文献2】特開2015−218808号公報
【特許文献3】特開2014−122313号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】日本機械学会論文集A編 第71巻709号 論文No.03−1224
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
上述のとおり、特許文献1では摩擦部材の支持機構の剛性(支持剛性)を制御してブレーキ鳴きを抑制する。また、特許文献2では摩擦材にダンピング機能を付与してブレーキ鳴きを抑制する。特許文献3では摩擦材の摩擦係数を安定化することによりブレーキ鳴きを抑制する。しかしながら、鉄道車両用ディスクブレーキシステムにおけるブレーキ鳴きを抑制する方法は上記に限らず他の方法でもよい。
【0013】
本開示の目的は、鉄道車両の制動時において、ブレーキ鳴きを抑制可能な鉄道車両用ブレーキライニング、その鉄道車両用ブレーキライニングを用いた鉄道車両用ディスクブレーキシステム、及び、鉄道車両用ブレーキライニングに用いられる焼結摩擦材を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本開示による鉄道車両用ブレーキライニングは、鉄道車両用ディスクブレーキシステムに用いられる鉄道車両用ブレーキライニングであって、
基板と、
複数の粉末粒子が焼結されている焼結摩擦材と、
前記基板と前記焼結摩擦材との間に配置され、前記焼結摩擦材を支持する摩擦材支持機構とを備え、
前記焼結摩擦材のヤング率は35.0GPa以上である。
【0015】
本開示による鉄道車両用ディスクブレーキシステムは、
前記鉄道車両の車輪又は車軸に取付けられるブレーキディスクと、
前記鉄道車両の台車に取付けられるブレーキキャリパとを備え、
前記ブレーキキャリパは、
上述の鉄道車両用ブレーキライニングと、
前記鉄道車両用ブレーキライニングが取付けられるキャリパアームと、
前記鉄道車両用ブレーキライニングを前記ブレーキディスクに押付け可能な押付け機構とを備える。
【0016】
本開示による焼結摩擦材は、鉄道車両用ブレーキライニングに用いられる。
【発明の効果】
【0017】
本開示による鉄道車両用ブレーキライニング、鉄道車両用ブレーキライニングを用いた鉄道車両用ディスクブレーキシステム、及び、鉄道車両用ブレーキライニングに用いられる焼結摩擦材は、鉄道車両の制動時において、ブレーキ鳴きを抑制できる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1図1は、オポーズド式のディスクブレーキシステムを用いたブレーキ鳴き解析結果から得られた、焼結摩擦材のヤング率と、最大鳴き指標との関係を示す図である。
図2図2は、フローティング式のディスクブレーキシステムを用いたブレーキ鳴き解析結果から得られた、焼結摩擦材のヤング率と、最大鳴き指標との関係を示す図である。
図3図3は、本実施形態による鉄道車両用ディスクブレーキシステムの模式図である。
図4A図4Aは、フローティング方式の鉄道車両用ディスクブレーキシステムの模式図である。
図4B図4Bは、フローティング方式の鉄道車両用ディスクブレーキシステムの制動動作を説明するための模式図である。
図5図5は、図4A及び図4Bと異なる、鉄道車両用ディスクブレーキシステムの模式図である。
図6図6は、オポーズド方式の鉄道車両用ディスクブレーキシステムの模式図である。
図7図7は、ブレーキディスク側から鉄道車両用ブレーキライニングを見た場合の鉄道車両用ブレーキライニングの正面図である。
図8図8は、図7中の線分VIII−VIIIでの断面図である。
図9図9は、図7と異なる他の鉄道車両用ブレーキライニングの正面図である。
図10図10は、焼結摩擦材の気孔率とヤング率との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明者らは、初めに、摩擦材支持機構を有する鉄道車両用ブレーキライニングを含む鉄道車両用ディスクブレーキシステムにおいて、ブレーキ鳴きが発生する原因について、調査及び検討を行った。
【0020】
鉄道車両用ディスクブレーキシステムには主として、フローティング方式とオポーズド方式との2種類が存在する。フローティング方式の鉄道車両用ディスクブレーキシステムのブレーキキャリパは、一対のブレーキライニングを支持する一対のキャリパアームの一方に、ブレーキライニングをブレーキディスクに押し付けるための押付け機構を備える。フローティング方式の場合、押付け機構により、一対のキャリパアームの一方に取り付けられたブレーキライニングがブレーキディスクに向かって押し進められ、ブレーキディスクに押付けられる。このときブレーキライニングのブレーキディスクへの押付力に対する反力により、ブレーキキャリパが押付け機構のブレーキライニングの押付け方向と反対方向にスライドする。その結果、一対のブレーキライニングが車輪又は車軸に取り付けられたブレーキディスクを挟んで、制動動作を行う。なお、押付け機構は周知のピストン及び/又はダイヤフラム等を含む。オポーズド方式の鉄道車両用ディスクブレーキシステムのブレーキキャリパは、一対のブレーキライニングを支持する一対のキャリパアームの両方に、押付け機構を備える。鉄道車両用ディスクブレーキシステムには、フローティング方式もオポーズド方式も利用される。そのため、フローティング方式及びオポーズド方式のいずれの方式においても、ブレーキ鳴きが抑制できる方が好ましい。
【0021】
本発明者らは、鉄道車両用ディスクブレーキシステムの構成のうち、フローティング方式及びオポーズド方式のいずれの方式にも適用される構成である、焼結摩擦材に注目した。そして、本発明者らは、焼結摩擦材の機械的特性によりブレーキ鳴きを抑制することができれば、いずれの方式のブレーキキャリパを備える鉄道車両用ディスクブレーキシステムであっても、ブレーキ鳴きを抑制できると考えた。
【0022】
ところで、鉄道車両用ディスクブレーキシステムが用いられる高速鉄道車両は、260km/時以上の高速域で走行する場合がある。このような高速域において鉄道車両をディスクブレーキシステムにより制動する場合、ブレーキディスクとブレーキライニングの焼結摩擦材との間の摩擦係数は、制動開始時の鉄道車両の速度によって変化する。260km/時以上の高速域でも走行する場合がある高速鉄道車両の場合、ブレーキディスクとブレーキライニングの焼結摩擦材との間の摩擦係数は、走行時の速度に応じて、0.2〜0.6と広範囲に変化する。したがって、鉄道車両に適用されるディスクブレーキシステムのブレーキライニングでは、0.2〜0.6の範囲の摩擦係数において、ブレーキ鳴きを抑制できることが望まれる。
【0023】
そこで、本発明者らは、260km/時以上の高速域で走行する可能性のある、鉄道車両用ディスクブレーキシステムのブレーキライニングに用いられる焼結摩擦材において、0.2〜0.6の範囲の摩擦係数での機械的特性と、ブレーキ鳴きとの関係について調査及び検討を行った。その結果、焼結摩擦材の種々の機械的特性のうち、ヤング率がブレーキ鳴きと負の相関を示すことが判明した。そこで、本発明者らがヤング率とブレーキ鳴きとの関係をさらに詳細に検討した結果、焼結摩擦材において、ヤング率を35.0GPa以上とすれば、0.2〜0.6の範囲の摩擦係数において、ブレーキ鳴きが十分に抑制できることを初めて見出した。以下、この点について詳述する。
【0024】
図1は、オポーズド式のディスクブレーキシステムを用いたブレーキ鳴き解析により得られた、焼結摩擦材のヤング率(GPa)と、最大鳴き指標との関係を示す図である。図2は、フローティング式のディスクブレーキシステムを用いたブレーキ鳴き解析により得られた、焼結摩擦材のヤング率(GPa)と、最大鳴き指標との関係を示す図である。図1及び図2は、有限要素法(FEM)による複素固有値解析により得られた。ここで、最大鳴き指標は次の方法で定義した。有限要素法(FEM)による複素固有値解析において、焼結摩擦材のヤング率を変更して複素固有値解析を実施することにより、固有振動数と減衰比とが得られる。得られた減衰比が負であれば、不安定モードと判断する。不安定モードにおける減衰比の絶対値の1/3オクターブバンド周波数ごとにおける和を、「鳴き指標」と定義する。求めた鳴き指標のうち、最大の鳴き指標を、「最大鳴き指標」と定義する。
【0025】
本発明者らは、FEMによる複素固有値解析と実験とを積み重ねた結果、最大鳴き指標を目標値(2.0)以下に低下させれば、ブレーキ鳴きを十分に抑制できていると判断した。
【0026】
図1及び図2の上部に記載の各マーク横に記載された数値は、対応するマークでの摩擦係数である。図1及び図2を参照して、いずれの方式(図1:オポーズド方式、図2:フローティング方式)においても、摩擦係数が0.2〜0.6の範囲において、焼結摩擦材のヤング率が35.0GPa以上であれば、最大鳴き指標が2.0以下になり、ブレーキ鳴きを十分に抑制できた。したがって、焼結摩擦材のヤング率が35.0GPa以上であれば、摩擦材支持機構を有する鉄道車両用ブレーキライニングにおいて、鉄道車両の制動中に、ブレーキ鳴きを十分に抑制できる。
【0027】
なお、0.2〜0.6の範囲の摩擦係数において、焼結摩擦材のヤング率が100.0GPaまでは、焼結摩擦材のヤング率を大きくするに従い、最大鳴き指標が単調減少する。一方、ヤング率が100.0GPaを超えれば、それ以上ヤング率を大きくしても、最大鳴き指標はそれほど低下せず、特に摩擦係数が高い場合(摩擦係数が0.5、0.6等)、最大鳴き指標がほぼ一定となる。つまり、焼結摩擦材のヤング率と最大鳴き指標との関係に於いては、ヤング率=100.0GPa近傍に変曲点が存在する。このため、焼結摩擦材におけるCu含有量が40.0%以上である場合、焼結摩擦材のヤング率の好ましい上限は100.0GPaである。
【0028】
焼結摩擦材のヤング率を大きくすることでブレーキ鳴きが抑制できるメカニズムは以下のように考えられる。
【0029】
鉄道車両の制動時に発生する自励振動は、ブレーキディスクと焼結摩擦材との接触状態において、焼結摩擦材の押し付け方向における振動と、ブレーキディスクと焼結摩擦材との摺動方向における振動とが連成することにより発生すると考えられる。焼結摩擦材のヤング率を大きくした場合、押し付け方向の振動と摺動方向の振動とが連成しにくくなるため、自励振動が起こりにくくなると考えられる。
【0030】
以上の検討結果に基づいて、本発明者らは、鉄道車両用ブレーキライニングにおいて、焼結摩擦材のヤング率を35.0GPa以上とすることで、鉄道車両の制動時におけるブレーキ鳴きを抑制するという、従前とは異なる技術思想に基づいて、本発明を完成させた。
【0031】
以上の知見に基づいて完成した本実施形態による鉄道車両用ブレーキライニングは、次の構成を備える。
【0032】
[1]の鉄道車両用ブレーキライニングは、鉄道車両用ディスクブレーキシステムに用いられる鉄道車両用ブレーキライニングであって、
基板と、
複数の粉末粒子が焼結されている焼結摩擦材と、
前記基板と前記焼結摩擦材との間に配置され、前記焼結摩擦材を支持する摩擦材支持機構とを備え、
前記焼結摩擦材のヤング率は35.0GPa以上である。
【0033】
[1]の鉄道車両用ブレーキライニングは、フローティング式の鉄道車両用ディスクブレーキシステムに用いられてもよいし、オポーズド式の鉄道車両用ディスクブレーキシステムに用いられてもよい。本実施形態の鉄道車両用ブレーキライニングでは、焼結摩擦材のヤング率が35.0GPa以上である。そのため、走行速度が260km/時以上の高速域での走行が想定されている鉄道車両に本実施形態の鉄道車両用ブレーキライニングが適用された場合であっても、摩擦係数が0.2〜0.6の広範囲において、ブレーキ鳴きを抑制できる。
【0034】
[2]の鉄道車両用ブレーキライニングは、[1]に記載の鉄道車両用ブレーキライニングであって、
前記焼結摩擦材は、質量%で40.00%以上のCuを含有し、
前記焼結摩擦材の気孔率は12.0%以下である。
【0035】
[3]の鉄道車両用ブレーキライニングは、[1]又は[2]に記載の鉄道車両用ブレーキライニングであって、
前記焼結摩擦材のヤング率は100.0GPa以下である。
【0036】
[4]の鉄道車両用ブレーキライニングは、[1]〜[3]のいずれか1項に記載の鉄道車両用ブレーキライニングであって、
前記摩擦材支持機構は、
前記基板と前記焼結摩擦材との間に配置される弾性部材を含む。
【0037】
ここで、弾性部材はたとえば、ばね、樹脂等である。ばねはたとえば、皿ばね、板ばね、線ばね等である。樹脂はたとえば天然ゴム、合成ゴム等である。
【0038】
[5]の鉄道車両用ディスクブレーキシステムは、
前記鉄道車両の車輪又は車軸に取付けられるブレーキディスクと、
前記鉄道車両の台車に取付けられるブレーキキャリパとを備え、
前記ブレーキキャリパは、
上記[1]〜[4]のいずれか1項に記載の鉄道車両用ブレーキライニングと、
前記鉄道車両用ブレーキライニングが取付けられるキャリパアームと、
前記鉄道車両用ブレーキライニングを前記ブレーキディスクに押付け可能な押付け機構とを備える。
【0039】
本実施形態の鉄道車両用ディスクブレーキシステムは、フローティング式の鉄道車両用ディスクブレーキシステムであってもよいし、オポーズド式の鉄道車両用ディスクブレーキシステムであってもよい。フローティング式及びオポーズド式のいずれの鉄道車両用ディスクブレーキシステムも、上述のブレーキディスクと、ブレーキキャリパとを備える。本実施形態の鉄道車両用ディスクブレーキシステムでは、焼結摩擦材のヤング率が35.0GPa以上である。そのため、走行速度が260km/時以上の高速域での走行が想定されている鉄道車両に本実施形態の鉄道車両用ブレーキライニングが適用された場合であっても、摩擦係数が0.2〜0.6の広範囲において、ブレーキ鳴きを抑制できる。
【0040】
[6]の焼結摩擦材は、上述の[1]〜[4]のいずれか1項に記載の鉄道車両用ブレーキライニングに使用される。
【0041】
以下、本実施形態による鉄道車両用ブレーキライニング、これを用いた鉄道車両用ディスクブレーキシステム、及び、鉄道車両用ブレーキライニングに用いられる焼結摩擦材について説明する。
【0042】
[鉄道車両用ディスクブレーキシステム及び鉄道車両用ブレーキライニングの構成]
[鉄道車両用ディスクブレーキシステム]
図3は、本実施形態による鉄道車両用ディスクブレーキシステムの模式図である。図3を参照して、鉄道車両のディスクブレーキシステムは、ディスクブレーキ装置であって、ブレーキディスク201と、ブレーキキャリパ202とを備える。ブレーキディスク201は、鉄道車両の車輪又は車軸(後述)に取付けられる。ブレーキキャリパ202は、走り装置である台車(後述)に取付けられる。ブレーキキャリパ202は、ブレーキライニング10と、ブレーキライニング10が取付けられるキャリパアーム203と、押付け機構204とを備える。押付け機構204は、制動時において、ブレーキライニング10をブレーキディスク201に押付ける。押付け機構204はたとえば、ピストン及び/又はダイヤフラムである。押付け機構204は、空圧式であってもよいし、油圧式であってもよい。押付け機構204がブレーキライニング10をブレーキディスク201に押付け、ブレーキライニング10とブレーキディスク201との間に摩擦力を生じさせ、車輪又は車軸の回転を抑制して鉄道車両を制動する。本実施形態の鉄道車両用ディスクブレーキシステムは、オポーズド方式であってもよいし、フローティング方式であってもよい。
【0043】
図4Aは、フローティング方式の鉄道車両用ディスクブレーキシステムの模式図である。図4Aを参照して、フローティング方式の鉄道車両用ディスクブレーキシステムは、図3と同様に、ブレーキディスク201(201A及び201B)と、ブレーキキャリパ202とを備える。図4Aでは、一対のブレーキディスク201A及び201Bの間に車輪300が配置されている。ブレーキディスク201A及び201Bは車輪300に固定されている。ブレーキキャリパ202は、走り装置である台車400に取り付けられている。具体的には、フローティング方式の鉄道車両用ディスクブレーキシステムのブレーキキャリパ202は、車輪300の厚さ方向(車輪300の径方向と垂直な方向)にスライド可能に台車400に取り付けられている。
【0044】
ブレーキキャリパ202は、一対のキャリパアーム203A及び203Bと、押付け機構204と、一対のブレーキライニング10とを備える。キャリパアーム203A及び203Bの各々は、ブレーキライニング10を備える。キャリパアーム203Aに取り付けられたブレーキライニング10は、車輪300に取り付けられたブレーキディスク201Aと対向して配置されている。キャリパアーム203Bに取り付けられたブレーキライニング10は、車輪に取り付けられたブレーキディスク201Bと対向して配置されている。押付け機構204は、キャリパアーム203Aに取り付けられ、キャリパアーム203Aのブレーキライニング10を、ブレーキディスク201Aに押付け可能である。
【0045】
フローティング方式の鉄道車両用ディスクブレーキシステムの制動動作を図4Bに示す。押付け機構204がキャリパアーム203Aのブレーキライニング10を押し進め、車輪300のブレーキディスク201Aに押付ける。このとき、ブレーキライニング10のブレーキディスク201Aへの押付力に対する反力により、一対のキャリパアーム203A及び203Bを含むブレーキキャリパ202が、押付け機構204によるブレーキライニング10の押付け方向と反対方向にスライドする。その結果、一対のブレーキライニング10がブレーキディスク201A及び201Bを車輪300とともに挟み、車輪300を制動する。
【0046】
なお、図4A及び図4Bでは、押付け機構204がキャリパアーム203Aに取付けられ、キャリパアーム203Bに取付けられていない。しかしながら、押付け機構204は、キャリパアーム203Bに取付けられ、キャリパアーム203Aに取付けられていてもよい。また、図4A及び図4Bでは、車輪300にブレーキディスク201(201A及び201B)が取り付けられたフローティング方式の鉄道車両用ディスクブレーキシステムを示す。しかしながら、フローティング方式の鉄道車両用ディスクブレーキシステムでは、図5に示すように、ブレーキディスク201が車軸500に取り付けられていてもよい。この場合、ブレーキディスク201が車軸500と同軸に、車軸500に取り付けられる。
【0047】
図6は、オポーズド方式の鉄道車両用ディスクブレーキシステムの模式図である。図6を参照して、オポーズド方式の鉄道車両用ディスクブレーキシステムは、図3と同様に、ブレーキディスク201(201A及び201B)と、ブレーキキャリパ202とを備える。図6では、一対のブレーキディスク201A及び201Bの間に車輪300が配置されている。ブレーキキャリパ202は、走り装置である台車400に取り付けられている。具体的には、フローティング方式の鉄道車両用ディスクブレーキシステムのブレーキキャリパ202は、台車400に固定されている。
【0048】
ブレーキキャリパ202は、一対のキャリパアーム203A及び203Bと、一対の押付け機構204と、一対のブレーキライニング10とを備える。キャリパアーム203A及び203Bの各々は、ブレーキライニング10を備える。キャリパアーム203Aに取り付けられたブレーキライニング10は、車輪300に取り付けられたブレーキディスク201Aと対向して配置されている。キャリパアーム203Bに取り付けられたブレーキライニング10は、車輪300に取り付けられたブレーキディスク201Bと対向して配置されている。
【0049】
オポーズド方式の鉄道車両用ディスクブレーキシステムではさらに、各キャリパアーム203A及び203Bに、押付け機構204が取付けられる。キャリパアーム203Aに取付けられた押付け機構204は、キャリパアーム203Aのブレーキライニング10をブレーキディスク201Aに押付け可能である。キャリパアーム203Bに取付けられた押付け機構204は、キャリパアーム203Bのブレーキライニング10をブレーキディスク201Bに押付け可能である。オポーズド方式の鉄道車両用ディスクブレーキシステムでは、各キャリパアーム203A及び204Bに取付けられた押付け機構204がそれぞれ、対応するブレーキライニング10をブレーキディスク201(201A又は201B)に押付けて車輪300を制動する。
【0050】
要するに、フローティング方式の鉄道車両用ディスクブレーキシステムでは、1つの押付け機構204を用いて制動動作を実施するのに対して、オポーズド方式の鉄道車両用ディスクブレーキシステムでは、2つの押付け機構204を用いて制動動作を実施する。なお、図6では、車輪300にブレーキディスク201(201A及び201B)が取り付けられたオポーズド方式の鉄道車両用ディスクブレーキシステムを示す。しかしながら、オポーズド方式の鉄道車両用ディスクブレーキシステムでは、ブレーキディスク201が車輪300に変えて、車軸に取り付けられていてもよい。この場合、ブレーキディスク201が車軸と同軸に、車軸に取り付けられる。
【0051】
[ブレーキライニング10の構成]
図7は、図3図6に示す鉄道車両用ディスクブレーキシステムにおいて、ブレーキディスク201の表面と対向するブレーキライニング10の正面図である。図8は、図7中の線分VIII−VIIIの断面図である。
【0052】
図7及び図8を参照して、ブレーキライニング10は、複数の焼結摩擦材20と、摩擦材支持機構30と、基板40とを備える。
【0053】
基板40は、ブレーキキャリパ202のキャリパアーム203に取り付けられる(図3参照)。摩擦材支持機構30は、焼結摩擦材20と、基板40との間に配置され、基板40に取り付けられている。摩擦材支持機構30はさらに、焼結摩擦材20を支持する。摩擦材支持機構30は、基板40と焼結摩擦材とに繋がっている。摩擦材支持機構は、好ましくは、焼結摩擦材20を基板40の少なくとも厚さ方向に移動可能に支持する。ここで、基板40の厚さ方向とは、基板40の主面(基板40の表面のうち最も面積が大きい表面)に垂直な方向を意味する。
【0054】
摩擦材支持機構30の構成は特に限定されない。摩擦材支持機構30はたとえば、取付部材31と、弾性部材32と、裏金33とを含む。焼結摩擦材20の表面のうち、ブレーキディスク201の摺動面200に対向する表面と反対側の面(裏面)は、裏金33に固定される。取付部材31は、裏金33を基板40に、基板40の厚さ方向に移動可能に取り付ける。取付部材31はたとえばリベットであるが、これに限定されない。取付部材31は、ボルト及びナットであってもよいし、他の構成であってもよい。
【0055】
弾性部材32は、焼結摩擦材20と基板40との間に配置される。図8では、弾性部材32は、裏金33と基板40との間に配置されている。弾性部材32はたとえば、皿ばねに代表されるばねであってもよいし、ゴム等の樹脂であってもよい。
【0056】
摩擦材支持機構30は、弾性部材32により、焼結摩擦材20を基板40の少なくとも厚さ方向に移動可能に支持する。これにより、焼結摩擦材20がブレーキディスク201の摺動面200に均一に接触しやすくなり、ブレーキディスク201の温度分布を均一化し、さらに、焼結摩擦材20の偏摩耗が抑制される。
【0057】
なお、摩擦材支持機構30は弾性部材32を含まなくてもよい。摩擦材支持機構30は、焼結摩擦材20を基板40の少なくとも厚さ方向に移動可能に支持できれば、その構成や機構については特に限定されない。
【0058】
図7及び図8では、複数の焼結摩擦材20を1つの裏金33に固定した、焼結摩擦材ユニットが基板40上に複数配置される。このように、複数の焼結摩擦材ユニットを備えるブレーキライニング10を等圧構造のブレーキライニング10ともいう。等圧構造のブレーキライニング10は、各焼結摩擦材ユニットをブレーキディスク201に均一に接触させることにより、ブレーキライニング10とブレーキディスク201との接触を等面圧化する。ただし、本実施形態のブレーキライニング10は、等圧構造に限定されない。
【0059】
図7では、焼結摩擦材20は円盤状であるが、焼結摩擦材20の形状は特に限定されない。図9に示すとおり、焼結摩擦材20は矩形状の板材であってもよいし、多角形状等、他の形状であってもよい。
【0060】
上述のとおり、図7及び図9では、ブレーキライニング10は複数の焼結摩擦材20を備えているが、ブレーキライニング10は、1つの焼結摩擦材20を備えてもよいし、複数の焼結摩擦材20を備えてもよい。ブレーキライニング10は、少なくも1つの焼結摩擦材20を備えていればよい。
【0061】
上述のとおり、本実施形態において、焼結摩擦材20のヤング率は35.0GPa以上である。図1(オポーズド方式)及び図2(フローティング方式)のグラフに示すとおり、いずれの方式においても、制動時の摩擦係数が0.2〜0.6の範囲において、焼結摩擦材20のヤング率が35.0GPa以上であれば、最大鳴き指標が2.0以下になり、ブレーキ鳴きを十分に抑制できる。したがって、焼結摩擦材20のヤング率は35.0GPa以上である。なお、焼結摩擦材20のヤング率の上限は特に限定されないが、図1及び図2に示すとおり、焼結摩擦材20のヤング率が100.0GPaを超えれば、その効果が飽和する。そのため、焼結摩擦材20の好ましいヤング率の上限は100.0GPaである。なお、焼結摩擦材のヤング率は、JIS R 1602(1995)に準拠した動的弾性率試験方法(曲げ共振法)により測定できる。
【0062】
[焼結摩擦材の化学組成例]
焼結摩擦材は、ヤング率が35.0GPa以上となれば、その化学組成は特に制限されない。焼結摩擦材は、好ましくは、Cu基合金からなる焼結材である。焼結摩擦材は、複数の粉末粒子が焼結されて形成されている。粉末粒子の各粒子の粒径は特に限定されないが、粉末粒子の各粒子の粒径はたとえば、1〜1000μmである。以下、焼結摩擦材の化学組成の一例について説明するが、上述のとおり、焼結摩擦材の化学組成はこれに限定されない。なお、焼結摩擦材の組成に関する「%」は質量%を意味する。
【0063】
[焼結摩擦材の原料について]
焼結摩擦材の原料となる原料粉末は、上述の複数の粉末粒子で構成される。具体的には、原料粉末は、Cu及び分散剤を含有する。
【0064】
原料粉末中の好ましいCu含有量は次のとおりである。
【0065】
Cu:40.00%以上
銅(Cu)は、焼結摩擦材のマトリクス(基材)として機能する。Cuは高い熱伝導性を有する。そのため、ブレーキ時(摩擦時)における制動対象(ブレーキディスク等)と焼結摩擦材との界面温度の上昇を抑えることができ、過度の焼付き発生を抑制する。そのため、焼結摩擦材の耐摩耗性が高まる。マトリクスであるCuはさらに、マトリクス中に含有される後述の分散剤(潤滑材、硬質粒子)を保持する。原料粉末中のCu含有量が40.00%以上であれば、上記効果がより有効に得られる。Cu含有量の好ましい下限は45.00%であり、さらに好ましくは50.00%であり、さらに好ましくは55.00%である。
【0066】
Cu含有量の上限は特に限定されない。Cu含有量の好ましい上限は75.00%である。Cu含有量が75.00%以下であれば、制動対象であるブレーキディスクの摺動面に対する凝着による摩擦が有効に抑制され、焼結摩擦材の耐摩耗性がより有効に高まる。したがって、原料粉末中のCu含有量の好ましい範囲は40.00〜75.00%である。
【0067】
上述の原料粉末は、Cuからなる粉末粒子のほか、他の金属粒子(Ni、Zn、Sn、Fe等)を含有してもよい。これらの金属粒子は、焼結摩擦材の周知の原料である。
【0068】
[分散剤]
焼結摩擦材20の原料となる原料粉末はさらに、次の(1)〜(7)からなる群から選択される少なくとも1種以上の分散剤を含有してもよい。より具体的には、焼結摩擦材20の原料は、質量%で40.00%以上のCuと、(1)〜(7)からなる群から選択される1種以上の分散剤とを含有してもよい。なお、原料粉末は、分散剤を含有しなくてもよい。
(1)黒鉛
(2)マグネシア、ジルコンサンド、シリカ、ジルコニア、ムライト及び窒化珪素からなる群から選択される1種以上
(3)W及びMoからなる群から選択される1種以上
(4)フェロクロム、フェロタングステン、フェロモリブデン、及び、ステンレス鋼からなる群から選択される1種以上
(5)下記(a)〜(d)からなる群から選択される1種以上
(a)六方晶窒化硼素
(b)二硫化モリブデン
(c)マイカ
(d)硫化鉄、硫化銅及び銅マットから選択される1種以上
(6)バナジウム炭化物
(7)Fe
以下、(1)〜(7)の分散剤について説明する。
【0069】
(1)黒鉛
本明細書でいう黒鉛は、天然黒鉛であってもよいし、人造黒鉛であってもよい。加圧焼結後の焼結摩擦材において、黒鉛は粒子としてマトリクス中に含有される。黒鉛は、潤滑材として機能し、摩擦係数を安定化し、焼結摩擦材の摩耗量を低減する。つまり、黒鉛は、焼結摩擦材の耐摩耗性を高める。原料粉末中の好ましい黒鉛含有量は、5.00〜15.00%である。
【0070】
(2)マグネシア、ジルコンサンド、シリカ、ジルコニア、ムライト及び窒化珪素からなる群から選択される1種以上
マグネシア(MgO)、ジルコンサンド(ZrSiO4)、シリカ(SiO2)、ジルコニア(ZrO2)、ムライト(3Al23・2SiO2〜2Al23・SiO2)、及び窒化珪素(Si34)はいずれもセラミックスであり、硬質粒子として機能する。加圧焼結後の焼結摩擦材において、これらのセラミックスは、粒子としてマトリクス中に含有される。これらのセラミックスはいずれも、制動対象(ブレーキディスク等)の摺動面を引掻くことにより、摺動面に生成される酸化膜を除去し、凝着を安定的に発生させる。これにより、焼結摩擦材の制動対象(ブレーキディスク等)に対する摩擦係数の低下を抑制でき、優れた摩擦特性が得られる。原料粉末中における、これらのセラミックスからなる群から選択される1種以上の好ましい合計含有量は1.50〜15.00%である。
【0071】
(3)W及びMoからなる群から選択される1種以上
タングステン(W)及びモリブデン(Mo)はいずれも、硬質粒子として機能する。W及びMoは、マトリクスのCuに固溶せずに、粒子としてマトリクス中に含有される。W及びMoはいずれも、焼結摩擦材の耐摩耗性を高める。W及び/又はMoが後述のFe系合金粒子とともに含有されれば、焼結摩擦材の耐摩耗性がさらに高まる。W及びMoからなる群から選択される1種以上の好ましい合計含有量は3.0〜30.0%である。
【0072】
(4)フェロクロム、フェロタングステン、フェロモリブデン、及び、ステンレス鋼からなる群から選択される1種以上
フェロクロム(FeCr)、フェロタングステン(FeW)、フェロモリブデン(FeMo)及びステンレス鋼はいずれも、マトリクス中に固溶せずに、粒子としてマトリクス中に含有される。本明細書において、フェロクロム、フェロタングステン、フェロモリブデン、及び、ステンレス鋼を総称してFe系合金粒子という。これらのFe系合金粒子はいずれも、焼結摩擦材の耐摩耗性を高める。その理由は定かではないが、次の理由が考えられる。
【0073】
Fe系合金粒子の硬さは、マトリクス(Cu)よりも高い。Fe系合金粒子はさらに、上述のセラミックス(マグネシア、ジルコンサンド、シリカ、ジルコニア、ムライト及び窒化珪素)と比較して、マトリクスとの親和性が高く、マトリクスから剥離しにくい。そのため、Fe系合金粒子は焼結摩擦材の耐摩耗性を高める。原料粉末中のFe系合金粒子の好ましい合計含有量は2.0〜20.0%である。
【0074】
本明細書において、フェロクロムは、JIS G 2303(1998)に規定された高炭素フェロクロム(FCrH0〜FCrH5)、中炭素フェロクロム(FCrM3、FCrM4)、及び低炭素フェロクロム(FCrL1〜FCrL4)の1種以上を含む。
【0075】
本明細書において、フェロタングステンは、JIS G 2306(1998)に規定された化学組成を有するフェロタングステン(FW)を意味する。
【0076】
本明細書において、フェロモリブデンは、JIS G 2307(1998)に規定された高炭素フェロモリブデン(FMoH)及び低炭素フェロモリブデン(FMoL)の1種以上を含む。
【0077】
本明細書において、ステンレス鋼は、質量%で50.0%以上のFeと10.5%以上のCrを含有する合金鋼を意味し、より好ましくは、JIS G 4304(2012)に規定されたステンレス鋼を意味する。本明細書におけるステンレス鋼は、たとえば、上記JIS規格で規定されるSUS403、SUS420に代表されるマルテンサイト系ステンレス鋼でもよいし、SUS430に代表されるフェライト系ステンレス鋼でもよい。SUS304、SUS316、SUS316Lに代表されるオーステナイト系ステンレス鋼でもよい。SUS329J1に代表されるオーステナイト・フェライト系ステンレス鋼でもよい。SUS630に代表される析出硬化系ステンレス鋼でもよい。
【0078】
(5)下記(a)〜(d)からなる群から選択される1種以上
(a)六方晶窒化硼素
(b)二硫化モリブデン
(c)マイカ
(d)硫化鉄、硫化銅及び銅マットから選択される1種以上
六方晶窒化硼素(h−BN)、二硫化モリブデン(MoS2)、マイカ(雲母)及び硫化鉄、硫化銅及び銅マットから選択される1種以上はいずれも、潤滑材として機能する。これらの潤滑材は、黒鉛と同様に、焼結摩擦材の摩擦係数を安定化し、優れた摩擦特性が得られる。
【0079】
銅マットはJIS H 0500(1998)の伸銅品用語 番号5400に記載されているものであり、主として硫化鉄と硫化銅とからなる。硫化鉄、硫化銅はそれぞれ単独で潤滑剤として作用する。また,硫化鉄と硫化銅を混合物して使用してもよい。上述の銅マットは硫化鉄と硫化銅との混合物として使用でき、かつ安価であることから経済的な観点で有利である。好ましくは、六方晶窒化硼素の含有量は質量%で0%超3.0%以下であり、二硫化モリブデンの含有量は質量%で0%超3.0%以下であり、マイカの含有量は質量%で0%超3.0%以下であり、硫化鉄、硫化銅及び銅マットから選択される1種以上の合計含有量は質量%で0%超1.0%以下である。
【0080】
(6)バナジウム炭化物
バナジウム炭化物(VC)は、硬質粒子であり、マトリクス中に粒子として含有される。バナジウム炭化物は、Wとの相乗効果により、焼結摩擦材の耐摩耗性をさらに高める。しかしながら、バナジウム炭化物の含有量が高すぎれば、焼結摩擦材の焼結性が低下して、耐摩耗性が低下する。バナジウム炭化物の好ましい含有量は質量%で0%超5.00%以下である。
【0081】
(7)Fe
鉄(Fe)は、焼結摩擦材のマトリクス中に粒子又は凝集体として焼結摩擦材に含有される。Feはマトリクスの強度を高め、焼結摩擦材の耐摩耗性を高める。Feはさらに、焼付きにより焼結摩擦材の摩擦係数を高める。原料粉末中のFeの好ましい含有量は質量%で0%超20.0%以下である。
【0082】
焼結摩擦材用の原料粉末の残部は不純物である。ここで、不純物とは、原料粉末を工業的に製造する際に、原料又は製造環境などから混入されるものであって、本実施形態の焼結摩擦材に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0083】
上記焼結摩擦材はたとえば、後述のとおり、上述の原料粉末を800〜1000℃で加圧焼結して形成される。
【0084】
[焼結摩擦材の化学組成の特定方法について]
焼結摩擦材が上述の原料粉末を焼結することにより成形されている場合、成形後の焼結摩擦材の化学組成は、質量%で40.00%以上のCuを含有する。好ましくは、焼結摩擦材のCu含有量は40.00〜75.00%のCuを含有する。
【0085】
[焼結摩擦材の気孔率]
焼結摩擦材の好ましい気孔率は12.0%以下である。図10は、上述の原料粉末の範囲内であって、後述の実施例に示す原料粉末で製造された焼結摩擦材の気孔率(%)とヤング率(GPa)との関係を示す図である。図10を参照して、焼結摩擦材において、気孔率とヤング率とは、負の相関を示す。具体的には、焼結摩擦材の気孔率が低下するにしたがって、焼結摩擦材のヤング率は増加する。上述の原料粉末を焼結して形成した焼結摩擦材のCu含有量が質量%で40.00%以上である場合(好ましくは、40.00〜75.00%である場合)、気孔率が12.0%以下であれば、ヤング率が35.0GPa以上となる。好ましい気孔率は10.0%以下であり、さらに好ましくは9.5%以下であり、さらに好ましくは9.0%以下である。
【0086】
ここで、気孔率はJIS Z 2501(2000)に基づいて測定する。図10に示すとおり、気孔率が低いほど、ヤング率は増加する。そのため、気孔率は低い方が好ましい。しかしながら、気孔率の極端な低減は、製造コストを高める。したがって、工業生産を考慮した場合、気孔率の好ましい下限は0.1%である。
【0087】
[焼結摩擦材の製造方法の一例]
上述の焼結摩擦材はたとえば、次の製造方法により製造される。焼結摩擦材の製造方法の一例は、原料粉末製造工程と、成形工程と、加圧焼結工程とを含む。以下、各工程について説明する。
【0088】
[原料粉末製造工程]
上述Cu粉末粒子と、必要に応じて分散剤とを準備する。準備された粉末粒子及び分散剤を、周知の混合機を用いて混合(ミキシング)して、原料粉末を製造する。周知の混合機はたとえば、ボールミルやV型混合機である。
【0089】
[成形工程]
製造された原料粉末を所定の形状に成形して圧粉体を製造する。原料粉末の成形には、周知の成形法を適用すればよい。たとえば、プレス成形法により、上記圧粉体を製造する。具体的には、所定の形状を成形するための金型(ダイ)を準備する。金型内に原料粉末を充填する。金型に充填された粉粒体はプレス機により周知の圧力で加圧され、圧粉体に成形される。プレス機での成形圧力はたとえば、1.0〜10.0ton/cm2である。成形は大気中で行えば足りる。
【0090】
[加圧焼結工程]
製造された圧粉体に対して周知の加圧焼結法を実施して、焼結摩擦材を製造する。たとえば、加圧焼結装置内の黒鉛板上に圧粉体を配置する。その後、内周面に高周波加熱コイルが配置された筐体状のフレーム内に、原料粉末が配置された黒鉛板を段積みにして格納する。その後、最上段の黒鉛板に圧力を付与して圧粉体を加圧しながら、焼結雰囲気中で所定の焼結温度で焼結する。
【0091】
加圧焼結は、周知の条件で実施すれば足りる。加圧焼結時の焼結温度はたとえば、800〜1000℃である。加圧焼結時に圧粉体に付与する圧力はたとえば、2.0〜20.0kgf/cm2である。加圧焼結時の上記焼結温度での保持時間は60〜120分である。加圧焼結時の雰囲気は周知の雰囲気であり、たとえば、5〜20%以下のH2ガスと、N2ガスとの混合ガス、又はArガスである。
【0092】
上記加圧焼結により、圧粉体内の粉粒体の接触部にネックが形成され、上述の焼結摩擦材が製造される。成形工程でのプレス機の成形圧力、加圧焼結工程での圧力及び温度を調整することにより、上記焼結摩擦材の気孔率が変化する。そのため、成形工程でのプレス機の成形圧力、加圧焼結工程での圧力及び温度を調整することにより、気孔率を調整して、焼結摩擦材のヤング率を35.0GPa以上にする。好ましくは、焼結摩擦材の化学組成において、Cu含有量が40.00%以上である場合(つまり、原料粉末におけるCu含有量が40.00%以上である場合)、焼結摩擦材の気孔率が12.0%となるように、成形工程でのプレス機の成形圧力、加圧焼結工程での圧力及び温度を調整する。これにより、焼結摩擦材のヤング率が35.0GPa以上になる。なお、成形工程でのプレス機の成形圧力、加圧焼結工程での圧力及び温度は、原料粉末の組成に応じて調整することにより、焼結摩擦材の気孔率を12.0%以下にすることができ、ヤング率を35.0GPa以上にすることができる。
【0093】
[その他の工程]
上記製造工程はさらに、周知のコイニング工程及び/又は周知の切削加工工程を含んでもよい。
【0094】
[コイニング工程]
コイニング工程を加圧焼結工程後に実施してもよい。コイニング工程では、加圧焼結工程後の焼結摩擦材を冷間で加圧して、焼結摩擦材の形状を整える。
【0095】
[切削加工工程]
切削加工工程を、加圧焼結工程後又はコイニング工程後に実施してもよい。切削加工工程では、焼結摩擦材を切削加工して、所望の形状とする。
【0096】
以上の製造工程により本実施形態による焼結摩擦材が製造される。
【0097】
なお、本実施形態による焼結摩擦材の化学組成は上述の組成に限定されない。焼結摩擦材のヤング率は、化学組成と、気孔率とで調整可能である。したがって、本実施形態の焼結摩擦材は、ヤング率が35.0GPa以上であれば、その化学組成及び気孔率は特に限定されない。
【0098】
[鉄道車両用ブレーキライニングの製造方法]
上述の製造工程により製造された1又は複数の焼結摩擦材を、摩擦材支持機構を介して基板に取付ける。たとえば、図7及び図8に示すとおり、摩擦材支持機構30を用いて、焼結摩擦材20と基板40とを繋ぎ、焼結摩擦材20を支持する。以上の製造工程により、鉄道車両用ブレーキライニング10が製造される。
【実施例】
【0099】
ヤング率が35.0GPa以上となる摩擦材の製造を試みた。表1に示す化学組成の原料粉末を準備した。
【0100】
【表1】
【0101】
表1中の空白部分は、対応する組成物が含有されなかったことを示す。各試験番号の原料を、V型混合機に投入した後、回転速度20〜40rpmで20〜100分ミキシングして、原料粉末を製造した。各試験番号の原料粉末を用いて、プレス成形法により表1に示す成形圧力(ton/cm2)で成形して、圧粉体を製造した。製造された圧粉体に対して加圧焼結を実施して、各試験番号の焼結摩擦材を製造した。
【0102】
具体的には、黒鉛板上に圧粉体を配置した。その後、内周面に高周波加熱コイルが配置された筐体状のフレーム内に、圧粉体が配置された黒鉛板を段積みして格納した。表1に示す加熱温度(℃)で60分加熱し、かつ、圧粉体を表1に示す圧力(kgf/cm2)で加圧して圧粉体を焼結して、焼結摩擦材を製造した。加圧焼結中のフレーム内の雰囲気は、5〜10%のH2ガスと、N2ガスとの混合ガスとした。以上の製造工程により、焼結摩擦材を製造した。
【0103】
製造された焼結摩擦材に対して、気孔率、密度、及びヤング率を測定した。気孔率はJIS Z 2501(2000)に準拠した方法により測定した。ヤング率はJIS R 1602(1995)に準拠した動的弾性率試験方法(曲げ共振法)により測定した。
【0104】
測定結果を表1に示す。表1に示すとおり、気孔率を12.0%以下とすることにより、焼結摩擦材のヤング率は35.0GPa以上となった。そのため、図1及び図2に示すとおり、ヤング率が35.0GPa以上となった試験番号1、5、7及び8では、ブレーキ鳴きを十分に抑制できると考えられた。
【0105】
以上、本発明の実施の形態を説明した。しかしながら、上述した実施の形態は本発明を実施するための例示に過ぎない。したがって、本発明は上述した実施の形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施の形態を適宜変更して実施することができる。
【符号の説明】
【0106】
10 ブレーキライニング
20 焼結摩擦材
30 摩擦材支持機構
40 基板
201 ブレーキディスク
202 ブレーキキャリパ
203 キャリパアーム
204 押付け機構
図1
図2
図3
図4A
図4B
図5
図6
図7
図8
図9
図10