(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記鋼板組成がさらに、質量%で、Mo:0.001%以上0.05%未満、V:0.001%以上0.05%未満のうちから選ばれた1種または2種を含有する鋼板組成であることを特徴とする請求項1または2に記載の高炭素冷延鋼板。
【背景技術】
【0002】
一般に、JISに規定される機械構造用炭素鋼鋼材(S××C)や炭素工具鋼鋼材(SK)は、大小各種機械部品に使用されている。展伸材として使用される場合は、打抜き加工や各種の塑性加工を経て部品形状にした後、焼入れ・焼戻し処理を行うことで所定の硬さと靱性(衝撃特性)が付与される。その中でも、ニット地を編むメリヤス針は、高速で往復運動を繰返しながら糸を手繰り寄せてメリヤス地を編むため、回転駆動部と接触する針本体のバット部には十分な強度と耐摩耗性が、さらに糸と擦れ合うフック部には十分な耐摩耗性に加えて往復運動に伴う先端部の衝撃特性に優れることが求められる。
【0003】
メリヤス針用素材として使われる高炭素冷延鋼板は、板厚が1.0mm以上の場合には横編機用メリヤス針向けとされ、板厚が1.0mm未満の場合には丸編機や縦編機用メリヤス針向けとして用いられる。後者の針では細径の糸を高速で編むため、使用される素材の板厚は0.4〜0.7mmとなることが多い。さらに、素材には、優れた冷間加工性(二次加工性とも云う)に加えて、針形状に二次加工後、焼入れ焼戻しした際に十分な硬さと針先端部で十分な靱性を有することが求められる。
【0004】
また、JISに規定される機械構造用炭素鋼鋼材(S××C)や炭素工具鋼鋼材(SK)などの所謂高炭素鋼板は、C量によって用途が細かく分類されている。C量が0.8質量%未満の領域、すなわち亜共析組成の鋼板では、フェライト相の分率が高いため冷間加工性には優れるが、十分な焼入れ硬さを得ることが難しく、フック部の耐摩耗性や針本体の耐久性が求められるメリヤス針用途等には向かない。一方、0.8質量%以上の過共析組成の中でもC量が1.1質量%より大きい高炭素鋼板は優れた焼入れ性を有する反面、多量に含まれる炭化物(セメンタイト)のために冷間加工性が極端に劣り、溝切加工等の精密かつ微細な加工が行われるメリヤス針用途等には向かず、刃物や冷間金型等、単純形状で高硬度が求められる部品用途に限定される。
【0005】
従来、メリヤス針には、C:0.8〜1.1質量%の炭素工具鋼や合金工具鋼又はこれらの鋼組成をベースとして第3元素を添加した鋼組成を有する素材が広く用いられている。このメリヤス針の製造過程では、その素材は打抜き(せん断加工)、切削、伸線、かしめ、曲げなどの多種多様な塑性加工に供される。したがって、このメリヤス針製造用の素材は、針製造工程での素材加工時に十分な加工性(二次加工性)を有していることに併せて、針として実際に使用するときに要求される焼入れ焼戻し処理後の硬さ特性や衝撃特性(靱性)を具備する必要がある。
【0006】
メリヤス針の製造では、所定の硬さ特性を確保するために、素材に焼入れ焼戻し処理が行われる。この焼戻し処理の温度は、200〜350℃の低温とする場合が一般的である。しかし、硬さ特性を重視して、焼入れ性に有効なMnやCrの含有量を増量したり、また、その他の第3元素を多量に含有すると、上記した200〜350℃の温度範囲での低温焼戻し処理では、マルテンサイト相の焼戻しが十分になされず、衝撃特性(靱性)の向上が不十分であったり、靱性値がばらついたりする場合があった。
【0007】
一方、メリヤス針の衝撃特性を向上させることを目的として、素材の化学組成のうち不純物元素であるPやSを低減し、Pの粒界偏析や介在物(MnS)の生成を抑制し、それら元素の悪影響の軽減を図ることも有効な対策とされている。しかし、製鋼技術上及び経済性の観点から、PやSを低減してメリヤス針の衝撃特性の向上を図るには限界がある。
【0008】
また、衝撃特性を向上させる手段として金属組織の微細化が有効であることは従来から知られている。
【0009】
例えば、特許文献1には、「焼入れ性、疲労特性、靭性に優れた高炭素鋼板及びその製造方法」が記載されている。特許文献1に記載された高炭素鋼板は、質量%で、C:0.5〜0.7%、Si:0.5%以下、Mn:1.0〜2.0%、P:0.02%以下、S:0.02%以下、Al:0.001〜0.10%を含み、さらにV:0.05〜0.50%、Ti:0.02〜0.20%、Nb:0.01〜0.50%の1種または2種以上を含み、残部がFeおよび不可避的不純物である成分組成と、炭化物の球状化率が95%以上で、しかも最大粒径が2.5μm以下の炭化物を分散させた組織を有する高炭素鋼板である。特許文献1に記載された技術では、亜共析鋼を対象として、炭窒化物形成元素であるV、Ti、Nbを添加し、微細な炭窒化物を形成させ、これら微細な炭窒化物のピン止めの効果を利用して旧オーステナイト粒を微細化して、靱性を向上させるとしている。
【0010】
また、特許文献2には、「衝撃特性に優れた高炭素鋼部材」が記載されている。特許文献2に記載された高炭素鋼部材は、質量%で、C:0.60〜1.30%、Si:1.0%以下、Mn:0.2〜1.5%、P:0.02%以下、S:0.02%以下、Fe:実質的に残部の組成をもち、焼入れ・焼戻し後のマトリックスに、次式
8.5 < 15.3×C%−Vf < 10.0
を満足する体積率Vf(体積%)で未溶解炭化物が残存し、粒径:1.0μm以上の未溶解炭化物が観測面積:100μm
2当り2個以下に規制されていることを特徴とする高炭素鋼部材である。特許文献2に記載された高炭素鋼部材では、上記した組成に加えて更に、質量%で、Ni:1.8%以下、Cr:2.0%以下、V:0.5%以下、Mo:0.5%以下、Nb:0.3%以下、Ti:0.3%以下、B:0.01%以下、Ca:0.01%以下の1種または2種以上を含有してもよいとしている。特許文献2に記載された技術では、亜共析から過共析の広範な炭素含有量の鋼を対象としているが、目標硬さ:600〜900HVを維持しながら、衝撃値25J/cm
2以上と優れた衝撃特性を呈する高炭素鋼部材が得られるとしている。
【0011】
また、特許文献3には、「高炭素冷延鋼板及びその製造方法」が記載されている。特許文献3に記載された高炭素冷延鋼板は、mass%で、C:0.85〜1.10%、Mn:0.50〜1.0%、Si:0.10〜0.35%、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Cr:0.35〜0.45%、Nb:0.005〜0.020%を含有し、残部Fe及び不可避不純物からなり、鋼板中に分散する炭化物の平均粒径(d
av)と球状化率(N
SC/N
TC)×100%が、それぞれ次(1)式
0.2≦d
av≦0.7(μm) …(1)
及び次(2)式
(N
SC/N
TC)×100≧90% …(2)
を満たし、板厚が1.0mm未満である冷延鋼板である。なお、特許文献3に記載された技術では、上記した組成に加えてさらに、Mo及びVの内から選ばれる1種または2種を含有し、それぞれの含有量がいずれも0.001%以上0.05%未満であることが好ましいとしている。そして、特許文献3に記載された技術では、短時間溶体化処理と低温焼戻し処理後の焼入れ性・衝撃特性(靭性)向上には、Nb:0.005〜0.020%の含有が有効であるとしている。
【0012】
また、特許文献4には、「靭性に優れる耐摩耗性鋼板」が記載されている。特許文献4に記載された耐摩耗性鋼板は、質量%で、C:0.60〜1.25%、Si:0.50%以下、Mn:0.30〜1.20%、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Cr:0.30〜1.50%、Nb:0.10〜0.50%、Ti:0〜0.50%、Mo:0〜0.50%、V:0〜0.50%、Ni:0〜2.00%、残部Feおよび不可避的不純物からなる化学組成を有し、フェライト相の金属素地中に、セメンタイト粒子と、Nb、Tiの1種以上を含有する炭化物の粒子が分散した金属組織を有し、圧延方向および板厚方向に平行な断面(L断面)において、円相当径0.5μm以上のNb・Ti系炭化物粒子の個数密度が3000〜9000個/mm
2、円相当径1.0μm以上のボイドの個数密度が1250個/mm
2以下である鋼板、である。特許文献4に記載された耐摩耗性鋼板は、優れた耐摩耗性と靭性を兼ね備えた鋼板である、としている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
メリヤス針用素材として使われる高炭素冷延鋼板には、焼入れ焼戻し処理後に十分な硬さと、十分な衝撃特性(靱性)を有することが求められる。近年、生産性向上のため、編機のさらなる高速化が求められ、それに伴い、メリヤス針にかかる負荷が大きくなり、従来より短時間でメリヤス針が破断したりあるいは寿命が短くなることが多発し問題となっている。そのため、衝撃特性及び耐摩耗性を従来より向上させたメリヤス針が要求されるようになっている。このようなメリヤス針は、第三元素の添加、あるいはCr、Mn、Mo等の合金元素を増量することにより実現できると考えられるが、針の製造工程における二次加工性が阻害されることが懸念される。このようなことから、二次加工性を従来より低下させることなく、焼入れ焼戻し後の耐摩耗性と衝撃特性(靱性)を向上させることができるメリヤス針向け素材が要望されている。
【0015】
しかしながら、特許文献1に記載された技術は、高硬度が求められる機械部品への適用は難しい。特許文献1に記載された技術は、亜共析鋼組成に限定されたものであり、V、Ti、Nbなどの炭窒化物形成元素を、第3元素として添加することで、それらの微細炭窒化物によって旧オーステナイト粒を微細化し、靭性向上効果を期待した技術である。また、特許文献1に記載された技術は、炭素レベルが亜共析組成であるため、フェライト母相の成形性を改善した技術でもある。
【0016】
また、特許文献2には、第3元素である、Mo、V、Ti、Nb、Bの添加は、炭素含有量が0.67〜0.81質量%の範囲の鋼についての例しか示されていない。特許文献2に記載された技術では、亜共析鋼の特性改善を意図して、Mo、V、Ti、Nb、B等の第3元素を添加していると推察される。しかも、特許文献2には、0.81質量%を超える炭素含有量の鋼について、Mo、V、Ti、Nb、B等の第3元素の作用とその最適化に関することまでの記載はない。
【0017】
さらに、特許文献1、特許文献2には、高炭素冷延鋼板について、3〜15minのような短時間の溶体化処理後焼入れ、200〜350℃の低温焼戻しを施し、所望の衝撃特性及び所定硬さを有利に向上させる技術についての記載はない。
【0018】
また、特許文献3に記載された技術では、短時間の溶体化保持後の焼入れと低温焼戻し処理後の焼入れ性・衝撃特性(靭性)向上には、Nb:0.005〜0.020%の含有が有効であるとしているが、特許文献3には、短時間の溶体化保持後の焼入れ(急冷)と低温焼戻し処理(以下、焼入れ焼戻し処理ともいう)前の高炭素冷延鋼板の二次加工性についての具体的な言及はない。特許文献3には、焼入れ焼戻し処理後に、優れた靱性と優れた耐摩耗性とを兼備することができる高炭素冷延鋼板が記載されているが、しかし、この高炭素冷延鋼板では、焼入れ焼戻し処理前の二次加工性が不十分で、最近の生産性向上要求に対応できないという問題があった。
【0019】
また、特許文献4に記載された技術では、高炭素冷延鋼板において、焼入れ焼戻し後の耐摩耗性と靱性のいずれも高くすることが可能であるとしているが、焼入れ焼戻し処理前の二次加工性については記載がなく、特許文献4には、焼入れ焼戻し処理前の二次加工性の低下を伴うことなく、焼入れ焼戻し後の耐摩耗性と靱性を向上させることができることまでの言及はない。
【0020】
本発明は、上記した従来技術の問題を解決し、短時間の溶体化処理後の焼入れ(急冷)及び低温焼戻し処理(焼入れ焼戻し処理)前の二次加工性の低下を抑制し、かつ短時間の溶体化処理後の焼入れ(急冷)及び低温焼戻し処理(焼入れ焼戻し処理)後で、実際に使用される板厚近傍での衝撃試験で評価して、衝撃値が9J/cm
2以上で、硬さが600〜750HVの範囲を満たし、かつ耐摩耗性に優れた、板厚が1.0mm未満の高炭素冷延鋼板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0021】
本発明者らは、上記した目的を達成するために、高炭素冷延鋼板の組成と、焼入れ焼戻し処理前の二次加工性、焼入れ焼戻し処理後の硬さ、衝撃特性、耐摩耗性の関係について鋭意検討した。その結果、焼入れ性、焼入れ低温焼戻し後の硬さ、衝撃特性などの観点から、メリヤス針用として好適な、Cを0.85〜1.10質量%の範囲に限定し、さらに、Nbを0.005〜0.020質量%の範囲に特定し、所定の製造方法を実施することが、炭化物の平均粒径と球状化の程度を調整でき、焼入れ焼戻し処理後の所望の特性を確保することに有効であることを知見した。そして、さらに、Mnを0.60質量%未満とし、かつ(Mn+Cr)を1.0%未満に調整することにより、焼入れ焼戻し処理前の二次加工性の低下を抑制し、かつ、焼入れ焼戻し処理後の硬さ、衝撃特性(靭性)、耐摩耗性が所望の特性を満足することを知見した。
【0022】
本発明は、上記した知見に基づき、さらに検討を加えて完成されたものである。すなわち、本発明の要旨は次のとおりである。
(1)質量%で、C:0.85%以上1.10%以下、Mn:0.60%未満、Si:0.10%以上0.35%以下、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Cr:0.60%未満、Nb:0.005%以上0.020%以下を含み、かつMn含有量とCr含有量の合計(Mn+Cr)が1.0%未満を満足し、残部Fe及び不可避不純物からなる鋼板組成を有し、鋼板板厚が1.0mm未満であることを特徴とする高炭素冷延鋼板。
(2)(1)において、前記鋼板組成を有し、さらに鋼板中に分散する炭化物の平均粒径(d
av)と球状化率(N
SC/N
TC)×100%が、それぞれ次(1)式
0.2≦d
av≦0.7(μm) …(1)
及び次(2)式
(N
SC/N
TC)×100≧90% …(2)
(ここで、d
av:炭化物の円相当径の平均値(平均粒径μm)、N
TC:観察面積100μm
2当たりの炭化物の総個数、N
SC:観察面積100μm
2当たりの、(長径d
L)/(短径d
S)が1.4以下の条件を満たす炭化物の個数)
を満たす鋼板組織を有することを特徴とする高炭素冷延鋼板。
(3)(1)または(2)において、前記鋼板組成に代えて、質量%で、C:0.85%以上1.10%以下、Mn:0.60%未満、Si:0.10%以上0.35%以下、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Cr:0.50%未満、Nb:0.005%以上0.020%以下を含み、かつMn含有量とCr含有量の合計(Mn+Cr)が0.90%未満を満足し、残部Fe及び不可避不純物からなる鋼板組成とすることを特徴とする高炭素冷延鋼板。
(4)(1)ないし(3)のいずれかにおいて、前記鋼板組成がさらに、質量で、Mo:0.001%以上0.05%未満、V:0.001%以上0.05%未満のうちから選ばれた1種または2種を含有する鋼板組成であることを特徴とする高炭素冷延鋼板。
(5)(1)ないし(4)のいずれかに記載の鋼板組成を有する熱延鋼板に、冷間圧延および球状化焼鈍を繰り返し行い高炭素冷延鋼板を製造する高炭素冷延鋼板の製造方法において、前記高炭素冷延鋼板中に分散する炭化物の平均粒径(d
av)と、球状化率(N
SC/N
TC)が、それぞれ次(1)式および次(2)式
0.2≦d
av≦0.7(μm) …(1)
(N
SC/N
TC)×100≧90% …(2)
(ここで、d
av:炭化物の円相当径の平均値(平均粒径μm)、N
TC:観察面積100μm
2当たりの炭化物の総個数、N
SC:観察面積100μm
2当たりの、(長径d
L)/(短径d
S)が1.4以下の条件を満たす炭化物の個数。)
を満足し、前記高炭素冷延鋼板の板厚が1.0mm未満である高炭素冷延鋼板とすることを特徴とする高炭素冷延鋼板の製造方法。
(6)(5)において、前記冷間圧延および球状化焼鈍を繰り返し行う回数が、2〜5回であることを特徴とする高炭素冷延鋼板の製造方法。
(7)(5)または(6)において、前記冷間圧延の圧下率が25〜65%で、前記球状化焼鈍の温度が640〜720℃であることを特徴とする高炭素冷延鋼板の製造方法。
(8)(1)ないし(4)のいずれかに記載の前記高炭素冷延鋼板を素材として、該素材に二次加工を施して所定形状の機械部品としたのち、該機械部品に短時間溶体化処理後急冷する処理と焼戻し処理を施す機械部品の製造方法であって、前記短時間溶体化処理後急冷する処理を、760〜820℃の範囲の温度で、3〜15minの範囲の時間保持したのち、急冷する処理とし、前記焼戻し処理を、200〜350℃の範囲の温度で焼戻する処理として、優れた耐摩耗性と優れた靭性を兼備する機械部品とすることを特徴とする高炭素鋼製機械部品の製造方法。
(9)(8)に記載の高炭素鋼製機械部品の製造方法で製造されてなる高炭素鋼製機械部品。
【発明の効果】
【0023】
本発明高炭素冷延鋼板は、切削性などの二次加工性の低下を抑制し、打抜き、スウェージング、曲げ、二次加工などに使われる工具の寿命が、従来の高炭素冷延鋼板と同程度であり、しかも、短時間の溶体化処理後急冷する処理と低温焼戻し処理(焼入れ焼戻し処理)を施したのちに、従来の高炭素鋼板に比べて、高い硬さ特性、優れた衝撃特性および優れた耐摩耗性をバランスよく兼備する機械部品を製造できるという、産業上格段の効果を奏する。さらに、本発明高炭素冷延鋼板は、焼入れ焼戻し処理後の衝撃特性(靱性)、耐摩耗性、さらには耐疲労特性に優れ、とくに、メリヤス針のような過酷な使用環境下で優れた耐久性が求められる機械部品用素材として好適であるという、効果もある。
【発明を実施するための形態】
【0025】
本発明高炭素冷延鋼板は、質量%で、C:0.85%以上1.10%以下、Mn:0.60%未満、Si:0.10%以上0.35%以下、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Cr:0.60%未満、Nb:0.005%以上0.020%以下を含み、かつMn含有量とCr含有量の合計(Mn+Cr)が1.0%未満を満足し、残部Fe及び不可避不純物からなる鋼板組成を有し、板厚1.0mm未満である高炭素冷延鋼板である。まず、鋼板組成の限定理由について説明する。なお、以下、組成に係る質量%は単に%で記す。
【0026】
C:0.85%以上1.10%以下
Cは、熱処理(焼入れ焼戻し処理)後に、メリヤス針等のような精密部品で十分な硬さ(600〜750HV)を得るために必須の元素である。熱処理(焼入れ焼戻し処理)後に安定して600HV以上の硬さを確保するためには、Cは0.85%以上の含有を必要とする。一方、C量が増加すると、炭化物量が増加して、冷間加工性が低下し、打抜き、スェージング、曲げ、二次加工など多岐に渡る塑性加工(冷間加工)に耐えることができなくなる。冷間圧延と球状化焼鈍を繰り返し、炭化物の球状化処理を行うことにより、冷間加工性は改善されるが、1.10%を超えてCを含有すると、熱間圧延工程、冷間圧延工程での圧延負荷が高くなり、またコイル端部の割れの頻度が著しく高くなるなど、製造工程上の問題が顕在化する。このようなことから、Cは0.85%以上1.10%以下に限定した。なお、好ましくは0.95〜1.05%である。
【0027】
Mn:0.60%未満
Mnは、鋼の脱酸に有効に作用する元素であるとともに、鋼の焼入れ性を向上させて所定の硬さを安定的に確保することができる。しかし、0.60%以上の含有は、MnS介在物が増加し、焼入れ焼戻し処理前の二次加工性に悪影響を及ぼす。清浄度、とくにdAが0.10%以上となると、切削刃に介在物があたる確率が高くなり、切削抵抗を増加させ、二次加工性の悪化が顕著になる。このため、本発明では、MnはdAが0.10%未満になる範囲として、0.60%未満に限定した。なお、好ましくは0.50%以下である。清浄度は、JIS G 0555に準拠して測定するものとする。ここでは、とくにA系介在物を対象としdAに着目した。
【0028】
Si:0.10%以上0.35%以下
Siは、溶鋼の脱酸剤として作用し、清浄鋼を溶製するうえで有効な元素である。また、Siは、マルテンサイトの焼戻し軟化抵抗に寄与する元素である。このような効果を得るためには、0.10%以上の含有を必要とする。一方、0.35%を超える多量のSi含有は、低温焼戻し処理時に、マルテンサイトの焼戻しが不十分となり、衝撃特性を劣化させる。このようなことから、Siは0.10%以上0.35%以下の範囲に限定した。
【0029】
P:0.030%以下、S:0.030%以下
P、Sはいずれも、鋼中に不可避的に存在し、衝撃特性に悪影響を及ぼす元素であり、できるだけ低減することが望ましいが、Pは0.030%まで、Sは0.030%までの含有は実用的に問題ない。このようなことから、Pは0.030%以下、Sは0.030%以下に限定した。なお、優れた衝撃特性を維持するという観点からは、Pは0.020%以下、Sは0.020%以下に調整することが好ましい。
【0030】
Cr:0.60%未満
Crは、鋼の焼入れ性を向上させるとともに、炭化物(セメンタイト)中に固溶して炭化物を硬くすることにより、耐摩耗性の向上に寄与する元素である。このような効果を得るためには、0.10%以上含有することが望ましい。Crは、炭化物(セメンタイト)中に固溶して加熱段階での炭化物の再溶解を遅滞させるため、Cr量の増加に伴い、焼入れ焼戻し後の残留炭化物が増加する。ここで、残留炭化物は、焼入れ処理時の加熱保持中、素地に溶け切れなかった炭化物が、マルテンサイト変態させるための急冷後に素地に残留した炭化物をいう。残留炭化物が増加すると耐摩耗性は向上する。しかし、Crを0.60%以上と多量に含有すると、残留炭化物が増加することに加え、焼入れ加熱保持中の炭化物の溶解を遅滞させる影響が大きくなり、焼入性を阻害し、靱性を低下させる。このようなことから、Crは0.60%未満に限定した。なお、好ましくは0.10%以上0.50%未満である。
【0031】
Nb:0.005%以上0.020%以下
Nbは、従来から、主として低炭素鋼において、熱間圧延時に鋼の未再結晶温度域を拡大し、同時にNbCとして析出し、オーステナイト粒の微細化に寄与する元素であることが知られている。高炭素鋼においても、冷間圧延工程以降における組織の微細化効果を期待して添加される場合がある。本発明では、焼入れ後の低温焼戻しによる靭性回復を主目的に、Nbを0.005%以上0.020%以下含有させる。微量のNbであれば、組織の微細化に寄与するほどのNbCは形成されず、Nbは希薄固溶状態となっている。Nbが希薄固溶状態となっていることにより、BCC構造であるフェライト相とマルテンサイト相中でのCの拡散が促進されるものと考えられる。すなわち、焼入れ処理における加熱時に炭化物からフェライト相へ溶けたCのオーステナイト相への拡散、および、焼戻し処理における加熱時にマルテンサイト相中の過飽和固溶Cの拡散と析出が促進され、その結果、短時間加熱での焼入れ性の向上と低温焼戻し処理による靭性の回復とを両立させることができる、と考えている。このような効果は、0.005%以上のNb含有で顕著となるが、0.020%を超えてNbを含有すると、NbCの析出が顕著になり、Nbの希薄固溶状態が確保できず、Nbの希薄固溶状態に起因するC拡散の促進効果が認められなくなる。このため、Nbは0.005%以上0.020%以下に限定した。なお、好ましくは0.015%以下である。
【0032】
(Mn+Cr):1.0%未満
本発明では、焼入れ焼戻し処理前の二次加工性の低下を抑制しつつ、焼入れ焼戻し処理後の靱性、耐摩耗性を向上させるために、Mn含有量とCr含有量の合計(Mn+Cr)を1.0%未満に調整する。本発明者らの検討によれば、MnとCrはいずれも炭化物に固溶しやすいため、Mn含有量とCr含有量の合計(Mn+Cr)が増加するにしたがい、焼入れ加熱時の加熱段階での炭化物の再溶解を遅滞させる効果がMn単独、Cr単独の場合より大きくなり、残留炭化物も増加し、耐摩耗性も増加する。しかし、(Mn+Cr)が1.0%以上に増加すると、残留炭化物が面積率で6%以上となり、焼入れ性低下の影響が大きくなり、焼入れ焼戻し後の衝撃値(靭性)も低下する。(Mn+Cr)が1%未満であれば、残留炭化物が面積率で6%未満となり、優れた耐摩耗性と靱性を兼備できる。一方、(Mn+Cr)が少なすぎると、残留炭化物が少なくなり、所望の耐摩耗性を確保できなくなる。このため、残留炭化物は面積率で3%以上とすることが好ましい。なお、面積率で3%以上の残留炭化物量を実現するための(Mn+Cr)は0.15%以上とすることが好ましい。一方、焼入れ焼戻し処理前の二次加工性は、(Mn+Cr)の増加、とくにMnの増加に伴い、二次加工性に悪影響を及ぼすMnS介在物が増加するため、二次加工性の低下を抑制しつつ、耐摩耗性、靱性をともに向上させるために、本発明では(Mn+Cr)を1.0%未満に限定した。なお、好ましくは0.90%未満である。
【0033】
上記した成分が基本の成分であるが、基本の成分に加えてさらに、選択元素として、Mo:0.001%以上0.05%未満、V:0.001%以上0.05%未満のうちから選ばれた1種または2種を含有することができる。
【0034】
Mo:0.001%以上0.05%未満、V:0.001%以上0.05%未満のうちから選ばれた1種または2種
Mo、Vはいずれも、鋼の焼入れ性向上や、焼入れ焼戻し処理後の衝撃特性(靭性)の向上に寄与する元素であり、必要に応じて選択して1種または2種を、不可避的に含有する水準(0.001%)よりも多く含有できる。
【0035】
Moは、鋼の焼入れ性向上に有効な元素であるが、含有量が0.05%以上と多くなると、炭化物の溶け込みを遅らせる効果が大きくなることでかえって焼入れ性が低下し、十分な硬さが得られなくなることに加え、Nbの効果が失われ、低温焼戻し処理後の衝撃特性が低下する。このため、含有する場合は、Moは不可避的に含有する水準以上である0.001%以上、0.05%未満に限定することが好ましい。なお、より好ましくは0.01%以上0.03%以下である。
【0036】
Vは、鋼組織を微細化することを介して、衝撃特性の向上に寄与する元素であるが、0.05%以上と多量に含有すると、炭化物の溶け込みを遅らせる効果が大きくなることでかえって焼入れ性が低下し、十分な硬さが得られないことに加え、Nbの効果が失われ、低温焼戻し処理後の衝撃特性が低下する。このようなことから、含有する場合には、Vは不可避的に含有する水準以上である0.001%以上、0.05%未満に限定することが好ましい。なお、より好ましくは0.01%以上0.03%以下である。
【0037】
上記した成分以外の残部は、Fe及び不可避不純物からなる。
本発明高炭素冷延鋼板は、上記した組成を有し、かつ、次(1)式
0.2≦d
av≦0.7(μm) …(1)
を満たす平均粒径(d
av)(μm)と、次(2)式
(N
SC/N
TC)×100≧90% …(2)
を満たす球状化率(N
SC/N
TC)を有する炭化物が分散した組織を有する。
【0038】
ここで(1)式の平均粒径(d
av)は、鋼板断面で観察される個々の炭化物と同等の面積の円を想定したときの個々の円の直径(円相当径)の平均値である。分散する炭化物の平均粒径(d
av)が、(1)式を満たす範囲にあると、衝撃特性に優れ、さらに短時間の溶体化処理後急冷(焼入れ)する処理でも、所望の焼入れ硬さが容易に確保できるという効果がある。分散する炭化物の平均粒径(d
av)が、0.2μm未満であると、炭化物が細かくなり、分散する炭化物の数が増加するため、針形状への二次加工の負荷が増大する。また、平均粒径(d
av)が0.7μmを超えると、短時間の溶体化処理後急冷する処理において、所望の焼入れ硬さを確保でき難くなる。
【0039】
また、本発明では、球状化率を(2)式の(N
SC/N
TC)で定義した。ここで、N
TCは、観察面積100μm
2あたりの炭化物の総個数であり、N
SCは、同一観察視野で球状化しているとみなせる炭化物の個数であり、d
L/d
S≦1.4の条件を満たす炭化物個数とした。ここで炭化物の長径をd
L、短径をd
Sとした。
【0040】
炭化物は、完全な球状に形成されているとはいえず、また観察面によっても楕円形として観察される場合が多いので、長径と短径との比(d
L/d
S)により、球状化の程度を規定した。本発明では、(d
L/d
S):1.4以下の条件を満たす炭化物を、球状化している炭化物(球状化炭化物)として、その個数をN
SCとした。また、経験的な知見から、鋼板の二次加工性を良好に保つために球状化率(N
SC/N
TC)×100が、90%以上であることが必要である。
【0041】
なお、上記した炭化物の平均粒径及び球状化率の算出は、走査型電子顕微鏡を用いて、二次電子像(倍率:2000倍)を観察し、画像解析にすることにより行った。
【0042】
冷間圧延後の鋼板(板厚中央部)から、炭化物観察用試験片を採取し、樹脂に埋込み、研磨し、腐食液でエッチングし、走査型電子顕微鏡を用いて炭化物を観察し、板厚中央部近辺の観察面積100μm
2の範囲で、炭化物の円相当径、長径d
L/短径d
S比、N
TC、N
SCを測定した。このような測定を5視野実施し、それぞれの平均値を算出した。これら測定及び算出は、市販の画像解析ソフトwinroofを用いた。
【0043】
本発明高炭素冷延鋼板は、上記した鋼板組成および組織を有し、切削性などの二次加工性を保持しつつ、打抜き、スウェージング、曲げ、二次加工などに使われる工具の寿命が、従来の高炭素冷延鋼板と同程度であり、しかも、短時間の溶体化処理後急冷する処理と低温焼戻し処理(焼入れ焼戻し処理)を施したのちに、従来の高炭素鋼板に比べて、高い硬さ特性、優れた衝撃特性および優れた耐摩耗性をバランスよく兼備する機械部品を製造できる高炭素冷延鋼板である。
【0044】
ここでいう「二次加工性に優れる」とは、
図1に示すように、切削加工(エンドミル加工)試験を行って、工具(エンドミル)にかかる力が、40N未満である場合(工具回転数が低速(1300rpm))を、または35N未満である場合(工具回転数が高速(2300rpm)の場合)を、いうものとする。
【0045】
本発明では、一般的なエンドミル加工に着目し、
図1に示すように、鋼板(被削材)に、エンドミルを用いて切削加工(エンドミル加工)を行い、その際に、工具に取り付けた切削動力計(図示せず)で、工具(エンドミル:φ6mm径)にかかる切削抵抗力として、X方向分力、Y方向分力、Z方向分力を測定したのちそれらの合力を計算して二次加工性の評価指数とした。なお、エンドミル加工試験の条件は、切削速度:25m/min(低速)、45m/min(高速)、1羽当たりの送り量:0.016mm/touth、切り込み量:0.2mm、工具突き出し長さ:25mm、切削距離:30mmとし、切削油剤は使用しないものとした。
【0046】
このようなエンドミル加工試験を採用することにより、より実際の使用環境に近い状態で二次加工性を評価することができる。工具にかかる切削抵抗力が40N未満(あるいは35N未満)であれば、従来の高炭素冷延鋼板の二次加工性と同等あるいはそれ以上の優れた二次加工性を有することを意味する。
【0047】
また、ここでいう「優れた耐摩耗性」とは、
図2に示す摩耗試験装置を用いた摩耗試験を実施し、得られた摩耗深さが485μm未満である場合を、いうものとする。
【0048】
図2に示す摩耗試験装置10は、糸を巻き出す糸巻出手段11と、巻き出された糸2に所望の張力を付与する張力調整手段12と、張力付与された糸を通すホール1a〜1dを有する摩耗試験片1と、糸を巻き取る糸巻取手段13とを有し、編み糸によるメリヤス針の摩耗を、実機に近い状況で再現できる装置である。なお、摩耗試験装置10は、糸が破断すると張力が零(ゼロ)となり、その時点で装置が自動的に止まる構造となっている。
【0049】
使用する摩耗試験片1は、
図3(a)に示す形状の摩耗試験片とし、ボビン(糸巻出手段)11から、連続的に巻き出された糸2は、張力調整手段12により適正な張力を付与されたのち、摩耗試験片1に形成された例えば、ホール1aを通り、ホール1aと接触してホール1aを摩耗させながら、糸巻取手段13に巻き取られる。ホールは一つの試験片で4箇所(1a〜1d)形成した。なお、摩耗試験の条件は、編み糸ポリエステルフルダル製(規格110T48)を使用し、糸の送給速度:160m/s、張力:10±2N/cmとして、1つのホールで糸の長さ10万m繰り出すまで実施し、当該ホールにおける摩耗深さを測定した。このような摩耗試験を、一つの摩耗試験片に形成された4箇所のホール1a〜1dでそれぞれ実施し、各ホールの摩耗深さを測定し、それら平均値を当該摩耗試験片の摩耗深さ(平均)とした。
【0050】
上記した条件で摩耗試験を行った結果、摩耗深さが485μm未満であれば、従来の高炭素冷延鋼板の耐摩耗性と同等あるいはそれ以上の優れた耐摩耗性を有することを意味する。このような摩耗試験を採用することにより、メリヤス針フック部の糸による摩耗に近い状態で耐摩耗性を評価することができる。なお、このようなノリアス針フック部の糸による摩耗に近い状態で耐摩耗性を評価することにより、残留炭化物の存在が耐摩耗性に大きく影響することを見出した。耐摩耗性は、残留炭化物の面積率に比例し、残留炭化物が面積率で3%未満では所望の耐摩耗性が確保できなくなる。残留炭化物は面積率で3%以上とすることが好ましい。
【0051】
また、ここでいう「優れた衝撃特性」とは、
図4に示す衝撃試験片(ノッチ幅0.2mmのUノッチ試験片(ノッチ深さ2.5mm、ノッチ半径0.1mm))を用い、JIS K 7077に基づいた、定格容量:1Jのシャルピー衝撃試験機((株)東洋精機製作所、型式DG−GB)で、
図5に示すように、支持台間距離を40mmとして、室温で試験したときの衝撃値が、9J/cm
2以上である場合を、いうものとする。
【0052】
このようなシャルピー衝撃試験機を用いることにより、板厚:1.0mm未満の試験片を用いても、金属材料のシャルピー衝撃試験方法である、JIS Z 2242に近い条件で試験でき、また、このような衝撃試験片を使用することにより、応力集中係数が高くなり、衝撃試験時のたわみを最小限とし、安定した衝撃値が得られる。このような衝撃試験方法および衝撃試験片を採用することで、実際の使用環境に近い状態の衝撃特性を評価することができる。なお、衝撃値は、残留炭化物量が少ない方が高い値を示す傾向があるが、残留炭化物量が面積率で6%を超えると衝撃値の低下が著しくなるため、所望の衝撃値を確保するためには、残留炭化物を面積率で6%未満とすることを本発明者らは見出している。
【0053】
このように、耐摩耗性を評価する新しい摩耗試験方法を導入し、また、二次加工性を評価するエンドミル加工試験方法を導入することにより、実機に近い環境での評価に基づき、適正な化学成分範囲を規定することができるようになった。
【0054】
次に、本発明高炭素冷延鋼板の製造方法について説明する。
本発明高炭素冷延鋼板は、熱延鋼板に、必要に応じて軟化焼鈍を行い、冷間圧延および球状化焼鈍を繰り返し行って製造される。
【0055】
本発明で用いる熱延鋼板は、通常の製造条件で得られるものでよく、例えば、上記した組成を有する鋼片(スラブ)を、1050〜1250℃に加熱し、800〜950℃の仕上温度で熱間圧延し、600〜750℃の巻取温度でコイルとすることで製造できる。なお、熱延鋼板の板厚は、所望の冷延鋼板の板厚から好適な冷間圧下率となるように適宜設定すればよい。
【0056】
熱延鋼板に、冷間圧延と球状化焼鈍を複数回繰り返し施すことにより、板厚1.0mm未満の高炭素冷延鋼板とする。冷間圧延と球状化焼鈍は、それぞれ2〜5回繰り返すことが好ましい。
【0057】
冷間圧延の圧下率は、25〜65%の範囲とすることが好ましい。冷間圧延の圧下率が25%未満の鋼板(冷延鋼板)に、球状化焼鈍を施すと、炭化物が粗大化してしまう。一方、冷間圧延の圧下率が65%超では、冷間圧延操業の負荷が大きすぎることがある。このため、冷間圧延の圧下率は、25〜65%の範囲に限定することとした。なお、冷間圧延後に球状化焼鈍を施さない最終の冷間圧延については、圧下率の下限は特に限定されない。
【0058】
また、球状化焼鈍は、640〜720℃の範囲の温度で行うことが好ましい。球状化焼鈍温度が、640℃未満では、球状化が不十分となりやすく、一方、720℃より高温では炭化物が粗大化しやすい。このため、球状化焼鈍は640〜720℃の範囲の温度で行うこととした。なお、球状化焼鈍の保持時間は、9〜30hrの範囲で適宜選択して行うことが好ましい。
【0059】
なお、冷間圧延(25〜65%)と球状化焼鈍(640〜720℃)を複数回繰り返す理由は、炭化物の平均粒径(d
av)と、球状化率(N
SC/N
TC)×100がそれぞれ上記した(1)式及び(2)式を満たすように制御するためである。
【0060】
まず、冷間圧延によって炭化物にひびが導入され、球状化焼鈍によってくだけはじめた炭化物が球状化していくが、1回の球状化焼鈍のみでは、炭化物の球状化率を90%以上まで高めるのは困難であり、棒状又は板状の炭化物が残留する。そのような場合、焼入れ性にも悪影響を及ぼし、精密部品への冷間加工性を悪化させる。そのため、炭化物の球状化率(N
SC/N
TC)×100を90%以上にするには、冷間圧延と球状化焼鈍を交互に繰返すことが最適で、結果として鋼板中に微細かつ球状化率の高い炭化物の分布が得られる。特に好ましくは、2〜5回の冷間圧延と2〜5回の球状化焼鈍である。なお、冷間圧延前の熱延鋼板の軟化を目的とする軟化焼鈍についても、同様の温度範囲が好ましい。
【0061】
以上が、本発明高炭素冷延鋼板の製造方法であるが、この鋼板を最終の目的である、メリヤス針のような機械部品とするには、所定の形状に加工したのち、以下の熱処理を行うことが好ましい。
【0062】
90%以上球状化した炭化物が分布した高炭素冷延鋼板を、各種機械部品に加工した後、溶体化処理後急冷(焼入れ)する処理を施し、ついで焼戻し処理を施す。溶体化処理は、加熱温度を760〜820℃で、保持時間を短時間の3〜15minとする。焼入れ(急冷)は油を用いることが好ましい。焼戻し処理では、焼戻し温度を低温の200〜350℃とすることが好ましい。なお、より好ましくは250〜300℃である。これにより、硬さ600〜750HVを持つ各種機械部品とすることができる。
【0063】
溶体化処理の保持時間が、15minより長いと炭化物が溶け込みすぎ、オーステナイト粒が粗大化することで、焼入れ後のマルテンサイト相が粗くなり、衝撃特性が低下する。一方、保持時間が、3minより短いと、炭化物の溶け込みが不十分で、急冷後に、所望の高硬さが得にくくなる。このため、溶体化処理の保持時間は3min以上15min以下とすることが好ましい。より好ましくは5〜10minである。
【0064】
また、焼戻し温度が200℃未満では、マルテンサイト相の靱性回復が不十分となる。一方、焼戻し温度が350℃を超えると、硬さが600HVを下回り、衝撃値は高くなるが、耐久性や耐摩耗性が低下し、問題となる。このため、焼戻し温度は200〜350℃の範囲の温度とすることが好ましい。なお、より好ましくは250〜300℃である。焼戻し処理の保持時間は、30min〜3hrの範囲で適宜選択して行うことが好ましい。
【0065】
以下に、実施例に基づき、本発明についてさらに説明する。
【実施例】
【0066】
表1に示す化学成分を有する溶鋼を、真空溶解炉で溶製したのち、鋳型に鋳込み、小型鋼塊(50kgf)とした。これら小型鋼塊を分塊圧延し鋼片としたのち、加熱温度:1150℃、圧延仕上温度:870℃の条件で熱間圧延し、熱延鋼板(板厚:4mm)とした。ついで、得られた熱延鋼板に、表2に示す条件で冷間圧延及び球状化焼鈍を行って、板厚:0.4mm以上1.0mm未満の冷延鋼板とした。
【0067】
まず、得られた冷延鋼板から、組織観察用試験片を採取し、樹脂に埋込み、研磨、腐食して、走査型電子顕微鏡の二次電子像(倍率:2000倍)で組織を観察し、撮像して、画像解析により、炭化物の平均粒径(d
av)、および球状化率(N
SC/N
TC)を算出した。板厚中央部近辺の観察面積100μm
2の範囲で、個々の炭化物の円相当径、個々の炭化物の長径d
L/短径d
S比を求めると共に、観察面積100μm
2あたりの炭化物総数N
TC、d
L/d
S:1.4以下の条件を満たす炭化物の総数N
SCを測定した。このような測定を5視野で実施し、それらの平均値をそれぞれ算出した。これら測定及び算出は、市販の画像解析ソフトwinroofを用いた。また、組織観察用試験片について、JIS G 0555に準拠して、A系介在物を対象に清浄度dAを測定した。なお、測定視野は60視野とした。
【0068】
さらに、得られた冷延鋼板から、試験片を採取し、表3に示す条件で、
図1に示すように、切削性試験(エンドミル加工試験)を実施し、工具(エンドミル:6mm径)にかかるX方向、Y方向、Z方向の力を測定したのち、合力を計算して切削抵抗力とした。なお、工具の回転数は低速(1300rpm)高速(2300rpm)の2種とした。
【0069】
ついで、得られた冷延鋼板に、表4に示す条件で、加熱炉に装入し、短時間溶体化処理を施した後、急冷(油焼入れ)する処理を施し、さらに低温焼戻し処理を施す熱処理を行った。熱処理済みの鋼板から、試験片を採取し、残留炭化物調査、硬さ試験、衝撃試験、摩耗試験を実施した。試験方法は次のとおりとした。
(1)残留炭化物調査
熱処理済みの鋼板から、組織観察用試験片を採取し、樹脂に埋込み、研磨、腐食して、走査型電子顕微鏡の二次電子像(倍率:2000倍)で組織を観察し、撮像して、画像解析により、円相当径0.1μm以上の大きさの残留炭化物を対象に、残留炭化物の面積率(%)を算出した。なお、測定面積は100μm
2とした。
(2)硬さ試験
熱処理済みの鋼板から、圧延方向に直角な方向に硬さ試験片を切り出し、これを樹脂に埋め込み、断面を研磨し、板厚中央部で硬さ測定を行った。硬さ測定は、JIS Z 2244の規定に準拠して、ビッカース硬度計(試験力:49.0N)を用いて、各5点測定し、それらの平均値を当該鋼板の硬さとした。
(3)衝撃試験
熱処理済みの鋼板から圧延方向に平行となるように、
図4に示す衝撃試験片(ノッチ幅0.2mmのUノッチ試験片(ノッチ深さ2.5mm、ノッチ半径0.1mm))を採取し、JIS K 7077に基づいた、定格容量:1Jのシャルピー衝撃試験機((株)東洋精機製作所製型式DG-GB)で、
図5に示すように、支持台間距離を40mmとして、室温でシャルピー衝撃試験を実施し、衝撃値(J)を求めた。試験片は各5本とし、得られた各衝撃値の平均を当該鋼板の衝撃値とした。
(4)摩耗試験
熱処理済みの鋼板から、
図3に示す形状の摩耗試験片を採取し、
図2に示す摩耗試験装置を用いた摩耗試験を実施した。摩耗試験の条件は、ポリエステルフルダル製の編み糸(規格110T48)を使用し、糸の送給速度:160m/s、張力:10±2N/cmとした。1つのホールで糸を10万m走らせたのち、試験装置を止め、
図3(b)に示すように摩耗試験片1のホール(ここでは1a)に形成された摩耗深さを光学顕微鏡で測定した。このような摩耗試験を各ホール(1a〜1d)でそれぞれ実施し、各ホール(4箇所)の摩耗深さを測定し、それらの平均値を求め、当該摩耗試験片の摩耗深さとした。
【0070】
得られた結果を表5に示す。
【0071】
【表1】
【0072】
【表2】
【0073】
【表3】
【0074】
【表4】
【0075】
【表5】
【0076】
本発明例はいずれも、工具にかかる力(切削抵抗)が低速加工で40N未満、高速加工で35N未満であり二次加工性が従来の高炭素冷延鋼板と同等の高炭素冷延鋼板であり、短時間溶体化処理後急冷(油焼入れ)処理と低温焼戻し処理を施したのちに、硬さが600〜750HVの範囲を満足する高硬さ特性を有し、衝撃値が9J/cm
2以上を満足し衝撃特性に優れ、さらに、摩耗深さが485μm未満と耐摩耗性に優れた高炭素冷延鋼板となっており、「◎」と評価した。一方、本発明の範囲を外れる比較例は、工具にかかる力(切削抵抗)が低速加工で40N以上、高速加工で35N以上となり二次加工性が劣るか、短時間溶体化処理後急冷(油焼入れ)処理を施しさらに低温焼戻し処理を施す熱処理後に、衝撃値が9J/cm
2未満と衝撃特性が低下しているか、あるいは、摩耗深さが485μm以上と耐摩耗性が低下しているか、して「×」と評価された高炭素冷延鋼板である。
【0077】
具体的には、C量が本発明の範囲を低く外れた比較例(鋼板No.1)では、切削抵抗が低く二次加工性に優れ、衝撃値も9J/cm
2以上と衝撃特性に優れているが、残留炭化物が少なく、摩耗深さが485μm以上と耐摩耗性が低下していた。また、C量が本発明の範囲を高く外れた比較例(鋼No.12)は、残留炭化物が多く、摩耗深さが485μm未満と耐摩耗性に優れるが、衝撃値が9J/cm
2未満と衝撃特性が低下している。さらに、(Mn+Cr)が1.0%を超え、清浄度も悪く、工具にかかる力(切削抵抗)が高く二次加工性が低下している。また、(Mn+Cr)が1.0%以上と本発明の範囲を高く超える比較例(鋼板No.9、No.10、No.11)はいずれも、残留炭化物が多めで、摩耗深さが485μm未満と耐摩耗性に優れているが、衝撃値が9J/cm
2未満と衝撃特性が低下している。さらに清浄度が悪く、工具にかかる力(切削抵抗)が高く二次加工性が低下している。また、V量が本発明の範囲を高く外れる比較例(鋼板No.13)、Mo量が本発明の範囲を高く外れる比較例(鋼板No.14)は、残留炭化物が多めで、耐摩耗性に優れるが、靱性は低下している。また、Nb量が本発明の範囲を低く外れる比較例(鋼板No.3、No.15)、Nb量が本発明の範囲を高く外れる比較例(鋼板No.16)、はいずれも、衝撃値が9J/cm
2未満と衝撃特性が低下している。なお、(Mn+Cr)が0.14%と低い本発明例(鋼板No.19)は、耐摩耗性が多少低下する傾向を示し、(Mn+Cr)が0.90%と高い本発明例(鋼板No.20)は、二次加工性が多少低下する傾向を示している。また、(Mn+Cr)が1.0%を超える比較例(鋼板No.21)、Crが本発明の範囲を高く外れる比較例(鋼板No.22)は、残留炭化物が面積率で6%を超え、耐摩耗性に優れるが、衝撃値が9J/cm
2未満と衝撃靭性が低下している。
短時間の溶体化処理後の急冷(焼入れ)処理と低温焼戻し処理(焼入れ焼戻し処理)後に、良好な衝撃特性および硬さ特性、さらには優れた耐摩耗性を有することが可能で、かつ焼入れ焼戻し処理前の二次加工性の低下が少ない、板厚が1.0mm未満の高炭素冷延鋼板を提供する。
質量%で、C:0.85〜1.10%、Mn:0.60%未満、Si:0.10〜0.35%、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Cr:0.60%未満を含み、かつMn+Crが1.0%未満を満足し、さらに、Nb:0.005〜0.020mass%を含有し、残部Fe及び不可避不純物からなる鋼板化学組成を有する高炭素冷延鋼板とする。これにより、従来鋼材に比べ、焼入れ焼戻し前の二次加工性の低下が少ない。また、炭化物の平均粒径が0.2〜0.7(μm)と、球状化率が90%以上である鋼板組織とすることにより、3〜15minという短時間の焼入れ焼戻し処理によっても、衝撃値が9J/cm