(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
同期電動機の制御装置をコストダウンするための技術として、磁極位置検出器なしで運転する、いわゆるセンサレス制御が実用化されている。
センサレス制御は、電動機の端子電圧及び電流の情報から回転子の速度と磁極位置とを演算し、これらに基づいて電流制御を行うことでトルク制御や速度制御を実現するものである。
【0003】
ここで、特許文献1には、センサレスにてベクトル制御される同期リラクタンス電動機において、回転子の磁極方向に発生する突極磁束を2次状態オブザーバにより推定し、この突極磁束推定値に基づいて速度及び磁極位置を演算する制御装置が記載されている。
上記の2次状態オブザーバによれば、回転子の磁極方向に発生する突極磁束を正確に推定することが可能であるが、複雑な演算が必要である。
【0004】
一方、電動機の電圧、電流を静止座標系でとらえ、磁束によって誘導される誘起電圧を不完全積分することにより磁束を推定する方法が知られている。
【0005】
例えば、非特許文献1には、誘導電動機において、静止座標系の一次電圧と一次電流とから二次鎖交磁束によって誘導される誘起電圧を演算し、この誘起電圧を不完全積分して二次鎖交磁束を推定する方法が開示されている(同文献の(16)式、
図2等を参照)。
また、非特許文献2には、埋込磁石同期電動機において、静止座標系の端子電圧と電流から電機子鎖交磁束によって誘導される誘起電圧を演算し、この誘起電圧を不完全積分して電機子鎖交磁束を推定する方法が開示されている(同文献の((1),(2),(21)式等を参照))。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、図に沿って本発明の実施形態を説明する。
図1は、本発明の実施形態に係る同期電動機の制御装置を示すブロック図であり、本発明を永久磁石同期電動機(以下、PMSMという)の制御装置に適用した場合のものである。
【0015】
PMSMは、回転子に同期した直交回転座標を構成するd,q軸上で電流,電圧を制御することにより、高性能なトルク制御や速度制御を実現することができる。ここで、回転子の磁極(N極)方向をd軸と定義し、d軸から90°進み方向をq軸と定義する。
しかしながら、磁極位置検出器を用いずにPMSMを運転するセンサレス制御の場合、d,q軸の位置を直接検出することができない。そこで、制御装置では、d,q軸の推定軸であるγ,δ軸を内部に仮想して制御演算を行う。
【0016】
図2は、これらの座標軸の定義を説明するための図である。なお、α,β軸は直交静止座標の構成軸である。
図2において、PMSMのu相巻線を基準としたγ軸の角度(位置推定値)θ
restとu相巻線を基準としたd軸の角度(磁極位置)θ
rとの角度差(位置推定誤差)θ
errを、数式1により定義する。
[数1]
θ
err=θ
rest−θ
r
また、d,q軸の角速度をω
r(回転子速度)と定義し、γ,δ軸の角速度(速度推定値)をω
restと定義する。
【0017】
次に、
図1の制御ブロック図について説明する。
まず、PMSMの速度制御、電流制御、及び、電圧制御について説明する。
図1において、速度指令値ω
r*と速度推定値ω
restとの偏差を減算器16により演算する。速度調節器17は、上記の偏差をゼロにするように動作してトルク指令値τ
*を演算する。
【0018】
電流指令演算器18は、トルク指令値τ
*及び速度推定値ω
restから、所望のトルクを発生するためのd軸電流指令値i
d*及びq軸電流指令値i
q*を演算し、これらのd軸電流指令値i
d*、q軸電流指令値i
q*をそれぞれγ軸電流指令値i
γ*、δ軸電流指令値i
δ*として制御に用いる。
【0019】
一方、u相電流検出器11u、w相電流検出器11wを用いてPMSM80の入力側から得た相電流検出値i
u,i
wを3相/2相変換器25に入力し、これらの相電流検出値i
u,i
w、及び、演算により得たi
vをα,β軸の電流i
α,i
βに座標変換する。α,β軸は、前述したごとく直交静止座標の構成軸であり、PMSM80のu相巻線方向をα軸と定義し、α軸から90°進み方向をβ軸と定義する。
【0020】
座標変換器14は、α,β軸電流検出値i
α,i
βを、位置推定値θ
restを用いてγ,δ軸電流検出値i
γ,i
δに座標変換する。
減算器19aはγ軸電流指令値i
γ*とγ軸電流検出値i
γとの偏差を求め、γ軸電流調節器20aは上記偏差をゼロにするように動作してγ軸電圧指令値v
γ*を演算する。また、減算器19bはδ軸電流指令値i
δ*とδ軸電流検出値i
δとの偏差を求め、δ軸電流調節器20bは上記偏差をゼロにするように動作してδ軸電圧指令値v
δ*を演算する。
【0021】
座標変換器15は、γ,δ軸電圧指令値v
γ*,v
δ*を、位置推定値θ
restを用いてα,β軸電圧指令値v
α*,v
β*に座標変換する。2相/3相変換器26は、α,β軸電圧指令値v
α*,v
β*を相電圧指令値v
u*,v
v*,v
w*に座標変換する。
【0022】
整流回路60は、三相交流電源50の交流電圧を整流して得た直流電圧をインバータ等の電力変換器70に供給する。
PWM回路13は、相電圧指令値v
u*,v
v*,v
w*から、電力変換器70の出力電圧を前記相電圧指令値に制御するためのゲート信号を生成する。電力変換器70は、ゲート信号に基づいて内部のIGBT等の半導体スイッチング素子を制御することにより、PMSM80の端子電圧を相電圧指令値v
u*,v
v*,v
w*に制御する。
以上に述べた制御により、PMSM80の速度を速度指令値ω
r*に従って制御することができる。
【0023】
次に、PMSM80の速度及び磁極位置の推定について説明する。
PMSMのd,q軸電圧方程式は、電機子鎖交磁束に着目すると数式2となる。
【数2】
【0024】
数式2の電圧方程式は、d軸方向に発生する磁束(回転子磁極と平行方向に発生する磁束)である拡張磁束を用いて、数式3のように表現することができる。
【数3】
【0025】
d,q軸電機子鎖交磁束とd,q軸拡張磁束との間には、数式4の関係がある。
[数4]
Ψ
dq=Ψ
exdq+L
qi
dq
【0026】
一方、PMSMのα,β軸電圧方程式は、電機子鎖交磁束に着目すると数式5となる。
【数5】
【0027】
数式5の右辺第2項は、電機子鎖交磁束の微分項であり、電機子鎖交磁束によって誘導される誘起電圧である。
ここで、α,β軸電機子鎖交磁束とd,q軸電機子鎖交磁束、α,β軸拡張磁束とd,q軸拡張磁束、α,β軸電流とd,q軸電流との間には、それぞれ数式6の関係が成り立つ。
【数6】
【0028】
数式4、数式6より、C(θ
r)
−1 Ψ
αβ=C(θ
r)
−1(Ψ
exαβ+L
qi
αβ)であるから、α,β軸電機子鎖交磁束とα,β軸拡張磁束との関係は数式7のようになる。
[数7]
Ψ
αβ=Ψ
exαβ+L
qi
αβ
【0029】
数式7より、pΨ
αβ=pΨ
exαβ+pL
qi
αβであり、この関係を数式5に代入することにより、PMSMのα,β軸電圧方程式は、拡張磁束を用いて数式8のようになる。
[数8]
v
αβ=R
ai
αβ+pL
qi
αβ+pΨ
exαβ
【0030】
数式8の右辺第3項は、拡張磁束の微分項であり、拡張磁束によって誘導される誘起電圧に相当する。この誘起電圧を拡張誘起電圧と定義する。
先に説明したように、拡張磁束はd軸方向に発生する磁束である。このため、α,β軸拡張磁束の角度から、磁極位置を推定することができる。
【0031】
図1における磁束推定器31は、α,β軸電圧指令値v
α*,v
β*及びα,β軸電流検出値i
α,i
βに基づいて、α,β軸拡張磁束を推定する。
この磁束推定器31によるα,β軸拡張磁束推定値の演算
方法の一例を以下に説明する。
【0032】
磁束推定器31は、拡張誘起電圧e
exαβを不完全積分することによってα,β軸拡張磁束を推定する。
まず、磁束推定器31は、数式9によりα,β軸拡張磁束推定値Ψ
exαβestを演算する。
【数9】
【0033】
数式9のただし書きにおけるv
αβは、数式5のただし書きに示したようにv
α,v
βの行列式からなり、これらのv
α,v
βには、それぞれ、α,β軸電圧指令値v
α*,v
β*を用いる。すなわち、磁束推定器31は、座標変換器15から出力されるα,β軸電圧指令値v
α*,v
β*と、3相/2相変換器25から出力されるα,β軸電流検出値i
α,i
βとを用いて、数式9によりα,β軸拡張磁束推定値Ψ
exαβestを演算する。
【0034】
なお、α,β軸拡張磁束を推定するには、α,β軸電圧指令値v
α*,v
β*の代わりに、図示されていない電圧検出回路を用いてPMSM80の相電圧または線間電圧を測定し、これらの値をα,β軸に座標変換して得たα,β軸電圧を用いても良い。
【0035】
図1の角度演算器32は、α,β軸拡張磁束推定値Ψ
exαβestの角度、及び、不完全積分に伴う位置推定誤差補償値θ
restcompから、数式10により位置推定値θ
rest0を演算する。
【数10】
【0036】
速度推定器33は、減算器35により求めた位置推定値θ
rest0と積分器34から出力される位置推定値θ
restとの偏差を比例・積分演算し、速度推定値ω
restを求める。具体的には、数式11の演算を行う。
【数11】
【0037】
積分器34は、速度推定値ω
restを積分して位置推定値θ
restを演算し、前記座標変換器14,15及び減算器35に出力する。
減算器35、速度推定器33、積分器34の演算により、位置推定値θ
restがα,β軸拡張磁束推定値Ψ
exαβestの角度から演算した位置推定値θ
rest0に一致するように速度推定値ω
restが演算される。また、この演算により、位置推定値θ
rest0に含まれるリプル成分を除去することができる。
なお、減算器35、速度推定器33、積分器34による演算の代わりに、位置推定値θ
rest0を微分して速度推定値ω
restを求めると共に、位置推定値θ
rest0をそのまま位置推定値θ
restとして用いてもよい。
【0038】
(第
1実施例)
次に、磁束推定器31によるα,β軸拡張磁束推定値の演算方法の第
1実施例につき説明する。
磁束推定器31は、α,β軸電機子鎖交磁束推定値を数式12により演算する。
【数12】
【0039】
更に、数式12のα,β軸電機子鎖交磁束推定値を用いて、数式13によりα,β軸拡張磁束推定値を演算する。
[数13]
Ψ
exαβest=Ψ
αβest−L
qi
αβ
【0040】
次いで、これらの数式12,数式13を用いたα,β軸拡張磁束推定値の演算が、
前述した数式9によるα,β軸拡張磁束推定値の演算と同等であることについて説明する。
まず、数式9は数式14のように変形することができる。
【数14】
【0041】
ここで、α,β軸誘起電圧を数式15により定義する。
【数15】
数式15を用いて数式14を変形すると、数式16,17となる。
【数16】
【数17】
【0042】
次に、α,β軸電機子鎖交磁束推定値を数式18により定義する。
この数式18を用いて数式17を変形することにより、前述した数式12のα,β軸電機子鎖交磁束推定値を導出することができる。
【数18】
【0043】
また、数式18の定義により、数式12のα,β軸電機子鎖交磁束推定値を用いて数式13のα,β軸拡張磁束推定値を導出することができる。
数式13によるα,β軸拡張磁束推定値の演算は電流微分項を含まないため、電流検出回路のノイズの影響を低減することができる。
【0044】
(第
2実施例)
次に、磁束推定器31によるα,β軸拡張磁束推定値の演算方法の第
2実施例につき説明する。
第
1実施例によるα,β軸拡張磁束推定値Ψ
exαβestの演算には、数式12のα,β軸電機子鎖交磁束推定値の演算にα,β軸拡張磁束推定値が必要である。数式12の演算をソフトウェアで実現する場合には、一般に、α,β軸拡張磁束推定値として前回演算した値を用いるため、α,β軸電機子鎖交磁束推定値に遅れが発生する。
そこで、本実施例では、α,β軸電機子鎖交磁束推定値の演算を行う直前にも、α,β軸拡張磁束推定値を演算し、その結果を用いてα,β軸電機子鎖交磁束推定値を演算することにより演算遅れの解消を可能にした。
【0045】
磁束推定器31は、まず、α,β軸拡張磁束推定値を数式19により演算する。
【数19】
【0046】
次に、数式19で求めたα,β軸拡張磁束推定値を用いて、α,β軸電機子鎖交磁束推定値を数式20により演算する。
【数20】
次いで、α,β軸拡張磁束推定値を前述した数式13により演算する。
【0047】
すなわち、本実施例では、数式19によるα,β軸拡張磁束推定値(第1の拡張磁束推定値)の演算処理、数式20によるα,β軸電機子鎖交磁束推定値の演算処理、数式13によるα,β軸拡張磁束推定値(第2の拡張磁束推定値)の演算処理を、順次実行するものである。
【0048】
なお、上述した各実施例では、本発明をPMSMの制御装置に適用した場合について説明したが、本発明は、同期リラクタンス電動機にも適用可能である。この場合、具体的には、d軸をインダクタンスが最大になる方向と定義し、各演算式における永久磁石磁束Ψ
mの値を零にすればよい。