(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0009】
[本開示が解決しようとする課題]
ところで、表面被覆切削工具は、各部位毎に損傷形態が異なる傾向がある。たとえば、スローアウェイチップを用いた研削加工では、すくい面と逃げ面とで損傷形態が大きく異なる。またドリルを用いた穴あけ加工では、ドリルの回転軸近傍の溝部部分と、回転軸から遠い外周刃部分とで損傷形態が大きく異なる。
【0010】
従来の技術では、表面被覆切削工具において、特定の部位の損傷を抑制することは可能であったものの、複数の部位の異なる形態の損傷を十分に抑制することは難しいのが実情であった。表面被覆切削工具は、被加工材の加工精度が閾値以下に低下した場合に、その寿命を終えることとなる。このため、1つの工具が抱える異なる形態の損傷のそれぞれを十分に抑制できなければ、被加工材の加工精度が低下することとなり、結果的に工具寿命は短くなることとなる。換言すれば、表面被覆切削工具は、未だ長寿命化の余地があると言える。
【0011】
本開示では、優れた工具寿命を有する表面被覆切削工具を提供することを目的とする。
[本開示の効果]
本開示によれば、優れた工具寿命を有する表面被覆切削工具を提供することができる。
【0012】
[本発明の実施形態の説明]
最初に本発明の実施態様を列記して説明する。なお、本明細書において「M〜N」という形式の表記は、範囲の上限下限(すなわちM以上N以下)を意味し、Mにおいて単位の記載がなく、Nにおいてのみ単位が記載されている場合、Mの単位とNの単位とは同じである。
【0013】
〔1〕本開示の一態様に係る表面被覆切削工具は、基材と、基材の表面を被覆する被膜とを備える表面被覆切削工具である。被膜は、A層と、A層と組成の異なるB層とが基材側から表面側に向かって交互に積層された超多層構造層を含む。超多層構造層は、厚さA
Xを有するA層および厚さB
Xを有するB層が交互に積層されるX領域と、厚さA
Yを有するA層および厚さB
Yを有するB層が交互に積層されるY領域とが、基材側から表面側に向かって交互に繰り返される構成を有する。A層の厚さA
XはA層の厚さA
Yよりも大きく、B層の厚さB
XはB層の厚さB
Yよりも小さい。A層およびB層は、Ti、Al、Cr、Si、Ta、NbおよびWからなる群より選ばれる1種以上の元素と、CおよびNからなる群より選ばれる1種以上の元素とからなる組成を有する。
【0014】
上記表面被覆切削工具が備える被膜は、A層およびB層が交互に積層された超多層構造層を有する。このため、A層に依拠する特性およびB層に依拠する特性の両特性を発揮することができる。さらに、超多層構造層は、厚さA
Xを有するA層および厚さB
Xを有するB層が交互に積層されるX領域と、厚さA
Yを有するA層および厚さB
Yを有するB層が交互に積層されるY領域とが交互に繰り返される構成を有し、A
X>A
YおよびB
X<B
Yである。このため、被膜はさらに、X領域に依拠する特性とY領域に依拠する特性とを発揮することもできる。
【0015】
このように、上記被膜は、従来と比してバリエーションに富んだ多くの特性を発揮することができる。したがって、表面被覆切削工具の一の部位において特定の損傷が生じ易く、他の一の部位において他の特定の損傷が生じ易い場合であっても、その両部位における各損傷を適切に抑制することができる。したがって、上記表面被覆切削工具は、優れた工具寿命を有することができる。
【0016】
〔2〕上記表面被覆切削工具において、超多層構造層を構成する各層について、厚さを縦軸とし、基材からの距離を横軸とした座標系において、超多層構造層に含まれるA層をプロットし、各プロットを直線で結んで得られるグラフAは、山領域と谷領域とが交互に繰り返される波形状を示し、超多層構造層に含まれるB層をプロットし、各プロットを直線で結んで得られるグラフBは、山領域と谷領域とが交互に繰り返される波形状を示す。グラフAにおいて、山領域を構成するA層は、X領域を構成するA層であり、谷領域を構成するA層は、Y領域を構成するA層である。グラフBにおいて、山領域を構成するB層は、Y領域を構成するB層であり、谷領域を構成するB層は、X領域を構成するB層である。これにより、超多層構造層における層間剥離が抑制される。
【0017】
〔3〕上記表面被覆切削工具において、X領域と、X領域に隣接する1つのY領域とからなるXY領域の厚さは、300nm以下である。これにより、超多層構造層における層間剥離がさらに抑制される。
【0018】
〔4〕上記表面被覆切削工具において、X領域と、X領域に隣接する1つのY領域とからなるXY領域は、4層以上10層以下のA層と、4層以上10層以下のB層とを含む。これにより、超多層構造層における層間剥離がさらに抑制される。
【0019】
〔5〕上記表面被覆切削工具において、A層およびB層は、それぞれ0.5nm以上30nm以下の厚さを有する。これにより、超多層構造層における層間剥離がさらに抑制される。
【0020】
〔6〕上記表面被覆切削工具において、超多層構造層は、1μm以上20μm以下の厚さを有する。これにより、超多層構造層の効果をより顕著に発揮することができる。
【0021】
〔7〕上記表面被覆切削工具において、A層はAlとCrとNとを含む化合物層であり、B層はAlとTiとSiとNとを含む化合物層である。この場合、超多層構造層は、耐酸化性の高いA層と、硬度の高いB層とを有することができるため、超多層構造層は特に優れた工具寿命を有することができる。
【0022】
[本発明の実施形態の詳細]
以下、本発明の一実施形態(以下「本実施形態」と記す)について説明する。ただし、本実施形態はこれらに限定されるものではない。なお以下の実施形態の説明に用いられる図面において、同一の参照符号は、同一部分または相当部分を表わす。また、本明細書において化合物などを化学式で表す場合、原子比を特に限定しないときは従来公知のあらゆる原子比を含むものとし、必ずしも化学量論的範囲のものに限定されるものではない。たとえば「AlCrN」と記載されている場合、AlCrNを構成する原子数の比はAl:Cr:N=0.5:0.5:1に限られず、従来公知のあらゆる原子比が含まれる。
【0023】
〈表面被覆切削工具〉
図1を用いながら、本実施形態に係る表面被覆切削工具(以下、単に「工具」ともいう)について説明する。
図1に示されるように、工具10は、基材1と、基材1の表面を被覆する被膜2と、を備える。
【0024】
工具10の形状および用途は特に制限されない。たとえば、ドリル、エンドミル、ドリル用刃先交換型切削チップ、エンドミル用刃先交換型切削チップ、フライス加工用刃先交換型切削チップ、旋削加工用刃先交換型切削チップ、メタルソー、歯切工具、リーマ、タップ、クランクシャフトのピンミーリング加工用チップなどを挙げることができる。
【0025】
また工具10は、工具10の全体が基材1と該基材1上に形成された被膜2とを含む構成を有するものに限らず、工具の一部(特に刃先部位等)のみが上記構成からなるものも含む。たとえば、基体(支持体)の刃先部位のみが上記構成で構成されていてもよい。この場合は、文言上、その刃先部位を切削工具とみなすものとする。換言すれば、上記構成が切削工具の一部のみを占める場合であっても、上記構成を表面被覆切削工具と呼ぶものとする。
【0026】
《基材》
基材1は、工具10の形状の基礎となるものである。基材1は、この種の基材として従来公知のものであればいずれも使用することができる。たとえば、超硬合金(たとえば、WC基超硬合金、WCのほか、Coを含み、あるいはTi、Ta、Nbなどの炭窒化物を添加したものも含む)、サーメット(TiC、TiN、TiCNなどを主成分とするもの)、高速度鋼、セラミックス(炭化チタン、炭化ケイ素、窒化ケイ素、窒化アルミニウム、酸化アルミニウムなど)、立方晶型窒化ホウ素焼結体、またはダイヤモンド焼結体のいずれかであることが好ましい。
【0027】
これらの各種基材の中でも超硬合金、特にWC基超硬合金、またはサーメット(特にTiCN基サーメット)を選択することが好ましい。これらの基材は、特に高温における硬度と強度のバランスに優れ、上記用途の表面被覆切削工具の基材として優れた特性を有しているためである。
【0028】
《被膜》
被膜2は、超多層構造層を有する。
図1では、被膜2が、A層とB層とからなる超多層構造層のみからなる場合を示すが、被膜2は他の層を備えていてもよい。他の層としては、基材1と超多層構造層の間に配置される下地層、超多層構造層の上方に配置される表面層などが挙げられる。また、被膜2は、基材1の表面の一部(たとえば刃先部分)または全部に形成されていてもよい。
【0029】
被膜2の厚さは特に制限されず、たとえば1〜20μmとすることができる。被膜2が1μm未満の場合、後述する超多層構造層を十分な厚さで有することが難しくなり、超多層構造層による効果を十分に発揮できない恐れがある。また、被膜2による特性の付与が不十分となる場合がある。被膜2が20μmを超える場合、切削加工時に加わる大きな圧力に起因する被膜2の剥離が発生する恐れがある。
【0030】
被膜2の厚さは、次のようにして求めることができる。まず、工具10の任意の位置を切断し、被膜2の断面を含む試料を作製する。試料の作製には、集束イオンビーム装置、クロスセクションポリッシャ装置等を用いることができる。次に、作製された試料をSEMまたはTEMで観察し、観察画像に被膜の厚さ方向の全域が含まれるように倍率を調整する。そして、その厚さを5点以上測定し、その平均値を被膜2の厚さとする。他の各層の厚さについても、特に説明がない限り、同様の方法により計測することができる。
【0031】
《超多層構造層以外の層》
被膜2は、その最表面を構成する表面層を有することが好ましく、該表面層の格子定数が超多層構造層よりも大きいことが好ましい。超多層構造層は、後述するPVD法により製造されるため、その内部に圧縮応力を含む傾向がある。被膜の内部に残存する圧縮応力は、被膜の耐剥離性を低下させる傾向がある。
【0032】
これに対し、超多層構造層よりも大きな格子定数を有する表面層、換言すれば、超多層構造層よりも圧縮応力の小さな表面層を、超多層構造層上に配置させた場合、被膜全体の圧縮応力が緩和(低減)されることとなる。したがって、上記表面被覆切削工具が、超多層構造層よりも大きな格子定数を有する表面層を含む場合には、耐剥離性が向上することとなり、もってさらなる長寿命化が可能となる。なお表面層および超多層構造層の各格子定数は、θ−2θ法を用いたX線回折により求めることができる。また、TEMの付帯装置を用いた電子回折法によっても各格子定数を求めることができる。
【0033】
また被膜2は、超多層構造層と基材1との間に、被膜2と基材1との密着性を高めるための下地層を有していてもよい。
【0034】
《超多層構造層》
超多層構造層は、A層と、A層と組成の異なるB層とが、基材側(基材1と接する面側)から表面側(基材1と接する面側の反対の面側)に向かって交互に積層された構成を有する。
【0035】
A層およびB層は、Ti、Al、Cr、Si、Ta、NbおよびWからなる群より選ばれる1種以上の元素と、CおよびNからなる群より選ばれる1種以上の元素とからなる組成を有する。具体的な組成としては、AlCrN、AlTiN、TiSiN、TiNbN、TiWN、AlTiSiNなどが挙げられる。
【0036】
特に本実施形態に係る超多層構造層は、以下(1)および(2)を満たすことを特徴としている。
(1)厚さA
Xを有するA層および厚さB
Xを有するB層が交互に積層されるX領域と、厚さA
Yを有するA層および厚さB
Yを有するB層が交互に積層されるY領域とが、基材側から表面側に向かって交互に繰り返される構成を有している;
(2)A層の厚さA
XはA層の厚さA
Yよりも大きく、B層の厚さB
XはB層の厚さB
Yよりも小さい。
【0037】
なお
図1では、最も基材に近い層がA層である場合を例示するが、超多層構造層の構成はこれに限られず、最も基材に近い層がB層であってもよい。また、
図1では、最も基材に近い領域がX領域である場合を例示するが、超多層構造層の構成はこれに限られず、最も基材に近い領域がY領域であってもよい。最も表面に近い領域についても同様である。
【0038】
上記(1)および(2)を満たす超多層構造層を含む被膜2は、A層に依拠する特性およびB層に依拠する特性の両特性を発揮することができる。さらに、被膜2は、X領域に依拠する特性とY領域に依拠する特性とを発揮することもできる。したがって結果的に、被膜2は、従来と比してバリエーションに富んだ多くの特性を発揮することができる。
【0039】
このため、被膜2を有する工具10においては、従来であれば、一の部位において特定の損傷が生じ易く、他の一の部位において他の特定の損傷が生じ易い場合であっても、その両部位における各損傷を適切に抑制することができる。したがって、工具10は、優れた工具寿命を有することができる。
【0040】
これに対し、たとえば特許文献1のように、各層の厚さが均一な多層構造層では、上述のような種々の特性を発揮することはできない。また特許文献3のように、不規則な周期を有する多層構造層では、ロット毎のばらつきが避けられない。
【0041】
《第1の超多層構造層》
図1〜
図4を用いながら、本実施形態に係る超多層構造層の一例である第1の超多層構造層を具体的に説明する。
【0042】
第1の超多層構造層は、上記(1)および(2)を満たし、さらに、以下(3)〜(6)を満たすことを特徴としている。
(3)各層の厚さを縦軸とし、各層の基材からの距離を横軸とした座標系において、超多層構造層に含まれるA層をプロットし、各プロットを直線で結んで得られるグラフAは、山領域と谷領域とが交互に繰り返される波形状を示す;
(4)同座標系において、超多層構造層に含まれるB層をプロットし、各プロットを直線で結んで得られるグラフBは、山領域と谷領域とが交互に繰り返される波形状を示す;
(5)グラフAにおいて、山領域を構成するA層はX領域を構成するA層であり、谷領域を構成するA層はY領域を構成するA層である;
(6)グラフBにおいて、山領域を構成するB層はY領域を構成するB層であり、谷領域を構成するB層はX領域を構成するB層である。
【0043】
上記(3)〜(6)について、
図1〜
図4を用いながら具体的に説明する。説明の便宜上、A層のうち最も基材側に位置するA層をA
1層とし、基材側から表面側に向かって、順にA
1層、A
2層、A
3層、・・・A
10層とする。同様に、B層のうち最も基材側に位置するB層をB
1層とし、基材側から表面側に向かって、順にB
1層、B
2層、B
3層、・・・B
10層とする。
【0044】
さらに、A
1層からA
10層までの各厚さを、それぞれ3nm、4nm、3nm、2nm、1nm、2nm、3nm、4nm、3nm、2nmと仮定し、B
1層からB
10層までの各厚さを、それぞれ2nm、1nm、2nm、3nm、4nm、3nm、2nm、1nm、2nm、3nmと仮定する。
【0045】
なお
図1においては、10層のA層と10層のB層とが示されているが、最上層であるB
10層の上には、さらにA層、B層がこの順に積層された積層構造が存在しても良いことは言うまでもない(
図1においては、これをドットで示している)。
【0046】
上記仮定によれば、第1の超多層構造層は、3〜4nmの厚さを有するA層(A
1〜A
3層およびA
7〜A
9層)と、1〜2nmの厚さを有するA層(A
4〜A
6層およびA
10層)と、を有することとなる。また第1の超多層構造層はさらに、1〜2nmの厚さを有するB層(B
1〜B
3層およびB
7〜B
9層)と、3〜4nmの厚さを有するB層(B
4〜B
6層およびB
10層)と、を有することとなる。
【0047】
3〜4nmの厚さを有するA
1〜A
3層と、1〜2nmの厚さを有するB
1〜B
3層とが、
図1に示すように交互に積層される領域と、3〜4nmの厚さを有するA
7〜A
9層と、1〜2nmの厚さを有するB
7〜B
9層とが、
図1に示すように交互に積層される領域とが、X領域である。一方、1〜2nmの厚さを有するA
4〜A
6層と、3〜4nmの厚さを有するB
4〜B
6層とが、
図1に示すように交互に積層される領域が、Y領域である。すなわち、X領域を構成するA
1〜A
3層およびA
7〜A
9層の各厚さは、3nmまたは4nmであり、Y領域を構成するA
4〜A
6層の各厚さは、1nmまたは2nmである。またX領域を構成するB
1〜B
3層およびB
7〜B
9層の各厚さは、1nmまたは2nmであり、Y領域を構成するB
4〜B
6層の各厚さは、3nmまたは4nmである。
【0048】
したがって、第1の超多層構造層は、厚さA
Xを有するA層および厚さB
Xを有するB層が交互に積層されるX領域と、厚さA
Yを有するA層および厚さB
Yを有するB層が交互に積層されるY領域とが、基材側から表面側に向かって交互に繰り返される構成を有していることとなる。また、X領域を構成するA層の厚さA
X(3nmおよび4nm)は、Y領域を構成するA層の厚さA
Y(1nmおよび2nm)よりも大きく、X領域を構成するB層の厚さB
X(1nmおよび2nm)は、Y領域を構成するB層の厚さB
Y(3nmおよび4nm)よりも小さいこととなる。
【0049】
まず、上記(3)および(5)について説明する。A
1〜A
10層に関し、各層の厚さを縦軸とし、各層の基材からの距離を横軸とした座標系にプロットし、各プロットを直線で結んで得られるグラフAを作成した場合、
図2に示すように、山領域と谷領域とが交互に繰り返される波形状を示すこととなる。なお各層の基材からの距離とは、基材と各層の厚さ方向の中間位置との距離とする。
【0050】
詳細には、A
1〜A
3層およびA
7〜A
9層の6個の層が、山領域を構成するA層であり、A
4〜A
6層およびA
10層の4つの層が、谷領域を構成するA層である。
図2から分かるように、グラフAにおける「山領域」とは、中間点から極大点まで連続的に増加して引き続き隣の中間点にまで連続的に減少する領域であり、「谷領域」とは、中間点から極小点まで連続的に減少して引き続き隣の中間点にまで連続的に増加する領域である。
【0051】
ここで、上記中間点は、極大点の値と、これに隣接する極小点の値との中間となる値を有する点である。本実施形態では、理解を容易とするために(図が複雑化するのを避けるために)、3つの中間点の各値が、4nm(極大点)と1nm(極小点)との中間点(2.5nm)で一致する場合が例示されるが、各中間点の値は異なる場合もある。後述するグラフBについても同様である。
【0052】
次に上記(4)および(6)について説明する。B
1層〜B
10層に関し、各層厚さを縦軸とし、各層の基材からの距離を横軸とした座標系にプロットし、各プロットを直線で結んで得られるグラフBを作成した場合、
図3に示すように、山領域と谷領域とが交互に繰り返される波形状を示すこととなる。
【0053】
詳細には、B
1〜B
3層およびB
7〜B
9層の6個の層が、谷領域を構成するB層であり、B
4〜B
6層およびB
10層の4個の層が、山領域を構成するB層である。
図3から分かるように、グラフBにおける「山領域」とは、中間点から極大点まで連続的に増加して引き続き隣の中間点にまで連続的に減少する領域であり、「谷領域」とは、中間点から極小点まで連続的に減少して引き続き隣の中間点にまで連続的に増加する領域である。中間点の決定方法は、グラフAと同様である。
【0054】
ところで、
図2を別の角度から観察すれば、A層は、基材側から表面側に向かって、その厚さが連続的に増加する領域と、その厚さが連続的に減少する領域とが交互に繰り返される構成を有しているとも言える。また
図3を別の角度から観察すれば、B層は、基材側から表面側に向かって、その厚さが連続的に増加する領域と、その厚さが連続的に減少する領域とが交互に繰り返される構成を有しているとも言える。
【0055】
さらに
図4は、
図2および
図3を重ねあわせたグラフとなる。
図4から、第1の超多層構造層において、A層の厚さが基材側から表面側に向かって連続的に増加している領域においては、B層の厚さは基材側から表面側に向かって連続的に減少しており、A層の厚さが基材側から表面側に向かって連続的に減少している領域においては、B層の厚さは基材側から表面側に向かって連続的に増加していることが分かる。したがって、A層の厚さの変化とB層の厚さの変化は、相対していると言うこともできる。
【0056】
そうすると、第1の超多層構造層は、
A層と、該A層と組成の異なるB層とが、基材側から表面側に向かって交互に積層された構成を有し、かつ
V領域とW領域とが基材側から表面側に向かって交互に繰り返される構成を有し、
V領域において、
A層の厚さは、基材側から表面側に向かって連続的に増加し、
B層の厚さは、基材側から表面側に向かって連続的に減少し、
W領域において、
A層の厚さは、基材側から表面側に向かって連続的に減少し、
B層の厚さは、基材側から表面側に向かって連続的に増加する、構造を有していると規定することもできる。
【0057】
被膜2が、上記(1)〜(6)を満たす第1の超多層構造層を含むことは、次のようにして確認することができる。まず、STEM(Scanning Transmission Electron Microscopy)を用いて、上述と同様の方法により作製された試料を20万倍以上の倍率で観察し、HAADF(High-Angle Annular Dark-field)像を得る。
【0058】
図5は、超多層構造層の顕微鏡像を捉えた図面代用写真であり、
図6は、
図5の点線囲い部分を拡大して示す図面代用写真である。
図5において、超多層構造層のX領域およびY領域の繰り返しが観察されており、
図6においては、さらにX領域内の多層構造およびY領域内の多層構造も観察されている。
【0059】
詳細には、
図5の超多層構造層は、AlCrNからなるA層と、AlTiSiNからなるB層とを有している。HAADF像においては、式量(構成元素の各原子量の合計)の小さいA層が濃い色相(黒色)で観察され、式量の大きいB層が淡い色相(灰色または白色)で観察される。そうすると、
図5に示されるように、比較的厚いA層を含むX領域は、比較的濃い色相で観察され、比較的薄いA層を含むY領域は、比較的薄い色相で観察される。また
図5の超多層構造層をさらに高い倍率で観察することにより、
図6に示されるように、X領域およびY領域のそれぞれが、複数の濃い領域(A層)と複数の淡い領域(B層)とが積層された構造を有していることが観察される。
【0060】
得られたHAADF像において、超多層構造層の厚さ方向(
図6において矢印で示す方向)に関する強度プロファイル(Zコントラスト)を得る。得られた強度プロファイルに基づいて、強度を縦軸とし、測定開始点からの距離を横軸とした座標系におけるグラフを作成する。Zコントラストの強度は原子量の2乗に比例する。このため、AlCrNからなるA層と、AlTiSiNからなるB層とは、コントラストの強度プロファイルに基づいて区別することができる。
【0061】
図7は、
図6に示す顕微鏡像(HAADF像)の矢印方向におけるコントラストの強度プロファイルを示すグラフである。AlCrNからなるA層と、AlTiSiNからなるB層とを比較すると、A層が最も原子量の大きい原子(Cr)を含有する。このため、A層はB層よりも強い強度を示すこととなる。このことから、
図7において凸形状を示す領域をA層とみなし、
図7において凹形状を示す領域をB層とみなすことができる。さらに、
図7から、1つの凸領域における極大点Pmaxと、該凸領域に隣接する1つの凹領域における極小点Pminとの中間点Pmidを、該凸領域と該凹領域の境界(A層とB層との境界)と決定する。他の境界についても同様である。
【0062】
このようにしてA層とB層との各境界が決定され、これに伴い各A層および各B層の厚さを決定することができる。各層の厚さが決定されれば、各層の厚さにより区別されるX領域およびY領域についても決定することができる。なおA層およびB層が交互に積層されていること、X領域およびY領域が交互に繰り返されていることは、上述のようにHAADF像の濃淡からも確認することができる。さらに、各層の厚さの結果に基づいて、グラフAおよびグラフBを作成することができる。
【0063】
図7の強度プロファイルに基づいて、超多層構造層に含まれるA層およびB層について、各層の厚さを縦軸とし、測定開始点からの距離を横軸とした座標系にプロットしたグラフを、
図8に示す。
図8の白抜き四角のプロットを直線で結ぶことによりグラフAが得られ、
図8の黒菱形のプロットを直線で結ぶことによりグラフBが得られる。
図8のグラフから、
図5の超多層構造層は、A層が2〜5nm程度の厚さを有し、B層が4〜7nm程度の厚さを有し、全体としてA層よりもB層の方が厚い傾向を有していることが分かる。
【0064】
以上のようにして、超多層構造層が上記(1)〜(6)を満たすことを確認することができる。また各層の組成は、TEM付帯のEDX装置を用いて、上記のHAADF像を分析することにより確認することができる。このとき、スポット径は1nmとし、各層において無作為に抽出した5点で得られた各組成比の算術平均値を各組成とする。
【0065】
以上詳述した第1の超多層構造層は、A層に依拠する特性およびB層に依拠する特性の両特性を発揮することができる。さらに第1の超多層構造層は、X領域に依拠する特性とY領域に依拠する特性とを発揮することもできる。したがって結果的に、被膜2は、従来と比してバリエーションに富んだ多くの特性を発揮することができる。
【0066】
特に、第1の超多層構造層において、A層の厚みは、基材側から表面側に向けて、連続的な増減を繰り返し、B層の厚みもまた、基材側から表面側に向けて連続的な増減を繰り返すことを特徴とする。このような構成を有する超多層構造層においては、さらに層間剥離が十分に抑制されることとなる。これは、超多層構造層の厚さ方向において、各層の厚さが緩やかに変化するために、層間に発生する応力差を小さく維持できるためと考えらえる。したがって、第1の超多層構造層は、工具寿命に顕著に優れることとなる。
【0067】
《第2の超多層構造層》
図9〜
図12を用いながら、本実施形態に係る超多層構造層の他の一例である第2の超多層構造層を具体的に説明する。
【0068】
第2の超多層構造層は、上記(1)〜(6)を満たす。ただし、第2の超多層構造層は、グラフAにおける各「山領域」および各「谷領域」、並びにグラフBにおける各「山領域」および各「谷領域」の形状が、第1の超多層構造層と異なっている。
【0069】
説明の便宜上、A層のうち最も基材側に位置するA層をA
1層とし、基材側から表面側に向かって、順にA
1層、A
2層、A
3層、・・・A
10層とする。同様に、B層のうち最も基材側に位置するB層をB
1層とし、基材側から表面側に向かって、順にB
1層、B
2層、B
3層、・・・B
10層とする。さらに、A
1層からA
10層までの各厚さを、それぞれ4nm、4nm、4nm、1nm、1nm、1nm、4nm、4nm、4nm、1nmと仮定し、B
1層からB
10層までの各厚さを、それぞれ1nm、1nm、1nm、4nm、4nm、4nm、1nm、1nm、1nm、4nmと仮定する。
【0070】
なお
図9においては、10層のA層と10個のB層とが示されているが、最上層であるB
10層の上には、さらにA層、B層がこの順に積層された積層構造が存在してもよいことは言うまでもない(
図9においては、これをドットで示している)。
【0071】
上記仮定によれば、第2の超多層構造層は、4nmの厚さを有するA層(A
1〜A
3層およびA
7〜A
9層)と、1nmの厚さを有するA層(A
4〜A
6層およびA
10層)と、を有することとなる。また第2の超多層構造層はさらに、1nmの厚さを有するB層(B
1〜B
3層およびB
7〜B
9層)と、4nmの厚さを有するB層(B
4〜B
6層およびB
10層)と、を有することとなる。
【0072】
4nmの厚さを有するA
1〜A
3層と、1nmの厚さを有するB
1〜B
3層とが、
図9に示すように交互に積層される領域と、4nmの厚さを有するA
7〜A
9層と、1nmの厚さを有するB
7〜B
9層とが、
図9に示すように交互に積層される領域とが、X領域である。一方、1nmの厚さを有するA
4〜A
6層と、4nmの厚さを有するB
4〜B
6層とが、
図9に示すように交互に積層される領域が、Y領域である。すなわち、X領域を構成するA
1〜A
3層およびA
7〜A
9層の各厚さは、4nmであり、Y領域を構成するA
4〜A
6層の各厚さは、1nmである。またX領域を構成するB
1〜B
3層およびB
7〜B
9層の各厚さは、1nmであり、Y領域を構成するB
4〜B
6層の各厚さは、4nmである。
【0073】
したがって、第2の超多層構造層は、厚さA
Xを有するA層および厚さB
Xを有するB層が交互に積層されるX領域と、厚さA
Yを有するA層および厚さB
Yを有するB層が交互に積層されるY領域とが、基材側から表面側に向かって交互に繰り返される構成を有していることとなる。また、X領域を構成するA層の厚さA
X(4nm)は、Y領域を構成するA層の厚さA
Y(1nm)よりも大きく、X領域を構成するB層の厚さB
X(1nm)は、Y領域を構成するB層の厚さB
Y(4nm)よりも小さいこととなる。
【0074】
上記(3)〜(6)について説明する。A
1〜A
10層に関しグラフAを作成した場合、
図10に示すように、山領域と谷領域とが交互に繰り返される波形状を示すこととなる。またB
1〜B
10層に関しグラフBを作成した場合、
図11に示すように、山領域と谷領域とが交互に繰り返される波形状を示すこととなる。なお
図12は、
図10と
図11とを重ねあわせたグラフとなる。
【0075】
上述の第1の超多層構造層においては、
図2および
図3に示されるように、「山領域」とは、中間点から極大点まで増加して引き続き隣の中間点にまで減少する領域であり、「谷領域」とは、中間点から極小点まで減少して引き続き隣の中間点にまで増加する領域である。
【0076】
これに対し、第2の超多層構造層においては、
図10および
図11に示されるように、各グラフの「山領域」および「谷領域」は、それぞれ同じ厚さの層により構成されている。すなわち、第2の実施形態のグラフAおよびグラフBは、第1の実施形態のように、極大点および極小点を有する正弦波状の波形状を描くのではなく、矩形波状の波形状を描くことを特徴とする。
【0077】
第2の超多層構造層を含む被膜を備える工具10においても、上述と同様の理由により、被膜2は従来と比してバリエーションに富んだ多くの特性を発揮することができ、もって工具寿命に顕著に優れることができる。
【0078】
《超多層構造層のより好ましい態様》
本実施形態に係る超多層構造層の例として、第1の超多層構造層および第2の超多層構造層について上述した。このような本実施形態に係る超多層構造層のより好ましい態様について以下に列挙する。
【0079】
超多層構造層において、X領域と、X領域に隣接する1つのY領域とからなるXY領域の厚さは、たとえば30〜2500nmとすることができる。特にXY領域の厚さは、300nm以下であることが好ましい。この場合、超多層構造層における層間剥離がさらに抑制されることとなり、もって工具10のさらなる長寿命化が可能となる。この理由は明確ではないが、このような厚さの場合に、各領域間の残留応力の差が低減される傾向があると考えられる。
【0080】
超多層構造層において、X領域と、X領域に隣接する1つのY領域とからなるXY領域は、たとえば3〜15層のA層と、3〜15層のB層とを含むことができる。特にXY領域は、4〜10層のA層と、4〜10層のB層とを含むことが好ましい。各層の数が4層以上の場合、各領域における各層の厚さの変化をさらに穏やかにすることができる。一方、各層の数が10層以上の場合、各層の厚さの変化が穏やかになる一方で、超多層構造層の構造の制御が困難となり、結果的に特性のばらつきを引き起こすことが懸念される。このため、XY領域が、4〜10層のA層と、4〜10層のB層とを含むことにより、超多層構造層における層間剥離がさらに抑制されることとなり、もって工具10のさらなる長寿命化が可能となる。
【0081】
超多層構造層において、A層およびB層の各厚さは、それぞれたとえば0.5〜100nmとすることができる。特にA層およびB層は、それぞれ0.5〜30nmの厚さを有することが好ましい。このような厚さのA層およびB層からなる超多層構造層においては、層間剥離がさらに抑制されることとなる。
【0082】
超多層構造層は、1〜20μmの厚さを有することが好ましい。超多層構造層が1μm未満の場合、超多層構造層による効果を十分に発揮できない恐れがある。超多層構造層が20μmを超える場合、切削加工時に加わる大きな圧力に起因する超多層構造層の剥離が発生する恐れがある。
【0083】
超多層構造層において、A層はAlとCrとNとを含む化合物層であり、B層はAlとTiとSiとNとを含む化合物層であることが好ましい。このようなA層は耐酸化性に特に優れ、このようなB層は硬度に特に優れる傾向がある。耐酸化性および硬度は、切削工具の工具寿命に顕著に関係する特性である。換言すれば、被膜がこのようなA層およびB層からなる超多層構造層を含む場合、工具10は、特に優れた工具寿命を有することができる。
【0084】
超多層構造層は、硬度Hが35GPa以上超であり、かつ硬度Hとヤング率Eとの比H/Eが0.5以上超であることが好ましい。このような超多層構造層は、さらに耐摩耗性に優れるとともに、破壊強度に優れることができる。したがってたとえば、耐熱合金などの難削材の切削加工を行う際に、特に優れた性能を発揮することができる。
【0085】
超多層構造層の硬度Hおよびヤング率Eは、ISO 14577−1:2015におけるナノインデンテーション法に基づいて求めることができる。具体的には、超多層構造層の表面に対する押し込み深さが0.2μmになるように制御された荷重で、圧子を押し込むことにより、硬度Hおよびヤング率Eを求める。ナノインデンテーション法が利用可能な超微小押し込み硬さ試験機としては、エリオニクス社製の「ENT−1100a」が挙げられる。なお超多層構造層上に表面層などの他の層が存在する場合には、カロテスト、斜めラッピングなどをすることにより、超多層構造層を表面に露出させる。
【0086】
超多層構造層の硬度Hの上限値は特に制限されないが、耐チッピング性の向上の観点からは、45GPa以下であることが好ましい。また比H/Eは、基材の弾性変形特性との整合性の観点から、0.12以下であることが好ましい。
【0087】
〈表面被覆切削工具の製造方法〉
上述の超多層構造層を含む被膜を備える表面被覆切削工具は、次のような方法によって製造することができる。当該製造方法は、少なくとも基材を準備する工程と、被膜を形成する工程とを備える。
【0088】
《基材を準備する工程》
本工程では、基材が準備される。たとえば基材が超硬合金からなる場合、一般的な粉末冶金法によって準備され得る。たとえば、まず、ボールミル等によってWC粉末とCo粉末等とを混合して混合粉末を得る。次に、混合粉末を乾燥した後、所定の形状に成形して成形体を得る。次に、成形体を焼結することにより、WC−Co系超硬合金(焼結体)が得られる。次に、必要に応じて、焼結体に対して、ホーニング処理等の所定の刃先加工を施すことにより、WC−Co系超硬合金からなる基材を準備することができる。
【0089】
《被膜を形成する工程》
本工程では、PVD法により被膜が形成される。PVD法としては、アークイオンプレーティング(AIP)法、バランスドマグネトロンスパッタリング法、アンバランスドマグネトロンスパッタリング法等がある。超多層構造層の製造容易性の観点から、AIP法を用いることが好ましい。
【0090】
図13および
図14を用いながら、AIP法に用いられる成膜装置について説明する。
図13および
図14に示される成膜装置100は、チャンバ20と、チャンバ20に原料ガスを導入するためのガス導入口21と、原料ガスを外部に排出するためのガス排出口22とを備える。チャンバ20は真空ポンプ(図示せず)に接続されており、ガス排出口22を通じてチャンバ20内の圧力を調整できるように構成されている。
【0091】
チャンバ20内には、回転テーブル23が設けられており、回転テーブル23には基材1を保持するための基材ホルダ24が取り付けられている。基材ホルダ24は、バイアス電源25の負極に電気的に接続されている。バイアス電源25の正極はアースされ、かつチャンバ20と電気的に接続されている。
【0092】
またチャンバ20の側壁には、被膜を構成する各層の金属原料となるアーク式蒸発源(ターゲット25a,25b)が取り付けられている。アーク式蒸発源はそれぞれ、可変電源である直流電源26a,26bの負極に接続されている。直流電源26a,26bの正極はアースされている。
【0093】
上記の成膜装置100を用いて被膜を成膜するに当たって、下地層および表面層などの超多層構造層以外の層は、次のように形成される。すなわちまず、成膜装置100内の基材ホルダ24に、基材1が取り付けられる。次に、真空ポンプによりチャンバ20内の圧力が減圧される(たとえば1.0×10
-4Pa程度)。さらに回転テーブル23を一定の速度で回転させながら、成膜装置100内に設置されたヒータ(図示せず)によって基材1が加熱される。
【0094】
基材1の温度が十分に上昇された後、層を構成する原子のうちの非金属元素(C、N、BまたはO)を含む反応性ガスを、ガス導入口21から導入しながら、基材1にバイアス電圧を印加する。また、ターゲット25a,25bに対し、それぞれ同一かつ一定のアーク電流を供給する。なおターゲット25a,25bは、層を構成する原子のうちの金属元素を含む反応性ガスである。表面層の格子定数を超多層構造層の格子定数よりも大きくする場合には、たとえば、表面層成膜時に基材1に印加されるバイアス電圧を、超多層構造層の成膜時のバイアス電圧よりも小さくすればよい。以上により、下地層および表面層などの超多層構造層以外の層が形成される。
【0095】
なお、被膜の形成に先だって、基材の表面に対してイオンボンバードメント処理を実施することが好ましい。基材の表面を清浄化でき、その上に形成される被膜の均質性を高めることができるためである。AIP法によれば、この処理を容易に実施することができる。
【0096】
一方、被膜のうちの超多層構造層の製造方法は、ターゲット25a,25bに供給されるアーク電流が変化する点で、上記の方法と大きく相違する。なお、反応性ガスは、Cおよび/またはNを含むガスとなる。
【0097】
具体的には、ターゲット25aがA層を構成する金属元素を含む金属原料であり、ターゲット25bがB層を構成する金属元素を含む金属原料である場合、ターゲット25aに供給する電流は、A層の厚さの変化に対応するように経時的に変化させ、ターゲット25bに供給する電流は、B層の厚さの変化に対応するように経時的に変化させる。
【0098】
ターゲット25aに供給される電流が大きいときに成膜されたA層の厚さは大きくなり、ターゲット25aに供給される電流が小さいときに成膜されたA層の厚さは小さくなる。同様に、ターゲット25bに供給される電流が大きいときに成膜されたB層の厚さは大きくなり、ターゲット25bに供給される電流が小さいときに成膜されたB層の厚さは小さくなる。
【0099】
すなわち、
図1〜
図4に示される第1の超多層構造層を成膜する場合には、ターゲット25aに供給される電流の大きさを
図2に示されるグラフに対応するように変化させ、ターゲット25bに供給される電流の大きさを
図3に示されるグラフに対応するように変化させる。また
図9〜
図12に示される第2の超多層構造層を成膜する場合には、ターゲット25aに供給される電流の大きさを
図10に示されるグラフに対応するように変化させ、ターゲット25bに供給される電流の大きさを
図11に示されるグラフに対応するように変化させる。
【0100】
このように、超多層構造層を構成する各層の厚さは、各ターゲットに供給される電流の大きさにより制御することができる。また回転テーブルの回転速度を下げることにより、形成される層の厚さを全体的に大きくすることもできる。また各層の積層回数および超多層構造層の厚さは、処理時間の調整により制御することができる。またXY領域に含まれるA層およびB層の数は、電流の供給時間の調整により制御することができる。以上により、超多層構造層が形成される。
【0101】
上記においては、成膜装置100が1軸回転機構を有する場合の成膜方法について説明したが、たとえば成膜装置100が3軸回転機構を有する場合には、3軸の各回転周期を調製することにより、超多層構造層を構成する各層の厚さを制御することができる。
【実施例】
【0102】
以下、実施例を挙げて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。No.1〜9の表面被覆切削工具は、上述の第2の超多層構造層を備えている。No.10〜18は比較例である。No.19〜50の表面被覆切削工具は、上述の第1の超多層構造層を備えている。
【0103】
〈各特性の確認方法〉
超多層構造層を構成する各層の厚さは、上述の方法のように、HAADF像から得られるZコントラストの強度プロファイルから求めた。また各層の厚さに基づいてグラフAおよびグラフBを作成し、各グラフから得られる情報(X領域およびY領域を構成する各層の数、XY領域の厚さ等)を確認した。各層の組成は、上述の方法のように、TEM付帯のEDX装置を用いてHAADF像を分析することにより確認した。
【0104】
〈検討1:No.1〜18〉
《No.1の表面被覆切削工具の製造》
基材として、外径8mmのドリル(JIS K10 超硬合金製、形状:MDW0800HGS5)を準備した。次に、
図13に示す1軸回転機構を有する成膜装置100のチャンバ20内に、基材をセットし、チャンバ20内の真空引きを行った。その後、回転テーブル23を3rpmで回転させながら基材を500℃に加熱した。次に、真空チャンバ20内にArガスを1Paで導入し、タングステンフィラメントを放電させてArイオンを発生させ、基材に−500Vのバイアス電圧を印加した。これにより、Arイオンによる工具基材のイオンボンバードを行った。
【0105】
次に、エッチング後の基材表面に対し、No.1の超多層構造層を成膜させた。No.1の超多層構造層の特徴を表1に示す。
【0106】
【表1】
【0107】
表1に示されるように、No.1の超多層構造層は、厚さ48nm(厚さA
X)を有するA層と、厚さ57nm(厚さB
X)を有するB層が交互に積層されるX領域と、厚さ36nm(厚さA
Y)を有するA層と、厚さ71nm(厚さB
Y)を有するB層とが交互に積層されるY領域とが、基材側から表面側に向かって交互に繰り返される構成を有している。A層の組成はAl
0.7Cr
0.3Nであり、B層の組成はTi
0.5Al
0.5Nである。またXY領域の厚さは1590nmであり、XY領域に含まれるA層およびB層の数は、それぞれ15であった。この超多層構造層の成膜条件を以下に示す。
【0108】
ターゲットA :Al(70原子%)、Cr(30原子%)
ターゲットB :Ti(50原子%)、Al(50原子%)
導入ガス :N
2
成膜圧力 :6.0Pa
ターゲットAへの電流供給:60秒間150Aを供給する工程(A
X工程)と、引き続き45秒間150Aを供給する工程(A
Y工程)とを繰り返す
ターゲットBへの電流供給:65秒間150Aを供給する工程(B
X工程)と、引き続き80秒間150Aを供給する工程(B
Y工程)とを繰り返す
基板バイアス電圧 :50V
テーブル回転数 :2rpm
処理時間 :90分。
【0109】
ターゲットAへのアーク電流供給がA
X工程であるタイミングでは、ターゲットBへのアーク電流供給はB
X工程となり、ターゲットAへのアーク電流供給がA
Y工程であるタイミングでは、ターゲットBへのアーク電流供給はB
Y工程となるように制御された。A
X工程により厚さA
Xを有するA層が形成され、A
Y工程により厚さA
Yを有するA層が形成され、B
X工程により厚さB
Xを有するB層が形成され、B
Y工程により厚さB
Yを有するB層が形成された。
【0110】
《No.2〜9の表面被覆切削工具の製造》
超多層構造層の成膜条件を変更することにより、超多層構造層の構成を表1に示すように変更した以外は、No.1と同様の方法によりNo.2〜9の表面被覆切削工具を製造した。
【0111】
具体的には、X領域を構成するA層の厚さA
X、Y領域を構成するA層の厚さA
Y、X領域を構成するB層の厚さB
X、およびY領域を構成するB層の厚さB
Yは、それぞれA
X工程、A
Y工程、B
X工程およびB
Y工程における各アーク電流の大きさの増減により調製された。なお、アーク電流が大きくなるほど各層の厚さは大きくなり、アーク電流が小さくなるほど各層の厚さは小さくなる。
【0112】
また、X領域を構成するA層の数、Y領域を構成するA層の数、X領域を構成するB層の数、およびY領域を構成するB層の数は、それぞれA
X工程、A
Y工程、B
X工程およびB
Y工程の各時間の増減により調製された。なお、供給する時間が長くなるほど各層の数は大きくなり、供給する時間が短くなるほど各層の数は小さくなる。
【0113】
《No.10〜18の表面被覆切削工具の製造》
No.1と同様の基材を用い、該基材の表面に対し、超多層構造層に代えて、表2に示す層を形成した以外は、No.1と同様の方法によりNo.10〜18の表面被覆切削工具を製造した。
【0114】
【表2】
【0115】
具体的には、No.10〜14においては、ターゲットAおよびターゲットBの組成を同一にし、ターゲットAおよびターゲットBに対し、同一の大きさのアーク電流(150A)を連続して供給した。一方、No.15〜18においては、A層を構成する金属元素の組成を有するターゲットAと、B層を構成する金属元素の組成を有するターゲットBとを用い、ターゲットAおよびターゲットBに対し、同一のアーク電流(150A)を連続して供給した。
【0116】
《試験1》
No.1〜18の表面被覆切削工具を用い、以下の条件で穴あけ試験を行った。穴の数が100個増える毎に、最後に開けられた穴の寸法精度を確認し、寸法精度が規定の範囲を外れていた場合、表面被覆切削工具が寿命に達したと判断し、試験を中止した。表3に各表面被覆切削工具が作製可能であった穴の数を示す。数が多いほどより多くの穴を規定の寸法精度で作製でき、もって工具寿命に優れることとなる。なお規定の範囲とは、8.000〜8.036mmである。
【0117】
被加工材:S50C(HB200)
切削速度:70m/min.
送り量:0.25mm/rev.
穴深さ:24mmの止まり穴加工
切削油:有り(外部給油)。
【0118】
《試験2》
No.1〜18の表面被覆切削工具を用い、以下の条件で穴あけ試験を行った。穴の数が100個増える毎に、最後に開けられた穴の寸法精度を確認し、寸法精度が規定の範囲を外れていた場合、表面被覆切削工具が寿命に達したと判断し、試験を中止した。表3に各表面被覆切削工具が作製可能であった穴の数を示す。数が多いほどより多くの穴を規定の寸法精度で作製でき、もって工具寿命に優れることとなる。なお規定の範囲とは、8.000〜8.036mmである。
【0119】
被加工材:SCM415(HB120)
切削速度:60m/min.
送り量:0.18mm/rev.
穴深さ:18mmの止まり穴加工
切削油:有り(外部給油)。
【0120】
【表3】
【0121】
《特性評価》
表3に示されるように、No.1〜9の表面被覆切削工具は、No.10〜18の表面被覆切削工具と比して、優れた工具寿命を有することが確認された。なかでもNo.7〜9は、特に優れた工具寿命を示した。これは、A層が高い耐酸化性を示すAlCrN層であり、B層が高い硬度を示すAlTiSiN層であることが関係していると考えられた。
【0122】
〈検討2:No.19〜50〉
《No.19の表面被覆切削工具の製造》
超多層構造層の成膜条件を以下のように変更することにより、超多層構造層の構成を表4に示すように変更した以外は、No.1と同様の方法によりNo.19〜50の表面被覆切削工具を製造した。
【0123】
ターゲットA:Al(70原子%)、Cr(30原子%)
ターゲットB:Al(58原子%)、Ti(38原子%)、Si(4原子%)
導入ガス :N
2
成膜圧力 :6.0Pa
ターゲットAへの電流供給:20A/minの速度で100Aから200Aまで増加させた後、同速度で100Aまで減少させる工程(A
X工程)と、20A/minの速度で200Aから100Aまで減少させた後、同速度で200Aまで増加させる工程(A
Y工程)とを繰り返す。
【0124】
ターゲットBへの電流供給:12A/minの速度で180Aから120Aまで減少させた後、同速度で180Aまで増加させる工程(B
X工程)と、12A/minの速度で120Aから180Aまで増加させた後、同速度で120Aまで減少させる工程(B
Y工程)とを繰り返す。
【0125】
基板バイアス電圧 :30V
テーブル回転数 :2rpm
処理時間 :80分。
【0126】
ターゲットAへのアーク電流供給がA
X工程であるタイミングでは、ターゲットBへのアーク電流供給はB
X工程となり、ターゲットAへのアーク電流供給がA
Y工程であるタイミングでは、ターゲットBへのアーク電流供給はB
Y工程となるように制御された。A
X工程により厚さA
Xを有するA層が形成され、A
Y工程により厚さA
Yを有するA層が形成され、B
X工程により厚さB
Xを有するB層が形成され、B
Y工程により厚さB
Yを有するB層が形成された。
【0127】
No.19の超多層構造層の製造条件に関し、No.1の超多層構造層の製造条件と大きく異なる点は、ターゲットAおよびターゲットBに供給される各アーク電流が、連続的な増加と連続的な減少とを繰り返す点にある。したがって、No.19の超多層構造層においては、A層の厚さおよびB層の厚さは、基材側から表面側に向けて連続的に増減しており、かつ、A層の厚さが連続的に増加する領域ではB層の厚さが連続的に減少しており、A層の厚さが連続的に減少する領域ではB層の厚さが連続的に増加していることとなる。
【0128】
なお、No.19の超多層構造層においては、厚さA
X、厚さA
Y、厚さB
X、および厚さB
Yはそれぞれ複数の厚さを有するが、表4においては、厚さA
Xの最大値(すなわちグラフAの極大点となる値)、厚さA
Yの最小値(すなわちグラフAの極小点となる値)、厚さB
Xの最小値(すなわちグラフBの極小点となる値)、および厚さB
Yの最大値(すなわちグラフBの極大点となる値)のみを示す。
【0129】
《No.20〜50の表面被覆切削工具の製造》
超多層構造層の成膜条件を変更することにより、超多層構造層の構成を表4および表5に示すように変更した以外は、No.9と同様の方法によりNo.20〜50の表面被覆切削工具を製造した。
【0130】
具体的には、X領域を構成するA層の厚さA
Xの最大値、Y領域を構成するA層の厚さA
Yの最小値、X領域を構成するB層の厚さB
Xの最大値、およびY領域を構成するB層の厚さB
Yの最小値は、それぞれA
X工程、A
Y工程、B
X工程およびB
Y工程における各アーク電流の大きさの最大値と最小値との増減により調製された。
【0131】
また、X領域を構成するA層の数、Y領域を構成するA層の数、X領域を構成するB層の数、およびY領域を構成するB層の数は、それぞれA
X工程、A
Y工程、B
X工程およびB
Y工程の各時間の増減により調製された。
【0132】
【表4】
【0133】
【表5】
【0134】
《試験1および試験2》
検討1と同様の方法により、試験1および試験2を実施した。その結果を表6に示す。
【0135】
【表6】
【0136】
《特性評価》
表4および表6を参照し、No.19〜35の結果から、XY領域の厚さが30〜300nmである場合に、特に工具寿命に優れることが確認された。また、No.19〜25よりもNo.26〜35のほうが、工具寿命に優れていた。このことから、XY領域に含まれるA層およびB層の各層数は、4〜10が好ましいこと、A層およびB層の各厚さは、30nm以下が好ましく、20nm以下がより好ましいことが確認された。
【0137】
表5および表6を参照し、No.36〜44の結果から、超多層構造層の厚さが1〜20μmの場合に、工具寿命に優れることが確認された。またNo.19〜44においては、A層はAlとCrとNとを含む化合物層であり、B層はAlとTiとSiとNとを含む化合物層である。この場合に、特に工具寿命に優れることは上述したが、No.45〜50の結果から、これ以外の組成からなるA層およびB層を備える超多層構造層であっても、十分に工具寿命に優れることが確認された。
【0138】
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって、制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した実施の形態および実施例ではなく請求の範囲によって示され、請求の範囲と均等の意味、および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。