(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明に係るノズルの実施形態について、図面を参照しつつ説明する。
図1は、本発明の実施形態に係る液滴下ノズルの一例を示す説明図であり、(a)は点眼用容器全体の断面図、(b)は(a)に示すノズルの先端部分の拡大断面図である。
【0011】
[点眼用容器]
同図に示すように、本実施形態に係る液滴下ノズルは、目薬の点眼用容器1の注出口となるノズル10を構成している。
具体的には、点眼用容器1は、内部に目薬となる液体を収容・貯留可能な容器本体2と、この容器本体2の上面(滴下使用時の底面)のほぼ中心から突出した、液体の注出口となるノズル10を備えている。容器本体2とノズル10とは連通しており、容器本体2に貯留された目薬がノズル10の開口10aから、容器外部に注出・滴下されるようになっている。
【0012】
なお、ノズル10を含む容器本体2には、図示しないキャップが着脱可能に装着されるようになっており、キャップによって、ノズル10が覆われ、容器本体2の内部が密閉されるとともに、ノズル10の先端部が保護されるようにすることができる。
【0013】
[ノズル]
ノズル10は、
図1に示すように、容器本体2とは別体に形成されており、容器本体2の注出口部に形成されたノズル装着用の突出部分に挿入・嵌合されて容器本体2と一体となって、点眼用容器1を構成する。
具体的には、ノズル10は、例えば円筒形状や角筒形状に形成され、容器本体2の液体の貯留空間と連通するようになっている。そして、その筒状のノズル10の開口10aを介して、容器本体2の内部から液体が注出・滴下される。
【0014】
本実施形態では、このようなノズル10の先端側に、撥液部材11が取り付けられており、かかる撥液部材11が、ノズル10の先端部の少なくとも一部を構成している。
【0015】
[撥液部材]
本実施形態において、撥液部材11は、非フッ素系樹脂からなり、撥液部材11の表面を形成する非フッ素系樹脂の分子鎖中に、フッ素原子が組み込まれている。例えば、非フッ素系樹脂の分子鎖を−(CH
2)n−で表すと、この分子鎖の一部にフッ素原子が組み込まれ、例えば−CHF−或いは−CF
2−などの含フッ素部分が生成されて、撥液部材11の表面がフッ素化されるようにしている。
【0016】
撥液部材11の表面を形成する非フッ素系樹脂の分子鎖中への組み込みは、フッ素プラズマを用いたエッチングにより行うことができる。例えば、CF
4ガスやSiF
4ガスなどを使用し、撥液部材11(フッ素化前の撥液部材11を形成する基材)の表面を、一対の電極間に配置し、高周波電界を印加することにより、フッ素原子のプラズマ(原子状フッ素)を生成させ、これを撥液部材11の表面に衝突させることによって、フッ素原子は撥液部材11の表面を形成している非フッ素樹脂の分子鎖中に組み込まれる。すなわち、表面の樹脂が気化乃至分解し、同時に、フッ素原子が組み込まれることとなる。
従って、フッ素原子が組み込まれている領域には、エッチングにより、超微細な凹凸が形成されることとなる。この超微細な凹凸での算術平均粗さRaは、一般に、100nm以下であり、Ra/RSm≧5×10
−3である。
【0017】
また、撥液部材11の表面は、必要に応じて微細な凹凸部が形成されるように粗面化することができる。例えば、レジスト法等により所望の凹凸に対応する粗面部が形成されたスタンパを適宜の温度に加熱し、これを撥液部材11の表面に押し当てて粗面部を転写することにより、撥液部材11の表面を粗面化することができる。
【0018】
撥液部材11に用いる非フッ素系樹脂、すなわち、フッ素を含有していない樹脂としては、撥液部材11の表面に凹凸部を形成して粗面化でき、かつ、フッ素プラズマエッチングによりフッ素原子の分子鎖中への組み込みが可能である限り、任意の熱可塑性樹脂、熱硬化性樹脂、光硬化性樹脂などを挙げることができる。例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン、エチレン、又はプロピレンと他のオレフィンとの共重合体等に代表されるオレフィン系樹脂、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリエチレンイソフタレート、ポリエチレンナフタレート等のポリエステルが好ましく用いられる。
【0019】
[撥液部材の動作原理]
以下、本実施形態における撥液部材11の動作原理について、
図2及び
図3を参照しつつ説明する。
本実施形態において、撥液部材11の表面に形成される粗面の形態を
図2に示す。同図において、撥液部材11の表面には、微細な凹凸からなる粗面100が形成されているとともに(
図2において、粗面100中の凸部の頂部はSで示されている)、この粗面100を形成する非フッ素系樹脂の分子鎖中には、フッ素原子が組み込まれている。
【0020】
上記のような粗面100での液の撥液性について、
図3を参照して説明する。
図3(a)に示すように、上記のような粗面100での液滴の接触パターンは、液滴が粗面100上に載ったCassieモードでは、粗面100中の凹部がエアポケットとなっており、液滴は固体と気体(空気)との複合接触の状態となる。このような複合接触では、液滴の接触界面での接触半径Rは小さく、液滴と粗面の密着力は低く、疎液性が最も高い空気に液体が接触するため、高い撥液性が発現する。このようなCassieモードでの粗面100の接触角は、以下の理論式(1)に示す通りである。
cosθ
*=(1−φ
S)cosπ+φ
Scosθ
E
=φ
S−1+φ
Scosθ
E (1)
θ
E:接触角
θ
*:見かけの接触角
φ
S:面積比(単位面積当たりの固−液界面の投影面積)
この理論式(1)から理解されるように、φ
Sが小さいほど、見かけの接触角θ
*は180度に近づき、超撥液性を示すようになる。
【0021】
一方、
図3(b)に示すように、液滴が粗面100中の凹部に侵入した場合には、液滴は上記のような複合接触ではなく、固体のみとの接触となり、Wenzelモードで示される。このようなWenzelモードでは、液滴の接触界面での接触半径Rは大きく、液滴と粗面の密着力は高い。その凹凸表面の接触角は、以下の理論式(2)に示す通りである。
cosθ
*=rcosθ
E (2)
θ
E:接触角
θ
*:見かけの接触角
r:凹凸度(=実接触面積/液滴の投影面積)
この理論式(2)から理解されるように、rが大きいほど、見かけの接触角θ
*は180度に近づき、超撥液性を示すようになる。
【0022】
ここで、撥液性については、上記の通り、WenzelモードとCassieモードのいずれの状態においても撥液性が向上することが知られているが、粗面100と液滴との密着力を低減させ、少量の液滴を滴下させるには、Wenzelモードではなく、Cassieモードを安定的に維持すること、すなわち、凹部のエアポケットを安定に維持することが必要であると考えられる。
すなわち、Wenzelモードでは、液相と固相の界面が大きく、その結果、界面に働く物理的な吸着力も大きくなるため、接触角は大きく撥液はしているが、液滴が容易に滴下・転落することはない。
これに対して、Cassieモードでは、界面が小さいため、液滴が滴下する際乗り越えなければならない密着力が低く、容易に滴下・転落し、何度でも繰り返し滴下すると考えられる。
【0023】
そこで、本実施形態においては、上記のCassieモードでの液滴の接触を有効に維持するために、ノズル10の先端部11の粗面100を形成している非フッ素系樹脂の分子鎖中にフッ素原子を組み込むことにより、化学的に撥液性を付与するようにしている。
すなわち、粗面100中の凹部に液体が侵入してしまうと、液滴の接触パターンはWenzelモードとなってしまい、この結果、Cassieモードによる超撥液性は損なわれてしまうが、本実施形態では、粗面100を形成する非フッ素系樹脂の分子鎖中にフッ素原子を組み込むことにより、粗面100に対して化学的に撥液性を付与することができ、これによって凹部内への液体の侵入が有効に抑制され、Cassieモードによる超撥液性が安定に維持されることとなる。
【0024】
特に、本実施形態では、粗面100の少なくとも一部分、例えば、凸部の頂部や凹部の底部において、この面を形成する非フッ素系樹脂の分子鎖中に、化学的撥液性を発現させるためのフッ素原子が組み込まれるようになっている。このため、この粗面100に液が繰り返し接触した場合にも、このフッ素原子が取り除かれることはなく、化学的撥液性が安定して維持され、結果として、Cassieモードによる超撥液性が低下することなく、初期段階と同様に高いレベルに維持されるようになる。
さらに、フッ素原子を含む膜を形成するのではなく、表面の非フッ素系樹脂の分子鎖中にフッ素原子を組み込んでいるため、剥離や脱落などによる異物混入の問題も一切生じない。
【0025】
ここで、上記のような粗面100の凹凸の程度は、Cassieモードによる撥液性が十分に発揮されるように、粗面100中の単位面積当たりの凸部頂部Sの面積で表される面積比φsが0.05以上、好ましくは0.08以上の範囲にあることが好ましい。
さらに、成形性や機械的強度の観点から、面積比Φは0.8以下、特に0.5以下の範囲にあることが好ましい。
また、粗面100における深さdは、5〜200μm、特に10〜50μmの範囲にあることが好適である。
【0026】
本実施形態において、撥液部材11の表面に形成される粗面は、
図2に示した粗面100の凹凸形状に限定されないが、エアポケットを安定に形成するという観点からは、
図2に示したような凸部及び凹部が矩形状に形成されていることが好ましい。例えば、凹部がV字形状のような形態となっていると、液滴が凹部内に入り込みやすくなるからである。
また、撥液部材11の表面は、フッ素化され、かつ、先端部11の表面が粗面化されることが、撥液性を向上させることから好ましいが、撥液部材11の表面は、少なくともフッ素化されていれば、撥液性能を発揮することができる。また、前述したように、撥液部材11の表面をフッ素化するためのプラズマ処理は、非常にアタック性の強いもので、プラズマ処理によって撥液部材11の表面には微細な凹凸が形成されて粗面化される。
従って、撥液部材11の表面は、少なくともフッ素化されていればよく、必要に応じて、さらに先端部11の表面を粗面化するものであれば良い。
【0027】
[ノズル先端部の構造]
図1に示す例において、ノズル10の先端側には、ノズル10の開口10aと同径・同軸に開口11aが穿設された撥液部材11が取り付けられており、かかる撥液部材11が、ノズル10の先端部を構成するようにしている。
ノズル10の先端側に撥液部材11を取り付けるには、例えば、撥液部材11をインサート材としてインモールド成形によりノズル10を成形することによって取り付けてもよく、超音波融着、熱融着、接着剤、嵌合などの適宜手段によって取り付けるようにしてもよく、脱着可能としてもよい。
【0028】
撥液部材11は、ノズル10よりも小さな部材であるため、フッ素化・粗面化する際の搬送効率が向上するとともに、処理装置を小型化でき、同時にフッ素化・粗面化できる数を増やすこともできる。また、フィルム状又はシート状の基材をフッ素化・粗面化した後に、これを打ち抜いて撥液部材11を作製することもできる。
従って、ノズル10の先端側に撥液部材11を取り付けて、かかる撥液部材11によってノズル10の先端部が構成されるようにすることで、ノズル先端部の撥液性を簡便に高めることができる。
【0029】
その結果、容器本体2から注出される液体(目薬)がノズル10の先端部に対して広範囲に濡れることを防ぎ、開口10aの内径を調整・設定することで、ノズル10から注出される液体の滴下量を任意に設定することができる。
すなわち、
図4に示すように、先端部の撥液性が高められたノズル10から注出される液滴Duはノズル先端に濡れ拡がることなく、ほぼ球体状となる。そして、液滴Duとノズル先端の密着力より液滴Duの重量が上回ったタイミングで、液滴Duはノズル表面から離脱して転落・滴下されるようになる。液滴Duは濡れ拡がっていないので密着力は小さく、滴下する液滴Duは少量となる。また、ノズル10の開口10aの内径を所定の寸法(例えば0.5mm以下)に設定することで、所望の滴下量(例えば10μL以下)の液滴Duを注出・滴下させることができる。
【0030】
また、ノズル先端部の撥液性を高くしても、注出される液滴の滴下量にばらつきが生じる場合がある。
図5は、滴下量のばらつきを模式的に示す説明図である。ノズル10から滴下される液滴Duは、正常な場合には
図4に示すように、ノズル先端の開口の中心で球体状となり、液滴Duが一定重量に至った時点でノズル先端から離脱して落下・滴下されるようになる。
【0031】
ところが、ノズル先端部の撥液性に偏りがある場合には、ノズル10から注出される液滴Duは、より撥液性の低い側に移動し、例えば
図5(a)に示すように、ノズル開口の中心から偏った状態となってしまう。このような状態では、正常な場合と比較して液滴Duが大きくなるため、滴下される滴下量も、本来の正常な場合よりも大きなものとなってしまう。
また、液体をノズルから注出させる際に、液体中に気泡が発生・混入する、所謂エアの噛み込みが発生する場合がある。このようなエアの噛み込みがあると、ノズル10から注出される液滴Duは、例えば
図5(b)に示すように、液量の異なる複数の液滴Duに分離されてしまい、これら複数の液滴Duが個別に又は一体となって滴下されることで、本来の正常な場合とは異なる滴下量となってしまうことがある。
【0032】
これに対処するために、ノズル10の先端部表面を、ノズル中心側に位置する第一の表面と、第一の表面の外周側に連続する第二の表面との2種類(2段階)の表面構成として、第一の表面と第二の表面とが異なる表面自由エネルギーを有する、すなわち、第二の表面が第一の表面よりも高い撥液性を有するように構成することができる。
ここで、撥液性としては、例えば対象となる液体(水など)を水平な搭載面に載せたときに、搭載面と液体表面の接線とのなす角度である「接触角」をθ
Eとした場合に、θ
E≧90°であれば、その搭載面は対象となる液体について撥液性が「高い」(低エネルギー表面)ということになり、θ
E<90°であれば、撥液性が「低い」(高エネルギー表面)ということになる。
【0033】
例えば、
図6に示すように、ノズル10の開口10aの周縁に沿って突出する突部10bを形成するとともに、突部10bの外径と同径・同軸に開口11aが穿設された撥液部材11が、突部10bの周囲に配されるようにしてノズル10の先端側に取り付けられており、かかる撥液部材11によって、ノズル10の先端部の一部が構成されるようにすることができる(
図6(b)参照)。
これによって、突部10bの先端面をノズル中心側に位置する第一の表面S1とし、撥液性が低い高エネルギー表面とすることができる。そして、フッ素化・粗面化された撥液部材11の表面を、第一の表面の外周側に連続する第二の表面S2とし、第一の表面S1よりも表面自由エネルギーの低い面(撥液性が高い低エネルギー面)とすることができる。
【0034】
その結果、第二の表面S2に撥液性のばらつきがあってもその影響を受けず、また、エアの噛み込みが生じた場合にも液滴が第二の表面S2側に分離・分散することもなく、
図7に示すように、液滴は必ずノズル10の開口中心に形成されるように誘導され、液滴の偏りやばらつきが生じることなく、確実かつ安定した注出・滴下を行わせることができる。
【0035】
また、容器本体2に貯留された内容液を滴下する際には、容器本体2を押圧して、その内圧を上昇させて内容液を滴下するが、
図6(b)に示すようにして撥液部材11をノズル10に取り付けると、撥液部材11は内圧を直接受けることがないので、内圧上昇に伴う撥液部材11の脱離を防ぐことができる。また、より強固に脱離を防ぐため、接着剤を介して、撥液部材11をノズル10に取り付けた場合でも、接着界面と内容物の注出経路を隔離することができるので、接着剤のコンタミネーションを完全に防ぐことができる。また、ノズル10に嵌合部11を設けて脱着可能とし、撥液部材を交換可能にしてもよい。これらは、本発明の大きな作用効果の一つである。
【0036】
以上、本発明について、好ましい実施形態を示して説明したが、本発明に係る液滴下ノズルは、上述した実施形態にのみ限定されるものではなく、本発明の範囲で種々の変更実施が可能であることは言うまでもない。
【0037】
例えば、上述した実施形態では、本発明に係る液滴下ノズルの適用対象として目薬の点眼用容器を例にとって説明したが、本発明の適用対象は、点眼用容器に限定されるものではない。すなわち、各種の液体を、所定量ずつ滴下させることが望まれる容器又は装置の注出口部に装着されて、滴下量の少量化を実現することができ、目薬以外の薬品用の容器、醤油やソースなどの調味料用の容器、洗剤や化粧品などの化学製品用の容器等の各種の容器や、チェーンや軸受などの機械の駆動系に定期的に少量ずつ潤滑油を供給するための給油装置、スピンコーターなどに用いられる塗布装置等の各種の装置のノズルとして用いることが可能である。
【0038】
また、上述した実施形態では、表面がフッ素化・粗面化されて撥液性が付与された撥液部材を用いているが、撥液部材はこれに限定されない。例えば、シリコーンオイルなどの撥液性物質を表面に塗布することによって撥液性が付与されたものであってもよく、疎水性シリカなどの疎水性酸化物微粒子を表面に付着することによって撥液性が付与されたものであってもよい。また、ポリテトラフルオロエチレンなどのフッ素系樹脂により撥液部材を形成することで、その表面が撥液性を発揮するようにすることもできる。