(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
Siを2.0質量%以上4.5質量%以下、Mnを2.5質量%以上5.0質量%以下、Alを0.0355質量%以下、Sn及びSbを合計で0.50質量%以下、Cを0.0040質量%以下、Nを0.0040質量%以下、Sを0.020質量%以下、Pを0.5質量%以下、Crを20質量%以下、Niを10質量%以下、Cuを0.2質量%以下、Bを0.01質量%以下、Tiを0.0020質量%以下、Nbを0.0020質量%以下、Moを0.0020質量%以下、Caを0.050質量%以下、Mgを0.050質量%以下、希土類元素を0.050質量%以下、残部Fe及び不可避不純物からなり、α−γ変態系である母鋼板上に、Mnを含有する酸化層を有する電磁鋼板であって、
前記酸化層におけるMnの最高濃度D1(質量%)と、前記酸化層におけるSiの最高濃度D2(質量%)とが、下記式(1)を満たし、
式(1) (D1/D2)≧1.50
前記母鋼板の表面位置における{100}<011>方位の対ランダム強度比が15以上である、電磁鋼板。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明に係る電磁鋼板、及びその製造方法について、順に詳細に説明する。
なお、本明細書において用いる、形状や幾何学的条件並びにそれらの程度を特定する、例えば、「平行」、「垂直」、「同一」等の用語や長さや角度の値等については、厳密な意味に縛られることなく、同様の機能を期待し得る程度の範囲を含めて解釈することとする。
また、本発明において「ppm」は、特に断りがない限り、質量比を表す。
【0019】
[電磁鋼板]
本発明に係る電磁鋼板は、Siを2.0質量%以上4.5質量%以下、Mnを2.5質量%以上5.0質量%以下含有し、Feを主成分とする母鋼板上に、Mnを含有する酸化層を有する電磁鋼板であって、
前記酸化層におけるMnの最高濃度D
1(質量%)と、前記酸化層におけるSiの最高濃度D
2(質量%)とが、下記式(1)を満たすことを特徴とする。
式(1) (D
1/D
2)≧1.50
【0020】
本発明の電磁鋼板は、酸化層中に、Siに対し、Mnが特定値以上で高濃度に存在することにより、絶縁皮膜との密着性に優れ、低鉄損で、磁気特性にも優れる。
以降、本発明において式(1)を満足する酸化層を、「高Mn酸化層」とすることがある。
【0021】
本発明の電磁鋼板について図を参照して説明する。
図1は、本発明に係る電磁鋼板の断面の一例を示す模式図である。また、
図2は、グロー放電発光分光分析(GDS)による鋼板の深さ方向の元素分布測定結果の一例を示すグラフである。
本発明の電磁鋼板10は、
図1の例に示されるように、少なくとも母鋼板1と、当該母鋼板上に酸化層2を有し、更に、酸化層2上に絶縁皮膜(図示せず)を有してもよいものである。
本発明において、鋼板表面3とは、酸化層2の表面をいい、絶縁皮膜を有する場合には酸化層2と絶縁皮膜との界面を鋼板表面と定義する。本発明においては、任意に一方の鋼板表面3を距離0とおき、鋼板表面から垂直方向に距離x(μm)とおくものとする。このとき他方の鋼板表面は、「鋼板表面からの距離」が鋼板の板厚t(μm)と同値になる。
本発明において酸化層2は、鋼板表面3から酸素濃度が0.5質量%を超過している領域と定義する。
図2の例では、鋼板表面からの距離が0〜αの範囲が酸化層となる。
【0022】
本発明の電磁鋼板は、前記酸化層2の領域において、Mnの最高濃度D
1(質量%)と、前記酸化層におけるSiの最高濃度D
2(質量%)とが、(D
1/D
2)≧1.50なる関係を満たしている。
以下、電磁鋼板の各構成について詳細に説明する。
【0023】
<酸化層>
本発明において酸化層は、後述する母鋼板上に酸化層用組成物を蒸着や溶射などすることにより母鋼板とは独立に形成したものであってもよく、母鋼板表面を酸化することにより形成してもよい。
本発明において酸化層は、少なくともMnを含有し、前記酸化層におけるMnの最高濃度D
1(質量%)と、前記酸化層におけるSiの最高濃度D
2(質量%)とが、下記式(1)を満たす。
式(1) (D
1/D
2)≧1.50
【0024】
このような組成の酸化層が皮膜密着性に好ましい影響を及ぼす理由は明確ではないが、以下のように考えている。本発明の電磁鋼板においては、製造工程中の仕上焼鈍においてMnとSiが競合した酸化が起きることは後述するが、Si濃度が高い酸化層はMn濃度が高い酸化層より変形能が低く、Si濃度が高い酸化層が形成されるとこれを起点とした皮膜剥離が発生しやすくなるためと考えられる。好ましくは上記比を1.55以上、さらに好ましくは1.60以上とすることにより、絶縁皮膜との密着性に優れる。
酸化層中のMnやSiの最適な形態についての詳細な検討は実施していないが、一般的にはMn酸化物、Si酸化物、さらにFeを加えてこれらの複合酸化物を形成することで、本発明のような高Mn酸化層を得ることが可能である。
【0025】
<母鋼板の組成>
本発明の電磁鋼板において、母鋼板は、Siを2.0質量%以上4.5質量%以下、Mnを2.5質量%以上5.0質量%以下含有し、本発明の効果を損なわない範囲でその他の元素を含有してもよい、Fe(鉄)を主成分とする化学組成を有する。
なお、本発明において主成分とは、最も高い割合を示す成分のことをいい、通常、元素含有率が50質量%以上である。
【0026】
本発明において母鋼板は、電磁鋼板の基材となるものである。上記化学組成は母鋼板を構成する鋼成分の組成であり、表面の酸化層および、測定試料が絶縁皮膜を有している場合は、これを除去した後に測定する必要がある。
電磁鋼板の酸化層および絶縁皮膜を除去する方法としては、例えば次のものがある。まず、酸化層または絶縁皮膜を有する電磁鋼板を、NaOH:10質量%+H
2O:90質量%の水酸化ナトリウム水溶液に、80℃で15分間、浸漬する。次いで、H
2SO
4:10質量%+H
2O:90質量%の硫酸水溶液に、80℃で3分間、浸漬する。その後、HNO
3:10質量%+H
2O:90質量%の硝酸水溶液によって、常温で1分間弱、浸漬して洗浄する。最後に、温風のブロアーで1分間弱、乾燥させる。これにより、後述の酸化層および絶縁皮膜が除去された母鋼板を得ることができる。また、母鋼板の表層は、後述の低Mn領域となっていることがあるが、鋼成分は低Mn領域を含めての値として測定されるものとする。
【0027】
本発明の電磁鋼板は、上記成分の母鋼板の表面に、Siの含有が抑制されMnを相対的に高濃度で含有する酸化層が形成される。これにより、当該鋼板は、後述する絶縁皮膜との密着性に優れるという特徴を示す。
【0028】
(Si:2.0質量%以上4.5質量%以下)
本発明の電磁鋼板において、Siの含有率は2.0質量%以上4.5質量%以下である。Siの含有率が2.0質量%以上であることにより、鋼板の電気抵抗が高くなり、鉄損を低減することができる。また、Siの含有率が4.5質量%以下であることにより、冷間圧延時における鋼板の割れを防ぐことができる。さらに後述の、母鋼板を酸化する製造法により酸化層を形成する場合には、酸化層へのSi濃化を抑制し、好ましい酸化層を得ることができる。
【0029】
(Mn:2.5質量%以上5.0質量%以下)
本発明の電磁鋼板において、Mnの含有率は2.5質量%以上5.0質量%以下である。Mnは一般的に鋼板の電気抵抗を高め鉄損を低減させるのに有効な元素である。
Mn量の下限は、本願発明が課題とする皮膜密着性の確保という観点も考慮して設定している。つまり、Mnの含有率が2.5質量%以下であれば、本願技術を適用しなくとも皮膜密着性が確保できるので、本発明の対象外とした。また、後述の母鋼板を酸化する製造法により酸化層を形成する場合には、酸化層へのMn濃度を高めることが可能となり、好ましい酸化層を得ることができる。また、Mnの含有率が5.0質量%以下であることにより、飽和磁束密度の低下を抑制することができる。上限は製造過程による鋼材の割れなどを考慮して設定した。
さらにMn濃度がこの範囲内であれば、後述する製造法により、鋼板の結晶方位を{100}<011>方位が強く集積したものとして、磁束密度を高めることも可能となる。
好ましくは2.8%以上、さらに好ましくは3.0%以上、さらに好ましくは3.5%以上である。
【0030】
(Al:3.0質量%未満)
本発明において母鋼板は、Alを含有してもよい。Alの含有量は3.0質量%未満であることが好ましい。Alの含有量が3.0質量以上になると、圧延性が低下して生産性を阻害するとともに、鋼板の飽和磁束密度が低下し、結晶方位を制御しても高い磁束密度を得ることが困難となる恐れがある。また、後述の母鋼板を酸化する製造法により酸化層を形成する場合には、Alの含有量を0.03質量%未満とすることにより、鋼板表面の酸化層へのAlの濃化を抑制し、好ましい酸化層を得ることができる。好ましくは0.02質量%以下、さらに好ましくは0.01質量%以下である。含有量は、0(ゼロ)であってもよい。
【0031】
(Sn+Sb:0.50質量%以下)
Sn及びSbは、一般的には集合組織を改善させたり、製造中の酸化、窒化、浸炭の抑制を目的として含有量が制御される他、特に高周波特性を向上させること等が知られており、合計で0.50質量%以下の範囲で含有しても良い。これ以上になると、圧延性が低下して生産性を阻害する。ただし本発明の酸化層を、後述の母鋼板を酸化する製造法により形成する場合には、酸化制御が重要となるが、SnおよびSbは酸化挙動に比較的強い影響を及ぼすため、この製法を採用する場合には含有量について留意が必要である。含有量が高い場合、表面酸化が過度に抑制され、本発明において有用な酸化層が形成されにくくなる。このため、Sn及びSbの合計の含有量を0.30質量%以下の含有量に留めることが好ましい。さらに好ましくは0.10%以下であり、さらに好ましくは0.03%以下である。含有量は、0(ゼロ)であってもよい。
【0032】
本発明の電磁鋼板において、母鋼板は、本発明の効果を損なわない範囲で更にその他の元素を含有してもよい。含有してもよい元素としては、C、N、S、P、Cr、Ni、Cu、B、Ti、Nb、Mo、Ca、Mgや、希土類元素(REM)等が挙げられる。以下、本発明の効果への影響が比較的強く現れるこれらの元素を説明する。
【0033】
(C:0.0040質量%以下)
Cは、炭化物を形成して高磁場での磁気特性を劣化させる場合がある。また、磁気時効が生ずると高磁場での磁気特性も劣化してしまうため、C含有量は低くすることが好ましい。このため、C含有量は好ましくは0.0040質量%以下である。
製造コストの観点から、溶鋼段階で脱ガス設備(例えばRH真空脱ガス設備)によりC含有量を低減することが有利であり、C含有量を0.0030質量%以下とすれば磁気時効の抑制効果が大きい。本発明に係る電磁鋼板では、高強度化の主たる手段として炭化物等の非金属析出物を用いないため、敢えてCを含有させるメリットはなく、C含有量は少ないことが好ましい。このため、C含有量は、好ましくは0.0020質量%以下であり、さらに好ましくは0.0015質量%以下である。電析などの技術を用いれば、化学的分析の限界以下である0.0001質量%以下に下げることも可能で、C含有量は0%であっても構わない。一方で工業的なコストを考えると、下限は0.0003%となる。
【0034】
(N:0.0040質量%以下)
Nは、Cと同様に、窒化物の形成や磁気時効性により高磁場での磁気特性を劣化させる。このため、N含有量は好ましくは0.0040質量%以下である。高磁場での磁気特性の劣化を避けるためN含有量は、低いほうが好ましく、0.0027質量%以下とすれば磁気時効や窒化物の形成による高磁場での磁気特性への悪影響を十分に回避できる。N含有量は、さらに好ましくは0.0022質量%以下であり、よりいっそう好ましくは0.0015質量%以下である。電析などの技術を用いれば、化学的分析の限界以下である0.0001質量%以下に下げることも可能で、N含有量は0質量%であっても構わない。一方で工業的なコストを考えると、下限は0.0003質量%となる。
【0035】
(S:0.020質量%以下)
Sは、硫化物を形成して高磁場での磁気特性を劣化させる場合があるため、S含有量は低いことが好ましい。S含有量は、好ましくは0.020質量%以下であり、さらに好ましくは0.0040質量%以下であり、よりいっそう好ましくは0.0020質量%以下であり、最も好ましくは0.0010質量%以下である。S含有量は0質量%であっても構わない。
【0036】
(P:0.5質量%以下)
Pは、強度調整、製造中の窒化、浸炭の抑制を目的として含有量が制御される他、さらに特に冷延前の粒界に偏析させた場合に集合組織を改善して磁束密度を向上させること等が知られており、0.001質量%以上含有させることが可能である。一般的な実用製鋼法では、不純物として、0.002質量%以上程度含有されることもある。一方で、過剰な添加は鋼を脆化させ、冷延性や製品の加工性を低下させるため、P含有量は、好ましくは0.5質量%以下であり、さらに好ましくは0.3質量%以下である。
【0037】
(Cr:20質量%以下)
Crは、強度調整や耐食性、製造中の酸化挙動制御を目的として含有量が制御される他、特に高周波特性を向上させること等が知られており、0.001質量%以上含有させることが可能である。スクラップ等が混入する実用製鋼法では、不純物として、0.01質量%以上程度含有されることもある。一方で、過剰な添加は添加コストが増加し、磁気特性を低下させるため、Cr含有量は、好ましくは20質量%以下であり、さらに好ましくは5質量%以下である。
【0038】
(Ni:10質量%以下)
Niは、強度調整や耐食性、製造中の酸化挙動制御を目的として含有量が制御される他、特に高周波特性を向上させること等が知られており、0.001質量%以上含有させることが可能である。スクラップ等が混入する実用製鋼法では、不純物として、0.01質量%以上程度含有されることもある。一方で、過剰な添加は添加コストが増加し、磁気特性を低下させるため、Ni含有量は、好ましくは10質量%以下であり、さらに好ましくは3質量%以下である。
【0039】
(Cu:0.2質量%以下)
Cuは、固溶元素として母鋼板の飽和磁束密度Bsを大幅に低下させる。飽和磁束密度Bsの低下は磁気特性の低下につながる。このため、本発明に係る電磁鋼板の母鋼板では、特別の目的がない限り、敢えてCuを含有させる必要はない。スクラップ等が混入する実用製鋼法では、不純物として、0.01質量%以上程度含有されることもある。したがって、Cu含有量は、好ましくは0.2質量%以下であり、さらに好ましくは0.15質量%以下である。一方で、Cu析出により高強度化を図ることができることなども知られており、本発明に係る電磁鋼板の母鋼板においても公知技術に準じて適宜用いることができる。
【0040】
(B:0.01質量%以下)
Bは、製造中の窒化、浸炭の抑制を目的として含有量が制御される他、特に酸化物、窒化物を含む複合酸化物を形成して磁気特性を向上させること等が知られており、0.0001質量%以上含有させることが可能である。一方で、過剰な添加は鋼が脆化し、磁気特性を低下させるため、B含有量は、好ましくは0.01質量%以下であり、さらに好ましくは0.005質量%以下である。
【0041】
(Ti:0.0020質量%以下)
Tiは、析出物による強度調整を目的として含有量が制御される他、特に酸化物、硫化物を含む複合酸化物を形成して磁気特性を向上させること等が知られており、0.0001質量%以上含有させることが可能である。スクラップ等が混入する実用製鋼法では、不純物として、0.0002質量%以上程度含有されることもある。一方で、これら析出物が磁壁移動を阻害し、磁気特性を大幅に劣化させることがあるため、Ti含有量は、好ましくは0.0020質量%以下であり、さらに好ましくは0.0015質量%以下である。
【0042】
(Nb:0.0020質量%以下)
Nbは、NbCなどの析出物が高強度化に有効に作用するものの、これら析出物が磁壁移動を阻害し、高磁場での磁気特性を大幅に劣化させるため、敢えて含有させる必要はない。このため、Nb含有量は、好ましくは0.0020質量%以下であり、さらに好ましくは0.0010質量%以下である。スクラップ等が混入する実用製鋼法では、不純物として、0.0002質量%以上程度含有されることもある。
【0043】
(Mo:0.0020質量%以下)
Moは、製造中の窒化、浸炭の抑制を目的として含有量が制御される他、特に酸化物、炭化物を含む複合酸化物を形成して磁気特性を向上させること等が知られており、0.0001質量%以上含有させることが可能である。一方で、これら析出物が磁壁移動を阻害し、高磁場での磁気特性を大幅に劣化させることがあるため、Mo含有量は、好ましくは0.0020質量%以下であり、さらに好ましくは0.0015質量%以下である。
【0044】
(Ca:0.050質量%以下)
Caは、特に酸化物、硫化物を含む複合酸化物を形成して磁気特性を向上させること等が知られており、0.0001質量%以上含有させることが可能である。一方で、これら析出物が磁壁移動を阻害し、高磁場での磁気特性を大幅に劣化させることがあるため、Ca含有量は、好ましくは0.050質量%以下であり、さらに好ましくは0.010質量%以下である。
【0045】
(Mg:0.050質量%以下)
Mgは、特に酸化物、硫化物を含む複合酸化物を形成して磁気特性を向上させること等が知られており、0.0001質量%以上含有させることが可能である。一方で、これら析出物が磁壁移動を阻害し、高磁場での磁気特性を大幅に劣化させることがあるため、Mg含有量は、好ましくは0.050質量%以下であり、さらに好ましくは0.010質量%以下である。
【0046】
(REM:0.050質量%以下)
REMは、特に酸化物、硫化物を含む複合酸化物を形成して磁気特性を向上させること等が知られており、0.0001質量%以上含有させることが可能である。一方で、これら析出物が磁壁移動を阻害し、高磁場での磁気特性を大幅に劣化させることがあるため、REM含有量は、好ましくは0.050質量%以下であり、好ましくは0.010質量%以下である。
【0047】
更に本発明において、母鋼板はα−γ変態系を満たす化学組成を有することが好ましい。α−γ変態系とは、A3点を有し、A3点未満ではα相が主相となり、A3点以上ではγ相が主相となる成分系をいう。母鋼板がα−γ変態系を満たす化学組成を有することにより、母鋼板の{100}<011>方位の対ランダム強度比が30以上の優れた無方向性電磁鋼板を製造することが可能となる。
本発明の電磁鋼板は、前述の通り鋼板表面にMnを高濃度で含有する酸化層を有するため、低指数面の結晶方位である{100}<011>方位を有する鋼材と、その上に形成される絶縁被膜との結合性が低下してしまうことの影響も抑制され、絶縁皮膜との密着性に優れている。
【0048】
本発明においては、前記A3点における鋼板の温度、即ち、α相からγ相が現れ始める温度をT1(℃)、γ相単相になる温度をT2(℃)と称することがある。
上記母鋼板のT1は特に限定されないが、{100}<011>方位の対ランダム強度比向上の点から、600℃以上1100℃以下の範囲内に有することが好ましい。
また、母鋼板のT2は特に限定されないが、通常、T2−T1>0であり、T2−T1≧10となる化学組成を有することが好ましい。
なお、A3点は、α相とγ相の熱膨張率の違いを利用して測定することができる。具体的には、対象とする鋼を加熱しながら熱膨張率を測定し、当該熱膨張率の変曲点をA3点とする。
上記の元素を含有するα−γ変態系のインゴットを用いることにより、粒界の移動速度が著しく遅くなるため、熱間圧延工程で得られる熱延板は、冷却時に加工オーステナイトが維持されながら、ひずみが解放されることなくフェライト相へと変態したものとなる。この熱延板を、冷延し、焼鈍することで、{100}<011>方位が強く集積し、磁気特性にとって好都合なものとなる。
【0049】
(不可避不純物)
本発明の電磁鋼板において母鋼板は、本発明の効果を損なわない範囲で、不可避的に混入する各種元素(不可避不純物)を含むものであってもよい。
【0050】
母鋼板中の各元素の含有割合は、例えば、誘導結合プラズマ質量分析法(ICP−MS法)により測定することができる。具体的には、まず、測定対象となる電磁鋼板を準備する。当該電磁鋼板の一部を切子状にして秤量し、これを測定用試料とする。当該測定用試料を酸に溶解し酸溶解液とし、残渣は濾紙回収して別途アルカリ等に融解し、融解物を酸で抽出して溶液化する。当該溶液と前記酸溶解液とを混合し、必要に応じて希釈することにより、ICP−MS測定用溶液とすることができる。
【0051】
<低Mn領域>
本発明の電磁鋼板は、前記母鋼板の板厚1/2厚位置におけるMnの濃度をD
0(質量%)としたときに、下記式(2)を満たす低Mn領域が存在することが好ましい。
式(2) (D
x/D
0)<0.92
(式(2)中、D
xは、D
0測定点を通り、母鋼板に垂直な直線上の点におけるMnの濃度を表す。)
【0052】
上記低Mn領域について、
図1及び
図2を参照して説明する。本発明の電磁鋼板10において、低Mn領域4は鋼板1中の酸化層2に隣接する表層に形成される。本発明において低Mn領域4は、酸素濃度が0.5質量%以下で、且つ、Mn濃度がD
0の92%未満の領域である。
図2の例では、酸化層2の板厚中心側の末端αから、Mn濃度がDoの92%であるβまでの領域が低Mn領域と定義される。
なお、母鋼板の板厚1/2厚位置におけるMnの濃度D
0を基準とするのは、
図2に示される通り、Mnは板厚中心部で一定の濃度となるからである。
【0053】
上記低Mn領域は、母鋼板表面を酸化することにより形成する場合において、酸化層へのMn濃化により形成される領域である。このような低Mn領域を有する電磁鋼板は、母鋼板と酸化層とが一体形成されているため、母鋼板と酸化層との密着性に優れている。
(D
x/D
0)が0.92以上では、必須となる酸化層へのMn濃化が不十分となり、皮膜密着性を改善する効果が小さくなる。また、低Mn領域は電気抵抗を高めて鉄損を低下させるためのMnが欠乏した領域でもあるため、この比があまりに小さくなると鉄損への悪影響が大きくなる。また、酸化層へのMn濃化による皮膜密着性向上効果も飽和するため、下限は0.70程度とすることが好ましい。好ましくは0.75以上、さらに好ましくは0.80以上で鉄損への悪影響はほとんど気にすることなく十分な皮膜密着性向上効果を得ることが可能となる。
【0054】
また本発明の電磁鋼板は、上記低Mn領域を形成する場合、前記式(2)を満たす領域の厚みが3〜25μmであることが好ましい。
3μm未満では、必須となる酸化層へのMn濃化が不十分となり、皮膜密着性を改善する効果が小さくなる。また、低Mn領域は電気抵抗を高めて鉄損を低下させるためのMnが欠乏した領域でもある。Mn濃度の低下の程度にもよるが、目途を板厚の1/10程度として、25μm以下に留まるようにすべきである。
【0055】
これらの濃度は、グロー放電発光表面分析グロー放電発光分光分析(GDS)で鋼板の表面からの発光強度プロファイルを調査することにより、評価できる。濃度の絶対値は、各元素の含有量を変化させた材料についてのGDSの発光強度と元素含有量との検量線により特定できる。
GDSは、例えばリガク製GDA750を使い、アノード径4mm、圧力3hPaで分析する。測定を必要とする厚さにより最適なスパッタ時間は変わるが、母鋼板の表面に酸化層を形成した時点の鋼板であれば、一般的には200秒間行えば母鋼板まで分析することができる。また、測定試料の最表面から連続的にGDSのスパッタで深さ方向に掘り進める必要はなく、適当な厚さを別途研磨により除去して、除去後のサンプルの最表面濃度を分析することで、元の鋼板の特定の深さ位置での元素濃度を得ることも可能である。
【0056】
< {100}<011>のX線ランダム強度比>
本発明において、結晶方位および結晶面は一般的に鋼板内の結晶の方位や測定される結晶面および集合組織を表現する際に用いられる、鋼板表面に対するもので記述する。すなわち、結晶方位は鋼板表面に垂直な方位であり、結晶面は鋼板表面に平行な面である。また、Feのα相である体心立方の結晶構造に起因した、結晶面についてのX線測定における消滅則を適用した表現している。例えば、結晶方位については、{100}を用い、結晶面や集合組織については、{200}を用いているが、これらは同じ結晶粒に関する情報を表すものである。
本発明の電磁鋼板は、板面における{100}<011>のX線ランダム強度比を高めて、圧延方向に対して45°方向に高い磁束密度を得ることができる。X線ランダム強度比が30以上であることにより、圧延方向に対して45°方向に十分に高い磁束密度を得ることができ、中でも60以上であることが好ましい。また、X線ランダム強度比の上限は特に限定されないが、磁束密度を高める効果は飽和するため、通常、X線ランダム強度は200以下で十分である。
{100}<011>のα−Fe相のX線ランダム強度比はX線回折によって測定されるα−Fe相の{200}、{110}、{310}、{211}の極点図を基に級数展
開法で計算した、3次元集合組織を表す結晶方位分布関数(Orientation Distribution Function;ODF)から求めることができる。
なお、ランダム強度比とは、特定の方位への集積を持たない標準試料と供試材のX線強度を同条件で測定し、得られた供試材のX線強度を標準試料のX線強度で除した数値である。測定は試料の最表面で行ってもよいし、任意の板厚位置で行ってもよい。その際、測定面は滑らかになるよう化学研磨等で仕上げる。
【0057】
本発明の電磁鋼板の厚みは、用途等に応じて適宜調整すればよく特に限定されるものではないが、製造上の観点から、通常、0.010mm以上0.50mm以下であり、0.015mm以上0.50mm以下がより好ましい。磁気特性と生産性のバランスの観点からは、0.015mm以上0.35mm以下が好ましい。
【0058】
本発明の電磁鋼板は、鋼板表面に、更に、絶縁皮膜を有していてもよい。本発明においては前記酸化層が、絶縁皮膜との密着性に優れているため、打ち抜き加工時にも絶縁皮膜の剥がれ等が生じ難い電磁鋼板となる。
注意を要するのは、本発明は、「絶縁被膜を有する電磁鋼板」はもちろん、「絶縁被膜を有していない電磁鋼板」も対象としていることである。「絶縁被膜を有する電磁鋼板」であれば、その状態で皮膜密着性が良好であるという効果を有していることになり、「絶縁被膜を有していない電磁鋼板」であっても、その後、絶縁被膜を形成して使用されれば、本発明効果である良好な皮膜密着性を得ることになるからである。
【0059】
本発明において絶縁皮膜は、特に限定されず、公知のものの中から、用途等に応じて適宜選択して用いることができ、有機系皮膜、無機系皮膜のいずれであってもよい。有機系皮膜としては、例えばポリアミン系樹脂、アクリル樹脂、アクリルスチレン樹脂、アルキッド樹脂、ポリエステル樹脂、シリコーン樹脂、フッ素樹脂、ポリオレフィン樹脂、スチレン樹脂、酢酸ビニル樹脂、エポキシ樹脂、フェノール樹脂、ウレタン樹脂、メラミン樹脂等が挙げられる。また、無機系皮膜としては、例えば、リン酸塩系皮膜、リン酸アルミニウム系皮膜や、更に前記の樹脂を含む有機−無機複合系皮膜等が挙げられる。
上記絶縁皮膜の厚みは、特に限定されないが、片面当たりの膜厚が0.05μm以上、2μm以下であることが好ましい。0.05μm未満では十分な絶縁性が確保できず、2μm超ではコアとして積層した際の占積率が低くなり、モーター効率が低下する。
【0060】
絶縁皮膜の形成方法は特に限定されないが、例えば、上記の樹脂や無機物を溶剤に溶解した絶縁皮膜形成用組成物を調製し、当該絶縁皮膜形成用組成物を、鋼板表面に公知の方法で均一に塗布することにより絶縁皮膜を形成することができる。
【0061】
<電磁鋼板の用途>
本発明の電磁鋼板は、絶縁皮膜の密着性に優れた無方向性電磁鋼板である。一般に絶縁皮膜の剥離は打ち抜き加工性に問題となることが多い。そのため、本発明の電磁鋼板は任意の形状に打ち抜き加工して用いられる用途に特に適している。例えば、電気機器に用いられるサーボモータ、ステッピングモータ、電気機器のコンプレッサー、産業用途に使用されるモータ、電気自動車、ハイブリッドカー、電車の駆動モータ、様々な用途で使用される発電機や鉄心、チョークコイル、リアクトル、電流センサー等、電磁鋼板が用いられている従来公知の用途にいずれも好適に適用できる。
【0063】
<第1の製造方法>
本発明の電磁鋼板の製造方法の一つとして、まず、母鋼板を製造し、その後、母鋼板表面に酸化層を形成する方法が挙げられる。
この場合、母鋼板の製造方法は特に限定されず、Siを2.0質量%以上4.5質量%以下、Mnを2.5質量%以上5.0質量%以下含有し、Feを主成分とする溶鋼を鋳造し鋼塊とした後、熱間圧延、熱延板焼鈍、酸洗、冷間圧延、仕上焼鈍などの工程を経て製造することができる。一般的な製造条件としては、例えば、以下のようなものが挙げられる。鋳造では連続鋳造で150〜300mm程度のスラブが製造される。熱間圧延は1000〜1300℃程度に加熱され、900℃程度の仕上温度で1〜4mm程度に圧延される。熱延板焼鈍は実施されない場合も多いが、実施する場合は連続焼鈍であれば850〜1200℃程度で数秒〜数分、箱焼鈍であれば600〜950℃程度で数分から数時間の処理となる。酸洗された鋼板は、70〜95%程度の圧下率で0.1〜0.5mm程度の厚さまで冷延される。最終的に仕上焼鈍が実施されるが、一般的には連続焼鈍による750〜1200℃程度で数秒〜数分の熱処理により再結晶を完了させる。この冷延と再結晶は、トータルの冷延圧下率が上記の程度となるように、この組合せを2回以上に分けて繰り返しても良い。このようにして、磁気特性にとって好都合な鋼組織をもつ母鋼板が製造される。
【0064】
(酸化層の形成方法)
上記第1の製造方法において酸化層は、前記により製造された母鋼板表面にMnとSi濃度が前記式(1)を満たすように制御された酸化層を形成すればよい。
一般的な方法としては、蒸着や溶射などのプロセスが挙げられる。または、MnやSiをめっきした後、これを酸素存在雰囲気下で加熱して、表面のMnやSiを酸化させる方法も可能である。さらには、MnやSiを含有する酸化物の粉末を鋼板表面に塗布し、加熱により酸化物粉末を溶解させて鋼板表面に酸化膜を形成する、いわゆるホーローのようなプロセスも可能である。
本発明はこれらのプロセスによって本発明が規定する酸化層を形成した電磁鋼板も対象とする。ただ、これらの方法は非常に直接的で単純ではあるが、これらのプロセスを電磁鋼板のように高速で連続的に製造される工程に組み入れることは困難であり、製造コストも非常に高くなる恐れがある。
【0065】
<第2の製造方法>
本発明の電磁鋼板の別の製造方法として、母鋼板表面を酸化することにより酸化層を形成する方法が挙げられる。即ち、本発明に係る電磁鋼板の製造方法は、Siを2.0質量%以上4.5質量%以下、Mnを2.5質量%以上5.0質量%以下含有し、Feを主成分とするインゴットを熱延板とする熱間圧延工程と、前記熱延板を冷延板とする冷間圧延工程と、前記冷延板に酸化層を形成する酸化工程と、仕上焼鈍工程とを有し、
前記酸化工程が、前記仕上焼鈍工程における昇温過程に含まれていてもよく、
前記酸化工程が、前記冷延板を、露点温度0℃以上80℃以下の雰囲気下、400℃から800℃の温度を5秒以上15秒以下保持する工程であることを特徴とする。
当該製造方法によれば、前記式(1)を満たす酸化層を有する電磁鋼板を高速で連続的に製造することができ、生産性に優れ、且つ製造コストを抑制することができる。
【0066】
この方法は、母鋼板または母鋼板の製造過程の鋼板を酸化して、その表面直下に鋼板起因の元素(SiおよびMn)を濃化させた酸化層、いわゆる内部酸化層を形成させるために有効に作用する。
単純に考えると、酸化層中のMnとSiの濃度比は、母鋼板に含有されるMnとSiの濃度比で決定するようにも思え、単純に鋼板を酸化するだけで十分なように思えるが、本発明が目的とする、絶縁皮膜特性にとって好適な酸化層は、母鋼板のMnとSiの成分制御だけでは形成するものではない。もちろん母鋼板のMn/Si比を高めれば、本願で規定する(D
1/D
2)も高くなるが、絶縁被膜の密着性確保に必要な酸化層を形成するには、以下の条件で母鋼板を酸化することが重要である。
本発明にとって必要な酸化層を得るには、母鋼板を酸化する初期過程において、露点温度0℃以上80℃以下の雰囲気下、400℃から800℃の温度を5秒以上15秒以下保持することが好ましい。
この理由は明確ではないが、本発明鋼において、磁気特性の確保のために必須元素である、SiとMnの酸化挙動の違いが原因と考えている。これら元素はどちらもFeよりも酸化されやすく、母鋼板を酸化するとその中に濃化するようになるが、Siの方が酸化傾向が強いうえに、Fe相中での拡散速度がSiの方が速く、単純に高温または低露点で酸化した場合、酸化層にはSiが優先的に濃化し、Mnの濃化はあまり起きなくなってしまう。また後述する外部酸化が起きやすくなり、本発明においては好ましい状態とはなりにくい。酸化初期の上記温度範囲で、上記の露点および時間を保持して酸化を行うことで、Mnの濃化が必要な程度に起きることとなり、絶縁被膜の密着性向上に有効な(D
1/D
2)範囲を有する酸化層が形成される。これらの範囲は実験的に得たものであるが、詳細な現象については今後の解明に期待したい。
この酸化処理は、工業的には仕上焼鈍の加熱過程で行うことがコストや生産性の点で有利である。または、仕上焼鈍とは別に、仕上焼鈍の前または後で、別工程として実施しても良い。この場合も、電磁鋼板製造で一般的に使用される焼鈍炉をそのまま活用できるので、コストや生産性への悪影響は許容できる程度のものである。
注意を要するのは、鋼板の組成や酸化条件によっては、内部酸化層のさらに表面側に外部酸化層が形成される場合があることである。この外部酸化層は緻密な酸化物層であり、Mnを高濃度に含有させることが困難で、絶縁皮膜の密着性にとっては好ましいものとは言えない。このため、前述の酸化は外部酸化を起こさない条件で実施することが好ましい。この条件は鋼板の組成などによって変化するため一概に限定はできないが、一般的に鋼板の酸化を考慮しながら様々な鋼板の熱処理を行っている当業者であれば適切な条件を設定することは困難ではない。もちろん事前に実験室において熱処理を行い酸化状況を調査すれば、適切な条件を決定することは容易である。
また、外部酸化層が形成されてしまった場合は、本発明の要件を満たす酸化層が表面となるまで、外部酸化層を酸洗や研削などによって除去すれば本発明効果を発揮する本発明鋼板を得ることができる。
以下、上記第2の製造方法の各工程について好ましい具体例を挙げて説明するが、各工程は下記に限られることなく、公知の方法を適宜採用することができる。
【0067】
(熱間圧延工程)
Siを2.0質量%以上4.5質量%以下、Mnを2.5質量%以上5.0%質量以下含有し、Feを主成分とするインゴットに熱間圧延を行い熱延板を得る工程である。具体的には、例えば、上記の組成を有する溶鋼を鋳造で厚さ50mm以上の鋼片に凝固させ、その後、熱延工程において粗圧延および仕上圧延を行う。仕上圧延時の圧延温度は特に限定されないが、800℃以上1100℃以下とすることが生産性にとって好ましい。また、インゴットがα−γ変態系の化学組成を有する場合には、仕上圧延時の圧延温度を800℃以上T2以下とすることがより好ましい。T2以下とすることにより粒界の移動速度を抑制して、加工オーステナイトが維持され、冷延、仕上げ焼鈍後に得られる電磁鋼板の{100}<011>を高集積化させることができる。また、圧延温度をT2超とする場合には、次いで、T2超の前記熱延板を、3sec以内に200℃/sec以上の冷却速度で250℃以下まで冷却すれば、加工オーステナイトを維持することができる。
熱延板の厚みは特に限定されないが、通常1mm以上4mm以下であり、2mm以上3mm以下であることが生産性の点で好ましい。
【0068】
(冷間圧延工程)
冷間圧延工程は、特に限定されず、従来公知の電磁鋼板の製造方法における冷間圧延工程を適宜採用することができる。例えば、冷間圧延工程は、一回の冷間圧延もしくは中間焼鈍を挟む二回以上の冷間圧延を施して冷延板とすることができる。一回の冷間圧延とは、中間焼鈍を途中に施すことなく圧延機に一回又は複数回通板させることで所望の板厚へ仕上げることを意味する。また、中間焼鈍とは、圧延機に一回又は複数回通板させることで中間板厚とした後に施す焼鈍工程であり、当該中間焼鈍後、圧延機に一回又は複数回通板させることで所望の板厚へ仕上げる。中間焼鈍を含む二回以上の冷間圧延とは、前記中間焼鈍を一回以上実施する冷間圧延を意味する。
中間焼鈍条件は特に限定されず、例えば、750〜1200℃の温度域で30秒〜10分間実施するなど適宜条件を選択すればよい。
本発明においては、トータルの冷間圧延圧下率を88%以上とすることが、得られる電磁鋼板の{100}<011>方位が増加し、高い磁束密度かつ高周波領域で低鉄損であり、さらに高強度となる電磁鋼板が得られる点から好ましく、トータルの冷間圧延圧下率を90%以上とすることがより好ましい。ここで「トータルの」とは、熱間圧延後、冷間圧延を開始する時点での板厚と、一回または二回以上の冷間圧延工程を経て、仕上げ焼鈍を実施する時点での板厚から計算される圧下率であることを意味する。
本発明において冷延板の板厚は、上記冷間圧延圧下率を満たす範囲で適宜選択すればよく、特に限定されないが、0.1mm以上0.5mm以下であることが好ましく、0.15mm以上0.40mm以下であることがより好ましい。
【0069】
本発明においては上記熱間圧延工程後と、上記冷間圧延工程前に、ショットブラストを実施する工程を有することが、酸化層を好適な酸化状態にすることができる点から好ましい。本発明においてショットブラストとは、細かい砂や、鋼製,鋳鉄製等の粒子を金属材の表面に吹き付けて表面を仕上げる加工法である。
ショットブラストを実施することにより、好適な酸化状態の酸化層が得られる理由は明確ではないが、ショットブラストにより鋼板表層に特殊な歪を付加しておくことで、冷間圧延後、仕上焼鈍において鋼板が再結晶する際に、鋼板表層に非常に微細な再結晶粒が形成されるためと考えられる。内部酸化は結晶粒界に沿った酸素の粒界拡散により鋼板内部に酸素が侵入することで起きることが知られており、鋼板表層の結晶粒を微細化することで、内部酸化を促進し、これが結果的に外部酸化を抑制するため、形成される酸化層が本発明にとって好適な形態になると考えている。
ショットブラストの条件は特に限定されず、鋼板に採用される公知の手法の中から適宜選択することができる。例えば、熱延板から50〜200mm離れた位置から、平均直径0.1〜0.7mmのセラミック製の球状材を0.35MPaのエアー圧力で衝突させる方法が好適な例として挙げられる。
【0070】
ショットブラストは表層に歪を導入することが目的であるが、導入される歪量は鋼種などの影響も大きい。また後述する冷間圧延後の酸化条件によっても効果の程度は相当程度に変化する。このためショットブラストの条件はあえて規定しない。本発明に対する効果は、例えばショットブラスト前後での鋼板表層の硬さの変化により認識することが可能であり、こちらの方が現象の変化を評価するには好適と言える。具体的には、JIS Z 2244に記載のビッカース硬さ試験に準拠して測定された荷重50gでのビッカース硬さで15以上、さらには25以上、硬さが上昇する程度の歪を表層に付与することが好ましい。
なお、ここではショットブラストにより効果を説明したが、冷延前の鋼板の表層に付加的な歪を付与することが可能であれば方法は限定されず、例えばスキンパスのような軽圧下を適用することも可能である。
【0071】
(酸化工程)
本発明においては、前記冷間圧延工程で得られた冷延板の表面に酸化層を形成する酸化工程を有することを特徴とする。当該酸化工程は、後述する仕上焼鈍工程における昇温過程内に含まれていてもよく、前記冷間圧延工程後、後述する仕上焼鈍工程前に独立に有する工程であってもよい。
【0072】
(A)酸化工程が仕上焼鈍工程における昇温過程内に含まれている場合
前記冷延工程により得られた冷延板は、必要に応じて公知の方法により脱炭焼鈍、窒化焼鈍を行った後、酸化工程を含む仕上焼鈍を行う。
この場合、仕上焼鈍は、昇温過程を、露点温度0℃以上80℃以下の雰囲気下、400℃から800℃に達するまでの時間が5秒以上15秒以下となるように制御すればよい。
仕上焼鈍工程の上記以外の条件は、従来公知の方法を適宜採用することができる。例えば、仕上焼鈍の最高到達温度は、800℃以上1200℃以下に設定することができ、鋼板がα−γ変態系の場合には、T1未満に設定することが、{100}<011>を高集積化させるために好ましい。最終仕上焼鈍温度の保持時間は特に限定されず、例えば、10秒以上240時間以下の範囲で適宜設定することができる。最高到達温度を800℃以上とする場合、800℃以上の温度域における雰囲気は、酸化を促進させない点から、露点温度0℃未満とすることが好ましい。
仕上焼鈍後の冷却速度は特に限定されないが、鋼板がα−γ変態系の場合には、変態に伴う歪発生を起因とする磁気特性への悪影響を回避するため、最高到達温度がT1超である場合は、T1までの冷却速度V1を3℃/s以上600℃/s以下とすることが好ましく、更に最高到達温度がT1以上である場合はT1から、最高到達温度がT1未満である場合は最高到達温度から、400℃までの冷却速度を、上記V1未満とすることが好ましい。
【0073】
(B)酸化工程が、冷間圧延工程後、仕上焼鈍工程前に独立に有する工程である場合
前記冷延工程により得られた冷延板は、必要に応じて公知の方法により脱炭焼鈍、窒化焼鈍を行った後、前記冷延板を、露点温度0℃以上80℃以下の雰囲気下、400℃から800℃の温度を5秒以上15秒以下保持することにより酸化層を形成する。400℃から800℃の間の温度変化は任意であり特に規定しない。
酸化工程を独立に有する場合、その後、公知の方法により仕上焼鈍を行う。この場合仕上焼鈍工程は、特に限定されないが、既に酸化層が形成されているため、昇温過程を含めた全過程において露点温度が0度未満の雰囲気下で仕上焼鈍を行うことが好ましい。仕上焼鈍工程の上記以外の条件は、上記(A)に記載の仕上焼鈍と同様のものとすることができる。
【0074】
上記の酸化工程は、母鋼板の酸化の初期の状況を、本発明にとって好ましい酸化層を形成するために好ましい条件である。400℃未満は酸化自体が起きないため、発明効果への寄与を考える必要がない。800℃超では、酸化が急速に起きSiの酸化が優先されるため、本発明にとって好ましい組成の酸化層が形成されにくい。露点温度が0℃未満では、上記の温度域では十分な内部酸化層が形成されず、80℃超では初期過程で外部酸化層が形成されやすくなり、内部酸化が起きたとしても内部酸化層が厚くなり過ぎ磁気特性に悪影響を及ぼす。制御すべきより好ましい温度域は350〜750℃、より好ましい露点温度は10〜40℃である。
また、800℃以下の温度域で好適な初期酸化が起きたとしても、その後、800℃超の高温域でさらに酸化が進行すると、酸化層が好適な範囲から外れてしまうため、その後800℃超の熱処理をする場合は、その雰囲気の露点温度は0℃未満とすべきである。さらに好ましい露点温度は、−15℃以下、さらには、−30℃以下とする。
また750℃に達するまでに初期酸化を完了させて、750℃以上の雰囲気の露点温度を0℃未満とすることは好ましい形態である。
上記400〜800℃の温度域および雰囲気中での保持時間は、5〜15秒とする。
5秒未満では発明に好適な酸化層を形成する時間としては不十分であり、15秒超では、内部酸化におけるMn酸化の優位性が失われ効果が飽和する。なお、ここで規定する保持時間は上記温度域での保持時間、言い換えると上記温度域に滞留している時間であり、一定温度で保持(いわゆる保定)する必要はない。一般的な仕上焼鈍の前段で実施するのであれば加熱過程をこのプロセスとして利用すればよい。
【0075】
(結晶方位制御)
本発明成分を有する母鋼板のうち、α−γ変態系であり、Siを2.0質量%以上4.5質量%以下、Mnを2.5質量%以上5.0質量%以下含有し、Alが0.03質量%未満である場合は、{100}<011>方位の対ランダム強度比が30以上を製造することができる。このような組成を有するα−γ変態系の鋼塊は、粒界の移動速度が著しく遅くなるため、熱間圧延工程で得られる熱延板は、冷却時に加工オーステナイトが維持されながら、ひずみが解放されることなくフェライト相へと変態したものとなりやすい。この熱延板を、冷延し、焼鈍することで、{100}<011>方位が強く集積し、非常に良好な磁気特性を付与することが可能である。例えば、前記母鋼板の製造過程において、前述のように熱延工程で、加工オーステナイト相を維持して熱延を完了し、熱延鋼板の再結晶化率を制御し、冷間圧延時の圧下率を88%以上とし、α単相領域で仕上焼鈍することにより、{100}<011>方位の対ランダム強度比が30以上の鋼板を製造することができる。
【実施例】
【0076】
以下で説明する実施例での条件は、本発明の実施可能性および効果を確認するために採用した一条件例であり、本発明はこの一条件例に限定されるものではない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得るものである。
【0077】
(実施例:電磁鋼板の製造)
真空溶解炉で表1の鋼種A〜Kに示す成分組成に調整したインゴットをそれぞれ鋳造する。得られるインゴットを用い、表2〜表3に従って電磁鋼板を製造する。具体的には、インゴットを表2〜表3に記載の仕上げ圧延温度で熱間圧延しそれぞれ厚さ2.1〜3.2mmの熱延板を得る。このようにして得られる熱延板に熱延板焼鈍をせずに、ショットブラストを行った(サンプルNo.11〜23、37〜44及び、47は除く)後、冷間圧延を行い表2〜表3に記載の厚さを有する冷延板とする。次いで冷延板を酸化する。表中のプロセス「A」は酸化工程が仕上焼鈍工程における昇温過程内に含まれている場合、プロセス「B」は酸化工程が、冷間圧延工程後、仕上焼鈍工程前に独立に有する工程である場合を示す。プロセス「A」の場合、表中の「露点温度」は仕上焼鈍の昇温工程における雰囲気を示し、「保持時間」は400℃から800℃に達するまでの時間を示している。また、プロセス「B」の場合、酸化工程は最高到達温度を750℃として行い、表中の「露点温度」は当該酸化工程における雰囲気を示し、「保持時間」は冷却過程も含めた400℃から750℃の温度域での保持時間を示している。その後、表2〜表3に示される温度条件で仕上焼鈍を行って、電磁鋼板を得る。
【0078】
【表1】
【0079】
【表2】
【0080】
【表3】
【0081】
得られる電磁鋼板をそれぞれ、グロー放電発光分光分析(GDS)により測定し、鋼板の深さ方向の元素分布測定結果をグラフ化し、D
1、D
2、D
x、D
0をそれぞれ求める。また、低Mn領域の厚みt、およびDxの最低値Dxminを算出する。
本実施例では、圧延方向と45°の方向が磁化方向となるように切り出したサンプルにて、JIS C 2556に記載の電磁鋼板単板磁気特性試験方法に準拠して、5000A/mの磁場における磁束密度B50を測定する。また、鉄損は、最大磁束密度が1.0T、周波数800Hzの時鉄損W10/800を測定する。
{100}<011>のランダム強度比は、得られた電磁鋼板の表層から1/5t位置の圧延面に平行な面でX線回折により測定し、結晶方位分布関数から求める。
また被膜密着性は、曲げ試験により評価する。製品板をφ20 mmの丸棒に巻きつけ、剥離した部分の面積率を求める。剥離面積率10%以下を合格(○)とする。結果を表4〜表5に示す。
【0082】
【表4】
【0083】
【表5】
【0084】
[結果のまとめ]
表4〜5に示される通り、Siを2.0質量%以上4.5質量%以下、Mnを2.5質量%以上5.0質量%以下含有し、Feを主成分とする母鋼板上に、Mnを含有する酸化層を有する電磁鋼板であって、前記酸化層におけるMnの最高濃度D
1(質量%)と、前記酸化層におけるSiの最高濃度D
2(質量%)とが、(D
1/D
2)≧1.50の関係を満たす、実施例1〜30の電磁鋼板は、被膜密着性に優れていることが明らかとなった。