特許第6880820号(P6880820)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6880820
(24)【登録日】2021年5月10日
(45)【発行日】2021年6月2日
(54)【発明の名称】切削工具
(51)【国際特許分類】
   B23B 27/10 20060101AFI20210524BHJP
   B23B 27/14 20060101ALI20210524BHJP
   B23B 27/16 20060101ALI20210524BHJP
【FI】
   B23B27/10
   B23B27/14 B
   B23B27/16 Z
【請求項の数】4
【全頁数】10
(21)【出願番号】特願2017-32687(P2017-32687)
(22)【出願日】2017年2月23日
(65)【公開番号】特開2018-134722(P2018-134722A)
(43)【公開日】2018年8月30日
【審査請求日】2019年10月4日
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100113664
【弁理士】
【氏名又は名称】森岡 正往
(74)【代理人】
【識別番号】110001324
【氏名又は名称】特許業務法人SANSUI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】青木 友弥
(72)【発明者】
【氏名】角田 貫一
(72)【発明者】
【氏名】片岡 良介
【審査官】 村上 哲
(56)【参考文献】
【文献】 特開昭59−042205(JP,A)
【文献】 欧州特許出願公開第0100376(EP,A2)
【文献】 実開昭55−111702(JP,U)
【文献】 特表2010−507742(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 27/10
B23B 27/14
B23B 27/16
WPI
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被削材を切削する切れ刃と該切れ刃から後方へ連なるすくい面と該すくい面の後縁から内部後方へ連なる傾斜面とを有する本体と、
該すくい面よりも突出することなく該傾斜面に接して配設されると共に該本体よりも熱伝導率が高い高熱伝導体と備え
該本体の熱伝導率(Kt)に対する該高熱伝導体の熱伝導率(Kh)の比である熱伝導比(Kh/Kt)は4〜20であり、
該切れ刃の刃先(原点)から該刃先に垂直な断面域(2mm×2mm)において、該本体の体積(Vt)と該高熱伝導体の体積(Vh)との合計に対する該高熱伝導体の体積の割合である体積率(Vh/Vt+Vh)が40〜80%であるスローアウェイ式切削工具。
【請求項2】
前記本体と前記高熱伝導体は、前記傾斜面で接着されている請求項1に記載のスローアウェイ式切削工具。
【請求項3】
前記高熱伝導体の上面は、前記本体のすくい面に対して、面一状態から15°下方傾斜した状態までの範囲内にある請求項1または2に記載のスローアウェイ式切削工具。
【請求項4】
前記高熱伝導体は、すり鉢状に窪んでいる中央部を有する請求項1〜3のいずれかに記載のスローアウェイ式切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高寿命化を図れるスローアウェイ式切削工具に関する。
【背景技術】
【0002】
鋳物や金属素材などの被削材を切削する切削加工は、精度が要求される機械部品等の製造には欠かせない。このような切削加工品の品質安定化と低コスト化を両立するために、切削工具の高寿命化が求められる。
【0003】
工具寿命を短くする要因として、工具摩耗機構の一つである熱的摩耗がある。特に、難削材(例えば、Ti系材料、Ni系材料等)を切削加工するような場合、発生する切削熱により切削工具(チップ)が相当な高温となり、熱的摩耗が進行して工具寿命が短くなり易い(非特許文献1参照)。
【0004】
通常、刃先(加工点)へ加工液(クーラント)を供給して、切削工具の熱的摩耗の抑制等が図られているが、それ以外の方法も提案されている。例えば、下記の特許文献1に、それに関連した記載がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特表2012−522659号公報(WO2011/5340)
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】難削材の切削加工概論,鳴瀧則彦,精密工学会誌 58(12),1949-1952,1992
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1は、切削工具の刃先温度を低下させるために、切削工具とそのホルダー(シャンク)との間に熱交換器を設けて、切削工具を冷却することを提案している。特許文献1は、液体窒素などの冷却剤を使用して切削工具全体を冷却することを意図しており、冷却剤や供給設備等の費用が嵩むため、加工コストの低減は図れない。
【0008】
本発明はこのような事情に鑑みて為されたものであり、従来とは異なる手法により、長寿命化を図れる新たなスローアウェイ式切削工具を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者はこの課題を解決すべく鋭意研究した結果、高温となる切れ刃(工具刃先)の近傍に、高熱伝導材を配置することを着想した。この着想を具現化すると共に発展させることによって、以降に述べる本発明を完成するに至った。
【0010】
《スローアウェイ式切削工具》
(1)本発明のスローアウェイ式切削工具は、被削材を切削する切れ刃と該切れ刃から後方へ連なるすくい面と該すくい面の後縁から内部後方へ連なる傾斜面とを有する本体と、該すくい面よりも突出することなく該傾斜面に接して配設されると共に該本体よりも熱伝導率が高い高熱伝導体とを備える。
【0011】
(2)本発明のスローアウェイ式切削工具(単に「切削工具」という。)によれば、切削加工時の工具刃先温度を低減でき、工具寿命の長期化による工具費用の抑制、ひいては切削品の製造(加工)コストの低減を図れる。
【0012】
この理由は次のように推察される。切れ刃(「工具刃先」または単に「刃先」ともいう。)で切削された被削材から生じた切屑は、刃先から後方(切屑の流出方向)へ連なるすくい面(少なくとも刃先側領域)に接触しつつ流動する。この切屑は非常に高温であるため、すくい面の刃先近傍が特に相当な高温となる。
【0013】
本発明の場合、その刃先近傍の後方に高熱伝導体が配設されている。高熱伝導体は、刃先、すくい面等を構成する本体よりも、熱伝導率の高い材質(「高熱伝導材」という。)からなる。このため高熱伝導体は、刃先近傍の本体の高熱を他の領域へ効率的に伝導させて放熱させることができる。この結果、刃先近傍における熱の滞留や蓄熱が回避され、刃先近傍の温度(特に刃先温度)を効果的に低減できる。
【0014】
ちなみに、本発明に係る高熱伝導体は、本体のすくい面よりも突出していないため、切屑の流れを妨げず、高温な切屑とも殆ど直接的には接触しない。このため本発明の高熱伝導体は、高温な切屑からの入熱が少なく、本体の刃先近傍からの入熱を外部へ効率的に伝導して、刃先近傍を効率的に冷却し得る。
【0015】
なお、上述した作用効果は、クーラントの供給の有無と関係がないため、本発明の切削工具は、ウエット環境下で用いられても、ドライ環境下で用いられてもよい。
【0016】
《加工方法》
本発明は、上述した切削工具としてのみならず、上述した切削工具を用いて被削材を切削することを特徴とする加工方法としても把握できる。本発明の加工方法は、種々の加工に有効であり、例えば、旋削加工のように、一つの切削工具と被削材または切屑と連続的に接触するような連続加工でも良いし、フライス加工のように、一つの切削工具と被削材または切屑が断続的に接触するような断続加工でも良い。なお、本発明は、上述した切削工具を用いて被削材を切削した切削品としても把握できる。
【0017】
《その他》
(1)本明細書では、説明の便宜上、刃先近傍における切屑の流出方向(または刃先稜線に対して略直角方向)に沿って、上流側を「前」(前側、前方等)といい、下流側を「後」(後側、後方等)という。また、便宜上、すくい面から切削工具の内部に向かう方向(またはすくい面を境としてすくい角が増大する方向)を下方、その反対方向(またはすくい面を境としてすくい角が減少する方向)を上方ともいう。
【0018】
(2)特に断らない限り本明細書でいう「x〜y」は下限値xおよび上限値yを含む。本明細書に記載した種々の数値または数値範囲に含まれる任意の数値を新たな下限値または上限値として「a〜b」のような範囲を新設し得る。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】本発明の一形態である切削加工により、被削材を切削加工する様子を示す模式図である。
図2A】本体が略三角環状である切削工具を示す模式図である。
図2B】本体が略三角状である切削工具を示す模式図である。
図2C】本体がC字状である切削工具を示す模式図である。
図2D】本体が略方環状である切削工具を示す模式図である。
図3A】第1実施例でシミュレーションに供したチップモデルを示す模式図である。
図3B】その各モデルに係る工具刃先温度を示す棒グラフである。
図4A】第2実施例でシミュレーションに供したチップモデルを示す模式図である。
図4B】その各モデルに係る工具刃先温度を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本明細書で説明する内容は、切削工具のみならず、それを用いた加工方法(製造方法)にも該当し得る。上述した本発明の構成要素に、本明細書中から任意に選択した一以上の構成要素を付加し得る。方法に関する構成要素は、物に関する構成要素ともなり得る。いずれの実施形態が最良であるか否かは、対象、要求性能等によって異なる。
【0021】
《切削工具》
本発明の一形態である切削工具により、被削材を切削加工する様子を図1に示した。切削工具は、本体と高熱伝導体とを備え、両者が本体のすくい面後縁から下方へ連なる傾斜面で接している。本形態では、本体のすくい面と高熱伝導体の上面とが面一状になっている。なお、当然であるが、本発明の切削工具も従来の切削工具と同様に、すくい面の他に逃げ面を備え、外周側面、底面、ホルダーまたはシャンク等に固定される固定部(クランプ部)を備える。
【0022】
本発明の切削工具はスローアウェイ式であり、例えば、図2A図2Dに示すようなチップからなる。図2A図2Cは略三角状のチップであり、図2Dは略方形状のチップである。図2A図2Dは本体が連続した環状となっている場合であり、図2Bは本体が三角形の一つの頂点側(先端側)に設けられた略半円状となっている場合であり、図2Cは本体がその先端側に設けられた略C字状となっている場合である。図4Dには、環状の本体と円盤状の高熱伝導体とからなり、クーラントが流通できる穴(空隙)を四隅部分に有するチップを例示したが、このような穴はなくてもよい。なお、各図には、それぞれ刃先稜線に垂直な切断面から観た要部形状も併せて示した。
【0023】
《本体と高熱伝導体》
(1)材質
本体は、被削材に応じて、その切削加工に適した強度、剛性、耐熱性等を有する材質(工具材)からなる。例えば、超硬合金、高速度鋼、サーメット、セラミックス、CBN(Cubic boron nitride/立方晶窒化ホウ素)、ダイヤモンド等からなる。
【0024】
高熱伝導体の材質(高熱伝導材)は、本体に応じて適切に選択されると好ましい。特に、高熱伝導体も高温となることから、高熱伝導材は、工具材よりも熱伝導率が高いのみならず、融点や高温強度等に優れるものが好ましい。例えば、銅または銅合金、アルミニウムまたはアルミニウム合金、銀または銀合金、炭素繊維複合材料等が好ましい。
【0025】
高熱伝導材は、本体の熱伝導率(Kt)に対する高熱伝導体の熱伝導率(Kh)の比である熱伝導比(Kh/Kt)が4〜20、5〜15さらには6〜10となるように選択されると好ましい。高熱伝導材を適切に選択することにより、高熱伝導体を設けない場合よりも刃先温度を、例えば、50〜200℃程度低減できる。
【0026】
(2)体積
本体の刃先近傍の熱を高熱伝導体へ効率的に誘導し、高熱伝導体を介して外部へ放出させるために、高熱伝導体は所定値以上の体積や熱容量を有すると好ましい。例えば、本体の体積(Vt)と高熱伝導体の体積(Vh)との合計に対する高熱伝導体の体積の割合である体積率(Vh/Vt+Vh)は、40〜80%、45〜70%さらには50〜60%であると好ましい。なお、体積率の上限値は高いほど好ましいが、切削工具(特に本体)の機能確保等のため、自ずと制限され得る。
【0027】
(3)補足
高熱伝導体は、材質または形状が異なる複数部分(部材)からなってもよい。また、高熱伝導体の熱伝導率は、刃先側から変化してもよい。この場合、刃先側ほど熱伝導率を高くすると好ましい。
【0028】
本体と高熱伝導体は、両者が接触する傾斜面で接着されていると、切削工具の取扱いが容易となり好ましい。接着剤には熱伝導率や熱伝達率に優れるものを選択するとよい。
【0029】
切削工具は、高熱伝導体の後方側等に穴(トンネル)や溝等を有してもよい。穴や溝等を利用して切屑を外部へ誘導したり、クーラントを刃先側へ誘導したりできる。
【0030】
切れ刃(工具刃先)は、直線状でも、曲線状(連続した環状を含む。)でもよい。本体と高熱伝導体が接する傾斜面も、平面、曲面、または波面等でもよい。
【0031】
高熱伝導体は、少なくとも、本体の刃先近傍(特に刃先の後方にあるすくい面付近)にあればよく、必ずしも、本体のすくい面から底面まで存在している必要はない。また、高熱伝導体は、表面に微細な凹凸模様等が設けられて、その表面積が増大していると好ましい。これにより加工雰囲気に暴露される表面積が増大し、高熱伝導体からの放熱性が高まる。
【0032】
切削工具のシャンクやホルダーへの取付けは、本体および高熱伝導体とは別に設けた固定部でなされてもよいし、高熱伝導体が固定部を兼ね備えてもよい。後者の場合、高温の切屑からの受熱は、本体の刃先近傍から高熱伝導体を通じてシャンクやホルダー等へ効率的に放熱され、また切削工具の簡素化を図れる。なお、切削工具の固定(クランプ)は、切削工具の上面または溝を押さえたり、切削工具に設けた穴にネジまたはピンを挿入等することにより行える。
【0033】
切削工具自体が回転する場合、刃先稜線に垂直な面内で回転軸方向や径方向へ延在する高熱伝導体を、少なくとも一部(一箇所)に設けると好ましい。これにより、旋削加工のように切削工具自体が固定されている場合に限らず、切削工具自体が回転する場合でも刃先温度の低減を図れる。
【0034】
本発明の切削工具は、クーラントが供給されるウエット環境下で使用されても、クーラントが供給されないドライ環境下で使用されてもよい。なお、本明細書でいうクーラント(冷却媒体)は、液体に限らず、エアーや特定ガス(不活性ガス等)などの気体でもよい。クーラントは、切削油(加工油)を兼ねると好ましく、また、水溶性であると取扱や後処理が容易となり好ましい。
【実施例】
【0035】
一辺に直線状の切れ刃が設けられたスローアウェイ式切削工具(単に「チップ」ともいう。)で二次元切削加工を行う場合を想定して、以下のような解析と実験を行った。この結果に基づいて本発明をより具体的に説明する。
【0036】
[第1実施例]
(1)モデル
高熱伝導体の有無等による刃先温度の影響を評価するため、図3Aに示す3種類のチップモデルを作成し、それぞれFEM解析によって刃先中央の温度(単に「刃先温度」という。)をシミュレーションした。
【0037】
試料1は、平らなすくい面とそのすくい面の後縁から45°下方へ向かう平面状の傾斜面とを有する工具材からなる本体と、その傾斜面に密接している高熱伝導体とを有する略正三角形状のチップである。試料C1は、高熱伝導体を設けずに全体を工具材(本体)としたチップであり、概形は試料1と同じとした。試料C2は、試料1の本体部分のみとした仮想的なチップである。なお、いずれの場合も、すくい面の先端(刃先稜線)からすくい面の後端(傾斜面の前端縁)までの距離(すくい面長さ)は0.1mmとした。
【0038】
(2)解析
各試料の刃先温度のシミュレーションには、解析ソフト(Abaqus 6.12/Dassault Systemes製) を用いた。この際、二次元切削を想定して、切屑とすくい面の接触領域は刃先中央の2mm×0.1mmの範囲とし、この接触領域を加工時の切屑からの入熱範囲と仮定した。
【0039】
シミュレーションに用いた解析パラメータは次の通りとした。
切屑温度 Tc:1000[℃]
切屑とすくい面間の熱伝達率 Hc:300000[W/(K・m)]
本体の熱伝導率 Kt:42[W/(K・m)]
本体の比熱 Ct:300[J/(kg・K)]
本体の密度 ρt:11700[kg/m
高熱伝導体の熱伝導率 Kh:386[W/(K・m)]
高熱伝導体の比熱 Ch:385[J/(kg・K)]
高熱伝導体の密度 ρh:8960[kg/m
雰囲気の熱伝達率(ウエット)Hw:10000[W/(K・m)]
(ドライ) Hd:13[W/(K・m)]
雰囲気の温度 T:26[℃]
【0040】
シミュレーションは、クーラントを供給しつつ切削加工を行う場合(ウエット環境下)と、クーラントを供給せずに切削加工を行う場合(ドライ環境下)との両方について行った。なお、本体と高熱伝導体との間の熱抵抗はゼロとした。
【0041】
(3)評価
各試料に係る解析結果を図3Bにまとめて示した。先ず、試料C1と試料C2の比較から、本体部分の体積減少により、刃先温度は50〜100℃上昇することがわかった。この傾向は、ドライ環境でもウエット環境下でも同様であった。
【0042】
次に、その刃先温度が上昇した試料C2の本体に高熱伝導体を密着させた試料1は、試料C2に対して200〜300℃、試料C1に対しても150〜200℃程度、刃先温度が低下することがわかった。この傾向も、ドライ環境でもウエット環境下でも同様であった。
【0043】
従って、本体を構成している工具材の一部を高熱伝導材で置換することにより、刃先温度が大幅に低減し得ることがわかった。なお、試料1に係る熱伝導比(Kh/Kt)は、386/42≒9.2であった。
【0044】
[第2実施例]
(1)モデル
高熱伝導体の形態による刃先温度の影響を評価するため、図4Aに示す3種類のチップモデルを作成し、それぞれFEM解析によって刃先中央の温度(単に「刃先温度」という。)をシミュレーションした。なお、図4Aは、刃先稜線に垂直な面における断面形状を示した。その他の概形は、第1実施例の試料1(図3A参照)に示したチップモデルと基本的に同じとした。
【0045】
試料11は、本体の傾斜面(傾斜角θt=45°)に密接している高熱伝導体の上面が、すくい面と面一状態となっている(先端角θh=45°となっている)略正三角形状のチップモデルであり、実質的に試料1と同じである。試料12は、高熱伝導体の上面が本体のすくい面から15°下方へ傾斜している(先端角θh=30°となっている)略正三角形状のチップモデルである。試料13は、高熱伝導体の上面が本体のすくい面から30°下方へ傾斜している(先端角θh=15°となっている)略正三角形状のチップモデルである。従って、試料12および試料13は、高熱伝導体の中央部分がすり鉢状に窪んだ形態となる。
【0046】
(2)解析
各試料の刃先温度を第1実施例の場合と同様にシミュレーションした。但し、高熱伝導体の熱伝導率(Kh)は、42、84、126、252または386[W/(K・m)]のいずれかとして変化させた。加工雰囲気はクーラントが供給されている環境下を想定して、雰囲気の熱伝達率(ウエット)Hw:10000[W/(K・m)]とした。
【0047】
(3)評価
各試料に係る解析結果を図4Bにまとめて示した。先ず、高熱伝導体の熱伝導率(Kh)が大きくなるほど、いずれの試料でも刃先温度がより低下することがわかった。特に、高熱伝導体の熱伝導率を126[W/(K・m)](熱伝導比3付近)より大きくすることにより、刃先温度を大きく低下させ得ることがわかった。
【0048】
次に、試料13よりも、試料11および試料12の方が、刃先温度が大きく低下した。この傾向は、上述したように、熱伝導比が3超さらには3.5以上となる範囲で顕著であった。例えば、刃先温度を切屑温度に対して10%以上低減させる場合を想定する。本実施例では切屑温度(Tc)を1000[℃]としているので、刃先温度を100℃以上低減させる必要がある。試料11、試料12の場合なら、熱伝導比を5.5倍以上さらには6倍以上とすることにより、刃先温度をほぼ100℃以上低減させることができる。
【0049】
ところで、いずれの場合でも(モデル形態や熱伝導率が変化しても)、既述した刃先温度に対して、さらにその10%以下まで温度が低下している位置(領域)は、刃先(稜線)からx方向およびy方向(図4A参照)にそれぞれ2mm後退した位置(領域)であった。
【0050】
このような領域(x=0〜2mm、y=0〜2mm/刃先:原点)における高熱伝導体の全体積(本体の体積:Vt+高熱伝導体の体積:Vh)に占める割合(Vh/Vt+Vh)を求めると、試料11:50%、試料12:42.3%、試料13:29.7%となる。但し、刃先稜線に垂直な断面形状は、z方向(刃先中央の2mm)に関して一定とした。
【0051】
上述したように試料11と試料12の場合、刃先温度の低減効果が大きいことから、高熱伝導体の体積率は35%以上さらには40%以上であると好ましいといえる。なお、体積率の上限値は、本実施例では50%となるが、本体の傾斜角(θt)を小さくすると高熱伝導体の体積率をさらに上昇させることができる。これにより刃先温度をより低下させ得る。
【0052】
視点を変えると、高熱伝導体の上面と本体のすくい面の角度差(Δθ=90°−θt−θh)が、25°以下さらには20°以下であると好ましいともいえる。なお、その角度差の下限値は0°(試料11参照)とするとよい。高熱伝導体の上面が本体のすくい面よりも突出していてもよいが、その突出部分は流動する切屑によって摺り切られて、加工後に試料11のような形態に落ち着くからである。
図1
図2A
図2B
図2C
図2D
図3A
図3B
図4A
図4B