【実施例】
【0035】
一辺に直線状の切れ刃が設けられたスローアウェイ式切削工具(単に「チップ」ともいう。)で二次元切削加工を行う場合を想定して、以下のような解析と実験を行った。この結果に基づいて本発明をより具体的に説明する。
【0036】
[第1実施例]
(1)モデル
高熱伝導体の有無等による刃先温度の影響を評価するため、
図3Aに示す3種類のチップモデルを作成し、それぞれFEM解析によって刃先中央の温度(単に「刃先温度」という。)をシミュレーションした。
【0037】
試料1は、平らなすくい面とそのすくい面の後縁から45°下方へ向かう平面状の傾斜面とを有する工具材からなる本体と、その傾斜面に密接している高熱伝導体とを有する略正三角形状のチップである。試料C1は、高熱伝導体を設けずに全体を工具材(本体)としたチップであり、概形は試料1と同じとした。試料C2は、試料1の本体部分のみとした仮想的なチップである。なお、いずれの場合も、すくい面の先端(刃先稜線)からすくい面の後端(傾斜面の前端縁)までの距離(すくい面長さ)は0.1mmとした。
【0038】
(2)解析
各試料の刃先温度のシミュレーションには、解析ソフト(Abaqus 6.12/Dassault Systemes製) を用いた。この際、二次元切削を想定して、切屑とすくい面の接触領域は刃先中央の2mm×0.1mmの範囲とし、この接触領域を加工時の切屑からの入熱範囲と仮定した。
【0039】
シミュレーションに用いた解析パラメータは次の通りとした。
切屑温度 Tc:1000[℃]
切屑とすくい面間の熱伝達率 Hc:300000[W/(K・m
2)]
本体の熱伝導率 Kt:42[W/(K・m)]
本体の比熱 Ct:300[J/(kg・K)]
本体の密度 ρt:11700[kg/m
3]
高熱伝導体の熱伝導率 Kh:386[W/(K・m)]
高熱伝導体の比熱 Ch:385[J/(kg・K)]
高熱伝導体の密度 ρh:8960[kg/m
3]
雰囲気の熱伝達率(ウエット)Hw:10000[W/(K・m
2)]
(ドライ) Hd:13[W/(K・m
2)]
雰囲気の温度 T
0:26[℃]
【0040】
シミュレーションは、クーラントを供給しつつ切削加工を行う場合(ウエット環境下)と、クーラントを供給せずに切削加工を行う場合(ドライ環境下)との両方について行った。なお、本体と高熱伝導体との間の熱抵抗はゼロとした。
【0041】
(3)評価
各試料に係る解析結果を
図3Bにまとめて示した。先ず、試料C1と試料C2の比較から、本体部分の体積減少により、刃先温度は50〜100℃上昇することがわかった。この傾向は、ドライ環境でもウエット環境下でも同様であった。
【0042】
次に、その刃先温度が上昇した試料C2の本体に高熱伝導体を密着させた試料1は、試料C2に対して200〜300℃、試料C1に対しても150〜200℃程度、刃先温度が低下することがわかった。この傾向も、ドライ環境でもウエット環境下でも同様であった。
【0043】
従って、本体を構成している工具材の一部を高熱伝導材で置換することにより、刃先温度が大幅に低減し得ることがわかった。なお、試料1に係る熱伝導比(Kh/Kt)は、386/42≒9.2であった。
【0044】
[第2実施例]
(1)モデル
高熱伝導体の形態による刃先温度の影響を評価するため、
図4Aに示す3種類のチップモデルを作成し、それぞれFEM解析によって刃先中央の温度(単に「刃先温度」という。)をシミュレーションした。なお、
図4Aは、刃先稜線に垂直な面における断面形状を示した。その他の概形は、第1実施例の試料1(
図3A参照)に示したチップモデルと基本的に同じとした。
【0045】
試料11は、本体の傾斜面(傾斜角θt=45°)に密接している高熱伝導体の上面が、すくい面と面一状態となっている(先端角θh=45°となっている)略正三角形状のチップモデルであり、実質的に試料1と同じである。試料12は、高熱伝導体の上面が本体のすくい面から15°下方へ傾斜している(先端角θh=30°となっている)略正三角形状のチップモデルである。試料13は、高熱伝導体の上面が本体のすくい面から30°下方へ傾斜している(先端角θh=15°となっている)略正三角形状のチップモデルである。従って、試料12および試料13は、高熱伝導体の中央部分がすり鉢状に窪んだ形態となる。
【0046】
(2)解析
各試料の刃先温度を第1実施例の場合と同様にシミュレーションした。但し、高熱伝導体の熱伝導率(Kh)は、42、84、126、252または386[W/(K・m)]のいずれかとして変化させた。加工雰囲気はクーラントが供給されている環境下を想定して、雰囲気の熱伝達率(ウエット)Hw:10000[W/(K・m
2)]とした。
【0047】
(3)評価
各試料に係る解析結果を
図4Bにまとめて示した。先ず、高熱伝導体の熱伝導率(Kh)が大きくなるほど、いずれの試料でも刃先温度がより低下することがわかった。特に、高熱伝導体の熱伝導率を126[W/(K・m)](熱伝導比3付近)より大きくすることにより、刃先温度を大きく低下させ得ることがわかった。
【0048】
次に、試料13よりも、試料11および試料12の方が、刃先温度が大きく低下した。この傾向は、上述したように、熱伝導比が3超さらには3.5以上となる範囲で顕著であった。例えば、刃先温度を切屑温度に対して10%以上低減させる場合を想定する。本実施例では切屑温度(Tc)を1000[℃]としているので、刃先温度を100℃以上低減させる必要がある。試料11、試料12の場合なら、熱伝導比を5.5倍以上さらには6倍以上とすることにより、刃先温度をほぼ100℃以上低減させることができる。
【0049】
ところで、いずれの場合でも(モデル形態や熱伝導率が変化しても)、既述した刃先温度に対して、さらにその10%以下まで温度が低下している位置(領域)は、刃先(稜線)からx方向およびy方向(
図4A参照)にそれぞれ2mm後退した位置(領域)であった。
【0050】
このような領域(x=0〜2mm、y=0〜2mm/刃先:原点)における高熱伝導体の全体積(本体の体積:Vt+高熱伝導体の体積:Vh)に占める割合(Vh/Vt+Vh)を求めると、試料11:50%、試料12:42.3%、試料13:29.7%となる。但し、刃先稜線に垂直な断面形状は、z方向(刃先中央の2mm)に関して一定とした。
【0051】
上述したように試料11と試料12の場合、刃先温度の低減効果が大きいことから、高熱伝導体の体積率は35%以上さらには40%以上であると好ましいといえる。なお、体積率の上限値は、本実施例では50%となるが、本体の傾斜角(θt)を小さくすると高熱伝導体の体積率をさらに上昇させることができる。これにより刃先温度をより低下させ得る。
【0052】
視点を変えると、高熱伝導体の上面と本体のすくい面の角度差(Δθ=90°−θt−θh)が、25°以下さらには20°以下であると好ましいともいえる。なお、その角度差の下限値は0°(試料11参照)とするとよい。高熱伝導体の上面が本体のすくい面よりも突出していてもよいが、その突出部分は流動する切屑によって摺り切られて、加工後に試料11のような形態に落ち着くからである。