(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
周期的な波形を含む駆動信号から生成され被測定物質を通過した中赤外域の測定光の光強度に応じた検出信号に基づいて、前記被測定物質の吸収特性を表す情報を出力する吸収特性演算回路であって、
前記駆動信号の波形及び前記検出信号の波形のうち一方の波形に、他方の波形に対する時間遅延を与える遅延部と、
時間遅延された前記一方の波形と前記他方の波形とを加算する加算部と、
前記加算部から出力された加算後の波形を時間反転した波形と前記加算後の波形との差分波形を生成する減算部と、を備え、
前記遅延部における遅延時間を変化させながら前記差分波形を繰り返し演算し、前記差分波形の絶対値が最も小さくなるときの前記加算後の波形若しくは前記加算後の波形から得られる情報を前記被測定物質の吸収特性を表す情報として出力する、吸収特性演算回路。
【発明を実施するための形態】
【0013】
[本発明の実施形態の説明]
最初に、本発明の実施形態の内容を列記して説明する。一実施形態に係る分析装置は、周期的な波形を含む駆動信号を受け、該駆動信号を中赤外域の測定光に変換するQCLと、被測定物質を通過した測定光を受け、測定光の光強度に応じた検出信号を出力する光検出部と、検出信号に基づいて、被測定物質の吸収特性を表す情報を出力する演算部と、を備える。演算部は、駆動信号の波形及び検出信号の波形のうち一方の波形に、他方の波形に対する時間遅延を与える遅延部と、時間遅延された一方の波形と他方の波形とを加算する加算部と、加算後の波形を時間反転した波形と加算後の波形との差分波形を生成する減算部と、を有する。演算部は、遅延部における遅延時間を変化させながら差分波形を繰り返し演算し、差分波形の絶対値が最も小さくなるときの加算後の波形若しくは加算後の波形から得られる情報を被測定物質の吸収特性を表す情報として出力する。
【0014】
一実施形態に係る分析方法は、周期的な波形を含む駆動信号をQCLに供給し、該駆動信号を中赤外域の測定光に変換する光生成ステップと、被測定物質を通過した測定光の光強度に応じた検出信号を生成する光検出ステップと、検出信号に基づいて、被測定物質の吸収特性を表す情報を生成する演算ステップと、を含む。演算ステップは、駆動信号の波形及び検出信号の波形のうち一方の波形に、他方の波形に対する時間遅延を与える遅延ステップと、時間遅延された一方の波形と他方の波形とを加算する加算ステップと、加算部から出力された加算後の波形を時間反転した波形と加算後の波形との差分波形を生成する減算ステップと、を含み、演算ステップにおいて、遅延ステップにおける遅延時間を変化させながら差分波形を繰り返し演算し、差分波形の絶対値が最も小さくなるときの加算後の波形若しくは加算後の波形から得られる情報を被測定物質の吸収特性を表す情報とする。
【0015】
これらの分析装置及び分析方法では、周期的な波形を含むように変調された駆動信号をQCLが受ける。QCLは、この駆動信号を、多くの物質の吸収波長が存在する中赤外域の測定光に変換する。測定光は、被測定物質に照射され、被測定物質の成分に応じた波長成分の吸収を受けつつ被測定物質を通過する。光検出部(光検出ステップ)では、被測定物質を通過した測定光の光強度に応じた検出信号が生成される。演算部(演算ステップ)では、この検出信号を処理して、被測定物質の吸収特性を表す情報が生成される。測定者は、この情報に基づいて、被測定物質の成分や濃度を知ることができる。
【0016】
また、これらの分析装置及び分析方法は、演算部(演算ステップ)が、遅延部(遅延ステップ)、加算部(加算ステップ)、及び減算部(減算ステップ)を有する。遅延部(遅延ステップ)は、駆動信号の波形及び検出信号の波形のうち一方の波形に、他方の波形に対する時間遅延を与える。これにより、駆動信号と検出信号との間に位相差が生じる。加算部(加算ステップ)は、位相差を有するこれらの波形を相互に加算する。更に、減算部(減算ステップ)は、加算後の波形を時間反転した波形と、加算後の波形との差分波形を生成する。そして、遅延時間を変化させながら差分波形が繰り返し演算される。このような構成においては、差分波形の絶対値が最も小さくなるときの遅延時間が、波長の時間的なずれの大きさを意味する。従って、差分波形の絶対値が最も小さくなるときの遅延時間を考慮することにより、吸収が生じた正確な波長を知ることができる。すなわち、これらの分析装置及び分析方法によれば、QCLへの注入電流の周期的な変化に起因する波長のずれによる影響を排除して、被測定物質の吸収特性に関する情報を検出信号から正確に抽出することができる。故に、QCLへの注入電流を変調する測定方式において被測定物質の吸収特性を精度良く得ることができる。
【0017】
上記の分析装置及び分析方法において、演算部(演算ステップ)は、予め用意されたパラメータと駆動信号の波形とを用いて、QCLから出力される測定光の波形に近づくように駆動信号の波形に歪みが重畳された補正波形を生成する波形補正部(波形補正ステップ)を更に有してもよい。これにより、演算部(演算ステップ)において、温度変化に起因する光強度の変動(測定光の波形の歪み)を考慮して上記の処理を行うことができるので、被測定物質の吸収特性を更に精度良く得ることができる。
【0018】
上記の分析装置及び分析方法において、周期的な波形は正弦波であってもよい。これにより、周期的な波形を含む駆動信号を容易に生成することができる。
【0019】
一実施形態に係る吸収特性演算回路は、周期的な波形を含む駆動信号から生成され被測定物質を通過した中赤外域の測定光の光強度に応じた検出信号に基づいて、被測定物質の吸収特性を表す情報を出力する吸収特性演算回路であって、駆動信号の波形及び検出信号の波形のうち一方の波形に、他方の波形に対する時間遅延を与える遅延部と、時間遅延された一方の波形と他方の波形とを加算する加算部と、加算部から出力された加算後の波形を時間反転した波形と加算後の波形との差分波形を生成する減算部と、を備え、遅延部における遅延時間を変化させながら差分波形を繰り返し演算し、差分波形の絶対値が最も小さくなるときの加算後の波形若しくは加算後の波形から得られる情報を被測定物質の吸収特性を表す情報として出力する。
【0020】
この吸収特性演算回路は、上述した分析装置の演算部と同様に、遅延部、加算部、及び減算部を有する。従って、QCLへの注入電流の周期的な変化に起因する波長のずれによる影響を排除して、被測定物質の吸収特性に関する情報を検出信号から正確に抽出することができる。故に、QCLへの注入電流を変調する測定方式において被測定物質の吸収特性を精度良く得ることができる。
【0021】
[本発明の実施形態の詳細]
本発明の実施形態に係る分析装置、吸収特性演算回路、及び分析方法の具体例を、以下に図面を参照しつつ説明する。なお、本発明はこれらの例示に限定されるものではなく、特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味及び範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。以下の説明では、図面の説明において同一の要素には同一の符号を付し、重複する説明を省略する。なお、以下の説明において、「波形」とは、信号の時間依存性をいう。
【0022】
図1は、本発明の一実施形態に係る分析装置として、ガス分析装置1Aの構成を示すブロック図である。
図1に示されるように、本実施形態のガス分析装置1Aは、光生成部としてのQCLモジュール10と、被測定物質である被測定ガスを収容するガスセル20と、光検出部としてのMCTモジュール30と、演算部としての波長特性抽出回路40と、QCLモジュールを駆動する駆動回路70と、表示部60とを備える。これらのうち、QCLモジュール10、ガスセル20、MCTモジュール30、及び波長特性抽出回路40は、共通の筐体3に収容されている。駆動回路70及び表示部60は筐体3の外部に設けられているが、筐体3の内部に設けられてもよい。また、QCLモジュール10、ガスセル20、MCTモジュール30、及び波長特性抽出回路40のうち少なくとも一つが、筐体3の外部に設けられてもよい。
【0023】
駆動回路70は、QCLモジュール10に提供される電気的な駆動信号Sdを生成する回路である。駆動回路70において生成される駆動信号Sdは、周期的な波形を含む。
図2は、駆動信号Sdの種々の波形の例を示すグラフである。
図2(a)は、正弦波状の波形を示す。
図2(b)は、三角波状の波形を示す。
図2(c)は、半円状の波形を示す。なお、駆動信号Sdの波形は、各周期内において時間反転対称性を有することが望ましい。時間反転対称性とは、一周期の中心時刻を挟んで、その前の期間の波形とその後の期間の波形とが線対称であることをいう。駆動信号Sdの周波数は、例えば10Hz以上であり、また1MHz以下である。なお、ガス分析装置1Aが駆動回路70を備えずに、ガス分析装置1Aの外部から駆動信号Sdの提供を受けてもよい。
【0024】
QCLモジュール10は、駆動回路70から駆動信号Sdの供給を受けて、中赤外域の測定光LSを出力する。QCLモジュール10は、パッケージ11と、TEC12と、サブマウント13と、QCL14とを有する。パッケージ11は、TEC12、サブマウント13、及びQCL14を気密に封止する。パッケージ11の一部には開口が設けられており、該開口には出射窓11aが設けられている。出射窓11aは、測定光LSの波長に対して透明な材料からなる。パッケージ11の内部において生成された測定光LSは、出射窓11aを通ってパッケージ11の外部へ出射される。
【0025】
QCL14は、駆動信号Sdを受けて正弦波駆動され、駆動信号Sdを中赤外域の測定光LSに変換する。QCL14の出力波長は、例えば3μm以上であり、より好ましくは4μm以上である。また、QCL14の出力波長は例えば10μm以下であり、より好ましくは8μm以下である。QCL14は、このような波長範囲内において、供給電流の変化によって約0.01μm幅の波長変動(波長掃引)を可能にする。なお、QCL14の供給電流に対する光強度及び波長の静特性は、予め測定されて既知である。
【0026】
サブマウント13は、QCL14を搭載する略直方体状の部材である。サブマウント13は、熱伝導性の良い材料、例えばAlNによって構成される。QCL14は、サブマウント13の表(おもて)面上に、例えば半田等の導熱性接着剤を介して固定される。QCL14における発熱は、サブマウント13へ逃げる。TEC12は、パッケージ11の底面上に載置されている。サブマウント13は、TEC12の放熱面上に搭載される。TEC12は、パッケージ11の外部から供給される駆動電流に応じて、サブマウント13の熱をパッケージ11に逃がす。TEC12への駆動電流の大きさは、QCL14の温度が一定に保たれるように制御される。QCL14の温度は、例えば0℃以上40℃以下である。QCL14の温度は、QCL14の近傍に配置されるサーミスタ(図示せず)等を用いて検出され、TEC12の駆動電流にフィードバックされる。
【0027】
ガスセル20は、QCLモジュール10と光学的に結合された光入射窓と、該光入射窓と対向する光出射窓とを有する。ガスセル20は、被測定ガスを収容する空間21を有しており、空間21には導入口22及び排出口23が接続されている。測定前の被測定ガスGは、ガス分析装置1Aの外部空間から導入口22を通じて空間21内に導入される。また、測定後の被測定ガスGは、空間21から排出口23を通じてガス分析装置1Aの外部空間に排出される。空間21を画成する箱体のうち、少なくとも光入射窓及び光出射窓は、測定光LSの波長に対して透明な材料からなる。QCLモジュール10から出力された測定光LSは、光入射窓を透過して空間21内の被測定ガスGに照射される。そして、測定光LSは、被測定ガスGの成分に応じた波長成分の吸収を受けつつ被測定ガスGを通過したのち、光出射窓を透過して空間21の外部へ出射する。なお、ガス分析装置1Aは、ガスセル20を備えずに、外部空間に向けて測定光LSを照射する形態を備えてもよい。
【0028】
MCTモジュール30は、被測定ガスGを通過した測定光LSを受け、測定光LSの光強度に応じた電気的な検出信号Sbを出力する。MCTモジュール30は、ガスセル20の光出射窓と光学的に結合されている。MCTモジュール30は、半導体型のMCT(テルル化カドミウム水銀、HgCdTe)検出器を含み、例えば波長2μm〜10μmに感度を有する。MCTモジュール30は、MCT検出器を液体窒素の温度まで冷却する冷却器と、MCT検出器から出力された電圧を増幅して検出信号Sbを生成する増幅器を更に含んでもよい。MCTモジュール30に入射した測定光LSは、MCT検出器において検出信号Sbに変換される。
【0029】
図3及び
図4は、駆動信号Sd及び検出信号Sbの波形の例を示すグラフである。
図3及び
図4において、グラフG1は駆動信号Sdの波形を表し、グラフG2は検出信号Sbの波形を表す。これらの例では、駆動信号Sdの波形として正弦波状の波形を示す。横軸は時間(単位:ミリ秒)を表し、左の縦軸は駆動信号Sdの電圧値(QCL14への印加電圧、単位:V)を表し、右の縦軸は検出信号Sbの電圧値(MCT検出器からの出力電圧、単位:V)を表す。
図3(a)、
図3(b)は、駆動信号Sdの周波数をそれぞれ50Hz、100Hzとした場合を示す。
図4(a)、
図4(b)は、駆動信号Sdの周波数をそれぞれ1kHz、10kHzとした場合を示す。なお、駆動信号Sdの中心電圧は13.7(V)であり、電圧振幅は1.5(V)である。QCL14を流れる駆動電流(ピークtoピーク値)はいずれも0.4(A)である。
【0030】
図3及び
図4に示されるように、正弦波状の駆動信号Sdの波形に対し、検出信号Sbの波形は大きく歪んでいる。この歪みには、被測定ガスGにおける吸収のほか、QCL14への駆動電流が変動することによる測定光LSの光強度及び波長の変動の影響が含まれる。具体的には、QCL14に駆動電流が供給されると、駆動電流の大きさに比例して測定光LSの光強度が増大するが、一方でQCL14の温度が上昇し、この温度上昇は光強度が減少する方向に作用する。測定光LSの波長についても同様であり、駆動電流が大きくなると測定光LSの波長は長くなるが、一方でQCL14の内部の活性層の温度が上昇し、この温度上昇は波長を短くする方向に作用する。しかも、QCL14の活性層の温度変化は、駆動電流の変化に対して時間的な遅れを生じる。よって、周期的な波形の駆動信号SdをQCL14に与えると、駆動電流の変化に起因する光強度及び波長の変化に対し、温度上昇に起因する光強度及び波長の変化が遅延して重畳する。このため、光強度及び波長は複雑に変化する。QCL14の温度変化の大きさやその遅延時間は、QCL14が搭載されたサブマウント13及びTEC12の熱容量、及びガス分析装置1Aの周辺温度にも依存するので、温度変化の大きさや遅延時間を正確に予測することは難しい。また、
図3及び
図4に示されるように、駆動信号Sdの周波数が大きくなるにつれて、温度変化の遅延の影響が顕著に現れ、検出信号Sbの波形の歪みが大きくなる。測定時間を短縮するためには、駆動信号Sdの周波数は高いほどよい。
【0031】
そこで、本実施形態では、以下に説明する波長特性抽出回路40において、QCL14への駆動電流の変化に起因する光強度及び波長の変動による影響を排除し、被測定ガスGの吸収特性のみを抽出する。
図1に示すように、波長特性抽出回路40は、MCTモジュール30と電気的に接続されており、MCTモジュール30から検出信号Sbを受ける。そして、波長特性抽出回路40は、検出信号Sbに基づいて、被測定ガスGの吸収特性を表す情報を出力する。波長特性抽出回路40は、例えば、アナログ及び/またはデジタルの電子回路によって実現され得る。或いは、波長特性抽出回路40は、CPU及びメモリを有し所定のプログラムを実行することにより動作するコンピュータによっても実現され得る。被測定ガスGの吸収特性を表す情報は、波長特性抽出回路40から表示部60に出力され、表示部60に表示される。測定者は、表示部60に表示された情報に基づいて、被測定ガスGを構成するガス成分を分析することができる。
【0032】
ここで、波長特性抽出回路40の具体的な構成例について説明する。
図5は、波長特性抽出回路40の構成例を示す図である。
図5に示されるように、この波長特性抽出回路40は、フィルタ回路41、比較器42、波形補正回路43、遅延回路44、加算回路45、波形反転回路46、信号制御回路47、減算回路48、ピーク検出回路49、位相調整回路50、バックグラウンド除去回路51、及び出力回路52を有する。また、波長特性抽出回路40は、MCTモジュール30から検出信号Sbを受けるとともに、駆動回路70から駆動信号Sdを受ける。波長特性抽出回路40は、駆動信号Sdを、後述する波形補正回路43における補正波形の周波数の決定と、駆動信号Sdと補正波形との同期をとるための基準時間の決定とに用いる。駆動信号Sdは、例えば、駆動回路70からQCLモジュール10に延びる配線が分岐することにより波長特性抽出回路40に導かれる。
【0033】
フィルタ回路41は、駆動信号Sdのフィルタリングを行い、雑音成分を除去する。フィルタ回路41は、例えば抵抗及びコンデンサを含むローパスフィルタによって構成される。また、フィルタ回路41は、フィルタリングののち、駆動信号Sdの規格化を行う。規格化とは、入力される信号の振幅を所定の大きさに揃えることをいう。このようなフィルタ回路41が設けられることによって、以降の処理を精度良く行うことができる。なお、フィルタ回路41は、フィルタリングおよび規格化のうち一方のみを行ってもよい。或いは、フィルタ回路41は省略されてもよい。フィルタ回路41を経た駆動信号Sdは、比較器42及び波形補正回路43に送られる。
【0034】
波形補正回路43は、本実施形態における波形補正部であって、予め用意されたパラメータを用いて、QCL14から出力される測定光LSの波形に近づくように駆動信号Sdの波形を補正する。一例では、波形補正回路43は、駆動信号Sdに基づいて、次の数式(1)によって表される一次補正波形δ(t)を有する電圧信号である駆動信号Sd1を生成する。一次補正波形δ(t)は駆動信号Sdに所定の波形歪みを重畳させることによって、駆動信号Sdの波形をQCL14からの測定光LSの波形に近づけたものである。
【0035】
【数1】
但し、ωは周波数であって、波形補正回路43が駆動信号Sdから抽出する。h及びα’は定数(パラメータ)であって、これらの初期値は測定者により予め入力される。tは時間である。(1)式は、駆動信号Sdが正弦波状であるときには熱応答の遅延も正弦波状になるというモデルに基づく。(1)式における波形歪みは、熱応答の遅延に関連する定数h及びα’によって決められる。定数h及びα’は、QCL14の熱特性の遅延時間及び温度変化の大きさに関係する。h及びα’の値は、QCLモジュール10内のQCL14、サブマウント13及びTEC12等の熱容量が定まれば、それに付随してほぼ定まる。同じ構成のQCLモジュール10を用いる場合には同じ値をh及びα’の初期値として用いることができる。波形補正回路43は、生成した駆動信号Sd1を、遅延回路44に送る。
【0036】
遅延回路44は、本実施形態における遅延部であって、駆動信号Sd1の波形に、検出信号Sbに対する時間遅延を与える。すなわち、遅延回路44は、二次補正波形δ(t−Δτ
i)を有する電圧信号である駆動信号Sd2を生成する。Δτ
iは、i番目(i=1,2,・・・)の遅延時間である。遅延時間Δτ
iは、後述する位相調整回路50によってi=1から順次設定される。遅延回路44は、生成した駆動信号Sd2を加算回路45に送る。
【0037】
加算回路45は、本実施形態における加算部であって、時間遅延された駆動信号Sd2と、検出信号Sbとを加算することにより、対称波形を有する電圧信号Sd3を生成する。ここで、対称波形とは、ある時点で時間反転させた波形が元の波形と同一になる波形波形をいう。加算回路45は、生成した電圧信号Sd3を、波形反転回路46、信号制御回路47、及びバックグラウンド除去回路51に送る。
【0038】
ここで、前述したフィルタ回路41から出力された駆動信号Sdは、比較器42にも送られる。比較器42は、駆動信号Sdの大きさと所定の閾値とを比較することにより、プッシュ信号Spush及びポップ信号Spopを生成する。生成されたプッシュ信号Spush及びポップ信号Spopは、遅延回路44によって駆動信号Sd1と同じ遅延時間Δτだけ遅延される。遅延後のプッシュ信号Spushは、波形反転回路46に送られる。遅延後のポップ信号Spopは、波形反転回路46及び信号制御回路47に送られる。
【0039】
波形反転回路46は、本実施形態における波形反転部であって、加算回路45から送られた加算後の電圧信号Sd3の波形(対称波形)を時間反転した波形を有する電圧信号Sd4を生成する。例えば、波形反転回路46は、電圧信号Sd3に対し、プッシュ信号Spush及びポップ信号Spopのタイミングに合わせたLILO(Last In Last Out)バッファによるプッシュ処理及びポップ処理を繰り返し行うことにより、電圧信号Sd4を生成する。波形反転回路46は、生成した時間反転後の電圧信号Sd4を減算回路48に送る。
【0040】
信号制御回路47は、加算回路45から電圧信号Sd3を入力するとともに、遅延回路44から遅延後のポップ信号Spopを入力する。信号制御回路47は、ポップ信号Spopのタイミングに応じて、電圧信号Sd3を減算回路48に送る。
【0041】
減算回路48は、本実施形態における減算部であって、電圧信号Sd3と電圧信号Sd4との差分を演算し、電圧信号Sd3の波形と電圧信号Sd4の波形との差分波形を有する電圧信号Sd5を生成する。減算回路48は、生成した電圧信号Sd5をピーク検出回路49に送る。
【0042】
ピーク検出回路49は、電圧信号Sd5に含まれる差分波形の絶対値(差分誤差)を、遅延時間Δτ
iに対応する値として記憶領域に蓄積する。そして、その差分誤差と、それまでに蓄積された遅延時間Δτ
1〜Δτ
i−1に対応する各差分誤差とを比較する。ピーク検出回路49は、比較の結果、差分誤差が最小となる遅延時間Δτ
k(kは1以上i以下の整数)を判定できる場合には、その遅延時間Δτ
kを最終的な遅延時間Δτとして決定する。この最終的な遅延時間Δτは、測定光LSにおける波長の位相ずれ量を意味する。すなわち、この遅延時間Δτを基準時刻とすると、基準時刻からの時間差によって波長を知ることができる。そして、ピーク検出回路49は、最終的な遅延時間Δτの決定後、タイミング信号Stを出力する。また、ピーク検出回路49は、差分誤差が最小となる遅延時間Δτを判定できない場合には、その差分誤差を当該遅延時間Δτ
iにおける差分誤差として蓄積する。そして、ピーク検出回路49は、次の遅延時間Δτ
i+1の生成を指示する信号Scを位相調整回路50に送る。このとき、位相調整回路50は、これまでの遅延時間Δτ
1〜Δτ
iとは異なる新たな遅延時間Δτ
i+1を設定し、遅延回路44に指示する。遅延回路44、加算回路45、波形反転回路46、信号制御回路47、減算回路48、及びピーク検出回路49は、差分誤差が最小となる遅延時間Δτ
kを判定できるまで、上述した動作を繰り返す。すなわち、波長特性抽出回路40は、遅延回路44における遅延時間Δτ
iを変化させながら差分波形を繰り返し演算する。
【0043】
バックグラウンド除去回路51は、加算回路45から受けた対称波形を有する電圧信号Sd3に含まれるバックグラウンド雑音を除去するためのフィルタである。フィルタは、例えばハイパスフィルタである。バックグラウンド除去回路51は、バックグラウンド雑音が除去された電圧信号Sd6を、出力回路52に送る。
【0044】
出力回路52は、バックグラウンド除去回路51からバックグラウンド雑音除去後の電圧信号Sd6を受けると共に、ピーク検出回路49からタイミング信号Stを受ける。出力回路52は、電圧信号Sd6の波形を時間反転させた波形を有する電圧信号Sd7を生成する。出力回路52は、ピーク検出回路49から送出されたタイミング信号Stを受けると、そのタイミングにて、電圧信号Sd7を被測定ガスGの吸収特性を表す情報(吸収スペクトル)として表示部60に出力する。換言すれば、出力回路52は、差分誤差が最も小さくなるときの加算後の対称波形(電圧信号Sd3)から得られる情報(電圧信号Sd7)を、被測定ガスGの吸収特性を表す情報として出力する。なお、出力回路52は、差分誤差が最も小さくなるときの加算後の対称波形(電圧信号Sd3またはSd6)をそのまま出力してもよく、差分誤差が最も小さくなるときの加算後の対称波形(電圧信号Sd3)から得られる別の情報(例えば吸収波長データ)を出力してもよい。測定者は、この情報に基づいて、被測定ガスGの成分を知ることができる。
【0045】
図6及び
図7は、或る遅延時間Δτ
iのときの、電圧信号Sd3による対称波形(グラフG3)、電圧信号Sd4による時間反転波形(グラフG4)、及び電圧信号Sd5による差分誤差(グラフG5)の一例を示す。また、
図8及び
図9は、差分誤差が最小となる最適な遅延時間Δτ
kのときの、電圧信号Sd3による対称波形(グラフG6)、電圧信号Sd4による時間反転波形(グラフG7)、及び電圧信号Sd5による差分誤差(グラフG8)の一例を示す。
図6〜
図9において、横軸は時間(単位:ミリ秒)を表し、縦軸は検出信号Sbの電圧値(MCT検出器からの出力電圧、単位:V)を表す。
図6(a)及び
図8(a)は、駆動信号Sdの周波数を50Hzとした場合を示す。
図6(b)及び
図8(b)は、駆動信号Sdの周波数を100Hzとした場合を示す。
図7(a)及び
図9(a)は、駆動信号Sdの周波数を1kHzとした場合を示す。
図7(b)及び
図9(b)は、駆動信号Sdの周波数を10kHzとした場合を示す。
【0046】
図6〜
図9を参照すると、差分誤差が最小となる最適な遅延時間Δτ
kのときには、差分誤差(グラフG8)の中程度の周期の凹凸が、最適ではない場合(グラフG5)と比較して小さくなっている(すなわち、差分誤差が小さくなっている)。これにより、対称波形(グラフG6)において、周期の極めて短い急峻な変動(すなわち被測定ガスGの吸収に起因する変動)を精度良く識別することができる。また、差分誤差(グラフG8)の大きな周期の凹凸(うねり)は、波形補正回路43における数式(1)のパラメータh及びα’を適切に調整することにより低減する(すなわちグラフG8を平坦に近づける)ことができる。或いは、大きな周期の凹凸を、バックグラウンド除去回路51によって低減してもよい。
【0047】
図10は、遅延時間Δτを最適にし、大きな周期の凹凸を除いた後の対称波形から抽出された吸収特性(吸収スペクトル)を示すグラフである。なお、
図10において、横軸は時間を波長に換算して示している。縦軸は電圧(単位:V)であり、被測定ガスGにおける光吸収量に対応している。
図10を参照すると、被測定ガスGの成分に応じて、或る波長に鋭い吸収のピークが生じていることがわかる。この波長の数値と、各ピークの吸収強度(ピークの大きさ)とから、被測定ガスGに含まれる成分を知ることができる。
【0048】
ここで、本実施形態のガス分析装置1Aを用いたガス分析方法について説明する。
図11は、本実施形態のガス分析方法の各ステップを示すフローチャートである。まず、駆動回路70において、周期的な波形を含む駆動信号Sdを生成する(信号生成ステップS11)。次に、駆動回路70から駆動信号SdをQCL14に供給し、該駆動信号Sdを中赤外域の測定光LSに変換する(光生成ステップS12)。続いて、ガスセル20内の被測定ガスGに測定光LSを照射する(照射ステップS13)。そして、MCTモジュール30において、被測定ガスGを通過した測定光LSの光強度に応じた検出信号Sbを生成する(光検出ステップS14)。
【0049】
続いて、波長特性抽出回路40において、検出信号Sbに基づいて、被測定ガスGの吸収特性を表す情報を生成する(演算ステップS15)。この演算ステップS15では、まず、フィルタ回路41において、駆動信号Sdに対してフィルタ処理を行う(フィルタ処理ステップS16)。次に、波形補正回路43において駆動信号Sdの補正処理を行い、駆動信号Sdに所定の歪みを重畳させてQCL14からの測定光LSの波形に近づけた補正波形を有する駆動信号Sd1を生成する(波形補正ステップS17)。続いて、遅延回路44において、駆動信号Sd1の波形に、検出信号Sbの波形に対する時間遅延Δτを与え、駆動信号Sd2とする(遅延ステップS18)。続いて、加算回路45において、時間遅延された駆動信号Sd2の波形と検出信号Sbの波形とを加算して対称波形を生成する(加算ステップS19)。続いて、波形反転回路46において加算後の対称波形を時間反転した波形を生成し、減算回路48においてこの時間反転波形と対称波形との差分を示す波形を生成する(反転・減算ステップS20)。そして、ピーク検出回路49において差分波形の絶対値すなわち差分誤差が最小か否かを判定し(判定ステップS21)、差分誤差が最小ではない場合には(判定ステップS21:NO)、遅延ステップS18における遅延時間を変更して、再び遅延ステップS18、加算ステップS19、及び反転・減算ステップS20を繰り返して差分波形を求める。また、差分誤差が最小である場合には(判定ステップS21:YES)、バックグラウンド除去回路51において加算後の対称波形からバックグラウンド雑音を除去したのち、この対称波形を、被測定ガスGの吸収特性を表す情報として出力回路52から出力する(出力ステップS22)。
【0050】
以上の構成を備える本実施形態のガス分析装置1A及びガス分析方法によって得られる効果について説明する。従来より、QCLを用いてガス分析を行う方法の一つとして、QCLへの注入電流を変調することにより測定光の波長及び光強度を周期的に変化させる方法がある。しかしながら、この方法では、QCLへの注入電流が変化すると、波長チャーピングの影響と、QCLの発熱に伴う温度変化とによって、測定光の光強度及び波長が所定の変化からずれてしまう。従って、被測定ガスGの吸収特性を精度良く得るためには、注入電流の周期的な変化に起因する光強度及び波長のずれの影響を極力排除することが望まれる。様々な駆動条件での光強度及び波長のずれ量を予め測定しておくことも考えられるが、中赤外領域の光強度及び波長を測定可能なFT−IR等の測定装置は高価である上に、あらゆる駆動条件での測定を行うには手間と時間を要する。また、注入電流の変化に対して温度変化は時間的に遅延し、光強度及び波長は注入電流及び温度変化の双方に影響されるので、光強度及び波長の変動特性は複雑であり、ずれ量を正確に予測することも難しい。
【0051】
なお、QCLの動作特性には静特性と動特性とがある。静特性とは、QCLに供給する電流(または電圧)を緩やかに変化させたときの、光強度及び波長の電流(または電圧)依存性をいう。一方、動特性とは、QCLに供給する電流(または電圧)を或る程度速く変化させたときの、光強度及び波長の電流(または電圧)依存性をいう。通常、半導体レーザ素子において静特性と動特性とは互いに異なる。但し、QCLは通常の半導体レーザ素子よりも発熱量が多いので、動特性と静特性の差は通常の半導体レーザ素子よりも大きいと考えられる。
【0052】
このような課題に対し、本実施形態のガス分析装置1A及び分析方法では、予め測定され得る静特性と検出信号Sbの波形(被測定ガスGの吸収特性とQCL14の動特性による影響とが混在している)からQCL14の動特性による影響を差し引いて、被測定ガスGの吸収特性のみを取り出す。
【0053】
具体的には、本実施形態のガス分析装置1A及び分析方法は、前述したように、波長特性抽出回路40(演算ステップS15)が、遅延回路44(遅延ステップS18)、加算回路45(加算ステップS19)、及び減算回路48(減算ステップS20)を有する。遅延回路44(遅延ステップ)は、駆動信号Sdの波形に、検出信号Sbの波形に対する時間遅延Δτ
iを与える。これにより、駆動信号Sdと検出信号Sbとの間に位相差が生じる。そして、加算回路45(加算ステップS19)は、位相差を有するこれらの波形を相互に加算する。更に、減算回路48(減算ステップS20)は、加算後の波形を時間反転した波形と、加算後の波形(対称波形)との差分波形を生成する。そして、遅延時間Δτ
iを変化させながら差分波形が繰り返し演算される。
【0054】
このような構成においては、差分波形の絶対値が最も小さくなるときの遅延時間Δτ
kが、波長の時間的なずれの大きさを意味する。従って、差分波形の絶対値が最も小さくなるときの遅延時間Δτ
kを考慮することにより、吸収が生じた正確な波長を知ることができる。すなわち、本実施形態のガス分析装置1A及びガス分析方法によれば、QCL14への注入電流の周期的な変化に起因する波長のずれによる影響を排除して、被測定ガスGの吸収特性に関する情報を検出信号Sbから正確に抽出することができる。故に、QCL14への注入電流を変調する測定方式において、被測定ガスGの吸収特性を精度良く得ることができる。
【0055】
更に、本実施形態の波長特性抽出回路40によれば、処理内容が比較的単純であり必要な回路の数が少ないので、波長特性抽出回路40を小型に構成することが可能である。これにより、筐体3を小型化して可搬性を高めることができる。
【0056】
また、本実施形態のように、波長特性抽出回路40(演算ステップS15)は、予め用意されたパラメータ(h,α’)を用いて、QCL14から出力される測定光LSの波形に近づくように駆動信号Sdの波形を補正する波形補正回路43(波形補正ステップS17)を有してもよい。これにより、波長特性抽出回路40(演算ステップS15)において、温度変化に起因する光強度の変動(測定光LSの波形の歪み)を考慮して上記の処理を行うことができるので、被測定ガスGの吸収特性を更に精度良く得ることができる。また、本実施形態のガス分析装置1Aによれば、任意性のあるパラメータがh,α’のみと少ないので、確度の高い波長特性抽出が可能となる。
【0057】
また、本実施形態のように、周期的な波形は正弦波であってもよい。これにより、周期的な波形を含む駆動信号Sdを容易に生成することができる。また、本実施形態の数式(1)のように、測定光LSの波形の歪みを三角関数を用いた簡単な式で表せるので、パラメータの数を少なくできる。
【0058】
本発明による分析装置、吸収特性演算回路、及び分析方法は、上述した実施形態に限られるものではなく、他に様々な変形が可能である。例えば、上記実施形態では被測定物質としてガス(気体)を例示したが、本発明は液体もしくは固体の被測定物質にも適用可能である。また、上記実施形態では、遅延部が駆動信号より生成される補正波形に時間遅延を与えているが、駆動信号と検出信号との間に位相差を与えることが目的であるため、遅延部は検出信号の波形に時間遅延を与えてもよい。また、波形補正部における補正波形はパラメータ(h,α’)を含む数式(1)に限られず、必要に応じて適切なパラメータを含む数式を用いるとよい。