特許第6881170号(P6881170)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6881170連続鋳造機の2次冷却制御装置、連続鋳造機の2次冷却制御方法、およびプログラム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6881170
(24)【登録日】2021年5月10日
(45)【発行日】2021年6月2日
(54)【発明の名称】連続鋳造機の2次冷却制御装置、連続鋳造機の2次冷却制御方法、およびプログラム
(51)【国際特許分類】
   B22D 11/22 20060101AFI20210524BHJP
   B22D 11/124 20060101ALI20210524BHJP
   B22D 46/00 20060101ALI20210524BHJP
   B22D 11/16 20060101ALI20210524BHJP
【FI】
   B22D11/22 B
   B22D11/124 N
   B22D46/00
   B22D11/16 104V
【請求項の数】10
【全頁数】39
(21)【出願番号】特願2017-174144(P2017-174144)
(22)【出願日】2017年9月11日
(65)【公開番号】特開2019-48322(P2019-48322A)
(43)【公開日】2019年3月28日
【審査請求日】2020年5月13日
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100090273
【弁理士】
【氏名又は名称】國分 孝悦
(72)【発明者】
【氏名】北田 宏
【審査官】 米田 健志
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2014/027543(WO,A1)
【文献】 特開2014−014854(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B22D 11/00〜11/22
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
連続鋳造機の鋳型から引き抜かれた鋳片を冷却する2次冷却帯を、前記鋳片の鋳造方向に複数の冷却ゾーンへと分割し、各冷却ゾーンに含まれる冷却スプレーから噴射される冷却水の流量を制御することにより、前記鋳片の温度を制御する連続鋳造機の2次冷却制御装置であって、
熱伝導方程式に基づき、前記鋳片の前記鋳造方向に垂直な断面の内部の温度である鋳片断面内温度と、前記断面における前記鋳片の表面の温度である鋳片断面表面温度と、前記断面内の固相率の分布である鋳片断面内固相率分布と、を少なくとも算出する計算式である伝熱凝固モデルを記憶するモデル記憶手段と、
予め定められた温度測定位置において前記鋳片の鋳造中に測定された前記鋳片の表面の温度の測定値を取得する鋳片表面温度取得手段と、
前記連続鋳造機の鋳造速度と前記冷却水の流量とを含む操業データを取得する操業データ取得手段と、
前記鋳片断面内温度、前記鋳片断面表面温度、および前記鋳片断面内固相率分布を評価する位置であって、前記鋳片の鋳造方向の位置である温度評価位置を、前記鋳型内の湯面の位置から、機端出口の位置までの領域に対し、予め定めた一定の間隔で設定する温度評価位置設定手段と、
前記伝熱凝固モデルの計算に用いる前記鋳片の表面の熱伝達係数を、前記操業データに含まれる前記冷却水の水量と、前記温度測定位置における前記鋳片の表面の温度の測定値と、前記熱伝達係数を補正するための熱伝達係数補正パラメータとを用いて算出する熱伝達係数推定手段と、
前記温度評価位置の各々における前記鋳片断面内温度、前記鋳片断面表面温度、および前記鋳片断面内固相率分布を含む第1の計算値を、鋳造が前記温度評価位置間の間隔だけ進むごとに、前記伝熱凝固モデルを用いて算出する温度固相率分布算出手段と、
前記温度測定位置における前記鋳片の表面の温度の測定値と、該温度測定位置における前記鋳片の表面の温度の推定値であって、前記温度固相率分布算出手段で算出された前記第1の計算値に基づいて算出される前記鋳片の表面の温度の推定値とを用いて、前記熱伝達係数補正パラメータを導出する熱伝達係数補正手段と、
前記鋳片の中心部の温度である鋳片中心部温度の目標値である鋳片中心部目標温度を、前記温度評価位置の各々について設定する鋳片中心部目標温度設定手段と、
前記温度評価位置の各々について、該温度評価位置から、該温度評価位置よりも鋳造方向で下流側の予め定めた位置までの範囲を、該温度評価位置の将来予測範囲として設定することと、該温度評価位置の各々について、該温度評価位置に対する該将来予測範囲内にある前記温度評価位置の各々を、該温度評価位置に対する将来予測位置として設定することとを行ったうえで、前記鋳造速度および前記冷却水の水量が現在時刻における値から変化しないと仮定すると共に、前記伝熱凝固モデルを用いて計算した、前記温度評価位置の各々における現在時刻での前記鋳片断面内温度、前記鋳片断面表面温度、および前記鋳片断面内固相率分布を初期値として、前記温度評価位置の各々が、現在時刻から前記将来予測位置の各々に進んだ時点での該将来予測位置における前記鋳片断面内温度、前記鋳片断面表面温度、および前記鋳片断面内固相率分布を含む第2の計算値を、前記伝熱凝固モデルを用いて算出する将来予測手段と、
現在時刻における前記冷却水の水量の実績値からの前記冷却水の水量の変更量の指示値である冷却水量変更量指示値であって、前記冷却ゾーンの各々に対する前記冷却水量変更量指示値を決定変数とし、前記冷却水量変更量指示値に従って前記冷却水の水量が変更された場合の、前記将来予測位置の各々における前記鋳片中心部温度と、前記将来予測位置の各々における前記鋳片中心部目標温度と、の差を表す項を含む目的関数の値を最大または最小にする前記冷却水量変更量指示値を求める最適化問題を解くことで、前記冷却水量変更量指示値を算出する冷却水量変更量指示値算出手段と、
前記冷却水量変更量指示値算出手段により算出された前記冷却ゾーンの各々に対する前記冷却水量変更量指示値と、現在時刻における前記冷却ゾーンの各々の前記冷却水の水量の実績値とに基づいて、前記冷却ゾーンの各々の前記冷却水の水量を変更する冷却水量変更手段と、を有し、
前記目的関数は、前記温度評価位置に対する前記将来予測位置の各々における前記第2の計算値に基づいて算出される、前記将来予測位置の各々における前記鋳片中心部温度の予測値と、前記鋳片中心部目標温度設定手段により設定された、該将来予測位置の各々における前記鋳片中心部目標温度と、前記冷却水量変更量指示値とを用いて表され、
鋳造が少なくとも前記温度評価位置間の間隔だけ進むごとに、前記鋳片表面温度取得手段、前記操業データ取得手段、前記温度評価位置設定手段、前記熱伝達係数推定手段、前記温度固相率分布算出手段、前記熱伝達係数補正手段、前記鋳片中心部目標温度設定手段、前記将来予測手段、前記却水量変更量指示値算出手段、および前記冷却水量変更手段が繰り返し実行されることにより、鋳造中の任意の時刻での前記将来予測位置における前記鋳片中心部温度を、前記鋳片中心部目標温度に近づけることを特徴とする連続鋳造機の2次冷却制御装置。
【請求項2】
前記温度評価位置設定手段で設定された前記温度評価位置の各々について、前記鋳片中心部目標温度設定手段で設定された前記鋳片中心部目標温度と、前記温度固相率分布算出手段で算出された前記第1の計算値に基づいて算出される現在時刻における前記鋳片中心部温度の計算値とを用いて、該鋳片中心部温度の計算値と、前記鋳片中心部目標温度との間の温度であって、前記鋳造方向で下流側にある前記将来予測位置の温度であるほど、前記鋳片中心部目標温度に近づく温度である鋳片中心部参照温度を算出する鋳片中心部参照温度算出手段を更に有し、
前記目的関数は、前記鋳片中心部目標温度に替えて、前記鋳片中心部参照温度算出手段で算出された前記鋳片中心部参照温度を用いて表されることを特徴とする請求項1に記載の連続鋳造機の2次冷却制御装置。
【請求項3】
前記将来予測手段は、前記伝熱凝固モデルを用いて、前記温度評価位置の各々と該温度評価位置に対する前記将来予測位置とにおける前記鋳片断面内温度および前記鋳片表面温度を計算すると共に、前記温度評価位置の各々について、該温度評価位置に対する前記将来予測範囲内にある前記将来予測位置に対応する前記冷却ゾーンにおける、前記冷却水の水量に対する前記鋳片断面内温度の偏微分係数を、前記鋳片中心部温度に対する前記冷却水の水量の影響を表す係数である鋳片中心部温度影響係数として算出し、
前記目的関数は、前記温度評価位置の各々に対する前記将来予測範囲内にある前記将来予測位置での前記鋳片中心部温度の予測値と、該将来予測位置における前記鋳片中心部目標温度と、該将来予測位置に対応する前記冷却ゾーンにおける前記鋳片中心部温度影響係数と、前記冷却水量変更量指示値とを用いて表されることを特徴とする請求項1または2に記載の連続鋳造機の2次冷却制御装置。
【請求項4】
前記最適化問題は、前記将来予測位置の各々での前記鋳片中心部温度の予測値と、前記鋳片中心部目標温度と、前記鋳片中心部温度影響係数と、前記冷却水量変更量指示値とを用いて表現される項であって、前記冷却水量変更量指示値に従って前記冷却水の水量が変更された場合の、前記将来予測位置の各々における前記鋳片中心部温度と、前記将来予測位置の各々における前記鋳片中心部目標温度との差の2乗を含む項と、前記決定変数である前記冷却水量変更量指示値の各々の2乗を含む項とを有する目的関数を前記目的関数として用いた2次計画問題であり、
前記冷却水量変更量指示値算出手段は、前記2次計画問題における前記決定変数に対する係数行列を算出して数値的に求解することにより、前記目的関数の値が最小になるときの前記決定変数の値を、前記冷却ゾーンの各々に対する前記冷却水量変更量指示値の最適値として算出することを特徴とする請求項3に記載の連続鋳造機の2次冷却制御装置。
【請求項5】
前記熱伝達係数補正パラメータは、前記熱伝達係数推定手段により算出される前記熱伝達係数に乗じられるものであり、
前記熱伝達係数補正手段は、前記温度測定位置における前記鋳片の表面の温度の測定値と、該温度測定位置における前記鋳片の表面の温度の推定値であって、前記温度固相率分布算出手段で算出された前記第1の計算値に基づいて算出される前記鋳片の表面の温度の推定値と、の差を最小にする最適化計算を行うことにより、前記熱伝達係数補正パラメータの最適解を算出することを特徴とする請求項1〜4の何れか1項に記載の連続鋳造機の2次冷却制御装置。
【請求項6】
前記熱伝達係数補正手段は、前記温度測定位置における前記鋳片の表面の温度の測定値と、該温度測定位置における前記鋳片の表面の温度の推定値であって、前記温度固相率分布算出手段で算出された前記第1の計算値に基づいて算出される前記鋳片の表面の温度の推定値と、を用いた拡張カルマンフィルタにより、該測定値と該推定値との誤差分散が最小になるときの前記熱伝達係数補正パラメータを、前記熱伝達係数補正パラメータの最適解として算出することを特徴とする請求項5に記載の連続鋳造機の2次冷却制御装置。
【請求項7】
前記温度評価位置間の前記鋳造方向の間隔は、前記複数の冷却ゾーンのうち、少なくとも、前記鋳造方向における長さが最も長い前記冷却ゾーンの前記鋳造方向の長さの2分の1以下であることを特徴とする請求項1〜6の何れか1項に記載の連続鋳造機の2次冷却制御装置。
【請求項8】
前記鋳造速度は、前記鋳片の鋳造中に変化することを特徴とする請求項1〜7の何れか1項に記載の連続鋳造機の2次冷却制御装置。
【請求項9】
連続鋳造機の鋳型から引き抜かれた鋳片を冷却する2次冷却帯を、前記鋳片の鋳造方向に複数の冷却ゾーンへと分割し、各冷却ゾーンに含まれる冷却スプレーから噴射される冷却水の流量を制御することにより、前記鋳片の温度を制御する連続鋳造機の2次冷却制御方法であって、
熱伝導方程式に基づき、前記鋳片の前記鋳造方向に垂直な断面の内部の温度である鋳片断面内温度と、前記断面における前記鋳片の表面の温度である鋳片断面表面温度と、前記断面内の固相率の分布である鋳片断面内固相率分布と、を少なくとも算出する計算式である伝熱凝固モデルを記憶するモデル記憶工程と、
予め定められた温度測定位置において前記鋳片の鋳造中に測定された前記鋳片の表面の温度の測定値を取得する鋳片表面温度取得工程と、
前記連続鋳造機の鋳造速度と前記冷却水の流量とを含む操業データを取得する操業データ取得工程と、
前記鋳片断面内温度、前記鋳片断面表面温度、および前記鋳片断面内固相率分布を評価する位置であって、前記鋳片の鋳造方向の位置である温度評価位置を、前記鋳型内の湯面の位置から、機端出口の位置までの領域に対し、予め定めた一定の間隔で設定する温度評価位置設定工程と、
前記伝熱凝固モデルの計算に用いる前記鋳片の表面の熱伝達係数を、前記操業データに含まれる前記冷却水の水量と、前記温度測定位置における前記鋳片の表面の温度の測定値と、前記熱伝達係数を補正するための熱伝達係数補正パラメータとを用いて算出する熱伝達係数推定工程と、
前記温度評価位置の各々における前記鋳片断面内温度、前記鋳片断面表面温度、および前記鋳片断面内固相率分布を含む第1の計算値を、鋳造が前記温度評価位置間の間隔だけ進むごとに、前記伝熱凝固モデルを用いて算出する温度固相率分布算出工程と、
前記温度測定位置における前記鋳片の表面の温度の測定値と、該温度測定位置における前記鋳片の表面の温度の推定値であって、前記温度固相率分布算出工程で算出された前記第1の計算値に基づいて算出される前記鋳片の表面の温度の推定値とを用いて、前記熱伝達係数補正パラメータを導出する熱伝達係数補正工程と、
前記鋳片の中心部の温度である鋳片中心部温度の目標値である鋳片中心部目標温度を、前記温度評価位置の各々について設定する鋳片中心部目標温度設定工程と、
前記温度評価位置の各々について、該温度評価位置から、該温度評価位置よりも鋳造方向で下流側の予め定めた位置までの範囲を、該温度評価位置の将来予測範囲として設定することと、該温度評価位置の各々について、該温度評価位置に対する該将来予測範囲内にある前記温度評価位置の各々を、該温度評価位置に対する将来予測位置として設定することとを行ったうえで、前記鋳造速度および前記冷却水の水量が現在時刻における値から変化しないと仮定すると共に、前記伝熱凝固モデルを用いて計算した、前記温度評価位置の各々における現在時刻での前記鋳片断面内温度、前記鋳片断面表面温度、および前記鋳片断面内固相率分布を初期値として、前記温度評価位置の各々が、現在時刻から前記将来予測位置の各々に進んだ時点での該将来予測位置における前記鋳片断面内温度、前記鋳片断面表面温度、および前記鋳片断面内固相率分布を含む第2の計算値を、前記伝熱凝固モデルを用いて算出する将来予測工程と、
現在時刻における前記冷却水の水量の実績値からの前記冷却水の水量の変更量の指示値である冷却水量変更量指示値であって、前記冷却ゾーンの各々に対する前記冷却水量変更量指示値を決定変数とし、前記冷却水量変更量指示値に従って前記冷却水の水量が変更された場合の、前記将来予測位置の各々における前記鋳片中心部温度と、前記将来予測位置の各々における前記鋳片中心部目標温度と、の差を表す項を含む目的関数の値を最大または最小にする前記冷却水量変更量指示値を求める最適化問題を解くことで、前記冷却水量変更量指示値を算出する冷却水量変更量指示値算出工程と、
前記冷却水量変更量指示値算出工程により算出された前記冷却ゾーンの各々に対する前記冷却水量変更量指示値と、現在時刻における前記冷却ゾーンの各々の前記冷却水の水量の実績値とに基づいて、前記冷却ゾーンの各々の前記冷却水の水量を変更する冷却水量変更工程と、を有し、
前記目的関数は、前記温度評価位置に対する前記将来予測位置の各々における前記第2の計算値に基づいて算出される、前記将来予測位置の各々における前記鋳片中心部温度の予測値と、前記鋳片中心部目標温度設定工程により設定された、該将来予測位置の各々における前記鋳片中心部目標温度と、前記冷却水量変更量指示値とを用いて表され、
鋳造が少なくとも前記温度評価位置間の間隔だけ進むごとに、前記鋳片表面温度取得工程、前記操業データ取得工程、前記温度評価位置設定工程、前記熱伝達係数推定工程、前記温度固相率分布算出工程、前記熱伝達係数補正工程、前記鋳片中心部目標温度設定工程、前記将来予測工程、前記却水量変更量指示値算出工程、および前記冷却水量変更工程が繰り返し実行されることにより、鋳造中の任意の時刻での前記将来予測位置における前記鋳片中心部温度を、前記鋳片中心部目標温度に近づけることを特徴とする連続鋳造機の2次冷却制御方法。
【請求項10】
請求項1〜8の何れか1項に記載の連続鋳造機の2次冷却制御装置の各手段としてコンピュータを機能させることを特徴とするプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、連続鋳造機の2次冷却制御装置、連続鋳造機の2次冷却制御方法、およびプログラムに関し、特に、連続鋳造機の2次冷却帯で鋳片に噴射する冷却水の水量を制御するために用いて好適なものである。
【背景技術】
【0002】
連続鋳造において、鋳片の凝固末期に溶質成分が濃化した未凝固液相が凝固収縮による固相デンドライト組織内の負圧部に吸引されることにより、鋳片に中心偏析が生じることがある。この鋳片の中心偏析を防止する技術としてはいわゆる鋳片軽圧下が知られている。これは、切断の直前に鋳片を圧下することにより鋳片に対する圧力を補償することで、鋳片に中心偏析が生じることを防止する技術である。
【0003】
鋳片軽圧下では、鋳造方向の数m程度にわたって鋳片を厚み方向に圧下し、鋳造方向の圧下速度を鋳片の中心部固相率(中心固相率)で決定することで、効果的に中心偏析を防止できることが、特許文献1に示されている。
特許文献1では、鋳片中心部の温度が液相線温度を下回る位置、すなわち固相率が0(ゼロ)を超え始める位置から流動限界固相率までの範囲では1.0〜2.0mm/minの圧下速度で圧下し、以降鋳片が完全に凝固するまでの範囲では0.3mm/min未満の圧下速度で圧下することで中心偏析を防止するだけでなく、V偏析や逆V偏析などの欠陥を防止できることが示されている。特許文献1に記載されているように、V偏析は、V字状の偏析であり、鋳片の厚み方向の中心部付近から鋳造方向に向かって鋳片の厚み方向の両側にV字状に延びる形態の偏析である。逆V偏析は、鋳造方向とは逆方向(メニスカスの方向)に向かうV偏析である。
【0004】
一方、連続鋳造機の2次冷却帯の冷却水量の制御に関し、特許文献2および特許文献3には、鋳造速度の変化時に鋳片の表面温度を調整する技術が開示されている。特許文献2では、鋳片表面の割れ疵を防止するために、鋳造速度と冷却水量との関係を予め定めておき、鋳造速度の変更時の鋳片の表面温度の変化を抑制する方法が開示されている。また、特許文献3では、鋳造速度の変更時に鋳片全体の表面温度を目標値に制御する方法が開示されている。
【0005】
また、鋳造中に鋳造速度が変化した場合には、鋳造速度の変化の開始以降、ストランド内の鋳片全体が同じ速度で鋳造されるまでは、鋳片の中央の温度および固相率の鋳造方向の分布が変化する。そのため、鋳片の状態量を操業中に推定して、鋳片軽圧下時の圧下量等の制御に用いる方法として特許文献4および特許文献5に開示されている方法がある。特許文献4および特許文献5では、鋳造速度またはタンディッシュ内の溶鋼温度の変化に対する凝固完了位置の応答モデルを用いて鋳片の凝固完了位置の将来変化を予測し、その予測値を目標値に一致させる鋳造速度および/または冷却水量の変更量を算出する方法が開示されている。特許文献4では、鋳片の凝固完了位置の変化の、2次冷却帯の冷却水量または鋳造速度に対する応答のデータベースを予め算出している。また、特許文献5では、鋳造速度および/または冷却水量の変更に対する鋳片の凝固完了位置の関係を表す応答モデルを作成する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特公平5−30548号公報
【特許文献2】特許第2932196号公報
【特許文献3】特許第5757296号公報
【特許文献4】特開2007−268559号公報
【特許文献5】特開2007−268536号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】片山徹著、「新版応用カルマンフィルタ」、朝倉書店、2000年、p.84
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ところで、中心偏析だけではなく、V偏析または逆V偏析を防止するためには、鋳片の鋳造方向に於いて中心部が固液共存域にある範囲の、中心部の状態を適切に保ち、鋳造速度の変更があった場合でも鋳片中心部の固相率が流動限界以上である鋳片部位の位置の変動を小さくすることが必要である。しかしながら、特許文献4および特許文献5のように鋳片の凝固完了位置を制御するだけではV偏析または逆V偏析が発生する可能性がある。
【0009】
また、特許文献2および特許文献3のように、鋳造方向の鋳片の表面温度を一定に保つように2次冷却帯の冷却水量を制御すると、鋳造速度が低下した場合には、鋳片の中心部の温度および固相率が大きく変動する。このため、鋳片軽圧下時の鋳片に対する圧下量を一定に保持する場合には、前記のようにV偏析または逆V偏析が発生する可能性がある。
【0010】
本発明は、以上の問題点に鑑みてなされたものであり、鋳造速度が変更されても鋳片の中心部の固相率に大きな変化を生じさせずに、鋳造速度の変更前後における鋳片軽圧下時の鋳片に対する圧下量を一定に保持することを可能とすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の連続鋳造機の2次冷却制御装置は、連続鋳造機の鋳型から引き抜かれた鋳片を冷却する2次冷却帯を、前記鋳片の鋳造方向に複数の冷却ゾーンへと分割し、各冷却ゾーンに含まれる冷却スプレーから噴射される冷却水の流量を制御することにより、前記鋳片の温度を制御する連続鋳造機の2次冷却制御装置であって、熱伝導方程式に基づき、前記鋳片の前記鋳造方向に垂直な断面の内部の温度である鋳片断面内温度と、前記断面における前記鋳片の表面の温度である鋳片断面表面温度と、前記断面内の固相率の分布である鋳片断面内固相率分布と、を少なくとも算出する計算式である伝熱凝固モデルを記憶するモデル記憶手段と、予め定められた温度測定位置において前記鋳片の鋳造中に測定された前記鋳片の表面の温度の測定値を取得する鋳片表面温度取得手段と、前記連続鋳造機の鋳造速度と前記冷却水の流量とを含む操業データを取得する操業データ取得手段と、前記鋳片断面内温度、前記鋳片断面表面温度、および前記鋳片断面内固相率分布を評価する位置であって、前記鋳片の鋳造方向の位置である温度評価位置を、前記鋳型内の湯面の位置から、機端出口の位置までの領域に対し、予め定めた一定の間隔で設定する温度評価位置設定手段と、前記伝熱凝固モデルの計算に用いる前記鋳片の表面の熱伝達係数を、前記操業データに含まれる前記冷却水の水量と、前記温度測定位置における前記鋳片の表面の温度の測定値と、前記熱伝達係数を補正するための熱伝達係数補正パラメータとを用いて算出する熱伝達係数推定手段と、前記温度評価位置の各々における前記鋳片断面内温度、前記鋳片断面表面温度、および前記鋳片断面内固相率分布を含む第1の計算値を、鋳造が前記温度評価位置間の間隔だけ進むごとに、前記伝熱凝固モデルを用いて算出する温度固相率分布算出手段と、前記温度測定位置における前記鋳片の表面の温度の測定値と、該温度測定位置における前記鋳片の表面の温度の推定値であって、前記温度固相率分布算出手段で算出された前記第1の計算値に基づいて算出される前記鋳片の表面の温度の推定値とを用いて、前記熱伝達係数補正パラメータを導出する熱伝達係数補正手段と、前記鋳片の中心部の温度である鋳片中心部温度の目標値である鋳片中心部目標温度を、前記温度評価位置の各々について設定する鋳片中心部目標温度設定手段と、前記温度評価位置の各々について、該温度評価位置から、該温度評価位置よりも鋳造方向で下流側の予め定めた位置までの範囲を、該温度評価位置の将来予測範囲として設定することと、該温度評価位置の各々について、該温度評価位置に対する該将来予測範囲内にある前記温度評価位置の各々を、該温度評価位置に対する将来予測位置として設定することとを行ったうえで、前記鋳造速度および前記冷却水の水量が現在時刻における値から変化しないと仮定すると共に、前記伝熱凝固モデルを用いて計算した、前記温度評価位置の各々における現在時刻での前記鋳片断面内温度、前記鋳片断面表面温度、および前記鋳片断面内固相率分布を初期値として、前記温度評価位置の各々が、現在時刻から前記将来予測位置の各々に進んだ時点での該将来予測位置における前記鋳片断面内温度、前記鋳片断面表面温度、および前記鋳片断面内固相率分布を含む第2の計算値を、前記伝熱凝固モデルを用いて算出する将来予測手段と、現在時刻における前記冷却水の水量の実績値からの前記冷却水の水量の変更量の指示値である冷却水量変更量指示値であって、前記冷却ゾーンの各々に対する前記冷却水量変更量指示値を決定変数とし、前記冷却水量変更量指示値に従って前記冷却水の水量が変更された場合の、前記将来予測位置の各々における前記鋳片中心部温度と、前記将来予測位置の各々における前記鋳片中心部目標温度と、の差を表す項を含む目的関数の値を最大または最小にする前記冷却水量変更量指示値を求める最適化問題を解くことで、前記冷却水量変更量指示値を算出する冷却水量変更量指示値算出手段と、前記冷却水量変更量指示値算出手段により算出された前記冷却ゾーンの各々に対する前記冷却水量変更量指示値と、現在時刻における前記冷却ゾーンの各々の前記冷却水の水量の実績値とに基づいて、前記冷却ゾーンの各々の前記冷却水の水量を変更する冷却水量変更手段と、を有し、前記目的関数は、前記温度評価位置に対する前記将来予測位置の各々における前記第2の計算値に基づいて算出される、前記将来予測位置の各々における前記鋳片中心部温度の予測値と、前記鋳片中心部目標温度設定手段により設定された、該将来予測位置の各々における前記鋳片中心部目標温度と、前記冷却水量変更量指示値とを用いて表され、鋳造が少なくとも前記温度評価位置間の間隔だけ進むごとに、前記鋳片表面温度取得手段、前記操業データ取得手段、前記温度評価位置設定手段、前記熱伝達係数推定手段、前記温度固相率分布算出手段、前記熱伝達係数補正手段、前記鋳片中心部目標温度設定手段、前記将来予測手段、前記却水量変更量指示値算出手段、および前記冷却水量変更手段が繰り返し実行されることにより、鋳造中の任意の時刻での前記将来予測位置における前記鋳片中心部温度を、前記鋳片中心部目標温度に近づけることを特徴とする。
【0012】
本発明の連続鋳造機の2次冷却制御方法は、連続鋳造機の鋳型から引き抜かれた鋳片を冷却する2次冷却帯を、前記鋳片の鋳造方向に複数の冷却ゾーンへと分割し、各冷却ゾーンに含まれる冷却スプレーから噴射される冷却水の流量を制御することにより、前記鋳片の温度を制御する連続鋳造機の2次冷却制御方法であって、熱伝導方程式に基づき、前記鋳片の前記鋳造方向に垂直な断面の内部の温度である鋳片断面内温度と、前記断面における前記鋳片の表面の温度である鋳片断面表面温度と、前記断面内の固相率の分布である鋳片断面内固相率分布と、を少なくとも算出する計算式である伝熱凝固モデルを記憶するモデル記憶工程と、予め定められた温度測定位置において前記鋳片の鋳造中に測定された前記鋳片の表面の温度の測定値を取得する鋳片表面温度取得工程と、前記連続鋳造機の鋳造速度と前記冷却水の流量とを含む操業データを取得する操業データ取得工程と、前記鋳片断面内温度、前記鋳片断面表面温度、および前記鋳片断面内固相率分布を評価する位置であって、前記鋳片の鋳造方向の位置である温度評価位置を、前記鋳型内の湯面の位置から、機端出口の位置までの領域に対し、予め定めた一定の間隔で設定する温度評価位置設定工程と、前記伝熱凝固モデルの計算に用いる前記鋳片の表面の熱伝達係数を、前記操業データに含まれる前記冷却水の水量と、前記温度測定位置における前記鋳片の表面の温度の測定値と、前記熱伝達係数を補正するための熱伝達係数補正パラメータとを用いて算出する熱伝達係数推定工程と、前記温度評価位置の各々における前記鋳片断面内温度、前記鋳片断面表面温度、および前記鋳片断面内固相率分布を含む第1の計算値を、鋳造が前記温度評価位置間の間隔だけ進むごとに、前記伝熱凝固モデルを用いて算出する温度固相率分布算出工程と、前記温度測定位置における前記鋳片の表面の温度の測定値と、該温度測定位置における前記鋳片の表面の温度の推定値であって、前記温度固相率分布算出工程で算出された前記第1の計算値に基づいて算出される前記鋳片の表面の温度の推定値とを用いて、前記熱伝達係数補正パラメータを導出する熱伝達係数補正工程と、前記鋳片の中心部の温度である鋳片中心部温度の目標値である鋳片中心部目標温度を、前記温度評価位置の各々について設定する鋳片中心部目標温度設定工程と、前記温度評価位置の各々について、該温度評価位置から、該温度評価位置よりも鋳造方向で下流側の予め定めた位置までの範囲を、該温度評価位置の将来予測範囲として設定することと、該温度評価位置の各々について、該温度評価位置に対する該将来予測範囲内にある前記温度評価位置の各々を、該温度評価位置に対する将来予測位置として設定することとを行ったうえで、前記鋳造速度および前記冷却水の水量が現在時刻における値から変化しないと仮定すると共に、前記伝熱凝固モデルを用いて計算した、前記温度評価位置の各々における現在時刻での前記鋳片断面内温度、前記鋳片断面表面温度、および前記鋳片断面内固相率分布を初期値として、前記温度評価位置の各々が、現在時刻から前記将来予測位置の各々に進んだ時点での該将来予測位置における前記鋳片断面内温度、前記鋳片断面表面温度、および前記鋳片断面内固相率分布を含む第2の計算値を、前記伝熱凝固モデルを用いて算出する将来予測工程と、現在時刻における前記冷却水の水量の実績値からの前記冷却水の水量の変更量の指示値である冷却水量変更量指示値であって、前記冷却ゾーンの各々に対する前記冷却水量変更量指示値を決定変数とし、前記冷却水量変更量指示値に従って前記冷却水の水量が変更された場合の、前記将来予測位置の各々における前記鋳片中心部温度と、前記将来予測位置の各々における前記鋳片中心部目標温度と、の差を表す項を含む目的関数の値を最大または最小にする前記冷却水量変更量指示値を求める最適化問題を解くことで、前記冷却水量変更量指示値を算出する冷却水量変更量指示値算出工程と、前記冷却水量変更量指示値算出工程により算出された前記冷却ゾーンの各々に対する前記冷却水量変更量指示値と、現在時刻における前記冷却ゾーンの各々の前記冷却水の水量の実績値とに基づいて、前記冷却ゾーンの各々の前記冷却水の水量を変更する冷却水量変更工程と、を有し、前記目的関数は、前記温度評価位置に対する前記将来予測位置の各々における前記第2の計算値に基づいて算出される、前記将来予測位置の各々における前記鋳片中心部温度の予測値と、前記鋳片中心部目標温度設定工程により設定された、該将来予測位置の各々における前記鋳片中心部目標温度と、前記冷却水量変更量指示値とを用いて表され、鋳造が少なくとも前記温度評価位置間の間隔だけ進むごとに、前記鋳片表面温度取得工程、前記操業データ取得工程、前記温度評価位置設定工程、前記熱伝達係数推定工程、前記温度固相率分布算出工程、前記熱伝達係数補正工程、前記鋳片中心部目標温度設定工程、前記将来予測工程、前記却水量変更量指示値算出工程、および前記冷却水量変更工程が繰り返し実行されることにより、鋳造中の任意の時刻での前記将来予測位置における前記鋳片中心部温度を、前記鋳片中心部目標温度に近づけることを特徴とする。
【0013】
本発明のプログラムは、前記連続鋳造機の2次冷却制御装置の各手段としてコンピュータを機能させることを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、鋳造速度が変更されても鋳片の中心部の固相率に大きな変化を生じさせずに、鋳造速度の変更前後における鋳片軽圧下時の鋳片に対する圧下量を一定に保持することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】連続鋳造機の2次冷却制御装置(冷却制御装置)と、その適用例である連続鋳造機の構成の一例を示す図である。
図2】計算対象断面の一例を概念的に示す図である。
図3】温度計の設置位置の一例を示す図である。
図4】エンタルピー、温度、熱伝達係数補正パラメータの関係の一例を示す図である。
図5】冷却制御装置の機能的な構成の一例を示す図である。
図6】連続鋳造機の2次冷却制御方法の一例を説明するフローチャートである。
図7A】比較例における、鋳片中心部の温度(中心部温度)と、鋳型内の溶鋼の湯面からの鋳造方向の距離(湯面からの距離)との関係を示す図である。
図7B】比較例における、鋳片中心部の温度と目標値との偏差(中心部温度目標値偏差)と、鋳型内の溶鋼の湯面からの鋳造方向の距離(湯面からの距離)との関係を示す図である。
図7C】比較例における、鋳片中心部の固相率(中心部固相率)と、鋳型内の溶鋼の湯面からの鋳造方向の距離(湯面からの距離)との関係を示す図である。
図8】従来技術の問題点を説明する図である。
図9A】発明例における、鋳片中心部の温度(中心部温度)と、鋳型内の溶鋼の湯面からの鋳造方向の距離(湯面からの距離)との関係を示す図である。
図9B】発明例における、鋳片中心部の温度と目標値との偏差(中心部温度目標値偏差)と、鋳型内の溶鋼の湯面からの鋳造方向の距離(湯面からの距離)との関係を示す図である。
図9C】発明例における、鋳片中心部の固相率(中心部固相率)と、鋳型内の溶鋼の湯面からの鋳造方向の距離(湯面からの距離)との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、図面を参照しながら、本発明の一実施形態を説明する。
(連続鋳造機の概略構成)
図1は、本実施形態の連続鋳造機の2次冷却制御装置と、その適用例である連続鋳造機の構成の一例を示す図である。尚、連続鋳造機自体は、公知の技術で実現することができるので、図1では、本実施形態の説明に必要な部分のみを簡略化して示す。また、以下の説明では、連続鋳造機の2次冷却制御装置を必要に応じて冷却制御装置と称する。
【0017】
不図示のタンディッシュから浸漬ノズル等を介して鋳型1内に溶鋼が供給される。鋳型1内において溶鋼の最上部には溶鋼メニスカス4が形成される。鋳型1内で溶鋼が冷却され、外側が凝固したストランドを不図示の複数の支持ロールで挟んで支持しながら、引抜速度(鋳造速度)で鋳型1から引き抜く。複数の支持ロールは、鋳片5を間に挟むように相互に対向する位置に配置されると共に、鋳造方向に所定の間隔をあけて配置される。鋳造方向で隣接する2つの支持ロールの間には、鋳片5へ向けて冷却水を噴射する冷却スプレー2a〜2tが配置される。冷却スプレー2a〜2tにより噴射される冷却水の流量は、配管に設置した流量調整弁3a〜3eにより制御される。流量調整弁3a〜3eの開度は、冷却制御装置100から与えられる水量指示値に基づいて調節される。本実施形態では、冷却制御装置100は、鋳片5の長辺側の面(図1に示す鋳片5の面は、鋳片5の短辺側の面)に対して冷却水を噴射する冷却スプレー2a〜2tの流量(以下、必要に応じて水量と称する)を制御する場合を例に挙げて説明する。
【0018】
冷却水配管は、鋳片5の鋳造方向の長さを複数個に区分した冷却ゾーン(冷却ゾーン境界線6a〜6fによって区分された冷却ゾーン)に対応して設置される。ストランド内の鋳造方向の冷却水量の分布は、冷却ゾーンごとに制御される。以下の説明において、鋳型1の直下の冷却ゾーンから順に、第1冷却ゾーン、第2冷却ゾーン、・・・ということがある。これらの冷却ゾーンの全体を2次冷却帯という。
2次冷却帯の予め定められた温度測定位置には、鋳造中の鋳片5の表面の温度を測定する温度計7が配置される。また、温度計7の数は、1つであっても複数であってもよい。本実施形態では、後述する図3に示すように、複数の温度計7a〜7fが、複数の温度測定位置に配置される場合を例に挙げて説明する。
【0019】
2次冷却帯よりも鋳造方向の下流側には、曲げおよび矯正が行われた鋳片5に対して鋳片軽圧下を行うための圧下セグメントロール群9が配置される。また、圧下セグメントロール群9よりも鋳造方向の下流側には、鋳造速度測定ロール8および支持ロール10が配置される。鋳造速度測定ロール8は、鋳片5の鋳造速度を逐次測定する。ここで、機端出口は、連続鋳造機において、鋳造方向(引き抜き方向)の最下流のロールの(鋳造方向における)出口の位置である。図1に示す例では、鋳造速度測定ロール8および支持ロール10の出口の位置が機端出口になる。
【0020】
(伝熱凝固モデル)
次に、本実施形態の冷却制御装置100で用いる伝熱凝固モデルの一例を説明する。伝熱凝固モデルは、熱伝導方程式に基づき、鋳片5の鋳造方向に垂直な断面の内部の温度である鋳片断面内温度と、前記断面における鋳片5の表面の温度である鋳片断面表面温度と、前記断面内の固相率の分布である鋳片断面内固相率分布と、を少なくとも算出する計算式である。
【0021】
ストランド内における鋳片5の温度および固相率の分布は、鋳片5の各計算対象断面内の温度および固相率の分布を、各計算対象断面内の各計算点における冷却条件を反映した熱伝達係数の境界条件のもとで、離散化した熱伝導方程式を解くことで計算される。ここで、計算対象断面は、鋳型1内の湯面(溶鋼メニスカス4)から、機端出口までの領域に、鋳造方向に一定間隔で設定した計算位置において、鋳造方向に垂直な方向に鋳片5を切った場合の鋳片5の断面である。各計算対象断面に対する熱伝導方程式の初期条件には、当該計算対象断面に対し上流側で隣接する計算対象断面における計算結果を設定する。各計算対象断面について、当該計算対象断面が、当該計算対象断面の位置から、当該計算対象断面の1つ下流側の計算対象断面の位置へ、鋳片5の引き抜きにより移動するまでの当該計算対象断面内のエンタルピー、温度、および固相率の時間変化の計算を繰り返すことにより、鋳片5の全体の温度および固相率を計算する。
【0022】
<計算対象断面内座標と状態変数>
本実施形態では、鋳片5の計算対象断面は矩形とする。また、鋳片5の面のうち、計算対象断面の長辺側に当たる面を必要に応じて鋳片長辺面と称し、短辺側に当たる面を必要に応じて鋳片短辺面と称する。図2は、計算対象断面の一例を概念的に示す図である。各計算対象断面においては、鋳片長辺面に当たる辺に沿う方向を幅方向と称し、鋳片短辺面に当たる辺に沿う方向を厚み方向と称する。計算対象断面内の座標は、鋳片5の或る1つの頂点を原点0として幅方向の軸をx軸、厚み方向の軸をy軸とする。鋳片5の幅をX、厚みをYとする。また、鋳片5の引き抜き方向(即ち、鋳造方向)をz軸とする。尚、図2において、○の中に×を付しているものは、紙面の手前側から奥側に向かうことを示す。また、図2において、鋳片長辺面は、x−z平面であり、鋳片短辺面は、y−z平面である。
【0023】
伝熱凝固モデルでは、以下のものを、時刻tにおける計算対象断面内座標(x、y)における状態変数とする。尚、μは、溶鋼中における溶質成分を識別する番号であり、1,2,3,・・・,μmaxの値をとる。ここで、μmaxは、伝熱凝固モデルで考慮する溶質成分の最大個数である。
エンタルピー:H(x、y、t)
温度:T(x、y、t)
固相率:fs(x、y、t)
固液界面における液相側の溶質成分濃度:CLμ(x、y、t)
また、伝熱凝固モデルにおける物性パラメータは、以下の通りである。
熱伝導率(温度に依存):λ(x、y、t)=λ(T(x、y、t))
鋼の比熱(温度に依存):c(x、y、t)=c(T(x、y、t))
凝固潜熱:Lh
液相線温度:TL
密度:ρ
【0024】
<モデルの基礎方程式>
エンタルピーは、凝固潜熱を含めた計算対象断面内の各計算点におけるエネルギーなので、各計算点における熱収支を表す熱伝導方程式である以下の式(1)により、その時間変化を表すことができる。
【0025】
【数1】
【0026】
ここで、qxはx軸方向の熱流束を表し、qyはy軸方向の熱流束を表す。計算対象断面内の境界線以外の点である内点では、以下の式(2)および式(3)が成り立つ。
【0027】
【数2】
【0028】
ここで、λxはx軸方向の熱伝導率を表し、λyはy軸方向の熱伝導率を表す。従って、式(2)および式(3)より、計算対象断面の内点において式(1)は、以下の式(4)のように表される。
【0029】
【数3】
【0030】
<境界条件>
計算対象断面の、鋳片5の表面に対応する断面境界、即ち、x=xB(xB=0またはX)の鋳片短辺面では以下の式(5)で熱流束が表され、y=yB(yB=0またはY)の鋳片長辺面では以下の式(6)で熱流束が表されるものとする。
【0031】
【数4】
【0032】
ここで、Kx(xB,y,t)は、鋳片短辺面における熱伝達係数であり、Ky(x,yB,t)は、鋳片長辺面における熱伝達係数である。本実施形態では、これらを、冷却の様式に基づくモデル式を用いて表す(後述する式(29)〜式(32)を参照)。また、Taは、外部雰囲気温度である。εxおよびεyは、モデル計算適用時における熱伝達係数の、モデル式と実際の値との違いを表すパラメータ変数である。以下の説明では、このパラメータ変数を、必要に応じて熱伝達係数補正パラメータと称する。熱伝達係数補正パラメータεx、εyは、それぞれ、2次冷却帯における鋳片5の幅方向(x軸方向)、厚み方向(y軸方向)における、前述した冷却の様式に基づくモデル式による熱伝達係数と実機の熱伝達係数との偏差を表す変数である。
【0033】
本実施形態では、計算対象断面の各中央線側境界線(図2の破線)では、中央線を挟んで各変数が対称と仮定し、且つ、各中央線側境界線を横断する熱交換はないものとし、以下の式(7)および式(8)が成り立つと仮定する。図2に示すように、以下の式(7)においてX/2は、鋳片5の幅方向の中央であり、以下の式(8)においてY/2は、鋳片5の厚み方向の中央である。
【0034】
【数5】
【0035】
尚、本実施形態では、以上のようにして対称性を利用し、計算対象断面のうち、鋳片5のコーナーから鋳片5の中央までのいわゆる四分の一断面(例えば、図2の斜線で示す領域)を計算対象領域とする。
【0036】
<エンタルピーと温度および固相率との関係>
合金である鋼の凝固では、温度が成分濃度で定まる液相線温度TLを下回ると凝固が始まって固相率fs>0となり、凝固が完了して固相率fs=1となるまでの間に温度が低下する。固相率fsが0≦fs≦1であることを考慮して、エンタルピーと温度との関係は、以下の式(9)で表される。
【0037】
【数6】
【0038】
ここで、T0は、任意の積分定数であり、Tは、計算対象断面における計算点における温度である。
<エンタルピーを変数とする熱伝導方程式>
式(9)の両辺に対して、xにより偏微分すると以下の式(10)になるので、x軸方向の熱流束qxは、以下の式(11)で表される。同様に、式(9)の両辺に対して、yにより偏微分することにより、y軸方向の熱流束qyは、以下の式(12)で表される。
【0039】
【数7】
【0040】
式(1)へ、式(11)および式(12)を代入することにより、計算対象断面の内点では、熱伝導方程式を、エンタルピーを変数とする以下の式(13)に書き換えることができる。
【0041】
【数8】
【0042】
温度Tと固相率fsとの関係を表すモデルは、これまでにいくつか提案されている。その一つに、以下の式(14)のように、凝固が開始する液相線温度TLと凝固が完了する固相線温度との間で、固相率fsを補間するモデルがある。
【0043】
【数9】
【0044】
補間関数φ(T(x,y,t))は一般に単調増加で、温度Tについて1次式とする方法や、温度Tについて2次式とする方法がある。
【0045】
式(9)、式(13)、および式(14)は、変数H、T、およびfsについて閉じているため、これらを連立して解くことにより、計算対象断面内のエンタルピーH(x、y、t)、温度T(x、y、t)、および固相率fs(x、y、t)が得られる。
固液共存領域内では、固相と液相との界面での液相側溶質濃度により温度が定まるので、状態図から、温度Tと固相率fsとの関係を表す別のモデルとして、以下の溶質成分濃度と温度との関係を表す関数θを用いた式(15)のモデルおよび固相率と液相側溶質濃度の関係を表す関数γLμを用いた式(16)のように表されるモデルを用いてもよい。ここで、μmaxは、伝熱凝固モデルで考慮する溶質成分の最大個数である。
【0046】
【数10】
【0047】
式(9)、式(13)、式(15)、および式(16)は、変数H、T、fs、CLμについて閉じているため、これらを連立して解くことにより、計算対象断面内のエンタルピーH(x、y、t)、温度T(x、y、t)、固相率fs(x、y、t)、および固液界面の液相側溶質濃度CLμ(x、y、t)が得られる。
本実施形態では、式(14)式と、式(15)および式(16)との何れを用いてもよい。式(15)および式(16)を用いれば、固液界面の液相側溶質濃度CLμ(x、y、t)を求めることができるが、計算負荷が増大する。計算負荷が増大しても固液界面の液相側溶質濃度CLμ(x、y、t)を求める場合には、式(15)および式(16)を用い、そうでない場合には、式(14)を用いればよい。
【0048】
(伝熱凝固モデルの時間および空間的離散化)
本実施形態では、以上の偏微分方程式を空間および時間で離散化することにより数値解を得る。即ち、本実施形態では、式(13)の微分方程式を、計算対象断面内および計算対象断面の境界線上で空間的に離散化し、鋳片5の表面における境界条件を組み込んだ形で、離散化した時間t=0,1,2,・・・において更新するモデルを用いる。
前述した伝熱凝固モデルの計算を実施する計算対象断面の位置は、一定距離間隔Δzで設定されるものとする。計算対象断面の番号nは、鋳型1内湯面位置(溶鋼メニスカス4の位置)をn=0とし、以下、引き抜き方向(鋳造方向)にn=1、2、…、nmaxとする。各計算対象断面では、計算対象断面の内部および境界上に計算点を共通に設定する。計算対象断面nから計算対象断面n+1に状態変数を更新する場合、時刻の離散化刻みΔtを、以下の式(17)で表す。
【0049】
【数11】
【0050】
ここで、vcは、鋳造速度である。
前述したように本実施形態では、計算対象断面のうち、鋳片5のコーナーから鋳片5の中央までのいわゆる四分の一断面を計算対象領域とする。即ち、図2の斜線で示す領域のように、計算対象断面の左下のコーナーを原点0とし、原点0から、鋳片5の幅方向の中央x=X/2および鋳片5の厚み方向の中央y=Y/2までの範囲を計算対象領域とする。計算対象断面の計算点の座標(xi、yj)は、i=0,1,2,・・・,I、および、j=0,1,2,・・・,Jについて、x0=0およびxI=X/2、ならびに、y0=0およびyJ=Y/2とする。x軸方向の計算点の座標の最小間隔およびy軸方向の計算点の座標の最小間隔が、常に偏微分方程式の数値解法における安定性の条件を満たすように、計算点の座標を適切な位置に配置する。安定性の条件には解くべき方程式の係数から解析的に導く方法が知られているが、本実施形態では事前のシミュレーションで得られる解が数値的に安定になることを確認して、x軸方向の計算点およびy軸方向の計算点の座標の最小間隔を決定する。
以下では、i=0,1,2,・・・,I−1、および、j=0,1,2,・・・,J−1について、以下の式(18)〜式(21)が成り立つものとする。
【0051】
【数12】
【0052】
<モデル式の離散化>
以下の説明において、座標以外の変数について、添字のi+1/2は、x軸方向の計算点iおよびi+1の中間位置における量であることを意味する。実際の計算において、関数の引数として与える場合には、添字i+1/2に対応する値として、添字iおよびi+1に対応する値の平均値を採用する。本実施形態では、計算点(xi,yj)において離散化したモデルを、エンタルピー、温度、固相率、および、当該計算点に隣接する計算点におけるエンタルピーおよび固相率を用いて、以下の式(22)、式(23)のように表すことができる。ここで、座標(i、j)の計算点に隣接する計算点は、座標(i+1、j)、座標(i、j+1)、座標(i−1、j)、および座標(i、j−1)の計算点である。
【0053】
【数13】
【0054】
ここで、N(i、j)は、計算点(xi、yj)に隣接する計算点の集合を表す。また、ati,jは、式(13)の偏微分方程式を中心差分により離散近似し、式(22)の形に整理した場合のHi,j,tにかかる係数である。αti,jは、同じくfsi,j,tにかかる係数である。係数ati,jは、式(13)に現れる熱伝導率λxまたはλy、比熱ρ、および凝固潜熱Lhを含む係数であり、また、αti,jは、式(13)に現れる熱伝導率λxまたはλy、比熱c、および密度ρを含む係数である。また、bi,jは、計算点(xi、yj)が鋳片5の表面の境界上の点でない場合は常に0(ゼロ)であり、計算点(xi、yi)が鋳片5表面の境界上の点である場合は、式(2)の離散近似後において式(5)および(6)における熱伝達係数KxまたはKyを含む(Ta−Ti,j,t)にかかる係数である。
【0055】
また、ωは、1、0、および1/2の何れかの値を採る変数であり、エンタルピーの更新において、ω=1の場合は陽解法、ω=0の場合は陰解法、ω=1/2の場合は半陽半陰解法(Crank−Nicholson法)を用いることを意味する。また、式(23)におけるTpおよびHpにおけるpは、計算点(i,j)を表す省略記法である。また、温度Tがとりうる値の範囲を予め複数の温度区分に分割しておく。k(p)は、温度T(p)を含むTk(p)≦T(p)<Tk(p)+1なる温度区分の番号kである。また、Ic(Tk(p))は、式(9)における積分を温度T0からの境界値Tk(p)まで予め算出した値である。c*k(p)+1/2は、温度区分k(p)における溶鋼の比熱cの代表値であり、例えば温度区分k(p)における溶鋼の比熱cの平均値を、代表値c*k(p)+1/2として用いる。
【0056】
各計算点における式(22)および式(23)の右辺を整理し、ω=1または1/2の場合はHi,j,t+1に関する連立方程式を解いたうえで、時刻tにおける各計算点の変数値を適切な順にベクトル状に並べると、計算対象断面内のエンタルピーおよび温度計7の温度測定位置における温度は、行列AH、Af、BT、C、およびD、ならびに、式(23)の右辺においてHp,tおよびfsp,tに関係しない項をまとめたT0を用いて、以下の式(24)、式(25)のように表すことができる。
【0057】
【数14】
【0058】
ここで、Ht、fstの各々は、Hi,j,t、fsi,j,tを並び替えた(I+1)(J+1)成分の列ベクトルである。1(I+1)(J+1)は、(I+1)(J+1)個の1を成分にもつ列ベクトルである。Taは、雰囲気温度を成分にもつ(I+J+1)成分の列ベクトルである。TB,tは、計算対象断面(四分の一断面)の表面の計算点の温度Ti,j,tを適切に並べ替えた(I+J+1)成分の列ベクトルである。
【0059】
式(24)におけるAH、Afは、(I+1)(J+1)行(I+1)(J+1)列の正方行列である。BTは、(I+1)(J+1)行(I+J+1)列の行列である。BTは、式(22)の各方程式のうち、計算対象断面(四分の一断面)の表面の計算点に関する方程式に対応する式(24)の行について、同じ式(22)の右辺に現れる温度Ttのうち、計算対象断面(四分の一断面)の表面の計算点の温度Ttに乗じる係数を成分とする行列である。Et-1は、(I+1)(J+1)行(I+J+1)列の行列である。Et-1は、式(22)の各方程式のうち、計算対象断面(四分の一断面)の表面の計算点に関する方程式に対応する式(24)の行について、列方向には、Tt-1の当該計算点に対応する成分が時刻tにおける熱伝達係数補正パラメータεi,j,t-1となり、他の成分が0(ゼロ)となるようにした行列である。また、1(I+1)(J+1)×(I+J+1)は、全ての成分が1の(I+1)(J+1)行(I+J+1)列の行列である。また、式(24)におけるBTの次の記号である○は、同サイズの行列の成分毎の積を計算する演算(アダマール積)を表す行列である。また、行列C、Dは、(I+1)(J+1)行(I+1)(J+1)列の行列である。行列C、Dは、式(23)の各方程式に対応する式(25)の行において、同じ式(23)の方程式の右辺に現れるHp,tおよび(1−fsp,t)の係数を成分とする行列である。T0,t-1は、(I+1)(J+1)個の成分をもち、式(23)においてHおよびfsに無関係な項を並べた列ベクトルである。
【0060】
<状態推定方法の計算手順>
本実施形態では、鋳造速度および冷却水量の指示値の変更に対応するために、鋳片5が一定距離引き抜かれるたびに、鋳型1内の湯面位置(z=0)で計算対象断面を新たに発生させる。そして、各々の計算対象断面について、伝熱凝固モデルによる計算を、鋳型1内の湯面(溶鋼メニスカス4)から、少なくとも2次冷却帯の出口の位置まで行う。以下の説明では、この計算対象断面のことを必要に応じてトラッキング面と称する。また、トラッキング面の発生間隔をΔztpで表す。トラッキング面の発生間隔Δztpは、前述したΔzを整数倍(L倍)した値であり、以下の式(26)で表される。
【0061】
【数15】
【0062】
また、以下の説明では、鋳造方向の位置zがトラッキング面の発生間隔Δztpの整数倍である位置を必要に応じて温度評価位置と称する。その番号tpを上流側から付けて、温度評価位置をztpで表す。tp=0はz=0の位置(鋳型1内の湯面の位置)である。tpの最大値をtpmaxで表す。温度評価位置は、鋳片5の鋳造方向に垂直な断面の内部の温度である鋳片断面内温度と、前記断面における鋳片5の表面の温度である鋳片断面表面温度と、前記断面内の固相率の分布である鋳片断面内固相率分布とを評価する位置である。本実施形態では、温度評価位置の鋳造方向の間隔を、最も長い冷却ゾーンの鋳造方向の長さの2分の1以下とする。このようにすることにより、冷却ゾーンのそれぞれに温度評価位置を少なくとも2つ存在させることができる。これにより、後述するように、1つの冷却ゾーンにおいて、熱伝達係数補正パラメータεx、εyや、鋳片の中心部の温度の鋳造方向の変動(鋳造方向のプロフィール)を制御することができる。また、現在時刻における鋳造速度vcと、トラッキング面の発生間隔(即ち、温度評価位置の間隔)Δztpとから、相互に隣接する2つの温度評価位置ztpの間をトラッキング面が移動する時間をΔtp(=Δztp÷vc)で表すものとする。
【0063】
熱伝達係数補正パラメータεx、εyは、温度評価位置ztpの間隔ごとに設定される。以下の説明では、鋳造方向の位置zがztp≦z<ztp+1であるときの熱伝達係数補正パラメータεx、εyを必要に応じてεtpで表す。図3は、温度計7の設置位置の一例を概念的に示す図である。図3において、温度計7の設置位置に対応する鋳造長(z軸方向の長さ)を鋳型1に近い方向から順に測温鋳造長1、測温鋳造長2、・・・として示す。図3に示す例では、温度計7は鋳造方向の2箇所に設置されており、測温鋳造長1、及び測温鋳造長2が定義される。また、以下の説明では、各トラッキング面において、鋳片5の幅方向(x軸方向)または厚み方向(y軸方向)での温度計7の位置に対応する位置を、必要に応じて周方向測温位置と称する。尚、測温鋳造長の個数は温度計7の鋳造方向の設置箇所の数に応じて決定されるが、その個数が複数である場合、周方向測温位置は、各温度計設置位置に於いて同じ周方向位置であるものとする。
【0064】
トラッキング面の各々について、トラッキング面内のエンタルピーH、固相率fs、および温度Tを変数として時間変化を計算する。即ち、各トラッキング面の状態変数の更新は、鋳造が間隔Δz進むごとに式(24)および式(25)に従って行う。式(22)中のεi,j,t-1には、時刻t−1におけるトラッキング面の位置に対応する熱伝達係数補正パラメータεtpを選択する。トラッキング面kに関する状態変数の更新モデルは、式(24)および式(25)の各記号にトラッキング面の番号を表すkを右肩につけた以下の式(27)および式(28)で表すこととする。なお、式(27)および(28)における「1」は式(24)における全成分が1の行列を表している。行列のサイズは、式(24)において対応する「1」と同じなので、表記が煩雑になるのを防ぐため、行列の行数および列数を表す右下の添え字は省略する。
【0065】
【数16】
【0066】
式(26)の計算モデルの設定により本実施形態では、全温度評価位置に同時にトラッキング面が到達するので、トラッキング面が温度評価位置に到達した時点における鋳片5全体の温度分布を推定することができる。図4は、トラッキング面kが温度評価位置ztpであり、トラッキング面k−1が温度評価位置ztp-1である場合のエンタルピーhk、hk-1、温度τk、τk-1、熱伝達係数補正パラメータεtp、εtp-1の関係の一例を示す図である。図4において、トラッキング面k、k−1は、相互に隣接するトラッキング面である。エンタルピーhkおよび温度τkは、トラッキング面kで管理される。一方、熱伝達係数補正パラメータεtp、εtp-1は、温度評価位置tp、tp−1で管理される。熱伝達係数補正パラメータεtp、εtp-1は、トラッキング面k、k−1が遷移しても、温度評価位置ztp、ztp-1における値として用いられる。すなわち、トラッキング面k−1が温度評価位置ztpに到達した場合は式(27)と式(28)において右肩の添え字kをk−1に変更した計算式によりトラッキング面k−1のエンタルピーおよび温度を更新する。
【0067】
(連続鋳造機の2次冷却制御装置(冷却制御装置))
次に、本実施形態の冷却制御装置の一例を説明する。図5は、冷却制御装置100の機能的な構成の一例を示す図である。図6は、連続鋳造機の2次冷却制御方法の一例を説明するフローチャートである。図6のフローチャートは、例えば、鋳造を開始してから鋳片を連続鋳造機から完全に引き抜くまでの全てまたは一部の時間において、鋳造がトラッキング面の発生間隔Δztpだけ進むごとに繰り返し実施される(式(26)を参照)。また、前述した伝熱凝固モデルは、予め伝熱凝固モデル記憶部500に記憶されているものとする。尚、冷却制御装置100のハードウェアは、例えば、CPU、ROM、RAM、HDD、および各種のインターフェースを備えた情報処理装置、または専用のハードウェアを用いることにより実現される。
【0068】
<鋳片表面温度取得部501、ステップS601>
鋳片表面温度取得部501は、温度計7a〜7fで測定された鋳造中の鋳片5の表面温度の測定値を取得する(図3を参照)。鋳片表面温度取得部501は、例えば、不図示のデータ処理装置から、鋳片5の表面温度の測定値のデータを受信することにより、温度計7a〜7fで測定された鋳片5の表面温度の測定値を取得することができる。
【0069】
<操業データ取得部502、ステップS602>
操業データ取得部502は、連続鋳造機の操業データを取得する。連続鋳造機の操業データには、例えば、鋳造方向に垂直な方向の鋳片5の大きさ、鋳造速度vc、鋳型1内の溶鋼の温度、溶鋼中の溶質成分の濃度、該溶質成分の濃度を用いて算出される溶鋼の液相線温度TL、および、2次冷却帯の各冷却ゾーンに配置された冷却スプレー2a〜2tから噴射された冷却水の流量、および鋳片5の表面の各点における冷却条件が含まれる。操業データ取得部502は、例えば、不図示の上位プロコンまたは下位計装装置から、連続鋳造機の操業データを受信することにより、連続鋳造機の操業データを取得することができる。
【0070】
ここで、冷却条件には、冷却スプレー2a〜2tから噴射された冷却水が鋳片5の表面に衝突する範囲を示すデータが含まれる。操業データ取得部502は、冷却スプレー2a〜2tから噴射された冷却水の流量を示すデータと、冷却スプレー2a〜2tから噴射された冷却水が鋳片5の表面に衝突する範囲を示すデータと、冷却スプレー2a〜2tの本数および配置とを用いて、鋳片5の表面全体における、冷却水の流量密度の分布を算出する。
【0071】
<温度評価位置設定部503、ステップS603>
温度評価位置設定部503は、鋳型1内の湯面位置をz=0として、鋳片5の鋳造方向の位置zが、トラッキング面の発生間隔Δztpの整数倍となる鋳造方向の位置を温度評価位置ztpとして設定する。温度評価位置ztpの鋳造方向の間隔は、予め定められた一定の間隔である。
【0072】
<熱伝達係数推定部504、ステップS604>
熱伝達係数推定部504は、操業データ取得部502で取得された冷却条件と、鋳片表面温度取得部501で取得された鋳片5の表面温度の測定値とを用いて、鋳片5の表面の各計算点における熱伝達係数を推定する。
本実施形態では、熱伝達係数推定部504は、鋳片方向の位置z=0、・・・、zmaxの各々において、冷却水が衝突する部分と、その他の部分とに分割する。熱伝達係数推定部504は、各々の部分に属するトラッキング面の境界上の計算点における熱伝達係数を、冷却水が衝突する部分においては衝突するスプレー水の流量密度wdと、冷却スプレー2a〜2tの空気流速vaと、衝突部分の鋳片5の表面温度Tsとを用いて、予め定めたモデル式に基づき算出する。本実施形態では、このモデル式として、以下の式(29)および式(30)を用いる場合を例に挙げて示す。
【0073】
【数17】
【0074】
ここで、式(29)に示したKx0(0,y,z,t)は、時刻t、鋳造方向の位置zにおける鋳片5の短辺面の厚み方向の位置yにおける熱伝達係数である。また、式(30)に示したKy0(x,0,z,t)は、時刻t、鋳造方向の位置zにおける鋳片5の長辺面の幅方向の位置xにおける熱伝達係数である。また、熱伝達係数推定部504は、鋳片5の表面のうち、冷却水が衝突しない部分(前記「その他の部分」)に属するトラッキング面の境界上の計算点における熱伝達係数を、式(29)および式(30)において、wd=0、va=0とし、鋳片5の表面温度Tsのみを用いたモデル式に基づき算出する。
【0075】
次に、熱伝達係数推定部504は、推定した熱伝達係数と、鋳片5の真の熱伝達係数との誤差を補正する熱伝達係数補正パラメータεx、εyを用いて、式(29)および式(30)で推定された熱伝達係数Kx0(0,y,z,t)、Ky0(x,0,z,t)を補正することにより、補正後の熱伝達係数Kx(0,y,z,t)、Ky(x,0,z,t)を導出する。具体的に熱伝達係数推定部504は、前回の冷却水量の指示値の計算時に修正した鋳片5の幅方向および長手方向の区分ごとの熱伝達係数補正率パラメータεx、εyを以下の式(31)および式(32)のように作用させて、補正後の熱伝達係数Kx(0,y,z,t)、Ky(x,0,z,t)を算出する。
【0076】
【数18】
【0077】
<温度固相率分布算出部505、ステップS605>
温度固相率分布算出部505は、温度評価位置の各々において、鋳片5の鋳造方向に垂直な断面の内部の温度である鋳片断面内温度、前記断面における鋳片5の表面の温度である鋳片表面温度、および前記断面内の固相率の分布である鋳片断面内固相率分布を含む第1の計算値を、前記温度評価位置間の間隔だけ進むごとに、伝熱凝固モデルを用いて算出する。
本実施形態では、温度固相率分布算出部505は、操業データ取得部502で取得された操業データと、熱伝達係数推定部504で算出された補正後の熱伝達係数熱伝達係数Kx(0,y,z,t)、Ky(x,0,z,t)とを用いて、鋳片5の表面温度の分布と、鋳片5の内部温度の分布と、鋳片5の内部における固相率fsの分布とを導出する。
【0078】
具体的に温度固相率分布算出部505は、まず、鋳型1内の湯面位置(z=0)において、新たなトラッキング面を発生させる。次に、温度固相率分布算出部505は、このトラッキング面で管理する前記伝熱凝固モデルで算出するエンタルピー、温度、および固相率の初期値を、現在時刻tにおける鋳型1内の溶鋼の温度に基づき設定する。次に、温度固相率分布算出部505は、補正後の熱伝達係数を用いて、現在時刻における計算対象の各トラッキング面について、式(22)の離散化した熱伝導方程式に従ってエンタルピーを更新する。次に、温度固相率分布算出部505は、更新したエンタルピーに対し、温度および固相率を、式(9)、式(13)、および式(14)の収束計算、または、温度、固相率、および固液界面の溶質濃度を、式(9)、式(13)、式(15)、および式(16)の収束計算により数値解を求めることにより、各トラッキング面内の温度と、各トラッキング面の表面の温度と、各トラッキング面内の固相率の分布とを算出する。
【0079】
<熱伝達係数補正部506、ステップS606>
熱伝達係数補正部506は、温度測定位置における鋳片5の表面の温度の測定値と、該温度測定位置における鋳片5の表面の温度の推定値であって、前記第1の計算値に基づいて算出される鋳片5の表面の温度の推定値とを用いて、熱伝達係数補正パラメータを導出する。
本実施形態では、熱伝達係数補正部506は、鋳片表面温度取得部501で取得された鋳片5の表面温度の測定値と、温度測定位置における鋳片5の表面温度の推定値とを用いて、熱伝達係数補正パラメータを導出する。温度測定点における鋳片5の表面温度の推定値は、温度固相率分布算出部505で導出された温度評価位置における鋳片5の温度の計算値に基づいて算出される。本実施形態では、温度評価位置の鋳造方向の間隔を、最も長い冷却ゾーンの鋳造方向の長さの2分の1以下とする。従って、1つの冷却ゾーン内では複数の位置で熱伝達係数補正パラメータを算出できる。そのため、1つの冷却ゾーン内における熱伝達係数補正パラメータの鋳造方向の変動を推定することが可能となり、鋳片5の中心部温度をより正確に推定することが可能となる。
【0080】
以下の説明では、温度測定位置における鋳片5の表面温度の測定値を、必要に応じて表面温度測定値と称する。また、温度固相率分布算出部505で導出された温度評価位置における鋳片5の温度の計算値を、必要に応じて表面温度計算値と称する。
【0081】
温度測定位置が、何れかの温度評価位置における何れかの温度計算位置に一致する場合、表面温度推定値として、温度固相率分布算出部505で導出された表面温度計算値が用いられる。一方、温度測定位置の鋳造方向の位置は何れかの温度評価位置に一致するが、温度測定位置のトラッキング面の表面辺上の位置(周方向測温位置)が何れの計算点の位置にも一致しない場合、熱伝達係数補正部506は、鋳造方向の位置が一致する温度評価位置における表面温度計算値を用いて補間することにより、温度測定位置における表面温度を導出する。また、温度測定位置の鋳造方向の位置が、何れの温度評価位置にも一致しない場合、熱伝達係数補正部506は、鋳造方向の異なる位置における表面温度計算値を用いて補間することにより、温度測定位置における表面温度を導出する。この場合、補間に用いる表面温度計算値として、トラッキング面の表面辺内で上述の様に補間した値を用いてもよい。
【0082】
本実施形態では、熱伝達係数補正部506は、温度測定位置における表面温度計算値と表面温度測定値との差を最小にする最適化計算を行うことにより熱伝達係数補正パラメータの推定値の最適解を導出する。具体的に本実施形態では、熱伝達係数補正部506は、拡張カルマンフィルタのアルゴリズムを用いて、最小誤差分散の推定値(温度測定位置における表面温度計算値と表面温度測定値との誤差分散が最小となるときの熱伝達係数補正パラメータの推定値)を最適解として導出する場合を例に挙げて説明する。
【0083】
式(27)および式(28)の伝熱凝固モデルにおいて、温度評価位置における鋳片5の表面に該当する行を取り出し、トラッキング面の移動に伴うエンタルピーの変化を以下の式(33)〜式(35)のように書き直し、周方向測温位置におけるエンタルピーおよび熱伝達係数補正パラメータが、伝熱凝固モデルの各変数と実際の値との誤差を表す平均0の正規分布に従う乱数であるノイズwkh,tまたはwtpε,tとの和であるとする。尚、wkh,tの分散は、Qkhtであるものとし、wtpε,tの分散は、Qtpε,tであるものとする。
【0084】
【数19】
【0085】
ここで、hktは、トラッキング面kにおける周方向測温位置に該当する計算点のエンタルピーである。akhおよびbkTは、式(27)において周方向測温位置に該当する行を抜き出した式の右辺から、該当するhkt-1およびεkt-1に対する係数を抜き出して構成した行列である。また、H’kt-1は、式(27)において周方向測温位置に該当する行を抜き出した式の右辺において、周方向測温位置に該当しない計算点エンタルピーおよび固相率に関する全ての項の和を表す。式(35)におけるT’k0t-1は、式(28)において周方向測温位置に該当する行を抜き出した式の右辺において、周方向測温位置に該当しない計算点のエンタルピーおよび固相率に関する全ての項の和を表す。
【0086】
また、τkt-1は、各トラッキング面kにおける周方向測温位置の表面の温度を表す。式(35)において、(ckTTは、式(25)の係数行列Cについて周方向測温位置における行を取り出した行ベクトルである。鋳片5の鋳型1の出口よりも下流側の部分では、鋳片5の表面の計算点における固相率は1であるとみなせるので、式(33)では潜熱放出に由来する項は除いている。
以下の式(36)から式(38)では、非特許文献1の記法に従い、式(33)から式(35)における各変数の添え字tを、時刻t−1における計算結果を元に伝熱凝固モデルに基づき時刻tについて予測した結果であることを意味するt|t−1にして表す。また、式(33)から式(35)における各変数の添え字のt−1を、時刻t−1における伝熱凝固モデルによる予測計算の結果を、時刻t−1の温度測定の結果に基づいて修正したことを意味するt−1|t−1にして表す。
【0087】
【数20】
【0088】
ここで、実際の値であるhkt、εtpt、およびτktに対するhkt|t-1、εtpt|t-1、およびτkt|t-1の誤差Δhkt|t-1、Δεtpt|t-1、Δτkt|t-1を以下の式(39)のように表す。
【0089】
【数21】
【0090】
式(33)と式(36)の両辺での差と、式(34)および式(37)と、式(35)および式(38)とから、Δhkt|t-1、Δεtpt|t-1、Δτkt|t-1は、それぞれ、以下の式(40)、式(41)、式(42)の時間発展モデルに従う。
【0091】
【数22】
【0092】
尚、式(40)および式(41)に現れるΔhkt-1|t-1、Δεtpt-1|t-1、Δτkt-1|t-1は、前回時刻t−1において以下の手順により算出した結果である。
まず、鋳造中の鋳片5内の全トラッキング面k内のエンタルピー、温度、および固相率の、伝熱凝固モデルによる推定値を算出する。各トラッキング面kの周方向測温位置の計算点について、hkt|t-1、τkt|t-1を算出する。
次に、式(42)の関係を用いて、式(40)からΔτkt-1|t-1を消去して、Δhkt|t-1、Δεtpt|t-1、をカルマンフィルタアルゴリズムにより、温度測定点での鋳片5の表面温度の測定値と計算値との差を用いて修正する。ここで、モデル推定偏差状態変数を、各トラッキング面kのΔhkt|t-1および各温度評価位置ztpのΔεtpt|t-1を並べた以下の式(43)で定義する。
【0093】
【数23】
【0094】
t-1|t-1についても同様に定義する。また、温度測定点における鋳片5の表面温度の推定値Yt|t-1を、以下の式(44)のように表す。
【0095】
【数24】
【0096】
尚、式(43)および式(44)において、Tは転置行列であることを表す。式(40)と式(41)の各係数を並べ替えることで、Xt|t-1とXt-1|t-1の関係は、係数行列AXtを用いて、以下の式(45)のように表すことができる。
【0097】
【数25】
【0098】
カルマンフィルタアルゴリズムでは、モデル推定偏差状態変数Xt|t-1を、時刻tにおける、温度測定点での鋳片5の表面温度の測定値Utと推定値Yt|t-1との偏差に基づき修正することで、時刻tにおける各状態変数Xt|tを推定する。また、各状態変数Xt|tの推定誤差が、平均0(ゼロ)であり、共分散行列Vt|tの多次元正規分布に従うと仮定して、共分散行列Vt|tを、各状態変数Xt|tと同時に推定する。ただし、本実施形態では、各トラッキング面kが温度評価位置に到達する時刻と、温度評価位置の間の中間にある時刻とでは、各状態変数Xt|tの更新計算が異なるので、以下では分けて説明する。
【0099】
(a) トラッキング面kが温度評価位置に到達する時刻における処理
各トラッキング面kが温度評価位置に到達する時刻においては、以下の処理が行われる。
(1) 式(40)および式(41)による伝熱凝固モデルによる予測誤差の共分散行列Vt|t-1を、時刻t−1における共分散行列の推定結果Vt-1|t-1を用いて、以下の式(46)により更新して算出する。
【0100】
【数26】
【0101】
ここで、Qtは、式(40)におけるノイズwkhtの分散Qkhtおよび式(41)におけるノイズwtpε、tの分散Qtpεtを式(43)と同じ順に対角に並べ、非対角成分を0(ゼロ)としたノイズベクトルの共分散行列である。
(2) [カルマンゲインの計算]
表面温度測定値と表面温度計算値から、式(45)で求めたモデル推定偏差状態変数Xt|t-1を修正するカルマンゲインΨtは、以下の式(47)により計算される。ここで、Cytは、式(42)の係数ckTを、kについて式(44)と同じ順序で列方向に並べた行列である。Ryは、鋳片5の表面温度の測定誤差が、平均が0(ゼロ)であり、共分散行列Ryの多次元正規分布に従うとした場合の共分散行列である。
【0102】
【数27】
【0103】
(3) [モデル推定偏差状態変数の予測結果の更新]
時刻tにおけるモデル推定偏差状態変数の推定結果Xt|tを、式(43)によるモデル推定偏差状態変数の予測結果Xt|t-1と、温度測定点での鋳片5の表面温度の測定値Utと推定値Yt|t-1との偏差と、カルマンゲインΨtとを用いて、以下の式(48)で更新して算出する。
【0104】
【数28】
【0105】
(4) [予測誤差共分散行列の更新]
式(46)による予測誤差共分散行列Vt|t-1を、カルマンゲインΨtを用いて、以下の式(49)により更新して、予測誤差共分散行列Vt|tを算出する。
【0106】
【数29】
【0107】
(5) [周方向測温位置におけるエンタルピー、熱伝達係数補正パラメータ、温度の補正]
式(36)、式(37)、式(38)における、各トラッキング面kの周方向測温位置でのエンタルピーの計算値、各温度評価位置ztpでの熱伝達係数補正パラメータ、および各トラッキング面kの周方向測温位置での鋳片5の表面温度の計算値を、モデル推定偏差状態変数Xt|tの推定結果の対応する値を用いて、以下の式(50)〜式(53)により補正する。
【0108】
【数30】
【0109】
(b) トラッキング面kが温度評価位置の中間位置に到達する時刻における処理
一方、各トラッキング面kが温度評価位置の中間位置に到達する時刻においては、以下の処理が行われる。
(1) [予測誤差共分散行列の更新]
式(40)および式(41)による伝熱凝固モデルによる予測誤差の共分散行列Vt|t-1を、時刻t−1における共分散行列の推定結果Vt-1|t-1を用いて、以下の式(54)により更新して算出する。
【0110】
【数31】
【0111】
ここで、Qtは、式(40)におけるノイズwkhtの分散Qkhtを式(43)と同じ順に対角に並べ、非対角成分を0(ゼロ)としたノイズベクトルの共分散行列である。
【0112】
(2) [カルマンゲインの計算]
温度評価位置の中間位置に到達する時刻では、温度測定点で温度を算出する観測行列は0(ゼロ)とするので、以下の式(55)のように、カルマンゲインΨtは全て0(ゼロ)である。
【0113】
【数32】
【0114】
(3) [モデル推定偏差状態変数の予測結果の更新]
カルマンゲインΨtが0(ゼロ)なので、モデル推定偏差状態変数の予測結果は更新されず、時刻tにおけるモデル推定偏差状態変数の推定結果Xt|tは、以下の式(56)のようになる。
【0115】
【数33】
【0116】
(4) [予測誤差共分散行列の更新]
カルマンゲインΨtが0(ゼロ)なので、モデル推定偏差状態変数の予測結果の共分散行列は更新されず、予測誤差共分散行列Vt|tは、以下の式(57)のようになる。
【0117】
【数34】
【0118】
(5) [周方向測温位置におけるエンタルピー、熱伝達係数補正パラメータ、温度の補正]
モデル推定偏差状態変数Xt|tが更新されないので、以下の式(58)〜式(60)のように、各トラッキング面kの周方向測温位置でのエンタルピーの計算値、各温度評価位置ztpでの熱伝達係数補正パラメータ、および各トラッキング面kの周方向測温位置での鋳片5の表面温度の計算値の補正も行われない。
【0119】
【数35】
【0120】
<鋳片中心部目標温度設定部507、ステップS607>
鋳片中心部目標温度設定部507は、鋳片5の中心部の目標温度を、温度評価位置の各々について設定する。以下の説明では、鋳片5の中心部の目標温度を、必要に応じて鋳片中心部目標温度と称する。本実施形態では、鋳片中心部目標温度は、鋳造する鋼種、鋳型1のサイズ,および鋳造速度の代表値から定まる操業条件区分ごとに設定される。また、鋳造方向においては、鋳片中心部目標温度は、温度評価位置ごとに設定される。鋳片中心部目標温度は、少なくとも、鋳片5の幅方向(図2のx軸方向)および厚み方向(図2のy軸方向)の中央の位置に設定される。尚、鋳片中心部目標温度設定部507は、鋳片5の幅方向の中央以外の厚み方向の中央の位置に、鋳片中心部目標温度を複数点設定してもよい。温度評価位置ztpにおける鋳片中心部目標温度rctpは、例えば、前述した操業条件区分ごとの鋼種、鋳型1のサイズ、鋳造速度の代表値に基づく伝熱凝固モデルによるシミュレーション計算で導出された鋳片5の温度の計算結果に基づいて設定される。尚、以下の説明では、鋳片中心部目標温度が設定される鋳片5の位置を、必要に応じて鋳片中心部と称する。
【0121】
<将来予測部508、ステップS608>
将来予測部508は、温度評価位置の各々について、該温度評価位置から、該温度評価位置よりも鋳造方向で下流側の予め定めた位置までの範囲を、該温度評価位置の将来予測範囲として設定する。また、将来予測部508は、該温度評価位置の各々について、該温度評価位置に対する該将来予測範囲内にある温度評価位置の各々を鋳造方向に基づいて順序づけた位置を、該温度評価位置に対する将来予測位置として設定する。そして、将来予測部508は、温度評価位置の各々が、現在時刻から将来予測位置の各々に進んだ時点での該将来予測位置における前記鋳片断面内温度、前記鋳片断面表面温度、および前記鋳片断面内固相率分布を含む第2の計算値を、伝熱凝固モデルを用いて算出する。このとき将来予測部508は、鋳造速度vcおよび冷却水の水量が現在時刻における値から変化しないと仮定する。また、将来予測部508は、伝熱凝固モデルを用いて計算した、温度評価位置の各々における現在時刻での鋳片断面内温度、鋳片断面表面温度、および鋳片断面内固相率分布を初期値とする。
【0122】
本実施形態では、まず、将来予測部508は、将来時刻における、鋳片5の表面温度、鋳片5の内部の温度、および固相率の分布を予測する将来予測回数をNtpとして設定する。将来予測部508は、tp=1,2,3,・・・,tpmaxの複数の温度評価位置ztpのそれぞれについて、温度評価位置ztpから温度評価位置ztp+ntp(ntp=1,・・・,Ntp)までの範囲を将来予測範囲として設定する。尚、温度評価位置ztp+Ntpが、最下流の温度評価位置よりも下流側に位置する場合には、最下流の温度評価位置またはそれよりも上流側の温度評価位置のみが将来予測範囲に含まれるようにする。温度評価位置ztpの将来予測範囲には、当該温度評価位置ztpに対する将来予測位置として、当該将来予測範囲に含まれる複数の温度評価位置が含まれる。尚、将来予測回数Ntpは、予め設定されているものとする。また、前述したように、現在時刻における鋳造速度vcと、トラッキング面の発生間隔(即ち、温度評価位置の間隔)Δztpとから、相互に隣接する2つの温度評価位置ztpの間をトラッキング面が移動する時間をΔtp(=Δztp÷vc)で表す。
【0123】
将来予測部508は、温度評価位置ztpのそれぞれについて、当該温度評価位置ztpの現在時刻tにおけるエンタルピー、鋳片5の温度、および固相率の温度固相率分布算出部505における計算結果を初期値とし、鋳造速度および各冷却ゾーンにおける鋳片5に対する冷却水の水量が現在時刻tのものと同じであると仮定して、伝熱凝固モデルを繰り返し解くことにより、各トラッキング面が将来予測位置(当該温度評価位置ztpに対する将来予測位置)の各々に到達する時刻t+ntpΔtpにおける、エンタルピー、鋳片5の温度、および固相率を導出する。
【0124】
本実施形態では、将来予測部508は、以上のようにして、伝熱凝固モデルを用いて、温度評価位置の各々と該温度評価位置に対する将来予測位置とにおける鋳片断面内温度および前記鋳片表面温度を計算する。そして、将来予測部508は、この計算と共に、温度評価位置の各々について、該温度評価位置に対する前記将来予測範囲内にある将来予測位置に対応する冷却ゾーンにおける、冷却水の水量に対する前記鋳片断面内温度の偏微分係数を、前記鋳片断面内温度に対する前記冷却水の水量の影響を表す係数である将来温度影響係数として算出する。
【0125】
具体的に本実施形態では、将来予測部508は、以上のようにして伝熱凝固モデルを繰り返し解く過程において、各冷却ゾーンの冷却水の水量の現在の値からの微小変化に対する、各トラッキング面kの鋳片中央部の温度の応答ゲイン(即ち、各冷却ゾーンの冷却水の水量の現在の値からの変化に対する各トラッキング面kの鋳片断面内の各計算点の温度を、冷却ゾーンの冷却水の水量の変化量による1次式で表した場合の係数)である将来温度影響係数を予測する。具体的には、将来予測部508は、或るトラッキング面kについて、当該トラッキング面が将来予測位置に到達するときの時刻における、当該将来予測位置で鋳造方向に垂直な方向に切った場合の鋳片5の断面の内部および表面の座標(i,j)におけるエンタルピー、温度、および固相率の予測値Hi,j,t+ntpΔtp,Ti,j,t+ntpΔtp,fsi,j,t+ntpΔtpを、伝熱凝固モデルを用いて算出すると共に、同時刻t+ntpΔtpにおける鋳片中央部の温度への、第m冷却ゾーンの鋳片長辺面に対する冷却水の水量uxmの将来温度影響係数∂Ti,j,t+ntpΔtp/∂uxmを算出するために、式(22)、式(23)の両辺に現れる変数をuxmで偏微分した変数∂Hi,j,t+ntpΔtp/∂uxmおよび∂fsi,j,t+ntpΔtp/∂Ti,jが満たす方程式である以下の式(61)、式(62)と、式(14)の両辺に現れる変数をTi,jで偏微分した変数∂Ti,j,t+ntpΔtp/∂uxmが満たす方程式である以下の式(63)を、∂Hi,j,t+ntpΔtp/∂uxm、∂fsi,j,t+ntpΔtp/∂Ti,j、および∂Ti,j,t+ntpΔtp/∂uxmについて連立して解くことで算出する。時刻t+ntpΔtpにおいて温度評価位置ztpにあるトラッキング面について、当該温度評価位置ztpにおける∂Ti,j,t+ntpΔtp/∂uxmを将来温度影響係数∂Ttpi,j,t+ntpΔtp/∂uxmとして、当該温度評価位置tpおよび当該時刻t+ntpΔtpと相互に関連付けて記憶する。将来温度影響係数∂Ttpi,j,t+ntpΔtp/∂uxmは、後述する冷却水量変更量指示値算出部510で使用される。
【0126】
【数36】
【0127】
<鋳片中心部参照温度算出部509、ステップS609>
鋳片中心部参照温度算出部509は、温度評価位置設定部503で設定された温度評価位置の各々について、鋳片中心部目標温度設定部507で設定された鋳片中心部目標温度と、前記第1の計算値に基づいて算出される現在時刻における鋳片5の中心部の温度の計算値とを用いて、該鋳片5の中心部の温度の計算値と、鋳片中心部目標温度との間の温度であって、鋳造方向で下流側にある将来予測位置の温度であるほど、鋳片中心部目標温度に近づく温度である鋳片中心部参照温度を算出する。
【0128】
本実施形態では、鋳片中心部参照温度算出部509は、鋳片中心部目標温度設定部507で設定された温度評価位置ztpにおける鋳片中心部目標温度rtpcと、温度固相率分布算出部505で導出された現在時刻tにおける温度評価位置ztpでの鋳片中心部の温度とを用いて、将来予測部508における将来時刻での鋳片中心部の温度等の予測が進むほど(将来予測位置が鋳造方向の下流側にあるほど)、鋳片中心部目標温度rtpcに接近する温度を、鋳片中心部参照温度として導出する。
【0129】
鋳片中心部参照温度は、鋳片中心部目標温度設定部507で設定された温度評価位置ztpにおける鋳片中心部目標温度rtpcと、温度固相率分布算出部505で導出された現在時刻tにおける温度評価位置ztpでの鋳片中心部の温度との間の値をとる。また、鋳片中心部参照温度として、少なくとも、各温度評価位置ztpにおける将来予測回数ntp分の温度(即ち、各温度評価位置ztpに対する各将来予測位置における温度)が導出される。
【0130】
具体的には、鋳片中心部参照温度算出部509は、将来予測部508が、現在時刻tにおいて、時刻t+ntpΔtpに将来予測位置ztpに到達するとしているトラッキング面の現在時刻tの鋳片中心部の温度Ttp-ntpc,tと、当該将来予測位置ztpにおける鋳片中心部目標温度rctpとを用いて、以下の式(64)に基づき、各温度評価位置ztpに対する各将来予測位置における鋳片中心部参照温度Ttp*c,t+ntpΔtpを算出する。
【0131】
【数37】
【0132】
ここで、βは、0≦β≦1の定数である。βは、将来予測位置(将来予測回数ntp)毎に定められる。また、cは、鋳造方向に垂直に切った鋳片5の断面であって、鋳片中心部目標温度rtpcの位置における断面内の、鋳片中心部の位置の座標を表す略記号である。尚、鋳片中心部目標温度設定部507が、鋳片5の厚み方向の中央以外の幅方向の中央の位置に、鋳片中心部目標温度を設定する場合、鋳片中心部参照温度算出部509は、鋳片中心部だけでなく、これらの位置について同様に参照温度を算出する。
【0133】
<冷却水量変更量指示値算出部510、ステップS610>
冷却水量変更量指示値算出部510は、目的関数の値を最大または最小にする決定変数を求める最適化問題を解くことで、冷却水量変更量指示値を算出する。決定変数は、現在時刻における冷却水の水量の実績値からの冷却水の水量の変更量の指示値である冷却水量変更量指示値であって、冷却ゾーンの各々に対する冷却水量変更量指示値である。目的関数は、冷却水量変更量指示値に従って冷却水の水量が変更された場合の、将来予測位置の各々における鋳片中心部の温度と、将来予測位置の各々における鋳片中心部参照温度と、の差を表す項を含む。この差は、将来予測位置の各々における鋳片中心部の温度の予測値と、該将来予測位置の各々における鋳片中心部参照温度と、該将来予測位置における将来温度影響係数である鋳片中心部温度影響係数と、前記冷却水量変更量指示値とを用いて表される。また、将来予測位置の各々における鋳片中心部の温度の予測値は、温度評価位置に対する将来予測位置の各々における前記第2の計算値に基づいて算出される。また、目的関数は、将来予測位置の各々における鋳片中心部の温度と、将来予測位置の各々における鋳片中心部参照温度との差の2乗を含む項を有する。
【0134】
本実施形態では、冷却水量変更量指示値算出部510は、将来予測部508で導出された各温度評価位置に対する各将来予測位置での鋳片中心部の温度を、鋳片中心部参照温度算出部509で算出された当該将来予測位置での鋳片中心部参照温度Ttp*c,t+ntpΔtpに近づけるように、現在時刻tにおける各冷却ゾーンの冷却水の水量の実績値からの冷却水の水量の変更量を導出する。以下の説明では、現在時刻tにおける各冷却ゾーンの冷却水の水量の実績値からの冷却水の水量の変更量を、必要に応じて冷却水量変更量指示値と称する。また、将来予測部508で導出された鋳片中心部の温度を、必要に応じて鋳片中心部温度予測値と称する。
【0135】
各温度評価位置に対する各将来予測位置での鋳片中心部温度予測値と当該将来予測位置における鋳片中心部参照温度との偏差と、冷却水量変更量指示値とを含む目的関数を定め、冷却水量変更量指示値を決定変数として目的関数の値を最小化または最大化する最適化問題の解を得ることで算出される。
【0136】
本実施形態では、冷却水量変更量指示値算出部510は、各冷却ゾーンにおける冷却水量変更量指示値Δuxmを決定変数とし、将来予測範囲内の、各温度評価位置についての鋳片中心部温度の予測値と、当該予測値に対応する鋳片中心部参照温度Ttp*c,t+ntpΔtpとの偏差を、各冷却ゾーンの冷却水の水量に関する制約条件のもとで最小化する2次計画問題を解く。
【0137】
この2次計画問題の目的関数Jは、具体的には、以下の式(65)のように定式化される。冷却水量変更量指示値算出部510は、式(65)の目的関数Jを予め記憶している。
【0138】
【数38】
【0139】
式(65)の右辺の第1項は、各冷却ゾーンの冷却水量変更量指示値Δuxmが十分小さいと仮定して、将来予測範囲内の時刻t+ntpΔtpにおいて、冷却水量変更量指示値Δuxmだけ冷却ゾーンの冷却水の流量を現在値から変更した場合の、温度評価位置ztpにおける鋳片中心部温度の予測値Ttpc,t+ntpΔtp+(∂Ttpc,t+ntpΔtp/∂uxm)・Δuxmと、当該時刻および当該温度評価位置に対応する鋳片中心部参照温度Ttp*c,t+ntpΔtpとの偏差を算出し、将来予測範囲内における鋳片全体での当該偏差の大きさを、トラッキング面が将来予測位置に到達したときの時刻に対応する将来予測回数ntpと、温度評価位置を表す番号tpと、鋳片中心部の位置cに於ける前記偏差の2乗に、正値の重み係数Wc,tp,ntpを乗じた値の、前記将来予測回数ntpと、温度評価位置を表す番号tpと、鋳片中心部の位置cについての和として評価する項である。一方、式(65)の右辺の第2項は,冷却水量変更量指示値の大きさに関するペナルティを与える項であり、第m冷却ゾーンの冷却水量変更量指示値Δuxmの2乗と正値の重み係数Wu,mとの積の、各冷却ゾーンについての和である。冷却水量変更量指示値算出部510は、式(65)を冷却水量変更量指示値Δuxmについて展開し、冷却水量変更量指示値Δuxmの2次および1次の項の係数を算出する。そして、冷却水量変更量指示値算出部510は、各冷却ゾーンにおける冷却水の水量に関する制約を数式で表した制約式を満足する範囲で、式(65)の目的関数Jの値が最小になるときの冷却水量変更量指示値Δuxmを算出し、式(65)の最適解として算出する。
【0140】
ここでは、cが、鋳片中心部の位置を表す番号である場合を例に挙げて説明した。しかしながら、鋳片中心部目標温度設定部507が、鋳片5の厚み方向の中央以外の幅方向の中央の位置に、鋳片中心部目標温度を設定する場合、cを、当該厚み方向の位置を表す番号とし、式(65)に於いて、それぞれのcについての和を取ればよい。
【0141】
ここで、Wc,t+ntpΔtp、Wu,mは、式(65)の右辺第1項および右辺第2項の評価項のバランスを示す重み係数である。例えば、式(65)の右辺第1項の評価項を、右辺第2項の評価項よりも重要視する場合には、式(65)の右辺第1項に対する重み係数Wc,t+ntpΔtpの大きさを、右辺第2項に対する重み係数Wu,mの大きさよりも大きくする。
【0142】
また、前述した制約式としては、例えば、各冷却ゾーンにおける冷却水量が、当該冷却水の水量の上限値以下になることを示す制約式を採用することができる。
式(65)は、2次計画問題である。そこで、冷却水量変更量指示値算出部510は、目的関数Jの値が最小になるときの冷却水量変更量指示値Δuxmに対する係数行列を算出して数値的に求解する。2次計画問題の解法として、有効制約法やラグランジュ未定乗数法等、公知の技術を用いることができるので、ここでは、その詳細な説明を省略する。
【0143】
<冷却水量変更指示部511、S611>
冷却水量変更指示部511は、冷却水量変更指示部511により導出された、各冷却ゾーンにおける冷却水量変更量指示値Δuxmの最適値を、当該冷却ゾーンの冷却水の水量の現在時刻tの実績値uxm,tに加えた値を、次回の制御周期の水量指示値として導出し、導出したい水量指示値を、上位のプロセス計算機経由または直接、各冷却ゾーンの冷却水の水量を制御する計装装置に送信する。
本実施形態では、温度評価位置の鋳造方向の間隔を、最も長い冷却ゾーンの鋳造方向の長さの2分の1以下とする。このようにすることにより、冷却ゾーンのそれぞれに温度評価位置が少なくとも2つ存在させることができ、1つの冷却ゾーン内において、複数の位置で鋳片中心部の温度の目標値(本実施形態では、鋳片中心部目標温度)を設定し、1つの冷却ゾーン内における鋳片中心部の温度の鋳造方向のプロフィールを制御することができる。よって、1つの冷却ゾーン内における鋳片中心部の温度を正確に制御することが可能となる。
【0144】
(まとめ)
以上のように本実施形態では、鋳造速度vcに応じてトラッキング面を発生させ、鋳造方向におけるトラッキング面の発生間隔の整数倍の位置で温度評価位置を設定する。温度評価位置の現在時刻におけるエンタルピー、鋳片5の温度、および固相率を、熱伝導方程式に基づく伝熱凝固モデルを用いて導出する。温度評価位置のそれぞれについて、当該温度評価位置が、鋳造方向において下流側の将来予測位置に移動したときの将来時刻におけるエンタルピー、鋳片5の温度、および固相率を、伝熱凝固モデルを用いて導出する。このとき、伝熱凝固モデルに基づいて、冷却水量変更量指示値に対する鋳片中心部の温度の偏微分係数を、鋳片中心部の温度に対する冷却水量変更量指示値の影響係数として導出する。また、現在時刻の鋳片中心部の温度を起点とし、下流側の将来予測位置であるほど鋳片中心部目標温度に近くなる鋳片中心部参照温度を導出する。そして、各温度評価位置における各将来予測位置での鋳片中心部温度と、当該将来予測値に対応する影響係数と、冷却水量変更量指示値とに基づいて、冷却水の水量を変更した場合の各温度評価位置における各将来予測位置での鋳片中心部の温度を定式化する。冷却水の水量を変更した場合の各温度評価位置における各将来予測位置での鋳片中心部の温度と、当該将来予測位置に対応する鋳片中心部参照温度との偏差が小さいほど小さな値をとる目的関数Jの値が最小になるときの冷却水量変更量指示値を求める。
【0145】
従って、鋳造速度が鋳造中に変更された場合でも、鋳片中心部の温度を鋳片全体にわたって前記鋳片中心部参照温度付近に近づけることが可能になるので、その結果、後述の実施例にも示すとおり、鋳片中心部の固相率の鋳造方向の分布の変動も小さくすることができる。すなわち、鋳片中心部の固相率が流動限界以上である鋳片部位の位置の変動を小さくすることができる。このため、鋳造速度が低下することによる圧下速度の低下があっても、鋳片中心部の固相率が流動限界以上である鋳片部位の圧下速度がV偏析を防止できる値以上であれば、鋳片5の圧下量を一定に保つことで、V偏析および逆V偏析を防止しながら線状偏析を防止することが可能となる。よって、鋳片中心部の固相率に大きな変化を生じさせず、鋳造速度の変更前後における鋳片軽圧下時の鋳片に対する圧下量を一定に保持することができる。
【0146】
また、本実施形態では、現在時刻の鋳片中心部の温度を起点とし、下流側の将来予測位置であるほど鋳片中心部目標温度に近くなる鋳片中心部参照温度を用いる。従って、直接的に鋳片中心部目標温度を用いる場合に、製造条件によっては、現在時刻に近い将来における予測温度と目標温度との偏差を強く評価して冷却水量の操作量が過大になることの繰り返しにより、冷却水量の操作のハンチングを生じる場合があるが、上記の様な鋳片中心部参照温度を用いることによってこの様な現象を防止できる。
【0147】
また、本実施形態では、伝熱凝固モデルに基づいて、冷却水量変更量指示値に対する鋳片中心部の温度の偏微分係数を、鋳片中心部の温度に対する冷却水量変更量指示値の影響係数として求める。従って、冷却水量変更量指示値に対する鋳片中心部の温度の変化が特定の関数で表される等の仮定をおかずに、鋳片中心部の温度に対する冷却水量変更量指示値の影響係数を求めることができる。よって、将来予測位置における鋳片中心部の温度と、当該将来予測位置における中心部参照温度との偏差(本実施形態では、式(65)の左辺第1項の小括弧内)をより正確に評価することができる。
【0148】
また、本実施形態では、鋳片5のエンタルピー、熱伝達係数補正パラメータについて、実際の値と伝熱凝固モデルに基づいて計算される値との誤差を状態変数に含めると共に(式(43))、鋳片5の温度の実際の値と伝熱凝固モデルに基づいて計算される値との誤差と伝熱凝固モデルに基づいて計算される鋳片5の温度とに基づいて鋳片5の温度の推定値を表し(式(44))、拡張カルマンフィルタを用いて、鋳片5の温度の推定値と測定値との差に基づいて状態変数を修正することにより、熱伝達係数補正パラメータの推定値の最適解を導出する。従って、式(36)〜式(38)による非線形な式を解く必要がなくなるので、拡張カルマンフィルタを用いて、熱伝達係数補正パラメータの推定値の最適解を導出することができる。
【0149】
(変形例)
本実施形態では、図2に示したように、計算対象断面のうち、鋳片5のコーナーから鋳片5の中央までのいわゆる四分の一断面を計算対象領域とする場合を例に挙げて説明した。しかしながら、計算対象領域は、これに限定されない。例えば、鋳片短辺面(x=0またはx=Xの面)から鋳片5の幅方向の中心(x=X/2)までのいわゆる半断面、鋳片5の上鋳片長辺面(y=0またはy=Yの面)から厚み方向の中心(y=Y/2)までの半断面、または、計算対象領域全体であってもよい。鉄道軌条用あるいはH形鋼用の鋳片を製造する、いわゆるニアネットシェイプ鋳造を行う場合でも、対称性を利用して対称線を設定して計算対象領域を設定することにより、本実施形態と同様の手法を適用することができる。また、鋳片の断面の形状が遠景である場合には、厚み方向の一次元を計算対象としてもよい。
【0150】
本実施形態では、周方向測温位置におけるエンタルピーおよび熱伝達係数補正パラメータの時間変化を表すモデル(式(27)、式(28))が非線形であるため、拡張カルマンフィルタアルゴリズムを用いる場合を例に挙げて説明した。しかしながら、例えば、表面温度計算値と表面温度測定との偏差を評価指標として含む目的関数の値を最適化するように熱伝達係数補正パラメータの推定値の最適解を、温度評価位置ごとに求解することができれば、必ずしも拡張カルマンフィルタアルゴリズムを用いる必要はない。例えば、アンサンブルカルマンフィルタやパーティクルフィルタ等の非線形システム用の状態推定アルゴリズムを用いてもよい。また、最適解の候補となる熱伝達係数補正パラメータを目的関数に与えて最適解を探索する滑降シンプレックス法や遺伝的アルゴリズム等を用いてもよい。
【0151】
本実施形態では、実際の熱伝達係数の値のモデル式からの偏差を、熱伝達係数に補正パラメータを乗じる形式で定式化した。しかし実際の熱伝達係数の値のモデル式からの偏差自体を、本実施形態と同様の拡張カルマンフィルタアルゴリズムまたは、アンサンブルカルマンフィルタやパーティクルフィルタ等の非線形システム用の状態推定アルゴリズムを用いて計算してもよい。さらに、前記熱伝達係数の偏差を表面温度計算値と表面温度測定との偏差を評価指標として含む目的関数の変数とする最適化問題として定式化して、たとえば、最適解を探索する滑降シンプレックス法や遺伝的アルゴリズム等を用いてもよい。
【0152】
本実施形態では、鋳片長辺面に対する冷却水の水量を操作(制御)する場合を例に挙げて説明した。しかしながら、これに加えて、鋳片短辺面に対して冷却水を噴射する冷却スプレーからの冷却水の水量を操作(制御)してもよい。この場合、前述した説明において、変数xを変数yとすればよい。例えば、将来予測部508は、或るトラッキング面kについて、ntp個分だけ将来の温度評価位置における鋳片中央部の温度への、第m冷却ゾーンの鋳片短辺面に対する冷却水の水量uymの影響係数∂Ti,j,t+ntpΔtp/∂uymを算出する。
【0153】
本実施形態のように、鋳片中心部参照温度を用いれば、将来予測位置における鋳片中心部の温度が急激に変化することを抑制することができるので好ましい。しかしながら、必ずしもこのようにする必要はない。例えば、鋳片中心部参照温度に代えて鋳片中心部目標温度を用いてもよい。このようにする場合、将来予測部508は、鋳片5の温度の予測値のうち、鋳片中心部の温度を記憶する。
【0154】
また、本実施形態では、最適化問題が、目的関数Jの値を最小化する最小化問題である場合を例に挙げて説明した。しかしながら、最適化問題は、目的関数Jの値を最大化する最小化問題であってもよい。例えば、式(65)の右辺に(−1)を乗じることにより最適化問題を最大化問題とすることができる。
【0155】
また、本実施形態では、最適化問題の目的関数Jを鋳片中心部予測温度と鋳片中心部参照温度の二乗偏差の重み付き和とすることで、最適化問題を冷却ゾーンの冷却水量変更量指示値に関する2次計画問題として定式化する場合を例に挙げて説明した。しかしながら、前記の鋳片中心部予測温度と鋳片中心部参照温度の二乗偏差をたとえば絶対値に置き換え、また、冷却水量変更量指示値に関するペナルティ項を用いるかわりに冷却水量変更量の絶対値について制約する条件式に置き換えることで、最適化問題を線形計画問題とすることもできる。
【0156】
本実施形態では、温度評価位置の鋳造方向の間隔を、最も長い冷却ゾーンの鋳造方向の長さの2分の1以下とする。このようにすることにより、冷却ゾーンのそれぞれに温度評価位置が少なくとも2つ存在させて、1つの冷却ゾーン内において、複数の位置で鋳片中心部の温度の目標値(本実施形態では、鋳片中心部目標温度)を設定し、1つの冷却ゾーン内における鋳片中心部の温度の鋳造方向のプロフィールを制御する例を示したが、1つの冷却ゾーンの鋳造方向の長さが十分短い場合には、冷却ゾーンのそれぞれに1つだけ温度評価位置が存在するように設定してよい。
【0157】
また、本実施形態は、コンピュータがプログラムを実行することによって実現することができる。また、前記プログラムを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体及び前記プログラム等のコンピュータプログラムプロダクトも本発明の実施形態として適用することができる。記録媒体としては、例えば、フレキシブルディスク、ハードディスク、光ディスク、光磁気ディスク、CD−ROM、磁気テープ、不揮発性のメモリカード、ROM等を用いることができる。
また、本実施形態は、何れも本発明を実施するにあたっての具体化の例を示したものに過ぎず、これらによって本発明の技術的範囲が限定的に解釈されてはならないものである。すなわち、本発明はその技術思想、またはその主要な特徴から逸脱することなく、様々な形で実施することができる。
【実施例】
【0158】
次に、実施例を説明する。
本実施例では、本実施形態の冷却制御装置100を、図1に示した連続鋳造機(スラブ連鋳機)に適用し、シミュレーション計算を行った。本実施例で想定した鋼種と鋳片サイズでは、本実施例の対象とする連続鋳造機は、鋳造速度1.1m/minで鋳造する。しかしながら、連々鋳で鋳造する後続の溶鋼取鍋の到着が遅れる等の理由で鋳造速度を減速する場合がある。そこで、発明例として、本実施形態の方法による2次冷却制御を示し、2次冷却帯の各冷却ゾーンにおける冷却水の水量を制御することにより、鋳造速度の変更前後でも鋳片全体の鋳片の厚み方向中央の幅方向中央と1/4幅位置における中心部の温度を目標値に保つことで鋳片の圧下量の変更が不要になることを確認する。また、比較例として、鋳片の表面の温度制御を目的とした特許文献3の方法による2次冷却制御方法を示す。
【0159】
本実施例で想定する材質の通常操業における鋳造速度と2次冷却帯の各冷却ゾーンの冷却水の水量分布とに基づいて、鋳片の鋳造方向の温度分布を計算し、計算した結果から、温度評価位置における鋳片の厚み方向の中心の温度を抽出し、抽出した温度を発明例における目標値とし一定化することとした。比較例では、特許文献3に記載のように、鋳片の表面温度に目標値を定めて鋳片の表面温度を一定化することとした。
【0160】
また、後続の溶鋼取鍋の到着遅れにより、鋳造速度を1.1m/minから1.05m/minに変更した場合と、1.1m/minから1.0m/minに変更した場合とのそれぞれについて、鋳片中心部の温度の時間変化を、発明例および比較例のそれぞれにおいて計算した。
比較例および発明例とも、鋳造速度の変更後の鋳片全体が同じ鋳造速度で鋳造されるものとし、その状態での、鋳片中心部の温度および固相率を調べた。
【0161】
(1)比較例:鋳片表面温度の一定化制御のシミュレーション結果
図7A図7Cに、比較例の結果を示す。具体的に図7Aは、鋳造速度の変更前後における、鋳片中心部の温度(中心部温度)と、鋳型内の溶鋼の湯面からの鋳造方向の距離(湯面からの距離)との関係を示す。図7Bは、鋳造速度の変更前後における、鋳片中心部の温度と目標値との偏差(中心部温度目標値偏差)と、鋳型内の溶鋼の湯面からの鋳造方向の距離(湯面からの距離)との関係を示す。図7Cは、鋳片中心部の固相率(中心部固相率)と、鋳型内の溶鋼の湯面からの鋳造方向の距離(湯面からの距離)との関係を示す。
【0162】
図7Aおよび図7Bから、鋳造速度の低下後は、固液共存部における鋳片中心部の温度が低下し、その低下量は鋳造速度が低いほど大きいことが分かる。図7Cでは、鋳造速度が1.1m/minから1.0m/minに低下した場合に、中心部固相率が流動限界固相率の0.8である点が、1.5m上流方向に後退していることを示した。
【0163】
図8は、特許文献1に基づき、基準鋳造速度の1.1m/minにおいてV偏析、逆V偏析、および中心偏析が生じない圧下速度になるようにロール間隔分布を設定した場合の問題点を説明する図である。鋳片の液相線801の位置よりも下流側において、鋳造速度が1.1m/minの場合の最適な圧下量802で圧下されているものとする。この状態で、鋳造速度が1.1m/minよりも低下すると、流動限界となる固相率の界面が、界面803aから界面803bのように上流側に後退すると共に、固相線が、固相線804aから804bのように上流側に後退する。この状態で、鋳造速度が1.1m/minの場合と同じ圧下量802を保った場合、固相率が上昇した領域805では圧下速度が過剰であるため、スポット状の中心偏析が線状偏析となり、圧延後の鋼材において中心部の欠陥や割れの原因になる虞がある。
【0164】
鋳片の圧下はロールを保持するセグメント単位で鋳造方向の勾配により実施する(図1の圧下セグメントロール群9を参照)。そのため、前述したように流動限界となる固相率の位置が上流側に後退すると、流動限界となる固相率の位置がセグメントの境界にあるとは限らないため、効果的に圧下量を変更し得ず、鋳片の中心偏析欠陥が生じると考えられる。
【0165】
(2)発明例:鋳片中心部温度の一定化制御のシミュレーション結果
図9A図9Cに、発明例の結果を示す。図9A図9B図9Cは、それぞれ、図7A図7B図7Cに対応する図である。具体的に図9Aは、鋳造速度の変更前後における、鋳片中心部の温度(中心部温度)と、鋳型内の溶鋼の湯面からの鋳造方向の距離(湯面からの距離)との関係を示す。図9Bは、鋳造速度の変更前後における、鋳片中心部の温度と目標値との偏差(中心部温度目標値偏差)と、鋳型内の溶鋼の湯面からの鋳造方向の距離(湯面からの距離)との関係を示す。図9Cは、鋳片中心部の固相率(中心部固相率)と、鋳型内の溶鋼の湯面からの鋳造方向の距離(湯面からの距離)との関係を示す。
【0166】
図9Aおよび図9Bから、鋳造速度の低下後も、固液共存部における鋳片中心部の温度の変動幅は、図7Aおよび図7Bに比べて小さいことが分かる。また、図9Cから、鋳造速度を変化させた範囲では、中心部固相率が固液共存部全体にわたってほぼ一定に保たれていることが分かる。従って,鋳造速度が1.1m/minから1.0m/minに低下した場合でも、例えば、特許文献1に示されるように中心部固相率が流動限界以下の領域の圧下速度を1.0m/min以上に保つ場合であれば、圧下量を一定に保持して、V偏析および逆V偏析を発生させず、且つ線状偏析も発生させないことができる。
【符号の説明】
【0167】
1:鋳型、2a〜2t:冷却スプレー、3a〜3e:流量調整弁、4:溶鋼メニスカス、5:鋳片、6a〜6f:冷却ゾーン境界線、7:温度計、8:鋳造速度測定ロール、9:圧下セグメントロール群、100:冷却制御装置、501:鋳片表面温度取得部、502:操業データ取得部、503:温度評価位置設定部、504:熱伝達係数推定部、505:温度固相率分布算出部、506:熱伝達率係数補正部、507:鋳片中心部目標温度設定部、508:将来予測部、509:鋳片中心部参照温度算出部、510:冷却水量変更量指示値算出部、511:冷却水量変更指示部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7A
図7B
図7C
図8
図9A
図9B
図9C