(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、近年、本発明者らが金属材料の水素脆化について研究を重ねた結果、応力の負荷によって生じる歪み分布、相変態、転位運動等に対し、材料中に侵入した水素が影響を及ぼすことが、水素脆化の原因であることが徐々に明らかとなってきた。
【0006】
それに伴い、材料中に水素が導入されながら応力が負荷された際の上記の物理現象の経時的変化を、高分解能かつ広域において解析する必要性が生じてきた。そして、材料中で生じるこれらの物理現象を解析する際に不可欠なのが、走査電子顕微鏡(SEM:Scanning Electron Microscope)に代表される電子線装置である。
【0007】
すなわち、材料中に水素を導入するとともに、必要に応じて応力を負荷した状態で、電子線装置を用いて、当該材料表面を高分解能で解析する必要があると認識するに至った。
【0008】
非特許文献1において用いられるAFMは、材料の表面形状を高精度で解析することは可能であるが、歪み分布、相変態、転位運動等の解析を行うことはできない。また、非特許文献1では、電解液中で電解チャージを行うため、高真空度に維持される電子線装置に非特許文献1の技術をそのまま適用することは不可能である。さらに、電解液との化学反応により、材料表面が変質する可能性もあり好ましくない。加えて、電解チャージ中に応力を負荷することについても記載されていない。
【0009】
本発明は、試料中に水素を導入しながら、電子線装置を用いて、試料表面を高分解能かつ経時的に解析することが可能な試料解析方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、上記の課題を解決するためになされたものであり、下記の試料解析方法を要旨とする。
【0011】
(1)試料の表面に所定の加速電圧で電子線を入射し、前記表面から放出される電子およびX線から選択される1種以上を検出する電子線装置を用いた試料の解析方法であって、
前記表面に前記電子線を入射する工程と、
前記電子線装置の内部において、前記表面が水素含有雰囲気に曝された状態で、前記試料を陰極とし、前記電子線装置の内部に設けられた電極と前記表面との間でグロー放電を発生させる工程と、を備える、
試料解析方法。
【0012】
(2)前記グロー放電を発生させる工程において、前記試料に対する前記電極の電圧を、100V以上かつ前記所定の加速電圧未満とする、
上記(1)に記載の試料解析方法。
【0013】
(3)前記水素含有雰囲気における水素分圧が1Pa以上である、
上記(1)または(2)に記載の試料解析方法。
【0014】
(4)前記試料が金属材料である、
上記(1)から(3)までのいずれかに記載の試料解析方法。
【0015】
(5)前記電子線のエネルギーが200eV以上である、
上記(1)から(4)までのいずれかに記載の試料解析方法。
【0016】
(6)前記電子線の照射電流が10pA以上である、
上記(1)から(5)までのいずれかに記載の試料解析方法。
【0017】
(7)前記試料に応力を負荷する工程をさらに備える、
上記(1)から(6)までのいずれかに記載の試料解析方法。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、試料中に水素を導入しながら、電子線装置を用いて、試料表面を高分解能かつ経時的に解析することが可能になる。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明の一実施形態に係る試料解析方法について、
図1を参照しながら説明する。
【0021】
図1は、本発明の一実施形態に係る試料解析方法に用いられる電子線装置100の概略構成を示す図である。電子線装置100には、例えば、SEMが含まれる。
【0022】
まず、本発明の一実施形態に係る試料解析方法に用いられる電子線装置100の構造について説明する。
図1に示すように、電子線装置100の内部は、試料室10、中間室20および電子銃室30に区画されている。
【0023】
試料室10、中間室20および電子銃室30のそれぞれには、真空排気部40が設けられている。真空排気部40としては、例えば、ターボ分子ポンプ、拡散ポンプ、イオンポンプ、チタンサブリメーションポンプ、油回転ポンプ、ドライポンプ等の真空ポンプを用いることができる。
【0024】
試料の解析を行うに際しては、試料室10内に試料11が載置される。試料11の種類については、導電性を有する試料が対象となる。また、試料11の形状については特に制限はなく、板状、粒状、棒状等、試料室10内に載置可能な形状であればよい。また、試料11に付与する応力の種類に応じて好ましい形状に加工しておくことができる。本実施形態においては、試料11として金属材料を用い、種々の応力を付与することで水素脆化が生じる際の金属材料表面の経時的変化を解析する場合を例に説明する。
【0025】
また、試料室10には、水素供給部12および真空計13が備えられており、水素ガスを試料室1内に所望の圧力まで供給することができる。水素供給部12としては、例えば、流量調整可能なガスバルブ等を用いればよい。また、真空計13としては、ピラニ真空計または隔膜真空計等が用いられる。
【0026】
さらに、試料室10には、検出器14が備えられている。検出器14は、試料11の表面11aに所定の加速電圧で電子線が入射された際に、表面11aから放出される電子およびX線から選択される1種以上を検出する。電子には、二次電子、反射電子、オージェ電子等が含まれる。また、検出器14には、二次電子検出器(SE検出器)、反射電子検出器(BSE検出器)、電子後方散乱回折検出器(EBSD検出器)、半導体検出器(EDS検出器)等が含まれる。
【0027】
また、
図1に示す構成においては、試料室10には、さらに試料11に応力を負荷するための応力負荷部15が備えられている。試料11に負荷する応力の種類については特に制限されず、引張応力、圧縮応力、曲げ応力、ねじり応力のいずれであってもよい。
図2は、負荷する応力に応じた試料の形状の一例を模式的に示した図である。例えば、引張試験片(
図2a)、曲げ試験片(
図2b)、片持ち梁試験片(
図2c)、ねじり試験片(
図2d)等の形状にすればよい。試料11の加工方法についても特に制限されず、機械加工、放電加工、集束イオンビーム加工等によって、適宜作製すればよい。さらに、き裂が発生する領域を制限するために、試料11に切欠きまたは予き裂を付与しておいてもよい。
【0028】
さらに、試料室10の内部には、電極16が設けられている。そして、試料11が陰極となり、電極16が陽極となるように電圧を印加することにより、電極16と試料11の表面11aとの間でグロー放電を発生させる。
【0029】
中間室20は、小孔20a,20bを介して、それぞれ試料室10および電子銃室30と連通されている。中間室20を試料室10および電子銃室30の間に設け、差動排気システムを構成することにより、試料室10内に水素ガスを供給しても、電子銃室30内を高真空度に維持することが可能になる。
図1に示す例では、中間室20は1つであるが、複数備えていてもよい。
【0030】
電子銃室30内には、電子線を照射するための電子銃31が備えられている。電子銃31の種類については特に制限はなく、例えば、電界放射型またフィラメント型の電子銃を用いることができる。電子銃室30内には、図示しない電子系レンズおよび走査コイルが備えられており、これらを制御することで、電子線を試料11の表面11aにおいて走査する。
【0031】
図3は、本発明の他の実施形態に係る試料解析方法に用いられる電子線装置100の概略構成を示す図である。
図3に示す構成においては、試料室10自体が、電極16としての役割を果たし、試料室10と試料11の表面11aとの間でグロー放電を発生させる。
【0032】
次に、本発明の一実施形態に係る試料解析方法について、
図1に示す構成を例に説明する。まず、
図1に示すように、試料室10内において、応力負荷部15によって応力が負荷できる状態に試料11を載置する。そして、試料室10、中間室20および電子銃室30の内部を高真空度の状態に維持する。この時の真空度は10
−9〜10
−3Paとすることが好ましい。
【0033】
その後、試料室10内に水素を供給し、試料11の表面11aが水素含有雰囲気に曝された状態で、試料11を陰極とし、電極16と表面11aとの間でグロー放電を発生させる。これにより、プラズマが発生し、雰囲気中の水素は水素イオンに電離する。そして、プラズマ中の水素イオンは、表面11aに電気的に引き寄せられるようになる。その結果、雰囲気中の水素分圧が低い場合であっても、水素が表面11aの広範囲から試料中に効率的に導入されるようになる。
【0034】
次に、表面11aに電子線を入射する。そして、表面11aから放出される電子およびX線から選択される1種以上を検出することによって、試料11の表面形状、結晶方位、元素分布等を解析する。
【0035】
続いて、試料11に対して応力を負荷する。応力の負荷方法については、上述のように特に制限されない。表面11aから試料中に水素が導入され、表面11aに電子線が入射された状態でさらに応力を負荷し、試料表面を解析することにより、き裂発生の有無、き裂の発生起点および伝播経路等の評価を行うことが可能になる。さらに、負荷された応力の値から、破壊靭性値等を求めることも可能である。
【0036】
なお、上記の例では、グロー放電を発生させた後に電子線を入射しているが、電子線を入射した状態でグロー放電を発生させてもよい。また、表面解析の途中でグロー放電を停止させてもよいし、表面解析とグロー放電とを交互に行ってもよい。なお、グロー放電中に、反射電子等を検出することができるが、エネルギーの低い二次電子を検出することはできない。このため、二次電子像を観察したい場合には、検出時にはグロー放電を一時停止させる必要がある。グロー放電を停止させると導入された水素が放出されてしまうため、水素の放出を極力抑制するためには、試料を低温に保持することが好ましい。
【0037】
さらに、上記の例では、水素を試料中に導入してから応力を負荷しているが、応力を負荷してから水素を導入してもよいし、それらを同時に行ってもよい。また、応力の負荷工程は省略してもよい。応力は変動応力、繰返し応力または一定応力のいずれであってもよい。例えば、一定の弾性応力を負荷してから水素を導入してもよいし、水素を導入しながら応力を連続的に増加させてもよいし、繰り返しの弾性応力を負荷しながら水素を導入してもよい。
【0038】
試料11の表面11aと電極16との間でグロー放電を発生させるためには、試料11に対する電極16の電圧を100V以上にすることが好ましい。試料中に効率的に水素を導入するためには、上記の電圧は200V以上であるのが好ましい。
【0039】
一方、試料11に印加された負の電圧の影響により電子線は減速するため、上記の電圧が高すぎると、電子線が表面11aまで到達できなくなる。そのため、試料11に対する電極16の電圧は、電子線の加速電圧未満とする必要がある。
【0040】
同様に、試料中に十分な量の水素を導入するためには、水素含有雰囲気における水素分圧は1Pa以上とすることが好ましい。水素分圧は10Pa以上であることがより好ましく、50Pa以上であることがさらに好ましい。一方、水素分圧が過剰であると、電子線が水素分子によって散乱し、試料の解析が困難になるおそれがある。そのため、水素分圧は3kPa以下とすることが好ましく、1.5kPa以下とすることがより好ましい。
【0041】
また、電子線のエネルギーが低すぎると、水素分子による電子線の散乱確率が高くなるだけでなく、電子線のプローブ径が大きくなり、高分解能の解析結果が得られなくなるおそれがある。そのため、電子線のエネルギーは200eV以上とすることが好ましく、1keV以上とすることがより好ましい。
【0042】
一方、電子線のエネルギーが高すぎると、試料11の表面11aから放出される電子が減少するおそれがあるため、50keV以下とすることが好ましく、30keV以下とすることがより好ましい。
【0043】
すなわち、電子線の加速電圧は、200V以上とするのが好ましく、1kV以上とするのがより好ましい。また、加速電圧は、50kV以下とするのが好ましく、30kV以下とするのがより好ましい。
【0044】
さらに、電子線の照射電流が低いと、試料11の表面11aから放出される電子またはX線の強度が検出するのに不十分となるおそれがある。そのため、電子線の照射電流は10pA以上とすることが好ましく、100pA以上とすることがより好ましい。
【0045】
一方、電子線の照射電流が高すぎると、電子線のプローブ径が大きくなり、高分解能の解析結果が得られなくなるおそれがある。そのため、電子線の照射電流は1.5μA以下とすることが好ましく、10nA以下とすることがより好ましい。
【0046】
また、試料11の表面11aに入射される電子線および表面11aから放出される電子の水素分子による散乱を低減するためには、それらの水素含有雰囲気中での飛行距離を短くすることが望まれる。そのため、中間室20の小孔20aから試料11の表面11aを通って、検出器14に到達するまでの総飛行距離を50mm以下とすることが好ましい。総飛行距離は、試料11および検出器14の配置を調整することで上記の範囲内とすることが可能である。
【0047】
以下、実施例によって本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0048】
20nm直径の金微粒子を蒸着したカーボンを試料として用いた。試料の金蒸着面のサイズは4mm×4mmである。この試料をSEM内の試料室に載置した後、試料室内を2×10
−4Paまで真空引きをし、続いて、99.99%の純度の水素ガスを3kPaの圧力まで段階的に試料室に導入した。本実施例においては、
図3に示す構成を有する電子線装置内にて試験を実施した。
【0049】
ステンレス鋼からなる試料室と試料との間に、試料が陰極となるように250Vの電圧を印加した。そして、各圧力において、BSE検出器で金微粒子が画像化できるか測定を行った。なお、電子線の試料室への入り口となる小孔からBSE検出器までの電子の飛行距離は50mmとした。また、電界放射型の電子銃を用いた。
【0050】
表1〜3に、水素ガスの圧力が1Pa、500Paおよび3kPaのときの測定結果をそれぞれ示す。電子が水素分子に散乱され、検出器に十分な電子が到達できない場合には、画像にノイズが発生した。画像が取得でき金微粒子が判別できたデータは「◎」で示す。画像は取得できたもののややノイズが多かったデータは「△」、画像は取得できたものの空間分解能が低く金微粒子を判別できなかったデータは「○」で示す。
【0051】
【表1】
【0052】
【表2】
【0053】
【表3】
【0054】
表1〜3の結果から明らかなように、水素ガスの圧力が3kPaであっても、画像を取得でき20nm直径の金粒子を判別できた。また、走査コイルへの水素ガスの影響は無く、2mm×2mmの広領域の画像を取得できた。このように、3kPaまで試料室に水素ガスを導入し、グロー放電を発生させた状態でも、試料表面を、20nmの高空間分解能、かつ2mm×2mmの広領域で画像化できることが確認された。
【実施例2】
【0055】
マルテンサイト組織を有する表4に示す化学組成のSCM435鋼を試験材とした。試験材の引張強度は1488MPaである。試験材から、
図4に示すような切欠き付き引張試験片形状の試料を採取し、切欠き部をコロイダルシリカにより鏡面研磨した。
【0056】
【表4】
【0057】
この試料を試料室内の応力負荷装置(引張試験機)に載置した後、試料室内を2×10
−4Paまで真空引きし、続いて、純度99.99%の水素ガス、または純度99.99%のヘリウムガスを500Pa以下の所定の圧力まで導入した。本実施例においては、
図5に示す構成を有する電子線装置内にて試験を実施した。
【0058】
そして、ステンレス鋼からなる試料室と試料との間に、試料が陰極となるように250Vの電圧を印加し、試料に応力制御で引張応力を負荷し、水素脆化き裂の発生を図った。応力が付与されている間、試料を電子線で走査し、BSE検出器で試料の切欠き部分を30秒おきに画像化した。電子線のエネルギーは10keV、照射電流は10nAとした。検出器の位置および電子銃の種類に関しては実施例1と同じである。
【0059】
図6に試料に負荷した引張荷重とき裂長さとの関係を示す。き裂長さは切欠き底からき裂先端までの距離と定義する。なお、試料にある2つの切欠きの両方にき裂が認められた場合には、2つのき裂のき裂長さの合計値を示す。水素ガスでは、1Pa以上でき裂が生じ、水素ガスの圧力が増加するとき裂長さは増加した。また、き裂は主に旧γ粒界に沿って伝播した。圧力が1Pa未満の場合、き裂は発生せず、切欠き底が鈍化した。一方、ヘリウムガスでは、500Pa以下の圧力においては、き裂は発生しなった。
【0060】
なお、ヘリウムと水素との混合ガスを導入した場合、水素の分圧が1Pa以上であれば、き裂が発生した。また、電子線を走査せずに、単に水素ガスを試料室に導入しただけでは、き裂は発生しなかった。
【0061】
以上のように、試料室内に希薄な水素ガスを供給し、試料と電極(試料室)との間に電圧を印加してグロー放電を発生させ、試料に応力を負荷し、試料表面を電子線で走査することで、試料に水素を導入しながら、発生・伝播する水素脆化き裂を高空間分解能、かつ、広領域で経時的に解析でき、水素脆化き裂の発生起点および伝播経路を評価できることが確認された。