特許第6881665号(P6881665)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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  • 特許6881665-線材、鋼線及びアルミ被覆鋼線 図000008
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6881665
(24)【登録日】2021年5月10日
(45)【発行日】2021年6月2日
(54)【発明の名称】線材、鋼線及びアルミ被覆鋼線
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20210524BHJP
   C22C 38/32 20060101ALI20210524BHJP
   C22C 38/18 20060101ALI20210524BHJP
   C22C 21/00 20060101ALI20210524BHJP
   C22C 21/02 20060101ALN20210524BHJP
   C22C 21/06 20060101ALN20210524BHJP
   C22C 21/10 20060101ALN20210524BHJP
   C21D 8/06 20060101ALN20210524BHJP
【FI】
   C22C38/00 301Y
   C22C38/32
   C22C38/18
   C22C21/00 L
   !C22C21/02
   !C22C21/06
   !C22C21/10
   !C21D8/06 A
【請求項の数】15
【全頁数】28
(21)【出願番号】特願2020-501101(P2020-501101)
(86)(22)【出願日】2019年2月26日
(86)【国際出願番号】JP2019007342
(87)【国際公開番号】WO2019164015
(87)【国際公開日】20190829
【審査請求日】2020年4月6日
(31)【優先権主張番号】特願2018-32547(P2018-32547)
(32)【優先日】2018年2月26日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001519
【氏名又は名称】特許業務法人太陽国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】手島 俊彦
(72)【発明者】
【氏名】松井 直樹
【審査官】 河野 一夫
(56)【参考文献】
【文献】 特開2017−141494(JP,A)
【文献】 国際公開第2011/126073(WO,A1)
【文献】 特開2007−270293(JP,A)
【文献】 特開2004−360022(JP,A)
【文献】 特開平05−287451(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00 − 38/60
C22C 21/00 − 21/10
C21D 8/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学組成が、質量%で、
C:0.80%以上1.10%以下、
Si:0.005%以上0.100%以下、
Mn:0.05%以上0.30%以下、
P:0%以上0.030%以下、
S:0%以上0.030%以下、
N:0%以上0.0060%以下、
Cr:0.02%以上0.30%未満、
Mo:0.02%以上0.15%以下、
Al:0%以上0.050%以下、
Ti:0%以上0.050%以下、
B:0%以上0.0030%以下、並びに、
残部:Fe及び不純物からなり、かつ、MoとCrとの合計量が、0.13%以上であり、
長手方向に対して垂直な断面において、線材の直径をdとした場合に、中心からd/7以内の領域及び外周面からd/7以内の領域におけるパーライト組織の平均面積率が、90%以上である線材。
【請求項2】
長手方向に垂直な断面において、中心からd/10以内の領域におけるセメンタイトの平均長さが、2.0μm以上である請求項1に記載の線材。
【請求項3】
Moの質量%を[Mo]とした場合に、[Mo]と下記式(1)で表されるγとが、γ≦[Mo]を満たす請求項1又は請求項2に記載の線材。
γ=0.0018/([C]×([Cr]+0.1))・・・(1)
式(1)中の元素記号は、各元素の質量%を示す。
【請求項4】
下記式(2)で表されるαと下記式(3)で表されるβとが、α<βを満たす請求項1〜請求項3のいずれか一項に記載の線材。
α=4.4×[Si]+2.2×[Mn]+[Cr]+[Mo]・・・(2)
β=0.54/[C]+[C]/10・・・(3)
式(2)及び(3)中の元素記号は、各元素の質量%を示す。
【請求項5】
下記式(2)で表されるαと下記式(4)で表されるβとが、α<βを満たす請求項1〜請求項4のいずれか一項に記載の線材。
α=4.4×[Si]+2.2×[Mn]+[Cr]+[Mo]・・・(2)
β=0.54/[C]・・・(4)
式(2)及び(4)中の元素記号は、各元素の質量%を示す。
【請求項6】
質量%で、Al:0.005%以上0.050%以下及びTi:0.005%以上0.050%以下の少なくとも1種を含有する請求項1〜請求項5のいずれか一項に記載の線材。
【請求項7】
質量%で、B:0.0001%以上0.0030%以下を含有する請求項1〜請求項6のいずれか一項に記載の線材。
【請求項8】
長手方向に対して垂直な断面において、中心からd/10以内の領域及び外周面からd/10以内の領域におけるパーライトブロックの平均粒径が、それぞれ23.0μm以下である請求項1〜請求項7のいずれか一項に記載の線材。
【請求項9】
長手方向に対して垂直な断面において、中心からd/10以内の領域におけるパーライト組織の平均ラメラ間隔が、90nm以下である請求項1〜請求項8のいずれか一項に記載の線材。
【請求項10】
長手方向の電気抵抗率が、0.180μΩm未満である請求項1〜請求項9のいずれか一項に記載の線材。
【請求項11】
直径が、3.0mm以上10.0mm以下である請求項1〜請求項10のいずれか一項に記載の線材。
【請求項12】
アルミ被覆鋼線中の鋼線の製造に用いられる請求項1〜請求項11のいずれか一項に記載の線材。
【請求項13】
請求項1〜請求項12のいずれか一項に記載の線材の伸線加工品である鋼線。
【請求項14】
化学組成が、質量%で、
C:0.80%以上1.10%以下、
Si:0.005%以上0.100%以下、
Mn:0.05%以上0.30%以下、
P:0%以上0.030%以下、
S:0%以上0.030%以下、
N:0%以上0.0060%以下、
Cr:0.02%以上0.30%未満、
Mo:0.02%以上0.15%以下、
Al:0%以上0.050%以下、
Ti:0%以上0.050%以下、
B:0%以上0.0030%以下、並びに、
残部:Fe及び不純物からなり、かつ、MoとCrとの合計量が、0.13%以上であり、
長手方向に対して垂直な断面において、鋼線の直径をDとした場合に、中心からD/7以内の領域及び外周面からD/7以内の領域におけるパーライト組織の平均面積率が、90%以上であり、中心からD/7以内の領域におけるパーライトブロックの平均粒径が5.0μm以下である鋼線。
【請求項15】
請求項13又は請求項14に記載の鋼線と、前記鋼線の少なくとも一部を被覆するアルミニウム含有層と、を備えるアルミ被覆鋼線。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、線材、鋼線及びアルミ被覆鋼線に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、送電線を補強するための鋼線に関する検討がなされている。
例えば、特許文献1には、炭素(C)0.9〜1.2重量%、ケイ素(Si)1.0〜1.5重量%、マンガン(Mn)0.4〜0.6重量%、クロム(Cr)0.2〜0.7重量%、硫黄(S)0.015重量%以下(0%を含まない)、リン(P)0.015重量%以下(0%を含まない)、並びに残りは、鉄(Fe)及び不可避な不純物を含む鋼を伸線して鋼線を製造する段階と、亜鉛メッキ槽において前記鋼線を一次メッキし、前記鉄が拡散され、鉄及び亜鉛が混合された鉄−亜鉛合金層と、前記鉄−亜鉛合金層上に形成される亜鉛メッキ層を形成する第1メッキ段階と、前記鉄−亜鉛合金層は、鉄−亜鉛−アルミニウム合金層に変成され、前記亜鉛メッキ層は、亜鉛−アルミニウム合金層に変成されるように、前記第1メッキ段階後、亜鉛−アルミニウムメッキ槽において二次メッキする第2メッキ段階と、を含み、前記鉄−亜鉛−アルミニウム合金層の厚みは、前記鉄−亜鉛−アルミニウム合金層と、前記亜鉛−アルミニウム合金層と、を合わせた厚みの40%ないし60%であるメッキ鋼線に形成されることを特徴とする架空送電線補強用高強度メッキ鋼線の製造方法が開示されている。
【0003】
一方、鋼材に関し、電気伝導性の向上が求められる場合がある。
例えば、特許文献2には、寸法精度の良好な冷間鍛造が行えるとともに、優れた電気伝導性を確保することのできる電気部品用鋼材として、質量%で、C:0.02%以下(0%を含む)、Si:0.1%以下(0%を含まない)、Mn:0.1〜0.5%、P:0.02%以下(0%を含む)、S:0.02%以下(0%を含む)、Al:0.01%以下(0%を含む)、N:0.005%以下(0%を含む)、O:0.02%以下(0%を含む)を満たし、金属組織がフェライト単相組織である、冷間鍛造性及び電気伝導性に優れた電気部品用鋼材が開示されている。
【0004】
特許文献1:特開2016−076482号公報
特許文献2:特開2003−226938号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、送電線等の用途に対し、導電体としてアルミニウムを用いたケーブルである、鋼心アルミニウム撚線(aluminum conductor steel-reinforced cable、以下、「ACSR」と称する場合がある)が使用されることがある。
ACSRは、一般に、亜鉛めっき鋼線の単線又は撚り線を芯材として、外側にアルミニウム線を撚り合わせた構造を有する。このような構造のACSRを海岸地帯等の湿度の高い地域で使用した場合には、雨水などを電解液として、電極電位の異なる亜鉛とアルミニウムとの接触部分で亜鉛が腐食し、さらに暴露した鉄とアルミニウムとが接触してアルミニウムが腐食する場合がある。そのため、これらの地域では、ACSRの芯材として、亜鉛めっき鋼線に代えて、鋼線と、この鋼線の少なくとも一部を被覆するAl(アルミニウム)含有層と、を備えるアルミ被覆鋼線(aluminum-clad steel wire、以下「AC線」と称する場合がある)が使用されることがある。
【0006】
AC線を芯材として用いたACSRにおいて、電流は、芯材の外側に撚り合わせられたアルミニウム線の部分だけでなく、芯材としてのAC線にも流れる。そのため、送電効率を向上させる観点から、AC線の電気抵抗率を低減させることが求められる場合がある。
その一方で、AC線に対し、引張強さを向上させることが求められる場合がある。
【0007】
AC線の電気抵抗率を低減させ、かつ、引張強さを向上させるためには、AC線中の鋼線の電気抵抗率を低減させ、かつ、上記鋼線の引張強さを向上させることが有効であると考えられる。そのためには、上記鋼線の製造に用いられる線材の電気抵抗率を低減させ、かつ、上記線材の引張強さを向上させることが有効であると考えられる。
しかしながら、特許文献1や特許文献2で開示されている技術では、電気抵抗率が低減され、かつ、引張強さに優れる線材を得ることは困難である。
【0008】
本開示の課題は、電気抵抗率が低減され、かつ、引張強さに優れる線材及び鋼線を提供することである。
また、本開示の課題は、上記鋼線を備えるアルミ被覆鋼線を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するための手段には、以下の態様が含まれる。
【0010】
<1> 化学組成が、質量%で
C:0.80%以上1.10%以下、
Si:0.005%以上0.100%以下、
Mn:0.05%以上0.30%以下、
P:0%以上0.030%以下、
S:0%以上0.030%以下、
N:0%以上0.0060%以下、
Cr:0.02%以上0.30%未満、
Mo:0.02%以上0.15%以下、
Al:0%以上0.050%以下、
Ti:0%以上0.050%以下、
B:0%以上0.0030%以下、並びに、
残部:Fe及び不純物からなり、かつ、MoとCrとの合計量が、0.13%以上であり、
長手方向に対して垂直な断面において、線材の直径をdとした場合に、中心からd/7以内の領域及び外周面からd/7以内の領域におけるパーライト組織の平均面積率が、90%以上である線材。
<2> 長手方向に垂直な断面において、中心からd/10以内の領域におけるセメンタイトの平均長さが、2.0μm以上である<1>に記載の線材。
<3> Moの質量%を[Mo]とした場合に、[Mo]と下記式(1)で表されるγとが、γ≦[Mo]を満たす<1>又は<2>に記載の線材。
γ=0.0018/([C]×([Cr]+0.1))・・・(1)
式(1)中の各元素記号は、各元素の質量%を示す。
<4> 下記式(2)で表されるαと下記式(3)で表されるβとが、α<βを満たす<1>〜<3>のいずれか一つに記載の線材。
α=4.4×[Si]+2.2×[Mn]+[Cr]+[Mo]・・・(2)
β=0.54/[C]+[C]/10・・・(3)
式(2)及び(3)中の各元素記号は、各元素の質量%を示す。
<5> 下記式(2)で表されるαと下記式(4)で表されるβとが、α<βを満たす<1>〜<4>のいずれか一つに記載の線材。
α=4.4×[Si]+2.2×[Mn]+[Cr]+[Mo]・・・(2)
β=0.54/[C]・・・(4)
式(2)及び(4)中の各元素記号は、各元素の質量%を示す。
<6> 質量%で、Al:0.005%以上0.050%以下及びTi:0.005%以上0.050%以下の少なくとも1種を含有する<1>〜<5>のいずれか一つに記載の線材。
<7> 質量%で、B:0.0001%以上0.0030%以下を含有する<1>〜<6>のいずれか一つに記載の線材。
<8> 長手方向に対して垂直な断面において、中心からd/10以内の領域及び外周面からd/10以内の領域におけるパーライトブロックの平均粒径が、それぞれ23.0μm以下である<1>〜<7>のいずれか一つに記載の線材。
<9> 長手方向に対して垂直な断面において、中心からd/10以内の領域におけるパーライト組織の平均ラメラ間隔が、90nm以下である<1>〜<8>のいずれか一つに記載の線材。
<10> 長手方向の電気抵抗率が、0.180μΩm未満となることを満たす<1>〜<9>のいずれか一つに記載の線材。
<11> 直径が、3.0mm以上10.0mm以下である<1>〜<10>のいずれか一つに記載の線材。
<12> アルミ被覆鋼線中の鋼線の製造に用いられる<1>〜<11>のいずれか一つに記載の線材。
<13> <1>〜<12>のいずれか一つに記載の線材の伸線加工品である鋼線。
<14> 化学組成が、質量%で、
C:0.80%以上1.10%以下、
Si:0.005%以上0.100%以下、
Mn:0.05%以上0.30%以下、
P:0%以上0.030%以下、
S:0%以上0.030%以下、
N:0%以上0.0060%以下、
Cr:0.02%以上0.30%未満、
Mo:0.02%以上0.15%以下、
Al:0%以上0.050%以下、
Ti:0%以上0.050%以下、
B:0%以上0.0030%以下、並びに、
残部:Fe及び不純物からなり、かつ、MoとCrとの合計量が、0.13%以上であり、
長手方向に対して垂直な断面において、鋼線の直径をDとした場合に、中心からD/7以内の領域及び外周面からD/7以内の領域におけるパーライト組織の平均面積率が、90%以上であり、中心からD/7以内の領域におけるパーライトブロックの平均粒径が5.0μm以下である鋼線。
<15> <13>又は<14>に記載の鋼線と、前記鋼線の少なくとも一部を被覆するアルミニウム含有層と、を備えるアルミ被覆鋼線。
【発明の効果】
【0011】
本開示によれば、電気抵抗率が低減され、かつ、引張強さに優れる線材及び鋼線が提供される。
本開示によれば、上記鋼線を備えるアルミ被覆鋼線が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】線材の長手方向に対して垂直な断面(横断面)において組織を測定する中心領域及び表層領域を示す概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本明細書中、「〜」を用いて表される数値範囲は、「〜」の前後に記載される数値を下限値及び上限値として含む範囲を意味する。
本明細書中、成分(元素)の含有量を示す「%」は、「質量%」を意味する。
本明細書中、C(炭素)の含有量を、「C含有量」と表記することがある。他の元素の含有量についても同様に表記することがある。
本明細書中に段階的に記載されている数値範囲において、ある段階的な数値範囲の上限値又は下限値は、他の段階的な記載の数値範囲の上限値又は下限値に置き換えてもよく、また、実施例に示されている値に置き換えてもよい。
【0014】
〔線材〕
本開示の線材は、
化学組成が、質量%で
C:0.80%以上1.10%以下、
Si:0.005%以上0.100%以下、
Mn:0.05%以上0.30%以下、
P:0%以上0.030%以下、
S:0%以上0.030%以下、
N:0%以上0.0060%以下、
Cr:0.02%以上0.30%未満、
Mo:0.02%以上0.15%以下、
Al:0%以上0.050%以下、
Ti:0%以上0.050%以下、
B:0%以上0.0030%以下、並びに、
残部:Fe及び不純物からなり、かつ、MoとCrとの合計量が、0.13%以上であり、
長手方向に垂直な断面において、直径をdとした場合に、中心からd/7以内の領域及び外周面からd/7以内の領域におけるパーライト組織の平均面積率が、90%以上である。
【0015】
本開示の線材は、電気抵抗率が低減され、かつ、引張強さに優れる。
本明細書において、線材の引張強さは、室温(例えば20℃)における、線材の長手方向の引張強さを意味する。
本明細書において、線材の電気抵抗率は、室温(例えば20℃)における、線材の長手方向の電気抵抗率を意味する。
【0016】
本開示の線材の前述した効果(即ち、電気抵抗率の低減及び引張強さの向上)は、上記化学組成と、上記長手方向に対して垂直な断面における金属組織と、の組み合わせによって達成される。
例えば、本開示における線材の化学組成では、Si、Mn、Cr、Mo等の含有量が、各元素の含有量の上限値以下に低減されている。これによって、電気抵抗率が低減されている。
一般的には、Si、Mn、Cr、Mo等の合金元素を低減した場合、引張強さが低下する場合がある。この点に関し、本開示における線材では、Cr及びMoの複合添加によって、上述した領域におけるパーライト組織の平均面積率が90%以上に限定されている。これによって、引張強さが向上されている。
本開示の線材では、これらの構成により、線材の電気抵抗率の低減及び引張強さの向上が達成される。
【0017】
<線材の化学組成>
以下、本開示の線材の化学組成について説明する。
本開示の線材の化学組成は、C:0.80%以上1.10%以下、Si:0.005%以上0.100%以下、Mn:0.05%以上0.30%以下、P:0%以上0.030%以下、S:0%以上0.030%以下、N:0%以上0.0060%以下、Cr:0.02%以上0.30%未満、Mo:0.02%以上0.15%以下、Al:0%以上0.050%以下、Ti:0%以上0.050%以下、B:0%以上0.0030%以下、並びに、残部:Fe及び不純物からなり、かつ、MoとCrとの合計量が、0.13%以上である。
本開示の線材の原料(例えば、後述する、溶製された鋼、鋼片(例えばビレット)、等)の化学組成も、本開示の線材の化学組成と同様である。溶製された鋼から、鋼片(例えばビレット)を経て線材に至るまでの製造過程は、化学組成に影響を与えないためである。
以下、本開示の線材又は鋼線の化学組成を、「本開示における化学組成」ということがある。
以下、本開示の線材の化学組成における各元素の含有量について説明する。
【0018】
(C:0.80%以上1.10%以下)
Cは、線材の引張強さを高めるために有効な元素である。C含有量が0.80%未満であると、線材の引張強さが不足する場合がある。このため、C含有量は0.80%以上である。C含有量は、好ましくは0.85%以上である。
一方、C含有量が1.10%を超えると、線材の延性が低下する場合がある。この理由は、C含有量が1.10%を超えると、初析セメンタイト(旧オ−ステナイト粒界に沿って析出するセメンタイト)の生成を抑制することが工業的に困難となるためと考えられる。従って、C含有量は、1.10%以下である。C含有量は、好ましくは1.05%以下であり、より好ましくは1.00%以下である。
【0019】
(Si:0.005%以上0.100%以下)
Siは、固溶強化によって線材の引張強さを高めるのに有効な元素であり、また脱酸剤としても必要な元素である。しかしながら、Si含有量が0.005%未満では、これらのSiの添加効果が十分でない場合がある。このため、Si含有量は、0.005%以上である。これらのSiの添加効果をより安定して享受する観点からは、Si含有量は、好ましくは0.010%であり、より好ましくは0.015%以上である。
一方、Siは線材の電気抵抗率を増大させる元素である。Si含有量が0.100%を超えると、線材の電気抵抗率が過度に大きくなる場合がある。従って、Si含有量は、0.100%以下である。Si含有量は、好ましくは0.090%以下であり、より好ましくは0.070%以下であり、より好ましくは0.050%以下である。
【0020】
(Mn:0.05%以上0.30%以下)
Mnは、線材の引張強さを高める作用を有する元素である。Mnは、鋼中のSをMnSとして固定することにより、線材の熱間脆性を防止する作用を有する元素でもある。しかしながら、Mn含有量が0.05%未満ではこれらの作用が十分でない場合がある。このため、Mn含有量は0.05%以上である。さらに、線材の引張強さの確保及び熱間脆性の防止をより高いレベルで実現するためには、Mn含有量は、好ましくは0.10%以上であり、より好ましくは0.13%以上であり、更に好ましくは0.15%以上である。
一方、Mnには、線材の電気抵抗率を大きくする作用がある。このため、Mn含有量が0.30%を超えると、線材の電気抵抗率が過度に大きくなる場合がある。従って、Mn含有量は、0.30%以下である。Mn含有量は、好ましくは0.25%以下である。
【0021】
(N:0%以上0.0060%以下)
Nは、線材の電気抵抗率を上昇させる元素である。このため、N含有量が0.0060%を超えると、線材の電気抵抗率が過度に大きくなる場合がある。このため、N含有量は、0.0060%以下である。線材の電気抵抗率をより低減する観点から、N含有量は、好ましくは0.0050%以下である。
N含有量は、0%であってもよい。但し、Nは、冷間での伸線加工中に転位を固着させることにより、線材の引張強さを上昇させる元素でもある。かかる効果の観点から、N含有量は、0%超であってもよく、0.0010%以上であってもよく、0.0020%以上であってもよい。
【0022】
(P:0%以上0.030%以下)
Pは、鋼の結晶粒界に偏析して電気抵抗率を上昇させる元素である。P含有量が0.030%を超えると、線材の電気抵抗率が過度に大きくなる場合がある。このため、P含有量は0.030%以下である。線材の電気抵抗率をより低減する観点から、P含有量は、好ましくは0.025%以下であり、より好ましくは0.020%以下である。
P含有量は、0%であってもよい。但し、製造コスト(脱燐コスト)の低減の観点から、P含有量は、0%超であってもよく、0.0005%以上であってもよく、0.0010%以上であってもよい。
【0023】
(S:0%以上0.030%以下)
Sは、線材の電気抵抗率を上昇させる元素である。S含有量が0.030%を超えると、線材の電気抵抗率が過度に大きくなる場合がある。このため、S含有量は、0.030%以下である。線材の電気抵抗率をより低減する観点から、S含有量は、好ましくは0.020%以下であり、より好ましくは0.015%以下である。
S含有量は、0%であってもよい。但し、製造コスト(脱硫コスト)の低減の観点から、S含有量は、0%超であってもよく、0.002%以上であってもよく、0.005%以上であってもよい。
【0024】
(Cr:0.02%以上0.30%未満)
Crは焼き入れ性を向上させる元素である。このため、後述するMoとの複合添加によりパーライト組織の面積率を高め、引張強さを向上させる元素である。また、Crはパーライト組織のラメラ間隔を小さくして線材の引張強さを高める元素でもある。これらの効果を得るためには、Cr含有量を0.02%以上にする必要がある。Cr含有量は、好ましくは0.05%以上であり、より好ましくは0.07%以上であり、さらに好ましくは0.10%以上である。
一方、Cr含有量が0.30%以上であると、線材の電気抵抗率が過度に大きくなる場合がある。例えば、パーライト変態時にCrのフェライトへの分配が十分でない製造条件で製造した場合、Crが電気抵抗率を低減させる可能性がある。線材の電気抵抗率の過度の上昇を抑制する観点から、Cr含有量は0.30%未満である。Cr含有量はより好ましくは0.25%以下である。
【0025】
(Mo:0.02%以上0.15%以下)
Moは焼き入れ性を向上させる元素である。このため、前述するCrとの複合添加によりパーライト組織の面積率を高め、引張強さを向上させる元素である。この効果を得るためには0.02%以上にする必要がある。
一方、Mo含有量が0.15%を超えると、線材の焼き入れ性が過度に大きくなる場合がある。この場合、パテンティング中のパーライト変態が不十分となり、パーライト組織の面積率が減少する場合がある。また、Moの添加量が過剰となると、線材の電気抵抗率が過度に大きくなる場合がある。線材の製造適性の観点から、Mo含有量は、0.15%以下であり、より好ましくは0.13%以下である。
【0026】
MoとCrは、どちらも添加されることでパーライト組織の面積率を高め、引張強さを向上させる効果を持つ。本発明者らは、特に、MoとCrとの両方を複合添加することにより、この効果が一層高められることを知見した。すなわち、CrおよびMoを複合添加することによって上記効果を得る場合には、Crを単独、またはMoを単独で添加する場合に比べ、少ない合金添加量によって必要な効果が得られる。一方で、線材の電気抵抗率については、CrおよびMoの複合添加による影響は見られなかった。すなわち、CrとMoとを複合添加することにより、必要なパーライト組織の面積率および引張強さを確保しつつ、合金添加量を低減し、線材の電気抵抗率を低減することができる。
MoとCrとの複合添加の効果をより発揮させる観点から、MoとCrの合計量は、質量%で、0.13%以上であり、好ましくは0.15%以上である。
一方、線材の電気抵抗率をより低減させる観点から、MoとCrの合計量は、質量%で、好ましくは0.40%以下であり、より好ましくは0.36%以下である。
【0027】
線材の引張強さをより向上させる観点から、Mo、C、Crの各質量%をそれぞれ[Mo]、[C]、[Cr]とした場合に、[Mo]と下記式(1)で表されるγとが、γ≦[Mo]を満たすことが望ましい。
γ=0.0018/([C]×([Cr]+0.1))・・・(1)
【0028】
(Al:0%以上0.050%以下)
Alは、任意の元素である。即ち、Al含有量は、0%であってもよい。
Alは、脱酸作用を有する元素であり、また、線材中に窒化物を形成して、オーステナイト粒径を微細化することでパーライトブロック粒径を小さくする元素である。線材中の酸素量低減のために添加してもよい。かかる作用の観点から、Al含有量は、0%超であってもよく、0.005%以上であってもよく、0.030%以上であってもよい。
一方、Al含有量が0.050%を超えると、線材の電気抵抗率が過度に大きくなる場合がある。この理由は、Al含有量が0.050%を超えると、線材中に粗大な酸化物系介在物が過度に形成され易くなるためと考えられる。このため、Al含有量は、0.050%以下である。線材の電気抵抗率をより低減する観点から、Al含有量は、好ましくは0.040%以下であり、より好ましくは0.035%以下である。
【0029】
(Ti:0%以上0.050%以下)
Tiは、任意の元素である。即ち、Ti含有量は、0%であってもよい。
Tiは、線材中に炭化物又は炭窒化物を形成して、オーステナイト粒径を微細化することでパーライトブロック粒径を小さくする元素である。これにより、線材の延性の向上が図られる。かかる作用の観点から、Ti含有量は、0%超であってもよく、0.002%以上であってもよく、0.005%以上であってもよい。
一方、Ti含有量が0.050%を超えると、炭化物又は炭窒化物が多量となり、オーステナイト粒径を微細化し過ぎるため焼き入れ性が悪くなり、その結果、引張強さが低下する。このため、Ti含有量は、0.050%以下である。線材の電気抵抗率をより低減する観点から、Ti含有量は、好ましくは0.030%以下である。
【0030】
(B:0%以上0.0030%以下)
Bは、任意の元素である。即ち、B含有量は、0%であってもよい。
B含有量が0.0030%を超えると、線材中に粗大な炭化物又は炭窒化物が形成され易くなり、線材の電気抵抗率が上昇するおそれがある。このため、B含有量は、0.0030%以下である。線材の電気抵抗率をより低減する観点から、B含有量は、好ましくは0.0025%以下である。
一方、Bは、線材中にBNを形成し、固溶Nを低減することで、線材の電気抵抗率を低減させる元素である。かかる作用の観点から、B含有量は、0%超であってもよく、0.0001%以上であってもよく、0.0005%以上であってもよい。
【0031】
(残部:Fe及び不純物)
本開示における化学組成において、前述した各元素を除いた残部は、Fe及び不純物である。
ここで、不純物とは、原材料に含まれる成分、または、製造の工程で混入する成分であって、意図的に鋼に含有させたものではない成分を指す。
不純物としては、前述した元素以外のあらゆる元素が挙げられる。不純物としての元素は、1種のみであっても2種以上であってもよい。例えば、Nb、V、Ni、Cuについて、それぞれ0.03%以下は不純物とみなしてよい。
【0032】
本開示における化学組成は、質量%で、Al:0.005%以上0.050%以下及びTi:0.005%以上0.050%以下の少なくとも1種を含有することができる。この場合の、Al及びTiの各々の作用及び各々の好ましい含有量については前述のとおりである。
【0033】
本開示の線材の化学組成を上述した範囲に制御することで、高い引張強さと低い電気抵抗率とが両立され得る。
線材の電気抵抗率をより低減させる観点から、下記式(2)で表されるαと下記(3)で表されるβとが、α<βを満たすことが望ましい。なお、[Si]、[Mn]、[Cr]、[Mo]、[C]は、それぞれ各元素の質量%を表す。
α=4.4×[Si]+2.2×[Mn]+[Cr]+[Mo]・・・(2)
β=0.54/[C]+[C]/10・・・(3)
【0034】
線材の電気抵抗率を更に低減させる観点から、上記式(2)で表されるαと下記(4)で表されるβとが、α<βを満たすことが望ましい。
β=0.54/[C]・・・(4)
【0035】
<線材の金属組織>
次に、本開示の線材の金属組織について説明する。図1は、本開示の線材の長手方向に対して垂直な断面において組織を測定する中心領域及び表層領域を示す概略図である。
【0036】
(パーライト組織の平均面積率)
本開示の線材は、図1に示すように線材10の長手方向に対して垂直な断面(本明細書において、「横断面」ともいう)において、線材10の直径をdとした場合に、中心Cからd/7以内の領域(以下、「中心領域A」ともいう)及び外周面からd/7以内の領域(以下、「表層領域A」ともいう)におけるパーライト組織の平均面積率が、90%以上である。これにより、線材の引張強さが向上する。
横断面におけるパーライト組織の平均面積率が90%未満であると、線材の引張強さが低下する場合がある。また、横断面において、パーライト組織の平均面積率が90%未満であり、かつ、マルテンサイト組織の面積率が高い場合には、線材の電気抵抗率が低下する場合もある。
【0037】
線材の引張強さをより向上させる観点から、横断面におけるパーライト組織の平均面積率は、より好ましくは93%以上であり、さらに好ましくは95%以上である。
横断面におけるパーライト組織の平均面積率の上限は特に制限はなく、パーライト組織の平均面積率は、100%であってもよい。
【0038】
横断面におけるパーライト組織の平均面積率が100%未満である場合、パーライト組織以外の組織(以下、「非パーライト組織」ともいう)は、好ましくは、フェライト、ベイナイト、及びマルテンサイトからなる群から選択される少なくとも1種である。
【0039】
−パーライト組織の平均面積率の測定方法−
本明細書において、線材の横断面におけるパーライト組織の平均面積率は、以下の測定方法によって測定された値を意味する。
線材の横断面を鏡面研磨した後、ピクラールで腐食する。腐食した横断面において、中心領域Aにおける5箇所(5視野)と、表層領域Aにおける5箇所(5視野)と、を電界放射型走査型電子顕微鏡(FE−SEM)を用いて倍率2000倍で観察し、各観察位置についての写真を撮影する。1視野あたりの面積は、2.7×10−3mm(縦0.045mm、横0.060mm)とする。
次いで、各写真に透明シート(例えばOHP(Over Head Projector)シート)を重ねる。この状態で、各透明シートにおける「非パーライト組織」に色を塗る。次いで、各透明シートにおける「色を塗った領域」(即ち、非パーライト組織)の面積率を画像解析ソフトにより求め、得られた非パーライト組織の面積率を100%から差し引くことにより、個々の視野におけるパーライト組織の面積率を求める。パーライト組織の面積率の10視野分の算術平均値を算出し、得られた値を、パーライト組織の平均面積率とする。
【0040】
(セメンタイトの平均長さ)
本開示における線材は、図1に示すように、長手方向に垂直な断面(横断面)において線材10の直径をdとした場合の中心Cからd/10以内の領域(以下、「中心領域B」ともいう)におけるセメンタイトの平均長さが2.0μm以上であることが好ましい。パーライト組織の上記平均面積率が90%以上であり、セメンタイトの平均長さが2.0μm以上であることで引張強さをより向上させることができる。より好ましくは2.1μm以上であり、さらに好ましくは2.2μm以上である。これにより、線材の引張強さが一層向上する。
線材の中心領域Bにおけるセメンタイトの平均長さの上限は特に制限はないが、平均長さが4.0μmを超える場合、組織が粗大化して延性が低下している可能性があるため、4.0μm以下が好ましい。
【0041】
−セメンタイトの平均長さの測定方法−
本明細書において、線材の横断面の中心領域Bにおけるセメンタイトの平均長さは、以下の測定方法によって測定された値を意味する。
線材の長手方向に垂直な断面(すなわち線材の横断面)を鏡面研磨した後、ピクラールで腐食し、電界放射型走査型電子顕微鏡(FE−SEM)を用いて倍率5000倍で中心からd/10以内の領域(中心領域B)の任意の位置における5箇所を観察し、各観察位置において写真撮影する。
次いで、得られた各写真に直交する2方向に沿ってそれぞれ2μm毎に直線をひき、直線の交点上にあるセメンタイト(交点上にセメンタイトが無い場合には、交点に最も近接したセメンタイト)の長さを通常の方法、すなわち、画像解析ソフト(image-J)を用いて当該セメンタイトにおいて最も離れた二点間の直線距離を測定する。ただし、画像の左右上下の端部6μm未満の範囲はセメンタイトの全長が測定できない場合が多いため、当該範囲は測定から除外する。各写真について30箇所のセメンタイトの長さを測定し、セメンタイトの長さの加重平均値を算出し、線材の横断面の中心領域Bにおけるセメンタイトの平均長さとする。
【0042】
(パーライト組織の平均ラメラ間隔)
本開示の線材は、線材の横断面において、線材の直径をdとした場合に、中心からd/10以内の領域(中心領域B)におけるパーライト組織の平均ラメラ間隔(即ち、ラメラ間隔の平均値)が、90nm以下であることが好ましい。これにより、線材の引張強さがより向上する(例えば、引張強さを1220MPa以上とすることができる)。また、平均ラメラ間隔が電気抵抗率に与える影響はあまり大きくない。そのため、平均ラメラ間隔が90nm以下であることは、引張強さの向上と電気抵抗率の低減とのバランスの観点からみても有利である。
上記平均ラメラ間隔は、より好ましくは85nm以下であり、さらに好ましくは80nm以下である。
一方、線材の製造容易性の観点から、上記平均ラメラ間隔は、50nm以上が好ましく、より好ましくは55nm以上であり、さらに好ましくは60nm以上である。
【0043】
−パーライト組織の平均ラメラ間隔の測定方法−
本明細書において、線材の横断面におけるパーライト組織の平均ラメラ間隔は、以下の測定方法によって測定された値を意味する。
線材の横断面を鏡面研磨した後、ピクラールで腐食する。腐食した横断面において、中心領域Bにおける5箇所(5視野)を電界放射型走査型電子顕微鏡(FE−SEM)を用いて倍率10000倍で観察し、各観察位置についての写真を撮影する。1視野あたりの面積は、1.08×10−4mm(縦0.009mm、横0.012mm)とする。
各視野(即ち、各写真)内のパーライト組織において、ラメラの向きが揃っておりかつラメラ5間隔分の長さが測定可能な範囲から、最もラメラ間隔が小さい箇所及び2番目にラメラ間隔が小さい箇所を、測定箇所として選定する。各測定箇所について、ラメラ5間隔分の長さを求め、このラメラ5間隔分の長さを5で割ることにより、ラメラ間隔を求める。得られたラメラ間隔の、測定箇所10箇所(即ち、5視野×2箇所)分の算術平均値を求め、得られた値を、線材の横断面の中心領域Bにおける、パーライト組織の平均ラメラ間隔とする。
【0044】
(パーライトブロックの平均粒径)
本開示の線材は、横断面において、直径をdとした場合に、中心からd/10以内の領域(即ち、中心領域B)及び外周面からd/10以内の領域(以下、「表層領域B」という場合がある。)におけるパーライトブロックの平均粒径が、それぞれ23.0μm以下であることが好ましい。これにより、線材の延性をより向上させることができる。また、パーライトブロックの平均粒径が、線材の引張強さ及び電気抵抗率に与える影響はあまり大きくない。そのため、中心領域B及び表層領域Bにおけるパーライトブロックの平均粒径がそれぞれ23.0μm以下であることは、延性の向上、引張強さの向上、及び電気抵抗率の低減のバランスの観点からみても有利である。パーライトブロックの平均粒径は、より好ましくは21.0μm以下である。
一方、線材の製造容易性の観点から、中心領域B及び表層領域Bにおける各パーライトブロックの平均粒径は、好ましくは10.0μm以上であり、より好ましくは11.0μm以上であり、さらに好ましくは13.0μm以上である。
なお、CrとMoの複合効果で十分に焼き入れ性が高い場合、表層領域Bと中心領域Bでパーライトブロックの平均粒径は同程度となる。本開示の線材では、「表層領域Bのパーライトブロックの平均粒径/中心領域Bのパーライトブロックの平均粒径」が0.88以上となり、断面内で均一性が高い組織が得られる。しかし、本開示の線材における表層と中心部のパーライトブロックの平均粒径の比は必ずしもこれに限定されない。
【0045】
本明細書において、パーライトブロックは、パーライト組織を構成しているブロックである。
また、本明細書において、線材の延性は、後述の断面減少率によって評価される物性である。
【0046】
−線材におけるパーライトブロックの平均粒径の測定方法−
本明細書において、線材の横断面の中心領域B及び表層領域Bにおける各パーライトブロックの平均粒径は、以下の測定方法によって測定された値を意味する。
線材の横断面を鏡面研磨した後、コロイダルシリカで研磨する。研磨した横断面において、中心領域B及び表層領域Bにおけるそれぞれ4視野を、電界放射型走査型電子顕微鏡(FE−SEM)を用いて倍率400倍で観察し、EBSD測定(電子線後方散乱回折法による測定)を行う。1視野あたりの面積は、0.0324mm(縦0.18mm、横0.18mm)とし、測定時のステップは0.3μmとする。
次いで、各視野について、9°以上の結晶方位の角度差を粒界と定義し、パーライトブロックの粒径の加重平均を算出する。得られた値を、その視野におけるパーライトブロックの粒径とする。次に、パーライトブロックの粒径の4視野分の算術平均値を求め、得られた値を、線材の横断面におけるパーライトブロックの平均粒径とする。例えば、OIM analysis(株式会社TSLソリューションズのEBSD解析ソフト、OIM:Orientation Imaging Microscopy)を用いることでパーライトブロックの粒径を得ることができる。OIM analysisを用いる場合、CI値が0.1以下のピクセル及び9個以下のピクセルの塊はデータの信頼性が低いためノイズとみなし、除外する。
【0047】
<線材の引張強さ>
前述したとおり、本開示の線材は、引張強さに優れる。
線材の引張強さは、好ましくは1220MPa以上であり、より好ましくは1260MPa以上であり、特に好ましくは1300MPa以上である。
線材の引張強さが1220MPa以上であることは、ラメラ間隔の平均値が90nm以下の場合に特に達成されやすい。
線材の引張強さの上限には特に制限はない。線材の引張強さは、線材の製造容易性の観点から、1600MPa以下であってもよい。
【0048】
−線材の引張強さの測定方法−
本明細書において、線材の引張強さは、以下の測定方法によって測定された値を意味する。
線材を長さ340mmに切断し、次いで線材の長手方向一端側70mm及び長手方向他端側70mmを、くさびチャックで固定し、引張試験を行う。
この引張試験前に、予め、線材の横断面の面積を測定しておく。ここで、線材の横断面の面積としては、長さ340mmに切断された線材の長手方向中心部における横断面の面積を測定する。
引張試験によって得られた最大荷重を、引張試験前の線材の横断面の面積で除した値を、線材の引張強さとする。
【0049】
<線材の断面減少率>
本開示の線材の断面減少率は、好ましくは30%以上であり、より好ましくは32%以上である。線材の断面減少率が30%以上であることは、中心領域Bおよび表層領域Bの両方において、パーライトブロックの平均粒径が23.0μm以下の場合に特に達成されやすい。
線材の断面減少率の上限には特に制限はない。線材の断面減少率は、線材の製造容易性の観点から、50%以下であってもよい。
【0050】
−線材の断面減少率の測定方法−
本明細書において、線材の断面減少率は、以下の測定方法によって測定された値を意味する。
線材を長さ340mmに切断し、次いで線材の長手方向一端側70mm及び長手方向他端側70mmを、くさびチャックで固定し、引張試験を行う。
この引張試験前に、予め、線材の横断面の面積を測定しておく。
引張試験後(即ち、線材の破断時)において、線径が最も細くなった箇所における線材の横断面の面積を測定する。
引張試験前後での横断面の面積の減少量を引張試験前の横断面の面積で除し、次いで100を乗じ、得られた値を、線材の断面減少率(%)とする。
【0051】
<線材の電気抵抗率>
前述したとおり、本開示の線材は、電気抵抗率が低減されている。
線材の電気抵抗率は、好ましくは0.180μΩm未満であり、より好ましくは0.170μΩm以下である。
線材の電気抵抗率の下限には特に制限はない。線材の電気抵抗率は、線材の製造適性の観点から、0.150μΩm以上でもよい。
【0052】
−線材の電気抵抗率の測定方法−
本明細書において、線材の電気抵抗率は、以下の測定方法によって測定された値を意味する。
線材を長さ100mmに切断し、次いで線材の表層の酸化スケールを、サンドブラストを用いて除去する。
酸化スケールが除去された線材(以下、「試験片」とする)の長手方向の電気抵抗値を温度20℃にて4端子法によって測定する。4端子法では、試験片に対し、一対の電圧端子及び一対の電流端子を接続する。一対の電圧端子及び一対の電流端子の配置は、一対の電圧端子を一対の電流端子で挟む配置とする(即ち、電流端子、電圧端子、電圧端子、及び電流端子が、この順に並ぶ配置とする)。本明細書における測定では、一対の電圧端子間の距離を20mmとする。一対の電流端子は、上記配置である限り試験片のどこに接続してもよい。この状態で、一対の電流端子間に電流を流し、かつ、一対の電圧端子間の電圧を測定し、電流と電圧との関係に基づき、電気抵抗値を算出する。得られた電気抵抗値に試験片の横断面の面積を乗じ、得られた値を、一対の電圧端子間の距離(即ち20mm)で除することにより、試験片の長手方向の電気抵抗率(μΩm)を算出する。得られた値を、線材の電気抵抗率(μΩm)とする。
【0053】
<線材の直径>
線材の直径は、好ましくは3.0mm以上10.0mm以下である。
線材の直径が3.0mm以上である場合には、線材を伸線加工して鋼線を得る場合の伸線加工を安定させ、鋼線の製造を安定的に行うことができる。
線材の直径が10.0mm以下である場合には、線材を伸線加工して鋼線を得る場合の伸線加工ひずみを高め、鋼線を高強度化させることができる。
【0054】
直径が3.0mm以上10.0mm以下である態様の線材は、例えば、伸線加工によりアルミ被覆鋼線中の鋼線(好ましくは、送電線用アルミ被覆鋼線中の鋼線)を製造するための素材として特に好適である。
【0055】
<用途>
本開示の線材は、電気抵抗率が低減され、かつ、引張強さに優れる線材であるため、電気抵抗率の低減及び引張強さの向上が求められる鋼線の製造に用いられることが好ましい。このような鋼線として、例えば、アルミ被覆鋼線中の鋼線(好ましくは、送電線用アルミ被覆鋼線中の鋼線)が挙げられる。
【0056】
〔鋼線〕
本開示の鋼線は、前述した本開示の線材の伸線加工品である。即ち、本開示の鋼線は、化学組成が、質量%で、
C:0.80%以上1.10%以下、
Si:0.005%以上0.100%以下、
Mn:0.05%以上0.30%以下、
P:0%以上0.030%以下、
S:0%以上0.030%以下、
N:0%以上0.0060%以下、
Cr:0.02%以上0.30%未満、
Mo:0.02%以上0.15%以下、
Al:0%以上0.050%以下、
Ti:0%以上0.050%以下、
B:0%以上0.0030%以下、並びに、
残部:Fe及び不純物からなり、かつ、MoとCrとの合計量が、0.13%以上であり、
長手方向に対して垂直な断面において、鋼線の直径をDとした場合に、中心からD/7以内の領域及び外周面からD/7以内の領域におけるパーライト組織の平均面積率が、90%以上であり、中心からD/7以内の領域におけるパーライトブロックの平均粒径が5.0μm以下である。
【0057】
−鋼線におけるパーライト組織の平均面積率の測定方法−
本明細書において、鋼線の横断面におけるパーライト組織の平均面積率は、前述した線材におけるパーライト組織の平均面積率の測定方法と同様であるため、ここでの説明は省略する。
【0058】
(パーライトブロックの平均粒径)
本開示における鋼線は、前述した本開示の線材と同様にパーライト組織を含み、複数のパーライトブロックから主に構成されている。伸線加工を十分に行うことでパーライトブロックの平均粒径を小さくすることができ、延性(断面減少率)を向上させることができる。なお、パーライトブロック粒径が引張強さ及び電気抵抗率に与える影響はあまり大きくないため、断面減少率の向上と引張強さの向上、電気抵抗率の低減のバランスを高めるためには、パーライトブロック粒径を小さくするとよい。具体的には、長手方向に垂直な断面において鋼線の直径をDとした場合の中心からD/7以内の領域におけるパーライトブロックの平均粒径が5.0μm以下であることが好ましい。より好ましくは4.0μm以下である。これにより、鋼線の断面減少率がより向上し、例えば断面減少率40%以上を達成しやすい。
【0059】
−鋼線におけるパーライトブロックの平均粒径の測定方法−
本明細書において、鋼線の横断面の中心からD/7以内の中心領域におけるパーライトブロックの平均粒径は、以下の測定方法によって測定された値を意味する。観察範囲以外は、基本的には、前述した線材におけるパーライトブロックの平均粒径の測定方法と同様である。
鋼線の長手方向に垂直な断面(すなわち鋼線の横断面)を鏡面研磨した後、コロイダルシリカで研磨する。研磨した横断面において、電界放射型走査型電子顕微鏡(FE−SEM)を用いて倍率2000倍で中心領域において4視野を観察し、EBSD測定(電子線後方散乱回折法による測定)を行う。1視野あたりの面積は、0.0012mm(縦0.03mm、横0.04mm)とし、測定時のステップは0.10μmとする。
次いで、各視野について、9°以上の結晶方位の角度差を粒界と定義し、パーライトブロックの粒径の加重平均を算出し、得られた値を、その視野におけるパーライトブロック粒径とする。中心領域の4視野分のパーライトブロック粒径の平均値(算術平均)を、鋼線の横断面におけるパーライトブロックの平均粒径とする。例えば、OIM analysis(株式会社TSLソリューションズのEBSD解析ソフト、OIM:Orientation Imaging Microscopy)を用いることでパーライトブロックの粒径を得ることができる。OIM analysisを用いる場合、CI値が0.1以下のピクセル及び9個以下のピクセルの塊はデータの信頼性が低いためノイズとみなし、除外する。
【0060】
上記化学組成及びパーライトブロックの平均粒径を有する本開示の鋼線は、電気抵抗率が低減され、かつ、引張強さに優れる本開示の線材を伸線加工して得られる。このため、本開示の鋼線も、電気抵抗率が低減され、かつ、引張強さに優れる。
鋼線の直径は、好ましくは1.0mm以上3.5mm以下である。
鋼線の直径が1.0mm以上である場合には、伸線加工によって鋼線を得る場合の伸線加工をより安定的に行うことができる。
鋼線の直径が3.5mm以下である場合には、伸線加工中のセメンタイトの分解及びこの分解による電気抵抗の上昇をより抑制できる。
【0061】
本開示の線材を伸線加工して鋼線を得る場合において、伸線加工における伸線加工ひずみは、1.50以上であることが好ましい。伸線加工ひずみが1.50以上である場合、伸線加工により、電気抵抗率をより低減できる。
また、上記伸線加工における伸線加工ひずみは、2.40以下であることが好ましい。伸線加工ひずみが2.40以下である場合、伸線加工中のセメンタイトの分解及びこの分解による電気抵抗の上昇をより抑制できる。
ここで、伸線加工ひずみとは、下記式(A)によって求められる値を指す。式(A)中、「ln」は、自然対数(即ち、「log」)を意味する。
伸線加工ひずみ=2×ln(線材の直径(mm)/鋼線の直径(mm)) … 式(A)
【0062】
〔アルミ被覆鋼線〕
本開示のアルミ被覆鋼線は、前述した本開示の鋼線と、この鋼線の少なくとも一部を被覆するアルミニウム含有層(以下、Al含有層)と、を備える。
本開示のアルミ被覆鋼線は、引張強さに優れ、かつ、電気抵抗率が低減された本開示の鋼線を備える。このため、本開示のアルミ被覆鋼線も、引張強さに優れ、かつ、電気抵抗率が低減されている。
【0063】
アルミ被覆鋼線中の鋼線の直径は、好ましくは1.0mm以上3.5mm以下である。
アルミ被覆鋼線中の鋼線の直径が1.0mm以上である場合には、伸線加工によってアルミ被覆鋼線を得る場合の伸線加工をより安定的に行うことができる。
アルミ被覆鋼線中の鋼線の直径が3.5mm以下である場合には、伸線加工中のセメンタイトの分解及びこの分解による電気抵抗の上昇をより抑制できる。
【0064】
Al含有層は、Alを主成分とする層であることが好ましい。
ここで、Alを主成分とする層とは、含有量(質量%)が最も多い成分として、Alを含有する層を意味する。
Al含有層におけるAlの含有量は、50質量%以上が好ましく、80質量%以上が更に好ましく、90質量%以上が特に好ましい。
Al含有層としては、Al(即ち、純Al)からなるAl層、又は、Al合金からなるAl合金層が好ましい。
Al合金としては、Alと、Mg、Si、Zn、及びMnからなる群から選択される少なくとも1種と、を含むAl合金が好ましい。Al合金におけるAlの含有量は、50質量%以上が好ましく、80質量%以上が更に好ましく、90質量%以上が特に好ましい。好ましいAl合金として、具体的には、国際アルミニウム合金名における3000番台〜7000番台のAl合金が挙げられる。
【0065】
ここでいうAlからなるAl層は、Al以外に不純物を含んでいてもよい。同様に、ここでいうAl合金からなるAl合金層は、上述した各元素(Al、Mg、Si、Zn,Mn)以外に不純物を含んでいてもよい。
【0066】
本開示のアルミ被覆鋼線において、横断面全体に対するAl含有層の面積率は、好ましくは10%〜64%である。
Al含有層の面積率が10%以上であると、アルミ被覆鋼線全体の電気抵抗(詳細には、長手方向の電気抵抗)がより低減される。
Al含有層の面積率が64%以下であると、アルミ被覆鋼線全体の引張強さがより向上する。
Al含有層の面積率は、より好ましくは10%〜50%であり、更に好ましくは10%〜40%であり、更に好ましくは15%〜35%である。
【0067】
以上で説明した本開示のアルミ被覆鋼線は、好ましくは、鋼心アルミニウム撚線(ACSR)の芯材として用いられる。
鋼心アルミニウム撚線としては、本開示のアルミ被覆鋼線を芯材とし、この芯材の外側にアルミニウム線又はアルミニウム合金線を撚り合わせた構造を有する一般的な鋼心アルミニウム撚線が挙げられ、特に制限はない。
上記本開示のアルミ被覆鋼線及び上記鋼心アルミニウム撚線としては、それぞれ、送電線用アルミ被覆鋼線及び送電線用鋼心アルミニウム撚線が好ましい。
【0068】
〔線材の製造方法の一例(製法X)〕
次に、本開示の線材の製造するための製造方法の一例(以下、「製法X」とする)を説明する。
製法Xは、本開示における化学成分を有する鋼片を製造する工程と;鋼片を加熱する工程と;加熱された鋼片を熱間圧延して熱延鋼を得る工程と;熱延鋼を水冷し、次いで巻き取る工程と;巻き取り後の熱延鋼を冷却する工程と;冷却された熱延鋼をパテンティングする工程と;を有する。以下、製法Xにおける各工程について説明する。
【0069】
(鋼片を製造する工程)
本工程では、例えば、本開示における化学成分を有する鋼を溶製し、得られた鋼を用い、本開示における化学成分を有する鋼片を製造する。
鋼片の製造は、連続鋳造、分解圧延等の公知の方法によって行う。
【0070】
(鋼片を加熱する工程)
本工程では、鋼片を製造する工程で得られた鋼片を、1150〜1250℃の加熱温度まで加熱することが好ましい。ここで、加熱温度とは、鋼片の断面の平均温度の最高到達温度を意味する。加熱温度が1150℃以上であると、熱間圧延の際の反力の上昇をより抑制できる。加熱温度が、1250℃以下であると、過度の脱炭をより抑制できる。
【0071】
(熱延鋼を得る工程)
本工程では、鋼片を加熱する工程で加熱された鋼片を熱間圧延して熱延鋼を得る。
熱間圧延における仕上げ温度(詳細には、仕上圧延出側における熱延鋼の温度)は、950℃超であることが好ましい。仕上げ温度が950℃超であると、熱間圧延の際の反力の上昇をより抑制できる。
また、熱間圧延における仕上げ温度は1100℃以下が好ましい。仕上げ温度が1100℃以下であると、オーステナイト粒の粗大化及びパテンティング後のパーライトブロックの平均粒径の粗大化をより抑制でき、その結果、鋼線の延性低下をより抑制できる。
ここで、仕上げ温度は、熱延鋼の表面の温度を意味する(後述する「熱延鋼を水冷し、次いで巻き取る工程」以降の工程における好ましい温度についても同様である)。
【0072】
(熱延鋼を水冷し、次いで巻き取る工程)
本工程では、熱延鋼を得る工程で得られた熱延鋼を水冷し、次いで巻き取る。
巻取温度(即ち、水冷停止温度)は、820℃〜875℃であることが好ましい。巻取温度が820℃以上であると、オ−ステナイト粒径の過度な微細化及びこれによる焼入れ性の低下をより抑制できる。
巻取温度が875℃以下であると、オーステナイト粒の過度な粗大化、及び、パテンティング後のパーライトブロックの平均粒径の粗大化を抑制でき、その結果、延性の低下をより抑制できる。
なお、水冷は、好ましくは、熱間圧延終了の直後に開始される。
【0073】
(巻き取り後の熱延鋼を冷却する工程)
本工程では、巻き取り後の熱延鋼を冷却する。
冷却における冷却到達温度は、後述するパテンティングにおける溶融塩への浸漬開始温度に対応する。
冷却到達温度(即ち、溶融塩への浸漬開始温度)の好ましい範囲については後述する。
【0074】
(冷却された熱延鋼をパテンティングする工程)
本工程では、巻き取り後の熱延鋼を冷却する工程で冷却された熱延鋼をパテンティングする。このパテンティングにより、本開示の線材が得られる。
パテンティングは、上記冷却された熱延鋼を、溶融塩に浸漬させることにより行う。
【0075】
溶融塩への浸漬開始温度(以下、単に「浸漬開始温度」ともいう)は、700℃以上であることが好ましい。浸漬開始温度が、700℃以上であると、フェライト変態を抑制できるので、パーライト組織の平均面積率が90%以上である本開示の線材が得られやすい。
浸漬開始温度は、750℃以下であることが好ましい。浸漬開始温度が750℃以下であると、溶融塩の温度の上昇をより抑制できる。
【0076】
溶融塩の温度は、480℃以上であることが好ましい。溶融塩の温度が480℃以上であると、ベイナイト組織の過度な形成を抑制できるので、パーライト組織の平均面積率が90%以上である本開示の線材が得られやすい。
また、溶融塩の温度は、540℃以下であることが好ましい。溶融塩の温度が540℃以下であると、ラメラ間隔の粗大化及びこれによる線材の引張強さの低下をより抑制できる。
【0077】
溶融塩への浸漬時間は、20秒以上であることが好ましい。溶融塩への浸漬時間が20秒以上であると、パーライト変態を完了させ易いので、パーライト組織の平均面積率が90%以上である本開示の線材が得られやすい。また、溶融塩への浸漬時間が20秒以上であると、マルテンサイトの形成をより抑制できるので、電気抵抗率の上昇をより抑制でき、また、延性の点でも有利である。
一方、溶融塩への浸漬時間は、生産性の観点から、200秒以下であることが好ましい。
【0078】
なお、本開示の線材を上記工程を経て製造する際、焼き戻し処理を行わないことが好ましい。パテンティング工程後、焼き戻しを行うとセメンタイトが分断されて短くなり、引張強さが低下する可能性がある。このような焼き戻し処理を行わないことで、長手方向に垂直な断面において、中心からd/10以内の領域におけるセメンタイトの平均長さを2.0μm以上に維持することができる。
【実施例】
【0079】
以下、実施例によって本発明を具体的に説明するが、本発明は以下の実施例により制限されるものではない。
【0080】
[線材の製造]
表1及び表2に示す化学組成を有する鋼a及び鋼1〜35を溶製し、後述する方法で線材を作製した。
表1及び表2中の各元素の数値は、質量%を表し、「−」の表記は、該当する元素が含有されていない(意図的に添加していない)ことを示す。
また、表1及び表2に示した元素を除いた残部は、Fe及び不純物である。
また、表1〜表5において、アンダーラインを付した数値又は鋼番号は、本開示における化学組成の範囲外であることを示す。
【0081】
【表1】
【0082】
【表2】
【0083】
まず、表1に示す鋼aを転炉によって溶製した後、通常の方法での分塊圧延によって、122mm角のビレット(鋼片)を得た。得られたビレットを用い、前述した製法Xにおける鋼片を加熱する工程以降の工程を、下記表3に示す製造条件A〜Qのそれぞれにて実施することにより、線材として、表4に示す試料aA〜aQをそれぞれ得た。ここで、試料aA〜aMは、本開示の線材の実施例であり、試料aN〜aQは、比較例である。
下記表3において、加熱温度、仕上げ温度、巻取温度、浸漬開始温度、溶融塩温度、及び浸漬時間は、それぞれ、鋼片を加熱する工程における加熱温度、加熱された鋼片を熱間圧延して熱延鋼を得る工程における仕上げ温度、熱延鋼を水冷し次いで巻き取る工程における巻取温度、冷却された熱延鋼をパテンティングする工程における溶融塩への浸漬開始温度、同工程における溶融塩の温度、及び同工程における溶融塩への浸漬時間を意味する。
また、表3において、線材直径は、最終的に得られる線材の直径を示す。
【0084】
【表3】

【0085】
次に、表2に示す鋼1〜35を転炉によって溶製した後、通常の方法での分塊圧延によって、122mm角のビレット(鋼片)を得た。鋼1〜35から得られたビレットをそれぞれ用い、製法Xにおける鋼片を加熱する工程以降の工程を実施することにより、線材として、表5に示す試料1A〜35Aをそれぞれ得た。ここで、製法Xにおける鋼片を加熱する工程以降の工程の条件は、いずれの試料においても、前述した製造条件Aとした。試料1A〜18A、34A、35Aは、本開示の線材の実施例であり、試料19A〜33Aは、比較例である。
【0086】
[評価]
以上で得られた試料aA〜aQ及び1A〜35Aの各々について、パーライト組織の平均面積率、パーライトブロックの平均粒径(以下、「PBS」ともいう)、パーライト組織の平均ラメラ間隔、セメンタイト長さ、引張強さ、断面減少率、及び電気抵抗率を測定した。
パーライト組織の平均面積率、パーライトブロックの平均粒径、パーライト組織の平均ラメラ間隔、セメンタイト長さ、引張強さ、断面減少率、及び電気抵抗率の測定方法については、それぞれ前述したとおりである。パーライトブロックの平均粒径の測定において、パーライトブロックの粒径の加重平均の算出は、TSL社製OIM analysis ver.7.0を用いて行った。
結果を以下の表4及び表5に示す。
【0087】
【表4】
【0088】
【表5】
【0089】
−表4及び表5の説明−
・「[Mo]+[Cr](%)」欄の数値は、線材の化学組成における、MoとCrとの合計量(質量%)を意味する。
・「γ」欄の数値は、前述の式(1)で表されるγを意味する。
・「γ≦Mo」欄は、Moの質量%を[Mo]とした場合に、[Mo]とγとが、γ≦[Mo]を満たすかどうかを示している。「A」は、γ≦[Mo]を満たすことを意味し、「B」は、γ≦[Mo]を満たさないことを意味する。
・「α」欄の数値は、前述の式(2)で表されるαを意味する。
・「β1」欄の数値は、前述の式(3)で表されるβを意味する。
・「α<β1」欄は、αとβとが、α<βを満たすかどうかを示している。「A」は、α<βを満たすことを意味し、「B」は、α<βを満たさないことを意味する。
・「β2」欄の数値は、前述の式(4)で表されるβを意味する。
・「α<β2」欄は、αとβとが、α<βを満たすかどうかを示している。「A」は、α<βを満たすことを意味し、「B」は、α<βを満たさないことを意味する。
・「中心PBS」は、横断面における中心からd/10以内の中心領域におけるパーライトブロックの平均粒径を意味する。
・「表層PBS」は、横断面における外周面からd/10以内の表層領域におけるパーライトブロックの平均粒径を意味する。なお、dは線材の直径である。
・「セメンタイト長さ」は、横断面における中心からd/10以内の中心領域におけるセメンタイトの平均長さを意味する。
・「平均ラメラ間隔」は、横断面における中心からd/10以内の中心領域におけるパーライト組織の平均ラメラ間隔を意味する。
【0090】
表4に示すように、本開示の線材の実施例である試料aA〜aMは、電気抵抗率が低減され、かつ、引張強さに優れていた。
【0091】
これら実施例に対し、パーライト組織の面積率が90%未満である試料aN〜aP(いずれも比較例)は、引張強さが低かった。
試料aNにおいて、パーライト組織の面積率が90%未満であった理由は、加熱温度が高く、線材表面での脱炭が進行したためと考えられる。
試料aOにおいて、パーライト組織の面積率が90%未満であった理由は、浸漬開始温度が低く、浸漬までの間にフェライト組織が形成されたためと考えられる。
試料aPにおいて、パーライト組織の面積率が90%未満であり、セメンタイト長さが短かった理由は、溶融塩温度が低く、ベイナイト組織が多量に形成されたためと考えられる。
また、パーライト組織の面積率が90%未満である試料aQ(比較例)の線材は、電気抵抗率が高かった。試料aQにおいて、パーライト組織の面積率が90%未満であり、電気抵抗率が高かった理由は、溶融塩への浸漬時間が短く、パーライト変態が完了せず、マルテンサイト組織が形成されたためと考えられる。
【0092】
実施例である試料aA〜aMの中でも、中心PBS及び表層PBSがいずれも23.0μm以下である試料aA〜aJ及びaMでは、線材の延性の指標である断面減少率がより向上されていた。
また、実施例である試料aA〜aMの中でも、平均ラメラ間隔が90nm以下である試料aA〜aLは、引張強さがより高かった。
【0093】
また、表5に示すように、本開示の線材の実施例である試料1A〜18A、34A、35Aは、電気抵抗率が低減され、かつ、引張強さに優れていた。
【0094】
これら実施例に対し、Moを含有しない試料19Aは、引張強さが低かった。
Siの含有量が多すぎる試料20Aは、電気抵抗率が高かった。
Mnの含有量が多すぎる試料21Aは、電気抵抗率が高かった。
Crを含有しない試料22Aは、引張強さが低かった。
Crの含有量が多すぎる試料23Aは、電気抵抗率が高かった。
Cの含有量が少なすぎる試料24Aは、引張強さが低かった。
Moの含有量が多すぎる試料25Aは、電気抵抗率が高かった。
Alの含有量が多すぎる試料26Aは、電気抵抗率が高かった。
Nの含有量が多すぎる試料27Aは、電気抵抗率が高かった。
Tiの含有量が多すぎる試料28Aは、引張強さが低かった。この理由は、パテンティング直前のオーステナイト粒径が微細化し、これにより焼き入れ性が低下したためと推定される。
Bの含有量が多すぎる試料29Aは、電気抵抗率が高かった。
Cの含有量が多すぎる試料30Aは、電気抵抗率が高かった。この理由は、初析セメンタイトが形成されたためと考えられる。
試料31Aは、Moの含有量が少なく、焼き入れ性が悪く、引張強さが低かった。
試料32Aは、パーライト組織の面積率が低く、引張強さが低かった。
試料33Aは、MoとCrの合計含有量が少なく、焼き入れ性が悪く、引張強さが低かった。
【0095】
実施例である試料1A〜18A、34A、35Aの中でも、α<βを満たす試料1A〜11A、34A、35Aでは、電気抵抗率がより低減されていた。
これら試料1A〜11Aの中でも、α<βを満たす試料1A〜6A、34A、35Aでは、電気抵抗率が特に低減されていた。
【0096】
[鋼線の製造]
実施例である試料1A〜18A、34A、35Aの線材について、各パスでの減面率を23〜25%として1.50〜2.40の伸線加工ひずみで伸線加工を施し、直径1.0〜3.5mmの鋼線を得た。なお、一度の伸線加工をパスとし、一度のパスの断面積の変化量を減面率とした。減面率Rは加工前の横断面の面積をS、加工後の横断面の面積をSとした場合、R=(S−S)/S×100として計算できる。
【0097】
[評価]
得られた鋼線について、前述した方法により、横断面の中心からD/7以内の領域及び外周面からD/7以内の領域におけるパーライト組織の平均面積率、並びに、中心からD/7以内の領域におけるパーライトブロックの平均粒径を測定した。結果を表6に示す。
【0098】
【表6】
【0099】
その結果、いずれの鋼線もパーライト組織の平均面積率は90%以上であり、パーライトブロックの平均粒径は5.0μm以下であった。
【0100】
また、得られた鋼線について、線材に対する測定方法と同様にして、引張強さ及び電気抵抗率を測定したところ、引張強さは、2000MPa以上であり、電気抵抗率は0.200μΩm未満であった。
【0101】
また、上記結果から、表6に示した実施例である試料1A〜18A、34A、35Aの鋼線の表面をAl含有層で被覆したアルミ被覆鋼線は、電気抵抗率が低減され、かつ、引張強さに優れたアルミ被覆鋼線となる。このようなアルミ被覆鋼線は、本開示の線材にAl被膜を形成した後に伸線加工する方法、または、伸線加工後の本開示の鋼線にAl含有層を形成する方法のいずれによっても製造可能である。
【0102】
2018年2月26日に出願された日本特許出願2018−032547の開示はその全体が参照により本明細書に取り込まれる。本明細書に記載された全ての文献、特許出願、および技術規格は、個々の文献、特許出願、および技術規格が参照により取り込まれることが具体的かつ個々に記された場合と同程度に、本明細書中に参照により取り込まれる。
図1