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特許6881669金属材の製造方法、燃料電池用セパレータの製造方法、およびステンレス鋼材
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6881669
(24)【登録日】2021年5月10日
(45)【発行日】2021年6月2日
(54)【発明の名称】金属材の製造方法、燃料電池用セパレータの製造方法、およびステンレス鋼材
(51)【国際特許分類】
   C23C 26/00 20060101AFI20210524BHJP
   C23C 24/10 20060101ALI20210524BHJP
   C23C 18/12 20060101ALI20210524BHJP
   H01M 8/0228 20160101ALI20210524BHJP
   H01M 8/0215 20160101ALI20210524BHJP
   H01M 8/0213 20160101ALI20210524BHJP
   H01M 8/021 20160101ALI20210524BHJP
   H01M 8/0206 20160101ALI20210524BHJP
   H01M 8/0208 20160101ALI20210524BHJP
   H01M 8/10 20160101ALI20210524BHJP
【FI】
   C23C26/00 A
   C23C24/10 C
   C23C18/12
   H01M8/0228
   H01M8/0215
   H01M8/0213
   H01M8/021
   H01M8/0206
   H01M8/0208
   H01M8/10 101
【請求項の数】8
【全頁数】19
(21)【出願番号】特願2020-506540(P2020-506540)
(86)(22)【出願日】2019年3月12日
(86)【国際出願番号】JP2019009903
(87)【国際公開番号】WO2019176911
(87)【国際公開日】20190919
【審査請求日】2020年3月19日
(31)【優先権主張番号】特願2018-48905(P2018-48905)
(32)【優先日】2018年3月16日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001553
【氏名又は名称】アセンド特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 悠
(72)【発明者】
【氏名】今村 淳子
(72)【発明者】
【氏名】能勢 幸一
(72)【発明者】
【氏名】上仲 秀哉
【審査官】 國方 康伸
(56)【参考文献】
【文献】 特開2002−085978(JP,A)
【文献】 国際公開第2016/140306(WO,A1)
【文献】 特開2005−332684(JP,A)
【文献】 特開2010−185073(JP,A)
【文献】 特開2012−028045(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 24/00−30/00
C23C 18/00−20/08
H01M 8/00− 8/0297
H01M 8/08− 8/2495
B32B 1/00−43/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属製の基材の表面に、TiO2粒子を含むスラリーを供給するスラリー供給工程と、
前記スラリーが供給された前記基材を、酸素分圧が10-2Pa以下の雰囲気中で熱処理することにより、前記基材の上にTiOx(0<x<2)相を主相として含むチタン酸化物層を形成する熱処理工程と、
を含む、金属材の製造方法。
【請求項2】
請求項1に記載の金属材の製造方法であって、
前記熱処理工程において、前記基材を650℃以上の温度で熱処理する、金属材の製造方法。
【請求項3】
請求項1または2に記載の金属材の製造方法であって、
前記スラリーが、有機チタン化合物をさらに含む、金属材の製造方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載の金属材の製造方法であって、
前記スラリー供給工程の後、前記熱処理工程の前に、前記基材の上に供給された前記スラリーの上に炭素源を供給する炭素源供給工程をさらに含む、金属材の製造方法。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載の金属材の製造方法であって、
前記基材が、ステンレス、純チタン、またはチタン合金からなる、金属材の製造方法。
【請求項6】
燃料電池のセパレータの製造方法であって、
請求項1〜5のいずれかに記載の製造方法により金属材を製造する工程と、
前記熱処理工程の後、前記金属材を成形加工する工程と、
を含む、セパレータの製造方法。
【請求項7】
ステンレス鋼からなる基材と、
前記基材の上に形成されたチタン酸化物層と、
を含み、
前記チタン酸化物層は、TiOx(0<x<2)相を主相として含む、燃料電池のセパレータ用のステンレス鋼材。
【請求項8】
ステンレス鋼からなる基材と、
前記基材の上に形成されたチタン酸化物層と、
前記チタン酸化物層の上に形成された導電性を有する炭素材層と、を含み、
前記チタン酸化物層は、TiOx(0<x<2)相を主相として含む、ステンレス鋼材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属材の製造方法、燃料電池用セパレータの製造方法、およびステンレス鋼材に関する。
【背景技術】
【0002】
導電性に優れた金属材料の用途として、電池の集電体、電池ケースなどがある。燃料電池用途では、このような金属材料は金属製集電セパレータ材として利用される。燃料電池は、水素と酸素との結合反応の際に発生するエネルギーを利用する。このため、省エネルギーと環境対策との両面から、その導入および普及が期待されている。
【0003】
燃料電池には、固体電解質形、溶融炭酸塩形、リン酸形、および固体高分子形などの種類がある。固体高分子形燃料電池は、出力密度が高く小型化が可能である。また他のタイプの燃料電池よりも低温で作動し、起動および停止が容易である。このことから、電気自動車、および家庭用の小型コジェネレーションへの利用が期待されている。
【0004】
固体高分子形燃料電池のセパレータに要求される主な機能は、次の通りである。
(1)燃料ガス、または酸化性ガスを、所定の領域に均一に供給する「流路」としての機能
(2)カソード側で生成した水を、反応後の空気、酸素といったキャリアガスとともに、燃料電池から効率的に系外に排出する「流路」としての機能
(3)電極膜と接触して電気の通り道となり、さらに、隣接する2つの単セル間の電気的「コネクタ」となる機能
(4)隣り合うセル間で、一方のセルのアノード室と隣接するセルのカソード室との「隔壁」としての機能
(5)水冷型燃料電池では、冷却水流路と隣接するセルとの「隔壁」としての機能
【0005】
これらの要求に一定のレベルで応えることができる材料として、金属系材料とカーボン系材料とがある。金属系材料としては、ステンレス、チタン、炭素鋼等が挙げられる。金属系材料を用いたセパレータ(金属セパレータ)は、主としてプレス加工により成形される。金属系材料は、優れた加工性を有するため、厚さを薄くすることができ、軽量化が図れる等の利点を有する。一方、金属系材料には、腐食による金属イオンの溶出、および表面の酸化による電気伝導性の低下という問題がある。
【0006】
金属系材料としてチタンを用いる場合、酸化により、通常、表面にTiO2が形成される。TiO2は、実質的に導電性を有さない。このため、チタンを用いた金属セパレータの表面が酸化されると、電極膜との接触抵抗が上昇する。これにより、燃料電池の発電効率が低下する。そこで、導電性を有する還元型(酸素欠損型)のTiOx(0<x<2)膜を、予め、チタンを用いた金属セパレータの表面に形成しておくことが提案されている。
【0007】
特許文献1には、基材上に、第1の導電コーティング、および腐食耐性を有するポリマーベースの第2の導電コーティングを形成することが開示されている。基材は、Al、Mg、またはTiを主成分とする。第1の導電コーティングは、たとえば、TiOx(x<2)を含む。第1の導電コーティングは、PVD(Physical Vapor Deposition)法等の蒸着またはめっきにより形成される。ポリマーベースの第2の導電コーティングは、第1の導電コーティングの上に形成される。
【0008】
特許文献2には、ステンレス鋼上に、ゾルゲル法によりTiO2を含む酸化チタン被覆層を形成する方法が開示されている。この方法では、ディップコート法により基材をゾル溶液で被覆した後、この基材を焼成する。これにより、TiO2を含む酸化チタン被覆層が得られる。TiO2を含む層は、主として、Fe、Cr等の不純物を導入することにより、導電性が高くされる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2005−251747号公報
【特許文献2】特開平11−273693号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかし、特許文献1の製造方法では、TiOxを含む第1の導電コーティング(以下、「TiOx層」という。)は、蒸着またはめっきにより形成されるので、成膜に長時間を要し、生産効率が低い。また、この製造方法では、TiOx層を厚くすることが困難である。このため、TiOx層により基材を十分に保護することができない。たとえば、基材の上にTiOx層を形成した後、この基材を、プレス加工によりセパレータ形状に成形すると、TiOx層がはがれやすい。この場合、基材においてTiOx層に覆われていない部分が生じる。このような部分は、燃料電池内の環境で腐食しやすい。腐食により、セパレータの接触抵抗は増大する。
【0011】
特許文献2の製造方法では、TiO2は不純物の導入により導電性を付与される。しかし、不純物が導入されたTiO2の導電性は、十分には高くない。したがって、特許文献2の製造方法では、接触抵抗が十分に低い金属材を製造することができない。
【0012】
そこで、本発明の目的は、基材の上にTiOx(0<x<2)相を主相として含むチタン酸化物層を有する金属材を、高い生産性で得ることができる製造方法を提供することである。本発明の他の目的は、接触抵抗を低く維持することができる、燃料電池のセパレータの製造方法を提供することである。
【0013】
本発明のさらに他の目的は、接触抵抗を低く維持することができるステンレス鋼材を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明の実施形態の金属材の製造方法は、
金属製の基材の表面に、TiO2粒子を含むスラリーを供給するスラリー供給工程と、
前記スラリーが供給された前記基材を、酸素分圧が10-2Pa以下の雰囲気中で熱処理することにより、前記基材の上にTiOx(0<x<2)相を主相として含むチタン酸化物層を形成する熱処理工程と、
を含む。
【0015】
本発明の実施形態の、燃料電池のセパレータの製造方法は、
前記製造方法により金属材を製造する工程と、
前記熱処理工程の後、前記金属材を成形加工する工程と、
を含む。
【0016】
本発明の実施形態のステンレス鋼材は、
ステンレス鋼からなる基材と、
前記基材の上に形成されたチタン酸化物層と
を含み、
前記チタン酸化物層は、TiOx(0<x<2)相を主相として含む。
【発明の効果】
【0017】
本発明の実施形態に係る金属材の製造方法により、TiOx(0<x<2)相を主相として含むチタン酸化物層を有する金属材を、高い生産性で得ることができる。本発明の実施形態に係るセパレータの製造方法により、接触抵抗を低く維持することができるセパレータを製造することができる。本発明の実施形態に係るステンレス鋼材は、接触抵抗を低く維持することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1図1は、本発明の一実施形態に係るステンレス鋼材の模式断面図である。
図2A図2Aは、本発明の実施形態に係る製造方法により得られたセパレータを含む固体高分子形燃料電池の斜視図である。
図2B図2Bは、燃料電池のセル(単セル)の分解斜視図である。
図3図3は、試料の接触抵抗を測定する装置の構成を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の実施形態について詳細に説明する。以下の説明で、特に断りがない限り、化学組成について、「%」は質量%を意味する。
【0020】
[ステンレス鋼材]
図1は、本発明の一実施形態に係るステンレス鋼材の模式断面図である。ステンレス鋼材7は、基材8、基材8の上に形成されたチタン酸化物層9、およびチタン酸化物層9の上に形成された炭素材層10を含む。
【0021】
〈基材〉
基材は、ステンレス鋼からなる。「ステンレス鋼」とは、Cr含有量が10.5質量%以上の鋼をいう。基材を構成するステンレス鋼は、オーステナイト系、マルテンサイト系、フェライト系、またはオーステナイト−フェライト2相系であってもよい。
【0022】
フェライト系のステンレス鋼は、加工性が良好である。オーステナイト系のステンレス鋼は、耐食性が良好である。このため、ステンレス鋼材を燃料電池のセパレータ用に用いる場合は、基材は、フェライト系またはオーステナイト系のステンレス鋼からなることが好ましい。この場合、フェライト系のステンレス鋼として、たとえば、JIS規格のSUS444またはSUS409Dを用いることができる。オーステナイト系のステンレス鋼として、たとえば、JIS規格のSUS316Lを用いることができる。燃料電池のセパレータとして、ステンレス鋼材を用いることにより、チタン材を用いる場合に比して、セパレータのコストを安価にすることができる。
【0023】
〈チタン酸化物層〉
チタン酸化物層は、TiOx(0<x<2)相を主相として含む。TiOxとの化学式で表されるチタン酸化物には、TiO、Ti23、Ti47などの低次酸化物(定比化合物)、およびTiO2の結晶構造を有し酸素の一部が欠損したもの(不定比化合物)が含まれ得る。チタン酸化物層には、これらのチタン酸化物の1種または2種以上が存在し得る。xは、チタン酸化物の平均化学組成としての、Tiに対するOの原子比である。
【0024】
TiO2相が実質的に導電性を有さないのに対して、TiOx相は導電性を有する。また、TiOx相の導電性は、特許文献2に記載のように不純物が導入されたTiO2相よりも高い。したがって、チタン酸化物層が主相としてTiOx相を含むことにより、ステンレス鋼材の接触抵抗を低くすることができる。また、TiOx相は耐食性が高いので、たとえば、燃料電池内の環境でも低い接触抵抗を維持することができる。
【0025】
「TiOx相」とは、上記種々の低次酸化物およびTiO2の結晶構造を有し酸素の一部が欠損したものであるチタン酸化物相の総称である。TiOx相が主相であるとは、下記式(1)を満足することをいう。
0.6≦[TiOx]/([TiOx]+[TiO2]) (1)
ここで、[TiOx]は、ステンレス鋼材の表層について入射角0.3°(deg)の薄膜X線回折分析を行ったときに、TiOx相である各相の最強ピーク強度の合計である。[TiO2]は、ステンレス鋼材の表層について入射角0.3°(deg)の薄膜X線回折分析を行ったときに、TiO2相の最強ピーク強度である。
【0026】
たとえば、TiOx相として、Ti23相およびTiO相のみが検出されたとする。[Ti23]をTi23相の最強ピーク強度とする。[TiO]をTiO相の最強ピーク強度とする。この場合、下記式(2)を満足するときに、チタン酸化物層はTiOx(0<x<2)相を主相として含む。
0.6≦([Ti23]+[TiO])/([Ti23]+[TiO]+[TiO2]) (2)
【0027】
結晶相の同定は、たとえば、以下の手順により行うことができる。まず、検出されることが予想されるチタン酸化物の結晶相の候補を決定する。結晶相の候補として、たとえば、TiO2(ルチル型)、TiO2(アナターゼ型)、およびTin(2n-1)、ならびに基材に起因するα−Fe相およびγ−Fe相が挙げられる。
【0028】
X線回折分析の条件は、たとえば、下記の通りとすることができる。
X線:Co−Kα
励起:加速電圧を30kVとした100mAの電子線照射
測定対象の回折角度(2θ)の範囲:20〜100°
スキャン:0.02°のステップでのステップスキャン
各ステップの固定時間:10秒
【0029】
ピーク強度は、X線回折曲線の連続バックグラウンドより上の部分の面積とする。ここで、「面積」とは、測定したカウント数を使って得た積分強度である。
【0030】
そして、上記候補の結晶相についてのX線回折パターンのデータベースを用い、候補の結晶相のうち薄膜X線回折分析の結果と整合するものが存在すると判断する。その手順は、たとえば、以下の通りである。まず、得られたデータを21点の放物線フィルタで平滑化する。この平滑化したデータに対して、ピーク強度閾値を20cps、ピーク幅閾値を0.1°として、二次微分法でピーク検出を行う。ピーク位置は重心角度とする。以下、このようにして検出されたピークを「実測回折線」という。
【0031】
実測回折線について、上記データベースにある回折線(以下、「DB回折線」という。)の各相の最強ピークに対応するものがあれば、その相が存在すると判断する。ただし、DB回折線のうち、α−Feおよびγ−Feの回折線と0.1°以内の角度にあるものは除いて判断する。以上のようにして、チタン酸化物層に含まれるチタン酸化物の相を同定できるとともに、各相の最強ピーク強度を測定することができる。この結果を用いて、TiOx相が主相であるか否かを判定することができる。
【0032】
チタン酸化物層の厚さは、0.1〜2.0μmであることが好ましい。チタン酸化物層の厚さが0.1μm未満であると、チタン酸化物層に他の部材が接触したときに、チタン酸化物層が損傷して、基材が露出しやすくなる。チタン酸化物層が損傷して基材が露出すると、たとえば、燃料電池内で用いた場合、基材を構成するステンレス鋼材からカチオンが溶出する。これにより、発電を生じる化学反応が妨げられる。
【0033】
たとえば、平板状の基材にチタン酸化物層を形成してステンレス鋼材を得た後、このステンレス鋼材をプレス加工により、燃料電池(たとえば、固体高分子形燃料電池)のセパレータ形状に成形する場合、プレス加工に用いる金型がチタン酸化物層に接触する。また、チタン酸化物層は、燃料電池のセル内で、電極膜(たとえば、カーボン繊維により構成されるもの)と接触する。チタン酸化物層の厚さを0.1μm以上とすることにより、このような接触により基材が露出する事態を生じ難くすることができる。
【0034】
一方、TiOx相の導電性は基材の導電性より低い。このため、チタン酸化物層の厚さが2.0μmを超えると、チタン酸化物層自体の電気抵抗が無視できない程度に高くなる。また、チタン酸化物層の厚さが2.0μmを超えると、プレス加工時等に、チタン酸化物層が基材から剥離し、基材が露出しやすくなる。
【0035】
チタン酸化物層の厚さは、0.2〜1.0μmであることがより好ましい。チタン酸化物層の厚さがこの範囲内にあると、基材が露出し難いことと、チタン酸化物層自体の電気抵抗が低いこととが、バランスよく両立する。
【0036】
チタン酸化物層の厚さは、以下のようにして測定することができる。まず、ステンレス鋼材について基材の表面に垂直な断面のSEM(Scanning Electron Microscope)像またはTEM(Transmission Electron Microscope)像を得る。これらの像では、基材とチタン酸化物層とは、明暗の差異(コントラスト)により識別することができる。また、ステンレス鋼材が炭素材層を備えている場合は、チタン酸化物層と炭素材層とは、明暗の差異により識別することができる。これにより、基材とチタン酸化物層との境界、およびチタン酸化物層と炭素材層との境界を特定できるので、これらの境界に基づき、チタン酸化物層の厚さを測定することができる。
【0037】
〈炭素材層〉
炭素材層は、導電性を有する。チタン酸化物層の上に炭素材層を設けることにより、ステンレス鋼材の表面(炭素材層の表面)に繰り返し荷重が付与されたときの接触抵抗の上昇を抑制することができる。本実施形態のステンレス鋼材において、炭素材層は、任意の構成要素であり、設けられていなくてもよい。
【0038】
炭素材層に占めるC(炭素)の割合は、80質量%以上であることが好ましく、90質量%以上であることがより好ましい。これにより、炭素材層の導電性を高くすることができる。炭素材層の厚さは、0.1μm以上であることが好ましい。炭素材層の厚さが0.1μm未満であると、上述の接触抵抗の上昇を抑制する効果が不十分となるおそれがある。炭素材層とチタン酸化物層との合計厚さは、2.0μm以下であることが好ましい。炭素材層とチタン酸化物層との合計厚さが2.0μmを超えると、プレス加工時等に、チタン酸化物層と炭素材層とが基材から剥離し基材が露出しやすくなる。炭素材層の厚さは、チタン酸化物層の厚さの測定と同様の方法により測定することができる。
【0039】
ここで、チタン酸化物層の表面の面積に対して、この表面が炭素材層により覆われている部分の面積の割合を、「炭素材層の被覆率」という。炭素材層の被覆率を98%以上にすると、チタン酸化物層の表面で炭素材層に覆われていない部分が、燃料電池内の環境で、集中的に腐食するおそれがある。このような腐食を抑制するためには、炭素材層の被覆率は、98%未満とすることが好ましい。炭素材層の被覆率は、50%以下であってもよく、たとえば、2%程度(1〜2%)であってもよい。
【0040】
チタン酸化物層の上には、炭素材層に加えて、貴金属層が形成されていてもよい。この場合は、チタン酸化物層表面の面積に対して、この表面が貴金属層および炭素材層の少なくとも一方により覆われている部分の面積の割合(貴金属層および炭素材層の被覆率)は、98%未満とする。貴金属層および炭素材層の被覆率は、50%以下であってもよく、たとえば、2%程度(1〜2%)であってもよい。
【0041】
[金属材の製造方法]
本発明の一実施形態に係る金属材の製造方法は、スラリー供給工程と、熱処理工程とを含む。この製造方法は、炭素源供給工程をさらに含んでもよい。
【0042】
〈スラリー供給工程〉
この工程では、金属製の基材の表面に、TiO2粒子を含むスラリーを供給する。基材を構成する金属は、特に限定されず、たとえば、Co、Cr、Cu、Fe、Mn、Mo、Ni、W、もしくはZr、または、これらの金属の2種以上の合金であってもよい。金属材を、燃料電池のセパレータに用いる場合は、基材は、純チタン、チタン合金、またはステンレス鋼からなることが好ましい。これは、純チタン、チタン合金、およびステンレス鋼が高い導電率と高い耐食性とを兼ね備えているからである。
【0043】
「純チタン」とは、98.8%以上のTiを含有し、残部が不純物からなる金属材を意味する。純チタンとして、たとえば、JIS1種〜JIS4種の純チタンを用いることができる。これらのうち、JIS1種およびJIS2種の純チタンは、経済性に優れ、加工しやすいという利点を有する。「チタン合金」とは、70%以上のTiを含有し、残部が合金元素と不純物とからなる金属材を意味する。チタン合金として、たとえば、耐食用途のJIS11種、13種、もしくは17種、または高強度用途のJIS60種を用いることができる。
【0044】
後述する熱処理工程では、基材は、たとえば、650℃以上の温度に加熱される。このような温度で、基材が変形したり液相を生じたりしないように、基材の融点(固相線温度)は、1000℃以上であることが好ましい。
【0045】
「TiO2粒子を含むスラリー」とは、TiO2粒子を、有機バインダーに分散させたものをいう。有機バインダーは、樹脂と、この樹脂を溶解する有機溶剤または水を含む。樹脂は、たとえば、ポリウレタン系樹脂、ポリエステル系樹脂、またはアクリル系樹脂であってもよい。有機バインダーは、シランカップリング剤、界面活性剤等の添加剤を含んでもよい。チタン酸化物をゾル−ゲル法により形成する場合は、原料を加水分解または重縮合する必要がある。これに対して、スラリーは、最初から酸化チタンを含有しているため、酸化チタンを形成するために加水分解または重縮合反応を生じさせる必要はない。この点で、スラリーはゾル−ゲル法で用いる原料とは異なる。
【0046】
スラリーは、有機チタン化合物をさらに含んでもよい。有機チタン化合物は、たとえば、Tiのアルコキシド、キレート、およびアシレートからなる群から選択される1種または2種以上とすることができる。
【0047】
基材表面へのスラリーの供給は、たとえば、ロールコーター、バーコーター、ブレードコーター等を用いた湿式コーティングとすることができる。これらの方法では、スラリーの供給量を制御しやすい。したがって、基材表面に均一な厚さのスラリーの皮膜を形成しやすい。また、これらの方法では、短時間で所望の厚さの皮膜を形成することができる。さらに、基材表面へスラリーを供給する際、雰囲気制御をする必要はない。スラリー供給工程は、たとえば、大気雰囲気中で実施することができる。したがって、スラリー供給工程は、容易かつ短時間に実施することができる。
【0048】
基材表面へ供給したスラリーは、スラリー中の有機溶剤および水が実質的になくなるまで乾燥する。乾燥は、たとえば、熱風炉、誘導加熱炉、または近赤外炉等を用いて行うことができる。乾燥は、たとえば、60℃以上200℃以下で行うことができる。乾燥後のスラリーは、主としてTiO2粒子と樹脂とからなる皮膜となる。この皮膜は、乾燥時の熱により基材に固着する。
【0049】
スラリーを乾燥して得られる皮膜(以下、単に、「皮膜」という。)の厚さ(以下、「皮膜厚さ」という。)は、後述する熱処理工程を実施することにより得られるチタン酸化物層が所望の厚さを有するように調整する。具体的には、チタン酸化物層の厚さが0.1μm以上、2.0μm以下となるように皮膜厚さを調整することが好ましい。このような皮膜厚さは、熱処理工程の条件にもよるが、たとえば、0.12μm以上、3.0μm以下である。
【0050】
熱処理工程を実施することにより得られるチタン酸化物層の厚さが0.1μm以上であれば、チタン酸化物層が形成された基材をプレス成型しても、チタン酸化物層から基材が露出し難くなる。熱処理工程を実施することにより得られるチタン酸化物層の厚さが、2.0μm以下であれば、チタン酸化物層が基材から剥離し難くなる。
【0051】
チタン酸化物層の厚さは、触針式膜厚計を用いて、基材表面において、皮膜が形成された部分と皮膜が形成されていない部分との段差の高さとして測定することができる。
【0052】
TiO2粒子を含むスラリー(以下、単に、「スラリー」という。)の表面張力は、20mN/m〜60mN/mであることが好ましい。また、スラリーの粘度は、2mPa・s〜20mPa・sであることが好ましい。スラリーは、これらの要件の少なくとも一方を満足すると、基材上に均一に塗布しやすい。この場合、基材をスラリーから露出し難くすることができる。この効果を十分に奏するためには、スラリーの表面張力は、30〜50mN/mであることがより好ましい。また、スラリーの粘度は、2.5〜10mPa・sであることがより好ましい。以上のスラリーの表面張力および粘度は、いずれも、25℃におけるものである。
【0053】
TiO2粒子のD10は50nm以上であることが好ましい。D10は、レーザー回折散乱式粒度分布測定装置により測定される小径側からの体積累積頻度が10%に達する粒径である。すなわち、D10の値より小さい粒径を有するTiO2粒子は、体積基準で全体の10%を占める。D10を50nm以上とすることにより、TiO2粒子の凝集を生じ難くすることができる。
【0054】
TiO2粒子のD90は500nm以下であることが好ましい。D90は、レーザー回折散乱式粒度分布測定装置により測定される小径側からの体積累積頻度が90%に達する粒径である。すなわち、D90の値より小さい粒径を有するTiO2粒子は、体積基準で全体の90%を占める。D90を500nm以下とすることにより、スラリー中でのTiO2粒子の沈殿を生じ難くすることができる。これにより、基材に供給されたスラリーにおいて、TiO2粒子のむらを生じ難くすることができる。また、上述のように、皮膜厚さは、たとえば、3.0μm以下である。D90を500nm以下とすることにより、基材に供給したスラリーの厚さを3.0μm以下にしやすくなる。以上の効果を十分に奏するためには、TiO2粒子のD90は、300nm以下であることがより好ましい。
【0055】
TiO2粒子の結晶構造は、アナターゼ、ルチル、およびブルッカイトのいずれであってもよい。また、TiO2粒子には、アナターゼの結晶構造を有するもの、ルチルの結晶構造を有するもの、およびブルッカイトの結晶構造を有するものの2種以上が含まれていてもよい。
【0056】
〈熱処理工程〉
この工程では、スラリーが供給された基材(皮膜が形成された基材)を、酸素分圧が10-2Pa以下の雰囲気(以下、「低酸素分圧雰囲気」という。)中で熱処理することにより、基材の上にTiOx(0<x<2)相を主相として含むチタン酸化物層を形成する。換言すれば、熱処理工程は、基材の上にTiOx(0<x<2)相を主相として含むチタン酸化物層が形成される条件で行う。この熱処理により、TiO2粒子は還元され、TiOx(0<x<2)の粒子となる。皮膜は、TiOx相を主相とするチタン酸化物層となる。この際、有機バインダー中のC(炭素)は、還元剤として機能する。しかし、仮に、TiO2粒子の近傍にCが存在しなくても、低酸素分圧雰囲気中での熱処理により、TiO2粒子は還元され、TiOx(0<x<2)の粒子となる。
【0057】
上述のように、スラリー供給工程は、容易かつ短時間に実施することができる。熱処理工程は、たとえば、連続炉を用いて実施することができる。したがって、本実施形態の製造方法は生産性が高い。すなわち、この製造方法により、基材の上にTiOx(0<x<2)相を主相として含むチタン酸化物層を有する金属材を、高い生産性で得ることができる。
【0058】
チタン酸化物層の厚さは、0.1μm以上、2.0μm以下とすることが好ましい。チタン酸化物層の厚さは、皮膜厚さ、熱処理温度および熱処理時間などにより制御することができる。皮膜厚さは、基材表面へのスラリーの供給量を多くすることにより、容易に厚くすることができる。したがって、たとえば、PVDおよびめっきに比して、厚いチタン酸化物層を、容易に形成することができる。
【0059】
チタン酸化物層を構成するTiは、基材上に供給したスラリーに含まれていたTiO2粒子に由来しており、基材には実質的に由来していない。したがって、本実施形態の方法によれば、基材の種類によらず、TiOx相を主相とするチタン酸化物層を形成することができる。基材がステンレス鋼からなる場合は、この製造方法により、本実施形態のステンレス鋼材を製造することができる。
【0060】
低酸素分圧雰囲気は、たとえば、アルゴン、窒素等の不活性ガス雰囲気、または真空(減圧)雰囲気とすることができる。真空雰囲気は、真空度が10-2Pa以下の雰囲気であることが好ましい。
【0061】
熱処理温度は、650℃以上とすることが好ましい。これにより、十分な量のTiOxを形成することができる。この効果を十分に奏するためには、熱処理温度は、700℃以上とすることがより好ましい。熱処理温度は、800℃以下とすることが好ましい。これにより、TiO2が金属Tiまで還元されないようにすることができる。この効果を十分に奏するためには、熱処理温度は、760℃以下とすることがより好ましい。
【0062】
熱処理時間は、60〜300秒とすることが好ましい。熱処理時間を60秒以上とすることにより、十分な量のTiOxを形成することができる。この効果を十分に奏するためには、熱処理時間は、120秒以上とすることがより好ましい。熱処理時間を300秒以下とすることにより、TiO2が金属Tiまで還元されないようにすることができる。この効果を十分に奏するためには、熱処理時間は、240秒以下とすることがより好ましい。
【0063】
TiO2粒子の結晶構造がアナターゼであれば、TiO2粒子の結晶構造がルチルおよびブルッカイトである場合に比して、低い熱処理温度、または短い熱処理時間で、TiOx相を形成することができる。
【0064】
スラリーが有機チタン化合物を含む場合は、熱処理工程で有機チタン化合物は分解して、チタン酸化物(主として、TiOx相)となる。このチタン酸化物は、スラリーに含まれていたTiO2粒子の隙間を埋めるように生成する。このため、緻密なチタン酸化物層が得られる。このようなチタン酸化物層により、たとえば、燃料電池内の環境で基材を十分に保護することができる。したがって、このようなチタン酸化物層を備えた金属材の耐食性は高い。
【0065】
以上の効果を得るためには、スラリー中のTiO2粒子、水および有機溶剤に対して、有機チタン化合物の添加量は、1〜30質量%であることが好ましい。有機チタン化合物の添加量を1質量%以上とすることにより、チタン酸化物層を緻密にして、金属材の耐食性を高くする効果が顕在化する。この効果を十分に奏するためには、有機チタン化合物の添加量は、5質量%以上であることがより好ましい。
【0066】
有機チタン化合物の添加量が30質量%を超えると、耐食性向上の効果は飽和する。加えて、有機チタン化合物の添加量が30質量%を超えると、熱処理により有機チタン化合物を十分に分解することが困難になる。この場合、熱処理後、均一な厚さのチタン酸化物層が得られ難くなる。有機チタン化合物の添加量を30質量%以下とすることにより、有機チタン化合物を十分に分解して均一な厚さのチタン酸化物層を得ることができる。この効果を十分に奏するためには、有機チタン化合物の添加量は、20質量%以下であることがより好ましい。
【0067】
〈炭素源供給工程〉
この工程では、スラリー供給工程の後、熱処理工程の前に、基材の上に供給されたスラリーの上に、炭素源を供給する。炭素源は、スラリーを乾燥した後に得られる皮膜の上に供給することが好ましい。「スラリーの上に炭素源を供給する」とは、皮膜の上に炭素源を供給する場合も含むものとする。スラリーの上に供給された炭素源は、熱処理工程で炭素材層となる。金属材が炭素材層を有することにより、金属材に繰り返し荷重が付与されたときに、接触抵抗の増加を抑制できる。本実施形態の金属材の製造方法において、炭素源供給工程は任意の工程であり、実施しなくてもよい。
【0068】
炭素源として、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、上記スラリーの有機バインダーに用いる樹脂等、各種樹脂を用いることができる。熱処理工程における低酸素分圧雰囲気で容易に炭素化する樹脂を用いることが好ましい。
【0069】
炭素源は、たとえば、ロールコーター、バーコーター、ブレードコーター等を用いた湿式コーティングにより、スラリーの上に供給することができる。この場合、炭素源としての樹脂が室温で固体の場合は、この樹脂を水または有機溶剤に溶解または分散させて用いることができる。
【0070】
炭素源は、スラリー上へ、熱処理工程後の炭素材層の厚さが0.1μm以上になるように供給(塗布)することが好ましい。これにより、得られる金属材において、接触抵抗の上昇を抑制する効果が十分に得られる。炭素材層の厚さは、炭素源の塗布厚さ、熱処理温度および熱処理時間などにより制御することができる。
【0071】
炭素材層を含む金属材、および炭素材層を含まない金属材のいずれも、燃料電池のセパレータ、非水電解質二次電池の集電体、色素増感型太陽電池の触媒電極等に用いることができる。
【0072】
[燃料電池のセパレータの製造方法]
燃料電池のセパレータの製造方法は、上記製造方法により金属材を製造する工程と、上記熱処理工程の後、金属材を成形加工する工程とを含む。基材は、たとえば、平板状(箔状)であってもよい。この場合、上記金属材の製造方法により、平板状の金属材が得られる。成形加工する工程により、平板状の金属材を、燃料電池のセパレータの形状に加工することができる。
【0073】
成形加工は、プレス加工であることが好ましい。これにより、セパレータの量産性を高くすることができる。金属材のチタン酸化物層の厚さが0.1μm以上であると、プレス加工等の成形加工時に、基材が露出し難い。
【0074】
図2Aは、固体高分子形燃料電池の斜視図である。図2Bは、燃料電池のセル(単セル)の分解斜視図である。図2Aおよび図2Bに示すように、燃料電池1は単セルの集合体である。燃料電池1において、複数のセルが積層され直列に接続されている。
【0075】
図2Bに示すように、単セルでは、固体高分子電解質膜2の一面および他面に、それぞれ、燃料電極膜(アノード)3、および酸化剤電極膜(カソード)4が積層されている。そして、この積層体の両面にセパレータ5a、5bが重ねられている。セパレータ5a、5bは、本発明の実施形態に係る製造方法により得られる。すなわち、セパレータ5a、5bは、本発明の実施形態に係る製造方法により得られた金属材、たとえば、上記ステンレス鋼材7(図1参照)を備える。
【0076】
固体高分子電解質膜2を構成する代表的な材料として、水素イオン(プロトン)交換基を有するふっ素系イオン交換樹脂膜がある。燃料電極膜3および酸化剤電極膜4は、カーボンシートからなるガス拡散層と、ガス拡散層の表面に接するように設けられた触媒層とを備えている。カーボンシートは、カーボン繊維から構成される。カーボンシートとしては、カーボンペーパ、またはカーボンクロスが用いられる。触媒層は、粒子状の白金触媒と、触媒担持用カーボンと、水素イオン(プロトン)交換基を有するふっ素樹脂とを有する。固体高分子電解質膜2、燃料電極膜3、および酸化剤電極膜4は、これらが貼り合わされた一体的な構成部材であるMEA(Membrane Electrode Assembly)として用いられることがある。
【0077】
セパレータ5aに形成された溝である流路6aには、燃料ガス(水素または水素含有ガス)Aが流される。これにより、燃料電極膜3に燃料ガスが供給される。燃料電極膜3では、燃料ガスはガス拡散層を透過して触媒層に至る。また、セパレータ5bに形成された溝である流路6bには、空気等の酸化性ガスBが流される。これにより、酸化剤電極膜4に酸化性ガスが供給される。酸化剤電極膜4では、酸化性ガスはガス拡散層を透過して触媒層に至る。これらのガスの供給により、電気化学反応が生じて、燃料電極膜3と酸化剤電極膜4との間に、直流電圧が発生する。
【0078】
セパレータ5a、5bは、上記金属材を備えることにより、電極膜3、4との初期の接触抵抗は低い。また、金属材が高い耐食性を有することにより、固体高分子形燃料電池1のセパレータ環境で、この低い接触抵抗は維持される。
【0079】
これらのセルおよび固体高分子形燃料電池1では、セパレータ5a、5bと電極膜3、4との低い接触抵抗が維持される。これにより、これらのセルおよび固体高分子形燃料電池1は、高い発電効率を維持することができる。
【実施例】
【0080】
以下の方法により金属材の試料を作製し、評価した。
1.基材の準備
基材として、純チタンからなるもの、およびステンレス鋼からなるものを準備した。純チタンは、JIS1種チタンであった。ステンレス鋼は、SUS316L、またはSUS409Dであった。いずれの基材も、厚さが0.1mmの板状の形状を有していた。
【0081】
2.スラリーの準備
スラリーは、TiO2粒子を有機バインダーに分散させて得た。一部のスラリーには、有機チタン化合物を添加した。表1に、スラリーに用いたTiO2粒子の結晶構造、D10、およびD90、ならびにスラリーが有機チタン化合物を含むか否かを示す。用いたTiO2粒子の平均粒径(D50;レーザー回折散乱式粒度分布測定装置により測定される小径側からの体積累積頻度が50%に達する粒径)は、いずれも、150nmであった。
【0082】
【表1】
【0083】
TiO2粉末を純水と混合し、分散剤として、ポリエチレングリコール(平均分子量15000〜25000)をTiO2粒子に対して20質量%添加して撹拌した。これにより、懸濁液を得た。懸濁液1LあたりのTiO2粒子の量は200gであった。番号2のスラリーを作製する際は、有機チタン化合物として、テトラ−n−ブトキシチタン(平均分子量340)を懸濁液に添加した。懸濁液におけるテトラ−n−ブトキシチタンの割合は、10質量%とした。各懸濁液に、アクリル樹脂の微粒子を添加してスラリーを得た。アクリル樹脂の添加量は、TiO2粒子に対して10質量%とした。
【0084】
表2および表3に、金属材の製造条件、および評価結果を示す。表2に製造条件を示す方法では、いずれも、純チタン(JIS1種)からなる基材を用いた。
【0085】
【表2】
【0086】
【表3】
【0087】
3.スラリー供給工程
バーコーターを用いて、スラリーを基材に塗布した。その際、試料毎に、スラリーの塗布条件を変えて、スラリーの塗布厚さを異ならせた。続いて、スラリーが塗布された基材を、100℃で5分乾燥した。
【0088】
4.炭素源供給工程
試験例7および15では、乾燥させたスラリー(皮膜)の上に、炭素源として、ポリビニルアルコールの10質量%水溶液をバーコーターで塗布した。続いて、100℃で10分乾燥した。
【0089】
5.熱処理工程
得られた試料に対して、大気圧のアルゴン雰囲気中で加熱することにより、還元処理を行った。アルゴン雰囲気は、純度が99.995%以上で3ppm未満のO(酸素)を含有する工業用アルゴンガスを用いて得た。アルゴン雰囲気の酸素分圧は、10-2Pa未満であった。これにより、基材と、基材の表面に形成されたチタン酸化物層とを含む金属材の試料を得た。試験例7および15では、チタン酸化物層の上に炭素材層が形成されていた。
【0090】
6.チタン酸化物層中のチタン酸化物相の同定
得られた試料について、リガク社製X線回折装置RINT2500を使用して、薄膜X線回折分析による上述の方法により、チタン酸化物層の主相がTiOx相であるか否かを判定した。表2および表3に、「TiOx相割合」として、[TiOx]/([TiOx]+[TiO2])の値を示す。表2および表3の「TiOx相割合」の数値が、0.6以上の試料では、チタン酸化物層の主相は、TiOx相である。
【0091】
7.チタン酸化物層および炭素材層の厚さの測定
AEP technology社製の触針式膜厚計NanoMap−LSを用いて、チタン酸化物層の厚さを測定した。ただし、試験例7および15では、チタン酸化物層と炭素材層との合計厚さを測定した。以下、このようにして測定したチタン酸化物層の厚さ、またはチタン酸化物層と炭素材層との合計厚さを、表2および表3に、「合計層厚」として示す。
【0092】
8.チタン酸化物層の密着強度の測定
平板状の金属材をセパレータ形状にプレス加工する際のチタン酸化物層の剥離しやすさを示す指標として、密着強度を調査した。密着強度はテープ剥離試験により評価した。テープ剥離を行う前に、試料の評価面を直径が1mmの丸棒の周面に密着させ、この丸棒の周面に沿うように試料を180°折り曲げた後、試料を平板状に開いた。この試料の評価面に対して、テープ剥離試験を行った。テープとして、ニチバン社製のセロテープ(登録商標)を用いた。評価面に貼り付けたテープを剥がしたときに、チタン酸化物層(試験例7および15では、チタン酸化物層および炭素材層)が剥離するか否かにより、密着強度を評価した。
【0093】
表2および表3の「密着強度」の欄における記号の意味は、以下の通りである。
○:剥離が生じなかった。
×:剥離が生じた。
【0094】
9.接触抵抗の測定
図3は、試料の接触抵抗を測定する装置の構成を示す図である。この装置を用い、各試料の接触抵抗を測定した。接触抵抗が低い金属材は、セパレータに用いるのに好ましい。
【0095】
図3を参照して、まず、作製した試料11を、燃料電池用のガス拡散層として使用される1対のカーボンペーパ(東レ株式会社製TGP−H−90)12で挟み込み、これを金めっきした1対の白金電極13で挟んだ。各カーボンペーパ12の面積は、1cm2であった。次に、この1対の白金電極13の間に、10kgf/cm2(9.81×105Pa)の荷重を加えた。図3に、荷重を加えた方向を白抜き矢印で示す。この状態で、1対の白金電極13間に一定の電流を流し、このとき生じるカーボンペーパ12と試料11との間の電圧降下を測定した。この結果に基づいて抵抗値を求めた。得られた抵抗値は、試料11の両面の接触抵抗を合算した値となるため、これを2で除して、試料11の片面あたりの接触抵抗値とした。
【0096】
接触抵抗の測定は、未処理の試料について行い、また、以下に説明する繰り返し荷重を加えた後にも行った。表2および表3において、未処理の試料の接触抵抗を「初期」の欄に示し、繰り返し荷重を加えた後の接触抵抗を「繰り返し荷重後」の欄に示す。荷重を繰り返し加える方法は、以下の通りとした。接触抵抗の測定に用いる1対の白金電極13の間に加える荷重を、5kgf/cm2(4.90×105Pa)と20kgf/cm2(19.6×105Pa)との間で繰り返し50回変化させた。その後、圧力を10kgf/cm2(9.81×105Pa)として、接触抵抗を測定した。
【0097】
さらに、純チタンからなる基材を用いた試料については、以下に説明する耐食試験を行った後にも、接触抵抗を測定した。Clイオンを10ppm含み、pHを2に調整した90℃の水溶液を用意した。水溶液のpHは、H2SO4を用いて調整した。この水溶液に、試料(繰り返し変動する荷重を加えていないもの)を、96時間浸漬した。その後、試料を水洗して乾燥させた。そして、上述の方法により接触抵抗を測定した。耐食性が良好でなければ基材表面の不動態皮膜が成長するので、浸漬前と比較し接触抵抗が上昇する。このようにして測定した接触抵抗の値を、表2の「耐食試験後」の欄に示す。
【0098】
10.カチオンの溶出試験
ステンレス鋼からなる基材を用いた試料については、上記の耐食試験の代わりに、以下に説明するカチオン溶出試験を行った。カチオン溶出量が少ない金属材は、セパレータに用いるのに好ましい。
【0099】
Clイオンを10ppm含み、pHを2に調整した90℃の水溶液を用意した。水溶液のpHは、H2SO4を用いて調整した。この水溶液に、試料(繰り返し変動する荷重を加えていないもの)を、96時間浸漬した。その後、試料からの水溶液へのカチオン溶出量を測定した。カチオン溶出量は、水溶液について、試料を水溶液に浸漬した後の各カチオンの濃度の合計と試料を水溶液に浸漬する前の各カチオンの濃度の合計との差を、試料の表面積で除した値とした。カチオン濃度は、ICP(Inductively Coupled Plasma)発光分光分析により測定した。
【0100】
表3の「カチオン溶出」の欄に、カチオン溶出試験の結果を示す。この欄における記号の意味は、以下の通りである。
◎:カチオン溶出量が0.05μg/cm2以下であった。
○:カチオン溶出量が0.05μg/cm2を超え、0.1μg/cm2以下であった。
×:カチオン溶出量が0.1μg/cm2を超えた。
【0101】
11.評価結果
本発明の製造方法により、TiOx相を主相として含むチタン酸化物層を有する金属材を製造できることがわかる。この製造方法は、生産性が高い。なお、試験例1、8および16では、TiOx相割合が低く、TiOx相は主相ではなかった。しかし、皮膜の形成までを試験例1、8および16と同様に実施した試料を、適切な条件(温度、時間)で熱処理することにより、TiOx相を主相とすることができた。
【0102】
本発明の製造方法において基材として純チタンを用いた試験例のうち、試験例2、3および5〜7では、初期、耐食試験後、および繰り返し荷重後の接触抵抗は、いずれも、25mΩ・cm2以下と低かった。試験例のうち基材としてステンレス鋼を用いたもの(試験例9〜15)では、初期、および繰り返し荷重後の接触抵抗は、いずれも、35mΩ・cm2以下と低かった。試験例9〜15では、試験例11を除き、カチオンの溶出量は、0.1μg/cm2以下と低かった。すなわち、試験例9、10、および12〜15で得られた試料は、セパレータ用として好ましいものであった。
【0103】
試験例3と試験例6とでは、ほぼ同じ厚さのチタン酸化物層が得られた。これらの試料を対比すると、スラリーに用いたTiO2粒子の結晶構造がルチルであるかアナターゼであるかによらず、同等の接触抵抗(初期および耐食試験後)が得られることがわかる。同様に、試験例10と試験例14とでは、ほぼ同じ厚さのチタン酸化物層が得られた。これらの試料を対比すると、スラリーに用いたTiO2粒子の結晶構造がルチルであるかアナターゼであるかによらず、同等の接触抵抗(初期)およびカチオン溶出量が得られることがわかる。
【0104】
試験例3と試験例5とでは、ほぼ同じ厚さのチタン酸化物層が得られた。これらの試料を対比すると、有機チタン化合物を含むスラリーを用いることにより、接触抵抗(耐食試験後)が低減することがわかる。同様に、試験例10と試験例13とでは、ほぼ同じ厚さのチタン酸化物層が得られた。これらの試料を対比すると、有機チタン化合物を含むスラリーを用いることにより、カチオン溶出量が抑制されることがわかる。
【0105】
試験例3と試験例7との対比、および試験例10と試験例15との対比から、炭素源供給工程を実施し、チタン酸化物層の上に炭素材層を形成することにより、繰り返し荷重後の接触抵抗を低減できることがわかる。
【0106】
試験例1および8では、チタン酸化物層の厚さは2.0μmを超えた。試験例1および8では、テープ剥離試験により、基材からチタン酸化物層が剥離した。すなわち、試験例1および8では、チタン酸化物層の密着強度は低かった。
【0107】
試験例4および11では、チタン酸化物層厚さは0.1μm未満であった。試験例4の耐食試験後の接触抵抗は、200mΩ/cm2以上と高かった。試験例4では、皮膜厚さが薄かったことにより、得られたチタン酸化物層が薄くなり、チタン酸化物層により基材を十分に保護できなかったと考えられる。試験例4および11でのチタン酸化物層の厚さは、特許文献1の製造方法でPVDにより形成された膜の厚さに相当する。試験例4の評価結果から、このような薄いチタン酸化物層によっては、基材が酸化してTiO2相が形成されることを十分に抑制できず、これにより、接触抵抗が高くなったと考えられる。
【0108】
試験例11のカチオンの溶出量は、0.1μg/cm2を超え高かった。試験例11では、チタン酸化物層が薄く、チタン酸化物層により基材を十分に保護できなかったと考えられる。すなわち、基材からカチオンが溶出することを、チタン酸化物層によっては十分に抑制できなかった。
【符号の説明】
【0109】
1:固体高分子形燃料電池
5a、5b:セパレータ
7:ステンレス鋼材
8:基材
9:チタン酸化物層
10:炭素材層
11:試料(金属材)
図1
図2A
図2B
図3