(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6881684
(24)【登録日】2021年5月10日
(45)【発行日】2021年6月2日
(54)【発明の名称】直交加速飛行時間型質量分析装置及びその引き込み電極
(51)【国際特許分類】
H01J 49/40 20060101AFI20210524BHJP
H01J 49/06 20060101ALI20210524BHJP
【FI】
H01J49/40 300
H01J49/06 700
H01J49/06 800
【請求項の数】10
【全頁数】17
(21)【出願番号】特願2020-522444(P2020-522444)
(86)(22)【出願日】2018年5月30日
(86)【国際出願番号】JP2018020673
(87)【国際公開番号】WO2019229864
(87)【国際公開日】20191205
【審査請求日】2020年9月17日
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】特許業務法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】工藤 朋也
(72)【発明者】
【氏名】坂越 祐介
【審査官】
右▲高▼ 孝幸
(56)【参考文献】
【文献】
特表平3-503815(JP,A)
【文献】
独国特許出願公開第19717573(DE,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 49/40
H01J 49/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
a) イオン通過部を有する板状の本体と、
b) 前記本体を収容する貫通孔である本体収容部が設けられた板状の部材であって、一方の面に、該本体収容部に収容された前記本体の一方の面の位置を規定するように設けられた延出部を有する第1部材と
c) 前記本体収容部に前記本体を収容した前記第1部材に取り付けられる板状の部材であって、前記イオン通過部の少なくとも一部を遮らない位置に貫通孔が設けられ、一方の面に、前記第1部材の前記一方の面とは反対の面に当接される第1領域と、該第1領域よりも内側に位置し前記第1領域の該当接される面よりも低く形成された第2領域とが形成された第2部材と、
d) 前記第2領域において前記本体と前記第2部材の間に配置される弾性部材と
を備えることを特徴とする直交加速飛行時間型質量分析装置の引き込み電極。
【請求項2】
前記第2領域が凹状に形成されていることを特徴とする請求項1に記載の引き込み電極。
【請求項3】
e) 請求項1に記載の引き込み電極と押し出し電極を有する直交加速部と、
f) 1又は複数の電極からなる第2加速部と、
g) ベースプレートと、
h) 前記ベースプレートに立設される複数の棒状部材と、
i) 前記複数の棒状部材のそれぞれに取り付けられる部材であって、前記ベースプレートから前記引き込み電極までの距離を規定する第1スペーサ部材と、
j) 前記複数の棒状部材のそれぞれに取り付けられる部材であって、前記引き込み電極から前記押し出し電極までの距離を規定する第2スペーサ部材と、
k) 前記棒状部材のそれぞれに取り付けられる部材であって、前記ベースプレートから、前記第2加速部を構成する電極のうち該ベースプレートに最も近い位置に配置される電極までの距離を規定する第3スペーサ部材と
を備えることを特徴とする直交加速飛行時間型質量分析装置。
【請求項4】
前記第2加速部は複数の電極で構成されており、さらに、
l) 前記棒状部材のそれぞれに取り付けられる部材であって、前記第2加速部を構成する電極間の距離を規定する第4スペーサ部材
を備えることを特徴とする請求項3に記載の直交加速飛行時間型質量分析装置。
【請求項5】
前記第1スペーサ部材及び前記第2スペーサ部材がセラミックからなるものであることを特徴とする請求項3に記載の直交加速飛行時間型質量分析装置。
【請求項6】
m) 請求項1に記載の引き込み電極と押し出し電極を有する直交加速部が配置される高真空室と、
n) 前記高真空室の前段に設けられた中間真空室と、
o) 前記中間真空室の内部に位置する部材に対して位置決めされ、それぞれにイオン通過開口が形成された1乃至複数の電極からなる前段側イオンレンズと、前記高真空室の内部に位置する部材に対して位置決めされ、それぞれにイオン通過開口が設けられた1乃至複数の電極からなる後段側イオンレンズとから構成されるイオンレンズであって、前記前段側イオンレンズの最も後段に位置する電極のイオン通過開口よりも、前記後段側イオンレンズの最も前段に位置する電極のイオン通過開口の方が大きいイオンレンズと
を備えることを特徴とする直交加速飛行時間型質量分析装置。
【請求項7】
前記後段側イオンレンズの最も前段に位置する電極のイオン通過開口が、前記イオンレンズを構成する全ての電極のイオン通過開口の中で最も大きいことを特徴とする請求項6に記載の直交加速飛行時間型質量分析装置。
【請求項8】
前記後段側イオンレンズを構成する電極のうち最も前段に位置する電極以外の少なくとも1つに形成されているイオン通過開口がスリット状であることを特徴とする請求項6に記載の直交加速飛行時間型質量分析装置。
【請求項9】
前記後段側イオンレンズと前記直交加速部とが直接的に又は間接的に同じ部材に固定され位置決めされていることを特徴とする請求項6に記載の直交加速飛行時間型質量分析装置。
【請求項10】
前記後段側イオンレンズを構成する電極のうち、最も前段に位置する電極に設けられたイオン通過開口よりも小さいイオン通過開口を有する電極が、前記高真空室と前記中間真空室の真空隔壁の一部を構成していることを特徴とする請求項6に記載の直交加速飛行時間型質量分析装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、直交加速型の飛行時間型質量分析装置が有する直交加速部で用いられる引き込み電極に関する。また、そのような引き込み電極を備えた直交加速型の飛行時間型質量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
飛行時間型質量分析装置(TOF-MS: Time-of-Flight Mass Spectrometer)では、試料成分由来のイオンに所定の周期で一定の運動エネルギーを付与して一定距離の空間を飛行させ、その飛行時間からイオンの質量電荷比を求める。このとき、イオンの初期エネルギー(初期飛行速度)にばらつきがあると、同一の質量電荷比を持つイオン間で飛行時間にばらつきが生じ、質量分解能が低下する。こうした問題を解決するために、直交加速型の飛行時間型質量分析装置が用いられる(例えば特許文献1)。直交加速型の飛行時間型質量分析装置では、一群のイオンをその入射方向に直交する方向に加速することにより該入射方向における飛行速度のばらつきの影響を排除して質量分解能を向上することができる。
【0003】
図1に、直交加速型の飛行時間型質量分析装置の一例の概略構成を示す。
この質量分析装置2は、略大気圧であるイオン化室20と真空ポンプ(図示なし)により真空排気された高真空の分析室23との間に、段階的に真空度が高められた第1中間真空室21と第2中間真空室22を備えた多段差動排気系の構成を有している。イオン化室20には、液体試料を噴霧してイオン化するエレクトロスプレイイオン化(ESI: ElectroSpray Ionization)プローブ201が設置されている。
【0004】
イオン化室20と第1中間真空室21は細径の加熱キャピラリ202を通して連通している。第1中間真空室21と第2中間真空室22は頂部に小孔を有するスキマー212で隔てられている。第1中間真空室21にはイオンを収束させつつ後段へ輸送するためのイオンガイド211が配置されている。第2中間真空室22には、イオンを質量電荷比に応じて分離する四重極マスフィルタ221、多重極イオンガイド222を内部に備えたコリジョンセル223、及びコリジョンセル223から放出されたイオンを輸送するためのイオンガイド224が配置されている。コリジョンセル223の内部には、アルゴン、窒素などの衝突誘起解離(CID: Collision-Induced Dissociation)ガスが供給される。
【0005】
分析室23には、第2中間真空室22から入射したイオンを輸送するためのイオンレンズ231、イオンの入射光軸(以下、「イオン光軸」と呼ぶ。)Cを挟んで対向配置された2つの電極232A、232Bからなる直交加速部232、該直交加速部232から出射するイオンを飛行空間に向かって加速する第2加速部233、飛行空間においてイオンの折り返し軌道を形成するリフレクトロン234(前段リフレクトロン電極234A、後段リフレクトロン電極234B)、飛行してきたイオンを検出する検出器235、飛行空間の外縁を規定するフライトチューブ236、及びバックプレート237を備えている。
【0006】
直交加速部232を構成する1組の電極のうち、入射光軸Cを挟んで飛行空間と反対側に位置する電極は押し出し電極と呼ばれる。押し出し電極232Aは平板状の金属部材である。
【0007】
直交加速部232を構成するもう1つの電極(飛行空間側に位置する電極)は引き込み電極と呼ばれる。
図2は引き込み電極232Bの分解斜視図である。引き込み電極232Bは、いずれも金属部材である上部材232B1、本体232B2、及び下部材232B3を組み合わせることによって構成される。本体232B2は矩形板状の部材であり、厚さ方向に貫通する微細なイオン通過孔が多数形成されてなる矩形状のイオン通過部232B2aと、該イオン通過部232B2aを取り囲む周縁部232B2bとを有している。上部材232B1には、本体232B2の外形に対応する矩形の断面を有する貫通孔
232B1aが形成されており、その上端には対向する2つの長辺から該貫通孔
232B1aの一部(貫通孔
232B1aに本体232B2を収容した状態で周縁部232B2bが当接する部分)にストッパーとしての延出部
232B1bが設けられている。貫通孔
232B1aの周縁のうち矩形の短辺側の上面は長辺側よりも低く、本体232B2が貫通孔
232B1aに収容された状態で該本体232B2の上面と面一になる高さになっている。さらに、上部材232B1の四隅には、図示しないベースプレートに直交加速部232を固定するための棒状部材243(
図5参照)を挿通する貫通孔232B1cが形成されており、下面には4つのねじ孔(図示せず)が形成されている。下部材232B3の中央には、本体232B2の長辺よりも短く該本体232B2のイオン通過部232B2aの長辺よりも長い径を有する円形断面の貫通孔232B3aが形成されている。下部材232B3の四隅にも棒状部材243を挿通するための貫通孔232B3cが形成されており、また上部材232B1に形成された4つのねじ孔のそれぞれに対応する位置にねじ挿入用の貫通孔232B3dが形成されている。
【0008】
本体232B2のイオン通過部232B2aを構成する微細なイオン通過孔は、例えば特許文献2に記載されているように板状の部材と角柱状の部材を交互に幾重にも重ね合わせることにより形成される。そのため、製造毎に本体232B2の厚さのばらつきが生じやすい。直交加速部232では、押し出し電極232Aの下面と、引き込み電極232Bのイオン通過部232B2aの上面の平行度が悪いと直交加速部232内の位置によってイオンに付与されるエネルギーや加速方向にばらつきが生じ、分解能や測定感度が悪くなる。従って、本体232B2の厚さに多少のばらつきがあっても、イオン通過部232B2aの上面が押し出し電極232B1の下面と平行になるように引き込み電極232Bを組み立てる必要がある。
【0009】
図3は、従来用いられている引き込み電極232Bの斜視図である。また、
図4(a)は引き込み電極232BのA−A’断面図、
図4(b)はB−B’断面図である。本体232B2は、上部材232B1の貫通孔232B1aの高さ(延出部232B1bの部分を除く高さ)よりもわずかに厚くなるように製造される。本体232B2を挟んで上下に上部材232B1と下部材232B3を配置した状態では、本体232B2の下面と下部材232B3の上面とが当接し、上部材232B1の下面と下部材232B3の上面の間には隙間が存在する。この状態で下部材232B3の下面からねじを差し込み、上部材232B1に固くねじ止めする。これにより本体232B2の上面(すなわち、イオン通過部232B2aの上面)が上部材232B1の延出部232B1bに押し当てられて所定の位置に固定され、本体232B2の厚さに多少のばらつきがあっても、イオン通過部232B2aの上面と押し出し電極232Aの下面との平行度を保つことができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】国際公開第2012/132550号
【特許文献2】国際公開第2013/051321号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
引き込み電極232Bを上記のように構成すると、本体232B2の厚さに多少のばらつきがあっても、直交加速領域に入射したイオンを均一に加速することができる。しかし、
図4から分かるように、従来の引き込み電極232Bでは、その下面(すなわち、下部材232B3の下面)が湾曲することになる。その結果、引き込み電極232Bと第2加速部233の間に形成される電場に歪みが生じ、直交加速部232から出射したイオンが第2加速部233によって均一に加速されず、分解能や感度が低下するという問題があった。
【0012】
本発明が解決しようとする課題は、直交加速型の飛行時間型質量分析装置の直交加速領域に入射したイオンをその入射方向と直交する方向に加速する直交加速部においてイオンを引き込むために用いられる電極であって、イオンを均一に加速することができる引き込み電極を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決するために成された本発明に係る直交加速飛行時間型質量分析装置の引き込み電極は、
a) イオン通過部を有する板状の本体と、
b) 前記本体を収容する貫通孔である本体収容部が設けられた板状の部材であって、一方の面に、該本体収容部に収容された前記本体の一方の面の位置を規定するように設けられた延出部を有する第1部材と
c) 前記本体収容部に前記本体を収容した前記第1部材に取り付けられる板状の部材であって、前記イオン通過部の少なくとも一部を遮らない位置に貫通孔が設けられ、一方の面に、前記第1部材の前記一方の面とは反対の面に当接される第1領域と、該第1領域よりも内側に位置し前記第1領域の該当接される面よりも低く形成された第2領域とが形成された第2部材と、
d) 前記第2領域において前記本体と前記第2部材の間に配置される弾性部材と
を備えることを特徴とする。
【0014】
上記の、前記イオン通過部の少なくとも一部を遮らない位置に貫通孔を形成する、とは、イオン通過部を通過したイオンの少なくとも一部が通過するような貫通孔を形成することを意味する。もちろん、イオン通過部を通過するイオン全てが通過するような貫通孔を形成することが好ましい。
上記の、該第1領域よりも内側に位置し前記第1領域の該当接面よりも低く形成された第2領域という記載は、第2領域が第1領域
よりも貫通孔側に形成されており、第2領域が、第1領域に比べて第1部材及び本体が取り付けられる側と反対側に位置することをいう。
【0015】
本発明に係る引き込み電極は、本体を第1部材と第2部材で挟んで固定することにより組み立てられる。本体は第1部材の貫通孔に収容される。また、第1部材の一方の面には、該本体収容部に収容された本体の一方の面の位置を規定する延出部が設けられている。貫通孔に本体を収容した第1部材が取り付けられる第2部材の一面には、第1部材の延出部が設けられている側の面と反対側の面に当接される第1領域と、該第1領域よりも内側に位置し前記第1領域の該当接面よりも低く形成された第2領域とが形成されており、該第2領域において本体と第2部材の間に弾性部材が配置される。本発明に係る引き込み電極では、第1部材と第2部材を固定すると、本体の厚さのばらつきに応じて弾性部材が変形し、弾性部材を介して本体の一方の面が第1部材の延出部に押し当てられてその位置が規定される。また、第2部材に形成された第1領域に第1部材が当接するため、両者を固定する際、従来のように第2部材の底面側(第1部材及び本体と反対側)に湾曲が生じる心配がない。従って、第2部材とその後段に配置される第2加速部の間に形成される電場に歪みを生じさせることなく、イオンを均一に加速することができる。
【0016】
また、前記第2領域が凹状に形成されていることが好ましい。こうした構成を採ることにより、組み立て時に弾性部材を凹状の部分に収容すればよく、組立作業をより簡単に行うことができる。
【0017】
直交加速型の飛行時間型質量分析装置では、従来、
図5に示すように、ベースプレート241の上にスペーサ242と電極を交互に配置することにより直交加速部232(押し出し電極232A及び引き込み電極232B)と第2加速部233が位置決めされている。具体的には、ベースプレート241に固定された4本の棒状部材243のそれぞれに、ドーナツ状のスペーサ部材242を差し込み、次に第2加速部233を構成する電極のうちの1つを差し込むという操作を繰り返して所定数(図では3つ)の電極で構成された第2加速部233が取り付けられる。次に、第2加速部233の上にスペーサ部材242を差し込んで、その上に引き込み電極232Bを差し込む。さらに、引き込み電極232Bの上にスペーサ部材242を差し込み、その上に押し出し電極232Aを差し込む。最後に、押し出し電極232Aの上から棒状部材243にナット244を取り付ける等の方法により直交加速部232と第2加速部233とをベースプレート241に固定する。
【0018】
しかし、こうした方法で電極を固定していくと、スペーサ部材242を差し込む毎に各スペーサ部材242や各電極233の厚さや平面度の誤差が累積される。押し出し電極232A及び引き込み電極232Bは、スペーサ部材242や電極233を介してベースプレート241に固定されるため、こうした誤差が累積して両電極の対向面の平行度、ベースプレート241からの距離、及びベースプレート241に対する両電極の平行度の精度が悪くなり、イオンが均一に加速されず分解能や感度が低下するという問題があった。
【0019】
これに対して、本発明に係る直交加速飛行時間型質量分析装置は、
e) 前記引き込み電極と押し出し電極を有する直交加速部と、
f) 1又は複数の電極からなる第2加速部と、
g) ベースプレートと、
h) 前記ベースプレートに立設される複数の棒状部材と、
i) 前記複数の棒状部材のそれぞれに取り付けられる部材であって、前記ベースプレートから前記引き込み電極までの距離を規定する第1スペーサ部材と、
j) 前記複数の棒状部材のそれぞれに取り付けられる部材であって、前記引き込み電極から前記押し出し電極までの距離を規定する第2スペーサ部材と、
k) 前記棒状部材のそれぞれに取り付けられる部材であって、前記ベースプレートから、前記第2加速部を構成する電極のうち該ベースプレートに最も近い位置に配置される電極までの距離を規定する第3スペーサ部材と
を備えることが好ましい。
【0020】
上記構成の飛行時間型
質量分析装置では、加速部を構成する各電極の位置を規定する第3スペーサ部材及び第4スペーサ部材と、ベースプレートから引き込み電極までの距離を規定する第1スペーサ部材及び該引き込み電極から押し出し電極までの距離を規定する第2スペーサ部材がそれぞれ別個の部材として構成され、それらが相互干渉することなく複数の棒状部材に取り付けられる。そのため、第3スペーサ部材や第4スペーサ部材の誤差に影響されることなく引き込み電極と押し出し電極の位置が規定され、これらの平行度、ベースプレートからの距離、及びベースプレートに対する平行度の精度を高くすることができる。
【0021】
また、前記第2加速部が複数の電極からなるものである場合には、さらに、
l) 前記棒状部材のそれぞれに取り付けられる部材であって、前記第2加速部を構成する電極間の距離を規定する第4スペーサ部材
を備えた構成とすることができる。
【0022】
直交加速型の飛行時間型質量分析装置では、高真空室内に直交加速部が配置される。高真空室の前段には中間真空室が配置され、例えば該中間真空室に配置されたコリジョンセルを通過したイオンが直交加速部に輸送される。コリジョンセルから直交加速部への輸送にはイオンレンズが用いられる。イオンレンズは、それぞれに径が異なる孔が設けられた円板状の電極を複数配置することにより構成されており、その一部(前段側イオンレンズ)は中間真空室に、残りの部分(後段側イオンレンズ)は高真空室に、それぞれ固定される。前段側イオンレンズは、例えばコリジョンセルに対して位置決めされる。また、後段側イオンレンズは、例えば上述のベースプレートにより位置決めされる。
【0023】
このように、2つの真空室に配置されるイオンレンズを異なる部材に固定して位置決めすると、前段側イオンレンズと後段側イオンレンズの光軸にずれが生じる場合がある。前段側イオンレンズと後段側イオンレンズの間に光軸のずれが生じると、前段側イオンレンズと後段側イオンレンズの構成によっては前段側イオンレンズを通過したイオンの一部が後段側イオンレンズに入射せず、感度低下が生じるという問題があった。
【0024】
そこで、本発明に係る直交加速型の飛行時間型質量分析装置は、
m) 前記引き込み電極と押し出し電極を有する直交加速部が配置される高真空室と、
n) 前記高真空室の前段に設けられた中間真空室と、
o) 前記中間真空室の内部に位置する部材に対して位置決めされ、それぞれにイオン通過開口が形成された1乃至複数の電極からなる前段側イオンレンズと、前記高真空室の内部に位置する部材に対して位置決めされ、それぞれにイオン通過開口が設けられた1乃至複数の電極からなる後段側イオンレンズとから構成されるイオンレンズであって、前記前段側イオンレンズの最も後段に位置する電極のイオン通過開口よりも、前記後段側イオンレンズの最も前段に位置する電極のイオン通過開口の方が大きいイオンレンズと
を備えることが好ましい。
【0025】
この態様の飛行時間型質量分析装置では、前段側イオンレンズの最も後段側に位置する電極に形成されたイオン通過開口よりも、後段側イオンレンズの最も前段側に位置する電極に形成れたイオン通過開口の方が大きくなるように、イオンレンズが前段側イオンレンズと後段側イオンレンズに分割されている。そのため、前段側イオンレンズを通過した細径のイオンビームが、それよりも広径の孔を通って後段側イオンレンズに入射する。従って、前段側イオンレンズと後段側イオンレンズに多少の軸ずれがあったとしてもイオンのロスを生じにくく感度の低下が抑制される。
【発明の効果】
【0026】
本発明に係る引き込み電極あるいは該引き込み電極を備えた飛行時間型質量分析装置を用いることにより、分解能や感度の低下を防止することができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【
図1】従来の直交加速飛行時間型質量分析装置の概略構成図。
【
図5】従来の直交加速部及び第2加速部の固定機構を説明する図。
【
図6】本発明に係る直交加速飛行時間型質量分析装置の一実施例の概略構成図。
【
図7】本発明に係る引き込み電極の一実施例の分解斜視図。
【
図10】本実施例の直交加速飛行時間型質量分析装置において直交加速部及び第2加速部を固定する手順を説明する図。
【
図11】本実施例の直交加速飛行時間型質量分析装置における直交加速部及び第2加速部の固定機構を説明する図。
【
図12】本実施例の直交加速飛行時間型質量分析装置の部分拡大図。
【
図13】本実施例の直交加速飛行時間型質量分析装置のイオンレンズの構成を説明する図。
【
図14】本実施例のイオンレンズのイオン通過開口の形状を説明する図。
【発明を実施するための形態】
【0028】
本発明に係る引き込み電極及び該引き込み電極を備えた飛行時間型質量分析装置の一実施例について、以下、図面を参照して説明する。本実施例の飛行時間型質量分析装置は、直交加速型の飛行時間型質量分析装置(以下、単に「飛行時間型質量分析装置」とも呼ぶ。)である。
【0029】
図6に本実施例の飛行時間型質量分析装置1の概略構成を示す。この飛行時間型質量分析装置は、イオン化室10と分析室13の間に、段階的に真空度が高くなるように配置された第1中間真空室11と第2中間真空室12とを備えている。イオン化室10には、液体試料に電荷を付与して噴霧することにより該液体試料をイオン化するエレクトロスプレーイオン(ESI)源101が配置されている。ここでは、イオン源をESI源としたが、他のイオン源(大気圧化学イオン源等)を用いることもできる。さらに、気体試料や固体試料をイオン化するイオン源であってもよい。
【0030】
イオン化室10で生成されたイオンは、該イオン化室10の圧力(略大気圧)と第1中間真空室11との圧力差により第1中間真空室に引き込まれる。このとき、加熱されたキャピラリ102の内部を通ることにより溶媒が除去される。第1中間真空室11にはイオンレンズ111が配置されており、該イオンレンズ111によってイオンビームがイオン光軸Cの近傍に収束される。第1中間真空室11で収束されたイオンビームは、第2中間真空室12との隔壁部に設けられたスキマーコーン112の頂部の孔を通って第2中間真空室12に入射する。
【0031】
第2中間真空室12には、イオンを質量電荷比に応じて分離する四重極マスフィルタ121、多重極イオンガイド122を内部に備えたコリジョンセル123、及びコリジョンセル123から放出されたイオンを輸送するイオンレンズ124(コリジョンセル123から直交加速部132にイオンを輸送するイオンレンズ130のうちの前段部分)が配置されている。コリジョンセル123の内部には、アルゴン、窒素などの衝突誘起解離(CID)ガスが連続的又は間欠的に供給される。なお、コリジョンセル123の内部に配置される多重極イオンガイド122は、コリジョンセル123の出口に向かって複数のロッド電極で囲まれる空間が徐々に広がるように(末広がりに)配置されている。このような構成を採ることにより、各ロッド電極に高周波電圧を印加するのみでコリジョンセル123の出口に向かってイオンを輸送するポテンシャルの勾配が形成される。
【0032】
分析室13には、第2中間真空室12から入射したイオンを直交加速部132に輸送するイオンレンズ131(コリジョンセル123から直交加速部132にイオンを輸送するイオンレンズ130のうちの後段部分)、イオンの入射光軸(直交加速領域)を挟んで対向配置された2つの電極132A、132Bからなる直交加速部132、該直交加速部132により飛行空間に向かって送出されるイオンを加速する第2加速部133、飛行空間においてイオンの折り返し軌道を形成するリフレクトロン134(134A、134B)、検出器135、及び飛行空間の外縁に位置するフライトチューブ136及びバックプレート137を備えている。リフレクトロン134、フライトチューブ136、及びバックプレート137によってイオンの飛行空間が規定される。
【0033】
第1中間真空室11に配置されるイオンガイド111、第2中間真空室12に配置される四重極マスフィルタ121及びコリジョンセル123はそれぞれ真空チャンバの壁面に固定され位置決めされている。また、第2中間真空室12に配置されるイオンレンズ124はコリジョンセル123に固定され位置決めされている。分析室13内では、真空チャンバの壁面にベースプレート138が固定されており、分析室13内の各部はこのベースプレート138に直接又は間接的に固定され位置決めされている。この詳細については後述する。
【0034】
本実施例の飛行時間型質量分析装置は、直交加速部132を構成する引き込み電極132Bの構造、直交加速部132及び第2加速部133を固定する機構、及びイオンレンズ130(前段側イオンレンズ124及び後段側イオンレンズ131)の構成及び配置に特徴を有する。以下、これらの点について説明する。
【0035】
図7は本実施例の引き込み電極132Bの分解斜視図、
図8は引き込み電極132Bを組み立てた状態の斜視図、
図9は引き込み電極132BのA−A’断面図(
図9(a))及びB−B’断面図(
図9(b))である。
【0036】
引き込み電極132Bはいずれも金属部材である上部材132B1、本体132B2、下部材132B3、及び引き込み電極用弾性部材132B4を有している。本体132B2は、厚さ方向に貫通する多数のイオン通過孔が形成されてなるイオン通過部132B2aと、その周囲を取り囲むように形成された周縁部132B2bを有する矩形板状の部材である。上部材132B1は、中央に本体132B2の外形に対応する大きさの矩形の断面を有する貫通孔132B1aが形成された板状の部材であり、その上面には貫通孔132B1aの一部(該貫通孔132B1aに収容される本体132B2の周縁部132B2bの長辺側の一部)を覆うように延出部132B1bが形成されている。貫通孔132B1aの周縁のうち、矩形の短辺に相当する2辺の側は長辺側よりも一段低く、延出部132B1bの下面と同じ高さになっている。すなわち、貫通孔
132B1aに本体132B2を収容した状態で、該本体132B2の上面と面一となる高さになっている。また、上部材132B1の四隅には、後述する直交加速部用位置決めプレート140に直交加速部132を固定するための棒状部材139を挿入する貫通孔132B1cが形成されている。さらに、上部材132B1の下面には、下部材
132B3側からねじ止めするための4つのねじ孔が形成されている。
【0037】
下部材132B3は、矩形板状である本体132B2の短辺及びイオン通過部の長辺よりも長く、本体132B2の長辺の長さよりも短い径を有する円形の貫通孔132B3aが中央に設けられた板状の部材である。すなわち、本実施例の貫通孔132B3aは、イオン通過部の全体を遮らない位置に設けられている。貫通孔132B3aの周部のうち該貫通孔132B3aの中央を挟んで位置する2箇所には、他の位置(第1領域)よりも一段低くなった凹部(第2領域)132B3bが形成されている。この凹部132B3bに引き込み電極用弾性部材132B4が収容される。本実施例では各凹部132B3bに2つのOリング(従って全体では4つのOリングを使用)が収容されるが、引き込み電極用弾性部材132B4にはOリング以外のものを用いてもよく、また使用する数も適宜に変更することができる。下部材132B3の四隅には上述の棒状部材139を挿入する貫通孔132B3cが形成されている。また、上部材132B1の下面に形成されているねじ孔の位置に対応する箇所に、ねじを挿通する4つのねじ貫通孔132B3dが形成されている。
【0038】
下部材132B3の凹部132B3bに引き込み電極用弾性部材132B4を配置し、その上に本体132B2を載せ、さらにその上に上部材132B1を載置して該上部材132B1の貫通孔132B1aに本体132B2を収容する。そして、下部材132B3のねじ貫通孔132B3dにねじを挿通して上部材132B1の下面のねじ孔にねじ止めする。これにより、引き込み電極132Bが組み立てられる。
【0039】
図9(b)のB−B'断面図に示すように、本体132B2の下面が引き込み電極用弾性部材132B4を介して下部材132B3により押し上げられる。また、
図9(a)のA−A'断面図に示すように、本体132B2の上面は上部材132B1の延出部132B1bの下面に押し
当てられる。この引き込み電極132Bでは、本体132B2の厚さにばらつきがある場合でも、そのばらつきに応じて引き込み電極用弾性部材132B4が変形するため、本体132B2の上面を確実に延出部132B1bの下面に押し当てて該上面が傾斜するのを防ぐことができる。上述したように、従来の引き込み電極232Bでは、組み立て時に下部材232B3の下面が湾曲し、引き込み電極232Bと第2加速部233の間に形成される電場に歪みが生じてイオンを均一に加速することが難しいという問題があった。これに対し、本実施例の引き込み電極132Bでは、上部材132B1の下面と下部材132B3の上面とが面当たりした状態で固定されるため、下部材132B3の下面が湾曲することはなく、従来のような問題が生じない。本実施例のように、引き込み電極用弾性部材132B4を、上部材132B1と下部材132B3の間にも位置するように配置することが好ましいが、少なくとも本体132B2と下部材132B3の間に介挿されていれば上記の効果を得ることができる。
【0040】
次に、
図10及び11を参照し、直交加速部132及び第2加速部133の固定機構について説明する。
図10は組み立て途中の状態を示す図、
図11は組み立て後の状態を示す図である。上述のとおり、分析室13内では真空チャンバにベースプレート138が固定されており、直交加速部132及び第2加速部133はこのベースプレート138を基準として位置決めされる。なお、本実施例では、
図11に示すようにベースプレート138上に直接、検出器135を固定しているが、着脱可能な検出器用位置決めプレートを介して検出器135を固定したり、あるいは後述の直交加速部用位置決めプレート140上に検出器135も固定したりしてもよい。ベースプレート138には、直交加速部用位置決めプレート140(以下、「位置決めプレート」とも呼ぶ。)が着脱可能に取り付けられている。
【0041】
直交加速部132及び第2加速部133を構成する各電極を取り付ける際には、まず、位置決めプレート140の上面に形成された4つのねじ孔のそれぞれに、外周にねじ溝が形成された棒状部材139(
図10では2本のみ図示)を固定する。次に、棒状部材139の外周に相当する大きさの貫通孔が形成された第1スペーサ部材141を棒状部材139に差し込む。第1スペーサ部材141は棒状部材139ごとに1つずつ取り付けられる(後述の第2スペーサ部材142、第3スペーサ部材143、第4スペーサ部材144、及び第5スペーサ部材145についても同様に、棒状部材139ごとに1つずつ取り付けられる)。また、本実施例で使用する各スペーサ部材はいずれもセラミック製の絶縁部材である。スペーサ部材として、樹脂製のもの等を用いることも可能であるが、スペーサ部材が変形すると該スペーサ部材を介して位置決めされた各部材の位置がずれてしまうため、樹脂よりも剛性が高いセラミックからなるスペーサ部材を使用することが好ましい。
【0042】
次に、第1スペーサ部材141の外周に相当する大きさの貫通孔が形成された第3スペーサ部材143を第1スペーサ部材141の外側に差し込む。そして、第3スペーサ部材143の上に、第2加速部133を構成する第2加速電極133A〜133Dのうち、最も飛行空間に近い側に配置される第2加速電極133Dを差し込む。第2加速電極133A〜Dには第1スペーサ部材の外周に相当する大きさの貫通孔が4つ(すなわち棒状部材139と同数)形成されている。
図10(a)は第2加速電極133Dを差し込んだ状態を示す図である。
【0043】
その後、第4スペーサ部材144と第2加速部132を構成する第2加速電極133C、133B、133Aを交互に第1スペーサ部材141に差し込んでいく。第2加速電極133A(ベースプレート138から最も離れた位置に取り付けられる第2加速電極)を取り付けた後、第5スペーサ部材145を第2加速電極133Aの上に取り付け、その上に位置決め固定用弾性部材146(Oリング)を取り付ける。位置決め固定用弾性部材146(Oリング)は棒状部材139ごとに1つずつ取り付けられる。
図10(b)は位置決め固定用弾性部材146を取り付けた状態を示す図である。なお、本実施例では第2加速部132を4つの電極で構成しているが、第2加速部132を構成する電極の数は適宜に変更することができる。
【0044】
続いて、位置決め固定用弾性部材144の上に、棒状部材139の外形に相当する4つの貫通孔が形成された引き込み電極132Bを取り付ける。そして、引き込み電極132Bの上に第2スペーサ部材142を取り付ける。
図10(c)はこの状態を示す図である。さらに、押し出し電極132Aの
孔に棒状部材を通して押し出し電極132Aを取り付ける。押し出し電極132Aの上から棒状部材139にナット147を取り付ける等の方法により直交加速部132(押し出し電極132A及び引き込み電極132B)と第2加速部133とを位置決めプレート140に固定する。最後に、位置決めプレート140をベースプレート138に固定する(
図11)。
【0045】
従来の構成(
図5参照)では、ベースプレート241の上にスペーサ部材242と第2加速部を構成する電極233を交互に取り付け、その上に引き込み電極232Bを、スペーサ部材242を介してさらにその上に押し出し電極232Aを取り付けて固定していた。そのため、ベースプレートから離れた位置に固定される押し出し電極232Aや引き込み電極232Bにスペーサ部材242や第2加速部233を構成する各電極の誤差が累積し、ベースプレート241から引き込み電極232Bや押し出し電極232Aまでの距離の精度やベースプレート241に対する両電極の平行度、また押し出し電極232Aと引き込み電極232Bの対向面の平行度が悪くなりやすく、イオンが均一に加速されずに分解能や感度が低下することがあった。
【0046】
これに対し、本実施例の構成では、ベースプレート138(厳密には位置決めプレート140)から引き込み電極132Bまでの距離が第1スペーサ部材141のみにより規定される。また、ベースプレート138(同上)から押し出し電極132Aまでの距離が第1スペーサ部材141と第2スペーサ部材142のみにより規定される。すなわち、ベースプレート138から押し出し電極132Aと引き込み電極132Bまでの距離の精度や、両電極の対向面の平行度や,ベースプレートに対する両電極の平行度が、第3スペーサ部材143、第4スペーサ部材144、及び第5スペーサ部材145の部材の製造時の寸法誤差や平面度の誤差の影響を受けることがない。従って、ベースプレート138から押し出し電極132A及び引き込み電極132Bまでの距離の精度、ベースプレートに対する両電極の平行度,及び押し出し電極132Aと引き込み電極132Bの対向面の平行度を従来よりも改善し、分解能や感度を高めることができる。なお、本実施例では、直交加速部132及び第2加速部133を構成する各電極を固定する作業を真空チャンバの外で行うことができるように直交加速部用位置決めプレート140を使用したが、該位置決めプレート140を使用せず、ベースプレート138に直接直交加速部132及び第2加速部133を固定するようにしてもよい。なお、位置決め固定用弾性部材146は必須ではないが、これにより、第3スペーサ部材143、第4スペーサ部材144、及び第5スペーサ部材145の製造時の厚さや平面度の誤差を確実に吸収し、第1スペーサ部材141及び第2スペーサ部材142による直交加速部132の位置決めの精度をより一層高くすることができる。
【0047】
次に、第2中間真空室12と分析室13の境界部に配置されるイオンレンズ130(124、131)について説明する。
図12は第2中間真空室12と分析室13の境界近傍の拡大図であり、
図13はイオンレンズ130の構成のみを示す図である。
【0048】
イオンレンズ130は、コリジョンセル123を通過したイオンのビームを収束させて直交加速部132に輸送するために用いられる。コリジョンセル123は第2中間真空室12に配置され、直交加速部132は分析室に配置されることから、イオンレンズ130はこれら2つの空間に分離して配置される。
【0049】
本実施例のイオンレンズ130は、7枚の円板状の電極から構成され、前段側(コリジョンセル123の側)の3枚の電極124a、124b、124cからなる前段側イオンレンズ124と後段側(直交加速部132の側)の4枚の電極131a、131b、131c、131dからなる後段側イオンレンズ131に分割されている。前段側イオンレンズ124を構成する電極124a、124b、124cと、後段側イオンレンズ131を構成する電極のうち最も前段側に位置する電極131aには、中央に円形のイオン通過開口151が形成されている(
図14(a))。一方、後段側イオンレンズ131を構成する電極のうち後段側に位置する3枚の電極131b、131c、131dには、中央に矩形のスリット152が形成されている(
図14(b))。これらの電極はイオンビームを成形するスリットとしての機能を兼ね備えている。また、各電極に形成されている孔の大きさは同一ではなく、当該電極の位置に応じた収束性を有するような大きさ(すなわち、電圧印加時に、後段側に隣接するイオンレンズの孔に向かってイオンビームを収束させる大きさ)とされている。
【0050】
本実施例のイオンレンズ130は、前段側イオンレンズ124を構成する電極のうちの最も後段側に位置する電極124cのイオン通過開口151の大きさよりも、後段側イオンレンズ131を構成する電極のうちの最も前段側に位置する電極131aのイオン通過開口151の方が大きいという点に1つの特徴を有している。
【0051】
図12及び
図13に示すように、前段側イオンレンズ124を構成する3枚の電極124a、124b、124cは、樹脂等からなる絶縁部材161を介して相互に固定されている。前段側イオンレンズ124の最も前段側に位置する電極124aは絶縁部材161を介してコリジョンセル123に固定されており、これによって前段側イオンレンズ124が位置決めされている。なお、コリジョンセル123は固定部材164を介して真空チャンバに固定されている。
【0052】
後段側イオンレンズ131を構成する4枚の電極131a〜131dも同様に、樹脂等からなる絶縁部材161を介して相互に固定されている。後段側イオンレンズ131の最も後段側に位置する電極131dは絶縁部材161を介してベースプレート138に固定されており、これによって後段側イオンレンズ131が位置決めされている。本実施例ではベースプレート138に固定しているが、直交加速部用位置決めプレート140に固定するようにしてもよい。上述のとおり、直交加速部用位置決めプレート140はベースプレート138に固定されている。後段側イオンレンズ131は直接的に又は間接的にベースプレート138に固定される。
【0053】
上記のように、前段側イオンレンズ124と後段側イオンレンズ131はそれぞれ独立に配置されており、また相互に異なる部材に対して位置決めされている。そのため、前段側イオンレンズ124のイオン光軸と後段側イオンレンズ131のイオン光軸の間にずれが生じる可能性があり、こうしたイオン光軸のずれによって、前段側イオンレンズ124の最も後段側に位置する電極124cを通過したイオンの一部が後段側イオンレンズ131の最も前段側に位置する電極131aのイオン通過開口151に入射しなくなると、その分だけ感度が低下してしまう。
【0054】
本実施例のイオンレンズ130では、上述のとおり、前段側イオンレンズ124を構成する電極のうちの最も後段側に位置する電極124cのイオン通過開口151の大きさよりも、後段側イオンレンズ131を構成する電極のうちの最も前段側に位置する電極131aのイオン通過開口151の方が大きくなるように構成している。つまり、電極124cで細径に絞られたイオンビームを、電極131aの広径のイオン通過開口151に入射するようにイオンレンズ130を前段側イオンレンズ124と後段側イオンレンズ131に分割している。従って、前段側イオンレンズ124と後段側イオンレンズ131を固定する際、両者のイオン光軸に多少のずれがあっても、イオンのロスによる感度低下は生じない。特に、本実施例のイオンレンズ130では、イオンレンズ130を構成する各電極のうち、イオン通過開口151の径が最も大きい電極131aが、後段側イオンレンズ131の最も前段側に位置するように構成されており、イオンのロスによる感度低下を最大限抑制する構成となっている。
【0055】
また、本実施例のイオンレンズ130では、後段側イオンレンズ131の前段側から2番目に位置する電極131bがシール部材(例えばOリング)162を介して隔壁部材163にも固定されており、これによって第2中間真空室12と分析室13の内部空間が分離されている。シール部材162を介して隔壁部材163に固定されている電極131bのイオン通過開口151はその前段に位置する電極131aのイオン通過開口151よりも小さい。そのため、該電極131aを隔壁部材163に固定した場合よりも、第2中間真空室12と分析室13の間の真空度の差を大きく(すなわち、分析室13の真空度を高く)維持することができる。
【0056】
さらに、本実施例では、後段側イオンレンズ131の位置決めの基準となるベースプレート138が、直交加速部132及び第2加速部133の位置決めにも使用されている。つまり、後段側イオンレンズ131と、直交加速部132(及び第2加速部133)との間にイオン光軸Cのずれが生じないように構成している。そのため、後段側イオンレンズ131の各電極131a〜131dで収束され、そのうちの電極131b,131c、131dのスリット152で成形されたイオンビームを正確に直交加速部132内の直交加速領域に輸送することができる。さらに、ベースプレート138によって、リフレクトロン134、フライトチューブ136、バックプレート137、及び検出器135も位置決めされていることから、直交加速部132及び第2加速部133で加速されたイオンを所定の軌道からずれることなく飛行させ、検出器135に導くことができる。
【0057】
上記実施例は一例であって、本発明の趣旨に沿って適宜に変更することができる。本実施例では、貫通孔132B3aをイオン通過部の全体を遮らない位置に設けたが、これは好ましい態様であって、イオン通過部の少なくとも一部を遮らない位置に貫通孔132B3aを設けておけば、引き込み電極132Bからイオンを出射させることができる。また、本実施例では、水平方向にイオンを直交加速部132に入射し、該直交加速部132及び第2加速部133によってイオンを下方に加速する構成としたが、これは一例であって、直交加速部132及び第2加速部133によりイオンを加速する方向は上方であってもよく、あるいは水平方向であってもよい。例えばイオンを上方に加速する場合には、ベースプレート138(及び直交加速部用位置決めプレート140)の下に第2加速部133を構成する電極、引き込み電極132B、及び押し出し電極132Aを吊り下げるように配置すればよい。さらに、本実施例では第2加速部133を複数の電極で構成したが、第2加速部133を1つの電極のみとしてもよい。その場合には第4スペーサ部材144は不要である。その他、本実施例では、四重極マスフィルタ121及びコリジョンセル123を備えた構成としたが、これらの一方のみを有する構成の、直交加速型の飛行時間型質量分析装置においても上記同様の構成を採ることができる。
【符号の説明】
【0058】
1…直交加速飛行時間型質量分析装置
10…イオン化室
101…エレクトロスプレーイオン源
102…キャピラリ
11…第1中間真空室
111…イオンガイド
112…スキマーコーン
12…第2中間真空室
121…四重極マスフィルタ
122…多重極イオンガイド
123…コリジョンセル
124…前段側イオンレンズ
13…分析室
130…イオンレンズ
131…後段側イオンレンズ
132…直交加速部
132A…押し出し電極
132B…引き込み電極
132B1…上部材132B1
132B1a…貫通孔
132B1b…延出部
132B2…本体
132B2a…イオン通過部
132B3…下部材
132B4…引き込み電極用弾性部材
133…第2加速部
134…リフレクトロン
135…検出器
136…フライトチューブ
137…バックプレート
138…ベースプレート
139…棒状部材
140…直交加速部用位置決めプレート
141…第1スペーサ部材
142…第2スペーサ部材
143…第3スペーサ部材
144…第4スペーサ部材
145…第5スペーサ部材
146…位置決め固定用弾性部材
147…ナット
151…イオン通過開口
152…スリット
161…絶縁部材
162…シール部材
163…隔壁部材
164…固定部材
C…イオン光軸