(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】6881798
(24)【登録日】2021年5月10日
(45)【発行日】2021年6月2日
(54)【発明の名称】弁機能を有する立体細胞構造体、その作製方法及び支持体
(51)【国際特許分類】
A61F 2/24 20060101AFI20210524BHJP
C12M 3/00 20060101ALI20210524BHJP
C12N 5/071 20100101ALI20210524BHJP
【FI】
A61F2/24
C12M3/00 Z
C12N5/071
【請求項の数】20
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2020-135429(P2020-135429)
(22)【出願日】2020年8月8日
【審査請求日】2020年8月12日
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】519206564
【氏名又は名称】ティシューバイネット株式会社
(72)【発明者】
【氏名】大野次郎
(72)【発明者】
【氏名】後藤 博志
【審査官】
市島 洋介
(56)【参考文献】
【文献】
特表2002−500004(JP,A)
【文献】
特表2008−532653(JP,A)
【文献】
Circulation,2006年,Vol. 114, [suppl I],pp.I-152-I-158
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00−7/08
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
立体細胞構造体の製造方法であって、
中央に貫通孔が形成された管状の立体細胞構造体を用意する工程と、
前記立体細胞構造体の端部に圧力を印加し、当該端部に、当該端部を開閉可能な弁機能を付与する工程とを有し、
前記弁機能を付与する工程は、前記貫通孔内に挿入された柱状の固定部材で前記端部の周方向を3か所で固定し、固定した位置を支点に前記端部を開閉させることで前記端部の周方向に3つの弁機能を付与する、製造方法。
【請求項2】
前記弁機能を付与する工程は、印加する圧力により前記端部を繰り返し開閉させる、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記弁機能を付与する工程は、前記立体細胞構造体の貫通孔内に流体を印加することを含む、請求項1に記載の製造方法。
【請求項4】
前記流体を印加する工程は、前記貫通孔内に方向の異なる圧力を繰り返し印加することを含む、請求項2に記載の製造方法。
【請求項5】
前記流体を印加する工程は、前記端部から流体を排出させることおよび前記端部から流体を吸い込むことを含む、請求項3に記載の製造方法。
【請求項6】
前記固定部材は、硬性の材質または柔性の材質から構成される、請求項1に記載の製造方法。
【請求項7】
前記弁機能を付与する工程は、培養液を収容した容器内において実施される、請求項1ないし4いずれか1つに記載の製造方法。
【請求項8】
前記固定部材は、生体適合性を持つ材料または細胞非接着性の材料から構成される、請求項1に記載の製造方法。
【請求項9】
弁機能を有する立体細胞構造体の製造装置であって、
中央に貫通孔が形成された管状の立体細胞構造体の一方の端部を支持する支持手段と、
前記貫通孔内に挿入された柱状の固定部材で前記立体細胞構造体の他方の端部の周方向を3か所で固定する固定手段と、
前記立体細胞構造体の貫通孔内に流体を印加し、前記固定手段で固定された位置を支点に前記他方の端部を開閉させることで前記他方の端部の周方向に3つの弁機能を形成する形成手段と、
を有する製造装置。
【請求項10】
前記形成手段は、印加する圧力により前記他方の端部を繰り返し開閉させる、請求項9に記載の製造装置。
【請求項11】
前記形成手段は、往復動が可能なシリンダーと、当該シリンダーを駆動する駆動部とを含み、
前記形成手段は、前記シリンダーの往復動に応答して前記貫通孔内に印加する圧力を変化させる、請求項9または10に記載の製造装置。
【請求項12】
前記形成手段は、培養液を収容した容器内において前記立体構造細胞体の貫通孔内に培養液を印加する、請求項9に記載の製造装置。
【請求項13】
前記固定部材は、細胞非接着性の材料から構成される、請求項9に記載の製造装置。
【請求項14】
前記固定部材は、細胞接着性の材料から構成される、請求項9に記載の製造装置。
【請求項15】
前記固定部材は、生体適合性を持つ材料から構成される、請求項13または14に記載の製造装置。
【請求項16】
前記支持手段は、不織布から構成される、請求項10に記載の製造装置。
【請求項17】
請求項1ないし9いずれか1つに記載の製造方法によって製造された弁機能を有する立体細胞構造体。
【請求項18】
前記立体細胞構造体は、心臓の弁機能を提供する、請求項17に記載の立体細胞構造体。
【請求項19】
請求項10ないし16いずれか1つに記載の製造装置によって製造された弁機能を有する立体細胞構造体。
【請求項20】
前記立体細胞構造体は、心臓の弁機能を提供する、請求項19に記載の立体細胞構造体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、弁機能を有する立体細胞構造体、その作製方法及び支持体に関するものである。
【背景技術】
【0002】
現在主流となっている人工心臓弁は2種類の材料で作られたものがある。ウシ、ブタなどの生体の心臓弁を材料とする「生体弁」と、金属を材料とする「機械弁」の2種類である。
「生体弁」は血液の凝固が起こりにくいため、坑凝固剤を服用する必要はないが、耐用年数が10〜20年と短く、若年者への移植後、再度置き換え手術が必要になる可能性がある。
「機械弁」は血液の凝固が起きやすいため、生涯の坑凝固剤を服用する必要がある。坑血液凝固剤は外傷時に止血しにくい、ほかの疾病にかかりやすくなるなどの副作用が指摘されている。
また、どちらも形状は固定的であるので体の成長とともに移植した弁が成長することはなく、乳幼児などは成長に応じて再手術が必要となる。
ヒトの細胞から心臓弁を形成することができれば上記課題を解決することができる。
【0003】
細胞だけで管状細胞構造体を作製する手法が特許文献1(特許第6439223号)にて示されている。これによれば、細胞だけで作製された管状細胞構造体を得ることができる。これは単純な管状形状の細胞構造体を作製する手法であって、弁機能を有する立体細胞構造体形状を示すものではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第6439223号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
この様に現在の使用されている人工心臓弁には2つの課題がある。坑血液凝固剤の服用、及び耐用年数 である。
本発明は、細胞を用いて弁機能を有する立体細胞構造体を作製することで、この課題を解決する手法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するために弁機能を有する立体細胞構造体の代表的な構成は、細胞のみもしくは主として細胞で構成された立体細胞構造体であり、立体細胞構造体の少なくとも一部は有軟性を備え、血液等の流体の流路を遮る弁機能を備えていることを特徴とする。
弁機能を有する立体細胞構造体を作製するためには、管状細胞構造体を培養液内で培養時に、立体細胞構造体の特定部に任意の培地の流れを付与することによって、弁形状を作製していく。これを開閉培養と呼ぶ。
開閉培養を行うことで、立体細胞構造体の弁部位が開閉動作を行い、弁機能に必要な形状に自己成型していくとともに、弁機能のために必要な強度を得ていく。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、細胞だけで弁機能を有する立体細胞構造体を作製することが可能になり、長い耐用性を持ち、坑血液凝固剤の服用が不要で、体の成長とともに成長する弁を提供できることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】a:弁形状を付与する前の管状立体細胞構造体の一例の写真である。管状細胞構造体100の下部には構造体と融合された支持体110がある。支持体110は細胞が接着できる材質で作製されており、管状細胞構造体100作製時に細胞に接しながら培養されることで、細胞が支持体110に接着する。支持体110は不織布など隙間が多い形状でも、凹凸を付与した個体形状でも、平面でもよい。b:断面の略図である。
【
図2】a:弁開時の弁機能を有する立体細胞構造体102の断面略図である。弁部位に流路150が開放となっている。b:弁閉時の弁機能を有する立体細胞構造体103の断面略図である。弁部位が閉鎖されている。
【
図3】開閉培養時の弁の動きを示した略図である。a:シリンダー200から押し出された培養液によって弁が開かれている。b:シリンダー200によって吸引された培養液によって弁がとじられている。
【
図4】硬性材質で作製された支持体120の一例を管状細胞構造体に組付けた写真である。
【
図5】硬性材質で作製された支持体120の一例を管状細胞構造体100に組付け、開閉時の写真である。a:弁開時、b:弁閉時
【
図6】(a)軟性材質で作製された支持体130の一例を管状細胞構造体に組付けた断面略図である。軟性支持体130の両端は引っ張られて固定される。(b) 軟性材質で作製された支持体130の一例を管状細胞構造体に組付けた実例の写真である。
【
図7】培養後の弁機能を有する立体細胞構造体一例の全体の写真である。液外においても自立した形状を維持し、三尖弁の開放時形状を維持している。
【
図8】培養後の弁機能を有する立体細胞構造体の一例の染色画像である。構造体中央部まで細胞が存在している。先端部は他の弁葉と接する部位がきれいな曲線になっていることがわかる。
【発明を実施するための形態】
【0009】
弁機能を有する立体細胞構造体の作成方法を図を用いて説明する。
【0010】
まず、細胞だけもしくは主として細胞を用いて作成された管状立体細胞構造体100を作製する。これは特許第6439223に示される手法などを用いて作製する。
図1に示されるように、管状立体細胞構造体100は細胞が接着できる材質で作製された支持体110によって構成されている。支持体110は例えば不織布などの柔軟性に富む材料でもよいし、板状の材料でもよい。
図1-bに示されるように細胞部分(開閉培養前)101と支持体110は融合している。この段階では弁機能は有していない。
【0011】
図2は立体細胞構造体が弁形状に作製された後の断面図である。a:開時は 弁機能を持つ立体細胞構造体(開示)102の弁部位の先端部同士が離れており、流路150が出現している。b:閉時は弁機能をもつ立体細胞構造体(閉時)103同士が接して流路150が消滅し、弁機能を生じている。
【0012】
図3は開閉培養のシステム全体図である。
a:弁 開時 は コントローラー500にあらかじめプログラミングされた速度及び角度でステッピングモーター400を回転させ、ピストン310をシリンダ210に押し込んでいくと同時に培養液が吐出され、弁機能を持つ立体細胞構造体(開示)102が押し広げられて、弁が開放状態となる。
b:弁 閉時は逆の動きとなり、培養液が吸引されるとともに、弁機能をもつ立体細胞構造体(閉時)103が閉じられて、弁が閉鎖状態となる。
上記 a, b を繰り返すことで、立体細胞構造体100が弁機能に即した形状に整形されていくとともに、弁機能に必要な強度を得て弁機能を有する立体細胞構造体105となる。
【0013】
哺乳類の心臓弁の一形態が三尖弁と呼ばれる、弁葉が3つある形状である。この三尖弁に類似した形状を作製するために、管状細胞構造体の内腔内に動きを制限する支持体を挿入して培養する。
図4は硬性支持体を内腔内に固定した写真である。
図5は
図3に示される開閉培養中の a :弁開時、b:弁閉時 の写真である。
支持体120の材料は、当然であるが細胞毒性を有しないものに限定される。更に、生体適合性を持つ材料が望ましい。また、細胞が接着できる材質でもよいし、接着できない材質でもよい。細胞が接着する場合は不織布などの空間の多い材料が望ましいが、板材料の表面に凹凸を設けて接着しやすくすることでもよい。また、平滑な面でも細胞が接着できるような処理をしていればよい。支持体120に細胞非接着性の材料を用いた場合は、支持体120を立体細胞構造体105と分離し、立体細胞構造体105を心臓に移植することができる。支持体120に細胞接着性の材料を用いた場合は、支持体120は形状保持の機能を保持したまま心臓に移植することができる。
【0014】
図6aは軟性の材料で作製された軟性支持体を管状細胞構造体の内腔内に設置した際のイメージ図である。軟性支持体130は下方は支持体110などに固定され、上方は何らかの保持部分に固定されることで概ね直線形状を保ったまま保持される。軟性支持体130は管状細胞構造体100と接触して培養されており、細胞接着性がある材料の場合は培養が進むにつれ細胞と融合接着していく。
軟性支持体130は例えば三尖弁を作製する場合は支持体は円周上3か所に設置される。支持体の上端及び下端は容器、土台などに固定される。上記にある手法で開閉繰り返すことで、立体細胞構造体100が弁機能に即した形状に整形されていくとともに、弁機能に必要な強度を得て弁機能を有する立体細胞構造体105となる。
支持体130に細胞非接着性の材料を用いた場合は、支持体130を立体細胞構造体105と分離し、立体細胞構造体105を心臓に移植することができる。支持体130に細胞接着性の材料を用いた場合は、支持体130は強度保持の機能を保持したまま心臓に移植することができる。また、支持体130は生体に吸収される材質でもよい。
bは一例の写真である。軟性支持体130が三方に設置され、管状細胞構造体100と融合している。
【0015】
図7は開閉培養を行い硬性支持体120を除去した後の弁機能を有する立体細胞構造体の全体写真である。三尖弁に類似の形状となり、弁機能を有している。
【0016】
図8は
図7の細胞部分を5ミクロン厚にスライスして撮像したHE染色画像である。右頂部が他の弁葉と接する部分であるが、きれいに滑らかな曲線になっていることがわかる。また、内部まで細胞の核が存在していることがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0017】
本発明により、細胞だけで弁機能を有する立体細胞構造体を作製することができる。本発明は例えばヒトへの心臓弁移植に使われる。この場合の弁機能を有する立体細胞構造体はヒト細胞のみで作製されるため異種間から生じる炎症リスクをなくし、金属などを使わないことから血栓が生じることなく血液抗凝固剤を不要とする。また、患者自身の細胞を用いて作成すれば、免疫拒絶のリスクも無くすことができる。更に、乳幼児などへの移植は身体の成長とともに弁が大型化すると考えられるため、再手術の必要もなくなる。心臓以外にも、下肢などの弁機能を持つ血管などにも利用することができる。
【符号の説明】
【0018】
100 管状立体細胞構造体の一例の写真(直管形状で弁形状は有しない)。
101 管状立体細胞構造体の断面概略図。
102 弁機能をもつ立体細胞構造体が開放時の断面概略図。
103 弁機能をもつ立体細胞構造体が閉鎖時の断面概略図
105 弁機能をもつ立体細胞構造体の一例の写真
108 弁機能をもつ立体細胞構造体の染色画像の一例
109 弁機能をもつ立体細胞構造体の染色画像拡大の一例
110 立体細胞構造体に接続された支持体。
120 細胞構造体内部に設置された硬い材質で作製された支持体。
130 細胞構造体内部に設置された柔軟性をもつ材質で作製された支持体
200 培養液を保持するシリンダー。
300 ピストンが、培養液を吸引した状態。
310 ピストンが、培養液を吐出した状態。
400 ピストンを稼働させるステッピングモーター
500 ステッピングモーターを制御するコントローラー
【要約】
【課題】本発明は、弁機能を有する細胞立体細胞構造体を作製する方法を提供することを目的とする。
【解決手段】本発明につかわれる弁機能を有する立体細胞構造体の代表的な構成は、中央に貫通孔が形成された管状の立体細胞構造体を用意する工程と、前記立体細胞構造体の端部に圧力を印加し、当該端部に、当該端部を開閉可能な弁機能を付与する工程を有する。培養液中で、細胞だけで作られた管状立体細胞構造体の端部に圧力を印加し繰り返し開閉させることで、弁形状の開閉動作を生じさせ、弁機能を有する形状に培養していく方法を特徴とする。本発明で作られた弁機能を有する立体細胞構造体は例えばヒト細胞のみで作製することが可能であり、炎症や免疫拒絶リスクの排除、抗凝固剤接種が不要、長期間使用の可能などの特色を持つ人工心臓弁を可能とするものである。
【選択図】
図7