(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
ハチ、アブ類に対する忌避成分として2−(2−ヒドロキシエチル)−1−ピペリジンカルボン酸1−メチルプロピル、及び3−(N−n−ブチルアセトアミド)プロピオン酸エチル、ディート及びレモングラス油の少なくとも1種以上を750〜1950mg/m2の割合で保持させた衣服を着用すると共に、常温揮散性ピレスロイド系殺虫成分であるトランスフルトリン、メトフルトリン、ヘプタフルトリン、メペルフルトリン及びテラレスリンの少なくとも1種以上を含有する薬剤保持体を回転させることにより、前記常温揮散性ピレスロイド系殺虫成分を含む気流が放出されるようになした薬剤揮散装置を使用者が身に装着する、ハチ、アブ類の刺咬被害防止方法。
前記衣服を着用すると共に、前記薬剤保持体を回転させることによる遠心力の作用で前記常温揮散性ピレスロイド系殺虫成分を含む気流が前記薬剤保持体からその回転面の全周囲方向に放出されるようになした薬剤揮散装置を使用者が身に装着する、請求項1に記載のハチ、アブ類の刺咬被害防止方法。
前記薬剤保持体は、前記常温揮散性ピレスロイド系殺虫成分を保持可能な間隙が形成された薬剤保持層と、前記間隙より大きいサイズの空隙が形成された通気層とを有する円盤状の繊維立体構造体である請求項1ないし3のいずれか1項に記載のハチ、アブ類の刺咬被害防止方法。
【背景技術】
【0002】
近年、宅地化が進んだ都市周辺の丘陵地帯や、山沿いの土木工事ならびに林業関連等の作業現場等において、ハチ類やアブ類に関する被害や苦情が増えている。特にハチ類については、日本で約3000種類が知られているが、そのうち、約20種類は刺咬性が強く、これらによる人的被害は人命に関わることも少なくない。
従来の対策方法は、(1)個人防除(ハチ類駆除エアゾール等を用いたハチ類の直接駆除)と、(2)環境防除(薬剤散布によるハチの巣駆除や営巣防止)が主体であり、これまで薬剤処方の改良については様々な提案がなされてきた。
【0003】
(1)個人防除において、スズメバチのような攻撃性の強いハチと対峙せざるを得ない場面では、速効性を有する薬剤が求められる。そこで、例えば、特許文献1(特開平1−299202号公報)は、2−メチル−4−オキソ−3−(2−プロピニル)シクロペンタ−2−エニル クリサンマートを有効成分とするハチ駆除剤を、また、特許文献2(特開2009−173608号公報)は、一層速効性に優れたハチ防除用組成物として、メトフルトリンとテトラメトリンを有効成分とした組成物を開示した。しかしながら、薬剤を噴霧することによって、ハチ類が攻撃性を増し危険性が増大することも有り得る。
一方、(2)環境防除の面からも検討が進められ、例えば、特許文献3(特開2014−62086号公報)には、難揮散性ピレスロイド系殺虫成分と沸点が180℃以上の高級脂肪酸エステル化合物を含有すると共にその配合比率を特定することによって有用なハチの営巣防除用エアゾール剤が得られる旨記載されている。このような営巣防止対策は、予防的措置として一定の効果を奏するものの、突然ハチ類に攻撃された場合に、(2)環境防除だけで対処できるものではない。
【0004】
本発明者らは、かかる現状を鑑み、ハチ類やアブ類の刺咬被害を防止するにあたっては、(1)個人防除と、(2)環境防除の両面からのアプローチが必要で、かつ、(1)個人防除においても、従来のような「ハチ類駆除エアゾール等を用いたハチ類の直接駆除」のみでは不十分であることを認識し、鋭意検討を重ねた。その結果、緊急事態に備えてハチ類駆除エアゾール等を携行することの有用性は認めつつ、これとの併用手段として、特定の薬剤を保持させた衣類を着用すると共に、常温揮散性ピレスロイド系殺虫成分を含む気流が放出されるようになした薬剤揮散装置を使用者が身に装着することによって、ハチ類やアブ類が接近するとしても刺咬被害を回避できることを知見し、本発明を完成するに至ったものである。
【0005】
ところで、特許文献4(特許第4083781号)に係る「携帯用害虫防除装置」は、「害虫防除成分を保持し気流が当てられると前記害虫防除成分が揮散される薬剤保持体を含む携帯用害虫防除装置を身につけて、胴体表面の上方向及び下方向に沿って前記害虫防除成分を含んだ気流を放出することにより、有効な害虫防除効果が得られる」旨開示している。しかしながら、この技術はあくまで防除が容易な蚊類を対象としたもので、本発明の参考とはなり得ない。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明では、ハチ、アブ類に対する忌避成分の少なくとも1種以上が衣服に保持されて「薬剤保持衣服」を構成する。ここで「薬剤保持衣服」とは、上半身を被う上着、安全チョッキ、安全ベスト、もしくはこれに類したものや、下半身を被うズボン等を含み、その材質は、綿、麻等の天然繊維や、レーヨン、ポリエステル、ナイロン等の半合成繊維ならびに合成繊維等、様々である。
また、忌避成分を保持させた「薬剤保持衣服」を着用するとは、衣服に忌避成分を保持させた後着用してもよいし、衣服を着用した後、これに忌避成分を保持させる手段を講じる場合も包含する。
【0011】
本発明で用いる、ハチ、アブ類に対する忌避成分としては、2−(2−ヒドロキシエチル)−1−ピペリジンカルボン酸1−メチルプロピル[以降、イカリジンと称す]、3−(N−n−ブチルアセトアミド)プロピオン酸エチル[以降、IR3535と称す]、ディート、p−メンタン−3,8−ジオール、フタール酸ジメチル、2−エチル−1,3−ヘキサンジオール、ベンジルアセテート、シトロネラール、シトロネロール、シトラール、リナロール、テルピネオール、メントール、α―ピネン、カンファー、ゲラニオール、カランー3,4−ジオール等の合成あるいは天然の各種化合物、更には、桂皮、シトロネラ油、レモングラス油、クローバ油、ベルガモット油、ユーカリ油等の精油、抽出液等があげられ、これらは単独で用いてもよいし、2種以上を混合使用することもできる。このような忌避成分が蚊類に対して高い忌避効果を示すことはよく知られているが、ハチ、アブ類に対する忌避効果はそれほど高くないと言われている。
しかるに、本発明者らが検討を重ねた結果、後記するように、常温揮散性ピレスロイド系殺虫成分を含む気流と併存させた時に、ハチ、アブ類に対する忌避効果が相乗的に向上することを知見するに至った。
なかでも、イカリジン及びIR3535については、その忌避効果の向上度合いが顕著であり、しかも、上記の各種繊維に対して殆ど影響を及ぼさないので、本発明の目的に特に適していることが判明したものである。
【0012】
「薬剤保持衣服」における前記忌避成分の保持量は、使用場面や対象とするハチ、アブ類の種類等によって設定すればよいが、10mg〜2000mg/m
2程度が適当である。また、その保持方法についても公知の方法を適宜選択すればよく、例えば、液剤又はエアゾール剤を噴霧又は塗布することによって調製可能である。
【0013】
本発明では、前記忌避成分の揮散性に支障を来たさない限りにおいて、前記忌避成分と共に、25℃における蒸気圧が1×10
−5mmHg未満である難揮散性ピレスロイド系殺虫成分、例えば、シフルトリン、フェノトリン、シフェノトリン、ペルメトリン、シペルメトリン、レスメトリン、フタルスリン、イミプロトリン、モンフルオロトリン、トラロメトリン、ビフェントリン、エトフェンプロックス、及びシラフルオフェンを配合してもよい。こうすることによって、ハチ類やアブ類が前記忌避成分の忌避効果にも拘わらず接近した場合においても、難揮散性ピレスロイド系殺虫成分に接触して確実な刺咬回避行動を惹起させることが可能となる。
なお、難揮散性ピレスロイド系殺虫成分の酸成分やアルコール部分において、不斉炭素に基づく光学異性体や幾何異性体が存在する場合、これらの各々や任意の混合物も本発明に包含されることは勿論である。
【0014】
本発明は、前述の「薬剤保持衣服」を着用すると共に、常温揮散性ピレスロイド系殺虫成分を含む気流が放出されるようになした薬剤揮散装置を使用者が身に装着することによって、ハチ、アブ類の刺咬被害を効果的に防止することを特徴とする。
ここで、薬剤揮散装置を使用者が身に装着するとは、「薬剤保持衣服」を着用後、薬剤揮散装置を装着してもよいし、薬剤揮散装置を装着した後、衣服に忌避成分を保持させる手段を講じる場合も包含するが、通常、前者が好ましい。
【0015】
本発明で用いる常温揮散性ピレスロイド系殺虫成分としては、例えば、トランスフルトリン、メトフルトリン、プロフルトリン、ジメフルトリン、メペルフルトリン、ヘプタフルトリン、テフルトリン、エムペントリン、及びテラレスリン等があげられ、一般的に、25℃における蒸気圧が1×10
−5mmHg以上のものが該当する。
なお、常温揮散性ピレスロイド系殺虫成分の酸成分やアルコール部分において、不斉炭素に基づく光学異性体や幾何異性体が存在する場合、これらの各々や任意の混合物も本発明に包含されることは勿論である。
【0016】
常温揮散性ピレスロイド系殺虫成分の薬剤揮散装置からの放出量についても、「薬剤保持衣服」の場合と同様に、使用場面や対象とするハチ、アブ類の種類等によって設定すればよく、0.05mg〜2.0mg/h程度が適当である。
【0017】
本発明は、「薬剤保持衣服」を着用することによる忌避効果と、薬剤揮散装置から放出される常温揮散性ピレスロイド系殺虫成分による防除効果(忌避効果及び駆除効果を含む概念)を相乗的に協働させ、ハチ、アブ類が接近するとしても刺咬被害を回避できることを見出したものである。
即ち、前述の忌避成分による忌避作用と常温揮散性ピレスロイド系殺虫成分による忌避作用はメカニズム的に異なるのであり、まず、両者の忌避効果が相まって相乗協働的に刺咬被害を防止し、それでもハチ、アブ類が接近した場合には、身体周りの常温揮散性ピレスロイド系殺虫成分が更なる刺咬回避行動を惹起させるものと推察される。
【0018】
ところで、「薬剤保持衣服」を着用し、この上にピレスロイド系殺虫成分を保持させた「第二の衣服」を着用した場合において、本発明者らがそのピレスロイド系殺虫成分の種類について検討を行った結果、トランスフルトリンやメトフルトリンのような常温揮散性ピレスロイド系殺虫成分よりはむしろ、シフルトリン、フェノトリンやフタルスリンのような難揮散性ピレスロイド系殺虫成分の方が、刺咬被害防止の点でより効果的に作用することを認めた。このことは、衣服に保持させる形態では、忌避成分による忌避効果と難揮散性ピレスロイド系殺虫成分による持続的な駆除効果を協働させる方がより有効であることを示している。
しかるに、本発明者らは、更に検討を進め、今般、常温揮散性ピレスロイド系殺虫成分を衣服に保持させるのではなく、薬剤揮散装置から連続して放出させることによっても、同じように刺咬被害を効果的に防止できることを見出したのである。
【0019】
本発明では、本発明の効果に支障を来たさない限りにおいて、「薬剤保持衣服」に忌避成分の外に、他の機能性成分、例えば、ピレスロイド系殺虫成分以外の他のタイプの殺虫成分や、除菌・抗菌成分、消臭成分、衣服の柔軟成分等を保持させてもよい。
ピレスロイド系殺虫成分以外の他のタイプの殺虫成分としては、ジクロルボス、フェニトロチオン等の有機リン系化合物、プロポクスル等のカーバメート系化合物、ジノテフラン、イミダクロプリド、クロチアニジン等のネオニコチノイド系化合物があげられる。
また、除菌・抗菌成分としては、3−メチル−4−イソプロピルフェノール、オルト−フェニルフェノール、2−n−オクチル−4−イソチアゾリン−3−オン、5−クロロ−2−メチル−4−イソチアゾリン−3−オン、2−メルカプトベンゾチアゾール等を例示できる。更に、消臭成分としては、イネ科、ツバキ科、イチョウ科、モクセイ科、クワ科、ミカン科、キントラノオ科、カキノキ科の中から選ばれる植物抽出物、例えば、サトウキビエキス、緑茶抽出エキス、チャ乾留物、柿抽出エキス、グレープフルーツ抽出エキス、レンギョウ抽出エキス等が代表的である。また、「緑の香り」と呼ばれる青葉アルコールや青葉アルデヒド等を添加してリラックス効果を付与することもできる。
【0020】
「薬剤保持衣服」を調製するにあたっては、前述のとおり、公知の方法を適宜採用すればよいが、所定の成分を含有する液剤又はエアゾール剤を衣服にスプレー又は噴霧する方法が代表的なので、以下これについて述べる。
【0021】
衣服処理用に用いる液剤は、所定の忌避成分に、必要ならば他の機能性成分を加え、これに溶剤や適宜補助剤を配合して製する。忌避成分の液剤全体量に対する配合量は1〜50質量%程度が適当であり、溶剤は、通常、速乾性や火気への安全性等を考慮のうえ決定される。
かかる溶剤としては、炭素数が2〜3のアルコール類、例えば、エチルアルコールやイソプロピルアルコール(IPA)が好ましいが、必要ならば、他の種類の溶剤、例えば、水、灯油等の炭化水素系溶剤、エステル系溶剤、ケトン系溶剤、エーテル系溶剤等を適宜配合してもよい。
液剤が露出した人の肌にかかるような場面では、水の配合は人体への安全性やさらさら感を付与できるので好適である。水の種類については特に限定されないが、硬度700以下の天然ミネラル水が好ましい。海洋深層水、海洋表層水、地下深層水、山麓の涌き水等のミネラル水は、カルシウムイオン、マグネシウムイオン、カリウムイオン等の金属イオンを含み、人体に不足しがちなミネラル成分を補給しやすいことから各方面で注目されており、例えば、逆浸透膜法等により濾過、脱塩処理を行い硬度を100〜1000程度に調整したものが飲料として販売されている。
【0022】
また、液剤調製に際し、補助剤として、更に界面活性剤や可溶化剤、滑沢剤、安定化剤、pH調整剤、紫外線吸収剤や紫外線散乱剤、着色剤、香料等を適宜配合することもできる。
界面活性剤や可溶化剤としては、例えば、ソルビタン脂肪酸エステル類、グリセリン脂肪酸エステル類、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油、ポリオキシエチレン高級アルキルエーテル類(ポリオキシエチレンラウリルエーテル、ポリオキシエチレンオレイルエーテル等)、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル類、ポリオキシエチレン高級脂肪酸エステル類、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル類、ポリオキシエチレングリセリン脂肪酸エステル類、ポリオキシエチレンポリオキシプロピレンアルキルエーテル等の非イオン系界面活性剤や、ラウリルアミンオキサイド、ステアリルアミンオキサイド、ラウリル酸アミドプロピルジメチルアミンオキサイド等の高級アルキルアミンオキサイド系界面活性剤を例示することができる。
更に、肌にさらさら感を付与するための滑沢剤として、無水ケイ酸、タルク等の無機粉末、変性デンプン、シルク繊維粉末等の有機粉末があげられ、紫外線吸収剤や紫外線散乱剤としては、パラアミノ安息香酸、アミルサリシネート、オクチルシンナメート、メトキシ桂皮酸オクチル、2,4−ジヒドロキシベンゾフェノン等があげられる。
【0023】
衣服処理用に用いる剤型として、液剤に噴射剤を加えてエアゾール形態とすれば、スプレー粒子を微粒化でき、利便性が高いものとなる。その場合の噴射剤としては、液化石油ガス(LPG)、ジメチルエーテル(DME)、圧縮ガス(窒素ガス、炭酸ガス、亜酸化窒素、圧縮空気等)があげられる。
前記液剤又はエアゾール剤が充填される容器のノズル、バルブ、噴口等の形状は、その用途、対象害虫等に応じて適宜決定すればよい。例えば、広角ノズル付きのトリガースプレータイプは、一度の操作で広い範囲を処理することが可能となり便利である。また、容器の材質としてPETを使用することによって、液量を視認できると共にデザイン性にも優れるというメリットを有する。
【0024】
こうして得られた液剤又はエアゾール剤の所定量を衣服にスプレー又は噴霧し、本発明で用いる「薬剤保持衣服」を調製する。
【0025】
次に、本発明で「薬剤保持衣服」と共に併用される薬剤揮散装置は、常温揮散性ピレスロイド系殺虫成分を含む気流の放出機構に基づいて、薬剤保持体を回転させるタイプか、もしくは前記薬剤保持体にファンによる風を当てるタイプに大別される。
前者の回転タイプは、薬剤保持体回転面の全周囲方向にピレスロイド系殺虫成分を含む気流を放出でき、拡散力に優れるため後者より好ましい形態であり、以下、前者の回転タイプを中心に説明する。
【0026】
薬剤揮散装置に収納される薬剤保持体は、常温揮散性ピレスロイド系殺虫成分を保持可能な間隙が形成された薬剤保持層と、前記間隙より大きいサイズの空隙が形成された通気層とを積層した繊維立体構造体が適している。そして、その通気層に隣接する位置に通気層の形態を維持する形態維持層を、薬剤保持層/通気層/形態維持層の順で設けるのが好ましい。その形状としては、特に限定されるものではなく、円盤状、ドーナツ状、歯車状、扇風機状、中空円筒状など、目的に応じて適宜決定すればよいが、円盤状に形成したものが代表的である。
円盤状の繊維立体構造体の場合、直径が4〜8cm程度で、その厚みは1〜7mm程度のものが使いやすい。この場合、前述の薬剤保持層と通気層とを構成単位として一枚の状態にて厚みを形成する実施形態だけでなく、複数枚重畳したことによる実施形態も採用することができる。例えば、2枚重畳の形態において、[薬剤保持層/通気層‖薬剤保持層/通気層]でも良いし、[通気層/薬剤保持層‖薬剤保持層/通気層]の構成でも構わない。
【0027】
繊維立体構造体を形成する繊維の原料としては、常温揮散性ピレスロイド系殺虫成分の揮散が安定し持続性が良好なものがより好ましく、例えば、天然繊維の木綿、麻、羊毛、絹等またレーヨン等の半合成繊維、合成繊維のポリエステルであるポリエチレンテレフタレート(以下PETと略す)やポリブチレンテレフタレート、ナイロン、アクリル、ビニロン、ポリエチレン、ポリプロピレン、アラミド、ポリフェニレンサルファイド等、無機繊維のガラス繊維やカーボン繊維、セラミック繊維等を挙げることが出来る。
なかでも、ポリエチレンテレフタレートやポリブチレンテレフタレートなどのポリエステル材料、及びポリアミド樹脂などのナイロン系の材料が使いやすく、一種類の材料でも、また薬剤保持層や通気層の構成部分毎に異なった材料を使用してもよい。なお、これらの材料からなる薬剤保持体では、常温揮散性ピレスロイド系殺虫成分が毛管現象を介して繊維立体構造体の内部を移動後表面から揮散し、その常温揮散性ピレスロイド系殺虫成分の揮散は安定して継続するものとされている。
【0028】
前述の薬剤保持体は、通常、薬剤カートリッジに収納されて使用に供される。このような薬剤カートリッジの一形態としては、薬剤保持体が円盤状の場合、薬剤保持体の上下両側面を囲むようにそれぞれ上側部分及び下側部分と、薬剤保持体の外側周囲を囲むように複数個の保持枠を有し、かつ中心位置に軸受部を備え薬剤揮散装置のモーター軸と嵌合し得る形態があげられる。
【0029】
薬剤保持体には、「薬剤保持衣服」の場合と同様、本発明の効果に支障を来たさない限りにおいて、常温揮散性ピレスロイド系殺虫成分の外に、他の機能性成分、例えば、ピレスロイド系殺虫成分以外の他のタイプの殺虫成分や、除菌・抗菌成分、消臭成分等を保持させてもよい。
【0030】
常温揮散性ピレスロイド系殺虫成分を薬剤保持体に保持させるにあたっては、通常各種の溶剤で希釈したり、あるいは各種の添加物を添加して行うのが一般的である。
使用可能な溶剤としては、n−パラフィン、イソパラフィンなどの炭化水素系溶剤、プロピレングリコール、1,3−ブチレングリコール、1,4−ブチレングリコール、ジエチレングリコール、ジプロピレングリコール、ヘキシレングリコールなどの炭素数3〜6のグリコール、これらのグリコールエーテル、ケトン系溶剤、エステル系溶剤などがあげられる。また、各種の添加剤としては、例えば、安定剤があげられ、BHT、BHA、2,2´−メチレンビス(4−エチル−6−t−ブチルフェノール)、2,2´−メチレンビス(4−メチル−6−t−ブチルフェノール)、4,4´−メチレンビス(2−メチル−6−t−ブチルフェノール)、3,5−ジーt−ブチル−4−ヒドロキシアニソール、メルカブトベンズイミダゾール等が例示される。
【0031】
上記薬剤保持体は、薬剤カートリッジに収納されて薬剤揮散装置に装填される。
薬剤揮散装置の電源は直流電源及び交流電源のいずれであってもよいが、通常、電池(アルカリ電池、マンガン電池、充電型電池、太陽電池等)が使いやすい。電池の容量は、用法・用量に応じて適宜選択することができ、携帯用には単3ないし単4電池が汎用的である。当該薬剤揮散装置は、回転駆動装置として、駆動モーターと、これに連結するモーター軸を備え、このモーター軸に前記薬剤カートリッジの軸受部を嵌合後、回転させて常温揮散性ピレスロイド系殺虫成分を揮散させる。
なお、オン−オフスイッチや使用の終点を示すパイロットランプ等が適宜装着されてもよいことは勿論である。また、薬剤揮散装置内に例えばランプ等を内蔵させることによって薬剤揮散装置内の温度を若干高め得る機能を付与し、常温揮散性ピレスロイド系殺虫成分の揮散性能を向上させることも有用である。
【0032】
駆動モーターとしては、一般に使用されるモーターであれば特に限定はなく、ブラシモーター又はブラシレスモーターのような各種のモーターがあげられる。特に、ブラシレスモーターは、モーターの寿命が長く、使用性にも優れているので好適である。
モーターの回転数については、500〜2000rpm、好ましくは700〜1600rpm、程度が適当である。500rpm未満であると、効力に対する影響に問題が出る可能性があり、一方、2000rpmを超えると、電池使用の場合その消耗が大きくなり長期間使用出来ないと言う問題が生じる可能性がある。
【0033】
前述の薬剤揮散装置は、薬剤保持体を回転させて常温揮散性ピレスロイド系殺虫成分を揮散させるタイプのものである。その装置の形態等について特に制限はないが、常温揮散性ピレスロイド系殺虫成分の揮散を妨げないように適宜開口部が設けられる。
【0034】
なお、薬剤保持体にファンによる風を当てる、他方のタイプの薬剤揮散装置についても、その構成は概ね薬剤保持体回転タイプと同様であるが、別途ファンの設置を必要とすることはもちろんである。
【0035】
本発明のハチ、アブ類の刺咬被害防止方法によれば、草むらや森林等に入る前に、「薬剤保持衣服」を着用すると共に、常温揮散性ピレスロイド系殺虫成分を含む気流が放出されるようになした薬剤揮散装置を、使用者が腰、肩や手足などの身体の部位で、好ましくは「薬剤保持衣服」の上に装着すればよい。特に、薬剤揮散装置をベルトを介して腰に左右2個装着するのが好ましく、一層実用的な効果を期待できる。
而して、忌避成分による忌避効果と、薬剤揮散装置から放出される常温揮散性ピレスロイド系殺虫成分による防除効果(忌避効果及び駆除効果を含む概念)が相乗的に協働し、およそ6〜12時間にわたり、ハチ、アブ類の刺咬被害を効果的に回避できるのである。
【0036】
本発明のハチ、アブ類の刺咬被害防止方法は、フタモンアシナガバチ、セグロアシナガバチ、キアシナガバチ、コガタスズメバチ、モンスズメバチ、ヒメスズメバチ、オオスズメバチ、キイロスズメバチ、チャイロスズメバチ、ミツバチ、クマバチなどのハチ類や、イヨシロアブ、アカウシアブ、シロフアブ、キンイロアブなどのアブ類に対して極めて有用な方法であるが、当然のことながら、ハチ、アブ類よりも防除が比較的容易な他の刺咬性飛翔害虫、例えば、アカイエカ、チカイエカ、ヒトスジシマカなどの蚊類、蚋、ユスリカ類、ハエ類、コバエ類(ショウジョウバエ類、ノミバエ類等)、チョウバエ類、イガ類などに対しても効果的であり、その実用性は非常に高い。
【0037】
次に具体的な実施例及び試験例に基づき、本発明のハチ、アブ類の刺咬被害防止方法について更に詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【実施例1】
【0038】
イカリジンを45g(15w/v%)、3−メチル−4−イソプロピルフェノールを0.3g(0.1w/v%)及び精製水を120g(40w/v%)に、99%エタノールを加えて全量を300mLとし、「第一の衣服」用の液剤を調製した。なお、この液剤は衣服着用後に、5mL/m
2の割合でレーヨン/ポリエステル製の上着にスプレーされ「薬剤保持衣服」を構成した。
一方、薬剤保持層と通気層とを有する円盤状のポリエチレンテレフタレート製繊維立体構造体(直径:5cm、厚さ:5mm)に、メトフルトリン40mgのイソパラフィン溶液を含浸させて薬剤保持体を調製し、薬剤保持体回転タイプの薬剤揮散装置を構成した。なお、薬剤揮散装置からのメトフルトリン放出量は0.18mg/hであった。
【0039】
山麓の土木作業現場に出かける前に、「薬剤保持衣服」を着用し、腰に薬剤揮散装置2個をベルトを介して装着した。
現場で午前8時から午後6時まで作業中、作業現場付近で何匹かのコガタスズメバチとイヨシロアブが飛来し作業員に接近したが刺咬被害を受けることなく飛び去り、本発明の実用性を実感できた。
【実施例2】
【0040】
「薬剤保持衣服」及び薬剤揮散装置の刺咬被害防止効果の検証は、下記の模擬試験系により行った。
20cm平方のレーヨン/ポリエステル製布地に、表1に示す処方の液剤をスプレーしてそれぞれ所定量の忌避成分を保持させた「薬剤保持衣服」を調製した。また、その上に常温揮散性ピレスロイド系殺虫成分が所定量放出される薬剤揮散装置を載置して供試検体とした。供試検体は、薬剤保持衣服調製後2時間、8時間、12時間の3種を試験に用いた。
次に、1m立方のガラス箱に供試検体を置き、上記の供試検体上に、炭酸麻酔したフタモンアシナガバチ雌成虫を1匹置き、麻酔から覚醒した後の行動を観察した。ハチが供試検体上で、さかんに羽ばたき行動を行う、もしくはその場から飛び立とうとするといった、忌避行動を行った回数を10分間記録した。結果を表2に示した。
【0041】
【表1】
【0042】
【表2】
【0043】
試験の結果、ハチ類やアブ類に対する忌避成分の少なくとも1種以上を保持させた「薬剤保持衣服」を着用すると共に、常温揮散性ピレスロイド系殺虫成分の少なくとも1種以上を含む気流が放出されるようになした薬剤揮散装置を装着することによって、ハチ類やアブ類を忌避させて刺咬被害を防止できることが確認された。なお、忌避成分としては、イカリジンやIR3535が好ましく、また、供試した常温揮散性ピレスロイド系殺虫成分のなかでは、トランスフルトリン、メトフルトリン、メペルフルトリンやヘプタフルトリンが好適で、更に、薬剤保持体を回転させる方式の方が、ファンによる風を当てるタイプよりもより効果的であることも明らかとなった。
比較例1及び比較例2が示すように、忌避成分又は薬剤揮散装置単独では、刺咬被害防止効果が乏しく、両者の相乗的協働作用が不可欠であった。また、比較例3の如く、常温揮散性ピレスロイド系殺虫成分を用いた場合でも、薬剤揮散装置で継続して放出させるのではなく、衣服に保持させた場合には刺咬被害防止効果の持続性が幾分短くなる傾向が観察され、本発明が極めて有用なハチ、アブ類の刺咬被害防止方法を提供することは明らかである。