特許第6882950号(P6882950)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社ファンケルの特許一覧

<>
  • 特許6882950-ABCG2の薬理シャペロン 図000005
  • 特許6882950-ABCG2の薬理シャペロン 図000006
  • 特許6882950-ABCG2の薬理シャペロン 図000007
  • 特許6882950-ABCG2の薬理シャペロン 図000008
  • 特許6882950-ABCG2の薬理シャペロン 図000009
  • 特許6882950-ABCG2の薬理シャペロン 図000010
  • 特許6882950-ABCG2の薬理シャペロン 図000011
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6882950
(24)【登録日】2021年5月11日
(45)【発行日】2021年6月2日
(54)【発明の名称】ABCG2の薬理シャペロン
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/355 20060101AFI20210524BHJP
   A23L 33/105 20160101ALI20210524BHJP
   A61P 1/00 20060101ALI20210524BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20210524BHJP
【FI】
   A61K31/355
   A23L33/105ZNA
   A61P1/00
   A61P43/00 111
【請求項の数】5
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2017-142802(P2017-142802)
(22)【出願日】2017年7月24日
(65)【公開番号】特開2018-24644(P2018-24644A)
(43)【公開日】2018年2月15日
【審査請求日】2020年4月15日
(31)【優先権主張番号】特願2016-147545(P2016-147545)
(32)【優先日】2016年7月27日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】593106918
【氏名又は名称】株式会社ファンケル
(74)【代理人】
【識別番号】100162396
【弁理士】
【氏名又は名称】山田 泰之
(74)【代理人】
【識別番号】100122954
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷部 善太郎
(74)【代理人】
【識別番号】100194803
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 理弘
(74)【代理人】
【識別番号】100202430
【弁理士】
【氏名又は名称】太田 千香子
(72)【発明者】
【氏名】千場 智尋
(72)【発明者】
【氏名】渡邊 理恵
(72)【発明者】
【氏名】植田 和光
【審査官】 藤代 亮
(56)【参考文献】
【文献】 特表2016−509573(JP,A)
【文献】 特開2016−41741(JP,A)
【文献】 特開2013−63933(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
・IPC
A61K 31/355
A23L 33/105
A61P 1/00
A61P 43/00
・DB
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
トコトリエノール及び/又はトコフェロールを有効成分とする、ABCG2遺伝子の変異体であるQ141Kの発現産物であるトランスポータータンパク質の正常フォールディングの機能を有する薬理シャペロン組成物。
【請求項2】
腸管への生体内代謝物の排泄が阻害されている疾患治療のための請求項1に記載の薬理シャペロン組成物。
【請求項3】
腸管からの薬剤吸収を正常化するための請求項1に記載の薬理シャペロン組成物。
【請求項4】
経口投与の形態である請求項1〜3のいずれかに記載の組成物。
【請求項5】
トコトリエノール及び/又はトコフェロールを有効成分とする、ABCG2遺伝子のQ141K変異体の発現産物であるトランスポータータンパク質の正常フォールディングに作用する薬理シャペロンとしての飲食品組成物。


【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、薬物トランスポーターABCG2の機能改善に作用する薬理シャペロンに関する。
【背景技術】
【0002】
ABCG2は、ATP−binding cassette transporter G2の略称であり、抗がん剤耐性を示したヒト乳がん細胞から発見された。抗がん剤などの化学物質のトランスポーターとして良く知られている(特許文献1、2)。ABCG2は、広範な組織分布と広い基質認識性を有することが次第に明らかとなってきた。現在では多様な視点から研究が進められている。ABCG2の生理的役割と遺伝子多型(SNP等)に伴う薬物動態変動に加え、ABCG2の遺伝子多型によるポルフィリン蓄積と皮膚の光線過敏症の発症や、更に、ABCG2による尿酸輸送と痛風発症に係る事が注目されている(非特許文献1、2、3)。
ABCG2は、ATP結合部位を一つしか持たないハーフトランスポーターであり、分子間ジスルフィド結合により形成されるホモ二量体として機能している。そして肝臓、腎臓、小腸、脳など多くの組織に発現しており、基質化合物の胆汁中・尿中への排泄促進、消化管吸収の抑制、血液脳関門・胎盤・精巣におけるバリア機能などを担っていることが非特許文献1に記載されている。
またABCG2の輸送基質は、ゲフィチニブなどの抗がん剤、ロスバスタチンなどのHMGCoA還元酵素阻害薬、シプロフロキサシンなどのニューキノロン系抗菌薬をはじめとする薬物、ステロイドホルモン・薬物の硫酸抱合体や植物エストロゲン、2−amino−1−methyl−6−phenylimidazo[4,5−b]pyridine(PhIP)に代表されるがん原性物質、クロロフィルの分解物であるポルフィリン類(例えばフェオフォルビド)、尿酸などを輸送することが知られている(非特許文献1、2、3)。
【0003】
特許文献3にはABCG2遺伝子の多型に基づく薬物輸送能の予測方法が記載されている。
ABCG2遺伝子多型の日本人におけるアレル頻度は高く、発現量および機能変化を伴わない34G>A(V12M)は19.2%、タンパク質発現量が約半分に低下する421C>A(Q141K)は31.9%、終止コドンが生じ機能欠損となる376C>T(Q126X)は2.8%である(非特許文献1、特許文献4参照)。この変異体の構造について図1に示す。
これらの遺伝子多型のうち、機能低下を伴い頻度も高い421C>A(Q141K)については臨床的によく研究されている。薬物動態の変動としてはスルファサラジンの消化管吸収の上昇、ロスバスタチンやフルバスタチンの経口投与時の血中濃度の上昇などが知られている(非特許文献2、特許文献4参照)。
また、ゲフィチニブ投与に伴う下痢発症リスクの上昇や、ロスバスタチン服用時のLDLコレステロール低下作用の有意な亢進(421Cを二つ持つヒトでは−50.2%、421Aを二つ持つヒトでは−57.0%であり、この違いは一般にスタチン系薬物の服用量を倍量にした際のLDLコレステロールの低下率6%と比較しても大きい)などの薬理作用や毒性に関する知見も増え始めており、ABCG2の薬物移送能と遺伝子多型の関係、及び機能低下について研究が進んでいる。
非特許文献2では、ABCG2の機能を欠失させた遺伝子改変動物(ABCG2 ノッ
クアウトマウス)を用いて尿酸排泄について検討を行い、ノックアウトマウスでは、AB
CG2の機能が低下した高尿酸血症のヒトと同様、血清尿酸値と腎臓からの尿酸排泄が増
加していたことに加えて、腸管からの尿酸排泄が低下していることを記載している。そし
てABCG2の尿酸排泄の機能が低下すると、腸管からの尿酸排泄量が低下し、血清尿酸
値が上昇し、腎臓からの尿酸排泄量が増加することが記載されている。
非特許文献3では、ABCG2 ノックアウトマウスがポルフィリン症に酷似した光線
過敏症を発症したこと、更に野生型ABCG2およびアミノ酸置換を伴う16種のSNP
についてポルフィリン輸送能を検討し、ABCG2がATP依存的なポルフィリン輸送活
性を示すこと、野生型と比べ著しくポルフィリン輸送活性が低下するSNPが存在することが記載されている。
【0004】
また、特許文献5には、ABCG2の126番目のグルタミン酸残基コドンが翻訳終止コドンとなりABCG2の活性が欠失する異常を検出する技術が開示されており、薬物吸収の異常を予め診断する方法が記載されている。
特許文献6には、ポリオキシエチレングリセロールトリリシノレアート35、ポリオキシエチレンソルビタンモノラウラート、ラウリルポリエチレングリコールエーテル、エチレンオキシド/プロピレンオキシドブロックコポリマー(PEO)などによってABCG2の機能を阻害することで胃腸管での薬剤の吸収を増大させる技術が開示されている。
このようにABCG2の異常を検出することや、ABCG2のトランスポーター機能を制御することで薬剤の吸収を制御し、生体内に産生される代謝産物の排出を制御しようとする技術が多数提案されている。
【0005】
また、前記したABCG2遺伝子のQ141K変異は、遺伝子の発現産物であるトランスポータータンパク質のフォールディングに影響していることがわかっている。
タンパク質のフォールディングは分子シャペロンによってなされるが、近年分子シャペロンに加えて、タンパク質のフォールディングに係る低分子化合物のケミカルシャペロン又は薬理シャペロンと呼ばれる低分子物質が見いだされている。特許文献7にはチオシアロオリゴ糖結合デンドリマーのヒトノイラミニダーゼのケミカルシャペロンとする技術が記載されている。特許文献8には、2−アセトアミド−1,2−ジデオキシノジリマイシンおよびN−アセチルグルコサミン−チアゾリンをガングリオシダーゼの薬理シャペロンとする技術が記載されている。しかしABCG2遺伝子のQ141K変異遺伝子の発現産物であるABCG2トランスポータータンパク質の発現後のフォールディングと糖鎖修飾に係る薬理シャペロンは、現在のところ見出されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開第2009/072267号
【特許文献2】国際公開第2010/150525号
【特許文献3】特表2005−529618号公報
【特許文献4】特開2015−231993号公報
【特許文献5】特開2004−16042号公報
【特許文献6】特表2009−514793号公報
【特許文献7】特開2013−63933号公報
【特許文献8】特開2016−41741号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】高田龍平、松尾洋孝、生化学 第83巻 第12号、1131〜1135、2011年
【非特許文献2】東京薬科大学・防衛医科大学・東京大学の連名による2012年4月2付 プレスリリース
【非特許文献3】田村藍、安然、大西裕子、石川智久、日薬理誌 第130巻、270〜274、2007年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明者らは、ABCG2遺伝子の多型性を研究する過程で、前記した機能低下を伴い多型性頻度も高い変異体である421C>A(Q141K)に着目した。この変異遺伝子をトランスポーターとして細胞表面で正常機能を有するように発現させる薬理シャペロンについて探索を進め、トコトリエノールとトコフェロールに薬理シャペロン作用を見いだし、本発明をなした。
【0009】
すなわち本発明は、ABCG2遺伝子のQ141K変異体の発現後に、タンパク質として正常にフォールディングさせ、糖鎖修飾させるための薬理シャペロンを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の主な構成は、次のとおりである。
(1)トコトリエノール及び/又はトコフェロールを有効成分とする、ABCG2遺伝子の変異体であるQ141Kの発現産物であるトランスポータータンパク質の正常フォールディングの機能を有する薬理シャペロン組成物。
(2)腸管への生体内代謝物の排泄が阻害されている疾患治療のための(1)に記載の薬理シャペロン組成物。
(3)腸管からの薬剤吸収を正常化するための(1)に記載の薬理シャペロン組成物。
(4)経口投与の形態である(1)〜(3)のいずれかに記載の組成物。
(5)トコトリエノール及び/又はトコフェロールを有効成分とする、ABCG2遺伝子のQ141K変異体の発現産物であるトランスポータータンパク質の正常フォールディングに作用する薬理シャペロンとしての飲食品組成物。
【発明の効果】
【0011】
本発明により、ABCG2遺伝子のQ141K変異体の発現産物であるトランスポータータンパク質の正常フォールディングのための薬理シャペロンが提供される。また、トコトリエノール及び/又はトコフェロールを含むABCG2遺伝子のQ141K変異体の発現産物であるトランスポータータンパク質のフォールディング作用を有する組成物が提供される。この組成物は、ABCG2遺伝子のQ141K変異に由来する腸管排泄の抑制のある尿酸等生体内代謝産物の、腸管内への排泄を促進できる。このため高尿酸血症などの種々の病態の治療・予防、あるいは抗がん剤の吸収正常化に役立つことが期待される。また、薬物治療時に発生するスルファサラジンの消化管における吸収量の上昇、ロスバスタチンやフルバスタチンの経口投与時の血中濃度の上昇などの薬剤副作用の低減に有効である。更にQ141K変異を含めたABCG2遺伝子多型によるポルフィリン症と皮膚光線過敏症の治療や予防に有効であることが期待される。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】高尿酸血症患者において確認されたヒトABCG2のトポロジーモデル及び非同義的変異部位示す模式図である。なお本図面は非特許文献1及び特許文献4の記載に基づく図面である。
図2】一過的に発現させたABCG2 野性型(WT)及びQ141K変異体の共焦点レーザー顕微鏡を用いた局在解析の結果を示す画像である。図中の白抜き部分がABCG2の局在を示している。左はWT、右はQ141Kを導入した細胞である。
図3】一過的に発現させたABCG2 WT及びQ141K変異体導入細胞のフェオフォルビドABCG2をマーカーとしたFACS解析の結果を示す。左はWT、右はQ141Kを導入した細胞である。
図4】上段は、一過的に発現させたABCG2 WT及びQ141K変異体導入細胞のフェオフォルビド(PPB)排泄をマーカーとしたFACS解析の結果を示す。左はWT、右はQ141Kを導入した細胞である。下段は、同じく一過的に発現させたABCG2 WT及びQ141K変異体導入細胞の機能をFTCで阻害し、フェオフォルビド排泄をマーカーとしたFACS解析の結果を示す。左はWT、右はQ141Kを導入した細胞である。
図5】トランスフェクション後トコフェロールを48時間処理した細胞のウエスタンブロッティング画像である。
図6】トランスフェクション後トコトリエノールを48時間処理した細胞のウエスタンブロッティング画像である。
図7】δ−トコトリエノール(δT3)の薬理シャペロン作用の確認試験において、δT3がKP−1の排泄を促進する薬理シャペロンとして作用していることを示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明は、トコトリエノール及び/又はトコフェロールを有効成分とする、ABCG2遺伝子のQ141K変異体の発現産物であるトランスポータータンパク質のフォールディングを是正する薬理シャペロンに係る。
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明でいう薬理シャペロンとは、遺伝子の発現産物であるタンパク質が正しく折りたたまれるように作用する分子シャペロンに、補助的に作用する低分子の化合物をいう。
本発明に係るABCG2遺伝子の変異体Q141Kの発現産物であるトランスポータータンパク質は、図1に示す模式図で表される。ABCG2遺伝子の全コーディング領域の塩基配列を解析し、アミノ酸に変化がみられた5種類の変異(V12M、Q126X、Q141K、S441N、F506SfsX4)が記載されている。なお、#はN結合糖鎖部位(N596)を示し、*はジスルフィド結合のシステイン残基(C592、C603、C608)を示す。V12M、Q126X、Q141Kは、細胞内のN末端領域に存在するSNPである。このようなSNPの対立遺伝子頻度は日本人において非常に多く、従来技術で説明の通り、Q141K 31.9%、V12M 19.2%、Q126X 2.8%であるとの報告がある(非特許文献1参照)。
本発明においては、Q141Kの変異に伴うABCG2タンパク質のフォールディング異常を発生させないために適用される。Q141Kの変異に伴うABCG2タンパク質のフォールディング異常は、尿酸輸送能の不全、或いはそれに起因する高尿酸血症、更にポルフィリン輸送能の不全、或いはそれに起因する皮膚光線過敏症として発症する場合がある。また、スルファサラジンの消化管吸収の上昇、ロスバスタチンやフルバスタチンの経口投与時の血中濃度の上昇などを引き起こす可能性がある。またこのような副作用は、遺伝子の多型性から考えると高頻度で発生する可能性がある。
この遺伝子異常(多型性)を検出するためには、ダイレクトシークエンス法、BACアレイCGH法、FISH法、RFLP法、PCR−SSCP法、アレル特異的オリゴヌクレオチドハイブリダイゼーション法、TaqMan PCR法、インベーダー法、HRM法、SmartAmp法、Q−probe法(QP法)、MALDI−TOF/MS法、モレキュラービーコン法、RCA法、UCAN法、DNAチップまたはDNAマイクロアレイを用いた核酸ハイブリダイゼーション法などの公知のいずれかの方法が使用可能である。
【0014】
遺伝子検査の結果Q141Kの変異が検出された患者は、ABCG2遺伝子の発現産物であるABCG2タンパク質(トランスポータータンパク質)のフォールディングが正常に進行しないため、トランスポーター機能を正常に発揮できない。これを正常化するためには、ABCG2遺伝子の発現に当たり、薬理シャペロンを共存させると、遺伝子発現後の正常なフォールディングが進行し、さらに糖鎖が結合し、ABCG2トランスポーターの正常な機能が復活する。
【0015】
本発明の、ABCG2遺伝子の変異体Q141Kの発現産物であるトランスポータータンパク質のフォールディングに働く薬理シャペロンの有効成分であるトコフェロールは、植物油等に含まれる脂溶性ビタミンで、α−トコフェロール、β−トコフェロール、γ−トコフェロール、δ−トコフェロールの4種が挙げられる。トコトリエノールは、トコフェロールの関連化合物で、α−トコトリエノール、β−トコトリエノール、γ−トコトリエノール、δ−トコトリエノールの4種が挙げられる。これらは天然物由来であっても合成品であってもよい。
トコトリエノールまたはトコフェロールを薬理シャペロンの有効成分として用いる場合、これらの誘導体としてもよい。具体的には、ナトリウム、カリウム、マグネシウム、カルシウム、よって生じる塩類、アルコールや脂肪酸、アルキルハロゲナイド類などとの反応によって得られるアルキルエステルなどのエステル類およびそれらの塩類、また、リン酸基を導入したリン酸化化合物、硫酸基を導入した硫酸化化合物、さらに、エチレングリコール、プロピレングリコール、ブチレングリコールのようなC2〜C4の程度の炭素鎖を有するアルキレンオキサイド類との反応によって得られるアルキルエーテル誘導体、グリシジルトリアルキルアンモニウムハロゲナイドの如く第4級アミンを分子内に有する基質との反応に生じる第4級アルキルアミン誘導体およびその塩類といった形で利用できる。
【0016】
本発明の薬理シャペロンは、トコトリエノールもしくはトコフェロールの精製物、または、トコトリエノールやトコフェロールを高濃度に含む大豆抽出物、米油抽出物、ナタネ油抽出物やアナトー油抽出物をそのまま公知の方法で経口投与製剤の形態にしてもよい。
【0017】
また、精製トコトリエノールやトコフェロール、トコトリエノールやトコフェロールを高濃度に含む大豆抽出物、米油抽出物、ナタネ油抽出物やアナトー油抽出物等を、本発明の薬理シャペロンとして用いる場合は、例えば、油脂、エタノール、プロピレングリコール、グリセリンあるいはこれらの混合物に溶解して液状にし、これを希釈して飲用するか、あるいは飲料に添加するか、固形食品に添加することも可能である。さらに、必要に応じてデキストリン等の粉末又は粒状バインダーと混合して粉末状あるいは顆粒状にし、固形食品に添加することも可能である。
【0018】
薬理シャペロンとしてトコトリエノール及び/又はトコフェロールを投与する場合の投与量は、年齢、体重、症状、治療効果、投与方法、処理時間等により異なるが、通常成人一人あたり、1回につき1mg〜5000mgの範囲で、1日1回から数回経口投与することが好ましい。経口投与することで、消化管を構成する細胞に対して、トコトリエノール及び/又はトコフェロールが薬理シャペロンとして作用する。その結果、消化管内の細胞で発現するABCG2トランスポーターのフォールディングと糖鎖結合を正常に進行させる。
【実施例】
【0019】
試験1
以下にABCG2遺伝子の発現産物の細胞膜局在性試験例及びトコトリエノール及び/又はトコフェロールによるシャペロン作用による変異ABCG2遺伝子の発現産物であるトランスポーターのフォールディングの正常化例を示し、本発明を詳細に説明する。
【0020】
<ABCG2遺伝子の正常型と変異型の細胞膜局在性相違の確認試験>
1.ABCG2遺伝子変異体(Q141K)とABCG2遺伝子野性型(WT)の発現産物の細胞内分布の相違確認試験
(1)DNAコンストラクトの作製
(1−1)ヒトABCG2野性型(WT型)
ヒトABCG2(WT型)cDNA(GenScript)及び哺乳類発現用ベクターのpEGFP(Clontech Laboratories)をそれぞれiProof High−Fidelity DNA ポリメラーゼ(Bio−Rad)を用いたPCR法により増幅し、In−Fusion HD Cloning Kit(タカラバイオ)を用いてpEGFPベクターにヒトABCG2遺伝子を組み込んだ(pEGFP−ABCG2)。このコンストラクトを細胞に導入するとN末端に強化緑色蛍光タンパク質(Enhanced Green Fluorescend Protein:EGFP)を融合したABCG2を発現する。
なお、ヒトABCG2全長は特許文献3等に開示されている。また、pEGFPベクター増幅に使用したプライマー及びPCR条件は次のとおりである。
ABCG2 sense primer: 5’-gagctgtacaagtccatgtcttccagtaatgtcgaag-3’ 配列番号1
ABCG2 antisense primer: 5’-taccgtcgactgcagttatcaagaatattttttaagaaataac-3’
配列番号2
pEGFP sense primer: 5’-aaatattcttgataactgcagtcgacggtaccgcg-3’ 配列番号3
pEGFP antisense primer: 5’-gacattactggaagacatggacttgtacagctcgtccatgcc-3’
配列番号4
PCR条件
1.98℃ 30秒
2.98℃ 10秒
3.68℃ 30秒
4.72℃ 2分
5.2〜4を30サイクル実施する。
6.72℃ 10分
【0021】
(1−2)ヒトABCG2変異体(Q141K)
上記(1−1)にて作製したpEGFP−ABCG2を鋳型にPCR法により増幅した配列と変異導入箇所のDNAを合成した配列をIn−Fusion HD Cloning Kit(タカラバイオ)を用いてABCG2に導入し、421番目の塩基がシトシンからアデニンに変換したABCG2変異体のコンストラクトを作製した(pEGFP−ABCG2(Q141K))。このコンストラクトより発現したABCG2は、141番目のグルタミン(Q)がリジン(K)に変換された変異体となる。
pEGFP−ABCG2増幅に使用したプライマー、合成したオリゴDNA及びPCR条件は次のとおりである。
ABCG2_Q141K sense primer: 5’-agcagctcttcggcttgcaacaactatgacgaatcatg-3’
配列番号5
ABCG2_Q141K antisense primer: 5’-acgtcagagtgcccatcacaacatcatcttgtaccac-3’
配列番号6
Q141K oligo sense primer: 5’-gggcactctgacggtgagagaaaacttaaagttctcagcagctcttcggc
t-3’ 配列番号7
Q141K oligo antisense primer: 5’-agccgaagagctgctgagaactttaagttttctctcaccgtcagag
tgccc-3’ 配列番号8
PCR条件
1.98℃ 30秒
2.98℃ 10秒
3.68℃ 30秒
4.72℃ 2分
5.2〜4を30サイクル実施する。
6.72℃ 10分
【0022】
上記(1−1)及び(1−2)にて作製した野性型と変異型ABCG2の配列はプレミックスシーケンス解析サービス(タカラバイオ)を利用して確認を行った。シーケンス用primerは下記の通りである。
sense: 5’-aatgtcgtaacaactccgcc-3’ 配列番号9
sense: 5’-agctcgccgaccactaccagc-3’ 配列番号10
sense: 5’-agtgtttcagccgtggaactc-3’ 配列番号11
sense: 5’-agaaaaaggactagtatagg-3’ 配列番号12
sense: 5’-agtgtttcagccgtggaactc-3’ 配列番号13
【0023】
(2)ABCG2 WT及びQ141K発現細胞の作製
10%FBS含有DMEM(Gibco)にて培養したヒト腎臓由来HEK293細胞(ATCCより購入)に、上記(1−1)及び(1−2)にて作製したプラスミドをFugene HD(Promega)を用いてトランスフェクションし、これを、一過的発現系を用いた実験に供した。
【0024】
(3)共焦点レーザー顕微鏡を用いたABCG2発現産物の細胞内分布の相違確認試験(細胞内局在性解析)
上記(1−1)及び(1−2)にて作製したプラスミドをHEK293細胞にトランスフェクションし、24時間後、ポリL−リジンコートされたガラスボトムディッシュ(IWAKI)に細胞を播種し直し、更に24時間培養した。その後、培養液をHank’s液(Gibco)に交換した。細胞は、EGFPの蛍光を指標に共焦点レーザー顕微鏡(オリンパス)による局在解析に供した。
【0025】
(4)結果及び考察
一過的に発現させたABCG2 WT及びQ141K変異体の共焦点レーザー顕微鏡を用いた局在解析の結果を図2に示す。WTは細胞膜に強く発現しているのに対して、Q141K変異体は細胞膜には局在していなかった。おそらく小胞体の品質管理機構を抜け出せず、プロテオソーム系の分解経路に進んでいることが予想された。すなわち変異型ABCG2はトランスポーターの機能を果たしていないことが予想された。
【0026】
2.Fluorescence Activated Cell Sorting(FACS)を用いた細胞内局在性解析
・一時発現した細胞のFACSによる解析試験
(1)試験方法
上記試験で作製したプラスミドをHEK293細胞にトランスフェクションし、48時間後、5×105cells/tubeとなるよう1.5ml用マイクロチューブに細胞を回収した。その後、細胞は抗ABCG2抗体(Santa Cruz Biotechnology)(100倍希釈)、Alexa633標識抗マウスIgG抗体(Molecular Probes)(500倍希釈)及び2%牛胎児血清アルブミン(Sigma−Aldrich)を含有したHank’s液に室温30分反応させ、Hank’s液にて洗浄・再懸濁後、FACSに供した。FL−1にてEGFPを、FL−4にてAlexa633の蛍光強度を測定した。
【0027】
(2)結果及び考察
結果を図3に示す。HEK293細胞に一過的に発現させたABCG2 WTの発現産物が細胞膜に局在する細胞比率は全体の41.7%であったのに対し、Q141K変異体を発現させた細胞では、その比率が21.3%まで低下した。
以上の結果よりQ141K変異体の発現産物はWTと比べ細胞膜に局在していないことが明らかとなった。またウエスタンブロッティングにより、糖鎖修飾の違いも認められた(変異体は成熟バンドが薄い)。
【0028】
3.ABCG2機能に及ぼす影響確認試験
・フェオフォルビド(Pheophorbide:PPB)輸送活性測定
ABCG2の基質であり蛍光物質のPheophorbide(PPB)を用いた解析を行った。
(1)試験方法
6well plate(BD)に5×105cells/wellとなるようHEK293細胞を播種し、翌日、上記(1−1)及び(1−2)にて作製したプラスミドをトランスフェクションした。その48時間後、ABCG2の輸送基質であり蛍光を発するPPB(フナコシ)を最終濃度5μMとなるよう添加し1時間処理した。またABCG2の機能を確認するため阻害剤のfumitremorgin C(FTC)(フナコシ)を5μM添加した。細胞は1.5ml用マイクロチューブに回収後、Hank’s液にて洗浄・再懸濁しFACSに供した。FL−1にてEGFPを、FL−4にてPPBの蛍光強度を測定した。
【0029】
(2)結果
試験結果を図4上段及び下段に示す。WTが導入された細胞(EGFPポジティブ)では未導入の細胞(EGFPネガティブ)に比べ細胞内PPB蓄積量が低値となった(図4上段)。
さらにFTC処理によりABCG2機能が阻害されるとPPB蓄積が認められた(図4下段)。この結果は、ABCG2によるPPBの細胞外排泄活性を示している。すなわち、ABCG2は細胞外へのトランスポーターとして機能していることが明らかとなった。
【0030】
以上の試験からABCG2のトランスポーターとしての機能を評価できることが示された。
続いて、Q141K変異体の機能を評価するため、Q141K変異体発現細胞を試験した。その結果、WTに比べ細胞内PPB蓄積が増大することが認められ、ABCG2機能が低下していることが観察された。これら結果はQ141K変異体が細胞膜に局在していないためと考えられた。
【0031】
<トコトリエノール及び/又はトコフェロールのシャペロン作用による変異ABCG2遺伝子の発現産物であるトランスポーターのフォールディング正常化確認試験>
トコトリエノールとトコフェロールがABCG2変異体(Q141K)の遺伝子発現においてシャペロンとして作用することを確認した。
1.試験方法
(1)ABCG2変異体(Q141K)の遺伝子発現細胞の処理
上記の一過性発現細胞を安定発現細胞とするため、トランスフェクション後48時間から最終濃度1mg/mlとなるようG418−sulfate(和光純薬工業)を加えて継代培養を続け、薬剤耐性を獲得した細胞を安定発現細胞として本試験に用いた。
12well plate(BD)に5×105cells/wellとなるようABCG2変異体(Q141K)安定発現細胞を播種し、翌日、被験物質を添加し24時間処理した。被験物質はα、γ、δ体のトコフェロール(Sigma−Aldrich)及びトコトリエノール(Cayman Chemical)の計6種類をそれぞれ3段階の濃度となるよう添加した。また、陽性対照として、Corrector 4a(Calbiochem)を用いた。Corrector 4aは元来ABCトランスポーターの一つであり、嚢胞性線維症の原因となるCFTR変異体(ΔF508)に対して薬理シャペロンを示す化合物であるが、ABCG2変異体(Q141K)に対しても同様の作用を示す
ことが報告されている(PNAS.2013.110(13):p.5223-5228.)。被験物質処理後の細胞は、PBSにて洗浄後、界面活性剤の入ったRIPA液にて細胞を溶解させ回収した。回収したRIPA液は14000rpm、4℃、10分の条件にて遠心分離し、得られた上清をタンパク定量後(BCA法)、解析試料として用いた。
【0032】
(2)ウエスタンブロッティングによる発現解析
得られた解析試料は、SDS化後、7.5%プレキャストポリアクリルアミドゲル(Bio−Rad)を用いた電気泳動にてタンパク質を分離し、トランスブロットTurboシステム(Bio−Rad)によりPVDF膜(Bio−Rad)に転写した。その後、Blocking One(ナカライテスク)を用いてブロッキングし、一次抗体に抗GFP抗体(Santa Cruz Biotechnology)、二次抗体に抗マウスIgG−HPR抗体(Invitrogen)、発光剤にECL−Prime(GE Healthcare)を用いて化学発光させた。検出はLAS−4000 mini(富士フィルム)を用いて行い、得られたデジタル画像はMulti Gauge(富士フィルム)を用いて解析した。
【0033】
2.結果
ABCG2変異体(Q141K)に対する薬理シャペロン作用が報告されている陽性対照のCorrector 4a(5μM;これ以上の濃度では毒性が認められる)をQ141K安定発現細胞に24時間処理し、ウエスタンブロッティングにより評価した。
(1)陽性対照の結果
Q141K変異体のウエスタンブロット像は、糖鎖修飾の違いによるダブルバンドを示した。そしてCorrector 4aは、下記表1に示すように、コントロールと比較して1.4倍、高分子側の成熟ABCG2の発現を高めることが示された(表1)。すなわち、Corrector 4aは、薬理シャペロンとして作用し、正常なフォールディングと糖鎖修飾をQ141K変異体にもたらすことが確認された。
【0034】
【表1】
【0035】
(2)トコフェロール及びトコトリエノールの薬理シャペロン作用
同様にトコフェロール及びトコトリエノールの試験結果を表2、表3、図5図6に示す。
【0036】
【表2】
【0037】
【表3】
【0038】
表2、表3、図5図6から、トコフェロール、トコトリエノールは濃度依存性で成熟ABCG2バンド量を増加させていたことが明らかとなった。また糖鎖修飾を促進してい
ることが明らかである。この結果から、トコフェロールとトコトリエノールは、濃度依存的にABCG2遺伝子の発現産物に対して薬理シャペロンとして作用することが確認された。
【0039】
試験2
次いでδ−トコトリエノール(δT3)によるシャペロン作用によって変異ABCG2遺伝子の発現産物であるトランスポーターが正常に作用して、細胞外への排泄を促進するようになることを確認した試験を示す。
(1)試験方法
KP−1排泄活性の測定
δT3の薬理シャペロンによるABCG2(Q141K)発現量の増加がABCG2機能亢進と連動しているのかを明らかにするため、ABCG2の基質となる蛍光物質KP−1を用いて、その排泄活性を測定した。
ポリ−L−リジンコートされた24 well plate(IWAKI)に2.5×10 cells/wellとなるようABCG2変異体(Q141K)安定発現細胞を播種し48時間培養した。その後、被験物質としてδT3を最終濃度30μM、24時間処理した(controlにはエタノールを添加)。次にABCG2の輸送基質であり蛍光物質のKP−1(五稜化学)とABCG2阻害剤であるFTCをそれぞれ最終濃度1μM及び2μMとなるよう同時に1時間処理し、KP−1を細胞に取込ませた。その後、細胞を洗浄し、10%FBS含有フェノールレッドフリーのDMEM(gibco)に培地交換し、37℃、5%CO下、1時間、KP−1を排泄させた。回収した培地は14,000rpm、4℃、5分の条件にて遠心分離し、得られた上清の蛍光強度(励起波長480nm、検出波長529nm)を測定し、細胞外KP−1量とした。また、細胞はPBSにて洗浄後、RIPA液にて溶解させ回収した。回収したRIPA液は14,000rpm、4℃、10分の条件にて遠心分離し、得られた上清の蛍光強度(励起波長480nm、検出波長529nm)を測定し、細胞内KP−1量とした。KP−1排泄活性は、下記式より算出した。
KP−1排泄活性(%)=細胞外KP−1量/(細胞外KP−1量+細胞内KP−1量)×100
【0040】
(2)結果及び考察
KP−1排泄活性
図7にδT3添加細胞と無添加細胞のKP−1排泄活性を測定した結果を示す。
ABCG2変異体(Q141K)安定発現細胞のδT3無添加(control)におけるKP−1排泄活性は27.1±0.36%であったのに対して、δT3(30μM)添加処理によりその排泄活性は38.7±1.23%と明らかな増加が認められた。
したがって、δT3はQ141K変異体のKP−1排泄活性を亢進させるが、その作用は薬理シャペロン作用によることが明らかとなった。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]