【実施例1】
【0014】
最初に、
図1を参照しながら本発明の基本的な原理を説明する。水晶振動子は、よく知られているように、
図1(A)に示すような等価回路で表される(例えば、株式会社テクノ発行,岡野庄太郎著「水晶周波数制御デバイス」を参照)。同図において、等価直列抵抗R1は、等価直列キャパシタンスC1及び等価直列インダクタンスL1と直列に接続されており、これらR1,C1,L1と並列に等価並列キャパシタンスC0が接続されている。なお、他に、水晶振動子が収納されるケースとの間の浮遊容量や電極容量があるが、これらは等価並列キャパシタンスC0に含めて考慮している。これらのうち、等価直列抵抗R1は、振動子の損失に対応するもので、最も重要な要素でありながら、変動幅が大きい。
【0015】
ところで、統計学ないし確率論で知られているように、独立な多数の因子の和として表される確率変数は正規分布に従っており、水晶ブランクのような人工加工物でも、その形状等は必ず公差を伴い、そのバラツキは正規分布となる。このような観点から、多数の水晶ブランクの回路定数も、そのばらつきは正規分布となると考えられる。
【0016】
上述した等価直列抵抗R1に着目すると、
図1(B)に示すようにその測定値は変動し、通常はMax(最大),Min(最少),Ave(平均)として表現されるほどである。このような実測値Riの変動は、ブランクべベルの形状,表面粗さ,マスクの形状寸法,リード,接着剤などの条件にそれぞれ公差があり、それら多くの公差の結果生じたもので、シミュレーションから得られる理想の等価直列抵抗理想値R1の関数と考えることができ、変動要因をxとすると、次の(1)式のようになる。
Ri=R1×FP(x) ・・・(1)
【0017】
このように考えると、仮に等価直列抵抗理想値R1を1/2にすれば、その分布FP(x)の範囲も自ずから1/2に収れんしてFQ(x)になると考えられる(矢印F1参照)。すなわち、水晶振動子の設計において、等価直列抵抗理想値R1を小さくするように設計すれば、バラツキの分布も狭くなり、結果的に歩留まりの向上を図ることができる。加えて、水晶振動子における等価直列抵抗理想値R1は、回路的には損失を表すので、その点からも小さいほうがよい。なお、このような考察は、他の等価回路定数についても同様であるが、上述したように等価直列抵抗理想値R1は、最も重要な要素で変動幅も大きいので、他の等価回路定数を小さくする場合よりも好都合である。
【0018】
ところで、等価直列抵抗理想値R1は、ナイキスト図による解析から、水晶ブランクのべベル形状の曲率半径(フラット寸法)を大きくすることで容易に小さくすることが可能となる。詳述すると、水晶ブランクの振動領域(振動部分の面積)deは、ベベル形状の曲率半径をRc,周波数をfとしたとき、次の(2)式で表される。
de={2.06√(Rc)}/f ・・・(2)
【0019】
これによれば、振動領域deは周波数fに反比例する。すなわち、周波数が低いと振動領域deは広くなってブランク全体が振動するようになる。逆に周波数が高いと振動領域deは狭くなり、ブランクは部分的に振動するようになる。一方、ベベル形状の曲率半径Rcの変化は、その√での影響にとどまり、曲率半径Rcを変化させても振動領域deへの影響は小さく、無視しても差し支えない程度である。
【0020】
等価直列抵抗実測値Riのばらつきは、水晶ブランクの主面の粗さ,ベベル形状の曲率半径Rc,周波数fに依存する振動領域deが主な原因であると考えられる。蒸着電極は、膜厚が一定量を超えると抵抗の変化は極めて少ないので、蒸着膜厚のバラツキは無視してよいと考えられる。
【0021】
以上のような点からすると、上述した(1)式の変動要因xとしては、周波数f,ベベル形状の曲率半径Rc,主面の粗さSv等が考えられ、前記(1)式は、次の(3)式のようになる。
Ri=R1×F(f,Sv,Rc,・・・) ・・・(3)
【0022】
ベベル形状の曲率半径Rcを大きくすることは、フラット寸法を大きくすることになるが、水晶ブランクが平板に近づくことにもつながり、しいては等価直列抵抗理想値R1が小さくなる。等価回路のナイキスト図で求めたR1は、理想の値であって、極めて信頼性があるので、変化に対する基準の値として有効であると考えられ、ベベル形状の曲率半径Rcの変化を管理可能な数字の指標に適用させると、等価直列抵抗理想値R1の値に収れんすることになる。このような理由から、ベベル形状の曲率半径Rcを、等価直列抵抗理想値R1が小さくなるように設定すれば、全体としてばらつきを小さく抑えることができると考えられる。
【0023】
以上のような原理から、本発明では、シミュレーションを行う際に、ベベル形状の曲率半径Rcを大きく設定してシミュレーションを繰り返すことで、等価直列抵抗の値を下げるようにしている。これにより、ばらつきの分布の範囲も全体として狭くなって、歩留まりの向上を図ることができる。
【0024】
次に、
図2〜
図8も参照しながら、本発明の解析システムについて説明する。
図2には、本発明の解析システムの一実施例の構成が示されている。同図において、解析システム10は、シミュレーション装置100と、入出力端末200とによって構成されている。入出力端末200は、必要に応じて複数用意してもよい。
【0025】
これらのうち、シミュレーション装置100は、サーバーコンピュータによって構成されており、CPU110,プログラムメモリ120,データメモリ130を含んでいる。CPU110は、プログラムメモリ120に格納されているプログラムを実行するためのもので、十分な処理能力を確保するために複数台用意される。プログラムメモリ120は、水晶振動子の特性解析を行うためのシミュレーションプログラム122が用意されている。図示の例では、機械的な特性の解析を主として行う固有値振動解析プログラムPAと、電気的な特性の解析を主として行う圧電弾性振動解析プログラムPBが用意されている。データメモリ130は、入出力端末200から入力された入力データDA,入出力端末200に出力される出力データDB,シミュレーション途中において適宜保存する必要がある演算データDCを保存するためのものである。なお、必要に応じて、ディスプレイ,キーボード,プリンタなどが接続され、各種の入出力処理が行われるようになっている(図示せず)。
【0026】
入出力端末200は、例えばPC(パーソナルコンピュータ)210に、表示装置212,キーボードやマウスなどの入力装置214,プリンタ216が接続された一般的な構成となっている。PC210では入出力プログラムPQが実行されて、表示装置212上に入力画面や出力画面が表示されるようになっている。
【0027】
上述した固有値振動解析プログラムPAは、
図3に示すように、水晶ブランクの形状データDAa,電極データDAb,切断データDAcに基づいて、弾性定数等の演算Eaや固有値振動解析Ebを行い、出力データDBaを出力する。形状データDAaには、例えば形状寸法や拘束条件データが含まれる。電極データDAbには、例えば電極材料密度や電極寸法が含まれる。切断データDAcには、例えば結晶の切断角度や温度データが含まれる。これらのデータは、新規に任意データDAdとして入力してもよいが、過去に行ったシミュレーションで使用した既存のデータDAeを使用してもよい。また、形状測定装置300で測定した測定データDAfをそのまま取り込んで使用してもよい。出力データDBaには、例えば、振動のモードチャート,周波数−温度特性などが含まれる。また、プログラム実行過程において保存される演算データDCaとしては、例えばマトリックスデータ,固有値,振動モードなどのデータが含まれる。
【0028】
圧電弾性振動解析プログラムPBの場合は、
図4に示すように、水晶ブランクの形状データDAu,電極データDAv,切断データDAwに基づいて、弾性定数等の演算Euや圧電弾性振動解析Evを行い、出力データDBuを出力する。形状データDAuには、上述した形状寸法や拘束条件に加えて電極位置やサイズのデータも含まれる。電極データDAvには、上述した電極材料密度や電極寸法に加えて印加電圧のデータも含まれる。切断データDAwには、例えば結晶の切断角度や温度データが含まれる。これらのデータは、新規に任意データDAxとして入力してもよいが、過去に行ったシミュレーションで使用した既存のデータDAyを使用してもよい。また、形状測定装置300で測定した測定データDAzをそのまま取り込んで使用してもよい。出力データDBuには、例えば、アドミタンス特性,変位モード図,電位モード図などが含まれる。また、プログラム実行過程における演算データDCuとしては、例えば形状データ,マトリックスデータ,解析結果,アドミタンス,変位ベクトル,電位などのデータが含まれる。
【0029】
図5には、形状測定装置300の一例が示されており、データ処理部310と、光学計測部350を中心に構成されている。データ処理部310は、例えばパソコンなどによって構成されており、CPU312,プログラムメモリ320,データメモリ330を含んでいる。プログラムメモリ320には形状測定プログラム322が用意されており、これがCPU312で実行されることで、水晶ブランクの形状測定が行われるようになっている。データメモリ330には、測定データ332が保存され、表示装置370に表示されるようになっている。また、前記測定データ332は、
図3,
図4に示した測定データDAf,DAzとして出力される。
【0030】
一方、光学計測部350は、撮像素子であるCCDカメラ352により、撮像光学系354を介してブランクトレイ356上の水晶ブランクを撮像できるようになっている。ブランクトレイ356は、位置調整テーブル358上に設置されており、これによってCCDカメラ352の視野内に水晶ブランクが位置するように調整可能となっている。
【0031】
上述した光学計測部350で撮像された水晶ブランクの画像データは、データ処理部310で測定及び解析が行われる。
図6(A)には画像データの一例が示されており、
図6(B)にはその解析後の平面、縦断面,横断面の測定結果の一例が示されている。
【0032】
次に、
図7〜
図16を参照しながら、本実施例の動作を説明する。
図7は、全体の動作の流れを示すフローチャートである。この動作は、条件を変更して繰り返し行われる。
【0033】
図2の入出力端末200のPC210では入出力プログラムPQが実行される。作業者は、入力装置214を利用して、シミュレーションに必要なデータを入力して設定する(ステップSA)。過去に行ったシミュレーションにおける既存データを取り込むようにしてもよいし(ステップSB)、形状測定装置300から測定データを取り込むようにしてもよい(ステップSC)。入力データDAは、表示装置212に設定画面として表示される(ステップSD)。必要があれば、この設定画面上で入力データDAを変更する(ステップSE)。
【0034】
設定画面の一例を示すと
図8のようになり、上述した入力データDAa,DAb,・・が表示されている。電極の条件設定画面の一例を示すと
図9のようになる。同図(A)の画面には、電極形状の数値データDBa,DBb,平面画像Ha,横断面からみた高さの変化Hb,縦断面からみた高さの変化Hcが表示されている。同図(B)は、表示倍率などの条件DDが示されている。入力データDAは、シミュレーション装置100に送られ、データメモリ130に保存される。
【0035】
次に、シミュレーション装置100では、プログラムメモリ120に格納されているシミュレーションプログラム122がCPU110で実行される(ステップSF)。すなわち、固有値振動解析プログラムPAの場合は、
図3に示した弾性定数等演算Eaや固有値振動解析EbがCPU110で実行される。圧電弾性振動解析プログラムPBの場合は、
図4に示した弾性定数等演算Euや圧電弾性振動解析EvがCPU110で実行される。このとき、必要に応じて演算データDCa,DCbがデータメモリ130に保存される(ステップSG)。
【0036】
次に、シミュレーション結果は、出力データDBとして、データメモリ130に格納されるとともに、入出力プログラムPQによる表示処理が行われて入出力端末200に送られる。入出力端末200では、シミュレーション結果が表示装置212に表示される(ステップSH)。
【0037】
図10〜
図14には、シミュレーション結果の出力画面の例が示されている。
図10(A)はモードチャートの一例であり、縦軸は周波数、横軸は温度である。図示の例では、周波数19.2MHzの主振動に対して複数のスプリアスがあり、それらの交点から主振動に対するスプリアスの影響を知ることができる。同図(B)は温度特性の一例であり、縦軸はΔFないし振動強度、横軸は温度である。同図(A)に示す温度範囲において振動強度がどのように変化するかを示している。図示の例では、振動強度の変化は小さく、また、同図(A)の主振動とスプリアスの交点においても振動強度の特異な変動は見られず、スプリアスの影響がほとんどないことが推測される。
【0038】
図11〜
図13は、ベベル形状の曲率半径が異なる3つのサンプルS1〜S3について示すものである。図中、(A)は電極を形成した状態での振動時における振動領域を三次元的に示したものである。(B)〜(E)は、
図5に示した形状測定装置300で計測した水晶ブランクの形状を示すもので、(B)は平面形状,(C)は(B)の横断面形状,(D)は(B)を立体的に示したものである。(E)は形状に関するデータの数値を示したものである。
図11〜
図13のうち、
図11のサンプルS1は、最も曲率半径が小さいベベル形状であり、
図13のサンプルS3は最も曲率半径が大きい平坦なベベル形状であり、
図12のサンプルS2はその中間のベベル形状である。具体的には、
図11の例の曲率半径は、X:12.724mm,Y:7.173mmである。
図12の例の曲率半径は、X:19.586mm,Y:13.058mmである。
図13の例の曲率半径は、X:48.464mm,Y:21.286mmである。
【0039】
図14(A)はアドミタンス図であり、横軸は周波数,縦軸はアドミタンスである。同図(B)はナイキスト線図であり、横軸はコンダクタンス,縦軸はサセプタンスである。このグラフから、直列共振周波数Fs,低周波側半値周波数F1,高周波側半値周波数F2,中心サセプタンスBs,最大コンダクタンスGsを求めることで、
図1(A)に示した等価回路定数R1,C1,L1,C0,Qの値を知ることができる。
R1=1/Gs
Q=Fs/|F2−F1|
C0=Bs/(2π*Fs) ・・・(3)
C1=1/(2π*Fs*Q*R1)
L1=Q*R1(2π*Fs)
【0040】
次に、作業者は、所望の結果が得られたと判断すれば(ステップSIのYes)、作業を終了し、得られないときは(ステップSIのNo)、入力データ変更して(ステップSJ)、再度シミュレーションを行う(ステップSF)。
【0041】
以上は、通常のシミュレーションの動作であるが、本実施例では、上述したように、ベベル形状の曲率半径を大きくするようにシミュレーションが行われる。曲率半径を大きくする設定は、
図7のステップSA,SE,SJで必要に応じて行われる。
図15(A)には、ベベル形状の曲率半径を変化させたときのアドミタンスの変化の一例が示されている。同図のように、曲率半径を大きくするとアドミタンスも大きくなっている。アドミタンスYとインピーダンスZはY=1/Zの関係にあるので、曲率半径を大きくすればインピーダンスは小さくなることになる。インピーダンスに最も寄与しているのは等価直列抵抗であることからすれば、曲率半径を大きくして、平坦なブランク形状とすることで等価直列抵抗値R1を小さくすることができ、
図1(B)で示したように各種要因のばらつきの影響が低減されるようになる。平坦な形状のほうが、ベベルの加工時間を短縮できるという利点もある。
【0042】
図11〜13の(A)を比較すると、曲率半径が小さい
図11,
図12のサンプルS1,S2は振動領域が広く、曲率半径が大きい
図13のサンプルS3は振動領域が狭い。振動領域が狭いほど、不安定要因のばらつきの影響を受けにくくなるので、安定した振動が可能となると考えることもできる。なお、曲率形状を設定する画面は、例えば
図15(B)に示すようになる。このような画面を参照しながら、作業者は、曲率半径を大きくするようにシミュレーションの条件を変更していく。
【0043】
図16には、共振周波数と等価直列抵抗値の関係の一例が示されている。同図は、上述した
図11〜
図13の各サンプルS1〜S3における等価直列抵抗値を比較したグラフであり、サンプルS1〜S3の共振周波数は、それぞれ24MHz,27MHz,37MHzである。グラフGRmax,GRminは従来手法による等価直列抵抗値の最大値,最小値を示し、グラフGRSmax,GRSminは本実施例によるシミュレーションによって得たサンプルの等価直列抵抗値の最大値,最小値を示している。
【0044】
これらのグラフを比較すると、等価直列抵抗値は、S1→S2→S3の順に小さくなっており、ベベル形状の曲率半径を大きくして平坦なブランク形状とすることで、等価直列抵抗値R1を小さくすることができる点で共通している。次に、従来手法の場合は、最大値と最小値のばらつきの幅が大きく開いているのに対し、本実施例の手法の場合は、等価直列抵抗値の最大値と最小値がほぼ一致しており、最大値と最小値のばらつきが良好に低減されている。
【0045】
ところで、
図16において、グラフGRmax,GRminに着目し、サンプルS3からS2の方向にグラフを延長すると、サンプルS1の周波数24MHzにおいて、仮想サンプルの抵抗値Qmax,Qminを得ることができる。これら仮想サンプルの抵抗値Qmax,Qminの差ΔQを、サンプルS1の抵抗値Pmax,Pminの差ΔPと比較すると、ΔP>ΔQとなっている。すなわち、最大最小の分布が、サンプルS1よりも仮想サンプルの方が小さくなっている。これは、
図1(B)に示したばらつきの分布FP(x)とFQ(x)の関係に対応していると見ることができ、サンプルS1よりも仮想サンプルの方がばらつきの範囲が狭い。別言すれば、サンプルS1は、仮想サンプルよりもベベル形状の曲率半径が必要以上に小さくなっており、不要な加工が行われているのであって、歩留まりも悪く、等価直列抵抗値も大きい。しかし、仮想サンプルであれば、加工時間も短縮されるとともに、ばらつきの分布も狭くなり、等価直列抵抗値も小さくなる。
【0046】
以上のように、本実施例によれば、次のような効果がある。
a,水晶ブランクの試作サンプルがない場合でも、コンピュータ上でゲーム感覚で作業を進めることができる。
b,熟練技術者のような特別の知識がなくても解析を行うことができ、数日〜1週間程度で最適な設計条件を得ることが可能である。
c,作業効率を大幅に効率化でき、作業時間も短縮でき、歩留まりが向上してコストを削減することができる。