特許第6883251号(P6883251)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6883251ネフロン形成能を有するネフロン前駆細胞の増幅培養方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6883251
(24)【登録日】2021年5月12日
(45)【発行日】2021年6月9日
(54)【発明の名称】ネフロン形成能を有するネフロン前駆細胞の増幅培養方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/077 20100101AFI20210531BHJP
   C12N 5/074 20100101ALI20210531BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20210531BHJP
【FI】
   C12N5/077
   C12N5/074
   C12N5/10
【請求項の数】7
【全頁数】22
(21)【出願番号】特願2017-528667(P2017-528667)
(86)(22)【出願日】2016年7月11日
(86)【国際出願番号】JP2016070396
(87)【国際公開番号】WO2017010448
(87)【国際公開日】20170119
【審査請求日】2019年7月5日
(31)【優先権主張番号】特願2015-139271(P2015-139271)
(32)【優先日】2015年7月11日
(33)【優先権主張国】JP
(31)【優先権主張番号】特願2016-76839(P2016-76839)
(32)【優先日】2016年4月6日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504159235
【氏名又は名称】国立大学法人 熊本大学
(73)【特許権者】
【識別番号】518007201
【氏名又は名称】ザ ユナイテッド ステイツ オブ アメリカ, アズ リプレゼンテッド バイ ザ セクレタリー デパートメント オブ ヘルス アンド ヒューマン サービシーズ
(74)【代理人】
【識別番号】100102015
【弁理士】
【氏名又は名称】大澤 健一
(72)【発明者】
【氏名】西中村 隆一
(72)【発明者】
【氏名】谷川 俊祐
(72)【発明者】
【氏名】アラン オー ペルアントニー
【審査官】 平林 由利子
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2015/056756(WO,A1)
【文献】 特表2017−518082(JP,A)
【文献】 Developmental Cell,2012年,Vol. 22,p. 1191-1207
【文献】 Development and Stem Cells,2011年,Vol. 138,p. 5099-5112
【文献】 Development,2009年,Vol. 136,p. 3557-3566
【文献】 PLOS ONE,2015年 6月15日,Vol. 10, No. 6,e0129242,Fig. 9, 10, p. 14
【文献】 Bioorganic & Medicinal Chemistry Letters,2008年,Vol.18,p.816-820
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00−15/90
C07K 1/00−19/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
哺乳動物のES細胞またはiPS細胞由来のネフロン前駆細胞を培養して増やす方法であって、
以下の化合物:
(i)0.5〜2.5μMの濃度のCHIR99021
(ii)50〜200ng/mlの濃度のFgf2またはFgf9
(iii)1〜10ng/mlの濃度の白血球阻害因子(LIF)、
(iv)1.0〜20ng/mlの濃度のBmp7
(v)5〜20μMの濃度のY27632、および
(vi)1.0〜5μMの濃度のDAPT
を含む培地を用いて前記ネフロン前駆細胞を培養することを特徴とする方法
【請求項2】
さらに、培地が(vii)10〜200ng/mlの濃度のTgf−αを含む請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記ネフロン前駆細胞の培養が、培養開始時および/またはその培養期間において、細胞凝集体を単一の細胞単位に分離することなく培養することを特徴とする、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記ネフロン前駆細胞が5日以上培養されることを特徴とする、請求項1〜3のいずれか一つに記載の方法。
【請求項5】
前記ネフロン前駆細胞が、培養開始時の細胞数と比較して4倍以上の細胞数まで培養されることを特徴とする、請求項1〜4のいずれか一つに記載の方法。
【請求項6】
前記培養が、iMatrixまたはフィブロネクチン被覆プレート上で行われる、請求項1〜5のいずれか一つに記載の方法。
【請求項7】
前記培養が、U底低細胞吸着プレートで行われる、請求項1〜5のいずれか一つに記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ネフロン前駆細胞の増幅培養方法に関する。より具体的には、ネフロン前駆細胞を、分化能を失うことなく未分化状態に維持したまま増幅させることができる培養方法に関する。
【背景技術】
【0002】
哺乳類の腎臓には、約100万のネフロンが含まれており、それは、糸球体と尿細管からなる。成体の腎臓は再生しない臓器であるが、胎児期の腎臓では、後腎間葉(MM)と呼ばれる組織に転写因子Six2陽性のネフロン前駆細胞が存在し自己複製を繰り返しながら糸球体や尿細管からなる主要機能単位であるネフロンに分化する。しかし、前駆細胞は、マウスでは出生後数日以内(腎臓発生から約10日後)に、ヒトでは妊娠34週で、自己複製を停止し、最終分化する。したがって、成体の腎臓では新たなネフロン形成は起こらない。これが、成体の腎臓が再生しない一因であると考えられている。そして、病的な腎臓が回復不能であることの原因となっている。
【0003】
後腎間葉(MM)は、転写因子Six2を発現するネフロン前駆細胞を含んでおり、これらの細胞は尿管芽由来Wnt9によって誘発される標準的なWntシグナルに応答してネフロン上皮(組織)を生じる。Six2は、Wntが媒介する分化信号に対抗しており、それによってネフロン前駆細胞を未分化の状態に維持している。したがって、ネフロン前駆細胞の、自己複製および分化の間のバランスは、腎器官形成にとって重要である。
【0004】
よって、このネフロンへと分化可能なSix2陽性のネフロン前駆細胞集団がどのように自己複製し、分化するのかを細胞レベルで理解することが、腎臓再生医療の基盤構築として重要である。また、そのような前駆細胞を大量に調製することが腎臓再生医療に欠かせない課題である。そこで、ネフロン前駆細胞を未分化の状態で培養や増幅をする方法が今まで試みられてきた。
【0005】
これまでにネフロン前駆細胞を未分化の状態で培養や増幅をする方法の研究は多数報告されている。例えば、マウスのネフロン前駆細胞の増幅培養を試みた報告としては以下がある。Barakらは、胎生14−17日目のSix2−GFPマウスの腎臓からFACSによって単離したSix2−GFP陽性の細胞を、Bmp7(50ng/ml)、Fgf9(8.6nM,200ng/mlに相当)及びheparin(1μg/ml)を含む培養条件で培養した(非特許文献1)。その結果、5日間のSix2−GFP陽性の細胞の維持に成功したとしている。しかし、培養2日目以降に増殖能の低下および尿細管形成能が喪失している。一方、Brownらは、Bmp7陽性の細胞をマウス胎生17日目の腎臓からFACSによって単離し、その細胞をnephrogenic zone cell(NZC)とし、ネフロン前駆細胞に発現するCited1が陽性の細胞が、Fgf−1,−2,−9および−20(200ng/ml)の各々の存在下で24時間維持されることを報告している(非特許文献2)。さらに、Brownらは、Bmp7(50ng/ml)とWnt経路の活性化剤であるBIO(0.5μM)でNZCを処理すると分化することを報告している(非特許文献3)。これらの報告は、ネフロン前駆細胞の維持にはFgf(200ng/ml)/Bmp7(50ng/ml)が重要である一方、Wnt活性化剤によって分化することを示している。
なお、これらの報告では、ネフロン前駆細胞の増幅量については述べられていない。
【0006】
また、Yuriらは、再凝集系("re-aggregate" system)を用いたネフロン前駆細胞の培養・増幅方法を報告している(非特許文献4)。そこでは、Six2−GFP陽性のマウスネフロン前駆細胞が、21日目まで培養できたこと、および21日目にはSix2−GFP陽性のネフロン前駆細胞の数が20倍を超えて増幅したことが記載されている。しかし、14日後は、細胞数はプラトーに達している。また、Notchシグナル経路を阻害するγ−セクレターゼであり、ネフロン前駆細胞の分化を妨げるDAPTは、最初の凝集体から再構築された新たな凝集体中でのSix2−GFP陽性のネフロン前駆細胞の維持および増幅に有効であり、65倍にまで増幅出来たことが記載されている。Yuriらの再凝集系においては、最初の凝集体を用いて、単一細胞に分離された細胞を調製し、そこから再び新たな凝集体を構築している。しかし、培養後の細胞が、凝集体が上皮マーカーのE−cadherin陽性であることは示されているが、糸球体、尿細管の三次元のネフロン構造を再構築する能力は示されていない。また、この培養系は胎生12日目の腎臓を0.25%トリプシンEDTA溶液で解離し、尿管芽、ネフロン前駆細胞および間質の細胞が混在した細胞を再凝集化したものを培養している。つまり、Yuriらの培養条件は、尿管芽から単離したネフロン前駆細胞だけでは培養できないことを示している。よって、この培養系は、胎生期の尿管芽が必要であり、培養条件がネフロン前駆細胞の増幅に直接作用しているかどうかは明確ではない。
【0007】
上記のように、ネフロン前駆細胞を、ネフロン形成能力を保持しかつ未分化状態を維持したまま培養や増幅することは困難であり、適切な培養法はこれまでに確立されていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】WO2015−56756号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Barak et al., Developmental Cell, 22, 1191-1207 (2012)
【非特許文献2】Brown et al., Development, 138, 5099-5112 (2011)
【非特許文献3】Brown et al., PNAS 110, 4640-4645 (2013)
【非特許文献4】Yuri et al., PLoS ONE 10(6): e0129242 (2015)
【非特許文献5】ISN−International Society of Nephrology, Forefronts Symposium, September (2013), Florence Italy. Poster No.45
【非特許文献6】Taguchiら, Cell Stem Cell 14, 53-67 (2014)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、ネフロン前駆細胞を、未分化状態を維持しながら増幅培養する方法を提供することを目的とする。本発明はまた、培養した後もネフロン前駆細胞がネフロン形成能力を有する増幅培養方法を提供することを目的とする。本発明はさらに、優れた増幅率を達成できる、ネフロン前駆細胞の増幅培養方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らはまず、ラットの後腎間葉(MM)を用いて、Fgf2およびTgfαに加えて、1ng/mlのLIF(白血球阻害因子)と低分子化合物Y27632(10μM)の共添加と細胞外マトリックス(LamininまたはFibronectin)でラットの後腎間葉が増幅することを発見し、報告した(非特許文献5)。
その後、研究を重ねた結果、上記条件で増殖した細胞はネフロン前駆細胞の主要なマーカー遺伝子を発現し、尿細管や糸球体を形成する分化能力を維持していたことを確認した。しかし、ラットのMMと同じ条件下で培養したマウスの全領域のMMは、容易に、ネフロン構造を形成する能力を失う。
【0012】
そこで本発明者らは上記課題を解決するために引き続き鋭意研究を重ねた結果、糸球体と尿細管の3次元の腎臓組織を形成する能力を持つSix2陽性のネフロン前駆細胞を高率(例えば、全体の60%以上、好ましくは70%以上、より好ましくは80%以上、さらに好ましくは90%以上)で維持したまま、ネフロン前駆細胞を長期間(例えば、少なくとも7日以上、好ましくは10日以上、より好ましくは15日以上、さらに好ましくは19日間以上)増幅する培養法を確立し、本発明を完成した。
より具体的には、本発明者らは、ネフロン前駆細胞の培養条件として、培地へのFgf9、Bmp7、CHIR99021の添加に加え、培地中のWnt活性化剤の濃度と培地中のBmp7の濃度の組み合わせがネフロン前駆細胞の分化、増殖に重要であることをつきとめた。さらに本発明者らは、Wnt活性化剤とBmp7だけでは高効率のSix2陽性の細胞の維持には不十分で、Lifが必須であることもつきとめた。
【0013】
本発明は以下を含む。
[1]以下の化合物:
(i)Wntアゴニスト、
(ii)Fgf、
(iii)白血球阻害因子(LIF)、
(iv)Bmpファミリー化合物、
(v)Rock阻害剤、および
(vi)Notch阻害剤
を含む培地を用いて、単離された哺乳動物由来のネフロン前駆細胞の増幅培養方法。
[2]さらに、培地が(vii)Tgf−αを含む上記[1]に記載の方法。
[3]前記培地が、1.0ng/ml〜20ng/ml(好ましくは、2.5ng/ml〜15ng/ml、よりに好ましくは、5ng/ml〜15ng/ml)の濃度のBmpファミリー化合物を含む、上記[1]または[2]に記載の方法。
[4]前記培地が、0.1μM〜5μM(好ましくは、0.5μM〜2.5μM、より好ましくは0.75μM〜1.5μM)の濃度のWntアゴニスト、1.0ng/ml〜20ng/ml(好ましくは、2.5ng/ml〜15ng/ml、より好ましくは、5ng/ml〜15ng/ml)の濃度のBmpファミリー化合物、10〜500ng/ml(好ましくは、30〜300ng/ml、より好ましくは、50〜200ng/ml)の濃度のFgf、および、1ng/ml〜30ng/ml(好ましくは、1ng/ml〜20ng/ml、より好ましくは、1ng/ml〜10ng/ml)の濃度のLIFを含む、上記[1]〜[3]のいずれか一つに記載の方法。
[5]前記培地が、1.0μM〜50μM(好ましくは、2.0μM〜30μM、より好ましくは、5μM〜20μM)の濃度のRock阻害剤、および、1.0μM〜20μM(好ましくは、1.0μM〜10μM、より好ましくは、1.0μM〜5μM、さらに好ましくは2.5μM〜5μM)の濃度のNotch阻害剤を含む、上記[4]に記載の方法。
[6]前記培地が、1ng/ml〜500(好ましくは、5ng/ml〜300ng/ml、より好ましくは、10ng/ml〜200ng/ml)の濃度のTgfαを含む、上記[5]に記載の方法。
[7]前記Bmpファミリー化合物が、Bmp2、Bmp4、Bmp7、およびGDF11からなる群より選ばれる、上記[1]〜[6]のいずれか一つに記載の方法。
[8]前記Wntアゴニストが、GSK−3阻害剤(好ましくは、CHIR99021、BIO、またはSB415286、より好ましくはCHIR99021)である、上記[1]〜[7]のいずれか一つに記載の方法。
[9]前記Fgfが、Fgf1、Fgf2、Fgf9、およびFgf20からなる群より選ばれる、前記[1]〜[8]のいずれかに記載の方法。
[10]前記WntアゴニストがCHIR99021であり、前記FgfがFgf9またはFgf2であり、前記BmpがBmp7であり、前記Rock阻害剤がY27632であり、前記Notch阻害剤がDAPTである、前記[1]〜[6]のいずれか一つに記載の方法。
[11]前記ネフロン前駆細胞が、ES細胞またはiPS細胞由来のネフロン前駆細胞(好ましくは、マウスES細胞またはマウスiPS細胞由来のマウスネフロン前駆細胞、またはヒトES細胞またはヒトiPS細胞由来のヒトネフロン前駆細胞)である、上記[1]〜[10]のいずれか一つに記載の方法。
[12]前記ネフロン前駆細胞が5日以上(好ましくは7日以上、より好ましくは10日以上、更に好ましくは15日以上)培養されることを特徴とする、上記[1]〜[11]のいずれか一つに記載の方法。
[13]前記ネフロン前駆細胞が、培養開始時の細胞数と比較して4倍以上(好ましくは、10倍以上、より好ましくは30倍以上、更に好ましくは50倍以上、最も好ましくは100倍以上)の細胞数まで培養されることを特徴とする、上記[1]〜[12]のいずれか一つに記載の方法。

[14]前記培養が、iMatrixまたはフィブロネクチン被覆プレート上で行われる、上記[1]〜[13]のいずれか一つに記載の方法。
[15]前記培養が、U底低細胞吸着プレートで行われる、上記[1]〜[13]のいずれか一つに記載の方法。
[16]上記[1]〜[15]のいずれか一つに記載の方法を用いて培養されたネフロン形成能を有するネフロン前駆細胞。
[17]上記[1]〜[15]のいずれか一つに記載の方法を用いて培養されたネフロン前駆細胞を用いて、糸球体および尿細管を有する三次元腎臓構造を作成する方法。
【0014】
[18]以下の化合物:
(i)Wntアゴニスト、
(ii)Fgf、
(iii)白血球阻害因子(LIF)、
(iv)Bmpファミリー化合物、
(v)Rock阻害剤、および
(vi)Notch阻害剤
を含む、ネフロン前駆細胞を増幅させるための培地。
[19]さらに、(vii)Tgfαを含む上記[18]に記載の培地。
[20]1.0ng/ml〜20ng/ml(好ましくは、2.5ng/ml〜15ng/ml、よりに好ましくは、5ng/ml〜15ng/ml)の濃度のBmpファミリー化合物を含む、上記[18]または[19]に記載の培地。
[21]0.1μM〜5μM(好ましくは、0.5μM〜2.5μM、より好ましくは0.75μM〜1.5μM)の濃度のWntアゴニスト、1.0ng/ml〜20ng/ml(好ましくは、2.5ng/ml〜15ng/ml、より好ましくは、5ng/ml〜15ng/ml)の濃度のBmpファミリー化合物、10〜500ng/ml(好ましくは、30〜300ng/ml、より好ましくは、50〜200ng/ml)の濃度のFgf、および、1ng/ml〜30ng/ml(好ましくは、1ng/ml〜20ng/ml、より好ましくは、1ng/ml〜10ng/ml)の濃度のLIFを含む、上記[18]〜[20]のいずれか一つに記載の培地。
[22]前記培地が、1.0μM〜50μM(好ましくは、2.0μM〜30μM、より好ましくは、5μM〜20μM)の濃度のRock阻害剤、および、1.0μM〜20μM(好ましくは、2.0μM〜10μM、より好ましくは、2.5μM〜5μM)の濃度のNotch阻害剤を含む、上記[21]に記載の培地。
[23]1ng/ml〜500(好ましくは、5ng/ml〜300ng/ml、より好ましくは、10〜200ng/ml)の濃度のTgfαを含む、上記[22]に記載の培地。
[24]Bmpファミリー化合物が、Bmp2、Bmp4、Bmp7、およびGDF11からなる群より選ばれる、上記[18]〜[23]のいずれか一つに記載の培地。
[25]前記Wntアゴニストが、GSK−3阻害剤(好ましくは、CHIR99021、BIO、またはSB415286、より好ましくはCHIR99021)である、上記[18]〜[24]のいずれか一つに記載の培地。
[26]前記Fgfが、Fgf1、Fgf2、Fgf9、およびFgf20からなる群より選ばれる、前記[18]〜[25]のいずれかに記載の培地。
[27]前記WntアゴニストがCHIR99021であり、前記FgfがFgf9またはFgf2であり、前記BmpがBmp7であり、前記Rock阻害剤がY27632であり、前記Notch阻害剤がDAPTである、前記[18]〜[23]のいずれか一つに記載の培地。
【発明の効果】
【0015】
本発明により、ネフロン前駆細胞を、未分化状態に維持したまま培養して増やすことができ、そのようにして増やしたネフロン前駆細胞は、ネフロンへの分化能を有する。すなわち、本発明により、ネフロン前駆細胞の増幅培養が可能となった。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】Six2−GFPマウスの腎臓からのMMの採取、および培養の概略を示した図である。MMは、個々の単一の細胞に分散させることなく培養される。
図2】7日間、iMatrixまたはフィブロネクチン(Fn)で被覆したプレート上で培養したMMのネフロン前駆細胞マーカーのqPCR分析の結果である。E11.5で新たに単離したMMは、ポジティブコントロール(E11.5MM)として使用した。FT:コントロール;LY:LIF+Y27632;LYD:LY+DAPT。
図3】E11.5の腎臓から調製した細胞を用いて、CDLYおよびCDBLYの条件で培養した結果である。培養7日目での総細胞数およびSix2−GFP陽性細胞数を示す。図中の数値は、GFP陽性細胞の割合(%)である。FTは、基本培地(コントロール)である。
図4】E15.5またはP0の腎臓から調製した細胞を用いてCDBLYの条件で培養した結果である。培養7日目での総細胞数およびSix2−GFP陽性細胞数を示す。図中の数値は、GFP陽性細胞の割合(%)である。
図5】E15.5またはP0の腎臓から調製した細胞を用いて増殖させた細胞からの3次元ネフロン構造の再構成の結果である。左列:ヘマトキシリンおよびエオシン(HE)染色;真ん中の列:糸球体のためのマーカーであるネフリン(赤)とWT1(緑)の免疫染色;右列:それぞれ遠位端と近位尿細管のマーカーである、Cadherin1(赤)とCadherin6(緑)の免疫染色。スケールバー:20μm。右側の白抜き矢印は糸球体を、左側の黒矢印は尿細管を示している。
図6】E11.5のSix2−GFPマウスの腎臓からの細胞の増殖に対するFGF2およびFGF9の影響を確認した結果である。E11.5からのGFP陽性細胞は、FGF2(50ng/ml)またはFGF9(50ngの/ml)にて7日間培養し、その後、FACSにより分析した。培養開始時のFACS分析の結果を左上のパネルに、7日間培養後のFACS分析の結果を右上のパネルに示した。下の左パネルは、培養開始時(E11.5)および培養7日目での総細胞数およびSix2−GFP陽性細胞の数である。下の右パネルは、各条件におけるネフロン前駆細胞マーカー(Six2、Pax2、Sall1、およびWt1)の発現を示す。
図7】E11.5の腎臓から調製した細胞を用いて増殖させた細胞からの3次元ネフロン構造の再構成の結果である。左列:ヘマトキシリンおよびエオシン(HE)染色;真ん中の列:糸球体のためのマーカーであるネフリン(赤)とWT1(緑)の免疫染色;右列:それぞれ遠位端と近位尿細管のマーカーである、Cadherin1(赤)とCadherin6(緑)の免疫染色。スケールバー:20μm。白抜き矢印は糸球体を、黒矢印は尿細管を示している。
図8】ネフロン前駆細胞の増殖におけるCHIRとBmp7の最適濃度の検討を示している。精製されたSix2−GFP陽性細胞を、示された濃度のCHIRまたはBmp7と、FGF9を含む最適化条件(CDBLY+Fgf9)で7日間培養した後、FACS分析を行った。総細胞数およびGFP陽性細胞の数を右のパネルに示す。
図9】ネフロン前駆細胞の増殖におけるLIFとBmp7の必須性を検討した結果である。E11.5のGFP陽性細胞を、FGF9を添加した最適化された状態(全因子を含む)または図に示された因子の非存在下で培養した。総細胞数およびGFP陽性細胞の数は、右のパネルに示す。
図10】E11.5からSix2−GFP陽性細胞の連続継代培養の概略図である。ソートした前駆細胞(緑)は2日間培養して凝集し、さらに、6日間(8日目)プレート上で培養した。次いで、細胞は、1:3に希釈し、19日目まで培養した。
図11】最適化された条件(全ての因子を含む)、または示された因子の非存在下での、培養19日目の総細胞数およびGFP陽性細胞の数を示す。
図12】培養中のGFP陽性細胞のパーセンテージを示している。
図13】ネフロン前駆細胞マーカー(Six2、Pax2、Sall1、Wt1およびOsr1)の定量PCR解析の結果を示す。
図14】19日間培養した細胞からの3次元ネフロン構造の再構成の結果である。左列:ヘマトキシリンおよびエオシン(HE)染色;真ん中の列:糸球体のためのマーカーであるネフリン(赤)とWT1(緑)の免疫染色;右列:それぞれ遠位端と近位尿細管のマーカーである、Cadherin1(赤)とCadherin6(緑)の免疫染色。スケールバー:20μm。白抜き矢印は糸球体を、黒矢印は尿細管を示している。
図15】生体内での状態と比較して、インビトロでのネフロン前駆細胞の増幅細胞数を計算した結果である。左パネル:各発達段階における1つの腎臓の総細胞数とSix2−GFP陽性細胞数の計算値である(n=4)。右パネル:1つのE11.5の腎臓の前駆細胞から、インビトロで8日間および19日間増幅培養したGFP陽性細胞数の計算値である。
図16】培養7日目における、総細胞数およびOSR1−GFP陽性細胞の数(左パネル)、ネフロン前駆細胞マーカー(Six2、Pax2、Sall1、Wt1およびOsr1)の定量PCR解析の結果(右パネル)を示している。
図17】OSR1−GFP ES細胞由来の7日間増幅培養したネフロン前駆細胞からのネフロン構造の再構成の結果である。左列:HE染色;真ん中の列:糸球体のためのマーカーであるネフリン(赤)とWT1(緑)の免疫染色;右列:それぞれ遠位端と近位尿細管のマーカーである、Cadherin1(赤)とCadherin6(緑)の免疫染色。スケールバー:20μm。白抜き矢印は糸球体を、黒矢印は尿細管を示している。
図18】ヒトiPS細胞由来のネフロン前駆細胞の培養の概略を示した図である。MMは、個々の単一細胞に分散されることなく培養される。
図19】培養0日目と8日目のネフロン前駆細胞の細胞数を測定した結果を左図に、ネフロン前駆細胞マーカーの発現レベルを測定した結果を右図に示す。
図20】ヒトiPS細胞由来ネフロン前駆細胞を用いて増殖させた細胞からの3次元ネフロン構造の再構成の結果である。左列:HE染色;真ん中の列:糸球体のためのマーカーであるネフリン(赤)とWT1(緑)の免疫染色;右列:それぞれ遠位端と近位尿細管のマーカーである、Cadherin1(赤)とCadherin6(緑)の免疫染色。スケールバー:20μm。右側2つの白抜き矢印は糸球体を、左側2つの黒矢印は尿細管を示している。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明を、例示的な実施態様を例として、本発明の実施において使用することができる好ましい方法および材料とともに説明する。
なお、文中で特に断らない限り、本明細書で用いるすべての技術用語及び科学用語は、本発明が属する技術分野の当業者に一般に理解されるのと同じ意味をもつ。また、本明細書に記載されたものと同等または同様の任意の材料および方法は、本発明の実施において同様に使用することができる。
また、本明細書に記載された発明に関連して本明細書中で引用されるすべての刊行物および特許は、例えば、本発明で使用できる方法や材料その他を示すものとして、本明細書の一部を構成するものである。
【0018】
本発明の一つの態様は、ネフロン前駆細胞を、(i)Wntアゴニスト、(ii)Fgf、(iii)白血球阻害因子(LIF)、(iv)Bmpファミリー化合物、(v)Rock阻害剤、および(vi)Notch阻害剤を含む培地で培養して増やす方法である。
本発明の別の態様は、ネフロン前駆細胞を、さらに(vii)Tgfαを含む培地で培養して増やす方法である。
本発明の他の態様は、ネフロン前駆細胞を未分化状態で増幅培養することができる培地である。
本発明の他の態様は、上記の方法で培養されたネフロン形成能を有するネフロン前駆細胞である。ここでネフロン形成能とは、分化して、発達した糸球体や尿細管を有する3次元のネフロン構造を形成できることを意味する。
本発明の他の態様は、本発明の方法で増幅培養されたネフロン前駆細胞を用いて糸球体および尿細管を有する三次元腎臓構造(ネフロン)を作成する方法である。
【0019】
本発明の培養方法で用いる培地は、一般に用いられている培地を基礎培地として用いることができ、本発明の目的を達成できる限り特に制限がなく、動物細胞の培養に用いられる培地を基礎培地として調製することができる。基礎培地としては、例えば、BME培地、BGjB培地、CMRL 1066培地、Glasgow MEM培地、改良MEM培地、IMDM培地、Medium 199培地、Eagles MEM培地、αMEM培地、DMEM培地、ハム培地、RPMI 1640培地、Fischer’s培地、ダルベッコ培地、改良ダルベッコ培地、およびこれらの混合培地等をあげることができる。例えば、好ましくは、DMEMにF12を加えたDMEM/F12培地を用いることができるが、これに制限されない。
【0020】
本発明の培養方法で用いられる培地は、血清含有培地、無血清培地であり得るが、異種成分の排除による細胞移植の安全性の確保という観点からは、無血清培地が好ましい。ここで、無血清培地とは、無調整又は未精製の血清を含まない培地を意味し、精製された血液由来成分や動物組織由来成分(例えば、増殖因子)または、血清代替物が混入している培地は無血清培地に該当するものとする。かかる無血清培地としては、例えば、市販のKSRを適量(例えば、1−20%)添加した無血清培地、インスリンおよびトランスフェリンを添加した無血清培地、細胞由来の因子を添加した培地等をあげることができるが、これらに限定されない。
【0021】
本発明のネフロン前駆細胞の増幅培養方法は、後に詳細に記載するように、本発明に従って、上記の培地に各成分や因子を添加した培地を用いて行うことができる。培地に任意に添加する成分や因子としては、これに限定されないが、例えば、B27、N2、Insulin-transferrin-serenium、β-メルカプトエタノール、アスコルビン酸、Non-essential amino acidなどをあげることができる。
【0022】
以下、本発明において用いられる各成分または因子である化合物を説明する。
(a)Wntアゴニスト
本発明で用いることができるWntアゴニストは、Wntアゴニスト活性を有する限り特に制限されない。Wntアゴニストは、細胞中でTCF/LEF介在性の転写を活性化する薬剤として定義される。従ってWntアゴニストは、Wntファミリータンパク質のありとあらゆるものを含むFrizzled受容体ファミリーメンバーに結合し、活性化する真のWntアゴニスト、細胞内β−カテニン分解の阻害剤およびTCF/LEFの活性化物質から選択される。本発明でいう、Wntアゴニストは、この分子の非存在下でのWnt活性のレベルと比較して、少なくとも10%、好ましくは少なくとも30%、より好ましくは少なくとも50%、さらに好ましくは少なくとも70%、よりさらに好ましくは少なくとも90%、最も好ましくは100%、細胞においてWnt活性を刺激するものを言う。当業者にとって公知のように、Wnt活性は、例えばpTOPFLASHおよびpFOPFLASH Tcfルシフェラーゼレポーターコンストラクトによって、Wntの転写活性を測定することにより調べることができる(Korinekら, Science 275:1784-1787, 1997)。
【0023】
本発明で用いることができるWntアゴニストは、Wnt−1/Int−1;Wnt−2/Irp(Int−1関連タンパク質);Wnt−2b/13、Wnt−3/Int−4;Wnt−3a;Wnt−4;Wnt−5a;Wnt−5b;Wnt−6;Wnt−7a;Wnt−7b、Wnt−8a/8d;Wnt−8b;Wnt−9a/14;Wnt−9b/14b/15;Wnt−10a;Wnt−10b/12;Wnt−11およびWnt−16を含む分泌糖タンパク質を含む。さらに、Wntアゴニストは、分泌タンパク質のR−スポンジンファミリーおよび、高親和性でFrizzled−4受容体に結合し、Wntシグナル伝達経路の活性化を誘導するという点でWntタンパク質のように機能する分泌性制御タンパク質であるノリン(Norrin)を含む。Wntシグナル伝達経路の小分子アゴニスト、アミノピリミジン誘導体もまたWntアゴニストとして明確に含まれる。
【0024】
上記定義に含まれるWntアゴニストはまた、Wntシグナル伝達経路阻害物質、GSK−3阻害剤、Dkk1アンタゴニスト等も含む。GSK−3阻害剤とは、GSK−αまたはβ阻害剤を含み、GSK−3αまたはβ蛋白質のキナーゼ活性、例えばβカテニンに対するリン酸化能、を阻害する物質として定義され、多くの物質が知られている。その具体例としては、CHIR99021(6−[[2−[[4−(2,4−ジクロロフェニル)−5−(4−メチル−1H−イミダゾール−2−イル)−2−ピリミジニル]アミノ]エチル]アミノ]ニコチノニトリル)、リチウムやバルプロ酸、ベンズアゼピノン(benzazepinone)ファミリーのケンパウロン(Kenpaullone;9−ブロモ−7,12−ジヒドロインドロ[3,2−d][1]ベンズアセピン−6(5H)−オン)やアルスターパウロン(Alsterpaullone;9−ニトロ−7,12−ジヒドロインドロ[3,2−d][1]ベンズアセピン−6(5H)−オン)、インジルビン誘導体である5−クロロ−インジルビン、インジルビン−3’−モノオキシムやBIO(別名、GSK−3βインヒビターIX;6−ブロモインジルビン−3’−オキシム)、マレイミド誘導体であるSB216763(3−(2,4−ジクロロフェニル)−4−(1−メチル−1H−インドール−3−イル)−1H−ピロール−2,5−ジオン)やSB415286(3−[(3−クロロ−4−ヒドロキシフェニル)アミノ]−4−(2−ニトロフェニル)−1H−ピロール−2,5−ジオン)、チアジアゾリジノン(TDZD:thiadiazolidinone)類似体であるTDZD−8(別名、GSK−3βインヒビターI;4−ベンジル−2−メチル−1,2,4−チアジアゾリジン−3,5−ジオン)やOTDZT(別名、GSK−3βインヒビターIII;2,4−ジベンジル−5−オキソチアジアゾリジン−3−チオン)、フェニルαブロモメチルケトン化合物であるGSK−3βインヒビターVII(4−ジブロモアセトフェノン)、細胞膜透過型のリン酸化ペプチドであるL803−mts(別名、GSK−3βペプチドインヒビター;Myr−N−GKEAPPAPPQSpP−NH2)などが挙げられる。
【0025】
本発明で用いることができるWntアゴニストはさらに、Wntシグナル伝達経路阻害物質を含み、Wntシグナル伝達経路阻害物質として公知のまたは販売されている物質を用いることができる。
本発明で用いることができるWntアゴニストは、上記の定義に含まれる限り、天然物または合成物のいずれも含まれ、また、タンパク質、高分子、低分子のいずれであってもよい。本発明において用いることができるWntアゴニストの例としては、これに限定されないが、例えば、好ましくは、GSK−3阻害剤、より好ましくは、CHIR99021、BIO、またはSB415286をあげることができ、特に好ましくは、CHIR99021をあげることができる。各Wntアゴニストの使用濃度は使用目的に合わせて適宜選択できるが、例えば、CHIR99021を用いた場合に得られる効果と同様の効果を発揮できる濃度を選択することができる。これらのWntアゴニストは市販されている。
例えばCHIR99021を用いた場合、培地中の濃度は、例えば、0.1〜5.0μM、好ましくは、0.5〜2.5μM、より好ましくは、0.75〜1.5μMをあげることができる。
【0026】
(b)Fgf
本発明で用いることができるFgfは、Fgfファミリーからなる群から選ぶことができ、好ましくはFgf2、Fgf9およびFgf20から選ばれ、より好ましくはFgf9である。培地中のFgfの濃度は、例えば、10〜500ng/ml、好ましくは、30〜300ng/ml、より好ましくは、50〜200ng/mlである。
またこれらのFgfも市販されており、特に制限なく、本発明に用いることができる。
【0027】
(c)白血球阻害剤(LIF)
本発明で用いるLIFの培地中の濃度は、例えば、1.0ng/ml〜30ng/ml、好ましくは、1.0ng/ml〜20ng/ml、よりに好ましくは、1.0ng/ml〜10ng/mlの濃度をあげることができる。
LIFの濃度が高いと(例えば、50ng/ml以上)、ネフロン前駆細胞において、ホスホリパーゼC(PLC)およびc−Jun N末端キナーゼ(Jnks)の活性化と分化を引き起こす。このような活性化は低濃度では軽度であり、低濃度のLIFは、前駆細胞の増幅に重要なSix2とYapの核局在化を維持することができる。また、Rock阻害剤(Y27632)との併用処置は、LIFによって誘導されるJNK活性化を減衰させ、それによってネフロン前駆細胞の増幅を可能にする。
また、LIFは市販されているものを制限なく用いることができる。
【0028】
(d)Bmp
本発明で用いられるBmpファミリー化合物(以下、単に「Bmp」と言う場合がある)は、Bmp1、Bmp2、Bmp4、Bmp6、Bmp7、Bmp8a、Bmp8bおよびBmp10、GDF11等のBmpファミリーからなる群より選ばれ、好ましくは、Bmp2、Bmp4またはBmp7から選ばれ、さらに好ましくはBmp7である。これらのBmpは市販されている
培地中のBmpの濃度は、Bmpの種類に応じて適宜選択できるが、例えば、Bmp7を用いた場合は、例えば、1.0ng/ml〜20ng/ml、好ましくは、2.5ng/ml〜15ng/ml、よりに好ましくは、5ng/ml〜15ng/mlの濃度をあげることができる。これらの濃度は、引用している従来技術(非特許文献1〜4)で用いられている濃度(50ng/ml)とは大きく異なるものである。
また、用いるBmpは、いずれの起源のBmpを用いることができるが、好ましくはヒトBmpである。他のBmp化合物を用いる場合は、Bmp7を用いた場合に得られる効果を同様の効果を発揮できる濃度を適宜選択することができる。
【0029】
(e)Rock阻害剤
Rock(Rhoキナーゼ)は、低分子量GTP結合タンパク質Rhoの標的タンパク質として同定されたセリン・スレオニンタンパク質リン酸化酵素である。その阻害剤であるRock阻害剤は、市販されており、それらのものが本発明において制限なく用いることができる。本発明で用いるRock阻害剤としては、これに制限されないが、例えば、Y27632、HA1077をあげることができ、好ましくは、Y27362である。本発明で用いるRock阻害剤の濃度は、例えば、1〜50μM、好ましくは2〜30μM、より好ましくは5〜20μMをあげることができる。
【0030】
(f)Notch阻害剤
本発明で用いられるNotch阻害剤は、Notchシグナルを阻害する化合物であり、同様の活性を示す限りγ―セレクターゼも本発明のNotchシグナル阻害剤に含まれる。好ましいNotch阻害剤としては、DAPTをあげることができ、これらは市販されている。
培地中のNotch阻害剤の濃度は、用いるNotch阻害剤の種類に応じて適宜選択できるが、例えば、DAPTを用いた場合は、例えば、1.0〜20μM、好ましくは、1.0〜10μM、よりに好ましくは、1.0〜5μM、さらに好ましくは2.5〜5μMの濃度をあげることができる。
【0031】
本発明の培養方法においては、さらに、培地にTgfαをさらに添加することもできる。Tgfαは、未分化細胞、例えば、ES細胞やiPS細胞等の培養において一般に用いられている因子であり、ネフロン前駆細胞の培養においても通常培地中に添加されている因子である。
培地中のTgfαの濃度は、例えば、1〜500ng/ml、好ましくは、5〜300ng/ml、より好ましくは、10〜200ng/mlをあげることができる。
またこれらのTgfαも市販されており、特に制限なく、本発明に用いることができる。
【0032】
本発明の方法においては、細胞を、マトリックス被覆したプレート上で培養することもでき、より良好な培養結果を得ることが期待される。被覆マトリックスとしては、これに限定されないが、iMatrix、フィブロネクチン、ラミニン、およびコラーゲンをあげることができる、これらのマトリックスにより被覆されたプレートは市販されている。 また、本発明の方法においては、細胞をスフェロイド状でU底のプレート(例えば、複数のウェルをもつ、low-cell−binding−plate)で培養することもでき、より良好な増幅培養が達成できる。細胞をスフェロイド状を保持して培養することも本発明の方法の一つの態様としてあげることができる。
【0033】
ネフロン前駆細胞
本発明の培養方法で用いるネフロン前駆細胞は、生体から採取・回収したネフロン前駆細胞、多能性幹細胞(例えば、ES細胞やiPS細胞)から分化誘導したネフロン前駆細胞のいずれも制限なく用いることができる。
ヒトを除く哺乳動物のネフロン前駆細胞の生体からの採取・回収は、胎児の腎臓を摘出し、後腎間葉を単離することにより行うことができる。例えばマウスを例にした場合は、これに限定されないが、ネフロン前駆細胞が発生する胎生10−11日に、マウスの胎児の腎臓を摘出し、後腎間葉を単離することにより、採取・回収することができる。マウス前駆細胞マーカーがGFPで標識されたマウスを用いることにより、胎生12日〜出生後1日目のマウスのネフロン前駆細胞をFACSにより単離・回収することができる。
ES細胞やiPS細胞からのネフロン前駆細胞は、例えば、本発明者の公知の報告(非特許文献6;特許文献1)に従って作成できる。
【0034】
本発明の増幅培養方法によりネフロン前駆細胞を培養すると、前駆細胞は継続して増殖でき、少なくとも5日間、好ましくは7日間、より好ましくは10日以上、さらに好ましくは12日以上、よりさらに好ましくは15日以上、最も好ましくは19日以上培養が可能である。
本発明の増幅培養方法によりネフロン前駆細胞を培養すると、マウスネフロン前駆細胞を用いた場合は、細胞数は、培養開始時と比較して、少なくとも10倍以上、通常は30倍以上、好ましくは50倍以上、より好ましくは70倍以上、さらに好ましくは100倍以上、よりさらに好ましくは1000倍以上の増幅が可能である。ヒトのネフロン前駆細胞を用いた場合は、細胞数は、培養開始時と比較して、少なくとも4倍以上、好ましくは10倍以上の増幅が可能である。
本発明の増幅培養方法により培養したネフロン前駆細胞は、未分化状態を維持しており、また、ネフロンへの分化能を持っている。
【0035】
本発明の増幅培養方法においては、培養開始時および/またはその培養期間において、細胞塊(細胞凝集体)を単一の細胞単位に分離することを必要としない。
ただし、純化した細胞(単一の細胞単位)から増幅した多くのネフロン前駆細胞を調製することが好ましい場合は、ネフロン前駆細胞を純化した後、本発明の増幅培養方法を用いて、効率良くネフロン前駆細胞を調製することができる。これに限定されないが、例えば、ヒトiPS細胞から誘導した組織からネフロン前駆細胞を単離し、細胞を純化した後、本発明の増幅培養方法を用いてネフロン形成能を有するネフロン前駆細胞を増幅培養することができる。
【0036】
本発明の増幅培養方法においては、好ましくは、培養の途中、例えば、約7日目において、細胞塊(細胞凝集体)を複数の小さな細胞塊に分離し分割した後、引き続き培養を継続することにより、効率良く前駆細胞を増幅させることができる。
【0037】
また、本発明の増幅培養方法により培養したネフロン前駆細胞は、凍結保存することも可能である。例えば、既成の細胞凍結保存溶液を使用して凍結保存することが可能であり、そのようにして保存したネフロン前駆細胞を用いて三次元のネフロン構造を再構成すること(例えば、糸球体と尿細管の形成)が可能である。
【実施例】
【0038】
以下、実施例により、本発明を具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0039】
(A)材料と方法
(1−1)動物
バクテリア人工染色体技術によって作成されたトランスジェニックマウス、Six2GFPCreは、アンドリュー・マクマホン(南カリフォルニア大学)により提供された。すべての動物操作は、熊本大学の実験動物委員会のガイドライン(#のA27-018)にしたがって行った。
(1−2)iPS細胞
iPS細胞(201B7)は、理研バイオリソースセンターから入手した。
【0040】
(2)マウス胚腎臓からのネフロン前駆細胞の単離および増幅
Six2プロモーター下でGFPを発現する系統であるSix2−GFPマウスを用いた。胎生11.5日目(E11.5)のSix2−GFPマウスの胎児の腎臓を摘出し、後腎間葉(MM)を、コラゲナーゼXI(Sigma)を用いて尿管芽から単離し、次いで、2%ウシ胎児血清(FCS)、DNase(Roche)、CaCl2、およびNaHCO3を含むHepes緩衝生理食塩水(HBSS)で洗浄した。単離したMMは、トリプシン処理(0.25%トリプシン/EDTA)し、緩衝液で洗浄後、FACS緩衝液(1×HBSS、1%BSA、0.035% NaHCO3、および1μg/ml ヨウ化プロピジウム)中に懸濁した。E15.5 Six2−GFP陽性細胞の単離は、腎臓を37℃で10分間、0.25%トリプシン/EDTAでンキュベートし、そして細胞を、10%FCSを含む冷却DMEM中でピペッティングにより分離した。新生児腎臓を、コラゲナーゼXI(Sigma−Aldrich社)、ディスパーゼ(Life Technologies社)、およびDNase(Roche)の混合物を用いて、37℃で10分間、処理し、次いで、0.25%トリプシン−EDTAで、37℃にて5分間処理して、単一の細胞に分離した。
【0041】
Six2−GFP陽性細胞は、FACSAria SORP(BD)によりソートし、U−底 low−cellbinding 96ウェルプレート(Thermo)に、ウェルあたり3000−10,000細胞を播種した。48時間後、細胞凝集体をiMatrix被覆プレート(0.5μg/cm2)に移し、さらに5日間培養した(day 7)。基礎培地は、トリヨードサイロニン、ヒドロコルチゾン、インスリン、トランスフェリン、セレニウム、10 ng/mlのTGF−α(Peprotech)、および50 ng/mlのFgf2(Peprotech社)/Fgf9(R&D Systems)を補充した無血清 DMEM/F12(Life Technologies)を用いた(「FT」と略す)。最適条件(「CDBLY」と略す)は、さらに、1μMのCHIR99021(和光)、2.5μMのDAPT(Merck Milliopore)、5 ng/mlのBMP7(R&D Systems)、5 ng/mlのLIF(Millopore)、および10μMのY27632(和光)を添加した。
【0042】
Day 8にて、培養した細胞を、解離溶液(Reprocell)を使用して小さな塊に分離し、3プレートに分けた。培地は、次の継代まで、3〜4日間、24時間毎に交換した。培養細胞の総数は、Countess自動セルカウンター(Life Technologies)で計数した。ネフロン前駆細胞の数は、FACS分析によって同定したSix2−GFP陽性細胞の割合を用いて算出した。
【0043】
(3)マウスES細胞から作成したネフロン前駆細胞の単離
OSR1−GFPマウスES細胞を、ネフロン前駆細胞の誘導に使用した。ES細胞は、フィーダーを除去するために2日間ゼラチンコートプレート上で継代した。次いで、細胞を、メーカー記載の5段階のプロトコルに従い、Accutase(Merck Millipore)により回収し、凝集させ、分化させた。誘導したスフェロイドは、day 8.5で回収し、0.25%トリプシンEDTAを用いて解離させた。細胞は、正常マウス血清によってブロックし、そしてFACS緩衝液中で、抗integrinα8(R&D Systems)および抗PDGFRα(Cell signaling)抗体で染色した。OSR1−GFP+/integrinα8+/Pdgfrα− フラクションをFACSAria SORP(BD)でソートし、CDBLY添加培地で培養した。
【0044】
(4)培養マウス前駆細胞から作成したネフロン構造体の免疫染色
培養細胞は、low−cell−binding platesに播種し、48時間かけて凝集体を形成させた。そして、10%FCSを含むDMEM培地に浮遊させたNucleopore膜(Millipore)上で、胚の脊髄と7日間共培養した。培地は3日ごとに交換した。培養した移植片を10%ホルマリンで固定し、パラフィンに包埋した。6ミクロンの切片にスライスし、脱パラフィンし、次いで、121℃で5分間、クエン酸(10mM、pH6.0)により抗原回復を行った。切片は、1%ウシ血清アルブミン(BSA)でブロックし、一次抗体と共に4℃で一晩インキュベートした後、室温で1時間二次抗体とインキュベートした。共焦点画像は、LSM780共焦点顕微鏡(Zeiss)によって撮像した。用いた一次抗体は以下の通りである:抗Cadherin1(BD)、抗Cadherin6(グレゴリー・ドレスラー博士、Department of Pathology, University of Michigan, AnnArbor, MI 48109, USA、から供与)、抗ネフリン(Progen)、および抗WT1(Santa Cruz)。用いた二次次抗体は以下の通りである:抗ウサギAlexa488、抗モルモットAlexa468、および抗マウスAlexa594(Life Technologies)。
【0045】
(5)定量的PCR(qPCR)
全RNAをRNeasy Plus Micro Kit(Qiagen)を用いて単離し、そしてcDNAを、製造業者の指示にしたがって、VILO cDNA合成キット(Life Technologies)により合成した。PCR反応は、Thunderbird PCR mixture(東洋紡)およびDice Real Time System Thermal Cycler(タカラバイオ)を用いて行った。各マーカー遺伝子(β−Actin,E−Cadherin,Lef1,Osr1,Pax2,Sall1,Six2,およびWnt1)に対するqPCR用のプライマー配列はタカラバイオから購入した。インキュベーション条件は、45サイクルとした(95℃で15秒、60℃で45秒)。全てのサンプルはアクチン発現で正規化した。
【0046】
(6)統計分析
データは、スチューデントのt検定を用いて解析し、統計的有意性を評価した。全ての実験は、独立して、少なくとも3回実施し、そして代表的なデータを示した。結果は、平均±標準偏差として示した。
【0047】
B.実施例
実施例1:後腎間葉からネフロン前駆細胞の部分的増幅
培養時のマウスのネフロン前駆細胞の割合を正確に測定するために、E11.5でSix2−GFPマウスの腎臓から全MMを単離し、ラットMMの培養に用いたようにしてLIFとY27632(合わせて「LY」と略す)の存在下で、フィブロネクチンコートしたプレート上で、個々の細胞に分散させることなく細胞塊として培養した(図1)。FACS分析の結果、GFP陽性細胞は、単離されたばかりのMMの22.6%を占めていたが、7日の培養後には、割合は5.0%に低下した。LIFおよびY27632の非存在下では、細胞のわずか0.1%がGFP陽性であった。このことは、LYが、マウス前駆細胞にある種の効果を発揮しているが、ネフロン前駆細胞を維持するのに十分ではなかったことを明らかに示唆している。
7日目のSix2とPax2の発現レベルは、新たに単離したMMのものと比べると低かった。発明者らは以前にNotch2の活性化が未成熟な前駆細胞の分化を引き起こしたことを報告している。そこで、発明者らは、LYに加えて、Notch阻害剤DAPTをテストした。また、コーティングのマトリックスとして、ラミニンのE8フラグメント(iMatrix)をフィブロネクチンと比較した結果、iMatrixとDAPTの組み合わせが、Six2の、そしてより顕著にはPax2のレベルを維持するのに有効であることが判った。結果を図2に示す。
【0048】
平行して、Wntシグナル伝達は、ネフロン前駆細胞の維持および分化において重要な役割を果たしているので、WntアゴニストCHIR99021(CHIR)を試験した。LIF単独(1−10ng/ml)の存在下で限られた数のSix2−GFP陽性細胞が維持されたが、CHIRは培養7日目でGFP陽性細胞を増加させ、LIFおよびCHIRの組み合わせは、GFP陽性細胞の大量の増幅を示した。そこで、iMatrix被覆プレート上で、LIF、Y27632、CHIR、およびDAPT(「CDLY」と略す)の組み合わせを試験した結果、培養7日後で26.3%が陽性となった。そこでさらに、ネフロン前駆細胞の重要な調節因子であるBMP7を追加した。その結果、顕著な細胞増殖が観察され、GFP陽性細胞は40.6%に増加した。結果を図3に示す。Six2、Pax2、Sall1、Wt1およびOsr1を含むネフロン前駆細胞マーカーの発現レベルを確認したところ、この条件(CDLY+BMP7:「CDBLY」と略す)では、他の条件よりも高く、新たに単離したMMのものとほぼ同等であった。それゆえ、混合細胞集団を含む全MMから培養を開始しているが、この条件がネフロン前駆細胞の増幅に適していると判った。
【0049】
実施例2:マウスの胚および新生児の腎臓から精製したネフロン前駆細胞のインビトロでの増幅
上記の培養条件(CDBLY)を、精製したSix2−GFP陽性前駆細胞に適用した。細胞数の制限のために、最初は、E11.5の代わりにE15.5および新生児(P0)腎臓を用いて、ソートした結果、GFP陽性細胞は、それぞれ、全細胞の21.1%と8.1%であった。ソートした細胞はその後、スフェロイドを形成するために二日間培養し凝集させ、iMatrix被覆プレート上に播種し、上記した条件で5日間以上培養した。図4に示されるように、総細胞数は増加し(E15.5で2.4倍、P0で1.7倍)、GFP陽性の割合が非常に高いままであった(E15.5で94.3パーセント、P0で90.9パーセント)。7日目でのネフロン前駆細胞マーカーの発現レベルを確認したところ、新たに単離したネフロン前駆細胞のものとほぼ同等であった。これらの培養細胞を、Wntを発現する間葉上皮転換の強力な誘導因子である脊髄と組み合わせると、管形成が3日以内に観察され、誘導してから5日後に回収したときは多数の糸球体や尿細管が確認された。結果を図5に示す。糸球体は、丸形で、足細胞特異的マーカーである、Wt1とネフリンが陽性であった。誘導された尿細管は、カドヘリン6陽性近位およびカドヘリン1陽性遠位ドメインに領域化した。したがって、この培養条件は、よく発達した糸球体や尿細管で示される三次元ネフロン構造を形成する能力を維持しながら、精製したネフロン前駆細胞の増殖を可能にした。新生児からの前駆細胞が7日間維持されたことは注目すべきことである。なぜなら、マウスのネフロン前駆細胞は、出生後2〜3日以内には増殖するのをやめ、最終分化をする。したがって、この結果は、本発明の培養条件は、生体内でそれらの生理学的制限時間を超えて前駆細胞の増殖を維持していることを示している。
【0050】
実施例3:マウスネフロン前駆細胞の増殖に対するLIF、FGF2/9、BMP7、およびWntアゴニストの影響
上記の培養条件は、E15.5またはP0から精製ネフロン前駆細胞の増殖を可能にするが、細胞数の増加は劇的ではなかった(約2倍、図4参照)。上記のように、最初は、E11.5からの全MMを用いて培養条件を最適化し、E15.5やP0でも同様の結果が得られることを確認した。
次に、細胞数が制限されていたが、E11.5でSix2−GFP陽性前駆細胞を精製した。選別された細胞を、7日間、iMatrix被覆プレート上に凝集させ培養した結果、顕著な細胞数の増加(30倍)および95%以上のGFP陽性の残存が観察された(図6)。これらのデータは、後の発生段階のものと比較して、E11.5でのSix2陽性細胞は、より高い増殖能力を有していることを示唆している。
【0051】
上記の実施例では、全ての実験で使用培地(CDBLY)はFgf2を含んでいた。これは、発明者らが最近報告したラットMM培養の結果に基づいている。インビボにおいてFgf9がマウスネフロン前駆細胞の維持に必要であることが報告されているので、培養におけるFgf2およびFgf9の効果を比較した。Fgf2およびFgdf9の両方とも、非常に高い割合(95%以上)でSix2−GFP陽性細胞を維持したが、より大きな細胞数の増加は、Fgf9に基づく条件で観察された(30倍対60倍)(図6)。いずれの条件においても、ネフロン前駆細胞マーカー(Six2、Pax2、Sall1、およびWt1)の発現レベルは、E11.5で新たに単離したSix2−GFP陽性細胞のものと同等であった(図6)。図7に示すように、脊髄と組み合わせた場合に、いずれの条件でも糸球体および尿細管が形成された。したがって、以下の実験では、Fgf9を使用した。
【0052】
かなり最適化された条件(CDBLY+Fgf9)にて、E11.5からのSix2陽性ネフロン前駆細胞を用いて、その維持および増殖のための各要素の必要性を再検討した。細胞はFgfの非存在下で増殖することができなかったので、Fgfシグナリングが重要であると判った(図6参照)。カノニカルWntシグナルはネフロン前駆細胞の分化に関連しているので、次に、Wntシグナル伝達の必要性を検討した。種々の濃度のCHIRとBmp7を試験した。結果を図8に示す。その結果、Six2陽性細胞は、CHIRに関し、1μMまでは濃度依存的に増加したことがわかった。2.5μMのCHIR処理は、GFP陰性細胞は増幅したが、前駆細胞の維持は出来なかった。これらのデータは、Wntシグナルの最適な強度が自己複製のために必要であり、過剰な信号は増殖を伴う分化を誘導することを示唆している。また、Bmp7については、高濃度(25ng/mL超)はGFP+前駆細胞を減少させたが、低濃度(5ng/mL)は至適であった。次に、培養条件におけるLIFおよびBmp7の役割を検討した。結果を図9に示す。LIFを培地から除くと、全細胞数がわずかに増加したが、GFP陽性細胞の割合が84%に減少した。このことは、LIFが分化した細胞の増殖を阻害し得ることを示唆している。Bmp7の非存在下では、全細胞数は減少したが、GFP陽性の割合は高いままであった。LIFおよびBMP7を除くと、細胞数はBMP7のみが非存在下のものよりも多かったが、GFP陽性細胞の割合は大幅に減少した。このことより、LIFは、分化を阻害するだけでなく前駆細胞および分化した細胞の両方の増殖を阻害することができ、一方、Bmp7は、前駆細胞に対するLIFの負の効果に対抗して前駆細胞の増殖を高め、それによってネフロン前駆細胞の自己複製を可能にすると推測できる。さらなるメカニズムの研究が必要であるが、これらのデータは、LIFおよびBmp7の両方が最適化された培養条件のために必要であることを示している。
【0053】
実施例4:マウスの19日間継代胚性ネフロン前駆細胞を用いた三次元ネフロン構造の再構成
次に、一週間を超える前駆細胞の増幅を試みた。8日目での単一細胞への分散は、細胞のさらなる増殖を妨げた(データ示さず)。しかし、細胞を小さな塊(凝集体)に分離し3つのプレートに分割した場合は、細胞は成長を続け、19日目まで3〜4日ごとに継代することができた(図10参照)。19日目で、細胞数が増加し、97%がSix2−GFP陽性のままであった(図11)。最適条件(全ての因子を添加)では、19日目でGFP陽性細胞の割合は97%であった。LIFの非存在下では、GFP陽性細胞の割合が8日目に急激に低下し、19日で73%であったが、逆に、LIF存在の条件と比較した場合、全細胞数は増加した。結果を図12に示す。このことは、図9の状況と同様である。興味深いことに、Bmp7の非存在下では、GFP陽性細胞の割合は、11日目まで高いレベルに維持され、19日目で53%にまで急激に減少した。したがって、Bmp7は、GFP陽性細胞の長期維持に必須であった。培地からのLIFおよびBmp7の排除はまた、全細胞数の増加にもかかわらず、Six2陽性細胞を維持することができなかった(68%)。したがって、LIFおよびBmp7の両方がネフロン前駆細胞の自己複製に必要であると判った。この最適化された状態(CDBLY+Fgf9)では、Pax2を除くネフロン前駆細胞マーカーのほとんどが、8日目より低いレベルであったが、19日目で維持されていた(図13)。さらに、図14に示すように、培養細胞は、脊髄と組み合わせることにより、3次元ネフロン構造(糸球体と尿細管)を形成した。したがって、培養細胞は、19日間、分化能を保持していた。
【0054】
インビボおよびインビトロでの増幅理論細胞数を計算した。結果を図15に示す。インビボでは、Six2−GFP陽性ネフロン前駆細胞の割合は減少したが、1腎臓内の全細胞数は増加した。したがって、1腎臓における前駆細胞の絶対数は、E11.5での21257±7344から出生時に386500±84403へと増加したと推定された(18倍の増加)。E11.5での前駆細胞の同じ数の前駆体をインビトロに置くと、GFP陽性細胞数が、8日目で170万(60倍の増加)、19日目で4500万(1500倍の増加)と推定された。よって、分化能を維持したまま、細胞数および期間の両者で、成体内での生理的限界を遥かに超えて、インビトロでのネフロン前駆細胞の増幅に成功した。
【0055】
以上の結果より、本発明の方法を用いて、マウス胎児のネフロン前駆細胞を、未分化の状態を維持したまま19日間の培養で約1500倍に増幅し、培養後も増幅した前駆細胞から糸球体と尿細管の3次元構造を形成できることが判った。
【0056】
実施例5:マウスES細胞から作成されたネフロン前駆細胞の増幅とネフロン形成能
発明者らは、マウスES細胞からネフロン前駆細胞の作成を最近報告している(非特許文献6;特許文献1)。そこで、上記の増幅培養方法が、ES細胞由来ネフロン前駆細胞に適用することができるかどうかを検討した。腎臓系統への分化能を持つSix2−GFP ES細胞は入手できなかったので、ネフロン前駆細胞およびそれに続いて三次元ネフロンに分化することが示されているOsr1−GFP ES細胞を用いた。マウスES細胞から誘導された凝集体は、おそらくE10.5−11.5でのネフロン前駆細胞に相当する。Osr1は、ネフロン前駆細胞で発現されているばかりでなくこの段階での間質でも発現されているが、発達の後期段階ではその発現はネフロン前駆細胞に制限されている。したがって、ネフロン前駆細胞画分としてOsr1−GFP+/インテグリンα8+/Pdgfrα−集団を選別し、それを7日間培養した。細胞は15倍に増殖し、それらの90.3パーセントはOsr1−GFPについて陽性のままであったが、インテグリンα8+/Pdgfrα−画分の割合は65.2パーセントに減少した。結果を図16に示す。7日目のOsr1−GFP陽性細胞におけるネフロン前駆細胞マーカー(Six2、Pax2、Sall1、Wt1およびOsr1)の発現レベルは、E11.5でのインビボでのSix2陽性細胞のものと同等であった。これらの培養細胞は、脊髄により刺激されると、三次元ネフロン構造を形成した(図17)。したがって、マウスES細胞から作成されたネフロン前駆細胞は、ネフロン形成能を維持したまま増幅でき、このことは、本発明の培養条件がしっかりしたものであることを示している。
【0057】
以上の結果より、本発明の方法により、マウスES細胞から誘導したネフロン前駆細胞は培養7日間で15倍に増幅し、増幅した細胞が糸球体と尿細管の3次元構造を形成できることが判った。
【0058】
実施例6:ヒトiPS細胞から作成されたネフロン前駆細胞の増幅とネフロン形成
太口らの方法(非特許文献6)に沿ってヒトiPS細胞からネフロン前駆細胞を誘導する。その際に、ネフロン前駆細胞マーカーがGFPで光るヒトiPS細胞を作成し、FACSによってネフロン前駆細胞を単離する。その後、上記の実施例と同様にし、本発明の記載の各化合物の濃度にて、ネフロン細胞の培養を行う。培養したネフロン前駆細胞を用い、上記実施例と同様にして、本発明者の公知の報告(非特許文献6;特許文献1)に従い、三次元ネフロン構造を形成する。
具体的には以下のようにして行った。概略を図18に示す。
iPS細胞(201B7)から太口らの方法に従いヒトネフロン前駆細胞を作成した。培養14日目の前駆体スフェロイドを、解離溶液(CTK溶液、Reprocell)で処理して、小さな塊に解離した。前駆体スフェロイドを約1/4に分割した塊を、iMatrix被覆プレートに播き、CDBLYを添加したDMEM/F12培地(CHIR99021:1μM、DAPT:2.5μM、BMP7:5ng/ml、LIF:5ng/ml、Y27632:10μM)中で培養した。培地を毎日交換し、8日間培養を続けた。培養8日目のネフロン前駆体細胞数及びネフロン前駆細胞マーカーの遺伝子発現レベルを測定した結果を図19に示す。8日間で細胞が4倍に増幅された。
培養8日目の細胞を用いて、ネフロンへの分化アッセイを行った。培養8日目のiPS細胞由来ネフロン前駆体細胞を解離溶液(CTK溶液)を用いて小さな塊に解離し、96ウェルのU底low−cell−binding platesに播種して(ウェル当たり200,000細胞)24−48時間培養して凝集体を形成させ、次いで、胚の脊髄とともに共培養することにより、ネフロンを形成させた。その結果を図20に示す。糸球体や尿細管が確認された。
【0059】
実施例7:ヒトiPS細胞由来ネフロン前駆細胞からのネフロン形成
実施例6と同様にして、ヒトiPS細胞由来ネフロン前駆細胞の増幅と増幅した細胞のネフロン形成を行った。但し、ネフロン前駆細胞の増幅は、iMartix被覆プレートの代わりに96ウェルのU底low−cell−binding platesを用いて培養14日目の前駆体スフェロイドをタングステン針で4分割し、スフェロイド状で培養した。結果は、実施例6と同様に、ネフロンが形成され、多数の糸球体や尿細管が確認された(データは示さず)。
【0060】
実施例8:純化したヒトiPS細胞由来のネフロン前駆細胞の増幅培養
ヒトiPS細胞201B7から太口らの方法に従い誘導したspheroid様のネフロン前駆細胞を含む組織を1xAccumax細胞剥離液(Millipore社)に浸し、37度、8分間処理し、解離した(20個spheroid/500μLのAccumax細胞剥離液)。その間、2分ごとに溶液を攪拌した。
反応後、すぐに遠心を行った(1000rpm,2分)。次いで、上清を取り除き、500μLのFACS wash buffer(HBSS,FCS,DNase,CaCl2, NaHCO3)で再懸濁した。
Integrin α抗体およびPDGFR α抗体で細胞を処理し、FACSによりIntegrin α陽性/PDGFR α陰性の細胞を単離した。
これをネフロン前駆細胞として、実施例6に記載の培地条件および培養条件にて培養した。具体的には、純化した10,000個のIntegrin α陽性のネフロン前駆細胞をlow−cell binding plateにて培養し凝集体を形成させた。その結果、8日間の培養で40−60倍に増幅した。さらに、増幅した細胞から尿細管、糸球体様の組織をマウス胎児の脊髄との共培養によって再構築することできた。
【0061】
上記の詳細な記載は、本発明の目的及び対象を単に説明するものであり、添付の特許請求の範囲を限定するものではない。添付の特許請求の範囲から離れることなしに、記載された実施態様に対しての、種々の変更及び置換は、本明細書に記載された教示より当業者にとって明らかである。
【産業上の利用可能性】
【0062】
本発明の方法は、ネフロン前駆細胞の増幅培養法として有用である。また、本発明の方法により増幅培養されたネフロン前駆細胞は、腎臓発生学や再生の研究材料として、および再生医療の原料として有用である。
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