特許第6883804号(P6883804)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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  • 特許6883804-硬質被膜 図000004
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6883804
(24)【登録日】2021年5月13日
(45)【発行日】2021年6月9日
(54)【発明の名称】硬質被膜
(51)【国際特許分類】
   C23C 14/06 20060101AFI20210531BHJP
   F16C 33/24 20060101ALI20210531BHJP
【FI】
   C23C14/06 B
   C23C14/06 N
   F16C33/24 A
【請求項の数】8
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2017-125158(P2017-125158)
(22)【出願日】2017年6月27日
(65)【公開番号】特開2019-7058(P2019-7058A)
(43)【公開日】2019年1月17日
【審査請求日】2020年2月14日
(73)【特許権者】
【識別番号】391003668
【氏名又は名称】トーヨーエイテック株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】591060980
【氏名又は名称】岡山県
(74)【代理人】
【識別番号】110001427
【氏名又は名称】特許業務法人前田特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】西原 勝也
(72)【発明者】
【氏名】鐵艸 浩彰
(72)【発明者】
【氏名】吉田 善明
(72)【発明者】
【氏名】藤井 弘樹
(72)【発明者】
【氏名】岡本 圭司
(72)【発明者】
【氏名】國次 真輔
【審査官】 宮崎 園子
(56)【参考文献】
【文献】 特開2017−071825(JP,A)
【文献】 特開昭51−151706(JP,A)
【文献】 国際公開第2008/078675(WO,A1)
【文献】 特開2012−224888(JP,A)
【文献】 特開2009−91647(JP,A)
【文献】 Monteiro, O.R.他,Correlation between Microstructure and Mechanical Properties of TiC Films Produced by Vacuum arc Deposition and Reactive Magnetron Sputtering,[online],Open Access Publications from the University of California,1999年 7月29日,〈URL:https://escholarship.org/uc/item/7rb5p8s7〉
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 14/06
F16C 33/24
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
母材の表面に形成され、炭素、チタン及び酸素を含み、炭素−炭素結合及び炭素−水素結合に対する炭素−チタン結合のモル比[C−Ti]/([C−C]+[C−H])が5.0以上であり、
sp3炭素−炭素結合した炭素原子に対するsp2炭素−炭素結合した炭素原子のモル比[sp2C−C]/[sp3C−C]が2.5以下である、炭化チタンからなる硬質被膜。
【請求項2】
炭素,酸素及びチタンの合計に対する酸素のモル比が0.20以上、0.35以下である、請求項1に記載の硬質被膜。
【請求項3】
母材の表面に形成され、炭素、チタン及び酸素を含み、炭素−炭素結合及び炭素−水素結合に対する炭素−チタン結合のモル比[C−Ti]/([C−C]+[C−H])が5.0以上であり、
炭素,酸素及びチタンの合計に対する酸素のモル比が0.20以上、0.35以下である、炭化チタンからなる硬質被膜。
【請求項4】
全炭素に対する炭素−炭素結合のモル比[C−C]/[C]は、0.12以下である、請求項1〜3のいずれか1項に記載の硬質被膜。
【請求項5】
全炭素に対する炭素−水素結合のモル比[C−H]/[C]は、0.15以下である、請求項1〜のいずれか1項に記載の硬質被膜。
【請求項6】
相対移動し得る互いに対向した一対の摺動面と、
前記摺動面に介在し得る潤滑剤とを備え、
前記摺動面の少なくとも一方には、請求項1〜5のいずれか1項に記載の硬質被膜が設けられ、
前記潤滑剤は、有機モリブデン化合物を含んでいる、摺動部材。
【請求項7】
前記母材は、炭素工具鋼、合金工具鋼、高速度工具鋼、ステンレス鋼、機械構造用炭素鋼、機械構造用合金鋼、軸受鋼、鋳鉄、又は超硬合金である、請求項6に記載の摺動部材。
【請求項8】
前記母材は、炭素工具鋼、合金工具鋼、機械構造用炭素鋼、機械構造用合金鋼、又は軸受鋼であり、前記硬質被膜形成後のロックウェル硬度がHRC58以上である、又は、ステンレス鋼であり、前記硬質被膜形成後のロックウェル硬度がHRC56以上である、請求項6に記載の摺動部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は硬質被膜に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車等の運輸機械、建設機械及び工作機械等の種々の機械において、摺動部材が用いられている。摺動部材における摩擦は、機械の効率を低下させるだけでなく、摺動部材の摩耗を生じさせ、機械寿命を短縮する。このため、摺動部材の摩擦係数を低減して摺動特性を向上させることは、機械分野において極めて重要である。近年、摩擦係数を低減すると共に、耐摩耗性を向上させることを目的として、摺動部材の表面にダイヤモンドライクカーボン膜(DLC膜)等の硬質被膜を形成することが注目されている。
【0003】
摺動部材は潤滑剤の存在下で摺動されることが多い。近年では潤滑剤として、モリブデンジチオカーバメート等の有機モリブデン化合物を含有するものが用いられている。このような潤滑剤は、摺動部材の表面にモリブデン化合物層を形成するため、鋼材からなる摺動部材においては、摩擦を低減することができる。しかし、DLC膜が形成された摺動部材に有機モリブデン化合物が添加された潤滑剤を用いた場合、摺動部材の表面が酸化され、耐摩耗性及び耐焼き付き性を低下させてしまうという問題がある。
【0004】
DLC膜に代わる硬質被膜として、金属炭化物を基本物質とする硬質被膜が注目を集めている。中でも炭化チタン(TiC)は、硬度が非常に高く、TiCを含む硬質被膜は、潤滑性と耐摩耗性が良好な硬質被膜として期待されている(例えば、特許文献1を参照。)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2009−91647号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、従来のTiCを含む硬質被膜には、以下のような問題がある。TiCを含む硬質被膜は、通常は化学気相堆積(CVD)法又は物理気相堆積(PVD)法により形成する。CVD法の場合、プロセス温度は1000℃近くになる。PVD法の場合においても500℃程度の温度にさらされる。
【0007】
一方、硬質被膜を形成する母材は、硬度の調整等のために焼き戻し処理が行われている。焼き戻し処理の温度よりも高い温度で硬質被膜を形成すると、母材硬度の低下や、寸法変動が生じる。母材の硬度が低下すると、耐久性が低下する上、寸法変動の度合によっては組付け不良等不具合の原因となり得る。このため、500℃以上の温度で焼戻し処理された母材でなければ、従来のPVD法による硬質被膜の形成は困難である。しかし、焼き戻し温度の低い母材においても、摺動性や耐摩耗性を向上させるために、硬質被膜を形成することが求められている。PVD法において成膜温度を母材の焼き戻し温度以下とすることは不可能ではないが、通常、成膜に伴い被コーティング材の温度が上昇するため、温度上昇を制御する技術が必要となる。また、温度上昇を抑制すると、膜組成及び膜特性の変化が生じるため、必要とされる硬質被膜自体の硬度や耐摩耗性等を確保できる成膜方法が求められている。
【0008】
本開示の課題は、母材の硬度低下が生じにくい、低摩擦性及び高耐摩耗性の硬質被膜を実現できるようにすることである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本開示の硬質被膜の一態様は、母材の表面に形成され、炭素、チタン及び酸素を含み、炭素−炭素結合及び炭素−水素結合に対する炭素−チタン結合のモル比[C−Ti]/([C−C]+[C−H])が5.0以上である。
【0010】
硬質被膜の一態様において、sp3炭素−炭素結合した炭素原子に対するsp2炭素−炭素結合した炭素原子のモル比[sp2C−C]/[sp3C−C]が2.5以下とすることができる。
【0011】
硬質被膜の一態様において、全炭素に対する炭素−炭素結合のモル比[C−C]/[C]は、0.12以下とすることができる。
【0012】
硬質被膜の一態様において、全炭素に対する炭素−水素結合のモル比[C−H]/[C]は、0.15以下とすることができる。
【0013】
硬質被膜の一態様において、膜に含まれる酸素のモル比が0.20以上、0.35以下とすることができる。
【0014】
本開示の摺動部材の一態様は、相対移動し得る互いに対向した一対の摺動面と、摺動面に介在し得る潤滑剤とを備え、摺動面の少なくとも一方には、本開示の硬質被膜が設けられ、潤滑剤は、有機モリブデン化合物を含んでいる。
【0015】
摺動部材の一態様において、母材は、炭素工具鋼、合金工具鋼、高速度工具鋼、ステンレス鋼、機械構造用炭素鋼、機械構造用合金鋼、軸受鋼、鋳鉄又は、超硬合金を使用することができ、母材はめっき処理を施したものも使用できる。また、母材が200℃程度以下といった低温で焼き戻しを施されている場合においても、被膜形成後の母材硬度を維持することができる。例えば、ロックウェル硬度HRC60程度に焼入れされた機械構造用合金鋼において、被膜形成後の硬度をHRC58以上とすることができる。さらに、母材が、炭素工具鋼、合金工具鋼、機械構造用炭素鋼、機械構造用合金鋼、又は軸受鋼であり、硬質被膜形成後のロックウェル硬度がHRC58以上、又は母材が、ステンレス鋼であり、硬質被膜形成後のロックウェル硬度がHRC56以上とすることもできる。
【発明の効果】
【0016】
本開示に係る硬質被膜によれば、母材の硬度低下が生じにくく、低摩擦性及び高耐摩耗性を容易に実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】一実施形態に係る摺動部材を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
図1は、本実施形態の摺動部材の断面構成を示している。本実施形態の摺動部材は、相対移動し得る互いに対向した摺動面101を有する。摺動面101は、母材111の表面に形成された硬質被膜112である。硬質被膜112は、炭素(C)、チタン(Ti)及び酸素(O)を含む炭化チタン(TiC)膜からなる。相対する摺動面101の間には、有機モリブデン化合物を含む潤滑剤102が存在している。
【0019】
本実施形態において、硬質被膜112は、炭素のチタンに対するモル比(C/Ti)が1以上、2以下のTiC膜であり、酸素(O)を含む。また、炭素−炭素結合(C−C)及び炭素−水素結合(C−H)に対する炭素−チタン結合(C−Ti)のモル比([C−Ti]/([C−C]+[C−H]))は、5.0以上である。
【0020】
本願発明者らは、[C−Ti]/([C−C]+[C−H])を高くすることにより、有機モリブデン化合物を含む潤滑剤の存在下においても、摩擦係数及び比摩耗量を低減できることを見いだした。TiC膜におけるカーボンは主に、C−C、C−H、C−Tiの結合を形成するが、これらのうちC−C結合は有機モリブデン化合物の存在下において、グラファイト化が生じ摩耗の原因となる。またC−H結合は、空孔の発生により摩耗の原因となる。これら摩耗は、これらの結合比率を減らし、代わりに[C−Ti]結合比率を高めることが摩耗抑制に効果的である。[C−Ti]/([C−C]+[C−H])の値は高い方が好ましいが、下層との密着性確保の観点から、好ましくは20以下、より好ましくは15以下である。
【0021】
硬質被膜のグラファイト化を防ぐ観点から、全炭素に対するC−C結合のモル比[C−C]/[C]は好ましくは0.12以下であり、より好ましくは0.10以下である。また、C−H結合による空孔発生を避ける観点から、全炭素に対するC−H結合のモル比[C−H]/[C]は好ましくは0.15以下であり、より好ましくは0.10以下である。摩擦係数及び比摩耗量の低減の観点から、sp2炭素−炭素結合(sp2C−C)のsp3炭素−炭素結合(sp3C−C)に対するモル比[sp2C−C]/[sp3C−C]は、好ましくは2.5以下、より好ましくは2.0以下である。
【0022】
硬質被膜は酸素(O)を含んでいてよい。TiC膜は、酸素濃度が低い場合は高硬度となる傾向にあるが、相手材に対しては摩耗増加の原因となる。相手材の摩耗を低減する観点から、硬質被膜表層に含まれる酸素の量はC、O及びTiの合計に対するモル比([O]/([C]+[Ti]+[O]))として好ましくは0.20以上、より好ましくは0.24以上である。また、被膜として構造を保つ観点から、好ましくは0.35以下、より好ましくは0.30以下である。硬質被膜中の酸素は、一部は炭素−酸素一重(C−O)結合を形成し、一部は炭素−酸素二重(C=O)結合を形成し、一部はチタン−酸素(Ti−O)結合を形成する。
【0023】
硬質被膜の表面における、原子組成は、実施例において述べるX線光電子分光分析(XPS)法により求めることができる。
【0024】
摺動部材として十分な耐久性を示すために、硬質被膜112は十分な硬度と弾性率を有していることが好ましい。具体的に、硬質被膜112の硬度は、20GPa以上であることが好ましい。硬質被膜112の弾性率は200GPa以上であることが好ましく、240GPa以上であることがより好ましい。また、耐面圧は1GPa以上であることが好ましい。硬度及び弾性率は、実施例において詳細に説明するナノインデンテーション法により測定することができる。
【0025】
また、摺動部材として機能するために、硬質被膜112は摩擦係数が小さいことが好ましい。具体的には、有機モリブデン化合物存在下における摩擦係数が0.12以下であることが好ましく、0.10以下であることがより好ましい。摩擦係数は、実施例において詳細に説明する振動摩擦摩耗(SRV)試験により測定することができる。また、耐摩耗性が高いことが好ましく、具体的には、比摩耗量として、好ましくは6.0×10-11mm3/N・mm以下、より好ましくは5.0×10-11mm3/N・mm以下である。
【0026】
潤滑油中における被膜の摩擦特性は、被膜の表面粗さにも影響を受ける。被膜の表面粗さはできるだけ小さい方が、摩擦特性が向上する。また、相手材を摩耗させる相手攻撃性も表面粗さが小さい方が低減できる。具体的には、被膜の表面における算術平均表面粗度Raは0.1μm以下であることが好ましい。表面粗度は、JISB0601に準拠して測定することができる。
【0027】
また、母材111における硬質被膜112が形成される表面は、算術平均表面粗度Raが0.1μm以下であることが好ましい。物理気相堆積(PVD)法により形成した硬質被膜112は、緻密で平滑性の高い被膜であるため、母材111表面の表面状態が硬質被膜112の表面状態として反映されやすい。このため、母材111の表面粗度をこのような範囲とすることにより、硬質被膜112の表面における滑り性をより向上させることができる。
【0028】
本実施形態の硬質被膜112を形成する際には、母材111の熱による歪み及び変形の発生を抑えるために、母材111が高温にさらされることがない条件において形成することが好ましい。具体的に、母材は、炭素工具鋼、合金工具鋼、高速度工具鋼、ステンレス鋼、機械構造用炭素鋼、機械構造用合金鋼、軸受鋼、鋳鉄又は、超硬合金等とすることができる。このため、母材111の焼き戻し温度以下で硬質被膜112を形成できることが好ましい。従って、硬質被膜112は物理気相堆積(PVD)法により形成する。特に、イオン源にカソーディックアーク装置を用いるカソーディックアークイオンプレーティング(CA)法が好ましい。カソーディックアークイオンプレーティング法を用いることにより、母材を高温にさらすことなく、硬質被膜112を成膜することができ、低温で焼き戻しを施された機械構造用炭素鋼又は機械構造用合金鋼等を母材とすることが可能となる。具体的に、プロセス温度は180℃以下とすることが好ましい。
【0029】
機械構造用炭素鋼又は機械構造用合金鋼等を母材111とする場合、硬質被膜112を形成した後の母材111は、熱による硬度の低下がほとんど生じないため、ロックウェル硬度(HRC)60程度に熱処理された母材の、被膜形成後のロックウェル硬度(HRC)は、好ましくは58以上、より好ましくは59以上とすることができる。SUS440C等のマルテンサイト系ステンレス鋼を母材111とする場合、被膜形成後のロックウェル硬度は、好ましくは56以上、より好ましくは57以上とすることができる。また、被膜形成後のロックウェル硬度の、被膜形成前のロックウェル硬度からの変動は、好ましくは±4%以内、より好ましくは±3%以内である。
【0030】
成膜装置は、例えばチャンバーと、チャンバー内に設けられた、カソードと、アノードと、ワークホルダとを有している。カソードはターゲットホルダであり、その表面にはターゲットが固定されている。アノードはカソードの周りを囲むように設けられている。ワークホルダは回転テーブルであり、ワークホルダの上にはワーク(母材)が載置されている。チャンバー内にヒーターが設置されており、載置したワークを任意の温度に加熱することができる。
【0031】
カソードとアノードとの間にはアーク電源が接続されており、カソードとアノードとの間にアーク放電を発生させることができる。ワークホルダにはバイアス電源が接続されており、ワークにバイアス電圧を印加することができる。アーク放電を発生させることにより、ターゲットを蒸発させイオン化することができる。ワークに印加されたバイアス電圧によりイオンを加速させてワークの表面に被着させることができる。
【0032】
カソードには磁力発生源である磁石又は電磁コイルが設けられている。磁石又は電磁コイルによりカソードからワークまで延びる磁力線が形成されている。アーク放電により発生した電子(e)の一部は、磁力線に巻き付くように運動を行い、この電子がチャンバー内のガス分子と衝突することにより、チャンバー内に導入されたガスがプラズマ化する。磁力線がワークまで延びているため、発生したイオンを効率良くワークまで到達させることができる。ターゲットをチタンとし、チャンバー内に炭化水素ガスを導入すれば、TiC膜を形成できる。
【0033】
炭化水素ガスをターゲット近傍の強いプラズマ雰囲気にさらすことができるように、炭化水素ガスを供給するノズルをターゲットの近傍に配置することが好ましい。これにより、アーク放電を安定化させることができる。具体的に、ターゲットの中心からターゲットの外周部までの最短距離D1に対する、ターゲットの中心からノズルオリフィスの中心までの距離D2の比D2/D1を好ましくは5倍以下、より好ましくは4倍以下にする。これにより、炭化水素ガスが効率良くターゲットの表面に行き渡り、炭化水素ガスの分解及びイオン化が十分に行われる。また、ノズル本体によるターゲットの表面における放電を阻害しないようにする観点からは、D2/D1を好ましくは1.5倍以上、より好ましくは2倍以上とする。
【0034】
チャンバー内に複数のターゲットを配置することもできる。この場合、各ターゲットに炭化水素ガスを均一に供給できるように、ノズル本体の流路方向に直交する断面積S1に対する、ノズル本体から真空チャンバー内に炭化水素ガスを放出するオリフィスの面積S2の比率S2/S1をできるだけ小さくすることが好ましい。具体的に、S2/S1を0.05以下とすることが好ましい。このような構成とすることにより、ノズル本体内に充満したガスが各ノズルから均等に排出される。
【0035】
硬質被膜を形成する際のカソード電流の値は高い方が好ましく、100A以上とすることが好ましく、140A以上とすることがより好ましい。カソード電流が高い方が、カソードから発生したイオンを拡散させることなくワーク方向に向かわせる効果が大きく、ドロップレットの生成量に対するイオンの生成量が相対的に多くなり、被膜を占めるドロップレットの割合を抑えることができる。一方、ワークの温度上昇を180℃以下に抑えるためにはカソード電流を高くしすぎないことが好ましい。このため、カソード電流を200A以下とすることが好ましく、180A以下とすることがより好ましい。
【0036】
炭化水素ガス中のチタンの放電において、放電安定化の観点からチャンバー内の圧力を、2.5Pa以上とすることが好ましく、3.0Pa以上がより好ましい。また、4.5Pa以下が好ましく、4.0Pa以下がより好ましい。
【0037】
ワークの表面に密度が高い被膜を形成するためには、ワークの表面に供給された原子に、安定した原子配列を形成するために十分なエネルギーを供給することが重要である。ワークの表面において原子に十分なエネルギーを供給する方法として、基盤電圧を高くすることが考えられる、250V以上とすることが好ましく、300V以上とすることがより好ましい。しかし、異常放電や母材であるワークの熱変形等の原因とならないように、基盤電圧は500V以下とすることが好ましく、450V以下とすることがより好ましい。
【0038】
アークイオンのエネルギーを向上させる方法としては、磁場の制御も挙げられ、ターゲット中心からワーク方向への磁場強度を高めることが好ましい。しかし、発生した磁力線は反対極側へ戻ろうとする性質がある。この傾向は磁力発生源の中心から外側に位置するほど、顕著となり磁力線は短い軌跡で反対極へ戻ろうとする。従って、ターゲットの周囲ではワーク方向からそれていき、ワークへ届くイオン量が減少し、密度が高い被膜が得られない。
【0039】
本願発明者らは、水平磁場を制御することにより、ワーク方向への磁束密度を2〜4倍向上させることを見いだした。ターゲットの主面と直交し、ワーク側に延びる方向をX方向(垂直方向)とし、ターゲットの動径方向をr方向(水平方向)とする座標系を考える。ターゲットの中心をX=0,r=0とし、ターゲットの半径をRとし、Xのプラス側にワークがあるとする。X=2R,r=2Rの位置における磁束密度を1.8mT以上、10mT以下で、r方向の磁力ベクトル(r成分磁力ベクトル)のX方向の磁力ベクトル(X成分磁力ベクトル)に対するベクトル比(|Z/r|)を2.5以下とすれば、カソードから発生したイオンを拡散させることなく、ワーク方向へ導くことが可能となる。これにより、基板電流密度を高めることが可能となり、密度が高い被膜を形成することができる。
【0040】
硬質被膜を成膜する際にチャンバー内に導入する炭化水素ガスは、特に限定されないが、メタン(CH4)、エタン(C26)、プロパン(C38)、ブタン(C410)、ペンタン(C512)、ヘキサン(C614)、ヘプタン(C716)、オクタン(C818)、ノナン(C920)、デカン(C1022)などのCnn+2の化学式で表記できるアルカン、エチレン(C24)、プロピレン(C36)、ブテン(C48)、ペンテン(C510)、ヘキセン(C612)などのCn2n(n≧2)の化学式で表記できるアルケン、アセチレン(C22)、プロピン(C34)などのCn2n(n≧2)の化学式で表記できるアルキン、及びベンゼン(C66)、トルエン(C65CH3)、ジメチルベンゼン(C6426)、トリメチルベンゼン(C6339)等の芳香族炭化水素等を用いることができる。これらの炭化水素は単独で用いてもよく、混合して用いてもよい。
【0041】
炭化水素ガスをアルゴン(Ar)により希釈して混合ガスとすることにより、放電が安定化し、[C−Ti]/([C−C]+[C−H])を変化させることが可能となる。Arの混合ガスに対する流量比(Ar/炭化水素)が高い方が硬質被膜の[C−Ti]/([C−C]+[C−H])が向上し、硬度も向上するため、Ar/炭化水素は、好ましくは2.0以上、より好ましくは2.3以上とする。成膜速度の観点からはAr/炭化水素を好ましくは4.0以下、より好ましくは3.5以下とする。
【0042】
図1には、硬質被膜112が中間層113を介して母材111の表面に形成されている例を示した。中間層113は、例えば母材111側から順次形成された金属層113A及び窒化金属層とすることができる。使用する金属は限定されないが、クロム又はチタンが好ましい。また、母材111側から順次形成されたCrN層とTiN層との積層体とすることもできる。
【0043】
母材111側に金属チタン層を設け、金属チタン層と硬質被膜112との間にTiN層を設けることにより硬質被膜112の密着性が向上する。
【0044】
硬質被膜112の厚さは、特に限定されないが、十分な耐摩耗性を得る観点から0.4μm以上とすることが好ましく、被膜の内部応力バランスを維持してより高い密着力を確保する観点から、4μm以下であることが好ましく、3μm以下であることがより好ましい。また、中間層113の厚さは、硬質被膜112の密着性をより高く維持する観点から、0.2μm〜2.0μm程度とすることが好ましく、0.5μm〜1.5μm程度とすることがより好ましい。
【0045】
なお、図1において硬質被膜112と、中間層113との境界を明確に記載しているが、製法及び膜厚等によっては、各層の境界が明確には特定できない場合もある。
【0046】
中間層113は、例えば先に述べた成膜装置により形成することができる。この場合、中間層113の形成に引き続き硬質被膜112の形成を行うことができる。先に述べた成膜装置において、ターゲットをチタンとし、チャンバー内に供給するガスをアルゴンとすれば金属Ti層を形成できる。チャンバー内に供給するガスを窒素ガスとすればTiN層を形成できる。ターゲットをクロムとし、チャンバー内に窒素ガスを導入すれば、CrN層を形成できる。
【0047】
なお、中間層113は、必要に応じて設ければよく、硬質被膜112を母材111の表面に直接形成することもできる。
【0048】
本実施形態の硬質被膜は、有機モリブデンを含む潤滑油が存在する環境において互いに摺動する一対の摺動部材の摺動面に形成することができる。一対の摺動面のそれぞれに硬質被膜が形成されていてもよく、摺動面の一方のみに硬質被膜が形成されていてもよい。摺動面のそれぞれに硬質被膜が形成されている場合には、双方に同一組成の硬質被膜が形成されていてもよく、互いに異なる組成の硬質被膜が形成されていてもよい。また、摺動部材の摺動面以外の部分にも硬質被膜が形成されていてもよい。
【0049】
本開示において、摺動部材とは摺動部分を有する機械部品を意味し、具体的には、バルブリフター、ピストンリング、ピストンピン、ピストンスカート、カムロブ、カムジャーナル、クランクシャフト、コネクティングロッド、ミッションギヤ、ミッションプライマリシャフト、ミッションセカンダリーシャフト、スプラインシャフト、フリクションプレート、セパレータープレート、クラッチハウジング、デファレンシャルギヤ、回転ベーン及びタイミングチェーン等に適用することができ、これらの2種類以上を対象としてもよい。
【0050】
なお、潤滑剤が存在する環境とは、一対の摺動面の界面に単分子層以上の厚さの潤滑剤の層が存在していればよい。界面の全体に潤滑剤が存在している場合だけでなく、界面の一部に潤滑剤が存在している場合も含む。また、少なくとも界面に潤滑剤が存在していれば、摺動面を有する摺動部材の一部又は全部が潤滑剤中に浸漬されている場合も含まれる。
【0051】
潤滑剤は、基油に有機モリブデン化合物を添加したものとすることができる。有機モリブデン化合物の添加量は、摩擦係数を確実に低下させる観点から、質量基準で好ましくは50ppm以上、より好ましくは200ppm以上であり、好ましくは2000ppm以下、より好ましくは1800ppm以下である。
【0052】
有機モリブデン化合物は、モリブデンジチオカーバメート(MoDTC)や、モリブデンジチオホスフェート(MoDTP)、モリブデンアミンコンプレックス等とすることができる。中でもMoDTCやMoDTPが好ましい。
【0053】
MoDTCとしては、硫化モリブデンジアルキルジチオカーバメートや硫化オキシモリブデンジアルキルジチオカーバメートが好ましい。これらの有機モリブデン化合物において、アルキル基は炭素数4〜18の分岐又は直鎖のアルキル基が好ましく、具体的にはブチル基、2−エチルヘキシル基、イソトリデシル基、ステアリル基などが好ましい。1分子中に存在するアルキル基は、同一であって異なっていてもよい。
【0054】
MoDTPとしては、硫化モリブデンジアルキルジチオホスフェート、硫化オキシモリブデンジアルキルジチオホスフェートが好ましい。これらの有機モリブデン化合物において、アルキル基は炭素数4〜18の分岐又は直鎖のアルキル基が好ましく、具体的にはブチル基、2−エチルヘキシル基、イソトリデシル基、ステアリル基などが好ましい。1分子中に存在するアルキル基は、同一であってもよく、異なっていてもよい。
【0055】
基油は鉱物油、合成油若しくは油脂又はこれらの混合物等の潤滑油として通常使用されるものであれば、種類を問わず使用することができる。より好ましくはエステルからなる油性材を含む油が望ましい。
【0056】
有機モリブデン含有潤滑剤は、摩擦調節剤としての有機モリブデン化合物に加えて、通常のエンジンオイルに用いられる添加剤、例えば酸化防止剤、清浄分散剤、粘度指数向上剤、防錆剤、消泡剤、油性向上剤、極圧添加剤などを含んでいてもよい。また、潤滑剤には半固体状のグリース等も含まれる。
【0057】
本実施形態においては、母材が摺動部材である例を示した。しかし、本実施形態の硬質被膜は、冷間プレス等に用いる金型のコーティングとして用いることもできる。
【実施例】
【0058】
(評価方法)
−組成解析−
被膜の組成は、X線光電子分光(XPS)装置(日本電子製:JPS-9020)を用いて測定した。XPS測定の条件は、試料に対する検出角度を90度とし、X線源にはAlを用い、X線照射エネルギーを100Wとした。1回の測定時間は0.2msとし、1つの試料について32回測定を行った。炭素中を進む光電子の非弾性平均自由工程を考慮すると、表面から9nmまでの範囲について測定されると考えられる。さらに、光電子は表面から深くなるにつれて脱出しにくくなり、光電子の検出は表面から深くなるほど減衰する。従って、今回測定された情報の50%は表面からおよそ1.5nmまでの最表層の情報で占められていると考えられる。
【0059】
XPS測定により得られた炭素1s(C1s)ピーク、酸素1s(O1s)及びチタン2p(Ti2p)ピーク面積の比率から、それぞれ膜に含まれる炭素(C)、酸素(O)及びチタン(Ti)のC、O及びTiの合計に対するモル比[C]、[O]及び[Ti]を求めた。また、C1sピークを、チタンと結合したC−Ti、炭素同士がsp3結合したsp3C−C及び炭素同士がsp2結合したsp2C−C、炭素と水素とがsp3結合したsp3C−H及び炭素と水素とがsp2結合したsp2C−H、炭素と酸素との一重結合(O−C単結合)の6つの成分にカーブフィッティングにより分解した。なお、炭素と酸素との二重結合(C=O二重結合)の成分は除外とした。
【0060】
カーブフィッティングにおいて、C−Tiの結合エネルギーは281.5eV、sp3C−Cの結合エネルギーは283.8eV、sp2C−Cの結合エネルギーは284.3eV、sp2C−Hの結合エネルギーは284.8eV、sp3C−Hの結合エネルギーは285.3eVとし、C−O単結合エネルギーは285.9eVとした。
【0061】
カーブフィッティングにより得られた各ピークの面積をC1sの全ピークの面積により割った値を、全炭素に対する各成分の組成比(モル比)とした。さらに、sp3C−Cの組成比とsp2C−Cの組成比との和をC−Cの組成比[C−C]/[C]とし、sp3C−Hの組成比とsp2C−Hの組成比との和をC−Hの組成比[C−H]/[C]とした。
【0062】
−物理特性−
被膜の硬度及び弾性率(ヤング率)は、ナノインデンテーション装置(Hysitron社製:TI-950 Triboindenter)により測定した。ダイヤモンドの圧子は稜線角が115°の三角錐のBerkovich型とし、ダイヤモンド圧子の押し込み深さを30nmから80nmとなるよう加重を変化させ、得られた荷重−変位曲線から硬度及び弾性率を算出した。
【0063】
−母材硬度−
被膜形成後の母材硬度はロックウェル試験機により測定した。ダイヤモンドの圧子は120°円錐形状であり、試験荷重は150kg(Cスケール)とした。
【0064】
−算術平均表面粗度−
算術平均表面粗度の測定には、粗さ測定器(Mitutoyo社製:SV-3200)を用いた。このとき評価長さを2.5mmとし、各サンプル3か所測定して得られた算術平均表面粗度Raの平均値を取得した。
【0065】
−SRV試験−
摩擦係数の測定には摩擦摩耗試験機(オリエンテック社製:EKM-III1010)を用いた。試験片の上に直径10mmのボールを置き、ボールに荷重をかけて摺動させた。ボールの材質はSUJ2とした。荷重は10N(ヘルツ面圧として1GPaに相当)とした。振幅1.0mm、周波数50Hzで、1800秒間摺動させた(摺動距離180m)。試験温度は120℃とした。潤滑剤は、グループIII鉱物油を基油とし、モリブデンジチオカルバメート(MoDTC)を1560ppmとなるように加えた。硬質被膜の比摩耗量測定は、走査型白色干渉計(ZYGO社製:New View 5032-2)を用い摩耗部の体積を測定し、摩擦摩耗試験の荷重と摺動距離で除して算出した。また、相手材の比摩耗量は、摩耗部を球欠と仮定し、摩耗痕の直径から算出される体積を、摩擦摩耗試験の荷重と摺動距離で除して算出した。
【0066】
−密着性−
膜の密着性は目視及び円錐状のダイヤモンド圧子を用いたロックウェル試験(HRC)の圧痕により評価した。目視、圧痕ともにクラック及び剥離が認められなかった場合を良好(○)、目視で5%未満の剥離又は圧痕にクラックが発生した場合をやや不良(△)、目視で5%以上の広範囲の剥離が認められたものを不良(×)とした。荷重は1470Nとした。
【0067】
−密度−
膜の密度は、SmartLab(株式会社リガク製)を用いたX線反射率測定(XRR)により測定した。このとき、X線発生部にCuを用い、出力は50kV、300mAとした。入射光学系にGe(111)非対称ビーム圧縮結晶を使用し、半導体検出器にて検出した。測定走査速度を0.2°/min、ステップ幅を0.002°とし、0.3〜3.0°の範囲で解析した。
【0068】
(実施例1)
まず、その表面がRa=0.03μm程度に鏡面仕上げされたSCr420(JIS G4053、ロックウェル硬度HRC60)からなる母材を準備した。この時、母材の焼入れ温度は930℃、焼き戻し温度は180℃とした。
【0069】
母材の表面に、カソーディックアークイオンプレーティング(CA)法を用いた成膜装置を用いて、アークイオンプレーティング法により被膜を形成した。具体的にはまず、成膜装置のワークホルダの上に、母材を載置した。ターゲットには純チタン(JIS2種)を用いた。続いて、チャンバー内を3×10-3Paまで減圧した。続いて、ガス導入口からアルゴン(Ar)ガスを供給しつつ、排気することによりチャンバー内の圧力を所定の圧力に維持し、ワークとチャンバーの間で放電させることにより、アルゴンボンバードを行い、母材の表面をクリーニングした。
【0070】
次に、中間層の形成を行った。まずアルゴンガスを導入し、圧力を1.0Paに維持した上で、チタンターゲット上でアーク放電を発生させた。ことのき、カソード電流は160Aとして、Ti層を形成した。続いて、ガスを窒素に変更し、カソード電流を140AとしてTiN層を形成した。
【0071】
中間層の成膜後に、排気工程を経て、チャンバー温度を100℃以下に冷却した後にTiC層を形成した。このとき、供給ガスをメタンガス(CH4)とアルゴンガス(Ar)との混合ガスとし、TiCからなる硬質被膜の形成を行った。Arのメタンガスに対する比Ar/CH4は2.63とし、圧力は3.0Paとした。
【0072】
得られたTi層の厚さは約0.1μmであり、TiN層の厚さは約0.3μmであり、硬質被膜の厚さは約0.5μmであった。成膜の際のカソード電流は140Aとした。基盤電圧は−350Vであった。プロセス温度は約150℃であった。
【0073】
得られた硬質被膜の組成比は、[Ti]が0.31、[C]が0.41、[O]が0.28であり、[C−Ti]/[C]が0.92、[sp3C−C]/[C]が0.09、[sp2C−C]/[C]が0.01未満、[sp3C−H]/[C]が0.01未満、[sp2C−H]/[C]が0.01未満、[C−O]/[C]が0.01未満であった。従って、[C−Ti]/([C−C]+[C−H])は、10.2であった。[C−C]/[C]は0.09、[C−H]/[C]は0.01未満、[sp2C−C]/[sp3C−C]は0.1未満、[C]/[Ti]は1.3であった。
【0074】
得られた硬質被膜の摩擦係数は0.09、硬質被膜の比摩耗量は4.4×10-11mm3/N・mmであり、相手材の比摩耗量は4.6×10-11mm3/N・mmであった。硬度は30GPa、弾性率は270GPaであった。被膜形成後の母材硬度は、HRC60.6であった。硬質被膜の密度は、3.8g/cm3であった。膜の密着性は良好であった。被膜の表面における算術平均表面粗度Raは0.03μmであった。
【0075】
(実施例2)
Ar/CH4を3.16とし、圧力を3.5Paとした以外は、実施例1と同様にして被膜の形成を行った。プロセス温度は約130℃であった。
【0076】
得られた硬質被膜の組成は、[Ti]が0.33、[C]が0.42、[O]が0.26であり、[C−Ti]/[C]が0.91、[sp3C−C]/[C]が0.06、[sp2C−C]/[C]が0.04、[sp3C−H]/[C]が0.01未満、[sp2C−H]/[C]が0.01未満、[C−O]/[C]が0.01未満であった。従って、[C−Ti]/([C−C]+[C−H])は、9.1であった。[C−C]/[C]は0.10、[C−H]/[C]は0.01未満、[sp2C−C]/[sp3C−C]は0.7未満、[C]/[Ti]は1.3であった。
【0077】
得られた硬質被膜の摩擦係数は0.11、硬質被膜の比摩耗量は1.6×10-11mm3/N・mmであり、相手材の比摩耗量は1.3×10-10mm3/N・mmであった。硬度は28GPa、弾性率は250GPaであった。被膜形成後の母材硬度は、HRC59.9であった。硬質被膜の密度は、3.8g/cm3であった。膜の密着性は良好であった。被膜の表面における算術平均表面粗度Raは0.05μmであった。
【0078】
(比較例1)
Ar/CH4を1.30とし、圧力を3.5Pa、基盤電圧を−100Vとした以外は、実施例1と同様にして被膜の形成を行った。プロセス温度は約130℃であった。
【0079】
得られた硬質被膜の組成は、[Ti]が0.33、[C]が0.44、[O]が0.23であり、[C−Ti]/[C]が0.72、[sp3C−C]/[C]が0.12、[sp2C−C]/[C]が0.14、[sp3C−H]/[C]が0.01未満、[sp2C−H]/[C]が0.02、[C−O]/[C]が0.01未満であった。従って、[C−Ti]/([C−C]+[C−H])は、2.6であった。[C−C]/[C]は0.26、[C−H]/[C]は0.02、[sp2C−C]/[sp3C−C]は1.2、[C]/[Ti]は1.3であった。
【0080】
得られた硬質被膜の摩擦係数は0.11、硬質被膜の比摩耗量は1.2×10-10mm3/N・mmであり、相手材の比摩耗量は2.1×10-11mm3/N・mmであった。硬度は8GPa、弾性率は130GPaであった。被膜形成後の母材硬度は、HRC61.3であった。硬質被膜の密度は、2.9g/cm3であった。膜の密着性はやや不良であった。被膜の表面における算術平均表面粗度Raは0.04μmであった。
【0081】
(比較例2)
Ar/CH4を1.32とし、圧力を3.5Paとした以外は、実施例1と同様にして被膜の形成を行った。プロセス温度は約150℃であった。
【0082】
得られた硬質被膜の組成は、[Ti]が0.30、[C]が0.40、[O]が0.30であり、[C−Ti]/[C]が0.69、[sp3C−C]/[C]が0.19、[sp2C−C]が0.10、[sp3C−H]が0.01未満、[sp2C−H]/[C]が0.02、[C−O]/[C]が0.01未満であった。従って、[C−Ti]/([C−C]+[C−H])は、2.2であった。[C−C]/[C]は0.29、[C−H]/[C]は0.02、[sp2C−C]/[sp3C−C]は0.5、[C]/[Ti]は1.3であった。
【0083】
得られた硬質被膜の摩擦係数0.10は、硬質被膜の比摩耗量は1.3×10-10mm3/N・mmであり、相手材の比摩耗量は6.7×10-11mm3/N・mmであった。硬度は22GPa、弾性率は200GPaであった。被膜形成後の母材硬度は、HRC60.7であった。膜の密着性は不良であった。
【0084】
(比較例3)
Ar/CH4を1.22とし、基盤電圧を−150Vとした以外は、実施例1と同様にして被膜の形成を行ったプロセス温度は約90℃であった。
【0085】
得られた硬質被膜の組成は、[Ti]が0.37、[C]が0.46、[O]が0.17であり、[C−Ti]/[C]が0.95、[sp3C−C]/[C]が0.03、[sp2C−C]/[C]が0.02、[sp3C−H]/[C]が0.01未満、[sp2C−H]/[C]が0.01未満、[C−O]/[C]が0.01未満であった。従って、[C−Ti]/([C−C]+[C−H])は、19.0であった。[C−C]/[C]は0.05、[C−H]/[C]は0.01未満、[sp2C−C]/[sp3C−C]は0.5、[C]/[Ti]は1.2であった。
【0086】
得られた硬質被膜の摩擦係数は0.11、硬質被膜の比摩耗量は3.6×10-11mm3/N・mmであり、相手材の比摩耗量は2.6×10-10mm3/N・mmであった。硬度は30GPa、弾性率は250GPaであった。被膜形成後の母材硬度は、HRC60.5であった。膜の密着性はやや不良であった。被膜の表面における算術平均表面粗度Raは0.05μmであった。
【0087】
(比較例4)
Ar/CH4を1.35とし、圧力を3.5Paとし、基板電圧を−200Vとした以外は、実施例1と同様にして被膜の形成を行った。プロセス温度は約120℃であった。
【0088】
得られた硬質被膜の組成は、[Ti]が0.32、[C]が0.40、[O]が0.28であり、[C−Ti]/[C]が0.75、[sp3C−C]/[C]が0.14、[sp2C−C]/[C]が0.10、[sp3C−H]/[C]が0.01未満、[sp2C−H]/[C]が0.02、[C−O]/[C]が0.01未満であった。従って、[C−Ti]/([C−C]+[C−H])は、2.9であった。[C−C]/[C]は0.24、[C−H]/[C]は0.02、[sp2C−C]/[sp3C−C]は0.8未満、[C]/[Ti]は1.3であった。
【0089】
得られた硬質被膜の摩擦係数は0.11、硬質被膜の比摩耗量は2.4×10-10mm3/N・mmであり、相手材の比摩耗量は6.0×10-11mm3/N・mmであった。硬度は17GPa、弾性率は200GPaであった。被膜形成後の母材硬度は、HRC62.3であった。膜の密着性は不良であった。
【0090】
(比較例5)
中間層をTiN層のみとし、Ar/CH4を2.70とし、基盤電圧を−400Vとし、成膜中の排気冷却を行わなかった以外は、実施例1と同様にして被膜の形成を行った。プロセス温度は約190℃であった。
【0091】
得られた硬質被膜の摩擦係数は0.10、比摩耗量は4.5×10-12mm3/N・mmであり、相手材の比摩耗量は1.8×10-11mm3/N・mmであった。硬度は30GPa、弾性率は250GPaであった。被膜形成後の母材硬度は、HRC52.2であった。膜の密着性は良好であった。
【0092】
(比較例6)
Ar/CH4を3.78とし、圧力を4.0Paとした以外は、実施例1と同様にして被膜の形成を行った。プロセス温度は約150℃であった。
【0093】
得られた硬質被膜の硬度は30GPa、弾性率は250GPaであった。膜の密着性は不良であった。
【0094】
(比較例7)
Ar/CH4を2.56とし、基盤電圧を−100Vとした以外は、実施例1と同様にして被膜の形成を行った。プロセス温度は約120℃であった。
【0095】
得られた硬質被膜の組成は、[Ti]が0.35、[C]が0.44、[O]が0.21であり、[C−Ti]/[C]が0.96、[sp3C−C]/[C]が0.04、[sp2C−C]/[C]が0.01未満、[sp3C−H]/[C]が0.01未満、[sp2C−H]/[C]が0.01未満、[C−O]/[C]が0.01未満であった。従って、[C−Ti]/([C−C]+[C−H])は、24.0であった。[C−C]/[C]は0.04、[C−H]/[C]は0.01未満、[sp2C−C]/[sp3C−C]は0.3未満、[C]/[Ti]は1.3であった。
【0096】
得られた硬質被膜の硬度は28GPa、弾性率は250GPaであった。膜の密着性は不良であった。
【0097】
(比較例8)
Ar/CH4を1.25とした以外は、実施例1と同様にして被膜の形成を行った。プロセス温度は約130℃であった。
【0098】
得られた硬質被膜の硬度は25GPa、弾性率は240GPaであった。膜の密着性は不良であった。
【0099】
(比較例9)
Ar/CH4を1.03とし、圧力を2.7Paとした。また、基盤電圧を−200Vとし、成膜中のカソード電流は160Aとした。中間層はTiN−TiCN積層構造とし、成膜中はヒーター加熱を実施し、排気冷却は実施しなかった。それ以外は、実施例1と同様にして被膜の形成を行った。プロセス温度は約460℃であった。
【0100】
得られた硬質被膜の組成は、[Ti]が0.34、[C]が0.47、[O]が0.19であり、[C−Ti]/[C]が0.59、[sp3C−C]/[C]が0.01、[sp2C−C]/[C]が0.06、[sp3C−H]/[C]が0.10、[sp2C−H]/[C]が0.19、[C−O]/[C]が0.06であった。従って、[C−Ti]/([C−C]+[C−H])は、1.7であった。[C−C]/[C]は0.07、[C−H]/[C]は0.28、[sp2C−C]/[sp3C−C]は5.2、[C]/[Ti]は1.4であった。
【0101】
得られた硬質被膜の摩擦係数は0.12、比摩耗量は1.9×10-11mm3/N・mmであり、相手材の比摩耗量は1.3×10-9mm3/N・mmであった。硬度は40GPa、弾性率は350GPaであった。被膜形成後の母材硬度は、HRC42.5であった。硬質被膜の密度は、4.7g/cm3であった。膜の密着性は良好であった。
【0102】
(比較例10)
化学気相堆積(CVD)法により、硬質被膜を形成した。具体的には、装置内を1000℃に加熱した後、常圧下にてTiCl4、H2ガスを導入した混合ガス雰囲気下で母材の表面へコーティングを施した。プロセス温度は1000℃以上であった。
【0103】
得られた硬質被膜の組成は、[Ti]が0.34、[C]が0.48、[O]が0.19であり、[C−Ti]/[C]が0.65、[sp3C−C]/[C]が0.04、[sp2C−C]/[C]が0.09、[sp3C−H]/[C]が0.03、[sp2C−H]/[C]が0.15、[C−O]/[C]が0.04であった。従って、[C−Ti]/([C−C]+[C−H])は、2.1であった。[C−C]/[C]は0.13、[C−H]/[C]は0.18、[sp2C−C]/[sp3C−C]は2.1、[C]/[Ti]は1.4であった。
【0104】
得られた硬質被膜の硬度は38GPa、弾性率は340GPaであった。硬質被膜の密度は、4.0g/cm3であった。膜の密着性は良好であった。
【0105】
各実施例及び比較例における評価結果を表1及び表2にまとめて示す。
【0106】
【表1】
【0107】
【表2】
【産業上の利用可能性】
【0108】
本開示に係る硬質被膜は、有機モリブデン化合物を含む潤滑剤の存在下においても、低摩擦性及び耐摩耗性を容易に実現でき、摺動部材等として有用である。
【符号の説明】
【0109】
101 摺動面
102 潤滑剤
111 母材
112 硬質被膜
113 中間層
図1