【実施例】
【0056】
次に、実施例により本発明をさらに詳細に説明する。なお、本発明は以下の実施例により限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において種々の改良及び設計の変更を行ってよい。
【0057】
(評価方法)
−水素濃度−
DLC膜に含まれる水素の濃度は、高分解弾性反跳粒子検出法(High Resolution-Elastic Recoil Detection Analysis、HR−ERDA)により測定した。測定には神戸製鋼所製の高分解能RBS分析装置HRBS500を用いた。試料面の法線に対して70度の角度でN
2+イオンを試料に照射し、偏光磁場型エネルギー分析器により反跳された水素イオンを検出した。入射イオンは1原子核あたりのエネルギーを240KeVとした。水素イオンの散乱角は30度とした。イオンの照射量はビーム経路にて振り子を振動させ、振り子に照射された電流量を測定することにより求めた。試料電流は約2nAであり、照射量は約0.3μCであった。
【0058】
得られたデータに対して水素ピークにおける高エネルギー側のエッジの中点を基準として横軸のチャネルを反跳イオンのエネルギーに変換する処理及びシステムのバックグラウンドを差し引く処理を行った。処理後のデータについてシミュレーションフィッテングを行い、表面から12nmまでの範囲について水素のデプスプロファイルを求めた。さらに、DLC膜に含まれる全原子に対する水素原子の割合(at%)に換算した。この際に試料の構成元素は炭素と水素のみであると仮定した。デプスプロファイルの横軸をnm単位に換算する際には、DLC膜の密度はグラファイトの密度(2.25g/cm
3)であるとした。定量値は、スパッタリング法により形成した既知濃度のDLC膜を測定することにより校正した。また、最表面に炭化水素からなる汚染層の存在を仮定した。汚染層の密度はパラフィンの密度(0.89g/cm
3)とした。
【0059】
−組成解析−
DLC膜組成はX線光電子分光(XPS)測定により評価した。XPS測定には日本電子社製JPS−9010を用いた。XPS測定の条件は、試料に対する検出角度を90度とし、X線源にはAlを用い、X線照射エネルギーを100Wとした。1回の測定時間は0.2msとし、1つの試料について32回測定を行った。炭素中を進む光電子の非弾性平均自由工程を考慮すると、表面から9nmまでの範囲について測定されると考えられる。さらに、光電子は表面から深くなるにつれて脱出しにくくなり、光電子の検出は表面から深くなるほど減衰する。従って、今回測定された情報の50%は表面からおよそ1.5nmまでの最表層の情報で占められていると考えられる。
【0060】
XPS測定により得られた炭素1s(C1s)ピークを、炭素同士がsp
3結合したsp
3C−C及び炭素同士がsp
2結合したsp
2C−C、炭素と水素とがsp
3結合したsp
3C−H及び炭素と水素とがsp
2結合したsp
2C−Hの4つの成分にカーブフィッティングにより分解した。sp
3C−Cの結合エネルギーは283.8eV、sp
2C−Cの結合エネルギーは284.3eV、sp
3C−Hの結合エネルギーは284.8eV、sp
2C−Hの結合エネルギーは285.3eVとし、C−O単結合エネルギーは285.9eVとした。
【0061】
カーブフィッティングにより得られた各ピークの面積をC1sの全ピークの面積により割った値を、全炭素に対する各成分の組成比(モル比)とした。sp
3C−Cの組成比([sp
3C−C]/[C])とsp
3C−Hの組成比([sp
3C−H]/[C])との和をsp
3混成軌道を形成している結合の存在比[sp
3]とし、sp
2C−Cの組成比([sp
2C−C]/[C])とsp
2C−Hの組成比([sp
2C−H]/[C])との和をsp
2混成軌道を形成している結合の存在比[sp
2]とした。
【0062】
−I
D/I
Gの測定−
また、DLC膜中のグラファイト成分(G)に対する欠陥(D)の比率(I
D/I
G)はラマン分光光度計の測定により評価した。ラマン分光測定にはナノフォトン社製Raman−11を用いた。ラマン分光の測定条件はレーザー強度を0.2mW、露光時間を30秒/ショットとした。
【0063】
−密度の測定−
XRR装置(リガク社製、SmartLab)を用いてDLC膜の密度を測定した。XRRの測定条件はX線発生部の対陰極にCuを用いて、出力45kV、200mAとし、走査条件として走査軸2θ/ω、走査速度0.2°/min、解析範囲を0.3°〜3.0°とした。
【0064】
−物理特性−
被膜の硬度及び弾性率(ヤング率)は、ナノインデンテーション装置(Hysitron社製:TI-950 Triboindenter)により測定した。ダイヤモンドの圧子は稜線角が115°の三角錐のBerkovich型とし、ダイヤモンド圧子の押し込み加重を2600μNとして荷重−変位曲線を求め、得られた荷重−変位曲線から硬度及び弾性率を算出した。
【0065】
−母材硬度−
被膜形成後の母材硬度はロックウェル試験機により測定した。ダイヤモンドの圧子は120°円錐形状であり、試験荷重は150kg(Cスケール)とした。
【0066】
−膜厚−
被膜の膜厚は、分光光度計(大塚電子社製:MCPD−9800)により測定した。対象サンプル上方から光を入射させて、膜の表面で反射した光と、膜を透過して基板で反射した光の位相のずれによって起こる光干渉現象を測定した。得られた反射スペクトルと屈折率から膜厚を演算した。
【0067】
−密着性−
被膜の密着性は、ロックウェル圧痕密着試験(ミツトヨ社製:HR−523)により評価した。評価条件は、Cスケール、全試験力保持時間5secとした。また、断面の状態を電子ビーム加工観察装置(日立ハイテクノロジーズ社製:NB5000)により薄膜加工し、電界放出形透過電子顕微鏡(日本電子社製:JEM−2100F)により観察し、混合層の厚さを測定した。観察時の加速電圧は200kVとし、圧力は5×10
-6Paとした。
【0068】
−SRV試験−
測定には摩擦磨耗試験機(OPTIMOL社製:SRV4BASIC OSCILLATION SYSTEM)を用いた。試験片の上に直径10mmのボールを置き、ボールに荷重をかけて摺動させた。ボールの材質を高炭素クロム軸受鋼鋼材(SUJ2)とした場合には、荷重を10N(ヘルツ面圧として1GPaに相当)とした。振幅1.0mm、周波数50Hzで、1800秒間摺動させた(摺動距離180m)。試験温度は120℃とした。潤滑剤は、グループIII鉱物油を基油として用いた。基油のみ及び基油に有機モリブデン化合物としてモリブデンジチオカルバメート(MoDTC)を1560ppmとなるように加えたものについて評価した。
【0069】
潤滑剤に有機モリブデン化合物を添加した場合について、SRV試験を行った試験片をアセトンとトルエンが混合されたスプレーを噴霧して表面を洗浄した後、表面の状態を走査型白色干渉計(zygo社製:New View5032-2)により観察した。さらに、試験後の試料を電子線マイクロアナライザ(EPMA、日本電子製、JXA-8500FS)を用いて、表面におけるモリブデン及びイオウの存在の有無を確認した。測定の際に電子線の加速電圧は15kVとし、プローブ電流は2.0×10
-8Aとした。
【0070】
摩擦係数及び摩耗量については、ボールの材質をタフピッチ銅(C1100)とした場合及び、アルミニウム合金(A5052)とした場合についても同様の条件で測定した。
【0071】
(実施例1)
まず、その表面がRa=0.03μm程度に鏡面仕上げされたSCr420(JIS G4053、ロックウェル硬度HRC60)からなる母材を準備した。この時、母材の焼入れ温度は930℃、焼き戻し温度は180℃とした。
【0072】
次に、カソーディックアークイオンプレーティング(CA)法により、DLC膜を形成した。具体的にはまず、先に述べた|X/r|が1となるようにセッティングした成膜装置のワークホルダの上に、母材を転置した。ターゲットには純チタン(JIS2種)と炭素を用いた。続いて、チャンバ内を3×10
−3Paまで減圧した。続いて、ガス導入口からアルゴン(Ar)ガスを供給しつつ、熱フィラメントより発生した熱電子をアルゴンガスへ衝突させ、生成したアルゴンイオンを、ワークへ衝突させることにより、アルゴンボンイオンバードを行い、母材の表面をクリーニングした。
【0073】
次に、中間層の形成を行った。まず、純チタンをアーク放電により昇華させてチタンイオンを形成し、ワークへ引き込んで、Ti層からなる中間層を形成した。続いて、炭素をアーク放電により昇華させて炭素イオンを形成し、硬質炭素被膜層を形成した。
【0074】
中間層の成膜後に供給ガスをアルゴンガス(Ar)とし、硬質被膜の形成を行った。チャンバ内の圧力は0.2Paとした。得られたTi層の厚さは約0.2μmであった。
【0075】
成膜の際に、ターゲットの中心からターゲットの外周部までの最短距離D1に対する、ターゲットの中心からノズルオリフィスの中心までの距離D2の比D2/D1を4とした。成膜の際のカソード電流は10Aとした。基盤電圧は−60Vであった。成膜中に排気冷却は特に行わず、プロセス温度は約140℃であった。
【0076】
[sp
3C−C]/[C]は0.11、[sp
3C−H]/[C]は0.21、[sp
2C−C]/[C]は0.27、[sp
2C−H]/[C]は0.25、[C−O]/[C]は0.17であった。従って[sp
3]は0.32であり、[sp
2]は0.52であり、[sp
2]/[sp
3]は1.6であった。また、I
D/I
Gは0.59、密度は2.5g/cm
3であった。
【0077】
得られたDLC膜の硬度は39GPa、弾性率は279GPa、膜厚は1.2μmであった。DLC膜形成後の母材硬度はHRC62であった。
【0078】
ボールがSUJ2の場合の摩擦係数及び比摩耗量は、基油のみの場合は0.13及び2.4×10
-11mm
3/N・mmであり、有機モリブデン化合物を添加した場合は0.092及び3.9×10
-11mm
3/N・mmであった。ボールの材質がタフピッチ銅の場合の摩擦係数及び比摩耗量は、有機モリブデン化合物を添加した場合0.11及び7.6×10
-11mm
3/N・mmであった。ボールの材質がアルミニウム合金の場合の摩擦係数及び比摩耗量は、有機モリブデン化合物を添加した場合0.094及び7.9×10
-11mm
3/N・mmであった。
【0079】
(実施例2)
カソード電流を45Aした以外は実施例1と同様にしてDLC膜を形成した。
【0080】
得られたDLC膜の水素濃度は、3.5原子%であった。[sp
3C−C]/[C]は0.10、[sp
3C−H]/[C]は0.23、[sp
2C−C]/[C]は0.24、[sp
2C−H]/[C]は0.28、[C−O]/[C]は0.16であった。従って[sp
3]は0.33であり、[sp
2]は0.52であり、[sp
2]/[sp
3]は1.6となった。また、I
D/I
Gは0.61、密度は2.2g/cm
3であった。
【0081】
得られたDLC膜の硬度は47GPa、弾性率は385GPa、膜厚は2.8μmであった。DLC膜形成後の母材硬度はHRC61であった。
【0082】
ボールがSUJ2の場合の摩擦係数及び比摩耗量は、基油のみの場合は0.12及び6.6×10
-11mm
3/N・mmであり、有機モリブデン化合物を添加した場合は0.089及び2.0×10
-11mm
3/N・mmであった。ボールの材質がタフピッチ銅の場合の摩擦係数及び比摩耗量は、基油のみの場合は0.15及び1.1×10
-11mm
3/N・mmであり、有機モリブデン化合物を添加した場合は0.098及び5.0×10
-11mm
3/N・mmであった。ボールの材質がアルミニウム合金の場合の摩擦係数及び比摩耗量は、基油のみの場合は、0.11及び6.7×10
-11mm/N・mmであり、有機モリブデン化合物を添加した場合は0.091及び6.8×10
-11mm
3/N・mmであった。
【0083】
図5に示すように、モリブデンとイオウとがほぼ同じ位置に存在していることが確認できた。
【0084】
(実施例3)
カソード電流を60Aした以外は実施例1と同様にしてDLC膜を形成した。
【0085】
得られたDLC膜の水素濃度は、4.7原子%であった。[sp
3C−C]/[C]は0.11、[sp
3C−H]/[C]は0.23、[sp
2C−C]/[C]は0.22、[sp
2C−H]/[C]は0.27、[C−O]/[C]は0.18であった。従って[sp
3]は0.34であり、[sp
2]は0.49であり、[sp
2]/[sp
3]は1.4となった。また、I
D/I
Gは0.70、密度は2.4g/cm
3であった。
【0086】
得られたDLC膜の硬度は50GPa、弾性率は379GPa、膜厚は3.5μmであった。DLC膜形成後の母材硬度はHRC61であった。
【0087】
ボールがSUJ2の場合の摩擦係数及び比摩耗量は、基油のみの場合は0.13及び1.0×10
-11mm
3/N・mmであり、有機モリブデン化合物を添加した場合は0.096及び1.9×10
-11mm
3/N・mmであった。ボールの材質がタフピッチ銅の場合の摩擦係数及び比摩耗量は、有機モリブデン化合物を添加した場合0.11及び5.2×10
-11mm
3/N・mmであった。ボールの材質がアルミニウム合金の場合の摩擦係数及び比摩耗量は、有機モリブデン化合物を添加した場合0.092及び5.6×10
-11mm
3/N・mmであった。
【0088】
SRV試験を行った後の試料について、EPMA測定を行ったところ、
図6に示すように、モリブデンとイオウとがほぼ同じ位置に存在していることが確認できた。
【0089】
(比較例1)
基盤電圧を−120Vとした以外は実施例1と同様にしてDLC膜を形成した。
【0090】
得られたDLC膜の水素濃度は、3.3原子%であった。[sp
3C−C]/[C]は0.13、[sp
3C−H]/[C]は0.19、[sp
2C−C]/[C]は0.26、[sp
2C−H]/[C]は0.23、[C−O]/[C]は0.19であった。従って[sp
3]は0.32であり、[sp
2]は0.49であり、[sp
2]/[sp
3]は1.5となった。また、I
D/I
Gは0.78、密度は2.4g/cm
3であった。
【0091】
得られたDLC膜の硬度は21GPa、弾性率は162GPa、膜厚は3.0μmであった。DLC膜形成後の母材硬度はHRC59であった。
【0092】
ボールがSUJ2の場合の摩擦係数及び比摩耗量は、基油のみの場合0.15及び1.8×10
-11mm
3/N・mmであり、有機モリブデン化合物を添加した場合0.10及び5.1×10
-11mm
3/N・mmであった。
【0093】
(比較例2)
供給ガスにメタンを60sccm添加した以外は実施例1と同様にしてDLC膜を形成した。
【0094】
得られたDLC膜の水素濃度は、9.1原子%であった。[sp
3C−C]/[C]は0.13、[sp
3C−H]/[C]は0.15、[sp
2C−C]/[C]は0.29、[sp
2C−H]/[C]は0.29、[C−O]/[C]は0.14であった。従って[sp
3]は0.28であり、[sp
2]は0.58であり、[sp
2]/[sp
3]は2.1となった。また、I
D/I
Gは0.48、密度は2.0g/cm
3であった。
【0095】
得られたDLC膜の硬度は48GPa、弾性率は327GPa、膜厚は2.7μmであった。DLC膜形成後の母材硬度はHRC60であった。
【0096】
ボールがSUJ2の場合の摩擦係数及び比摩耗量は、基油のみの場合0.17及び1.2×10
-11mm
3/N・mmであり、有機モリブデン化合物を添加した場合0.10及び8.9×10
-11mm
3/N・mmであった。
【0097】
(比較例3)
供給ガスにメタンを150sccm添加した以外は実施例1と同様にしてDLC膜を形成した。
【0098】
得られたDLC膜の水素濃度は、11.3原子%であった。[sp
3C−C]/[C]は0.10、[sp
3C−H]/[C]は0.17、[sp
2C−C]/[C]は0.28、[sp
2C−H]/[C]は0.31、[C−O]/[C]は0.14であった。従って[sp
3]は0.27であり、[sp
2]は0.59であり、[sp
2]/[sp
3]は2.2となった。また、I
D/I
Gは0.64、密度は1.6g/cm
3であった。
【0099】
得られたDLC膜の硬度は31GPa、弾性率は220GPa、膜厚は0.64μmであった。DLC膜形成後の母材硬度はHRC59であった。
【0100】
ボールがSUJ2の場合の摩擦係数及び比摩耗量は、基油のみの場合0.16及び2.3×10
-11mm
3/N・mmであり、有機モリブデン化合物を添加した場合0.10及び1.3×10
-10mm
3/N・mmであった。
【0101】
SRV試験を行った後の試料について、EPMA測定を行ったところ、モリブデン及びイオウの存在は確認できなかった。
【0102】
(比較例4)
商用の成膜サービスによりDLC膜を形成した。成膜方法はカソーディックアークイオンプレーティング法であり、中間層はクロムであった。DLC膜形成後の母材硬度はHRC56であった。
【0103】
得られたDLC膜の水素濃度は、3.4原子%であった。[sp
3C−C]/[C]は0.10、[sp
3C−H]/[C]は0.24、[sp
2C−C]/[C]は0.20、[sp
2C−H]/[C]は0.29、[C−O]/[C]は0.18であった。従って[sp
3]は0.34であり、[sp
2]は0.49であり、[sp
2]/[sp
3]は1.4となった。また、I
D/I
Gは0.35、密度は2.9g/cm
3であった。
【0104】
得られたDLC膜の硬度は34GPa、弾性率は327GPa、膜厚は0.18μmであった。
【0105】
ボールがSUJ2の場合の摩擦係数及び比摩耗量は、基油のみの場合は0.15及び2.7×10
-11mm
3/N・mmであり、有機モリブデン化合物を添加した場合は0.097及び3.6×10
-11mm
3/N・mmであった。ボールの材質がタフピッチ銅の場合の摩擦係数及び比摩耗量は、有機モリブデン化合物を添加した場合0.12及び7.7×10
-11mm
3/N・mmであった。ボールの材質がアルミニウム合金の場合の摩擦係数は、有機モリブデン化合物を添加した場合0.12及び1.7×10
-10mm
3/N・mmであった。
【0106】
SRV試験を行った後の試料について、EPMA測定を行ったところ、
図7に示すように、イオウは存在していたが、モリブデンはほとんど存在していなかった。
【0107】
(比較例5)
スパッタリング法によりDLC膜を形成した。成膜条件は、ガス導入口からアルゴン(Ar)ガスを供給しつつ、熱フィラメントより発生した熱電子をアルゴンガスへ衝突させ、生成したアルゴンイオンを、ワークへ衝突させることにより、アルゴンボンイオンバードを行い、母材の表面をクリーニングした。
【0108】
次に、中間層の形成を行った。まずフィラメントから熱電子を発生させて、テトラメチルシラン分子に衝突させてイオン化し、イオンをワークへ引き込むことでSiC層を形成した。続いて、炭素原料にアルゴンイオンとメタンイオンを衝突させて、スパッタリングにより飛び出させて、ワークへ引き込み、硬質炭素被膜層を形成した。
【0109】
中間層の成膜後に供給ガスをアルゴン(Ar)とし、硬質被膜の形成を行った。チャンバ内の圧力は0.5Paとした。
【0110】
得られたDLC膜の水素濃度は、0.9原子%であった。[sp
3C−C]/[C]は0.16、[sp
3C−H]/[C]は0.13、[sp
2C−C]/[C]は0.25、[sp
2C−H]/[C]は0.25、[C−O]/[C]は0.21であった。従って[sp
3]は0.29であり、[sp
2]は0.50であり、[sp
2]/[sp
3]は1.7となった。また、I
D/I
Gは0.89、密度は1.9g/cm
3であった。
【0111】
得られたDLC膜の硬度は25GPa、弾性率は181GPa、膜厚は0.9μmであった。
【0112】
ボールがSUJ2の場合の摩擦係数及び比摩耗量は、基油のみの場合0.15及び2.4×10
-12mm
3/N・mmであり、有機モリブデン化合物を添加した場合0.095及び1.7×10
-10mm
3/N・mmであった。
【0113】
SRV試験を行った後の試料について、EPMA測定を行ったところ、
図8に示すように、イオウ及びモリブデンはほとんど存在していなかった。
【0114】
(比較例6)
CVD法によりDLC膜を形成した。成膜条件は、ガス導入口からアルゴン(Ar)ガスを供給しつつ、熱フィラメントより発生した熱電子をアルゴンガスへ衝突させ、生成したアルゴンイオンを、ワークへ衝突させることにより、アルゴンボンイオンバードを行い、母材の表面をクリーニングした。チャンバ内の圧力は0.2Paとし、フィラメント電流は30Aとした。
【0115】
次に、中間層の形成を行った。まずフィラメントから熱電子を発生させて、テトラメチルシラン分子に衝突させてイオン化し、イオンをワークへ引き込むことでSiC層を形成した。チャンバ内の圧力は0.2Paとし、フィラメント電流は30Aとした。続いて、ベンゼンガスに熱電子を衝突させて、メタンイオン等を生成させて、ワークへ引き込み、硬質炭素被膜層を形成した。
【0116】
中間層の成膜後に供給ガスをベンゼン(C
6H
6)とし、硬質被膜の形成を行った。チャンバ内の圧力は0.3Paとし、フィラメント電流は30Aとした。
【0117】
得られたDLC膜の水素濃度は、14原子%であった。[sp
3C−C]/[C]は0.17、[sp
3C−H]/[C]は0.13、[sp
2C−C]/[C]は0.35、[sp
2C−H]/[C]は0.30、[C−O]/[C]は0.05であった。従って[sp
3]は0.30であり、[sp
2]は0.65であり、[sp
2]/[sp
3]は2.2となった。
【0118】
得られたDLC膜の硬度は27GPa、弾性率は210GPa、膜厚は1.1μmであった。
【0119】
ボールがSUJ2の場合の摩擦係数及び比摩耗量は、基油のみの場合0.073及び6.7×10
-11mm
3/N・mmであり、有機モリブデン化合物を添加した場合0.093及び2.0×10
-10mm
3/N・mmであった。
【0120】
(比較例7)
DLC膜を形成していない母材について、摩擦係数を測定した。ボールがSUJ2の場合の摩擦係数及び比摩耗量は、基油のみの場合は0.17及び3.7×10
-11mm
3/N・mmであり、有機モリブデン化合物を添加した場合は0.11及び5.7×10
-11mm
3/N・mmであった。ボールの材質がタフピッチ銅の場合の摩擦係数及び比摩耗量は、基油のみの場合は0.16及び8.2×10
-12mm
3/N・mmであり、有機モリブデン化合物を添加した場合は0.19及び5.4×10
-10mm
3/N・mmであった。ボールの材質がアルミニウム合金の場合の摩擦係数及び比摩耗量は、基油のみの場合は0.19及び6.2×10
-10mm
3/N・mm、有機モリブデン化合物を添加した場合は0.13及び2.7×10
-10mm
3/N・mmであった。
【0121】
SRV試験を行った後の試料について、EPMA測定を行ったところ、モリブデン及びイオウの存在は確認できなかった。
【0122】
表1及び表2に各実施例及び比較例についてまとめて示す。
【0123】
【表1】
【0124】
【表2】
【0125】
図9には、実施例2及び比較例3〜7についてSRV試験を行った後の試料の表面を操作プローブ顕微鏡により観察した結果を示す。実施例2においては、ボールを摺動させた位置において表面に吸着している物質が認められ、表面に大きなくぼみ等は認められない。一方、比較例3〜7においては、表面に吸着している物質はほとんど認められない。特に、比較例3、5及び6においては摩耗が激しく大きなくぼみが形成されていた。これは、モリブデン及びイオウの表面への吸着の有無を示すEPMA測定の結果とよく一致している。
【0126】
図10には、実施例2及び比較例4について、断面を観察した結果を示している。実施例2については中間層113と硬質被膜112との間の全体に亘って厚さが10nm〜20nm程度の混合層115が観察された。一方、比較例4においては、界面の極一部にしか混合層は認められず、その厚さも3nm未満であった。