特許第6883845号(P6883845)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 学校法人早稲田大学の特許一覧

<>
  • 特許6883845-アストロサイト分化促進用組成物 図000022
  • 特許6883845-アストロサイト分化促進用組成物 図000023
  • 特許6883845-アストロサイト分化促進用組成物 図000024
  • 特許6883845-アストロサイト分化促進用組成物 図000025
  • 特許6883845-アストロサイト分化促進用組成物 図000026
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6883845
(24)【登録日】2021年5月13日
(45)【発行日】2021年6月9日
(54)【発明の名称】アストロサイト分化促進用組成物
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/365 20060101AFI20210531BHJP
   A61P 25/00 20060101ALI20210531BHJP
   A61K 36/9066 20060101ALI20210531BHJP
   A23L 33/105 20160101ALI20210531BHJP
   A23L 33/10 20160101ALI20210531BHJP
   A61P 9/10 20060101ALI20210531BHJP
【FI】
   A61K31/365
   A61P25/00
   A61K36/9066
   A23L33/105
   A23L33/10
   A61P9/10
【請求項の数】4
【全頁数】16
(21)【出願番号】特願2017-52840(P2017-52840)
(22)【出願日】2017年3月17日
(65)【公開番号】特開2018-154589(P2018-154589A)
(43)【公開日】2018年10月4日
【審査請求日】2019年11月28日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 日本農芸化学会2017年度大会講演会要旨集(2017年3月5日公開)において、講演番号:2A06p08「食品由来の神経分化調節活性化合物の探索」についてオンラインで公開
(73)【特許権者】
【識別番号】899000068
【氏名又は名称】学校法人早稲田大学
(74)【代理人】
【識別番号】110003063
【氏名又は名称】特許業務法人牛木国際特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100080089
【弁理士】
【氏名又は名称】牛木 護
(74)【代理人】
【識別番号】100161665
【弁理士】
【氏名又は名称】高橋 知之
(74)【代理人】
【識別番号】100178445
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 淳二
(74)【代理人】
【識別番号】100121153
【弁理士】
【氏名又は名称】守屋 嘉高
(74)【代理人】
【識別番号】100188994
【弁理士】
【氏名又は名称】加藤 裕介
(74)【代理人】
【識別番号】100194892
【弁理士】
【氏名又は名称】齋藤 麻美
(74)【代理人】
【識別番号】100207653
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 聡
(72)【発明者】
【氏名】中尾 洋一
(72)【発明者】
【氏名】伏谷 伸宏
(72)【発明者】
【氏名】新井 大祐
(72)【発明者】
【氏名】川村 緑
【審査官】 伊藤 幸司
(56)【参考文献】
【文献】 韓国公開特許第10−2013−0106600(KR,A)
【文献】 特開2013−189385(JP,A)
【文献】 特表2009−530305(JP,A)
【文献】 特表2014−518241(JP,A)
【文献】 IJPSR,2011年,2(4),pp.979-984
【文献】 Int. J. Mol. Sci.,2013年,14,pp.13063-13077
【文献】 Mol Cancer Ther,2008年,7(10),pp.3306-3317
【文献】 Expert Opin Ther Targets,2015年,19(4),pp.471-487
【文献】 Nature Cell Biology,2007年,9(9),pp.1081-1088
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K
A23L
A61P
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
コロナリンC又はコロナリンDから選択される化合物、又はその溶媒和物を有効成分として含有することを特徴とするアストロサイトの分化促進剤。
【請求項2】
前記アストロサイトの分化促進剤が、ウコンからの抽出物を含有することを特徴とする請求項1に記載のアストロサイトの分化促進剤。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のアストロサイトの分化促進剤を含有することを特徴とする、アルツハイマー病、パーキンソン病、進行性核上性麻痺、ハンチントン病、黄斑変性症、作動振顫、遅発性ジスキネジア、外傷性神経損傷及び脊髄損傷、虚血性脳疾患(脳血栓、脳塞栓)、脳出血、くも膜下出血、脳卒中、脳血管性認知症、アルコール依存症、並びに、糖尿病神経障害に対する予防又は治療用の医薬組成物。
【請求項4】
請求項1又は2に記載のアストロサイトの分化促進剤を含有することを特徴とする、アルツハイマー病、パーキンソン病、進行性核上性麻痺、ハンチントン病、黄斑変性症、作動振顫、遅発性ジスキネジア、外傷性神経損傷及び脊髄損傷、虚血性脳疾患(脳血栓、脳塞栓)、脳出血、くも膜下出血、脳卒中、脳血管性認知症、アルコール依存症、並びに、糖尿病神経障害に対する予防のための、又は、健康増進若しくは維持のための食品組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コロナリン誘導体を含有するアストロサイト分化促進用の組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
アストロサイト(astrocyte)は、中枢神経系に存在するグリア細胞の1つであり、(1) 構造面でニューロンのネットワークを支える機能、(2) 物質輸送を介してアストロサイト周辺の様々な条件を調節する機能、(3) 前シナプス、後シナプス、グリア細胞間の密接な関係を通して、3つの細胞で発揮する1つのシナプス機能(tripartite synapse)、(4) 細胞外イオンの濃度調節、(5) エネルギー面における緩衝作用、及び(6) オリゴデンドロサイトの髄鞘形成活性の増進等の多様な機能を有している。各種脳疾患における以上のようなアストロサイトの機能が注目され、特に、エージングに伴うアストロサイトの機能低下によるアルツハイマー病、パーキンソン病及び認知障害等の神経変性疾患、脳血管障害、並びに精神性疾患との関連性が注目されている(非特許文献1〜3)。
【0003】
本発明者は、従来よりアストロサイト分化促進効果を有する化合物の探索を行い、既に、パッションフルーツの種子に含まれるスチルベン誘導体ピセアタンノール、味噌等の発酵食品に含まれるフェルラ酸誘導体にアストロサイト分化促進作用を見出している(特許文献1、2)。
【0004】
一方、古くから生薬として使用されるウコン(turmeric)は、肝臓及び胆道疾患や止血薬として使用されている(非特許文献4)。また、ウコンの有効成分として知られるクルクミンのアルツハイマー病に対する効果や、サイトカインが惹起する炎症に対するアストロサイトが関与する抗炎症効果が報告されている(非特許文献5、6)。また、ウコンは、主に強肝効果を目的とした健康の維持、促進用の組成物として商業的に広く供給されている。しかし、現在、ウコンを神経変性疾患、脳血管障害又は精神病の予防又は治療を目的として使用するに至っていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2016-94406号公報
【特許文献2】特願2016-213183
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Dallerac Gら、Prog Neurobiol. 144:48-67(2016)
【非特許文献2】Gerkau NJら、J Neurosci Res. 2017 Feb 2.
【非特許文献3】Alam Qら、Curr Pharm Des. 22:541-8(2016)
【非特許文献4】廣川 薬科学大辞典、1983年、株式会社廣川書店、東京
【非特許文献5】Wang ZYら、Am J Chin Med. 44:1525-1541(2016)
【非特許文献6】Mazzio EAら、J Neuroimmunol. 2017 Jan 15;302:10-19
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
強いアストロサイト分化促進作用を有する化合物を含有する組成物を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、春ウコンからの抽出物が、従来にない強さのアストロサイト分化促進効果を有することを見出し、前記抽出物から有効成分を単離し、構造解析を行った結果、数種類のコロナリン誘導体を同定した。さらに、これらの化合物がアストロサイト分化促進作用を有することを確認し、本発明を完成させた。
【0009】
具体的には、本発明は、下記式Iで表される化合物、又はその溶媒和物を含有するアストロサイトの分化促進のための組成物を提供する。
【化1】
ただし、
R1は、H又は-OHであり、
X-Yは、CH2-CH2、CH=CH若しくはCH2-CH=であるか、又はX-Yを含まずR2とデカヒドロナフタレン環とが直接結合し、
R2は、下記式(II)〜(IX)から選択され、非置換又は-OH、=O及び-CHOからなる群から選択される1つ若しくは2つの置換基によって置換され、
【化2】


【化3】

【化4】

【化5】


【化6】



【化7】


【化8】
、又は、

【化9】
R3及びR4は、同じであってもよく又は異なってもよく、各々相互に独立して、H、CH3及びC2H5から選択される。
【0010】
前記組成物において、前記化合物が、コロナリンC又はコロナリンDから選択される場合がある。
【0011】
前記組成物が、ウコンからの抽出物を含有する場合がある。
【0012】
前記組成物において、前記ウコンが春ウコンの場合がある。
【0013】
前記組成物において、前記組成物が、医薬組成物又は食品組成物である場合がある。
【0014】
前記組成物において、前記医薬組成物が、アルツハイマー病、パーキンソン病、筋萎縮性側索硬化症、進行性核上性麻痺、多発性硬化症、ハンチントン病、多系統萎縮症、脊髄小脳変性症、黄斑変性症、作動振顫、遅発性ジスキネジア、外傷性神経損傷及び脊髄損傷、虚血性脳疾患(脳血栓、脳塞栓)、脳出血、くも膜下出血、脳卒中、脳血管性認知症、パニック障害、不安障害、うつ病、アルコール依存症、不眠症、躁病、てんかん、及び、糖尿病神経障害に対する予防または治療用の組成物である場合がある。
【0015】
前記組成物において、前記食品組成物が、アルツハイマー病、パーキンソン病、筋萎縮性側索硬化症、進行性核上性麻痺、多発性硬化症、ハンチントン病、多系統萎縮症、脊髄小脳変性症、黄斑変性症、作動振顫、遅発性ジスキネジア、外傷性神経損傷及び脊髄損傷、虚血性脳疾患(脳血栓、脳塞栓)、脳出血、くも膜下出血、脳卒中、脳血管性認知症、パニック障害、不安障害、うつ病、アルコール依存症、不眠症、躁病、てんかん、及び、糖尿病神経障害の予防のための、又は、健康の増進若しくは維持のための食品組成物である場合がある。
【発明の効果】
【0016】
本発明により、強いアストロサイト分化促進作用を有する化合物を含有する医薬組成物及び食品組成物を含む組成物を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】春ウコンからアストロサイト分化促進活性化合物を抽出し、単離精製するスキームを表す。
図2】コロナリンDと同定された画分6-5のNMRスペクトルの構造への帰属を表す図。
図3】コロナリンCと同定された画分6-7のNMRスペクトルの構造への帰属を表す図。
図4】春ウコンからの抽出、単離精製画分のアストロサイト分化促進活性の評価実験における顕微鏡観察像の代表例を表す図。
図5】前記図4の実験結果を集計し、アストロサイトへの分化誘導率を比較評価した図。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明は、下記式Iで表される化合物、又はその溶媒和物を含有するアストロサイトの分化促進のための組成物である。
【化1】
ただし、
R1は、H又は-OHであり、
X-Yは、CH2-CH2、CH=CH若しくはCH2-CH=であるか、又はX-Yを含まずR2とデカヒドロナフタレン環とが直接結合し、
R2は、下記式(II)〜(IX)から選択され、非置換又は-OH、=O及び-CHOからなる群から選択される1つ若しくは2つの置換基によって置換され、
【化2】

【化3】

【化4】

【化5】


【化6】


【化7】


【化8】
、又は、

【化9】
R3及びR4は、同じであってもよく又は異なってもよく、各々相互に独立して、H、CH3及びC2H5から選択される。
【0019】
式Iの化合物の中でも、好ましくは、コロナリンD (coronarin D)及びコロナリンC (coronarin C)である。
【0020】
また、前記式(I)の溶媒和物の例として、水和物又はエチルアルコール和物等が挙げられる。
【0021】
これらの化合物は、アストロサイト分化促進活性を指標として、春ウコンの抽出物を評価しながら、その活性成分を単離・同定し、その活性が確認されたものである。
【0022】
前記のとおり、アストロサイト(astrocyte)は、中枢神経系に存在するグリア細胞の1つであり、神経細胞の生存、成長及び神経伝達機能等に重要な役割を有し、各種脳疾患におけるアストロサイトの機能が注目されている。特に、エージングに伴うアストロサイトの機能低下によるアルツハイマー病、パーキンソン病及び認知障害等の神経変性疾患、脳血管障害、並びに精神性疾患との関連性が注目されている(非特許文献1〜3)。
【0023】
したがって、本発明の組成物は、これらの疾患に対する予防又は治療のための医薬組成物、及び、これらの疾患に罹患するおそれのあるヒトへの予防、並びに、健康の維持及び増進のための食品組成物として使用できる。以下に、医薬組成物及び食品組成物の実施形態について詳細に説明する。
【0024】
1.医薬組成物
本発明に係る前記化合物Iは、アストロサイト分化促進活性を有するため、前記化合物Iを含有する組成物は、神経変性疾患、脳血管障害及び精神疾患の予防又は治療のための、神経細胞の外科的損傷に対する予防、回復及び再生の促進のための、並びに、糖尿病性神経障害の予防又は治療のための医薬組成物として使用できる。
【0025】
具体的には、神経変性疾患の例として、アルツハイマー病、パーキンソン病、筋萎縮性側索硬化症、進行性核上性麻痺、多発性硬化症、ハンチントン病、多系統萎縮症、脊髄小脳変性症、黄斑変性症、作動振顫及び遅発性ジスキネジアが、神経細胞の外科的損傷に関連する疾患の例として、外傷性神経損傷及び脊髄損傷が、脳血管障害の例として、虚血性脳疾患(脳血栓、脳塞栓)、脳出血及びくも膜下出血等の脳卒中並びに血管性認知症が、精神疾患として、パニック障害、不安障害、うつ病、アルコール依存症、不眠症、躁病、てんかんが、並びに、糖尿病神経障害が挙げられる。
【0026】
コロナリンD及びCを含む前記一般式(I)の化合物、又は、その溶媒和物は、商業的に利用可能な化合物であり、これらを入手し、若しくは当業者に公知の方法で合成し、又は、ウコン特に春ウコン等の植物から抽出精製することにより使用できる。
【0027】
前記一般式(I)の化合物、又はその薬学的に許容可能な溶媒和物の少なくとも一つを、例えば、生理食塩水等の溶媒で所定の濃度及び用量に希釈して、pH調整剤等の薬学的に許容可能な添加剤を加え、注射剤等の医薬製剤として、患者に投与することができる。
【0028】
前記一般式(I)の化合物、又はその薬学的に許容可能な溶媒和物は、注射剤としてのみならず、薬学的に許容可能な医薬品添加剤を添加し、錠剤、カプセル剤、顆粒剤、散剤等の固形製剤として医薬製剤を製造し、患者に投与することができる。
【0029】
前記医薬製剤の調製に使用される薬学的に許容可能な医薬品添加剤は、例えば、当業者に公知の、安定化剤、抗酸化剤、pH調整剤、緩衝剤、懸濁剤、乳化剤、界面活性剤等の添加物を添加して調製することができる。これらの医薬品添加剤の種類及びその用法・用量は、医薬品添加物事典2016(日本医薬品添加剤協会編、薬事日報社、2016年2月)などに記載され、これらの記載に従って医薬製剤を調製し、使用することができる。
【0030】
より具体的には、例えば、安定化剤として酒石酸、クエン酸、コハク酸、フマル酸等の有機酸が、抗酸化剤として例えばアスコルビン酸、ジブチルヒドロキシトルエン又は没食子酸プロピル等が、pH調整剤として希塩酸又は水酸化ナトリウム水溶液等が、緩衝剤としてクエン酸、コハク酸、フマル酸、酒石酸若しくはアスコルビン酸又はその塩類、グルタミン酸、グルタミン、グリシン、アスパラギン酸、アラニン若しくはアルギニン又はその塩類、酸化マグネシウム、酸化亜鉛、水酸化マグネシウム、リン酸若しくはホウ酸又はその塩類が、懸濁剤又は乳化剤としてレシチン、ショ糖脂肪酸エステル、ポリグリセリン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油、ポリソルベート又はポリオキシエチレン・ポリオキシプロピレン共重合物等が、界面活性剤として例えばポリソルベート80、ラウリル硫酸ナトリウム又はポリオキシエチレン硬化ヒマシ油等が使用できるが、これらに限定されない。
【0031】
上記製剤に含まれる有効成分化合物の量は、特に限定されず広範囲に適宜選択されるが、通常、全組成物中0.1〜95重量%、好ましくは0.5〜50%、より好ましくは1〜30重量%を含むことができる。
【0032】
本発明にかかる医薬組成物の投与量は、症状の程度、年齢、性別、体重、投与形態、溶媒和物の種類、薬剤に対する感受性差、疾患の具体的な種類等に応じて異なるが、通常、成人の場合は1日あたり経口投与で約1mg〜約1000mg(好ましくは約10mg〜約500mg)、外用剤の場合には、約1mg〜約1000mg(好ましくは約10〜約500mg)、注射剤の場合には、体重1kgあたり、約1μg〜約3000μg(好ましくは約3μg〜約3000μg)を1日に1回投与又は2〜6回に分けて使用する。
【0033】
2.食品組成物
本発明に係る前記化合物Iは、アストロサイト分化促進活性を有するため、前記化合物Iを含有する組成物は、神経変性疾患、脳血管障害及び精神疾患の予防又は治療のための、神経細胞の外科的損傷に対する予防、回復及び再生の促進のための、並びに、糖尿病性神経障害の予防、並びに健康の維持又は増進のための食品組成物として使用できる。
【0034】
具体的には、神経変性疾患の例として、アルツハイマー病、パーキンソン病、筋萎縮性側索硬化症、進行性核上性麻痺、多発性硬化症、ハンチントン病、多系統萎縮症、脊髄小脳変性症、黄斑変性症、作動振顫及び遅発性ジスキネジアが、神経細胞の外科的損傷に関連する疾患の例として、外傷性神経損傷及び脊髄損傷が、脳血管障害の例として、虚血性脳疾患(脳血栓、脳塞栓)、脳出血及びくも膜下出血等の脳卒中並びに血管性認知症が、精神疾患として、パニック障害、不安障害、うつ病、アルコール依存症、不眠症、躁病、てんかんが、並びに、糖尿病神経障害が挙げられる。
【0035】
コロナリンD及びCを含む前記一般式(I)の化合物、又はその溶媒和物は、商業的に利用可能な化合物を入手し、若しくは当業者に公知の方法で合成し、又は、ウコン特に春ウコン等の植物から抽出精製することにより使用できる。
【0036】
本発明の食品組成物は、機能性食品、健康食品及び食品添加剤等の全ての形態を含み、当業界に公知の通常の方法に基づいて製造することができる。
【0037】
例えば、健康食品としては、本発明の一般式(I)の化合物又はその溶媒和物自体を含有する茶、ジュース、清涼飲料水、ドリンク、粒状の固形物の形で製造して飲用するようにする。
【0038】
また、機能性食品としては、例えば、飲料(アルコール性飲料を含む)、果実の加工食品(例えば、果物缶詰、瓶詰、ジャム、マーマレード等)、魚類、肉類の加工食品(例えば、ハム、ソーセージ、コンビーフ等)、パン類及び麺類(例えば、うどん、そば、らーめん、スパゲティー、マカロニ等)、菓子(キャラメル、キャンディー、飴、チューインガム、チョコレート、クッキー、ビスケット、ケーキ、パイ、スナック、クラッカー、和菓子、米菓子、豆菓子、デザート菓子等)、果汁、各種ドリンク、スープ、乳製品(例えば、バター、チーズ等)、食用植物油脂、マーガリン、植物性タンパク質、レトルト食品、冷凍食品、各種調味料(例えば、味噌、醤油、食酢、みりん、ドレッシング、ソース等)などに本発明の一般式(I)の化合物又はその溶媒和物を添加して製造することができる。
【0039】
また、本発明の一般式(I)の化合物又はその溶媒和物を食品添加剤の形で用いるために、例えば、粉末として製造して用いることができる。
【0040】
本発明の食品組成物の中、上記本発明の一般式(I)の化合物又はその溶媒和物の好ましい含有量の例としては、最終的に製造した食品組成物中に該食品組成物の乾燥重量当たり1〜100μg/gが、好ましくは10〜50μg/gが、より好ましくは15〜40μg/gが、もっとも好ましく20〜30μg/gが含有される。
【0041】
本明細書において言及される全ての文献はその全体が引用により本明細書に取り込まれる。ここに記述される実施例は本発明の実施形態を例示するものであり、本発明の範囲を限定するものとして解釈されるべきではない。
【実施例1】
【0042】
1.実験材料及び装置
ウコンは、沖縄長生薬草本社(沖縄県)製「春ウコン100%健康SAISEI」を活性成分の抽出に使用した。実験に使用した試薬は、下記の説明中に記載した。また、実験に使用した溶媒は、特に明記しない限り、市販の上級グレードのものを使用した。
【0043】
実験装置は、以下の装置を使用した。蛍光顕微鏡は、OLYMPUS IX71(オリンパス株式会社、東京)を用いた。LC-MSのLCはSHIMADZU UFLC XR型液体クロマトグラフ(株式会社島津製作所、京都)、MSはAB SCIEX TripleTOFTM 4600 (ESI-MS)型マススペクトロメータ(株式会社エービー・サイエックス、東京)、また、1H、13C、及び各種二次元NMRスペクトルはBruker Avance 400 MHz型NMRスペクトロメータ(Bruker社、独国)を用いて測定した。
【0044】
2.ウコンからのアストロサイト分化促進活性化合物の抽出及び単離精製
市販の春ウコンを用い図1に記載のスキームで分画、及び単離精製した。各ステップで下記神経分化調節活性試験を行い、アストロサイトへの分化促進活性を指標に、活性成分を同定した。
【0045】
具体的には、市販の春ウコンの食品組成物(沖縄長生薬草本社製、沖縄県)110 gに対して500 mLのメタノールで2回抽出し、濃縮後、500 mLの水を加え、400 mLのクロロホルムで2回、二相分配を行った。得られたクロロホルム層(1-1)をODSフラッシュカラムクロマトグラフィー(株式会社YMC、YMC-GEL ODS-A、φ3×8 cm)にて溶出溶媒を変化させることにより6画分2-1〜2-6に分画し、各画分に対して神経分化調節活性試験によりアストロサイト分化促進活性を評価した。
【0046】
アストロサイト分化促進活性が認められた85%アセトニトリル溶出画分(2-4)をシリカゲルフラッシュカラムクロマトグラフィー(富士シリシア化学株式会社、PSQ100B、φ3×10 cm)で17画分に分画し、活性画分3-7を得た。また、この画分3-7について、ウコンの生理活性成分として知られるクルクミンの混入をLC-MSで確認したところ、クルクミンは検出限界以下であった。
【0047】
この画分3-7について高速液体クロマトグラフィー(カラム;COSMOSIL 5C18-AR-II;20×250 mm、溶媒;70%アセトニトリル)でさらに精製し、活性画分6-5を9.2mg、活性画分6-7を7.0mg得た。これら画分のMS及び各種NMRスペクトルを測定し解析した結果、活性画分6-5はコロナリンD(Coronarin D)、画分6-7はコロナリンC(Coronarin C)と同定された。
【0048】
活性画分6-5のコロナリンDのNMRデータ(400MHz、CDCl3)を表1に、活性画分6-7のコロナリンCのNMRデータ(400MHz、CDCl3)を表2に、各々の構造への帰属を図2及び図3に示した。
【表1】
【表2】
【0049】
3.神経分化調節試験
上記ウコンからの抽出分画及び単離精製化合物の活性評価に使用した神経分化調節試験は、神経幹細胞(NSC)を用いて免疫蛍光法により特許文献1に記載の方法と同様の方法で評価した。評価に当たって、統計解析は、Microsoft Excel(Microsoft Corporation、米国)を使用し、ad-hoc検定で、Bonferroniの方法で多重性を補正したt検定法(両側検定、対応なしの等分散)を使用して有意差を検定した。有意水準はp<0.05とした。
【0050】
神経分化調節試験の方法を、簡潔に、以下に記載する。マウスES細胞株J1(American Type Culture Collection, ATCC)は0.1% ゼラチンコート済ディッシュにて、mESC培地(1%L-グルタミン(Gibco、Thermo Fisher Scientific Inc.、米国)、1% 非必須アミノ酸溶液(Gibco)、1% ペニシリンストレプトマイシン(P/S、Gibco)、0.18% 2-メルカプトエタノール(Gibco)、1000U/mL 白血病阻止因子(LIF、Merck Millipore、米国)及び15% FBS(Biowest、仏国) を含むDMEM(和光純薬工業株式会社、大阪))を用いて、5%CO2下、37℃条件下で培養した。この時、マイトマイシンC処理済みのマウス胎児線維芽細胞(MEF、北山ラベス、長野)と共培養することで未分化を維持した。神経幹細胞(Neural stem cell, NSC)の誘導にはハンギング・ドロップ法を用いた。LIFを除いたmESC用培地20μLにつき、約7500個細胞が含まれるよう液滴を調製し、72時間培養することで胚様体(Embryonic body、EB)を形成させた。形成したEBは低接着ディッシュにてさらに4日間培養した。この時、培養液としては20 ng/mL rhEGF(R&D Systems Inc.、米国)、20 ng/mL rhFGF-2(R&D Systems Inc.)を含むNeuron Culture Medium(住友ベークライト、東京)を用いた。その後、マトリゲル(BD Biosciences、Becton, Dickinson and Company、米国)コート済みディッシュにて、Neurobasal medium(Gibco、2% B-27 supplement(Gibco)、1% P/S、20 ng/mLのrhEGF及び20 ng/mLのrhFGF-2)を用いて16日間培養し、EBより遊走したNSCを回収・凍結保存した。
【0051】
凍結保存したNSCを96穴プレートの各ウェルに1万個播種し、Neurobasal mediumにて、72時間培養した。その後、DMEMとHam's F-12(和光純薬工業株式会社)との混合培地 (1:1、2% B-27、1% P/S及び1% FBS)にDMSOに溶解したサンプルを添加した培地にて、さらに72時間培養し、細胞を固定して、細胞核をHoechst33342(同仁化学研究所、熊本)で染色した。また、グリア線維性酸性タンパク質(Glial fibrillary acidic protein、GFAP)を、1次抗体に抗GFAP抗体(1:500、Merck Millipore)、2次抗体にchromeo 488標識したヒツジ抗マウスIgG抗体(1:200、Active motif、米国)を用いて染色し、それぞれ蛍光顕微鏡で撮影した。得られた画像より全細胞数に対するGFAP陽性細胞数の割合を算出し、化合物添加時(各5 μg/mL)と非添加時とを比較した。また、幹細胞から神経細胞への分化促進活性を、アストロサイトへの分化に対して抑制活性を有する2 μMのオールトランス−レチノイン酸(ATRA、和光純薬工業株式会社)を陰性対象として、アストロサイト分化促進活性を評価した。
【0052】
結果
図1のスキームに記載された方法で分画された画分3-7、画分6-5(コロナリンD)及び画分6-7(コロナリンC)の共存下、NSCを培養し、Hoechst33342による核染色、抗GFAP抗体によるGFAP染色を行って得られた蛍光顕微鏡写真の代表例を図4に示した。
【0053】
この蛍光観察像より全生細胞数及びGFAP陽性細胞数を求め、GFAP陽性細胞数の全生細胞数に対する割合を求めることにより、アストロサイトへの分化率を求めた。その結果を図5に示した。
【0054】
その結果、ATRAは、コントロール群と比較してGFAP陽性細胞の割合の平均値は統計学的有意に低値を示し、ATRAによるアストロサイトへの分化抑制作用が確認された。一方、精製画分3-7、コロナリンDと同定された画分6-5は統計学的有意に高値を示し、コロナリンCと同定された画分6-7で、対照群よりも高値のGFAP陽性細胞の割合の平均値を示した。
【0055】
これらの結果より、コロナリンD、Cを含むコロナリン誘導体が、アストロサイト分化促進活性を有するものと認められた。特に、画分3-7の分化促進活性はピセアタンノールの5.0倍、フェルラ酸エチルの3.6倍であり、画分6-5(コロナリンD)の分化促進活性はピセアタンノールの1.9倍、フェルラ酸エチルの1.4倍であり、本発明の化合物は、特許文献1及び2に記載のピセアタンノール及びフェルラ酸エチルと比較して、それぞれ強い活性を示した(図示せず)。
図1
図2
図3
図4
図5