【実施例】
【0055】
以下に示した患者血漿検体を用いた臨床性能研究での実施例を通して、当該のトロンビン形成試験が、DOACs投薬によって引き起こされる出血のリスクの判定において有用である事を実証する。本発明は、その要旨を変更しない限り以下の実施例に限定されるものではない。
【0056】
[1]方法
1)臨床性能研究の対象患者と血漿検体の調製
臨床性能研究は北海道医療大学の倫理審査委員会の承認を得た後、非弁膜症性心房細動と診断され心原性脳塞栓症予防のためにDOAC療法を行なっている患者を対象として実施した。血液検体を採取する際には、担当医から患者に口頭及び文書による説明を行い、その上で同意書への署名を得て採取した。DOAC服用に関連して生じた出血は、International Society on Thrombosis and Haemostasis(国際血栓止血学会)及びROCKET AF出血基準に従って定義し、該当する患者を出血患者とみなした。
【0057】
試験に用いる血漿検体は、抗凝固剤であるクエン酸を用いて採血した血液を遠心分離する事によって調製した。なお血漿検体は試験開始まで−80℃において凍結保存し、試験直前に37℃で解凍して使用した。
【0058】
2)FIXa−FVIIIa依存的に形成するトロンビンの試験
以下の(1)〜(3)にて、FIXa−FVIIIa依存的に形成するトロンビンの試験を行った。
【0059】
(1) トロンビン形成試験に用いるトロンビン形成開始試薬の調製
トロンビン形成開始試薬は、以下のものを混合することで調整した。なお、適宜、0.5%ウシ血清アルブミン(富士フィルム和光純薬から購入)および0.15M塩化ナトリウム(富士フィルム和光純薬から購入)を含む、50mMトリス緩衝液(BSA/TBS、pH7.4)によって希釈した。
・ヒトTF(Dade Innovin、シスメックスから購入)溶液
・ヒトFXIa(フナコシから購入)溶液
・合成リン脂質(Haematexから購入)溶液
・塩化カルシウム(富士フィルム和光純薬から購入)溶液
【0060】
(2) トロンビン検出試薬の調製
トロンビン検出試薬は、トロンビン蛍光基質(Pefafluor TH:D−cyclohexylalanine−alanine−arginine−amido−methylcoumarin、DSM Nutritional Productsから購入)溶液とエチレンジアミン四酢酸(EDTA、東京化成から購入)溶液を混合して調製した。
代表的な実施例として、50μMトロンビン蛍光基質と10mM EDTAを用いた。
【0061】
(3) 試験方法
まず、被験の血漿検体を96ウエルのマイクロタイタープレート(サーモフィッシャーから購入)のウエルに分注した。最初の反応として、トロンビン形成開始試薬を血漿検体に添加して37℃で2.5分間インキューベーションし、トロンビンを形成させた。
【0062】
次に、形成したトロンビンを定量するために、反応停止試薬のEDTAを含むトロンビン検出試薬を血漿に添加して、37℃で1分間インキューベーションした。インキューベーションの間にトロンビンが、トロンビン蛍光基質を加水分解することによって蛍光を発するので、蛍光プレートリーダー(励起波長:355nm、蛍光波長:460nm)を用いてその蛍光強度を測定した。測定された蛍光強度は、トロンビン標準物(Technothrombin TGA calibrator、コスモバイオから購入)を用いて作成した標準曲線をもとに、トロンビン濃度へ変換した。なお、血漿中のトロンビン形成はコントロール血漿(Simens 血液凝固試験用コントロール血漿N、シスメックスから購入)に対する相対比(%)で表示した。
【0063】
3)血液凝固検査
血液凝固検査としてAPTTとPT−INRの検査法を用いて被験血漿検体の凝固活性を試験した。両方法とも血液凝固の開始試薬を血漿検体に添加して血漿が凝固する時間を測定することで凝固活性を調べる。血漿中のDOAC濃度は血漿にFXaを添加した後、FXa活性に対する阻害活性をもとに決定した。
【0064】
4)DOACを添加した血漿中のトロンビン形成:DOACスパイク試験
トロンビン形成に対するDOACsの抑制作用は、血漿にリバーロキサンバン(rivaroxaban)、アピキサバン(apixaban)、あるいはエドキサバン(edoxaban)を添加(スパイク)した被験検体を調製し、それらの血漿のトロンビン形成を調べる事で評価した。
【0065】
5)統計解析
2群間の有意差の検定は統計解析ソフトのGraphpad Prism 8(GraphPad Softwareから購入)を用いて行った。
【0066】
[2]結果
1)実施例1:コントロール血漿の血液凝固活性に対するDOACsの影響
コントロール血漿の血液凝固活性に対するDOACsの影響を調べる目的で、コントロール血漿に3種のDOACs(rivaroxaban、apixaban、edoxaban)をそれぞれ18.5ng/mL〜500ng/mLで添加し、トロンビン形成を調べた。
【0067】
トロンビンは、血漿に、TFを50fM、FXIaを1.6pM、合成リン脂質を20μM、さらに塩化カルシウムを6.8mM含む開始試薬を添加することで形成させた。血漿と開始試薬の混合比率は、35μLの血漿に10μLの開始試薬を加える方法、または、血漿をより希釈して検査する必要がある場合には、20μLの血漿に60μLの開始試薬を加える方法で行った。
なお、試験に用いたDOACsの濃度範囲は、患者が薬を服用した後、血漿中に検出されるDOAC濃度の範囲とほぼ同一である。
【0068】
3種のDOACsは添加濃度依存的にトロンビン形成を抑制し、特にrivaroxabanの抑制作用が最も強かった(
図2)。これらの結果から、当該のトロンビン形成試験は、DOACsの血液凝固抑制作用を高感度に検出できる事が明らかとなった。
【0069】
図2は、コントロール血漿に添加したDOACsのトロンビン形成抑制作用を示す図である。コントロール血漿のトロンビン形成に対するDOACsの影響を調べる目的で、血漿に3種のDOACs(rivaroxaban、apixaban、edoxaban)を18.5ng/mL〜500ng/mLで添加しトロンビン形成を調べた。
【0070】
トロンビンは、血漿に、TFを50fM、FXIaを1.6pM、合成リン脂質を20μM、塩化カルシウムを6.8mM含む開始試薬を添加することで形成させた。
図中の値は二回の実験の平均値と標準偏差値を示している。
【0071】
2)実施例2:DOACのトロンビン形成抑制作用における個人差の検証
DOACのトロンビン形成抑制作用における個人差を明らかにするために、3名の患者(ID#:001,002,003)から得た血漿に125、250、500ng/mLになるようにapixabanを添加して、血漿のトロンビン形成に対するapixabanの抑制作用を調べた。
【0072】
トロンビンは、TFを150fM、FXIaを12.5pM、合成リン脂質を20μM、さらに塩化カルシウムを16mM含む開始試薬を添加することで形成させた。
【0073】
患者血漿はapixabanを服用する前に採血し、血液を遠心分離して調製した。apixabanの添加は、患者血漿のトロンビン形成を濃度依存的に抑制したが、その抑制作用には個人差が見られた。実際に、患者#001と#002のトロンビン形成は、apixabanの添加によってコントロール血漿の5%以下に低下したが、患者#003では25%は保持されていた(
図3)。この事はDOACに対する患者の感受性、反応性には個人差が存在することを示唆している。
【0074】
図3は、患者由来の血漿に添加したapixabanのトロンビン形成抑制作用を示す図である。患者血漿のトロンビン形成に対するDOACの抑制作用を調べる目的で、血漿にapixabanを125、250、500ng/mLで添加し、トロンビン形成を調べた。患者血漿は3名の患者(ID#:001、002、003)からapixabanを服用する前に採血し、血液を遠心分離して調製した。
【0075】
トロンビンは、血漿に、TFを150fM、FXIaを12.5pM、合成リン脂質を20μM、塩化カルシウムを16mMから成る開始試薬を添加することで形成させた。
【0076】
3)実施例3:血漿中のトロンビン形成のapixaban服用後の経時変化
10mgのapixabanを服用した2人の患者(ID#:004と005)において、服用開始直後から経時的に採血して血漿中のapixaban濃度、トロンビン形成、APTT及びPT−INRによる血液凝固活性の経時変化を調べた。その結果、apixaban濃度は開始後2時間から4時間でピークに達し、その後血液中からのクリアランスによって濃度が低下した(
図4のパネルAとC)。
【0077】
トロンビン形成は、患者#004(パネルA)と#005(パネルC)においてapixaban濃度の上昇に伴い低下し、2時間から4時間後に最も低い値を示した。一方、APTT及びPT−INRによって測定した血液凝固活性は、apixaban服用後もほとんど変化しなかった(
図4のパネルBとD)。これらの結果は、当該のトロンビン形成試験が従来の凝固検査に比較して、より高感度にapixabanの抗凝固作用を評価できることを示していた。
【0078】
図4は、Apixaban服用後の血漿中のトロンビン形成の経時変化を示す図である。10mgのapixabanを服用した2名の患者(ID#:004と005)において、服用開始直後から経時的に採血して血漿中のapixaban濃度、トロンビン形成、APTT及びPT−INRによる血液凝固活性の経時変化を調べた。トロンビン形成を開始させる混合試薬は
図3と同じ試薬を用いた。
A.患者#004からの血漿のapixaban濃度とトロンビン形成の測定値。
B.患者#004からの血漿のAPTT及びPT−INRで測定した血液凝固活性値。
C.患者#005からの血漿のapixaban濃度とトロンビン形成の測定値。
D.患者#005からの血漿のAPTT及びPT−INRで測定した血液凝固活性値。
【0079】
4)実施例4:apixabanの服用後ピーク時に採血して得た血漿中のトロンビン形成と出血イベントとの関連
トロンビン形成と出血イベントとの関連を調べるために、apixabanを服用した患者を出血した患者群(検体数:6)と非出血患者群(検体数:83)に分けて、本発明による検査試薬を用いて血漿中のトロンビン形成を比較した。トロンビン形成を開始させる混合試薬は
図3と同じ試薬を用いた。加えて、特表2019−521324号公報に記載の混合開始薬(TFを150fM、FIXaを100pM、合成リン脂質を20μM、塩化カルシウムを16mM)を用いて血漿中のトロンビン形成を比較した。その他、血漿中のapixaban濃度、APTT及びPT−INRで測定した凝固活性値についても同様に比較した。血漿検体はapixabanを服用後1時間から4時間の間(ピーク時)に採血して調製した。
【0080】
本発明によって得られた検査結果において、出血した患者群から調製した血漿中のトロンビン形成は非出血群に比べて有意に低かった(
図5のパネルA。Mann−Whitney統計解析によりp<0.05)。対照的に、特表2019−521324号公報に記載のTFとFIXaを用いたトロンビン形成結果(
図5のパネルB)、apixaban濃度(
図5のパネルC)、APTT(
図5のパネルD)及びPT−INR(
図5のパネルE)による凝固活性値は、両群間に有意な差は見られなかった。以上の結果は、当該のトロンビン形成試験のみがapixabanの服用によって引き起こされる出血のリスクを判定できることを示していた。
【0081】
図5は、Apixaban服用後ピーク時に採血して得た血漿中の血液凝固パラメーターと出血イベントとの関連を示す図である。Apixabanを服用した患者を出血した患者群(n=6)と非出血患者群(n=83)に分けて血漿中の血液凝固パラメーターを比較した。血漿検体はapixabanを服用後1時間から4時間の間(ピーク時)に採血して調製した。トロンビン形成を開始させる混合試薬は
図3と同じ試薬を用いた。
A.本発明によるトロンビン形成値。
B.特表2019−521324号公報に記載のTFとFIXaを用いた検査によるトロンビン形成値
C.apixaban濃度。
D.APTTによる血液凝固活性値。
E.PT−INRによる血液凝固活性値。測定値は対数値に変換した後、中央値、最小値、最大値を示すBox&Whiskerでプロットした。2群間の差はMann−Whitney試験により判定し、p<0.05を有意とした。NS:not significant。