(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6884450
(24)【登録日】2021年5月14日
(45)【発行日】2021年6月9日
(54)【発明の名称】T細胞ワクチン
(51)【国際特許分類】
A61K 39/00 20060101AFI20210531BHJP
A61K 39/12 20060101ALI20210531BHJP
A61K 39/02 20060101ALI20210531BHJP
A61K 39/145 20060101ALI20210531BHJP
A61P 31/12 20060101ALI20210531BHJP
A61P 31/04 20060101ALI20210531BHJP
A61P 31/16 20060101ALI20210531BHJP
A61K 35/17 20150101ALI20210531BHJP
【FI】
A61K39/00 G
A61K39/12
A61K39/02
A61K39/145
A61P31/12
A61P31/04
A61P31/16
A61K35/17
【請求項の数】12
【全頁数】10
(21)【出願番号】特願2020-536906(P2020-536906)
(86)(22)【出願日】2020年2月14日
(86)【国際出願番号】JP2020006949
(87)【国際公開番号】WO2020166729
(87)【国際公開日】20200820
【審査請求日】2020年7月1日
(31)【優先権主張番号】特願2019-24219(P2019-24219)
(32)【優先日】2019年2月14日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】508374520
【氏名又は名称】学校法人獨協学園獨協医科大学
(74)【代理人】
【識別番号】100092783
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 浩
(74)【代理人】
【識別番号】100120134
【弁理士】
【氏名又は名称】大森 規雄
(74)【代理人】
【識別番号】100104282
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 康仁
(72)【発明者】
【氏名】松野 健二郎
(72)【発明者】
【氏名】上田 祐司
(72)【発明者】
【氏名】北沢 祐介
【審査官】
佐々木 大輔
(56)【参考文献】
【文献】
特表2006−503878(JP,A)
【文献】
米国特許出願公開第2007/0036773(US,A1)
【文献】
特表2017−535292(JP,A)
【文献】
米国特許出願公開第2011/0052554(US,A1)
【文献】
米国特許第06503503(US,B1)
【文献】
国際公開第2015/152429(WO,A1)
【文献】
国際公開第2016/160721(WO,A1)
【文献】
Frontiers in Immunology, 2019.05, Vol.10, Article No.1195, pp.1-22
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 39/00−39/44
A61K 35/00−35/768
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
組織適合抗原の発現抑制処理、活性化抑制処理、及び病原体抗原の標識処理がされたドナー由来T細胞を含む、同種異型レシピエント個体における前記病原体抗原に対するワクチン。
【請求項2】
組織適合抗原の発現抑制処理が、組織適合抗原遺伝子に対するRNA干渉処理又は当該遺伝子のノックアウト処理である請求項1に記載のワクチン。
【請求項3】
活性化抑制処理が、代謝拮抗剤若しくはDNA合成阻害剤処理又は放射線照射処理である請求項1又は2に記載のワクチン。
【請求項4】
病原体がウイルス又は細菌である請求項1〜3のいずれか1項に記載のワクチン。
【請求項5】
ウイルスがインフルエンザウイルスである請求項4に記載のワクチン。
【請求項6】
リンパ器官で多所性に中和抗体を誘導する、請求項1〜5のいずれか1項に記載のワクチン。
【請求項7】
組織適合抗原の発現抑制処理、活性化抑制処理、及び病原体抗原の標識処理がされたドナー由来T細胞を含む、同種異型レシピエント個体における中和抗体誘導剤。
【請求項8】
組織適合抗原の発現抑制処理が、組織適合抗原遺伝子に対するRNA干渉処理又は当該遺伝子のノックアウト処理である請求項7に記載の中和抗体誘導剤。
【請求項9】
活性化抑制処理が、代謝拮抗剤若しくはDNA合成阻害剤又は放射線照射処理である請求項7又は8に記載の中和抗体誘導剤。
【請求項10】
病原体がウイルス又は細菌である請求項7〜9のいずれか1項に記載の中和抗体誘導剤。
【請求項11】
ウイルスがインフルエンザウイルスである請求項10に記載の中和抗体誘導剤。
【請求項12】
リンパ器官で多所性に中和抗体を誘導する、請求項7〜11のいずれか1項に記載の中和抗体誘導剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リンパ器官で多所性に中和抗体を誘導するT細胞ワクチンに関する。
【背景技術】
【0002】
DST(donor specific blood transfusion/ドナー特異的輸血)とは、臓器移植前にドナー(アロ)血液を宿主に投与し、免疫寛容を誘導する治療法である(非特許文献1:Clin Transplant 25:317,2011)。1970年代から腎移植の前にDSTを行うと、拒絶反応がドナー特異的に抑制されること ドナー組織適合抗原(MHC抗原)に対する抗体が一回の輸血だけでも簡単に作られることが臨床現場から報告されたが、副作用が起こることもあるため、拒絶反応を容易に治療できる免疫抑制剤の登場によりほとんど行われなくなっている。そのため、アロ抗体産生応答(AFC応答)が血液中の何の成分により、どこで、どのようにおこるのか、作られた抗体が免疫抑制を含めどのような作用を持つかについては未だに解明されていない。
【0003】
本発明者は、これまでin vivo免疫学の観点からラットの移植免疫応答における免疫担当細胞の動態と機能を臓器レベルで免疫組織学的に解析してきた(非特許文献2:Cell Transplant 21:581,2012;非特許文献3:Cell Transplant 19:765,2010;非特許文献4:Arch Histol Cytol 73:1,2010;非特許文献5:Hepatology 56:1532,2012)。近年では、免疫応答のメカニズムの解明のために、近親交配系でのGvH病ラットモデルを用い、チミジンアナログであるEdU(Ethynyl deoxyuridine)を用いた多重蛍光免疫染色法による免疫組織学とフローサイトメトリー(FCM)を並行しておこなう定性定量解析法を確立した(非特許文献6:Histochem Cell Biol 144:195,2015)。
【0004】
この手法により抗原貪食の提示の細胞間相互作用や免疫性増殖応答が、どこで、どの程度起こるかの定性定量解析が可能となり、免疫応答のメカニズムが解析できるようになった。そこで、本研究の予備実験としてDST後に宿主の免疫応答を解析したところ、主に脾臓でアロAFC応答が起こること、抗体はドナーI型MHC抗原(MHCIと省略)に対するものであることが明らかになり(非特許文献7:Int Immunol 30:53,2018)、ドナー血液成分中、白血球、特にT細胞分画が有効で、赤血球などのそれ以外の成分は無効であることがわかった。
【0005】
アロ免疫応答は、ドナー抗原提示樹状細胞(DC)が宿主T細胞と直接会合してドナーMHC抗原を提示する直接感作と、ドナー細胞由来のMHC抗原が宿主のDCに取り込まれて提示される間接感作により起こるとされる(非特許文献8:Immunity 14:357,2001)。AFC応答(液性免疫)については、Th2ヘルパーT細胞や濾胞ヘルパーT細胞(Follicular helper T cells/Tfh)により誘導され、IL−4,IL−10などのサイトカインや転写因子であるGATA−3遺伝子の発現が優位になることが報告されている(非特許文献9:Immunity 30:324,2009)。
【0006】
血液中にDCはほとんど存在しないので、DSTによる抗体産生応答は、主に脾臓内での間接感作による免疫応答が関与していることが予測される。ここで、脾臓での免疫応答は白脾髄内の動脈周囲リンパ球鞘(PALS/T細胞領域)で起こり、そこにDCが局在している事、T及びB細胞は免疫監視のために多くが全身を再循環しており、常に血液からPALS内に遊走してPALSにしばらく留まる事、T細胞はさらにPALSのDCと会合し抗原情報を確認する事がわかっている(非特許文献10:Arch Histol Cytol 73:1,2010)。
【0007】
ところで、病原病原体に対するワクチンは、通常、筋肉内又は皮下投与して、主に脾臓で中和抗体の産生を誘導するものである。そのため、脾臓機能が低い場合や摘脾した場合は通常のワクチン効果があまり期待できない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Clin Transplant 25:317,2011
【非特許文献2】Cell Transplant 21:581,2012
【非特許文献3】Cell Transplant 19:765,2010
【非特許文献4】ArchHistol Cytol 73:1,2010
【非特許文献5】Hepatology 56:1532,2012
【非特許文献6】Histochem Cell Biol 144:195,2015
【非特許文献7】Int Immunol 30:53,2018
【非特許文献8】Immunity 14:357,2001
【非特許文献9】Immunity 30:324,2009
【非特許文献10】Arch Histol Cytol 73:1,2010
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記の状況下、多所性に中和抗体を誘導するワクチンの開発が望まれていた。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意検討を行った結果、アロT細胞に病原体抗原を標識し、これを個体に接種することにより、脾臓のみならず全身のリンパ節で多所性に中和抗体を誘導することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
すなわち、本発明は以下の通りである。
(1)組織適合抗原の発現抑制処理、活性化抑制処理、及び病原体抗原の標識処理がされたドナー由来T細胞を含む、同種異型レシピエント個体における前記病原体抗原に対するワクチン。
(2)組織適合抗原の発現抑制処理が、組織適合抗原遺伝子に対するRNA干渉処理又は当該遺伝子のノックアウト処理である(1)に記載のワクチン。
(3)活性化抑制処理が、代謝拮抗剤若しくはDNA合成阻害剤処理又は放射線照射処理である(1)又は(2)に記載のワクチン。
(4)病原体がウイルス又は細菌である(1)〜(3)のいずれか1項に記載のワクチン。
(5)ウイルスがインフルエンザウイルスである(4)に記載のワクチン。
(6)リンパ器官で多所性に中和抗体を誘導する、(1)〜(5)のいずれか1項に記載のワクチン。
【0012】
(7)組織適合抗原の発現抑制処理、活性化抑制処理、及び病原体抗原の標識処理がされたドナー由来T細胞を含む、同種異型レシピエント個体における中和抗体誘導剤。
(8)組織適合抗原の発現抑制処理が、組織適合抗原遺伝子に対するRNA干渉処理又は当該遺伝子のノックアウト処理である(7)に記載の中和抗体誘導剤。
(9)活性化抑制処理が、代謝拮抗剤若しくはDNA合成阻害剤又は放射線照射処理である(7)又は(8)に記載の中和抗体誘導剤。
(10)病原体がウイルス又は細菌である(7)〜(9)のいずれか1項に記載の中和抗体誘導剤。
(11)ウイルスがインフルエンザウイルスである(10)に記載の中和抗体誘導剤。
(12)リンパ器官で多所性に中和抗体を誘導する、(7)〜(11)のいずれか1項に記載の中和抗体誘導剤。
【発明の効果】
【0013】
本発明により、T細胞ワクチン及び中和抗体誘導剤が提供される。本発明のT細胞ワクチンは、多所性に中和抗体を誘導することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図2】実施例の特異的抗体産生細胞の染色法の模式図である。
【
図3】実施例1の実験結果を示す図である。セミアロT細胞投与(親のT細胞を一代雑種F1レシピエントに投与する系)により、標識抗原のphycoerythrin(PE)に対する特異抗体が血清中に検出され(左グラフ、赤矢印)、頚部リンパ節切片上に抗体産生細胞(青、右図)が出現したが、アロ抗体は出なかった(黒矢印)。一方、アロT細胞ではアロ抗体が大量に出るが、PE抗体価は低かった。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明者は、ドナーT細胞が輸血後に脾臓PALSに遊走し、宿主のDCと会合した後にドナーMHCI抗原を何らかの形で受け渡し、そこで最も効率よく間接感作を起こし、その結果、Th2やTfhが誘導され、効率的に抗原特異的な抗体が産生されるという仮説を着想した。
【0016】
本発明は、組織適合抗原の発現抑制処理、活性化抑制処理及び病原体抗原の標識処理がされたドナー由来T細胞を含む、同種異型レシピエント個体における前記病原体に対するワクチン及び中和抗体誘導剤に関する。
同種異系(アロ)T細胞は、自己T細胞と同様に全身のリンパ器官に再循環し血行性遊走する能力を持っているが、T細胞受容体を介して組織在住の樹状細胞を効率よく刺激すると、当該T細胞自身のI型組織適合抗原(MHC)に対するアロ抗体が容易に誘導されることを見出した。この知見は、自己T細胞とは異なるものである。
【0017】
本発明者は上記知見を利用して、アロT細胞(ドナー由来のT細胞)にインフルエンザなどの病原体抗原を標識し、これを自己(ドナー)以外のレシピエントに投与することにより、脾臓のみならずリンパ節で多所性に中和抗体を誘導することを見出した。リンパ節はヒトで数百個あるので、全身のリンパ節で中和抗体を誘導できる本発明のワクチンは効率が高く、新しい概念のワクチンとして利用できる。
ここで、本発明において使用されるT細胞は、一の個体から採取される。このT細胞に上記処理を施した後、当該一の個体とは同種であるが他の個体(つまり同種異系の個体)に投与する。従って、使用するT細胞を本明細書では「アロT細胞」という。
【0018】
本発明においては、ドナー血液から採取されたT細胞(アロT細胞)に対し、組織適合抗原の発現抑制処理、活性化抑制処理、及び病原体抗原の標識処理を行う。このような処理がされたアロT細胞を、当該ドナーとは異なる同種異系個体(レシピエント)に投与する。
【0019】
組織適合抗原の発現抑制処理とは、アロ抗原性の抑制処理を意味し、組織適合抗原の発現を抑制するための処理としては、例えば組織適合抗原遺伝子に対するRNA干渉処理又は当該遺伝子のノックアウト処理が挙げられる。
RNA干渉(RNAi)により遺伝子発現を抑制し得る合成核酸分子としては、例えばsiRNA(small interfering RNA)、マイクロRNA(miRNA)及びshRNA(short hairpin RNA)が挙げられる。
【0020】
siRNAは、当分野において周知の基準に基づいて設計できる。例えば、標的となる組織適合抗原遺伝子のmRNAの標的セグメントは、好ましくはAA、TA、GA又はCAで始まる連続する15〜30塩基、好ましくは19〜25塩基のセグメントを選択することができる。siRNAのGC比は、30〜70%、好ましくは35〜55%である。
siRNAは、二本鎖部分を生成するために自身の核酸上で折り畳む一本鎖ヘアピンRNA分子として生成される。
【0021】
siRNA分子は、通常の化学合成により得ることができるが、センス及びアンチセンスsiRNA配列を含有する発現ベクターを用いて生物学的に生成することも可能である。
siRNAを細胞に導入するには、in vitroで合成したsiRNAをプラスミドDNAに連結してこれを細胞に導入する方法、2本鎖RNAをアニールする方法などを採用することができる。
【0022】
shRNAは、一本鎖の一部の領域が他の領域と相補鎖を形成されたステムループ構造を有するRNA分子である。従って、shRNAは、その一部がステムループ構造を形成するように設計する。例えば、ある領域の配列を配列Aとし、配列Aに対する相補鎖を配列Bとすると、配列A、スペーサー、配列Bの順でこれらの配列が一本のRNA鎖に存在するように連結し、全体で45〜60塩基の長さとなるように設計する。配列Aは、標的となる組織適合抗原遺伝子の一部の領域の配列であり、標的領域は特に限定されるものではなく、任意の領域を候補にすることが可能である。そして配列Aの長さは19〜25塩基、好ましくは19〜21塩基である。
【0023】
さらに、本発明は、マイクロRNA(miRNA)を用いて上記遺伝子の発現を抑制することができる。miRNAとは、細胞内に存在する長さ20〜25塩基ほどの1本鎖RNAであり、他の遺伝子の発現を調節する機能を有すると考えられているncRNA(non coding RNA)の一種である。miRNAは、RNAに転写された際にプロセシングを受けて生じ、標的配列の発現を抑制するヘアピン構造を形成する核酸として存在する。
miRNAも、RNAiに基づく阻害性核酸であるため、shRNA又はsiRNAに準じて設計し合成することができる。
【0024】
また、本発明においては、組織適合抗原遺伝子をノックアウトすることもできる。ノックアウトする方法としては、例えばCRISPR/Cas9によるノックアウトなどが挙げられるが、これらに限定されるものではない。
siRNA処理又はCRISPR/Cas9によるgene knockout処理などは、公知文献に記載の方法(Cancer Cell Int.13:112,2013;Clin Cancer Res23:2255,2017)により行うことができる。
【0025】
T細胞の活性化抑制処理とは、T細胞のGvH病発症などのリスクを除去する処理を意味し、活性化抑制処理としては、代謝拮抗剤若しくはDNA合成阻害剤処理、又は放射線照射処理が挙げられる。本発明において使用可能な代謝拮抗剤及びDNA合成阻害剤、並びに放射線照射を以下に例示する。
【0026】
<代謝拮抗剤又はDNA合成阻害剤>
葉酸類似体:メトトレキサート、ペメトレキセド、プララトレキサート等
プリン類似体:メルカプトプリン、チオグアニン、クラドリビン、フルダラビン等
ピリミジン類似体:シタラビン、フルオロウラシル、テガフール、ゲムシタビン等
抗生物質:マイトマイシンC、アクチノマイシン、ドキソルビシン、エピルビシン等
アルキル化剤:シクロフォスファミド、メルファラン、チオテパ、ブスルファン等
白金製剤:シスプラチン、イプロプラチン、カルボプラチン等
トポイソメラーゼ阻害薬:イリノテカン、ノギテカン、エトポシド、アントラサイクリン系薬剤等
【0027】
代謝拮抗剤又はDNA合成阻害剤の使用量は、マイトマイシンCならば20μg/5x10
7/mlで37℃30分間処理、他は適正量を用いる。この処理は、公知文献に記載の方法(Hepatology 56:1532,2012)により行うことができる。
【0028】
<放射線照射処理>
X線、ガンマ線等
放射線照射量は、10
8個の細胞あたり10〜50Gy、好ましくは15Gyである。こらの処理は、公知文献に記載の方法(Arch Pathol Lab Med 142:662,2018)により行うことができる。
【0029】
本発明において、抗原として使用する病原体は特に限定されるものではなく、ウイルス、細菌、原虫などが挙げられる。抗原標識には、標的抗原の遺伝子ベクターを作製し、T細胞への遺伝子導入技術を用いて行う。
【0030】
ウイルスとしては、インフルエンザウイルス、肝炎ウイルス、帯状疱疹、麻疹・風疹、パピローマ(HPV)、ヒト免疫不全(HIV)ウイルスなどが挙げられる。
細菌としては、肺炎球菌、髄膜炎菌、ジフテリア菌、破傷風菌、百日咳菌、結核などが挙げられる。
原虫としては、マラリアなどが挙げられる。
【0031】
アロT細胞ワクチンは、ドナー由来T細胞を、(a)組織適合抗原の発現抑制処理、(b)活性化抑制処理及び(c)病原体抗原の標識処理することにより調製されるが、その順序は特に限定されるものではない。上記処理を(a)、(b)、(c)の順序で行ってもよく、別の順序でもよい。また(c)については、抗CD4抗体などT細胞を特異的に認識する抗体に、病原体抗原を結合させて当該抗体と病原体抗原との複合体を作製し、これをドナーT細胞に結合させることもできる。
【0032】
このような処理により、ドナーT細胞(アロT細胞)のレシピエントにGvH病やアロ抗体産生誘導などを起こすアロ免疫能という本来の機能が失われるが、抗原輸送能という新しい機能を獲得することとなる。これにより、アロ免疫応答を起こさずに病原体抗原を全身のリンパ器官のレシピエント樹状細胞に届けることができる抗原輸送専門の細胞を作製したことになる。本細胞はMHCの異なるどのレシピエントにも投与可能であり、その意味で「標準化」したアロT細胞と位置づけることができる。この標準化アロT細胞は、比較的安全で汎用性が高い全く新しいタイプのワクチンとして使用することが可能である。
【0033】
上記処理が行われたアロT細胞は、レシピエントである同種異系の対象個体に投与する。これにより、同種異系個体では、リンパ器官で多所性に標識抗原に対する中和抗体を誘導することが可能となる。
本発明のワクチンは、使用する抗原に応じて、当該抗原に関連する疾患に対する医薬組成物として使用することもできる。本発明の医薬組成物は、注射剤等の非経口投与剤などの形態に応じて投与することができる。好ましくは、静脈注射のほか、腹腔等への局部注射等が例示される。
【0034】
投与方法としては、静脈投与、腹腔内投与などが挙げられる。
投与量は、投与経路、投与対象、患者の年齢、体重、性別、症状その他の条件により適宜選択される。ワクチンとして使用されるアロT細胞の一日投与量としては、静脈投与の場合は10
7個/ml〜10
9個/ml、好ましくは5x10
7個/ml〜5x10
8個/ml程度であり、1日1回投与することもでき、数回に分けて投与することもできる。
本発明のワクチンは、脾臓機能が正常なヒトだけでなく、低下または脾摘したヒトであっても全身性・多所性に中和抗体を誘導できる。
従って、本発明のアロT細胞は、中和抗体誘導剤として使用することができる。
【実施例】
【0035】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明の範囲はこれらの実施例により限定されるものではない。
[実施例1]
【0036】
方法
親ラットのT細胞に、抗原としてFITCそのもの、または抗CD4抗体に結合させたphycoerythrinを標識後、マイトマイシンC処理の後、脾摘した一代雑種F1ラットに静脈内投与し、7日後に種々のリンパ節と血清を採取した。
リンパ節は切片上に特異的な抗体産生細胞を可視化し、血清はフローサイトメーターで特異抗体の定量をおこなった(
図1)。
すなわち、凍結切片上で、まずphycoerythrinやFITCを標識したノーマルマウスIgGを、抗原特異的AFCの抗体存在部位に結合させた。次に酵素(アルカリホスファターゼ)標識した抗マウスIgGを反応させた後、酵素発色させて可視化した(
図2)。
【0037】
その結果、特異的抗体産生細胞が複数のリンパ節で検出され、血清には特異抗体を認めたが、ドナー細胞の増殖性応答もアロMHC抗体も検出されなかった。一方、抗原標識自己T細胞は抗体応答を誘導しなかった(
図3)。
【0038】
父親(A系)のT細胞をF1ラットに投与したセミアロの組み合わせの場合、F1(B系xA系)は両親のMHCIを共発現するため、ドナーT細胞のMHC(A系)を認識できない。そのため、MHCIに対する反応が起こらないが、ドナーT細胞はT細胞受容体を介して組織在住の樹状細胞上に発現する母親のMHC(B系)を認識し、相互作用を起こして樹状細胞を活性化できるため、結果として標識抗原に対する抗体産生を誘導できたものと考えられる。
siRNAなどでMHCI発現を抑制したドナーT細胞はMHCIに対する反応を理論的に起こさないはずなので、F1ラットの系はsiRNAを用いる系と類似なモデルといえる。一方、自己T細胞は抗体応答を誘導できないため、アロT細胞を用いることが本発明における必要条件である。