特許第6884653号(P6884653)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6884653新規化合物、並びにその製造方法及び用途
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6884653
(24)【登録日】2021年5月14日
(45)【発行日】2021年6月9日
(54)【発明の名称】新規化合物、並びにその製造方法及び用途
(51)【国際特許分類】
   C07C 49/573 20060101AFI20210531BHJP
   A61P 1/00 20060101ALI20210531BHJP
   A61P 35/00 20060101ALI20210531BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20210531BHJP
   A61P 25/28 20060101ALI20210531BHJP
   A61K 31/12 20060101ALI20210531BHJP
   C07C 45/66 20060101ALI20210531BHJP
   C07C 45/64 20060101ALI20210531BHJP
   C07B 51/00 20060101ALN20210531BHJP
   C07B 61/00 20060101ALN20210531BHJP
【FI】
   C07C49/573CSP
   A61P1/00
   A61P35/00
   A61P43/00 111
   A61P25/28
   A61K31/12
   C07C45/66
   C07C45/64
   !C07B51/00 B
   !C07B61/00 300
【請求項の数】8
【全頁数】16
(21)【出願番号】特願2017-125500(P2017-125500)
(22)【出願日】2017年6月27日
(65)【公開番号】特開2019-6728(P2019-6728A)
(43)【公開日】2019年1月17日
【審査請求日】2020年6月4日
(73)【特許権者】
【識別番号】506388130
【氏名又は名称】宮澤 三雄
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】特許業務法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】宮澤 三雄
【審査官】 高森 ひとみ
(56)【参考文献】
【文献】 特開平4−273854(JP,A)
【文献】 特開2003−160529(JP,A)
【文献】 特開昭63−83038(JP,A)
【文献】 WU, Guo-Sheng et al.,Photochemical syntheses of B-damascenone and B-damascone,ACTA CHIMICA SINICA,1990年,Vol.48, No.11,pp.1113-1119
【文献】 SOBEH, M. et al.,Chemical profiling of Phlomis thapsoides(Lamiaceae) and in vitro testing of its biological activities,Med Chem Res,2016年,Vol.25,pp.2304-2315,DOI:10.1007/s00044-016-1677-9
【文献】 GERHAUSER, C. et al.,Identificaion of 3-hydroxy-B-damascone and related carotenoid-derived aroma compounds as novel potent inducers of Nrf2-mediated phase 2 response with concomitant anti-inflammatory activity,Molecular Nutrition Food Research,2009年,Vol.53, No.10,pp.1237-1244
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07C
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
式(2):
【化1】
で表される、10−ヒドロキシ−β−ダマスコン。
【請求項2】
β−ダマスコンのヒト代謝産物である、請求項1に記載の10−ヒドロキシ−β−ダマスコン。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の10−ヒドロキシ−β−ダマスコンを有効成分として含有する、胃がん細胞増殖抑制剤。
【請求項4】
請求項1又は2に記載の10−ヒドロキシ−β−ダマスコンを有効成分として含有する、β−セクレターゼ阻害剤。
【請求項5】
請求項4に記載のβ−セクレターゼ阻害剤を含有する老人性痴呆症の予防又は治療薬。
【請求項6】
請求項4に記載のβ−セクレターゼ阻害剤を含有するアルツハイマー型痴呆症の予防又は治療薬。
【請求項7】
式(2):
【化2】
で表される10−ヒドロキシ−β−ダマスコンを製造する方法であって、
式(4):
【化3】
で表されるβ−シクロシトラールと、式(5):
【化4】
(式中、Xはハロゲン原子を示す。)
で表されるグリニャール試薬とを反応させて、式(6):
【化5】
で表される第1中間体を得る第1工程、
該第1中間体のヒドロキシ基を酸化して、式(7):
【化6】
で表される第2中間体を得る第2工程、
該第2中間体のアルケン部分をヒドロキシ化して、式(8):
【化7】
で表される第3中間体を得る第3工程、
該第3中間体を脱水して、上記式(2)で表される目的物を得る第4工程
を含む方法。
【請求項8】
前記第4工程が、前記第3中間体の4位のヒドロキシ基を保護して、式(9):
【化8】
(式中、Rは、ヒドロキシ基の保護基を示す。)
で表される第4中間体を得、得られた第4中間体を脱水して、式(10):
【化9】
(式中、Rは、前記と同じ。)
で表される第5中間体を得た後、脱保護することにより、上記式(2)で表される目的物を得る、請求項7に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規化合物、並びにその製造方法及び用途に関する。
【背景技術】
【0002】
β−ダマスコンは、下記式(1):
【0003】
【化1】
【0004】
で表される化合物である。該化合物は、バラの精油等に含まれており、食品、香粧品等の香料原料として広く使用されている(例えば、特許文献1及び2)。
【0005】
特許文献1には、β−ダマスコンを、コラーゲン類含有飲食物の風味改善剤として使用することが記載されている。また、特許文献2には、β−ダマスコンを、毛髪化粧料のための香料組成物の香料成分として使用することが記載されている。
【0006】
また、β−ダマスコンの誘導体として、3−ヒドロキシ−β−ダマスコン、及び4−ヒドロキシ−β−ダマスコンが公知である。
【0007】
しかしながら、上記化合物以外のβ−ダマスコンの誘導体は報告されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2015−181349号公報
【特許文献2】特開2009−209159号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の主な目的は、β−ダマスコン誘導体として新規な化合物を提供することにある。本発明はまた、その新規化合物の製造方法及び用途を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、鋭意研究を重ねた結果、β−ダマスコンのヒト代謝産物が新規化合物であり、この新規化合物が胃がん細胞増殖抑制作用及びβ−セクレターゼ阻害作用を有することを見出した。本発明はこのような知見に基づき完成されたものである。
【0011】
本発明は、下記項1〜項8に示す10−ヒドロキシ−β−ダマスコン、その製造方法等に係る。
項1.
式(2):
【0012】
【化2】
【0013】
で表される、10−ヒドロキシ−β−ダマスコン。
項2.
β−ダマスコンのヒト代謝産物である、上記項1に記載の10−ヒドロキシ−β−ダマスコン。
項3.
上記項1又は2に記載の10−ヒドロキシ−β−ダマスコンを有効成分として含有する、胃がん細胞増殖抑制剤。
項4.
上記項1又は2に記載の10−ヒドロキシ−β−ダマスコンを有効成分として含有する、β−セクレターゼ阻害剤。
項5.
上記項4に記載のβ−セクレターゼ阻害剤を含有する老人性痴呆症の予防又は治療薬。
項6.
上記項4に記載のβ−セクレターゼ阻害剤を含有するアルツハイマー型痴呆症の予防又は治療薬。
項7.
式(2):
【0014】
【化3】
【0015】
で表される10−ヒドロキシ−β−ダマスコンを製造する方法であって、
式(4):
【0016】
【化4】
【0017】
で表されるβ−シクロシトラールと、式(5):
【0018】
【化5】
【0019】
(式中、Xはハロゲン原子を示す。)
で表されるグリニャール試薬とを反応させて、式(6):
【0020】
【化6】
【0021】
で表される第1中間体を得る第1工程、
該第1中間体のヒドロキシ基を酸化して、式(7):
【0022】
【化7】
【0023】
で表される第2中間体を得る第2工程、
該第2中間体のアルケン部分をヒドロキシ化して、式(8):
【0024】
【化8】
【0025】
で表される第3中間体を得る第3工程、
該第3中間体を脱水して、上記式(2)で表される目的物を得る第4工程
を含む方法。
項8.
前記第4工程が、前記第3中間体の4位のヒドロキシ基を保護して、式(9):
【0026】
【化9】
【0027】
(式中、Rは、ヒドロキシ基の保護基を示す。)
で表される第4中間体を得、得られた第4中間体を脱水して、式(10):
【0028】
【化10】
【0029】
(式中、Rは、前記と同じ。)
で表される第5中間体を得た後、脱保護することにより、上記式(2)で表される目的物を得る、上記項7に記載の方法。
【発明の効果】
【0030】
本発明の一般式(2)で表される化合物は新規であり、高い胃がん細胞増殖抑制作用を有しているため、胃がん細胞増殖抑制剤として有用である。また、該新規化合物は、高いβ−セクレターゼ阻害作用を有しているため、β−セクレターゼ阻害剤として有用であり、アルツハイマー型痴呆症等の老人性痴呆症の予防又は治療薬として利用可能である。本発明の化合物は、β−ダマスコンのヒト肝ミクロソームによる代謝によって製造することができる。また、本発明の製造方法を用いれば、β−シクロシトラールから該新規化合物を化学的に合成することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0031】
図1】実施例2の製造方法を説明するスキームである。
図2】β−ダマスコン(1)、10−ヒドロキシ−β−ダマスコン(2)、及び4−ヒドロキシ−β−ダマスコン(3)の胃がん細胞に対する増殖抑制効果を示す図である。
図3】β−ダマスコン(1)、10−ヒドロキシ−β−ダマスコン(2)、及び4−ヒドロキシ−β−ダマスコン(3)のβ−セクレターゼ活性阻害効果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0032】
本発明は、式(2):
【0033】
【化11】
【0034】
で表される10−ヒドロキシ−β−ダマスコン(以下、「化合物(2)」という場合もある。)である。上記化合物(2)は、文献未記載の新規化合物である。化合物(2)は、実施例で詳述するように、胃がん細胞増殖抑制作用を有していることから、胃がん細胞増殖抑制剤として用いることができる。また、化合物(2)は、実施例で詳述するように、β−セクレターゼ阻害作用を有していることから、β−セクレターゼ阻害剤として用いることができる。
【0035】
上記化合物(2)は、β−ダマスコンのヒト代謝産物である。すなわち、上記化合物(2)は、β−ダマスコンを、薬物代謝能力を有する酵素(例えば、ヒト肝ミクロソーム、P−450)による酵素反応によって得られる化合物である。
【0036】
上記化合物(2)は、β−ダマスコンのヒト肝ミクロソームによる代謝によって製造することができる。β−ダマスコンの代謝に使用するヒト肝ミクロソームとしては、市販の製品を用いてもよいし、公知の方法(例えば、「実験生物学講座6 細胞分画法」、編集:毛利秀雄、香川靖雄、発行所:丸善株式会社、ISBN:4-621-02950-9 C3345、発行日:1984/12/25、「Method in Enzymolozy, Volume 206, Cytochrome P450」、EDITED BY Michael R. Waterman、Eric F. Johnson、ACADEMIC PRESS, INC.、1991等の文献参照)に従って調製してもよい。具体的には、ヒト肝ミクロソームは、由来の明らかなヒトの肝臓をホモジナイズして得られる組織破砕物を遠心分離(例えば、4℃、10000×g、30min)した後、その上清をさらに遠心分離(例えば、4℃、100000×g、90min)し、得られた沈殿を、100mM ピロリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.4)に再度懸濁し、遠心分離(例えば、4℃、100000×g、60min)して得られる沈殿を、適切な緩衝液に懸濁して得られる画分を試料として用いればよい。
【0037】
β−ダマスコンの代謝は、β−ダマスコンをヒト肝ミクロソームで処理し、産生された代謝産物を採取することにより行われる。ここで、「処理」とは、β−ダマスコンとヒト肝ミクロソームとの接触、β−ダマスコンをヒト肝ミクロソームの培養培地に含有させて行う培養等の該技術分野で通常行われる代謝手段を含む意味で用いられている。「採取」とは、該技術分野で通常行われる分離、抽出及び精製手段を含む工程を意味している。
【0038】
また、上記化合物(2)は、原料であるβ−シクロシトラールから、下記に示す工程を経て製造することができる。以下、製造方法について詳細に説明する。
【0039】
第1工程
第1工程は、式(4):
【0040】
【化12】
【0041】
で表されるβ−シクロシトラールと、式(5):
【0042】
【化13】
【0043】
(式中、Xはハロゲン原子を示す。)
で表されるグリニャール試薬とを反応させて、式(6):
【0044】
【化14】
【0045】
で表される第1中間体を得る工程である。
【0046】
原料であるβ−シクロシトラール(4)として、市販品を使用することができる。
【0047】
ハロゲン原子として、臭素原子、塩素原子、ヨウ素原子等が挙げられる。グリニャール試薬として、アリルマグネシウムブロミド、アリルマグネシウムクロリド等を使用することができる。
【0048】
グリニャール試薬の使用量は、β−シクロシトラール(4)に対して、通常1.02〜2倍モル程度、好ましくは1.2倍モル程度である。
【0049】
グリニャール反応は、反応に悪影響を及ぼさない慣用の溶媒中で行うことが好ましい。このような溶媒として、ジメチルエーテル、ジエチルエーテル、エチルメチルエーテル、テトラヒドロフラン等のエーテル系溶媒が挙げられる。これらの溶媒の中でも、ジエチルエーテルが好ましい。
【0050】
反応温度は、通常−20〜20℃程度、好ましくは0℃程度である。
【0051】
反応時間は、通常0.2〜1時間程度、好ましくは0.5時間程度である。
【0052】
反応が完了した後に、反応混合物を酸で酸性化することにより、ヒドロキシ基を有する第1中間体(6)が得られる。酸としては希酸、例えば、希塩酸、希酢酸、希硫酸、希硝酸等を用いることができる。
【0053】
得られた生成物は反応液のまま、又は粗生成物として次の工程に用いることができる。或いは、常法に従って反応混合物から生成物を単離することもでき、クロマトグラフィー、再結晶、蒸留等の通常の分離手段によって容易に精製することもできる。
【0054】
第2工程
第2工程は、第1工程で得られた第1中間体(6)のヒドロキシ基を酸化して、式(7):
【0055】
【化15】
【0056】
で表される第2中間体を得る工程である。
【0057】
該工程は、第1中間体(6)のヒドロキシ基をカルボニル基に酸化することができる条件を、特に制限なく用いて行うことができる。
【0058】
例えば、酸化剤としてジメチルスルホキシドを用いて酸化反応を行うスワーン(Swern)酸化、酸化剤として超原子価ヨウ素化合物(デス・マーチン試薬)を用いて酸化反応を行うデス・マーチン(Dess-Martin)酸化の反応条件等を用いることができる。
【0059】
スワーン酸化は、ジメチルスルホキシドがアリル位又はベンジル位のアルコールを還流条件下で酸化してカルボニル化合物へと変換する反応である。該酸化には、活性化剤として塩化オキサリルを添加することが好ましい。
【0060】
スワーン酸化は、反応に悪影響を及ぼさない慣用の溶媒中で行うことが好ましい。このような溶媒として、ジクロロメタン、クロロホルム等のハロゲン系溶媒が挙げられる。これらの溶媒の中でも、ジクロロメタンが好ましい。
【0061】
反応温度は、通常−80〜−40℃程度、好ましくは−80℃程度である。
【0062】
反応時間は、通常0.2〜1時間程度、好ましくは0.5時間程度である。
【0063】
反応の最後に、トリエチルアミン等の塩基を加えることが好ましい。塩基を加えることにより、式(7)で表されるカルボニル化合物とジメチルスルフィドとが生成する。
【0064】
デス・マーチン酸化は、超原子価ヨウ素化合物(デス・マーチン試薬)を用いてアルコールをカルボニル化合物へと変換する酸化反応である。酸化剤として、1,1,1−トリアセトキシ−1,1−ジヒドロ−1,2−ベンズヨードキソール−3(1H)−オン(デス・マーチン・ペルヨージナン又はデス・マーチン試薬)が用いられる。
【0065】
デス・マーチン酸化は、反応に悪影響を及ぼさない慣用の溶媒中で行うことが好ましい。このような溶媒として、ジクロロメタン、クロロホルム等のハロゲン系溶媒が挙げられる。これらの溶媒の中でも、ジクロロメタンが好ましい。
【0066】
反応温度は、通常0〜25℃程度、好ましくは0℃程度である。
【0067】
反応時間は、通常0.1〜1時間程度、好ましくは0.5時間程度である。
【0068】
得られた生成物は反応液のまま、又は粗生成物として次の工程に用いることができる。或いは、常法に従って反応混合物から生成物を単離することもでき、クロマトグラフィー、再結晶、蒸留等の通常の分離手段によって容易に精製することもできる。
【0069】
第3工程
第3工程は、第2工程で得られた第2中間体(7)のアルケン部分をヒドロキシ化して、式(8):
【0070】
【化16】
【0071】
で表される第3中間体を得る工程である。
【0072】
酸化剤として、四酸化オスミウム(OsO)等を使用することができる。
【0073】
本酸化反応には、再酸化剤を共存させることが好ましい。再酸化剤として、N−メチルモルホリンN−オキシド(NMO)、トリメチルアミンオキシド((CHNO)等が挙げられる。
【0074】
反応温度は、通常0〜25℃程度、好ましくは20℃程度である。
【0075】
反応時間は、通常0.5〜3時間程度、好ましくは2時間程度である。
【0076】
得られた生成物は反応液のまま、又は粗生成物として次の工程に用いることができる。或いは、常法に従って反応混合物から生成物を単離することもでき、クロマトグラフィー、再結晶、蒸留等の通常の分離手段によって容易に精製することもできる。
【0077】
第4工程
第4工程は、第3工程で得られた第3中間体を脱水して、目的物である化合物(2)を得る工程である。
【0078】
該工程は、第3中間体(8)から水(HO)が除去されて、化合物(2)を生成することができる条件を、特に制限なく用いて行うことができる。
【0079】
目的物を収率よく製造する観点から、第3中間体(8)の4位のヒドロキシ基を保護した後に、脱水剤を用いて脱水を行い、その後に脱保護して、化合物(2)を製造することが好ましい。
【0080】
具体的には、前記第4工程が、前記第3中間体の4位のヒドロキシ基を保護して、式(9):
【0081】
【化17】
【0082】
(式中、Rは、ヒドロキシ基の保護基を示す。)
で表される第4中間体を得る工程(4−1)、該工程(4−1)で得られた第4中間体を脱水して、式(10):
【0083】
【化18】
【0084】
(式中、Rは、前記と同じ。)
で表される第5中間体を得る工程(4−2)、及び該工程(4−2)で得られた第5中間体を脱保護する工程(4−3)を含むことが好ましい。
【0085】
ヒドロキシ基の保護基としては、ヒドロキシ基の保護基として用いることができる基であれば特に制限なく使用することができる。ヒドロキシ基の保護基として、例えば、トリメチルシリル基、トリエチルシリル基、トリイソプロピルシリル基、tert−ブチルジメチルシリル基、tert−ブチルジフェニルシリル基等のシリル系保護基;アセチル基、プロパノイル基、ベンゾイル基等のアシル系保護基が挙げられる。
【0086】
工程(4−1)において、第3中間体(8)へのヒドロキシ基の保護基の導入は、公知の方法を用いて行うことができる。例えば、ヒドロキシ基の保護基がtert−ブチルジフェニルシリル基(TBDPS)の場合には、tert−ブチルジフェニルクロロシラン(TBDPSCl)を使用し、塩基存在下にジメチルホルムアミド等の有機溶媒中で行うことが好ましい。当該反応により、第3中間体(8)の側鎖末端のヒドロキシ基のみを保護することができ、第4中間体(9)を得ることができる。
【0087】
塩基としては、イミダゾール等のアミンが好ましく使用される。
【0088】
反応温度は、通常0〜25℃程度、好ましくは20℃程度である。反応時間は、通常0.15〜1時間程度、好ましくは0.5時間程度である。
【0089】
工程(4−2)において、第4中間体(9)の脱水反応は、公知の脱水剤を用いて行うことができる。脱水剤として、例えば、バージェス(Burgess)試薬等を挙げることができる。ジメチルホルムアミド等の有機溶媒中で、第4中間体(9)に脱水剤を作用させることが好ましい。
【0090】
バージェス試薬を用いる場合、反応温度は、通常0〜25℃程度、好ましくは20℃程度である。反応時間は、通常0.15〜2時間程度、好ましくは1時間程度である。
【0091】
工程(4−3)において、第5中間体(10)のヒドロキシ基の保護基の脱保護は、公知の方法を用いて行うことができる。例えば、ヒドロキシ基の保護基がtert−ブチルジフェニルシリル基(TBDPS)の場合には、テトラヒドロフラン等の有機溶媒中で、テトラブチルアンモニウムフルオリド(TBAF)等の脱シリル化剤を作用させることが好ましい。当該反応により、第5中間体(10)の側鎖末端のヒドロキシ基の保護基が除去されて、目的物(2)を得ることができる。
【0092】
反応温度は、通常0〜25℃程度、好ましくは20℃程度である。反応時間は、通常0.15〜1時間程度、好ましくは0.5時間程度である。
【0093】
得られた生成物は、常法に従って反応混合物から生成物を単離することもでき、クロマトグラフィー、再結晶、蒸留等の通常の分離手段によって容易に精製することもできる。
【0094】
このように、10−ヒドロキシ−β−ダマスコン(2)を、β−シクロシトラール(4)から化学的に合成することができる。
【0095】
10−ヒドロキシ−β−ダマスコン(2)は、高い胃がん細胞増殖抑制作用、β−セクレターゼ阻害作用等の活性を有している。
【0096】
胃がん細胞増殖抑制作用に関しては、10−ヒドロキシ−β−ダマスコン(2)は、β−ダマスコン(1)、及び4−ヒドロキシ−β−ダマスコン(3)より高い胃がん細胞増殖抑制活性を有している(試験例1参照)。
【0097】
β−セクレターゼ阻害作用に関しては、10−ヒドロキシ−β−ダマスコン(2)は、β−ダマスコン(1)、及び4−ヒドロキシ−β−ダマスコン(3)より高いβ−セクレターゼ阻害活性を有している(試験例2参照)。
【0098】
10−ヒドロキシ−β−ダマスコン(2)は、上記の活性を有するため、医薬組成物(胃がん細胞増殖抑制剤、β−セクレターゼ阻害剤等)として用いることができる。
【0099】
また、本発明のβ−セクレターゼ阻害剤は、各種用途に用いることができる。例えば、本発明のβ−セクレターゼ阻害剤を医薬品として用いる場合、哺乳動物(特に、ヒト)における老人性痴呆症の予防薬又は治療薬、特にアルツハイマー型痴呆症の予防薬又は治療薬として用いることができる。
【0100】
10−ヒドロキシ−β−ダマスコン(2)をヒト又は動物用の医薬組成物として用いる場合、10−ヒドロキシ−β−ダマスコン(2)を、そのままの状態で又は適当な媒体で希釈して、医薬品等の製造分野における公知の方法により、散剤、顆粒剤、錠剤、カプセル剤又は液剤等の種々の形態にして用いることができる。
【0101】
これらの形態においては、適当な媒体を添加してもよい。適当な媒体としては、医薬的に許容される賦形剤、例えば、結合剤(例えば、シロップ、アラビアゴム、ゼラチン、ソルビトール、トラガント、ポリビニルピロリドン等)、充填剤(例えば、乳糖、砂糖、トウモロコシデンプン、リン酸カルシウム、ソルビトール、グリシン等)、錠剤用滑剤(例えば、ステアリン酸マグネシウム、タルク、ポリエチレングリコール、シリカ等)、崩壊剤(例えば、馬鈴薯デンプン)、湿潤剤(例えば、ラウリル硫酸ナトリウム)等が挙げられる。
【0102】
錠剤とする場合は、通常の製薬における周知の方法でコートしてもよい。液体製剤とする場合は、例えば、水性又は油性の懸濁液、溶液、エマルジョン、シロップ、又はエリキシルの形態であってもよい。また、使用前に水等の適切な賦形剤と混合する乾燥製品として提供してもよい。
【0103】
液体製剤は、通常の添加剤、例えば、ソルビトール、シロップ、メチルセルロース、グルコースシロップ、ゼラチン水添加食用脂等の懸濁化剤;レシチン、ソルビタンモノオレエート、アラビアゴム等の乳化剤(食用脂を含んでもよい);アーモンド油、分画ココヤシ油又はグリセリン、プロピレングリコール、エチレングリコール等の油性エステル等の非水性賦形剤;p−ヒドロキシ安息香酸メチル、p−ヒドロキシ安息香酸プロピル、ソルビン酸等の保存剤を含んでもよく、さらに所望により着色剤、香料等を含んでもよい。
【0104】
医薬組成物における10−ヒドロキシ−β−ダマスコン(2)の使用量は、使用目的、対象疾患、自覚症状の程度、使用者の体重、年齢等により、適宜調整される。
【0105】
製剤を投与する場合、その形態は特に限定されず、通常用いられる方法であればよく、経口投与でも非経口投与でもよい。本発明に係る投与量は、症状の程度、年齢、性別、体重、投与形態、塩の種類、疾患の具体的な種類等に応じて、製剤学的な有効量を適宜選ぶことができる。
【実施例】
【0106】
以下、実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例等に限定されるものではない。
【0107】
実施例1
(ヒト肝ミクロソームを用いたβ−ダマスコンの代謝による10−ヒドロキシ−β−ダマスコンの製造)
試験管に、ヒト肝ミクロソーム(HLM)、β−ダマスコン(1)、リン酸緩衝液(pH7.4)、NADPH-generating systemを加え、37℃で20分間培養を行った。その後、反応停止剤及び抽出溶媒として塩化メチレン(0.1〜0.2mL)を加えて撹拌し、遠心分離を行い、得られた有機層をGC−MS測定を行った。GC−MS測定で解析した結果、10−ヒドロキシ−β−ダマスコン(2)が生成したことが確認された。
【0108】
【数1】
【0109】
実施例2
β−シクロシトラールから10−ヒドロキシ−β−ダマスコン(2)を合成する操作の一例を、図1に示す。また、以下の工程において、減圧濃縮は、ロータリーエバポレーターを用いて行った。
【0110】
(1)第1工程
ジエチルエーテル(50mL)中において、β−シクロシトラール(1.0g、6.6ミリモル)とグリニャール試薬である1Mアリルマグネシウムブロミド(7.9mL、7.9ミリモル)を0℃で0.5時間反応させ、1−(2,2,6−トリメチルシクロヘキサ−1−エン−イル)ブタ−3−エン−1−オールを1.1g得た(収率85%)。
【0111】
(2)第2工程
ジクロロメタン(50mL)中において、1−(2,2,6−トリメチルシクロヘキサ−1−エン−イル)ブタ−3−エン−1−オール(1.0g、5.2ミリモル)、塩化オキサリル(0.7g、5.7ミリモル)及びDMSO(0.5g、6.2ミリモル)を−80℃で0.5時間反応させ、その後、トリエチルアミン(2.7g、26ミリモル)を加えることで、ケトン体である1−(2,2,6−トリメチルシクロヘキサ−1−エン−イル)ブタ−3−エン−1−オンを0.81g得た(収率81%)。
【0112】
(3)第3工程
アセトンと水との混合溶媒(1:10(容積比)、20mL)中において、第2工程で得られた化合物(0.81g、4.2ミリモル)を、再酸化剤であるN−メチルモルホリン N−オキシド(NMO)(0.77g、6.6モル)の共存下、四酸化オスミウム(0.1モル%)と25℃で1時間反応させてビニル基のジヒドロキシル化を行うことにより、3,4−ジヒドロキシ−1−(2,2,6−トリメチルシクロヘキサ−1−エン−イル)ブタン−1−オンを0.67g得た(収率71%)。
【0113】
(4)第4工程
工程(4−1)
N,N−ジメチルホルムアミド(DMF)(5mL)中において、第3工程で得られたジオール体(0.67g、3.0ミリモル)をtert−ブチルジフェニルクロロシラン(TBDPSCl)(1.6g、6モル)と25℃で1時間反応させることにより、前記ジオール体の第1級アルコールを選択的に保護した生成物を1.2g得た(収率88%)。
【0114】
工程(4−2)
N,N−ジメチルホルムアミド(DMF)(5mL)中において、工程(4−1)で得られた化合物(1.2g、2.6ミリモル)を、バージェス試薬(1.2g、5.2ミリモル)と40℃で2時間反応させることにより、脱水された生成物を0.76g得た(収率65%)。
【0115】
工程(4−3)
テトラヒドロフラン(THF)(10mL)中において、工程(4−2)で得られた化合物を、TBAF(0.66g、2.5ミリモル)と25℃で0.5時間反応させることにより、目的の化合物2を0.29g得た(収率81%)。
【0116】
試験例1(胃がん細胞増殖抑制試験)
JCRB細胞バンクから購入したMKN45を、10%(v/v)ウシ胎児血清(FBS)、100unit/mlペニシリンG及び100μg/mlストレプトマイシンを含むRPMI−1640培地(Sigma社製)で培養(5%CO、37℃)した。次に、細胞培養溶96ウェル平底マイクロプレート(住友ベークライト社製)に、7.5×103cells(100μl medium/well)ずつ播種し、24時間培養した。培地に被験物質を含む培地(100μl、DMSO終濃度:0.1%)を添加して、さらに48時間培養(5%CO、37℃)した。
【0117】
培養後、5mg/mlの3−(4,5−ジメチル−2,5−ジフェニル−2H−テトラソリウム ブロミド(MTT、PBS(−)溶液)を20μl/well添加し、4時間培養した。培地を除去した後、生成したホルマザン(formazan)をマイクロプレートリーダーにてO.D.値を測定し、以下の式により増殖抑制率を求めた(測定波長:570nm、参照波長:655nm)。
【0118】
O.D.(% of Control) =
[サンプル添加群のO.D. / 対照群(サンプル非添加群)のO.D.]×100
【0119】
試験例2(β−セクレターゼ阻害試験)
β−セクレターゼ阻害活性を、PanVera社から購入したBACE1(組換えヒトBACE1)アッセイキットを用いて評価した。評価試験は、メーカーが作製したキットの取扱説明書の記載を改変した方法(Jeon S.Y., et. al., Bioorg. Med. Chem. Lett. 13: 3905-3908 (2003))に従って行った。以下、簡単に説明する。
【0120】
10μLのBACE1(1.0U/mL)、10μLの基質(10mM重炭酸アンモニウム中の750nM Rh−EVNLDAEFK−Quencher)、及び10μLの試料溶液(試料を30%DMSOに溶かした溶液)を混合して試験試料とした。また、上記試料溶液の替わりに10μLのアッセイバッファー(30%DMSO含有、50mM酢酸ナトリウム、pH4.5)を加えたものをコントロールとした。これらを暗所において室温で60分間インキュベーションした後に、550nmの波長の光を照射して励起させ、590nmの波長における発光強度を測定した。
【0121】
β−セクレターゼ活性の阻害パーセントを以下の式:
セクレターゼ活性(%)=[1−{(S−S)/(C−C)}]×100
(式中、Cは60分間のインキュベーション後のコントロール(酵素、バッファー、及び基質)の発光強度を示し、Cは0時におけるコントロールの発光強度を示し、Sはインキュベーション後の試験試料(酵素、試験溶液、及び基質)の発光強度を示し、Sは0時における試料溶液の発光強度を示す。)に従って計算した。なお、全データは、3回の試験結果の平均である。結果を図3に示す。
図1
図2
図3