特許第6884875号(P6884875)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6884875耐応力除去焼鈍のレーザースクライビングされた方向性ケイ素鋼およびその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6884875
(24)【登録日】2021年5月14日
(45)【発行日】2021年6月9日
(54)【発明の名称】耐応力除去焼鈍のレーザースクライビングされた方向性ケイ素鋼およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C21D 8/12 20060101AFI20210531BHJP
   B23K 26/364 20140101ALI20210531BHJP
   H01F 1/147 20060101ALI20210531BHJP
【FI】
   C21D8/12 D
   B23K26/364
   H01F1/147 183
【請求項の数】14
【全頁数】17
(21)【出願番号】特願2019-548294(P2019-548294)
(86)(22)【出願日】2018年1月24日
(65)【公表番号】特表2020-514548(P2020-514548A)
(43)【公表日】2020年5月21日
(86)【国際出願番号】CN2018074023
(87)【国際公開番号】WO2018177007
(87)【国際公開日】20181004
【審査請求日】2019年9月4日
(31)【優先権主張番号】201710187566.3
(32)【優先日】2017年3月27日
(33)【優先権主張国】CN
(73)【特許権者】
【識別番号】514216801
【氏名又は名称】バオシャン アイアン アンド スティール カンパニー リミテッド
(74)【代理人】
【識別番号】110001416
【氏名又は名称】特許業務法人 信栄特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】チャオ、ツーポン
(72)【発明者】
【氏名】リー、クオパオ
(72)【発明者】
【氏名】ヤン、ヨンチエ
(72)【発明者】
【氏名】ウー、メイホン
(72)【発明者】
【氏名】マー、チャンソン
(72)【発明者】
【氏名】チー、ヤーミン
(72)【発明者】
【氏名】リン、チェン
(72)【発明者】
【氏名】シエ、ウェイヨン
(72)【発明者】
【氏名】クオ、チエンクオ
【審査官】 鈴木 葉子
(56)【参考文献】
【文献】 特開平10−324959(JP,A)
【文献】 国際公開第2016/171124(WO,A1)
【文献】 中国特許出願公開第106282512(CN,A)
【文献】 特開平11−043746(JP,A)
【文献】 特開昭64−083620(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00−38/60
C21D 8/12, 9/46
H01F 1/12− 1/38, 1/44
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
レーザースクライビング法により、方向性ケイ素鋼の片面または両面にスクライビングで平行な線状スクライブ溝が形成されてあり、前記線状スクライブ溝が鋼板の圧延方向と垂直となるか又はある角度をなし、
前記線状スクライブ溝の縁部の突起の最大高さが5μm以下であり、隣接する線状スクライブ溝の間にあるスクライビングのない領域でのスパッタリング物の最大高さが5μm以下であり、かつ単位面積当たりのスパッタリング物の占める面積の割合が5%以下であり、
前記線状スクライブ溝の底部の中心線の線粗さRaが2.1μm以下である、
耐応力除去焼鈍のレーザースクライビングされた方向性ケイ素鋼。
【請求項2】
好適な範囲として、前記スパッタリング物の高さが2μm以下であり、単位面積当たりのスパッタリング物の占める割合が2.5%以下である、請求項1に記載の耐応力除去焼鈍のレーザースクライビングされた方向性ケイ素鋼
【請求項3】
記線状スクライブ溝の底部の中心線の線粗さRaが0.52μm以下である、請求項1または2に記載の耐応力除去焼鈍のレーザースクライビングされた方向性ケイ素鋼。
【請求項4】
前記線状スクライブ溝の形状が、略三角形、台形、半円形または楕円形である、請求項1、2または3に記載の耐応力除去焼鈍のレーザースクライビングされた方向性ケイ素鋼。
【請求項5】
前記線状スクライブ溝が鋼板の圧延の横方向となす角度が、0〜30°である、請求項1、2、3または4に記載の耐応力除去焼鈍のレーザースクライビングされた方向性ケイ素鋼。
【請求項6】
前記線状スクライブ溝の幅が5〜300μmであり、スクライブ溝の深さが5〜60μmであり、隣接する線状スクライブ溝間の間隔が1〜10mmである、請求項1、2、3、4または5に記載の耐応力除去焼鈍のレーザースクライビングされた方向性ケイ素鋼。
【請求項7】
製錬、連続鋳造、熱間圧延、1回または中間焼鈍を含む2回の冷間圧延、脱炭焼鈍、鋼板表面へのMgO焼鈍分離剤の塗布、高温焼鈍、熱延伸平坦化焼鈍による方向性ケイ素鋼の最終製品の形成を含む方向性ケイ素鋼の製造方法であって、
さらに、脱炭焼鈍の前に、または熱延伸平坦化焼鈍の前または後に実施されるレーザースクライビングを含み、該レーザースクライビングが、
1)方向性ケイ素鋼の表面に保護膜を形成すること、
2)方向性ケイ素鋼の表面に、一連の、鋼板の圧延方向と垂直となるか又はある角度をなす線状スクライブ溝を形成するようにレーザースクライビングすること、
3)方向性ケイ素鋼の表面をブラッシングし、保護膜を除去し、及び乾燥すること、を含む、請求項1〜のいずれか1項に記載の耐応力除去焼鈍のレーザースクライビングされた方向性ケイ素鋼の製造方法。
【請求項8】
前記保護膜の成膜物質が、金属酸化物粉末、および0.3〜5.5重量%の水である、請求項に記載の製造方法。
【請求項9】
前記保護膜の厚さが、1.0μm〜13.0μmの範囲にある、請求項またはに記載の製造方法。
【請求項10】
前記金属酸化物粉末が、非水溶性で、単一粉末または複数種の粉末の組み合わせであり、粉末中の粒子径が500μm以上の粒子の占める割合が体積比で10%以下である、請求項に記載の製造方法。
【請求項11】
前記金属酸化物粉末が、アルカリ土類金属酸化物、Al23、ZnOまたはZrOの1種または複数種の組み合わせである、請求項または1に記載の製造方法。
【請求項12】
前記レーザースクライビング工程におけるレーザーのパワー密度Iが、1.0×106W/cm2以上であり、平均エネルギー密度e0が、0.8J/mm2〜8.0J/mm2の範囲にあり、且つ平均エネルギー密度と保護膜の膜厚の比aが、0.6〜7.0の範囲にある、請求項に記載の製造方法。
【請求項13】
製錬、連続鋳造、熱間圧延、1回または中間焼鈍を含む2回の冷間圧延、脱炭焼鈍、鋼板表面へのMgO焼鈍分離剤の塗布、高温焼鈍、熱延伸平坦化焼鈍および絶縁コーティングの塗布による方向性ケイ素鋼の最終製品の形成を含む方向性ケイ素鋼の製造方法であって、前記鋼板表面へのMgO焼鈍分離剤の塗布の後に、一連の、鋼板の圧延方向と垂直となるか又はある角度をなす線状スクライブ溝を形成するようにレーザースクライビングが実施され、レーザーエネルギー密度と表面被膜の膜厚の比aが0.6〜7.0の範囲にある、請求項1〜のいずれか1項に記載の耐応力除去焼鈍のレーザースクライビングされた方向性ケイ素鋼の製造方法。
【請求項14】
前記レーザースクライビング工程に用いられるレーザー光ソースが、CO2レーザー発振器、固体レーザー発振器、光ファイバレーザー発振器の1種または複数種の組み合わせであり、レーザーが連続式またはパルス式である、請求項または1に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、方向性ケイ素鋼およびその製造方法に関し、特に、耐応力除去焼鈍のレーザースクライビングされた方向性ケイ素鋼およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、世界のエネルギーおよび環境問題がますます突出し、省エネルギーおよび消費電力の低減の需要が世界的に増加し、各国は相応する装置のエネルギー消費の規制を普遍的に向上し、様々な装置のエネルギーに対する無効電力を低減している。現在、変圧器は電力伝送システムにおける基本構成部品として、その損失は電力伝送システムにおける損失の約40%程度を占める。ここで、方向性ケイ素鋼を積層又は巻き取って製造された鉄心は、動作状態での無効電力が約全損失の20%程度を占める。鉄心損失は、一般に鉄損と略称する。これから分かるように、方向性ケイ素鋼の鉄損を低減することは国民経済および環境保護において重大な意義を有する。
【0003】
方向性ケイ素鋼は強磁性材料であり、その内部結晶粒{110}<001>方位を鋼板圧延方向にほぼ一致させて名付けられる。方向性ケイ素鋼{110}<001>方位の透磁性は最も良いため、電力伝送における変圧器の製造に広く用いられている。方向性ケイ素鋼の透磁性は一般的にB8で特徴付けられ、すなわち800A/mの励起磁場でのケイ素鋼板の磁束密度であり、単位がTである。鉄損は一般的にP17/50で特徴付けられ、すなわち50Hzの交流励磁場でケイ素鋼板中の磁束密度が1.7Tに達する時磁化に消費される無効電力量であり、単位がW/kgである。一般的に、B8とP17/50は、通常方向性ケイ素鋼の変圧器の動作状態での基本性能を特徴付ける。
【0004】
方向性ケイ素鋼の基本的な製造フローは以下の通りである。
一定のケイ素含有量を有する鋼材は製鉄、製鋼、連続鋳造を経てから、熱間圧延工程を経て、さらに1回又は中間焼鈍を含む2回の冷間圧延により、鋼材を目標厚さまで圧延し、その後脱炭焼鈍を経て、表面に酸化膜を有する一次再結晶鋼板を形成する。その後に、鋼板表面にMgOを主とする焼鈍分離剤を塗布し、20Hr以上の高温焼鈍を行い、二次再結晶組織を有する方向性ケイ素鋼板を形成し、次に熱延伸平坦化焼鈍を行い、かつコーティング塗布および焼成プロセスを施し、完成品の方向性ケイ素鋼を製造する。該方向性ケイ素鋼板は高磁束密度、低鉄損という特徴を有し、特に変圧器鉄心の製造に適用する。
【0005】
方向性ケイ素鋼の鉄損は、ヒステリシス損、渦電流損および異常渦電流損の3部分で構成される。ヒステリシス損は、磁化および逆磁化過程において、材料中の介在物、結晶欠陥、内部応力などの因子により磁壁移動が阻害され、磁束密度が磁界の強さの変化に対して遅れる磁気ヒステリシスによるエネルギー損失を引き起こす。渦電流損は、磁化過程において磁束変化が局所的な起電力を生成して渦電流を引き起こすことによるエネルギー損失であり、ケイ素鋼板の導電率および厚さに関連する。異常渦電流損は、ケイ素鋼板の磁化時の磁区構造の違いによるエネルギー損失であり、主に磁区幅の影響を受ける。
【0006】
方向性ケイ素鋼の結晶粒内の磁区構造は自発磁化と反磁界の共同作用により形成され、単一磁区内部原子の磁気モーメントが同一方向に配列することにより、マクロ結晶が強磁性的性質を示すようになる。方向性ケイ素鋼の磁区は、外部磁場のない条件下で主に逆方向に平行に配列された180°ドメインであり、単一磁区幅は一般的に数十ミクロンひいては数ミリメートルに達することができる。隣接する磁区間には数十から数百の原子層の遷移層が存在し、磁壁と呼ばれる。磁化過程において、外場駆動で磁気モーメントが回転し、磁壁移動により隣接する磁区が相互に併合し、これにより磁気誘導機能を実現する。磁区を細分化すること、すなわち磁区幅を小さくすることは、異常渦電流損を効果的に低減させることができ、ケイ素鋼板の鉄損を低減させる重要な方法であり、また方向性ケイ素鋼技術の進歩の主な方向の一つである。
【0007】
方向性ケイ素鋼表面にスクライビングを施して磁区を細分化して鉄損を低減する技術は、スクライビングの効果によって2種類に分類することができる。1種類は非耐応力除去焼鈍のスクライビングであり、レーザー、プラズマビーム、電子ビームなどの方式により表面に一定の間隔で線状熱応力領域を形成し、該領域の周囲にサブドメインを出現させることにより、180°ドメイン幅を減少させ、鉄損を低減するという目的を達成する。このような方法による磁区細分化の効果は、応力除去焼鈍を経た後にスクライビングに伴って熱応力が除去されて消失し、鉄損が元のレベルに戻るため、応力を除去する焼鈍を行わない積層鉄心変圧器の製造のみに用いることができる。もう1種類は耐応力除去焼鈍スクライビングであり、目前報告されている技術的手段は機械、電気化学エッチング、レーザービームなどがあり、その基本的な技術的手段としては、その内部のエネルギーを改めて分配させ、180°ドメイン幅を減少させ、鉄損を低減するように、方向性ケイ素鋼表面に線状熱応力領域を形成することであるが、このような方法で製造された方向性ケイ素鋼は、応力除去焼鈍の後に鉄損が回復しないため、応力除去焼鈍の必要がある巻鉄心変圧器の製造に応用することができる。巻鉄心変圧器は方向性ケイ素鋼の圧延方向の磁気特性の優位性を十分に利用し、損失および騒音の面でいずれも明らかな優位性があり、従って、下流ユーザーに好まれる。耐応力除去焼鈍された方向性ケイ素鋼は、特に当該タイプの変圧器製造に適用し、技術進歩の方向である。
【0008】
米国特許US4770720では、機械的圧力法によりケイ素鋼表面にマイクロ歪み領域を形成し、応力除去焼鈍を経た後に歪み領域の下方に小さな結晶粒を形成し、小さい結晶粒の方位が基板の方位と異なるため、磁区細分化の効果を奏する。
【0009】
米国特許US7063780では、電解腐食法を利用して耐熱スクライビング効果を奏する。まず、下地層付方向性ケイ素鋼板をレーザーにより線状に加工し、この領域が金属基体を露出させるように下地層を剥離し、さらに電解液中に浸漬し、ケイ素鋼板と白金電極とが電極対を形成させ、電極電位の正負の変化を交互に制御することにより、基板を電解エッチングして矩形に近い線状スクライブ溝を形成する。
【0010】
米国特許US7045025では、レーザービームを利用して熱延伸平坦化焼鈍前又は後に、ケイ素鋼板表面に線状局所加熱を行い、再溶融領域を形成し、コーティング物質と部分金属基体を溶融した後に再冷却し、硬化して再溶融領域を形成し、再溶融領域の幅および深さを制御することによりケイ素鋼板の鉄損を低減させる。
【0011】
中国特許CN102941413Aでは、複数回のレーザースクライブにより、スクライブ溝の深さと幅の正確な制御を実現し、ケイ素鋼板の鉄損を8%以上に低下させる。米国特許US20130139932では、レーザービームのエネルギー密度を制御することによりケイ素鋼表面に一定の深さを有するスクライブ溝を形成し、スクライブ溝に等軸晶領域を形成し、二次再結晶粒径を小さくし、磁区が細分化される。
【0012】
方向性ケイ素鋼の耐熱スクライビング技術は、一定の手段により鋼板表面に一連のスクライブ溝又は歪みを形成し、磁区を細分化し、鉄損を低下させる。スクライブ溝や歪みの存在は焼鈍によって変わることはなく、鉄損低減効果は応力除去焼鈍過程で消滅しないため、特に巻鉄心変圧器の製造に適用される。
【0013】
どのように高効率で低コストで耐応力除去焼鈍の方向性ケイ素鋼を製造するかは鉄鋼製造企業が直面する共通難題であり、その重要な難点は、スクライビングのスクライブ溝のミクロ特性とマクロバッチ製造の両立不可能性にある。
【0014】
従来の電気化学法で実現された耐熱スクライビング技術は、工程が複雑で、ある程度の化学汚染があり、かつ形成されたスクライブ溝の形状、深さの制御性が低く、磁性が安定して均一な方向性ケイ素鋼板を取得しにくい。機械的圧力によりスクライブ溝を形成する技術的手段は、歯ロールに対する要求が非常に高く、かつ方向性ケイ素鋼表面における底層のケイ酸マグネシウムの硬度が高く、歯ロールの摩耗が速く、大量製造によるコストが高い。レーザーで複数回走査することによりスクライブ溝を形成し、繰返し位置決め精度の要求が高く、パイプライン生産が困難である。レーザー熱溶融法でスクライブ溝又は再溶融領域を形成する方式では、スクライブ溝縁部およびその近傍に火口状突起およびスパッタリング物が発生しやすく、ケイ素鋼板の占積率が低下し、かつ製造された変圧器は稼働中にシート間導通のリスクがある。
【0015】
方向性ケイ素鋼は、その内部結晶粒が略同一方向を有することにより名付けられ、一定のケイ素含有量を有し、且つその磁化容易方向が製造工程における圧延方向と略同一の電磁鋼板である。鋼板内部に結晶粒の磁化容易方向と同じか逆向きの180°ドメインが存在し、交流磁化過程において鋼板内磁極が隣接する磁区間の磁壁移動により高速回転を実現するため、良好な透磁特性を有し、製造された変圧器の透磁効率が高く、鉄損が低い。
【0016】
ケイ素鋼材料の鉄損を低減することはケイ素鋼技術の発展方向であり、現在では2種類の技術的手段がケイ素鋼板の鉄損を低減すると認められている。その一つは、冶金学的方法により二次再結晶組織を制御し、方向性度を向上させて鉄損を低下させ、可能な限り結晶粒の磁化容易方向を鋼板圧延方向と一致させ、即ち結晶粒方向性のオフ角を低減させる。もう一つは、磁区幅を小さくすることで鉄損を低減させ、すなわち磁区を細分化する。磁区細分化により、方向性ケイ素鋼の反渦電流損を低減させることができる。米国特許US7442260B2、US5241151A等に開示された手段は、レーザー又は電子ビームなどの方式で完成品の方向性ケイ素鋼の表面にほぼ圧延方向に垂直な線状熱応力領域を印加し、応力がその近傍領域に圧延方向に垂直な90°ドメインを生成し、180°ドメイン幅を減少させるにより、方向性ケイ素鋼の鉄損を低減させるが、当該種類の製品は様々な積層鉄心変圧器の製造に広く応用されている。
【0017】
省エネルギーで環境にやさしい要求がますます高くなるにつれて、巻鉄心変圧器は市場に好まれるようになってきている。鉄心を巻き取るケイ素鋼板は鋼板圧延方向に巻回されるものであり、方向性ケイ素鋼の圧延方向における磁気特性の優位性を十分に利用しているため、積層鉄心に比べて低損失、低騒音、剪断廃棄物がないなどの利点を有し、中小型省エネルギー型変圧器の製造に特に適用する。しかし、鉄心は巻回過程で内部応力が発生し、ケイ素鋼板の鉄損性能が劣化するため、鉄心は応力除去焼鈍を経る必要がある。応力除去焼鈍のプロセスは、一般的に保護雰囲気中で800℃以上、2hr以上の保温であり、この時に材料内部の転位が完全に回復し、内部応力が完全に除去され、ケイ素鋼板の磁性が最適な状態に達する。従来のレーザーや電子ビームにより線状応力領域の細分化磁区が生成された方向性ケイ素鋼板は、応力除去焼鈍を経た後に磁区効果が応力消失に伴って消滅するため、巻鉄心変圧器の製造に用いることができない。
【0018】
上記磁区細分化効果を応力除去焼鈍後に保持するために、耐応力除去焼鈍の磁区細分化技術が開発されている。即ち、化学エッチング、機械的圧力などによりケイ素鋼板表面に一定の形状を有するスクライブ溝を形成し、スクライブ溝において自由磁極の存在により材料エネルギーが再分配され、磁区幅が減少し、鉄損が低下する。スクライブ溝が応力除去焼鈍において変化しないため、このような技術を用いて生産された方向性ケイ素鋼板は巻鉄心変圧器の製造に応用することができ、耐熱スクライビング技術と総称される。
【0019】
現在、商業化に応用される耐熱スクライビング技術は、それぞれ、化学エッチング法および機械的スクライビング法である。化学エッチング法を用いると、その製造過程が化学反応に属するため、スクライブ溝の均一性およびプロセスの制御性がいずれも悪く、かつ環境に一定の汚染がある。機械的圧力により歪み領域を形成する技術的手段は、ケイ素鋼材料の硬度が高くスクライブ溝の寸法が小さく、機械装置の硬度および加工精度に対する要求が高い。米国特許US7045025では、レーザー加工で熱溶融領域を形成する方案を採用し、金属の融点が高く、熱伝導率が高く、スクライブ溝縁に金属の溶融により形成された火口状突起が形成され、付近に金属が気化した後冷却、再凝結させて形成される付着性堆積物が生成され、ケイ素鋼板の占積率を低下させ、しかも変圧器の稼働中のシート間の導通のリスクを増大させる。中国特許CN102941413Aでは、複数回のレーザースクライビングを使用してスパッタリング物により占積率が低下するという難題を克服するが、繰り返しスクライビング効率が低く、繰り返し位置決めの難しさが大きく、工業化パイプラインの量産を実現することが困難である。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0020】
本発明の目的は、製造コストが低く、最終製品のスクライビング効果が応力除去焼鈍の過程で消失せず、特に、巻鉄心変圧器の製造に適用する耐応力除去焼鈍のレーザースクライビングされた方向性ケイ素鋼板およびその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0021】
上記目的を達成するために、本発明の技術的手段は以下のとおりである。
レーザースクライビング法により、方向性ケイ素鋼の片面または両面にスクライビングで平行な線状スクライブ溝が形成されてあり、該線状スクライブ溝が鋼板の圧延方向と垂直となるかまたはある角度をなし、線状スクライブ溝の縁部の突起の最大高さが5μm以下であり、隣接する線状スクライブ溝の間にあるスクライビングのない領域でのスパッタリング物の最大高さが5μm以下であり、かつ線状スクライブ溝の近傍領域でのスパッタリング物の占める面積の割合が5%以下である耐応力除去焼鈍のレーザースクライビングされた方向性ケイ素鋼。
好ましくは、前記線状スクライブ溝の間にあるスクライビングのない領域でのスパッタリング物の高さが2μm以下であり、かつ線状スクライブ溝の近傍領域でのスパッタリング物の占める面積の割合が2.5%以下である。
好ましくは、前記線状スクライブ溝の底部の中心線の線粗さRaが2.1μm以下である。
好ましくは、前記線状スクライブ溝の底部の中心線の線粗さRaが0.52μm以下である。
好ましくは、前記線状スクライブ溝の形状は、略三角形、台形、半円形または楕円形である。
好ましくは、前記線状スクライブ溝の鋼板の圧延方向となす角度は、0〜30°である。
好ましくは、前記線状スクライブ溝の幅が5〜300μmであり、スクライブ溝の深さが5〜60μmであり、隣接する線状スクライブ溝間の間隔が1〜10mmである。
【0022】
本発明は、製錬、連続鋳造、熱間圧延、1回または中間焼鈍を含む2回の冷間圧延、脱炭焼鈍、高温焼鈍、熱延伸平坦化焼鈍及び絶縁コーティングの塗布による方向性ケイ素鋼の最終製品の形成を含む方向性ケイ素鋼の製造方法であって、
さらに、前記レーザースクライビングが脱炭焼鈍の前に、または熱延伸平坦化焼鈍の前または後に実施されるレーザースクライビング工程を含み、前記レーザースクライビングが、
1)方向性ケイ素鋼の表面に保護膜を形成すること、
2)方向性ケイ素鋼の表面に、一連の、鋼板の圧延方向と垂直となるかまたはある角度をなす線状スクライブ溝を形成するようにレーザースクライビングすること、
3)方向性ケイ素鋼の表面をブラッシングし、保護膜を除去し、および乾燥すること、
を含む、耐応力除去焼鈍のレーザースクライビングされた方向性ケイ素鋼の製造方法。
好ましくは、前記保護膜の成膜物質は、金属酸化物粉末、および0.3%〜5.5重量%の水である。
好ましくは、前記保護膜の厚さが、1.0μm〜13.0μmの範囲にある。
好ましくは、前記金属酸化物粉末は、非水溶性で、単一粉末または複数種の粉末の組み合わせであり、粉末中の粒子径が500μm以上の粒子の占める割合が体積比で10%以下である。
好ましくは、前記金属酸化物粉末は、アルカリ土類金属酸化物、Al23、ZnOまたはZrOの1種または複数種の組み合わせである。
好ましくは、前記レーザースクライビング工程に用いられるレーザー光ソースは、CO2レーザー発振器、固体レーザー発振器、光ファイバレーザー発振器の1種または複数種の組み合わせであり、レーザーが連続式またはパルス式である。
好ましくは、前記レーザースクライビング工程におけるレーザーのパワー密度Iは、1.0×106W/cm2以上であり、平均エネルギー密度e0は0.8J/mm2〜8.0J/mm2の範囲にあり、且つ平均エネルギー密度と保護膜の膜厚の比率aは0.6〜7.0の範囲にある。
【0023】
また、本発明は、製錬、連続鋳造、熱間圧延、1回または中間焼鈍を含む2回の冷間圧延、脱炭焼鈍、鋼板の表面へのMgO焼鈍分離剤の塗布、高温焼鈍、熱延伸平坦化焼鈍及び絶縁コーティングの塗布による方向性ケイ素鋼の最終製品の形成を含む方向性ケイ素鋼の製造方法であって、前記脱炭焼鈍後に、一連の、鋼板の圧延方向と垂直となるかまたはある角度をなす線状スクライブ溝を形成するようにレーザースクライビングが実施される、耐応力除去焼鈍のレーザースクライビングされた方向性ケイ素鋼の製造方法。
【0024】
本発明は、ケイ素鋼シートの異なる表面の状態下でのレーザースクライブ中における熱拡散、および熱熔融とスパッタリング物とがスクライブ溝の近傍に付着堆積することを防止するための方法について詳細に研究し、独創的に、方向性ケイ素鋼の表面に保護膜を塗布し、レーザースクライブの後にブラッシングで耐熱スクライビングされた方向性ケイ素鋼を製造する方法を提案し、1回のレーザー走査により安定し制御可能なスクライブ溝を形成することができ、磁区細分化により鉄損を低下させ、かつ占積率の著しい劣化を起こさず、その鉄損低減効果が応力除去焼鈍を経た後に消失しない。本発明者らは、高速撮像用顕微鏡で観察した結果、スクライブ溝縁部の突起がレーザースクライブ中における伝熱により一部の金属が溶融堆積することによるものであり、スクライブ溝の近傍のスパッタリング物が、蒸発気化された金属またはプラズマがパージ条件下で迅速に冷却され、ケイ素鋼シートの表面に凝結して形成されるものであることを見出した。本発明者らは、保護膜を印加した後にレーザースクライビングする方法により、スクライブ溝の縁部の突起を制御する解決的手段を見つけた。図2は、スクライブ溝の縁部の突起の占積率への影響規律および本発明の範囲を説明する。縁部突起の高さが5μmを超える場合、占積率が95%以下に低下し、変圧器鉄心の製造プロセス要求を満たすことができないため、スクライブ溝の縁部の突起の高さを5μm以内に制御する必要がある。
【0025】
図3は、本発明で要求する隣接するスクライブ溝の間にあるスパッタリング物の高さ、占める面積の割合と占積率の範囲を説明する。隣接するスクライブ溝の間に形成されたスパッタリング物の高さが5μm以下であり、かつ単位面積当たりスパッタリング物の占める割合が5.0%以下である場合、方向性ケイ素鋼シートの占積率を95%以上に維持することができる。特に、スパッタリング物の高さが2μm以下であり、単位面積当たりスパッタリング物の占める割合が2.5%以下である場合、ケイ素鋼シートの占積率が96%以上に維持されることから、本発明の好ましい範囲である。
【0026】
なお、変圧器の稼働中にシート間のスパッタリング物又は突起による潜在的な導通又は振動騒音の増大のリスクを防止するために、本発明の前記縁部の突起の高さおよびスパッタリング物の高さはいずれも最大高さを意味し、平均高さではない。
【0027】
また、スクライブ溝の底部の中心線の粗さRaは、最終製品のケイ素鋼シートの磁気特性の均一性に重要な影響を与える。スクライブ溝の底部の中心線の線粗さRaが大きいほど、シート間の磁気特性の変動も大きくなる。このような現象を引き起こす原因は、スクライブ溝の底部の不均一に起因して異なる位置の透磁効率に差があることである。スクライブ溝の浅い部位は透磁率が高く、深い部分は漏れ磁束が多く存在することにより透磁率が低く、かつ透磁率が不均一で、材料の内部エネルギー場の分布が乱れ、スクライブ溝の近傍に多くの非180°サブドメインが発生し、鉄損が逆に改善されない。図4は、ケイ素鋼シート間の鉄損P17/50の標準偏差がRaの増加に伴って増大する法則を説明する。Raが2.1μmを超えると、ケイ素鋼シート間のP17/50標準偏差が迅速に大きくなり、0.034W/kgを超え、変圧器性能の不確定性を大幅に増加させるため、スクライブ溝の底部の中心線粗さを2.1μm以内に制御する必要がある。特に、Raが0.52μm未満であると、P17/50の変動が0.013W/kg未満となり、均一性が良好であり、本発明の好ましい範囲である。
【0028】
上記スクライブ溝の縁部の突起、スパッタリング物およびスクライブ溝の底部の凹凸は、いずれもレーザー蒸発アブレーション材料でスクライブ溝を形成する時、不可避的な熱熔融または拡散現象による必然的な現象である。本発明者らは、レーザーエネルギーと保護膜の厚さ、含水率および粒子度パラメータを調整することにより、完全に消失するまで、スクライブ溝の縁部の突起およびスパッタリング物の効果的な制御を実現し、スクライブ溝が均一であり、鉄損が著しく低下する。
【0029】
本発明において、レーザースクライビングの前に保護膜を導入する方法は、レーザースクライブ中に発生する熱拡散を十分に低減させることができ、かつ、不可避的なスパッタリング物に対して、被膜表面のみに凝着するため、後続のブラッシングにおいて被膜の除去に伴って一緒に除去されるため、表面のスパッタリング物の形成が最大範囲で低減される。その保護膜が印加され且つスクライビングした後の効果は図7に示すとおりであり、後続のブラッシングを経た後の最終的に得られた方向性ケイ素鋼シートのスクライブ溝は図8に示すとおりである。スクライブ溝の平坦度が高く、近傍に熱拡散によるスラグやスパッタリング物などがなく、巻鉄心変圧器の製造に用いることができる。
【0030】
スクライブ溝工程における熱拡散を効果的に低減するために、保護膜材料は、レーザースクライブ中のアブレーション効率を十分に向上させるように優れた熱伝導率性質を有し、かつレーザーに良好な吸収作用を有する必要がある。本発明者らは、詳細な研究により保護膜が十分に作用する関連パラメータ(保護膜の主成分、水分含有量、保護膜を形成する粒子状物質の大きさの分布を含む)を決定した。
【0031】
本発明者らの検討により、保護膜中の水分がスクライブ溝の縁部の突起物に対して直接的な影響を与えることが明らかになった。これは、レーザーアブレーション中に保護膜中の水分が気化して熱を奪うことができ、熱伝導に指向性チャネルを提供し、溝をスクライブする際に熱量の基体のスクライブ溝縁部への拡散を減少ひいては除去させ、縁部の熱溶融層を減少させるため、均一で制御可能なスクライブ形状を形成することができるからである。しかし、過剰な水分の存在はアブレーション中に基板の高温酸化をもたらし、磁気特性を劣化させ、かつロールコーティングまたはスプレーコーティング作業時に膜の厚さを制御することが困難になる。本発明者らは、繰り返し試験を重ねた結果、水分が0.3重量%以上であると、熱量が保護膜を介して外部へ拡散し、制御可能なスクライブ溝を形成することに有利であり、水分が5.5重量%以下であると、レーザースクライビングによる高温酸化を効果的に制御することができることを確定した。なお、本発明に係る保護膜中の水分は、自由水又は結晶水状態で存在してもよく、水分がそのうちの一種の形態で存在する場合、重量%は当該水分の重量の占めるパーセントである。保護膜中に自由水が結晶水とともに存在する場合、重量%は2種の水分の重量%の合計を指す。
【0032】
本発明において、スクライビングの前に使用される保護膜は、非水溶性の金属酸化物粉末がロールコーティングやスプレーコーティングされることにより形成されている。ただし、粒子径≧500μm以上の数の占める割合は10%を超えてはならない。これは、異なる大きさの粒子がレーザーに対して異なる散乱効果を有することにより、レーザースクライブのアブレーション効率に直接的に影響を及ぼすからである。直径が500μm以上の粒子数の占める割合が10%を超える場合、保護膜のレーザーへの散乱効果が顕著であり、レーザーアブレーション効率が低く、熱溶融現象による溝縁部の突起が発生する。従って、本発明の要する保護膜物質の粒子度範囲は、直径が500μm以上の粒子数の占める割合が10%を超えてはならないことである。
【0033】
本発明において、レーザースクライビングの前に使用される保護膜は、金属酸化物粉末を水に分散して高速撹拌してスラリーを形成し、ロールコーティングやスプレーコーティングにより鋼帯表面に塗布し、200℃以上の温度環境で乾燥することにより形成される。本発明者らは、繰り返し試験により、非水溶性の金属酸化物が水中で高速撹拌した後に分散性が高く、ケイ素鋼表面に効果的に付着することができ、一定の自由水又は結晶水を担持し、レーザースクライビングの際に熱が外部に拡散することに役立つことにより、良好な形状を有するスクライビングによるスクライブ溝が形成されることを確定した。特に、非水溶性金属酸化物は、アルカリ土類金属酸化物およびAl23、ZnO、ZrOであることが好ましい。
【0034】
また、本発明で用いるレーザーパワー密度Iは、1.0×106W/cm2よりも高いことが必要である。ここで、レーザーパワー密度Iの定義式は以下のとおりである。
【数1】
ここで、Pはレーザー出力パワーであり、Sは96%以上のビームエネルギーを含むスポット面積である。
【0035】
図5は、本発明におけるレーザーパワー密度Iとスクライビング後の鉄損改善率および占積率の法則を説明する。パワー密度Iが1.0×106W/cm2になると、鉄損改善率および占積率がいずれも活発に変化する。これは、パワー密度Iが1.0×106W/cm2未満であると、レーザースクライブする時の表面のレーザーに対する吸収率が低く、レーザーエネルギーの大部分が反射され、表面の受熱領域が気化温度未満になり、スクライブ溝の形成が熔融を主とし、スクライビング縁部に熔融物が形成され、最終的に縁部の突起が形成されるからである。この時、縁部の突起は、保護膜と基材が再溶融し凝結して形成されるものであり、後続のブラッシングでは除去することができない。パワー密度Iが1.0×106W/cm2以上になる場合、レーザーアブレーションが気化を主とし、光吸収率が大幅に向上し、スクライブ溝の効率が著しく向上する。気化物質は、パージガスと集塵システムの共同作用でスクライビング領域から持ち出され、少量の残留物はスクライブ溝の近傍に落ち、後続のブラッシング中で保護膜とともに除去され、最終的に溝型の制御可能なスクライブ溝が得られる。従って、本発明で要求するレーザーパワー密度の範囲は、1.0×106W/cm2以上である。
【0036】
本発明者らは、さらに入射レーザーエネルギーと最終製品の磁性特性の関連性について詳細に研究した結果、両者が密接に関連することを見出した。レーザーエネルギー密度e0で単位面積当たりで受けられるレーザーの総エネルギーを示し、その定義式は以下のとおりである。
【数2】
ここで、Dyはスポットの走査方向に沿った長さを示し、Vsはレーザー走査速度である。
【0037】
レーザーエネルギー密度が小さすぎて、0.8J/mm2未満であると、レーザーアブレーションで剥離される材料が少なく、磁区細分化の効果を奏するには不十分である。一方、レーザーエネルギー密度が高すぎて、8.0J/mm2を超えると、過剰なレーザーエネルギーを持ちこみ、一方、形成されるスクライブ溝の深さが大きすぎて磁気感を低下させ、もう一方、スクライブ溝の制御性を悪化させ、底部が凹凸となり、かつ縁部に溶融によって形成された突起が発生しやすい。
【0038】
さらに、本発明者らは、繰り返し試験、検討により、方向性ケイ素鋼の磁気特性を最適化するように、レーザーエネルギー密度と表面被膜とをマッチングさせる技術案を創案した。具体的には、両者の比を制御することにより、スクライブ溝効果を最適化する目的を達成する。図6は、0.23mm方向性ケイ素鋼を例とし、本発明の範囲の有益な効果を説明する。レーザーエネルギー密度および表面被膜の厚さの比aが0.6未満である場合、P17/50が顕著に改善されない。a値が7.0を超える場合、P17/50改善率は小さくなるが、磁束密度B8は急速に劣化する。これはスクライブ溝の漏れ磁束と熱伝導範囲の拡大の共同作用による結果である。
【0039】
しかも、スクライビングによるスクライブ溝の存在が磁区を細分化し、鉄損を低下させるが、スクライブ溝の箇所の透磁率が低く、B8に対して一定のマイナスの影響を与える。本発明者らは、スクライブ溝の寸法とケイ素鋼シート鉄損と磁束密度との関係について詳細に研究した結果、ケイ素鋼板の鉄損を低下させ、同時にB8が著しく低下しないことを確保するために、スクライブ溝の寸法および間隔は所定の条件を満たす必要があることを見出した。スクライブ溝の幅が20μm未満である場合、スクライビングの実現難度が大きく、それに、スクライブ溝の両側の自由磁極間の結合エネルギーが増大し、漏れ磁束によるシステムエネルギー変化を補償し、磁区を効果的に細分化することができない。スクライブ溝の圧延方向寸法が300μmを超える場合、スクライブ溝の間隔が大きすぎて、磁束密度が著しく低下する。基体上にスクライビングにより形成されたスクライブ溝の深さが5μm未満である場合、磁区細分化の効果が小さく、ケイ素鋼シートの損失が低減されない。スクライブ溝の深さが50μmより大きい場合、大量の自由磁極により露出された磁束が多すぎ、鉄損の低下は多くないが、磁束密度の低下が顕著である。
【0040】
また、スクライビングの間隔及びスクライビング線と鋼板の横方向の夾角も鉄損特性および磁束密度特性に顕著に影響を及ぼす。隣接するスクライブ溝が小さすぎ、1mm未満であると、スクライブ溝が密集しすぎ、磁束密度の低下が明らかである。隣接するスクライブ溝間隔が大きすぎ、10mmを超えると、有効な範囲で磁区細分化を形成することができず、鉄損が改善されない。スクライブ溝線と鋼板の圧延方向の夾角が30°より大きいと、磁区細分化の効果が弱まり、鉄損の改善率が低い。従って、ケイ素鋼シートの磁区細分化により鉄損を低減させて磁束密度を著しく低下させない溝のスクライブに好適な条件としては、スクライブ溝の幅が5−300μmの範囲にあり、スクライブ溝の深さが5−60μmの範囲にあり、隣接するスクライブ溝の間隔が1−10mmの範囲にある。
【0041】
本発明において、保護膜により耐熱レーザースクライビングを実現する方法は、一回の走査で成型し、形成されたスクライブ溝の鋼板の横断面方向において呈す略三角形、台形、半円形、楕円形のうちの一種又はその変形、およびスクライビング線が鋼板圧延方向に沿って平行に配置することはいずれも本発明の保護範囲に属し、形成されたスクライブ溝の寸法は本発明の前記保護範囲に等しい。
【図面の簡単な説明】
【0042】
図1図1は、本発明のレーザースクライビングが方向性ケイ素鋼の表面にスクライビング線状のスクライブ溝を形成することを示すマクロ図である。
図2図2は、本発明で要求されるスクライブ溝の縁部の最大突起の高さ範囲である。
図3図3は、本発明で要求されるスパッタリング物の占める表面積の割合と最大高さの範囲を示す図である。
図4図4は、本発明のスクライブ溝の底部の中心線粗さを形成する要求範囲である。
図5図5は、本発明で要求されるレーザーパワー密度の範囲である。
図6図6は、本発明で要求されるレーザーエネルギー密度と被膜の厚さの比の範囲を示す図である。
図7図7は、本発明における保護膜の後にレーザースクライビングを実施する表面形態である。
図8図8は、本発明における保護膜を洗浄した後のスクライビングの形態である。
【発明を実施するための形態】
【0043】
以下、本発明の実施形態および効果を例示するが、本発明は実施例に記載された態様に限定されるものではない。
【0044】
図1を参照すると、本発明の耐応力除去焼鈍のレーザースクライビングされた方向性ケイ素鋼10は、レーザースクライビング法により、方向性ケイ素鋼の片面または両面にスクライビングで平行な線状スクライブ溝20を形成し、該線状スクライブ溝が鋼板の圧延方向と垂直となるか又はある角度をなし、線状スクライブ溝の縁部の突起の最大高さが5μm以下であり、隣接する線状スクライブ溝の間にあるスクライビングのない領域でのスパッタリング物の最大高さが5μm以下であり、かつ線状スクライブ溝の近傍領域でのスパッタリング物の占める面積の割合が5%以下である。
好ましくは、前記線状スクライブ溝の底部の中心線の線粗さRaが2.1μm以下である。
好ましくは、前記線状スクライブ溝の形状は、略三角形、台形、半円形または楕円形である。
好ましくは、前記線状スクライブ溝の鋼板の圧延方向となす角度は、0〜30°の間である。
好ましくは、前記線状スクライブ溝の幅が5〜300μmであり、スクライブ溝の深さが5〜60μmであり、隣接する線状スクライブ溝間の間隔が1〜30mmである。
【0045】
実施例1
方向性ケイ素鋼は、製鉄、製鋼、連続鋳造、熱間圧延プロセスを経て、さらに1回の冷間圧延により最終厚さ0.23mmまで圧延し、脱炭焼鈍プロセスを経て、表面酸化層を形成した後にその表面にMgO焼鈍分離剤を塗布し、高温焼鈍して1250℃で20時間保持し、未反応の残余のMgOを洗浄した後、その表面にロールコーティング法を用いて乾燥により保護膜を形成した後、YAGレーザー発振器を用いて鋼板圧延方向に等間隔の線状スクライブ溝のスクライビングを施し、レーザー出力パワーが2000Wであり、パルス平均幅が800nsであり、レーザーの鋼板表面での集束スポットが楕円形であり、短軸0.016mm、長軸0.5mm、走査速度50m/s、算出されたレーザーパワー密度が3.2×107W/cm2であり、レーザーエネルギー密度が3.2J/mm2である。形成されたスクライビング線は鋼板圧延方向に垂直であり、隣接するスクライビング線の間隔は4mmである。その後にブラッシングプロセスを実施して表面保護膜およびスパッタリング物の残渣などを除去し、最後にその表面に絶縁コーティングを塗布し、かつ最終焼鈍して最終製品のケイ素鋼シートを形成した。
【0046】
「GB/T3655−2008エプスタイン試験器による電磁鋼シート(鋼帯)の磁気特性の測定方法」により磁気特性を測定し、「GB/T19289−2003電磁鋼シート(鋼帯)の密度、抵抗率および占積率的測定法」により占積率を測定した。実施例および比較例の測定結果は表1に示す。
【0047】
表1から、実施例1〜10はいずれも優れた鉄損、磁束密度および占積率の特性を有し、本発明の範囲内でない比較例1−10の磁気特性または占積率が相対的に低いことが分かった。
【0048】
実施例2 中心線粗さRaの磁気特性変動への影響
方向性ケイ素鋼は、製鉄、製鋼、連続鋳造、熱間圧延プロセスを経て、さらに1回の冷間圧延により最終厚さ0.225mmまで圧延し、脱炭焼鈍プロセスを経て、表面酸化層を形成した後にその表面にMgO焼鈍分離剤を塗布した後、高温焼鈍して1200℃で20時間保持し、未反応の残余のMgOを洗浄した後、その表面にロールコーティング法を用いて乾燥により保護膜を形成し、膜厚を2.5μmに制御した。その後、連続式CO2レーザー発振器を用いて鋼板圧延方向に等間隔の線状スクライブ溝のスクライビングを施した。形成されたスクライビング線は鋼板圧延方向に垂直であり、隣接するスクライビング線の間隔は4.5mmである。その後にブラッシングプロセスを実施して表面保護膜およびスパッタリング物の残渣などを除去し、最後にその表面に絶縁コーティングを塗布し、最終焼鈍して最終製品のケイ素鋼シートを形成した。
【0049】
SST60mm×300mmの方法で磁気特性を測定し、実施例および比較例の測定結果を表2に示す。
【0050】
表2の比較から分かるように、本発明の範囲内のレーザーパラメータではケイ素鋼板の磁性エネルギーの均一かつ安定を奏することができ、本発明の範囲を超える比較例はスクライブ溝の底部の中心線Raが大きすぎるため、磁気特性の変動が大きくなる。
【0051】
実施例3
方向性ケイ素鋼は、製鉄、製鋼、連続鋳造、熱間圧延プロセスを経て、さらに1回の冷間圧延により最終厚さ0.255mmまで圧延し、その表面にスプレーコーティング方法でAl23保護膜を印加した(保護膜中のAl23粒子≧500μmの粒子の割合が5%程度である)。その後、パルス幅が300ナノ秒のYAGレーザーで線状微スクライブ溝のスクライビングを行い、集束スポットの大きさ、走査速度の調整、レーザースクライビングエネルギーの制御により、形成されたスクライブ溝が略三角形であり、スクライブ溝線と鋼板の横方向の夾角が8°であり、圧延方向に沿って間隔が4mmである。次に、ブラッシングにより表面の保護膜をきれいに除去し、脱炭焼鈍を経て表面酸化層を形成した後、その表面にMgO焼鈍分離剤を塗布し、スチールコイルに巻き取った後に1250℃の高温焼鈍で20時間保持し、最後に未反応の残余のMgOを洗浄し、その表面に絶縁コーティングを塗布し最終焼鈍して最終製品のケイ素鋼シートを形成した。
【0052】
「GB/T3655−2008エプスタイン試験器による電磁鋼シート(鋼帯)の磁気特性の測定方法」により磁気特性を測定し、「GB/T19289−2003電磁鋼シート(鋼帯)の密度、抵抗率および占積率的測定法」により占積率を測定した。実施例および比較例の測定結果は表3に示す。
【0053】
表3から、レーザーエネルギー密度が本発明の範囲である実施例が優れた磁気特性を有し、比較例は本発明の範囲を超えており、磁気特性がいずれも本発明より劣っていることが分かった。
【0054】
実施例4
方向性ケイ素鋼は、製鉄、製鋼、連続鋳造、熱間圧延プロセスを経て、さらに1回の冷間圧延により最終厚さ0.195mmまで圧延し、脱炭焼鈍プロセスを経て、表面酸化層を形成した後に、その表面にMgO焼鈍分離剤を塗布し、膜厚を9.5μm程度に制御し、YAGレーザー発振器を用いて鋼板圧延方向に等間隔の線状スクライブ溝のスクライビングを施し、レーザー出力パワーが2000Wであり、パルス平均幅が800nsであり、レーザーの鋼板表面での集束スポットが楕円形であり、短軸0.016mm、長軸0.5mm、走査速度50m/s、算出されたレーザーパワー密度が3.2×107W/cm2であり、レーザーエネルギー密度が3.2J/mm2である。形成されたスクライビング線は鋼板圧延方向に垂直であり、隣接するスクライビング線の間隔は4mmである。高温焼鈍して1200℃で20時間保持し、未反応残余のMgOを洗浄し、最後にその表面に絶縁コーティングを塗布し最終焼鈍して最終製品のケイ素鋼シートを形成した。
【0055】
「GB/T3655−2008エプスタイン試験法による電磁鋼シート(鋼帯)の磁気特性の測定法」により、磁気特性を測定し、「GB/T19289−2003電磁鋼シート(鋼帯)の密度、抵抗率および占積率的測定法」により、占積率を測定し、実施例および比較例の測定結果は表4に示す。
【0056】
本実施例において、MgO焼鈍分離剤の膜厚を制御して、それを本発明が要求するエネルギー密度と膜厚比の範囲に達するようにすることにより、MgOが同時に隔離剤および保護膜の作用を有させ、高温焼鈍の後に残留MgOおよびスパッタリング物などが一緒に洗浄されてしまう。以上の本発明の実施例と比較例との比較から、本発明の範囲にあるレーザープロセスのパラメータでは磁区細分化、鉄損低減のケイ素鋼シートを得ることができ、本発明の範囲を超えるレーザープロセスでは鉄損が高いか又は占積率が低いことが分かった。
【0057】
前記のように、本発明は保護膜の被覆およびレーザーの1回走査により、鋼板の表面に線状スクライブ溝を形成する。保護膜のレーザーへの吸収特性により、形成されたスクライブ溝の形態が制御可能であることを十分に確保し、得られた最終製品のケイ素鋼シートの鉄損を著しく低下させ、かつ占積率が明らかに劣化せず、特に巻鉄心変圧器の製造に適用する。本発明は、工程が簡単であり、生産効率が高く、高い応用価値および使用可能性を有する。
【0058】
【表1】
【0059】
【表2】
【0060】
【表3】
【0061】
【表4】
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8