【実施例1】
【0017】
<装置構成>
図1は、本発明の実施例1であるモータ駆動装置の全体構成図である。
図1に示すモータ駆動装置は、直流電源1と、直流電源1からの直流電力を交流電力に変換するインバータ2と、駆動対象となる永久磁石同期モータ3と、永久磁石同期モータ3によって駆動される機械的なモータ負荷4と、インバータ2を制御する制御部5と、直流電源1とインバータ2の間にあるシャント抵抗6およびシャント抵抗6の信号を増幅する増幅器7とを備える。なお、本実施例において、モータ負荷4は冷凍機器用のファンである。
【0018】
直流電源1としては、図示されない商用交流電源などの交流電源から受電する交流電力を直流電力に変換する電力変換装置(例えば、ダイオード整流器や安定化電源など)もしくは電池などが適用される。
【0019】
インバータ2においては、半導体スイッチング素子(本実施例ではIGBT(Insulated Gate Bipolar Transistor))とダイオードが逆並列に接続される二つのアーム回路、すなわち上アームと下アームが直列に接続される直列接続回路が、直流電源1の一対の正負端子間に接続される。インバータ2は、3相インバータであるため、このような直列接続回路を交流の相数分すなわち3個備えている。ここで、上アームおよび下アームは、それぞれ、直流電源1の高電位側および低電位側に接続される。上下アームの直列接続点は交流端子に接続され、交流端子には永久磁石同期モータ3が接続される。
【0020】
インバータ2の低電位側の母線は、電流検出用のシャント抵抗6を介して直流電源1の負端子に接続される。シャント抵抗6によって検出される電流検出信号は、増幅器7を介して制御部5に入力される。ここで、シャント抵抗6に代えて、電流センサなどの他の電流検出手段を用いても良い。なお、制御部5におけるデジタル演算のために、増幅器7の出力信号は、サンプリングおよびホールド回路とA/D変換器などにより、デジタル信号に変換される。
【0021】
制御部5としては、マイクロコンピュータもしくはDSP(デジタルシグナルプロセッサ)などの半導体演算装置が用いられる。
【0022】
なお、本実施例においては、後述するように制御部5が、位置検出器を用いることなく永久磁石同期モータの回転子位置を検出して同期を行い、位置センサレス制御を実行するため、永久磁石同期モータ3には、回転子や回転軸の位置を検出するホール素子などの磁極位置検出手段は設けていない。
【0023】
<全体制御の説明>
図2は、本実施例1における制御部5の制御構成を示すブロック図である。制御部5は、半導体演算装置が所定のプログラムを実行することにより、各ブロックが示す各機能を備える。
【0024】
制御部5は、d−q軸ベクトル制御により、モータに印加する電圧指令信号を演算し、インバータのPWM(Pulse Width Modulation)制御信号を生成するものである。制御部5は、速度制御器10と、d軸電流指令発生器11と、電圧制御器12と、2軸/3相変換器13と、速度および位相推定器14と、3相/2軸変換器15と、電流再現演算器16と、空転状態算出器17と、電圧指令切替器18と、PWM制御器19とを備える。なお、空転時における起動制御に関連する機能については後述する。
【0025】
電流再現演算器16は、増幅器7から出力される電流検出信号(i
sh)と、三相電圧指令(v
u*,v
v*,v
w*)を用いてインバータ2からの三相モータ電流(i
u,i
v,i
w)を再現する。シャント抵抗の電流信号から三相モータ電流を再現する方法は公知であるため、ここでの詳細説明は省略する。なお、
図1では、コスト低減のために、シャント抵抗6によって検出される電流検出信号(i
sh)から三相電流を再現する方式を採用しているが、特に実施形態を限定するものではない。したがって、シャント抵抗6に代えて電流センサなどの電流検出手段を用いてインバータ回路2の出力である交流電流を検出しても良く、この場合は、その電流検出手段が検出した三相電流を3相/2軸変換器15に入力すれば良い。
【0026】
3相/2軸変換器15は、再現された三相出力電流(i
u,i
v,i
w)と、速度および位相推定器14によって推定された位相情報θ
dcとに基づいて、dc軸電流(i
dc)とqc軸電流(i
qc)とを数式1および数式2に基づいて演算する。数式1は、いわゆる3相/2軸変換を表し、数式2は回転座標系への変換を表す。
【0027】
【数1】
【0028】
【数2】
【0029】
dc−qc軸は、推定位置情報に基づくベクトル制御系の推定軸、d−q軸はモータ回転子軸であり、ここではd−q軸とdc−qc軸との軸誤差はΔθcと定義する。
【0030】
図2において、速度制御器10は、外部からの速度指令値(ω
*)に基づいて、速度指令値と、速度および位相推定器14によって推定される推定速度との偏差を0に近づけるように、すなわち推定速度を速度指令値に近づけるように、qc軸電流指令値(i
qc*)を作成する。また、モータ電流を最小化するために、電流指令発生器11は、dc軸電流指令値(i
dc*)を発生する。
【0031】
図2における電圧制御器12は、電流指令発生器11から与えられるdc軸電流指令値i
dc*と、速度制御器10から与えられるqc軸電流指令値i
qc*と、3相/2軸変換器15から与えられるdc軸電流検出値i
dcおよびqc軸電流検出値i
qcと、速度指令値ω
*およびモータ定数を用いて、dc軸電圧指令値v
dc*およびqc軸電圧指令値v
qc*を演算して出力する。
【0032】
2軸/3相変換器13は、電圧制御器12によって算出されたdc−qc軸の電圧指令(v
dc*,v
qc*)と速度および位相推定器14からの位相情報(θ
dc)を用いて、数式3および数式4に基づいて、三相電圧指令(v
u*,v
v*,v
w*)を算出して出力する。なお、数式3は、回転座標系から固定座標系への変換を表す。また、数式4は、いわゆる2軸/3相変換を表す。
【0033】
【数3】
【0034】
【数4】
【0035】
なお、速度および位相推定器14は、dc軸電流検出値(i
dc)およびqc軸電流検出値(i
qc)と、dc−qc軸の電圧指令(v
dc*,v
qc*)とを用いて、回転子の位置や回転速度を推定し、位相情報(θ
dc)および推定速度(ω)として出力する。
【0036】
これにより、本実施例1では、位置センサレス制御が可能になり、駆動システム全体のコストが低減できる。なお、速度および位相推定器14における具体的な推定手段は公知であるため、ここでの詳細説明は省略する。
【0037】
<空転時の位相検出の説明>
永久磁石同期モータ3が空転状態から再始動する場合、永久磁石同期モータ3の回転速度によっては、回転子位置と回転速度情報を取得しなければ、
図2に示した制御によるモータ起動が難しくなる。
【0038】
これに対し、本実施例1は、永久磁石同期モータ3が空転状態での回転子位置と回転速度を算出する手段を備えている。以下では、その手段について説明する。
【0039】
永久磁石同期モータ3が空転すると巻線から誘起電圧を生じる。誘起電圧は、永久磁石同期モータ3とインバータの接続部であるU相、V相、W相の交流端子に印加される。永久磁石同期モータ3の電気位相(θ
d)の基準をU相巻線位置とし、また、永久磁石同期モータ3の三相巻線の中性点を基準電位とすれば、U相、V相、W相の相誘起電圧(e
u,e
v,e
w)は、数式5で表される。数式5のωはモータ速度であり、Keはモータ誘起電圧定数である。
【0040】
【数5】
【0041】
図3は、空転状態の永久磁石同期モータの回転子位置と回転速度を算出する空転状態算出器17の構成図である。空転状態算出器17は、オンオフ信号生成器20と、電流位相演算器21と、速度演算器22と、モータ位相演算器23と、電圧指令生成器24と、から構成される。
【0042】
オンオフ信号生成器20では、PWM信号の有無を制御する制御信号を生成して、インバータのPWM動作をオン状態とする区間(以下、「オン状態区間」として参照する)とオフ状態とする区間(以下、「オフ状態区間」として参照する)を設定する。PWM動作のオン状態においては、インバータの全ての構成素子がPWM信号にしたがってオン・オフの切り替え動作をして、電圧指令生成器24からの電圧指令値は、電圧指令切替器18を通して、インバータ2から電圧(v
u,v
v,v
w)を出力する。本状態では、インバータ2の出力電圧と各相の誘起電圧との電圧差が永久磁石同期モータ3の各固定子巻線に印加される。このとき、巻線のインダクタンス(L)と巻線抵抗(R)があるため、モータ電流は0から増加する。ここで、一般的に巻線抵抗の影響がインダクタンスより十分に小さいため、その影響を無視すれば、数式6によりモータ電流とインバータ2の出力電圧(v
u,v
v,v
w)および誘起電圧(e
u,e
v,e
w)の関係が表される。
【0043】
【数6】
【0044】
上記のように、最初のモータ電流が0の状態であれば、インバータ2のPWM動作のオン状態区間(t_on)中にインバータ2の出力電圧(v
u,v
v,v
w)と誘起電圧(e
u,e
v,e
w)がほぼ一定と仮定すると、PWM動作のオン状態区間が終了時のモータ電流(i
u,i
v,i
w)は数式7によって表わされる。
【0045】
【数7】
【0046】
数式7により、PWM動作のオン状態が終了時のモータ電流(i
u,i
v,i
w)はオン区間の時間幅(t
_on)と比例関係にある。
【0047】
<PWMオンオフ動作とオン状態区間調整>
また、上述したように、PWM動作のオン状態のモータ電流は誘起電圧と関係もあることから、空転速度が高い場合には誘起電圧が高くなるため、過大なモータ電流が発生して、半導体スイッチング素子あるいはダイオードが破壊される恐れがある。一方、空転速度が低い場合には、誘起電圧が低くなるため、モータ電流も小さくなり、十分な精度でモータ電流を検出することが難しくなる。
【0048】
そこで、本実施例1において、オンオフ信号生成器20は、インバータ2のPWM動作のオン状態区間(t
_on)を調整することで、広い範囲の空転速度に対応する。具体的には、PWM動作のオン状態区間において、電流再現演算器16を用いて三相モータ電流を再現する。オンオフ信号生成器20で三相電流の再現値を用いて、PWM動作のオン状態区間の時間幅を調整する。一例として、電流再現演算器16から再現されたモータ電流が事前に設定した電流レベル値との比較により、オンオフ信号を制御する。ここでの電流レベル値は、電流検出値の検出誤差やノイズの影響を低減するため、定格電流の約20%以上80%以下の範囲が好ましい。PWM動作のオン区間の電流検出値が電流レベル値を超えたら、全てのPWM信号をオフにして、オフ状態区間へ移行する。
【0049】
PWM動作のオフ状態区間において、モータ電流は、オフしている半導体スイッチング素子に逆並列に接続されるダイオードを通って、直流電源へ還流する。このとき、直流電源電圧も各固定子巻線に印加されるため、モータ電流が0まで減衰する。また、PWM動作のオフ状態区間幅は、毎回、モータ電流が0に戻るように設定する。オン状態区間を経過した後に、再びPWM動作のオン状態区間に移行し、再度モータ電流を0から発生させる。このようにしてPWM動作にオフ状態区間を設けることで、過電流を防止することができる。
【0050】
図4は、上記PWM動作のオン状態区間とオフ状態区間の各相の下アームのPWM信号(30、31、32)とシャント抵抗電流波形(33)の時間波形図である。
図4に示されない各相の上アーム素子のPWM信号は、PWM動作のオン状態区間では、対応する下アームのPWM信号(30、31、32)の逆相信号であり、PWM動作のオフ状態区間では、下アームと同じオフ信号である。また、
図4下部の時間拡大図に示すように、PWM動作のオン状態区間において、三相のPWM信号は、各相の立ち上がりおよび立ち下がりのタイミングがずれるようにするため、PWM信号のレベル変化(ハイレベルからローレベルもしくは、ローレベルからハイレベルへ転換)する時点付近に、シャント抵抗電流波形(33)が発生する。
【0051】
<電流から位相算出>
電流位相演算器21では、オンオフ信号生成器20からのオンオフ信号がオンからオフに変化する際に、三相モータ電流の最後の再現値(i
u,i
v,i
w)から、数式8を用いて電流位相(θi)を演算する。
【0052】
【数8】
【0053】
<位相差から速度演算>
また、電流位相(θi)演算の2回目以降は、数式9に示すように、前後の電流位相の演算結果の差分と時間差(Δt)から、速度演算器22で初期回転速度(ω
0)を演算する。
【0054】
【数9】
【0055】
さらに、回転速度の正負から、モータの回転方向を判定して、数式10を用いて、モータ位相演算器23でモータ回転子の初期位相θdcを演算する。
【0056】
【数10】
【0057】
また、回転速度の演算精度向上のため、複数回の演算結果を平均化するなど、各種の統計的な処理をしても良い。
【0058】
速度演算器22とモータ位相演算器23からの初期回転速度とモータ回転子の初期位相は、
図2にある速度&位相推定器14の初期値に設定して、
図2の制御を起動する。
【0059】
また、電圧指令生成器では、オン状態区間の三相電圧指令値を生成する。理論上は、三相電圧指令がインバータ出力できる範囲の任意値でも良い。一般的に、演算処理を便利のため、三相電圧指令を0もしくは同一値にすればよい。但し、シャント電流から三相電流を再現するために、三相電圧指令値に、三角波のキャリア波の上り坂と下り坂にシフト量を加算と減算など処理を行う。シャント電流から三相電流の再現技術は公知であるため、ここでの詳細説明は省略する。
【0060】
<起動シーケンス>
図5は、空転時に永久磁石同期モータ3を再起動する際のモータ駆動装置の運転状態の遷移を示す状態遷移図である。
【0061】
空転状態では上述したように回転子情報(回転子位相、回転速度と回転方向)が算出され、算出された回転速度ωに応じて運転状態が遷移する。回転子が逆転している場合は、例えば、回転速度の大きさが事前に設定した位置センサレス最低速度値を超えれば、算出された回転子位相と速度を速度および位相推定器14の初期値に設定して、
図2の制御を起動して、逆転位置センサレス運転モード、逆転同期運転モード、正転同期運転モード、正転位置センサレス運転モードの順で、図中の矢印が示すように、逐次、運転状態が遷移する。
【0062】
例えば、空転状態にあるモータが、第1の閾値ω
th1以上の回転速度ωで逆回転していると算出された場合には、逆転位置センサレス運転モードに遷移し、その後順次他の運転モードに遷移する。
【0063】
また、空転状態にあるモータが、第2の閾値ω
th2よりも大きく、第1の閾値ωth1よりも小さい回転速度ωで逆回転していると算出された場合には、逆転同期運転モードに遷移し、その後順次他の運転モードに遷移する。
【0064】
また、空転状態にあるモータが、第2の閾値ω
th2よりも大きく、第1の閾値ωth1よりも小さい回転速度ωで正回転していると算出された場合には、正転同期運転モードに遷移し、その後順次他の運転モードに遷移する。
【0065】
また、空転状態にあるモータが、第1の閾値ω
th1以上の回転速度ωで正回転していると算出された場合には、正転位置センサレス運転モードに遷移する。
図6は、モータが正転中に算出された回転速度が位置センサレス最低速度値を超える場合に対応するモータ起動時の電流指令値と回転速度指令値を示す概略波形図である。空転状態の回転速度が位置センサレス最低速度値を超える場合、
図6に示すように、空転状態算出モードから正転位置センサレス運転モードに遷移する。このとき、dc軸電流指令値I
dc*は0で推移し、正転位置センサレス運転モードに移行するとdc軸電流指令値I
dc*が与えられ、モータは所定の回転速度で回転する。
【0066】
また、算出された回転速度が設定した最低レベル(第2の閾値ω
th2)以下である場合(例えば空転状態における回転速度が正転・逆転を問わずほぼゼロである場合など)には、運転状態は、まず位置決めモードに遷移し、その後、正転同期運転モード、正転位置センサレス運転モードの順に遷移する。
図7は、このケースのモータ起動時の電流指令値と回転速度指令値を示す概略波形図である。
図7に示すように、運転モードは、所定のモータ巻線に流れるdc軸電流指令値I
dc*を徐々に増加することにより、回転子を所定の回転位置に固定させる位置決めモードと、所定のdc軸電流指令値I
dc*と回転速度指令値ω1
*とにしたがって永久磁石同期モータ3に印加する印加電圧を制御する同期運転モードと、dc軸電流指令値I
dc*は0へ減衰させ、軸誤差Δθcが所定値になるようにqc軸電流指令値I
qc*とインバータ周波数とを調整する位置センサレスモードとの3種類の運転モードが、この順に設定され実行される。
【0067】
以上説明したように、本実施例1によれば、空転中の位相検出時に、PWM動作のオン状態区間とオフ状態空間を設けて、オン状態区間の調整により、電流検出に十分な大きさのモータ電流を流しつつ、モータ電流の大きさを抑制することができる。したがって、過大な電流を流すことなく、センサレスで高精度に回転子の回転状態を算出できる。また、算出された回転子の状態に基づいて、インバータを制御することで、永久磁石同期モータは、効率的に空転状態から回転を開始できる。
【0068】
また、本実施例1においては、空転時起動制御のために、PWM制御信号発生および回転子情報推定機能を加える程度の小規模の機能追加(プログラム追加)がなされるだけであり、大幅な回路追加を要しない。したがって、装置サイズやコストの増大を伴うことなく、起動性能を向上することができる。