(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1では、母材のB含有量を10ppm以下としているが、B含有量が少ない場合は、存在状態が変化しやすい。強度を安定して高めるためには、鋼材のB含有量を10ppm以上とすることが望ましい。また、鋼材の焼入れ性を高めるにはBを鋼中に固溶させることが必要であり、一方、HAZではフェライト変態核となるBNを形成させることが望ましい。本発明は、このような実情に鑑み、B含有量が10ppm以上である鋼材の溶接方法の提供を課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
溶接金属にはシールドガスに含まれるNが溶解し、HAZには母材と溶接金属とに含まれるB及びNが相互に拡散する。そこで、本発明者らは、鋼材及びHAZにおけるBの存在状態に大きく影響を及ぼすNを、シールドガスから供給する溶接方法を指向した。本発明の要旨は以下のとおりである。
【0008】
[1]質量比で、B含有量B
M[ppm]が10〜50ppmであり、かつ、N含有量N
M[ppm]が10〜80ppmである鋼材を、
N
2含有量体積比N
G[vol.%]が下記(1)式を満足するシールドガスを用いて、ガスシールドアーク溶接方法によって接合する、鋼材の溶接方法。
0.8×{N
M+3.8×λ×D
N×(30×N
G−N
M)}/3≧B
M ・・・ (1)
ここで、D
NはNの拡散係数[mm
2/sec]、λは前記ガスシールドアーク溶接方法の入熱量[kJ/mm]である。
[2]更に、前記鋼材を、
フラックスコアードアーク溶接、タングステン−不活性ガス溶接、2電極エレクトロガスアーク溶接の何れかのガスシールドアーク溶接方法によって、溶接材料のN含有量N
W[ppm]及びB含有量B
W[ppm]と、シールドガスのN
2含有量体積比N
G[vol.%]が、
前記式(1)に代えて下記式(2)を満足する条件で、ガスシールドアーク溶接方法によって接合する、上記[1]に記載の鋼材の溶接方法。
0.8×{N
M+3.8×λ×D
N×(30×N
G+N
W×X−N
M)/3}
≧B
M+3.8×λ×D
B×(B
W×X−B
M)/3 ・・・ (2)
ここで、Xは、溶接方法に応じて選択される変数であり、溶接方法がフラックスコアードアーク溶接の場合は0.95、タングステン−不活性ガス溶接の場合は0.98、2電極エレクトロガスアーク溶接の場合は1.00である。
[3]更に、前記鋼材のTi含有量がTi
M[ppm]であり、かつ、O含有量がO
M[ppm]であるとき、
前記式(1)に代えて下記式(3)を満足するシールドガスを用いて接合する、上記[1]に記載の鋼材の溶接方法。
0.8×〔{N
M−0.3×(Ti
M−2×O
M)}
+3.8×λ×D
N×〔30×N
G−{N
M−0.3×(Ti
M−2×O
M)}〕/3〕
≧B
M ・・・ (3)
[4]更に、前記鋼材のTi含有量がTi
M[ppm]であり、かつ、O含有量がO
M[ppm]であるとき、
前記式(2)に代えて下記式(4)を満足する溶接材料及びシールドガスを用いて接合する、上記[2]に記載の鋼材の溶接方法。
0.8×〔{N
M−0.3×(Ti
M−2×O
M)}
+3.8×λ×D
N×〔30×N
G+N
W×X−{N
M−0.3×(Ti
M−2×O
M)}〕/3〕
≧B
M+3.8×λ×D
B×(B
W×X−B
M)/3 ・・・ (4)
[5]前記ガスシールドアーク溶接方法の入熱量λが4kJ/mm以上である、上記[1]〜[4]の何れかに記載の鋼材の溶接方法。
[6]質量比で、B含有量B
M[ppm]が10〜50ppmであり、かつ、N含有量N
M[ppm]が10〜80ppmである鋼材を、
N
2含有量体積比N
G[vol.%]が下記(1)式を満足するシールドガスを用いて、ガスシールドアーク溶接方法によって接合する、溶接継手の製造方法。
0.8×{N
M+3.8×λ×D
N×(30×N
G−N
M)/3}≧B
M・・・(1)
ここで、D
NはNの拡散係数[mm
2/sec]、λは前記ガスシールドアーク溶接方法の入熱量[kJ/mm]である。
[7]更に、前記鋼材を、
フラックスコアードアーク溶接、タングステン−不活性ガス溶接、2電極エレクトロガスアーク溶接の何れかのガスシールドアーク溶接方法によって、溶接材料のN含有量N
W[ppm]及びB含有量B
W[ppm]と、シールドガスのN
2含有量体積比N
G[vol.%]が、
前記式(1)に代えて下記式(2)を満足する条件で、ガスシールドアーク溶接方法によって接合する、上記[6]に記載の溶接継手の製造方法。
0.8×{N
M+3.8×λ×D
N×(30×N
G+N
W×X−N
M)/3}
≧B
M+3.8×λ×D
B×(B
W×X−B
M)/3 ・・・ (2)
ここで、Xは、溶接方法に応じて選択される変数であり、溶接方法がフラックスコアードアーク溶接の場合は0.95、タングステン−不活性ガス溶接の場合は0.98、2電極エレクトロガスアーク溶接の場合は1.00である。
[8]更に、前記鋼材のTi含有量がTi
M[ppm]であり、かつ、O含有量がO
M[ppm]であるとき、
前記式(1)に代えて下記式(3)を満足するシールドガスを用いて接合する、上記[6]に記載の溶接継手の製造方法。
0.8×〔{N
M−0.3×(Ti
M−2×O
M)}
+3.8×λ×D
N×〔30×N
G−{N
M−0.3×(Ti
M−2×O
M)}〕/3〕
≧B
M ・・・ (3)
[9]更に、前記鋼材のTi含有量がTi
M[ppm]であり、かつ、O含有量がO
M[ppm]であるとき、
前記式(2)に代えて下記式(4)を満足する溶接材料及びシールドガスを用いて接合する、上記[7]に記載の溶接継手の製造方法。
0.8×〔{N
M−0.3×(Ti
M−2×O
M)}
+3.8×λ×D
N×〔30×N
G+N
W×X−{N
M−0.3×(Ti
M−2×O
M)}〕/3〕
≧B
M+3.8×λ×D
B×(B
W×X−B
M)/3 ・・・ (4)
[10]前記ガスシールドアーク溶接方法の入熱量λが4kJ/mm以上である、上記[6]〜[9]の何れかに記載の溶接継手の製造方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、B含有量が10ppm以上である鋼材のHAZ靭性を向上させる溶接方法を提供することができる。したがって、本発明は産業上の貢献が極めて顕著である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明について詳細に説明する。まず、溶接に使用される鋼材、すなわち、母材について説明する。なお、鋼材及び溶接材料に含まれる成分の含有量の単位[ppm]は質量比である。
【0011】
本発明が対象とする鋼材は、10ppm以上のBを含有する鋼材である。一般の溶接構造物に適用される鋼板の厚さは6.0mm以上であることが多く、本発明を適用する場合は、鋼材の板厚が6.0mm以上であることが好ましい。板厚が6.0mm以下の鋼材にも適用可能であるが、ガスシールドアーク溶接以外の手法で接合される場合は、本発明の対象外である。また、10ppm以上のBを含有する鋼材の引張強さは、510MPa以上であることが多い。ただし、引張強さが510MPa以下であっても、10ppm以上のBを含有する鋼材に本発明を適用してもよい。
【0012】
鋼材のB含有量B
M[ppm]は10〜50ppmとする。Bは固溶状態で鋼の強度を増加させる元素であり、所望の強度上昇効果を得るためには10ppm以上含有することが望ましい。一方で、50ppmを超える含有は、強度上昇効果が飽和する一方で、靱性の低下が著しくなる。このため、Bは10〜50ppmの範囲とする。
【0013】
鋼材のN含有量N
M[ppm]は10〜80ppmとする。N(窒素)は不純物であり、通常の製鋼プロセスでは鋼材のN含有量N
Mを10ppm未満に低下させることが難しい。一方、鋼材N含有量N
Mが80ppmを超えると、鋼の鋳造時にスラブ割れを引き起こす原因となる。製造コストの観点から、N
Mは20ppm以上であってもよい。鋼材の靭性などの特性を考慮すると、N
Mを60ppm以下とするのが好ましい。
【0014】
Ti、Oを含有する鋼材では、Tiは平衡状態でTi
2O
3を形成し、残ったTiがTiNを形成する。TiNを形成せずに残ったNがBNを形成することになるので、BNを形成するために必要とされる固溶N量を考慮することが好ましい。固溶N量は、原子量を考慮するとTi
2O
3を形成するOの体積分率がTiの体積分率の2倍であることから、鋼材のN含有量N
M[ppm]、Ti含有量Ti
M[ppm]、O含有量O
M[ppm]によって、
{N
M−0.3×(Ti
M−2×O
M)}
で求められる。
【0015】
鋼材に含まれる、B、N以外の成分組成は特に制限されないが、本発明は、金属組織が、フェライト、マルテンサイト、ベイナイト、パーライトなどを主体とするフェライト系鋼材に対して特に有効である。フェライト系鋼材は、フェライト、マルテンサイト、ベイナイト、パーライトの1種又は2種以上の合計の面積率が50%超である鋼材と定義される。また、ステンレス鋼はNの固溶量を増加させるCrを多量に含むため、本発明はCr含有量が9質量%以下のフェライト系鋼材に対して極めて有効である。
【0016】
鋼材に含まれる、B、N以外の成分組成は、例えば、質量%で、C:0.05〜0.15%、Si:0.04〜0.20%、Mn:0.6〜2.0%、P:0.010%以下、S:0.005%以下を含有し、残部Fe及び不純物からなる成分組成であることが好ましい。不純物であるO(酸素)の含有量は50ppm以下が好ましい。さらに、Cu:0.5%以下、Ni:4.0%以下、Cr:1.0%以下、Mo:0.5%以下、V:0.05%以下、Nb:0.020%以下、Ti:0.05%(500ppm)以下、Al:0.1%以下の1種又は2種以上を含有させてもよい。
【0017】
鋼材の製造方法も特に制限されないが、例えば、常法で鋼を溶製し、成分の調整後、鋳造して得られた鋳片を熱間圧延して製造することができる。熱間圧延後は、そのまま水冷するか、又は空冷した後、再加熱して焼入れてもよい。熱間圧延後、冷間圧延して、更に熱処理を施してもよい。
【0018】
鋼を溶製し、鋳造した後、そのまま熱間圧延を行ってもよいが、鋼片を、一旦、室温まで冷却し、Ac
3以上の温度に再加熱して、熱間圧延を行ってもよい。Ac
3は鋼の組織がオーステナイトになる温度である。熱間圧延の加熱温度は、好ましくは1000℃以上、より好ましくは1050℃以上とする。一方、加熱温度の上限は、組織の粗大化を防止するため、1200℃、より好ましくは1150℃とする。
【0019】
熱間圧延は、フェライト変態が開始する温度であるAr
3以上で終了することが好ましい。Ac
3及びAr
3は、鋼片から試験片を採取し、加熱時及び冷却時の熱膨張挙動から求めることができる。熱間圧延後、そのまま水冷する場合は、250℃以下の温度まで焼入れる。熱間圧延後、空冷してAc
3以上の温度に再加熱し、焼入れを行ってもよい。
【0020】
熱間圧延は、鋼板の表面温度が850〜950℃の温度域における累積圧下率を30%以上とし、表面温度が840℃以下の温度域における累積圧下率を30〜80%として行うことが好ましい。また、圧延終了温度は、鋼板の表面温度で700〜820℃が好ましい。熱間圧延を施した後、鋼板の表面温度で300〜700℃の温度域における平均冷却速度を5℃/以上とする加速冷却を施してもよい。
【0021】
次に、溶接方法について説明する。溶接方法は、フラックスコアードアーク溶接(FCAW)、タングステン−不活性ガス溶接(TIG)、2電極エレクトロガスアーク溶接(EGW)の何れかのガスシールドアーク溶接方法とする。本発明では、溶接金属の成分制御が重要であり、溶接方法を、溶接棒又は溶接ワイヤとシールドガスの成分を用いて溶接金属の成分が制御可能であるガスシールドアーク溶接方法とする。
【0022】
次に、シールドガスについて説明する。シールドガスの主成分には、一般的なガスシールドアーク溶接で用いられるCO
2や、Ar、Heを用いることが好ましいが、その他特別な不活性ガスや、それらの混合ガスを用いることもできる。加えて、シールドガスには含有体積比で2〜6vol.%のN
2を含ませることが好適である。ガスの混合方法は、ガスボンベ内であらかじめ混合しておくことが好ましいが、ガス混合機を用いて混合することもできる。溶接時のシールドガスは、一般的な溶接方法と同様に溶接トーチから溶接部周辺へガスを供給する方法が好ましい。
【0023】
本発明の鋼材の溶接方法は、シールドガスに含まれるN
2を利用して、HAZにBNを形成するものである。溶接材料に含まれるB量及びN量を考慮しない場合は、母材のB含有量B
M[ppm]及びN含有量N
M[ppm]と、シールドガスのN
2含有量体積比N
G[vol.%]とが、下記式(1)を満足することが必要である。
0.8×{N
M+3.8×λ×D
N×(30×N
G−N
M)/3}≧ B
M・・・ (1)
ここで、D
NはNの拡散係数[mm
2/sec]、λは入熱量[kJ/mm]である。
【0024】
式(1)について説明する。左辺は、溶接材料からの拡散を考慮した溶接後のHAZのN量に、Bの原子量とNの原子量との比(10.8/14=0.8)を掛けたものである。一方、右辺は溶接材料からの拡散を考慮した溶接後のHAZのB量を示している。溶接金属のBが母材のBと同程度以下である場合、HAZのBは増加しないと考えられる。このとき、HAZのB量は最大でも鋼材のB含有量と同程度となるため、式(1)の右辺をB
M[ppm]としている。したがって、式(1)を満足すると、溶接後のHAZでBを固定するために必要とされるN量が、溶接後のHAZのB量以上となり、HAZではBがBNを形成し、固定される。なお、母材は溶接継手の熱影響を受けていない部分であり、溶接金属は溶融した溶接材料が凝固して形成された部分である。
【0025】
HAZのN量は、母材と溶接金属間の相互拡散によって決定され、相互拡散は母材と溶接金属とのN濃度差とNの拡散係数、及び拡散時間で決定される。シールドガスに含まれるN
2は、一旦、溶接金属に固溶し、溶接金属と母材との間で相互拡散が生じると考えられる。また、溶接材料に含まれるN量が少ない場合は、溶接金属からHAZに供給されるN量が、シールドガスから溶接金属に溶解するN量で決定されると仮定する。
【0026】
本発明者らは、実験値との対応から、シールドガスから溶接金属に供給されるN量が、シールドガスのN
2含有量体積比N
G[vol.%]によって、
30×N
G[vol.%]
で表されることを見出した。これは、N
2濃度が異なるシールドガスを使用して溶接を行い、シールドガスから溶接金属に供給されるN量[ppm]とシールドガスのN
2含有量体積比[vol.%]とが比例関係にあり、その傾きが30であったという知見に基づいており、上記の項の単位は[ppm]である。
【0027】
したがって、母材と溶接金属のN濃度差は
30×N
G[vol.%]−N
M[ppm]
で表され、上式の単位は、全体として[ppm]となる。
【0028】
次に、拡散時間はBNの析出が必要となる1000℃以上で保持された場合、入熱量λ[kJ/mm]とHAZの温度−時間履歴の関係から、3.8×λで表される。母材と溶接金属との間の相互拡散は拡散時間とNの拡散係数、及び母材と溶接金属のN濃度差で決定されることから、
3.8×λ×D
N×(30×N
G−N
M)/3
で表される。これは、Nの含有量が異なる鋼材を使用して相互拡散量を測定した試験結果に基づいて求めた式である。D
N、N
G、N
M、λを変数としてフィッティングを行って係数を決定しており、上式は全体として母材と溶接金属との間を相互拡散したN量となり、単位は[ppm]である。
【0029】
溶接後のHAZのN量は、母材のN量と、母材と溶接金属との間で相互拡散したN量との合計である。したがって、
N
M+3.8×λ×D
N×(30×N
G−N
M)/3
となる。これに、Bの原子量とNの原子量との比、すなわち0.8を掛けると、BNを形成するN量を示す、上式(1)の左辺が導出される。式(1)の右辺は、鋼材のB含有量(HAZのB量の最大値)B
M[ppm]であり、上式(1)は、溶接後のHAZでBNを形成するN量が、HAZのB量以上であることを意味している。
【0030】
溶接材料に含まれるB及びNが溶接金属からHAZに拡散し、HAZにおけるBNの形成に影響を及ぼす場合は、上式(1)に加えてN含有量N
W[ppm]及びB含有量B
W[ppm]の影響を考慮する必要がある。この場合は、上式(1)式に代えて下記式(2)を満足することが必要である。
0.8×{N
M+3.8×λ×D
N×(30×N
G+N
W×X−N
M)/3}
≧B
M+3.8×λ×D
B×(B
W×X−B
M)/3 ・・・ (2)
式(1)と同様、D
NはNの拡散係数[mm
2/sec]、D
BはBの拡散係数[mm
2/sec]、λは入熱量[kJ/mm]である。また、Xは、溶接方法に応じて選択される変数であり、溶接方法がフラックスコアードアーク溶接の場合は0.95、TIGの場合は0.98、2電極エレクトロガスアーク溶接の場合は1.00である。
【0031】
上式(2)は式(1)と同様、溶接後のHAZのN量を示す左辺と、溶接後のHAZのB量を示す右辺とからなる。溶接金属は溶融した溶接材料が凝固して形成された部分であり、溶接材料に含まれる成分の含有量に対し、溶接金属の成分の含有量は、スラグアウトなどによって減少する。そして、成分の含有量の減少の割合は、溶接方法によって一定であることが知られており、Xで表す。Xは、溶接方法がフラックスコアードアーク溶接の場合は0.95、タングステン−不活性ガス溶接の場合は0.98、2電極エレクトロガスアーク溶接の場合は1.00である。
【0032】
HAZのN量は、母材と溶接金属間の相互拡散によって決定され、相互拡散は母材と溶接金属とのN濃度差とNの拡散係数、及び拡散時間で決定される。母材のN量は鋼材のN含有量と同じであるが、溶接金属のN量は溶接の影響を受けるため、溶接材料のN含有量のX倍に減少する。また、シールドガスに含まれるN
2は、一旦、溶接金属に固溶するので、溶接金属に含まれるN量は、
30×N
G+N
W×X
となり、母材と溶接金属のN濃度差は
30×N
G+N
W×X−N
M
で表され、上式の単位は、全体として[ppm]となる。
【0033】
溶接後のHAZのN量は、母材のN量と、母材と溶接金属との間で相互拡散したN量との合計であり、式(1)の
30×N
G−N
M
を上記の母材と溶接金属のN濃度差に代えて、
N
M+3.8×λ×D
N×(30×N
G+N
W×X−N
M)/3
となる。これに、Bの原子量とNの原子量との比、すなわち0.8を掛けると、BNを形成するN量を示す、式(2)の左辺が導出される。
【0034】
HAZのB量は、母材と溶接金属間の相互拡散によって決定され、相互拡散は母材と溶接金属とのB濃度差とBの拡散係数、及び拡散時間で決定される。母材のB量は鋼材のB含有量と同じであるが、溶接金属のB量は溶接の影響を受けるため、溶接材料のB含有量のX倍に減少する。したがって、溶接金属に含まれるB量は、B
W×Xである。
【0035】
母材と溶接金属との間の相互拡散は、拡散時間とBの拡散係数、及び母材と溶接金属のB濃度差で決定されることから、
3.8×λ×D
B×(B
W×X−B
M)/3
で表される。これは、Bの含有量が異なる鋼材を使用して相互拡散量を測定した試験結果に基づいて求めた式である。D
B、B
W、B
M、λを変数としてフィッティングを行って係数を決定しており、上式は全体として母材と溶接金属との間を相互拡散したB量となり、単位は[ppm]である。
【0036】
溶接後のHAZのB量は、母材のB量と、母材と溶接金属との間で相互拡散したB量との合計である。したがって、
B
M+3.8×λ×D
B×(B
W×X−B
M)/3
となり、式(2)の右辺が導出される。式(2)は、式(1)と同様、溶接後のHAZでBNを形成するN量が、HAZのB量以上であることを意味している。
【0037】
溶接材料のN含有量N
W[ppm]は20ppm以下に制限することが好ましい。Nは不純物であり、溶接材料に過剰に含まれる場合、溶接金属の靭性を低下させる原因となる。シールドガスから供給されるN量と合わせて溶接金属のN含有量が200ppm以上とならないよう、好ましくは溶接材料のN含有量を10ppm以下とする。
【0038】
溶接材料のB含有量B
W[ppm]は15ppm以下に制限することが好ましく、望ましくは10ppm未満に制限する。B
Wは10〜50ppmであってもよいが、母材と同量以下が望ましい。溶接材料のB含有量が多く、溶接金属から母材にボロンを拡散すると、HAZ部のB量が増加してしまい、必要な固溶N量が不足する原因となる場合がある。
【0039】
母材のTi含有量がTi
M[ppm]であり、かつ、O含有量がO
M[ppm]であるとき、母材の固溶N量は、{N
M−0.3×(Ti
M−2×O
M)}で求められる。一方、HAZのB量はTi、Oの影響をほとんど受けないので、右辺は式(1)と同じでよい。したがって、鋼材に含まれるTi、Oの影響を考慮する場合は、前記式(1)に代えて下記式(3)を満足する溶接材料を用いて接合する。
0.8×〔{N
M−0.3×(Ti
M−2×O
M)}
+3.8×λ×D
N×〔30×N
G−{N
M−0.3×(Ti
M−2×O
M)}]/3〕
≧B
M ・・・ (3)
【0040】
同様に、鋼材に含まれるTi、Oの影響と、溶接材料に含まれるN、Bの影響とを考慮する場合は、前記式(2)に代えて下記式(4)を満足する溶接材料を用いて接合する。
0.8×〔{N
M−0.3×(Ti
M−2×O
M)}
+3.8×λ×D
N×〔30×N
G+N
W×X−{N
M−0.3×(Ti
M−2×O
M)}]/3〕
≧B
M+3.8×λ×D
B×(B
W×X−B
M)/3 ・・・ (4)
【0041】
溶接材料は、溶接方法に応じて、適宜、フラックス入りワイヤ、ソリッドワイヤを選択することができる。B、N以外の溶接材料の成分組成は、特に限定されるものではなく、所望の特性に応じて、適宜、選択すればよい。
【0042】
溶接材料に含まれる、B、N以外の成分組成は、例えば、質量%で、C:0.01〜0.15%、Si:0.01〜1.50%、Mn:0.6〜2.5%を含有し、残部Fe及び不純物からなる成分組成であることが好ましい。さらに、V:1.0%以下、Nb:1.0%以下、Cu:2.0%以下、Ni:4.0%以下、Cr:2.0%以下、Mo:2.0%以下、Al:2.0%以下の1種又は2種以上を含有させてもよい。
【0043】
フラックスは特に制限されるものではなく、Ti酸化物、Si酸化物、Mn酸化物、Ca酸化物、Mg酸化物、Zr酸化物、Al酸化物、Fe酸化物、その他、フッ化物、硫化物を含有させることができる。
【0044】
ガスシールドアーク溶接の入熱量は4kJ/mm以上であることが好ましい。入熱量が小さい場合、溶接金属からHAZへの拡散時間が短くなることに加えて、冷却速度が速くなるため、BNによる靭性向上効果が得られる鋼組織が形成されない場合がある。
【実施例】
【0045】
(実施例1)
【0046】
表1に示すN含有量及びB含有量の鋼材、並びにN
2含有量のシールドガスを用いて、フラックスコアードアーク溶接(FCAW)、タングステン−不活性ガス溶接(TIG)、2電極エレクトロガスアーク溶接(2電極EGW)の何れかの溶接方法で溶接継手を製造した。鋼材のN含有量、シールドガスのN
2含有量、入熱から、Nの拡散係数D
N[mm
2/sec]を0.0065mm
2/secとして、式(1)の左辺を計算し、右辺は鋼材のB含有量とした。表1の「式(1)」の「左辺≧右辺」の欄には式(1)を満足するものを○、満足しないものを×で示した。溶接継手のHAZからJIS Z 2242に準拠してVノッチ試験片を採取し、−40℃におけるシャルピー吸収エネルギーを測定した。
【0047】
【表1】
【0048】
表1に示すように、式(1)を満足する条件で製造した溶接継手のHAZの靭性は良好であり、−40℃におけるシャルピー吸収エネルギーが100J以上である。一方、式(1)を満足しない条件で製造した溶接継手のHAZの靭性は劣化しており、−40℃におけるシャルピー吸収エネルギーが100J未満である。
(実施例2)
【0049】
表2に示すN含有量及びB含有量の鋼材、並びに表2に示す溶接材料、並びにN
2含有量のシールドガスを用いて、FCAW、TIG、2電極エレクトロガスアーク溶接の何れかの溶接方法で溶接継手を製造した。鋼材、溶接材料のN含有量及びB含有量、溶接方法、入熱から、Nの拡散係数D
N[mm
2/sec]を0.0065mm
2/sec、Bの拡散係数D
B[mm
2/sec]を0.005mm
2/secとして、式(2)の左辺、右辺を計算した。表2の「式(2)」の「左辺≧右辺」の欄には式(2)を満足するものを○、満足しないものを×で示した。溶接継手のHAZからJIS Z 2242に準拠してVノッチ試験片を採取し、−40℃におけるシャルピー吸収エネルギーを測定した。
【0050】
【表2】
【0051】
表2に示すように、式(2)を満足する条件で製造した溶接継手のHAZの靭性は良好であり、−40℃におけるシャルピー吸収エネルギーが100J以上である。
(実施例3)
【0052】
表3に示すN含有量、B含有量、Ti含有量及びO含有量の鋼材、並びにN
2含有量のシールドガスを用いて、FCAW、TIG、2電極エレクトロガスアーク溶接の何れかの溶接方法で溶接継手を製造した。実施例1と同様に、式(3)の左辺し、右辺は鋼材のB含有量とした。表3の「式(3)」の「左辺≧右辺」の欄には式(3)を満足するものを○、満足しないものを×で示した。溶接継手のHAZからJIS Z 2242に準拠してVノッチ試験片を採取し、−40℃におけるシャルピー吸収エネルギーを測定した。
【0053】
【表3】
【0054】
表3に示すように、式(3)を満足する条件で製造した溶接継手のHAZの靭性は良好であり、−40℃におけるシャルピー吸収エネルギーが100J以上である。
(実施例4)
【0055】
表4に示すN含有量、B含有量、Ti含有量及びO含有量の鋼材、並びに表4に示すN含有量及びB含有量の溶接材料、並びにN
2含有量のシールドガスを用いて、FCAW、TIG、2電極エレクトロガスアーク溶接の何れかの溶接方法で溶接継手を製造した。鋼材、溶接材料のN含有量及びB含有量、溶接方法、入熱から、Nの拡散係数D
N[mm
2/sec]を0.0065mm
2/sec、Bの拡散係数D
B[mm
2/sec]を0.005mm
2/secとして、式(4)の左辺、右辺を計算した。表4の「式(4)」の「左辺≧右辺」の欄には式(4)を満足するものを○、満足しないものを×で示した。溶接継手のHAZからJIS Z 2242に準拠してVノッチ試験片を採取し、−40℃におけるシャルピー吸収エネルギーを測定した。
【0056】
【表4】
【0057】
表4に示すように、式(4)を満足する条件で製造した溶接継手のHAZの靭性は良好であり、−40℃におけるシャルピー吸収エネルギーが100J以上である。