(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、熱間プレス成形部材において、更なる軽量化および耐食性が求められていることに鑑み、化学組成および/または板厚の異なる2種以上の鋼板からなる、突き合わせ溶接継手を有する、熱間プレス用めっき鋼板およびその製造方法と、同鋼板を用いて得られる耐食性に優れた熱間プレス成形部材およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、上記課題を解決する手法について鋭意検討を行い、熱間プレス用めっき鋼板を得るにあたり、熱間プレス用めっき鋼板の製造工程における半製品である鋼板または鋼帯コイルを突き合わせ溶接した後に、溶接部およびHAZを含む鋼板全体をめっき処理することで、溶接部表面を含めた鋼板表面全体がめっき層を有する、熱間プレス用めっき鋼板を容易に製造できることが分かった。
【0014】
さらに、同熱間プレス用めっき鋼板を、適正な条件で加熱し、プレス成形することにより、耐食性に優れた熱間プレス成形部材を製造できることが分かった。
【0015】
更に、
図1に示されるような鋼板1、鋼板2とを突き合わせ溶接して形成した突き合わせ溶接部及びその近傍における硬度、板厚及び結晶粒径が、突き合わせ溶接継手の熱間プレス前の加工性と熱間プレス後の耐衝撃特性に与える影響を鋭意研究した。その結果、以下の要件によって、熱間プレス成形部材の耐食性に加え、(1)突き合わせ溶接継手の熱間プレス前の加工性の向上と、(2)熱間プレス後の耐衝撃特性の向上とを両立できることが分かった。
(1)鋼板1、鋼板2と、これら鋼板1、2の突き合わせ溶接部からなる範囲における硬度と板厚の積HTの分布において、溶接部およびHAZにかけてのHTと鋼板1および鋼板2におけるHTとの比を1に近づけ、かつ、当該範囲における最大硬度と上記鋼板1、鋼板2のより硬い側の硬度との硬度差を小さくすること;
(2)さらに、鋼板1、鋼板2と、これら鋼板1、2の突き合わせ溶接部からなる範囲の有効結晶粒径の分布において、溶接部およびHAZにかけての有効結晶粒径の最大値と、上記鋼板1、鋼板2の有効結晶粒径の平均値のうち粗大な方の有効結晶粒径の平均値との比を小さくすること。
【0016】
本発明は、上記知見に基づいてなされたもので、その要旨は以下のとおりである。
【0017】
(1)異なる鋼板およびそれらの突き合わせ溶接部からなり、
前記異なる鋼板のうち少なくとも1種の鋼板の化学組成が式(1)を満たし、
前記突き合わせ溶接部および溶接熱影響部を含む鋼板全体において、表面にめっき層を有することを特徴とする熱間プレス用めっき鋼板。
【数1】
但し、各元素記号は鋼板における含有量[質量%]を表し、当該元素が含まれないときは、0を代入する。
(2)前記突き合わせ溶接部及び溶接熱影響部を含む領域の硬度と板厚の積HTの分布における最小値HT
minが、前記異なる鋼板のうち1つの鋼板における平均値HT
1と前記異なる鋼板のうち他の鋼板における平均値HT
2とを比較したときの小さい方の値の0.80倍以上であり、
前記HTの分布における最大値HT
maxが前記HT
1とHT
2のうち大きい方の値の1.50倍以下であり、
前記突き合わせ溶接部及び溶接熱影響部を含む領域の硬度の最大値H
maxと前記1つの鋼板における硬度H
1と前記他の鋼板における硬度H
2のうち大きい方の値との差ΔHが100Hv以下であり、
かつ、H
maxが400Hv以下であり、
前記突き合わせ溶接部及び溶接熱影響部を含む領域の有効結晶粒径の分布において、前記1つの鋼板の有効結晶粒径の平均値と前記他の鋼板の有効結晶粒径の平均値のうち大きい方の有効結晶粒径dと、前記有効結晶粒径の最大値d
maxとの比(d
max/d)が5.0以下であり、
さらに、突き合わせ溶接部及び溶接熱影響部を含む領域において、前記異なる鋼板のうち前記1つの鋼板の炭化物の短径の平均値と前記異なる鋼板の炭化物の短径の平均値のうち大きい方の短径rと、炭化物の短径の最大値r
maxとの比(r
max/r)が3.0以下であることを特徴とする、(1)に記載の熱間プレス用めっき鋼板。
(3)前記めっき層がアルミめっき層であることを特徴とする(1)または(2)に記載の熱間プレス用めっき鋼板。
(4)前記めっき層が亜鉛めっき層であることを特徴とする(1)または(2)に記載の熱間プレス用めっき鋼板。
(5)前記めっき層が合金化亜鉛めっき層であることを特徴とする(4)に記載の熱間プレス用めっき鋼板。
(6)質量%で、
C:0.050%〜0.800%、
Si:0.001%〜3.00%、
Mn:0.01%〜13.0%、
P:0.100%以下、
S:0.0100%以下、
Al:0.001%〜2.500%、
N:0.0150%以下、
O:0.0050%以下、
を含有し、残部が鉄および不可避的不純物からなる1つの鋼板と、
前記鋼板とは化学組成および/または板厚の異なる1種以上の他の鋼板とを突き合わせ溶接し、
溶接後にめっき処理を施すことを特徴とする、熱間プレス用めっき鋼板の製造方法。
(7)前記1つの鋼板の化学組成が、
Feの一部に替えて、更に質量%で、
Cr:0.03〜5.00%
Mo:0.03〜5.00%
Ni:0.03〜5.00%
Cu:0.03〜5.00%
W:0.03〜5.00%
B:0.0004〜0.0100%
Nb:0.005〜0.200%
Ti:0.010〜0.500%
V:0.05〜2.00%
Sb:0.003〜1.000%
Sn:0.005〜1.000%
Ca:0.0010〜0.0100%
Ce:0.0010〜0.0100%
Mg:0.0010〜0.0100%
Zr:0.0010〜0.0100%
La:0.0010〜0.0100%
Hf:0.0010〜0.0100%
REM:0.0010〜0.0100%
のいずれか1種以上を含むことを特徴とする(6)に記載の熱間プレス用めっき鋼板の製造方法。
(8)前記鋼板とは化学組成および/または板厚の異なる1種以上の他の鋼板とを、溶接部における板厚比を3.0以下として突き合わせ溶接し、
溶接した全ての鋼板のうち少なくとも1つの鋼板の(A
c1−50)℃を上回る温度まで加熱する熱処理を行い、
前記熱処理は、加熱開始から冷却開始までの温度履歴が式(2)を満たし、
冷却開始から冷却完了までの温度履歴が式(4)を満たし、且つ
熱処理中または熱処理後にめっき処理を施すことを特徴とする(6)または(7)に記載の熱間プレス用めっき鋼板の製造方法。
【数2】
但し、式(2)は、鋼板の温度が550℃から温度T
*に到達するまでの時間を10ステップに当分に分割し、分割した各ステップにおける式F
n(T
n, T
*, r, t
n, C
*, Si
*, Mn
*, Cr
*, Mo
*)の計算値を合計し、前記温度T
*に到達してから冷却を開始するまでの時間を10ステップに等分に分割し、分割した各ステップにおけるG
n(T
n, T
*, r, t
n, C
*, Si
*, Mn
*, Cr
*, Mo
*)の計算値を合計し、これらの合計値を合算するものである。T
n[℃]は各温度域におけるnステップ目における到達温度を、t
n[秒]は各温度域におけるnステップ目までの総経過時間をそれぞれ表わす。なお、最高加熱温度がT
*に到達しない場合、第2項のG
nの計算値の合計は0とする。また、C
*、Si
*、Mn
*、Cr
*およびMo
*[質量%]は、前記2種の鋼板の化学組成の単純平均を示し、当該元素が含まれないときは、0を代入する。rは溶接部を除く前記2種の鋼板の板厚比であり、板厚の薄い鋼板の板厚に対する板厚の厚い鋼板の比率であり、鋼板の板厚が等しい場合、r=1とする。α、β、γおよびδ、ε、θはそれぞれ定数項であり、それぞれ1.33×10
6、1.80×10
0、2.25×10
4および2.25×10
6、2.20×10
0、2.41×10
4とする。また、T
*は炭化物の溶解が始まる目安となる温度であり、下記の式(3)によって得られる。
【数3】
ここで、元素の右肩に記載のかっこ内の添え字1および2は前記2種の鋼板をそれぞれ表わし、T
*は各鋼におけるA
c1[℃]、各鋼板の化学組成におけるSi、Mn、Cr及びMoのそれぞれの含有量[質量%]、および式(2)に示した板厚比rから求められる。
【数4】
但し、式(4)は、冷却過程において炭化物の生成が始まる650℃から100℃に至るまでの温度範囲における滞在時間を10ステップに区切り、それぞれのステップにおける炭化物の生成挙動を評価し、足し合わせたものである。ここで、Aは、前記式(2)の左辺が1.00以上の場合は1.00、それ以外の場合は前記式(2)の左辺の値を用いる。また、ΔT[℃]は、式(3)で得られるT
*から100℃低い温度を起点とし、そこからnステップ目までの区間における最低到達温度T
minを引いた値である。なお、T
minがT
*−100℃よりも高い場合、ΔTは0とする。Tn[℃]は、nステップ目の区間における平均温度である。また、tn[秒]は650℃に到達してからnステップ目が完了するまでの総経過時間である。μ、η、ζ、ρは定数項であり、それぞれ5.53×10
−3、2.50×10
−1、2.50×10
−2、3.07×10
3とする。
(9)前記熱処理は、予熱バーナーに用いる空気と燃料ガスの混合ガスにおいて、単位体積の混合ガスに含まれる空気の体積と、単位体積の混合ガスに含まれる燃料ガスを完全燃焼させるために理論上必要となる空気の体積との比である空気比:0.7〜1.2とされた条件の酸化帯において加熱し、次いで、水蒸気(H
2O)と水素(H
2)との分圧比P(H
2O)/P(H
2):0.0001〜2.0とされた還元帯において最高加熱温度まで加熱することを特徴とする、(8)に記載の熱間プレス用めっき鋼板の製造方法。
(10)突き合わせ溶接後に溶接部を研削することを特徴とする(6)〜(9)のうちいずれかに記載の熱間プレス用めっき鋼板の製造方法。
(11)前記1つの鋼板及び他の鋼板のうち少なくともいずれかの鋼板が、熱延鋼板に0.01〜85%の冷間圧延を施した冷延鋼板であることを特徴とする(6)〜(10)のうちいずれかに記載の熱間プレス用めっき鋼板の製造方法。
(12)前記めっき処理が溶融アルミ浴への浸漬であることを特徴とする、(6)〜(11)のいずれかに記載の熱間プレス用めっき鋼板の製造方法。
(13)前記めっき処理が溶融亜鉛浴への浸漬であることを特徴とする、(6)〜(11)のいずれかに記載の熱間プレス用めっき鋼板の製造方法。
(14)前記溶融亜鉛浴への浸漬の後、合金化処理を施すことを特徴とする、(13)に記載の熱間プレス用めっき鋼板の製造方法。
(15)前記めっき処理が電気めっき処理であることを特徴とする、(6)〜(11)のいずれかに記載の熱間プレス用めっき鋼板の製造方法。
(16)異なる鋼板およびそれらの突き合せ溶接部を有し、
前記異なる鋼板のうち1つの鋼板における硬度H
1と前記異なる鋼板のうち他の鋼板における硬度H
2のうち大きい方の値が300Hv以上であり、
溶接部表面を含む部材表面全体にめっき層が存在することを特徴とする、
熱間プレス成形部材。
(17)前記熱間プレス成形部材において、
前記突き合わせ溶接部及び溶接熱影響部を含む領域の硬度と板厚の積HTの分布における最小値HT
minが、前記異なる鋼板のうち1つの鋼板における平均値HT
1と前記異なる鋼板のうち他の鋼板における平均値HT
2とを比較したときの小さい方の値の0.80倍以上であり、
前記HTの分布における最大値HT
maxが前記HT
1とHT
2のうち大きい方の値の1.20倍以下であり、
前記突き合わせ溶接部及び溶接熱影響部を含む領域の硬度の最大値H
maxと前記1つの鋼板における硬度H
1と前記他の鋼板における硬度H
2のうち大きい方の値との差ΔHが50Hv以下であり、
前記突き合わせ溶接部及び溶接熱影響部を含む領域の母相オーステナイト粒径の最大値D
maxと前記1つの鋼板における母相オーステナイト粒径D
1と前記他の鋼板における母相オーステナイト粒径D
2のうち大きい方の値との比が5.0倍以下であり、
前記突き合わせ溶接部及び溶接熱影響部における粒子径1.0μm以上の炭化物の平均密度が1.0×1.0×10
10m
−2以下であることを特徴とする(16)に記載の熱間プレス成形部材。
(18)前記(1)〜(5)のいずれかに記載の熱間プレス用めっき鋼板を用い、
最高加熱温度が式(1)を満たす鋼板におけるA
c3温度以上とし、
550℃から加熱終了までの温度履歴が式(5)を満たす熱処理を行うことを特徴とする、
熱間プレス成形部材の製造方法。
【数5】
ここで、式(5)の左辺は、式(2)と同一の形式であり、各項の意味および値は等しい。
(19)熱間プレス後に焼戻処理を施すことを特徴とする、(18)に記載の熱間プレス成形部材の製造方法。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、耐食性に優れた熱間プレス用めっき鋼板と、同鋼板を用いて得られる耐食性に優れた熱間プレス成形部材を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の熱間プレス用めっき鋼板とその製造方法について説明する。
本発明の熱間プレス用めっき鋼板は、化学組成および/または板厚の異なる2種以上の鋼板およびそれらの突き合わせ溶接部からなり、熱間プレス用めっき鋼板が熱間プレス成形によって十分な強度を発揮するには、十分な量のCを含み、かつ十分な焼入性を有する必要がある。具体的には、熱間プレス用めっき鋼板を構成する母材としての鋼板(以下、「母材鋼板」ともいう。)の少なくとも1つは下記の式(1)を満たす必要がある。
【数6】
但し、各元素記号は鋼板における含有量[質量%]を表し、当該元素が含まれないときは、0を代入する。
【0021】
式(1)を満たさない母材鋼板では、焼入によって得られる最大強度および/または焼入性が不足するため、熱間プレス成形によって300Hv以上の硬度を得ることは困難である。熱間プレス成形後の強度を更に高めるには、式(1)の左辺は1.15以上とすることが好ましく、1.50以上とすることが更に好ましい。
【0022】
但し、本発明の熱間プレス用めっき鋼板において、2枚目以降の母材鋼板は式(1)を満たさなくても構わない。特に、熱間プレス成形部材において硬度300Hv未満の低強度としたい部位には式(1)を満たさない母材鋼板を用いることが好ましく、式(1)の左辺が0.85以下となる鋼板を用いることが更に好ましい。
【0023】
(化学組成)
本発明の熱間プレス用めっき鋼板を構成する母材鋼板の少なくとも1種以上の母材鋼板は、本発明の熱間プレス成形部材が硬度300Hv以上の部位を有するよう、下記の化学組成を有する鋼板を用いることが好ましい。なお、化学組成に関して%は質量%を表わす。
【0024】
(C:0.050〜0.800%)
Cは、強度の向上に寄与する元素である。C含有量が0.050%未満であると、熱間プレス後の硬度が300Hvに到達しないため、含有量は0.050%以上とすることが好ましい。Cは0.090%以上含有することが好ましく、0.140%以上含有することがより好ましい。一方、C含有量が0.800%を超えると、鋳造スラブが脆化して割れやすくなるため、含有量は0.800%以下とすることが好ましい。また、突き合わせ溶接における溶接性が劣化するため、Cの含有量は0.550%以下とすることが好ましい。熱間プレス用めっき鋼板の溶接性を確保するため、Cの含有量は0.400%以下とすることがより一層好ましい。
【0025】
(Si:0.001〜3.00%)
Siは、鉄系炭化物を微細化し、強度と成形性の向上に寄与する元素であるが、鋼を脆化する元素でもある。Si含有量が3.00%を超えると、鋳造スラブが脆化して割れ易くなり、また、溶接性が低下するので、Si含有量は3.00%以下とすることが好ましい。耐衝撃性を確保する点で、2.20%以下が好ましく、1.70%以下がより好ましい。一方、Siの含有量を0.001%未満に低減するには特別な処理が必要となるため、Si含有量は0.001%以上とすることが好ましい。鋼を強化するには、Siの含有量は0.010%以上が好ましく、0.030%以上とすることがより好ましい。
【0026】
(Mn:0.01〜13.0%)
Mnは、焼入れ性を高めて、強度の向上に寄与する元素であるが、鋼を脆化する元素でもある。Mnの含有量が13.0%を超えると、鋳造スラブが脆化して割れ易くなり、また、溶接性が劣化するため、Mnは13.0%以下とすることが好ましい。鋳造スラブの脆化を防ぐには、Mn含有量は10.0%以下とすることが好ましく、7.00%以下とすることが更に好ましい。一方、Mnの含有量を0.01%未満とするには特殊な処理が必要となるため、Mnの含有量は0.01%以上とすることが好ましい。鋼を強化するには、Mnは0.10%以上含有することが好ましく、0.50%以上添加することが更に好ましい。
【0027】
(Al:0.001〜2.500%)
Alは、脱酸材として機能するが、一方で、鋼を脆化する元素でもある。Al含有量が0.001%未満であると、脱酸効果が十分に得られないので、Al含有量は0.001%以上とすることが好ましい。一方、Alの含有量が2.500%を超えると、粗大な酸化物が生成し、鋳造スラブが割れ易くなるため、Al含有量は2.500%以下とすることが好ましい。良好なスポ溶接性を確保する点で、Alの含有量は2.000%以下が好ましい。
【0028】
本発明の鋼板を製造するにあたり、母材鋼板の成分組成は、上記元素の他、特性向上のため、以下の元素を含んでもよい。
【0029】
(Cr:0.03〜5.00%以下)
Crは、焼入れ性を高め、鋼板強度の向上に寄与する元素であり、C及び/又はMnの一部に替わり得る元素である。Cr含有量が5.00%を超えると、熱間加工性が低下して生産性が低下するので、Cr含有量は5.00%以下が好ましい。下限は0%を含むが、Crの強度向上効果を十分に得るには、0.03%以上含有することが好ましい。
【0030】
(Mo:0.03〜5.00%以下)
Moは、熱間プレス工程における高温での相変態を抑制し、鋼板強度の向上に寄与する元素であり、C及び/又はMnの一部に替わり得る元素である。Mo含有量が5.00%を超えると、熱間加工性が低下して生産性が低下するので、Mo含有量は5.00%以下が好ましい。下限は0%を含むが、Moの強度向上効果を十分に得るたには、0.03%以上含有することが好ましい。
【0031】
(Ni:0.03〜5.00%)
Niは、熱間プレス工程における高温での相変態を抑制し、鋼板強度の向上に寄与する元素であり、C及び/又はMnの一部に替わり得る元素である。Niが5.00%を超えると、溶接性が低下するので、Ni含有量は5.00%以下が好ましい。下限は0%を含むが、Niの強度向上効果を十分に得るには、0.03%以上含有することが好ましい。
【0032】
(Cu:0.03〜5.00%以下)
Cuは、微細な粒子で鋼中に存在し、鋼板強度の向上に寄与する元素であり、C及び/又はMnの一部に替わり得る元素である。Cuが5.00%を超えると、溶接性が低下するので、Cu含有量は5.00%以下が好ましい。下限は0%を含むが、Cuの強度向上効果を十分に得るには、0.03%以上含有することが好ましい。
【0033】
(W:0.03〜5.00%以下)
Wは、熱間プレス工程における高温での相変態を抑制し、鋼板強度の向上に寄与する元素であり、C及び/又はMnの一部に替わり得る元素である。Wが5.00%を超えると、熱間加工性が低下して生産性が低下するので、W含有量は5.00%以下が好ましい。下限は0%を含むが、Wの強度向上効果を十分に得るには、0.03%以上含有することが好ましい。
【0034】
(B:0.0004〜0.0100%以下)
Bは、熱間プレス工程における高温での相変態を抑制し、鋼板強度の向上に寄与する元素であり、C及び/又はMnの一部に替わり得る元素である。B含有量が0.0100%を超えると、熱間加工性が低下して生産性が低下するので、B含有量は0.0100%以下が好ましい。下限は0%を含むが、Bの強度向上効果を十分に得るには、0.0004%以上含有することが好ましい。
【0035】
(Nb:0.005〜0.200%以下)
Nbは、熱間プレス工程における母相オーステナイト結晶粒の成長抑制による靭性の向上に寄与する元素であり、0.200%を上限として含有しても構わない。Nbの含有量が0.200%を超えると、炭窒化物が多量に析出して、成形性が低下するため、好ましくない。下限は0%を含むが、HAZにおける有効結晶粒の微細化効果を得るには、0.005%以上含有することが好ましい。
【0036】
(Ti:0.010〜0.500%以下)
Tiは、熱間プレス工程における母相オーステナイト結晶粒の成長抑制による靭性の向上に寄与する元素であり、0.500%を上限として含有しても構わない。Tiの含有量が0.500%を超えると、炭窒化物が多量に析出して、成形性が低下するため、好ましくない。下限は0%を含むが、HAZにおける有効結晶粒の微細化効果を得るには、0.010%以上含有することが好ましい。
【0037】
(V:0.05〜2.00%以下)
Vは、熱間プレス工程における母相オーステナイト結晶粒の成長抑制による靭性の向上に寄与する元素であり、2.00%を上限として含有しても構わない。Vの含有量が2.00%を超えると、炭窒化物が多量に析出して、成形性が低下するため、好ましくない。下限は0%を含むが、HAZにおける有効結晶粒の微細化効果を得るには、0.05%以上含有することが好ましい。
【0038】
(Sb:0.003〜1.000%以下)
Sbは、熱間プレス工程における母相オーステナイト結晶粒の粗大化を抑制し、熱間プレス成形部材の靭性の向上に寄与する元素である。一方、Sb含有量が1.000%を超えると、鋼板が脆化し、圧延時に破断することがあるので、Sb含有量は1.000%以下が好ましい。下限は0%を含むが、Sbの添加効果を十分に得るには、0.003%以上含有することが好ましい。
【0039】
(Sn:0.005〜1.000%以下)
Snは、熱間プレス工程における母相オーステナイト結晶粒の粗大化を抑制し、熱間プレス成形部材の靭性の向上に寄与する元素である。一方、Sn含有量が1.000%を超えると、鋼板が脆化し、圧延時に破断することがあるので、Sn含有量は1.000%以下が好ましい。下限は0.000%を含むが、Snの添加効果を十分に得るには、Sn含有量は0.005%以上が好ましい。
【0040】
本発明の熱間プレス用めっき鋼板の母材鋼板における成分組成は、必要に応じて、Ca、Ce、Mg、Zr、La、Hf、REMの1種又は2種以上を合計で0.0100%以下となるように含んでもよい。Ca、Ce、Mg、Zr、La、HfおよびREMは、介在物のサイズを微細化し、耐衝撃性の向上に寄与する元素である。しかしながら、Ca、Ce、Mg、Zr、La、Hfおよび/またはREMの1種又は2種以上を、合計で0.0100%を超えて含有すると、却って介在物の生成が助長され、耐衝撃性が劣化する恐れがあるので、上記元素の含有量は、合計で0.0100%以下とすることが好ましく、0.0070%以下とすることがより好ましい。Ca、Ce、Mg、Zr、La、Hf、REMの1種又は2種以上の合計の下限は0.0000%を含むが、耐衝撃性向上効果を十分に得るには、合計で0.0010%以上が好ましい。
【0041】
なお、REM(Rare Earth Metal)は、ランタノイド系列に属する元素を意味する。LaやCeは、多くの場合、ミッシュメタルの形態で添加するが、La、Ceの他に、ランタノイド系列の元素を不可避的に含有していてもよい。
【0042】
(不可避的不純物)
本発明の熱間プレス用めっき鋼板の成分組成において、上記元素を除く残部は、Fe及び不可避的不純物である。不可避的不純物は、鋼原料から及び/又は製鋼過程で不可避的に混入する元素である。本発明において、不可避的不純物のうち、P、S、N及びOの含有量は、下記のように規定される。
【0043】
(P:0.100%以下)
Pは、鋼を脆化する元素である。Pが0.100%を超えると、鋳造スラブが脆化して割れ易くなるので、Pは0.100%以下とする。下限は0%を含むが、Pを0.0001%未満に低減すると、製造コストが大幅に上昇するので、実用鋼板上、0.0001%が実質的な下限である。
【0044】
(S:0.0100%以下)
Sは、MnSを形成し、耐衝撃性を損なう元素である。S含有量が0.0100%を超えると、溶接部およびHAZの耐衝撃性が著しく低下するため、S含有量は0.0100%以下とする。下限は0%を含むが、0.0001%未満に低減すると、製造コストが大幅に上昇するので、実用鋼板上、0.0001%が実質的な下限である。
【0045】
(N:0.0150%以下)
Nは、窒化物を形成し、耐衝撃性を阻害する元素であり、また、溶接時、ブローホール発生の原因になり、溶接性を阻害する元素である。N含有量が0.0150%を超えると、耐衝撃性と溶接性が低下するので、N含有量は0.0150%以下とする。N含有量は0.0100%以下とすることが好ましく、0.0075%以下とすることがより好ましい。N含有量の下限は0%を含むが、0.0001%未満に低減すると、製造コストが大幅に上昇するので、実用鋼板上、0.0001%が実質的な下限である。
【0046】
(O:0.0050%以下)
Oは、酸化物を形成し、耐衝撃性を阻害する元素である。O含有量が0.0050%を超えると、耐衝撃性が著しく低下するので、O含有量は0.0050%以下とする。下限は0%を含むが、Oを0.0001%未満に低減すると、製造コストが大幅に上昇するので、実用鋼板上、0.0001%が実質的な下限である。
【0047】
また、不可避的不純物として、H、Na、Cl、Sc、Co、Zn、Ga、Ge、As、Se、Y、Zr、Tc、Ru、Rh、Pd、Ag、Cd、In、Sn、Sb、Te、Cs、Ta、Re、Os、Ir、Pt、Au、Pbを、合計で0.0100%以下含んでもよい。
【0048】
続いて、本発明の熱間プレス用めっき鋼板において、式(1)を満たす鋼板を含む突き合わせ溶接部について、溶接部を挟む鋼板1、鋼板2、溶接継手および鋼板1と鋼板2におけるHAZの限定理由について説明する。
【0049】
[硬度と板厚の積HT]
加工時の割れにはひずみ集中による割れと靭性不足による割れがあり、溶接部およびHAZにおいて、ひずみ集中による割れの発生しやすさは、当該箇所における硬度と板厚の積HTによって整理できる。HTは当該箇所における耐荷重に相当するので、鋼板に変形を加えると、周辺と比べてHTの低い箇所、すなわち耐荷重の低い箇所には変形が集中しやすい。そのため、溶接影響を受けない鋼板部分に比べて溶接部あるいはHAZにおけるHTが著しく小さい場合、プレス成形時にHTの小さい箇所にひずみが集中し、割れる場合がある。
【0050】
このようなひずみの集中を避けるため、溶接部およびHAZにおけるHTは、突き合わせ溶接された鋼板のうちHTの小さい鋼板側に対して、過度に小さい値であってはならない。具体的には、
図1に示される突き合わせ溶接のような場合、ひずみの集中を避けるため、溶接部及びHAZを含む領域におけるHTの分布における最小値HT
minが、鋼板1における平均値HT
1と鋼板2における平均値HT
2のうち小さい方の値の0.80倍以上である必要がある。両者の関係は0.85倍以上であることが好ましく、0.90倍以上であることが更に好ましく、両者が等しいことが最も好ましい。尚、鋼板1における平均値HT
1と鋼板2における平均値HT
2は、溶接部及びHAZを含まない鋼板領域における硬度の平均値である。
【0051】
一方、HTが周辺と比べて極端に高い箇所では、荷重を加えても容易に変形しないため、変形時にその周辺にひずみが集中し、割れる場合がある。これを避けるため、溶接部およびHAZにおけるHTは、突き合わせ溶接された鋼板のうちHTの大きい鋼板側に対して、過度に大きい値であってはならない。具体的には、
図1に示される突き合わせ溶接のような場合、ひずみの集中を避けるため、溶接部及びHAZを含む領域の鋼板1から鋼板2におけるHTの分布における最大値HT
maxが、鋼板1における平均値HT
1と鋼板2における平均値HT
2のうち大きい方の値の1.50倍以下である必要がある。両者の関係は1.40倍以下であることが好ましく、1.30倍以下であることが更に好ましく、両者が等しいことが最も好ましい。
【0052】
[最大硬度H
max]
一方、靭性不足による成形時の割れの発生しやすさは、硬度によって整理できる。溶接部およびHAZにおける硬度が周辺の鋼板と比べて極端に高い場合、当該箇所は鋼板に比べて大きく脆化している危険性が有り、成形時に割れる場合がある。具体的には、
図1に示される突き合わせ溶接のような場合、突き合わせ溶接部及びHAZを含む領域の鋼板1から鋼板2にかけての硬度の最大値H
maxと鋼板1における硬度H
1と鋼板2における硬度H
2のうち大きい方の値との差ΔHが100[Hv]を超えると、プレス成形時に割れが発生する場合があるため、ΔHの上限を100[Hv]とする。ΔHは小さいほど好ましく、50[Hv]以下とすることが好ましく、30[Hv]以下とすることが更に好ましい。
【0053】
鋼板および溶接部の硬さの測定方法について説明する。硬さは、溶接部および板面に垂直な断面において、JIS Z 2244に記載のマイクロビッカース試験を行って測定する。測定は、突き合わせ溶接された鋼板のうち薄い側の鋼板における板厚の1/4を通る板面に平行な直線上において硬さを測定する。まず、溶接部の中央で硬さを測定し、そこから各鋼板側へ0.1〜0.2mmごとに硬さを測定する。各鋼板における測定は、それぞれ連続する10点の硬さ測定値の変動が、10点の平均値の±10%以内に収まるまで続け、その平均値を持って各鋼板の平均硬さH
1およびH
2とする。測定荷重は10〜100gfの範囲で、圧痕の大きさが100μm以下となるように調整し、設定する。
【0054】
溶接部およびその周辺の硬さが上記を満たさないと、溶接部およびその周辺では熱間プレス用めっき鋼板を熱間プレス前に加工する時に割れが発生する場合がある。加工時に割れた部位ではめっきを有さない表面が暴露されるため、熱間プレス後の部材の耐食性が著しく劣化する。
【0055】
[最大有効結晶粒径d
max]
熱間プレス後の部材の耐衝撃性を高めるには、破壊の伝播を抑制するために熱間プレス加工時の母相オーステナイトの結晶粒径を細かくする必要がある。この母相オーステナイトの結晶粒径は、加熱前、すなわち熱間プレス用めっき鋼板における結晶粒径に大きく影響され、熱間プレス用めっき鋼板の結晶粒径が粗大であると、当該オーステナイト粒径も粗大化する。熱間プレス用めっき鋼板において、特にHAZでは、溶接時にミクロ組織が粗大化し、有効結晶粒径が周辺の鋼材と比べて著しく大きくなる場合があり、それに伴って熱間プレス後の母相オーステナイト粒径が粗大化し、熱間プレス成形部材の耐衝撃性が劣化しやすい。
【0056】
具体的には、
図1に示される突き合わせ溶接のような場合、突き合わせ溶接部及びHAZを含む領域の有効結晶粒径の最大値d
maxと、鋼板1における有効結晶粒径の平均値d
1と鋼板2における有効結晶粒径の平均値d
2のうち大きい方の値dとの成す比を5.0以下とすることで、耐衝撃特性は改善する。この比は4.0以下とすることが好ましく、3.0以下とすることが更に好ましく、両者が等しいことが最も好ましい。尚、鋼板1における有効結晶粒径の平均値d
1と鋼板2における有効結晶粒径の平均値d
2は、溶接部及びHAZを含まないそれぞれの鋼板領域における有効結晶粒径の平均値である。以下、「有効結晶粒径の平均値」を単に「平均有効結晶粒径」という。
【0057】
有効結晶粒径の測定手法について説明する。有効結晶粒径は硬さ測定を行った面と同一の平面において、硬さ測定点の中間点を中心に結晶方位解析を行い、測定する。結晶方位の測定は、電界放射型走査型電子顕微鏡(FE−SEM:Field Emission Scanning Electron Microscope)を用い、電子線後方散乱回折図形を得るEBSD法(Electron BackScattering Diffraction)によって行う。1点当たりの測定面積は1.0×10
−8m
2以上とし、測定点の大きさは0.1〜0.3μmとする。
【0058】
有効結晶粒径は、EBSD法によって得られた結晶方位の情報を解析し、10°以上の方位差を有する境界をマッピングし、切断法によって境界の平均間隔を測定し、測定値を有効結晶粒径とみなす。
【0059】
また、HAZを除く各鋼板における平均有効結晶粒径は、硬さの測定において各鋼板の平均硬さを求める際に用いた10点の測定点からなる9点の中間点の任意の2点以上において結晶方位の測定を行い、得られた値の平均値をもって各鋼板における平均有効結晶粒径とみなす。なお、EBSD法により得られたデータの解析には、TSL社製の「OIM Analysys 7.0」を用いて行う。
【0060】
[炭化物の短径の最大値r
max]
熱間プレス成形部材の耐衝撃性を高めるには、破壊の起点として働く粗大な炭化物の形成を抑制することが効果的である。特にHAZでは、粗大な炭化物の周辺におけるミクロ組織が粗大化するため、粗大な炭化物を起点とする破壊が伝播しやすい。熱間プレス工程における鋼板中の炭化物の溶存挙動は、加熱前、すなわち熱間プレス用めっき鋼板における炭化物のサイズに大きく影響される。特に、長径が1.0μmを超える炭化物の短径が粗大で有る場合、炭化物は熱間プレス工程において溶存する傾向にある。これは、炭化物の破壊の起点としての影響度合が炭化物の長径に、加熱中の溶解挙動が同じく短径に依存するためである。
【0061】
具体的には、
図1に示される突き合わせ溶接のような場合、突き合わせ溶接部及びHAZを含む鋼板1から鋼板2にかけての領域において、長径が1.0μm以上の炭化物の短径の最大値r
maxと、鋼板1における炭化物の短径r
1と鋼板2における炭化物の短径r
2のうち大きい方の値rとの成す比を3.0以下とすることで、熱間プレス工程における溶接部近傍での炭化物の溶解速度は母材鋼板における溶解速度と同等となり、熱間プレス成形部材の耐衝撃特性は改善する。
【0062】
炭化物の短径の測定手法について説明する。炭化物の短径は硬さ測定を行った面と同一の平面において、硬さ測定点の中間点を中心にミクロ組織観察を行い、測定する。測定手法は、例えば、当該領域を電界放射型走査型電子顕微鏡(FE−SEM:Field Emission Scanning Electron Microscope)で観察し、長径が1.0μm以上の任意の炭化物25個について短径を測定し、その単純平均をもって、硬さ測定点における炭化物の短径とする。
【0063】
また、HAZを除く各鋼板における炭化物の短径の平均値は、硬さの測定において各鋼板の平均硬さを求める際に用いた10点の測定点からなる9点の中間点の任意の2点以上においてミクロ組織観察を行い、長径が1.0μm以上の任意の炭化物25個について短径を測定し、得られた値の平均値をもって各鋼板における炭化物の短径の平均値とみなす。
【0064】
尚、1点当たりの測定面積が5.0×10
−8m
2を超えても長径が1.0μm以上の炭化物の個数が25個未満である場合、5.0×10
−8m
2の範囲において観察した1.0μm以上の炭化物における短径を測定し、その単純平均をもって、当該測定点における炭化物の短径として構わない。あるいは、長径が1.0μm以上の炭化物の個数が25個に達するまで、5.0×10
−8m
2を超えて観察を行っても構わない。
【0065】
(熱間プレス用めっき鋼板の製造方法)
母材鋼板の製造方法については特に規定しないが、生産コストの観点からは、鋳造スラブを熱間圧延し、必要に応じて冷間圧延して製造することが好ましい。熱間圧延に供するスラブは、連続鋳造スラブや薄スラブキャスターなどで製造したものを用いることができる。鋳造後のスラブは、一旦常温まで冷却しても構わないが、高温のまま直接熱間圧延に供することが、加熱に必要なエネルギーを削減できるため、より好ましい。
【0066】
熱間圧延工程において、スラブの加熱温度は1150℃以上とすることが好ましい。これは、鋳造時に生成する粗大な炭化物を溶解するためである。一方、加熱温度を1300℃超としても特性の改善効果は無いため、生産コストの観点から、加熱温度は1300℃以下とすることが好ましい。
【0067】
熱間圧延の開始温度が低下すると、スラブの強度が上がり、所定の板厚精度が得られない可能性があるため、熱間圧延の開始温度は1030℃以上とすることが好ましい。一方、熱間圧延の完了温度が1000℃を上回ると、組織が過度に粗大化し、最終製品の組織も粗大化する可能性が有り、熱間圧延の完了温度は1000℃以下とすることが好ましい。一方、熱間圧延の完了温度が830℃未満となると、圧延時の荷重が過度に高まり、所定の板厚精度が得られない可能性があるため、熱間圧延の完了温度は830℃以上とすることが好ましい。
【0068】
熱間圧延完了後、組織の粗大化を防ぐため、圧延完了から10.0秒以内に冷却処理を開始することが好ましい。また、組織の粗大化を防ぐため、冷却処理における平均冷却速度は10℃/秒以上とすることが好ましく、かつ、冷却停止温度は680℃以下とすることが好ましい。
【0069】
得られた熱延鋼板には酸洗処理を施すことが好ましい。例えば上記のように製造した熱延鋼板をもって、本発明の高強度鋼板を製造するための母材鋼板とすることができる。母材鋼板として、化学組成および/または板厚の異なる鋼板を用い、そのうち1種以上は、熱間プレス後の硬度を300Hv以上とするため、上記の化学組成を有する鋼板を用いる。
【0070】
母材鋼板には、鋼板を平坦として突き合わせ溶接を容易とするため、形状矯正処理を施しても構わない。平坦度を高めるため、鋼板に与える塑性変形量は0.01%以上とすることが好ましく、0.05%以上とすることが更に好ましい。
また、形状矯正のほか、製品に要求される板厚を容易に得るために、母材鋼板に冷間圧延を施しても構わない。しかしながら、冷延率が85%を超えると圧延中に鋼板が破断する可能性があるため、冷延率は85%以下とすることが好ましく、75%以下とすることが更に好ましい。
【0071】
上記冷間圧延は、複数の母材鋼板において、それぞれ個別の条件で施して構わない。例えば、冷間圧延を施す鋼板と施さない鋼板が母材鋼板として混在しても構わない。
【0072】
更に、後述する溶接処理に先立って、母材鋼板に予備熱処理を施しても構わない。予備熱処理における最高加熱温度をA
c1温度以上とすることで、母材鋼板中の粗大炭化物を低減させることができ、後述する熱処理後の組織が均質化し、特性が改善する。
【0073】
また、予備熱処理における最高加熱温度をA
c3温度以上とし、加熱後の冷却工程における最高加熱温度から400℃までの平均冷却速度1.0℃/秒以上とすることで、母材鋼板中のミクロ組織を均質微細な組織とすることができ、後述する熱処理後の組織が均質化・微細化し、熱間プレス後の特性が改善する。前記予備熱処理は、複数の母材鋼板において、それぞれ個別の条件で施して構わない。例えば、予備熱処理を施す鋼板と施さない鋼板が母材鋼板として混在しても構わない。
【0074】
化学組成および/または板厚の異なる2種以上の鋼板に、突き合わせ溶接処理を施し、1枚の板とする。溶接に先立って、安定した溶接ができるよう、突き合わせ部は切断し、必要に応じてテーパー加工を施すことが好ましい。
【0075】
鋼板は鋼帯コイルの長手方向に渡って突き合わせ溶接処理を施し、溶接処理済み鋼帯コイルを製造し、後述する熱処理を施しても構わない。あるいは、適当なサイズに切断した鋼板を溶接し、後述する熱処理を施しても構わない。
【0076】
突き合わせ溶接は、溶接異常の少ない溶接部が得られるのであれば、手法は問わない。例えば、レーザー溶接のほか、マッシュシーム溶接やプラズマ溶接などで行っても構わない。突き合わせ溶接部及びHAZを含む2枚の鋼板の板組において、両者の板厚が過度に異なると、後述する熱処理において、鋼板および溶接部の温度変動が生じ、安定した特性が得られない場合がある。そのため、前記2枚の鋼板の板組は、母材鋼板の板厚比が3.0以下となるように選定する必要がある。鋼板全体で温度を安定化し、優れた衝撃特性を得るには、母材鋼板の板厚比は2.6以下であることが好ましい。
【0077】
突き合わせ溶接後、めっき処理における濡れ性を高め、外観品位および耐食性を高めるため、溶接部およびHAZの表面に存在する酸化物を除去する必要がある。酸化物を除去する方法は特に問わないが、例えば酸洗処理を施すことができる。またはショットピーニング処理を施しても構わない。
【0078】
あるいは、突き合せ溶接後、溶接部および溶接熱影響部において表面を研削することが好ましい。研削により、酸化物を除去するとともに、溶接部における段差が小さくなるため、熱間プレス成形部材の溶接ビードが目立たなくなり、外観が向上する。この処理は、酸洗処理の前後で行っても構わない。
【0079】
突き合わせ溶接後、熱処理を施す前に予備熱処理を施しても構わない。特に予備熱処理の最高加熱温度を、母材鋼板の1種以上におけるA
c3温度以上とすることで、当該母材鋼板、その母材鋼板からなるHAZおよび溶接部のミクロ組織を均質微細とすることができ、鋼板の特性が向上する。
【0080】
突き合せ溶接後、溶接部および周辺部の放射率を安定化し、熱処理における温度制御精度を向上させるため、熱処理を施す前に酸洗処理を施しても構わない。
【0081】
突き合せ溶接後、溶接部および周辺部の放射率を安定化し、熱処理における温度制御精度を向上させるため、熱処理を施す前にショットピーニング処理を施しても構わない。
【0082】
突き合せ溶接後、熱処理後の製品の外観品位を向上するため、熱処理を施す前に表面処理を施しても構わない。例えば、FeまたはNiを主体とするプレめっき処理を施しても構わない。
【0083】
[めっき処理]
続いて、溶接を施した鋼板または鋼帯コイルを溶融金属浴相当の温度まで再加熱し、溶融金属浴に浸漬することで、Zn、Al、Znを主体とする合金あるいはAlを主体とする合金のいずれかを鋼板表面に付着した、溶融めっき鋼板が得られる。
【0084】
これらのめっき処理は、いずれも、突き合わせ溶接後に施すため、通常のテーラードブランク材では溶接部のめっき層は溶接時に蒸発するが、開発鋼では溶接部にもめっき層が存在する鋼板が得られる。
【0085】
あるいは、溶融金属浴に浸漬した後、連続あるいは一旦冷却した後に再加熱し、めっき層と地鉄との境界を合金化する、合金化処理を施しても構わない。
【0086】
また、溶融金属浴へ浸漬する替わりに、電気めっき処理を施すことで、ZnあるいはZnを主体とする合金のいずれかを鋼板表面に付着した、溶融めっき鋼板が得られる。
【0087】
亜鉛めっき層および合金化亜鉛めっき層は、Al、Ag、B、Be、Bi、Ca、Cd、Co、Cr、Cs、Cu、Fe、Ge、Hf、Zr、I、K、La、Li、Mg、Mn、Mo、Na、Nb、Ni、Pb、Rb、Sb、Si、Sn、Sr、Ta、Ti、V、W、Zr、REMの1種又は2種以上を、耐食性や成形性を阻害しない範囲で、含有してもよい。特に、Ni、Al、Mgは、耐食性の向上に有効であり、構成元素の質量割合でZnが最大のものである範囲において、積極的に添加して構わない。
【0088】
同様に、アルミニウムめっき層においても、Al、Ag、B、Be、Bi、Ca、Cd、Co、Cr、Cs、Cu、Fe、Ge、Hf、Zr、I、K、La、Li、Mg、Mn、Mo、Na、Nb、Ni、Pb、Rb、Sb、Si、Sn、Sr、Ta、Ti、V、W、Zr、REMの1種又は2種以上を、耐食性や成形性を阻害しない範囲で、含有してもよい。
【0089】
なお、めっき層の化学組成は上記に制限されるものではない。例えば、NiあるいはNiを主体とする合金をめっき層としても構わない。
【0090】
本発明の熱間プレス成形部材は、溶接部およびHAZを含めた部材表面全体において、めっき層を有しており、鋼板の全体において同等の優れた耐食性が得られる。
【0091】
[熱処理]
めっき処理の前あるいはめっき処理と合わせて、熱処理を施し、鋼板、HAZおよび溶接部のミクロ組織を作り込むことで、熱間プレス用めっき鋼板の加工性を高めるとともに、熱間プレス成形部材の耐衝撃性を改善することができる。熱処理は、後述する条件が達成できる任意の熱処理装置において施せばよい。
【0092】
特に、突き合わせ溶接を施した溶接処理済み鋼帯コイルを製造した場合、当該コイルを連続熱処理炉によって処理することで、本発明の鋼板を低コストで製造することができる。あるいは、当該コイルを箱型焼鈍炉によって処理しても構わない。
【0093】
熱処理を施すにあたり、溶接部およびHAZの加工性を高めるため、前述の化学組成を有する母材鋼板の最高加熱温度を当該母材鋼板における(A
c1−50)以上とする。これは、溶接部およびHAZにおけるミクロ組織において、炭化物の生成および/またはより軟質なミクロ組織へと再変態させるためである。最高加熱温度が高くなると、溶接部およびHAZと周辺母材とのミクロ組織の差は低減し、熱間プレス用めっき鋼板の加工性は改善するが、一方、過度に高温で加熱すると、熱処理後の鋼板全体の強度が上昇し、却って加工性が劣化する場合もある。これを避けるため、最高加熱温度は1000℃以下とすることが好ましい。
【0094】
また、前記熱処理のうち、加熱を開始してから冷却を開始するまでの加熱工程において、母材鋼板における温度履歴は下記の式(2)を満たすことが好ましい。式(2)は母材鋼板周辺のHAZおよび溶接部における炭化物の成長および溶解度合いを表わす指標であり、式(2)が満たされない場合、HAZおよび溶接部において粗大な炭化物が多数発生し、熱間プレス工程においても溶け残り、熱間プレス成形部材の強度や耐衝撃性が劣化する。
【数7】
【0095】
但し、式(2)は、鋼板の温度が炭化物の成長の始まる550℃に到達してから冷却を開始するまでの時間を、炭化物の溶解が始まる目安となる温度T
*に到達するまでと、当該温度T
*に到達してから最高加熱温度に至るまでの、それぞれの区間において10ステップに等分に分割し、分割した各ステップにおける炭化物の成長および溶解度合いを計算し、合計するものである。
【0096】
式(2)は、鋼板の温度が550℃から温度T
*に到達するまでの時間を10ステップに等分に分割し、分割した各ステップにおける式F
n(T
n, T
*, r, t
n, C
*, Si
*, Mn
*, Cr
*, Mo
*)の計算値を合計し、前記温度T
*に到達してから冷却を開始するまでの時間を10ステップに等分に分割し、分割した各ステップにおけるG
n(T
n, T
*, r, t
n, C
*, Si
*, Mn
*, Cr
*, Mo
*)の計算値を合計し、これらの合計値を合算するものである。
【0097】
T
n[℃]は各温度域におけるnステップ目における到達温度を、t
n[秒]は各温度域におけるnステップ目までの総経過時間をそれぞれ表わす。なお、最高加熱温度がT
*に到達しない場合、第2項(G
n項の計算値の合計)の値は0とする。また、C
*、Si
*、Mn
*、Cr
*およびMo
*[質量%]は、前記2種の母材鋼板の化学組成の単純平均を示し、当該元素が含まれないときは、0を代入する。rは溶接部を除く前記2種の母材鋼板の板厚比であり、板厚の薄い母材鋼板の板厚に対する板厚の厚い母材鋼板の比率であり、母材鋼板の板厚が等しい場合、r=1とする。α、β、γおよびδ、ε、θはそれぞれ定数項であり、それぞれ1.33×10
6、1.80×10
0、2.25×10
4および2.25×10
6、2.20×10
0、2.41×10
4とする。また、T
*は炭化物の溶解が始まる目安となる温度であり、下記の式(3)によって得られる。
【0099】
式(3)は各鋼におけるA
c1[℃]、化学組成[質量%]、および式(2)に示した板厚比rからなる式である。ここで、元素の右肩に記載のかっこ内の添え字1および2は前記2種の母材鋼板をそれぞれ表わしており、板厚の薄い鋼板を鋼1とし、板厚の厚い鋼板を鋼2とする。なお、鋼2がA
c1を持たない場合、T
*は鋼1のA
c1と等しいとする。
【0100】
鋼板のA
c1点およびA
c3点は、それぞれ加熱工程におけるオーステナイトへの逆変態の開始点と完了点であり、具体的には、熱処理に先だって熱間圧延後の鋼板から小片を切り出し、10℃/秒で1200℃まで加熱し、その間の体積膨張を測定することで得られる。
【0101】
前記熱処理における温度履歴が式(2)を満たす場合、HAZおよび溶接部における炭化物は十分に微細となるため、熱間プレス成形部材の強度および耐衝撃性が改善する。この観点から、式(2)の左辺は―0.70以上であることがより好ましく、−0.40以上であることが更に好ましい。
【0102】
本発明の熱間プレス用めっき鋼板において、めっき処理における鋼板、HAZおよび溶接部の濡れ性を高め、めっきと鋼板の密着性を改善し、かつ、熱間プレス後の鋼板の外観を確認するため、熱処理における雰囲気を制御することが好ましい。例えば、熱処理における露点を−35℃以下に制御することで、鋼板表面における酸化物の生成を抑制し、めっき処理前の鋼板表面を清浄とすることで、濡れ性を高めることができる。
【0103】
あるいは、熱処理として、酸化雰囲気下における予熱過程と、続いて還元雰囲気下において最高加熱温度まで加熱する本加熱過程とに分け、それぞれ雰囲気を制御して加熱することが好ましい。
【0104】
前記酸化雰囲気下における予熱過程は、空気比:0.7〜1.2に制御した予熱炉において、鋼板表層部に酸化物を生成させることにより行う。なお、「空気比」とは、単位体積の混合ガスに含まれる空気の体積と、単位体積の混合ガスに含まれる燃料ガスとを完全燃焼させるために理論上必要となる空気の体積との比である。予熱過程の完了温度が400℃未満の場合、鋼板表層部での酸化物形成が不十分となる。一方、予熱過程の完了温度が800℃を超えると、鋼板表層部において過剰に脱炭が進行し、鋼板強度が劣化する。予熱過程の完了温度は、400〜800℃の範囲で、最高加熱温度未満の任意の温度とすることができる。空気比が0.7未満では鋼板表層部での酸化物形成が不十分となる。一方、空気比が1.2を超えると、鋼板表層部において過剰に脱炭が進行し、鋼板強度が劣化する。よって、空気比は0.7〜1.2の範囲に制御することが好ましく、0.8〜1.1の範囲に制御することが更に好ましい。
【0105】
続いて、本加熱過程では、H
2OとH
2との分圧比P(H
2O)/P(H
2):0.0001〜2.00とした本加熱炉において最高加熱温度まで加熱することにより、予熱過程において生成した酸化物を還元し、清浄な表面とした後に冷却を行うことで、濡れ性を大きく改善することができる。分圧比が0.001未満であると、鋼板表面に酸化物が生成し、清浄な表面が得られない。一方、分圧比が2.0を超えると、鋼板表層部において過剰に脱炭が進行し、鋼板強度が劣化する。よって、分圧比は0.001〜2.00の範囲に制御することが好ましく、0.005〜1.50の範囲に制御することが更に好ましい。
【0106】
本発明の熱間プレス用めっき鋼板において、鋼板の強度を低減し、加工性を高めるため、冷却時の温度履歴は式(4)を満たすことが好ましい。式(4)は炭化物の溶存および微細炭化物の生成挙動を表わす式であり、式(4)の値が小さいほど炭素の鋼板の強化への寄与は小さくなる。熱間プレス用めっき鋼板の強度を低減し、加工性を高めるには、式(4)の左辺は−0.20以下であることがより好ましく、−0.40以下であることが更に好ましい。一方、式(4)の左辺が過度に小さいと、粗大な炭化物が生成し、熱間プレス後まで溶存して特性を損なう場合があるため、式(4)の左辺は−40.00以上とすることが好ましく、−30.00以上とすることが更に好ましい。
【数9】
【0107】
但し、式(4)は、冷却過程において炭化物の生成が始まる650℃から100℃に至るまでの温度範囲における滞在時間を10ステップに区切り、それぞれのステップにおける炭化物の生成挙動を評価し、足し合わせたものである。
【0108】
ここで、Aは炭化物の溶存状態を表すパラメターであり、前記式(2)の左辺が1.00以上の場合は1.00、それ以外の場合は前記式(2)の左辺の値を用いる。また、ΔT[℃]は炭化物の生成における過冷度に相当する値であり、式(3)で得られるT
*から100℃低い温度を起点とし、そこからnステップ目までの区間における最低到達温度T
minを引いた値である。
【0109】
なお、T
minがT
*−100℃よりも高い場合、ΔTは0とする。Tn[℃]は、nステップ目の区間における平均温度である。また、tn[秒]は650℃に到達してからnステップ目が完了するまでの総経過時間である。μ、η、ζ、ρは定数項であり、それぞれ5.53×10
−3、2.50×10
−1、2.50×10
−2、3.07×10
3とする。
【0110】
熱処理後の熱間プレス用めっき鋼板を、加工性を更に改善するため、焼戻処理を施しても構わない。焼戻処理温度が600℃を超えると、炭化物が過度粗大化し、熱間プレス成形部材の特性が劣化するため、焼戻処理温度は600℃以下とすることが好ましい。また、焼戻処理温度が100℃を下回ると、十分な効果が得られないため、焼戻処理温度は100℃以上とすることが好ましい。焼戻処理時間は特に指定せず、処理温度および目的の特性に応じて、適宜設定して構わない。
【0111】
熱処理後の鋼板に、形状の矯正を目的として、最大圧下率2.00%のスキンパス圧延を施しても構わない。熱処理後にめっき処理を施す場合、熱処理後の鋼板に酸洗処理を施すことが好ましい。
【0112】
(ホットプレス部材)
続いて、本発明の熱間プレス成形部材において、式(1)を満たす鋼板を含む突き合わせ溶接部について、溶接部を挟む鋼板1、鋼板2、溶接継手および鋼板1と鋼板2におけるHAZの限定理由について説明する。
【0113】
[硬度と板厚の積HT]
衝突時の割れにはひずみ集中による割れと靭性不足による割れがあり、溶接部およびHAZにおいて、ひずみ集中による割れの発生しやすさは、当該箇所における硬度と板厚の積HTによって整理できる。HTは当該箇所における耐荷重に相当するので、熱間プレス成形部材に変形を加えると、周辺と比べてHTの低い箇所、すなわち耐荷重の低い箇所には変形が集中しやすい。そのため、溶接影響を受けない鋼板部分に比べて溶接部あるいはHAZにおけるHTが著しく小さい場合、部材が衝突した時にHTの小さい箇所にひずみが集中し、割れる場合がある。
【0114】
このようなひずみの集中を避けるため、溶接部およびHAZにおけるHTは、突き合わせ溶接された鋼板のうちHTの小さい鋼板側に対して、過度に小さい値であってはならない。具体的には、
図1に示される突き合わせ溶接のような場合、ひずみの集中を避けるため、溶接部及びHAZを含む領域におけるHTの分布における最小値HT
minが、鋼板1における平均値HT
1と鋼板2における平均値HT
2のうち小さい方の値の0.80倍以上である必要がある。両者の関係は0.85倍以上であることが好ましく、0.90倍以上であることが更に好ましく、両者が等しいことが最も好ましい。尚、鋼板1における平均値HT
1と鋼板2における平均値HT
2は、溶接部及びHAZを含まない鋼板領域における硬度の平均値である。
【0115】
一方、HTが周辺と比べて極端に高い箇所では、荷重を加えても容易に変形しないため、変形時にその周辺にひずみが集中し、割れる場合がある。これを避けるため、溶接部およびHAZにおけるHTは、突き合わせ溶接された鋼板のうちHTの大きい鋼板側に対して、過度に大きい値であってはならない。具体的には、
図1に示される突き合わせ溶接のような場合、ひずみの集中を避けるため、溶接部及びHAZを含む領域の鋼板1から鋼板2におけるHTの分布における最大値HT
maxが、鋼板1における平均値HT
1と鋼板2における平均値HT
2のうち大きい方の値の1.20倍以下である必要がある。両者の関係は1.15倍以下であることが好ましく、1.10倍以下であることが更に好ましく、両者が等しいことが最も好ましい。
【0116】
[最大硬度H
max]
一方、靭性不足による衝突時の割れの発生しやすさは、硬度によって整理できる。溶接部およびHAZにおける硬度が周辺の鋼板と比べて極端に高い場合、当該箇所は鋼板に比べて大きく脆化している危険性が有り、衝突時に割れる場合がある。具体的には、
図1に示される突き合わせ溶接のような場合、突き合わせ溶接部及びHAZを含む領域の鋼板1から鋼板2にかけての硬度の最大値H
maxと鋼板1における硬度H
1と鋼板2における硬度H
2のうち大きい方の値との差ΔHが50[Hv]を超えると、プレス成形時に割れが発生する場合があるため、ΔHの上限を50[Hv]とする。ΔHは小さいほど好ましく、35[Hv]以下とすることが更に好ましい。
【0117】
なお、熱間プレス成形部材における鋼板および溶接部の硬さの測定方法は、熱間プレス用めっき鋼板における測定方法と同じである。
【0118】
[母相オーステナイト粒径の最大値D
max]
熱間プレス後の部材の耐衝撃性の溶接部およびHAZにおいて、衝突時の破壊の伝播を抑制するために熱間プレス加工時の母相オーステナイトの結晶粒径を細かくする必要がある。この母相オーステナイトの結晶粒径は、加熱前、すなわち熱間プレス用めっき鋼板における結晶粒径に大きく影響され、熱間プレス用めっき鋼板の結晶粒径が粗大であると、当該オーステナイト粒径も粗大化し、熱間プレス成形部材の耐衝撃性が劣化しやすい。
【0119】
具体的には、
図1に示される突き合わせ溶接のような場合、突き合わせ溶接部及びHAZを含む鋼板1から鋼板2にかけての領域において、母相オーステナイト粒径の最大値D
maxと鋼板1における母相オーステナイト粒径D
1と鋼板2における母相オーステナイト粒径D
2のうち大きい方の値Dとの成す比を5.0以下とすることで、耐衝撃特性は改善する。この比は4.0以下とすることが好ましく、3.0以下とすることが更に好ましく、両者が等しいことが最も好ましい。
【0120】
前記母相オーステナイト粒径の測定手法について説明する。まず、硬さ測定を行った面と同一の平面において、鏡面研磨した後に飽和ピクリン酸を用いて腐食する。次いで、硬さ測定点の中間点を中心にミクロ組織を観察し、板厚方向に合計長さが100μm以上となる直線を1本ないし複数引き、切断法によって粒界の平均間隔を測定する。粒界の平均間隔の前記測定値を平均母相オーステナイト粒径とみなす。
【0121】
[粗大炭化物]
溶接部及び溶接熱影響部において、粗大な炭化物は脆性破壊の起点および/または伝播経路として働くため、熱間プレス成形部材の耐衝撃特性を改善するため、粗大な炭化物を低減する必要がある。粒子径1.0μm以上の炭化物が、破壊の起点および/または伝播経路として働くため、溶接部及び溶接熱影響部における当該炭化物の平均密度を1.0×10
10m
−2以下とする。熱間プレス成形部材の耐衝撃特性を改善するため、当該炭化物の平均密度は5.0×10
9m
−2以下とすることが好ましい。
【0122】
炭化物の平均密度の測定手法について説明する。前記母相オーステナイト粒径の測定及び硬さ測定を行った面と同一の平面において、鏡面研磨した後にナイタールを用いて腐食し、硬さ測定点の中間点を中心にミクロ組織を観察する。測定は1視野あたり5.0×10
−10m
2以上の面積を3視野以上行い、3視野の密度の単純平均をもって溶接部及び溶接熱影響部における平均炭化物密度とする。
【0123】
(熱間プレス成形部材の製造方法)
続いて、本発明の熱間プレス成形部材の製造方法について説明する。
本発明の熱間プレス成形部材は、本発明の熱間プレス用めっき鋼板に、適正な条件で熱間プレスを施すことで得られ。熱間プレス用めっき鋼板を構成する2つ以上の鋼板のうち少なくとも1つの鋼板の化学組成が前記式(1)を満たすことで、熱間プレス成形部材の少なくとも一部の硬度は300Hv以上となる。
【0124】
また、熱間プレス用めっき鋼板における溶接部およびHAZにおける最大有効結晶粒径が、母材鋼板における有効結晶粒径の5.0倍以下であることにより、熱間プレス後の溶接部およびHAZにおける母相オーステナイトの最大結晶粒径が、母材鋼板における母相オーステナイト粒径の5.0倍以下となる。
【0125】
熱間プレスに先だって、本発明の熱間プレス用めっき鋼板に予成形加工を施しても構わない。予成形加工として、熱間プレス用めっき鋼板が破断しない範囲において、切断加工、打ち抜き加工、プレス加工、曲げ加工、絞り加工、ロール成形、バーリング加工を施しても構わない。また、予成形加工は上記の例に限らず、熱間プレス用めっき鋼板の成形限界内であれば任意の加工を施しても構わない。
【0126】
本発明の熱間プレス用めっき鋼板を加熱し熱間プレス成形を行うにあたり、最高加熱温度は式(1)を満たす母材鋼板におけるA
c3以上とする。最高加熱温度が同母材鋼板のA
c3未満である場合、熱間プレス成形前のミクロ組織中に軟質なフェライトが残存するため、当該部位の硬さおよび/または靭性が劣化する。熱間プレス成形部材の強度を高めるため、最高加熱温度はA
c3+10℃以上であることが好ましい。一方、最高加熱温度がA
c3+120℃を超えても当該部位の高強度化効果は認められず、母相オーステナイトが粗大化して靭性が損なわれるため、最高加熱温度はA
c3+120℃以下とすることが好ましい。
【0127】
また、熱間プレス前の加熱において、550℃から加熱終了までの温度が式(5)を満たす必要がある。式(5)は溶接部およびHAZにおける炭化物の成長および溶解挙動を評価する式であり、式(5)の左辺が小さいほど粗大な炭化物が熱間プレス成形部材中に形成され、耐衝撃性が劣化する。耐衝撃性を高めるため、式(5)の左辺は2.00以上とすることが好ましく、3.00以上とすることが更に好ましい。なお、式(5)の左辺は、熱間プレス用めっき鋼板の製造工程における加熱中の炭化物の成長・溶解挙動を評価する式(2)と同一の形式であり、各項の意味および値は同一である。
【数10】
【0128】
また、熱間プレス用母材における溶接部およびHAZにおける炭化物の短径が、母材鋼板における炭化物の短径と比べて過度に大きい場合、加熱条件が式(5)を満たしていても粗大な炭化物が形成し、耐衝撃性が劣化する場合がある。
【0129】
熱間プレス成形の開始温度は、熱間プレス用めっき鋼板において、化学組成が式(1)を満たす母材鋼板からなる部位において、600℃以上とする。当該部位の温度が600℃を下回ると、軟質なフェライトの形成が始まり、強度および/または耐衝撃性が劣化する懸念がある。熱間プレス成形の開始温度は650℃以上とすることが好ましい。
【0130】
熱間プレス成形を開始した後、600℃〜300℃の温度域における平均冷却速度は10℃/秒以上とする。当該温度域における冷却速度が不十分であると、軟質かつ低靭性なベイナイトが生成し、鋼板の耐衝撃性が劣化する。当該温度域における平均冷却速度は20℃/秒以上とすることが好ましい。
【0131】
また、熱間プレス用めっき鋼板における母材鋼板の板厚比が3.0を超える場合、当該温度域における冷却速度が局所的に低下、あるいは増大する場合がある。当該温度域における冷却速度の局所的な変動は、熱間プレス成形部材における局所的な強度低下および/または強度上昇を起こすため、熱間プレス成形部材の耐衝撃性を損なう。
【0132】
熱間プレス成形部材には、耐衝撃性を改善するため、100〜500℃の範囲で焼戻処理を施しても構わない。
【実施例】
【0133】
次に、本発明の実施例について説明する。
熱間プレス成形部材における耐食性は、以下の塗装後耐食性によって評価した。まず、熱間プレスによって
図7の形状を有するハット型部材を準備し、日本パーカライジング(株)社製化成処理液(PB−SX35)で化成処理後、日本ペイント(株)社製電着塗料(パワーニクス110)を、厚みが20μmとなるように塗装し、170℃で焼付け、塗装後耐食性試験材とする。
【0134】
塗装後耐食性の評価は、自動車技術会制定のJASO M609に規定する腐食試験方法で行った。溶接部および母材鋼板の塗膜に、溶接線を中心として、あらかじめカッターでクロスカットを入れ、腐食試験180サイクル(60日)後のクロスカットからの塗膜膨れの幅(片側最大値)を計測し、7mm以下であれば合格(○)とした。
【0135】
表1−1及び表1−2に示すD,F,AA,AB,AC,AEの化学組成を有するスラブを鋳造し、常法に従って熱間圧延および冷間圧延を行い、表2に記載の母材鋼板を得る。
【0136】
なお、表1−1及び表1−2におけるA
c1温度およびA
c3温度は、各化学組成の熱延鋼板から小片を切りだし、加熱速度10℃/秒として1050℃まで加熱する際の体積変化を測定し、体積膨張曲線の変曲点から読み取ることにより測定した。
【0137】
実験例A1は、冷間圧延後の鋼板を、レーザー溶接し、溶接部表面を研削加工し、457℃まで加熱して溶融亜鉛浴に浸漬し、更に545℃まで加熱する合金化処理を施す例であり、溶接部および溶接熱影響部を含む鋼板全体において表面に合金化溶融亜鉛めっき層を有する熱間プレス用めっき鋼板である。更に、同鋼板に表2に記載の条件で熱間プレスを施すことで、高強度と耐食性を両立した熱間プレス成形部材が得られた。
【0138】
実験例A2は、冷間圧延後の鋼板を、レーザー溶接し、酸洗処理を施し、663℃まで加熱して溶融アルミニウム浴に浸漬する例であり、溶接部および溶接熱影響部を含む鋼板全体において表面にアルミニウムめっき層を有する熱間プレス用めっき鋼板である。更に、同鋼板に表2に記載の条件で熱間プレスを施すことで、高強度と耐食性を両立した熱間プレス成形部材が得られた。
【0139】
実験例A3およびA4は、冷間圧延後の鋼板にめっき処理を施し、レーザー溶接する比較例であり、溶接に伴って溶接部およびその周辺のめっき層が蒸散するため、本発明の熱間プレス用めっき鋼板が得られない。また、同鋼板を用いて得られる熱間プレス成形部材の耐食性は劣位となる。
【0140】
実験例A5は、母材鋼板がいずれも式(1)を満たさない比較例であり、熱間プレス後の部材の硬さが低く、十分な軽量化効果が得られない。
【0141】
【表1-1】
【0142】
【表1-2】
【0143】
【表2】
【0144】
表1−1及び表1−2に示すA〜QおよびAA〜AEの化学組成を有するスラブを鋳造し、表3−1〜3−4に示すスラブ加熱温度に加熱し、表3−1〜3−4に示す圧延開始温度から圧延完了温度までの温度域において熱間圧延をする。その後、表3−1〜3−4に示す冷却開始時間まで放冷し、表3−1〜3−4に示す平均冷却速度で冷却停止温度まで冷却し、コイルとして巻き取る。
【0145】
その後、熱延鋼板を酸洗し、表3−1〜3−4に示す合計の圧下率とする冷間圧延を行い、溶接に供する冷延鋼板を得た。なお、冷延率が0%の条件では熱延鋼板を溶接に供した。また、溶接に供する熱延鋼板の一部では、形状矯正のため、張力を付与して塑性変形させた。
【0146】
次いで、表3−1〜3−4に示す組み合わせで鋼板を溶接した。溶接に先だって、突き合わせ部は切断し、直線性に優れた端部を得た。特に、実験例4〜16は、切断後の端部にテーパー加工を施す例である。
【0147】
実験例30、31は、鋼板に後述する表4−1、表4−2に記載の熱処理
およびめっき処理を施した後に、表3−1〜3−4に示す組み合わせで鋼板を溶接する比較例である。特に、実験例31は、溶接後に溶接部にレーザーを当てて加熱する後熱処理を施す例である。
【0148】
それ以外の実験例では、熱処理に先だって鋼板を溶接した。実験例17、18は溶接をマッシュシーム溶接法により施す例である。その他の実験例では、レーザー溶接法により溶接を行う。
【0149】
実験例1〜14、23〜31および44〜46は、熱処理の前に、溶接部の表面を研削する例である。
【0150】
また、実験例15〜19および32〜43は、熱処理の前に、溶接後の鋼板に再度酸洗処理を施す例である。
【0151】
また、実験例20〜22は、熱処理の前に、溶接後の鋼板にNiめっき処理を施す例である。
【0152】
また、実験例18〜21は、溶接によって3枚の鋼板を連接させて1枚の熱間プレスめっき用鋼板を得る例である。実験例18〜21は、
図8に示すように、鋼板1の端部に鋼板2aを溶接して得られる溶接部aと、前記鋼板2aの反対側の鋼板1の端部において鋼板1と鋼板2bを溶接して得られる溶接部bを有する構造である。
【0153】
次いで、溶接後の鋼板に表4−1、表4−2に示す条件の熱処理を施す。鋼板を、表4−1、表4−2に示す加熱温度まで、式(2)で表わされる加熱条件で加熱することにより熱処理を行った。実験例1〜46のそれぞれのA
c1温度として、鋼板1のA
c1温度を採用した。その後、式(4)で表わされる冷却条件で、100℃未満の温度域まで冷却した。その後、一部の鋼板においては、焼戻処理および/またはスキンパス圧延処理を施した。
【0154】
また、熱処理中または熱処理後に、表4−1、表4−2に示すめっき種別、すなわち溶融亜鉛めっき(GI)、合金化溶融亜鉛めっき(GA)、溶融亜鉛合金めっき(Zn合金)、溶融アルミめっき(Al)、溶融アルミ合金めっき(Al合金)、亜鉛めっき(EG)の各めっき処理を施す。
【0155】
実験例2〜4,6,8,10,16,19,20,24〜28,32,34,38,43では、露点を制御した加熱炉において加熱処理を施した。それ以外の実験例では、酸化雰囲気とした予熱炉と、還元雰囲気とした本加熱炉とを用い、加熱処理を施した。
【0156】
特に、実験例45は、鋼板を600℃まで冷却した後、溶融亜鉛浴に浸漬してから、450℃以下まで冷却することで、熱間プレス用溶融亜鉛めっき鋼板を得る例である。
【0157】
また、実験例7および17は、熱処理後、すなわち鋼板を100℃以下まで冷却してから、457℃および469℃までそれぞれ再加熱する焼戻処理を施し、加熱後に溶融亜鉛浴に浸漬し、室温まで冷却することで、熱間プレス用溶融亜鉛めっき鋼板を得る例である。
【0158】
実験例1,3,12,14,18,20,24〜26,28〜31,33,35〜38,40〜43、46は、鋼板を600℃まで冷却した後、溶融亜鉛浴に浸漬し、470〜560℃まで再加熱する合金化処理を施し、450℃以下まで冷却することで、熱間プレス用合金化溶融亜鉛めっき鋼板を得る例である。
【0159】
また、実験例5および13は、熱処理後、すなわち鋼板を100℃以下まで冷却してから、460℃まで再加熱し、溶融亜鉛浴に浸漬し、527および482℃までそれぞれ再加熱することで焼戻処理と合金化処理を同時に施し、室温まで冷却することで、熱間プレス用合金化溶融亜鉛めっき鋼板を得る例である。
【0160】
実験例11,15および21は、鋼板を600℃まで冷却した後、AlおよびMgを含む溶融亜鉛合金浴に浸漬し、450℃以下まで冷却することで、熱間プレス用溶融亜鉛合金めっき鋼板を得る例である。
【0161】
実験例4,8〜10,16,19,22,27,32,34,44は、鋼板を加熱後に600℃まで冷却する過程において、溶融アルミニウム浴に浸漬することで、熱間プレス用アルミニウムめっき鋼板を得る例である。
【0162】
実験例6および23は、鋼板を加熱後に600℃まで冷却する過程において、Mgを含む溶融アルミニウム合金浴に浸漬することで、熱間プレス用アルミニウムめっき鋼板を得る例である。
【0163】
実験例2は、熱処理後の鋼板を酸洗し、電気めっき処理を施すことで、亜鉛めっき鋼板を得る例である。
【0164】
【表3-1】
【0165】
【表3-2】
【0166】
【表3-3】
【0167】
【表3-4】
【0168】
【表4-1】
【0169】
【表4-2】
【0170】
以上のようにして得られる熱間プレス用めっき鋼板から小片を切出し、外観、硬さ、ミクロ組織を確認する。外観は溶接線周辺を目視観察することで評価し、不めっきが確認される場合を不可(×)、それ以外を可(○)とした。
【0171】
熱間プレス用めっき鋼板の加工性は引張試験によって最大荷重を測定し、評価した。母材部の最大荷重は、溶接線に垂直な方向を引張軸とする、JIS Z 2201に記載のJIS5号試験片を用いて評価する。その他の条件は、JIS Z 2241に記載の引張試験方法に準ずる。
【0172】
これらの測定結果を表5−1〜表5−4に示す。尚、表5−1及び5−2のH
1及びHT
1は、それぞれ鋼板1の平均硬度及びHTの平均値であり、H
2及びHT
2は、それぞれ鋼板2の平均硬度及びHTの平均値である。また、ΔHは、実験例1〜46それぞれの突き合わせ溶接部及び溶接熱影響部を含む領域の硬度の最大値と、前記H
1とH
2のうち大きい方の値との差である。
【0173】
溶接部の加工性は2種類の引張試験片によって評価した。1つ目はJIS5号試験片であり、溶接線に垂直な方向を引張軸として、溶接線を試験片中央に配して試験片を作成し、評価する。この引張試験における最大荷重は静的な変形に伴う溶接部周辺へのひずみ集中の起こりやすさの指標となる。同最大荷重が母材部の引張試験における最大荷重の0.80倍以上である場合、静的な変形に伴う溶接部周辺へのひずみ集中が起こりづらいと判断でき、同熱間プレス用めっき鋼板には母材部相当の成形性が期待できる。
【0174】
一方、溶接部を含む引張試験片の最大荷重が母材部の示す最大荷重よりも大きく劣る場合、変形時に溶接部周辺へひずみが集中し、所定の形状が得られず、また、鋼板が破断する場合もある。具体的には、熱間プレスに先立つ予プレス加工や曲げ加工によって、溶接部周辺が割れる懸念がある。
【0175】
2つめは
図6に示すノッチ付き試験片であり、溶接線に垂直な方向を引張軸として、溶接線を試験片中央に配し、溶接線中心とノッチ底とを揃えた試験片を作成し、評価する。ノッチ底半径は1.5mmとする。ノッチ底の間隔は25mmとする。この引張試験における最大荷重は動的な変形に伴う溶接部周辺の破壊耐力を表す指標となる。同最大荷重が母材部の引張試験における最大荷重の0.80倍以上である場合、溶接部は脆性破壊しづらいと判断でき、同鋼板には母材部相当の耐破壊特性が期待できる。
【0176】
一方、ノッチ付き引張試験片の最大荷重が母材部の示す最大荷重よりも大きく劣る場合、溶接部周辺では脆性的な破壊が起こりやすい。具体的には、熱間プレスに先立つ切断加工や打ち抜き加工によって、溶接部周辺が割れる懸念がある。
【0177】
【表5-1】
【0178】
【表5-2】
【0179】
【表5-3】
【0180】
【表5-4】
【0181】
次いで、実験例1〜46の熱間プレス用めっき鋼板を表6−1、表6−2に示す条件で熱間プレス成型を施して、実験例1〜46の熱間プレス成形部材を製造した。部材の形状は、
図7に記載のハット型とした。表6−1、表6−2に記載の加熱温度へ、式(5)の値で示される加熱条件で熱処理を施した。尚、熱処理における最高加熱温度は、表6−1、表6−2の項目「加熱温度」に示される。また、熱処理における「A
c3温度」として、鋼板1のA
c3温度を採用した。
【0182】
加熱終了後、表6−1及び表6−2に記載のプレス開始温度まで空冷し、プレス成形によって金型で冷却した。冷却中の600〜300℃間における冷却速度は、表6−1及び表6−2に記載の通りとした。室温まで冷却後、一部の部材については焼戻処理を施す。
【0183】
次いで、熱間プレス成形部材から小片を切出し、硬さ、ミクロ組織および耐衝撃性を確認する。小片の切出し位置は
図7に示す通りとする。耐衝撃性の評価は熱間プレス用めっき鋼板における加工性の評価方法と同一であり、評価基準も等しいとする。また、試験片を切り出した後、残った部位を用いて溶接部周辺の塗装後耐食性を評価する。
【0184】
【表6-1】
【0185】
【表6-2】
【0186】
前記ミクロ組織および耐衝撃性の測定結果を表7−1〜表7−4に示す。尚、表7−1、表7−2における項目「H
*1」は熱間プレス成形部材の鋼板1の平均硬度であり、「HT
*1」は、熱間プレス成形部材の鋼板1の硬度と板厚の積HTの平均値である。また、「HT
*2」は、熱間プレス成形部材の鋼板2の硬度と板厚の積HTの平均値である。また、「母相オーステナイト粒径」の項目「D」は、実験例1〜46のそれぞれの熱間プレス成形部材の鋼板1における母相オーステナイト粒径D
1と鋼板2における母相オーステナイト粒径D
2のうち大きい方の値Dであり、項目「D
max」は、実験例1〜46の熱間プレス成形部材における母相オーステナイト粒径の最大値である。
【0187】
実験例25〜29は、熱間プレス用めっき鋼板に用いた母材すべてが式(1)を満足しない場合の例であり、熱間プレス成形部材における硬さが300Hv未満となり、十分な強度が得られない例である。
【0188】
実験例
30は、テーラードブランク工法によって製造する熱間プレス用めっき鋼板およびその鋼板を用いて得られる熱間プレス成形部材の例である。この実験例で得られる熱間プレス用めっき鋼板では、溶接部のめっき層が蒸散して失われている。また、溶接部の一部が硬化するため、加工性が劣位となる。また、この熱間プレス用めっき鋼板を用いて得られる熱間プレス成形部材では、溶接部周辺にめっき層が無いため、耐食性が劣位である。
【0189】
実験例
31は、テーラードブランク工法によって熱間プレス用めっき鋼板を製造し、溶接部をレーザーにて後熱処理し、熱間プレス工法によって部材を得る例である。この実験例で得られる熱間プレス用めっき鋼板では、溶接部のめっき層が蒸散して失われている。また、この熱間プレス用めっき鋼板を用いて得られる熱間プレス成形部材では、溶接部周辺にめっき層が無いため、耐食性が劣位である。
【0190】
実験例38は、熱処理炉の露点が高く、熱間プレス用めっき鋼板に不めっきが発生する例である。また、同熱間プレス用めっき鋼板を用いた熱間プレス成形部材では、耐食性が劣位である。
【0191】
実験例39は、予熱炉の空気比が低く、熱間プレス用めっき鋼板に不めっきが発生する例である。また、同熱間プレス用めっき鋼板を用いた熱間プレス成形部材では、耐食性が劣位である。
【0192】
実験例41は、本加熱炉の雰囲気が本発明の範囲から逸脱し、熱間プレス用めっき鋼板に不めっきが発生する例である。また、同熱間プレス用めっき鋼板を用いた熱間プレス部成形材では、耐食性が劣位である。
【0193】
上記以外の実験例1〜24、32〜37、40、42〜46は、本発明の溶接部を含む鋼板全体の表面にめっき層を有する熱間プレス用めっき鋼板が得られる例である。
【0194】
但し、実験例43および44は、熱間プレスにおける加熱温度が低く、本発明の熱間プレス用めっき鋼板を用いても十分な強度の熱間プレス成形部材が得られない例である。
【0195】
実験例32および33は、本発明の熱間プレス用めっき鋼板並びに耐食性に優れた熱間プレス成形部材が得られる例である。但し、溶接部における板厚比が過度に大きく、熱処理中に溶接部近傍で温度ムラが生じるため、熱間プレス用めっき鋼板の加工性は劣位である。また、溶接部における板厚比が過度に大きく、熱間プレス中に溶接部近傍で温度ムラが生じるため、熱間プレス成形部材の耐衝撃性は劣位である。
【0196】
実験例34は、本発明の熱間プレス用めっき鋼板並びに耐食性に優れた熱間プレス成形部材が得られる例である。但し、熱処理における加熱温度が低く、熱間プレス用めっき鋼板中の炭化物が粗大となり、熱間プレス成形部材中に多量の粗大炭化物が形成されるため、熱間プレス成形部材の耐衝撃性は劣位である。
【0197】
実験例36は、本発明の熱間プレス用めっき鋼板並びに耐食性に優れた熱間プレス成形部材が得られる例である。但し、熱処理における冷却条件が式(4)を満たさず、熱間プレス用めっき鋼板中の炭化物が粗大となり、熱間プレス成形部材中に多量の粗大炭化物が形成されるため、熱間プレス成形部材の耐衝撃性は劣位である。
【0198】
実験例35は、本発明の熱間プレス用めっき鋼板並びに耐食性に優れた熱間プレス成形部材が得られる例である。但し、熱処理における加熱条件が式(2)を満たさず、熱間プレス用めっき鋼板の溶接部周辺の強度偏差が大きくなり、熱間プレス用めっき鋼板の加工性が劣位となる例である。
【0199】
実験例37は、本発明の熱間プレス用めっき鋼板並びに耐食性に優れた熱間プレス成形部材が得られる例である。但し、熱処理における冷却条件が式(4)を満たさず、熱間プレス用めっき鋼板の強度が過度に高くなり、熱間プレス用めっき鋼板の加工性が劣位となる例である。
【0200】
実験例40は、本発明の熱間プレス用めっき鋼板並びに耐食性に優れた熱間プレス成形部材が得られる例である。但し、予熱帯における空気比が過度に大きく、溶接部周辺の強度が低下するため、熱間プレス用めっき鋼板の加工性が劣位となる例である。
【0201】
実験例42は、本発明の熱間プレス用めっき鋼板並びに耐食性に優れた熱間プレス成形部材が得られる例である。但し、本加熱耐における雰囲気が本発明の好ましい範囲を逸脱するため、溶接部周辺の強度が低下し、熱間プレス用めっき鋼板の加工性が劣位となる。
【0202】
上記を除く、実験例1〜24は、加工性に優れた熱間プレス用めっき鋼板並びに耐衝撃性と耐食性に優れた熱間プレス成形部材が得られる例である。
【0203】
以上、本発明の各実施形態について詳細に説明したが、上記実施形態は、何れも本発明を実施するにあたっての具体化の例を示したものに過ぎない。本発明は、これらの実施形態によって技術的範囲が限定的に解釈されてはならないものである。すなわち、本発明は、その技術思想またはその主要な特徴から逸脱することなく、さまざまな形で実施することができる。
【0204】
特に、本発明の熱間プレス成形部材の形状は、
図7に示すハット型に制約されるものではない。本発明の熱間プレス成形部材の製造方法として示した加熱および冷却条件が満足されるのであれば、熱間プレス成形部材の形状は任意の形状として構わない。
また、4枚以上の鋼板を溶接し、熱間プレス用めっき鋼板を得ても構わない。
【0205】
【表7-1】
【0206】
【表7-2】
【0207】
【表7-3】
【0208】
【表7-4】